職場ルポ じっくり確実な研修で、主要業務をになう人材に ―株式会社マスヤ(三重県)― 米菓の製造販売を手がける工場では、障害のある従業員が、じっくり時間をかけた研修などを経て、主要業務や関連作業を任される人材に育っている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野 貴 取材先データ 株式会社マスヤ 〒519-0594 三重県伊勢市小俣町(おばたちょう)相合(そうごう)1306 TEL 0596-22-0303 FAX 0596-22-7008 (写真提供:株式会社マスヤ) Keyword:知的障害、精神障害、製造業、研修、障害者職業生活相談員、職場実習、施設外就労 POINT 1 基礎となる主要業務を、じっくり時間をかけた研修で習得 2 上司や支援担当者を含め、相談しやすい環境と情報共有 3 機械の故障を機に、施設外就労で現場と利用者にWin-Win効果 米菓の製造販売  発売から55年のロングセラー商品「おにぎりせんべい」などで知られる米菓製造販売会社「株式会社マスヤ」(以下、「マスヤ」)は、1965(昭和40)年に設立され、三重県にある伊勢神宮から車で30分ほどの場所に本社と工場を構えている。  マスヤが会社全体で障害者雇用に取り組むことになったのは2013(平成25)年。当時の社長で、現在はマスヤ会長と親会社「IX(アイエックス)ホールディングス株式会社」(三重県)の代表取締役社長を務める浜田(はまだ)吉司(よしじ)さんのひとことから始まったという。同社の総務本部のリーダーと社長秘書を務める奥野(おくの)育子(いくこ)さんは、自身も当時から経営管理チームとして障害者雇用に取り組むことになった1人だ。そのきっかけについて奥野さんは、「あるとき社長が、親しい経営者が熱心に進めている障害者雇用の現場を見学に行ったのを機に、『わが社でも障害者雇用に取り組もう』との方針を示しました。以前から障害のある従業員は数人いましたが、組織的に雇用していたわけではなく、私たちは『うまくいくだろうか』と不安な気持ちもありました」と話す。  さっそく奥野さんたちは、その経営者の紹介で県内外の企業4社以上を見学した。ある製造現場で、知的障害のある従業員が自発的に動きながら主力となっている様子を見て、気持ちが変わったそうだ。  「周囲が世話をして働いてもらうのではなく、しっかり戦力になることを実感しました。働く意欲のある人がいるのなら、私たちができるフォローをして一緒に働きたいと思うようになりました」  いまでは従業員195人のうち障害のある従業員は8人(身体障害3人、知的障害4人、精神障害1人)、障害者雇用率は4.1%だという(2023〈令和5〉年6月1日現在)。2022年には障害者雇用優良事業所として当機構理事長表彰を受けている。マスヤのこれまでの取組みとともに、工場で働くみなさんを紹介していきたい。 主要業務を1年かけて習得  奥野さんたちは特別支援学校の見学に行くなどして採用活動を始めたが、ハローワークの担当者からは「とにかく一度、就職面接会に来てみてほしい」とすすめられたという。  「いろいろな障害種別の方たちと面接をしましたが後日、『当日参加できなかった人がいるので面接できませんか』といわれ、『せっかくだから』と本社に来てもらったのが、佐々木(ささき)裕太(ゆうた)さん(32歳)でした。明るく元気で、なにより仕事に意欲的だった彼が採用第1号です」  佐々木さんは県立定時制高校の夜間部に通いながら卸売市場で働き始め、その後は温泉施設の清掃業務などに従事していたが、数年して「しっかり就職したいと思うようになった」ことから、当機構(JEED)の三重職業能力開発促進センター伊勢訓練センター(ポリテクセンター伊勢)で訓練を受けた。その一方、看護師の母親からすすめられて県の障害者相談支援センターに行き、軽度の知的障害との判定を受け療育手帳を取得したそうだ。  2015年2月に入社後、佐々木さんはまず基本的な研修を受けた。工場勤務に必要な一定時間内での着替え、衛生管理や入室までの手順、現場で守るルールなどを約1カ月かけて教わった。  次に取り組んだのが、主要業務とされる「せんべいの選別作業」の習得だ。これは、上下に回り続ける筒の表面に空気の吸引力でくっついたせんべいを一つずつ目で確認しながら、生焼けや欠け・割れのある不良品を瞬時に見きわめ、手もとに用意してある良品と差し替えていくというもの。奥野さんは「工場見学者に選別作業を体験してもらうと、『こんなにむずかしい作業をやっているのか』と感心されます」としながら、最初にこの選別作業から教えた理由について語ってくれた。  「せんべいの選別は、包装部門の現場において基礎となる大事な主要業務です。現場の責任者たちとも相談し、『みんなと一緒に働いていくのであれば、この作業は必須』と考え、多少時間がかかっても、研修でじっくりと確実に習得してもらうことになりました」  奥野さんたちは、工場現場からさまざまな状態のせんべいをもらってきて、研修室で佐々木さんに一つひとつ見せながら選別の練習をしてもらった。選別に慣れてくると、今度は現場で短時間だけやってみて、また研修室に戻りフィードバックするという日々が続いた。  現場では、製造チームのリーダー補佐を務める山本(やまもと)竜也(たつや)さんが、「忙しくなるとつい、言葉がきつくなる人もいるので、本人に声がけするときは気をつけてもらうよう、うながしました」という。さらに一番のベテラン女性従業員に、佐々木さんとペアを組んで指導してもらったそうだ。  「教え方がていねいなうえに、最年長として現場全体を把握してくれていたので、周囲とのコミュニケーションも含め、何かあっても、必ずその女性従業員を通して対応してもらうことができました」  計1年近くの研修期間を経て、独り立ちした佐々木さん。8年経ったいまでは、選別作業の合間にさまざまな関連作業もこなせるようになった。せんべいを入れるボックスケースの機械による洗浄をはじめ、ケースを各ラインの現場に運んだり、配送トラックの積み出し場所に並べたり、各現場から出るごみの整理、段ボールの組立て機械の監視なども任されている。  これまで指導にあたってきた製造チームの松山(まつやま)一巳(かずみ)さんは、「基本的なものから少しずつ業務を増やしていきました。本人に『今度はこの作業もやってみようか』と提案し、『やってみたいです』と意欲を見せてくれたら、多少時間がかかっても根気強く指導します。さまざまな作業が入りまじる現場ですが、今後は、広く浅い仕事をさらに広く深く取り組めるようになってもらい、リーダー的な存在を目ざしてほしいです」と期待をかける。  佐々木さんも「前職でがんばっていた清掃業務での知識も活かして、作業の段取りがうまくいったときは達成感があります。今後は、現場の作業の流れの先を見通して、もっとスムーズにできるようになりたいです」と笑顔を見せる。ちなみに佐々木さんは、会社の同僚たちと一緒に、地域の清掃を行うボランティア活動にも毎回参加するほど「清掃が好きです」と教えてくれた。 「当日欠勤」減らす策  マスヤでは2014年に奥野さんが障害者職業生活相談員の資格認定講習を受け、その後も2人が受けている。佐々木さんのこれまでの成長のかげには、奥野さんたち支援担当者とのコミュニケーションを軸に、本人の課題克服に向けた努力もあったようだ。  課題の一つが、職場に慣れたころから増えていったという当日欠勤だった。山本さんから相談を受けた奥野さんは、佐々木さんと面談し、「どうしたら減らせるだろうか」と案を出し合っているうちに、「ぼくは約束は守るタイプです」との言葉を聞いた。「それなら」と奥野さんは、「毎朝、業務開始前に食堂で私と会う約束にしよう」と提案。さらに「体調が崩れてから休むよりも、あらかじめ月2回の有給休暇を取って、無理せず働けるようにしよう」ともうながした。  それから佐々木さんは毎朝、食堂に来るようになった。奥野さんは「今日の朝は何を食べた?」などと軽い会話をして職場に送り出した。佐々木さんは「奥野さんに元気な姿を見せられるように」と、自ら生活改善も始めたという。  「毎朝おにぎりを食べ、果物も買うようになりました。自宅では体を冷やさないよう熱い湯を飲み、ゆっくりお風呂に入るなど体調に気をつかうようになりました」という佐々木さんは、いまは月2回の休暇を取らなくても体調が安定するようになったそうだ。 話を聞いてもらう環境  じつは佐々木さんが当日欠勤をする背景には、職場での人間関係の悩みなどもあったようだ。「現場ではいろいろな人たちが一緒に働いていますから、ちょっとした行き違いや不平不満が出てくるのは自然なことだと思います」と話す山本さんは、職場内のトラブル防止策の一つとして「日ごろから、なるべく一人ひとりから話を聞くことを心がけています」という。  課題を抱えている人に話を聞くときは、山本さんや松山さん、班長など現場の指導者が2人体制で対応するのがルールだ。3人が互いに同じ距離を保った三角形スタイルで椅子に座って話すようにしている。2人によると「正直に話してくれたことには真摯(しんし)に向き合いつつ、私たちからは、『相手の気持ちになってみたら、どうだろうか』と問いかけることも少なくありません」という。また「少し厳しいことをいった後は、すぐ奥野さんに真意を伝え、別途フォローしてもらうことも忘れません」と山本さん。  佐々木さん自身も、いまでは少しでも相談ごとがあれば職場で松山さんに声をかけ、ロッカールームや食堂の片隅で話を聞いてもらっているという。総務本部に出向いて、奥野さんやほかの人に声をかけることもあるそうだ。マスヤの総務本部チームのリーダー補佐を務め、障害者職業生活相談員でもある古儀(こぎ)康一郎(こういちろう)さんが話す。  「食堂などで会ったときに、佐々木さんから挨拶ついでに質問されることもあります。職場内で困ったことがあるとき、すぐに相談できる人や窓口のような場がいくつもあることで、本人も安心して働けるのではないかと思います」  インタビューのなかで佐々木さんが「自分のことを信じ、理解してくれる人たちに囲まれてよかったです」と語ってくれたことも印象的だった。 同僚からの言葉  マスヤでは特別支援学校からの依頼に応える形で、職場実習生の受入れも不定期に行っている。その1人、渡部(わたなべ)歩(あゆむ)さん(24歳)は、特別支援学校2、3年次に職場実習に参加し、2018年に入社した。自宅から職場まで徒歩15分と通いやすい条件もあり、3年次は就職を見すえて3週間の職場実習を行ったという。「本人の『ここで働きたい』という意欲が伝わってきたことが採用の決め手でした」と奥野さん。  渡部さんは「いま担当しているのは、製造ラインの機械にせんべいを投入する作業です。たいへんですが、楽しいです。毎日やりがいがあります」と笑顔を見せる。地域のバスケットボールクラブにも所属し、月に1〜2回は電車に乗って津市まで行き、練習に参加しているそうだ。  松山さんは渡部さんについて「入社後に挑戦してもらった、せんべいの選別作業はまだ少しむずかしいようなので、ほかの作業を重点的にやってもらっています。一方で彼は、ほかの人が気づきにくいことを率先してやってくれます。手洗い場のハンドペーパーが切れると、いつの間にか彼が補充してくれています」と評価する。  奥野さんも「先日も作業中の若手社員がわざわざ私のところに来て、『渡部さん、すごくがんばっていますよ。ほめてやってください』と伝えてくれました。よく見てくれていることに驚きましたし、こんなふうに、よいところを認めてくれる職場だということを感じられるのはうれしいですね」という。  また山本さんも「包装部門の全メンバーが、実際に一人ひとりを理解し、協力し合うことで、障害のある従業員も自分の力を発揮できていると思います。一緒に働くメンバーも、伝え方や対応などを考えてくれています」と話してくれた。 支援機関と連携しながら  奥野さんたちは、障害のある人を支援する関係機関との連携にも力を入れてきた。例えば知的障害のある50代の男性従業員については、本人が住むグループホーム側と意見交換会を行い、本人の日常的な性格の傾向も把握し、また、体調などに異変があるときは事前に連絡をもらうことで、トラブル防止につなげている。  山本さんは、グループホームの支援者から「お話好きで、少しオーバーに話す傾向がある」と、男性の性格について聞いていたのが役立ったという。ある日、男性が通勤バスのなかで同僚に「熱が出た。新型コロナウイルス感染症かもしれない」と話したため、その後、職場が混乱しそうになったときも、「グループホームからは、体調に異変があるという連絡はなかったので、あわてずに対応することができました」とふり返る。  男性はいろいろな仕事をこなせるベテランの1人だが、同僚たちとの人間関係に課題がある。本人から悩みを聞くことが多かった奥野さんは「思うことがあれば、いったんノートに書いて整理してみてはどうか」とうながし、気持ちの整理に役立ててもらっている。  2018年には、初めて精神障害(発達障害)のある30代の男性従業員を採用した。奥野さんによると「よく働いてくれていましたが、一方で周囲の同僚との接し方や距離の取り方に悩むことが多く、『嫌われているのではないか』といったことを気にしていました」という。ハローワークや障害者就業・生活支援センターなどから支援者や職場適応援助者(ジョブコーチ)を派遣してもらい、その後も定期的に情報交換をしながら奥野さんたちは支援に尽くしてきたが、昨年秋に退職となった。奥野さんがふり返る。  「本人の体調や状態が悪いときの退職申請は『いまその判断をするべきときじゃない』と止めていました。でも今回は体調が回復するなかで、新しい道を見つけたようでした。次のステージに向けて送り出せたのかなと思っています」 施設外就労で終売回避も  マスヤでは2022年5月から、地元の就労継続支援B型事業を行う「南勢(なんせい)就労支援センター」(以下、「支援センター」)と連携した施設外就労の受入れも始めている。週2〜5日、10時から16時まで指導員1人と利用者7人がマスヤの工場に来て、せんべいの入った袋を箱に詰めて糊づけし、賞味期限の印字をするまでの作業を行っている。奥野さんが説明する。  「きっかけは包装機械の老朽化でした。修理もできず、『思い切って終売にしようか』と現場で相談していたのを知った私は、支援センターで箱折り作業もできることを思い出しました」  奥野さんの紹介を受けて、マスヤの開発部担当者が支援センターの指導員らと検討を重ね、箱のデザインもリニューアルした。  「新しい箱は、組立て時にワンタッチで開けるようにしたり、糊づけ部分を1カ所にしたりしたほか、賞味期限のハンコを押す作業で手元が少しずれても大丈夫なように、かなり大きなスペースをとっていました。開発部担当者からこのデザイン案を見せてもらったときは、『こんなに彼らのことを考えてくれていたのか』と感動しました」と奥野さんはいう。  いまでは現場の従業員から「彼らがいなければ成り立ちません」と感謝されているのはもちろん、支援センターの利用者のなかには「街中の店頭に並ぶ商品にかかわっているのがうれしい」と、マスヤの施設外就労に通い続けている人もいるそうだ。「今後も施設外就労は続けていきたいですし、さらに職場の理解を広げながら、マスヤで働きたいという人がいれば受け入れていきたいと考えています」と奥野さん。 みんなが幸せになる会社に  マスヤには現在、中途障害で身体障害のある従業員も3人在籍している。このうち1人は免疫系の持病で休職していたが、2020年、在宅勤務の導入によって職場復帰を果たした。管理職として、技術開発の部門で製造ライン仕様の検討やIT化の推進などにたずさわっているそうだ。奥野さんは「ちょうどコロナ禍もあり、職場全体にもリモートワークを広げることができました」と話す。また内部障害がある1人は、設備管理の担当として単独作業をすることが多いため、奥野さんによると「守衛さんたちに協力してもらい、定時終業しているか確認してもらっています」という。  じっくり時間をかけた研修や、こまやかなコミュニケーションを軸にした支援体制、一人ひとりに合わせた職場環境づくりといった取組みの積み重ねは、マスヤの掲げるミッション「みんなが幸せになれる会社をつくりましょう」にも、着実につながっているようだ。 写真のキャプション 株式会社マスヤは米菓の製造を手がける(写真提供:株式会社マスヤ) IXホールディングス株式会社総務本部リーダーの奥野育子さん 包装部門で働く佐々木裕太さん 入社当時に行われた入室研修の様子。定められた手順を正しく実施する(写真提供:株式会社マスヤ) 選別研修の様子。さまざまな状態の実物を使い、見分け方を学んだ(写真提供:株式会社マスヤ) せんべいの選別作業などを担当している佐々木さん 佐々木さんの指導にあたる製造チームリーダー補佐の山本竜也さん 佐々木さんの指導にあたる製造チームの松山一巳さん 佐々木さんも参加する清掃のボランティア活動の様子(写真提供:株式会社マスヤ) 総務本部チームリーダー補佐の古儀康一郎さん 気軽に相談してもらうために、食堂の片隅で話すことも多いという 包装部門で働く渡部歩さん 渡部さんは、ボックスケースの洗浄作業も担当している 南勢就労支援センターによる施設外就労の様子。指導員とともに作業にあたる(写真提供:株式会社マスヤ) 賞味期限のスペースが大きく、ハンコが押しやすくなっている