第1章 障害者雇用の理念と現状 第1節 障害者雇用の理念と障害者雇用対策の動向 第2節 障害のとらえ方 第3節 企業経営と障害者雇用 第1節 障害者雇用の理念と障害者雇用対策の動向 1 障害者雇用の理念  身体障害者の雇用保護に国が取り組むようになったのは、各国とも比較的新しく第一次世界大戦後のことです。すなわち、第一次世界大戦による多数の傷痍軍人を対象として雇用の場を確保するための施策がとられ、それが次第に一般の障害者にも拡大されていきました。  我が国においても、ほぼ同様の経過をたどり、第一次世界大戦後の傷痍軍人対策から始まりましたが、昭和21年に制定された日本国憲法では、その第27条において国民の勤労の権利を宣言するに至りました。この権利が障害者にも保障されるべきことは当然のことです。しかし、障害者が労働の意思と能力を有していても障害者に対する社会の理解が十分でなく、また、社会的条件整備も不十分であったため、障害者の雇用の場が十分に確保されたとは言い難い状況にありました。そこで、国は、昭和35年に、身体障害者雇用促進法を制定し、同51年には同法を抜本的に改正し、一定割合以上の身体障害者の雇用を義務づけ、納付金制度により雇用に伴う企業間の経済的負担のアンバランスを調整するとともに、各種の助成金を支給して障害者雇用を促進することとしました。さらに、昭和62年には、法の対象をすべての障害者に拡大し、雇用率制度及び納付金制度上の知的障害者の取扱いを改めるとともに、職業リハビリテーション対策の推進を図ることを内容とする身体障害者雇用促進法の改正を行いました(この時の改正により、身体障害者雇用促進法は、その名称を「障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「法」という。)」に変更)。その後も同法は数次の改正を重ね、平成9年には、知的障害者を含めた障害者雇用率の設定、平成14年には、障害者就業・生活支援センター事業及びジョブコーチ事業の創設等制度の充実強化等、平成17年には、精神障害者の雇用対策の強化、在宅就業者に対する支援等を図る改正法が成立しました。また、平成18年には、障害者の地域における自立と就労の支援を強化するための障害者自立支援法(平成25年4月1日から、障害者の日常生活及び社会生活を統合的に支援するための法律(総合支援法))が施行されました。さらに、平成20年12月には、中小企業における障害者雇用の促進、短時間労働に対応した障害者雇用率制度の見直し等を内容とする改正法が成立し、平成21年4月から段階的に施行されることになりました。平成25年4月には、障害者雇用の進展を受け、15年ぶりに障害者雇用率が引き上げられました。また、同年6月には、雇用分野における障害者に対する差別の禁止、障害者が職場で働くに当たっての支障を改善するための措置及び精神障害者を法定雇用率の算定基礎に加えること等を内容とする改正法が成立し、令和元年6月には、障害者の活躍の場の拡大に関する措置、国及び地方公共団体における障害者の雇用状況の的確な把握等に関する措置を内容とする改正法が成立しました。そして、令和4年12月には、障害者の多様な就労ニーズに対する支援及び障害者雇用の質の向上の推進等を内容とする改正法が成立しました。  今日までの障害者の雇用の促進に係る法制度も含め、我が国における障害者施策の整備の背景には、共生社会の理念があり、国の障害者施策の基本的な方向について定められた障害者基本計画(第5次・令和5年度~9年度)の中でも「障害者施策は、全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるという理念にのっとり、全ての国民が障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現を目指して講じられる必要がある。」と記されています。  いま、障害の有無に関係なく誰もがその能力と適性を活かしながら、働くことを通じて自己実現を果たし、社会に貢献していくことが求められています。  また、働くことによって収入を得ることで、毎日の生活を支え人生を豊かにしていくことにもつながります。共生社会の理念を踏まえ、一人でも多くの障害者が社会参加を達成し、働くことを通じて自立した生活を送ることができるようにするためには、個々の障害者の特性やライフステージ、置かれた状況等を考慮しつつ、社会全体として障害者の雇用促進及び安定に向けた支援に取り組んでいくことが必要です。  近年、共生社会の理念が社会に浸透している中で、企業においては、「CSR」(Corporate Social Responsibility/企業の社会的責任)や「コンプライアンス」(Compliance/法令遵守)、「ダイバーシティ」(Diversity/多様性)等への関心の高まりを背景に、障害者雇用に積極的に取り組む企業が増えており、障害者雇用は着実に進展してきています。大企業等においてはCSRやコンプライアンスに基づく企業価値を高めるための取組みとして、特例子会社を設立するなど障害者の雇用拡大を経営課題としている企業がみられます。その一方で、障害者を雇用するために役立つ各種制度の周知やノウハウの共有等が不十分であるなどの理由から、中小企業等を中心に障害者雇用について採用や募集、受入れに踏み切れていない企業もあります。また、障害者の就労意欲は高まってきているものの、働くことを希望しながら就職の実現が困難な精神障害者や発達障害者、重度障害者等の障害者もまだまだ多数おられます。  障害者雇用の問題は、単に障害者自身の問題であるだけではなく、障害のある人も障害のない人も含めた社会全体の問題です。われわれは、このことを認識しつつ、共生社会の実現に向けて、障害者雇用の取組みを推進していかなければなりません。今後、障害者雇用の取組みが十分に進んでいない事業主に対する障害者の雇用を促進し職域の拡大を図るための取組み、就職の実現が困難な障害者に対する職業的自立を積極的に推進するための取組み等に係る課題に対応し、そうした課題の1つひとつを克服していくことが、われわれに与えられた責務であるといえます。  最後に、「すべての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有」を目指す障害者の権利に関する条約が平成18年に国連で採択され、労働及び雇用の分野に関しては、あらゆる形態の雇用に係るすべての事項に関する障害を理由とする差別の禁止や職場における合理的配慮の提供の確保等のための適当な措置をとるべきものと規定されています。我が国においては、平成19年9月に署名をしており雇用分野における障害者権利条約への対応を図るため「障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律」が平成25年6月に成立しました。  また、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」の成立など国内法の整備がなされたことを踏まえ、国会において障害者権利条約の締結が承認されました。これを受けて平成26年1月に同条約の批准を行いました。 2 障害者雇用対策の動向  最近の法改正の経緯を振り返り、障害者雇用対策の動向を見てみましょう。 (除外率制度の廃止・縮小及び関係子会社特例)  平成14年改正では、除外職員制度及び除外率制度はノーマライゼーションの理念から見て適切ではなくなってきたという観点から廃止することとされ、経過措置として、当分の間、除外率設定業種ごとに除外率を設定するとともに、廃止の方向で段階的に除外率を引き下げ、縮小することとされました。また、特例子会社を持つ親会社が、その他子会社も含めて障害者雇用を進める場合に、関係する子会社も含め、企業グループ全体で雇用率制度を適用することが可能とされました。 (精神障害者の雇用対策の強化)  平成17年改正では、精神障害者に対する雇用促進に関する要請の高まりを背景とし、精神障害者保健福祉手帳を所持する精神障害者について、実雇用率にカウントできることとされました。 (納付金制度の対象拡大)  平成20年改正では、中小企業における障害者雇用を促進するという観点から、障害者雇用納付金制度の適用対象の範囲を拡大することとされ、平成22年7月からは従業員数が200人を超える企業が、平成27年4月からは従業員数が100人を超える企業が対象となることとされました。 (障害者の権利に関する条約の批准に向けた対応及び法定雇用率の算定基礎の見直し)  平成25年改正では、雇用分野における障害者差別の禁止及び合理的配慮の提供義務並びに精神障害者を法定雇用率の算定基礎に加えること等の改正が行われました。  まず雇用分野における障害者差別の禁止及び合理的配慮の提供義務についてです。平成25年改正により新設された障害者に対する差別の禁止及び合理的配慮の提供義務については、厚生労働大臣が指針を定めることとされており、平成27年3月に「障害者に対する差別の禁止に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針(障害者差別禁止指針)」及び「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針(合理的配慮指針)」が公布されました。「障害者差別禁止指針」では、すべての事業主を対象に、募集・採用時や採用後において、障害者であることを理由とする差別を禁止することなどを定めています。また、「合理的配慮指針」では、すべての事業主を対象に、募集・採用時や採用後において、過度な負担にならない範囲で合理的配慮を提供しなければならないことなどを定めています。この雇用分野における障害者差別の禁止及び合理的配慮の提供義務は、平成28年4月から施行されました(Q&A【問1】(P17)にチャレンジ)。(指針は第4章第4節及び第5節参照)  また、前述の通り、平成25年改正において、精神障害者を法定雇用率の算定基礎に加えることとなりました。これにより、平成30年4月から、一般事業主、国、地方公共団体等の法定雇用率がそれぞれ0.2ポイントずつ引き上げられました。さらに、令和3年3月1日からはそれぞれ0.1ポイントずつ引き上げられ、一般事業主の法定雇用率は2.3%になりました。  なお、令和5年度より一般事業主の法定雇用率は2.7%となっています(ただし、令和6年4月から2.5%、令和8年7月から2.7%と段階的に引き上げることとしています)。 (障害者の活躍の場の拡大及び国及び地方公共団体における障害者の雇用状況についての的確な把握等に関する措置) 障害者雇用は着実に進展している一方、多様な特性に対応した職場定着支援や就労環境の整備等がより一層重要な課題であることから、「働き方改革実行計画」を踏まえ、平成29年9月から「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」が開催され、平成30年7月末に報告書がまとめられました。 また、平成30年8月、公務部門において障害者雇用率制度の対象となる障害者の不適切計上があり、法定雇用率が達成していない状態が継続していたことが明らかとなりました。 こうした経緯を踏まえ、労働政策審議会での議論を経て、障害者の雇用を一層促進することを目的として、①障害者の活躍の場の拡大に関する措置、②国及び地方公共団体における障害者の雇用状況の的確な把握等に関する措置を内容とする法案が国会に提出され、令和元年6月に「障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律」(令和元年法律第36号)が成立・公布されるとともに、公務部門に対する報告徴収等の一部の規定について同日施行されました。 本改正は段階的に施行されることとなり、公務部門における障害者雇用推進者や障害者職業生活相談員の選任等の規定について、令和元年9月より施行されました。 また、本改正のうち、国及び地方公共団体に対する障害者活躍推進計画の作成・公表義務や厚生労働大臣に通報した障害者の任免状況の公表義務については、令和2年4月に施行され、国及び地方公共団体が障害者活躍推進計画を作成する際に参考とするための障害者活躍推進計画作成指針について、労働政策審議会において検討し、令和元年12月に告示されました。 あわせて、本改正のうち、民間の事業主に対する措置としては、①短時間労働者のうち週所定労働時間が20時間未満の障害者を雇用する事業主に対して、障害者雇用納付金を財源とする特例給付金を事業主に支給する仕組みの新設、②中小事業主における障害者雇用の課題に対応し、障害者雇用に関する優良な中小事業主に対する認定制度の新設が規定され、いずれも令和2年4月1日に施行されました。 (障害者の多様な就労ニーズに対する支援及び障害者雇用の質の向上の推進) 障害のある方の雇用の機会の確保を更に進めていくことに加え、雇用の質の向上に向けた施策の充実を図っていくことが重要です。こうした観点等から、令和4年12月には、障害者雇用促進法の改正を含む「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律」が成立・公布されました。 障害者雇用促進法の主な改正内容は、事業主の責務として、障害者の職業能力の開発及び向上に関する措置を行うことを明確化すること、特に短い労働時間(週所定労働時間10時間以上20時間未満)で働く重度の障害者及び精神障害者に対し、就労機会の拡大のため、特例的に実雇用率において算定できるようにすること、障害者雇用調整金等の支給方法を見直し、企業が実施する職場定着等の取組みに対する助成措置を強化すること等であり、適正かつ円滑な施行に向けた取組みを進めていくこととなっております。 また、社会全体が高齢化していく中で、企業から中高年齢者である障害者を継続して雇用する中で生じる課題について相談できる窓口を求める声があることを受け、令和4年6月に労働政策審議会において、「障害者就業・生活支援センターについて、関係機関との連携を強化し、地域の実情や個々の事業主の状況に応じて中高年齢者である障害者を継続して雇用するための課題に関する相談機能を強化することが適当である。」と結論づけられました。そこで、令和6年4月より、障害者就業・生活支援センターにて、企業が雇用する障害者の加齢に伴い生じる様々な課題等に対応することとなりました。 このように法律制定以降、幾度かの改正を経て、障害者雇用促進法は現在の形となっています。これらの改正の趣旨を踏まえ、障害者が職業生活において自立することが促進され、職業の安定が図られるよう、関係者が一体となって取り組んでいくことが求められます。 Q&A【問1】合理的配慮指針では、すべての事業主を対象に、募集・採用時や採用後において、過度な負担にならない範囲で合理的配慮を提供しなければならないことなどを定めている。(解答と解説はP289に記載しています) 第2節 障害のとらえ方 障害者の自立と社会参加について示した「障害者基本計画」(内閣府)には、障害があるか否かにかかわらず、すべての人が共に生きる共生社会の実現を目指すことを明記しています。 そのための支援については、当事者本位かつ施策横断的な立場に立って「障害者が多様なライフステージに対応した適切な支援を受けられるよう、教育、文化芸術、スポーツ、福祉、医療、雇用等の各分野の有機的な連携の下、施策を総合的に展開し、切れ目のない支援を行う」こと、また障害特性等への配慮として「障害者施策は、障害特性、障害の状態、生活実態等に応じた障害者の個別的な支援の必要性を踏まえて策定及び実施する」ことが掲げられています。 こうした視点に絡んで、利用者の個別性に合わせた就労支援を推進するための要点として、①働くことの意義、②生活機能と障害の関係、③ニーズと障害の自己理解、④職業リハビリテーション活動の概念、⑤個人特性と環境要件のとらえ方、⑥雇用主の対応と支援体制について解説します。その上で、最後に、ライフサイクルの全段階を通じた総合的な支援を考える上で大切な、キャリア発達と地域ネットワークについて触れます。 1 働くことの意義と職業リハビリテーション 「働くこと」は、一般的には、社会的な視点と個人的な視点の両面から見ることができます。「社会的な視点」は、企業という生産的な場面から見た場合です。これは、職業を、社会の存続や発展に必要な活動を個人に分割して割り当てたものであり、それに継続的に従事することで賃金などの報酬が分配される活動とされます。他方で、「個人的な視点」は、収入を得る手段のみならず、むしろ、自分の能力や興味を発揮して、様々な心理的な満足を得る源泉であることに注目します。 この視点は、障害の有無にかかわらず、すべての人にいえることです。ですから、障害があっても、仕事に就いて職業的に自立する中で、生涯にわたる「生活の質(Quality of Life:QOL)」の向上を目指すことは重要です。 「職業リハビリテーション」はそれを支援する活動です。その定義は、「障害者が適当な職業に就き、それを継続し、かつ、それにおいて向上することができるようにすること、ならびに、それにより障害者の社会への統合又は再統合を促進すること」(ILO(国際労働機関)第159号条約、1983年)とされます。その焦点は、職業リハビリテーションを、①障害者の社会への統合の手段として位置付け、②適当な雇用の継続と、③その向上を支援することにあります。 2 生活機能と障害の関係 (1) 障害の分類と定義 「障害」という言葉には、一般的には、次の二つの視点があります。その一方は、狭義の場合です。これは、例えば、身体障害や知的障害などの障害名や障害の種類と程度というように、身体や精神機能の低下や喪失に対して用いられます。これに対して、広義には、こうした意味を含みつつ、そのことが原因となって派生する生活上の困難や不自由や不利益などを包括した概念です。 リハビリテーション分野では、この広義の「障害」を的確に表すために、WHO(世界保健機関)が1980年に「国際障害分類(ICIDH)」の試案を提唱しました。この分類では、障害を、①生物学的なレベルでとらえた「機能・形態障害(impairment)」、②総体としての個人的なレベルでとらえた「能力低下(disability)」、及び、③社会的存在としての人間的なレベルでとらえた「社会的不利(handicap)」の三つの水準に区分しています。これは、障害を「病気(疾病)が治癒した後の固定的あるいは永続的な後遺症」ではなくて、「生活への影響」に焦点を当てることで、病気からもたらされる様々な問題を包括して把握しようとするものです。 この障害分類の試案は、次のような実践的な意義があります。 第一は、障害を総合的に把握する視点を与えたことです。障害は、心身の「機能・形態障害」としてばかりでなく、個人的なレベルとしての「能力低下」や社会的レベルとしての「社会的不利」も含めて、多面的にとらえるべきであることを明らかにしました。 第二に、障害の各水準は、独立した側面のあることを明確にしたことです。「能力低下」は「機能・形態障害」を、また、「社会的不利」は「能力低下」と「機能・形態障害」を契機として発生する、という因果的な関係が成り立つことは確かです。ですが同時に、能力低下は必ずしも機能・形態障害によって、また、社会的不利も能力低下や機能・形態障害によって、完全に規定されるわけではありません。 第三に、障害の各水準と直接的に対応した異なるアプローチが必要であることを示しています。独立した側面があるがゆえに、機能・形態障害に対しては治療的な手法で、能力低下に対しては対処行動の開発で、社会的不利に対しては環境の改善によって、障害の軽減や除去は可能であることを明らかにしました。 第四は、異なる視点をもつ職種や専門職あるいは立場の違いを超えて、障害の多面性についての共通した言語や理解をもたらしたことです。 (2) 生活機能の分類 最初の試案(ICIDH)は、1990年以降になって、数多くの構造モデルの提唱と議論がなされました。そうした経過を踏まえて、2001年に「国際生活機能分類(ICF)」として改訂され、図1のモデルが提唱されています。 これは、従来のような障害の状態を分類するのではなくて、障害のない人も含めたすべての人を対象とした「健康状態」そのものに焦点を当てています。そうした状態のあり方が、心身の「機能や構造」、個人レベルでの「活動」、社会レベルでの「参加」のそれぞれで異なることを示しています。しかも、その違いは、「個人因子」や「環境因子」といった「背景因子」の影響下にあることを強調しています。 障害は、こうした健康状態の変調であることから、すべての人に起こり得ることとされます。ですから、最初の試案(ICIDH)で示された「機能・形態障害」「能力低下」「社会的不利」などは、それぞれ、「機能や構造の変調」「活動の制限」「参加の制約」として現れること、しかもそれらは、年齢や性別、価値観などの「個人因子」や、物理的あるいは社会的態度や法制度などの社会的な環境を含む「環境因子」によって異なることを示しています。 図1 国際生活機能分類(2001年) (3) わが国の障害者の定義 障害者対策の基本的な理念を示した「障害者基本法」では、障害者を「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)、その他の心身の機能の障害」とし、また、てんかん・自閉症・障害を伴う難病などは附帯決議で補足しています。しかし、実際に行われる施策では、同法の理念を踏まえて作成された各種の法律や制度によって定義や範囲が少しずつ異なります。 例えば、18歳以上の身体障害者、知的障害者は、身体障害者福祉法にある「身体障害程度等級表」による身体障害者手帳の所持者や、知的障害者福祉法に基づく療育手帳の所持者です。これらの人は、手帳の有無と記載された等級に応じて、法に明記されている各種の行政サービスの対象者となります。また、精神障害者は精神障害者保健福祉手帳の交付などで、その範囲が規定されています。さらに、学校教育の分野では、特別支援学校の入学基準として、障害の種類ごとに「心身の故障の程度」が定められています。 また、「障害者の雇用の促進等に関する法律」では、「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)、その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」としたうえで、同法の運用では、身体障害者を身体障害者福祉法の別表で、知的障害者や精神障害者等は、厚生労働省令によって別に定めています。なお、労働者災害補償保険法でも障害の程度を定めています。 3 ニーズと障害の自己理解 (1) ニーズのとらえ方 最初に述べた「働くことの二面性」は、「ニーズ」の違いを示しています。つまり、ニーズは個人の側ばかりでなく、組織や集団それ自体にもあります。集団のニーズは、家族、職場、学校あるいは地域社会などの様々な社会集団そのものが、その存続のために集団を構成する個々人に働きかけます。個人はそれに応えることで、集団の中に自己の位置を確立して様々な満足感を得ます。しかしながら、集団のニーズは、時には障害のある人の社会参加を排除するということにもなりかねません。それゆえ、個人のニーズを集団がどのように満たすかという視点のほうが重要です。 個人のニーズはいろいろな視点から見ることができます。先ほどの障害分類で示した、「機能や構造の変調」「活動の制限」「参加の制約」のそれぞれの側面に応じてニーズをとらえることもできます。ここでは、マスロー(Maslow)の「欲求の階層構造」をもとに考えてみます。これは、次の五段階から構成されています。 ① 生理的欲求:生命を維持するための基本的な欲求とされます。いわゆる、衣・食・住そして性に対する欲求です。 ② 安全欲求:自分の身に危険が及ぶこと、あるいは、生理的な欲求が邪魔されることなどから逃れたい欲求です。また、直面している様々な現実に対して自分を守ったり、将来を心配することも含まれます。 ③ 連帯欲求:様々な社会集団に所属して、その集団に受け入れてもらいたいという欲求です。他の人たちと意味のある人間的な関係を保ちたいという願いでもあります。 ④ 自尊欲求:他の人に自分の価値を認めてもらいたいという欲求です。様々な集団の中にあって、他の人から認められて尊敬を受けたいという願いであり、自分自身に対して高い自己評価をして自負心を満足させたいという欲求でもあります。 ⑤ 自己実現欲求:自分の可能性をできるだけ伸ばしたいという欲求です。自分が「こうありたい」と思う方向に努力して、それを実現したいという願いでもあります。 これらのキーワードのそれぞれに対応して個人のニーズを分析すると、より的確にその全体像をとらえることができるでしょう。例えば、働いている知的障害の人の場合には、次のとおりです。まず、衣食住に対する「生理的欲求」は、自分でそれらを手に入れたいという願いです。したがって、自分のお給料で好きな物を買うことの喜びにつながります。「働いて、お給料を稼いで、それで好きな物を買う」といった一連の流れを自分で経験することで、働くことの意味も十分に理解することになります。また、知的障害があるから「安全の欲求」がないとは考えられません。 「連帯欲求」や「自尊欲求」もそうです。一般に、知的障害が軽度の人のほうが、職場の定着率が低いといわれます。いろいろな原因があるとしても、その一つに、自分では仕事を一人前にしていると自負していても、職場の上司や同僚がそれを認めなかったり、仲間として受け入れてくれないことに対する不満が原因となっている場合もあります。 「自己実現欲求」は、自分の将来像を実現したいという希望であり、その中身が問題になるのではありません。したがって、喫茶店のホール係として働いている知的障害の人が、やがてはレジ係になりたいと思うのも、自己実現への顕れです。 (2) 中途障害の理解 人生の中途で病気や事故などで障害者となった人は、それまでの発達の過程で獲得されてきた、個性や対人関係や課題遂行などの「特性や技能」、身体感覚や価値観や自己有用感などの「自己イメージ」、職業的な面を含む人生の様々な「目標」などが破壊されることになります。受障は、直接的には「特性と技能」の低下を招き、それが「自己イメージ」や「目標」の変更を余儀なくします。 ですから、中途障害から回復する過程では、①受障で無力化した特性と技能を「復旧」したり「置換」し、②自己イメージを「再統合化」し、③達成困難となった目標を「再組織化」するとともに、④実際の物理的及び社会的な環境を「再構造化」することが必要です。 特に、「自己イメージ」の回復が高いほど、より深刻な「特性と技能」の損失に耐えて人生の「目標」を立て直すことができるでしょう。その再統合化の過程は、一般的には、次の過程をたどるとされます。 ① ショック:受障を信じないで無関心や離人症的な状態に陥る段階です。 ② 否認や混乱:障害を否認したり、怒りやうらみ、あるいは悲嘆して絶望する段階です。 ③ 現実的認知と容認:あきらめや開き直りを経て、障害があっても何かできるはずだと考える段階です。 ④ 適応努力:自分の責任や役割を自覚して、依存から脱却して価値の転換を図ろうとする段階です。 ⑤ 再適応と受容:人生の新たな目標に向かって積極的に生きる段階です。 この経過は必ずしも直線的に進むとは限らず、障害に対する現実認知や容認のできないままに、適応への努力を重ねることも多くみられます。ですから、相互に密接に関連する「特性や技能」「自己イメージ」「目標」の領域を、一体的に支援することが必要となります。 4 職業リハビリテーション活動のとらえ方 これまでに記述してきたことを踏まえ、職業リハビリテーションサービスの全体的な概念を描くと、図2のようになります。これは専門家ばかりでなく、障害者を雇用してその維持を図ろうとする事業主の方々も共通して理解しておくことが望ましいでしょう。 (1) ニ ー ズ ここでは、ニーズが個人の側と社会集団の双方で生じることを示しています。個人のニーズは、前述のマスローの欲求構造をキーワードにしています。これに対して、職場や地域や家庭などの、それぞれの社会集団にもニーズのあることを示しています。 (2) 役   割 仕事に就くには、生産活動を目標とする職場の様々な環境条件から要請されるニーズに応えることが求められます。個人のニーズは、そうした環境や集団のニーズが反映された「役割」を果たすことで達成されるでしょう。 こうした「役割」を媒介として二つのニーズが達成されることを、「充足」と「満足」という言葉で表しています。「充足」は、生産活動をする集団や環境のニーズに個人が応えることを、また、「満足」は、個人のニーズにその集団が応えることを意味しています。それはまた、「社会的な視点」から見た働くことの意義が「充足」をもたらし、「個人的な視点」から見た働くことの意義が「満足」をもたらすことを意味しています。 (3) 適応とその向上 こうした双方のニーズを達成していく過程が、「対処行動」です。これは、環境や集団のニーズとして現れる具体的な課題を、個人が積極的に反応してそれに応えようとする活動です。対処の仕方は、すべての人が同じ方法である必要はなく、どんな方法であろうとも、与えられた課題に結果として応えることができればよいのです。 「適応」とは、こうした対処行動を通して、「満足」と「充足」の双方を高めていく過程です。その定義は、「生活体が、ある特定の生活環境のもとでその機能を円滑に維持し続けている状態」です。したがって、良い適応状態とは、個人の行動が社会の規範に合致し、しかも、それによって個人の感情が安定している状態です。 こうした適応に至る道は、短期間で終了するのではなく、生涯にわたって続き、職業生活の全体を通して向上させていくことになります。これはまた、キャリアを形成してゆくことでもあります。つまり、図2の「QOL(生活の質)」の向上は、そうした適応の過程すなわち、キャリア発達を通して得られるとみなしています。 図2 職業リハビリテーション活動の概念 (4) サービスや支援の戦略 適応性を向上させてQOLの充実に向かうには、個人と環境や集団の双方に対する、併行した支援が必要です。図2の下方にある「介入と支援」の矢印の方向は、このことを示しています。双方の側からサービスや支援をすることで、個人の「満足」と環境や集団の「充足」が、らせん階段のように上昇して適応の向上に至ると考えています。このように、サービスや支援は、個人の側に向けて「機能の発達」を促す方向と、集団や環境の側に向けて「資源の開発」を促す方向の、二つの戦略があります。 ① 機能の発達 個人の側に向けた支援である「機能の発達」は、いいかえると、能力開発です。これはさらに、「技能の発達」と「技能の活用」に分けられます。「技能の発達」は、まだ習得できていない個人的な機能を、教育や訓練で新たに学習して発達させることです。また、「技能の活用」は、既に習得した機能的な特性を、実際の環境の中で十分に活用できるように訓練することをいいます。 例えば、初めてワープロを使う人は、その使用ソフトを習得するのにゼロから一生懸命に学習します。それが「技能の発達」に相当します。これに対して、既にワープロを打てる人でも、就職先の事業所で使っているソフトが自分の学んだものと違う場合には、改めて学習し直します。けれどもそれは、初めてワープロを学ぶときよりもずっと楽に学習できて習得も早いものです。これが「技能の活用」に相当します。 ② 資源の開発 他方で、環境や集団の側に向けた支援である「資源の開発」は、既存の企業や組織や機関、さらには制度などの様々な社会資源を「調整」したり「修正」することをいいます。「資源の調整」は、社会資源を選択したり、活用の仕方の調整や援助によって、個人の特性に応じて活用できる資源を結び付ける支援です。また、「資源の修正」は、個人の価値観や必要性に応じて、既存の社会資源そのものを改善していくことをいいます。 例えば、働きたいという人がいれば、その能力や興味や価値観などに応じて、地域の生活支援の機関を含む様々な関係機関と調整することが必要になるでしょう。また、ある事業所に就職することを目指しても、その作業環境や仕事そのものが本人の能力に見合う内容でない場合には、作業場の改善や職務の再設計、あるいは新しく仕事をつくり出すといった修正をすることも考えなければならないでしょう。 (5) 役割の代替 こうした戦略の中で、特に、職場の集団や環境に対する「資源の開発」は重要です。なぜなら、それは、「役割」そのものを変える働きをするからです。「役割」の内容を変えることで、障害のある人の職業生活への参加を保障するとともに、個人のニーズが達成されて「満足」を得る機会も増大します。前述した障害分類の思想は、こうした職場の集団や環境などの「環境因子」の関与こそが、社会参加の道が開かれることを主張しているのです。 5 個人特性と環境要件のとらえ方 このように、職業的な自立に向けた支援を進めるには、個人特性と環境要件の双方を的確にとらえることが必要になります。 (1) 個人特性の把握 仕事に従事するのに必要な個人特性は、「ワークパーソナリティ」といわれます。これは、特定の職業や職場に限定されない、職業生活の全体を通して形成される職業人としての基本的な特性です。発達の過程を通して形成され、仕事を効果的に行うのに必要な適性や行動や価値観や能力などの側面が含まれ、仕事を探したり、それに従事して適応する過程で大きな影響を及ぼします。その具体的な条件を示したのが、図3です。 ここでは、個人特性を「社会生活の遂行」「職業準備行動」「職務との適合」から構成される階層構造とみなしています。それぞれの内容は、次のとおりです。 ① 社会生活の遂行:地域社会の中にあって役割を果たして日常生活を行うのに必要とされる、最小限度の個人的な条件を網羅したものです。 ② 職業準備行動:どのような仕事に就いても共通して要請される、職業人としての役割を遂行するのに必要な条件です。 ③ 職務との適合:ある職業群や職務に就いてそれを維持する可能性を明らかにするのに必要な情報です。ある職務を遂行するうえでの必要条件でもあります。 こうした視点は、働きたいという障害者を観察してそれを支援する場合に重要です。障害のない人の多くは、「職務との適合」の領域に限定した評価で済むことが多いのですが、障害のある人、特に、知的障害や精神障害のある人たちの場合には、「職業準備行動」と「社会生活の遂行」の領域で問題となることが多く、それに対する支援が必要だからです。 このことは、職場で不適応となって退職する原因の多くは、職務の適合にかかわる能力よりも、職業人としての基本的な要件が未熟なことからも明らかです。それゆえ、「職業準備行動」や「社会生活の遂行」にかかわる条件は、学校教育での職業指導や進路学習を通して、仕事に就く前に企業以外の場で確立されていることが望まれます。そうした、学校から職場への円滑な「移行」を進めることが重要でしょう。 また、仕事に就いた後もこれらが十分でない場合には、初期訓練の重要な課題となったり、職場に適応するための支援の内容ともなります。それゆえ、図4に示すように、社会生活や地域生活の維持を支える支援と、職場での生産活動を支える支援が一体的にまた継続的に行われることが非常に大切になります。 (2) 環境特性の把握 前述の概念モデルで指摘したように、職場の集団や環境に対する「資源の開発」は、障害のある人の雇用を進めるうえで、重要な課題です。そうした環境要件は、「職場の環境」と「地域生活や職業生活に関する環境」の二つの側面からとらえることができます。 職場は、一般的には、表1にある様々な環境で構成されています。こうした広い視点でとらえることによって、個人の特性を考慮した環境の調整や修正が可能になります。 また、仕事に就いてそれを継続するには、職場を離れた地域生活の維持が必要です。そうした職場以外の環境には、表2のものが含まれます。特に、地域生活に関する要件は、職場で働き続けることへの影響が大きいといえます。ですから、障害者を雇用する場合には、個人の生活状況についての周辺情報として知っておくことが必要でしょう。 図3 個人特性の階層構造 図4 生活支援と就労支援の一体化 表1 職場の環境に関する条件 表2 地域生活と職業生活環境に関する条件 6 雇用主の対応と支援体制 (1) 雇用主の不安と対処 障害者を採用する意思はあるものの、実際に受け入れるには様々な不安があって、どうしても一歩を踏み出せない場合があります。一般的に指摘される事業主の不安は、例えば、①生産性が低下して能率を維持することが困難、②労務管理のノウハウがない、③向いた仕事がない、④不測の事態が起きたりその危険がある、⑤経済的負担が増大する、⑥標準的な作業方法を適用できない、⑦人間関係の維持が難しい、といったことです。 こうした不安は、客観的な根拠のないままに否定的で非好意的な態度をとる「偏見」や、過去に経験した少数の障害者からのイメージですべての障害者を見る「ステレオタイプ(絞切り型)」な評価に起因することがあります。そうした偏見やステレオタイプの根拠は、障害のある人に対する断片的で偏った情報を基にしている場合が多いでしょう。 では、実際に障害のある人を採用した事業主の方々は、どのような人でしょうか。図5は、二次元の軸上で四つのタイプに事業主を分類した結果です。このX軸は「雇用した後の対応」を示し、指導や環境の整備を重視するのか、それとも採用後は放置するのかによって分けています。またY軸は「雇用の過程での志向性」を示し、人間的な温かさから受け入れるのか、それとも労働力を重視するのかで分けています。 このタイプ1と4は、採用の余地さえあれば、教師や親、ハローワークなどの関係者の依頼に基づいて、希望者をできるだけ受け入れようとする場合です。タイプ2と3は、本人の生産性に強い関心を持ち、事前に各種の検査等で労働力としての将来性を慎重に見極めたうえで採用に踏み切る場合です。また、タイプ1と2は、雇用した後の指導や訓練を重視し、作業環境を整備する努力を継続して実行する場合であり、タイプ3と4は、採用のときに期待したとおりの働きがあるとの前提に立ってそうした対処を考えず、教育や訓練に特別の配慮をしない場合です。 障害者を雇用する事業主の方々は、タイプ1や2の態度、中でも、タイプ1が望ましいとされます。つまり、就職後の訓練と雇用管理を前提とした採用です。これは前述したように、「障害」のあり方は個人特性と環境要因との相互作用によって決まることを踏まえた結果ですし、実際にも、これらのタイプの事業主の下では、たとえ知的障害の人であっても継続的に雇用されることが多い傾向にあります。 (2) 雇用管理面の配慮 このように、指導方法を工夫したり環境を整備することは、一般的には「職務の適正化」といわれます。これは、単に、本人に合う適切な職務を見出すことではなくて、その能力に合わせて職務そのものを改善したり、作業を容易にするための治工具や機器を改善したりすることも含まれます。また、能力向上のための教育訓練や、その他の様々な雇用管理面からの対処も含まれます。 知的障害の人は、それらの中でも、「教育訓練」が最も大切な課題となります。また、身体障害の人は、物理的な環境や技術的な環境の整備を含む「職務の再設計」も必要です。これは、一般的には、残存能力を生かすように作業の配置転換を行ったり、治工具を考案したり、機器を改良して作業を容易にし、能力に合わせて職務や作業の内容を再編成するものです。その他にも、「人間関係の改善」「職場の安全」「健康管理」「労働時間」「賃金」などの、様々な雇用管理面に対する配慮を必要とします。 (3) 企業への支援体制 雇用率制度を基にした障害者の雇用は、企業側の努力に依存している部分が多いといえるでしょう。それだけに、障害者雇用に対する社員の啓発、職場実習の受入れ、職務の調整を踏まえた採用、就職後の職場適応の向上、企業内外での能力開発や再訓練、昇進や昇格などのステップアップ、職場や職業生活に対する不適応への対処、高齢化に伴う職業能力の低下への対処などの様々な課題に対して、事業所が安心して相談できるとともに、実際的な協力も得られるような支援体制を整えることが重要になります。 図5 事業主のタイプ ・タイプ1 人間志向、指導・環境整備型 ・タイプ2 労働志向、指導・環境整備型 ・タイプ3 労働志向、放置型 ・タイプ4 人間志向、放置型 7 キャリア発達と地域ネットワーク (1) キャリア発達に即した支援 先に示したように、共生社会の実現に向けた支援では、障害者の各ライフステージを通じて、教育、福祉、雇用等、各分野の有機的な連携の下、総合的かつ切れ目のない支援を行うことが求められています。そのためには、学齢期の職業自立に向けた準備、学校から仕事への移行、就職後の職場や地域での安定した生活の維持、職場内でのキャリアアップや離転職、地域生活の継続、退職後の生活の場の確保などの、生涯のライフステージに応じた長期的な展望に立った支援を、常に考えておくことが必要でしょう。そればかりか、私たちの人生は、その生涯において、いつかは遭遇して乗り越えねばならない様々な出来事(例えば、進学、就職、結婚、離転職、退職など)が次から次へと押し寄せてきます。こうした人生の様々な課題を乗り越えて円滑に「移行」することで、「生活の質(QOL)」の向上が保たれるといえるでしょう。ですから、個々人の状況に応じて、そうした出来事に遭遇する可能性を見越したうえで、事前にそれを乗り越えるための準備や支援をするという視点が大切になってきます。 働く生活の維持に限定しても、発達的な視点を踏まえると、数多くの課題があります。 例えば、就職する前後の時期では、職務を遂行できる能力を育成しつつ、職務内容の調整を併行しながら、双方の結合に焦点を当てることになります。また、前述の図4に示した、社会生活の遂行能力や職業準備行動などの育成は、学校や訓練機関の課題となります。 就職した後、職業生活を継続する期間では、職場に適応できるように支援し、ステップアップや再訓練の機会を提供し、不適応の兆候が出た場合には迅速に対応し、離転職をせざるを得ない場合には適切な訓練機会を提供し、就職先に円滑に移行できるように支援することが求められます。また、事業主が障害者の採用や就職後の職場適応に際して、安心して相談や支援を受けられる体制も必要でしょう。さらに、生活の場の確保、通勤対策、日常生活の相談と支援、余暇活動などといった、事業所の対応では限界のある課題に対する支援や、本人の預金管理などのように、事業所では対応すべきでないことへの支援なども含まれます。 雇用や福祉的就労などの働く場面からの引退を支援する期間では、特に、加齢に伴う職務の遂行能力が低下した場合の対処の仕方と、生活基盤をどのように確保し維持するかということが重要となります。特に、企業で働き続けることが困難になった場合に、福祉的就労に円滑に移行できるよう支援することが重要な課題となります。 (2) 地域ネットワークの育成 こうした就労の継続、あるいは、人生の様々な出来事を乗り越えさせるための支援は、単独の組織や機関の提供する機能だけで応えることは、実際には、非常に困難なことでしょう。それゆえ、障害のある本人や家族ばかりでなく、事業所も安心して種々の相談や実際的な協力の得られる支援体制を整えることが重要です。特に、事業所の努力限界を超える課題に対しては、労働関係の機関に限らず、特別支援教育や保健福祉関係の諸機関や施設を含む地域の様々な社会資源が総合的に対応する、地域支援ネットワークによる支援体制の構築が必要となります。支援機関や担当者は、自組織や機関の提供する機能の限界を知り、その分、地域の社会資源や地域ネットワークと協働することによって、そうした限界を乗り越えることが求められています。 また、最近では就労支援に向けた支援ネットワークは、福祉・保健・医療・教育などの分野と雇用・就労支援機関が連携した体制が、各地でつくられつつあります。さらに、労働組合・経営者団体・特例子会社等の事業主、企業の人事労務担当者、障害者の就業支援機関の職員、福祉や教育現場の就労担当者、行政関係者など、幅広い領域のメンバーが参加した、地域の社会資源の全体を巻き込んだ地域ネットワークの形成も進みつつあります。 共生社会の実現に向けた支援は、障害者個人のニーズに対応したライフステージの全段階を通じて総合的にかつ適切な支援が求められています。それゆえ、生涯のライフステージに応じた長期的な展望に立った支援と、それを維持するための、地域における雇用支援のためのネットワークが、これからも、ますます大切になってゆくことでしょう。 (松為 信雄) 第3節 企業経営と障害者雇用 1 コンプライアンスと企業の社会的責任(CSR) コンプライアンス(法令等の遵守)についてわが国で関心が高まったのは、1990年代以降の度重なる企業の不祥事の発生にあります。粉飾決算やインサイダー取引、リコール隠し、違法カルテル、耐震偽装、食品偽装など枚挙にいとまがありません。経済のグローバル化にともない、国境を越えてビジネスをしていくとき、現地の法令や文化的背景を学びその国の法令を遵守することが必須となります。当初は税務や財務、取引慣行や販売戦略等を中心に進められ、雇用管理の場面においては、労働時間の適正化などが特に重要な対象として捉えられてきました。1) 今日では、IT技術の進展から個人が簡単にWeb上にリアルタイムに画像や映像等の情報を提示できる環境になり、組織内部で仕事をする個人レベルでのコンプライアンスが意識されるようになっています。そしてコンプライアンスが重視される領域は企業活動全体に拡大する傾向にあり、企業の社会的責任と重複する概念となってきています。「企業も社会の良き市民たれ」は、米国の企業の多くで共有される理念といわれますが、そのように考えますと単に法令に触れないように「マニュアル」などを整備するような予防的な姿勢ではなく、自らが積極的に責任を果たしていく姿勢が企業に求められているのではないでしょうか。 企業の社会的責任:Corporate Social Responsibility(以下「CSR」という。)2)は、法令遵守を前提として、それを超えた範囲と水準に広がる企業の自主的な規範形成への営みです。後述するように、各国で推進する組織、方法は異なります。それぞれ企業の行動を規定する法制度が違い、雇用慣行と労使関係も異なるからです。そしてCSRは、社会の企業観や文化とも密接に関係します。「自主的」な取り組みですから、唯一の定義、方法があるわけではありません。 CSRの議論の源流は1960年代から70年代にあります。1976年にOECD「多国籍企業行動指針」、1977年にILO「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」が示されました。わが国においてもこの時期に、公害問題で企業の社会的責任が厳しく問われ、1967年に公害基本対策法が公布、施行され、1971年には環境庁が設置された経緯があります。 さらに1990年代、国際的な規制緩和の進展により海外直接投資が増加し、経済がグローバル化するとともに市場競争も激しさを増しました。地球規模での環境破壊、鉱物資源や生物資源の獲得競争の激化、児童労働のような人権問題と労働問題、アンフェアな商慣行の強要などについて、グローバル化を推し進める多国籍企業に対して、投資家や消費者、市民活動団体などが、その行動に注目するようになったのです。そして、このようなグローバル化の進展により生じた諸課題への対応について、国際的な合意の形成がなされることになります。 1998年のILO「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言(新宣言)」や2000年の「国連グローバル・コンパクト」、OECD「多国籍企業行動指針(改訂版)」などです。これらの政府系国際機関の活動と国際的なNGOの活動、例えば国際標準化機構ISO(International Organization for Standardization)がCSRの議論を進める原動力となりました。欧州においては、域内各国での差異はありますが、CSRが政府主導でなされていることが特徴です。政府機関である欧州委員会は2001年に「グリーン・ペーパー」、2002年「通達」、2004年の欧州CSRマルチステークホルダー・フォーラム「最終結論と勧告」、2006年「通達」によりCSRに関する欧州委員会としての方針を示しています。近年では2019年12月にEUからの温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロにする欧州グリーンディールを打ち出し、気候中立な社会、経済の実現に向けて官民あげて取り組むとしています。 一方アメリカでは、企業による社会貢献は、かねてよりフィランソロピー(Philanthropy)が盛んでしたが、現在においては株主だけでなく、広くステークホルダーの利害に対する責任ある企業行動であると意識され、多くの企業が関心をもっているとされています。例えば、「顧客・従業員・地域社会・株主」の4つのステークホルダーに対する責任を具体的に明示する企業もみられます。一方でアメリカの企業経営に対する考え方は「株主至上主義」が強いと言われてきました。しかし2019年8月には、日本の経団連のような経営者団体であるビジネス・ラウンドテーブル(BR)が幅広いステークホルダーに配慮した経営をすることを推奨すると声明を出したことからもアメリカの企業もCSRについてさらに重きを置くことになりそうです。欧州と異なりアメリカでは、政府機関による積極的な関与や法規制は好まれませんが、市民個々人の社会的関心の高さ、例えば人権運動や、1960年代のベトナム反戦運動など自由を尊ぶからこそ公正を追求する国民の倫理観が、CSRを推進する主体となっており、多くのNPOやNGOがこれに関わる活動をしています。 日本においては、前述のような公害問題や当時の利潤を優先する風土の中での相次ぐ企業不祥事の発生から、企業経営者が自ら危機感を共有し、そのことが日本におけるCSRの議論の進展に寄与したと考えられます。日本経団連が「経団連企業行動憲章」を制定したのは1991年、バブル経済が崩壊した年でした。その後、1996年12月17日改定、 2002年10月15日には「企業行動憲章」に改定し、2004年5月18日の改定を経て、2010年9月14日に4回目、2017年11月は5回目の改定が行われてきました。そして2022年12月には、「序文」と「企業行動憲章 実行の手引き」3)4)が改訂されています。この過程で1996年改定は、消費者・ユーザー、株主、地域社会、従業員、取引先など広くステークホルダーとの関係も含め10か条の「経団連企業行動憲章」となり、またこれに関する「実行の手引き」も作成されました。 2004年改定5)は、前文で社会のCSRの取り組みに対する注目の高まりに言及し、「ステークホルダーとの対話を重ねつつ社会的責任を果たすことにより、社会における存在意義を高めていかねばならない。」とし、それらの取り組みについては「情報発信、コミュニケーション手法などを含め、企業の主体性が最大限に発揮される必要があり、自主的かつ多様な取り組みによって進められるべきである。その際、法令遵守が社会的責任の基本であることを再認識する必要がある。」とあり、CSRを強く意識した改定が行われています。またこのとき「実行の手引き(第4版)」6)7)も改訂されています。 2010年改定8)では、ISO 26000(社会的責任に関する国際規格)の観点から改定が行われています。また企業だけが社会的責任を負うということではなく、あらゆる組織が自らの社会的責任を認識し、その責任を果たす(SR: Social Responsibility)の考え方について言及し、前文では「とりわけ企業は、所得や雇用の創出など、経済社会の発展になくてはならない存在であるとともに、社会や環境に与える影響が大きいことを認識し、「企業の社会的責任(CSR: Corporate Social Responsibility)」を率先して果たす必要がある。」としています。 2017年の改定では、2015年に国連で、持続可能な社会の実現に向けた国際統一目標である「SDGs:Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」9)が採択され、その達成に向けて民間セクターの創造性とイノベーションの発揮が求められている中で経済成長と健康・医療、農業・食料、環境・気候変動、エネルギー、安全・防災、人やジェンダーの平等などの社会的課題の解決とが両立し、1人ひとりが快適で活力に満ちた生活ができる社会の実現を目指すことは国連で掲げられたSDGsの理念に合致するとして、SDGsの達成を柱とした考え方が盛り込まれています。また第4条「すべての人々の人権を尊重する経営を行う」が新設されています。2022年は、企業行動憲章は改定されませんが「序文」に持続可能な社会の実現が企業の発展の基盤であることを認識し、「サステイナブルな資本主義」への転換を加速するために行動していくこと等が追記されています。また、「企業行動憲章 実行の手引き」が全面的に改訂され、第9版として公表されています。 経済同友会が「第15回企業白書 『市場の進化』と社会的責任」10)を公表したのは2003年であり、この年は日本のCSR元年と称されています。CSRについて経済同友会は「企業と社会の相乗発展のメカニズムを築くことによって、企業の持続的な価値創造とより良い社会の実現をめざす取り組み」としています。そして「持続可能性(sustainability)」をキーワードとして掲げ、「経済・環境・社会のトリプルボトムラインにおいて企業は結果を求められる時代になってきている」として、CSRは、「企業と社会の持続的な相乗効果に資する」、「事業の中核に位置づけるべき“投資”」であり、「コンプライアンス(法令・倫理等遵守)以上の自主的な取り組みである」と記しています。CSRを企業の「経済的」責任とする考え方や「コスト」「フィランソロピー」との考え、「義務的」「法令遵守」とする考えを越えた取り組みを企業自ら目指し、社会に対する責任ある行動を希求し、積極的に取り組んでいることが見て取れます。 2015年9月の国連サミットで、国連加盟193か国により採択され、加盟国が2016年~2030年の15年間で達成するために掲げた目標であるSDGsも、図にある17の「ゴール」と各ゴールのもとに169の「ターゲット」が示され、それらを244の指標で測ることになっています。 SDGsは、企業の役割・責任について、2030アジェンダ第67条で「民間企業の活動・投資・イノベーションは、生産性及び包摂的な経済成長と雇用創出を生み出していく上での重要な鍵である。我々は、小企業から協同組合、多国籍企業までを包含する民間セクターの多様性を認める。我々は、こうした民間セクターに対し、持続可能な開発における課題解決のための創造性とイノベーションを発揮することを求める。『ビジネスと人権に関する指導原則と国際労働機関が定める労働基準』、『子どもの権利条約』及び主要な多国間環境関連協定等の締約国において、これらの取り決めに従い労働者の権利や環境、保健基準を遵守しつつ、ダイナミックかつ十分に機能する民間セクターの活動を促進する。」また、「ターゲット12.6」では「特に大企業や多国籍企業などの企業に対し、持続可能な取り組みを導入し、持続可能性に関する情報を定期報告に盛り込むよう奨励する。」としています。 「世界経済フォーラム」の2020年年次総会(ダボス会議)は、パリ協定と持続可能な開発目標 (SDGs)の進捗状況を監視している各国政府と国際機関に支援を提供することが目的の一つでしたが、中でも気候変動が最大の焦点となりました。また、第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)の場では「持続可能な開発目標(SDGs)」の重要性や、新たな資本主義の目指す方向性について盛んに議論されました。持続可能な社会の実現のために具体的行動が求められています。 2 企業の社会的責任・雇用管理に求められるあらたな視点 2004年6月25日に発表された厚生労働省の「労働におけるCSRのあり方に関する研究会中間報告書」11)(座長:谷本寛治一橋大学大学院商学研究科教授)は、従業員、求職者というステークホルダーとの関わりにおいて、企業が考慮することが望まれる事項について①「人」の能力発揮のための取組み、②海外展開の進展に対応した取組み、③人権への配慮をあげ、人権への配慮については、「今日でも社会的身分、門地、人種、民族、信条、性別、障害等による不当な差別その他の人権侵害はなお存在している。企業においても、差別の禁止やセクシュアルハラスメントの防止等について、社内研修など従業員の人権に配慮するような取組みをしていくことが重要である。」としています。 CSRと雇用管理について考える際に、2010年11月1日に国際標準化機構ISO(International Organization for Standardization)により発行されたISO2600012)について触れる必要があるでしょう。ISO26000は、国際規格「Guidance on social responsibility(社会的責任に関する手引き)」です。これは企業にとどまらず、政府・学校・NGO等、多様な組織を対象としています。ISO26000は、7つの原則として「説明責任」「透明性」「倫理的な行動」「ステークホルダーの利害の尊重」「法の支配の尊重」「国際行動規範の尊重」「人権の尊重」を挙げ、これらを行動規範として尊重することを組織に求めています。そして7つの中核主題「組織統治」「人権」「労働慣行」「環境」「公正な事業慣行」「消費者課題」「コミュニティへの参画及びコミュニティの発展」と関連する課題や具体的なアクションプランを挙げています。 ISOと言えば、ISO14001(環境マネジメントシステム)やISO9001(品質マネジメントシステム)等のマネジメントの認証システムが有名です。しかしISO26000は、認証を目的とした規格ではありません。多様な組織を対象としており、それぞれに文化的・歴史的な背景を持つため、画一的な基準で「社会的責任」を定義することをしていません。そのためISO26000は、各組織が主体性を持って社会的責任を定義し推進するための、基本となる「ガイダンス」として発行されました。 CSRと雇用管理の関係に関わるのは、第6章「社会的責任に関する中核主題:組織統治、人権、労働慣行、環境、公正な事業慣行、消費者課題、コミュニティ参画及び開発」になります。「6.3 人権」では、人権の概要(組織と人権、人権と社会的責任)が述べられています。ここでは、①人権とは、人であるがゆえにすべての人に与えられた基本的権利であること、②人権には大きく分けて2種類(市民的および政治的権利、経済的・社会的および文化的権利)あること、③組織は、その影響力の範囲も含めて人権を尊重する責任を負うこと、とされています。 「6.4 労働慣行」では、労働慣行の概要(組織と労働慣行、労働慣行と社会的責任)が述べられています。ここでは、①組織の労働慣行には、組織内で、組織によって、または下請労働を含め組織の代理で行われる労働に関連するすべての方針および慣行が含まれる、②労働慣行には、労働者の採用および昇進、苦情対応制度、労働者の異動および配置転換、雇用の終了、訓練およびスキル開発、安全衛生、労働者組織の承認、団体交渉、社会対話などが含まれる、③社会的に責任のある労働慣行は、社会の正義と安定に必要不可欠である、と示されています。 近年は企業活動における人権侵害に関わるリスク把握と発生の予防や軽減を図る人権デューデリジェンス(Due Diligence)が以前に増して求められるようになってきています(Q&A【問2】(P31)にチャレンジ)。2020年10月に、外務省(総合外交政策局人権人道課)からビジネスと人権に関する行動計画が公表されています。これは国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(指導原則)に基いたビジネスと人権NAP(National Action Plan)であり、経営活動における人権尊重について企業に対しデファクトスタンダード (de facto standard )を明示することにより企業の取組みへの方向性を示唆していると考えられます。こうした状況を踏まえて経団連は2021年12月に企業行動憲章 実行の手引き「第4章 人権の尊重」(手引き)を改訂し、「人権を尊重する経営のためのハンドブック」(ハンドブック)を作成しています。 人権デューデリジェンスは当該企業にとどまらず、グローバルな企業のサプライチェーン(供給網)も含まれるとされています。国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(指導原則)に記されている内容を把握して対応を検討していく必要があるでしょう。 雇用管理の面で注目される考え方であるダイバーシティ(diversity)は、一律ではないのですが、米国の雇用機会均等法委員会の「ジェンダー、人種、民族、年齢における違いのことをさす」とされています。そしてこうしたダイバーシティマネジメントの核心は Singh,V.及びPoint, S.(2004)13)によれば「多様な人材を組織に組み込み、パワーバランスを変革し、戦略的に組織変革を行うことである」とされています。また、ダイバーシティマネジメントの第一の目的は「組織のパフォーマンスを向上させることにある」とされています。 近年はこのダイバーシティマネジメントについて、ダイバーシティ(Diversity)そしてエクイティ(Equity)とインクルージョン(Inclusion)の3つの視点(DEI)が重視されています。特にエクイティ(Equity)は、誰にでも同量のリソースを配分する、平等の意味であるエクオリティ(Equality)とは異なります。ダイバーシティマネジメントにおいてエクイティ(Equity)は、多様な背景がある個人や集団の公平性を担保するために必要な調整を行い、個人やグループの状況に合致した環境を整えることで、それぞれがパフォーマンスを発揮できると考えます。このような考え方は、障害者雇用における合理的配慮(Reasonable accommodation)にも繋がる視点と言えましょう。そしてインクルージョン(Inclusion)は、それぞれの多様性が尊重された上で、多様な背景があるメンバーが組織に参加し、それぞれが所属する組織に貢献できる状況にあることを意味しています。 世界経済フォーラム(World Economic Forum:WEF)は、2023年12月にインサイトレポート14)を発表し、世界各国のダイバーシティ(Diversity)そしてエクイティ(Equity)とインクルージョン(Inclusion)の3つの視点(DEI)を重視した先進的な取り組みを行っている組織の実践事例を紹介しています。日本企業では、1社の事例が紹介されています。そして、DEI を成功に導くために共通する5つの要因は、1丁寧な根本的課題の理解、2成功のための目標の定義、3経営幹部のバックアップ(責任の担保と十分な資源の配分)、4臨機応変な設計と資源配分、5厳格な進捗管理と軌道修正だとしています。ただ、残念なことに障害についての記述は多くありませんが、アメリカやドイツ、香港の企業の事例で触れられていました。このレポートのために、世界の60の組織がコンソーシアムメンバーとなっています。日本からは複数の企業が参加しています。 障害者雇用に関しては、日本においても「障害者の権利に関する条約」の批准に際し、障害者基本法の改正とその基本理念を具現化するための「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」を2013年6月に制定、労働の分野については、障害者雇用促進法が同じく6月に改正され米国においてダイバーシティの原点となった「公民権法Civil Rights Act of 1964」や「障害をもつアメリカ人法 Americans with Disabilities Act」の概念である「合理的配慮」の考え方が雇用管理の現場に導入され、厚生労働大臣が差別禁止と合理的配慮の提供に関わる具体的内容について指針15)16)を定めています。2022年9月に公表された国連の障害者権利委員会の総括所見において、障害者雇用促進法の改正によって、精神障害者保健福祉手帳所持者の雇用の義務化や差別の禁止と合理的配慮の提供が義務化された点はPositive aspectsであると評価されています。一方で、2023年7月24日~8月4日にかけて行われた国連ビジネスと人権の作業部会による訪日調査の終了にあたって公表された声明では、障害のある人の労働市場への包摂が課題である点と個別支援や合理的配慮提供を通じた職場への適応促進や研修の実施について国連障害者の権利委員会の提言にそって進めることを求めています。 障害者雇用の現場において、法制度に基づく対応をコンプライアンスとして捉えるのか、前述のダイバーシティマネジメントの考え方に立ち、より積極的に企業戦略として進めていくのか、今後この課題への対応が注視されることとなるでしょう。 (眞保 智子) 【参考文献】 1)稲上毅:「労働CSR 労使コミュニケーションの現状と課題」,連合総合生活開発研究所編(2007) 2)独立行政法人労働政策研究・研修機構:企業の社会的責任(CSR)「Business Labor Trend」,独立行政法人労働政策研究・研修機構(2006) 3)日本経団連:「企業行動憲章 序文」,日本経団連(2022a)  https://www.keidanren.or.jp/policy/cgcb/charter 2022.html 4)日本経団連:「企業行動憲章 実行の手引き(第9版)」,日本経団連(2022b)  https://www.keidanren.or.jp/policy/cgcb/tebiki9.html 5)日本経団連:「企業行動憲章」,日本経団連(2004a) 6)日本経団連:「企業行動憲章 実行の手引き(第4版)」,日本経団連(2004b) 7)日本経団連:「CSR推進ツール」,日本経団連(2005) 8)日本経団連:「企業行動憲章」,日本経団連(2010) 9)国連広報センター:2030アジェンダ  https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/(閲覧日2021.12.23) 10)経済同友会:「第15回企業白書 『市場の進化』と社会的責任経営」,経済同友会(2003) 11)厚生労働省:「労働におけるCSRのあり方に関する研究会中間報告書」,厚生労働省(2004) 12)国際標準化機構(ISO):SOCIAL RESPONSIBILITY - DISCOVERING ISO 26000,国際標準化機構(ISO)(2010) 13)Singh V & Point S(2004)Promoting diversity management: new challenges and new responses by top companies across Europe, Management focus (Spring). 14)World Economic Forum(2023)Diversity, Equity and Inclusion Lighthouses 2024. 15)厚生労働省:「障害者に対する差別の禁止に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」(障害者差別禁止指針),厚生労働省(2015)  https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000078980.html(閲覧日2020.12.20) 16)厚生労働省:「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針」(合理的配慮指針),厚生労働省(2015)  https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000078980.html(閲覧日2020.12.20)   図 SDGsロゴイメージ出典:国連広報センター 1 貧困をなくそう 2 飢餓をゼロに 3 すべての人に健康と福祉を 4 質の高い教育をみんなに 5 ジェンダー平等を実現しよう 6 安全な水とトイレを世界中に 7 エネルギーをみんなに そしてクリーンに  8 働きがいも経済成長も 9 産業と技術革新の基盤をつくろう 10 人や国の不平等をなくそう 11 住み続けられるまちづくりを 12 つくる責任 つかう責任 13 気象変動に具体的な対策を 14 海の豊かさを守ろう 15 陸の豊かさも守ろう 16 平和と公正をすべての人に 17 パートナーシップで目標を達成しよう Q&A【問2】人権デューデリジェンス(Due Diligence)は、企業活動における人権侵害のことである。(解答と解説はP289に記載しています)