第2章 障害者の雇用管理上の留意点 第1節 障害者の力を活かせる組織・職場づくり 第2節 受け入れ態勢の準備 第3節 採用計画の作成と受け入れ部署の準備 第4節 障害者の募集・採用及び配置 第5節 職場適応、職場定着の推進 第1節 障害者の力を活かせる組織・職場づくり 1 障害者雇用の取り組みは重要な経営課題の一つ 従業員の雇用管理は、それぞれの企業が自らの判断と責任のもとで行うべきものですが、一方、企業は社会的な存在であり、その社会のルールである法を遵守する義務があります。障害者の雇用の促進等に関する法律では第5条で事業主の責務が定められ、障害者が職業を通じての社会参加を進めていけるように、社会連帯の理念に基づき、障害者が職業を通じて自立できるように協力する責務を有し、適正な雇用管理並びに職業能力の開発及び向上に関する措置を講じて雇用の安定を図るように努めなければならないとされています。障害者の法定雇用率制度を遵守し、従業員40人以上の企業にとっては、法定雇用率(2.5%)を達成することに留まらずに、障害者がその希望や障害特性に応じ、その能力や適性を十分発揮でき、生きがいを持って働けるように「雇用の質の向上」に努めることが求められています。事業主にとって、これらの取り組みを実行することは重要な経営課題の一つといえます。 障害者雇用の拡大は大きな社会的課題です。障害者のことは「福祉の問題」であり企業が行う人事労務管理とは関係がない、法定雇用率制度への対応も未達成部分について納付金を納める方法を選択すればそれでよい、という発想は既に通用しなくなっています。 最近では、SDGsに取り組むことが企業の社会的責務になっている中で、人事労務管理における考え方として「ダイバーシティマネジメント」が注目されており、女性や高齢者、外国人などと並んで障害者もその対象となってきています。 グローバル化や技術革新の進展、従業員の価値観の多様化など、経営環境が変化する中で、人事労務管理についても、従業員個々人の能力や価値観の多様化をこれまで以上に重視したマネジメントへの改革・転換が求められています。各企業がESG1を意識した取り組みを強化する中で、従業員エンゲージメントを高めていくことが重要視されていますが、障害者が働きやすい職場は従業員誰もが働きやすい職場づくりに応用できますし、障害者を支援することを通じて、上司や周囲の従業員のマネジメント能力の向上や職務役割に対する満足感を高めていくことにつなげていくことができ、職場のチームワークが強化された、職場の生産性の向上を図ることができたという事例も報告されています。これらを踏まえて、現在は障害者も組み込んだ新しい人事労務管理のシステムをつくるよいチャンスだともいえます。 本章では、企業が行う人事労務管理の中で基本となる雇用管理について取り上げます。「障害者の雇用管理」といった場合、障害のない人とは別の独自の体系を作ることは、インクルージョンの理念からそれた対応になりかねません。障害者も従業員である以上、一般の雇用管理の対象となります。ただし、障害があることによる不利な部分をできる限り軽減し、能力発揮を促進するために、事業主は雇用管理上の配慮を最大限提供することが求められます。このような点を指して、ここでは「障害者の雇用管理」と呼んでいます。 本章では、障害者雇用の質を高めていくために留意すべき事項を説明していきますが、これは、令和5年3月31日に定められた「障害者雇用対策基本方針」の事業主が行うべき雇用管理に関しての指針に基づき、事業主が取り組む必要のある各事項を基にしています。 具体的には、「(1)採用及び配置」「(2)教育訓練の実施」「(3)待遇」「(4)安全・健康の確保」「(5)職場定着の推進」「(6)障害及び障害者についての職場全体での理解の促進」及び「(7)障害者の人権の擁護、障害者差別禁止及び合理的配慮の提供」の各事項となります。 これらについて、第2節以降で障害者雇用の時系列に沿った形で、「受け入れ態勢の整備(理念と基本方針づくり)」「採用計画の作成と受け入れ部署の準備(受け入れの準備)」「募集・採用及び配置(採用手続きから配置までの対応)」「職場適応、職場定着の推進(入職後の雇用管理)」の順で解説します。 本節では、障害者の雇用管理全般にかかわるテーマについて述べます。1つ目は障害の的確な理解及び障害者の雇用を進めていく中での障害者職業生活相談員の役割、2つ目は障害者が持ちうる能力や適性を十分発揮でき、生きがいを持って働くことができる職場環境・条件の整備・改善の考え方についてです。 1 ESG:企業を発展させ、推進力を生み出すために、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の3側面に留意し企業内に意識を浸透させる取り組み。社会的な側面の中に従業員の働きやすい職場づくり、多様性に応じた職場環境の整備が含まれ、障害者雇用については社会的な取り組みとコンプライアンスの両面で取り組むことが求められている。 2 障害者職業生活相談員の役割 職業を通じて障害者の社会参加と自立を進めるためには、各企業は積極的に雇用の機会・就労の場を提供するとともに、雇用関係になった後も障害者の職業生活の充実を図る体制づくりを行うことが大変重要です。 そこで、障害者職業生活相談員は、障害者の採用後の職業生活の充実を図り、職業生活を通じて障害者が社会参加できるように手助けすることを目的として活動します(図1)。 そのために、必要な事項は障害者の特性を理解し、ご本人に適した教育訓練が施されているか、職場での悩みを抱えていないか、相談しやすい雰囲気と感じているかなど本人の状況や周辺事情を理解することが大切です。それとともに、職業生活を安定できるように上司や同僚が障害者の成長に協力し持ちうる能力を発揮できる態勢を構築しているか、周囲の上司や同僚との人間関係の状況を理解することが大切です。一方で、障害者が担当する職務内容や仕事量、仕事に対する満足度など、就いている仕事が的確なものとして提供されているかどうか、質量両面での仕事内容や環境、次のステップへの展開等の企業側の諸態勢を分析し、職場に受け入れていくことになります。そして、職場での様子や障害者・周囲のスタッフの思いなどを的確に把握できるように障害者の職場適応の状況を確認し、「共働共汗」の態勢で支え、将来の職場定着に繋げていくことが求められます。 図1 障害者職業生活相談員の役割 「人を理解する」「仕事を分析する」ことで職場に受け入れられていく。 そして、「共働共汗」の態勢で支え、「定着」に繋げていく。 これらの取り組みの的確な実施には、「情報の共有化」と「支援機関との連携」も大切。 そのためには、障害者が職場で安定して働き続けるために3方向のバランス(障害者への支援、事務所内の支援、外部支援体制との連携)を整えることが大切。 これらの取り組みや指導の内容は多岐にわたるので、相談員のみで対処し解決することが難しい場合も多く、時には、職場外の状況把握や対応も発生することがあります。また、障害者職業生活相談員自ら対応するだけではなく、職場内外で様々な協力者や同僚の助けも必要になります。 さらに、障害者職業生活相談員は、障害者への働きかけだけに留まらず、社内においては、受け入れる職場の人間関係や環境、指導ノウハウの整備が必要ですし、会社全体が心のバリアフリーを達成できるように旗振り役として取り組んでいただきたいところです。 また、職場での業務遂行を安定させたり、職場内の取り組みを的確に実施していくためには、連動することも多い社会生活面での支えの体制との連携も大切です。社外においては、ハローワークや地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター等の支援機関と適時的、かつ的確に連携することをはじめ、障害者が職業生活に充実感を味わえるように余暇活動等、社会資源を活用しつつ、職業生活全般を支えていく体制を構築することが大切です。 この障害者への支援、事業所内の支援、外部支援体制との連携の3方向の支援については、どこかの領域だけに無理がかからないようにバランスを整えて必要に応じて、「障害者の雇用や職場適応を検討するための打ち合わせ機会(ケース検討会議)」などを設定して情報の共有を図ったり、社内の協力体制や外部の支援機関の協力を得ていくことが肝要です。 【日々の留意点の例】 <仕事面での確認> *就労意欲、仕事への集中力、持続力 *習熟度、作業スピード、聞く姿勢、理解度、作業工夫 *仕事の安定性、自分の仕事の管理力(見通し力) *報連相、質問の内容と状況 *仕事の満足度(好き嫌い)、目標 *後片づけ、掃除、職場のルールの理解・遵守等 <対人面での確認> *挨拶、返事、言葉遣い等 *出退勤の安定性、休暇の取得 *人間関係、同僚との距離感 *上司や同僚からの声掛けの状況、支援のタイミング *休憩時間の過ごし方、時間外の交流 *生活支援機関や就労支援機関との利用状況 <日常生活面の確認> *健康管理(体調不良時の報告、通院や服薬の管理ができているか等) *生活のリズム(就寝や起床時間の乱れ、食事時間や食欲、出社・帰宅等勤怠の様子) *身だしなみ(清潔感のある服装、化粧・髭剃り、入浴等の日常生活習慣)の変化 *金銭管理(計画的な購入、むだ遣いの有無) *時間外の行動(余暇活動、通勤、生活リズム等) *医療ケアの継続、服薬管理・体調管理の状況 【相談員の役割】 ①入社前:職場の受け入れ態勢を構築すること、ハローワークや障害者就業・生活支援センター等と連携し、職場実習を通じて本人の得意、不得意、配慮事項の把握に努めること ②入社後:職場における業務指導や社会生活能力の育成のため、地域障害者職業センター等への支援要請を検討すること、職場内の態勢づくり、安定した職務遂行のためのサポートを行うこと ③日常生活指導や余暇支援:障害者就業・生活支援センター等の協力を得て、日常生活に関する支援に活用できる社会資源の情報を得ること 等の役割があります。 このように相談員の役割には、自らが障害者の良き理解者、職業生活の良き支援者であることに加え、関係機関の協力を求められること、どこに相談すると良いかを助言できること、そのうえで社内・社外を含めたチーム支援を進めていく役割を担うことが期待されます。 障害を起因とする職業上の困難さを軽減し、得意なことを伸ばし、そしてできる可能性を引き出して、企業で働く仲間としての成長を支援してください。 ◇◆◇障害者職業生活相談員の活躍事例◇◆◇ ~「(精神障害)ともに働く職場へ ~事例から学ぶ 精神障害者雇用のポイント」(動画)から~ 企業実習を経て採用した3名の精神障害者が在籍しており、今後の障害者の雇用の拡大にあたり、まず、障害者が働くそれぞれの受入れ部署に障害者職業生活相談員を配置することにした。受入れ部署ごとにそれぞれの障害者職業生活相談員が丁寧に情報収集を図ることにより、速やかに対応できる体制を整備した。このことは、会社が障害者雇用に前向きに取り組んでいるという姿勢が社員に伝わるメリットにもつながっている。さらに、障害者職業生活相談員の一人が企業在籍型ジョブコーチの資格を取得し、指導方法についてより専門的な見地から障害のある社員への支援を行い、さらなる能力アップや職域の拡大を図っている。 また、全社的な取組として該当メンバー会議を定期的に開催し、障害者職業生活相談員、ジョブコーチを中心に、社長も含めた担当者が参加している。この会議で、障害のある社員の仕事への取組状況を報告し、課題がある場合には意見交換を行い、改善方法を検討し、部署全体へ対応方針を発信することにより、全社的な障害者の雇用の安定につながった。 3 職場環境・条件の整備 障害者の雇用管理、いわゆる障害に配慮した雇用管理の基本は、職業的自立を目指す障害のある従業員に対して、能力の開発・向上や、能力を発揮しやすい職場環境・条件の整備を通じて支援することです。「障害」については、個々人の機能障害だけに着目するのではなく、環境や経験・周囲のサポート体制などの条件の違いによって、その能力を発揮できる度合いや発生する困難度の大きさが異なってくると捉えることが一般的な考え方です。すなわち、障害等級が重ければ、生きていく上で、また働いていく上で困難度が高くなるという一方向で捉えるのではなく、その人のWell Beingを考えたときにどのような環境があれば障害が軽減されるのか、どのような教育・訓練により困難を乗り越えていけるのか、どのようなサポート体制があれば力を発揮しやすいのかといった視点で障害者とともに考え、「心のバリアフリー」の態勢を構築して一緒に取り組んでいくという姿勢が望まれます。 また、平成28年4月より障害者に対する合理的配慮の提供が義務化されていることも踏まえる必要があります(詳細は第4章第4節参照)。 障害者の職場環境・条件の整備は、ハードとソフトの両面から考えることができます。ハードの面では、建物や設備、工程、工具などの物理的職場環境の改善・整備、障害がある個々人の能力発揮を容易にする支援技術の積極的活用などがあります。ソフト面での対応では、短時間労働やテレワーク等多様な雇用・勤務形態の導入、職務配置や職務設計の工夫、教育訓練や能力開発での配慮、コミュニケーションや人間関係での配慮、賃金や労働時間など労働条件の柔軟化などがあります。また、職場における支援者の配置など、人的支援サービスの確保・管理、さらに、職場だけでなく福利厚生施設の改善、通勤や住宅に対する支援も含みます。例えば、通勤による事業所での勤務のほか、在宅勤務、サテライトオフィス勤務等があります。ICT等の活用によって障害者の在宅勤務が広がることは、通勤が困難な障害者、感覚過敏等により通常の職場での勤務が困難な障害者、地方在住の障害者等の雇用機会の拡大につながるとともに、企業にとっても人材確保の可能性を高めます。 雇用保険の被保険者として取り扱われる在宅勤務者に該当するか否かは、次の点から判断されます。 (1) 業務遂行状況が直接掌握可能な事務所に所属している (2) 他の労働者と同一の就業規則が適用されている、又は在宅勤務者用の就業規則がある (3) 所定労働日、休日、始・終業時刻が、就業規則にあらかじめ記載されている (4) 事業主による勤務管理が行われ、ハローワークにおいて事後確認が可能である (5) 報酬の中に、勤務した期間又は時間により計算される部分がある (6) 請負・委任的色彩がない 在宅勤務の実施に当たっては、テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドラインをご参照ください(資料編第7節参照)。 なお、障害者が在宅勤務するに当たって、各種助成金の対象となる場合もありますので、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構各都道府県支部高齢・障害者業務課または各都道府県労働局にご相談ください。 これらのハード、ソフト面の対応をどういうスタンスで捉えるかという点は、「障害者が持ちうる力を最大限発揮し、職場に受け入れられ、のびのびと働いていけるように配慮を行うこと」を目指していくことと言えます。目指すところを考えると労使は同じ方向を向いているはずですから、労使間でしっかりとコミュニケーションを図り、労働者として会社に最大限の貢献をしてもらえる物的・人的・構造的な環境整備を労使で一緒に構築していくことが必要不可欠です。すなわち、これが、障害者に対する合理的配慮が行われている状態であるということになるのです。 障害者の職場環境・条件の整備というと、ハード面の整備にコストがかかるというイメージをもたれがちですが、制度の運用を含むソフト面の改善や、配置されている現場での「ちょっとした工夫」など、費用をかけずに取り組めることは数多くあります。また、合理的配慮に係る設備の改造や就労支援機器の整備については助成金が活用できる場合もあります。職場環境・条件の整備に当たっては障害種類や程度を配慮したきめ細かい対応が必要となります。したがって、そこでは障害者自身のニーズや発言を重視しながら、配置されている現場のアイデアや知恵を活かすことが特に重要となります。人事労務管理部門・担当者としては、そうした現場でアイデアや知恵が発揮でき、運用がしやすいような社内風土を形成し、制度などの仕組みづくりをすることが重要な役割となります(Q&A【問3】(P40)にチャレンジ)。 Q&A【問3】障害のある社員の職場環境・条件の整備は、例えばスロープや手すりの設置等ハード面の対応が主である。(解答と解説はP289に記載しています) 第2節 受け入れ態勢の準備 1 障害及び障害者についての職場全体での理解の促進 (1) 障害者雇用の位置づけ 企業は社会の一構成員として経済活動をしています。以前は、民間企業の事業目的は配当や株価の上昇などを通じた株主への利益還元や商品、サービスを通じての顧客満足度など経済活動が主とされ、フィランソロピーなど社会貢献や社員のWell Beingを意識した取り組みはあくまで企業の自主的活動とされていました。しかし、昨今はSDGsに代表されるように、社会全体においてサステナビリティ(環境、社会、経済の持続可能性)が求められるようになり、企業もまた、社会の一構成員として経済活動以外に、環境対策、人権の尊重、従業員エンゲージメントの向上、女性や障害者などマイノリティの活躍の推進など従業員の多様性(ダイバーシティ)や、多様な人材1人ひとりが職場のメンバーとして受け容れられ、尊重された状態を実現すること(インクルージョン)を考慮した職場環境整備を図っていくことも経営課題として重要視することが求められています。つまり、労働者のダイバーシティの取り組みの一環として障害者をあたりまえに組織に受け入れて企業ブランドを高め、ESG評価に的確に対応するとともに、さらに障害者と健常者の協働共生によるシナジー効果を企業力へと進化させ得る企業こそが、先進企業として社会から注目されるようになっているということです。それらの企業では、多様な価値観を持った障害者を採用・育成し、本業での活躍を通じて企業価値全体の向上を図るという取り組みを行っています。これら企業は障害者雇用を経営戦略の一部と位置づけているのです(第1章第3節参照)。 以下の「A社」の事例は、障害者雇用は経営戦略であるという視点から、障害者支援の仕組みづくりに取り組んだケースです。 【ケース1】 A社は「コンプライアンスの強化、法令遵守」を経営戦略の一つと位置づけて障害者雇用施策を推進していました。しかし、実際の取り組みとしては障害者雇用の方針を立案する本社人事部では社員研修の一環で形式的に障害者雇用に係る基礎知識や他社の取り組み状況の情報提供を行うに留まり、法定雇用率を達成することのみを目標に掲げている状況でした。具体的には、法定雇用率を達成することが強く唱えられ、実際の採用活動や雇用管理を現場任せにしていたため、各部署間での温度差が発生していました。この結果、社内の障害者雇用の理念や障害者の受け入れ風土が形成されず、障害者の雇用の質が高い企業とは言えない状況になっていました。 この状況では障害者の働く意欲を喚起できず、長期就労に繋がらずに離転職が発生しやすい状況でした。また、働き方改革の一環で、従業員の多様化に対応していくために、「ダイバーシティ&インクルージョン」を経営戦略として打ち出すことになり、人事部の体制変更が行われました。ダイバーシティへの対応を担当する新たな担当者が配置され、障害者雇用についてもこれまでの取り組みの見直しを実施しました。そして、障害者雇用の推進のため、対策の強化が図られることになりました。 この取り組みでは、まず、①会社として障害者雇用を推進していくのは本社人事部であることを明確にし、障害者雇用5か年計画を作成することとなりました。②この検討に当たっては、社内全体の受け入れ風土を変えたり、職務の提供を円滑に受けていくことが必要なため、各部署から委員を推薦してもらいプロジェクトが組織されました。さらに、③各現場からの様々な相談を受け付ける窓口を設置し、精神保健福祉士の資格を持つ社員を専任として配置しました。そして、この担当者によって、社内の事例の蓄積を図ることとしました。④従前から実施していた社員研修を見直し、基礎知識を付与する研修に加え、社内の様々な支社、部署での取り組み事例を元にした経験交流や意見交換を組み入れた研修を実施しました。また、受け入れた障害者への指導ノウハウを浸透するために企業在籍型ジョブコーチ1から解説する時間を設けるなど実践的な講座も組み入れられました。⑤ダイバーシティの取り組み事例についてグループ各社との連携により表彰する制度を創設し、この一環として「障害者雇用の好事例」をグループ内に周知することにつなげました。⑥これらの取り組みについて経営トップの理解も格段に進み、社内報にトップのメッセージとして、「誰もがやりがいを感じられる職場づくりの推進」を紹介するに至りました。トップの考えが伝わると、各職場での好事例を掲載する等の取り組みも積極的になり、障害者雇用が様々な部署で推進され、新たな支援ノウハウや経験交流が草の根レベルで展開していきました。 これらの複合的な対策によって、「障害の有無に関係なく、各社員が持ちうる力を発揮できる職場を作っていくことは、自分自身を含めて社内の誰もが働きやすい職場となっていくのだ」という意識が社内に浸透し、社員間でもちょっとした気遣いが自然に行われるようになりました。この結果、明るく、健康的で、従業員エンゲージメントの高い職場づくりに繋がっていったのだと考えられます。 A社では、障害者雇用を推進する中で、課題が発生したときにも職場で知恵を出し合い、一緒に対応策を考える一体感も形成されましたが、その結果、生産性の向上を図ることに繋げられたり、明るく、働きがいのある職場であるという企業風土がステークホルダーにも伝わり、先進企業として社会から高い評価を得ることができたという事例です。 1 企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ):企業在籍型職場適応援助者として支援を行うためには、企業在籍型職場適応援助者養成研修を受講し修了する必要があります。   職場適応援助者養成研修については、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構のほか、厚生労働大臣が定める研修を行う民間の研修機関において実施されています。研修では、講義中心の座学研修と演習やケーススタディを中心とした実技研修を行います。研修カリキュラムには、ジョブコーチの役割、作業の方法、障害特性と職業上の課題、支援計画に関する理解、ケーススタディ、職場実習などがあります。 (2) 現場主義の仕組み作り 経営理念の浸透や人事制度の改革は、通常は本社の経営企画部門や人事部門を中心とした本社主導で行われます。しかし、障害者雇用の拡大は、それら本社部門の主導、単独の取り組みだけではなかなか進みません。それは、実際に障害者を配置する(している)部門の理解がないとすぐに限界がくるからです。 前段にあるケース1のA社では、上記の取り組みの延長線上で、現場からの相談の窓口として多くの事例の蓄積をしてきた精神保健福祉士が障害者雇用施策の企画についても関わることになりました。この一環で、社員研修を企画実施し、雇用現場のマネージャーが、「採用活動をどの程度現場の考えで推進して良いか」や「労務条件の見直しを現場の考えで柔軟に対応することが可能か」といった日頃の悩みや疑問を知識として習得することに繋げられるとともに、他部署でも同じように悩んでいることを知り、相互の情報交換を図りやすい体制づくりにつなげることができました。さらに、現場サイドの質問や疑問をQ&A集にとりまとめ、雇用現場で活用できるように社内システムの掲示板に共有しました。 また、相談窓口担当の精神保健福祉士はダイレクトに具体的な事例に触れることで、社内で起こっている様々な課題をリアルタイムに把握できるため、障害者雇用の対策を検討するプロジェクトの中でもより現実的な情報提供を行うことができ、障害者雇用施策にも反映されるようになっていきました。 これらの取り組みの中で、本社の人事部門と現場との距離感も縮まり、本社部門と雇用現場間で情報が円滑に伝わるようになると、課題を迅速に把握でき、その対応について社内の多くの人の知恵を活かすことに繋がります。 社内で障害者雇用を拡大するに当たっては、これまでの狭い経験や限られた情報に基づく偏った障害者イメージからの検討はできるだけ避け、障害者が配置される雇用現場のマネージャーや従業員の創意・工夫を引き出す仕組みをつくり、それを人事労務など本社部門がサポートしていくという組織体制を作ることがきわめて重要です。 障害と一口にいっても、その内容は一人ひとり大きく異なり、また、配置される雇用現場の仕事の内容も多種多様で、さらに周囲のメンバーとの関係性も様々な状況ですから、これらの組み合わせは無数にあり、どの方策がよいかは事前になかなか予測できないものです。障害特性や基礎能力などによっては、職務への習熟スピードなどが異なることも多々あります。ましてや職場の環境・条件の改善によっては、職務遂行上の障害は軽減する可能性もあるのですから、こうした点を考慮すると、仕事に精通している職場部門のメンバーが障害者を交えて様々な角度から意見を出し、皆で一緒に話し合いながら、十分に考えて持ちうる能力を最大限に発揮できる態勢を整え、障害者雇用を拡大していく機会や仕組みづくりを行っていくことがより理想的だといえます。障害者の支援については百点満点の支援はありません。「今よりも少しでも良くするにはどうしたらよいか」、「以前の同じ障害の人に有効でも今回の障害者にはアレンジが必要かも」という視点で絶えず見直しをしながらよりよい対応を図っていくことが望まれます。 【ケース2】 B社で、製造現場を長年経験した社員が障害者雇用の担当者として異動してきたことが強みとなったという事例です。 当該社員は障害者雇用について一から学びなおし、事例を元に様々な障害者の状況を理解できました。このため、障害の特性を熟知した上で現場の業 務内容を調整していくことが有効だと考え、これまで切り出していた職務だけに留まらず、新たな業務開発を行っていくことにして、現場の各スタッフと交渉を始めました。さらには、精神障害者の雇用を進めていく必要性を感じたため、障害者の心理的な安全を考慮した職場環境作りに留意したところ、新たに雇用した精神障害者の雇用の安定かつ長期の就労に繋がりました。これを受けて障害者雇用促進施策の検討に際し、会社として精神障害者の採用を積極的に推進することを目指しマスタープランを策定するに至りました。 このプランには、①精神障害者雇用を強みとした雇用施策を実施する、②安定的で長期的な就労を目指す、③現場をバックアップする組織を本社に整備する、④各現場に障害者職業生活相談員の有資格者を配置し、⑤企業在籍型ジョブコーチなどの専門資格の取得した社員を配属することをめざす等、現場の意見を反映した具体的かつ効果的な内容を盛り込むことにしました。 さらに、当該障害者雇用担当者が、この計画を実行するためには、より広範な分野に及ぶ専門的な知見が必要であると考え、専門的なスキルを持った社員で構成する「課題発掘チーム」を本社に組織し、直接・間接的に精神障害者の雇用促進・定着に取り組む体制を構築することを提案しました。 課題発掘チーム(例) メンバー 役割 産業医 健康管理・安全衛生等 精神保健福祉士 各部署からの相談案件の情報共有 専門家との連携 障害者のサポート、指導員、相談員のフォロー 企業在籍型ジョブコーチ 業務遂行支援、会社への助言 職業生活相談員 職業生活全般の相談など 産業カウンセラー 障害者、管理者へのカウンセリング 顧問の社会保険労務士 労働条件等の管理 ※課題に対して「事後対応型」から「予測対応型」へと切り替えることができ、障害者とも話し合う機会が増え、長期就労を目指せる環境が整った。 (3) 受け入れ環境の整備 前段のケース2のB社では、これらの取組の結果、雇用率が向上し、プランに掲げた目的を達成することができました。さらに、職場の雰囲気が良くなり、精神障害者が長期就労するという事例が次々と発生していきました。その要因は、法定雇用率達成に的を絞らず、障害者雇用を「自社の新しい価値を創造するための経営戦略」として位置づけることで、全社的かつ継続的なバックアップ体制につなげたことだと言えます。経営戦略としたため、具体的な施策に落とし込んだマスタープランが通常の事業計画同様に策定され、各施策の達成に向けて優先的にPDCAサイクルを回し続けることになり、計画途上で生じた課題や問題に対して、会社全体から必要に応じて資源や人材のバックアップが受けられる体制が整備されました。 B社の「課題発掘チーム」のような、従来の組織を超え専門性の高いチームを編成することが難しいとしても、障害者雇用に関心があり協力的な人々を支援グループ(サポーター)として障害者雇用に結びつけておくことはとても効果的です。 また、B社のように、各職場に障害者雇用担当を置き、定期的に研修などスキルアップを行い、相互の情報交換や経験交流の機会を設定すると、障害者雇用の現状と取組を共有化することができ、障害者の雇用管理の不安を軽減したり、継続的に障害者雇用に関心を持ってもらうことができます。また、積極的に取り組んでいる部署の情報を社内報などで発信したり、障害者を受け入れていない部署に受け入れている部署の見学や意見交換を行うことで、障害者雇用に対する抵抗感を軽減したり、障害者雇用に係る関心を高めてもらえるなど、組織的かつ継続的な活動ができます。また、支援グループ内の意見を吸い上げることで、見逃していた課題を見いだせると共に、新たな解決方法も見つかるかもしれません。さらに、障害者雇用を支える人材を社内から発掘することにもつながります。これらの取り組みの結果、障害者雇用に関わる人材が増えることになり、それら人材の経験や専門スキルが社内で共有されてよりよい支援に活かされ、当人のキャリアビジョン構築にも役立つなどの多くの利点があります。 (4) 社内周知活動の具体例 障害者雇用を進めていくためには、経営者層、採用担当者、障害者受入れ部門はもとより、全社員が障害者雇用に関心や理解を持つことが大切です。しかし現場では「社内全体を見渡してみると現場スタッフには障害者雇用への関心が薄いように感じます。社内の関心を高めるにはどのようにすればよいでしょうか?」と担当者が悩んでいることが多いのも事実です。そこで、社員に障害者雇用の必要性を浸透させ、障害者を受け入れる環境の整備と社内コンセンサス形成を図るための主な取り組み事例を以下にあげてみます。 ① 社内(経営)会議などで周知・検討 社内(経営)会議などにおいて、障害者雇用の必要性を周知するとともに、取り組みを推進していくことを提案し社内の合意形成を図っていきます。この場合、雇用率の充足状況など、数値化したデータにより課題を具体的に示します。また、支援機関や支援制度の内容にも触れた採用計画を提案すると不安感の軽減につながると思います。 また、経営陣に障害者雇用に係る理解を促進していくためには、障害者雇用が企業に及ぼす効果、社会からの評価、障害者雇用のメリットなどをしっかりと伝え、世界標準、同業種の他社の取り組みや地域の同規模の会社の取り組み等の比較の中での自社の取り組みポイントについて、利点と課題点を整理して情報提供していくことが有効です。先行的に取り組む企業の情報や成功事例などを解説するとともに、リスク面についても丁寧に説明し、リスクを回避する方策について情報提供する機会を持つことも有効です。この際、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構の実施している障害者雇用支援人材ネットワーク事業1を活用し、障害者雇用管理サポーター2の派遣による管理者研修や雇用管理相談を利用することができます。 ② 社員研修の実施 社員向けの障害者雇用に関する研修会については、対象社員ごとに内容や実施方法を整理することも必要です。障害者の受け入れ経験の有無や知識のレベル、障害者への対応の立場の違い、障害者雇用に携わる時期などによって、基礎的な知識の付与、体験的なプログラムを含む障害の内容や配慮事項の理解、障害者が実際に取り組む場面の見学、指導方法や支援ノウハウの情報提供、実践的な取り組みに係る意見交換・経験交流やケーススタディなどテーマの選択を行い、内容ごとに講師の検討を行ったり、実施方法の調整を図ることが望まれます。これらの研修の企画や講師派遣については、地域障害者職業センターや中央障害者雇用情報センターに相談すれば、助言や協力を得ることも可能です。 社員に障害者雇用のイメージを持ってもらうには、働く障害者の動画をDVDで見せたり、分かりやすいマニュアルや事例集を閲覧いただくのも有効です。なお、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構では、障害者雇用に関する啓発DVDを無料で貸し出したり、障害者雇用に係る関係資料を提供しています。 また、社内報などに障害者雇用に関するコーナー欄を作成し、継続的に全社員に周知している企業もあります。 ③ 職場実習の受け入れ等 いざ障害者を職場に受け入れるとなると、不安や知識不足から心理的抵抗感が生じることもあるでしょう。また、過剰に意識して良かれと思って手を差し伸べすぎて、障害者が「お客さんのように扱われている」と感じて疎外感を味わう場面もあります。 このような場合には、障害者を短期インターンシップで受け入れてみましょう。実際に障害者と働くことにより具体的イメージを持つことができます。また、一緒に働いてみると抱いていた不安も薄れ、また、想像していたよりも色々なことができるということを発見し、受け入れの抵抗感も少なくなります。まさに「百聞は一見に如かず」です。 地域の特別支援学校や就労移行支援事業所などでは、就労訓練の一環としてカリキュラムに職場体験実習を組み込んでいるため、職場実習先を探している場合があります。管轄のハローワークに相談すると関係機関に働きかけてもらうことができます。 (5) スモールステップで取り組み開始 障害者雇用支援の仕組みは、各社それぞれ事情が異なりますのでこれが定番というものはありません。上記を参考にして、自社でこれならば取り組めるという手近なところから始めてみてください。まずは実行あるのみ。「案ずるより産むが易し」です。そして継続が大切ですので、スモールステップで少しずつ実績を積み重ねていくと、いろいろな試行錯誤の中から、必ずや自社に合った障害者雇用支援の仕組みが見えてくるはずです。 また、壁にぶつかったとき、情報やヒントが欲しいと感じたとき、また、はじめての対応に取り組もうとするときには社内だけで悩まず、外部資源の活用を是非思い出してください。 1 障害者雇用支援人材ネットワーク事業:(P.266参照) 2 障害者雇用管理サポーター:障害者雇用に関し、労務管理、医療、建築など様々な分野の専門家を「障害者雇用管理サポーター」として登録しています。障害者の採用計画を検討したい、障害者の処遇や人事制度を検討したい、社員研修を実施したい、特例子会社の設立ノウハウが知りたい、通院等への配慮も含めた健康管理について確認したい、事業所内の設備改修について相談したいなど、障害者雇用に関する様々な疑問に応えたり、検討のお手伝いを行います。 第3節 採用計画の作成と受け入れ部署の準備 1 障害者の採用方針・採用計画 障害者の採用方針・採用計画を作成する場合には、まず、企業全体の中期採用計画(3~5年の採用計画)を策定し、その枠組みの中で障害者の雇用についても考慮しておくことが望まれます。現状で欠員になっている職務に障害者を配置するという考え方で障害者雇用を進めていこうとする場合には、採用した障害者に応じて適切な配慮ができるかどうか、周囲の指導体制や受け入れ環境が整備できているかどうかなどを検討し、事前準備を進め、(物的・人的な)執務環境を整えることが必要です。なお、この取り組みでは大幅に障害者を増やしていくという計画には対応しきれないことが多いものです。 特に、法定雇用率未達成企業の場合など、現有の社員体制に加えて新たにまとまった人数の障害者の増員を検討する必要がある事業主や数十人規模の社員の増員を計画しているため、それに見合った障害者の新規雇用を考えている事業主については、中期採用計画と必ずリンクさせておくことが必要です。 また、障害者雇用について、ハローワークより「雇入れ計画の作成命令」を受けている法定雇用率未達成企業については、「計画の始期及び終期」及び「雇入れ人数」等を踏まえた採用計画を立てる必要があります。 現状の体制に加えて障害者雇用を進めていく場合には、障害者は、徐々に職務に慣れ、将来的には職務遂行が向上していくことも加味した上で、障害の特性に応じた職務の創出や職場の選定、指導体制の整備を行い、配員を考える必要があります。特に、これから障害者雇用を拡充しようとする企業においては、年度毎にどの部署に何人採用しようというおおよその計画を立てることが望ましいと思います。障害者自身はもとより障害者を受け入れる部署の指導者や同僚にとって、「障害者を受け入れたものの担当してもらえる仕事がない」「毎日会社に来てくれることが仕事で、何もやってもらわなくてもよい」という職場では、働いている者が意欲を持ちづらく、自分の存在感を感じられず、安心して働く環境にないため、障害者雇用を進めていく上で適切な状況の職場であるとはいえません。障害者にとって、仕事の内容や量が適切で、やりがいを感じられる職場を用意して初めて障害者の採用ができるという点を抑えて準備しておくことが重要です。 そのためには、障害者に担当してもらう職務の切り出し、工程の再設計、分かりやすいマニュアルの整備、障害者の受け入れ態勢・指導体制の構築等の採用の準備が完了していることが前提となります。従って、採用計画は職務の創出と表裏の関係となります。 採用計画を策定するにあたり考慮しなければならない点は次のとおりです。 ① どんな職務を障害者に担当させるか(職種毎に受け入れる人数をどの程度にするか)。 ② 正規社員で雇用するか、契約社員などの柔軟な雇用形態で雇用するか。 ③ フルタイムで雇用するか、短時間勤務または在宅勤務で雇用するか。 ④ 新卒採用か経験者採用か。 ⑤ 障害者の受け入れ態勢や障害特性の理解、指導上の留意事項の理解などが準備できているか。 ⑥ 障害者が成長し、担当する業務を拡充したり幅を広げられる職務を用意できているか。 ⑦ 採用当初仕事が完了しない場合の応援体制が整っているか。 さらに、採用計画を的確に実行していくためには、就労支援機関との連携も必要です。特に障害者の採用活動の経験が浅い企業の場合には、採用のプロセスでどのような制度を活用したらよいのか、どのような外部機関の支援者がどういう形でサポートしてくれるのかという点について十分に情報収集しないまま、障害者を採用することに意識が集中してしまうという事例も散見されます。障害者雇用については受け入れ態勢を作り、確実な準備をしてから採用の取り組みを実行していくことが大切ですし、その際に、社外の有効な支援を受けられるように情報収集しておきましょう。 そこで、障害者の雇用計画を検討するときには、ハローワークをはじめ、地域障害者職業センターや障害者就業・生活支援センター等の障害者雇用の専門機関に相談し、採用活動に入る前の段階で、諸制度を的確に活用して、企業にとって負担感が少なく、受け入れに無理がかからない形で障害者雇用に着手できるように事前準備を行うことが望まれます。 2 多様化する雇用形態と就業組織形態 (1) 雇用形態 事業主が障害者を採用して実雇用率にカウントする場合には、障害者を常用労働者として雇い入れることが条件となります。常用労働者とは、雇用期間の定めがない労働者の他、期間を定めて雇用される労働者であっても雇用期間が1年以上見込まれている契約社員や嘱託社員等がこれに該当します。 障害者である労働者のカウント方法は表1のとおりです。 ① 短時間労働者:1週間の所定労働時間が20時間以上30時間未満の労働者をいいます。フルタイム勤務が困難な障害者であっても、短時間勤務であれば就労可能なケースが多くあります。特に、精神障害者には、体力や気力の面で長時間働くことが困難なケースがあるため、最初からフルタイムで働くのではなく、最初の2~3ヶ月は短時間の勤務から始め、体力の回復状況を見ながら徐々に勤務時間を延長することによってうまく定着できることがあります。 また、例えば、重度のじん臓機能障害者で人工透析を必要とする場合には、通院時間を確保するために短時間労働者として採用したり、重度の視覚障害者を採用する際には通勤時の混雑を避けるため出勤時間を遅くする、といったことも考えられます。 なお、精神障害者である短時間労働者については、令和5年4月1日からの精神障害者の算定特例の延長に伴い、当分の間、雇入れからの期間等に関係なく、1人をもって(0.5人ではなく)1人とみなすこととされています。 ② 特定短時間労働者:令和6年度から、障害特性により長時間の勤務が困難な障害者の雇用機会の拡大を図る観点から、特に短い時間(週所定労働時間が10時間以上20時間未満)で働く重度身体障害者、重度知的障害者、精神障害者を雇用した場合、特例的な取扱いとして、実雇用率上、1人をもって0.5人と算定します。 ※週10時間以上20時間未満で働く障害者を雇用する事業主に対して支給していた特例給付金は、令和6年4月1日をもって廃止となります。 ③ 在宅勤務者:通勤が困難な障害者、感覚過敏等により通常の職場での勤務が困難な障害者、地方在住の障害者等が自宅で業務を行うケースもあります。在宅勤務をしている障害者について、実雇用率の算定対象とするためには、常用雇用労働者であって雇用保険の被保険者である等の要件を満たす必要があります。 ④ 障害者トライアル雇用:ハローワークが紹介する障害者で、職業経験・技能・知識等から、就職が困難な障害者について、一定期間試行雇用(原則として3ヶ月。精神障害については3ヶ月以上12ヶ月以内)することにより、事業主と対象障害者とで仕事をするに当たっての適性や能力等を見極め、お互いに理解を深めて、その後の常用雇用への移行や本採用のきっかけづくりを図ることを目的に創設された事業です。事業主には、トライアル雇用期間に助成金として月額4万円、精神障害者を雇用する場合は3ヶ月間は月額最大8万円、4ヶ月目から6ヶ月目までは月額最大4万円が支給され、雇入れにかかる一定の負担が軽減されることもあります。対象障害者にとっては、企業の求める適性や能力・技術を実際に把握することができ、また、トライアル雇用中に努力することで、その後の本採用への道が開かれます。常用雇用に移行した場合は、雇用率計算上は遡って算入できます。 表1 障害者である労働者のカウント方法 週所定労働時間 30時間以上 20時間以上30時間未満 (短時間労働者) 10時間以上20時間未満 (特定短時間労働者) 身体障害者 1 0.5 - 重度 2 1 0.5 知的障害者 1 0.5 - 重度 2 1 0.5 精神障害者 1 1 0.5 (2) 障害者の障害特性を活かしやすい就業組織形態 障害者が働きやすさを感じることができたり、障害特性に応じた雇用が容易になるよう、様々な組織形態が制度化されています。 ① 特例子会社:事業主が障害者雇用に特別な配慮をした子会社を設立した場合、一定の要件のもとに子会社の従業員を親会社に雇用されたものとみなして、親会社の雇用率に計算できる制度です。 特例子会社のメリットとして次の点があげられます。 ○会社としてのメリット ・社内外に障害者雇用の取組みを周知させることができる。 ・障害者雇用のノウハウを蓄積できるので、親会社やグループ各社の障害者雇用に係る課題に助言・援助できる。 ・就労支援機関との継続的な連携により障害者の定期採用、採用後の職場適応の援助等が受けやすくなる。 ・親会社から独立しているため、より障害に配慮した臨機応変な意思決定を行うことができる。 ・障害者の職場定着に資する独自の運営を行うことができる(就業規則、人事評価制度、賃金規定等)。 ・障害者に配慮した施策をとりやすくなる(精神保健福祉士等相談支援担当の相談員の配置、企業在籍型ジョブコーチの配置等)。 ○障害者としてのメリット ・入社前の段階で一定レベルの合理的配慮がなされている。 ・障害者同士の仲間意識の醸成を図れる。 ・障害のカミングアウトがしやすく伸び伸び働くことができる。 ・職務が細分化されているケースが多く、自身の習得状況に応じて職務内容を柔軟に設定してもらいやすい。 特例子会社については、雇用率制度のグループ適用が認められています。つまり、特例子会社を設立する親会社が特例子会社以外のその他の子会社(以下「関係会社」という。)を含めて障害者雇用を進める場合には、一定の要件のもとに関係会社に雇用されている従業員も親会社に雇用されている者とみなし、実雇用率を通算できます。 一方で特例子会社については、一度設置したら原則として廃止できないこと、グループ適用された子会社を原則として外すことができないこと、地域貢献に係る社会的な役割を求められるケースも多いことから毎年定期採用していくことを就労支援機関や特別支援学校などから期待される場合も多いこと(それに応じて業務の内容や業務量を拡充する必要があること)等もありますので、設置の検討は慎重に行うことが重要です。 ② 重度障害者多数雇用事業所:重度障害者(重度身体障害者、知的障害者又は精神障害者を含む)を10人以上雇用しており、その重度障害者数の全従業員に占める割合が20%以上である等の要件を満たし、税制上の優遇措置や、施設・設備改善のための助成金を利用している事業所もあります。重度障害者多数雇用事業所は、重度の身体障害者、知的障害者及び精神障害者の雇用拡大のうえで大きな成果をあげています。 ③ 短時間就労 障害特性の側面を考慮し短時間就労(週20時間以上30時間未満)を志向する障害者は年々増加しています。令和4年度の民間企業における短時間労働者は全国で7万3千人を超えており、企業では、今後短時間労働者の増加に応じて業務量と仕事のやりがいを兼ね備えた職務創出、ワークシェアなどを進めていくことが期待されます。 さらに、令和4年12月の障害者雇用促進法の改正により、一般就労を希望する障害者のうち、障害特性により長時間の勤務が困難な重度身体障害者、重度知的障害者及び精神障害者の就労機会を拡大するため、令和6年4月1日から特定短時間労働者(週10時間以上20時間未満)について、特例的な取扱いとして、実雇用率にカウント(0.5ポイント)できるように改正されました。 ④ 企業内障害者センター:特例子会社を作ることなく企業内の業務の中で障害者に可能な業務を担当部(例えば人事部)の中に集中配置し組織化するものです。これは担当部が直轄で運営する効率的な方法といえます。ただし、担当部内に限られた取組みとなることが多く、社内に障害者雇用を拡げにくいことから職域の拡大には担当部の努力・工夫が必要になってきます。 (3) 中小企業における障害者雇用の促進 ① 中小企業における障害者の雇用状況 厚生労働省がとりまとめた障害者雇用状況報告の結果1から令和5年6月1日現在の状況をみると、常用労働者数43.5人以上の民間企業は、全国で108,202社、法定雇用率の算定基礎となる従業者数は約2,752万人、障害者数は約64万人で障害者の実雇用率は2.33%でした。このうち、常用労働者数43.5人以上300人未満の中小企業は、全国で92,855社、法定雇用率の算定基礎となる従業者数は約930万人、障害者数は約19万人で、障害者の実雇用率は2.07%でした。 障害者雇用率制度の創設時(昭和52年)との比較でみてみると、昭和52年の企業全体の実雇用率は1.09%であったのに対し、令和5年には2.33%になっており、今日までに障害者の雇用状況は着実に進展しています。しかしながら、300人未満規模の中小企業における障害者の雇用状況は、昭和52年は、56人~99人以下規模の企業で1.71%、100人~299人規模の企業で1.48%と、企業全体の実雇用率1.09%を大きく上回る水準でした。平成5年は、56人~99人以下規模の企業で2.11%、100人~299人規模の企業で1.52%となり、企業全体の実雇用率1.41%を上回る過去最高の水準となりました。しかし、その後は低下傾向が続いており、令和5年は、43.5人~100人未満規模の企業で1.95%、100人~300人未満規模の企業では2.15%、300~500人未満規模の企業では2.18%と、企業全体の実雇用率2.33%を下回っています。 ② 初めての障害者雇用の課題と対応 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構が実施した「中小企業における初めての障害者雇用に係る課題と対応に関する調査」2では、アンケート調査とヒアリング調査を通じて、中小企業が初めて障害者を雇用するに当たってどのような課題が生じるのかを把握するとともに、障害者雇用のポイント、必要な支援をとりまとめています。概要は次のとおりです。 ア アンケート調査の結果 以前に障害者を雇用しなかった理由(複数回答)としては、「障害の状況に応じた職務の設定や作業内容、作業手順の改善が難しかった」を5割強、「採用・選考に関するノウハウが乏しかった」、「支援者・指導者の配置等、人的支援の体制の整備が困難だった」、「障害の状況に応じた労働条件の設定が困難だった」を3割程度の企業が選択していました。 初めて障害者を雇用するに当たって困ったこととしては、「従事作業の設定、作業内容や作業手順の改善」を5割強、「障害の状況を踏まえた労働条件の設定」、「支援者や指導者の配置」を3割程度、「採用基準や選考方法」、「人材の確保」、「現場の社員の理解を得ること」を2割程度、「施設・設備の整備」、「何から手をつければいいか分からなかった」を1割程度の企業が選択していました。また、困ったことへの対応策としては「採用基準や選考方法」及び「何から手をつければいいか分からなかった」の項目では「外部機関の支援の利用」が最も多く、それ以外の項目ではいずれも「自社による工夫・改善を実施」が最も多くなっていました。 初めての障害者雇用に当たっての支援機関等の利用については、いずれかの支援機関を利用した企業は80社(72.7%)でした。具体的には「ハローワーク」を利用した企業が6割強、「特別支援学校」と「障害者就業・生活支援センター」が2割程度でした。 支援制度の活用状況としては、「特定求職者雇用開発助成金」の活用が4割強と最も多く、次いで「障害者試行雇用(トライアル雇用)奨励金」が3割強程度でした。 障害者を雇用した後の考え方の変化として、「一口に障害と言っても個人差が大きいことがわかった」を選択した企業は6割強で最も多く、次いで「職務内容や施設・整備、人的支援等の環境を整備すれば、障害があっても能力を発揮して働けることがわかった」が4割、「大規模なハード面の改善が無くても、工夫すれば受入れが可能であることがわかった」が3割強程度でした。 今後の障害者雇用への方針としては、「現在の状態が維持できればよい」を選択した企業が3割強と最も多く、次いで「雇用する障害者をさらに増やしたい」、「障害者の従事する職域をさらに拡大したい」も3割程度ありました。 障害者の職場定着や新たな雇用に当たって必要な支援としては、「採用経路、求職者についての情報の提供」を選択した企業が3割強で最も多く、次いで「職場定着、さらにその後の職業生活の持続の段階における外部の支援機関等からの支援」、「障害者雇用に関する法律・制度等についての詳細な情報の提供」、「雇用形態や労働条件の設定、受入体制の整備等に関する助言」が3割弱でした。 イ ヒアリング調査の結果 障害者を以前に雇用しなかった理由について、対人業務や専門技術を要するため障害者には難しい、馴染まないと考えている企業のほか、障害者の指導や雇用管理を行うための人員配置が難しいとする企業や、そもそも障害者雇用の義務があることを知らなかったとする企業もみられました。 障害者雇用に当たっての課題と対応については、作業内容の設定は自社で取り組む企業が多く、事前に各部署の関係者を集めた会議を開催して検討したり、作業マニュアルを整備したりする企業もみられました。また、初めての障害者雇用が知的障害者や精神障害者である場合には、外部機関の支援を受けている企業が一定程度ありました。 指導者の配置に関しては、特別な管理体制を構築している企業は少なく従来からの管理体制で業務の指導を行っている企業が多い状況でした。また、障害者が登録している支援機関に定期的なフォローアップをしてもらっている企業もみられました。 このほか、現場の社員の理解を得るため、事前に社内研修等を行ったり、現場従業員の不安の解消のために話し合いの場を設定したりしている企業もありました。 障害者を雇用した後の考え方の変化については、知的障害者や精神障害者を職場実習で受け入れることによって、障害者雇用は身体障害者が対象であるとの固定観念が変わったという企業や、障害特性を理解することにより障害者を見る目が変わったという企業がありました。さらには、作業手順を確実にこなす知的障害者の特性が活かされて品質向上につながったという企業もありました。 ウ 障害者雇用の課題 アンケート調査とヒアリング調査を通じて、中小企業が初めて障害者を雇用するに当たっての課題と対応としては次のことが考えられます。  (ア) 作業内容の設定、作業内容や作業手順の改善については、自社による取組みで乗り切れる場合もあるものの、障害者を受け入れる前に必要に応じて支援機関からその職務内容や雇用管理の仕方等に関する支援を受けることが有効な場合もあると考えられます。 支援者や指導者の配置に関しては、配属部署の管理体制を大幅に変更する必要はないですが、総務・人事部門が障害者の管理に対して関わったり、支援機関を有効に活用したりすることで障害者の雇用管理の負担が配属部署に偏らないように工夫して進めていくことが重要と考えられます。 このほか、雇用の検討の初期段階からどのように進めたらよいのか分からない場合、障害者を雇用している企業に出向き、先進事例に学ぶという対応も有効な手段と思われます。  (イ) 障害者の雇用経験のない中小企業にあっては支援制度そのものを知らない企業が少なからずみられたこともあり、各支援機関や各種支援制度の情報をできる限り収集することが望まれます。  (ウ) アンケートによれば、初めて障害者を雇用した企業のうち半数を超える企業が、障害者を雇用した後に考え方の変化がみられました。障害者を未だ雇用していない企業の場合、障害者雇用への不安や負担感を軽減すること、障害特性や能力についての適切な理解を促進していくことが求められます。あわせて、障害者雇用がもたらすメリットや社会におけるコンプライアンス重視の意識の進展を十分認識、理解をした上で、障害者雇用を進めていくことが望まれます。  (エ) 人材確保は、企業側が最も重要視することです。支援機関と接点がない企業も、まずハローワークを訪れるとともに、地元の各支援機関で求職者に関する情報収集を積極的に行っていくことが望まれます。 エ 必要な取組 最後に、本調査では、中小企業が次のような取組を行うことを提案しています。  (ア) 初めての障害者雇用に躊躇している中小企業にあっては、雇用に向けた第一歩として、障害者の特性や能力に関して適切に理解するために、職場実習を受け入れることや、支援機関に対して雇用を躊躇する理由を具体的に相談してみること。  (イ) 実際に障害者雇用に向けた取組を進めようとするものの、何から手を付けていくべきか悩む企業にあっては、企業見学等を行いつつ先進企業の取組に学んでみること。また、見学先の選定に当たり迷うことがあれば、支援機関に相談してみること。  (ウ) 初めて障害者を雇用する方針を固めようとする企業にあっては、職場実習など試行的な受入れに先だって、支援機関にも相談しつつ、障害者の職務等についてあらかじめ社内で検討してみること。  (エ) 障害者雇用の検討に当たっては、コストがいくらかかるかということだけでなく、障害者雇用が社員に与える意識の変化などのメリット、障害者優先調達推進法等企業の経営面からみたメリット、積極的な障害者雇用がもたらす企業の社会的評価の向上、社会貢献といったメリットや意義があることについても理解した上で検討すること。  (オ) 求職者に関する情報は、企業自らもハローワークをはじめとした各支援機関に相談するなど、その収集に積極的に当たってみること。  (カ) 障害者を採用する際には、複数の部署から構成される組織をもった企業の場合、障害者の配属部署だけではなく総務・人事部門など複数の部署が直接的・間接的に関わること。また、必要に応じて支援機関に相談してみること。  (キ) ジョブコーチによる支援について、とりわけ精神障害者や知的障害者を雇用する場合にあっては積極的に受けてみること。 ③ 障害者雇用に関する優良な中小事業主に対する認定制度(もにす認定制度)の創設 中小事業主については、障害者の雇用義務が課せられているにもかかわらず依然として障害者を全く雇用していない企業(障害者雇用ゼロ企業)も多く残されている等、障害者雇用の取組が停滞している状況にあります。 中小事業主における障害者雇用を進めていくためには、従来の制度的枠組みだけでなく、個々の中小事業主における障害者雇用の進展に対する社会的な関心を喚起し、経営者の障害者雇用に対する理解を深めていくとともに、こうした積極的な取組を進めている事業主が、社会的に様々なメリットを受けられるようにしていくことが必要です。 このため、障害者の雇用の促進及び雇用の安定に関する取組に関し、その実施状況が優良なものであること等の基準に適合するものである旨の認定を行い、認定された事業主について、その商品等に厚生労働大臣の定める表示(もにす認定マーク)を付すことができる中小事業主に対する認定制度が創設されました。 この認定制度を通じて、企業の社会的認知度を高めることができるとともに、地域で認定を受けた事業主が障害者雇用の身近なロールモデルとして認知され、地域全体の障害者雇用の取組が一層推進されることが期待できます。また、本制度を通じて、障害者雇用の促進と雇用の安定を図ることで、組織における多様性が促進され、女性や高齢者、外国人など、誰もが活躍できる職場づくりにつながることが期待されます。 ④ 納付金制度ほか ところで、中小企業の中でも、障害者雇用に積極的な企業が一定の割合を占めることから、今後、中小企業における障害者雇用を着実に進めていくためには、法定雇用率を超えて障害者を雇用している中小企業と法定雇用率を達成していない中小企業との間の経済的負担の不均衡を調整していくことが必要です。 こうした考え方等を背景として、障害者雇用納付金制度が適用される対象範囲は徐々に拡大され、平成27年4月からは、障害者雇用納付金制度の適用範囲が常用雇用労働者数100人を超える事業主にまで拡大されています。 中小企業は地域における障害者雇用の受け皿として、その重要性はますます高まっていくものと期待され、これまで障害者雇用の経験のない中小企業を視野に置きながら、中小企業における障害者雇用の促進を図るための雇用支援策をより一層充実させていくことが求められています。 1 厚生労働省「令和5年 障害者雇用状況の集計結果」 2 本節で紹介した調査結果の詳細については、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構 平成24年度障害者職域拡大等調査報告書No.2『中小企業における初めての障害者雇用に係る課題と対応に関する調査』を参照。 3 職務創出 (1) 業務内容と職務の再設計 採用に躊躇する企業に理由を聞くと多くの企業から「障害者に合った仕事がない」と答えが返ってきます。通常は「職務(仕事)に人を合わせる」方法をとりますが、障害者の業務を決める場合、障害の特性と程度を考慮し「人に職務(仕事)を合わせる」方法も併せて考慮することが有効と考えることが必要です。 障害者が担当する仕事を具体的に創出していくときに、「障害者に合う仕事とはどんなものでしょうか?」と質問される企業が多くあります。これについては、「健常者に合う仕事とは何か」と聞かれても答えることができないように、障害者に合う仕事、この仕事は障害者用という決めつけを行うことは適当ではありません。障害者一人ひとりの個性と興味関心、経験や諸能力によってマッチングしていくというのが基本の考え方です。 最近の研究では、①職務切り出しモデル、②積み上げモデル、③特化モデルの3つを組み合わせて職務創出していくことが有効とされています。この際、担当する職務を作業要素レベルまで細分化し、スモールステップでできる作業要素を増やしていくことや障害によりできない要素のみを取り除く、他者の助けや仕事の流れを変えることで障害者が作業をできるように再編整備していくことが肝要です(図1)。 例えば、製品の箱詰め(業務)について、包装の歪みのチェック、製品の箱詰め、商品説明書の挿入、消費期限の印字、完成品の並べ作業、製品仕上がり数の数えと報告という一連の作業の流れがあったとします。このときに、障害により「包装の歪みのチェックだけができない」、「仕上がり数の数えだけができない」といった一部の作業ができない方について「箱詰め業務ができない」として一連の業務を担当させることが困難と判断することは避けるべきです。できる作業要素とできない作業要素を整理区分し、できない作業要素について積み上げモデルによるステップアップ方法が良いのか、特化モデルにより部分的に作業要素を外し、残りの部分を確実に仕上げるといったワークシェアを行うことが良いのか、細分化しても対応することができないのか等を障害者本人も交えて多角的に検討し、整理していくことが望まれます。 障害者の職務創出については、一般に各職場に新入社員を受け入れるときや担当業務について経験のない社員が転入してくるときの担当職務の設定を応用していただくことが適当です。一般に職場の作業環境や仕事の手順は、障害のある人が働くことを想定しないでつくられていることが多く、いろいろな障害や個性がある障害者をそのまま職務配置した場合、低能率・作業ミス・疲労といった生産管理上のさまざまな問題が発生することもあります。このため、個々の障害者の状況を加味して、障害者が最も力を発揮でき、企業側と整理できる折り合い点を探して必要な配慮を提供していくことがよりよい対応となります。ここで3つの職務創出モデルについて補足して説明します。職務の再構築を行うときには、まず、図1の左の「職務の切り出し・再構成モデル」にあるとおり、他者に手伝ってもらうことができる仕事やアシスタント的な業務を分析し、これを職場内で集めて一人分の業務を切り出します。これにより各スタッフは専門業務に集中できたり、残業時間を短縮できるというものです。忙しいときに応援のスタッフをお願いするときの仕事の切り出しの仕方と同じような取り組みになります。 「特化モデル」は発達障害などのように、どうしても苦手な領域があったり、その1工程があるためにパフォーマンスが上がらないという障害者に対して、一部の工程を外して最大限のパフォーマンスを発揮することができるように設定し、当面は他者の協力を得たり、苦手な部分を別のスケジュールでトレーニングする等の対応を図る方策です。 「積み上げモデル」については、精神障害や知的障害などのように、自信を持ちにくいタイプや時間をかけてスモールステップで取り組むことが適当な障害者に有効な方法で、少しずつできることを増やしていき、最後には全工程を処理できるように仕事を増やしていくという取り組みです。どこの職場でも新規採用者に取り入れているものと同様だと思います。 この3つのタイプを上手に組み合わせ、障害者ごとにご本人の特性や経験、諸能力を勘案しながら職務創出していくことが大切だと考えられています。 そして、職務の創出に当たっては、仕事の流れ、仕事をするときの課題点、職場環境の整備、疲労の状況という仕事面を確実に分析していくことが必要となります(図2)。なお、このときに気を付けたい点は、障害者の能力を過小評価したり、評価者側だけの視点で決めつけて能力開発に繋がらないという結果にならないように、「どうしたらできるようになるのか」「どんな支援があれば楽にできるのか」を障害者とともに、周囲の同僚のアイデアなども参考にして可能性を広げていくというスタンスが大切であるということです。 また、これらの取り組みの結果、最終的に業務から外さざるを得ないと判断する際には、別の職務でトライし少なくとも2~3以上の作業で適応の可能性を検討することが必要です。この場合、まさしく新人教育と同様に「失敗」は「経験」と考えた方がよいでしょう。すぐにあきらめないで粘り強く指導する「忍耐」も必要となります。 図1 職務創出の3つのモデルパターン ①職務切り出しモデル 障害者の担当業務=従業員Aさんの職務のうちの作業1+従業員Bさんの職務のうちの作業2+従業員Cさんの職務のうちの作業3 ②積み上げモデル 雇用開始時点での担当職務から目標(将来の担当職務)に向かって徐々に作業を積み上げていく ③特化モデル 強みをいかした職務を選定することで、不得手な作業等の担当を見直したり、支援を行う。 特化した目標とする担当職務。  図2 職務の創出に当たって分析調整が必要な事項 職務創出と職場環境の調整のポイント ・日々の業務の流れや実施時間を把握し、調整する。 ・各業務の課題を把握する(行動分析し、課題部分を工夫する) ・働く環境を整備する(時間の構造化、場所の構造化、方法の構造化、手順の構造化等) ・疲れのコントロールに留意する(勤務日数、勤務時間、仕事内容の調整) (2) 集中配置と分散配置 障害者を職場に配置する際、障害者に向く職務(作業)を特定してそこに集中的に配置する場合と、広い範囲で職務(作業)の枠決めをし、本人の能力・適性に応じて通常の各部署に障害者を分散して配置するケースがあります。どちらの方法によるか、両者をどのように組み合わせるのかについては、事業主、現場責任者等の考え方によって異なります。 分散配置の職場については、業種や作業工程なども関係してきますが、日常のコミュニケーションを通じて相互理解を深めるのに役立つと同時に、障害のため困難な作業を周囲の者がカバーするなど、組合せによる職業能力の有効発揮が図られています。反面で、部署間で対応に差が生じたり、各部署に障害の理解促進や支援ノウハウの提供を行うこと等同僚社員への研修機会を強化したり、障害者雇用の責任部署や障害者職業生活相談員がサポートできる体制を強化しないと社内の障害者雇用の態勢が弱体化してしまう等の課題も発生しやすい面もあります。 集中配置は発展すると企業内障害者センターや特例子会社のように専任の指導者の下で障害特性に配慮しながら環境整備を図ることができる等のメリットもあります。設備改善のための投資を効率的に実施できること、また障害者に対する雇用管理のノウハウを効率的に蓄積できるなどのメリットがあります。反面で、障害者に接する機会が少ない他の部署にしてみると、障害者雇用を自部署の取り組みと受け止められず、職務の提供が消極的になったり、障害者との関わりが薄くなってしまうというケースもあります。このため、障害者を特別扱い、あるいは差別扱いをすることにならないような配慮が必要です。障害のない人も障害者も一緒の職場で同じ作業をすることによって、お互いが理解し合い、教え合って自立し、成長していくことが大切です。 最近では、両者を的確に組み合わせ、障害者雇用の責任部署を中心に社内全体のプロジェクトを設置して、従業員エンゲージメントを高める取り組みに繋げているという企業が増えています。これらの企業では、集中配置で支援ノウハウを高めたり、障害者に自信を持っていただいたた上で、社内の各部署に対しては障害者を出向かせて、相互の理解促進を図ることや自然な形で障害者の支えの形を構築しています。これらの取り組みが円滑に進むと、各部署で障害者雇用を応援する社員が増えていきますし、社内に心のバリアフリーが構築され、障害者雇用の質も向上していきます。 4 人事評価制度の検討 (1) 目標設定と評価 ジョブ型雇用が進展する一環で正社員への目標管理と人事評価を取り入れる企業が増加しています。この流れの中で、障害者が職場に定着し、無期労働契約に切り替わる際に、身分が正社員に切り替わったり、正社員と同様に人事評価制度の対象になるという事例も増加している状況です。 仕事を進めるに当たっては、障害者についても、個人の育成を図り会社業績への貢献や能力の高さを処遇に反映させる必要があることはいうまでもありません。しかし、人事評価を取り入れる企業では、全社的に活用している人事評価制度を障害者に適用すると毎回低い評価になってしまい、モチベーションを維持向上させるために人事評価を取り入れているのに逆効果になってしまう等の悩みを抱える場合が少なくありません。だからといって、人事評価を行う際に、「障害者だけを外す」「障害者用の指標を作る」ということは障害者差別になる恐れがあったり、障害程度によっては不利な評価を強いられるというケースもあり、どうしたらよいのかと各企業が悩んでいます。 平成28年4月から雇用分野における障害を理由とする差別的取扱いが禁止されていることも念頭に置き、可能な限り通常の労働者と同じ方法を採りつつ、障害によって制約がある点について何らかの合理的配慮を行うことで改善ができることがないのかについて、障害者、上司、その他の職場の関係者が十分に検討する必要があります。 一般の労働者に人事評価を導入する目的を整理すると、社員の選抜を行うためという考えよりも、労働者のモチベーションを高めるために人事評価を適用すると考えている事業主が多い状況です。そこで、従業員エンゲージメントの向上に繋げられる制度を導入できると、労働者側も「やらされ感」が少ない、よりよい評価制度になると考えられます。 すなわち、労働者が、自身が担当した職務遂行結果を適正に評価され、フィードバックされ、それに見合った形で事業主から有形、無形の報酬が与えられると労働者は「満足」できますし、労働者が持ちうるパフォーマンスを最大限に発揮して与えられた仕事を的確に遂行していけるでしょう。その結果、与えられた職務に対して要求水準に適った成果を上げられ、職場に貢献していけると事業主は要求したことを「充足」できます。この満足と充足のループが相互に絡みあい、正のスパイラル(螺旋)を描いて昇華していき、この関係が継続されていくことによって労使双方が成長していくことになります。その結果として、生活の質(Well Being)の向上とキャリアアップにつながります。このスパイラルループを的確に維持していくためには、適時的に人事評価を行い、的確なフィードバックと次のステップの目標建てを行うことが必要です。 国の機関では、人事評価に当たって、職務や職位ごとに定められた客観的な評価基準に照らし発揮した能力を評価する「能力評価」と個々に設定された目標に照らして上げた業績を評価する「業績評価」から構成されています。事業主が人事評価を行うに当たって、個々に目標を設定し、目標を意識して日常業務を進めることは、障害者にとっても、本人の励みになり、モチベーションを引き出すのに有効です。 モチベーションを維持向上させるためには、職務面の結果だけを評価するのではなく、職務遂行のプロセスや取り組み姿勢といった社内での行動全般を評価することや加算方式で評価する方法を取り入れること等人事評価制度を工夫することも望まれます。 具体的な人事評価の指標について図3に一例を紹介します。 図3 人事評価に当たっての留意事項 この考え方では、人事評価の指標について3つ用意します ① 能力評価の指標:仕事に向き合う姿勢、職務態度や出勤の安定性など職務遂行のプロセスなどの情意効果の側面を評価するとともに、他の従業員に与える影響などを含めて全人的に評価いただくことが望まれます ② 年功評価の指標:職務を担当している期間、キャリアや経験年数等の属性的な側面に加え、労使で共有して設定した年次の目標の達成状況などの経験値を評価していただくことが望まれます ③ 職務評価の指標:社員に課した職務や役割の遂行状況を評価することになりますが、これについては、さらに下位の3軸を設けて職務遂行の量的な側面に加え、担当職務の質的な側面を加味した評価をすることが望まれます ア 職能・技術軸 難易度の同じ職務や同じ地位に求められる業務をどれだけ多く実行できるようになっているかという横方向の評価を行う軸 イ 地位・階層軸 職務のスキルアップ、職責の上昇、役割の付加などに対応できるかという縦方向の評価を行う軸 ウ 部内化・中心性軸 地位や部門は同じでも組織の中心的な作業や決定に関わる職務、情報(機密情報、守秘等)を扱う職務など組織に対する自己の業務の重要性が増大することについて評価する軸(組織にとってより重要で中心的なステータスを与えられるかを評価する軸)(※) (※)部内化・中心性軸の例 例えば、顧客情報のデータ入力の仕事に就いている方がいるとします。一般レベルでは既存の複数の名簿から、顧客の氏名、住所、生年月日、会員番号等のデータを入力します。 一段階重要度が増したレベルの作業では、複数回購入実績がある「お得意様情報」のデータ入力作業を担当します。このデータ入力作業では入力項目は同じで業務の難易度は同レベルですが、取り扱うデータの重要性や会社にとっての大切さが増すことになります。 さらにレベルが上がると、「重要なお得意様情報」の入力となり、データの保存管理に当たりパスワードを付加したり、アクセスできる者を制限した保存場所にデータを保存して修正を行うなどセキュリティの高さが異なる作業になります。この段階でのデータ入力作業でも入力する項目自体は同じなのですが、データの取り扱いを制限し、それを扱える者を限定するなどステータスを高い設定にします。 このように担当する作業内容自体は同じでも業務の重要性やセキュリティなどに差異をつけてグレードを区分することで評価をしていくと本人のやりがいを高められるという仕組みです。 これらの指標、職務遂行の軸について加算方式を原則として評価をしていくことで多面的、全人的な評価の実施に繋がりやすく、評価結果がマイナスになりにくいことや次期の目標立てをしやすい課題整理が可能になる評価指標と考えられます。 また、評価に当たっては、「自己申告」等の方法により本人も評価に加わり、課題点について上司の評価と比較しながら、対話による事実確認を行うことが望まれます。これにより本人の受け止め方や課題と感じているポイントを労使で確認することができ、評価の客観性と透明性を確保することに繋がります。この点は一般労働者も同じです。 意欲も能力もある障害者は、業績に貢献して、ますます自立への自信をつけ、障害のない人を超える能力を発揮する事例も出ています。多様性を認め、「個」を活かすためには、個人の得手「取り柄」を見つけ、独特の味わい「持ち味」とともに生かしきることが必要であり、これが自己実現につながります。 ある部位(機能)や能力に障害があり、できないことがあっても、職場全体で支える態勢があり、障害者の能力を必要としていることを障害者自身も感じられる環境を用意できると、安心感が形成されて意欲が増進し「できなかったことができるように」なったり、他の面で「驚くほどの能力を発揮する」こともよくあることです。 本人の特性(職務遂行上得意な点)を伸ばす中で、障害も包み込まれていきます。 一方、障害者への配慮には、根底に「何が障害者にとって幸せか」という視点が必要です。適切な配慮により個人の人格と自律性を尊重し、障害の種類と程度に応じた職場環境改善を行うよう注意が必要です。 基本的な考え方をしっかり押さえ、バランスのとれた、自社に合ったルールを取り入れましょう。 5 賃金・労働時間等の条件  障害者を雇用するうえで、労働条件をどう設定し、働きやすい環境とするかは重要な問題です。多様な勤務形態の中から、それぞれ本人の障害の特性と程度に合った労働条件を選択します。 (1) 労働契約 ① 労働条件の明示義務と法令等の周知義務 ア 労働条件の文書による明示 障害者との労働契約は、基本的に通常の労働者の場合と同様です。ただし、障害を考慮して通常の労働者と異なる環境、条件を取り決めた場合は、本人にそのことを十分説明し、個別契約としておくことが必要です。この場合、その合意の内容が労働条件となります。また、それは就業規則を下回ることはできません。また、障害者用の就業規則を作成しようとされる場合もありますが、これについては障害者の差別につながり、障害者雇用促進法に抵触する可能性があることに気を付ける必要があります。 契約の当事者は、あくまでも労働者本人と事業主(使用者)です。内容が理解しにくい知的障害者には、やさしい文章とし、フリガナをつける等工夫した文書を作成し添付するとよいでしょう。また、保護者にも内容を確認していただき、副署名を求めておくことをお勧めします。 労働条件の明示は、労働条件のうち、次の特定の事項(昇給は除く)については、書面の交付による明示が必要です(労働基準法第15条、労働基準法施行規則第5条)。 (ア) 労働契約の期間 (イ) 有期労働契約を更新する場合の基準 (ウ) 就業の場所及び従事すべき業務 (エ) 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日等 (オ) 賃金、昇給 (カ) 退職 さらに、令和6年4月から「労働基準法施行規則」、「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」の改正に伴い、以下の労働条件の明示事項等が変更されることとなりました。 (キ) 就業場所と業務の変更の範囲(有期労働契約者を含むすべての労働者) (ク) 更新上限の有無と内容及び更新上限を新設・短縮する場合はその理由(有期労働契約者) (ケ) 無期転換申込機会及び無期転換後の労働条件(有期労働契約者) また、短時間労働者(パートタイム労働者)を雇い入れる事業場は、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム・有期雇用労働法)第6条の規定により、「労使協定に基づく賃金支払時の控除の有無」、「昇給の有無」、「退職手当の有無」、「賞与の有無」を文書の交付等により明示することも義務になっています。 イ 法令等の周知義務 「労働基準法」と「関係法令」の要旨、「就業規則」のほか、「労使協定」並びに「労使委員会の決議」を、次の方法により労働者に周知しなければなりません。内容が理解しにくい障害者に対しては、わかりやすく表現する等の配慮をするとよいでしょう。 (ア) 常時、各作業場の見やすい場所に掲示または備え付けること (イ) 書面により交付すること (ウ) 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずるものに記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置したり、社内ポータルに掲示する等整備すること ② 雇用・勤務形態の多様化と障害者雇用 障害者の雇用も基本的には通常の雇用と同じと考えてよいのですが、障害の種類、程度により、同一場所、一斉就業、一斉休憩、フルタイム勤務等にこだわらず、本人とよく相談し、本人に合った雇用・勤務形態からスタートします。時には、よかれと考えて決めた、期間の定めのない正社員という条件が重荷になることもあります。移動障害のある障害者や公共交通機関を利用しての通勤が困難な障害者については、在宅勤務の可能性も検討します。また、精神障害者、重度障害者、就労経験のない障害者等を雇い入れる場合等、適応が難しいと予想される場合は、ハローワークに相談し、障害者トライアル雇用制度を活用することもできます。 担当業務と作業環境、人間関係も考慮して、定着へ近づけます。 本節の2もあわせてご参照ください。 (2) 賃金の管理 ① 賃金体系と最低賃金 賃金体系は、企業ごとに定められるものであり、一概にどの体系がよいとは言えませんが、例えば職務評価に基づく職務給を導入する場合も本人の年齢や勤続年数等を考慮した本人給と併用した形の給与(賃金)体系が考えられます。 ただし、職務給は知識、熟練、努力、責任等その職務の困難度や重要度を評価要素として、職務の相対的価値を評価し、その価値に応じて定められる賃金であるため、職務が変わらない場合の昇給については、本人給部分で行うことになると考えられます。障害者雇用促進法では、雇用する障害者に対する障害を理由とする差別や権利・利益を侵害する行為が禁止されています。すなわち、障害のあるなしで異なる賃金体系を作ることは認められません。ただし、一方で職務の内容や職位で賃金が異なることは認められています。 最低賃金には地域別最低賃金と産業別最低賃金があります。一人の労働者について二つ以上の最低賃金がある場合は、高いものが適用されます。 産業別最低賃金が適用される労働者に地域別最低賃金を下回る賃金を支払った場合は、違反となり50万円以下の罰金が、産業別最低賃金を下回る賃金を支払った場合には、30万円以下の罰金を科せられることとなりますのでご注意下さい。 なお、最低賃金は時間額で定められていますので、日給や月給の場合は所定労働時間で除して比較してください。 また、一部の例外を除き、どんな職務であろうとも、最低賃金額を下回らないようにすることが必要です。 ② 賃金支払いの原則  障害者に対する賃金の支払いの原則は、労働基準法に定められているとおり、①通貨で、②全額を、③毎月1回以上、④一定期日に、⑤直接本人に支払う、この5原則は守らなくてはなりません。 知的障害者の場合、親など保護者が本人に代わって受取りに来ることがあるようですが、代理人に支払うことはできません。あくまで本人に支払わなければなりません。 勤務先預金として会社が預かっている場合も、本人以外へ払い出すことはできません(Q&A【問4】(P60)にチャレンジ)。 ③ 最低賃金の減額の特例許可申請 障害者、試用期間中の者等一般の労働者と労働能力等が異なるため、最低賃金を一律に適用するとかえって雇用機会を狭める可能性がある労働者については、最低賃金の減額の特例が認められます。減額の特例許可を必要とする理由、障害についての障害者手帳等客観的な資料、支払おうとする賃金(特例許可を受けようとする減額率)等を記載した申請書を事業所を管轄する労働基準監督署経由で都道府県労働局長へ提出して許可を得るという制度もあります。 ④ 就業しなかった時間と賃金 傷病のチェックや人工透析等で通院するための遅刻・早退、就業中の外出の場合の取扱いは、一般ルールとして「就業規則」で定めておくことが望ましいでしょう。 全労働者が同じ取扱いとなるのが公平な考え方です。例えば、ノーワーク・ノーペイを原則とするならば、全従業員を同じ取扱いとします。 障害者への配慮は、一般労働者とのバランスを考えて決めてください。 ⑤ 休暇と賃金 就業規則等で休暇を定め、それぞれの休暇について有給か無給かを定めなければなりません。 なお、産前産後の休暇や、私傷病の休業が無給の場合、それぞれ健康保険の「出産手当金」や「傷病手当金」の給付を請求することができます。また、支給される賃金が「出産手当金」や「傷病手当金」に満たない場合は、差額が支給されますので請求することができます。 (3) 労働時間 ① 労働時間の原則 労働時間、休日、時間外労働等については、その扱いは障害者も一般の労働者と全く同一で、労働基準法が適用されます。同一の就業規則で運用するのが大原則です。 ② 労働時間の柔軟化 労働時間の柔軟化には、いろいろな形があります。その中から個々の障害者に合った形を選択することができます。 ① 短時間労働者(パートタイム労働者) 通常の労働者の所定労働時間に比べ労働時間の短い労働者を短時間労働者といいます。パートタイム労働法により、職務の内容、人材活用の仕組みや運用が同じであれば、賃金・教育訓練・福利厚生について差別的取扱いが禁止されています。 短時間労働者に対する年次有給休暇は通常の労働者に比例した日数を付与することが必要です。 このほか、柔軟な労働時間の設定については、フレックスタイム制、変形労働時間制、みなし労働時間制などの制度もあります。これらについて障害者に適用する際には障害の特性、諸能力に配慮することが肝要です。 (4) 障害者の所得保障 企業において雇用する障害者から年金の相談を受けるときに予想されるケースは、単に申請方法がわからない場合や相談者が自分の年金を受けることができるかどうか分からない場合、さらには働き始めて給与所得が生じることにより年金額との調整が発生するかどうかなど、多岐に渡ることが予想されます。年金は一人ひとりの状況が異なります。また、本人の思い違いということもあり、話の内容と現実が異なっており受給できない場合もありますので、年金の専門家でない障害者職業生活相談員が「年金をもらえます・もらえません」など断定的な判断をすることは避けなければなりません。年金の相談は日本年金機構の年金事務所・街角の年金相談センターが受け付けていますので、まずは「ねんきんダイヤル」で相談するようご案内することをお勧めします。また、以下に「障害年金制度の概略」を記載しますので相談を受けた際のご参考にしてください。 ① 障害年金 障害者に対して公的年金制度により支給される給付には、次の3種類があります。 ア 障害基礎年金 イ 障害厚生年金 ウ 障害手当金(一時金) 障害認定日は、初診日(障害の原因となる傷病について初めて医師等の診療を受けた日)から1年6ヶ月経った日ですが、症状が固定されていればそれ以前でも障害認定日となります。また、障害認定日に症状が軽い場合であっても、その後に症状が重症化し、障害等級に該当した場合は、65歳に達する日の前日までに本人の請求があればその翌月から障害年金を受給できます。認定の基準は障害者手帳による基準ではなく、国民年金法及び厚生年金保険法による基準です。従って、障害者手帳1級だからといって障害等級上1級とは限りません。 ア 障害基礎年金   1級と2級に分かれており、その額は次のとおりです。(令和6年度)1   1級 1,020,000円…2級の1.25倍   2級 816,000円   生計を維持している子(18歳到達年度の末日(3月31日)を経過していない子または20歳未満で障害等級1級または2級の障害の状態にある子)がいれば、人数により子の加算がつきます。(次頁図1参照)   また、20歳に達するまでに初診日がある場合も20歳(障害認定日が20歳以降のときは、障害認定日)から障害基礎年金は支給されますが、所得制限の要件があります。(表1) イ 障害厚生年金   厚生年金加入期間中(つまり入社後)に初診日がある障害で1級または2級に認定された場合、障害基礎年金に加算して支給されるものです。3級の障害年金は、厚生年金独自の給付です。支給額は、障害認定日までの被保険者期間に基づく報酬比例年金額として計算されますが、加入期間が300月(25年)未満の場合は300月とみなして計算されます。1級の場合の年金額は、2級の場合の1.25倍となります。3級は2級と同額ですが、最低保障があります。   また、1級と2級で生計を維持している65歳未満の配偶者がいる場合(年収制限あり)、加給年金が加算されます。(次頁図1参照) ウ 障害手当金(一時金)   障害厚生年金では3級より軽いと認定され、障害手当金の支給要件に該当する場合、障害手当金が一時金として支給されます。その額は報酬比例年金額(2級)の2年分ですが、最低保障があります。 エ 業務上傷病(通勤災害を含む)により障害者になったとき・・・労働者災害補償保険により障害(補償)等給付が給付されますが、障害厚生年金が全額支給されるのに対して、障害厚生年金を受け取っている人が障害(補償)年金も受け取る場合、障害(補償)年金は一部がカットされます。 オ 特別障害給付金(平成17年4月創設)   平成3年3月以前の国民年金任意加入対象者であった学生や、昭和61年3月以前に国民年金任意加入対象者であった被用者の配偶者のうち、任意加入していなかった期間内に初診日があり、現在、障害基礎年金1級、2級相当の障害に該当する場合、特別障害給付金を受給することができます。1  なお、障害基礎年金や障害厚生年金、障害共済年金などを受給することができる場合は対象になりません。(請求の窓口は住所地の市区町村) ② 特別障害者手当 特別障害者手当は、精神又は身体に著しい重度の障害があるために、日常生活において常時特別の介護が必要な20歳以上の在宅障害者に支給される手当です。2ただし、所得制限があります。(請求の窓口は住所地の市区町村) ③ 所得保障と賃金管理 20歳に達するまでに障害が生じた障害者に支給される障害基礎年金については、所得制限があり、制限額を超えると半額又は全額支給停止となります。従って、賃金が制限額を超えると家計収入的に見れば所得ダウンということになりますが、本人のレベルが向上した証左ですので激励してあげましょう。入社後に障害が生じた場合は、所得制限はありません。 障害者は障害年金をもらっているのだから賃金を調整してもいい(総収入で考える)との考えは間違いです。年金と賃金は全く別物であり、賃金は労働に対する正当な対価です。労働意欲の向上が図れるような制度を構築しましょう。 表1 障害基礎年金の所得制限・限度額表 図1 障害基礎年金・障害厚生年金(令和6年度) 1 令和6年度は「昭和31年4月2日以後生まれの方」と「昭和31年4月1日以前生まれの方」で年金額が異なります。本項で記載している年金額は昭和31年4月2日以後生まれの方の年金額であり、以下本項記載の他の年金額についても同様です。 Q&A【問4】出勤しなくなった障害のある社員の知人から賃金の代理受領の申出があったので、応じるつもりである。(解答と解説はP289に記載しています) 6 障害者の安全・健康の確保 (1) 基本的な考え方 障害者の就業とその継続には、健康と安全の確保がきわめて大切です。障害者がその持てる能力を十分に発揮し、障害のない人とともに同じ職場で働けるようにすることは、ノーマライゼーションが目指す成熟した社会の証です。しかし、障害者の就業に際しては、障害が進行したり、原疾患が悪化したり再発したりするかもしれないという不安が付きまといます。そのため、障害者を新たに雇用するときや、新たに障害を負った職員が復職するときには、雇用後の生活全般において、障害者の健康と安全をどのように確保し、それを維持していけばよいかが大きな問題となります。 労働と健康を両立させるためには、「健康管理」「作業管理」および「作業環境管理」からなる「労働衛生3管理」が重要です。これに「総括管理」と「労働衛生教育」を加えて、労働衛生の5管理とすることもあります。これらは、障害のある人にもない人にも同じように重要な基本的事項です。 このうち健康管理とは、労働者ひとりひとりの健康状態を、法に定められた定期健康診断などによって直接チェックし、異常を早期に発見したり、その進行や悪化を防止したり、さらには、健康を回復するための医学的および労務管理的な措置を講じることです。障害者の健康管理においては、すでにある障害の特性や程度をよく把握した上で、障害の原因となった疾患の管理や二次障害の予防に努めなくてはなりません。 一方、作業管理とは、環境の汚染や有害要因のばく露を防止するとともに、作業負荷をできるだけ軽減するような作業方法を定めて、それが適切に実施されるように管理することです。とくに、障害のない人には適切な作業方法であっても、障害者にとっては有害であったり負荷が過剰になったりすることがあるので、作業管理にはより一層注意を払わなくてはなりません。 作業環境管理とは、作業環境測定などによって、作業環境中の有害な因子を把握して、できるかぎり良好な状態を保つよう管理することです。障害者にとって好ましい作業環境は、障害のない人にとっても良い環境となります。障害の有無にかかわらず、すべての労働者がよりよい作業環境のもとで働けるようにすることが求められています。 以上の労働衛生3管理に加えて、総合的な労働衛生対策を効果的に進めるためには、産業医や衛生管理者等が連携するとともに、安全管理さらには生産管理と一体となって行われる必要があり、そのために総括管理があります。さらに、労働衛生教育によって、労働衛生管理体制や労働衛生3管理についての、労働者の理解を深めることが大切です。 以上の労働衛生3管理ないし5管理に加えて、障害者自身による自己管理が求められます。障害者は、医療機関や職業訓練機関等において、自身の障害について理解し、健康の自己管理ができるよう、さまざまな教育や指導を受けています。事業場は障害者の自己管理を尊重し支援するとともに、相互に協力して健康と安全を組み立てます。また、十分に自己管理できない障害者には、適切な指導や見守りを行って、健康管理に努めます。 なお、健康や障害に関する個人情報に接する職員は、業務を通じて知り得た秘密を守らなくてはなりません。また、病歴や障害に関する情報は要配慮個人情報に該当するので、事業場が、個人情報保護法に則って責任を持って厳重に管理しなくてはなりません(Q&A【問5】(P67)にチャレンジ)。 (2) さまざまな健康管理体制のなかでの取り組み 事業場の健康管理体制は労働安全衛生法によって定められており、事業場の規模や業種によって若干の違いがあります。一定の業種の一定規模以上の事業場では、事業を実質的に統括管理する者を総括安全衛生管理者として選任し、その者に安全管理者、衛生管理者を指揮させるとともに、産業医を選任し、専門家として労働者の健康管理等にあたらせることとなっています。安全管理者や衛生管理者の選任が義務づけられていない中小規模の事業場では、安全衛生推進者または衛生推進者を選任し、労働者の安全や健康、衛生に係る業務などを担当させることになっています。 産業医の選任が義務づけられている規模の企業では、労働者の健康と安全に関しては、産業医から医学的立場や産業保健活動の立場からの専門的支援を受けることができます。一方、産業医の選任を義務づけられていない小規模な事業場では、保健師や看護師、人事労務担当者が中心となって、外部の医師や地域産業保健センター(地さんぽ)などと適宜連携しながら、労働者の健康と安全の確保に努めなくてはなりません。産業医がいる事業場でも、特別な医学的配慮を要する障害者を雇用する場合には、外部の専門医と連絡を密にして対応する必要があります。 (3) 障害者の健康と安全を守るために ① 障害の状態や健康状況を知ること ア 雇用前、または復職前の状況の把握 雇用時または復職時には、事前に医学的情報や障害に関する情報を得ておくと、障害に関する理解を深め、就業後の健康管理に役立てることができます。情報の入手先としては、主治医、専門医、以前の事業場の健康管理室、障害者職業能力開発校などがありますが、本人の承諾を得ておくことはもちろん、個人情報の管理を徹底する必要があります。 障害を有するに至った経緯や現病歴、現症、作業能力、就業可能時間、服薬状況、発作の予防法や対処法、その他の注意事項などが参考になります。これらの情報は、産業医か健康管理担当者が管理します。雇用後や復職後にも、外部の主治医や専門医と連絡を取りやすくしておくことは、障害の種類に関わらず役に立ちます。 イ 健康診断による健康の情報 雇入れ時健康診断や定期健康診断では健康状態の総合的評価が行われるので、障害者の健康管理の注意点をさらに確認できます。 ウ 本人からの情報 大半の障害者は、自己の障害や体調を誰よりもよく理解し、しっかりした自己管理を行っています。したがって、何よりも本人からの情報を十分に得ておくことが、異常の際に適切な対処や支援を行うために不可欠です。 ② 雇用後に障害を悪化させないために ア 医師等の指導 産業医に障害者の健康管理や就労の耐久性などについて相談し指導を受けます。また、障害者雇用助成金を利用して職場支援員を配置し、障害者の業務遂行に必要な援助や指導を受けることもできます。 イ 障害者自身による主治医や専門医の受診 障害者自身が主治医や専門医を定期的にまたは必要に応じて受診し、必要な治療や経過観察を受けることは、就業の継続や健康管理のために有効です。無理なく通院できるように勤務時間等に配慮し、また、主治医から特別な指示があればそれに従うようにします。 ウ 症状の発現や合併症の発生についての理解 てんかんのように発作を繰り返す障害や、褥瘡や関節変形などの二次的合併症を生じやすい障害の場合には、健康管理の方法や、発作時の処置法、さらに予防法や注意点などについて、本人の承諾のもとに、産業医や主治医、専門医からの助言を得るようにします。 ③ メンタルヘルスケア 近年、職場におけるメンタルヘルスケアの重要性が強調されるようになっています。一般に障害者は、作業能率、仕事の理解力、復職後の仕事量の減少、対人関係などについて、障害のない人よりもはるかに強い精神的・心理的ストレスを感じています。こうしたストレスは健康管理にも就業継続にも影響するので特に注意が必要であり、メンタルヘルスケアによって障害者の職場適応を促進するように努めます。 具体的には、産業医、保健師、看護師、健康管理者、カウンセラーなどが医学的あるいは心理学的立場から対応することになりますが、上司や指導者、同僚などによる支援が有効なこともあります。逆に、上司や同僚がストレスの原因になっている場合もあるので、本人の訴えによく耳を傾けるとともに、職場環境や人間関係をよく観察する必要があります。また、労働安全衛生法に基づくストレスチェックを適切に実施すべきことは申すまでもありません。 2020年に始まったコロナ禍において、情報通信技術(ICT)を活用したテレワークが一挙に普及しました。テレワークには在宅勤務・モバイルワーク・施設利用型勤務などの類型がありますが、このうち在宅勤務は通勤の負担が減ることや本人に最適化された環境で本人のペースで仕事ができることなど、障害者にとって大きなメリットがあるといえます。その一方で在宅勤務は、ただでさえ孤立しやすい障害者を一層孤立させたり、本人が一人で頑張りすぎてしまったり、逆に運動不足になったりすることから、メンタルヘルスや生活習慣病などへ悪影響を及ぼすことが懸念されます。特にメンタルヘルスは重要であり、WEB会議システムを活用して常にコミュニケーションを良好に保つなどの配慮が求められます。 ④ 保健指導 ア 生活習慣病に対する注意 障害者の多くは運動不足気味で精神的ストレスが多いために、生活習慣病の重要な予備軍となっています。たとえば、脊髄損傷者では損傷部位以下の筋肉によるエネルギー消費が著しく減少するために、受傷以前と同じ食生活をしているとほぼ確実にメタボリックシンドロームとなります。また、脳卒中による障害者の場合には、ほとんどの場合、発症以前から高血圧や糖尿病などを有しています。したがって、障害者においては、栄養指導や衛生管理、運動指導などが、障害のない人にも増して重要です。1人ひとりの障害者が健康の自己管理をしっかり出来るように、啓発や支援に努めます。 イ 生活習慣病検査の際の注意 医療機関で行われる検査の中には身体的負荷があるものがあります。たとえば、MRIなどの画像検査では一定時間同じ姿勢を保たなくてはならないため、障害の種類によっては大きな負担となります。また、MRIは体内に金属や心臓ペースメーカーなどが埋め込まれている場合には禁忌です。上部消化管X線造影検査(胃透視)を障害者に実施することは、透視台からの転落や造影剤排泄遅延などの危険を伴うために、望ましくありません。 ⑤ 障害の特性の認識と理解 それぞれの障害の特性をよく認識し、どのような健康管理が必要かを理解していれば、不安や恐れを感じることなく積極的に障害者を受け入れることができます。就労を目指す障害者の多くは、健康の自己管理を学んでおり、普段の生活においては障害のない人と大きく異なることはありません。 障害別にみた特徴と雇用上必要な配慮についての詳細は第3章を参照してください。とくに、改正障害者雇用促進法に基づく「障害者差別禁止指針」(資料編第4節参照)と「合理的配慮指針」(資料編第5節参照)をよく理解し、遵守することが求められます。以下に、日常の健康管理業務のなかでの指導や処置、配慮など、参考となることの概略を述べます。 (4) 各障害別の健康と安全の留意点 ① 肢体不自由者の健康と安全(第3章第1節参照) ア 脊髄損傷、二分脊椎 脊髄の損傷による障害は損傷部位(脊髄高位)によって大きく異なります。損傷部位以下の脊髄と脳との連絡が絶たれることによって、両側性の運動麻痺や感覚障害、自律神経障害をきたします。頸髄損傷では、両手両足と体幹の運動麻痺と感覚障害(四肢麻痺)をきたします。胸髄損傷の場合には両下肢の麻痺(対麻痺)をきたします。いずれの場合も麻痺の程度は完全なもの(完全麻痺)から不完全なもの(不全麻痺)までさまざまですが、ほとんどの場合、日常生活には車椅子を必要とします。 脊髄損傷者で特に注意しなくてはならないのは自律神経の障害です。運動麻痺は一目瞭然ですが、自律神経の障害は外見からはわからないので理解され難いという問題があります。自律神経は、血圧や脈拍、体温などの調節や、排尿排便に関わる膀胱や直腸の運動など、生命の維持に不可欠な重要な機能を担っています。そのため、最も重度の頸髄損傷の場合には、車椅子に座っているだけで血圧が低下して失神してしまったり、夏期にはうつ熱状態になって意識朦朧となったりします。作業場の室温など環境調整に注意を払う必要があります。 車椅子を常用している場合に最も生じやすい合併症は臀部などの褥瘡です。運動麻痺のために長時間同じ姿勢でいるために特定の部位に圧力が集中することによって生じる循環障害に加えて、自律神経障害による血流調節の障害のため、運動麻痺だけの場合よりもさらに褥瘡ができやすい状態であることをご理解ください。脊髄損傷者に生じた褥瘡はきわめて難治性で、しばしば入院や手術を必要とするため、長期欠勤の原因になります。臀部の褥瘡の予防のためには、一定時間毎に両上肢で車椅子の肘掛けを押して体幹を持ち上げ、臀部にかかる圧力を減らして血流を促すことが必要です。これをプッシュ・アップと言いますが、作業に集中しすぎてこれを忘れることが無いように、「プッシュ・アップしていますか。」などと声掛けする配慮が求められます。そのほか、褥瘡の予防には、適切なクッションの使用や皮膚の清潔保持も大切です。 褥瘡に続いて多いのが尿路感染です。神経因性膀胱とよばれる膀胱機能の障害のために、尿道カテーテルを留置したり、間歇自己導尿を行ったり、膀胱瘻を造設したりする必要があります。膀胱炎や腎盂炎から敗血症になったり、腎臓機能が低下したり、尿路結石を生じたりします。定期的な尿検査や泌尿器科医の受診が必要です。 二分脊椎では、脊髄損傷の場合と同じように対麻痺と膀胱直腸障害をきたしますが、そのほかに水頭症などの脳の障害を伴うこともあります。 イ 脳性麻痺 脳性麻痺は、受胎から新生児期(生後4週以内)までの間に生じた、脳の非進行性病変に基づく、永続的なしかし変化しうる運動および姿勢の異常であると定義されています。単一の病名で呼ばれていますが、痙縮型やアテトーゼ型などのさまざまな病型があり、実際の運動機能もほぼ寝たきり状態から走ることができるものまで幅が広く、さらに知的障害やてんかんなど肢体不自由以外の障害を伴うこともあります。そのため、単に脳性麻痺という診断名を確認するだけで無く、実際にその人が有している障害の全体像を把握することが大切です。 脳性麻痺の人は、就労可能な人であっても、精神的緊張が高まると、不随意運動や筋緊張が高まって、作業が円滑にできなくなることがあります。とくに就労初期には、心理的・精神的ストレスが高じやすいので、リラックスさせるように心がけます。子どもの頃から長い間不自然な姿勢を続けたり無理な運動を行ったりするために、腰痛や膝関節痛などを障害のない人よりも早くきたす傾向があります。また、加齢とともに脊柱の変形が進行して、子どものころには歩けていた人が中年期には歩けなくなるといった二次性障害も大きな問題です。てんかんの服薬管理や、開口障害のある人の歯科受診などにも配慮が必要です。 ウ 片 麻 痺 脳卒中や頭部外傷などによる大脳の片側の損傷によって反対側の半身(上下肢)に生じた運動麻痺を片麻痺(へんまひ)と呼びます。多くの場合、運動麻痺と同じ範囲の感覚障害も伴います。 脳卒中者の多くは、高血圧や糖尿病、脂質異常症などの危険因子を脳卒中発症以前から有しています。就業中の再発予防のためには、これらの危険因子の管理が最も重要です。ライフスタイルの改善や定期的な内科受診などを促します。また、原因の如何に関わらず、大脳皮質に損傷がある場合には、しばしば二次性のてんかんを生じます。抗てんかん薬の服薬状況を確認したり、発作の誘因となる睡眠不足などを避けるように指導したりします。また、てんかんのある人には、機械運転や高所作業など危険を伴う作業は勧められません。 片麻痺を有する人の多くは、麻痺以外の障害を伴っています。最も代表的なものは失語症ですが、そのほかに、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などからなる高次脳機能障害があります。とくに、運動麻痺や言語障害はあまり目立たないのに、発病前と比べて仕事の能率が著しく低下したり情緒が不安定になったりして、人間関係や社会生活に困難をきたしている場合には、高次脳機能障害を疑う必要があります。そのようなときには、全国に設置されている、高次脳機能障害支援拠点機関に相談するとよいでしょう。 片麻痺を有する人の多くは、発病前と比較し現在の自分の能力を悲観して、焦りやストレスを感じています。復職後には、職務内容の変更などの検討や、メンタルヘルスケアが必要になることがあります。 エ 切   断 切断の原因には、労働災害や交通事故などによる外傷と、糖尿病性壊疽や閉塞性動脈硬化症などの疾病とがあります。近年は労働者の高齢化や糖尿病の増加などにより、疾病による切断が増える傾向にあります。疾病による切断の場合には、主治医による基礎疾患の継続的な医学的管理が必要です。食事や運動などの生活習慣の改善も重要です。特に体重増加は義足への負担となるので注意が必要です。 切断者の多くは義肢(義手、義足)を使用していますが、義肢と接触する切断端にはさまざまなトラブルが発生します。義肢の取り扱いや切断端の処置については、本人が主治医や義肢装具士などから指導教育を受けているので、自己管理に任せてください。 ② 視覚障害者の健康と安全(第3章第2節参照) 視覚障害には、まったく視力がない全盲の状態と、視機能が低下して日常生活に支障をきたしているロービジョン(弱視)とがあります。ロービジョンには視野狭窄、中心暗点、羞明、色覚異常、夜盲症、複視などさまざまな症状があり、一人ひとり見え方が異なります。 視覚障害の原因には、網膜色素変性症、糖尿病性網膜症、加齢黄斑変性症、網膜剥離、緑内障など多くの疾患が含まれます。近年、特に増加しているのは糖尿病性網膜症による中途失明です。糖尿病の場合には、主治医による十分な管理のもとで、食事管理や服薬、インスリン注射などが規則正しく行われるよう配慮が必要です。 視覚障害者は衝突や転落の危険を回避することが困難なので、職場内外の物理的環境の整備は特に重要です。また、ロービジョンの人については、特有の見えにくさに応じて、職場内の表示や照明を最適化するように努めます。その他、見えないことによる職場内での疎外感やストレスに注意を払い、必要に応じて健康管理室などと連携しながらメンタルヘルスケアを受けられるようにします。 ③ 聴覚障害者の健康と安全(第3章第3節参照) 聴覚のみに障害を有する者は、体力などの面では就労上の問題はほとんどありません。最も重要な問題は、上司や同僚との間のコミュニケーションがとりにくいことから、心理的なストレスを生じやすいことです。業務に直接関係のある意思伝達に困難があるだけでなく、休憩時間中の同僚との日常会話などにも加わり難いことがあるので、職場内で孤立感を味わうことになるのです。また、本人からは見えないところから声を掛けられてもそれに気付くことができないために、相手を故意に無視しているかのように誤解されることがあり、それが心理的圧迫となります。 本人が抱えているストレスを早期に察知し、健康管理室などと協力してメンタルヘルスケアに努めるとともに、良好な職場の雰囲気を作るように助言します。手話を使う聴覚障害者のいる職場では、職員が「おはよう」「ご苦労様」「ありがとう」などの簡単な手話を覚えて、気軽に接触するようにします。また、相手の口唇の動きで言語を読み取る口話(読唇話)を行う人に対しては、口がよく見えるところで話すよう心がけます。 ④ 内部障害者の健康と安全(第3章第4節参照) ア 共通事項 内部障害は非常に幅広く、その種類と程度によって、作業能力や仕事量、就労可能時間、その他注意事項は大きく異なります。雇用時や復職時に、その後も随時必要に応じて、本人、主治医および専門医等から、就業上配慮すべきことがらについての情報を入手します。疾病や障害に関する情報は最も重要なプライバシーのひとつですので、情報入手にあたっては必ず本人の承諾を得ておくことと、その管理を徹底すべきことは言うまでもありません。 体力や耐久力が低下して過労状態に陥りやすいので、疲労が蓄積しないように就業時間や作業負荷量には特に配慮します。食事や睡眠など規則正しい生活を確保できるよう通勤距離や時間にも注意し、さらに定期的に主治医を受診できるように時間的な配慮をします。 イ 心臓機能障害 身体障害者福祉法による身体障害者手帳の交付基準は「日常生活活動が著しく制限されるもの」とされており、通常、心臓機能障害を有する人は、主治医から活動の許容量が指示されています。主治医からできるだけ具体的な情報を得て、事業場においても作業負荷量が許容限度を超えないように配慮します。また、心不全や不整脈の徴候や狭心痛などの出現に注意し、異常が認められた場合の対応方法について、あらかじめ主治医の指示を得ておくことが望まれます。 なお、平成26年3月までに身体障害者手帳を取得した人で、心臓ペースメーカー植え込みにより1級を取得した人の中には、日常生活活動にはほとんど制限のない人が含まれています。その場合にも、電池交換などのペースメーカーのメンテナンスが適切に行われることや、ペースメーカー誤作動の原因となる強い電磁波を生じる場所には近づかないことなどに注意します。 ウ 腎臓機能障害 腎臓機能障害は、腎臓機能の低下が進行しているがまだ透析は受けていない状態、人工透析を続けている状態、腎移植を受けた後の状態の3つに分けることができます。それぞれの状態によって注意すべき事柄が異なりますので、主治医からの指示を本人が遵守できるよう、就業時間などに配慮します。また、いずれの状態においても、感染症は状態悪化の重要な原因となるので、感染症の予防と早期治療を促します。 エ 呼吸器機能障害 呼吸器の機能の障害による息切れなどにより、日常生活活動が著しく制限されます。活動の許容量は主治医から指示されるので、それを本人が遵守できるよう配慮します。在宅酸素療法(HOT)により就業が可能となっている人には、機器がトラブル無く使用できるよう配慮します。肺炎などの感染症は呼吸器機能の急激な悪化を招くので、感染予防と早期治療を促します。 オ ぼうこう又は直腸の機能障害 さまざまな疾患や外傷などにより、ぼうこうや直腸の機能が失われ、排せつのために腹部に開けた孔をストマと呼びます。ストマを有する人をオストメイト、または人工ぼうこう保有者、人工肛門保有者と呼びます。ストマには蓄尿袋や蓄便袋を貼り付けてその中に排せつするので、定期的に袋を交換する必要があります。そのため、袋交換に要する時間と場所(オストメイト対応トイレ)の確保が求められます。もちろんストマを造る原因となった疾患の治療や管理のために主治医受診が必要です。 カ 小腸機能障害 さまざまな原因により小腸の機能が障害され栄養の維持が困難になると日常生活が著しく制限されます。クローン病や腸管型ベーチェット病は病勢が動揺しやすく、過労やストレスにも気をつける必要があります。 キ ヒト免疫不全ウイルス(HIV)による免疫機能障害 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染により長い潜伏期を経て免疫機能が障害されエイズを発症します。今のところいったん感染したHIVを完全に除去する方法はありませんが、さまざまな抗HIV薬を組み合わせて服用することにより、長期に渡り就労し続けることができるようになっています。職場などでの日常的な接触では人から人への感染の心配はなく、むしろ過剰な対策によりHIV陽性者の人権やプライバシーを侵害しないよう注意が必要です。本人に対しては、服薬と通院が確実に続けられるよう支援します。 ク 肝臓機能障害 肝臓の機能障害の原因は、B型・C型ウィルス性肝炎、自己免疫性肝炎、アルコール性肝炎などさまざまです。進行すると慢性肝炎から肝硬変に移行し、肝がんを発症することもあります。常に主治医による厳重な管理が必要であり、その指示に従います。代償期には過労などに注意すれば就業が可能です。ウィルス性肝炎が職場の日常的な接触で人から人へ感染することはありません。 ⑤ 知的障害者の健康と安全(第3章第5節参照) 知的障害にもさまざまな原因がありますが、多くの場合、肉体的には健康であり、8時間労働に十分耐えうる体力を有しています。何らかの身体疾患を合併している場合には、主治医とよく連絡をとって、その指示に従って必要な配慮を行います。職場では安全の確保が特に重要です。知的障害者は危険を察知して回避する能力が不足していることがあるので、職場の安全環境の整備に努めるとともに、十分な見守りや監督ができる体制を整えます。また、自身の身体の不調を適切に伝えることができない可能性があるので、表情や態度の変化などに注意して観察する必要があります。さらに、知的障害があっても鋭い感性を有しているために、かえって人間関係に傷つきやすいとも言われていますので、上司や同僚の配置にも気を配ります。 ⑥ 精神障害者の健康と安全(第3章第6節参照) 統合失調症やそううつ病などの精神疾患により、日常生活もしくは社会生活に著しい制限を受ける人が精神障害者保健福祉手帳の交付対象となっています。身体疾患の合併がなければ、ほとんどの場合、就労に必要な体力は十分に有していますが、労働による緊張が病状を悪化させることが少なくないので、就業時間を短縮するなどの配慮を行います。また、服薬継続はきわめて重要であり、定期的な主治医受診を促します。一方、服薬により注意力が低下する可能性があるので、危険を伴う作業に従事することは勧められません。 てんかんも精神障害者保健福祉手帳の交付対象になっています。てんかんにはさまざまな原因と多くの発作型がありますが、ほとんどの場合、抗てんかん薬の服用によって発作をコントロールすることができます。一番大きな問題は、いまだにてんかんに対する偏見が根強いために、本人がてんかんであることを隠そうとして、通院や服薬を怠ってしまうことです。職場では、てんかんに対する偏見を無くして、本人が堂々と服薬できる雰囲気をつくる必要があります。 職場でてんかん発作を起こすこともありますが、通常の発作は数分以内に自然に収まるので、周囲の安全に気を配ること以外には、特別な処置は必要ありません。けいれんが収まったあとしばらくもうろう状態が続いたり寝込んだりすることがあるので、完全に覚醒するまで静かな場所で静養させます。まれに、発作が10分以上続いたり意識が戻る前に次の発作が起こったりすることがありますが(てんかん重積状態)、その時だけは直ちに受診させる必要があります。それ以外の通常の発作のみであれば、後日、本人から主治医に報告させるだけで構いません。 ⑦ 発達障害者の健康と安全(第3章第7節参照) 発達障害者支援法では、「発達障害」を、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものと定義し、さらに「発達障害者」とは、発達障害がある者であって発達障害及び社会的障壁により日常生活又は社会生活に制限を受けるものをいうとしています。 職場での健康と安全上の課題としては、自信や意欲の低下、孤立などがあり、家族や主治医、カウンセラーなどと連携しながら対応します。全国に設置されている発達障害者支援センターに相談することも出来ます。 ⑧ 難病のある人の健康と安全(第3章第8節参照) 難病とは、発病の機構か゛明らかて゛なく治療方法か゛確立していない希少な疾病て゛あって長期の療養を必要とするものとされています。「難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)」に基づく医療費助成の対象となる指定難病は、令和6年4月現在で341疾病あります。一方、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)」では、発病の機構が不明であることと希少であることを難病の要件から除外し、369疾病を支援の対象としています。 このように難病とされる疾患は非常に多岐にわたるので、当然、職場での健康と安全に関わる課題は、疾患によってさまざまです。難病と言うと治療が難しい重篤な病気というイメージが先に立ちますが、難病の中にも、根本的な治療は難しいものの適切な医学的管理によって就労が可能となる疾患が多く含まれています。 難病のある人で就労を希望する人は、主治医から自己管理についての指導を受け、就労についての許可も得ています。事業者側としてはあくまでも「慢性疾患のある働く人」として認識し、「労働衛生3管理(健康管理、作業管理、作業環境管理)」を円滑に実行し、健康と安全に配慮しながら受け入れればよいのです。その場合、難病は稀な疾患なので、事業者側としてもその疾患の特性の理解に努め、必要に応じて主治医や産業医、保健師、本人を交えて十分な協議を行い、作業内容や作業環境を検討する必要があります。主治医とは連絡を密にとって適切な治療管理を行うことにより、就労が継続できるように配慮します。難病のある人の多くは、体力や耐性が低下しているため、休憩の取り方などにも工夫が必要です。難病のある人は、他の障害者と同じように職場での心理的ストレスを感じるばかりでなく、常に疾患の増悪に対する不安も抱えているので、メンタルヘルスケアは欠かせません。 難病は長期におよぶ治療や経過観察が必要なので、定期的に専門医を受診できるように時間的配慮が必要です。公益財団法人難病医学研究財団のホームページや全国に設置されている難病相談支援センターなどを利用して、正しい知識を得るように努めます。 (飯島 節) 7 障害者のための職場環境 (1) はじめに 近年は、さまざまな障害のある人が企業で働くようになりました。また障害認定を受けていなくても、高齢の従業員や職場を訪れる障害のある一般利用客の利便性を考えれば、多様な人々に配慮した『だれもが利用できる』ユニバーサルデザインを目指すべきでしょう。これは事業所にとって、多様な人々が生きる社会環境をつくりだすための社会的役割を担うとも考えられます。 しかし現実には、利用者が多様化すればするだけ技 術的な対応は難しくなり、またより広範囲の重度障害 者を想定して、改善計画を行うとなると大きな建築ス ペースと経済的負担が必要になります。 本節では、必ずしもすべての人が使用できるデザインではないものの、多くの人に対応でき、しかも比較的容易に改善できるものを中心にその方法を解説します。 (2) バリアフリー法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)と技術的基準 ① 基本事項 一般企業の事務所を含む、公共的な性格をもつ一定規模以上の建築物にはバリアフリー化が義務とされています。都市部では付加条例により、対象となる建築物の種類や規模が拡大されていることがあります。 以下の施設整備は、規模や用途、雇用している障害者の種類にかかわらず、事業所において配慮してほしいと考える、バリアフリー法の「標準設計」を用いて解説します。 ② 二つの技術的基準 同法では、不特定多数の人が利用する、または主として高齢者・障害者が利用する建築物を「特別特定建築物」と定義しています。一定規模以上の「特別特定建築物」を建築するときは、建築物の構造や配置に関して、最低限の満たすべき基準「建築物移動等円滑化基準」に適合させることが義務付けられています。 また、より望ましいレベルとして「誘導基準」があり、この基準を満たして、所管行政庁の認定を受けると、支援措置を受けることができます。 Q&A【問5】病歴や障害に関する情報は、要配慮個人情報に該当する。(解答と解説はP289に記載しています) 表1 バリアフリー法による建築物各所の技術的指針 <最低基準> 最低限の基準 <誘導基準> 望ましい基準 玄関出入り口の幅 80cm 120cm 居室などの出入口の幅 80cm 90cm 廊下幅 120cm 180cm スロープ手すりの設置 片側でも可 両側 スロープ幅 120cm 150cm スロープ勾配 1/12以下 1/12以下、屋外1/15以下 車椅子使用者用便房の数 建物に1つ以上 各階原則2% 以上 オストメイト対応便房の数 建物に1つ以上 各階1つ以上 低リップ小便器等の数 建物に1つ以上 各階1つ以上 車椅子使用者用駐車施設の数 1つ以上 原則2%以上 車椅子使用者用駐車施設の幅 (一般は250cm以上) 350cm以上 350cm以上 道等から案内板や案内所に至る経路 視覚障害者誘導用ブロックを設置するか音声による誘導装置を設ける 視覚障害者誘導用ブロックを設置するか音声による誘導装置を設ける (3) 車椅子使用者、歩行困難者等身体障害者への配慮 ① 段差 可能なら段差はなくす 車椅子使用者は、わずかでも段差があると移動が困難となります。段差は最大でも5cm以下とされていますが、前輪(キャスター)の大きさを考えると2cm以下が望ましいです。 ところが、歩行困難者(高齢者や杖使用者)は、数センチメールの段差よりも、こうした数ミリメートル程度の段差において転倒する例が多くあります。段差はできるだけなくすか、なくせない場合は、注意喚起のためにも手すりを取り付ける必要があります。 ② 屋内の通路の有効幅員(基本)(図1) 基本的な通路幅は、車椅子使用者の通行を考えれば、最低90cm、歩行する人とすれ違うなら120cm以上は最低限確保すべきです。 図1 出入り口、廊下等の通路幅の考え方(  )内は最低基準 ③ スロープ(傾斜路) 建築基準法に定められたスロープ勾配の上限は1/8(平面で8m走行して、1m上がる勾配)です。しかし、このような急なスロープは上肢・体幹に障害がない、若い車椅子使用者でも昇ることはできません。 表1のように最低でも1/12、できれば1/15、屋外では1/20程度が必要です。もう一つ重要なことは、スロープの始まりと終わりの部分に、必ず水平部分を設置することです。スロープを降りてから、すぐに道路に出るような位置に設定することはたいへん危険です。 ④ 車椅子使用者用便房(図2) ア 一般的な車椅子使用者用便房(内法200cm×200cm) 車椅子トイレとよくいわれます。子ども連れ、ストーマ使用者やその他一般トイレでは不便を感じる人々全般のためのトイレという役割があることから国土交通省では「多機能トイレ」と呼称していましたが、著しく利用頻度が上がったため、なるべく一般トイレを使用するよう令和3年4月から適正な利用を呼びかけ、名称も「バリアフリートイレ」と改めました。最近では、便器に向かって右側に壁がくるような配置が主流になりましたが、複数のバリアフリートイレを設置する場合は、身体の右側にマヒのある人にも使いやすいよう、半数は左側に壁がくるような反転したプランを用意するとよいでしょう。 図2 車椅子使用者用便房 イ 操作ボタン位置の配置(図3) JIS(日本産業規格)では、トイレットペーパー、便器洗浄ボタン、非常呼び出しボタンの設置位置を規格として定めました。これは視覚障害者が便房に入ったときに、迷わず便器洗浄ボタンを見つけられ、非常呼び出しボタンを誤って押すことがないように配慮したためです。さらに、子どもや知的障害者等にとっても、位置のルールが決まっていると間違いにくいといった利点があります。 図3 便房における洗浄ボタン、呼び出しボタン(緊急用)設置位置 ウ 車椅子使用者用簡易型便房(図4) 小さな簡易型バリアフリートイレも提案されています。車椅子使用者のうち、この程度の大きさでも利用できる人々もいます。最近では、高齢者の利用、子ども連れの利用など、バリアフリートイレが多く使われることから、必ずしも図2に示す大型のものでなくてもよい人は、そちらを使用するように誘導する目的もあります。 エ 事業所ビルにおける簡便なトイレ改造(図5) バリアフリートイレがないビルに、バリアフリートイレに準ずるものを新設することは困難な場合があります。簡便な方法として、便器排水管の位置を変えないで、仕切り(パーティション)、手すり等を取り付けるだけの改造にとどめることもあります。 図5-1は、ビル内によく見られるトイレ(男子用)です。これを図5-2のように2つの便房を1つにして、仕切りを撤去します。この際、残しておくほうの便器の配管などはそのまま利用し、撤去した側の便器位置の排水口は蓋をします。賃貸ビルの場合も、後日、現状復帰が容易です。 しかし、車椅子使用者の使用を考えるとやや狭いため、さらに図5-3のように、間仕切りをさらに移動、拡張して広い便房にします。この場合、一部の小便器の前が狭くなりますが、小便器の利用に支障がない程度に狭めます。 ⑤ 肢体不自由者等の避難(図6) 火災、大規模地震時等では、エレベーターを使うことができません。車椅子使用者等も避難のために階段を使うことになります。その際、建築基準法で定められた「避難階段」があれば、階段室自体は避難場所(シェルター)として利用できます。煙や火炎は入ってこないため、消防隊の進入経路としても使用されます。 したがって避難階段までたどり着けば、そこに待機して救助を待つことは、群衆の中を介助をうけながら避難するより安全です。最近のビルではこうしたことを想定して、避難階段の平面を広くとって、避難エリアとして明示している例もあります(図6写真)。 ⑥ カウンター、記載台、テーブルの基本寸法(図7) 車椅子使用者が使用する記載台、オフィス用テーブルにおいて重要なことは、車椅子使用者の膝、できればアームレストがテーブル(机)下に入る必要があります。床からテーブルまでの高さは最低でも60cm、できれば65cmの空き(クリアランス)を確保します。確保できないと、テーブルに車椅子使用者の体幹を十分に近づけることができないため、使いづらいものになります。そのためにテーブル天板はできるだけ薄く、天板下に引き出しが付いていないものを選びます。 ⑦ 駐車施設(図8) 車椅子使用者が駐車場を使用する際には、次の点に留意します。 ・乗降にあたって、車椅子の出し入れを伴うので、運転席側ドア横には少なくとも100cmの余裕を確保します。 ・余裕スペースに、後から他の車が進入しないように、図8左図のように進入禁止エリアを表示します。 ・降雨時のために、屋根のある駐車スペースが望ましいのですが、運転席側にのみ屋根が取り付けてあるだけでもよいでしょう。車椅子の出し入れなど、乗降に時間がかかるためです。 ・車を降りたあとは、玄関入口まで危険のないように、歩行者等の専用通路を設けることが必要です。このエリアには、車両が進入しないように駐車スペース内に車止め等を設けます(図8左図)。 ・配慮したスペースに、対象者以外が入らないように、マークや表示をつけておきます。 図4 車椅子使用者用簡易型便房 図5 事業所ビルにおける簡便なトイレ改造 図6 耐火構造物避難階段における車椅子使用者等の避難に関する配慮 図7 カウンター、記載台、テーブルの基本寸法 図8 車椅子使用者用駐車施設 (4) 環境に配慮が必要な人への配慮 以下にあげた空間設計に関する知見は、既往文献や当事者、その支援者等の意見を参考にしていますが、直接的な効果はまだ検証されていないことを了承ください。 ① どのような人たちか 近年、ユニバーサルデザイン分野においても発達障害者への環境配慮の必要性について関心がもたれるようになりました。国土交通省では文献1)2)に示すように、知的障害、精神障害、発達障害のある方への環境配慮のための大規模な聞き取り調査等をもとに、配慮指針を作成しています。また、こうした人々が安全に、落ち着いて暮らせる住宅に関する研究も進んでいます(文献3)。 表2は、こうした環境上の配慮が必要な人たちが働くうえでの嫌悪感、困りごとや苦悩を一つの特性と捉え、不便や苦悩別に可能な環境配慮を表したものです。ここでは環境的な配慮が可能と考えられる項目のみ取り上げています。 表2 環境に配慮が必要な人への配慮例 表2-1 不注意、多動性・衝動性への配慮例 特性(本人の働くうえでの嫌悪感や困りごとや苦悩) 環境配慮事項 気が散りやすい 好きなことをやっていても多動 ・落ち着いて就労できる場の提供 ・席を簡易間仕切りなどで仕切る ・周囲の音や光、臭いなどの刺激を少なくする ・その一方で、人的サポートを受けやすい環境設定 ・転倒などによって、建築物や室内什器、設備、機器などにぶつけてけが、触れてやけどをしないようにプロテクターなどをつける 活動の切り替えが苦手、活動途中でなにかを始めてしまう 物事が中途半端、活動が一つひとつか完結せずに作業がやりっぱなし 環境によって多動になりやすい ・対象者の得意なもの、手順がきまっているものなどをやっているときは比較的落ち着く、仕事を限定してまかせる ・対象者が自由な環境を与えられると落ち着かない、席を決める、行動範囲を決める、物を管理する範囲を決める 表2-2 対人関係やコミュニケーションへの配慮例 特性(本人の働くうえでの嫌悪感や困りごとや苦悩) 環境配慮事項 対人関係が苦手(もしくは過剰適応) ・席を簡易間仕切りなどで仕切る ・コミュニケーションをパソコン等を使用して口頭以外でする ・かかわる従業員を限定する こだわりが強い ・むやみに席を変えない ・対象者の仕事のエリアを限定する ・対象者の仕事のエリアを他の従業員に示しておく ・仕事の内容は定型化する 非言語的コミュニケーションができない ・文字、会話など得意な方法で 視覚情報の特異な興味を持つ(ただし、文字やその理解ができるとは限らない) ・指示や報告、その他コミュニケーションをパソコンチャットやメールなどで行う 変化を嫌う ・むやみに席を変えない ・仕事の内容は定型化する 表2-3 認知における困りごと 困りごと 環境配慮事項 認知 作業に集中しているときに、別のものに視線を移動させると、元の作業時に見ていたものを探すのに時間がかかる。もしくは元やっていた作業内容を忘れてしまう。 ・一連の作業は、なるべく視線を移動させなくてもできるように、一箇所にまとめたり、直線上に配置するなどする。 表2-4 感覚の過敏さへの配慮例 嫌悪感や困りごと、発生源 環境配慮事項 聴覚過敏 大きな音 反響音の大きな空間 さほど大きくなくても突然の音 さほど大きくなくても継続して鳴っている音(視覚障害者用誘導チャイム、機械音等) 生活の中の日常的な音(換気音、時計秒針、冷蔵庫)、高い音などの特定の周波数の音 ある音色をもつ特定の楽器、チャイム、通知音、警報音、突然の背後からの話しかけ 騒々しい場所で集中できない(必要な音や声を選択できない) 音が反射する場所が不安(階段室など) 全く音が聞こえないと不安になる、実際にはない音が聞こえるような気がする ・耳栓、イヤマフの装着 ・ノイズキャンセングリヘッドホンの使用を認める ・イヤホンで音楽を聴いて気をそらせることを認める ・空気清浄機など音の発生するものを近くに置いて、気を紛らわせる ・音の発生源から離れる(室内における移動、別室への移動) ・音の発生源からの音を低減する(室内吸音材)(防音・吸音衝立) ・席の背後に通路を配置しない、人が近づいてきたら見えるような位置に席を配置する ・あらかじめ大きな音や非日常的音が発生することを予告する(避難訓練) 視覚過敏 強い光 ふつうの明るさでもまぶしく感じる 点滅、回転する光(色や点滅周期にもよる)、テレビやパソコンのディスプレイの光刺激 色の組み合わせによって、不快感が大きくなる、物体の一部が拡大して見えてしまう(不快感大)人などがたくさん動いていると疲れる(音刺激と合わせてより大きな刺激を受ける) ・サングラスの着用 ・照明を明るすぎないものにする 対象者の近くの照明器具にシェードを付けて照度を下げる ・外部からの光の影響を受けにくい場所に移動、もしくは窓に遮光シートをする ・適切な色温度、照度になるように、個別照明、照明スタンド等を配置する ・テレビやパソコンのディスプレイの輝度を下げる ・掲示物などをできるだけ減らして周囲の壁をシンプルにする ・職場内で人が集まっているところに行かなくてもよいようにするか、衝立などで仕切る ・外出時には静かな場所に迂回するようアドバイス ・聴覚障害者用警報装置の赤色回転等は、緑色など刺激の少ないもの、回転ではなく緩やかな点滅表示にする 嗅覚過敏 化粧、制汗剤、柔軟剤、または人自体がもつ体臭等他人の身体から発生する臭い たばこ、消臭剤、芳香剤等、人工的に発散される臭い カーペット、建材、家具などから出る微量の化学物質 他人の食べ物の匂い、特定の食べ物の匂い 他人が所持する私物の中にあるわずかな臭いを発するもの 他の人がほとんど気にならないものの臭いであっても、特定のものの臭い 臭いに強い関心を示し、なんでも臭いを嗅いで確かめる ・臭いの発生源を発生しないようにする、発生源の人に香水等の使用を控えるなどをお願いする ・部屋の換気を積極的に行う(大部分は、通常の換気量が保てていればよい) ・とくに臭いの強い部屋からは席を移す、もしくは本人を間仕切りなどで囲む ・日常的なマスクの着用 ・臭いの発生源となる場所に空気清浄機などを置く ・本人の席の近くに空気清浄機などを置く(音に注意) ・安価なCO2測定器で、換気量を常に監視する 平衡感覚 過敏・鈍麻 めまいなどがおこる エレベーター、エスカレーターなど、動くものに乗ること 電車、バス、乗用車に乗ること ・転倒などによって、建築物や室内什器、設備、機器などにぶつけてけが、触れてやけどをしないようにプロテクターなどをつける ・なるべくエスカレーターは使わない ・エレベーターも短時間の使用にとどめ、数階の移動であれば階段を使用する 温度感覚、 痛覚等 過敏・鈍麻 暑い/寒いなどの温度感覚に敏感、もしくは鈍い 温感の微妙な変化に鋭敏となり気になる けがなどをしても痛みの感覚が鈍い ・安価な温湿度計測器で、適正な温湿度を常に把握する ・冷暖房吹き出し口付近から身体を遠ざける、もしくは近づける ・扇風機/冷風機の使用、冷風口から冷気を簡易ダクトによって席の近くへ引き込む(音に注意) ・補助局所暖房器具(補助電熱ヒーター)等を置くことによって寒冷感を軽減 ・建築物や室内什器、設備、機器などにぶつけてけが、触れてやけどをしないように器具にプロテクターなどをつける ・転んでもけがが少ないカーペット素材の床 皮膚感覚 過敏・鈍麻 他人から意識、無意識にかかわらず触られると不快感、もしくは過大な身体反応 気に入った手触り、肌触りのものについていつも触れていることにこだわりがある 実際に触っていなくても、触ると不快なことがわかっているものが近くにあると同様な反応 ・室内床、天井、壁などに、特定の感覚があるものについて、対象者の近傍だけでも張り替える(防火上できない場合もある) ・不快感のあるものを遠ざける ・不快感のない別の部屋へ席を移動する ② カームダウン、クールダウンスペース(図9) 職場においてパニックになった、気分を落ち着かせたい、刺激の少ない空間にしばらく身を置きたいという人のために近年では一般の学校や公共施設においてもカームダウン、クールダウンスペースが設けられています。人にもよりますが、完全に仕切られ独立した部屋や空間よりも、高さ180cmくらいのパネルやパーティションを設置して、周囲の音や人の気配があったほうがよいという意見を聞きます。パーティションには吸音性能があるものも市販されており、その方が内部の静寂な効果が高まります。厚手の布(カーテン生地)を張ることも効果はあります。 図9 カームダウン、クールダウンスペースの考え方 ③ 環境的配慮が必要な人のオフィス内位置(図10) 後ろを人が通らない場所で、落ち着いて作業できるように、なるべく壁やオフィス家具を背にした位置に座席を設けます。 机の両側に人が座っていると落ち着かないので、通路側に近くなったとしても、端の席のほうがよいようです。他の人とは机を数センチメートル離すことも考えられますが、こうした距離をおく行為は必ずしも好まれません。 図10 事務空間における必要な寸法と環境的配慮が必要な人々への配慮の方法 ④ 落ち着いた環境のための、仕切りによるさまざまな対応パターン(図11、図12) 横の通路を通る人が気になる、前方や横隣りで仕事をしている人が気になる、もしくは職場の風景と人の動きが見えると気になるという場合は、机に仕切りを置いて視線を遮るとよいでしょう。その場合注意することは、極端に空間を囲ってしまって、極度に隔離しないようにします。後掲図11ではさまざまな仕切りのパターンを示しています。本人と相談し、仕切りの設置位置や高さを決めます。まず、段ボール板で簡易的に仕切り位置や高さを変えながら決定していくとよいでしょう。 パネルの高さにも考慮が必要です。完全に仕切った空間を作るよりも、本人から見てある程度人の動きがわかるほうがよいことも多くあります。前出図12に示すように、テーブルから45cm程度の高さでは、狭いテーブルでもさほどの閉塞感はありません。しかし、人によって、こうした人の動きが気になるような場合はこれを60cm程度の高さにすると、周囲の気配をかなり遮断することができます。また、テーブル上だけでなく、足下も含めて仕切ると周囲からの不安感が低減できることもあります。 図11 落ち着いた環境のための、仕切りによるさまざまな対応パターン 図12 仕切りパネルの高さに関する様々なパターン ⑤ 安心感、落ち着き感を得るための、対象者エリアの明確化(図13) 仕事をする(空間的)範囲を明確にすると、その空間に入ると、そこで仕事をする気持ちに切り替えやすくなります。また、「仕事エリア」の明確化によって、ふだんは気になる、周囲の人の動きや音などがある程度低減する人もいます。その一方で、こうした自身の領域の明確化は、他人の侵入に対してより多くの警戒感を抱くこともあります。図13右のように、小さな仕切りをつけ、人が通る可能性のあるエリアをわかりやすくしておくことで、自身の仕事エリアを明示しながらも、侵入されたと感じる度合を少なくできることもあります。 図13 仕切りパネルの高さに関する様々なパターン ⑥ テレワークに必要な自宅内環境整備 近年では障害者にかぎらず、テレワークによる自宅内就労がさかんになっています。 身体障害者を対象とした在宅勤務は1980年頃からありました。とはいえ大きな契機は2020年のコロナ禍以降、テレワークへの環境整備は社会的関心事となり、障害者のテレワークもそれによって大きく進展したと考えます。 厚生労働省は、令和3年3月に改定された「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」においては、主に労働安全の視点から次のようなことが述べられています(概要)。 ・十分な就労スペース(一人あたり10立方メートルの気積)  自宅の天井高を2.4mとすると4平方メートル程度(おおむね3畳弱) ・適切な換気、温湿度環境 ・適切な照度の確保 ・身体の負担減のための机や椅子等 これらは障害者の就労環境にも当然あてはまりますが、それぞれがもつ障害特性によって必要な在宅勤務をする障害者の自宅環境整備については情報機器の整備に関することや一般的なバリアフリー環境以外、在宅勤務に特化した建築的環境配慮は十分に研究された知見がありません。 とはいえ最近では、テレワークのために独立した部屋をもたない人のために、簡易仕切り(段ボール製もあり)やテント、防音機能があるボックス様のユニット等、多様な商品が市販されています。障害特性によっては、本章図11、図12に示すようなデスクまわりの軽微な仕切り、図13のように狭くともワークスペースとして独立していれば、就労中はデスクまわり以外の自宅内の様子が視線から遮断され、作業に集中しやすいことや快適性にも効果があると考えます。 ⑦ まとめと今後について 個人のプライベートな空間を重視する傾向は、近年さらに高まっています。トイレでは、便房の仕切り壁を天井まできちんと仕切ることで、安心・安全な空間を提供しています。また男性用小便器も、隣接する小便器との間におたがいに顔が見えない程度の、従来より高めの仕切り板を設置して、利用者に安心感をもたらします。これは、発達障害などの当事者の意見によって、高速道路のサービスエリアの一部のトイレや、大学で実施されています。 最近では、一般のオフィス計画においても、情報系企業、外資系企業などを中心として、従業員一人ひとりの独立性を高めたパーティション(簡易間仕切り)によって、従業員の個人空間を作り出しているところが徐々に広がっています。また職場内感染予防の観点からも、従業員一人ひとりの作業空間を仕切ることも行われています。 このような社会背景から、今日では、従業員1人ひとりの作業環境の独立性の重視は促進される傾向にあり、障害がある人だけの特別な環境ではなくなってきています。 (八藤後 猛) 【参考文献】 1)国土交通省:「知的障害者、精神障害者、発達障害者に対応したバリアフリー化施策に係る調査研究報告書」(2008) 2)国土交通省:「知的障害、発達障害、精神障害のある人のための施設整備のポイント集」(2009) 3)横浜市総合リハビリテーションセンター研究開発課:「子どもといっしょに育てる住まい 知的・発達障害編」(2015) 4)本田秀夫:「発達障害 生きづらさを抱える少数派の『種族』たち」(SB新書),SBクリエイティブ(2018) 5)丹羽菜生,丹羽太一,秋山哲男,竹島恵子:認知症者や自閉スペクトラム症者などの外見から見えにくい障害がある人を含んだ円滑な移動の為の施設計画と人的支援の課題に関する基礎研究空港・航空機利用を中心とした公共交通機関利用の障害当事者ヒアリング調査、日本建築学会計画系論文、87巻802号、p.2396-2407(2022) 第4節 障害者の募集・採用及び配置 1 募集活動の時期と方法 (1) 障害者の募集時期による分類 〈4月の定期採用のための募集〉 障害者を新卒者の募集と同時期に採用するための取り組みです。4月採用の利点は、特別支援学校の新卒者などを採用することを考え、計画的に募集活動や職場実習の受け入れなどを設定しやすいことです。新規学校卒業者の場合、卒業から就職までの期間が短いため、生活リズムを崩すことがなく学生生活から職業生活に移行できるので円滑な受け入れに繋がりやすいことや学校からのフォローアップを受けやすい(採用後の課題発生時に迅速に対応できる)こと等があります。 新規学卒者を採用する際には、特別支援学校では、年間2~3回職場実習を計画していることが多く、障害者側と企業側双方が将来の就職を見据えて課題等を確認した上で採用に結びつけることができます。また、普通高校に在籍する障害のある生徒についても、アルバイトを含め企業での就労経験がないケースが多いので、学校と調整して職場実習を協力することが望まれます。 大学や専門学校の新規卒業予定の障害のある学生については、障害のない学生の採用の流れに準じて対応し、障害による配慮の内容などを話し合って採用手続きを進めていくことが望まれます。 〈年度途中の経験者採用のための募集〉 年度の途中で募集を行う場合、求人申込書をハローワークに提出し、職業紹介を受けるのが一般的ですが、事業主の希望に応じて「個別面接会(管理選考)」を行うことができます。 また、ハローワーク等が開催する障害者合同面接会を利用して採用する企業も多いところです。合同面接会は、一度に多数が参加することから効率はよいのですが、面接時間に制約があったり、現場を見学していただく機会を設定できないなど1人ひとりに適したきめ細かな面談を行いにくいことから、改めて事業所での面接や職場見学などを設定することが望まれます。個別面接会や合同面接会については、管轄ハローワークに相談のうえ利用してください。 また、障害者職業能力開発施設や障害者への委託訓練を実施している機関は、年度途中で訓練を修了する障害者や企業の採用時期に合わせて修了を早める等の対応をするケースもあるので、年度途中で募集を行う場合はこれらの機関との連携も計画しておくとよいでしょう。この場合、各障害者職業能力開発施設や委託先の機関に直接相談をすることも可能です。これらの情報については、管轄するハローワークに相談し、情報収集した上で計画を策定することが望まれます。 地域障害者職業センターや障害者就業・生活支援センター、地方自治体が運営している就労支援センターなどは、自施設で支援している障害者のみならず管轄地域の就労移行支援事業所と連携し、求人情報の収集をしていることが多いです。企業が採用の計画を立てているという情報を入手すると、各就労支援機関でサポートを受けている障害者に求人情報を提供しマッチングを図ろうとしていたり、職場実習を受け入れる企業を探していることもあります。このため、採用する職務の内容や労働条件が整理された段階で、これらの機関に採用に向けての取り組み内容などを情報提供することも有効です。 (2) 募集方法による分類 〈ハローワークによる職業紹介サービス〉 ハローワークでは、就職を希望する障害者に対し、専門の職員・職業相談員が、ケースワーク方式により、障害の態様や適性、希望職種等に応じたきめ細かな職業相談、職業紹介、職場適応指導を行っています。 企業に対しては、雇用管理上の配慮等についての助言を行うほか、必要に応じて地域障害者職業センターや障害者就業・生活支援センター等の専門機関の紹介や、助成金、障害者トライアル雇用、ジョブコーチ支援等の各種支援策の案内を行っています。また、ハローワークインターネットサービスで、求職者の情報を提供しています。 ハローワークの求人情報については原則として公開されることとされていますので、これらの情報を閲覧した障害者の就労支援機関から職場実習の協力要請が発生したり、支援中の障害者の情報提供が行われる場合もあります。 なお、事業主が特定求職者雇用開発助成金等を受給するには、ハローワーク等(要件を満たす民間職業紹介業者を含む)による職業紹介を受けることが条件となります。 〈民間職業紹介〉 厚生労働大臣の許可を受けた民間の職業紹介事業者に求人申込みをして、求職者を紹介してもらう方法もあります。職業紹介事業者が主催する就職面談会に参加する方法と個別に紹介を受ける方法があります。 〈文書・Webでの募集〉 新聞・雑誌・チラシ・貼紙等の媒体を用いて募集することをいいます。 障害者の募集に関しては管轄ハローワークへ求人申込みをするのが一般的ですが、文書募集は一度に多数の求職者の目に触れる方法であることから、民間で発行する求人・求職者情報雑誌や求人広告欄、インターネットを媒体とした求人情報を利用する企業が増えています。また、各企業のホームページに求人情報を掲載するケースも多くなっています。 これらの公開されている求人情報については、ハローワークの求人と同様に情報を閲覧した障害者の就労支援を行っている機関から職場実習の協力要請が発生したり、支援中の障害者の情報提供が行われる場合もあります。 2 選考・採用面接 (1) 採用試験実施に当たっての留意事項 採用試験を実施する際には、就職の機会均等などを応募する全ての人に保障し、応募者本人の適性と能力のみを採用基準にすることが必要です。「こんな質問をされたら、応募者が不快に思ったり、つらい思いをしないだろうか」「この質問で応募者が動揺してしまい、普段の実力が発揮できないことはないだろうか」と相手を思いやる心を持ち、自社の採用目的や選考基準を相手の立場から捉えなおしてみることが大切です。公正な採用選考のためには、①雇用条件、採用基準を予め明確にすること、②特定の人を排除しないことが必要です。さらに、採用基準として、③適正・能力のみによる公平な基準を明らかにすること、④応募者の基本的人権を尊重すること、⑤新規学卒者の選考は書類選考のみによることなく必ず面接を実施することが定められています。 採用選考について質問の内容等について疑問や不安を感じる場合には管轄のハローワークに相談し、公正採用に努めていただくことが大切です。 なお、募集・採用時においては、障害者からの申出に応じて、過重な負担にならない範囲で採用試験や面接の実施方法について合理的配慮を提供することが義務づけられていますので留意してください。 (2) 採用面接で確認する事項 障害者の採用にあたっては、障害者本人が働くうえでの制限事項、事業所の支援すべき事項、その他障害特性からみて配慮しておくべき事項を把握しておく必要があります。 また、本人の障害や疾病の内容について、社内の受け止め方や前例となる事例等も勘案しながら、社内で誰に、どのタイミングで、どのように説明するのか等についても、対策を講じておくことが望まれます。 このため、次のような内容について必要に応じて採用面接時に本人から詳しい情報を得ておくことが望まれます。 ○障害の状況(障害手帳の確認:障害の部位、障害の等級、障害の発症原因、歩行の状況・車いすの種類、使用する杖の種類、治療・服薬・通院の必要性と管理の適否、障害に係る配慮事項及び禁忌事項、障害者手帳更新手続の有無等) ○障害や疾病についての説明の仕方 (本項(4)障害(疾病)の伝え方と内容を参照) ○職務遂行関連(コミュニケーション手段、筆記速度、読解速度、巧緻性、計算能力、電話使用の可否、パソコン操作の可否、障害のための支援機器の使用経験、荷物の運搬、立ち作業、座り作業、工具や機械操作の可否、事務・作業の方法等) ○労働条件及び合理的配慮に関する事項(希望する労働時間、執務場所の物理的環境(レイアウト、執務スペース、動線、照明や音、臭い、温度・湿度、休憩場所等)、執務場所での人的環境(人員構成、人数、他部署との関わり、電話対応、支援者や業務遂行援助者の協力の必要性等)、指導体制、通勤方法・手段や通勤時間帯、通院・医療面の配慮事項等) ○職業に関連する日常生活、社会生活の関連事項(移動能力の確認(歩行バランス、階段・段差の昇降、移動の安全性、非常時の通勤経路の変更の可否、緊急時の電話連絡の可否等)、緊急時のサポートの必要性・避難誘導時の配慮事項、SNSの適切な利用の可否、生活リズムの確認(睡眠時間の安定、体調管理、余暇の過ごし方等)、その他の生活面の介助の状況等) (3) 採用面接で配慮する事項 採用面接の留意事項や確認事項についての基本的な考え方は「障害者だから特別に対応する」ということではありません。 ただし、採用のプロセスでの障害特性を踏まえた合理的配慮に留意が必要です。採用面接の日程調整までの段階で、ご本人から配慮を求める事項を必ず確認しておき、障害の種類や程度により採用試験や面接で不利な状況が発生しないようにすることが大切です。 面接での確認必須の事項では「この職場で働きたいという本人の就労意欲」は必要です。 また、障害についての質問の仕方と留意点は、例えば、「職務遂行上での障害を軽減し、職場での安全配慮を的確に実施していくために障害のことをお聞きしたいと思います。障害には詳しくないので、不躾で立ち入ったこともお伺いしますが差支えのない範囲でお答えいただけると幸いです」等の前置きをした上で障害の内容について聴取することが望まれます。 会社側は本人の障害については初めて知る内容ですから、率直な点を聞かせていただくことや他の障害者に対して行っている配慮を話して、すり合わせていくことも大切です。 同じ障害だから同じ配慮をすればよいというものではありませんが、本人が言い出しにくい場合などもあるため、同じタイプの障害者に対応している配慮事項などを例示するなど、労使が同じ方向で相談しながら障害の軽減に取り組む姿勢があることを示すことが肝要です。 なお、障害に関する情報は個人情報の中でも特に取り扱いに注意を要するセンシティブな情報になりますから、必要以上の質問は控えることが大切です。 本人から就労パスポートなどの資料を提示していただくことは問題ありませんが、企業から就労パスポートの作成や参考資料などの提出を必須とすること、また、就労パスポートの提供がなされないことで不利に取扱うことなどはあってはなりません。 ここでは、採用面接の際の配慮事項について、視覚障害者の事例をあげて説明します。 【視覚障害者の面接の例】 視覚障害者の面接に当たっては、音声によるコミュニケーションにはあまり問題はありませんが、初めての訪問では介助者をつける等の配慮が必要になることがあります。例えばエレベーターや面接会場までの案内が必要なケースや、全盲者の場合には面接室ではいすや机の位置、面接者の配置等の説明をする必要があります。 面接では、視力に障害があるということを過大に考えることなく能力を正しく評価し、何ができて、何ができないのか、見え方の確認(視力・視野の程度など)、どんな就労支援機器や支援があればよいのか等を具体的に聴いて、職場環境を整備することが大切です。 筆記試験をする場合には、試験用紙を拡大コピーするだけでよい人、拡大読書器や読み上げソフトを利用する人、点訳の試験問題が必要な人等、障害に即した対応が必要です。 点訳が必要な場合には、点字図書館等に相談してみるとよいでしょう(Q&A【問6】(P83)にチャレンジ)。 (4) 障害(疾病)の伝え方と内容 障害を伝えて、社内が障害特性などを的確に理解し、協力体制を構築することは、障害者の雇用の質の向上につながる大切な取り組みです。しかし、職場に障害を伝えることは、本人の障害や疾患に関する機微に関わるものですから、画一的に考えるものではなく、相手に応じて対策を講じながら慎重に対応していくことが求められます。 障害の多様化などにより、他の社員から見ると、採用した障害者がどのような障害があるのか分かりにくい事例があったり、最近では障害名や疾患名をSNS等で調べて重篤な事例や誤った情報を入手し、障害者に対して適切とはいえないような対応をしてしまうケースが発生することもあります。また、本人は人事担当者と職場の上司だけには障害のことを伝えたいが、その他の社員には障害を伏せて働きたいという方もいます。 そこで、障害者を職場実習で受け入れたり、採用しようとするときには、障害の内容や配慮すべき事項について誰に、どのように、どういうタイミングで誰から伝えていくことが良いのかを整理した上で、的確に説明していくことが不可欠です。この際に、障害者本人ともよく相談し、合意形成しておくことや障害を伝えた結果、どのような受け止め方をされるか、それに対して障害者自身もどのような反応することが予想されるかといった社内に発生するハレーションとその影響についても確認・検討することが肝要です。 障害を職場に伝える際の整理のポイントとしては、次の5W2Hを整理することが望まれます。 ① 誰に伝えるか:人事担当者に対して、直属の上司に対して、同じ職場の同僚に対して、他職場の人に対して、それぞれどのように伝えるのかを整理すること ② いつ、どういうタイミングで伝えるか:実習の受け入れ時、採用決定時、問題が発生した時、職場に打ち解けて周囲との関係性が構築された段階で等により伝え方、内容を整理すること ③ 何を伝えるか:疾患名を伝えるか、障害種類に留めるか、通院していること等だけを伝えるか、困り感や注意してほしいこと(例:「ため息をつくことが多くなったら注意信号なので教えてください」等)だけを伝えるかなどを整理しておくこと ④ どういう場面で伝えるか:個別相談で、採用の検討をする会議で出席した人だけに、朝礼などで自己紹介する場で、障害についての研修会の場で等伝える際のシチュエーションを整理しておくこと ⑤ どうして伝えようとするのか:困ったときに手助けできる体制づくりのために、周囲の見守り体制づくりや配慮のアイディアを出してもらうために、通院休暇などを申請しやすくするために、自分の障害についてよく知ってもらうことでより深い人間関係を作りたいために等障害を伝える目的を整理すること(特に障害者との共有化を図っておくことが有効) ⑥ どういう形で説明するか(誰から):自分で説明資料に基づいて、人事担当者から関係社員に、外部の支援者から解説をしてもらいながらなど、誰からどのように説明するのかを整理すること ⑦ どのくらいの情報量(頻度や時間)で説明するか:資料の分量や説明時間などをどのように考えるか等を整理しておくこと なお、説明、周知を行う対象社員(職場の同僚等)に対しては、SNSなどで対象の障害者には発生していない障害状況や重篤な症状例のような不必要な情報や誤った情報を収集することは諫める必要があります。説明内容について分からないこと等や聞きたいことがあるときには、説明した者に相談することを徹底しておくことが大切です。 また、社内の受け止め方や障害を伝えた後の反応については、企業ごと、事業所ごとに様々な状況があります。例えば、既に多様な障害者の受け入れを積極的に進めている職場では初めて受け入れる障害や疾患についても自然に受け止められるという場合もあります。一方でこれまで単一の障害種類の障害者の雇用を進めてきた企業の場合や過去に受け入れた障害者についてのトラウマがある職場などはマイナスのイメージを持っていることもあります。同じ程度、同じ障害の方でも受け止める側の対応力によって障害の伝え方を変えることが肝要です。 さらに、障害を伝えた後に、社内の反応などの影響で、障害者によっては説明したことを後悔したり、「知ってもらった」という安心感から当初説明しないと決めていた状況(例えば重篤な症状が出ていた時の様子や前職での失敗など)について口を滑らせてしまい、社員の誤解に繋がる等の事態も発生することがあります。 障害を伝えることにより、障害者が働きやすい環境整備を図るために、企業の担当者は、障害者と障害者を支援する支援機関との情報共有を確実に実施し、慎重にかつ、的確に進めていくことが求められます。 (5) 障害者の採用面接について 選考・面接においては労働条件(労働時間、休日、賃金等)の確認が重要となります。採用後のトラブルを避けるため、必要に応じて支援機関の支援者、家族等の同席のうえで確認してください。 【聴覚障害者との採用面接時のコミュニケーション】 採用面接では、聴覚障害者に最も適したコミュニケーションの方法(筆談、口話、手話通訳等)を決めておくことが大切です。手話だけでコミュニケーションをとる人との面接を行う時には、手話通訳を同席させて採用面接を行うなどの配慮も望まれます。手話は聴覚障害者にとってなじみのある言語なので、リラックスして自己表現できる有効手段でもあります。手話通訳の席は面接者と並ぶ位置におき、手の動きが相手によく見えるようにします。 面接の時には口話でも会話ができることがありますし、聴覚障害者の中には手話を使わない人もいます。 口話で採用面接の会話をするときには、口の動きが相手によく見えるように顔を正面に向けて、ゆっくりと、口を大きくあけて話すことが大切です。しかし、口話だけではこちらの言葉が正しく伝わらないことや聴覚障害者が早とちりをして正確に受けとめていないこともあり、また補聴器をしていても相手の発音がよくわからないことも多いため、十分にコミュニケーションをとるためには慎重に対応することが望まれます。 【精神障害者の面接時の配慮等】 精神障害者の中には初めての場面では緊張が強く、自分を十分に表現しにくい人が多いようです。また、採用面接には慣れていて、一見緊張感を感じさせずに上手に対応できるものの、経歴や実績などでつじつまが合わないことや質問されることに的外れな答えをしてしまい、内面の緊張を伝えられずに能力を低く見られてしまうという方もいます。 したがって、事業主が精神障害者の採用面接を行う場合には、本人が支援を受けた地域障害者職業センターや、その精神障害者とかかわった福 祉・保健・医療機関、障害者就業・生活支援センター等のスタッフに同伴してもらうことが望まれます。そうすることで本人の気持ちがほぐれますし、自分自身で表現が不十分なところは同伴者が口添えできます。ただし、事業主が支援機関の同伴を面接時の必須要件としたり求人票に記載することはできません。 事業主が初めて精神障害者を雇用するような場合は、雇用主の不安感を少しでもなくすために、本採用になる前に障害者トライアル雇用(助成金の利用)制度があります。障害者トライアル雇用の実施に当たっては、職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援を依頼し、専門的な立場から作業の選択と勤務時間の組み合わせ、勤務時間の延長方法、職場の環境整備方法、本人が職場で必要とする生活面の支援方法(特に本人が自覚していない体調不良等に対する留意事項)及び家族や各支援機関との連携方法等についてアドバイスしてもらうことも可能です。 また、精神障害者を試行的に短時間勤務で雇用し、一定の期間をかけて、職場への適応状況をみながら、徐々に就業時間を伸ばし、週20時間以上働くことを目指していく障害者トライアル雇用助成金(障害者短時間トライアルコース)の活用も有効です。 障害者短時間トライアルを含めて、障害者トライアル雇用助成金の適用においては、管轄するハローワークに障害者トライアル雇用に係る求人申込みを行い、ハローワークに求職登録している精神障害者をハローワークの紹介により雇い入れ、事業主と対象労働者との間に有期雇用契約を締結する必要があります。 その他の留意事項としては、精神障害者保健福祉手帳は2年ごとの更新手続が必要となりますので、更新日の確認が大切です。 Q&A【問6】視覚障害者の採用試験では、試験用紙の拡大コピー、拡大読書器の利用、点訳などそれぞれの障害に即した配慮が必要である。(解答と解説はP289に記載しています) 3 職場実習への協力 面接だけでは本人の能力を把握しきれない精神障害者、発達障害者、知的障害者の応募、採用が年々増加しています。これらの障害者は、面談が苦手、コミュニケーション能力に障害があるという方も多く、自身の思いを上手に表明できなかったり、面接だけでは採用の可否を決めかねるというケースも多いものです。実際に障害者の採用を考えたときには、実際の職場での適応状況を把握することが望まれます。そのような際に大事なのは実習です。 特に、一般求職者と特別支援学校生徒の採用に向けての実習の流れについては、基本的には大きな違いはありませんが、支援学校の生徒の場合には教育の一環として複数回の実習を行った上で採用選考に繋げていくことが一般的です。 職場実習の実施に当たっての留意点としては、 ・ハローワークや支援機関としっかり事前調整を図っておくこと ・実習の内容は企業側で実際の業務内容に準じて用意すること ・期間は1~2週間(支援学校の場合は1~3週間)程度が一般的で、休日をはさむことが有効であること ・本人の就職の意向を確認したり、従業員から職場内での様子を確認すること が必要です。 【知的障害者の職場実習】 知的障害者は一般的に、抽象的な言葉や概念を理解したり、計算や読み書きに障害があるとされています。職務を遂行していく面では、自分で判断して行動すること等が苦手で、仕事を覚えるのが遅い人も多いといわれています。しかし、一度覚えた仕事は正確にこなし、こつこつと取り組めるまじめさがある方が多いともいわれます。マイナス面ばかりに目を向けず、1人ひとりの特徴を正しく理解して、能力を引き出せるように職場環境や態勢を整備すれば、職場の大きな戦力となります。 知的障害者を正しく理解し、態勢等を整備する 手段として、特別支援学校等の在校生を対象とする職場実習、職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援、障害者を試行的・段階的に雇い入れる際の障害者トライアル雇用助成金の活用等があります。これらの制度の活用によって、知的障害者は職業や職場について理解することができ、事業主側は障害の程度や体力、作業能力、性格等を正しく評価でき、障害者が持ちうる能力を発揮できるような指示の出し方、指導方法や声掛けの仕方などを習得することができるのです。 【聴覚障害者の職場実習時のコミュニケーションの確認】 聴覚障害者のコミュニケーションの行き違いの状況については、面接だけではなく、実際の業務遂行場面で現れてくることも多いです。そのような時には筆談を交えてコミュニケーションをとるようにします。このために面接や職場実習などの受け入れ時には、筆談用の用紙や筆記具を必ず準備しておくことが必要です。また、最近ではIT技術の発展により、会話を文字で表示できる就労支援機器を活用することも聴覚障害者とのコミュニケーションを円滑にするために有効です。 なお、筆談を行う際には複雑な言い回しを避け、簡潔な文章で説明することを心がけ、面接者の言葉を相手に伝える筆記係を同席させたり、正確に伝わっているかどうか復唱してもらったり、実習場面での状況を確認するとよいでしょう。 4 障害者の配置 (1) 職務への配置 職務配置は、採用した従業員の能力の活用を図るための前提となるもので、雇用管理の出発点です。 障害者の個性、体力、職業能力等が担当職務に適合する場合には、当該障害者はその実力を遺憾なく発揮し、満足感・充足感をもって仕事にあたることができるでしょう。一方、配置が適切でない場合、「仕事が自分に合わない」「仕事の技能が足りない」「職場は障害者に理解がない」などの不満が生じることとなり、退職や転職の要因をつくり出す結果となります。さらに、知的障害、精神障害、発達障害などの認知面の障害のある方などについては、職場配置では音やにおい、気温や照明、レイアウト(執務場所)、電話対応の有無などの物理的な職場環境に加え、指導者のタイプや相性、指導方法の適合性、周囲の同僚の声掛けの仕方など人的環境の影響が大きい点を理解しておくことが必要です。 職務配置には「採用時配置」と「配置後の調整」がありますが、前者の採用時配置はおおよそ次のような観点で手続きを進めます。 ① 人には誰しも一定の個性があり障害も個性の1つである。個性は変化することも考えられることから、適合性についてはその人の能力開発の観点から把握する。 ② 適合性の判断の重要な要素である体力や職業能力は、将来のその人の能力伸張を見込んで予測しておく。 ③ 適合性はその人の置かれた物理的、人的な環境や条件の変化によって可変的であることを理解し、引き続きその検討を行う。 ④ 職務に対する興味や仕事のやり甲斐との間には、ある種の相関関係が考えられることから、職務配置の適合性についてはその人の興味や性格への配慮を行う。 ⑤ 障害者の中には初期緊張が強く、入職時に持ちうる能力を発揮しきれない方も少なくない。職場への慣れ、担当業務の体得、周囲のメンバーとの連携を会得すると質量両面で大きく伸張する者も多いが、この成長のスピードはかなりの個人差がある点を理解し、過度のプレッシャーや過剰なサポートを行わないように留意し、個々の適性を見極めることが大切。 ⑥ 適合性をめざす職務配置はあくまでも予測に基づくものであるから、配置後の調整としての「配置転換」「昇進」及び「昇格」等についてその検討を行う。 (2) 配置後の職務の適正化 配置後しばらくたっても当該障害者が期待どおりの成果をあげることができなかったり、生産(事務・販売)工程や作業方法が大幅に変わってしまい作業に適合しなくなった場合には、次のような方法で職務の適正化を図る必要があります。 ① 本人の能力と職務(作業)が適合しているかどうかの把握を行う。 ② 本人の能力に合わせて職務(作業)の内容を改善するための「職務の再設計」を行う。 ③ 本人の作業を容易にするための「工具、治工具、機器の改善」や「職場環境の改善」を行う。 ④ 本人の能力を向上させるための支援を行う。 ⑤ 本人の能力に向くと考えられる職務(作業)への「配置転換」を行う。 職務の適正化には「昇進」や「昇格」も含まれます。障害者が、障害のない人と同等又はそれ以上に職務遂行ができ、仕事の実績をあげている場合、現在の職位より高い職位へ配置変更することによって本人のモチベーションを高めることができます。 また、仕事の難易度が同じであってもより多くの種類の仕事をこなす力を有している障害者も多いです。職務遂行面の評価はより高いスキルへのチャレンジに加え、担当できる仕事の種類を増やし幅を広げていくこと、すなわち横方向の展開を適切に評価していくこともモチベーションの向上につながります。 さらに、同じ難易度、スキルの業務であっても企業の中核的な業務、ステータスの高い業務を担当することは労働者にとって、企業側から重要視されているという意識の高揚につながります。障害者の業務での具体例を次に示します。 例えば、顧客データを整理してパソコン入力する仕事をしている障害者がいるときに、初心者については、関連の個人データを参照し「氏名」「生年月日」「居住地」「取引履歴」を登録する作業を担当させています。ステータスの高い者に対してこの個人情報の入力作業を担当させるときに、入力するデータ内容は「氏名」「生年月日」「居住地」「取引履歴」と同様ですが『重要顧客』として閲覧できる社員を限定しているデータを担当させるという形などが考えられます。要するにセキュリティレベルや企業側にとっての重要度で仕事を細分化して段階付けし、より重要な情報、業務の根幹に関与する立場や中心業務に就くというステータスを用意し、この点を評価の軸に加えていくことで業務の難易度を上げなくてもモチベーションに繋げていくことができる段階付けが可能になります。 これらによって適切な評価を行うことにより、当該障害者が働いていた職務(職位)が空席となるため、新たに別の障害者を雇用することに繋がります。 ただし、認知面の障害のある方にとっては昇格することが過度の負担に繋がり、昇格することで自信を無くしたり、処理しきれなくなるケースもありますので、障害者本人の考え方や希望、昇格後の職務イメージやサポート体制などに十分に留意して無理がない形で対応していくことも肝要です。 5 障害者の職業訓練 (1) 障害者の職業能力開発の目標と課題 障害者の職業能力開発のためには、第一に企業が必要とする又は期待する知識・能力・態度を障害者自身が身に付けることと、第二に、障害者を取り巻く人的・物的環境、さらには企業風土を真に共生できるものに仕立て上げることが課題としてあります。この二つの課題が解決できたとき、障害者が職場で十分に能力を発揮し、それに応じた処遇がなされ、障害者を含めた全従業員が一体となって経営目標の達成に向かって努力する土台が構築できるでしょう。そして、これこそが障害者の雇用に関する企業の社会的責任を果たすことにつながります。 二つの課題は、職業能力開発に二つの領域があることを示唆します。一つは障害者に対する能力開発に関する領域です。もう一つは企業内の障害者と共生できる人的・物的環境づくりの一環としての従業員の能力開発の領域です。 つまり、障害に配慮した雇用管理として、企業の現場においては障害者の能力開発だけでなく、障害者の能力を発揮しやすい職場の環境調整の重要性も増しています。就労支援機器の積極的活用や物理的職場環境の改善・整備、また、教育訓練や能力開発での配慮及び職場における支援者の配置等の人的支援の確保など物的・人的両面からの環境調整を構築していくことが大切です(本章第1節3参照)。 企業風土というものは、一朝一夕に出来上がるものではありません。これまで、職業の世界はとかく障害者を避けてきたという事実があり、企業社会も障害者とともに働くという経験・知識をあまり多くもっていません。それだけに外観で判断したり、偏見や先入観に支配されてきました。そのため、障害のある人とない人が共生するという企業風土・従業員意識を永続性のあるものとして定着させることが何よりも必要なことです。 これを実現するには、従業員個々の永続的な変容が必要です。一時的な変容であれば、命令、指示、要望といった通常の管理アクションによって起こすことができます。しかし、永続的な変容ということになると、教育的な働きかけによる意識改革が必要となります。 ここでは、前者、すなわち障害者に対する能力開発に関する職業訓練領域について述べます。 ただし、後者、すなわち物的・人的両面からの環境調整と、障害のある人とない人が共生する企業風土・従業員意識を永続的に定着させるための教育を継続的に行わなければ、前者はうまく機能しないでしょう。そのことを第一に踏まえておくべきです。後者の必要性を前提にしているのだと記憶していただきたいと思います。 (2) 障害者に対する職業訓練の概要 ① 職業訓練をしたほうがいいの? 雇用現場では、企業が要請し期待すること(「こうあって欲しい」「こういう行動がとれなければならない」など)と障害者本人の行動・機能との間に差があったり、あるいは現状をそのまま放置しておくと差が生じる懸念があったりします。この企業の要請と障害者の行動・機能との間の差をギャップと呼ぶこととします。 一般的に、安定して仕事を継続できる状況というのは、「個人の現有機能」が「企業の要請」を満たしてギャップがない状態といえます。これは障害者であっても同じことです。障害者に適した仕事を準備し、安定した職場とするためには、ギャップを無くすように企業も障害者本人も、そして周囲の人も、それぞれの立場で皆が努力することが必要となります。 この努力の一つとして、障害者本人の能力を引き上げてギャップを埋める職業訓練があります。ただし、障害特性が原因で適応能力や職務に必要な能力が著しく不足しているケースでは、職業訓練だけで能力を引き上げるのには限界があります。そのため、企業は作業施設・設備を改善するなど、障害者本人を取り巻く環境を調整してギャップを埋める必要もあります。 また、障害者本人の努力以外の方法もあります。環境調整するだけでギャップが埋まったり、障害者本人の能力で可能な新しい職務や就労形態を創り出すことでギャップを埋められるケースもあります。 このように、ギャップを埋めるには幾つかの方法があり、職業訓練が必要かどうかはケースバイケースです。そこで、ギャップの原因がどこにあるのか着目して、必要かどうかを判断します。 もし、ギャップの原因が作業施設・設備の問題だとすると、環境を調整することによってギャップを埋められる可能性が高いです。この場合は、働く環境整備の問題と考えるべきです。また、ギャップの原因が心因的なもののときは、カウンセリングや周囲の人の接し方を変える環境調整でギャップを埋められる可能性が高いです。この場合は、職場での(障害者との共生を意識していない)コミュニケーションの問題と考えるべきです。 そして、ギャップの原因が能力不足や未熟さにあるときは、職業訓練によって補うことが必要となります。 職業訓練というと仕事に関係する技能の向上・開発だけが取り上げられがちですが、障害者の場合、それだけでは不十分です。直接仕事に関わる課題だけでなく、それ以外の課題もあります。障害者は、職場の中で人々と一緒に働くうえでの決まりごとや習慣などを体験することが少なく、経験したとしても極めて限定されたものとなる場合もあります。いわゆる企業で働くためのレディネス(準備態勢)の形成が障害のない人に比べると遅れている場合があるからです。 そこで、知識・技能・態度の3つの能力について職業訓練が必要かどうか判断することが大事です。なるべく客観的に判断できるようにアセスメントツールを活用すると良いでしょう。 また、職業訓練にはOJTとOFF-JTの2つの方法があります。どちらの方法を採用するのかは、後述するメリットを参考にしてください。 もちろん、ギャップの原因は1つとは限りません。ギャップを埋めた後にはもう一度ギャップを見直してください。新しいギャップの原因がみえるかもしれません。 図1 職業訓練の必要性の検討 ② OJTによる職業訓練のメリット OJTとはOn the Job Trainingの頭文字をとったものです。「職場内訓練」といわれ、仕事をしながら学んでいく職業訓練を指します。一般的には、教育係と一緒に仕事をしながら仕事内容を学んでいきます。 例えば、職場の先輩が教育係となって新人と一緒に仕事をしながら教えているのもOJTです。この例では教育係も仕事をしていますが、障害者のOJTでは一緒に仕事はせずに支援員が教育係となって仕事を教えるという方法もあります。 いずれも、仕事をしながら学ぶので、仕事に必要な知識・技能だけを効率的に学び、現在担っている仕事を正しく、時間内にきちんと遂行する能力を身につけることができるメリットがあります。 これは障害者に限ったことではありませんが、障害者の中には原理・原則を学んでも実際の作業行動に応用することが苦手であったり、同様の作業であっても作業環境が少しでも変わると戸惑ってしまい作業ができなくなる人もいます。こうした人にはとりわけOJTによる指導が有効というメリットもあります。 また、OJTは管理・監督者それぞれにあるいは職場の先輩・同僚などと障害者とが、働く現場での日常の接触そのものを通じて行われるものです。従って、そのこと自体に大きな意義があり、職場内での共生を確実にするために願ってもない、よい方法といえましょう。 ③ OFF-JTによる職業訓練のメリット OFF-JTはOff the Job Trainingの頭文字をとったもので「職場外訓練」といわれます。仕事の場を離れての職業訓練で、主として集合訓練の形をとって行われます。 例えば、企業内に研修センターなどの訓練施設があり、そこに従業員を集めて研修を行うのもOFF-JTです。また、各地にある訓練施設で開催されている講習会を利用して専門知識・技能を習得するのもOFF-JTです。最近は、障害者の職業訓練に直接または間接的に関係する社会資源も豊富になってきました。例えば、障害者職業能力開発校では、在職者向けの職業訓練を実施している所もあります。 これらのOFF-JTは、仕事をしながらでは十分な対応ができない部分、例えば体系的な理論の習得や新しい技能の習得ができるというメリットがあります。特に新規分野、経験者が誰もいない仕事を学ぶときに効率的に学ぶことができます。 また、これから職場に導入される新たな機器の使い方などは、実際に機器に触れながら学んだほうが習得が早いです。OFF-JTだと、導入前であっても、新たな機器が整備されている訓練施設に出向いて学べるというメリットがあります。 さらに、施設で指導している講師は、その分野について幅広い知識を有しているだけでなく、教える技術についても長けています。よくいわれることですが、知っていることと教えることは違います。熟練技能者が優れた指導をできるとは限りません。教える技術に長けた先輩や支援員がいないときには、OFF-JTの方が効率よく短期間で知識・技能を学べるでしょう。 また、OFF-JTを実施している訓練施設での交流にも大きな意義があります。技術動向を知ったり、障害者に対する新たな制度や支援機器を知ったり、役立つ情報を得ることも多々あるでしょう。同じ講習の参加者から、他社ではどのような支援を行っているのかを知る機会を得ることもできます。 (3) 職業訓練の指導の流れ 職業訓練は、障害者個々の技能・知識・態度の習得状況に応じて具体的にかつ段階的に行うことが必要です。ここでは、多くの所で実践しており、仕事の教え方として実績のあるTWI(Training Within Industry)を基本として指導の流れを紹介します。職業訓練をOJTで実施するときの参考にしてください。 TWIの指導方法は、仕事を正確に、安全に、段階を追って効果的に習得させるものです。指導の流れを、「導入」「提示」「実習」「総括」の四段階に区分しています。ただし、TWIを基本にした指導方法は障害のない人を対象として開発された方法なので、各指導段階に応じて障害特性の配慮事項や注意点を盛り込んで指導することが大切です。 ① 第一段階 「導入」 「導入」は、訓練に入り習う準備をさせる段階です。「関心を集める」→「作業名を告げる」→「これまでのこととの関連を述べる」→「その作業の重要性を述べる」→「正しい位置につかせる」というステップで展開します。 【指導上の配慮】 障害者の中には、新たな課題に対して極度の緊張や不安感を抱く者がいます。このように新たな課題への対応には常に緊張や不安感が伴うことを考慮し、彼らの体験や価値観を尊重した対応が必要です。正確な作業を目標にしますが、まずは本人のペースでできることを確実に習得するように指導し、緊張や不安感を取り除くようにしましょう。また、全体の把握が苦手という者に対しては、これから行う作業の全体像をより具体的に示す必要があります。例えば、完成品の見本などを視覚的に提示することが効果的です。 ② 第二段階「提示」 「提示」は、指導者が作業を説明し模範動作を示す段階です。「主な手順を1つずつ言って聞かせ、やってみせる」→「急所を強調する、理由も述べる」→「はっきりとぬかりなく、根気よく、理解する以上に強いない」というステップで展開します。 【指導上の配慮】 障害者に対する作業内容の説明や指示の出し方で注意すべきことは、その内容を理解しているかどうかを確認しておくことです。それは、曖昧な状況が苦手だったり、融通がきかず杓子定規であったりするなど、配慮した話し方で説明しないと理解が難しい障害特性の人もいるからです。もし、理解していないままに指導を続けると、場合によっては指導者に対する不信につながることもあります。従って、説明や指示は、具体的にはっきりと断定的に行い、理解する能力以上に強いないように心がけることが大切です。特に、配慮した話し方は一律ではないことに注意してください。障害者本人の障害特性にあわせて1人ひとり話し方を変えましょう。 ③ 第三段階「実習」 「実習」は、障害者に対して実際に作業をやらせてみる段階です。「やらせてみて、間違いを直す」→「やらせながら、作業を説明させる」→「もう一度やらせながら、ポイントを言わせる」というステップで展開します。 【指導上の配慮】 実習における指導上の基本は、マイナス面よりはプラス面を重視し、障害者本人のできる作業を確実に実行できるように得意分野を伸ばすことです。それは障害者の多くが、障害特性のために思うようにできないもどかしさを感じており、彼らの自信の回復や自発性の拡大が職業上の課題であるからです。従って、この段階では動作を確認しながら、その場で誤りを修正すると同時に少しの進歩でも褒め、内的な動機付けを高めることが必要になります。さらに、作業のミスについては、なぜ失敗したか、どこが悪かったかを一緒に考え、本人が納得するような対応策を見出していくことも必要です。 ④ 第四段階「総括」 「総括」は、訓練結果を検証して目標に達したか否かの確認をする段階です。「チェックポイントにしたがって、訓練結果を評価する」→「訓練のポイントを再度確認し、次の訓練課題に活かす」というステップで展開します。 【指導上の配慮】 障害者の中には環境適応が苦手な者が少なくありません。そのために、実際の作業を体験して慣れるという過程が必要であり、一課題ごとの評価が実態に沿わない場合もあります。そこで、短期間の評価に加えて環境適応という長期の変化をも見据えた視点から総合的に評価し、本人のできる作業を見出していくことが重要になってきます。いわば、長期間にわたった実習内容から適性を見出していくのです。小さな一歩を踏み出してみて、うまくいけばもっと頻繁にやる、うまくいかなければ、別の小さな一歩を試みるのです。こうした小さな成功の積み重ねによって、障害者のできる内容を見極めていくことが大切です。 (4) 職業訓練の指導のポイント 障害者に対して職業訓練を実施するときは、障害種別に関わらず指導全般で共通となるポイントがあります。1つ目が、指導する者と指導される者との「関係づくり」が大切なポイントになります。2つ目は、実際の仕事を教えるときの情報発信のしかたとして「指導上の指示・手がかり」がポイントになります。3つ目が、ミスの原因を追究し改善していく「フィードバック」がポイントになります。最後に、最も重要なポイントが、障害による制限を克服する手立てとしての「障害状況に応じた指導」です。以下、それぞれについて紹介します。 ① 関係作りのポイント 職業訓練には指導する側と指導される側との、いわば立場の異なる対人関係があります。また、障害者との関わりでは、障害特性から対人関係やコミュニケーションに課題を抱えていることもありますので、関係作りはとりわけ大切です。こうした関係をうまく成立させるには、相互の信頼関係を築くことが大前提になります。信頼関係は一朝一夕に築くことはできませんので、段階的に築いていくことが必要です。 第一段階は、誘い込みです。誘い込みとは、訓練への導入であり、訓練内容に興味を持つように障害者を引き込んで、その雰囲気を味わわせることです。この段階では、障害者とのコミュニケーションを重視し、特に障害者の話すことを徹底的に聞いて、安心感を与えます。 第二段階は、指導者に関心をもってもらうことです。そのために、まず、指導者は、障害者に呼びかけたり、障害者からの話しかけに応えたり、あるいは応えやすい話を向けるなど、障害者に関心があることを積極的に示す必要があります。その一方で、指導者は、障害者が指導者に関心を示すような僅かなサインを見逃さないように、常にアンテナを張っておく必要もあります。 第三段階は、指導者への関心をさらに深めてもらうことです。そのためには、声かけしながら近づくことを頻繁にしていきます。障害者が困っているような様子のとき、あるいはふだんと少し様子がちがうとき、あるいは必要がないようなときでも、できるだけ頻繁に、声かけしながら近づくことです。声かけを繰り返すことで、やがて向こうから呼び止めてやり方を聞いてくるようになります。 以上のような段階的な心積もりで関係作りをしていき、指導者は障害者の関心の深まり具合を確認しながら信頼関係を築いていくのです。 ② 指導上の指示・手がかりのポイント 「人を見て法を説け」というとおり、障害者本人に合わせた指導法をとることが重要です。しかし、その方法にはいくつかのタイプが経験的にあるといえます。指導者が障害者本人に何らかの影響力をもたらす手段(媒体)からみると、次の6つの指示・手がかりの方法があります。 ア 言葉で示す方法 言葉で「……しなさい」と伝えて指導する方法です。ただし、指導者の話し言葉に曖昧な表現があったり、抽象的であったり、周囲に雑音があったりすることにより意図が伝わらないことがあります。障害特性上、一般的には伝わるレベルの言葉でも、ほとんど意図が伝わらないことがよくあるので、言葉を選んで話をする必要があります。 言葉で示す方法は、最も多くとられる方法なので、指導者は障害者1人ひとりにあわせた配慮した話し方を最優先で習得しましょう。 また、指導者の指示に従わなかったときに起こしがちな怒った顔や声の調子などはマイナスの影響を強く与えてしまいます。「こんなこともできないのか!」という見方や考え方は、指導の過程では指導者の頭の中から取り除くことが大切です。 イ ジェスチャーで示す方法 「ここを押す」「あちらを向く」など指導者が手で指示したり、身体全体で指示する方法です。その際、あいまいなジェスチャーを避ける、速すぎない、一度に多くのことを同時に示さないなどを心がけるのがポイントです。 ウ 見本を示す方法 訓練で行う作業の全部又は一部を実際にやってみせて、障害者がそれを見本にして作業させる方法です。障害のあるなしに関わらず、実際の作業をみせたほうが理解しやすいです。もし、障害者本人が、周囲の人の行動をマネするのが上手な場合は、特に効果的です。 エ 身体的に支える方法 正しく行動できるよう指導者が障害者本人の身体に直接触れながら物理的な手助けをする方法です。ただし、障害特性によっては、指導者がやわらかい力で触れても障害者本人が痛みを過敏に感じたり、身体を触れられることを嫌悪する人もいますので、細心の注意が必要です。また、このような障害特性がなくても、体に触れる前には必ず声を掛けることを心がけましょう。 オ 要点を強調する方法 教える要点を際だたせるために工夫する方法です。重要な部分は、大きく書いてみせる、声を大きくする、図で示しながら説明する、目印をつける、動画や実物を見せるなど注意を引きつけるように心がけましょう。 カ 教材・補助具を使用する方法 仕事や行動の見本を模型、道具、図版や表などを利用して理解しやすくする方法です。親近感をもたせ、注意力、正確さなどを伸ばすときに効果があります。障害者に合わせてオリジナルの教材を開発することもあります。 ③ フィードバックのポイント どのような仕事でも、正確さとスピードが要求されます。この要求を目標として訓練を繰り返しますが、1回で目標をクリアできる人はいません。ミスを繰り返しながら、徐々に目標に達していきます。 この時に大切なことは、ミスに対するフィードバックです。ミスの原因は何か、どうしたらミスを解消できるかという原因・対策を障害者自身が認識し、ミスを修正する行動が必要です。特に、障害特性によっては、自ら気づき修正していくことが苦手な人もいますので、フィードバックに対する指導がより重要となります。 フィードバックに対する指導のポイントは、①現状把握、②原因追及、③本質追究、④対策樹立、⑤目標設定という流れで行うことです。 ①は自分の行動に対してどこが不十分かを気づかせます。気づかないときは、指導者がヒントを与えます。②は不十分な行動別にその原因を考えます。しかし、障害の影響により自分で原因を見出すことが苦手な人が少なくありません。その時は指導者が一緒に考えて原因を導いていきます。③は不十分な行動の中で何が一番の課題なのかを追究します。④は不十分な行動別にどのような対策が有効なのかを考えます。この時も指導者が一緒になって考え、障害特性を考慮した最も良い対策を検討します。⑤は対策のうちで重点項目を絞り、次の目標とします。 なお、ミスに対するフィードバックは、ただ考えるだけではなく、実際に作業を繰り返してみることが大切です。 ④ 障害状況に応じた指導のポイント 一般的に、技能や技術は教えられて覚えるのではなく、見よう見まねで覚えるものといわれています。一般論としてはそれでよいかもしれませんが、障害者の場合は一概にそうとも言えません。障害によっては、うまく見えない人もいるし、また、たとえ見えたとしても、麻痺などのためにまったくちがった身体(からだ)の動きになることもあります。しかも、自分の見え方や身体の動き方を感覚的に把握することに課題がある障害者は少なくありません。こうしたことから、障害者には見よう見まねの前の段階の指導、つまり、障害状況に応じた指導が必要なのです。 障害状況に応じた指導とは、障害による作業の制限を障害者本人の立場から見極めて、指導者が改善策を発見することです。そのためには、作業におけるさまざまな身体の動きを想像し、あたかも自分の身体の中で障害を乗り越える試行を繰り返しながら、障害者本人の状況に応じた改善策を創り出していく必要があります。こうした「障害者の立場になった作業シミュレーションの視点」について、そのポイントを姿勢、目線、タイミング、判断尺度からまとめます。 ア 姿勢 作業を正しく行うためには、まず、姿勢が基本となります。姿勢は作業における正否、安全、やりやすさという面から、最も適切な体の構えかたをする必要があります。したがって、仕事を始めるに当たっては、つねに姿勢を確認するのがポイントです。 例えば、障害による機能的な制限から猫背で正面をきちんと向けない場合を考えてみましょう。猫背は作業姿勢として無理な構えが多いために正確な動作ができず、疲労もかさみます。このような状態を回避するには、その人の状態に合わせた構えかたをシミュレーションしてみると、身体の重心のズレが判明します。そこで、この状態を調整する工夫として、例えばリュックサック等を装着して重心のズレを直すといったような改善策を創り出して行くのです。 イ 目線 姿勢の改善策が創り出せたら、次は目線の改善策です。 目線とは、作業時に手先の動きや作業の対象物のどこを見ているかです。作業内容によって全体を見ている場合もあれば、一点に集中している場合もあり、この目線が正否に大きく影響します。 とくに、障害によって見える範囲が限られる場合や、見えていない場合での把握が重要です。この見える範囲の確認は、医学的な情報を踏まえつつ、障害者の動作や作業結果をベテランの経験と鋭い観察眼によってシミュレーションしながら突き詰めていきます。 例えば、通常の見える範囲が狭まっていることを確認するために、ボールをいろいろな方向から転がして受け止められるかを観察します。その上で、見える位置や身体の姿勢などを変えて、作業上の制限の解消を図って改善策を創り出していくのです。 ウ タイミング タイミングとはカン・コツに通じるもので、一言で表現しにくいものです。いわば、作業を進める上で、手先の動きのちょうど良い頃合いというようなものです。この感覚は、言葉で伝達できる判断とは異なる感性的な側面があります。つまり、外からの刺激を身体全体で受け止める感覚であり、実際の経験に基づいて次第に習熟していきます。 しかし、障害者の場合は、身体的及び精神的機能の一部が損なわれているために、タイミングの感覚に微妙な狂いを生じます。そこで、指導者が自ら障害状況を思い浮かべて作業を再現し、障害者の動きの欠点を把握することが大切です。こうすることで、障害特性に応じたタイミングを引き出すことができます。 例えば、片手に障害があった場合、両手によるタッチタイピングをいかに片手だけで行うかを考えてみましょう。指導者は片手だけでタイピングのシミュレーションをし、ホームポジションやそれぞれの指の動作範囲と役割を変えて、片手障害に合ったタイミングを創り出していくのです。 エ 判断尺度 仕事の作業を進めていくときには、作業途中で出来映えの判断をしながら進めていきます。このとき、出来映えの判断要素は長さ、温度、色、形など作業内容によってさまざまです。一般的に、長さであれば物差し、温度であれば温度計といったように標準化された測定器がありますが、作業途中の判断尺度は標準化された測定器を使わないことが多いです。つまり、作業途中での判断は自分の身体を通した尺度を用いていることが多いのです。長さであれば掌や指の長さ、温度であれば色の変化や音を基準にして判断します。 ここで、障害による制限によっては、判断尺度自体を置き換える必要があります。例えば、知的能力の制限から数量の判断が苦手な場合は、製品を積み重ねた高さを尺度にして判断する方法に置き換えます。このように、障害者1人ひとりの特性に配慮した判断尺度を創り出していくのがポイントです。 (5) 職業訓練での話し方の工夫 ① 配慮した話し方 障害者とのコミュニケーションの多くは言葉で行います。「職業訓練の指導の流れ」や「職業訓練の指導のポイント」でも触れていますが、言葉は使用頻度が高く日常的に使いますから、指導者は障害者1人ひとりにあわせた配慮した話し方を最優先で習得したほうがよいです。 例えば、発達障害者とのコミュニケーションにおいて、こういうことが起きなかったでしょうか? 指導者「この書類は申請を行うのに必要な書類です。明日の申請に間に合うように忘れずに持ってきてください。」 本 人「わかりました。必ず持ってきます。」  《明日になって》 指導者「昨日言っていた申請書類を持ってきましたか?」 本 人「はい、ここにあります。どうぞ。」 指導者「何も記入していませんよ!どうして!」 本 人「え!!」  これは、障害者本人に「暗黙の了解(お互いに常識的にわかるので言葉から省略している部分)が読み取れない」という障害特性があるのを失念して、指導者が配慮した話し方をせずに指示を出したことでトラブルが発生しました。もし、配慮した話し方をしていたら防止できたトラブルです。 よくみると、指導者の指示では「申請に間に合うように持ってくる」としか喋っていません。書類の必要事項を記入することを伝えていません。なぜなら、常識的に「申請に間に合うように」から「必要事項を記入済みにする」という意図が伝わるので、喋らなくても相手に伝わるものと無意識に判断して、暗黙の了解にしてしまったのです。 しかし、暗黙の了解を読み取ることができない障害者本人には伝わりませんので、必要事項を記入しません。けれども、言葉として指示のあった「間に合うように持ってくる」は守っています。ですから、必要事項を記入していない障害者本人を責めるのは間違っています。指示通り行動しているからです。 暗黙の了解を読み取れないのは障害特性なので、簡単には改善しません。障害者本人に合わせた配慮した話し方を指導者がする必要があります。 また、コミュニケーションに課題のあることが多い発達障害以外であっても、配慮した話し方は必要となります。一般的には、視覚障害者であれば、「あれ」「それ」といった指示代名詞を使わずに具体的に示しながら話します。聴覚障害者であれば、音の情報から得る状況判断が困難なので、周囲の状況を含めた説明を含めながら話します。精神障害者であれば、プレッシャーや誤解を与えないように話します。発達障害者であれば、曖昧な表現や暗黙の了解を使わずに話します。 ただし、何に配慮して話すのかは、1人ひとり異なります。目の前の障害者本人をよく観察し、そしてどのような話し方だと意思疎通できるのかを話し合って、配慮した話し方を決めることが大切です。 ② 理解しやすい話し方 障害のあるなしとは関係なく、指導者は以下の事を守って話す必要があります。これは理解しやすい話し方の基本中の基本です。 ・聞き取りやすい適切な速度で話す。 ・全員が聞き取れる声量で話す。 ・「えっと」や咳払いなど、話と無関係な感嘆符や音を抑えて話す。 ・板書しながら話さない。板書を終えた後に障害者本人を見て話す。 さらに理解しやすくする話し方のポイントを紹介します。 まず最初に、理解しやすい話し方をするためには、指導者は一方的に話し続けてはいけません。指導者は話の節々で障害者本人の反応を確認しながら、話を続けましょう。 この反応の確認方法は、障害者本人の観察で構いません。指導者は話にあわせてうなずいているかどうかを観察します。また、時々障害者本人に質問してみて、話を理解していたかどうかを確認するのもよいでしょう。もし、集合訓練で指導していて、指導者が理解しやすい話し方をしているのなら、多数の障害者がうなずいたり、指導者の方を向いて熱心に話を聞いているかどうかを判断基準にします(Q&A【問7】(P93)にチャレンジ)。 ところで、うなずいていなかったり首をかしげている障害者が多数を占めているときは、指導者は理解が難しい話し方をしている可能性が高いです。このような場合、障害特性による影響以外で考えられる原因には、次のようなものがあります。 ・指導者が障害者本人の知らない専門用語を使って話している。 ・指導者が話している状況や場面について、障害者本人は経験がなく想像できない。 ・話の前提となっている背景や状況について、障害者本人は理解していない。 ・指導者が話す順序が時系列に沿っていない。 すなわち、これらの原因を排除することで、指導者は理解しやすい話し方ができます。 まず、障害者本人が専門用語を知っているかどうかや、状況や場面の経験があるかどうかについては、障害者本人の持っている知識や経験から確認できます。日常のコミュニケーションで把握しましょう。 また、話の前提となっている背景や状況については、指導者が当たり前と感じているために、うっかり障害者本人に説明することを忘れてしまうことが多いです。指導者がベテランであればあるほど、無意識のうちに説明を省略してしまう傾向があるので、注意が必要です。そのため、意識的に基本的な部分の説明も話の内容に盛り込んでおきましょう。 ここで、理解しにくい話し方と理解しやすい話し方の例を紹介します。なお、障害者本人はインターネット技術を習得するために訓練を受講しているという設定です。ただし、訓練開始直後なので、障害者本人はインターネット技術の基礎的な知識は持っていません。 次の例は、障害者本人の知識の範囲内から大きく外れ、背景や状況の説明が省かれた、理解しにくい話し方になっています。おそらく、この本を読んでいる多くの方も理解が難しいでしょう。なお、網かけの部分が障害者本人の知識の範囲内から大きく外れた箇所です。 【理解しにくい話し方の例】 インターネットはTCP/IPによって接続されているから、これを知っておくことはとても重要です。例えば皆さんは、ネットワークに輻輳(ふくそう)が発生して困ってしまうことがよくありますよね。これは、セグメントの分け方に問題があるかもしれません。この授業で習った知識を用いて、快適なインターネット環境を構築しましょう。 もし、専門的な知識と経験を持っている人なら、この話は容易に理解できます。指導者は専門的な知識と経験を持っているので、無意識のうちに、前述のような話し方をしてしまったのです。 次の例は、前述の【理解しにくい話し方の例】とまったく同じ内容を話しています。ただし、障害者本人の知識の範囲を考慮して専門的な部分の言葉を変えています。さらに、説明を省いている背景や状況も追加しています。網かけの部分が言葉を変えたり、話を追加した箇所です。 【理解しやすい話し方の例】 インターネットは、全世界の各種機器が利用できるように、TCP/IPと呼ばれる統一された技術仕様とルールによって接続されているから、これを知っておくことはとても重要です。例えば皆さんは、ネットワークがとても重たくなって困ってしま うことがよくありますよね。頻繁に重たくなるときには、そもそもネットワークの設計に問題があるかもしれません。TCP/IPを知ることで、どのようにネットワークを設計したらよいのかがわかります。この授業で習った知識を用いて、快適なインターネット環境を構築しましょう。 この例のように、無意識のうちに障害者本人がまだ覚えていない専門用語を使ったり、背景や状況を省略することはよくあることです。そのため、専門知識や説明の省略をしても障害者本人が理解できるレベルはどこなのかを、指導者は常に把握する必要があります。そして、専門用語を別の簡易な言葉に置き換えたり、背景や状況の説明を追加したりしてください。もし、置き換えや追加説明が難しいのであれば、図や動画といった補助資料を事前に用意してもよいでしょう。 さらに気を付ける話し方としては、話す順序が時系列と沿っていないと、障害者本人が混乱をきたす恐れがあります。そのため、指導者は思いついた順番で話すのではなく、作業手順などを参考にしながら、時系列を意識して話しましょう。 もちろん、他の原因で指導者が障害者本人に理解しにくい話をしていることもあります。いずれにしても、指導者は障害者本人の反応から話を理解していたかどうかを察知して、理解していないようなら原因を探って改善することが大切です。 (6) テレワークにむけての職業訓練 これまでも、通勤が困難な障害者や、自宅やサテライトオフィスの方が能力を発揮できる障害者のために、在宅雇用で在宅勤務を行うことができました。ですが、環境面・制度面の整備や雇用管理等のハードルが高く、少しずつしか普及しませんでした。 しかし、新型コロナウィルス感染防止対策のひとつとして、情報通信技術を活用した在宅勤務(以下「テレワーク」という。)が注目されました。そして、テレワークに必要な技術が一気に進歩し、企業もテレワークに必要な制度や機器の整備を積極的に行いました。これにより障害者の在宅勤務も、テレワークならハードルも低くなり、障害者も企業もテレワークに前向きに考えるようになっています。 特に、テレワークで働いている障害者からは、通勤の負担軽減と体調に合わせて働けることにメリットを感じている人が多いです。障害のために通勤ができなかったり、体調が安定しなかったりすることで、求職活動を諦めている多くの障害者にとって、テレワークでの在宅勤務雇用は救いになるでしょう。 とはいえ、いままで職場で作業してきたことをテレワークに変更することで、働き方や仕事環境に大きな変化が生じます。この変化に障害者本人が対応できるように、何らかの職業訓練が必要になります。 ここでは、障害者のテレワークを導入するときの職業訓練について、いくつかのポイントを紹介します。 まず、テレワークではPCを使うので、PC操作に関する職業訓練が必要になります。 たとえ職場でPCを使って作業をしていたとしても、それは作業という一場面でしかPCを操作していません。テレワークだと、PCの起動、ネットワークの接続、作業の開始と終了、指示の受信や報告の送信、PCの終了といった一連の操作を障害者本人ができる必要があります。 また、PCトラブル等の発生時に備えて、状況に応じた判断、遠隔からの指示を受けながらのトラブル対応もできるとよいでしょう。テレワークを導入している企業では、メール、チャット、web会議システム、電話といった多様なコミュニケーションツールを活用しています。トラブル発生時に連絡手段がなくなるという事態を避けるとともに、これらのツールの操作を習得する職業訓練を実施します。 もちろん、テレワークと相性が悪い障害特性の人もいます。例えば、マウスやキーボードでの操作が難しかったり、長時間ディスプレイを見るのが困難だったり、状況に応じた判断が難しかったり、文字ベースでの指示理解が難しかったりするときは、テレワークよりも職場で勤務するほうが相性が良いでしょう。逆に、テレワークの方が相性が良くて作業効率が上がる人もいます。 そこで、PC操作に関する職業訓練を実施するときに、テレワークとの相性についても見極めるようにします。つまり、テレワークで働くかどうかの最終判断は、職業訓練後に決定することがポイントです。 また、職業訓練で利用する機器等は、テレワークで実際に使う機器と同じものに揃えることもポイントです。違う機器だと画面表示等が異なることがあり、その些細な違いによって、つまずく要因になることがあるからです。可能なら、テレワークする人は全員同じ機器に揃えたほうが、利用方法やトラブル対応を説明するときに楽になります。 次に、PC操作の習得後は、テレワークをトライアルすることがポイントです。障害者本人だけで作業する環境を再現するために、職場内の個室を自宅にみたてて、障害者本人は個室に1人で居て、コミュニケーションツールの指示だけで作業をしてもらいます。もし、障害者本人が職場に移動できず自宅でトライアルするときは、支援者が自宅近くで待機します。 これなら、もし障害者本人が対応できない事態が発生したとしても、すぐに支援者が駆けつけることができます。それに加えて、障害者本人はテレワーク時の孤立感について、支援者は障害者本人の体調判断について、どの程度なのか確認できます。そして、テレワークを本格的に開始する前に対策を立てることができます。 このように、いきなりテレワークを開始するのではなく、充分に訓練を積んでから開始することで定着しやすくなります。 もちろん、訓練以外にも、雇用管理や緊急時の連絡体制など事前に決めておくべきこともたくさんありますので、準備を怠らないよう気をつけてください。 (深江 裕忠) 【参考文献】 1)障害者職業総合センター調査研究報告書No.70:「精神障害者の職業訓練指導方法に関する研究」(2006) 2)田中萬年・大木栄一編著:「働く人の『学習』論」学文社(2007) 3)南雲直二監修:「重度障害者の職業リハビリテーション入門」荘道社(2010) 4)道脇正夫:「障害者の職業能力開発[改訂新版]」雇用問題研究会(2011) 5)新井吾朗,上田勇仁,小澤力,佐藤大介,谷口雄治,中村陽文,深江裕忠,湯浅幸敏:「12訂版 職業訓練における指導の理論と実際」職業訓練教材研究会(2022) 6)厚生労働省:「都市部と地方をつなぐ障害者テレワーク事例集」厚生労働省(2020) 7)障害者職業総合センター調査研究報告書No.171:「テレワークに関する障害者のニーズ等実態調査」(2023) 第5節 職場適応、職場定着の推進 1 職場適応を高めるための対策 (1) 職場適応を高めるための方策 障害者の配置や配置転換、昇進や昇格によって職場にうまく適応しているかどうかについては、企業側と働いている障害者側の双方からみることが重要です。また、家族や支援者など社外の支援体制からの働きかけや友人、知人の関わりによっても左右されやすいといえます。 企業側が「うまく職場適応している」と判断していたとしても、障害者側からみると労働条件に不満をもっていたり、人間関係に悩んでいたりすることが案外多いものです。また、認知面で障害のある人にとっては、周囲の人的環境に左右されることも多く、指導者の変更や同僚の異動などによって影響を受けたり、家族や知人からマイナスイメージが伝えられると後ろ向きの発言が出たり、消極的な気持ちが出てしまうことも少なからず発生します。 職場適応がうまくいっている状態とは、企業側にとっては障害者が能力を十分に発揮して安定して働き、会社にとって戦力となって充足している状態であり、働く人にとっては仕事にやりがいがあり、職業生活が満足できるものである状態をいいます。この充足と満足の螺旋階段を継続的に登っていくことにより、職業生活は充実し、Well Beingに繋がり、会社にとってもなくてはならない人材になり、労使双方の成長に繋がっていきます。したがって、職場適応を高めるために企業に求められることは、障害者雇用の質を高めていくことであり、募集、採用、配置等のほか、人間関係、安全・衛生管理、その他雇用管理全般にわたって障害者の個性や特性を把握して、社外の支援機関と連携して、これらの諸要件に配慮した対応を積極的に進めていくことといえます。 令和4年12月に改正された障害者雇用促進法においては、適当な雇用の場の提供や適切な雇用管理等の実施に加え、雇用する障害者について職業能力の開発及び向上に関する措置を行うように努めなければならないことを追加し、キャリア形成の支援を含め、適正な雇用管理をより一層積極的に行うよう求めることが盛り込まれています。 障害者の職場適応をめぐる問題はさまざまですが、企業としてはまず、1人ひとりの障害者が何を考え、何を望んでいるか、職場においてどんな問題に直面しているか、社外の支援体制がどのような関わりをして障害者を支えているのかといった点を把握することが大切です。定期的な面談等を通じて、現在の状況のみならず、障害者の特性を踏まえ、今後どう働いていきたいのか等障害者本人の希望等を十分に聴取するとともに、職務遂行状況や習熟状況等を評価し、必要な業務の分担や配置の見直し、スキルアップや職域の拡大に向けた職業訓練機会の提供を計画的かつ積極的に行って下さい。 次頁の表1は職場適応を高めるための具体的な対策のポイントです。 (2) 受け入れ後の教育訓練の実施 障害者の活躍促進のためには、障害特性や職務の遂行状況、その能力等を踏まえながら、課題改善に取り組むため、教育訓練を実施することも望まれます。特に認知面での障害がある精神障害者や知的障害者等については、習得に時間を要するケースも多く、スモールステップで長い目で焦らずに教育訓練を行っていくことや職場環境や職務内容に慣れるまでに多くの時間を要することがある点に配慮して十分な教育訓練の期間を設けることも必要です。 さらに、技術革新等による職務内容の変化への対応や加齢等の影響から様々な課題が生じている障害者への対応など、受け入れた後も必要に応じた能力向上や能力再開発のための教育訓練、担当できる業務の幅を広げるための未経験領域の業務に係る教育訓練を行うことも必要です。 また、社内に統一的に実施している社員研修については受講の機会を設けることが不可欠です。ただし、この際に障害によっては研修資料や研修内容の理解に苦慮するケースもありますので、研修実施に当たっての合理的配慮について障害者本人とも相談して、的確に対応いただくことが必要です。 表1 職場適応を高めるための対策のポイント 対策のポイント 雇用管理面の配慮 ① 人間関係の改善 a)職場単位での障害特性等の事前啓発 b)上司との定期的情報交換による、問題解決の具体的方策の検討 c)個人やグループの話合いによる、仕事を通じた人間関係の深化 d)仕事以外の場面での話合いや懇談の促進 e)指導者の変更、同僚の異動による環境変化の確認 ② 職場の安全管理 a)労働災害の防止 b)安全管理責任体制の確立 c)作業環境と施設設備の改善による作業の安全化 d)安全教育の徹底 e)非常事態の対策(災害発生時の避難・誘導を含む) ③ 健 康 管 理 a)障害特性や医学的な制約に即した健康管理 b)休憩や早退、年次有給休暇等を取りやすい雰囲気づくり ④ 労働時間管理 a)障害を進行させないための配慮 b)障害特性に応じた勤務時間や交替制の制限 ⑤ 賃金等の処遇 a)同一労働同一賃金の原則 b)職務(作業)の評価に裏付けされた賃金の支給 ⑥ 教 育 訓 練 a)長期的な人材育成の視点に基づく教育訓練 b)障害のない人と同一の研修受講への配慮 c)伝達と理解を促進する方法についての配慮 d)ノウハウの全社的な蓄積・共有と水平的な活用 e)障害特性に応じた個別的なOJT ⑦ 社外の支援体制   との連携状況 a)家族の支えの体制と連携状況 b)支援機関の支援体制と連携状況 c)社会生活の安定、余暇活動の状況 d)医療ケアの継続状況、医療機関との連携状況 e)日常生活面の課題 2 障害者の職場定着のための組織的な対応 障害者の職場適応等の課題については、特定の採用・人事担当者や配属先の上長だけが対応するのではなく、事業所が組織的に取り組むことが重要です。このためには、幹部会議、○○委員会等、社内の既存の組織を活用することが考えられますが、このほか職場での関係者によるチーム(障害者職場定着推進チーム)を設置する方法があります。 障害者職場定着推進チームのメンバーとして想定されるのは、事業主又は事業所の長、現場の作業指導員、人事担当の課長及び関係課長、障害者の代表、障害者職業生活相談員、その他職場の代表などです。可能であれば事業所の産業医や保健師にも参加してもらい、内部障害者や精神障害者等の通院治療やその他の医療的専門分野の助言、人間関係等のカウンセリング及び職場環境にかかわる安全・衛生面の指導をしてもらうと、なおよいでしょう。 チームの活動内容は次のとおりです。活動時期については定例的な会合を設けるのが一般的ですが、事業所の安全・衛生委員会等と併合して運営しても差し支えありません。 ① 職場における作業意欲・問題点の把握と援助、自信形成のための励まし ② 職場内の人間関係等職場生活についての援助 ③ 障害者雇用についての事業所内啓発活動 ④ 労働環境の検討 ⑤ 職場配置、教育・訓練方法の検討 また、職場内で障害者が働きやすくなるように、職場全体を巻き込んで取り組んでいくことも有効なケースが多いものです。 職場で障害者がトラブルを起こしたり、仕事をうまく処理できないときなどに、一番よくない対応の仕方は「障害のせい」「障害者のせい」にしてしまい、本人をトレーニングすることしか考えなかったり、「仕方ない」とあきらめてしまうことで、そのような対処では課題の改善につながりません。個人を責めるのではなく、「仕組みを改善する」「周囲の人を巻き込んで皆で考える」という考え方で取り組むと活路を見出せることも多いものです。 障害者本人や指導担当の職業生活相談員などは「どうしていきたいか、やりたいことは何か」を話しあって共有化し、参加する周囲のスタッフが「障害者にもっと活躍してもらうためにどうしたらいいか、どうなったら障害者を含めて皆が働きやすいか」を全員で考えて、仕組みを変えることで障害者が働きやすい環境を整備することが望まれます。 この仕組みを改善するためには担当者1人で抱え込まず、関係者を増やすことが大切です。直接関わらない方を含めて様々な角度から検討したり、思いがけない提案から課題解決の糸口が見つかるというケースも多いものです。また、関係者が多くなると、責任を取るという感覚ではなく、思いつきで思いがけない意見でも挙げてよいという雰囲気を作りやすくなり、自由に提案しやすくもなります。 図1に示すような、『障害者が活躍できる職場の取り組みのアイディア会議』といった組織的な取り組みは、参加する周囲のスタッフも「障害者の雇用に協力できた」、「自分たちも役に立った」という気持ちが育ち、職場の活性化や一体感の形成を図ることができます。この職場の風土が「心のバリアフリー」ができ上がった状態ですし、個々の職員の従業員エンゲージメントの向上につながるものです。 さらに、障害のある方の安定した職業生活を支える企業在籍型職場適応援助者(企業在籍型ジョブコーチ)を企業内に配置する方法もあります。 企業在籍型職場適応援助者(企業在籍型ジョブコーチ)とは、企業に在籍し、同じ企業に雇用されている障害のある労働者の職場適応に向けた支援を行う支援者です。 企業在籍型職場適応援助者ならではの支援の強みとして、同じ企業内で支援が行われることから、課題の早期把握とタイムリーで切れ目のない支援が可能であることや、障害者社員の受入準備から職場定着に至るまでの一貫した支援が可能であることなどが挙げられます。 図1 職場での課題解決のための有効な手法 (検討するときに留意すること)関係者を多くする、引き込む 関係者が少ないと当事者責任を追及しがち 逆に、関係者が多くなると参加者一人一人の責任が薄れ、多角的なアイデアが出やすいため、様々な自由な提案ができる すなわち、「人(関係者)を責めずに『仕組み』を見直す。」 組織的な取り組みとして「障害者が活躍できる職場の取り組みのアイディア会議」がある。 ◇◆◇企業在籍型職場適応援助者(企業在籍型ジョブコーチ)の活用事例◇◆◇ ~企業在籍型ジョブコーチ活用好事例集から~ 本社に企業在籍型ジョブコーチを配置しているが、全国の各事業所で障害者を雇用しているため、各事業所に配置された障害者職業生活相談員が現地での相談等を行っている。ジョブコーチは、相談員からの問い合わせに応じて支援策を提案したり障害者社員との訪問面談を行うなど、相談員と協力して支援を行っている。また、ジョブコーチが相談員を対象とした研修会を開催し、支援に有効な情報(関係法令、障害特性、支援技法など)を伝えるほか、具体的なケースに関するディスカッションも行っている。これにより、相談員が過度に負担を感じることなく、社内のナチュラルサポートを形成することを目指した取組となっている。 3 外部の支援機関の活用 (1) 課題に応じて、外部の支援機関を活用する ① 自ら孤立しないようにする   雇用管理のコツの一つに「孤立させない、孤立しない」ということがあります。孤立させないとは障害のある従業員はもちろんですが、指導する担当者を孤立させないということです。孤立しないというのは会社自体が孤立しないということです。従業員が休みがちになる、作業のミスが目立つようになる等になった場合、その原因が職場にあることがはっきりしていれば職場で解決を図ることになりますが、原因がはっきりしなかったり、明らかに家庭に原因がある時には外部の支援機関を活用することで早く問題が解決したり、障害のある従業員、事業所側ともに解決への負担が少なくなったりします。 ② 早めの対応が重要   早期発見、早期対応が重要なことは、職場定着にもいえます。しかし、何を基準に早期に対応すればいいのでしょうか。極端な変化でもあれば発見も容易ですが、徐々に変化したりまたは良くなったり悪くなったり波がある場合はどのように考えたらいいのでしょう。   そのような時、助けになるのが本人の特性をよく理解している外部の支援機関です。外部の支援機関からは、「何かあったら、いつでも連絡して下さい。」と言われることが多いですが、早期発見、早期対応につなげるために、具体的にどのような言動が見られた時に連絡すればいいのか確認しておくことをおすすめします。体調不良による休みが月に3回以上になった時、自分のミスを認めず人のせいにするような言動が見られた時等会社側から連絡する基準が予め分かっていれば迷わず早期に連絡できます(Q&A【問8】(P105)にチャレンジ)。 (2) 活用できる外部の支援機関と支援内容 図1 職業生活を支える構造と支援機関  図1右側のように職業生活は日常生活や医療的ケアに支えられています。病院等も含めて考えると、人によっては多数の支援機関が関わっている場合もあります。一見、職業生活が安定しているように見えても、日常生活の乱れや医療的ケアが不十分だといずれ職業生活にも支障が出ます。  しかし、支援機関と言っても障害者○○支援センター、○○障害者センター等似たような名称のものも多く、どこに連絡すればいいのか迷ってしまうことが多いようです。  ここでは、外部の支援機関を大きく①企業就労を直接支援する機関、②生活面を中心に支援する機関、③医療・保健機関、④障害別の専門機関に分けて説明します。  企業にとっては①が最も身近な存在ですが、支援機関が相互にネットワークを組んで常時密接に連携している地域では、基本的にはどこに連絡しても適切な支援機関につないでもらうことができます。  福祉施設は社会福祉法人が設置・運営することが多く(他にNPO法人、株式会社等が設置・運営する場合もあります)、国や自治体から事業を受託して当該事業費で運営されるのが一般的です。一つの事業しか受託していなければ、「○○就業・生活支援センター」等その事業名を施設名に冠することで分かりやすくなりますが、事業を複数受託している法人ですとそれも難しく、施設名とサービス内容が一致しないこと、また各法人で独自の名称(愛称)をつけていることもあります。 図2 複数の事業を受託している法人(イメージ) ① 企業就労を直接支援する機関(後掲表1参照) 図3は学校や職業能力開発校を卒業した人はaすぐに就職する場合とb企業就労準備を経て就職する場合に分かれることを示しています。aの場合、生徒が定着しやすいように出身の学校や職業能力開発校が相談に乗ってくれます。しかし、ずっと相談に乗れるわけではないので、企業就労を専門に支援する機関にバトンタッチすることが多いようです。 bのように卒業後すぐに就職することが難しい生徒の場合、一旦企業等で働くための準備(2年程度が多い)をした後に就職することがあります。このように「①企業就労を直接支援する機関」の中には、イ)出身の学校や職業能力開発校、ロ)企業就労を専門に支援する機関、ハ)障害福祉サービス事業所があります。 ② 生活面を中心に支援する機関(後掲表2参照)  障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスで、障害のある方が自宅を出て共同生活を行う住居で、その方の必要に応じ、相談、入浴、食事その他の必要な日常生活上の援助を行う共同生活援助(グループホーム)、住居で単身生活などを送っている障害のある方に、定期的な巡回訪問や相談対応などにより、日常生活を営む上での問題を把握し、相談、助言、関係機関との連絡調整などの自立した日常生活を営むために必要な援助を行う自立生活援助(ホームヘルプサービス)を行う機関があります。また、生活面のさまざまな援助を提供する施設として地域活動支援センターがあります。 ③ 医療・保健機関(後掲表3参照)  当事者が定期的に通院している医療機関です。大学病院や総合病院の精神科、心療内科、国公私立精神科病院、診療所(○○クリニック等の名称)があります。また、産業医に相談したくても社内に設置されていない場合、近くの地域産業保健センターに相談することもできます。   図3 卒業後の就職までのルートと支援機関   ④ 障害別の専門機関(後掲表4参照)  特定の障害について、専門に支援する機関ですが、全国的に共通している機関として、発達障害者支援センター、難病・相談支援センター及び精神保健福祉センターがあります。その他にも地域によっては、高次脳機能障害者を専門に支援する機関もあります。 (3) 外部の支援機関にどのようにアプローチをしたらよいか ① 障害者本人との話し合い   外部の支援機関に相談する際に、障害者本人の了解は必須です。本人に了解を得る場合、本人の不適切な言動が問題との指摘のみに終始すると言われた本人はどうしても被害的・拒否的になりがちなので、会社として困っていることや外部の支援機関に相談する目的(原因が不明でどう対応していいか分からない、うまくいく方法を知りたい等)を伝え、外部の支援機関に相談することで雇用継続に向けた助言を得たいという意向について理解を求める必要があります。   そのためにも、日頃からコミュニケーションを密にとることが大切になります。 ② 具体的な問い合わせの仕方   ア 出身校や以前利用していた施設が第一選択  障害者本人の出身校や以前利用していた施設が分かっている場合はそこに相談するのが第一選択となります。しかし、出身校が特別支援学校ではなく一般校の場合等第一選択で解決できなかった際にその問い合わせの仕方について以下に記載します。   イ 会社の所在地が外部の支援機関の管轄地域になっているか確認する  外部の支援機関には管轄区域(市町村内、福祉圏域内、都道府県内等)があるのが一般的です。自分の事業所が管轄地域になっているか問い合わせ時にまず確認します。   ウ 会社として最も困っていることを説明する  外部の支援機関によって相談できる内容が異なりますので、「主治医や家庭に連絡してもらえないか」、「もっと生産性が上がるようにしてもらえないか」等の具体的な要望を出す前に、「なぜ主治医に連絡したいのか」、「どのように生産性が上がっていないのか」など、事業所として何が一番困っていることなのか、どのような行動を望んでいるのかについて伝えることが大切になります。困り事を明確にし共有できれば、外部の支援機関は自機関で対応するのか、より適切な他機関を紹介するのか判断しやすくなります。  なお、企業就労を直接支援する機関以外の機関に初めて問い合わせる際は、企業就労を直接支援する機関を通じて問い合わせた方がスムーズに行くことが多いと思われます。  【問い合わせの際、予め準備しておくとよい情報】 必要な情報 あるといい情報 □どんなことで困っているのか □誰が困っているのか □どのような時に困ることが多いのか □どうなれば許容できるか ③ 定期的に連絡をとる  当初から本人を支援している機関があれば、特段変わったことがなくても定期的(数か月~1年毎)に連絡をとることで、仮に支援機関で担当者が交代しても関係性が継続されるので、いざという時スムーズに連絡をとることができます。 ★文中の専門機関等については、資料編第8節の「関係機関・施設一覧」も参照ください。 図4 障害者就業・生活支援センターのネットワーク例 雇用と福祉のネットワーク 生活支援 就労移行支援事業所等、福祉事務所、保健所、医療機関 就労支援 ハローワーク、地域障害者職業センター、特別支援学校、職業能力開発施設、事業主 表1 企業就労を直接支援する機関 外部の支援機関名 支援内容(例) どんな時に活用すればいいか 問い合わせの際の留意事項 出身校 特別支援学校 学校在学中の経験をもとに対処法について助言してもらえる。 本校を卒業した従業員のことで相談したい時 卒業後数年のフォローアップ期間を設けている学校がほとんど。 障害者職業能力開発校 職業訓練施設。訓練期間中の経験をもとに対処法について助言してもらえる。 本校を修了した従業員のことで相談したい時 設置されていない県もある。 企業就労を専門に支援する機関 ハローワーク(公共職業安定所)・労働局 採用から職場における定着相談全般、また、必要な支援機関につないでくれる。ハローワーク・労働局が支給する助成金もある。 従業員を採用したい時、採用した従業員のことで相談したい時 ハローワークの障害者に対して専門に相談する部門(専門援助部門)若しくは事業主相談部門に連絡する。 障害者就業・生活支援センター 就業面だけでなく、生活面についても助言したり、地域の機関につないでくれる(地域機関情報が豊富)。 就業面の悩みの他、家庭の人間関係、服薬や睡眠の乱れ等生活面が原因で生産性が落ちた時など 原則として各福祉圏域に1か所あるので、管轄している支援センターを調べて連絡する。 地域障害者職業センター 原因の分析、対処法の検討(豊富な経験や事例に基づく分析が得意)してもらえる。ジョブコーチ支援もある。 原因が分からない時、どう対応すればいいか分からない時、また、他に相談する機関がない時 各都道府県に1か所(北海道、東京、愛知、大阪及び福岡は2か所)ある。 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構 各都道府県支部(高齢・障害者業務課) 障害者雇用納付金制度に基づく助成金の申請受理をしている。障害者雇用に関する啓発事業を行っている。 助成金を活用できないか知りたい時 各都道府県に1か所ある。 企業就労に向けて支援する障害福祉サービス事業所* 在籍中の経験をもとに対処法について助言してもらえる。職場に直接出向いて相談してくれる場合もある。 本施設に在籍していた従業員のことで相談したい時 障害福祉サービス事業所は種類が複数あり、それぞれ支援できること、できないことが大きく分かれるので、はじめに確認するとよい。自所で対応が難しい場合、適当な施設を紹介してもらえる。 *障害者福祉サービス事業所は機能別に分かれていますが、企業就労に関連するものは次のとおりです。 障害者就労移行支援事業所…企業就労により近い訓練施設 障害者就労継続支援B型事業所…企業就労に向けて少し時間をかけて訓練する施設 障害者就労継続支援A型事業所…施設の従業員として雇用されながら企業就労に向けて時間をかけて訓練する施設 上記の事業所等が、就職後半年以上経過した終了者の就労定着支援を併せて行う場合があります(第6章第3節P269参照)。 表2 生活面を中心に支援する機関 外部の支援機関名 支援内容(例) どんな時に活用すればいいか 問い合わせの際の留意事項 グループホーム・福祉ホーム 共同生活を行う住居で、世話人が日常生活上の援助を提供するグループホームに対して、福祉ホームは住居を必要としている者に低料金で提供し、日常生活に必要な支援を行っている。 在籍者のホームでの様子を確認する必要がある時 当初は、企業就労を直接支援する機関を通じた方がスムーズにいくことが多い。 自立生活援助事業所 訪問により家事、金銭管理、体調等居室での自立した日常生活を営むための各問題について援助を行っている。 日常生活の乱れ等が職務遂行や 職場の人間関係に影響を及ぼし ていると思われる時 当初は、企業就労を直接支援する機関 を通じた方がスムーズにいくことが多 い。 統一名称はない。 地域活動支援センター 福祉サービス利用、余暇活動、金銭管理、権利擁護の相談を行う。 施設によって支援内容が異なる。 表3 医療・保健機関 外部の支援機関名 支援内容(例) どんな時に活用すればいいか 問い合わせの際の留意事項 本人が定期的に通院している医療機関(主治医) 医療的助言 服薬の調整をしていると聞いているが、急に生産性が落ちてきた時、症状が急変した時の対処法等主治医の医療的助言を求めたい時 本人を通して相談することが原則。難しい場合は、本人に了解を得て診察に同席する。または支援機関に同席を依頼する。 地域産業保健センター 労働者の健康管理(メンタルヘルスを含む)に係る相談 従業員がうつ病等のこころの病かもしれない、治療を受けていない等どう対応したらよいか分からない時 産業医等の産業保健スタッフがいない、労働者が50人未満の事業所の相談に乗ってもらえる。 表4 障害別の専門機関 外部の支援機関名 支援内容(例) どんな時に活用すればいいか 問い合わせの際の留意事項 発達障害者支援センター 発達障害者の相談支援機関。発達障害の特性についての情報提供や対処法について助言してくれる。 発達障害者の特性や対処について知りたい時 当初は、企業就労を直接支援する機関を通じた方がスムーズにいくことが多い。 難病相談・支援センター 難病者の相談支援機関。難病の特性についての情報提供や対処法について助言してくれる。 難病者の特性や対処について知りたい時 精神保健福祉センター 精神保健福祉の相談機関 精神障害者の特性や対処について、またメンタルヘルスについて情報を得たい時 高次脳機能障害者支援拠点機関(高次脳機能障害者支援センター等) 高次脳機能障害者の医療から就学・就労に関する総合相談窓口機関 高次脳機能障害の特性や対処について知りたい時 当初は、企業就労を直接支援する機関を通じた方がスムーズにいくことが多い。 リハビリテーション病院に設置されている場合が多く、研修会やセミナーを企画しているところもある。 (岩佐 純) ◆◇ 支援機関を活用し担当者に心のゆとりを ◇◆◇ ……障害者就業・生活支援センターの活用により関係修復が図れた事例…… 相談者 Aさん 株式会社○○ 障害のある方の現場での指導担当者 対象者 Bさん 30代女性 精神障害者保健福祉手帳2級 発達障害  Aさんより障害者就業・生活支援センター(以下センターという。)に相談がありました。共に働くBさんの対応に行き詰まり、このままでは雇用継続が難しいとの内容でした。「集中力を欠く」「出勤するとすぐに体調不良を訴え休憩を求める」という状況が続いていました。また、このような状況が続くことにより他の社員が不満を持ち、職場での人間関係も悪化していました。  会社がセンターから支援を受けることについてBさんに説明を行い、同意を得ることができたので支援を開始しました。センターの支援員が職場を訪問し、Aさん、Bさん双方より聴き取りを実施し状況を確認したところ、職場において、Bさんの発達障害に起因すると思われる行動の特性が十分共有されていないことが分かりました。そのことでBさんの行動の理由を周囲の方が理解できず、Bさんへの評価が下がっていることが考えられました。そこで、Bさんの特性に合った職場での指示の出し方や、周囲の対応の仕方などの改善を試みることを会社に提案しました。  センターの支援員は職場に1か月に1度訪問し、Bさんと定期的に面談を行いました。本人の困りごとに対して具体的な対応方法を本人に提案し、Aさんをはじめとする職場の方と共有しました。継続的な面談において、1か月間の取組みを振り返りつつ、トライ&エラーを繰り返しながら徐々にBさんの状態は安定していきました。このことに伴い、周囲のBさんに対する理解が深まり評価も良くなりました。それまでの追い詰められていた状況が改善したことにより、Aさんにもゆとりが生まれました。Aさんは余裕を持ってBさんに接することができるようになったことで、それまでは気づかなかったBさんの長所に気づくことができるようになり、好循環が生まれました。  生活面においては、好きなスポーツチームへの過度な肩入れにより、SNS上でトラブルに巻き込まれていることが分かりました。SNSにおけるトラブルについては、アカウントを整理する本人の取組をサポートし、改善を図りました。生活面での不安が減少することにより、Bさんの勤怠は大幅に改善されました。  支援スタート当初は契約更新が難しいと言われていたBさんですが、今では自信を持って業務にあたり、職場に欠かせない存在として活躍しています。   ◇◆◇障害者スタッフの生活面の支援について◇◆◇ …就労移行支援事業所・就労定着支援事業の活用事例… 相談者 Aさん 株式会社○○ 担当課長 対象者 Bさん 20代男性   軽度知的障害 自閉傾向あり Aさんより障害者就業・生活支援センター(以下センターという。)に障害者雇用に関する相談がありました。これまで特別支援学校から採用した経験はあるが、中途採用の経験が無く、どのように進めれば良いかとの相談でした。 まずはセンターのスタッフが職場訪問させていただき、業務内容や職場環境の確認を行いました。訪問により得た情報を地域の就労系福祉サービス事業所と共有することに同意をいただき、希望者を募りました。そのなかで、就労移行支援事業所からBさんの推薦を受けたため、Bさんと就労移行支援事業所の職員とで職場見学を実施しました。Bさんの住所は職場にも近く、また以前に力仕事をしていたため、今回の業務も十分に可能ではないかとの考察に至りました。本人も「働きたい」と意欲を示したため、職場実習を実施しました。実習に際しては、事前にBさんの紹介シートを作成して、実習先において共有してもらいました。 【紹介シートの内容】 〇Bさんの得意なこと、苦手なこと 〇Bさんの障害特性および必要な配慮事項(合理的配慮) 〇Bさんに対する具体的な対応方法 〇Bさんの人柄・趣味など シートを事前に共有することにより、共に働くスタッフの不安を解消することができました。また、実習期間も引き続き、就労移行支援事業所の職員がBさんのサポートを行ったため、スタッフがBさんとの関わり方で疑問に感じたことなどについて、適切に助言をもらうことができ、安心して雇用することができました。 就労後は、本人が通所していた就労移行支援事業所の「就労定着支援事業」を利用し、就労に伴う「生活面」の支援を受けることとなりました。就労定着支援事業は最長3年間利用することが可能な事業になります。職場での支援は、会社のスタッフに移行していきますが、就労後の生活支援については、就労定着支援事業所がマネジメントしてサポートします。 「お金の管理」「一人暮らしの希望」「人間関係に関する悩み」など、対象となるサポートは様々です。Bさんの場合には、SNSでの人間関係に悩み「業務に集中できない」「遅刻・欠勤」が増加するという状況になりました。就労定着支援事業所のスタッフが、地域の生活支援機関と連携しサポートにあたり、業務中の集中力低下や勤怠の不安定さは改善されました。就職後の3年間は、生活面の変化が特に大きくなります。この期間に支援機関のサポートを受けることにより、その後の安定した就労に繋がると言えるでしょう。 ◆◇ 医療機関への同行により状況説明をサポート ◇◆◇ ……医療機関との連携事例…… 相談者 Aさん 株式会社○○ 障害のある方の担当者 対象者 Bさん 30代女性 統合失調症  Aさんより障害者就業・生活支援センター(以下センターという。)に、雇用している障害者スタッフBさんの件で相談がありました。  2か月前に入社したBさんが、最近不安定になることが多いとのことでした。まずは事業所に訪問し状況を確認することが必要と判断しました。Aさんを通じてBさんにセンター支援員が訪問することについて同意を得たのち、聴き取りを実施しました。Bさんの様子としては疲れ易く、被害妄想的な発言が増えているということでした。就職して2か月ということもあり、環境の変化に伴い調子を崩したのではないかと推測しました。そこで、医療機関への相談を提案しました。Bさんは、ご自身の状況を主治医に伝えることが苦手な様子だったので、受診時に支援員が同行することについて提案し、同意いただきました。あわせて、受診に同行したい旨を医療機関に相談しました。  受診の際に、職場での様子等について主治医へ伝え、診療の参考にしてもらいました。主治医の説明から、就職直前に薬の処方の見直しに伴い、薬を減らしていたことがわかりました。環境の変化等のストレスが大きいとの判断になり、頓服薬が処方されました。職場で調子が悪い時に服用するよう指示が出て、現在試行中です。  Bさんご自身が、主治医に上手に自身の職場での様子を伝えることが難しかったことから、支援員が受診に同行し説明を行いました。その結果、主治医が職場でのご本人の状況を具体的に知ることができ、処方箋が見直され、本人の安定につながりました。   4 障害者雇用に係る就労支援機器の活用 就労支援機器とは、障害者が業務を行う上での作業を容易にし、効率的に業務を遂行するために必要な機能を備えた機器のことです。例えば、視覚障害者を対象とした拡大読書器、画面読み上げソフトや、聴覚障害者を対象とした補聴支援システム(集音システム)など、それぞれの障害特性に合わせた機器が多くあります。また、テクノロジーの進化とともに支援機器も進化し、就労の現場で役立つ場面が増えています。 (1) 障害特性に応じた就労支援機器 ① 視覚障害向け支援機器 視覚障害者が職場で使用する機器として、主に視覚的な文字情報を拡大したり、音声で読み上げて支援する機器があります。ハードウェアでは、印刷物や写真などを拡大したり背景と文字色のコントラストを高くしたりする拡大読書器、パソコン画面の情報を点字情報に変換して表示する点字ディスプレイなどがあります。ソフトウェアでは、パソコン画面の文字情報を音声で読み上げる画面読上げソフト、パソコン画面の情報を拡大する画面拡大ソフト、スキャナで印刷物などを読み込ませ文字情報を音声で読み上げたり、拡大読書器と同じように印刷物や写真を拡大するなどの機能を併せ持つ活字音訳・拡大読書ソフト(OCRソフト)などがあります。 その他にも、様々な機器等が開発されており、障害の状態及び従事する職務に応じて組み合わせて使うことができます。 携帯型拡大読書器 据置(卓上)型拡大読書器 点字ディスプレイ 画面読上げソフト Q&A【問8】障害のある社員の問題は全て自社内で解決すべきである。(解答と解説はP289に記載しています) ② 聴覚障害向け支援機器 補聴器などを用いて音声によるコミュニケーションを図れる聴覚障害者を難聴者といい、障害を受けた部位によって「伝音性難聴」と「感音性難聴」及び両方が混じった「混合性難聴」とわけることがあります。「伝音性難聴」の場合は、音声を拡大する機器や補聴器を使用することで補聴効果が表れやすいですが、「感音性難聴」の場合は、聴神経に障害を受けるため明瞭に聞き分けることができないといわれています(第3章第3節1(1)参照)。 難聴者が職場で使用する機器として、主にコミュニケーションを支援する機器があります。例えば、電話でのコミュニケーションを支援する電話関連機器、テレコイル対応の補聴器、人工内耳などに音声を直接伝える補聴支援システム、音声により文字入力やアプリケーションを操作する音声認識ソフト、対話支援スピーカー、離れた場所でも業務上の連絡事項や緊急時の連絡などを光信号やバイブレーションで知らせる携帯型無線呼び出しシステムなどがあります。 また、上記の支援機器以外にも筆談支援機器やメールのような電子データでのやりとりなど、さまざまなコミュニケーション方法があります。活用場面や本人の意向に応じて柔軟に支援機器の活用を検討していくことが大切です。 補聴支援システム 対話支援スピーカー ③ 肢体不自由向け支援機器 肢体不自由者が職場で使用する機器として、主にパソコン操作を支援する機器があります。例えば、音声により文字入力やアプリケーションを操作する音声認識ソフト、キーボードやマウス操作を支援する補助具、ノートパソコンを楽な姿勢で操作できるよう傾斜などを調整できるパソコン周辺機器、キーボードやマウスを使いやすくするパソコンのアクセシビリティ機能などがあります。 また、職場内の設備への配慮として、受話器を使用しなくても電話の発信・受信ができるハンズフリー電話機、主に車いすを使用する方で作業にあわせて高さを調整できる上下昇降デスクなどがあります。 簡易卓上パーテーション ノイズキャンセリングヘッドホン ④ 知的障害・精神障害・発達障害向け支援機器 知的障害者・精神障害者・発達障害者が職場で使用する機器として、主に周囲の過剰な刺激を軽減し作業環境の改善する機器があります。例えば、視覚的な刺激を遮断し、作業に集中できる環境を作るパーテーション、ノイズなどの聴覚的な刺激を軽減するノイズキャンセラー、周囲の音を遮断するイヤーマフ(耳栓)などがあります。 その他にも、時刻を理解することが難しい方のための視覚的に残り時間が分かるように支援するタイムエイド、一日の作業スケジュールを自己管理できるよう支援するための作業スケジュール管理支援機器、発語や発声が困難な方のためのコミュニケーションエイドなどがあります。 ⑤ 高次脳機能障害向け支援機器 高次脳機能障害者が職場で使用する機器として、例えば携帯型情報端末(PDA)にスケジュール管理機能、手順支援機能、アラーム機能を持たせた作業スケジュール管理支援機器があります。携帯型情報端末(PDA)の中に、文字、画像、音声を組み合わせた作業手順を知識登録して操作方法や作業手順などを確認したり、1日のスケジュールを知識 登録して計画的に作業を進めたり、大切な時間をアラームで知らせてくれることにより忘れずに行えるようにするための機能を持つシステムです。「記憶」「注意」「遂行」をサポートし、正確かつ効率的に作業を進めることができるようになっています。 (2) 就労支援機器に関する相談・貸出し 就労支援機器の活用等について、中央障害者雇用情報センター1で専門のアドバイザーから支援機器の活用事例の紹介やデモンストレーション、機器体験、適切な機器の導入や選定に関する提案など、障害者就労に役立つ情報を得ることができます。なお、中央障害者雇用情報センターでの相談・貸出しは無料です。貸出しは、原則として6か月であり、必要に応じて1回のみ延長可能です。 (3) 就労支援機器の活用に関する助成制度(第6章第2節2参照) 障害者雇用納付金関係助成金2には、障害特性による就労上の課題を克服し、作業を容易にするために配慮された拡大読書器等の作業設備や、作業施設、附帯施設の設置・整備を行う場合に支給する助成金(障害者作業施設設置等助成金等)があります。 障害者作業施設設置等助成金では、支給対象障害者の雇入れ日から6か月以内に認定申請を行うことが要件となっていますが、その期間内に就労支援機器等貸出申請書を提出している場合は、貸出期間の終了日まで同一・同種の機器について、助成金受給資格認定申請書の提出が可能です。 その他、支給にかかる要件や申請の期限等の詳細は、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構都道府県支部高齢・障害者業務課(東京、大阪は高齢・障害者窓口サービス課)3にお問い合わせください。 詳しくは下記ウェブサイトをご覧下さい。 1 【(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構】中央障害者雇用情報センターのごあんない   https://www.jeed.go.jp/disability/employer/employer05.html 2 【(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構】助成金   https://www.jeed.go.jp/disability/subsidy/index.html 3 【(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構】都道府県支部一覧   https://www.jeed.go.jp/location/shibu/index.html    5 障害者に対するカウンセリング(相談) (1) はじめに 「カウンセリング(相談)」は、「入職時」「入職後数年経過時点」「生活上の大変化が発生などの転機」「退職」など障害者雇用管理におけるどのようなタイミングにおける支援でも、またそれぞれのタイミングにおける様々な目的(状況把握、情報提供、提案)でも、活用することのできる技術です。カウンセリングは汎用性のある重要な支援技術であると言えるでしょう。そこで、本節では相談活動を行う上での基本的な心がけ、具体的な相談技法、障害特性に配慮した相談の進め方について扱います。 なお、本節では相談活動については、文章の前後関係により「カウンセリング」あるいは「相談」、カウンセリングを実施する人を「相談員」、カウンセリングを自ら申し込んできたり、あるいは会社側から相談の対象としてすくい上げる人(障害のある従業員の場合が多いと思われますが、場合によっては他部署の障害のない人へ障害者との接し方に関する相談などを行う場合もあるかもしれません)を「クライエント」と呼ぶこととします。 (2) 相談員が意識しておくべき大前提 ~信頼関係の構築~ カウンセリングの定義から考える まず、相談を行う上での相談員が意識しておくべき前提について挙げてみます。 相談開始(受理相談)時にクライエントは2つの不安を持っている)ということが言われます。それは、相談内容についての不安と、相談をすること自体への不安です(図1)。 この2つの不安のうち、前者については相談員とクライエントが一緒にこれから取り組んでいくことになりますので相談の進捗(相談を重ねていったり、教育・訓練を進めていったり、あるいは環境調整を行っていったりすること)により問題解決を図っていく中で軽減・解消していくものです。 この相談内容の本丸とも言える前者の不安を解消するための前提として、後者の相談すること自体への不安を軽減させていき、信頼関係を築いていくことが相談を始めるにあたって重要となります。特に、障害者職業生活相談員が相談を受ける対象には、自発的に相談を申し込んでくる人の場合だけでなく、当人は相談の必要を感じていないものの(呼び出すなどして)相談を行わざるを得ない人の場合もあることが考えられます。後者の場合、特に相談をすることへの不安、あるいは不満を感じていることがあります。 このような相談をすることへの不安・不満を解消していくためには、信頼関係の構築が重要となります。信頼関係を構築する具体的な方法としては、本項(4)で示す「物理的環境設定」「基本的関わり技法」、あるいは職場を定期的に巡回するなどしてクライエントと接する頻度を増やしてみる、相談の冒頭などに雑談を含めてみる等がありますが、ここではまずソーシャルワーク(社会福祉)分野において対人援助職が信頼関係を構築する上での原則となる、バイステックの示した7原則を提示しておきます(図2)。 この原則では、「2.クライエントの感情表現を大切にする」や「5.クライエントを一方的に非難しない」といった相談中の心がけが示されているほか、「6.自己決定の尊重」や「7.秘密保持の重要性」といったさらに支援を行う上で前提となる原則についても示されています。 また、老人ホームの生活相談員などの対人援助職の中には、相談室や事務所など自分の机に座っているだけでなく、施設内を1日1回など巡回・回遊し、入所者や様々な職員から情報を把握する「ラウンド」という活動を重視している場合があります。障害者雇用の現場でも同様に、相談員が職場内をラウンドすることは、クライエントやクライエントと日常的に接する同僚等を含む職場内の様々な人たちとの信頼関係の構築、また、ちょっとした変化などの情報収集に有効であると考えられます。 図1 相談開始(受理相談)時におけるクライエントの2つの不安 図2 バイステックの7原則 (3) その他の重要な心がけ ① 相談員とクライエントとの間で「意味」が共有されているか 國分康孝によると、カウンセリングとは「言語的および非言語的コミュニケーションを通して行動の変容を試みる人間関係」と定義されています。 この定義に含まれる「コミュニケーション」とは何でしょうか。「コミュニケーション」とは、原義的には「送り手と受け手の双方が同じ規則に基づく記号操作を行い、互いに意味を共有し了解しあうこと」を意味するとされています(図3) 。 図3 コミュニケーションの成立 つまり、言葉なりジェスチャーなりその他の方法でメッセージを伝えあうのがコミュニケーションですが、そのようなメッセージが何を意味するのかメッセージの送り手と受け手が共通に認識できることがコミュニケーションの成立には必要だということです。 この、相談員とクライエントとで意味が共有されるよう留意することは、特に知的障害・精神障害など認知的能力に制約のある人との相談では重要でしょう。相談員の発した言葉がクライエントに相談員の意図した意味で共有されているのかどうか、その都度留意する必要があります。 またこのような意味の共有の問題は、クライエントがその言葉を正確に理解している・していないということに限るものではありません。人は、辞書で定義されている内容以上の意味を込めて言葉を用いることがあります。 例えば、「おはようございます」という挨拶を取り上げてみます。通常「おはようございます」は朝の時間帯に交わす挨拶であり、「合言葉」のようにこの挨拶が交わされることもあるでしょう。しかしながら、単なる合言葉ではなく、この挨拶言葉を発する際に発話者は相手の身体・心理的状態(今日も元気だろうか?)を確認するという気持ちが含まれていたり、また、遅刻している相手に挨拶をする場合には「なぜ遅刻したの(非難)?」、昨晩の居酒屋のことを思い出して「昨日の飲み会はお疲れ様でした」、といった気持ちを込めることもあるでしょう。つまり、交わされる状況、コミュニケーションの参加者によって、言葉に意味が付加されることもあると言えます。同じ言葉であっても、状況(会話の行われる文脈)によって意味するところは違う可能性があるのです。相談ではこのような言外の意味にスポットを当てることや、言葉と言外の意味のギャップにスポットを当てることもあります。相談員は、クライエントの発する言葉がどのような意味でつかわれているのか、このようなことにも相談員は気を配る必要があります。 ② 言語表現だけでなく非言語的表現にも着目する コミュニケーションの方法(媒体)について考えてみましょう。日々のコミュニケーションというと、会話や電話、メールなど「言語」によるやり取りがまず想起されるかもしれません。しかしながら、いわゆる「メラビアンの法則」 1で示されているように、コミュニケーションで大きな影響力を持っているのは、言語の内容以上に、言語的コミュニケーションに加えて、非言語的コミュニケーションの影響が大きいことが示されています。つまり、カウンセリングを行う上で相談員にとってもクライエントにとっても、言語的な内容に加え、表情や口調、さらには身振り・手振りといった身体的表現が重要な要素であることが指摘できるでしょう(Q&A【問9】(P118)にチャレンジ)。 1 心理学者メラビアンは、好意や反感を伝える実験において、言葉の内容、声の調子、身振りなどをメッセージの送り手に操作させ、どの程度メッセージの受け手に好意や反感が伝わるのかを検証しました。結果として、言葉の内容の影響力:7%、声の調子や話し方などの影響力:38%、身振りや表情などの影響力:55%でした(図4)。 ③ 相談員自身の思考・感情・行動の癖を把握しておく(自己覚知) 相談を行うにあたって、相談員自身の考え方や行動の癖についても、自覚していく必要があるでしょう。たとえば、「女性というものは・・・」「この位の年齢の人は・・・」「○○障害の人は・・・」といったステレオタイプ的な観念は持っていないでしょうか?また、自らのこれまでの人生上の経験から(例:自分の生まれ育った家族内での父親との葛藤)、類似した状況にある相手に対し、特に肩入れをしてしまったり、逆に反感を抱いてしまう、ということはないでしょうか。 もちろん、こうしたステレオタイプ的な観念や無意識から湧き上がる感情を完全になくすことは難しいでしょう。それでも、相談においてこのような観念を無自覚のまま抱いていることで、クライエントとの関係構築がうまくいかなくなる可能性があります。 自己覚知とは「援助者が自己の価値観や感情などについて理解しておくこと」であり、「援助者に共通して求められるもの」とされています。普段の自分の発言等行動などを振り返る、周囲の人からフィードバックを得るなどをして、自分自身の考え方や行動の傾向に自覚的であるようにしたいものです。 図4 各コミュニケーション方法の影響力(メラビアンの法則) (4) 具体的技術 それでは、具体的にはどのように相談をするとよいのでしょうか。相談には、相談室など相談専用のスペースで相談を行う場合と、たまたま会社内等で出会ったときに「最近どう?」などと会話を交わす中で相談的な内容に進む場合とがあります。ここでは前者の場合を想定して、その具体的な技術や留意点を示していきます。 ① 物理的環境設定 相談は人間と人間との関係性の中で行われるものですが、相談員がきちんと対応しさえすれば物理的な環境はどのようなものであってもよい、というわけではありません。まず、秘密が守られるとクライエントが感じられる場所である必要があります。相談専用の部屋があることが望ましいのですが、なかなかそのようなスペースがない場合、パーティションで部屋を区切る、人がいないような時間帯を選んで相談を受ける、といった工夫が必要になります。 また、相談の際の座り方を一考する必要があります。まず、相談員とクライエントの物理的な距離の問題です。特に何cm程度にしなければならないという決まりはありませんが、お互いが圧迫感を感ずるほど近すぎず、かといって遠すぎない距離が望ましいでしょう。 次にクライエントと相談員の座り方についても、考えてみましょう。テーブルなどを利用して相談を行う場合、座り方には下図に示すように何種類かあります。 図5は最も一般的な相談場面における座り方でしょう。相談員とクライエントは相対し、相談を進めます。ただし、クライエントによっては相談員と正面に向かい合うことや、また視線が合いやすくなることで圧迫感を感じる人もいるかもしれません。場合によっては、図6のように90度の位置で相談を行うという方がよいかもしれません。また、図7のように横に座り相談を行うという方法もあります。この場合、相手の顔がお互いに見にくくなりますが、視線が合いにくくなりますので、最も圧迫感を感じにくくなるかもしれません。 図5 図6 図7 ② マイクロカウンセリングの基本的な関わり技法 それでは、相談場面における具体的な相談員の応答の技法に焦点をあてていきましょう。アレン・アイビイという研究者は、カウンセリングの流派には様々なものがある中で、各流派に共通して求められるカウンセリングの応答技法について、「マイクロカウンセリング」としてまとめ、カウンセリング技術を学ぼうとする人のために、カウンセリング技術の習得の手順についても提唱しています。ここでは、基本的な技術から順に紹介していきます。 いずれの技法も、「話をよく聞いてもらっている」という印象をクライエントに与える役割を持ち、信頼関係の構築や、クライエントの自己理解の促進にも有効な技法です。表1に各技法の概要を示します。なお、どんな内容や流れ・ペースであったとしても、特に初心者のうちは以下に示す基本的な技法を意識的に用いるとよいでしょう。 表1 マイクロカウンセリングにおける基本的な関わり技法 技法名 内容 具体例 ①基本的関わり行動 非言語的なコミュニケーションを相談にふさわしいものにする。 ・視線を適切に合わせる ・相談にふさわしい姿勢・表情・身振りをする ・相談にふさわしい口調で対応する ・相槌を適切なタイミングで行う(「はい」「えぇ」「なるほど」「そうなんですね」 ②-1繰り返し クライエントの発言を相談員がそのまま繰り返す。 ク:「○○ということで困っているんです・・」 相:「○○でお困りなんですね」「○○で困っている・・・」 ②-2要約 クライエントの発言・説明を簡潔にまとめ、確認をする。 「あなたが言いたいのは○○ということですね。」 ③-1開かれた質問 答え手が自由に応答することができ回答が長くなり内容も様々なものとなりうる質問(英語で言えばwhatやhowで始まるような質問) 「○○とはどういうことですか?」「□□はどうなっているのですか?」 ③-2閉ざされた質問 短めで、一定の範囲内に収まる回答となる質問 「何時に帰ったのですか?」(⇒○時です) 「○○は△△だということですか?」(⇒はいorいいえ) ④感情の反映 クライエントの発言の感情的な要素に焦点を当てて相談員が指摘し、共感・受容すること。 「つらいと感じているのですね。」 「不安な一方で、チャレンジしたい気持ちもあるんですね。」 ア 基本的関わり行動(視線、姿勢・表情・身振り、口調、相槌など) 基本的関わり行動は特に非言語的コミュニケーションに関するものと言えます。 相談員の顔の向きや視線に関してですが、顔をクライエントに向けることで、「きちんと話を聞いてもらっている」という印象を与えることにもつながります。また、相談員は相談を行う際、クライエントの感情や考えを把握するために表情をよく見る必要があります。そのために、相談員の視線は原則的に相手(クライエント)の目に向ける方がよいでしょう。ただし、凝視すると圧迫感を与えることにつながりますので、適宜視線を外してもよいでしょう。欧米文化と日本を含むアジアの文化では視線についての捉えられ方は異なりますが、やはりある程度は視線をクライエントに合わせることは必要だと思われます。なお、視線を合わせることに抵抗感がある場合、相手の口元やネクタイなどの頭部の下を見てもよいでしょう。 クライエントに自発的に話をしてもらう上で、聞き手である相談員が相槌を打つこともとても重要なことです。相手の話のペースに合わせながら、また基本的には相手の話の流れを妨害しないように、相槌を打つようにしましょう。相槌を打つ際に何種類かバリエーションがあるとよいでしょう。 口調や身振り・手振り、姿勢も、非言語的なコミュニケーションの要素として重要なものです。相手の話の内容に合わせて口調を変える、相槌を打つ際にうなずく動作をする、また相手の話に身を乗り出すようにする(相手に対し少し前傾する)といったことも、クライエントに話をしてもらうためには必要でしょう。 イ 繰り返し、要約 これらの技法はクライエントの自発的な話を促し、クライエントに自分自身の気持ちに気づいてもらうためのものです。 「繰り返し」を行うことで、話を聞いてもらっているという印象を与えることに加え、クライエントが自分の考えや感情を改めて認識する機会を提供すること、以上のことからもっと話をしようという意欲を抱かせるということにつながると考えられます。なお、この「繰り返し」はやりすぎると、かえって話を聞いていない印象を与えることにつながってしまうことや、また相手の発言のどの部分を繰り返すのか(なるべく相手が重要だと感じていると思われることのほうがよい)について留意する必要があります。 「要約」は「繰り返し」と似ている機能がありますが、「繰り返し」がクライエントの発言の一部をそのまま繰り返すのに対し、「要約」は相談員が聴いたことを相談員なりにまとめて確認をするという点が異なります。 この「要約」も、クライエントの話を整理し、クライエント自身に話について再認識してもらうこと、また相談員が理解したことについて確認し、次の話に進めていく、という役割があります。相談を求める人の中には、問題が複雑に絡み合い、混乱している場合もあります。相談員が相談中、要所要所で要約をすることで、解決には至らないものの、少し頭の中が整理されるというクライエントもいることでしょう。 ウ 開かれた質問、閉ざされた質問 クライエントの話をさらに探る必要があり、質問をする必要がある場合もあるでしょう。質問には「開かれた質問」と「閉ざされた質問」とがあります。 一般的には、開かれた質問の方がクライエントにとっては自由に話すことができるため、多めに使用した方がよい、とされています。ただし知的障害や精神障害のある人にとっては、開かれた質問ばかりではどう答えたらいいのか分からなくなり困惑したり、混乱したりすることも少なからずあると思われます。もちろん、閉ざされた質問ばかりでも、「取り調べ」や誘導尋問のようになってしまうこともあるので、望ましくはありません。クライエントの認知的な能力や、話の内容などを勘案しながら、開かれた質問と閉ざされた質問とのバランスを取っていくことが必要でしょう。 なお、開かれた質問のうち、特に「なぜ~?」とある行為などの理由を相談員がクライエントに聞きたくなることもあるでしょう。この「なぜ」の質問もあまりに多用するのは望ましくないとされています。クライエントに限らず一般的に人は、自分の行動の理由を全てわかっているわけではありません。また、「なぜ〇○した(○○しなかった)?」という問いかけを多くしてしまうと、「責められている」と感じることもあります。「なぜ」の質問は使ってはいけないということではないのですが、その使用方法には留意が必要です。 エ 感情の反映 相談場面でのクライエントの発言の中には、不安、怒り、悲しみなどのネガティブな感情的な要素が含まれていることが多いです。また、単純に一つの感情だけではなく、関心がある反面不安もあるといった、複数の感情が含まれていることも少なくありません。このようなクライエントの感情について相談員が確認しフィードバックしていくことは重要です。 相談を進めようとすると、その内容・事実の確認に相談員は焦点を当てがちです。相談内容の確認も確かに重要なのですが、最終的にはクライエントの意思を探り、決定していくことが重要です。感情の反映をすることは、共感をすることになりますので信頼関係の構築が促進されます。また、その感情が言語化されることで、クライエントの感情が外在化され、自分の感情を客観的に捉えることにつながります。例えば、モヤモヤした気持ちが「悲しんでいる」「怒り」というネーミングを与えられることで明確化され、クライエントから再認識されることになります。 さらに、その感情に関連する思考などを掘り下げることにもつながり、自己理解を進めることにもつながります。以上のことから、相談の内容・事実確認だけにとらわれず、感情にも十分に焦点を当てて、クライエントの感じ方・見方を尊重した相談を行っていくとよいでしょう。 オ その他の相談技術 ここまで紹介した技術は基本的なものであり、これ以外にも様々な技術があります。ここではカウンセリングの一派で用いられる技術の一部を紹介します。いずれも、問題の解決に向けて、クライエントのモチベーションを高めること等を目的としています。 ・スケーリングクエスチョン(これまでの経験内容や今後の見通しなどについて数値に置き換え評価してもらう質問。例:「最高の時を10点、最低の時を0点としたら、今は何点くらいでしょうか?」→「3点くらいです」→「0点ではないんですね。よくないけれど3点ではあるという理由は?」「もう1点上げるにはどうなるといいのでしょうか?」) ・例外探し(クライエントにとっての「例外」を引き出す質問。例:「そのような問題が起きていない時というのはどんな時でしたか?」) ・コーピング・クエスチョン(今までの困難な状況をどのように乗り越えてきたのかを尋ねる質問。例:「そんな大変なこれまでの状況で、どうやって乗り切ってきたのですか」) ・動機づけ面接(「悪習慣をやめたいと思う一方でやめたくない」など「変わりたい、一方で、変わりたくない」気持ちを丁寧に引き出し、その人自身の「変わろう」という動機を高めるための協働的な会話スタイル。ここでは、紙幅の都合上十分な説明ができませんので参考文献14)を示します。) ③ 複数回に渡る相談全体の組み立て・見通し 障害者職業生活相談員の場合、会社で働く障害者であるクライエントへの心理的なカウンセリングを行うだけでなく、具体的な問題解決を図るという役割が期待されています。つまり、クライエント本人とその職場・生活環境の双方に具体的に働きかけることが求められています。そして、そのためには、どのような方向に進めるのか、クライエントとともに検討し、問題解決を図っていくことが重要です。 ところで國分は、カウンセリングの全体の手順(構造)について、①リレーションをつくる(面接初期)、②問題の核心・本質をつかむ(面接中期)、③適切な処置をする・問題を解決する(面接後期)と示しています。つまり、問題解決の前に、関係性の構築や問題の吟味の重要性が指摘されています。 問題の解決を急いでしまうことで、クライエント本人の気持ちがなかなか追いつかず、相談員側の解決策の提案に対しても気持ちが乗ってこない、信頼関係が崩れてしまう、などのリスクもありますので、「この1回の相談で方向性を絶対に見出す」などといった切迫感を持たずに、相談に臨んでいくことが重要だということが言えます。 ④ 相談の記録 相談をしたら、原則的には記録を付けておく方がよいでしょう。特に多くの人と相談をする場合、相談員側の記憶は曖昧になっていきます。そのため、クライエントごとにファイルを用意するなどして記録を作成しておくとよいでしょう。その際、どこまで詳細に記録をつけるのか、また、組織内でどこまでその記録を共有化するのか、これらの記録をどのように保管し外部流出を防ぐか(守秘義務)などを決めておく必要があるでしょう。 ⑤ 相談の例 相談と言ってもその内容は様々で、絶対的な正解があるものではありません。ただし、相対的に適切、あるいは逆に改善の余地があると考えられる場合があります。以下に架空の相談の例を示します。実際に相談事例1と相談事例2についてロールプレイをしてみてどのように感じるのか実感したり、相談事例1と相談事例2とではどのような点が違うのか、相談員はどのような技法を用いているのか等分析してみるとよいでしょう。なお、相談事例1は相談の進め方としてあまり望ましくない事例、相談事例2は相談事例1よりは改善されている事例を想定しています。 (相談事例1) 会話 解説 (相談員、クライエントとの定例面接を行うため、クライエントを椅子に座るよう手でジェスチャー。相談員はこれまでの記録書類を見ているため、クライエントを見ていない) 相1:最近どう?仕事には慣れた? ・閉ざされた質問 ク1:はあ、少し慣れてきたんですが・・。(ため息) 相2:慣れてきたんだ、よかったね! ・クライエントを励まそうとしている。 ク2:まあそうなんですが、まだうまくできていないなあ、と思うんです。 相3:え、そう?そんなことないと思うなあ。 ・クライエントを励まそうとしている。 ク3:それでもこの前、課長に注意されてしまって。 相4:まあ、そんなに気にすることないよ。    私も会社に入ったころは色々と怒られたよ。みんな、通る道だよ。 ・クライエントを励まそうとしている。 ク4:はあ、そうですか。 相5:そんなに気になるんなら、課長に言っておこうか?もっと丁寧に教えるようにって。 ・問題解決のため提案 ク5:え!? いや、まだそこまでしてもらわなくて、いいんですが。 相6:そう?まあ、とにかくそんなに気にする必要はないからさ。ところで、ちゃんとお薬は飲んでるの? ・クライエントを励まそうとしている。  状況の確認 ク6:はあ、まあ飲んでいます・・。 相7:お医者さんからも問題ないって言われてる? ・状況の確認 ク7:はい。ただ・・。 相8:やっぱり課長との関係かな・・? ・状況の確認 ク8:はい。 相9:まあ、気にすることはないと思うよ。ところで、チャレンジド(注:この会社における障害のある従業員のこと)の田中君ともうまくいっている? ・クライエントを励まそうとしている。 ・状況の確認 ク9:はあ、まあまあです。 (以下、家庭状況や睡眠など定められた項目を相談員が確認して終了) (相談事例2) 会話 解説 (相談員、「お座りください」と言い、クライエントを椅子に座るようジェスチャー) ク1:相談したいことがあるんです。 相1:どんなことでしょうか。 ・開かれた質問で、クライエントの発言をさらに促している。クライエントは自由に答えることができる。 ク2:就職して1年が経つんですが。 相2:はい。 ・返事(相槌)ではあるが、聞いていることを示し、さらにクライエントの発言をさらに「促す」機能も持っている。 ク3:最近、私が帰る時に、挨拶をしようと係長とかスタッフさんたちを探すことが多いんです。 相3:係長やスタッフさんを帰るときに探す。 ・クライエントの直前の発言を繰り返している。 ク4:はい。でも、いつも、いないんです。会議だとか言っていますが。私のことを避けているのかなって。 相4:避けられてるって、思うんですね。 ・クライエントの最も伝えたい部分(避けられてる)を取り出しており、かつ「思うんですね」を付けることで、クライエントは「避けられてる」というのは、客観的事実とは断定できずクライエントが判断したものであるということも、暗に示している。 ク5:絶対、私のことを避けていると思うんです。 ・クライエントの感情を取り上げている。 相5:避けられていると思うと、悲しい。 ク6:悲しいし、なんで私のことをそんなに避けるのかと。 相6:怒りを感じている。 ・ここでもクライエントの発言になかったが、抱いていそうな感情(怒り)についても尋ねている。 ク7:そうですよ、あきれています。 相7:職場のマナーとして挨拶をするべきだと考えている。でも、帰りの挨拶をしようとすると職場の人たちがいない。避けられているんではないかと感じている。 ・ここまでのクライエントの発言を要約し、相談員がこのように理解しているということを確認している。 ク8:そうなんです。 相8:お話のようなことは毎日なのでしょうか? ・具体的に頻度を聞いている。 ク9:いえ、毎日ではないのですが、それでも週に何回かあります。 相9:他に「避けられている」と感じるようなことはあるんでしょうか? ・さらに、他の場面でもクライエントの訴える内容と関連する出来事があるのか尋ねて、状況の具体的把握を行っている。 ク10:そうですね、うーん。休み時間はあまり会話をしない感じですね 相10:そんな時はどのように感じますか? ・感情に焦点を当てている。 ク11:とても寂しいですね。 相11:やはり寂しく感じますよね。そうすると、やはり職場の人たちが挨拶をしてくれるようになるといいのでしょうかね。 ・クライエントの希望を聞いている。 ク12:そうですね。 相12:そのほかに、こうなるといいということはありますか。挨拶をしなくても、自分として「まあ、仕方がないか」と思えるとか。 ・クライエントの希望を聞いているとともに、このような解釈もできるのでは(仕方がない、と思うようにする。挨拶にこだわらないようにする)ということも暗に示している。 ク13:いや、普通、社会人なら挨拶するものじゃないですか。挨拶しないっていうのはおかしいですよね・・? 相13:やはり挨拶をするのが社会人だという気持ちが強いんですね。 ・クライエントに規範意識(社会人なら挨拶をするものである)があり、こだわっている面があることを確認している。 (以下、つづく) (5) 認知的能力に配慮した相談の進め方 相談の対象は認知的能力に制約のない人ばかりではなく、企業によっては知的障害や精神障害など認知的な障害のある従業員を対象とした相談を重点的に行わなければならない場合もあるでしょう。そこで、認知的な能力に制約のあるクライエントに対して相談を行う際の留意点をいくつか示します。 ① 意味が通じているか常に意識しよう コミュニケーションが成立することの重要性を先述しましたが、繰り返しになりますが、相談員とクライエントとの間で言葉の意味の共通理解ができているのか、常に意識することの重要性は強調しておきたいと思います。以下の項目も、まとめると意味の共通理解を図るということに尽きるものです。 ② 代名詞(コレ、アレ、ソノ等)の使用に留意 知的障害など認知的能力に制約がある人と相談を行う場合、クライエントと相談員とで意味を共有することに特に留意する必要があります。特に、ちょっとしたことで意味の共有が妨げられる場合があり、相談員側が軽い気持ちで「これ」「それ」「あの」などの代名詞を使って発言して、実際には意味があまり通じていないという場合があります。代名詞ではなく、具体的に事物を特定して話をしていく方が望ましいでしょう。 ③ 黙従傾向に留意 黙従傾向とは、よく分からない質問などに対し、意味をよく考えずに「はい」「そうです」と回答してしまう行動傾向のことを言います。知的障害の方などにこのような傾向が見受けられ、結果として本人の意思を尊重した相談が十分に行われない可能性があります。クライエントの意思を尊重するためには、この黙従傾向にも留意する必要がある場合があります。そのような場合、例えばあえて本人の意思と違うと考えられる質問を投げかけるなどして「違います」と否定してもらう、繰り返し尋ねるなどの工夫が必要でしょう。 ④ 新近性効果に留意 「どう思いますか」「どうしたいのですか」といった開かれた質問ではなかなか意思の確認が難しいクライエントについては、「Aにしますか?Bにしますか?Cにしますか?」というように選択肢をいくつか提示して相談を進める場合があります。その際留意したいのが新近性効果です。新近性効果とは、複数の選択肢を提示した場合、最後に提示された(=時間的に最も近く新しい)選択肢を選んでしまうということを指します(先述した例でいえばCを選んでしまう)。クライエントによっては、冒頭に提示された選択肢をなかなか覚えておくことが難しく、一番後に提示されたものを選んでしまうということがあるのです。そのため、先述した繰り返し確認するということと共通しますが、選択肢から選んでもらって意思を確認するという場合、選択肢の順番を何度か変えてクライエントに伝え、選んでもらうということが必要な場合があります。 ⑤ 音声言語のみでなく視覚的補助を用いよう クライエントのなかには、音声言語だけではなかなか相談内容を覚えておくことが難しく、また自分でメモを取ることも難しい人もいるでしょう。そのような場合、話し合った内容などについて、相談員がメモを作り渡すということが有効かつ必要な場合があります。また、そもそも話の内容の理解を促すために、音声だけより図があった方がよいということもあるでしょう。話をしながら紙に図解する、ホワイトボードを活用しながら相談をするという工夫の仕方もありますので、クライエントの状況を見ながら(もちろん中には必要のない人もいる)、視覚的補助を導入していくとよいでしょう。なお、障害の有無にかかわらず、紙などを用いながら相談を行うことで、問題となっている状況をより客観的に把握できるという効果がある場合があります。 (6) オンラインを利用した相談 2020年に発生した新型コロナウイルス感染症は、働き方を含む人々の生活を一変させました。ただ2023年5月には「5類感染症」となり、本稿執筆時点である2023年12月時点では、新型コロナウイルスの生活面の影響は、そのピーク時に比べて少なくなっています。そのため出勤の形態も、「テレワーク」から「出社」に戻している場合も多くなってきているようです。それでも「コロナ以前」とまったく同様に戻るわけではなく、オンライン技術は利便性が高いことから今後も必要に応じて使用されると考えられます。そこでここでは、オンラインを活用して相談を行う場合の留意点について、触れておきたいと思います。 オンラインでの相談の形態には様々なものがありますが、主な形態として、メールでのやり取り、LINE等のチャットでのやり取り、ZoomやSkype等によるマイクやカメラを用いた同時双方向的なやり取り(ビデオ通話)が挙げられるでしょう。 オンラインであっても、これまで述べてきた相談技術が基本とはなります。ただし、相談の進め方については先述したようにメールやビデオ通話といった形態によって影響を受けることになります。それぞれの形態ごとの留意事項は次頁表2の通りとなります。 オンラインを利用した相談には、通常の対面形式での相談に比べて、利点もあれば留意点もあります。新型コロナウイルスの生活面が影響は小さくはなってきてはいますが、オンラインという手段ならではのメリットもあり、その特徴・限界を理解したうえでオンラインという手段での相談について、今後もうまく活用していきたいものです。 表2 オンライン相談の形態ごとの特徴・留意事項 メールでの相談 LINE等のチャットによる相談 ZoomやSkype等での ビデオ通話による相談 ・相談員・クライエントともに返信に時間がかかることもある。 ・長文になりすぎないようにする必要がある。 ・メールが長文であったり、表現に情緒的なニュアンスが伝わりにくいことで、誤解が生じる場合がある。 ・通信内容は暗号化されておらず送信ミスも生じる可能性があり、第三者に漏洩するリスクがある。 ・メールと同様に文字を中心としたコミュニケーションに加え、絵文字・スタンプといった機能がある。 ・相手のスタイルやテンポ、文章量に合わせ、共感的・支持的なメッセージをはっきりと言葉やその他のツールで伝える必要がある。 ・必要に応じて絵文字・スタンプを使用する。 ・行き違いやタイムラグに対応する必要がある。 ・感情の反映に加え、対話をリードする質問が有用となる。 ・機材の有無・整備状況について確認する必要がある(Webカメラ、ヘッドセットマイクなど)。 ・インターネット接続のセキュリティ面での確認が必要である。 ・相談に適した環境かどうか双方とも確認する必要がある(通信状態、映像の画質、明るさ、音声(音漏れ)、大きさ)。 ・明瞭に話し、相槌やうなずきをきちんと行い、傾聴していることがより明確に伝わるようにする。 注)参考文献10)~13)を参考に作成。 (7) おわりに -相談員が一人で抱え込まないことの重要性- 以上、相談員がカウンセリングを行う際の基本的な技術について説明してきました。このようにクライエントへカウンセリングを行うには、技術も重要ですが、相談員のメンタルヘルスの維持も重要です。相談員が主にカウンセリングを行うという体制であっても、カウンセリング場面で扱われた問題にチームで取り組んでいくことが必要かつ有効である場合が少なくありません。守秘義務とのバランスに留意しつつ、相談を受けた相談員が一人で抱え込まないですむ職場の体制を作っていくことが重要となります。 (若林 功) 【参考文献】 1)F・P・バイステック(著) 尾崎新・福田俊子・原田和幸(訳):「ケースワークの原則(新訳版) 援助関係を形成する技法」誠信書房(1996) 2)國分康孝:「カウンセリングの技法」誠信書房(1979) 3)空閑浩人:自己覚知, 社会福祉用語辞典,ミネルヴァ書房,p.125.(2013) 4)アレン・E・アイビイ(著) 福原真知子・椙山喜代子・國分久子・楡木満生(訳編):「マイクロカウンセリング “学ぶ-使う-教える”技法の統合:その理論と実際」川島書店(1985) 5)松山真:相談援助の展開過程Ⅰ,社会福祉士養成講座編集委員会(編)「相談援助の理論と方法Ⅰ」中央法規(2010) 6)D・メァーンズ(著)岡村達也・林幸子・上島洋一・山科聖加留(訳)諸富祥彦(監訳):「パーソンセンタード・カウンセリングの実際 ロジャーズのアプローチの新たな展開」コスモス・ライブラリー(2000) 7)Mehrabian, A., & Wiener, M. (1967). Decoding of inconsistent communications. Journal of Personality and Social Psychology, 6(1),p.109-114. 8)宮田正夫(1990).コミュニケーション, 國分康孝(編)カウンセリング辞典, p.193-194. 誠信書房 9)村上香奈(2014)心理臨床の立場から読み解く心身健康科学,心身健康科学 10(2),p.64-66. 10)中村洸太(編著):「メールカウンセリングの技法と実際 オンラインカウンセリングの現場から」川島書店(2017) 11)杉原保史・宮田智基:「SNSカウンセリング・ハンドブック」誠信書房(2019) 12)日本学生相談学会:「遠隔相談に関するガイドライン」(2020) 13)日本学生相談学会:「学生相談において、遠隔相談(Distance Counseling)を導入する際の留意点」(2020) 14)須藤昌寛:「福祉現場で役立つ動機づけ面接入門」中央法規(2019) 6 障害者の人権の擁護、使用者による障害者への虐待防止 近年、事業所や障害者施設での障害者への虐待に関する報道が幾度かなされてきました。虐待は障害者の尊厳を害するものであり、障害者の自立及び社会参加にとって、それを防止することはきわめて重要です。このため、「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」(以下「障害者虐待防止法」という。)が平成23年6月に成立し、平成24年10月1日から施行されました。 この法律では、「養護者による障害者虐待」「障害者福祉施設従事者等による障害者虐待」及び「使用者による障害者虐待」の3つについて、それぞれの防止等を規定していますが、ここでは「使用者による障害者虐待」について解説します。 (1) 対象障害者・対象使用者 障害者虐待防止法で定義する障害者や使用者に関しては、次のとおりとなります。 ① 対象障害者 障害者基本法(昭和45年法律第84号)第二条第一号に規定する障害者とする、とされ、すなわち「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁より継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にある者」と定義されます。身体障害者手帳等の所持の有無は問わず、また、年齢制限もありません。 なお、社会的障壁とは「障害がある者にとつて日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。」と定義されます(障害者基本法第二条第二号)。 ② 対象使用者 障害者を雇用する事業主(法人、個人経営者)、事業の経営担当者(法人理事、会社役員、支配人など)、その事業の労働者に関する事項について事業主のために行為をする者(実質的指導監督・決定権限者など)です。また、派遣労働者に係る労働者派遣の役務の提供を受ける事業主や、船員職業安定法(昭和23年法律第130号)における船員派遣を受け入れる事業主も含まれます。 なお、就労継続支援A型の場合は、「障害者福祉施設従事者等」と「使用者」のいずれにも該当します。 (2) 障害者虐待の具体例・判断のポイント ① 虐待の具体例 障害者虐待防止法では、使用者による障害者虐待とは、使用者が当該事業所に使用される障害者について行う次のいずれかに該当する行為とされます。 ア 身体的虐待 障害者の身体に外傷が生じたり、生じるおそれのある暴行を加えること、または正当な理由なく障害者の身体を拘束すること。 【例:たたく、つねる、なぐる、熱湯を飲ませる、異物を食べさせる、監禁する、危険・有害な場所での作業を強いるなど】 イ 性的虐待 障害者に対してわいせつな行為をすること、または障害者にわいせつな行為をさせること。 【例:裸の写真やビデオを撮る、理由もなく不必要に身体に触る、わいせつな画面を配布する、性的暴力をふるう、性的行為を強要するなど】 ウ 心理的虐待 障害者に対する著しい暴言、著しく拒絶的な対応、不当な差別的言動その他、障害者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。 【例:脅迫する、怒鳴る、悪口を言う、拒絶的な反応を示す、他の労働者と差別的な扱いをする、意図的に恥をかかせるなど】 エ 放置等による虐待 障害者を衰弱させるような著しい減食または長時間の放置のほか、他の労働者による①~③の虐待行為の放置など、これに準じる行為を行うこと。 【例:住み込みで食事を提供することになっているにもかかわらず食事を与えない、意図的に無視する、放置することで健康・安全への配慮を怠るなど】 オ 経済的虐待 障害者の財産を不当に処分することその他、障害者から不当に財産上の利益を得ること。 【例:賃金等を支払わない、賃金額が最低賃金に満たない(※)、強制的に通帳を管理する、本人の了解を得ずに現金を引き出すなど】 ※都道府県労働局長から最低賃金の減額特例許可を受けている場合については、減額後の最低賃金に満たないとき。 ② 虐待の判断に当たってのポイント 虐待が発生している場合、虐待をしている人(虐待者)、虐待を受けている人(被虐待者)に自覚があるとは限りません。従って、虐待の判断に当たっては虐待者、被虐待者本人の自覚は問わない、ということになります。 虐待者が「指導・しつけ・教育」の名の下に不適切な行為を続けていることや、被虐待者が、自身の障害の特性から自分のされていることが虐待だと認識していないこともあります。また、長期間にわたって虐待を受けたことから、被虐待者が無力感からあきらめてしまっている場合もあります。 虐待かどうかの判断が難しい場合、市町村や都道府県、都道府県労働局では、虐待でないことが確認できるまでは虐待事案として対応します。対応の流れについては後述しますが、市町村や都道府県は、虐待を発見した者から受けた通報のうち、「使用者による障害者虐待ではないと明確に判断される事案を除いたもの」を全て、市町村は都道府県に、都道府県は都道府県労働局に報告することとされています。 ③ 改正障害者雇用促進法に定めのある障害者差別(第4章第4節に詳述)と使用者による障害者虐待との関係について 障害者差別は、障害者虐待防止法第2条第8項第3号の「不当な差別的言動」に該当することから、障害者差別が認められる場合には心理的虐待が認められます。 身体的虐待、放置等による虐待、又は経済的虐待について、障害者差別禁止指針に定めのある分野における、障害者であることを理由とした障害者でない者との差別的取扱いとそれぞれの虐待に該当する行為が同時に行われていた場合には、各虐待と併せて、その差別的取扱いについて、障害者差別(心理的虐待)が認められます。 (例1) 危険作業を行わせる際に、障害者でない者に対しては適切な装備を与えるが、障害者に対しては、障害者であることを理由に、適切な装備を与えない。(身体的虐待と心理的虐待) (例2) 障害者でない者に対しては食堂を利用させるが、障害者に対しては障害者であることを理由に、食堂を利用させない。(放置等による虐待と心理的虐待) (例3) 障害者でない者に対しては最低賃金以上の賃金を支払っているが、障害者に対しては、障害者であることを理由に、最低賃金未満の賃金を支払う。(経済的虐待と心理的虐待) 上記のとおり、障害者差別は心理的虐待に該当するため、障害者差別がある(又はその疑いがある)事案について把握した場合には、他の心理的虐待事案と同様に対応することになります。 (3) 障害者虐待防止のための措置に関する事業主の責務 障害者虐待防止法では、障害者を雇用する事業主は、労働者に対する研修を実施することや、障害者や家族からの苦情処理体制を整備することなどが定められています。 ① 研修の実施 障害者虐待を防止するためには、障害者の人権についての理解を深め、障害特性に配慮した接し方や仕事の教え方などを学ぶことが大切であるとされています。研修内容としては①障害の特性を理解し、障害者への接し方を学ぶ、②どのような行為が障害者虐待に該当するのか、障害者虐待を事業所で発見した場合にどこに報告し、事業所としてどのような措置を行うかなどを学ぶ、などが考えられます。 また、研修の実施や各種研修会への参加に加え、職場内で率直に意見交換できるような環境作りも重要となります。 ② 障害者や家族からの苦情処理体制の整備 具体的には、相談担当者(または担当部署)を決め、周知を図ることが重要です。また、相談の内容や状況に応じて、相談担当者(または担当部署)と人事部門が連携を図るなど、万が一、事業所内で障害者虐待が発生した場合に、事業所内で適切に対応ができる体制を整備することも重要です。 (4) 虐待に関する通報・届出及び行政による措置 ① 発見者の通報、被害者の届出 使用者による障害者虐待を受けたと思われる障害者を発見した者は、速やかに市町村又は都道府県に通報しなければなりません。また、使用者による障害者虐待を受けた障害者は、市町村又は都道府県に届け出ることができます。 通報又は届出を受けた市町村や都道府県は次頁の図の流れで都道府県労働局へ報告します。通報などの秘密は守られます。 なお、市町村の窓口では「障害者虐待防止センター」、都道府県の窓口では「障害者権利擁護センター」の名称としている地域もあります。 ② 不利益取扱の禁止 虐待を発見した者による通報、虐待を受けた障害者による届出のいずれの場合であっても、事業主はそのことを理由に、労働者に対して、解雇その他不利益な取扱をしてはならないとされます。 ③ 報告を受けた場合の措置 報告を受けた都道府県労働局(労働基準監督署、ハローワークを含む)は、都道府県と連携を図りつつ、労働基準法(昭和22年法律第49号)、障害者の雇用の促進等に関する法律(昭和35年法律第123号)、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(平成13年法律第112号)その他関係法律の規定による権限を適切に行使します。 7 中途障害者の雇用継続、長期に雇用する障害者への対応 雇用する障害者に対して合理的配慮の提供が法律で義務化されました。可能な限り、中途障害になった方を再び職場に迎え入れることができるよう考えてみましょう。 (1) 障害受容と支援方法 中途障害の方は、自分の置かれた状態がなかなか把握できず、不安や精神的葛藤から脱出できずにいることが考えられます。 障害の受容には、通常、かなりの時間が必要です。一般に、 ①ショック期(茫然自失の段階)、②否認期(心理的防御反応から障害否定の段階)、③混乱期(現実を否定し切れなくなり、混乱の段階)、④努力期(依存から脱し、価値転換の段階)を経て、⑤障害の受容へと進むと言われています。 この流れについては、医療的なリハビリテーションでの治療効果にも影響することですので、医療機関では丁寧に対応し、障害に向き合えるようにサポートをしています。障害の受傷から職場復帰に至る過程での医療機関での対応状況について、会社側に情報提供いただき、円滑な職場復帰体制を構築できるように準備しておくことが肝要です。この際、必要に応じて、就労支援機関のスタッフや家族、友人、同僚等身近にいる人達で本人を支えるネットワークを作り上げることも有効です。 なお、本人が精神的負担に耐え切れないような場合は、臨床心理士や産業カウンセラーによるカウンセリングを活用したほうがよいでしょう。社内にそのような体制がない場合もありますが、近年では従業員支援プログラム(EAP:Employee Assistance Program)の一環としてこのようなカウンセリングサービスを有償で提供する企業も出てきています。 (2) 復職時に考慮すること 復職が可能かどうかの判断は主治医や産業医の意見をもとに、本人の希望や障害の状況、職務遂行能力、職場環境を踏まえて行います。これについては、身体的な障害により休職している場合でも精神的な障害による休職の場合でも原則として同様に対応します。また、難治性疾患により休職した者等については、職場復帰後の継続的な医療的ケアが必要な場合も多いので、この点についても配慮が必要になります。 社内の関係者(人事担当者、産業保健スタッフ、障害者職場定着推進チーム等があればそのメンバー等)が協議し、本人のキャリアと残存能力、継続的な医療ケアの必要性や禁忌事項の状況等を踏まえ、復職のプランを策定します。この際、障害の特性や治療の見通しなど非常にセンシティブな情報を扱うことも多いので、情報共有するメンバーを限定することが必要な場合もあります。 フルタイムでの現職復帰が難しい場合には、必要に応じて労働者性を発生させないリハビリ出勤や短時間勤務、緩和出勤、また勤務条件の制限(時間外勤務制限・出張制限・勤務シフトの配慮等)から始めます。 まずは、休職前と同じ職場、同じ業務への復帰を検討しますが、現職復帰が難しい場合はあまりこだわりすぎず、別の職場、業務への復帰を考えます。復職の過程で、地域障害者職業センターや障害者就業・生活支援センターなど就労支援機関のスタッフから専門的な視点で客観的なアドバイスを受けることも有効です。精神疾患によって休職している者の職場復帰に当たっては地域障害者職業センターや精神科クリニックなどが提供しているリワーク支援を利用することが有効なケースもあります。 残存能力の活用と体力維持を考慮しつつ、OFF-JTや自己啓発制度も活用して、潜在的な機能や能力を引き出す努力を行います。 以前の自分が忘れられず落ち込むこともありますが、これは本人自身が乗り越えなければならないハードルです。必要に応じて産業医、産業保健師等の健康保健スタッフや就労支援機関のスタッフの協力を得ながら相談、援助を行い、本人を支えるネットワークで見守っていることを伝えながら支えてあげましょう。 本人の問題としては、①身体的、精神的機能はどの程度回復しているか、②今後の通勤等にケアが必要か、③本人は障害を受容できているか、継続的な医療的ケアが必要な場合にはその必要性を認識できているか、④残存能力がどの程度あるか、代替機能を円滑に活用できているか等であり、受け入れる職場の問題としては、①本人の的確な能力評価、②現職復帰か、配置転換か、当面の目標と将来的な職務のイメージを構築し、本人と関係者間で共有しているか、③労働条件の変更の必要性(治療との両立のための労働時間等)と見通し、④受入態勢の構築、⑤障害についての正しい知識の有無、⑥雇用支援・職場の支援体制等です。地域障害者職業センター等、外部の専門機関のノウハウも活用しながら、課題を一つ一つ明らかにし、解決していきます。この際、言うまでもなく、本人の自立性、主体性を生かすことがポイントとなります。 (3) 障害者手帳の交付と手続き 身体障害者の場合、身体障害者福祉法に定める一定の障害が発生すれば、主治医と相談し、都道府県知事が指定する障害別指定医の診断を受け、その診断書と写真を添付して、市区町村の福祉窓口へ交付申請を行います。 精神障害者の場合、精神保健指定医、主治医等の診断書(初診日から6ヶ月経過した後に診断を受けたもの)と写真を添付して、市区町村の精神保健福祉担当窓口へ交付申請書を提出します。手帳の交付申請は原則として本人が本人の意思で行います。なお、精神障害者保健福祉手帳については2年ごと(有効期限は、交付日から2年が経過する日の属する月の末日まで)に更新の手続きが必要になります。 なお、知的障害については、「知的機能の障害が発達期(概ね18歳くらいまで)に発生」した場合に診断されるものであるため、中途障害により知的機能の低下が発生した場合や若年性認知症により知能低下を来した場合には療育手帳の発給等はされません。 身体障害者手帳や精神障害者保健福祉手帳を持つことは、国や地方公共団体の支援を受ける条件になります。身体障害者手帳や精神障害者保健福祉手帳の交付を受けるときには、市区町村独自の支援サービス、地域での生活支援サービスについての情報も得ておくようアドバイスします。《相談窓口:居住地市区町村 福祉事務所》 また、障害基礎年金、障害厚生年金の申請について、年金事務所・年金相談センターに相談するようにアドバイスすることも望まれます。 本人が身体障害者手帳又は精神障害者保健福祉手帳の交付を受けたことを企業が把握した場合は、人事担当者は、企業が障害者雇用率制度等の適用を受けるために手帳の写しを提出して欲しい旨を依頼し、事務所で保管します。この際、利用の目的と範囲を明らかにして本人の意に反したものにならないよう十分に配慮することが必要です。 併せて、障害の状態に変更のない限り毎年度利用すること、有効期限、障害の程度等に変更がないか確認することがあること等、変更のあったときの届出方法も説明しておくとよいでしょう。 厚生労働省が策定した「プライバシーに配慮した 障害者の把握・確認ガイドライン」(資料編第6節 参照)を参考としてください。《相談窓口:ハローワーク》 (4) 職業リハビリテーションサービスの活用 中途障害の場合、本人の得意とする分野や、今までのキャリアを参考として、本人の意向や希望を考慮して新たな担当業務を決めて試してみます。障害の特性や程度に見合った業務であるかどうかは実際にやってみなければわからないことも多いので、少なくとも複数の業務に就けてみます。中途障害者の場合には、単発の作業遂行については問題なくても、障害の後遺症状等により長時間の作業遂行が難しい場合もありますので、繰り返し作業、終日の作業遂行などで心身に過度の負担が発生していないか等の確認を行うことも望まれます。障害特性を踏まえた職務の再設計をする場合には、地域障害者職業センターに相談し、助言を得るとよいでしょう。 (5) 職務・役職・賃金の検討 一定の慣らし期間を経たあと、関係者で協議し、配属部署と復職後の職務、役職(役割)、妥当な賃金を決め、本人と話し合います。 職務内容が大きく変わる場合や新しい職務につく場合には、徐々にレベルアップすることを見込んだ処遇を考慮する等の配慮も望まれます。また、賃金の見直しが必要となる場合もあります。 環境整備には職場復帰支援助成金の活用も考慮して雇用継続の方向で検討します。 (6) 勤務時間・通勤方法の配慮・在宅勤務 復職に先立ち、通勤のリハビリテーションを始めます。必要に応じてラッシュ時を避ける必要がないか、通常どおりの通勤経路で支障がないか、予定している勤務時間での通勤が可能かどうかを確認します。長い療養生活から復帰する場合は、最初は苦痛も伴い、疲れることもありますが、徐々に慣れて体力にも自信がついてきます。 通勤を容易にするために、会社側の対応が必要となるケースもあります。例えば、車いす使用の下肢障害者に自家用車通勤を認めるときは、平面駐車場で、駐車場スペースは通常の1.5倍の幅が必要です。事業所の駐車場が使えるか、事業場の入口までの通路、スロープ等の改善、エレベータの設置、トイレの改造等も検討します。車いす使用者は自家用車の乗降に時間を要することも多く安全性を考慮して、降雪地帯では屋根付き駐車場の整備が望まれます。 いずれの場合も「…だろう」と決めつけず、本人に確認しながら計画し、助成金の対象となるかどうかも併せて検討します。 通常の出勤時間帯の通勤が困難な場合は、フレックスタイム、出勤時間の繰り上げ繰り下げ、勤務時間のスライド等で対応します。一般従業員への対応も含めて就業規則に規定しておくとよいでしょう。 必要な場合は、短時間勤務のほか在宅勤務も併せて検討します。 (7) 職場への啓発・理解 職業生活を円滑に遂行できるかどうかは、日常生活における家族の支援、公共施設や交通機関のバリアフリー等環境の整備状況が重要な要素になりますが、職場における障害に対する理解等、障害者を支援する人的体制が整っているかどうかが、本人の新たな生活への再出発時の意欲や職務遂行を大きく左右します(Q&A【問10】(P125)にチャレンジ)。また、中途障害を負った者が職場で再度頑張っていく姿は他の従業員にとってもよい刺激になり、従業員エンゲージメントを高めることに繋がったという報告も多く寄せられます。 職場内に障害者職業生活相談員や障害者職場定着推進チーム等が設置されている場合には、障害についての理解促進、啓発の中心として活躍が期待されます。 障害についての具体的な知識と配慮内容や方法等の情報は、職場の上司はもちろん同僚にもあらかじめ提供し、理解と協力を求めておくことが必要でしょう。 復職にあたって社員研修を実施するなど職場内での従業員に対する理解促進、啓発が必要になった場合等は、地域障害者職業センターや中央障害者雇用情報センターにご相談ください。 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構では、中央障害者雇用情報センターに障害者雇用支援ネットワークコーディネーターを配置し、事業主に対する障害者雇用についての相談、社員研修の企画実施、登録された障害者雇用管理サポーターの派遣、各種情報提供のほか、就労支援機器等の展示・貸出等を行っています。 就労支援機器については、障害別に様々なものが用意されており、無料貸出制度を利用することにより、適合するかどうか事前に使ってみてから購入につなげることができます。《相談窓口:(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構中央障害者雇用情報センター》 (8) 心の健康問題により休業した者の職場復帰支援 メンタルヘルス不調により休業した労働者の職場復帰支援については、厚生労働省が作成した「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き(2020年改訂)」が支援方法について詳しく解説されており、参考になります。ホームページでも公開されていますので、支援にご活用ください。 また、地域障害者職業センターでは、うつ病等の精神障害により休職している方や、その方の復職を考えている事業主に対して、主治医等と連携し円滑な職場復帰に向けた支援(リワーク支援)を行っています。 この他、精神保健福祉センターや精神科クリニックなどリワーク支援を提供する機関が増えています。 8 退  職 (1) 自己都合退職 本人の都合による退職の場合、時として表に出ない問題が隠れていることがあります。特に障害者については、本当の理由を把握し、職場の改善等に活かしていくことが大事です。 ・仕事が難しい、教えてくれない、忙しすぎる、自分の時間がない ・職場の人間関係で悩んでいる、一人前として認めてくれない ・通勤に時間がかかりすぎる ・家族のサポートが得られなくなった 等が考えられないでしょうか。 職場に普段から何でも言える雰囲気をつくり、「業務日誌」「連絡帳」「自己申告制度」等により本人の希望や仕事上の要望、必要な配慮事項、家庭の事情等を把握し、事業主として対応が可能なものにはあらかじめ対処しておくとよいでしょう。 なお、平成28年4月から、障害者が職場で働くに当たっての支障を改善するための合理的配慮の提供が義務づけられているとともに、障害者からの相談に適切に対応するための相談体制の整備が義務づけられていますのでご留意ください。 (2) 障害者の解雇と報告義務 障害者を事業主都合で解雇する場合は、「障害者解雇届」をハローワークへ届け出なければなりません(障害者の雇用の促進等に関する法律第81条(解雇の届出等))。 障害者の再就職は一般の求職者と比べて困難であるとされているため、ハローワークでは、解雇される障害者に対して、早期再就職の実現に向けて的確かつ迅速な支援を行っています。このため、全ての事業主は、「労働者の責めに帰すべき理由による解雇」や「天災事変その他やむを得ない理由のために事業の継続が不可能となったことによる解雇」を除き、障害者を1人でも解雇する場合、速やかに障害者を雇用していた事業所を管轄するハローワークに「解雇届」を届け出る必要があります。これについては、週所定労働時間20時間未満の常時雇用する障害者を解雇する場合も適用されます。 なお、労働能力等に基づくことなく、単に障害を理由とした障害者を優先して解雇の対象とすることなどは差別的取扱いとして禁止されていますのでご留意ください。 (3) 定年退職 具体的な退職年月日と手続内容を少なくとも1か月前に通知します。特に聴覚・視覚・知的等の障害者にはわかりやすい丁寧な説明が必要です。 退職する障害者が再就職しない場合は、健康保険は国民健康保険へ、厚生年金保険は国民年金への加入の手続が必要となります。本人には、定年退職の日から14日以内に居住地の市区町村へ手続きするよう勧めてください。 満65歳に達するまでに、障害の程度が重くなったり、他の障害が重なったりしていると予想される場合は、障害の程度の再認定が必要です。本人が自己の意志で行うことではありますが、主治医に相談し、都道府県の指定医の認定を受けるよう勧めてください。断の結果、障害の程度が重くなれば「身体障害者手帳」の等級変更を福祉事務所(福祉担当課)へ、また障害給付が改定される場合には、「障害給付額改定請求書」を、住所地を管轄する年金事務所へ提出します。 年金については障害基礎年金や障害厚生年金(1級、2級)を受給していて、国民年金保険料の法定免除を受けている場合は、老後の老齢基礎年金は加入期間が1/2にカウントされるため老齢基礎年金は少なく、障害年金(非課税)を選択するのが一般的です。 なお、65歳以上の障害基礎年金受給者は「障害基礎年金+障害厚生年金」「老齢基礎年金+老齢厚生年金」という組み合わせだけでなく、「障害基礎年金+老齢厚生年金」という組合せも選択できますので、有利な組合せを選択するのがよいでしょう。 詳細は年金事務所へ問い合わせるようアドバイスします。 【日常生活自立支援事業と成年後見制度】  知的障害者、精神障害者等のうち判断能力が不十分な方の場合、障害者の生活を支える制度を利用したり、利用について相談したりする力が不十分であるために、せっかくの制度を有効に活用できていない場合があります。また、金銭管理や日常生活での契約行為等でトラブルに遭い、これを解決できず、そのことが会社への出勤や仕事への取り組みに少なからず影響してしまう場合があります。  このような課題に対処し、障害者の生活を支え、権利を守るための公的な制度として、次の二つが代表的です。判断能力が不十分な方の立場から、専門家の意見も入れて適切な方法を取れるよう、障害者本人が助言を受けることができます。 1.日常生活自立支援事業 ※  (1) 内容   生活支援員の派遣により、基本的には次のような内容の支援が行われます。 ① 福祉サービスの利用援助 ② 苦情解決制度の利用援助 ③ 住宅改造、居住家屋の貸借、日常生活上の消費契約及び住民票の届出等の行政手続に関する援助等   また、上の3つの支援に伴い、次のような援助が行われる場合があります。 ④ 預金の払い戻し、預金の解約、預金の預け入れの手続等利用者の日常生活費の管理(日常的金銭管理) ⑤ 定期的な訪問による生活変化の察知  (2) 相談窓口 市区町村の社会福祉協議会(実施主体は都道府県・指定都市の社会福祉協議会)  (3) 根拠法令 社会福祉法  ※ 地方自治体によって名称が異なる場合があります。 2.成年後見制度  (1) 内容   〔目的〕  知的障害や精神障害等の理由で判断能力の不十分な方々は、買い物をしたり、不動産や預貯金などの財産を管理したり、福祉サービスに関する契約を結んだり、遺産分割協議を行う必要があっても、自分でこれらのことをするのが難しい場合があります。また、自分に不利益な契約内容であってもよく判断ができずに契約を結んでしまい、悪徳商法の被害に遭うおそれもあります。このような判断能力の不十分な方々を保護し、支援するのが成年後見制度です。   〔種類〕  成年後見制度は、法定後見制度と任意後見制度との2つがあります。  法定後見制度は、「後見(こうけん)」「保佐(ほさ)」「補助(ほじょ)」の3つに分かれており、判断能力の程度など本人の事情に応じて制度を選べるようになっています。法定後見制度においては,家庭裁判所によって選ばれた成年後見人、保佐人、又は補助人が、本人の利益を考えながら、本人を代理して契約などの法律行為をしたり、本人が自分で法律行為をするときに同意を与えたり、本人が同意を得ないでした不利益な法律行為を後から取り消したりすることによって、本人を保護・支援します。  任意後見制度は、高齢者等の本人が、十分な判断能力があるうちに、将来、判断能力が不十分な状態になった場合に備えて、あらかじめ自らが選んだ代理人である任意後見人に、自分の生活、療養看護や、財産管理に関する事務について代理権を与える契約(任意後見契約)を、公証人の作成する公正証書で結んでおく制度です。判断能力が低下した後に、任意後見人が、任意後見契約で決めた事務について、家庭裁判所が選任する任意後見監督人の監督の下、本人を代理して契約などをすることにより、本人の意思にしたがった適切な保護・支援をすることが可能になります。  (2) 相談窓口 家庭裁判所  (3) 根拠法令 民法 Q&A【問10】在職中に事故や疾病で障害をもつことになった従業員の職場復帰にあたり、日常生活における家族支援、バリアフリー等の環境整備だけでなく、職場における障害への理解等、障害者を支援する人的体制が整っているかどうかが、本人の新たな生活への再出発時の意欲を大きく左右する。(解答と解説はP289に記載しています)