編集委員が行く 発達障がい者のスキルアップ・戦力化への取組み 〜「ITプロジェクト」発足〜 株式会社マイナビパートナーズ(東京都) サントリービバレッジソリューション株式会社 人事本部 副部長 平岡典子 取材先データ 株式会社マイナビパートナーズ 〒100-0003 東京都千代田区一ツ橋1-1-1パレスサイドビル9F mpt-info@mynavi.jp 編集委員から  「誰もが活躍するための道を拓き、未来への道標となる。」。今回取材した株式会社マイナビパートナーズのミッションだ。  発達障がい者の新たな道を切り拓くべく、自社にて「IT人材育成」にチャレンジした。だれもが自分らしく生きられることがあたり前の世界を目ざし、これまでの常識の枠にとらわれない、新しいビジネスや仕組みを提案し続ける「先駆者」として活動している、マイナビパートナーズの取組みをみなさんに知っていただきたい。 Keyword:発達障害、特例子会社、スキルアップ、動画制作、RPA、GAS、Python、プログラミング業務効率化 写真:官野貴 POINT 1 ITプロジェクトを発足し、従業員育成を組織で支援 2 目的は「学び・スキル習得」ではなく「業務への活用・貢献」 3 さらに見すえる未来は「機械学習・AI活用」〜先駆者として〜 マイナビパートナーズ従業員の8割が20〜30代、発達障がい者が86%  東京都千代田区にある株式会社マイナビ(以下、「マイナビ」)の特例子会社である株式会社マイナビパートナーズ(以下、「マイナビパートナーズ」)を訪ねた。2016(平成28)年設立、現在の従業員数は221人(2023〈令和5〉年10月時点)、うち障害者手帳取得者は170人。社員の8割は20代、30代であり、平均年齢30.3歳である。また、ADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)などの発達障がいのある精神障害者保健福祉手帳取得者が、障害者手帳取得者のうち83%におよぶ。事業所は、東京都、愛知県、大阪府に展開している。マイナビグループの事務系業務代行業、および障がい者に特化した人材紹介業を手がけている会社だ。  はじめに、マイナビパートナーズ代表取締役社長執行役員の藤本(ふじもと)雄(たけし)さんからお話をうかがった。  藤本さんとのご縁は、障がい者雇用に関する企業担当者の集まりでお会いしたのが最初だった。障がい者の活躍推進に熱い思いを持ち、知識や経験も非常に豊富である。社長という立場でありながらもとても親しみやすく、社員みんなから愛されている、それが藤本さんだ。  今回は、発達障がいのある社員のさらなるスキルアップ(戦力化)を目ざし、独自に取り組んでいる「ITプロジェクト」についてお話をうかがった。 ITプロジェクト発足の背景 〜先駆者を目ざして〜  マイナビパートナーズで進行しているITプロジェクトは、以下の三つだ。 @ 動画制作 A RPA B GAS(ガス)・Python(パイソン)  ITプロジェクト発足の背景について藤本さんは次のように語った。  「数年前から徐々にパソコン業務の受注が増えていました。一方で、AIやロボット化による業務の自動化は今後も加速することが予測できたため、自社での受託業務が自動化により縮小してしまうのではないか、という危機感がありました。それならば自社でITスキルを高め、自動化の業務ごと、になえるようになってしまおうと、プロジェクトを立ち上げたのです」と当時をふり返った。  障がい者雇用の現場においては、AIの台頭を脅威ととらえ、障がい者の仕事が縮小してしまうのではないかと懸念を抱いた企業担当者は決して少なくなかった。しかし藤本さんは違った。障がい者が活躍する新たな道を切り拓いた。 動画制作スキルアッププログラム 〜マイナビグループの制作会社を目ざして〜  一つめの「動画制作」について、東京クリエイティブ1課課長の関(せき)理沙(りさ)さんにお話をうかがった。  東京・大阪ではクリエイティブ専任チームを設置し、すでに28人のメンバーがグラフィックデザイン、動画やイラスト制作、ライティングなど、マイナビが運営するさまざまなメディアの制作を担当していた。  今後、会社のさらなる成長を目ざし、2022年に掲げたチームミッションは次の二つ、「マイナビグループ内での受注拡大」と「マイナビグループ外の企業からの仕事獲得」だ。  そして、「マイナビグループ企業の制作会社を目ざそう!」と活動をスタートした。  すでに、グループ外の企業から動画制作案件の年間受注を決めていたが、イラストやデザインスキルを活かしたアニメーション動画制作なら、他社と差別化できるかもしれないという思いもあった。  またグループ内の企業においても動画のニーズが高まっている背景があり、今後の受注を増やしていけそうだと考えた。  しかし、28人のチームメンバーのうち、アニメーション動画を制作できるのは2人だけに限られていた。そこで、組織をあげて「動画スキルアッププログラム」を実施することになった。 障がい当事者が講師の育成プログラムを設計  その際に企画・運営・講師は、同チームの障がいのある社員が担当した。大学で映像制作を学んだ社員が、動画制作をメインで担当していた。障がいはASDで、こだわりの強さやマルチタスクが苦手という特性がある。だが、得意なことについての習熟度は高く、スピードとクオリティのバランスを適切に判断しながら対応できるといった社員である。  育成プログラムは、9カ月間で講習12回、実技6回の計18回(1回60分)で、研修後の課題として、実際の案件である株式会社マイナビ出版の販促用動画(20〜30秒)3本を1本あたり16時間以内で制作すること。この3本の制作において、技術が実務レベルまで達していると判断されれば合格となる。  このプログラムは難易度も高いために、ある程度デザインの基本スキルが身についていることを条件に応募者を募ると、3人の応募があり、3人とも選考テストを通過してプログラムに参加した。結果として2023年4月には3人全員が合格し、実務デビューできる状態となった。  現在は4人体制で動画案件に対応することで、目標であったマイナビグループ内の企業からの受注増とマイナビグループ外の企業からの受注増、両方を達成した。私は取材中に実際に制作した動画をいくつか見せてもらったが、いずれもクオリティーが高く、驚かされた。  本プログラムの成果は、明らかだった。  動画制作案件における2023年受注件数は前年比で50%アップした。プログラム参加メンバーの活躍は目覚ましく、グループ外企業の案件担当ができるまでに成長した。  講師を担当した社員の自己成長や、モチベーションの向上につながる取組みになった。 未経験社員9人がRPAスペシャリストへ成長3年で50件のロボットを作成  次に、「RPA」(※1)プログラムについて触れたい。  本プログラムの推進担当者であるパートナー雇用開発部部長の藤澤(ふじさわ)隆也(たかや)さんにお話をうかがった。  2019年秋より、マイナビのシステム部門と連携し、障がいのあるスタッフのRPAプログラマー育成に着手したそうだ。  特徴的なのは、もともと知識や経験がなくても、意欲のある社員がチャレンジできるようにしたこと。そして、四つのステップをつくり、評価をしながら最終的には独り立ちを目ざす段階的なプログラムになっていることだ。  各ステップについて触れていきたい。 @eラーニングでRPAの基礎力を習得  約2カ月間で30〜40時間のRPA基礎を学ぶeラーニングを受講し、修了することを次のステップに進む要件とした。 A自社オリジナル課題に取り組む  すでにRPAによって自動化されたオリジナル案件を題材に、自動化ロボットを作成する。意図的に情報が欠落している状況をつくり、特性により抜け漏れや思い込みなどに課題を持つメンバーの気づきにつなげる工夫も心がけた。完成後は合否採点だけでなく、評価点と改善点を資料にまとめて対面でのフィードバックを実施することで、本人の次なる目標へのモチベーションにつなげた。 Bマイナビパートナーズ内の定型業務をRPAで自動化  次に、すでに受託している業務のうちRPAに適した案件を自動化するステップ。完成までは、社内担当課にてマンツーマンでサポート。専用チャットグループを作成し、いつでも不明点を質問できる体制を整え、週1回の進捗確認ミーティングを実施するなど、サポート体制も整えた。 C他部署からの依頼案件を担当  最終段階として、他部署からの依頼案件を一から担当することで、独り立ちを目ざしてもらう。自動化プログラム完成までは、システム部門をはじめ、経験豊富なスタッフがかかわる体制をとった。個々の習熟度に応じて徐々にサポートを縮小していくことで、本人が自力をつけながら自信を持って独り立ちできるようにした。  このプログラムの成果として、9人のRPA技術者を輩出した。うち8人は未経験者であった。障がい種別の内訳は発達障がい8人、精神障がい1人だ。ほぼ全員、実務経験はなかったが、入社後にプログラミングへの興味・関心を持ち、一から自己学習を行い、独り立ちできるまでに成長を遂げた。  そして、約3年間でロボット作成50件の実績を積んでいる。  本プログラムの卒業生たちが、一から学ぶなかで独自に業務工程を整理し、詳細なマニュアルや専門知識のための資料を作成した。その一部はマイナビに還元され重宝されているほどだという。  今後について藤澤さんはこう語った。  「一人ひとりのスキルを向上させて、自動化対応件数を増やしていきたいです。今後は新規開発だけでなく、既存の修正対応も含め、開発担当者間での業務の受け渡しを円滑にするような仕組みづくりにも着手予定です。また、RPA業務に限らず、ほかの開発業務の一端もになっていくことを模索しています」とのこと。まだまだ新たなチャレンジは続きそうだ。 GAS・Pythonプログラム 9カ月で30件、2500時間を削減  次に「GAS・Pythonプログラム(※2)」について、担当者であるパートナー雇用開発部の松尾(まつお)明(あきら)さん、佐藤(さとう)桃子(ももこ)さんにお話をうかがった。  これは三つのプログラムのなかで最も新しく、2023年1月にスタートした。希望者を募り、上司の許可があればだれでもプログラムに参加できる仕組みとし、基本的にはすべて自主学習スタイルである。  各ステップについて触れていきたい。 @指定の動画を視聴して基本を習得  プログラミングは独学でもある程度は学ぶことができるため、知識のある精鋭メンバーが選定したYouTube動画を活用した学びに統一した。 A課題への取組み  限られた時間で早く実践に進めるよう、課題は業務で使う知識を短期間で習得できる構成にした。また、知識の蓄積と育成の効率化を目ざし、プログラム参加者の質問と回答をデータベースに蓄積し、ほかの学習メンバーも参照できるような仕組みにした。  参加者の学習進捗や取組み状況を現場の上長へ月1回報告し、連携も大切にしている。 B実際の業務を自動化させて独り立ち  @Aのステップを修了すると実務での自動化、独り立ちがスタートする。  本プログラムの成果(2023年1〜9月実績)は以下の通りである。 ・育成人数:延べ13人 ・自動化ツール作成件数:30件 ・自動化による業務削減時間:2500時間  スキルと育成に素養のある社員を「トレーナー」に任命し、教える側に回ることでモチベーションアップや個々の成長につなげている。  また、業務拡大の好循環も生まれている。精鋭メンバーが担当していた自動化業務を新規メンバーに渡すことで精鋭メンバーのリソースに余裕ができ、新たな業務ニーズの発掘へとつながっているそうだ。  松尾さんは、「会社の戦力となるIT人材の育成は急務だと考えました。ずっと同じ業務をし続けるのではなく、新しい課題に挑戦することが成長につながります。発達障がいとITとの相性はよいのではないかと、大きな可能性を感じています」という。  実際にプログラムを進めるなかで、想定外のうれしい変化も見られたという。例えば、メンバー同士が互いにコミュニケーションをとり、教え合うようになった。また、コミュニケーションを苦手としていたメンバーがみんなの役に立ちたいと行動し、みんなから頼られるような存在になるなど、それぞれが成長して、自己肯定感を高めていく姿があったという。  「今後は、本プログラムを通してプログラミングのベース知識を持つ人材を増やし、実業務を自動化することでさらなる業務時間削減を目ざしたいと思っています。トレーナー昇格の社員を増やし、業務拡大のサイクルを加速させていきたいです」と松尾さんは語ってくれた。 IT初心者の新たな挑戦  このプログラムに参加した社員の方からも、お話をうかがうことができた。  2020年入社の齊藤(さいとう)百花(ももか)さんはいう。  「入社当時の自分のパソコンレベルは低く、ショートカットキーの理解もままならないほどでしたが、プログラムを知り、参加してみようと思いました。私は忘れっぽく、抜け漏れが多いことや、集中力が続かないことが自分の課題だと感じていましたので、自分の業務効率化を学びたいと考えたからでした。最初は、本当に何も知らないところからのスタートでしたが、実践で自動化が成功したときは本当にうれしかったです」と、笑顔で語ってくれた。  続けて、「入社してから担当の業務をいただき、従事していましたが、データを目視で確認しチェックするという業務では慎重になり時間がかかってしまっていました。でもプログラムに参加し、これまで目検で行っていたチェックを自動化することで週1回90分かかっていた業務が30分で完了するようになり、年間では約50時間の削減につながりました。また毎日行っていた業務では一日あたり40分、年間では9600分(160時間)の削減につながりました。しかも、目検チェックより正確です。今後はさらにPower(パワー) Automate(オートメイト)など、ほかのITスキルも勉強しようという意欲につながっています」と、穏やかな笑顔で話してくれた。  現在の齊藤さんについて、松尾さんは「齊藤さんには現在リーダーの役割をになってもらっていて、自身のスキルアップだけでなくチームへの貢献の意識も高まっています」と話してくれた。 発達障がい者の活躍の道を切り拓きたいという思い  あらためてマイナビパートナーズの魅力について触れたい。  「なぜ貴社は発達障がい者が多いのか」とたずねた。藤本さんの思いはこうだ。  「発達障がいのある方は、自分も他者も障がいに気づきにくいことが多いです。ですから、成人になってから発達障がいがあることがわかり、大きなショックを受ける人も多いようです。特性を理由とした日常生活のなかでのつまづきや失敗は、障がいがわかる以前からくり返し起きていて、自己肯定感が低い人も多いのです。こうした背景でつらい思いを抱えている発達障がいのある人たちも、ショックを乗り越え、障がいを受け入れ、自己対処法を身につけ、適切な配慮も受けながら働けば社会で活躍できることを、一緒に働くなかで知りました」と話す。藤本さんは、「そんな人をもっと増やしたい」という、強く熱い思いが根底にある。  また、藤本さんは次のような考え方を大切にしているという。  「障がいに対して、必要な合理的配慮は必ず行います。一方で、成果を求めることに遠慮はしません。社員が自分のできることや得意なことに全力で挑戦し、スキルアップやステップアップできる環境を整える。これは、思いっきり働く≠アとで一人ひとりの自己肯定感を高め、働くことを通じて社会貢献の実現を目ざしているのです」 マイナビパートナーズのミッション・バリュー  マイナビパートナーズは、2023年にミッション・バリューを作成した。  ミッションは、誰もが活躍するための道を拓き、未来への道標となる。  バリューには、「先駆者意識」、「結果にこだわる」、「自ら考え行動する」、「アンコンシャスバイアスの自覚」、「感謝と敬意」の五つを掲げた。  この先駆者≠ニいう言葉には、障がいのある社員からも「自らそうなりたい」という共感の声が多かったという。  さまざまな苦労をした経験を抱えながらも、これから自分たちは先駆者≠ニして「堂々と未来に向かって歩んでいくんだ」という決意を表した言葉となっているように感じた。  このミッション・バリューを全社員に周知するための動画やポスターは、先に触れた一つめの動画制作プログラムを卒業した社員が担当したという。  動画を視聴させていただいたが、非常にメッセージが伝わりやすく、クオリティーの高いものだと感じた。 さいごに  マイナビパートナーズを取材し、先駆者としてチャレンジングな意思決定をし、障がいのある方の能力開発に愚直に取り組んでいることがよくわかった。  一見厳しいようにも見えるが、その根っこには一人ひとりに活躍してほしいと願う愛があるのだ。  発達障がいのある方が、自信を持って活躍することがあたり前の社会を、堂々と歩める道を、藤本さんは切り拓いてくれている。先駆者として歩んでくれている。その切り拓かれた道を堂々と歩いていこう。  可能性を信じて。 ★本誌では通常「障害」と表記しますが、平岡委員の意向により「障がい」としています ※1 RPA:「Robotic Process Automation」の略語で、作業担当者がパソコン上で行う定型作業や単純操作を、ルールに基づいてソフトウェアにより自動化し作業を代行すること ※2 GAS・Pythonプログラム:GAS(Google Apps Script)とは、GoogleアプリのAPI(アプリケーションプログラミングインターフェース)のこと。Pythonとは、オープンソースのプログラミング言語。「GAS・Pythonプログラム」は、それらのスキルを社員に習得してもらうための学習プログラム 写真のキャプション 平岡(ひらおか)典子(みちこ) 株式会社マイナビパートナーズ神保町オフィス 株式会社マイナビパートナーズ代表取締役社長執行役員の藤本雄さん 東京クリエイティブ1課で課長を務める関理沙さん パートナー雇用開発部で部長を務める藤澤隆也さん 受注増を目ざし制作した、自社の販促動画の1シーン(画像提供:株式会社マイナビパートナーズ) パートナー雇用開発部の松尾明さん パートナー雇用開発部の佐藤桃子さん パートナー雇用開発部で働く齊藤百花さん 齊藤さんは、制作した自動化ツールを駆使して業務にあたっている