<表紙> 平成25年度 障害者職域拡大等調査報告書No.3 「中小企業における精神障害者の新規採用後の雇用継続に係る課題と対応に関する調査」 精神障害のある社員が安定して長く働くために (中小企業における精神障害者の雇用管理に関するQ&A) 中小企業の方々が実際に行っている工夫・配慮等の紹介をしています! 例えばこのような悩みや不安はありませんか? ・どのように仕事のやり方を伝えたら良い?→Q3:P8から ・無理をさせてはいけないと聞くけど仕事をどう決めたら良い?→Q4:P12から ・コミュニケーションを取る上で気を付けることは何?→Q5:P16から ・健康管理はどのように行うの?→Q6:P18から <はじめに> 近年、精神障害者の雇用が大きく進展しているところですが、今後、一層の精神障害者の雇用拡大と雇用継続が必要とされることになると考えられます。そこで、「中小企業における精神障害者の新規採用後の雇用継続に係る課題と対応に関する調査」委員会では、「精神障害者を新規に雇用したことのある中小企業」を対象に、精神障害者の雇用を継続する中で現れてくる課題に対し、どのように対応して雇用継続が進められているのかについて、アンケート及びヒアリング調査を実施いたしました。また、それらの結果を報告書としてとりまとめるに際し、何よりも中小企業の方々が利用しやすい形を目指したことから、調査結果をベースに、当機構のガイドブック等を参考にしつつ、「Q&A方式」で主要なポイントを解説するマニュアルとして作成することにいたしました。  精神障害者の雇用継続に有効と考えられている雇用管理上の工夫・配慮は多くあります。一方で、いくら効果が見込まれるものであっても、実施が困難であれば企業の皆様の参考になりにくいと考え、報告書の中では今般のアンケートに回答した中小企業における各種の工夫・配慮の実施割合を併せて記載しています。さらに、Q&Aの各「ポイント」では、実際に半分以上の中小企業で行われている雇用管理上の工夫・配慮を掲げたところです。もちろん、中小企業と一口でくくろうとしても、その業種や規模、組織体制などは様々ですが、アンケートで多数の事業所が実施していると回答した取組は、他の中小企業の方々にとっても参考になるとともに、実施に向けた検討も可能ではないかと考えます。  こうした中には、本来であれば新規採用時などに取り組むべきものも含まれますが、その後の雇用継続に役立つと考えられるものは幅広に盛り込んでいます。このため、現在、精神障害者を雇用している企業のみならず、これから雇用を考えようとする企業の方々にもぜひ手に取っていただきたいと思っています。  この報告書が、精神障害のある者の雇用に取り組む、あるいは取り組もうとする中小企業の方々のお役に立てば幸いです。 (注) アンケートについては平成25年9月に実施し、精神障害者を雇用したことがある従業員300人以下の中小企業700社に依頼し、261社から回答を得ました。そのうち新規に精神障害者を雇用したことがある194社についての結果をベースにしています。 また、ヒアリング調査は、アンケートに回答いただいた企業を中心に実施し、本文内に「事例」として掲載いたしております。 なお、アンケート結果は、当機構のホームページにある本報告書のダウンロード版とともに掲載していますので、ご参照ください。 <目次> Q1 精神障害者とはどのような特性がある人ですか。 P2 【参考1】 働いている精神障害者はこんなに増えています! P4 Q2 精神障害者と言っても疾患や症状は様々であると聞いています。継続雇用するための雇用管理として、何ができるか不安です。 P6 Q3 精神障害のある社員に対して、仕事のやり方を伝えたり、指導することへの難しさはないでしょうか。 P8 【事例1】 仕事内容とその進め方に試行錯誤しながらも本人の自信に結びつけた例 P11 Q4 精神障害のある社員に無理をさせてはいけないと一般には聞きます。どのようなことに気をつけながら仕事を決め、また、どのようにして作業負担への配慮を行えばよいでしょうか。 P12 【事例2】 支援機関から有効な情報を得つつ採用を決め、雇用を継続している例 P14 Q5 精神障害のある社員とのコミュニケーションに不安があります。仕事上では、どのようなことに気をつける必要がありますか。 P16 Q6 精神障害のある社員の健康管理には、どのようなことに気をつけなければならないでしょうか。また、心身が不調になって仕事が手につかない状態の場合、どのような対応をとったらよいでしょうか。 P18 【事例3】 体調チェック表を活用した健康管理 P20 Q7 精神障害のある人を雇用することについて、社内の理解と協力を進めるために、どのようにしたらよいでしょうか。 P22 Q8 精神障害のある社員のモチベーションを保つことやキャリア形成を考えたいのですが、実施方法や留意すべきこととしてどのようなことがありますか。 P24 Q9 支援機関の利用に関する情報やアドバイスはありますか。 P26 【コラム】 企業と支援機関の関係について P28 【参考2】 精神障害者の雇用における事業主に対する支援施策の流れ P29 【参考3】 精神障害者の職場定着に関する主な支援機関の概要 P30 調査委員会 委員名簿 P32 <本文> Q1 精神障害者とはどのような特性がある人ですか。 精神障害者は、障害者基本法によると「精神障害(発達障害を含む。)がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」(第2条から抜粋)と定義されます。 一方、障害者雇用促進法では、精神障害者の範囲を、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている人または統合失調症、そううつ病(そう病及びうつ病を含む)、てんかんにかかっている人で、病状が安定し、就労が可能な状態にある人としています。また、雇用率算定の対象となるのは精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている人としています。  ただし、神経症等それ以外の精神障害者についても、障害者雇用促進法の障害者、すなわち「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」に該当しますので、ハローワーク等における支援の対象となります。 以下、精神障害の代表的な疾患に関し、その特性について要約します。 統合失調症 10代から30代の若い世代で発症することが多く、この疾患の頻度は約1%と言われており、およそ100人に1人が罹るポピュラーな疾患といえます。  はっきりとした原因はいまだ不明ですが、脳の神経伝達物質(神経細胞の間で情報を伝達する物質)の異常がさまざまな症状を引き起こすと言われています。主な症状としては発症初期や調子を崩した際に現れやすい陽性症状として、幻視、幻覚、妄想、思考の混乱(自分の考えや気持ちをうまくまとめて言えない)が挙げられます。このほか陰性症状と呼ばれる慢性的な症状として、意欲の低下、感情や表情の平板化(喜怒哀楽の表現が乏しくなる)などがあります。  こうした症状が軽減された人が、就労を目指すことになりますが、一方で「疲れやすい」「細かな指先の動作が苦手」「複雑なことが苦手」「臨機応変に判断することが苦手」「新しいことに不安が強く、緊張しやすい」などの特性が現れることが多く見られます。 気分障害 うつ病やそう病(単一性障害)、そううつ病(双極性障害)の総称です。これらの疾患に罹る原因ははっきりとはわかっていないものの、精神的、肉体的な疲労が続いていくうちに脳内の神経伝達物質に異常を来し、さまざまな症状が出現すると言われています。うつ病は、一生のうちに15人に1人は罹ると言われているほど頻度の高い疾患であり、通常の生活に支障を来すほどに気分が沈む状態が長く続く疾患です。その際、身体の不調として、疲労感、倦怠感、睡眠障害、食欲不振、体重の減少、頭痛・腰痛等があります。また、精神症状としては、抑うつ状態、日内変動(朝方から夕方になるにつれて憂うつ感が軽くなっていく)、集中力低下、注意力散漫、意欲低下、興味・関心の低下、不安、取り越し苦労、自信の喪失などが見られます。 「そう」は、「うつ」と逆に気分の高揚が現れ、気力や活動性の亢進が現れますが、この状態とうつ状態が交互に繰り返されるのがそううつ病です。 他にも、統合失調症やそううつ病よりも軽症であり、精神的な葛藤やストレスによって不安や恐怖を感じて精神や身体的な症状を引き起こす神経症(強迫性障害やパニック障害など)や、精神作用物質(アルコールやシンナーなど)による精神疾患、事故あるいは脳出血などで脳に損傷や衝撃が加わることにより運動機能や思考、言語、記憶などの認知機能に障害が生じる高次脳機能障害などの精神疾患があります。  なお、発達障害は発達障害者支援法において、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現する障害を有するものとされていますが、WHO国際疾病分類では精神障害に位置づけられています。また、冒頭に引用した障害者基本法や障害者雇用促進法でも精神障害に発達障害を含めています。我が国での取扱いの実態について、ハローワークの専門援助部門における発達障害者の実態調査を見ると、199名の発達障害者の約6割が精神障害者保健福祉手帳を取得して就職していた、というデータもあります(※1独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター:調査研究報告書No.99「高次脳機能障害・発達障害のある者の職業生活における支援の必要性に応じた障害認定のあり方に関する基礎研究」(2011年) 【参考1】 働いている精神障害者はこんなに増えています! 民間企業における精神障害者の雇用状況 平成20年 5,997.0人 平成21年 7,710.5人 平成22年 9,941.5人 平成23年 13,024.0人 平成24年 16,607.0人 平成25年 22,218.5人 平成26年 27,708.0人 平成27年 34,637.0人 出典:厚生労働省(6月1日現在の障害者雇用状況の集計結果のうち、精神障害者の雇用状況を抜粋) Q2 精神障害者と言っても疾患や症状は様々であると聞いています。継続雇用するための雇用管理として、何ができるか不安です。  精神障害者の雇用管理は、個人の状況を的確に把握した上での個別対応が基本ですが、まずは精神障害者に共通する雇用管理上の配慮事項を理解することをお勧めします。また、就労支援機関はもとより、課題に応じた医療、福祉等さまざまな支援機関(※2)をぜひ積極的に活用してください。 精神障害者に共通する雇用管理上の配慮事項を理解する 精神障害には統合失調症やうつ・そううつ病など、様々な疾患があるとともに、ひとりひとり障害特性も異なります。また、精神障害者の中には、てんかんとうつ・そううつ病や、統合失調症と発達障害など複数の診断を受けている人もおります。さらには、性格や能力・経験などによる違いもあり、このため、実際の雇用管理は、きわめて個別的なものとなります。 しかしながら、疾患があるがゆえに健康管理面での配慮が必要なことや、ストレスに弱い、疲れやすい、認知面に障害がある場合があるなど、共通項も考えられます。(※3)  こうした精神障害者に見られる共通項への対応については、健康管理、風通しの良い職場風土作り、コミュニケーション上の配慮、仕事のマニュアル化、仕事量への配慮などがあげられますが、これらの中には精神障害のある社員に限らずあらゆる社員にとって望ましいものもあります。まずは、このような観点から精神障害のある社員の雇用管理を認識してみてはいかがでしょうか。本Q&Aでご紹介する雇用管理のあり方は、以上のような観点に基づくものですが、これらは同時に誰でも無理なく働ける職場作りにつながるという面があるとも言えます。 支援機関を有効に活用する   もちろん精神障害者を継続雇用していくためには、健常者の雇用に比べて相応の対応が時には求められます。個別的な対応が必要であることは先に述べたとおりですが、時として医療面や生活面からの支援が必要になるなど、企業のみで全てを行おうとする場合は対応が難しくなることがあります。ただし、場面に応じてさまざまな支援機関を有効に活用していけば企業の負担も軽減されるとともに、企業が対応しにくい課題の改善も図られますので、このことは是非踏まえておくべきです(Q9参照)。 ※2 支援機関としては、「ハローワーク」「地域障害者職業センター」「障害者就業・生活支援センター」「自治体設置の就労支援センター」「就労移行支援事業者、就労継続(A型、B型)支援事業者」「地域活動支援センター、地域生活支援センター」「職業訓練を実施している機関や教育機関」「保健所や精神保健福祉センター」「医療機関」があります。なお、各支援機関の概要は巻末の【参考3】をご参照ください。 ※3 てんかんや高次脳機能障害のある人の場合、健康管理や自信の喪失、認知障害への対応で、また、発達障害のある人の場合、認知障害への対応などで共通するところがあると考えられますが、これらの障害に関する雇用管理上の留意事項等については、障害者雇用マニュアルコミック版「高次脳機能障害者と働く」(http://www.jeed.or.jp/disability/data/handbook/manual/emp_ls_comic06.html)「発達障害者と働く」(http://www.jeed.or.jp/disability/data/handbook/manual/emp_ls_comic05.html)、精神障害者雇用管理ガイドブック(http://www.nivr.jeed.or.jp/research/kyouzai/38_seishin.html)(以上、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構作成・発行)などを参考にすることをお勧めします。 Q3 精神障害のある社員に対して、仕事のやり方を伝えたり、指導することへの難しさはないでしょうか。 ポイント 「新規雇用後の雇用管理についての中小企業向けアンケート調査」(以下、「アンケート調査」という。)によれば、 @「根気よくわかりやすい指導を心がける」(90.2%) A「指示を出した後の(本当にわかったか、不安はないかなど)本人の様子に注意する」(90.2%) B「指示を出すときには具体的に出す」(87.1%) C「できたときはきちんと認めてほめ、ミスに対しては解決策を一緒に考えるなどの対応を心がける」(84.5%) D「特定の指導者を配置する」(73.7%) E「仕事の手順を簡素化・構造化する(※4)」(71.6%) F「誰でも同じように作業が理解できるよう、仕事の手順を『標準化』するために、作業マニュアルやチェック表を作成し、業務遂行に役立てる」(51.5%) 要旨  精神障害のある人は、緊張しやすい、不安になりやすいなどの傾向があり、中には認知機能に障害がある場合もあります。このため、作業を理解するのに時間がかかったり、ミスを繰り返す、段取りがつけられずに次の行動になかなか移れないといった人も見られます。また、障害があることで自分に自信を失っている人も多く見られます。以上から、仕事の進め方に関する指導などに当たっては、緊張や不安をできるだけ生じさせないことや、わかりやすい指導を心がけるなどの配慮が望まれます。 ポイント@  精神障害のある人は、緊張や不安を生じやすいことなどから、仕事に慣れるのに普通の社員よりも時間がかかることがあります。また、認知機能に障害がある人(例えば、計算が苦手、仕事の手順が覚えられない、物を覚えることが苦手など)もおり、このため、根気強く、わかりやすく指導することが時には求められます。一方、指導に当たっては、逆に指導する人自身が過剰なストレスを抱えることがないように配慮することも重要なポイントです。指導する人に悩みが生じた際には、上司が常に相談に乗れる体制を整えたり、雇用管理上の負担を特定の部署や特定の社員のみにかけないように企業全体で調整している例もあります。 ポイントABC  指示の仕方としては、例えば「どちらでもよい」、「きちんと」、「きれいに」などのような曖昧だったり抽象的な指示出しはせずに、具体的に必要な指示のみをピンポイントで、タイミング良く行うと効果的です。その際、何を指示しても「できます」と答えてしまう人もいるので、指示を出した後に、指示内容を本人に確認することは、重要なポイントです。 また、精神障害のある人は、不安になりがちで自信を持てない場合が多く「自分は指示どおり作業ができているのか」、「周りは自分のことをどう評価しているのか」などと不安感を一層強めてしまうことが少なくありません。このため、できていることに対してもきちんと認めていくこと、そしてミスが生じた際に頭ごなしの叱責をしないようにすることはとても重要です。生じたミスに対し、何が原因だったのか、具体的な解決策は何なのかを一緒に考えていくなどの姿勢は大変有効なフォローになると考えられます。 ポイントD  指示を出す人を決めておくという工夫・配慮も良い効果が期待されます。色々な人から指示を出すことで生じる混乱や緊張を避けるために、「特定の指導者を配置している」と回答した企業は高い割合でした。なお、これと同時に、特定の人のみに負担がかからないような工夫・配慮が重要なポイントであることは、ポイント@の解説欄で記載したとおりです。 ポイントEF  ミスが生じた際の対応としてはポイントCがありますが、一方で、作業手順の簡素化・構造化や、作業マニュアルや作業の進捗状況を管理するチェック表の作成は、精神障害のある社員が仕事を理解することを容易にするとともに、ミスの軽減やミスをしやすい工程のチェックなどにも役立つというメリットがあります。実施に当たっては、作業マニュアル等の作成ノウハウがあれば自社で検討しつつ、必要に応じ、疾患に応じた対応に関して、就労支援機関に相談すると良いでしょう。 他の工夫  仕事に慣れるに従って、意欲が減じ、作業への集中力が低下しないように工夫・配慮を行っている企業もあります。「アンケート調査」では、「注意力や作業意欲が低下しないように、ジョブローテーションを実施している」との回答が31.4%ありました。 ※4 構造化とは、一連の作業について「方法、場所、担当者、使用する道具、時間、処理量などを整理するとともに、それらの手順と関連性についても明確にすること」と定義できます。  具体的には、いつ、どこで、誰が、何のために、何をするのか、そしてどのようにするのか(作業工程)について一つ一つの行動レベルまで細分化して手順を明確にすることをいいます。  なお、構造化することの効果として、以下のことが挙げられます。 @誰もが同じ基準で作業を捉えられるようになり、いわゆる作業の標準化が図られるため、やり方が異なる・工程が抜ける・工程が前後することによるミスが少なくなります。 A工程が細分化されることで一つ一つの工程が理解しやすくなります。 B当該作業の指導者が誰であっても、統一した指導がしやすくなります。 Cどの工程でミスしやすいのか、どこでつまずきやすいのかをチェック、発見しやすくなり、適切な改善の方策が導きやすくなります。 D更に踏み込んだ活用として、作業する者が手順を踏まえて作業を行う際のセルフチェックリストとすることにより、ミスの軽減を図りやすくなります。 【事例1】 仕事内容とその進め方に試行錯誤しながらも本人の自信に結びつけた例  福祉・介護サービスを行うZ園では、初めて雇用した精神障害のある社員のWさんに対して、当初は単純作業が良いと考え、作業時間を区切りつつ清掃や各部屋のシーツ交換を行う仕事を用意しました。しかしながら、清掃では、パートナーの職員がやり直すのを目の当たりにしたことや、またシーツ交換では、時間を区切ることでのプレッシャーも加わったためか、作業スピードが思うように上がらず、ある日、同じ作業をしている別の職員から遅いことをとがめられたことから、Wさんはすっかり萎縮してしまいました。  そこでZ園では、本人への適性を考え、再度仕事を見直すこととしました。掃除については、単純作業のみではなく加湿器の手入れなどを加えるとともに、節句などの園内行事の準備も新たな仕事としました。その際、時間を細かく区切っていた、これまでの作業方法も日単位に改めることとしました。また、園内の各セクションにまたがる作業となるため、作業順序の決定や社員が困った時の対応などを総務課の職員が行うようにしました。  各作業では、他の職員がフォローしていましたが、次第にWさん一人で作業ができるようになっていきました。Wさんは50台近くある加湿器の洗浄を行うとともに、その物品がどこにあるのかなども全て覚えており、今では物品管理なども一人でこなしています。さらには、車いすのタイヤのパンク修理なども得意で、次第に園内の他の職員たちから感謝されるようにもなり、Wさんは自信を取り戻すとともにやりがいを感じるようになっていきました。  一方で、Wさんは仕事を選ぶようになり、嫌いな仕事は行いたくない、と主張するようになりました。本人に対して、どのように接していけば良いか判断しかねた総務課の職員は、Wさんが登録し、日頃よりお世話になっている支援機関に相談しました。 その結果、Wさんは、支援機関から、仕事とは本来どう取り組むべきものかについてメリハリのある言葉で注意を受けることによって、自身を反省し、以前のような態度は取らないようになりました。  Z園は、支援機関について、「障害のある本人のことを良く知っているため、時にはどのようにしたらよいかわからない時などに相談に乗ってもらえる。何かあったときに頼れる存在。」と評価しています。 Q4 精神障害のある社員に無理をさせてはいけないと一般には聞きます。どのようなことに気をつけながら仕事を決め、また、どのようにして作業負担への配慮を行えばよいでしょうか。 ポイント  仕事への配置の決定に関する工夫・配慮として「アンケート調査」によれば、 @「本人の希望や障害状況を勘案して仕事に配置する」(89.2%) A「納期やスケジュール上のプレッシャーが比較的少ない仕事に配置する」(83.0%) B「作業量の急な増減が少ない仕事に配置する」(81.4%)  C「グループやペアで仕事を行う」(53.6%)  勤務時間の設定に関する工夫・配慮として「アンケート調査」によれば、 D「障害状況に合わせた勤務時間を設定する」(59.8%) E「採用当初は短時間勤務から始める」(54.6%) 要旨  精神障害のある人はストレスに弱く、また疲れやすい面があることなどから、仕事内容や作業量で過度なストレスがかからないように配慮することが必要です。  作業量を調整するという観点から具体的に多くの企業で採られている方法としては、勤務時間を本人の障害状況に合わせて検討するこということがあります。 仕事への配置の決定に関する工夫・配慮 ポイント@  本人の希望や障害状況を勘案するのであれば、もとより本人が自身の症状や現在の状態をきちんと理解していることが前提となりますが、全ての精神障害のある人が自身の疾患を理解しているとは限りません。従って、こうしたことの確認は採用に当たってのポイントと言えます。しかしながら、面接時に、緊張やコミュニケーションに課題を抱えることなどから本人がうまく自分自身のことを説明できない場合もあります。その際は、本人をサポートしている支援機関があれば、本人の同意を得つつ、そこから情報の提供を受けて本人の希望や障害状況を確認することも有効な手段です。 ポイントAB  企業の中には、その作業の期限が比較的厳しくなく作業量の変化が少ない仕事を様々な部署の仕事の中から切り出しひとまとめにして、精神障害のある社員のための職務を創出している例もあります。 ポイントC  作業体制を工夫することでストレスの問題に対処するという方法もあります。グループやペアによる仕事の遂行は、お互いに悩みを相談しやすくなるというメリットや、精神障害のある社員が欠勤せざるを得ない場合のフォローになるため本人に安心感を与えられるなど、過度なストレスをかけないための効果が期待されます。一方で、グループ内で本人の緊張が解けないなどのリスクもあり得るため、指導体制や仕事内容への留意とともに一緒に働く従業員の個性や相性などを勘案する必要があります。 他の工夫  そのほか、「アンケート調査」では「複数の仕事を体験させ本人に適した仕事を検討する」という回答も42.8%見られました。精神障害のある社員にどのような仕事をさせるのか決まっていないという場合に限らず、本人の希望と企業として用意できる仕事内容とのマッチングをより多くの面から検討するためにも有効ではないでしょうか。 勤務時間の設定に関する工夫・配慮 ポイントD  「アンケート調査」の別の質問事項で「新規雇用した精神障害者で、心身が不調になり仕事に困難をきたした」場合の対応として「勤務時間を調整した」が比較的多く選択されたことなどからも、本人の希望やコンディションを踏まえて雇用後も柔軟に勤務時間を調整している企業の様子がうかがわれます。  なお、勤務時間の変更については、必要に応じて支援機関を交えつつ、本人とよく相談しながら進めると良いでしょう。 ポイントE  採用当初は短時間勤務から始めて、本人の状況を見ながら徐々に勤務時間の延長を目指すと回答した企業も半数以上あります。ただし、全ての精神障害のある社員が短時間勤務から始めているわけではなく、最初からフルタイム就労が可能と判断した社員に対してはフルタイムで開始するなど、必ずしも短時間勤務にこだわることなく採用当初の勤務時間を設定している企業の様子も「アンケート調査」からうかがわれます。 【事例2】 支援機関から有効な情報を得つつ採用を決め、雇用を継続している例  情報通信業のN社では、ハローワークの紹介により精神障害のあるOさんを採用して以来、平成25年12月現在で4年目を迎えます。  Oさんは、N社にとって初めて新規に雇用した精神障害のある社員ですが、Oさんを迎えるに当たり、産業医のアドバイスやOさんが利用している支援機関からの情報を参考にし、さらには総務部長自らが精神障害に関して色々と勉強をするなど、N社は準備を整えました。  初日は、配属部署の社員あてに本人が自己紹介を行いました。温和な性格もあり、職場からは当初から好意的に迎えられました。  Oさんの業務内容はプログラマー補助であり、作業は数名のチームで行っています。Oさんとの相性を考えてチーム員を配置するなどの配慮をしています。 N社では技術者の派遣も行っていますが、Oさんは内勤のみとするとともに、総務部長が配属部署と連携し、雇用管理を行っています。残業は基本的に行わないように配慮しています。  また、Oさんは採用当初から正社員として働いていますが、月に1回、平日に通院するための時間を確保する必要がありました。このため、N社では本人の希望を踏まえて、休暇を柔軟に取得できるよう配慮することとしました。  目標管理については、作業スケジュールの作成を中長期ではなく1〜2週間程度としていますが、基本的には他の社員と同じように実施しています。また、日進月歩であるプログラムの仕事では、日頃からの学習が大切ですが、N社の実施する集合研修にもOさんは参加しています。  これまで順調に雇用継続が進められていますが、キーポイントのひとつとして、採用検討時に本人の障害特性や能力を適切に確認、判断できた、ということがあるようです。面接では同行者はなくOさん一人と行い、他の応募者同様、能力等を見るためのテストを行い、その結果、総じて優秀だとN社は評価しました。しかしながら、精神障害のあるOさんにどう対応したらよいのか、全体像をはっきり認識できずにいた中、Oさんを支援している就労支援機関からN社あてに連絡があり、その後、精神障害の特性やOさんに関する詳細な情報を得ることができました。このことを通じて採用を決断できたとN社は言います。「精神障害者と言っても、企業側としては、通常、具体的な情報がなく本人が見えない。精神障害というだけでは二の足を踏んでしまうこともあるのではないか。このため、支援機関から情報をいただくことができるというのは大きいと思う。」とN社はコメントしています。 Q5 精神障害のある社員とのコミュニケーションに不安があります。仕事上では、どのようなことに気をつける必要がありますか。 ポイント 「アンケート調査」によれば・・・ @「本人が上司や同僚に相談しやすい雰囲気を作るため、積極的に声かけをする」(86.6%) A「職場を和やかな雰囲気に醸成するため、あいさつを含めた社員間のコミュニケーションを活発化する」(84.0%) B「定期的に上司が相談にのる」(64.4%) 要旨 Q3で触れましたが、精神障害のある人は、緊張しやすい、不安になりやすいなどの傾向があり、障害があることで自分に自信を失っている人も多く見られます。このため、職場でのコミュニケーションに関しても、まずは、このような傾向を踏まえておく必要があります。 その上で、コミュニケーションにおける工夫・配慮を考えた場合、ごく当たり前のことのように思われますが、やはり職場全体の雰囲気を和やかでかつ風通しを良くするよう心掛けることが大切です。このことは、精神障害のある社員に限らず社員全体にとっても好ましいことです。さらに、何か困ったことがあるときなどに相談しやすい雰囲気を作るため、日頃の声かけや定期的な面談の機会の設定などが有効です。 ポイント@  上司や同僚に相談しやすい雰囲気を作るということは、精神障害のある社員の場合、自分から相談を申し出るのが不得手だという場合も考えられるため、重要な意味合いがあります。 ポイントA  職場の和やかな雰囲気の重要性に関しては、例えば、職場で誰かが叱責されているのを聞いた際に、自分のことでなくても大変不安になり強いストレスを感じるなど、人間関係に非常に敏感な場合があるということからも理解しておく必要があります。 ポイントB  精神障害のある社員との定期的な相談の機会の設定は、その健康管理面にメリットがあるのみならず、さらに、精神障害のある社員本人が悩み等を切り出しやすい機会を確保するという面から、有効な取組と考えられます。 他の工夫  このほか、「アンケート調査」では、「上司や指導担当者が異動する際には、前任者と後任者間で引き継ぎを実施し、本人を含めて相談を行う」と回答した企業が49.5%ありました。こうした雇用管理上の工夫・配慮も、上司の異動に伴い本人に生じるかもしれない緊張や不安の軽減につながり、精神障害のある社員を継続して雇用していくための重要なポイントと言えます。 Q6 精神障害のある社員の健康管理には、どのようなことに気をつけなければならないでしょうか。また、心身が不調になって仕事が手につかない状態の場合、どのような対応をとったらよいでしょうか。 ポイント  日頃における心身の状態の把握方法として「アンケート調査」によれば、 @「本人の体調について注意し必要に応じて相談にのる」(96.4%) A「定期的に上司が相談にのる」(64.4%) B「支援機関の職員が本人と相談を行っている」(51.0%) C「人事部署が配属部署と連携し体調面の把握や定期面談を行っている」(50.0%) 通常時の治療に配慮した雇用管理として「アンケート調査」によれば、 D「通院時間を確保する」(75.8%)  心身不調になった場合の対応として「アンケート調査」によれば、 E「不調時には、職務軽減をしたり、一時的に休養をとらせる等の対応をする」(86.6%) 要旨  健康管理は、精神障害のある社員による自己管理が基本です。  ただし、体調に波があるという障害特性を踏まえ、通院時間を確保することや普段から本人の体調に気を配ることなどは雇用管理をする側として必要です。  また、本人の病状や生活面の状況を勘案して対応しなければならない場合も生じることから、医療機関や生活面を支援する機関から具体的な支援を受けることが必要になる場合もあります。 日頃における心身の状態の把握 ポイント@  企業の多くが、普段から本人の様子に気をつけるとともに、早めに体調の変化を把握し、本人に確認・相談することを雇用管理の基本としています。 ポイントABC  体調変化の把握の方法ですが、上司による定期的な相談や、さらには、人事部署も加わって定期面談を行っている企業なども見受けられます。こうした人事部門の関与は、配属部署にかかる負担を軽減することにもつながります。また、支援機関の職員に本人との相談にのってもらうことは、企業にとって雇用管理上の大きな助けとなり、このような支援を受けているとの回答割合が約50%あることもポイントと言えます。 他の工夫  このほか、産業医や保健師など産業保健スタッフの活用も有効性が期待され、2割程度が実施していました。 通常時の治療に配慮した雇用管理  ポイントD  通院に関しては、有給休暇の扱いにするケースが多いようですが、時間有給制度を整備し、時間単位の休暇も可能にしているケースなども見られます。 他の工夫  このほか、通常時の治療に対する配慮として、「服薬状況を確認する」(回答割合34.5%)なども見受けられます。体調が良い時や仕事でイレギュラーなことが生じた時など、薬をうっかり飲み忘れるなどというケースが起こりうるため、行き届いた配慮であると言えます。 心身不調になって仕事が手につかない場合の対応  ポイントE  「アンケート調査」では、ポイントEの結果のみならず、実際に心身が不調になり仕事に困難を来した場合の、より具体的な対応についてもたずねています。回答内容をみると、どのような心身不調の状態(※5)であるとしても、本人や周囲からの状況確認に努めている様子がうかがわれます。また、勤務時間の変更による職務軽減についても、心身不調の状態別で見てもばらつきが少ない回答割合となっています。  心身不調の状態別に、もう少し詳しく見ると、「生活(リズム)の乱れ」「自信の喪失」「対人関係トラブル」が生じた場合には、就労支援機関との連携を行う割合が、他の心身不調の場合に比べて高くなっています。また、「生活(リズム)の乱れ」が生じた場合には、家族との連携を行う割合もより高くなっています。  精神障害のある社員の体調や病気の状況等の状態を把握し、どのような対応が適切かを判断するためには、本人に関する医療面や生活面などの情報を職場外から収集したり、専門的な見地からのアドバイスをもらうことが時として必要になります。このため、支援機関と連携した対応が重要であり、望まれます。 ※5 「アンケート調査」では心身不調の状態として「身体的疲労の訴え」「遅刻・欠勤の増加」「職場内の対人関係トラブル」「生活(リズム)の乱れ」「自身、意欲の喪失」「病状悪化、再発」「その他」を設定しています。 【事例3】 体調チェック表を活用した健康管理  今回の「アンケート調査」では「チェックシート等を作成し、健康管理に役立てる」と回答した企業が13.9%ありました。  製造業であるA社では、工場や事務所、社宅敷地などの環境美化・整備に従事する精神障害のある社員の体調管理のために、下のような「体調チェック表」を本人に毎日の出勤時と退社時に記入してもらうこととしています。チェック表の記入は、本人にとって自身による毎日の体調管理につながり、会社側にとっては、体調に配慮した的確な作業指示が行えるようになることにつながるとA社では評価しています。さらに、施設ごとの環境美化・整備という業務内容上、障害のある社員に対して複数の部署や社員が作業指示を出していますが、総務部に指導管理者を置き、毎日の出勤時と退社時には必ず総務部の職員が同席しその日の予定や体調について確認を行っており、障害のある社員がとまどうことがないように雇用管理体制を整えています。 (体調管理チェック表の例) ○月○日(○曜日) 今日の気分:良or悪 今日の体調:良or悪  食事:食べたor食べていない 服薬:飲めているor飲めていない 風呂等:入ったor入っていない 睡眠:十分or不十分 仕事の満足度:良or悪  疲れ具合:良or悪 <振り返り自由記述> Q7 精神障害のある人を雇用することについて、社内の理解と協力を進めるために、どのようにしたらよいでしょうか。 ポイント 「アンケート調査」によれば、 @「個別的な配慮事項や本人の対応の仕方を社員に説明する」(73.7%) A「社員が精神障害者雇用に関連し不安や悩み事がないか把握し、あれば何らかの対応をする」(63.9%) B「精神障害者の雇用管理について管理者の役割を明確にする」(61.9%) C「精神障害者雇用に関する会社の採用方針等について社員に説明する」(55.2%) 要旨  精神障害者の雇用に関し、周囲の社員の理解と協力を十分に得るためには、社員が抱く不安や生じる悩み等を軽減する取組が必要です。また、精神障害者雇用を進めていくという企業の意志を具体的な方針ともども社員にはっきりと伝えることなども良いと考えられます。 前提  周囲の社員の協力を得るためには、本人の同意を得た上で、本人の精神障害について社員に伝えることが前提となります。しかしながら、本人が障害をオープンにすることについて抵抗や不安を感じる場合には、その理由を十分受け止めつつ、「目的は周囲の理解と協力を得るためであること」、「説明内容や説明のタイミング、伝える社員の範囲などは話合いの上で決めたいこと」などを丁寧に説明していくことが必要となります。その上で、改めて本人の意思を確認し、その意思を十分尊重した上で対応してください。精神障害のある社員が利用している支援機関があれば相談してみることもお勧めします。 ポイント@  精神障害のある社員を前にしてどのように接したらよいのかわからない場合には、誰でも不安になります。本人の簡単な自己紹介にとどまらず、障害特性を踏まえた具体的な仕事上の配慮等を社員に説明することは、一緒に働く社員の不安の軽減とともに、その後の理解と協力にもつながります。一方で、個人に関する情報ですので、オープンにする内容や伝える範囲等には上記の「前提」で記載したとおり、十分な注意が必要です。 ポイントABC  精神障害者の雇用に対する社員の不安は、実際には、企業側から精神障害者の採用の方針を伝えられた時から起こりうるものです。このため、その際に精神障害者雇用に関する基礎的な情報を併せて伝えることで、社員の不安を和らげるという方法があります。実施に当たっては、地域障害者職業センター等の就労支援機関に社内研修の講師を依頼することもお勧めします。「アンケート調査」では「社員に対して、精神障害者に対する理解促進のための研修を実施する」と回答した企業は21.1%であったものの、「未実施だが今後実施したい」という取組に対して前向きな姿勢を示す回答が15.5%あり、こうした工夫・配慮が今後一層進められることが期待されます。  また、採用方針等の説明に当たっては、具体的な説明とともに、その実現に向けた企業側の意志を社員にはっきりと伝えることも良いと考えられます。すでに障害者雇用を進めている企業からは、障害者雇用には企業の「やる気」が重要であるとの声があります。中でも管理者は、このような方針を進める役割を担っており、「アンケート調査」でも、「精神障害のある社員の雇用管理に関する管理者の役割を明確にしている」旨の回答が約60%ありました。  一方で、社員の不安や悩みは、日々の作業の中でどうしても生じることがあります。この場合の対応として、人事部署などによる雇用管理面のサポートは、社員の精神面へのフォローとしても重要な意味合いがあると言えます。受入部署の社員にかかる負担の軽減とともに安心感を与えることにつながるからです。また、人事部署の社員自らが精神障害のある社員へ積極的に声をかけることなども、他の社員に精神障害のある社員への接し方についての理解を広げ、とまどいや不安を軽減するための有効な方法になり得るのではないでしょうか。 注意事項  ポイントにある工夫・配慮の多くは、採用を検討している段階から取り組むことが望ましいものですが、一方で、本人の当初の希望により、これまで上司等を除き障害を伏せてきたものの、改めて障害についてより広い範囲にオープンにし、周囲の理解と協力を得るようにしたいという希望が本人もしくは企業から出るといったケースもあります。このような場合は、その進め方について支援機関に相談するなど慎重に行うことが求められます。いずれにしても「なぜ、あの人ばかりが気遣われるのか」といったような不満の声が出るなど、職場でトラブルが起こる前に検討を始めることが望まれます。 Q8 精神障害のある社員のモチベーションを保つことやキャリア形成を考えたいのですが、実施方法や留意すべきこととしてどのようなことがありますか。 ポイント  目標管理として「アンケート調査」によれば、 「本人と話し合い、仕事上の目標を個別に設定する」(50.0%) 要旨  Q4では、精神障害のある人はストレスに弱く、また疲れやすい面があることなどから、仕事内容や作業量で過度なストレスがかからないように配慮することが必要であると説明しましたが、その一方で、担当業務が固定化しており、また、指導担当者などからの仕事ぶりに対するフィードバックがない場合、日々の仕事に慣れるとともに、単調に感じられたり、目標をはっきりさせられずに本人の意欲が低下してしまうケースも起こり得ます。 目標管理 ポイント(他の工夫)  仕事の意欲を維持もしくは高めるためには、仕事上の目標の設定に加えて、日々の仕事ぶりに対するフィードバック(※6)が重要なことは誰にとっても同様です。「アンケート調査」においても、「本人と話し合い設定した仕事上の目標について、評価・フィードバックする」と回答した企業は42.3%ありました。  フィードバックの実施方法としてはPDCAサイクルが一般に知られています。すなわちPlan(目標を設定する)、Do(目標に従って業務を行う)、Check(業務の実施が目標に沿っているか点検、確認の上、評価する)及びAct(目標に沿っていない部分があれば改善等を行う)から成る一連のサイクルです。上司等との定期的な話合いによる目標設定と評価のフィードバックは、精神障害のある社員にとって「他の社員と同様に対応されている」、「きちんと関わってくれている」という安心感をもたらすとともに、会社への帰属意識を醸成することにもつながります。  一方で、評価に当たり、会社側と本人との間でギャップが生じることもあります。様々な客観的理由を基にして話をしてもギャップが大きい場合は、支援機関に相談することも考えられます。  なお、「アンケート調査」で精神障害のある社員に「いろいろな仕事を体験させる」と回答した企業は29.9%ありましたが、こうした工夫・配慮は、能力開発・キャリア形成につながるとともに、仕事上のモチベーションを保つことにも役立つものと考えられます。 研修の機会の確保 他の工夫  教育訓練等の機会の提供に関しては、「指導者を決めて計画的にOJTを行う」(回答企業44.8%)、「社内の集合研修を受講させる」(回答企業39.7%)などの工夫・配慮が精神障害のある社員に対してなされていました。  なお、中小企業にあっては、OFF-JTや計画的なOJTの実施そのものが比較的進んでいない傾向にあるため(※7)、実施率が多少低めになるのは、精神障害のある社員に対する処遇にとどまらず社員全体に対する状況でもある可能性があります。  しかしながら、例えば、「業務に必要な資格を取得させる」と回答した企業は10.8%にとどまるものの、未実施だが今後実施したいと回答した企業が14.4%あるなど、前向きな企業の姿もうかがわれます。 ※6 「フィードバック」について、本報告書(Q&A集)では「評価結果を伝えるだけではなく、実際の行動や事実のほか、課題点やほめられるべき内容等について、改めてじっくりと話し合ったり、動機づけたりしながら、今後の成長につながるアドバイスを与えること」という意味で使用しています。 ※7 平成27年度「能力開発基本調査(厚生労働省)」によれば、企業規模別にみると規模が大きくなるほど計画的なOJT及びOFF-JTの実施率は高くなる傾向にあります。 Q9 支援機関の利用に関する情報やアドバイスはありますか。 要旨  精神障害者の雇用継続に当たっては、雇用管理体制を整えておくことが望まれます。そのためには、支援機関を有効に利用していくことをお勧めします。  「アンケート調査」によると、支援機関(Q2※2参照)の利用経験がある企業における平均利用数は4.4機関であり、このうち、時々もしくは大いに活用している機関の平均利用数は2.3機関でした。 その一方で、支援機関の利用経験が全くない企業が15.5%あり、これに利用経験がハローワークのみと回答した企業を加えると24.7%となりました。 支援機関の利用のメリット   精神障害者の雇用管理に当たっては、ともすれば好不調の波が生じがちであることや、時として障害者の医療面や生活面の支援が必要になることなどから、あらかじめ雇用管理体制を整えておくことが望まれます。しかしながら、企業のみで全てを行おうとする場合対応が難しくなることがあります。そのため、上記の「要旨」やQ2の回答にも記載しましたが、支援機関を有効に利用することをお勧めします。  実際には、支援機関による支援を受けなくても雇用管理に問題を来さないケースもあり得ます。しかしながら、少なくとも「とにかくやってみる」「実際に問題が生じたら相談する」という進め方は、後に問題が生じた場合、その状況の改善に手間取ることになるのも事実です。  また、支援機関には、企業のみならず家族等に対しても、より良い雇用管理に役立つアドバイスをしてもらうなどの活動も期待できるなど、その利用には大きなメリットがあります。 支援機関の利用のポイント  支援機関の利用開始は、採用を検討する段階からであれば、精神障害者の雇用をよりスムーズに進めることができ、また、その後の雇用継続に向けた雇用管理体制を整えることにもつながります。 「アンケート調査」では、採用検討時もしくは採用時からの利用が少なくとも50%前後確認された支援機関が複数見られました(※8)。  また、継続して雇用している社員にあっては、不調に伴って問題が発生する前から支援機関との関係を築いておくと、不調を来す前段階での不安やストレスの軽減につながったり、不調を来してしまった場合でも即時に適切な関わりができることで、結果として本人、企業の双方に安心感をもたらすことにもなります。 「アンケート調査」から、企業が受けたと回答した様々な支援の中で、特に効果があったとの回答割合が高かったのは、「雇用に関する支援制度についての情報提供」、「精神障害のある個人に関する雇用管理上の助言を内容とした支援」、「採用後の職場訪問による支援」などで、いずれも70%以上でした。また、「ジョブコーチ支援」に関しても70%に近い水準でした。  ちなみに、支援機関にはそれぞれカバーする事業の範囲があり、自らが窓口となり取り扱っている支援制度も多くあります。このため、企業側に生じる様々な課題に応じて相談できる機関が複数あると雇用継続のための大きなメリットとなります。  一方、企業と精神障害のある社員の双方ともこれまでどの支援機関とも接点がない場合には、本人の意向を尊重しつつ、まずは地元のハローワークや各都道府県にある地域障害者職業センター、概ね障害保健福祉圏域ごとにある障害者就業・生活支援センターに相談し、必要に応じて、順次そのほかの支援機関との関係作りも進めていくことをお勧めします。 ※8 障害者就業・生活支援センターや就労移行支援事業者・就労継続(A型、B型)支援事業者、地域障害者職業センターなど。なお、ハローワークは約80%。 【コラム】 企業と支援機関の関係について  企業と支援機関の間には、精神障害者の雇用や職場定着等への課題をそれぞれの立場から捉えることにより、その考え方に相違が生じ得るということに考慮しておく必要があると思われます。高齢・障害・求職者雇用支援機構の研究報告書(※9)では、支援機関からみた障害者雇用の課題や定着要因について、企業調査で得られた結果と対比させつつ検討した結果、支援機関と中小企業とで認識に様々なギャップがあることが明らかになったとしています(※10)。  このようなことから、お互いに十分な意思疎通を行うことが必要と思われます。  企業側としては、障害者に対し、生産性に一定の水準を求めつつも、障害特性をより良く理解しようとする努力が同時に求められるケースもあるでしょう。  一方、支援機関側としても、企業経営に深い理解があり、企業目線で一層問題を見ることができれば、支援もより懐が深いものとなり、企業側も一層の信頼を置くものと考えられます(※11)。 このような観点から、現在、厚生労働省は、就労支援機関を対象とした企業就労理解促進のための事業を各都道府県労働局で実施しているところです。 ※9 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター:調査研究報告書No.114「中小企業における障害者雇用促進の方策に関する研究」 (2013年) ※10 例えば、中小企業側が最も多く掲げた障害者雇用の課題は「障害状況に応じた作業内容や作業手順の改善が難しい」である一方、支援機関側が最も多く掲げた中小企業における障害者雇用の課題としては、「現場の従業員が障害者雇用について理解していない」であり、次いで「障害者に対して求める作業遂行能力の水準が高すぎる」などという結果が報告されています。 ※11 厚生労働省開催による「地域の就労支援のあり方に関する研究会」の報告書(2012年)では、就労支援を行う人材の育成に関し、「支援者は、企業と障害者双方の立場に立って支援を行うことが重要である。このため、企業の立場を理解しつつ、企業が求める支援を行う人材の育成が図られるよう、福祉施設等の職員の企業実習を支援することが必要である。」との指摘がなされています。 【参考2】精神障害者の雇用における事業主に対する支援施策の流れ ハローワーク、障害者就業・生活支援センター、地域障害者職業センターが中心となって、就職準備段階から職場定着(リワーク支援含む)までの一貫した支援を実施 ◎:事業主に対する支援施策(障害者と事業主双方を支援するもの含む) (ハローワーク) ・精神障害者トータルサポーターによる専門的支援(定着支援含む) ・求人公開、面接会の開催等 ・トライアル雇用(3ヶ月) ・短時間トライアル雇用(最大12ヶ月) ・各種助成金の支援 ・職場適応指導 (障害者就業・生活支援センター) ・職場定着支援 ・事業主支援 (地域障害者職業センター) ・雇入れ支援,研修・セミナー等の開催 ・雇用マニュアルや好事例の紹介 ・ジョブコーチ支援(最大7ヶ月) ・納付金助成金の支給 ・定着支援 ・リワーク支援(3〜4ヶ月)※主治医とも連携 ○:主に障害者本人に対する支援施策(事業主へのマッチングや職場定着に資するもの) (障害者就業・生活支援センター) ・関係機関への連絡・調整 ・本人への生活支援 ※就職準備段階〜職場適応段階には、就労系福祉サービスである就労移行支援事業と連携 ※上記のほか、障害者就業・生活支援センターを中心に、地域の関係機関(医療機関、保健所、自治体や民間団体の就労支援機関等)と連携し、就労支援を実施 【参考3】精神障害者の職場定着に関する主な支援機関の概要 ・ハローワーク  就職を希望する障害者に対する職業相談、職業紹介、就職後の職場定着・継続雇用などの支援や、事業主に対する障害者雇用に関する支援、雇用率達成指導を実施。 ・地域障害者職業センター  ハローワーク等の関係機関との密接な連携の下、障害者に対する職業評価、職業指導、職業準備支援等の専門的な職業リハビリテーションを実施するとともに、障害者雇用に際して具体的な課題を有する事業主に対して、その解決を図るための相談・援助を実施。さらに障害者、事業主双方に対するサービスとして、精神障害者総合雇用支援(うつ病等による休職者の職場復帰支援(リワーク支援)を含む)やジョブコーチによる支援を実施。 ・障害者就業・生活支援センター  雇用、保健、教育、医療等の関係機関との連携の拠点として、連絡調整等を行いながら、障害者の就業及びこれに伴う日常生活、社会生活上の相談・支援を一体的に実施。 ・自治体設置の就労支援センター  各自治体の施策として任意に設置された就労支援機関であり、主には就労を希望する障害者や既に就労している障害者に対する支援・相談を、福祉や医療、教育などの関係機関と連携しながら実施。 ・就労移行支援事業者、就労継続(A型、B型)支援事業者  「就労移行支援事業者」では、原則2年間を限度として、一般企業での就労に向け、障害者に対して各種作業、企業における実習、適性に合った職場探し、就労後の定着のための支援等を実施。  「就労継続支援事業者」では、一般企業での就労が困難な障害者に対して就労の機会を提供するとともに、一般企業での就労に必要な知識、技能が高まった利用者の一般企業への就労への移行に向けて支援する。A型は雇用契約に基づく就労であり、B型は雇用契約には基づかない就労。 ・保健所  精神障害者支援に関し、正しい知識の普及啓発、精神保健福祉相談、社会復帰施設等の利用調整等の業務を実施。都道府県、政令指定都市、特別区等が設置しているが、設置主体により役割が異なっており、福祉事務所等と統合されている地域もある。 ・精神保健福祉センター  都道府県及び政令指定都市に設置されており、精神障害者保健福祉手帳や自立支援医療制度に係る判定等の業務、精神保健及び精神障害者の福祉に関する知識の普及、相談、指導等を実施。 ・地域活動支援センター、地域生活支援センター  障害者の創作的活動や生産活動、社会との交流の機会を提供するなどにより、自立した日常生活または社会生活を営むことができるよう地域生活を支援する施設。地域の実情に応じて、専門相談員や指導員等による福祉サービスの利用援助やピアカウンセリング等の相談支援を行ったり、機能訓練、社会適応訓練および入浴等のサービスを実施する施設もある。 中小企業における精神障害者の新規採用後の雇用継続に係る 課題と対応に関する調査委員会 委員名簿 (五十音順・敬称略)(所属・役職は平成26年1月時点) ・岩谷力 国立障害者リハビリテーションセンター顧問 ・應武善郎 株式会社ダイキンサンライズ摂津顧問 ・奥脇学 有限会社奥進システム代表取締役 ・加藤勇 和光産業株式会社代表取締役 ・栗原敏郎 株式会社大協製作所代表取締役社長 ・田島良昭 社会福祉法人南高愛隣会理事・顧問 ・東出昇 株式会社東出家具店代表取締役社長 ・藤枝茂 厚生労働省職業安定局障害者雇用対策課長 ・箕輪優子 横河電機株式会社CSR部CSR課 ・吉光清 九州看護福祉大学看護福祉学部社会福祉学科長 ・(オブザーバー)金田弘幸 厚生労働省職業安定局障害者雇用対策課地域就労支援室長 平成25年度:障害者職域拡大等調査報告書No.3「中小企業における精神障害者の新規採用後の雇用継続に係る課題と対応に関する調査」 精神障害のある社員が安定して長く働くために(中小企業における精神障害者の雇用管理に関するQ&A) 平成26年3月発行(平成28年9月第二刷) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 〒261-0014千葉県千葉市美浜区若葉3-1-3(障害者職業総合センター内) 電話043-297-9513(雇用開発推進部雇用開発課) FAX043-297-9547 URL http://www.jeed.or.jp/