研究開発レポート 第31回 職業リハビリテーション研究・実践発表会Part1 特別講演 「アフターコロナの障がい者雇用〜障がい者雇用の質向上に向けて〜」 トヨタループス株式会社代表取締役社長 有村秀一氏  当機構(JEED)では、毎年、職業リハビリテーションに関する研究成果を周知するとともに、参加者相互の意見交換、経験交流を生み出すための機会として、「職業リハビリテーション研究・実践発表会」を開催しています。第31回となる2023(令和5)年度は、「会場参加」と、会場での発表内容などをリアルタイムで視聴できる「ライブ配信」を組み合わせた「ハイブリッド方式」で実施するとともに、新型コロナウイルス感染症の流行により中止していた「ポスター発表」を4年ぶりに再開しました。また、その内容を広く発信するために、2022年度に引き続き、障害者職業総合センター(NIVR)ホームページへの動画掲載も行っています。ここでは、トヨタループス株式会社代表取締役社長の有村(ありむら)秀一(しゅういち)氏による特別講演「アフターコロナの障がい者雇用〜障がい者雇用の質向上に向けて〜」をダイジェストでご紹介します。 新型コロナウイルス感染症の影響により既存の業務が激減  私どもトヨタループス株式会社は、2008(平成20)年に設立されたトヨタ自動車株式会社(以下、「トヨタ自動車」)の特例子会社です。トヨタ自動車の本社や工場を含む愛知県内(10拠点)と、東京都内(3拠点)の合計13拠点で、トヨタ自動車から受託したさまざまな業務を行っています。従業員545人のうち、障害のある社員は429人(知的障害168人、身体障害128人、精神障害133人)で(※)、印刷・製本業務、郵便物の配布業務、清掃、マッサージなどの現場に赴いて行う、いわゆる「現業」を中心にサービスを提供しています。  新型コロナウイルスの感染拡大により、当社は大きく二つの打撃を受けました。一つめは、親会社であるトヨタ自動車の経営悪化による受託費の減少です。幸いにもこの状況は一時的なものでしたが、二つめの打撃は、その後も長く続くことが懸念されました。それは「ホワイトカラーの働き方改革」の加速です。在宅勤務やペーパーレス化が急速に拡大することで、当社の主力であったオフィス勤務者の仕事をサポートする業務が激減してしまったのです。 安定的な受注確保のために工場での生産業務に参画  危機的な状況を乗り切るための取組みとして進めたのが、紙文書のPDF化などの「在宅勤務をサポートする業務」や「自動車の生産現場での物づくり」などの新たな業務への進出です。特に生産現場への進出は、トヨタの求める高い作業品質の確保や作業者の安全の確保などが課題となり、これまでは進出を断念していた業務でしたが、今後の安定的な成長を求めチャレンジすることを決めました。  生産工程への参画は、まずは「順建て」と呼ばれる作業から取り組むことにしました。順建てとは「工場の生産ラインで組立ての作業をしやすいように、部品工場から届いた部品の梱包を外して整列させる準備作業」をさします。この作業を受託することで、ときには、当社の社員が部品の不良を見つけて報告することなどもあり、まじめな仕事ぶりが工場で働く人たちにも認知されて当社について知っていただく機会になりました。同じように「部品のピッキング作業」や「ボルト検品作業」などにも業務を拡大していきました。 トヨタ式「カイゼン」で障害者の働きやすい環境を整備  障害のある人も操作手順を間違えないよう、作業ラインにはさまざまなトヨタ式「カイゼン」が施され、働きやすい環境を提供していただきました。例えば、「次に作業する内容をランプで知らせる装置」をラインの担当者が自作し、間違いを起こさずに、安全に作業ができるように工夫をしてくれました。このような工夫を実施することは、生産現場の安全性をより高めることにつながります。また、高齢者や女性などにとっても働きやすい環境につながり、将来の人員不足にも希望が持てる展開となりました。  生産現場での業務を確実に行ったことで信頼が高まり、補給部品センター(トヨタ自動車大口部品センター)と呼ばれる物流拠点での業務にも進出することができました。補給部品センターでは、車のバンパーやヘッドランプなどのパーツ、ボルトやワッシャーなどの小物部品など、およそ35万の部品を管理しており、部品の注文が入るとすぐに出荷できる体制を整えています。当社の社員は、出荷のために小物部品を梱包する作業などに従事しています。ここでも、「10個単位や100個単位の部品を数えることなく取り分ける治具」を利用するなどして、確実な作業を行い、大きな戦力となっています。 「障害者だから」できる業務でモチベーションの向上と持続的な発展へ  さらに、車両の「開発や実験」への協力などの新たな取組みも開始しています。例えば、車いす向けの福祉車両の操作性の評価などに当事者として参加し、よりリアルな検証を実現し、製品の性能の向上に寄与しています。この商品評価を実施するようになってから、トヨタの技術部内でも当事者による評価の重要性が認知され、さまざまな商品の評価や企画参画などの依頼をいただけるようになりました。障害特性が強みになる「障害者だからできる」業務であるため、社員のモチベーションアップにもつながっています。  また、トヨタ自動車が運営する総合病院「トヨタ記念病院」における病院業務への取組みも拡大しています。2014年末より病棟の看護補助業務を担当していますが、開始当初は「命を扱う病院での障害者雇用はむずかしい」と反対意見も多く、むずかしい状況がありました。当社から担当者が赴き、業務指導や看護師の理解活動などを地道に行うことで、いまでは安定した業務を実施し、頼られる存在になっています。コロナ禍で病棟勤務がむずかしい状況もあったので、今後は、看護業務以外のさまざまな業務を実施したいとテストトライを進めています。 障害者を受け入れる風土が育った「心のバリアフリー研修」  以前は親会社をまわって「仕事の切り出し」をお願いしていましたが、現在は親会社から「仕事が切り出される」ようになっており、多くの業務依頼をいただいております。それには、親会社の社員を対象に実施している「心のバリアフリー研修」の効果もあると思います。これは、車いすの乗車や知的障害のある社員とのふれあいなどの体験を中心にすえた研修で、企画や当日の運営も障害のある社員が中心になって実施しています。参加者の多くに、障害のある社員を「障害者」としてではなく「トヨタでともに働く仲間」として受け入れる、認識の変化が起こります。  このように、さまざまな工夫を実施することにより、コロナ禍でも、業務や職域を拡大することができました。2024年4月から障害者の法定雇用率が段階的に引き上げられることが決まっていますが、今後は数値だけではなく、働く人たちがモチベーション高く活躍できる仕事のあり方や、それを支える制度やキャリアプランを整えることが求められる時代になると思います。障害者への理解が深まり、障害者を受け入れる風土の醸成が進むことを願っています。 * * *  次号では、「第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会」のパネルディスカッションT「情報通信技術の活用の進展を踏まえた障害者雇用のあり方について」、パネルディスカッションU「アセスメントを活用した就労支援の今後のあり方について」をダイジェストでお届けします。 ※2023年6月1日現在 ★右記ホームページにて、特別講演の動画や発表資料等をご覧いただけます。https://www.nivr.jeed.go.jp/vr/31kaisai/kouen.html ◇お問合せ先 研究企画部 企画調整室(TEL:043-297-9067 E-mail:kikakubu@jeed.go.jp) 写真のキャプション 特別講演の様子 有村秀一氏