第3章 障害別にみた特徴と雇用上の配慮 第1節 肢体不自由者 第2節 視覚障害者 第3節 聴覚・言語障害者 第4節 内部障害者 第5節 知的障害者 第6節 精神障害者 第7節 発達障害者 第8節 その他の障害者 第1節 肢体不自由者 (1) 肢体不自由の種類と特徴 肢体不自由とは左右の上肢(手・腕)と下肢(足)、体幹(背骨を中心とした上半身と頸部)のいずれかの部位において、日常生活上の動作が困難となるような運動機能の障害が発生し、永続する状態をいいます。脳の運動中枢、運動神経、筋肉、骨、関節などのいずれかに外傷・疾患・欠損・変形などが生じることで起こりますが、その原因はさまざまです。 厚生労働省の「平成28年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)@」によると、在宅の肢体不自由者数は193万人(うち、65歳未満は58万人)で、在宅の身体障害者手帳所持者全体の約半数(45%)を占めています。65歳未満の人の障害程度をみると、重度(1、2級)51.7%、中度(3、4級)35.6 %、軽度(5、6級)12.5 %となります。障害原因については、「平成18年身体障害児・者実態調査」では事故(交通事故、労働災害、その他の事故、戦傷病・戦災)16.1%、疾患22.4%、出生時の損傷3.0%、加齢4.0%、その他(不明、不詳を含む)54.5%となっています。 @ 当該調査における在宅とは「施設入所以外」を指す。 @ 障害の部位と内容 障害部位では、上肢、下肢、体幹の一部分に障害が発生する場合と、特定の部位だけではなく広範囲に生じる場合があります。障害の内容では、先天性の形成不全、切断などのように身体部位を失っているために運動機能を喪失している場合と、身体部位はあるものの運動機能の制限や喪失が生じている機能不全の場合があります。障害の表し方は一般に、障害部位と障害の内容によって表現します。たとえば、右上肢機能障害、左下肢切断などです。広範囲に障害がある場合には片まひ(左右どちらかの半身のまひ)、対まひ(両下肢のまひ)、全身性運動機能障害(多肢及び体幹の障害)などの表現も用いられます。また、運動機能障害の程度・状態では動作がぎこちない程度のもの、全く動かないもの、意図したのとは異なる動きとなってしまうもの、関節の動きに制限が生じるものなど、さまざまなものが見られます。 A 身体障害者障害程度等級表(身体障害者福祉法施行規則別表第5号)での区分 身体障害者障害程度等級表では、肢体不自由の級別について上肢、下肢、体幹のほか、脳の運動中枢に原因があって姿勢や運動に障害が生じているもの(脳原性運動機能障害)を区分するために「乳幼児期以前の非進行性の脳病変による運動機能障害(上肢機能)」、「同(移動機能)」を設けています。乳幼児期以前の非進行性の脳病変による運動機能障害は、主に脳性まひを指しています。等級別の人数は表2のとおりです。 表1 身体障害者手帳を所持する在宅の肢体不自由児・者の年齢階級別人数(単位:千人) (資料出所)厚生労働省「平成28年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)」より作成 合計 1931 0から19歳 42 20から29歳 42 30から39歳 52 40から49歳 96 50から59歳 181 60から64歳 162 65歳以上/不詳 1356 表2 身体障害者手帳を所持する在宅の肢体不自由児・者の障害区分・等級別人数(65歳未満)(単位:千人) (資料出所)厚生労働省「平成28年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)」より作成 総数 576 内訳 1級 175 2級 123 3級 97 4級 108 5級 52 6級 20 肢体不自由(上肢) 総数 204 内訳 1級 83 2級 52 3級 29 4級 16 5級 15 6級 9 肢体不自由(下肢) 総数 244 内訳 1級 29 2級 44 3級 49 4級 88 5級 24 6級 10 肢体不自由(体幹) 総数 92 内訳 1級 45 2級 19 3級 14 4級 1 5級 13 6級 − 肢体不自由(脳原性運動機能障害・上肢機能) 総数 21 内訳 1級 14 2級 4 3級 4 4級 − 5級 − 6級 − 肢体不自由(脳原性運動機能障害・移動機能) 総数 14 内訳 1級 4 2級 5 3級 1 4級 3 5級 − 6級 1 (2) 随伴障害およびその他の留意点 @ 随伴障害 肢体不自由が生じた原因によっては、運動機能の障害だけではなくさまざまな障害が併せて発生することがあります。たとえば、障害部位の痛覚、温・冷感などの感覚の低下・喪失のほか、体温調節機能の低下、排尿・排便機能の障害、てんかん発作、知能の障害などです。また、さまざまなタイプの言語障害を伴うこともあります。随伴障害が生じる場合でも、その程度は人によってかなり違いがあります。日常生活の中で対応に気をつければよい程度のものもありますが、継続的に医療管理が必要なものや職場の中での配慮が必要なものもありますので確認しておく必要があります。なお、医師などの専門家に照会する際には、本人のプライバシーに十分配慮しなければなりません。 A 障害の予後と二次障害の防止 肢体不自由の障害は程度が変化しない固定的なものが多いのですが、進行性・変動性の病気が原因となっている場合は障害の変化や進行を想定する必要があります。また、障害によっては、身体的な負荷が長期間加わることで関節などに二次的な不調が生じることがあります。過重な負荷とならないよう作業内容・時間などについて配慮を行うことや定期的な受診によって予防することが肝要です。また、休日・就業時間外の十分な休養のほか、スポーツなどを通じた健康の維持・増進が特に推奨される場合もあります。 B 障害発生の時期による影響 肢体不自由は先天的(出生前の受障)にも後天的(出生後の受障)にも発生します。先天性など早期に障害が発生した場合には、障害を補うための動作が熟達する反面、社会生活・日常生活上での諸々の経験の幅・蓄積に影響が生じる場合があります。また、成長後に障害が発生した場合には、自分の障害を受け容れること、生活や仕事などの将来設計を切り替えることなどの多大な心理的負担を経験することが少なくありません。 2 雇用上の配慮 (1) 基本的な考え方 運動機能の障害はあくまでも個人の属性の一つです。また、障害の状況は類似していても、性格や経験、適性、蓄積した技量、特技などは個人によって異なります。したがって、肢体不自由者の雇用においては、一般の場合と同様に、その人の職業的資質や資産にまず注目することが基本となります。その上で、運動機能障害が職務遂行上で特に制限となるのかどうかを考えることが大切です。また、採用に当たっては、合理的配慮としてどのような措置を講ずるかについて十分に検討することが重要となります。 なお、肢体不自由の原因や機能障害の種類に応じて共通するような配慮事項もありますが、個々の違いについて考慮することを忘れてはいけません。 (2) 職種や職務内容についての考え方 @ 残存能力の活用 障害の部分に注目するあまり、できないことばかりが目についてしまうことがありますが、職業活動は人間の能力のすべてを使うわけではありません。非障害部位を使って仕事をすることは可能です。また、運動機能に制限があるとしても、一部に可能な動作が残っていることも少なくありません。非障害部位の活用はもとより、治工具・補助具なども活用しながら障害部位の残された動きを補助的であっても有効に使うことができるよう配慮する必要があります。 A 職種・職務内容の調整 原則として、障害の有無のみによって配置を決めることは不適切です。合理的配慮を行った上で、労働能力を適正に評価することが前提となります。その上で、柔軟に検討するのが望ましいと言えます。たとえば、空席のある職種の職務要件に適する人を選別するのではなく本人の能力に適する職種を選択的に探すこと、既存の職種内容を固定的に考えるのではなく職務内容を組み合わせや工程を変えるなどによって遂行可能な職務に再構成するなどです。 (3) 設備の改善・補助具の活用 肢体不自由者の動作上の制限を補うために、状況に応じて設備の改善・補助具の活用などの合理的配慮が求められます。これらは生産性に関係するだけではなく、職場適応を進める上においても重要なポイントとなります。たとえば次のようなものがあります。 ・細かな動作ができないなどの制限を補うために、機械化、治工具・補助具を使用する。 ・車いすを利用したままで作業する場合などの作業姿勢の制限を補うために、作業台・机の高さの調整、配置の変更を行う。 ・下肢障害者の移動上の制限を補うために、通路を整頓する、作業座席の配置を工夫する、手すりをつける、スロープを設置する、エレベーターを活用する。 ・トイレの改造や洗浄便座の導入、通勤に自動車を使用する場合には駐車場を確保する、体温調節が難しい場合などで室温調整に留意したり体温調節しやすい服装の着用を認める。 (4) 通勤・体調管理等への配慮 車いすを利用する下肢障害者や体力に制限がある障害者などでは自動車通勤となることが多くなります。交通事情などのために通勤の負担が強くなる場合には、時差出勤や在宅勤務の検討が望まれます。 また体調や通院に配慮した休暇休憩も考慮する必要があります。 (5) キャリア・技能の向上についての配慮 研修先の物理的環境の問題からOFF-JTの機会が限られることがないよう代替手段を含めて配慮する必要があります。 (6) 精神面への配慮 職場適応を促進するためには、物理的な環境の整備のほか、精神的な側面への配慮や対応が非常に重要であることは言うまでもありません。障害者それぞれの個性や事情のちがいがあるため、対応はケースバイケースで考えなければなりませんが、共通して雇用主側が配慮すべき点には、障害者の不安や遠慮及び希望への対応と、個人尊重の姿勢があります。新規に採用される場合であっても在職中に受障した場合でも、職場の要求水準を満たすような仕事ができるか、解雇されないか、同僚との人間関係を(再)構築できるか、迷惑をかけないかなどの不安が強くなりがちです。また、遠慮があり配慮して欲しいことを言い出せないこと、逆に何かの配慮を提案された時に本当は必要がない場合でも言い出せないことがあるかもしれません。このような心理を理解することがまず重要になります。また、一緒に働く同僚に対する配慮や理解を促すことも雇用主の重要な合理的配慮になります。設備の改善等を行った場合、その障害者のためだけに特別の配慮をしているという不満を同僚が持つことがないよう、事前にあるいは普段から障害者に対する理解や配慮を促すような働きかけが望まれます。また、雇用主や社内の障害者担当など一部の人の努力だけで職場適応の促進を図るのではなく、障害者、雇用主、同僚が相互に立場を理解し合うことができるよう、フォーマル、インフォーマルなさまざまな機会を日常的に活用していく工夫が大切です。 (7) 重度障害者、重複障害者への配慮 脳性まひ、脳血管障害、頚髄損傷に代表される中枢性の障害は、障害部位の範囲が広く、重度障害になりやすいことに加え、随伴障害を生じることも多くなります。また、肢体不自由の程度は軽いものの、雇用上においては知覚や認知等の随伴障害に関する配慮が欠かせない人もいます。このような重度障害者、重複障害者の場合には個別的な配慮が一段と必要となります。詳しくは第2章「障害者の雇用管理上の留意点」の第7節「障害者の健康と安全」や第3章「障害別にみた特徴と雇用上の配慮」の第8節「その他の障害者」の「2 高次脳機能障害」をご参照下さい。 (倉本 義則) 3 義肢・装具・車いす 義肢・装具・車いす等の補装具は、運動機能障害をもつ肢体不自由者の身体機能を補完代償し、作業や移動等を支援する重要な役割を担っています。眼鏡や補聴器等、肢体不自由以外の身体障害者用の補装具もありますが、ここでは、義肢・装具や車いすの種類と特徴について述べます。 (1) 義肢 義肢は、切断等により四肢の一部を欠損した場合に、元の手足の形態又は機能を復元するために装着、使用する「人工の手足」と定義され、上肢切断者用の義手と下肢切断者用の義足があります。 また、その構造によって殻構造義肢と骨格構造義肢があります。 (2) 義手 人間の生活は上肢の操作能力に大きく依存しており、上肢を失うことは日常生活・社会生活上の大きな障害になります。手の機能は物の表面の微妙な感触をとらえたり、細かい仕事をしたり、重い荷物を持ち上げたりと多様であり、その機能を完全に代替する義手の開発は容易ではありませんが、いろいろな義手が実用化されています。 義手は切断部位によって肩義手、上腕義手、肘義手、前腕義手、手義手などがあります。また、その使用目的によって装飾用、作業用、能動式、動力式などがあります。 (3) 義足 下肢は身体を支え、歩行する機能をもっています。上肢のように細かい操作を要求されることはありませんが、大きな荷重に耐える機能が要求されます。義足は切断端に装着され、前述の二つの機能を受け持ちますが、それだけではなく、腰掛けたり、座ったりといった、さまざまな活動に対応できるものでなければなりません。 義足は外観よりも作業に主眼をおいた作業用義足と、日常生活で使用するための機能と外観を整えた常用義足に分けられます。また、切断部位によって膝から下の下腿義足、膝から上の大腿義足、股関節の機能を失った場合の股義足などがあります。 表3 車いすのタイプと特徴 レディメイド型 車いす専門店、介護用品店、デパート等で市販されている標準規格既製品の車いす。価格的に購入しやすい。 モジュール型 あらかじめ製作された部品の組替えにより、より短納期で、より本人の障害程度に適合した車いすを製作するシステム。購入後の身体条件の変化にも対応可能。 オーダーメイド型 利用者の身体条件に合わせて採寸し製作するので、身体への適合度が優れている。一般には、医師等の処方で義肢製作所や車いすメーカーが製作する。 標準型 自走式・後輪駆動型。長時間の使用が考えられるため、疲れにくいこと、乗降(移乗)性がよいことが望まれる。屋外用は、坂道、段差、悪路等が想定されるため、操作性、安定性がよく、強度が高いことが求められる。段差や悪路に対応するため大きめのキャスターが用いられる。 スポーツ型 使用者の身体サイズやスポーツ能力に合った、動きやすいものであることが望まれる。軽量で高強度。駆動輪にキャンバー角をつけ、安定性と旋回性の向上を図っている。個々のスポーツの特徴が加味されている。バスケットボール用、テニス用等がある。 介助用 介助者が介助、操作しやすい機能を備えていることが望まれる。標準型よりも小径の大車輪とキャスターから構成されているもののほか、4輪ともキャスターを取り付けた簡易型もある。また、介助者用のパワーアシスト機能が付加されたものもある。 片手操作型 片まひ者用。ハンドリムが健常側に2本あり片側で左右の車輪が個別に操作できる。駆動レバーを進行方向に倒すだけで操作できるタイプもある。 リクライニング型・ティルト型・リフト型 リクライニング型は背もたれの角度が自由に調節できるタイプ。その他、座面と背もたれ角度を保持したまま角度を調節できるティルト型や、ティルト機能とリクライニング機能の両機能がついているティルト・リクライニング型、ベッドや床への移乗を容易とするため上下昇降機能が付いたリフト型がある。 スタンドアップ型 アームレストに付いているレバーを握り、使用者がプッシュアップするとバックレスト、シート、フットレストが連動して動き、立ち上がる機能をもつタイプ。手動式のほか電動式もある。 電動車いす バッテリーをもち、モーターで駆動する車いす。手動車いすを操作する駆動力がない人が利用する。ジョイスティック操作により制御する。 走行速度は4.5km/hと6km/hが規定されている。 ハンドル式電動車いす 高齢者用の電動車いすのイメージがあり、シニアカーとよばれている。ハンドル方式で操作方法がイメージしやすい。 パワーアシスト型 補助動力付き車いす。悪路や坂道走行、段差乗り越え等で大きな駆動力が必要なとき電動補助力でパワーアシストする車いす。 図1 標準的な車いすの各部の名称 グリップ(握り)、バックサポート(背もたれ)、アームサポート、フレーム、サイドガード(側板)、駐車ブレーキ、シート(座)、レッグサポート、フット・レッグサポートフレーム、跳ね上げ式フットサポート、フットサポート調整ボルト、キャスター(自在輪)、ティッピングレバー、ハンドリム、車輪(駆動輪)、クロスバー (4) 装具 装具は、四肢や体幹の機能障害の軽減を目的として使用する補助器具として定義され、治療のために使用する医療用装具(治療用装具)と、治療が終わり、機能障害が固定した後に変形の防止や日常生活動作の向上のために使用する更生用装具があります。 一般的に装具は、その対象部位により、上肢装具、体幹装具、下肢装具に分類されます。 (5) 車いす 車いすは、歩行が困難な人が移動を目的として使用する機器で、その名のとおり「車の部分(移動機能)」と「いすの部分(座位保持機能)」から構成されています。車いすは補装具として位置づけられており、処方は医師が行うことになっています。下肢が不自由な方が主な対象ですが、心臓に障害を持っている方で長時間の歩行が困難な方なども利用することがあります。なお、介護保険制度により高齢者が福祉用具貸与として利用する車いすについては、医師の処方は不要です。 車いすの技術的進歩は著しく、アルミ合金製フレームの実用化を契機に車いすの軽量化が進んだり、モーターを駆動輪に組み込んだ簡易型電動車いすや補助動力付き(パワーアシスト型)車いすが開発され、普及しています。さらに、モジュール型車いすが普及し、試乗してみて不具合な点を短時間で手直しすることが可能になり、最適な車いすを取得しやすくなりました。 @ 車いすの種類と特徴 ひと言で車いすといっても実際にはたくさんの種類があります。手動型と電動型、自走用と介助用、レディメイド型とオーダーメイド型等がありますので、そのタイプと特徴を表3に示します。また、標準的な車いすの各部の名称を図1に示します。 A 車いす使用者が働きやすい職場環境 車いす使用者には次のようなハンディキャップがあります。 ア 場所によっては(部屋や廊下幅の狭さ、段差等により)自由な移動が制限されます。 イ 座位のままのため手の届く範囲が限られます。(床のものを拾いあげたり、高い棚のファイルを出したりすることは難しいなど。) ウ 通常、車いすの高さは固定されているため作業姿勢の高低の調節が難しいです。 ハンディキャップを解消し、働きやすい職場環境にするためのポイントを次に示します。 ア 車いすの通行には90p以上の幅が必要です。 イ 段差はなるべく解消し、あっても2p以下にします。 ウ 扉は自動ドアか、引き戸にします。 エ 手の届く範囲は上方で床上約150p、下方で床上約40pが目安となります。作業に必要な器材や部品の配置は、レイアウトや収納箱の角度等の工夫が必要です。またリーチャーなどを利用すると手の届く範囲が広がります。 オ 機械等の操作位置が高すぎたり低すぎたりすると、無理な姿勢で作業することになりますから、通常の車いす座位姿勢で無理なく作業ができる高さに工夫することが必要です。高さの調節には、作業台を置いたり、機械を床に埋め込んだり、座面昇降式の車いすや立位がとれる車いすを使用します。 (木 憲司) 【参考文献】 1)大川嗣雄ほか:「車いす」医学書院(1987) 2)神奈川県労働部編「身体障害者の雇用促進のために:作業工程分析と職場施設改善」 3)労働省,日本障害者雇用促進協会「障害者雇用事業所における施設設備の改善に関する研究」平成2年度研究調査報告書-10,No.16. 4)労働省,日本障害者雇用促進協会「障害者雇用事業所における施設設備の改善に関する研究V」平成4年度研究調査報告書-4,No.22. 肢体不自由者の雇用事例(サービス業) 障害者雇用職場改善好事例の入賞事例から さまざまな支援機関と連携し、体力的な制約や、通勤等で介助を必要とすることから就職をあきらめていた肢体不自由のある者を積極的に在宅雇用し、ポスター、ちらし、Webのイラストデザインの作業などに従事させている。 Web会議システムの活用により、在宅のスキルの高い者から初心者に対し、教育訓練する取組を行っており、初心者の不安の軽減、指導役の業務支援スキルの向上のほか、双方のコミュニケーション能力の向上にも結び付いている。同システムの活用により、依頼主へも在宅の社員が直接交渉することが可能となっている。 在宅で業務を進めるにあたり、フレックスタイム制を導入し、通院の日程等に配慮した取組を行っている。また、作業療法士が作業姿勢の画像を確認し助言することにより、疲労の軽減、正確さの向上に結び付き、長時間持続して作業を行えるようになった。 Q&A【問】車いす使用の社員がいる場合、事務室のドアは引き戸より開き戸の方がよい。(解答と解説はP354に記載しています) 第2節 視覚障害者 1 視覚障害とは 視覚障害には、視力が全くない全盲の状態と、視機能が低下して日常生活や就労等に支障をきたすロービジョン(弱視)の状態があります。ロービジョンにおいても視力や視野などの違いにより、その見え方はさまざまです。 視覚の機能には、形態覚、光覚、色覚などがあります。視力は形態覚の機能を表すための指標として用いられています。視力が低下するということは空間の解像度が低下することで、形の識別が難しくなります。光覚の機能が低下すると、明るさや暗さへの対応が困難になることがあります。また、コントラストが低下することで文字の読み速度が低下することもあります。色覚に障害がある場合は、コントラストの差が低い色の間での判別ができなくなることがあり、カラー資料の中の必要な情報を見落としてしまうことがあります。 (1) 視覚の機能 図1に目の構造を示しました。カメラに例えると、角膜と水晶体はレンズで、虹彩が絞り、網膜がフィルムとなります。外界の物体から到達した光は、角膜と水晶体で屈折して、網膜に結像します。網膜上で結像した情報が視神経を介して脳の視覚中枢に伝達され、物体として認知されます。網膜上の結像がピンボケの場合は、視覚中枢からピンボケの指令が出て、毛様体が働き水晶体の厚さを調節することでピントを合わせています。遠くを見る場合には毛様体が緩まり水晶体が薄くなることでピントを調節します。一方で、近くを見る場合には毛様体が収縮して水晶体を膨らませることでピントを調節しています。老化により水晶体が硬くなると毛様体によるピント調節力も衰えるために近くが見えにくくなります。 図1 目の構造 (2) 視力とその障害 視力は視標が網膜に結像する部分により変化します。網膜の黄斑部に結像したときの視力を中心視力といいますが、このときの視力が最も高いです。従って、網膜の黄斑部に障害がある場合には視力は低くなります。視野の周辺部分に結像したときの視力を周辺視力といいますが、この部分の視力は低いです。網膜の黄斑部には錐体細胞という視細胞が配置されているために視力が高くなっています。錐体細胞は明るいところで機能し、また、色を感じることができます。視野の周辺部分には杆体細胞という視細胞が配置されているために視力は低くなります。杆体細胞は暗いところで機能し、色の判別はできません。物体の判別がやっとできる程度の薄暗闇で見る景色は色の情報が欠落した白黒の世界になります。 通常の視力は中心視力のことをいい、片眼ずつ測定します。また、眼鏡やコンタクトレンズで矯正した後の視力を対象として視覚障害を判定します。眼鏡やコンタクトレンズで矯正して身体障害者福祉法で定める以上の視力が得られる場合は、裸眼視力が0.1あるいはそれ以下であっても、視力に障害があるとはいえません。 視力が低下すると空間の解像度が低くなり形の識別が難しくなりますが、その視力を測定するために文字や記号などの視標が用いられます。わが国でよく用いられているのはランドルト環です(図2)。ランドルト環は、直径7.5mm、線の太さ1.5mmの環で、1.5mm四方の切れ目があります。この視標を5mの距離から見て、1.5mm四方の切れ目が認識できれば視力1.0となります。このときの切れ目の幅を角度で表し、その角度は視角1分となります。視角1分は60分の1度です。角度を用いることで測定距離が変わっても同じように視力を測定することができます。例えば、測定距離2.5mで上記の視標を認識できた場合の視角は2分となるので、視力は1.0の半分の0.5となります。 眼で物体を見た時の光の結像の様子を図3に示します。眼球における光の入射位置の角膜から網膜までの距離を眼軸といいます。入射した光は角膜と水晶体で屈折し、網膜で結像します。図3(a)のように正しく結像している場合、すなわちピントが合っている場合を正視といいます。図3(b)のように網膜の手前で結像している場合は近視です。眼鏡やコンタクトレンズ等の凹レンズによる調整で結像位置を網膜側に移動させることによりピントが合うようになります。逆に、遠視の場合は光の結像位置が網膜の後方になるので、老眼鏡等の凸レンズによって結像位置を短縮して網膜で結像するように調整することでピントが合うようになります。 視距離を短くして視対象に近づいていくと、その網膜像も大きくなり、近づいた分だけ大きく見えます。視力が低い場合は視対象に顔(眼)を近づけて見ることもあります。しかし、視距離を短くしても十分な大きさを得られない場合や、眼を近づけられない場合は、視対象を何らかの方法で拡大しなければならないです。視対象そのものを拡大して見る他に、遠方の視対象を拡大するのには単眼鏡を使用したりします。手元近くの視対象を拡大するためには、レンズや拡大読書器を用いたりします。 図2 ランドルト環と視距離・視角の関係 図3 正視・近視・遠視とその結像の様子 (3) 視野の障害 正面の1点を見つめて、眼を動かさないで見える範囲のことを視野といいます。視野の障害は、それが欠損している部分により全く異なった様相を見せます。視野の範囲が外側から欠損して中心部分の視野が残っている求心性視野狭窄、視野の中心部分が見えなくなる中心視野欠損などがあります。 @ 求心性視野狭窄 代表的な原因疾患として挙げられるのは、網膜色素変性症と緑内障です。網膜色素変性症では、視野の周辺部分から見えなくなり、欠損部分が中心に向かってゆっくり進んでいきます。周辺視野の網膜上には杆体細胞が配置されており、この杆体細胞は暗いところで機能します。一方、中心視野に配置されている錐体細胞は明るいところのみで機能し、暗いところでは機能しません。したがって、周辺視野が欠損すると夜盲になります。網膜色素変性症では、視野欠損がゆっくり進むため夜に見えづらくなってから初めて自覚する場合も少なくありません。 緑内障は眼圧が高くなり、視神経乳頭の部位で視神経が圧迫されることにより視機能が低下します。典型的な例では、輪状の暗点が出て、次第に周辺が見えなくなり、中心部とその周辺に少し視野が残ります。 求心性視野狭窄の読みについてですが、視野の中心部が正常であれば読みへの影響は比較的少ないです。しかし、視野が狭いため、行末から次の行の文頭を見つけたり、ページのレイアウトを把握したりという探索作業については著しく困難になります。歩行に関しては、一般に視野が10度を切ると困難が生じると言われています。視野が狭いため横方向からの人や車などの往来に気付きにくくなったり、曲がり角や目印の探索に困難が生じたりします。 A 中心視野欠損 代表的な原因疾患として加齢黄斑変性症が挙げられます。中心視野の部位である黄斑部の機能が下がり、中心視野に欠損が起こった状態になります。通常の見る動作においては、視対象を視野の中心でとらえて固視することを特に意識せずにおこなっています。このように無意識のうちに中心視野で視対象をとらえるのですが、その中心視野が見えない、あるいは見えにくい状態なので、読みと顔の認知に困難が生じることになります。読みについては、視力の高い中心視野に欠損があるために、周辺視野を活用して文字を読む必要がありますが、周辺視野の視力は中心視野に比べて低いため、視対象に極端に接近する必要のある場合があります。欠損していない周辺視野の部分で視対象をとらえる訓練がおこなわれることもあります。移動については、中心視野の欠損のみによって移動が困難になるという事例はほとんどありません。 (4) 明順応と暗順応の障害 眼では、適度な明るさで視対象が結像するように、虹彩が網膜に入る光量を調節しています。カメラでいう絞りの機能と同等です。虹彩に病変があれば光量の調節ができず、明るすぎてまぶしい、あるいは暗すぎて見えにくいといったことが起こります。角膜混濁や白内障などにより、角膜や水晶体などの光が透過する部分に混濁が生じると光が散乱し、まぶしさを感じることもあります。 このように適度な光量の調節ができなくなると、文字の輝度のコントラストの低下が起こり、読みに支障が出てきます。コントラストが低くなるに従い読むことのできる文字サイズが小さくなっていきます。淡い配色によるコントラストの低い文字は、視覚正常の人であれば読むのに支障のない範囲であっても、光量の調節機能が低下しているロービジョン者では読むことが難しくなることがあります。就労する上では、カラーがふんだんに用いられた資料を取り扱う機会がありますが、輝度コントラストの低い色の組み合わせがある場合には、文字や図などの情報が背景色に埋没してしまうこともあります。 照明の状態も読みに大きく影響することがあります。網膜色素変性症の場合、杆体細胞が配置されている領域の視野が欠損していると夜盲となり、照明が低下するとほとんど見えない状態になります。また、見えにくいために目を近づけて見ると、頭の影が出来て見えにくくなることがあります。このような場合、一定の明るさが確保されるよう、影などができないよう照明に配慮する必要があります。一方、白内障などで光が透過する部分に混濁があると、蛍光灯の明かりや窓から入ってくる日光等の光により眩しさを感じ、コントラストが低下することがあります。このような場合、ブラインドやカーテンなどにより窓から入ってくる光を調節したり、照明を調節するなどの配慮が必要になります。 (5) 色覚の障害 色覚は錐体細胞が担当しています。赤・緑・青それぞれに対応する3種類の錐体細胞があります。例えば、赤に対応する錐体細胞では、赤い色に対応する波長領域の光を受けると錐体細胞の受容器が反応します。その結果、錐体細胞が興奮し、その情報が視覚中枢に伝達されます。3種類の錐体細胞の興奮の度合いにより視対象の色が知覚されます。杆体細胞は周辺視野に多く分布し、光の有無を感じるだけで色の識別はできません。錐体細胞の機能が低下すると杆体細胞の影響により全体的に色が白っぽくなったり、黒っぽくなったりします。また、眼の状態により実際の色とは違う色として認識している場合もあります。このように、残存する錐体細胞の機能と杆体細胞の影響により、色の知覚が難しくなったり、実際とは違う色に知覚されたりします。 以上のように、視覚障害を考える上では、視力のみならず視野についても考慮する必要があります。視野障害の有無とその部位により、視覚障害のタイプも変わってきますし、それに伴い配慮すべき事項も変わってきます。コントラストの低下や錐体細胞の状況により、文字色と背景色との間の判別や色そのものの識別が難しくなったりもします。身体障害者福祉法では、視覚障害等級を視力の値と視野障害の程度によって定めています。しかし、視覚障害の障害等級と実際の見え方が対応しないこともあります。就労の現場では、個々人の眼の状態に合わせた状況の把握や配慮が必要になります。 2 全盲・ロービジョン(弱視)者の利用する情報形態とPCの利用 全盲とは視力がゼロで、光覚もない状態をいいます。また、光覚ないし何らかの保有視力がある状態をロービジョン(弱視)といいます。視覚障害者全体に占める全盲者の割合は、わが国ではおよそ20%、米国では15%といわれています。視覚障害者の多くは視力を有しており、さらにその多くは適当な支援機器を利用すれば文字の読み書きなどが可能な人々であるということです。 視覚障害者の雇用上の配慮事項を考える場合、保有視力の有無、特に文字の読み書きができる視力の有無によって、その対応は異なります。ここでは、視力ゼロで光覚もない厳密な意味での全盲に加えて、多少の光覚はあるが、種々の支援機器を使っても残存視力では文字の読み書きができない人を含めて全盲とします。このような全盲者にとって重要な情報の形態は、聴覚情報と触覚情報です。一方、支援機器を活用することで残存する視力により文字の読み書きが可能な場合をロービジョンとします。ロービジョンでは主に視覚情報を活用します。近年では、視覚障害者が就労する事務的職種やシステムエンジニア(SE)等の技術的職種を中心として、多くの場合でPC(パーソナルコンピュータ)の利用が必須となっていますが、PCの利用についても、文字の読み書きができる視力の有無によって対応が異なります。 (1) 全盲者の利用する情報形態とPCの利用 全盲者の場合は、視覚情報を利用することができないので、それを聴覚情報や触覚情報で代替しなければなりません。全盲者の情報伝達手段としては、まず初めに点字を思い浮かべる人が多いと思います。点字は大変重要なコミュニケーション手段ですが、すべての全盲者が点字使用者ではありません。点字の習得は、中途視覚障害にとって容易ではありません。特に中高年で失明した人々にとって社会生活、とりわけ就労の場面で実用的に点字を取り扱うレベルに達することは並大抵ではありません。点字が十分に使用できるレベルにない場合は、音声情報が最も重要な情報となります。一般に文字を読みながら熟考するような場合には流れていく音声情報に比べ、能動的に読み進めることのできる点字や普通文字の方が望ましいといわれています。 全盲者のPCの利用についても、視覚情報の替わりに聴覚情報や触覚情報を利用します。聴覚情報の利用の代表的なものはスクリーンリーダー(画面読み上げソフト)です。PCの画面のテキスト情報を読み上げさせることによりPCを操作します。文字の詳細読みの機能があるので漢字や記号の詳細の確認もできます。文字入力についても、この詳細読みの機能により同音異義語などの区別をつけることができます。このように、全盲者でもPCを活用することで電子化された情報にアクセスすることができます。また、PC上においては、全盲者でも普通文字を扱うことができます。スクリーンリーダーの詳細については後で述べますが、ワープロソフト、表計算ソフト、プレゼンテーション用ソフト、データベースソフトなどが利用できます。また、メールやインターネットの利用が可能ですし、範囲は限られますが各種プログラミング言語の利用が可能です。触覚情報の利用の代表的なものは点字ディスプレイです。スクリーンリーダーの点字ディスプレイ表示機能により画面情報を点字で表示します。基本的には、スクリーンリーダーで読み上げることのできる情報と同等の情報が点字ディスプレイでも表示されます。スクリーンリーダーによる音声読み上げと点字ディスプレイの併用も可能です。一般的には、メールアドレスや数式、そしてプログラミング言語を取り扱う際には、音声読み上げよりは点字ディスプレイを利用する方が速く正確に確認することができます。また、電話で通話中のときなどでは、会話のために聴覚情報を利用するので、点字ディスプレイを利用してメモをしたり、顧客情報などを調べたりすることができます。特に、電話での顧客対応が多い場合は点字ディスプレイの利用は効果的です。 このように全盲者でもPCを利用してかなりの範囲の仕事ができますが、画像情報の取り扱いは現状でも困難な状況にあります。昨今、PC上や業務の上で配布される資料には図や写真などの画像情報がふんだんに用いられるようになりましたが、全盲者には画像情報の理解が困難です。このような画像情報の取り扱いに対処することが、全盲者の就労を推進する上での課題でもあります。 (2) ロービジョン者の利用する情報形態とPCの利用 ロービジョン者は、主に視覚情報を利用し、普通文字を取り扱いますが、一口にロービジョンと言っても、その見え方は様々です。必要に応じてロービジョン用レンズなどを用いるだけで文字の読み書きができる場合もありますし、常に拡大読書器を必要とする場合もあります。視力や視野などの関係で一概には言えませんが、適切な支援機器を活用することで図形情報を扱うこともできます。見え方が人によって違うので、その人の視力、視野、適切な光量、色の見え方などに応じた適切な作業環境や作業内容を設定することでより効率的な作業を行なうことができます。 ロービジョン者のPCの利用についても、基本的には視覚情報を利用することになります。Windowsの場合はOS(基本ソフト)の機能である「ユーザー補助」で表示するテキストの大きさの設定、文字と背景色の設定、マウスポインタの大きさの設定など各種設定ができます。ユーザー補助の設定で間に合わない場合は、OSの画面拡大機能を利用したり、Zoom Textなどの画面拡大ソフトを利用します。機能の詳細は後で述べます。また、眼の疲労を妨げたり、作業の正確性を高めるためにスクリーンリーダーによる音声読み上げを併用する場合もあります。 (3) スマートフォン・タブレットの利用 2007年のiPhoneの発売以来、スマートフォン・タブレット等の画面を触ることにより操作を行うことができるタッチスクリーン端末が普及してきました。視覚障害者への普及率は7割程度といわれています。Android端末はTalkbackという読み上げ機能を追加する等の設定の必要があり、初心者には少し敷居が高いですが、iPhoneはVoiceOverという音声読み上げ機能やズーム機能・拡大鏡等の画面拡大機能が標準で装備されているので、視覚障害の初心者でも比較的使いやすい状況です。特に全盲者の多くはiPhoneを使用しています。 タッチスクリーン端末では、ホームボタンや電源ボタン、音量ボリューム調整ボタン等と、備えられている物理的なボタンはわずかで、タッチスクリーン上に配置されたボタン等を触れるジェスチャーにより操作します。VoiceOver等の音声読み上げ機能を利用して操作する場合には、まず初めに画面をタッチする(触る)ことにより画面の内容を確認します(この時点では押された場所の内容を読み上げるだけでボタンを押しても実行されません)。内容を確認した後にボタン等を押す場合には、そのボタンをダブルタップ(2回連続押し)し、実行します。ダブルタップの他にスプリットタップ(実行するボタンをタップしながら他の指で違う場所をタップする操作)という方法もあります。なお、タップとは画面を指先で軽くつつくジェスチャーのことです。 上記のように画面上をタッチしながらボタンやテキストの内容等を読み上げ、画面上に何があるかを確認する方法の他に、フリックという操作で画面上の項目を移動させながら画面上の内容を確認する方法があります。なお、フリックとは、画面を軽くはじくようなジェスチャーです。指を画面に触れて、すぐに縦方向か横方向に素早くスライドさせながら指を離します。 以上のように、隅から隅までタッチしながら画面上のどこに何があるかを探索し確認する方法と、フリックにより画面上の項目を移動させながら画面上に何があるかを確認する方法があります。一般的には、操作に慣れていない画面ではフリックにより全項目をしっかりと確認しながら操作し、どこに何があるかよく知っている画面ではタッチによりボタン等をすばやく押すようにしています。このように慣れていない画面と慣れている画面とで操作方法を使い分けている場合が多いです。 使用可能なアプリケーションは、メール、Webブラウザ、カレンダー、時計機能、地図、一般的な設定等比較的多くのアプリケーションがVoiceOverに対応しています。視覚障害者の歩行を支援するナビゲーションソフトや、カメラで写した物体を画像認識し読み上げさせるアプリケーション等もあります。Siriという声でiPhoneを操作する機能により、アラームを設定したり、天気予報を確認したり、電話帳に登録してある人に電話を掛けたりと音声操作の機能を活用している場合もあります。なお、スクリーンカーテンという機能を使用すると、画面が真っ暗な状態でのVoiceOverによる操作が可能で、視覚障害者のプライバシーを確保することができます。 このように既にスマートフォン・タブレットは視覚障害者にも普及していて、今後は就労の場面でも益々活用されるようになっていくと考えられます。 3 重度視覚障害者の雇用のポイント 視覚障害者のための雇用対策では、障害等級1,2級の重度障害者に重点がおかれています。視覚障害の場合、左右の視力の和が0.04以下、もしくは左右の視野がおのおの10度以内で両眼視能率の損失率95%以上が1,2級の重度障害者です。したがって、重度視覚障害者という場合は、全盲者と、支援機器を利用すれば普通文字の読み書きが可能な重度の視覚障害者が含まれています。ここでは、重度障害者を念頭において、雇用上の配慮事項について述べます。 視覚障害者の雇用にあたっては、(1)通勤と職場内移動、(2)コミュニケーション、(3)職種・職務内容が最も重要な配慮事項です。 (1) 通勤と職場内移動 重度視覚障害者を雇用するにあたって、特に雇用主が心配するのは通勤における安全です。自宅から職場までの通勤経路を単独で安全に歩行できるのか、交通機関の乗り換えは大丈夫か、ラッシュ時の混雑に対処できるのかといったことが懸念されます。しかし、彼らは特別支援学校(盲学校)や視覚障害リハビリテーション施設で歩行訓練を受け、白杖を使っての安全な歩行技能を身につけています。一方、歩行技能は身につけていても、全く初めての場所を重度視覚障害者、特に全盲者が単独で歩行するのは大変困難です。したがって、数回程度にわたって通勤経路の確認を支援者とおこなえば、それ以後は単独で通勤することができます。最近では、盲導犬を利用する人も増えています。盲導犬は主人が仕事中には、待機場所で静かに待っています。 全盲者の職場内移動についても特に問題はありません。初めに職場内を案内し、位置や経路を確認しておけば、その後は単独で移動できます。同僚などといっしょに移動したり、外出するときはガイドヘルプ(手引き)が便利です。視覚障害者がガイドする人の肘を軽くつかんだり、肩につかまるなどの方法でガイドされることになります。狭い場所を歩行する場合は、縦に並んで2人が1列になるようにします。慣れているところなら、視覚障害者は単独で移動できます。いつもガイドヘルプが必要という訳ではありません。 きちんと歩行技能をもつ視覚障害者の場合は移動能力は高いので、職場内での点字ブロックの設置や誘導チャイムの設置、トイレの改造などは必要ありません。しかし、視覚障害者が通常使用する通路には日ごろから物を置かないように注意する必要があります。外に開くタイプのロッカーの扉等も、開けたままだとぶつかってしまうことがあります。 ロービジョン者でも、夜盲がある場合や強い視野狭窄がある場合は、必要に応じて通勤訓練をしておくのが望ましいです。同じ通勤経路でも昼間と夜間では明るさや照明の状況によって見え方が変わってきます。また、視野が狭いと横方向から来た人や物体に気付くのが遅れてぶつかりやすくなります。周りの者がこの点に注意する必要があります。周囲の人たちに注意を喚起する意味で、ロービジョン者が白杖を持つのも一つの方法です。 明順応や暗順応の障害がある場合は、照明や採光に配慮が必要です。見え方は個人により違うので、職場のロービジョン者に確認するとよいでしょう。階段のステップや段差などで、そのエッジ部分とステップとの間のコントラストが低い場合は、ロービジョン者が識別しにくくなります。 (2) コミュニケーション 昨今では、視覚障害者が働く職場では多くの場合PCが配置され社内ネットワーク環境が構築されています。社内での情報伝達のために電子メールやグループウェア上の掲示板などを利用している場合も少なくないです。電子メールはスクリーンリーダーでの読み上げには問題ありませんし、グループウェアについてもある程度の製品でスクリーンリーダーでの読み上げが可能です。スクリーンリーダーが対応している環境では全盲者でも問題なく社内で伝達された情報を確認することができます。回覧文書が印刷物の場合は、拡大読書器等で拡大して読むことのできる視覚障害者は問題ないですが、全盲者の場合は周囲の人が読み上げてあげる、あるいは、電子データを別途配布するなどの方法があります。同じ部署の人の予定についても、グループウェアで確認することができます。同じ部署の人の予定が分かっていれば、電話の取次ぎも行えますし、話しかけるタイミングをはかったりすることができます。重度視覚障害者の場合、周囲の状況の把握がうまくいかず、どのタイミングで話しかけてよいのかわからずに、知らず知らずのうちにコミュニケーション不足に陥ってしまうことがあります。社内での情報伝達と、普段からの会話によるコミュニケーションが重要になります。 視覚障害者に物や場所を指し示す場合には、「ここ」、「そこ」あるいは「これ」、「あれ」といった指示代名詞ではなく、具体的に何がどこにあるかを伝えます。また、食器の配置を示すのに、「時計の何時の方向にある」という説明のしかたもあります。 (3) 職場と職務内容 1990年代以降のIT(情報技術)の進展と普及により社会は大きく変化し、就労環境も大きく変わりました。視覚障害者の職種と職務内容もその影響を大きく受けています。従来、重度視覚障害者の職種の一つであった電話交換手は、ダイアルインサービスの普及により雇用の場が狭くなってきています。従来、全盲者の職種の一つであったコンピュータプログラマーについても、コンピュータの利用環境が、キーボードによりテキストを主体に扱うCUI(キャラクター・ユーザ・インタフェース)から、マウスにより画面上のオブジェクトを操作するGUI(グラフィカル・ユーザ・インタフェース)に変わり、視覚的な処理の比重が大きくなったため全盲者がコンピュータプログラマーとして活躍できる場が狭くなっています。一方、インターネットの普及に伴いホームページの利用が進み、Webアクセシビリティの診断という職種が全盲者の職種の一つとして広がり始めています。 ここでは、Webアクセシビリティ診断、事務的職種、ヘルスキーパーの職場と職務内容について述べていきます。 @ Webアクセシビリティ診断 インターネットが普及し、多くの人がWeb(ホームページ)を利用するようになりました。今や仕事の上でも日常生活の上でもWebの利用は欠かせないといえます。Webが一般に普及するに伴い、障害者を含めすべての人がWebを利用できるようにする取り組みとしてWebアクセシビリティの概念が提唱され、そのための規格が整備されてきました。わが国においても、2004年6月にWebアクセシビリティがJISの規格として制定されています。Webアクセシビリティとは、高齢者や障害者がWebのコンテンツ(ホームページの内容)にアクセスし、そこから情報を取得し、操作することができることをいいますが、実際には高齢者・障害者が情報取得しづらい、操作しにくいというページも少なくありません。このようなWebページに対して、Webアクセシビリティの達成度を診断し、その結果、WebアクセシビリティのJIS規格を満たすWebページに作り替えるのが、Webアクセシビリティ診断の職務となります。JIS規格には強制力はありませんが、工業標準化法により国や地方公共団体はJIS規格を尊重しなければならないと定められているので、府省や自治体がウェブサイトを外部から調達する際にはWebアクセシビリティのJIS規格に対応している必要があります。このことによりWebアクセシビリティの診断とそれに基づくWebページの修正という業務が形成されました。現在では、このJIS規格への対応が一般企業にも広がってきています。 Webアクセシビリティの診断業務は、JIS規格等の取り決めが守られているかを診断し、その結果に基づきWebページに改良を施すという手続きをとります。診断プログラムにより自動で処理できる部分はありますが、どうしても人間が確認しなければならない箇所もあります。特に、スクリーンリーダーへの対応としてJIS規格で制定されている項目についての診断は、スクリーンリーダーに精通している全盲者が適しています。このような職務を遂行するにあたっては、Webアクセシビリティに関する知識を持つことは当然として、その他に、Webページの記述言語であるHTMLや動的なWebページの構築に用いる言語であるJavaScriptなどWeb関係の言語の習得が必要となります。 Webアクセシビリティの診断業務における全盲者の就労はまだ広がり始めた段階ですが、ITのさらなる進展や高齢化により、これからの成長が期待されます。 A 事務的職種 オフィスのIT化が進んだ現在では事務的職種においてもPCの利用は必須です。ワープロソフトや電子メール、インターネットの利用はもちろんのこと、Excelなどの表計算ソフトやPowerPointなどのプレゼンテーション用ソフトも業務の上で利用するのが当たり前の状況です。 これらのソフトの中でのテキスト情報の取り扱いは問題なく、全盲者単独での業務遂行は可能ですが、写真や図等の画像については、全盲者では扱うことができないので、周りの人の手助けが必要になります。 昨今では、マイクロソフト社のAccess等のデータベースソフトにより小規模なデータベースを構築するような業務や、マクロ言語の記述によりExcelの自動処理を行う業務なども事務的職種の一部となっている場合もあります。事務的職種においてもある程度PC操作のスキルが要求されるようになってきています。 全盲者の電話での顧客対応では、PCを操作しながら顧客と会話する必要があります。その際、スクリーンリーダーによる音声読み上げでは、電話と同じ聴覚情報を用いることになるので、通話とPC操作を同時に行うのが難しくなります。その場合にはPC操作の際に点字ディスプレイを使うことで、通話とPC操作を同時に行うことができます。 B ヘルスキーパー 理療(あんま・マッサージ・指圧、鍼、灸)は三療ともいわれ、わが国の視覚障害者の伝統的な職業です。また、就業する視覚障害者の中で三療に従事する人が最も多いです。この長年にわたって蓄積されてきた知識と技術を活用して、企業の従業員の疲労の回復、心身のバランス調整、健康の増進にあたるのがヘルスキーパー(企業内理療師)です。厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構をはじめ関係団体の努力によって、ヘルスキーパーを導入する企業が増えています。ヘルスキーパーとして雇用される人は、特別支援学校(盲学校)や専門養成施設での教育を受け、国家試験合格後、病院や治療院で実務経験を積んだベテランも少なくありません。設備は大がかりなものは必要なく、医療用ベッドと簡単な治療機器をそろえれば十分といわれています。 ヘルスキーパーの職場でもIT化が進み、多くの職場で予約管理や業務日誌等の予定管理・文書処理をPCで処理するようになってきています。PCの操作スキルも要求されますが、多くの場合は基本的な操作ができれば十分な状況です。 4 継続雇用・職場適応援助者(ジョブコーチ) 視覚障害者の多くは中途障害者のため、その対策が欠かせません。その場合、まず大事になるのが現在企業に雇用されていて、中途で障害を負った中途視覚障害者の雇用の継続を図ることです。 中途視覚障害者の雇用継続を考える場合には、様々なことを検討しなければなりません。これまでの業務経験や技能・技術を生かしてどのような職務を遂行できるか、そのために必要な支援機器は何か、歩行や点字の訓練の必要性などを検討する必要があります。本人や企業はこのようなことに関する知識が少ない場合が多いですから、専門家を交えた検討がなされてきました。 最近では、このような専門家として職場適応援助者(ジョブコーチ)が注目されています。職場適応援助者(ジョブコーチ)は、障害者の職場適応が円滑に行われることを目的として、職場に直接出向き、本人や会社に対して作業遂行や職場内のコミュニケーションの向上支援、職務内容の設定に関する助言を行う人です。ヘルスキーパーや事務的職種の新規雇用における職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援も行われていますが、雇用継続や復職のための職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援も行われています。視覚障害そのものや、訓練・支援の制度に疎い中途視覚障害者とその企業にとって、このような専門家の支援を受けられることは心強いです。 実際の支援の例は次のようになります。現状把握と復帰に向けた計画策定の助言、歩行訓練等の諸手続きの支援、勤務に向けた諸手続きの支援、復帰後の課題点の把握とそれへの対応が、時系列で示した支援の例になります。 職場定着に向けて障害特性を踏まえた雇用管理をどのようにしていくべきか、業務内容の設定をどのようにしたらよいかというように、中途視覚障害者本人のみならず企業側もいろいろと悩みを持つ場合が少なくありません。このような問題解決のために専門家が職場に入っていき、系統的な就労支援をおこなうことが重要になります。今後、この職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援の進展と拡充が期待されます。 5 就労支援機器・ソフト これまで視覚障害者の職務におけるPCの利用について述べてきましたが、ここでは個別の就労支援機器・ソフトの詳細について述べたいと思います。 (1) 拡大読書器 印刷物や写真等を拡大して画面に表示する機器です。ビデオカメラで撮影した画像をモニタ画面に表示します。拡大倍率は、2倍程度から40倍、あるいはそれ以上で表示します。通常のカラー表示の他に、モノクロ表示や、それを反転させた白黒反転表示の機能もあります。拡大読書器とPCの画面を切り替えて表示したり、画面を分割し、両方の画面を表示させることもできる機種もあります。 卓上型(「据置型」ともいう。)の他に、持ち運びが可能な携帯型の拡大読書器も販売されています。出張や会議の多い場合、複数の場所で仕事をする場合に便利です。 (2) 画面拡大ソフト PCの画面を拡大して表示するソフトです。部分的に拡大表示したり、全画面で拡大表示したり、マルチモニタでPCの画面が2画面ある場合は1画面を拡大専用画面にすることもできます。画面色を反転表示することもできます。カーソルやマウスポインタの大きさを変えたり強調表示することができ、カーソル位置に追随する機能もあるので、文書が改行された際などに便利です。 (3) スクリーンリーダー(画面読み上げソフト) PCの画面上のテキスト情報を音声で読み上げるソフトです。キー操作の状況を音声でフィードバックするので、どのような操作をしているかを逐次把握することができます。日本語の同音異義語については、詳細読みという辞書により漢字の詳細を読み上げ、同音異義語を区別できるようになっています。電子メール、Webブラウザ、ワープロ、表計算ソフト、プレゼンテーション用ソフト、データベースソフト等の様々なソフトを使用することが可能です。一方、画像の細かい取り扱いが難しい、スクリーンリーダーに対応していないため操作ができないソフトがあるというような課題があります。 (4) 点字ディスプレイ PCのテキスト情報を点字で表示する機器です。スクリーンリーダーの点字出力を表示します。電子メールのアドレスや記号等の、音声読み上げでは記憶が困難なテキスト情報については、点字で表示すると確認が速くなったり正確性が増したりします。プログラミング言語を扱う場合にも点字ディスプレイは有効です。 (坂尻 正次) インサイト社の卓上型拡大読書器 オニキスHDデスクセット スカイフィッシュ社のスクリーンリーダーFocus Talk(フォーカストーク) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター研究部門が1996年に開発した日本初のWindowsスクリーンリーダー95Readerの後継ソフトで、95Readerの優れた操作性を継承するとともに音質の向上や最新のWindows10への対応が図られている。 KGS社の点字ディスプレイ ブレイルメモスマートBMS40 点字表示部40マス表示、PCとの接続はUSB、点字入力キーを装備している。 視覚障害者の雇用事例(医療・福祉業) 障害者雇用職場改善好事例の入賞事例から 病気により視覚に障害が残った職員Aさんの職場復帰にあたり、どのような職場環境がよいか理解するために、視覚障害者を雇用する他企業を見学した。また、障害特性上、従来の業務を継続して行うことが難しかったため、事務職への配置転換を進めることとした。支援機関と相談しながら、Aさんの新たな業務として、バイタルデータの入力や会議議事録の作成を設定した。Aさんの業務遂行をサポートするために、中央障害者雇用情報センターの就労支援機器の貸出制度を活用し、拡大読書器、画面読み上げソフト、画面拡大ソフトなどを整備した。切り出した業務は、これまで現場の職員が各自で入力、作成していたが、Aさんが担当することにより、職員の負担軽減と業務の効率化につながった。 第3節 聴覚・言語障害者 聴覚・言語障害は外見ではわかりにくいため、その障害の本質が理解されにくい面があります。ここでは、その障害を正しく理解するとともに、職業面における障害の特徴や職場におけるコミュニケーションなどの雇用管理上の配慮事項について学びます。特に障害者の雇用の促進等に関する法律に基づく事業主による合理的配慮の提供について、聴覚・言語障害の特性をふまえた対応について考えていきます。 1 聴覚・言語障害の理解 (1) 聴覚障害とは 聴覚障害とは、聴感覚に何らかの障害があるため全く聞こえないか、聞こえにくいことをいいます。このような障害のある人を総称して聴覚障害者といいますが、ほとんど聞こえず、手話など視覚的なコミュニケーション手段を用いる人を「ろう者」、補聴器などを用いて音声によるコミュニケーションが図れる人を「難聴者」ということもあります。また、聴覚障害が生まれつきではない人を「中途失聴者」という場合もあります。 また、障害を受けた部位によって「伝音性難聴」と「感音性難聴」及び両方が混じった「混合性難聴」にわけることがあります。伝音性難聴の場合には補聴器が有効なことが多いのですが、感音性難聴は聴神経が障害を受けるため明瞭に聞きわけることができないといわれています。 さらに、音声言語の概念を習得する2〜3歳までに重度の聴覚障害が発生した場合を「言語概念習得以前の聴覚障害」、それ以降を「言語概念習得後の聴覚障害」と分類してとらえる場合があります。もちろん個人差がありますが、前者の場合、聴覚を通して音声言語を習得していないために発声が不明瞭で音声言語の習得が不十分なことが多くあります。後者の場合には比較的明瞭に発声でき、言語の理解にもあまり問題がないといわれています。 このように、聴覚障害といっても、全く聞こえなくて発語の不明瞭な人、高い音ならわかる人、低い音ならわかる人、発語ができるために「耳が聞こえないこと」が理解されない人、全く聞こえなくても発語ができる人などさまざまです。聞こえなくなった時期、教育環境、聞こえの程度によって社会生活や職場で直面する困難にも違いがあります。よって聴覚障害としてひとくくりにするのではなく違いがあることを前提にとらえていく必要があります。 しかしながら、いずれの場合にも聞こえに障害があるということは、音声による情報の獲得に困難があるばかりでなく、それによってさまざまな障害を引き起こします。聞こえる人が耳をふさいで体験するような状態をはるかに超えた困難さがあるといえます。 聴覚障害の程度について 聞こえの程度(聴力レベル)はデシベル(dB)という単位で表します。聴覚に障害のない人がやっと聞こえる最も小さい音の平均が0dB。普通の会話が60〜70dB。電車の通るガード下が100dB。数字が大きくなるほど聞こえが悪いことを示します。身体障害者福祉法の「障害程度等級表」には、聴覚障害として2、3、4、6級の程度があり、それぞれ次のように定義されます(単独で1級、5級に相当するものはありません)。 2級 両耳の聴力レベルがそれぞれ100dB以上のもの(両耳全ろう) 3級 両耳の聴力レベルが90dB以上のもの(耳介に接しなければ大声語を理解し得ないもの) 4級  1 両耳の聴力レベルが80dB以上のもの(耳介に接しなければ話声語を理解し得ないもの)  2 両耳による普通話声の最良の語音明瞭度が50%以下のもの 6級 1 両耳の聴力レベルが70dB以上のもの(40cm以上の距離で発生された会話語を理解し得ないもの)  2 一側耳の聴力レベルが90dB以上、他側耳の聴力レベルが50dB以上のもの (2) 言語障害とは 言語障害とは声を全く出せないか、声は出せても言葉が不明瞭というように、音声や言語によって意思を伝えることができない障害のことをいいます。聴覚障害に起因する言語機能の損失、失語症などの言語中枢神経の障害によるもの、咽頭の損失や障害・異常によるもの、発声筋のまひによるもの、口蓋裂など構音機能障害によるものなど、その原因はさまざまです。言語障害は、必ずしも聴覚障害と連動はしていませんが、聴覚障害者の中には言語障害を併せもつ人もいます。また、中途で言語障害となった人の場合、意思を発声によって伝えられないもどかしさを強く感じることになります。 本節は、聴覚・言語障害者としてまとめていますが、以降は主に聴覚障害に焦点をあてて述べていくことにします。 2 聞こえに障害があると… (1) 言葉の習得が困難 聞こえる人の場合には、耳から周囲の人々の音声言語を聞くことによって言葉を習得していきます。聴覚障害者の場合、聞こえなくなった時期にもよりますし、個人差がありますが、聞こえの障害の結果として言葉の習得が遅れがちです。先に述べたように、音声言語の概念を習得する2、3歳の時期までに聞こえなくなった場合には、言葉を獲得するのに相当の困難を伴います。耳から入る情報は相当な量であるにもかかわらず、その手段をもち得ないからです。 また、言葉を発する際にも、自分の発音が正しいかどうかを耳で確認できないので、どうしても不明瞭な発声になりがちです。 (2) コミュニケーション障害が発生する 多くのコミュニケーションは音声言語を介して行われるので、聴覚障害はコミュニケーション障害といえます。加えて、外見からはその障害が見えにくいため、コミュニケーションについての正しい理解が得にくい側面があります。例えば、聴覚障害者だからコミュニケーションが全くとれないと考えられたり、逆に補聴器さえつければあとは全く不自由がないと思われたりします。また、中途失聴の場合、話すことができると、「聞こえ」についても問題はないものと思われて、全く配慮されないこともあります。このように、自分の意思を十分に相手に伝えることのできないもどかしさ、コミュニケーションの困難さに伴う聴覚障害者の心の葛藤は相当なものです。 コミュニケーションは日常生活にとって欠くことのできない要素です。職場においてもそれは何ら変わることはありません。作業を進めるうえで障害が少ないと考えられがちであった聴覚障害者は、生産現場を中心にその雇用が進められてきましたが、職場におけるコミュニケーションの難しさによる対人関係の問題や、教育訓練上の配慮の問題が指摘されるようになってきました。 (3) 情報障害が発生する 聴覚障害そのものは、「聞こえ」についての機能障害といえますが、日常生活においては「聞こえ」の問題に由来するさまざまな制限や制約があります。例えば、列車内で事故等による列車の遅れに関する車内放送が聞こえないために、適切な迂回方法がわからず時間をロスしてしまうなど不利益を被るような問題が発生します。単に聞こえないだけでない「情報障害」の側面に注目する必要があります。 また、聞こえる人は、耳から入る情報を自然に取捨選択し、自分との関係を判断しています。ところが、聴覚障害者にとっては、それが自分に関係する内容なのか、そうでないのかは教えられない限りわかりません。もし本当に関係のない話だとしても、聴覚障害者の人を前に数人で話をしていたとしたらどうでしょう。「直接あなたには関係のない話だから、後で結果を伝えてあげるよ」といわれても疎外感はぬぐえません。 さらに、情報が十分に得られないために、常識が欠如していると見られてしまうことがあります。それは、聴覚障害者本人の責任であるように思われがちですが、その常識ともいうべきことが、音声言語以外の方法で本人に伝えられてきたのかどうかを考えなければなりません。 次にこれらの特徴を踏まえたコミュニケーション方法について、見ていくことにします。 3 さまざまなコミュニケーション方法がある コミュニケーションにはさまざまな方法があります。聴覚障害者だからこの方法でと固定的に考えるのではなく、ある方法でうまくいかなければ別の方法で、あるいはほかの方法を組み合わせて、と工夫してコミュニケーションの輪を広げることが大切です。 コミュニケーションの相手が聴覚障害になった時期、育った環境、教育の背景などによって使える方法もさまざまです。また、場面によって方法を変えていくことも必要です。ここでは、職場でよく利用される方法について、それぞれのポイントを紹介することにします。 (1) 手話 手話は、聴覚障害者の「見る言葉」ともいえます。手や表情を使って表します。専門用語の表現などに一定の限界はありますが、聴覚障害者が気分的にも最もリラックスできるコミュニケーション方法です。 よく、職場の上司や同僚から「手話を覚えるには相当の時間がかかるのでは?」とか「とても手話通訳者みたいには、うまくなれないですよ」といったことを聞きますが、職場でまず大切なのは「手話をうまく使えること」よりも「手話を使うことを理解すること」です。ですから、ちょっとしたあいさつや気持ちだけでも手話表現することで、コミュニケーションの輪が広がります。 手話を学ぶには地元の手話サークルに参加する、市町村などで実施する手話講習会に参加するなどの方法がありますが、もし、既に職場に聴覚障害者がいれば、その人に教えてもらう、職場の手話サークルや手話講習会で講師になってもらうという方法が効果的でしょう。 ところで、手話は、聴覚障害者の生活の中から生まれてきた「見る言葉」です。大きくわけて主に講習会などで使われている「日本語対応手話」と、主にろう者が使っている「日本手話」とよばれるものがあります。前者は、音声言語としての日本語の語順に基本的に1対1で対応していますが、後者は必ずしもその語順と対応しているのではなく、その意味をとらえて表現しています。日本手話は、見る言語本来の表現力を備えているといった特徴があります。聞こえる人は、自分が習った手話が絶対に正しいと思い込むのではなく、手話による豊かな表現のすばらしさを、まず感じてほしいものです。 さらには、職場独自の専門的な表現については、そこで通用するサインを決めておくことも、手話の使用の有無をこえた重要なコミュニケーションとなりえます。 なお、平成23年8月に障害者基本法が改正され、手話を含む意思疎通のための手段について選択の機会が確保されることが明示されました(第3条)。手話が言語として認められたことで、手話の重要性に対する認識がさらに高まることが期待されます。また、手話が言語であるという認識を踏まえ、手話言語に関する基本理念の理解や普及の促進などをめざす手話言語条例を策定する自治体も増えています。 手話であいさつ(障害者職域拡大マニュアルNo.9「聴覚障害者の職場定着推進マニュアル」より) (例文)おはようございます。今日も、がんばろうね。 「おはようございます。」の手話 グーにした右手を右頬にもってくる。 「今日も、」の手話 両手の手の平を下に向けて、胸のあたりで水平にする。 「がんばろうね。」の手話 両手をグーにして、胸のあたりで水平にする。 手話は手の表現だけでありません。表情も大切にしながら相手に伝えようとする思いを込めてください。  (2) 指文字 50音を片手の指で表します。固有名詞や外来語など手話表現が決まっていない単語を表すときに使います。濁音や半濁音、長音や拗音などにも対応できます。手話表現を忘れてしまったときにも便利です。指文字単独でコミュニケーションは行いませんが、手話と交えて使います。 (3) 筆談 話したいことをお互いに紙に書いてやりとりする方法です。絵や記号を書くのも一つの方法です。筆談でコミュニケーションというと負担感を覚えがちですが、実際に職場ではいろいろなメモをやりとりすることが多いのではないでしょうか。特に、仕事上の重要な指示などはメモの方が確実です。その意味で、一般的なメモの延長であると思えば、筆談は気軽にできるものです。 ただし、二重否定や婉曲表現は避けるようにします。「その方法を好まないわけではない」といった表現はわかりにくく誤解のもとです。また、いいたいことをそのまま文章で書けば完全に理解してもらえると思いがちですが、相手の音声言語としての日本語の理解力にもよりますので、伝わったかどうか確認する必要があります。 (4) 空書 空文字ということもあります。空間に人差し指でそのまま単語を書いてください。「相手から見るとどのように書けば…」などと鏡文字にする必要はありません。同じ方向を向いて書けばさらにわかりやすくなります。手話と交えて使うことも多く、固有名詞や数字などを大勢の人たちに伝えるときにも便利です。 (5) 口話 口話には、「読話」と「発語」があります。読話は、聴覚障害者が相手の唇の動きを見て何を話しているのかを理解する方法です。母音が同じ言葉であると、口の動きは一緒になるので注意が必要です。例えば、「たばこ」と「たまご」は同じ母音ですから、話の前後関係から判断できるようにしなければなりません。かといって必要以上に大声で、一音ずつ区切ってもかえってわかりにくいので、ゆっくりはっきり発音することが大切です。 発語は、聴覚障害者自身が話すことですが、年齢や訓練の状況によって差があります。初めは聞き取りにくいこともありますが、慣れると結構わかってくるものです。わからないときはわかったふりをしてそのままにしないこと。後で大きな誤解につながります。聴覚障害者も、「何度も聞かれることはそう苦痛ではないし、むしろ、ちゃんと聞いてくれているということでうれしい」と言っています。もし、どうしても通じないときには、違う表現に変えてみるといった工夫も必要です。 (6) 聴覚の利用 補聴器を使用して、残っている聴覚を利用することもあります。ただし、補聴器の効果にも個人差があり、明瞭に言葉を聞くことはできず、車のクラクションなど、音の認識のみの人もいます。補聴器のそばで大声で話されるとガンガン響いてわかりにくいという人もいます。また、補聴器は聞きたい人の声だけを大きくすることはできないので、例えば地下鉄の中など雑音が多いところではすべての音を拾ってしまうので効果は低くなります。 (7) TPOに応じたコミュニケーションが大切 以上のようにコミュニケーションにはさまざまな方法があります。固定的に考えるのではなく、TPOに応じて柔軟に手法を考えていく必要があります。例えば、作業指示など重要な事項は筆談で、昼食や休憩のときの和やかな雰囲気づくりは、たとえ覚えたてでも手話を使ってというように。そしてコミュニケーションを円滑にするための要素、すなわち、表情や身振り、手振りなど、どんどん取り入れていくことが大切です。 場や環境の設定も円滑なコミュニケーションにとって大切な要素です。逆光であると、手話や読話が難しくなります。相手と顔を見合わせることが必要で、例えば、朝礼や研修の際、話し手が下を向いたり、黒板で字を書きながら話したりすると、聴覚障害者の視野からはずれてしまい、その瞬間、コミュニケーションが成立しなくなります。 同時に、手話や相手の唇を読み取り続ける聴覚障害者の負担も相当なものです。適宜、休憩を入れるなどの配慮が必要です。 さらに、内容の確認方法の工夫も大切で、「わかりました」とうなずいたからといって本当にわかったかどうか、違う方向から確認します。例えば、確認のために復唱してもらうとか、実物や絵で確認してみるという方法が考えられます。相手の表情を見て話が正しく通じているのかどうかも確認していく必要があります。 4 聴覚障害者の職業適性 長い間、聴覚障害者は木工、機械、印刷、理容、縫製などの職種に多く従事していました。特別支援学校(ろう学校)の高等部のコースを見てもこれらの職業に就くための訓練をしているところが少なくありませんでした。しかし、これらの職種が特に聴覚障害者に合っているということではなく、コミュニケーションをさほど必要とせず、手に技術をつけるといった観点からの結果といえましょう。 よって聴覚障害ゆえに作業遂行上不可能な職種はほとんどないということができます。 障害者の雇用の促進等に関する法律に基づく障害者雇用の歩みを見ても、雇用義務化が導入された1976年の改正以降、聴覚障害者については大企業を中心に雇用が進んできました。 特に、通勤手段の確保、トイレの改造、エレベータの設置などの配慮が必要ないことから、雇用の機会はほかの障害者に比べると多くなっているといえます。例えば特別支援学校(高等部)卒業者(2022年3月)の就職率を状況別に見ると、聴覚障害(28.3%)、知的障害(22.1%)、病弱・身体虚弱(12.2%)、視覚障害(9.5%)、肢体不自由(3.6%)と、聴覚障害が他の障害よりも高くなっています(「学校基本調査(文部科学省)(令和4年度)」をもとに算出)。 一方、聴覚障害者の雇用が進むに従い、障害についての理解やコミュニケーションの困難さからくる職場の人間関係の問題や、教育訓練の問題が生じてきています。それは、また聴覚障害者が職場において昇進・昇格の機会に恵まれないことや、新技術が職場に導入されたときに研修を受ける機会が少ないといった問題にもつながっています。 さらに、産業構造の変化に伴い聴覚障害者も事務職やサービス産業部門に就職先を求めていく必要が生じ、これまで以上に情報集約的な仕事への移行が進んでいきます。逆説的ですが情報を獲得することに障害のある聴覚障害者が、ますますコミュニケーションや情報収集の必要な仕事に従事していかなければならないという場面が多く発生しています。 最近では、特別支援学校(ろう学校)を卒業したあと、大学に進学したり、特定の職業技術よりも一般の学習を進めていくコースを希望したりする聴覚障害者も増えてきました。コンピュータの発達・普及なども事務系の職種を希望する聴覚障害者の増加に拍車をかけています。このように、聴覚障害者の雇用は、社会的な条件の変化により、その内容を大きく変容させられているといえます。その中で、一般的な職業特性をまとめてみることにします。 (1) 身体面での特徴 身体運動機能について障害の影響はほとんどありません。健康管理や体力の点でも雇用上の問題になることは一般的にはありません。作業現場において危険を知らせるパトライトの設置や非常時の退避手段の確保などを除けば、作業を進めるうえでの特別な設備改善などもあまり必要としません。 (2) 作業面での特徴 作業面でも、聴覚障害に起因して遂行できないものは、ほとんどないといっても過言ではありません。しかしながら、音声言語としての日本語を扱うとなると、文章の読み書きなどが苦手な場合も多く、そのために実際よりも学力面で過小評価されてしまうことがあります。動作的な能力は高いのに、言語的な能力は試験などでは十分に評価されないことがあり、多面的に能力を評価していく必要があります。面接などでも表現や言葉の使用方法などだけで評価してしまうと、その聴覚障害者のもつ本来の力を見落としてしまうことになります。 以上のように、作業の理解や遂行において問題はほとんどありませんが、共同で作業を進める場合など、内容の確認方法などを決めておかないとグループとしての作業成果が十分に現れないことがあります。 (3) 行動面での特徴 人間が社会生活において自然に耳から得ている情報は少なくありません。当然、個人差はありますが、職場における常識などが身についていなかったり、気づくのに時間がかかって常識に欠けていると判断されたりしてしまうこともあります。 次に、このような聴覚障害の職業特性を踏まえ、職場における問題点とそれを解決するための方策について考えてみることにします。 5 雇用上の配慮 職場における合理的配慮の事例として国の「障害者差別禁止・合理的配慮指針@」では聴覚・言語障害について、採用後の配慮事例として、業務指示・連絡に際して、筆談やメール等を利用することや、危険個所や危険の発生を視覚で確認できるようにすることなどがあげられています。これらはそのまま職場定着のための雇用上の配慮にもつながるといえます。 @ 「差別禁止・合理的配慮指針」については、第4章第4節並びに資料編第4節及び第5節を参照。 (1) 職場のコミュニケーション 職場のコミュニケーションというと、1対1の作業の指示上の問題に焦点があてられがちですが、職場外でのインフォーマルな場面も含んだコミュニケーションについて考えることも大切です。コミュニケーションには、@内容の伝達と、A関係の伝達の二つの側面があるといわれています。作業に関する指示、仕事上の留意点など内容のコミュニケーションは、作業を進めるうえで非常に大切であり、確実に内容が伝達されるためには、前述のようなさまざまなコミュニケーション手段が駆使される必要があります。コミュニケーションにおける関係の伝達の側面とは、話をする相手との人間関係を形成するという機能です。上司と部下なのか、あるいは同僚同士なのか、フォーマルな関係なのか、インフォーマルなものなのか、コミュニケーションのとり方によってその二者間の関係が伝わることになります。 聴覚障害者はコミュニケーションが困難なことから、仕事中は筆談でやりとりしてくれても、昼休みや仕事帰りのときなど、職場の仲間の輪に入っていくことができずに寂しい思いをしていることが多くあります。採用された直後は、同僚の関心も高く、いつでもどこでも習いたての手話でコミュニケーションの輪が広がったのに、時間の経過とともにその機会も減っていってしまい、寂しい思いをした聴覚障害者も少なくありません。作業の場面やフォーマルな場面でコミュニケーションがとれていればそれで完全ではないのです。 それから、職場全体の情報に関するコミュニケーションの側面も忘れてはなりません。聴覚障害者は聞こえる人のように、作業をしていて自然に周囲の音声情報が入ってくるわけではありません。周囲の音声情報には、職場全体にかかわる情報から、同僚のちょっとした動向などさまざまです。いずれにせよ、こうした情報から取り残されると、例えば、「会社のことをわかっていない」、「気がきかない」といった評価に結びついてしまうこともあります。また、会社あるいは自分の所属する職場の現状や向かっている方向を知らされないまま、今、担当している仕事についてどんなに「がんばれ」といわれても、全体におけるその位置づけがわからないままに意欲を持続するのが難しいのは当然です。 後にも述べますが、職場での会議や朝礼などで、聴覚障害者にすべての情報を伝えるのは容易なことではありません。しかし、こうした情報の保障は、聴覚障害者の職場適応を考えるうえでもきわめて重要なことなのです。 (2) 職場配置 聴覚障害者の職場配置に当たっては、雇用している聴覚障害者数にもよりますが、一つの職場に聴覚障害者を集中配置するところと、分散させて配置させているところがあります。いずれも長短があって、集中方式では、情報の提供などが一元化でき効率的ですが、コミュニケーションの取りやすさから当然のこととは言え、聴覚障害者同士が固まりやすく、聞こえる社員との交流をもちにくいといわれています。一方、分散方式では、聴覚障害者が孤立しやすく、情報提供の際も非効率であるといったことが一般的にはいわれています。しかしながら、同じ聴覚障害者だからうまくいくかというとそうとは限らず最終的には本人の適性や能力に応じて配置することが基本であり、いずれの方式であれ、情報提供やコミュニケーションに配慮した職場が求められます。 (3) 職場定着のための配慮 聴覚障害者の雇用をめぐっては、職場への定着の問題がしばしば指摘されてきました。以下の表に示すようなことを根拠に職場の人間関係が難しいといった理由があげられますが、聴覚障害者個人の適応力の問題というより、職場への適応上の問題に直面したとき、十分に相談する機会や場がなく、結局は退職せざるを得なかった聴覚障害者も多かったものと思われます。 かといって、聴覚障害があるから定着に問題があると短絡的にとらえるのではなく、些細なコミュニケーション不足が職場の人間関係に影響を与えて、結果的に離職してしまうようなことを避けることが基本になります。 自分の担当している仕事が職場や会社全体の中でどのような位置にあるのか、将来、具体的にどのような技能やマネジメント能力をつけていけば、昇進や昇格の可能性があるのか、展望のもてる職場であることが必要です。 職場においてキャリア・アップをめざすことのできる聴覚障害者も少なくありません。コミュニケーションや情報の保障に配慮した教育・訓練の機会があれば、技能の向上や高いマネジメント能力の獲得は十分に可能です。部下を管理するうえでコミュニケーション能力が必要だから聴覚障害者には管理職は難しいとか、会議での発言が困難だからといった理由でキャリア・アップの可能性を閉ざしているのでは、企業にとって大きな損失です。また、それは聴覚障害者の働く意欲を奪うことにもなります。 表 障害の種類別、常用雇用身体障害者の前職退職の理由のうち個人的理由の内訳(複数回答)(単位:%) (資料出所)厚生労働省「平成25年度障害者雇用実態調査結果報告書」より 障害のため 全体 16.6 視覚障害 23.6 聴覚言語障害 3.1 肢体不自由 20.0 内部障害 22.9 通勤が困難 全体 9.7 視覚障害 9.7 聴覚言語障害 7.8 肢体不自由 9.3 内部障害 12.2 賃金・労働条件 全体 32.0 視覚障害 23.6 聴覚言語障害 35.6 肢体不自由 30.6 内部障害 29.8 仕事の内容 全体 24.8 視覚障害 26.4 聴覚言語障害 30.8 肢体不自由 21.9 内部障害 23.7 会社の配慮不十分 全体 20.5 視覚障害 16.7 聴覚言語障害 22.4 肢体不自由 18.8 内部障害 22.5 職場の雰囲気・人間関係 全体 29.4 視覚障害 25.0 聴覚言語障害 35.6 肢体不自由 28.4 内部障害 26.3 家庭の事情 全体 19.9 視覚障害 20.8 聴覚言語障害 23.2 肢体不自由 20.2 内部障害 15.6 以下、聴覚障害者の職場定着やキャリア・アップに必要な職場における情報保障の方法を見ていくことにします。 職場全体の情報や、仕事を進めるうえで必要な情報を提供していく方法がいくつかあります。職場における朝礼や会議では、部分的には理解できても、議論が白熱してくると話し手が変わるのでついていけないと嘆く聴覚障害者も少なくありません。以下、職場におけるいろいろな情報提供面における聴覚障害者に配慮した伝達方法を紹介します。 @ 手話通訳 手話を使用する聴覚障害者については、手話通訳を配置するのが効果的です。議論の場面などでも臨機応変に対応が可能です。職員研修や定例の会議などについては手話通訳の配置が特に効果的です。 また、聴覚障害者本人の気持ちや考えを正確に理解するために手話通訳は最も適切な方法といえます。 手話通訳については、事業所のある地域の手話通訳派遣事務所や聴覚障害者の団体等に問い合わせるとよいでしょう。また、障害者総合支援法に基づく意思疎通支援事業により、市町村での手話通訳者の派遣もさらに充実することが期待されています。もちろん、手話通訳を配置しても、予め資料を聴覚障害者に渡しておいたり視覚的な資料の提示方法を併用すると理解の度合いが高まります。 A 要約筆記 聴覚障害者においては、必ずしも手話を使用する人ばかりではありませんので、要約筆記が用いられることも多くなっています。基本的には音声情報を即時に文字情報に要約して提示する方法です。 従来、講演会等では、話しの内容を要約しながら、同時に透明のOHPシート等に書き込んでいき、オーバーヘッドプロジェクタによってスクリーン等に提示する方法が用いられてきましたが、近年では、パーソナルコンピュータ(以下「パソコン」という。)をプロジェクタに接続し、音声情報をテキスト変換して映し出す方法、すなわちパソコン要約筆記が主流になっています。入力には通常のワードプロセッサのみならず、専用のソフトウエアの利用によって入力速度の向上が図られています。入力にあたっては、パソコンならではの単語登録機能を活用して、講演やプレゼンテーションの内容等に合わせた作業効率のアップが期待でき、従来の手書きによる要約筆記に比べて情報提供量が確保できるのも特徴です。入力にあたっては、複数のパソコン要約筆記者が分担して1文を完成させる方法等が取り入れられています。 B ノートテイク 少人数の会合や、手話通訳、要約筆記などの手段が取れないときに、聴覚障害者の横で、音声情報の要旨をメモする方法です。場所を選ばすに利用できることも利点の一つです。すべてを手書きでメモするのには限界がありますので、内容を要領よくまとめるかがポイントになります。ノートやホワイトボードに手書きする代わりに、パソコンに入力をして、聴覚障害者が画面を見るという方法もよく行われています。前出のパソコン要約筆記と同様、事業所内で頻繁に用いられる用語や固有名詞等を登録しておけば、入力速度が向上し、その負担も軽減されます。 C ICT(情報通信技術)の活用 FAXの普及によって聴覚障害者の連絡、特に緊急時の連絡手段が確保されたように、電子情報機器やデ ジタル機器の普及は、聴覚障害者のコミュニケーションや情報獲得に大きな影響を与えています。職場では、電子メールを利用してのコミュニケーションや情報交換が次第に普及してきており、電話を使用できないが、音声言語としての日本語を十分に使いこなせる聴覚障害者にとっては有効な手段となっています。携帯電話についても文字情報のやりとりによって出先の聴覚障害者との連絡が可能になっています。欠勤などの突発的な連絡などの場合にも、携帯電話のメールやSNSを利用することで対応が可能になっています。加えてタブレット端末やスマートフォンの普及により、聴覚障害者と健聴者との会話をサポートするアプリの活用も有効な手立てのひとつです。 また、社内での情報交換にメールを活用する例も多く見受けられます。重要な連絡事項や情報については、事前に配信しておくことで、会議などの場での情報保障を進めている事業所も少なくありません。 このように、先端技術の進展には大きな期待が寄せられますが、その利用方法の学習機会などが保障されないと聴覚障害者は恩恵が得られないことはいうまでもありません。 さらにこれらの情報保障の手段に加え、偏った情報のみが提供されるのを防ぎ、聴覚障害者の内面的な問題や悩みに応えることのできる場として、職場の手話サークルや職場定着のための組織化が効果的と思われます。 6 コミュニケーションあふれる豊かな職場を 聴覚障害者のコミュニケーションや情報の保障を考えるうえで大切なことは障害のある人、ない人のどちらか一方のみに無理や負担を強いないということです。最近では、聞こえない人が音声言語の世界に無理に自分を合わせるのではなく、聞こえない人たち自身の音声言語によらない豊かな文化を見直していこうという動きも活発化しています。聞こえることを前提に形成されてきた職場では、直ちに受け入れられにくいかもしれませんが、このような考え方は、コミュニケーションの基本を見つめ直すうえで多くの示唆を与えてくれます。 人と人のコミュニケーションが不足しがちといわれる現代社会。聴覚障害のある人に配慮した職場は、だれにとってもコミュニケーション豊かで、情報が行き交う働きやすい職場であるといえるのではないでしょうか。 (朝日 雅也) 聴覚・言語障害者の雇用事例(運輸業) 障害者雇用職場改善好事例の入賞事例から 手話のできる社員がいない中、聴覚障害者をトラックドライバーとして採用した当初は、手振りや筆談により対応していたが、業務の指示内容が確実に伝わっているか等不安が生じていた。そのため、会社用のスマートフォンを整備し、業務上の相談を管理職と直接やりとりできる体制を作った。またSNSで聴覚障害のあるドライバーのグループをつくり、出勤状況の確認、点呼、体調管理、情報交換などのコミュニケーションを図った。聴覚障害があるドライバーは一見すると障害のあることがわからないため、顧客の理解が得られるように、幹部社員が顧客先に同行し挨拶をしたり、車に貼付する聴覚障害者を表す標識(聴覚障害者マーク)を名刺にも入れ理解を求めている。また、電子メモパッドを携帯し、配送先でのコミュニケーション手段として活用することで、トラックドライバーとして活躍している。 〈注1〉 職場定着の推進については、障害者職域拡大マニュアルNo.9「聴覚障害者の職場定着推進マニュアル」を参考にしてください。また、実際の企業内の取組みでは、DVD「みんな輝く職場へ〜事例から学ぶ合理的配慮の提供〜」もわかりやすく解説しています。 〈注2〉 聴覚障害の特性を踏まえた職場における配慮については、コミック版3「聴覚障害者と働く」、障害者職域拡大マニュアルNo.9「聴覚障害者の職場定着推進マニュアル」を参照するとよいでしょう。 Q&A【問】聴覚障害者とのコミュニケーションにあたっては、特定の方法のみにこだわることなく、多様な方法を検討することも重要である。(解答と解説はP354に記載しています) 第4節 内部障害者 1 内部障害の定義と種類 身体障害者福祉法は、身体障害者の更生援護を目的に制定され、身体障害の内容とその程度に応じて身体障害者手帳を交付しています。それらの障害の中で心臓機能障害、腎臓機能障害、呼吸器機能障害、ぼうこう又は直腸機能障害、小腸機能障害、ヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障害、肝臓機能障害の七つが内部障害と総称されています。これらの内部臓器障害は、それぞれ血液循環、血液浄化、呼吸、排泄、消化、免疫(感染防御)、代謝などの生命を維持するという重要な機能の障害であり、これらの臓器の本来の働きが障害されることにより日常生活活動が制限されることとなります。 身体障害者福祉法の中に、1967年に心臓機能障害と呼吸器機能障害が、1972年に腎臓機能障害が、1984年にぼうこう又は直腸機能障害が、1986年に小腸機能障害が、1998年にヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能の障害が取り入れられました。また、2010年4月に新たに肝臓機能障害が加えられています。今後も医療や社会状況の変化によっては、さらに新たな内部障害が更生医療の枠組みに組み込まれることも考えられます。 2 内部障害の統計 本邦では5年ごとに身体障害者の実態調査を行っていました。平成18年の調査では、全国の身体障害者数(在宅)は348万3000人と推定されています。このうち63.5%が65歳以上です。また、内部障害は107万人で30.7%でした。内部障害数の内訳では、多い順に心臓機能障害59万5000人、腎臓機能障害23万4000人、ぼうこう又は直腸機能障害13万5000人、呼吸器機能障害9万7000人、小腸機能障害8000人、ヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障害1000人でした。全体としての身体障害者数は前回調査時(平成13年)より7.3%増加していましたが、内部障害についてはその増加率は26.0%と各種障害の中では最も大きいものとなっています。身体障害者の原因を疾患別にみると、頻度の多い順から、心臓疾患10.0%、脳血管疾患7.8%、骨関節疾患6.8%、腎臓疾患4.7%、リウマチ性疾患2.8%となっており、内部障害の原因疾患では、心臓疾患、腎臓疾患の頻度が高く、年々増加傾向を示しております。 なお、平成18年の調査以降、上記と同じ手法での全国的な身体障害者の実態調査はなされていませんが、ほぼ同様の手法で在宅障害児・者を調査した平成23年および平成28年「生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者実態調査)」によると、在宅の身体障害者手帳所持者数でみると平成23年(2011年)時は386万4千人、平成28年(2016年)時は428万7千人と推計されています。そのうち内部障害者でみると平成23年時は93万人(24.1%)、平成28年時は124万1千人(28.9%)でした。機能障害別の内訳をみると、平成23年時は頻度の多い順でみると、心臓機能障害59万1千人、腎臓機能障害19万5千人、ぼうこう・直腸機能障害10万7千人、呼吸器機能障害6万9千人、小腸機能障害7千800人、肝臓機能障害5千人、ヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障害3千400人となっています。平成28年時は頻度の多い順でみると、心臓機能障害73万人、腎臓機能障害25万3千人、ぼうこう・直腸機能障害14万9千人、呼吸器機能障害8万3千人、肝臓機能障害1万5千人、ヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障害7千人、小腸機能障害2千人となっています。 3 心臓機能障害 身体障害者福祉法での身体障害者手帳交付に当たっての心臓機能障害の等級基準は、主に、@不整脈、A虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)、B心筋症などにより心臓の本来の働きが障害され、このため日常生活活動が制限されるものにわかれており、障害程度により1級(自己の身辺の日常生活活動が極度に制限されるもの)、3級(家庭内での日常生活活動が著しく制限されるもの)、4級(社会での日常生活活動が著しく制限されるもの)と決められています。 (1) 代表的心疾患 @ 不整脈 心臓のリズムをつくり出す洞結節のパルスの発生が不規則になったり、刺激を伝える刺激伝導系以外のところから異常なパルスが発生したり、あるいは正しくパルスが伝わらなかったりすると、心拍数が異常に速くなったり遅くなったり、又はリズムに乱れを生じたりします。このような異常を不整脈といいます。 A 虚血性心疾患 ア 狭心症 心臓を養っている冠状動脈の血流量が相対的、あるいは絶対的に減少し、心筋の需要に応じきれないため狭心痛発作を起こすもので、狭心痛発作のほかに、胸部の絞扼感、圧迫感、灼熱感などが短時間みられます。 イ 心筋梗塞 心筋を養っている冠状動脈の血流が途絶えたり、あるいは極度の減少のために心筋が壊死し、このため激しい胸痛が出現します。心筋梗塞はいわば狭心症の終末像ともいえます。 ウ 心筋症 心筋症は原因不明の一次的に心筋が冒される病気をいい、拡張型、肥大型、拘束型の三つに分けられます。 エ 弁膜症 心臓には三尖弁、僧帽弁、肺動脈弁、大動脈弁と四つの弁があり、血液を一定方向に流すように機能していますが、何らかの原因によりこれらの弁の機能が障害されたものをいいます。 オ 先天性心疾患 胎生期初期の心臓血管系の発生異常により引き起こされる、先天的な心臓血管系の構造機能上の異常を呈する疾患をいいます。 カ 心不全 原因疾患のいかんにかかわらず、心臓のポンプ機能が障害され、身体の各臓器に十分な血液を送れず、肺・肝臓・腎臓などに血液のうっ滞が起こる状態をいいます。心不全になると、息切れ・呼吸困難・頻脈・チアノーゼ・浮腫などの症状を呈するようになります。 (2) 心疾患患者の雇用上の一般的注意点 心疾患患者を雇用するうえで大切な点は、患者の状態を正しく理解し、なるべく心臓に負担のかからないような仕事を心がけることです。 状態観察のポイントとなるのは、顔色・脈拍・呼吸状態・皮膚の色や状態・むくみの有無などです。脈が速い(頻脈)、呼吸が荒く息切れがしている(呼吸困難)、顔色が悪く四肢末梢が紫色に見える(チアノーゼ)、顔や四肢がむくんでいる(浮腫)などは、心不全の徴候として大切です。これらの徴候がみられる場合、心臓機能は低下しており、座位での仕事でも長時間労働は心臓に負担がかかることが予想されます。したがって、このような徴候がみられる場合は、絶えず患者の状態を観察しながら、早めに専門医の診察を受けるように指導することが大切です。また、仕事中に少しでも変わったところがみられたら、横になり安静にし、心臓への負担を軽減します。 (3) 人工臓器 心臓機能障害において用いられる人工臓器としては、主に不整脈に用いられる心臓ペースメーカー、さらに弁膜症に用いられる人工心臓弁、突然死の原因となることが多い心室頻拍や心室細動などの、致死的不整脈に対して用いられる埋め込み型除細動器があります。 @ 心臓ペースメーカー 人工的電気刺激により心臓を興奮収縮させる装置を心臓ペースメーカーとよび、刺激伝導系の何らかの障害により、心臓に著明な不整脈(極端な徐脈あるいは心臓停止)を生じさせるような疾患に対して適応としています。生活上の注意点としては、ペースメーカーの感知部分に体外から雑音が混入し、誤作動する場合があることで、例えば高エネルギーの電磁波を発生する家庭電気製品(電磁調理器)、医療用機器、工業用機器について、使用しない・近づかない注意が必要です。 A 人工心臓弁 機能障害のため正常に働かなくなった弁膜の代用として、機械的に又は他の動物の弁や心膜を加工し、正常に近い弁機能をもたせようとしたものが人工心臓弁であり、各種弁膜症で臨床症状や検査所見の程度が悪いものが人工心臓弁置換術の適応となります。生活上の注意点としては、人工心臓弁では血の塊(血栓)が弁に形成されやすく、血栓が末梢に飛んで塞栓症状を起こしやすくなります。これを防止するために、血を固まりにくくする薬物(抗凝固剤)を術後に服用させています。このため合併症としてわずかの打撲程度でも出血しやすくなっているため注意が必要です。 B 埋め込み型除細動器(ICD) 埋め込み型除細動器(ICD=Implantable Cardioverter Defibrillatorの略)は、前述したように突然死の原因となることが多い心室頻拍や心室細動などの致死的不整脈に対して、心臓ペースメーカーと同じように体内に埋め込みを行う電気刺激装置です。日常生活上の注意としては、心臓ペースメーカーと同じように、電磁波を発生する機器の近くではICDの作動に影響を及ぼし、場合によっては失神などを起こすことがあるため、使用しない・近づかない注意が必要です。 (草野 修輔) 4 腎臓機能障害 腎臓の機能が高度に障害されて体液の恒常性が維持できなくなった状態を、腎不全といいます。腎機能が正常の25〜30%以下になると腎不全の状態となり、さらに腎機能が低下して10%以下になるといわゆる尿毒症となり、人工透析療法や腎臓移植療法が必要となってきます。腎不全には、急性に発症して腎機能が急激に低下する急性腎不全と、慢性に経過する慢性腎不全があります。 急性腎不全は、多くの場合可逆性であり、慢性腎不全が透析導入後ほとんど離脱できず不可逆性であるのと比べ、大きな違いがあります。急性腎不全の原因としては、腎毒性物質又は虚血による急性尿細管壊死によることが多く、慢性腎不全の原因疾患としては、糖尿病性腎症@が最も多く、次いで慢性糸球体腎炎で、高血圧による腎硬化症も多い原因です。新規の透析の原因疾患としても、糖尿病性腎症が最多です。 内部障害者の対象となるのは慢性腎不全ですので、以下慢性腎不全について記述します。 @ 糖尿病性腎症:糖尿病に特有な合併症として、腎症、網膜症、神経障害がある。この中で、生命予後に最も重要な関係を有するのが腎症である。このため、尿蛋白の検査を欠かさずに実施して、早期に腎障害を発見し、治療することが大切である。 (1) 慢性腎不全の臨床症状 慢性腎不全は数ヶ月ないし数年間にわたる持続性の腎予備力の減退に基づく非可逆性の腎機能不全の状態であり、臨床症状は多種多彩です。 @ 精神・神経症状 頭痛、不安、不眠、精神障害、けいれん、昏睡、末梢神経障害。 A 消化器症状 悪心、嘔吐、食思不振、下痢、吃逆、口内炎、耳下腺炎、膵炎、胃腸炎、消化管出血。 B 循環器症状 心肥大、心不全、浮腫、心外膜炎、高血圧、脳出血。 C 呼吸器症状 肺炎、呼吸困難、呼吸促迫。 D 造血器症状 貧血、出血傾向(腸管出血、鼻出血)。 E 皮膚・粘膜症状 色素沈着、紫斑、かゆみ、皮下出血。 F 眼症状 結膜炎、角膜のカルシウム沈着。 G 骨障害 腎性骨異栄養症(線維性骨炎、骨軟化症)。 (2) 慢性腎不全の治療 慢性腎不全は生涯にわたって継続治療を必要とします。治療の要点は下記の4項です。 @ 適度な運動、食事療法(蛋白質、食塩、水分制限)。 A 増悪因子の除去(保温、感染の予防に配慮)。 B 対症療法(降圧剤、抗生物質などの投与)。 C 透析療法、腎移植。 (3) 透析療法 上記@ABの治療法で症状の改善が認められない場合に透析療法が実施されます。 透析療法は失われた腎機能を代行し、血液を浄化する治療法ですが、腎機能すべてを代行するわけではありませんので、同時に食事療法、薬物療法が必要です。 透析療法には腹膜透析と血液透析があります。 腹膜透析は患者自身の腹膜を透析膜として施行するもので、透析効率は血液透析より劣りますが操作は簡単で安全性も高く、在宅でも手軽に行える利点があります。ただし、腹膜炎を合併する危険性があります。腹膜透析としてはCAPD(連続携帯式腹膜透析:Continuous Ambulatory Peritoneal Dialysis)が一般的で、腹腔に腹膜透析用カテーテルを固定装着し、透析液を腹腔内に入れたまま社会活動し、1日に3〜4回自分で注液、排液を行い透析液を交換する透析法であり、完全社会復帰を希望する患者、シャント(連結口)作成が困難で血液透析の実施が困難な症例などに用いられています。長期には腹膜が肥厚するため血液透析に移行しなければならない場合があります。 一方、血液透析(人工腎臓)は人工半透膜の間を血液を通過させ、透析を行うもので、透析効率がよく、体液異常の改善が急激に起こりますが、血液を体外循環させるために動・静脈のシャント(連結口)が必要で、小手術を行う必要があります。現在、血液透析が長期透析療法の主役となっており、平成10年から在宅血液透析も保険適応となっています。 合併症については、腹膜透析患者では腹膜炎の早期発見に注意すること、血液透析患者ではシャントの管理が重要です。 (4) 腎移植 腎不全の治療法としては非常にすぐれた方法で、全身状態、腎臓の提供者などの状況が整えば、選択肢の一つになります。移植後は、まず免疫抑制剤をきちんと服用する必要がありますが、食事制限、透析のための頻回な通院などの生活上の制限は大きく減ります。移植後半年を過ぎれば、通常の運動も可能となります。 (5) 腎機能障害者に対する雇用上の一般的注意事項 本人のプライバシーに配慮した上で、他の労働者に対し以下に示す様な障害の内容や必要な配慮等を説明する必要があります。 @ 全身的な体力の低下を伴っていることが多く肉体的重労働には適していません。ただし、近年は不動による健康リスクの方が重要視されてきているため、レクリエーションレベルで本人の体力に合った運動は積極的に勧められるようになってきているため、無理のない活動であれば参加は可能です。 A 体調の変動を伴うことが多いので、体調に応じた業務量の調整が必要です。 B 医学的管理は重要で、定期的に継続して医療を受ける必要があり、定期的な通院に関する配慮が必要です。 C かぜなどの感染症に罹患しやすいので、その予防を心がける必要があります。 D 長期間の療養の結果、精神的、心理的、経済的、社会的にハンディキャップを負っている場合は、温かい態度で接し、患者のもつ問題点を理解し、それぞれに応じた援助を行う必要があります。 E 身体を寒冷にさらさないような温暖な労働環境が腎機能障害者には望まれます。 F 移植腎は腹部にあるので、腹部を圧迫するような作業は、避ける必要があります。 (佐久間 肇) 5 呼吸器機能障害 ヒトは呼吸により大気中の酸素を取り入れ、体の各組織での化学的燃焼によって生じた炭酸ガスを体外に排出することで生命を維持しています。このガス交換の過程のどこかに障害が起こると、呼吸器の機能障害が起こることになります。身体障害者福祉法でいう呼吸器機能障害とは、病因を問わず、このような障害が長期に続く慢性の呼吸器の機能障害を指しており、指数(予測肺活量1秒率=1秒量÷予測肺活量×100)と動脈血酸素分圧及び行動範囲などを指標として障害が判定され、その程度により1級(呼吸器の機能の障害により自己の身辺の日常生活活動が極度に制限されるもの)、3級(呼吸器の機能の障害により家庭内での日常生活活動が著しく制限されるもの)、4級(呼吸器の機能の障害により社会での日常生活活動が著しく制限されるもの)の身体障害者手帳が交付されます。慢性の呼吸障害をきたす代表的な疾患は以下のとおりです。 (1) 代表的な呼吸器疾患 @ 慢性閉塞性肺疾患 広範な気管支の狭搾を示し、1秒率の低下をきたすものをいい、以下の疾患が含まれます。 ア 慢性肺気腫 肺胞が破壊されて全体として肺が異常に膨張する疾患で、さまざまな程度の呼吸困難を訴えます。身体所見は努力呼吸、呼気延長(ゆっくりでしか息が吐けない)などがみられ、進行するとチアノーゼもみられます。 イ 慢性気管支炎 慢性の咳と痰を主症状とし、進行すると呼吸器の機能障害を示します。 A 拘束障害をきたす疾患 拘束障害とは肺、胸膜、胸壁の異常や、神経筋疾患などのために肺の拡張が制限され、肺活量の低下をもたらすものをいいます。肺結核、肺繊維症、サルコイドーシス、肺結核手術後の胸郭変形、広範な胸膜癒着、ポリオ、筋萎縮性側索硬化症、重症筋無力症などが原因となります。 B 慢性呼吸不全 慢性の呼吸器機能障害による低酸素血症や高炭酸ガス血症のために、体にさまざまな異常を引き起こす病態です。前述の慢性閉塞性肺疾患が進行したり、結核後遺症などによる肺活量の低下が加齢などで進行すると、このような状態になります。神経系、循環器、腎、消化器などの多くの臓器に深刻の低下な合併症を引き起こすようになります。 (2) 人工臓器 @ 酸素療法のための機器 慢性呼吸不全による低酸素血症が進んだ患者には酸素療法が有効であり、在宅酸素療法(Home Oxygen Therapyを略してHOT(ホット)と呼ばれている)により家庭や職場への復帰が可能となり、生活の質を高めることができるようになりました。装置には、液体酸素装置と酸素濃縮装置の二つがあります。在宅酸素療法は健康保険が適応されており、下記の条件を満たした場合に開始されます。ただし、HOTの導入に際しては、有効とされる他の治療(薬物療法、呼吸器リハビリテーション)を十分に行っても1ヶ月以上にわたり低酸素血症が持続することを確認する必要があります。 ア 対象疾患 (ア)高度慢性呼吸不全例 ただし、動脈血酸素分圧(PaO2) が55Torr(mmHg) 以下の者、およびPaO2が60Torr(mmHg)以下で睡眠時または運動負荷時に著しい低酸素血症を来す者であって、医師が在宅酸素療法を必要であると認めた者。適応患者の判定にパルスオキシメータによる酸素飽和度から推測し、PaO2を用いることは差し支えない。 (イ)肺高血圧症 (ウ)慢性心不全の対象患者 ただし、医師の診断により、心不全の重症度分類で用いられるNYHA(New York Heart Association)V度以上であると認められ、睡眠時のチェーンストークス呼吸がみられ、無呼吸低呼吸指数(1時間当たりの無呼吸および低呼吸数をいう)が20以上であることが睡眠ポリグラフィー上で確認されている症例。 (エ)チアノーゼ型先天性心疾患 チアノーゼ型先天性心疾患に対する在宅酸素療法とは、ファロー四徴症、大血管転位症、三尖弁閉鎖症、総動脈幹症、単心室症などのチアノーゼ型先天性心疾患患者のうち、発作的に低酸素または無酸素状態になる患者について、発作時に在宅で行われる救命的な酸素吸入療法をいう。 A NPPV(Noninvasive Positive Pressure Ventilation=非侵襲的陽圧換気療法) NPPVは、気管内挿管や気管切開処置をせずに行う換気療法で、フェイスマスクや鼻マスク、鼻プラグを通して上気道に陽圧を加え、肺の換気を補助する人工呼吸法であり、ポリオや筋萎縮性側索硬化症、進行性筋ジストロフィーなどの神経筋疾患で、呼吸筋の障害により換気機能が低下した場合に導入されることが多い治療法です。後述のベンチレーターとは異なり気管内挿管や気管切開処置などをしなくても良いため、食事や会話が可能です。NPPVで使用するマスクやインターフェースとしては、フェイスマスク、鼻マスク、鼻プラグ、マウスピースなどがあり、疾患内容や呼吸状態、患者の希望などを総合的に判断して適切なものを選択します。 B ベンチレーター(人工呼吸器) ポリオや筋萎縮性側索硬化症、進行性筋ジストロフィーなどの各種神経筋疾患などで、NPPVでの対応でも呼吸運動がさらに低下してくると十分な呼吸サポートが出来なくなり、ベンチレーターに頼らなければ生命を維持できなくなってきます。従来は長期入院下での療養を強いられましたが、近年機器の小型化が進み、在宅生活での人工呼吸器での呼吸管理も可能となってきています。 (3) 呼吸器機能障害者雇用上の一般的留意点 慢性的な呼吸器機能障害者は、低酸素血症があっても安静時は呼吸困難を訴えることはあまりありません。これは慢性の経過をとるうちに各臓器の代償機能が働くようになっているためです。しかし呼吸の予備能力が低いので、職種は障害の程度によりますが、肉体的負担の少ない軽作業やデスクワークなどが向いています。雇用上大切なことは、障害についての理解と個々の患者の状態を正しく把握することです。体調管理のためには主治医の意見も聞いておく必要があります。職場環境としては気管支粘膜が過敏になっていることが多いので、刺激ガスや温度変化(特に冷気)、乾燥に留意します。HOTを導入している患者の場合は火気の取り扱いや室内の換気にも留意します。その他、定期的な通院が必要となるため、勤務時間の配慮も必要となります。 (草野 修輔) 6 ぼうこう又は直腸の機能障害 ぼうこう疾患で尿路(尿管)を変更し、腹壁に新たな排泄口を造設したり、同様に、腸疾患で腸管の一部分を切除したり、あるいは腸管の通過障害を起こして便を肛門から排泄できない場合に、新たに肛門以外に便の排泄口(人工肛門)をつくる必要を生じる場合があります。こうしてつくられた新たな排泄口をストマとよび、これを永久的に造設した方は、部位に関係なく障害認定が行われます。また、ストマがない方でも、直腸の手術や代用ぼうこう@の使用により高度な排尿機能障害がある方や先天性鎖肛に対する肛門形成術や小腸肛門吻合術に起因する高度な排便機能障害がある方も、認定の対象となります(術後6ヶ月を経過した日以降に認定します。)。 手帳1級から3級では医療費及び税金の障害者控除が受けられ、手帳1級程度のいわゆる重度身体障害者には、居宅介護(ホームヘルプ)、重度訪問介護等の自立支援給付を受ける制度もあります。ストマ用装具費の支給制度、交通運賃割引制度などもあり、福祉センター、身体障害者更生相談所などの利用もできます。 (1) 尿管ストマを必要とする代表的疾患 @ 二分脊椎 椎弓癒合不全(脊柱管の背側が開いたままになる)により起こる先天性奇形で、脊髄や髄膜Aの形成不全も合併します。脊柱管の内容の脱出を伴わない潜在性二分脊椎と、脱出を伴い体表へののう状膨隆を認めるのう状二分脊椎があります。神経因性ぼうこうBを示すのは、のう状二分脊椎のうち、のう状膨隆の中に神経根や脊髄を含む脊髄髄膜瘤とよばれるものに多くみられます。残尿が多く、ぼうこう内から尿管に尿が逆流するために、適切な処置(導尿C処置やストマの造設)を怠ると、尿路感染Dを繰り返して腎機能の低下を招きます。 A ぼうこう癌 血尿で気づかれることが多い癌です。腫瘍が尿路を塞いで排尿が困難になったり、ぼうこうの伸展が悪くなると尿意が頻回になったりします。ぼうこうの一部の手術であればストマが必要ないこともあります。 B 子宮癌 婦人科領域の癌では最も多い癌です。しばしば癌が子宮にとどまらず、ぼうこうや直腸にまで病変が進展することがあり、子宮、ぼうこう、直腸を併せて取り除く手術が必要となることがあり、この場合は、尿管と腸管の2種類のストマをつくることになります。 @ 代用ぼうこう:ぼうこう全摘出後に腸管などを用いてつくられるぼうこうの代用となるもので、尿を蓄えることができる。 A 髄膜:脳あるいは脊髄を覆っている構造物で、外側から硬膜、くも膜、軟膜の3層よりなる。 B 神経因性ぼうこう:神経疾患に伴う排尿障害の総称。肺炎や褥瘡などとともに三大神経疾患合併症といわれる。 C 導尿:カテーテルを尿道口からぼうこうに入れて、尿を排泄する操作。 D 尿路感染:ぼうこう炎を代表とする尿の通過路における感染症。 (2) 腸管ストマを必要とする代表的疾患 @ 大腸癌 海外に比較して日本では少なかったのですが、食事の欧米化に伴い確実にその数は増加しています。日本人の場合、大腸癌全体の60〜70%が、S状結腸と直腸に発生しています。早期の大腸癌は無症状ですが、進行癌では、血便、便通異常が出現します。直腸癌が多いので、指診といわれる肛門からの直腸内部の触診が重要です。進行癌では手術療法が中心となりますが、早期のポリープ型癌では、内視鏡的治療も可能です。 A 腸閉塞(イレウス) 小腸や大腸において、腸管の内腔の通過が阻止された状態をいい、嘔吐、腹痛、便秘、排ガス停止などの症状が出ます。腸閉塞は機械的イレウスと機能的イレウスに大別されます。機械的イレウスは、腸管の癒着による屈曲や癌による狭窄などで、多くの場合は腸管蠕動(ぜんどう)の亢進を認めます。機能的イレウスは汎発性腹膜炎などに伴い生じるまひ性イレウスが代表的で、この場合は腸管蠕動は減弱〜停止します。 B クローン病 主として若い成人にみられる原因不明の疾患で、消化管に線維化と潰瘍形成を伴う肉芽性炎症を起こします。腹痛、全身倦怠、下痢、下血が多い症状です。病巣が不連続で潰瘍が縦走する形態をとることが特徴で、しばしば病変部で狭窄を起こします。内科的治療にしばしば抵抗性があり、狭窄、閉塞を起こした場合は切除手術が必要になることがあります。 C 潰瘍性大腸炎 30歳以下の成人に多いのですが、小児や50歳以上の人にもみられる原因不明の炎症性疾患です。びらん、潰瘍を形成し、血性下痢を主徴とし、粘血便、腹痛、血便がよくみられる症状です。基本的に、直腸から病変は始まり、連続的に上部に広がります。腸管壁の浅い部分(粘膜)の炎症で、分泌腺内の膿瘍(腺窩膿瘍)が形成され、腸管の短縮、壁の硬化が起こります。難治性の場合は、切除手術が必要になることがあります。 D 腸結核 肺結核に伴って起こることが多く、痰の嚥下とともに腸に到達して、病変を生じると考えられています。粘膜下のリンパ組織の分布に沿って潰瘍が形成されることから、小腸では輪状潰瘍を認めることが多く、大腸では分布、形態ともに不規則といわれます。回盲部、回腸に好発します。病巣部の生検検査、生検材料・痰・胃液・便などの培養による結核菌の証明が診断上重要です。 (3) 雇用上の注意 @ 術後の体力の回復状況や、他の合併症の有無などを十分に配慮した勤務時間・内容の設定、出勤時間の決定などが必要であり、この際に主治医の意見聴取も重要です。 A 病院から退院し障害のない人の中で生活するようになったとたん、とかく障害のない人と比較して自らの悲運を嘆き、周囲を気にして人との付き合いに消極的になり、しだいに孤独感、疎外感を増して家族や社会との断絶を招くこともあります。職場における上司、同僚の障害についての理解と協力が重要です。 B 多くの方は原疾患の経過観察やストマ管理のために、定期的な医療機関の受診を要します。 C ストマ管理を要する方には、トイレ等にストマ用具を置ける簡単な処置台の準備が必要です。 7 小腸機能障害 先天的原因や後天的原因によって小腸の切除を要すると、通常の経口による栄養摂取のみでは栄養の維持が困難になる場合があり、障害認定の対象となっています。該当すれば、1級(栄養所要量の60%以上を常時中心静脈栄養法で行う必要のあるもの)、3級(栄養所要量の30%以上を常時中心静脈栄養法で行う必要のあるもの)、4級(永続的に小腸機能の著しい低下があり、随時中心静脈栄養法又は経管栄養法を行う必要のあるもの)に認定されます。小腸大量切除の場合は手術時に、それ以外の小腸機能障害の場合は6ヶ月の観察期間を経て認定されます。 (1) 代表的原因疾患 前項(ぼうこう又は直腸の機能障害)で述べた腸疾患のほかに、下記のようなものがあります。 @ 上腸管膜血管閉塞症 腸管膜動脈の血栓症・塞栓症により腸管壁の壊死を起こします。上腸管膜動脈に多く、この場合、病変は小腸から右結腸に及びます。突然の腹痛、腹部膨満、嘔吐、吐血、下血などの症状が出ます。腹膜炎を起こすと予後が悪くなるので、外科的処置(腸管切除)が急がれます。 A 外傷 事故による腹部の強い打撲や刃物による刺傷などにより、腸管の切除が必要となることがあります。 B 先天性小腸閉鎖症 先天的に小腸の内腔に閉塞を認めるもので、早期に腸切除を要します。 (2) 中心静脈栄養法 従来、輸液といえば水分・電解質@の補給が主体でしたが、現在では、病態により栄養補給の意味づけを強くした輸液が可能となりました。末梢静脈からでも、適当な輸液剤と脂肪乳剤を併用すると1,300kcal程度の投与が可能とされます。しかし、末梢静脈からの輸液は血栓性静脈炎Aの発生が高率であり、長期の栄養管理には適しません。 そこで行われるのが、中心静脈栄養法です。これは、カテーテル先端を鎖骨の下から挿入し、中心静脈に留置した状態で輸液管理を行う方法で、長期の、さらに高カロリーの輸液が可能となりました。カテーテルの清潔維持、電解質や糖代謝異常出現の監視(血液・尿検査)が必要であり、医療管理下で行われます。 小腸機能障害のために長期の中心静脈栄養法が必要で、かつ一般状態が安定し、患者・家族の協力が得られる場合、中心静脈栄養法を在宅で行う方法がとられつつあり、医療保険の適応対象にもなっています。これにより、患者・家族の社会参加を助ける効果も出てきています。輸液のシステムをジャケットやショルダーバッグに装填して移動が可能なものができており、輸液を行いながらの就労も可能となってきました。 (3) 雇用上の注意 @ 高熱環境の職場、肉体労働主体の職場などでは発汗量も多いことから、電解質バランスの異常や脱水状態をきたしやすくなるので、職場としては不適当です。 A 中心静脈栄養法は厳重な医療監視下で行われるべき方法であり、定期的な医療機関の受診は欠かせませんので、定期的通院に配慮が必要です。 (佐久間 肇) @ 電解質:特定の溶媒に溶かしたときに、溶液が電気伝導性をもつようになる物質のことで、体内電解質とは、Na、Cl、K、Ca、Pなどが重要視される。 A 血栓性静脈炎:局所の感染に基づく静脈炎で、局所の静脈の肥厚と血栓の形成をみる。 8 ヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障害 ヒト免疫不全ウイルス(HIV: Human Immunodefi-ciency Virus)は免疫機能を担う白血球を破壊しながら数年〜10数年をかけて増殖し、重篤な免疫不全の原因となります。しかし、1980年代の治療法のなかった時代や、現在でも発展途上国等で治療を受けられない状況とは異なり、わが国では1990年代後半以降、治療法の進歩により感染者でのHIVの増殖を抑えることができるようになり、服薬や通院を続けることで職業生活が可能な人が多くなっています。現在では血液中にHIVを検出できない程度に抑える治療も一般的になり、その場合、感染の危険性もほとんどなくなっています。その一方で、病気への誤解や偏見への心配から、職場に配慮等を申し出にくく、心理的なストレスを抱えている人が多いことも明らかになっています。平成10年からは内部障害に追加され、医療費の自己負担が軽減されるとともに、障害者雇用率制度の対象にもなっています。病気についての正しい理解に基づき、安定した職業生活を送れるような支援が求められます。 (1) HIVの基礎知識 HIVはウイルスですが、インフルエンザ、風邪、下痢等のウイルスとは異なり、普通に生活している同居者にも感染しない非常に感染力が弱いウイルスです。主な感染経路は、「性的感染」、「血液感染」、「母子感染」となっています。HIVは感染者の血液、精液、膣分泌液、母乳に含まれますが、空気中や水中では死滅してしまうため、直接傷口や粘膜に接触しないと感染しません。また、少し触れただけでは感染しません。また、服薬を継続しているHIV陽性者(発症の有無にかかわらずHIV抗体検査が陽性であった人として、このように呼びます。)の血液や体液中のHIV量は検査で検出できる限界未満となっている場合が多く、その場合、感染の危険性はないとされています。 HIV感染についての不合理な「万が一」の心配は、結果として、HIV陽性者の雇用差別につながります。 コップの回し飲み、握手、涙・汗、キス、同じ鍋をつつく、風呂やプール、トイレ、せき、くしゃみ、シーツの共有等で感染することはありません。血液感染といっても蚊やダニを介してHIVが感染することはありません。 通常の職業生活では、HIVが他人に感染することはなく、食品の取り扱い、美容師やマッサージ師など顧客に接触する仕事でも制約はありません。職場の出血事故で直接傷と傷が接触するという稀な事態にも、後述の出血事故への適切な対処によって、感染の可能性を限りなく少なくすることができます。社員寮等の共同生活でも、衛生管理(カミソリ・歯ブラシ等の血液がつきやすいものを共用しない等)や一般的な安全・健康指導で十分です。 (2) HIVによる免疫機能の低下 免疫機能とは一種の「防衛体力」です。空気中、食べ物、様々な物には、細菌、カビ、ウイルス等が多く存在しますが、人々が何の問題もなく生活できるのは、免疫機能がこれらの異物を排除しているからです。HIVは、ヒトの免疫機能の中枢であるヘルパーT細胞(血液中やリンパ節にある白血球の一種)に入り込み、その内部で増殖を続け、これを破壊します。免疫機能の低下は、ヘルパーT細胞の数(「CD4数」と呼ばれる)の検査の他、日和見感染症(通常の免疫力があれば問題を起こさない非常に弱い病原体による感染症)の発症によっても分かります。 エイズ(AIDS)とは、HIV感染による重度の免疫不全症候群のことを言い、後天性免疫不全症候群(Acquired Immunodeficiency Syndrome)の略です。通常の免疫力があれば発症することはない特定の疾患が確認された時点でエイズと診断されます。 (3) HIV感染症の治療と障害認定 現在、わが国では、エイズが発症した場合でも1〜2ヶ月の入院後、多くの場合、適切な治療を行うことで職場復帰が可能な例が多くなっています。治療を継続することで、免疫機能は障害のない人と変わらないレベルまで回復し、血液中のHIVも検出できない程度に低下している人も多くなってきました。 免疫機能障害は、エイズ発症の有無や、血液検査のデータを含む12の指標項目を総合的に判断して認定され、おおまかに1〜2級がエイズ発症、3〜4級がエイズ発症前の免疫機能低下のレベルに相当します。前述のように、適切な治療により免疫機能は回復しますが、現在HIVを完全に消失させる治療方法はないため、治療を中断するとHIVは再増殖し、免疫機能は低下してしまいます。このため、服薬によって免疫機能が回復している人も障害認定は継続しています。実際の免疫機能低下の程度については、エイズの診断や障害等級ではなく、免疫機能の検査値等での個別の確認が必要です。 (4) 服薬・通院について 抗HIV薬は複数の錠剤を組み合わせて、各人の免疫状態やライフスタイルに合ったものが選択されます。かつては複数の錠剤を仕事中にも服薬する必要があるなど負担が大きかったのですが、最近では服薬回数が一日に1回〜2回と、仕事中の服薬の必要がなくなってきています。また、HIV陽性者自身の健康管理も取り組まれています。 通院は、特に体調に問題がない場合でも、予防的な意義もあり、月1回から数ヶ月に1回、定期的に必要です。 (5) 雇用上の注意点(合理的配慮を含む) 職場において、同僚の科学的に根拠のない恐怖や誤解、偏見による差別や混乱が生じることを防止するために、本人とのコミュニケーションや、情報管理、啓発に慎重な対応が必要です。また、疾患管理と職業生活の両立の支援、衛生管理や出血事故対処の一般手順に留意します。 @ 病気についての情報収集 既述のように、HIVによる免疫機能障害あるいはHIV感染それ自体では、通常、職務遂行のための適性と能力に直接関係しません。労働安全衛生法上の「病者の就業禁止」にはあたりませんし、HIV感染それ自体は解雇の理由に該当しません。HIV感染を本人から告げられた場合に、それで過剰反応を起こすことなく、あくまで本人の適性と能力に焦点をあわせ、病気により不利な扱いをしてはいけません。そのことを明確に本人に示すことで、本人の安心にもつながります。 また、HIV感染のことを明示することを望まない人もいることから、一般的に採用選考時等に、HIV感染についての情報の収集は行うべきではありません。健康診断も、HIV抗体検査証明が必要な国での勤務といった、合理的・客観的な理由がある場合等を除いて、HIV感染の検査は行わないことが原則であり、また、検査を行う場合には内容と理由を本人に事前に周知すべきです。 A 情報の取り扱い HIV感染については、本人の意思を確認し、情報がむやみに拡大しないように関係者の秘密保持を徹底します。健康管理に関する情報は、産業医等必要最小限の担当者にとどめ、関係者の守秘義務を徹底します。上司等による定期的通院への配慮等については「持病」、「内部障害」とだけ伝え、プライバシーや人権を最大限尊重します。また、後述の衛生管理や出血事故対策は一般的な手順であるため、職場全体にHIV陽性者がいることを伝える必要はありません。 その他、人事や産業医、健康保険を扱う部署などからの情報漏洩を不安に思うHIV陽性者が多いことから、これには法的な処罰規定があることを再確認し、情報管理を適正に行えるよう関係者の認識を高めておく必要があります。 B 正しい知識の啓発 HIV感染については誤解や偏見が根強いことから、もし上司や同僚に病名を開示する必要があるならば、一般の健康をテーマにした研修等で、HIV感染についての正しい知識を職場に啓発しておくなどの配慮が必要です。開示しない場合でも、できれば一般の健康教育の一環としてHIV感染症の現状についての啓発をしておくことが望まれます。事前の啓発が行われず、パニック等の過剰反応が起こった場合でも、HIV感染症についての専門家を招いての説明会や質疑応答で沈静化できた例があります。 HIV感染症の治療の状況は近年大きく進歩しているため、最新の情報に基づく啓発が重要です。 C 疾患管理と職業生活の両立の支援 服薬や定期的通院がなされていれば、HIV陽性であること自体が仕事上で問題となることはほとんどありません。HIV陽性者の職場での健康管理や安全配慮に必要なことは、産業医等の専門の担当者が相談や支援にあたることが、情報管理上からも適切です。 一方、「病気がありながら働くこと」への職場の理解について、本人の不安が大きいことから、仕事の進め方について上司等が相談に乗る、職場の同僚との親睦等で人間関係を向上させるといった一般的な職場の取り組みが重要です。また、一般的に、少し疲れた時に休憩でリフレッシュしやすくすることは、HIV陽性者が仕事を安心して続けやすくするのに効果的です。 D 衛生管理や出血事故対処の一般手順 HIVの治療が適切に行われていれば感染のおそれはほとんどなくなっており、職場での対策としては、血液感染症を含む一般の感染症予防についての、職場での一般の安全指導や健康教育の範囲で十分です。また、社員寮等で共同生活をする場合でも同様です。 具体的には、他人の血液や分泌物には直接触れない。これらは石鹸を使って洗い流すか、それができない時はビニール袋等でしっかり包んでゴミに出す。出血はなるべく本人が自分で処置する。カミソリ、歯ブラシ、タオル等の血液のつきやすい日用品は他の人と共有しない。傷の応急処置を他人がする必要がある場合には、ゴム手袋を着用し、血液等に触れたらすぐに石鹸を使って流水で洗い流す。傷口等の接触に備え人工呼吸ではハンカチ等をはさむ等を注意する、などです。これらは、当然、HIV陽性者自身も自覚をもって行います。 なお、以上のような配慮を行った上でも、例えば治療が適切に行われていないHIV陽性者が出血して意識を失い、他者が傷を負った手で誤って血液に触れてしまった等、感染の危険性が生じる事態は想定可能です。その場合は、迅速に医療機関を受診します。HIVは感染力が弱く、さらに服薬継続中であればHIVウイルス量は低くなっており、必ずしも感染が成立するわけではないので冷静な対応が大切です。医療機関における暴露事故などでは感染防止のために、速やかな抗HIV薬の服薬が勧められています。 【参考文献】 1)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構:「障害者雇用マニュアル102 HIVによる免疫機能障害者の雇用促進」(2010) 9 肝臓機能障害 肝臓は人体最大の臓器で「体内の化学工場」とも呼ばれ、栄養素の分解や生合成、人体の害となる物質の解毒等の重要な役割を担っています。様々な原因で肝臓機能が永続的に著しく低下すると倦怠感や易疲労感等の症状が強くなり、さらに進行すると延命のために肝臓移植が必要となります。現在、わが国では年間400名程度が肝臓移植を受け、成功率も高くなっています。平成22年4月から、このような肝臓機能障害が、内部障害に追加され、肝臓移植や移植後の医療費の自己負担が軽減されるとともに、身体障害者手帳の交付を受けた者については障害者雇用率制度の対象となっています。通院等をしながらの無理のない職業生活や、肝臓移植の前後にわたる就業継続のために、職場での理解や配慮等が必要です。 (1) 肝臓機能とは 肝臓は500種類以上の生化学反応を同時並行で行っていますが、主な機能として、代謝、解毒作用、胆汁分泌があります。人体に必要な糖、脂肪・タンパク質等のほとんどは肝臓で合成されています。また、血液中のアルコールやアンモニア、薬物、ウイルスや毒素等は肝臓において、解毒されたり分解されたりします。さらに、古くなった赤血球を材料にして胆汁を作り腸に送り出しています。 肝臓機能が低下すると、必要なエネルギーや栄養の不足や血液中の成分の変化により、倦怠感や疲れやすさ、腹水、血液凝固の低下等が起こったり、解毒作用の低下によって、例えばアンモニアが脳に運ばれて意識障害を引き起こしたり、胆汁分泌が減ると古い赤血球の一部(ビリルビン)が血液中に増加し黄疸を引き起こしたりと、様々な症状が表れます。 ただし、肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ多少の障害では症状が表れません。また機能回復しやすい丈夫な臓器です。肝炎ウイルスによる肝炎も自然に治癒したり、最新の治療による治癒が増えています。アルコール性の肝障害も禁酒によって多くは回復します。 様々な肝臓の病気によって、肝細胞の壊死と再生を繰り返すと、肝臓は線維化して硬くなり、再生能力も失い肝硬変という最終的な状態になります。しかし、その初期には、「だるい(倦怠感)」、「つかれやすい(易疲労性)」といった程度の症状しか表れません。これは、肝臓機能が低下しても、筋肉による代謝機能や、腎臓による毒物の排泄機能等によって代償されているからです(この時期を「代償期」といいます)。現在では、検査や治療法の進歩等により、10〜20年を代償期のまま安定して過ごせる人もまれではなくなっています。 (2) 肝臓機能障害の状態像 肝臓機能障害として障害認定されるのは、原則的には、肝硬変が進行して全身倦怠感や易疲労感等の症状が強く出てきた人や、肝不全@で延命や抜本的な機能改善のために肝臓移植が必要となった人たちです。先天性の場合もあり、成人後の様々な病気の結果の場合もあります。慢性肝炎等の長期の経過で肝不全になる場合もあれば、急性肝炎で肝不全となることもあります。 肝臓移植が成功すれば、肝臓機能は通常レベルに回復します。しかし、移植された肝臓が安定して機能し続けるためには、拒絶反応(移植された臓器を異物として排除しようとする免疫反応)を抑えるための免疫抑制剤を生涯服用する必要があり、また、感染症や病気の再発等の予防のために定期的な外来受診が必要です。このような人たちも、肝臓機能障害として認定されます。 @ 肝臓機能がほぼ完全に失われた状態。 (3) 肝硬変の管理 肝硬変であっても、安定した代償期で、自覚症状がなければ普通に仕事ができますが、肝臓機能の悪化を防ぐために、重労働や出張、残業等が制限されます。また、食後は横になって休憩することで肝臓への血流を増やすことが望まれます。また、禁酒は絶対です。肝臓機能障害は自覚症状が表れにくいため、仕事で無理をして、状態を悪化させることがあるので、本人の自己管理とともに、周囲の理解と配慮も大切です。 倦怠感、易疲労性が強くなり、腹水や黄疸等の症状がでてくると、定期的な検査や治療を受けながら、肝臓移植の待機となります。 (4) 肝臓移植 現在、わが国では年間400名程度が、肝臓移植を受けています。わが国では、生体肝移植といって、近親者等から肝臓の一部を移植する方法が多くなっていますA。 肝臓機能の検査結果によって、肝臓移植が決まっても、すぐに移植手術が受けられるわけではなく、数ヶ月〜数年、検査や治療を受けながら通院または入院で待機します。 一般的に手術予定日の1〜2週間前に入院し、手術後1〜2ヶ月で退院となり、退院後2ヶ月程度は1週間毎の受診、その後は状態の安定を見ながら月1回程度の受診まで間隔を延ばしていきます。仕事への復帰は人によって異なりますが、手術後、半年前後が多いようです。 移植された肝臓の拒絶反応を防ぐために、免疫抑制剤を継続的に服用する必要があります。免疫が抑制されると感染症を起こしやすくなりますが、抗生物質や抗ウイルス薬を服用することで予防や治療ができます。 A 世界的に見ると脳死の臓器提供者からの移植が多くなっています。我が国でも2010年の法改正により脳死移植例が増えています。 (5) 原因疾患について 肝臓機能障害の原因は、ウイルスやアルコールによる肝炎が肝硬変や肝がんに進行したもの、薬物によるもの、自己免疫によるものなど多様です。治療や通院の必要性はこれらによっても異なります。ウイルス性肝炎は血液の直接接触でしか感染せず、普通の職業生活や一般的な出血事故への対応や衛生管理ができている職場で他者に感染することはありません。 (6) 雇用上の注意(合理的配慮を含む) @ 本人の話もよく聞きながら、産業医等の専門職により、仕事内容の検討や、治療と仕事の両立を支えるための検討ができるようにします。本人のプライバシーや人権を守るためにも、必要以上に障害や病気のことを社内に広げることは好ましくありません。  具体的には、重労働や過労を避ける必要があります。また、食後には横になって休憩できるようにします。肝臓移植後の免疫抑制剤によって感染症にかかりやすくなるので、職場での手洗い等の健康行動に気をつけるようにします。 A 個々の仕事の内容や進め方については、一方的な業務や職域の制限ではなく、上司や同僚が本人が仕事をしやすいように相談に乗るようにし、積極的に業務改善への意見を本人に求める等の取組が大切です。 B また、雇用していた人が中途で肝臓機能障害者となった場合、肝硬変の時期や肝臓移植の前後の1年〜数年間の通院や入院への配慮によって、就業継続を支えることができます。 C 通院が気兼ねなくできるようにします。特に症状がなく、安定して就業している時期でも、検査や薬の調整のため、月1回程度の通院が必要です。肝臓機能障害は症状が表れにくいため、少しでもおかしいと思った時に病院に行けるようにします。 D 血液感染であるウイルス性肝炎がある場合、通常の職業生活では感染することはないため過剰反応を起こすことなく、他者の血液に直接触れない、カミソリ等の共用は行わない等、一般的な出血事故や衛生管理への対応を確認します。 (春名 由一郎) 内部障害者の雇用事例(サービス業) 障害者雇用職場改善好事例の入賞事例から 特例子会社の設立にあたって、免疫機能障害者を採用することとした。障害に対する正しい理解が、全ての社員が安心して働くために必要と考えた社長の呼びかけにより、免疫機能障害のある社員、ハローワークの雇用指導官や医療機関担当者が講師となり、経営層および社員向けの勉強会を実施した。社員の正しい理解が促進され、免疫機能障害のある社員の能力発揮や雇用の拡大につながった。また、安定した就労のためには定期通院が必要不可欠であることから、有給休暇に加え、通院休暇制度を創設したほか、障害者職業生活相談員による定期面談を行い、働きやすい環境を整備した。 Q&A【問1】 身体障害者福祉法において内部障害として規程されているのは、5つの障害である。 Q&A【問2】 腎臓機能障害者の健康維持にとって安静が重要であるので、休憩時間もベッド等で横になって過ごせる環境整備が必須である。 Q&A【問3】 免疫機能障害者の受け入れにあたり、本人の意思を確認した上で、上司等へは内部障害があることや必要な配慮を説明したが、具体的な病名は説明しなかった。 (いずれも解答と解説はP354に記載しています。) 第5節 知的障害者 1 知的障害者とは (1) 知的障害の概要 @ 知的障害の定義と障害特性 知的障害の定義については様々ありますが、知的障害者福祉法においてその定義は規定されていません。厚生労働省が行った「知的障害児・者基礎調査」(2000)では、「知的機能の障害が発達期(おおむね18歳まで)にあらわれ、日常生活に支障を生じているため、何らかの特別の援助を必要とする状態にあるもの」と定義されています。 知的障害者の障害特性として、人により個人差はありますが一般的に次のことが指摘されています。 〇読み書き・計算など言語能力や数処理能力、抽象的な概念の理解が苦手である 〇金銭管理、移動などの日常生活面や社会生活能力面に支障がある 〇意思疎通能力や対人関係などのコミュニケーション面が未熟である 〇新しい環境に適応することや、学習することに時間がかかる等 A 主な発生原因 知的障害の原因については、先天性の遺伝子・染色体異常、胎児期のアルコール・薬物等による影響、周産期の酸欠状態による脳の損傷、出産後の脳炎や脳の打撲による脳損傷などさまざまですが、原因不明のことが多いようです。 (2) 知的障害の確認と療育手帳 知的障害者の確認については、原則として療育手帳によって行われ、児童相談所、知的障害者更生相談所、精神保健福祉センター等での判定に基づき都道府県や政令指定都市から手帳が交付されます。 障害区分の判定基準については、主に知能検査による知能指数(IQ)によりますが、その他身体障害等の重複状況や社会生活能力などを総合的に勘案して判断します。 療育手帳の障害区分は、国の指針ではA(重度)、B(その他)の大きく二つに分けられていますが、自治体によってその障害区分の表記方法は異なります。例として、A1(最重度)、A2(重度)、B1(中度)、B2(軽度)、(東京都の場合は1度(最重度)〜4度(軽度))など、概ね4段階に細分化されています。また、療育手帳の名称も「愛の手帳(東京都)」、「みどりの手帳(埼玉県)」と呼ばれている自治体もあり、各自治体の裁量に委ねられています。 表1は、療育手帳の知能指数(IQ)による障害の程度の判定基準の例です。 表1 療育手帳の知能指数(IQ)による判定基準の例 障害の程度 A1(最重度) 基準例 IQ20以下 障害の程度 A2(重度) 基準例 IQ35以下IQ21以上 障害の程度 B1(中度) 基準例 IQ50以下IQ36以上 障害の程度 B2(軽度) 基準例 IQ51以上IQ70以下 (3) 知的障害者数 知的障害者数については、「令和4年版障害者白書」(内閣府)によると、知的障害児・者の在宅者数が96万2千人、施設入所者数が13万2千人で、合計109万4千人となっています。ただ、この数は主に療育手帳を申請し、取得している人であり、支援の必要性のない人、障害者としての位置づけを避けたい人など、手帳を申請していない人も多くいることが推測されます。 また、「平成28年生活のしづらさなどに関する調査」(厚生労働省)では、在宅者数を年齢別にみると18歳未満の知的障害児が約21万4千人(22.2%)、18歳以上の知的障害者が約72万9千人(75.8%)です。また、障害程度をみると在宅の知的障害児・者のうち、「最重度・重度」が37万3千人(38.8%)、「中度・軽度」が55万5千人(57.7%)、不詳が3万4千人(3.5%)となっています。 2 知的障害者の雇用の現状 (1) 知的障害者の雇用状況 厚生労働省の調査(「平成30年度障害者雇用実態調査」)では、5人以上の常用労働者を雇用している事業所において雇用されている知的障害者は約18万9,000人と推定され、前回の調査と比べ大きく増加しています。 知的障害者の程度別の雇用状況では、重度が17.5%、重度以外が74.3%、不明等が8.2%でした。 厚生労働省「令和3年度 障害者の職業紹介状況等」から、令和2年度に就職した知的障害者は19,957件(前年度比0.8%増)であり、うち重度は3,151件(重度の割合は15.8%)となっています。 また、厚生労働省の「令和4年障害者雇用状況の集計結果」によると、43.5人以上の常用労働者を雇用している民間企業における障害別の雇用状況は、身体障害者が58.3%、知的障害者が23.8%、精神障害者が17.9%となっています。 さらに、同調査から知的障害者の企業規模別の雇用状況をみると、「43.5〜100人未満」11.1%、「100〜300人未満」18.7%、「300〜500人未満」7.9%、「500〜1000人未満」10.2%、「1000人以上」52.2%となっていて、1000人以上の大企業で働く知的障害者が半数以上を占めていることがわかります。 (2) 就職先の業種・職種の傾向 厚生労働省「令和3年度 障害者の職業紹介状況等」の調査から、知的障害者の産業別の就職状況では、医療、福祉(34.8%)が最も多く、製造業(16.3%)、卸売業、小売業(15.6%)サービス業(11.1%)と続いています。また、職業別の就職状況でみると、運輸・清掃・包装等の職業(46.2%)がほぼ半数を占め、生産工程の職業(15.1%)、サービスの職業(14.1%)、事務的職業(9.6%)、販売の職業(6.4%)となっています。 これまで、知的障害者が雇用される職種としては、その障害特性から製造補助作業、清掃業、クリーニング業などの製造業を中心とした簡易な定型作業に偏っていました。ただ、近年はパソコンを活用したデータ入力・書類作成等の事務補助作業、デイサービス等の福祉分野での介護補助、ホテル等のサービス業での軽作業、農業分野での定型作業など、従来知的障害者の就職が少なかった職域への進出が報告されていて、各企業の取組みの工夫によりさらなる知的障害者の職域の拡大が期待されます。 3 知的障害者の雇用のポイント 雇用した知的障害者がその能力を十分に発揮できるようになれば、企業にとって大きな戦力となります。知的障害者の雇用管理のポイントについて考えてみます。 (1) 雇用管理面のポイント @ 障害特性の理解と社内の合意形成 ひと口に知的障害者といっても、その能力や適性、興味、体力などは異なり人によりさまざまです。IQの数値だけにとらわれることなく、一人ひとりの特性を理解することが大切です。特性に合わせた職務内容や職場環境を設定することにより、能力が十分に発揮され企業にとって戦力となります。 採用に当たっては、従業員、特に配置部署のスタッフに対して、企業として障害者雇用の意義や取組み方針について事前に社内研修等を通して理解と協力を得るなど、社内の合意形成が必要です。企業全体が障害者に対して共通認識を持ち、統一した対応や支援を行うことにより知的障害者が安心して働く環境をつくることができます。 A 専任担当者(キーパーソン)の配置 知的障害者の場合、慣れない場所や新たな環境では不安や緊張が強く、適応するまでに時間がかかります。また、複数の人から仕事の指示や説明を受けると混乱してしまうことがあります。このため専任の担当者(キーパーソン)を決めて、指示系統を一本化することが必要です。ただ、いったん作業内容や手順を理解すると、適性が合えば簡易作業以外でも正確に、淡々とこなすことができます。 職務以外の生活面の課題についても、キーパーソンが中心となり家庭等との協力のもと早期に対応することが大切です。 B 職務内容の検討 知的障害者の場合、適職の見極めが難しいことから、配置する職務内容については試行錯誤を繰り返しながら検討していく必要があります。採用前から本人に関わってきた支援機関などからの情報やアドバイスを得ることも大切なことです。職務内容の検討の際には、作業そのものだけではなく、作業を行う場所、一緒に働く同僚などの職場環境についても併せて検討する必要があります。 また、採用当初には必要に応じて職場適応援助者(ジョブコーチ)も活用しながら職務内容について検討することが、本人の能力を長期的に最大限伸ばしていくことになります。 C 作業指示・伝達の方法 知的障害者に指示を出す際には、その障害特性に配慮し、言葉による説明だけではなく対象者の理解力に合わせた指示の出し方が必要となります。その際、仕事内容は全体を小さな作業単位で切り分けて手順を説明することも大切です。具体的には、まず指示者が実際にやってみせる、次に本人と一緒にやってみる、そして一人でやらせて確認する、といった手順を理解するまで時間はかかりますが、くり返し根気よく進めていきます。そして、上手くできた時には褒めることが本人にとって大きな自信となり、就労意欲や作業能力の向上にもつながります。 また、作業手順の理解を高めるために、文字に替えて図や写真、イラストを使ったマニュアルの作成は効果的です。言葉を通しての理解は苦手でも、視覚に訴えた図や絵による指示や説明で理解が早まります。さらに、目盛りの読み取りなど数量の操作についても、決められた量や長さにテープで印をつけるなどの工夫を行うことにより苦手を克服することができます。 D 安全への配慮 働く環境の中には、取り扱いに注意が必要な機械や薬品、危険な場所等が存在することがあります。知的障害者は事前に危険を察知し、避けることが不得手です。こうした場所を改善したり、回避の対応方法、緊急時の避難方法など事前に安全確保のための教育・訓練を徹底する必要があります。 特にてんかんを重複している知的障害者に対しては、高所での作業や危険物の周囲での作業を避けるなど、発作を想定した対応を確認しておくことが大切です。 (2) 雇用継続のポイント 知的障害者について安定した雇用を継続していくためのポイントをまとめてみます。 @ 風通しの良い職場にする 知的障害者は意思表示が苦手であることから、仕事や人間関係、職場環境に対する不満や悩みがあっても自分から相談することは不得手なことが多く、職場内で孤立してしまいがちです。このため、キーパーソンを中心に周囲から日常的に声かけをしたり、職場内で定期的な話し合いの時間をつくることが大切になります。 知的障害者の受け入れ態勢などについて、社内で十分な話し合いを行い改善していくことが、結果的に障害のない社員にとっても働きやすい職場環境となります。 A 企業だけで抱え込まない 知的障害者が職場内で不適応などの課題が生じた場合には、企業だけで課題を解決するには限界があります。知的障害者が就職するまでには、特別支援学校、就労支援などの福祉施設、ハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センターなど、地域の支援機関との関わりがあることが多く、企業はこうした就労支援のノウハウを熟知した支援機関と連携しながら課題解決を図っていくことが効果的です。 本人にとっても、以前関わりのあった支援機関とは信頼関係ができていることが多く、安心して相談や支援を受けることができます。こうした地域の社会資源を大いに活用してください。 B 職場実習を通してミスマッチをなくす 知的障害者の採用に際しては、当人の特性と職務内容や職場環境とのマッチングを十分に考慮することが必要です。ミスマッチを防ぐためには、面接だけではなく、職場体験を通して見極めていくのが有効な方法です。実際に働く職場環境の中で、作業態度、作業遂行力、意欲、対人態度などを長期間にわたり観察・評価することになります。実習を行う側も、自己の適性を確認し、就職に対する不安を取り除く機会になります。 ハローワークが実施する職場実習であるトライアル雇用制度の実施期間は最長3か月間ですが、特別支援学校や就労支援機関が行う職場実習は1週間から数週間程度が多いようです。 このように採用前の段階で障害者の適性や能力をじっくりと見極め、企業側と障害者側がともに納得した上での雇用が、その後の安定した雇用継続の大きなポイントとなります。 C 生活面の配慮と家庭との連携 知的障害者の場合、職場における指示理解や職務の遂行能力は比較的高くても、身辺処理や社会生活面が未熟なことがあります。就労を継続していくためには、挨拶、返事、報告などの社会人としての基本的なマナーや金銭管理、健康管理などの基本的労働習慣を身につける必要があります。職場内ではこうした生活面の指導は障害者職業生活相談員をはじめとした企業内のキーパーソンが中心となりますが、必要に応じて外部の職場適応援助者(ジョブコーチ)の活用の検討も必要となります。 また、遅刻や無断欠勤、体調不良等の本人の変化を早期に察知し対応するためにも、家庭との連絡を密にすることが長期の継続雇用に不可欠です。 4 知的障害者雇用の課題と取り組み (1) 企業における課題 大企業の障害者雇用においては、特例子会社制度の活用を中心に知的障害者の雇用を伸ばし成果を上げてきました。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の「多様化する特例子会社の経営・雇用管理の現状及び課題の把握・分析に関する調査」(2012)から、知的障害者を多く雇用する特例子会社の課題としては、「職域の拡大」、「作業能力の向上」、「本人の健康状態」等があげられています。今後は、さらなる障害者法定雇用率の引き上げに伴う障害者雇用の促進とあわせて、上記の課題の解決が必要となります。加えて、雇用管理や能力開発面の支援が整備され、柔軟な勤務体制が可能である等、大企業ならではのメリットを活用しながら、障害者の働く「質」の向上を目指していく取組みが求められます。 また、中小企業については、大企業に比べて障害者雇用率が低調であることから、知的障害者雇用を進めるためには、実習制度や職場適応援助者(ジョブコーチ)など地域の就労支援機関との連携・協力を最大限活用することが必要と思われます。採用までの意思決定や受け入れ態勢の整備など、大企業とは異なるきめ細かな小回りが利くメリットを活かして、それぞれの企業にあった人材の採用を積極的に進めていくことが期待されます。 (2) 定着支援の強化と就労支援機関との連携 前述のとおり、近年知的障害者だけではなく、障害者全体の雇用者数が大企業を中心に年々増加しています。反面、採用後に短期間で離職する障害者も多く存在し、その対策が課題となっています。 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の「障害者の就業状況等に関する調査研究」(2017)によると、一般企業における知的障害者の職場定着率は、3か月の時点では85.3%で、1年の時点では68.0%と大きく低下しています。 3か月未満で離職した知的障害者の具体的な離職理由として、「業務遂行上の課題あり」(21.9%)が最も多く、「労働条件があわない」(15.1%)、「人間関係の悪化」(9.6%)、「障害・病気のため」(8.2%)と続いています。 また、3か月以降1年未満の具体的な離職理由として、「人間関係の悪化」(16.3%)が最も多く、「障害・病気のため」(12.8%)、「基本的労働習慣に課題あり」(10.5%)、「業務遂行上の課題あり」(9.3%)となっています。 全体的に離職の理由として「業務遂行上の課題あり」、「人間関係の悪化」の割合が高いことがわかります。 こうした離職理由の課題に対応するためには、企業独自の取り組みだけでは十分な対応が難しく、問題が大きくなる前の早い段階で地域の就労支援機関との連携・協力が不可欠です。 地域障害者職業センターでは、離職の主な理由となっている作業遂行力、人間関係をはじめとした基本的な労働習慣等の向上を目指した職業準備支援を行っています。さらに、企業に職場適応援助者(ジョブコーチ)を派遣し、職場内で発生する様々な課題に対して支援を行っています。 また、障害者就業・生活支援センターでは、日中の就業面の支援とあわせて、生活面における支援を、地域の関係機関と連携しながら行っています。こうした支援サービスを効果的に活用したいものです。 (3) 雇用後のキャリアアップ 一般の従業員と同様に、知的障害者の場合も昇進や昇格といったキャリアアップが大きな自信となり、それを契機に人間的に成長していきます。与えられた職務が問題なくこなせて、安心して任せられるようになったら、職務上の役割やポストを与えていくようにします。例えば、新たに雇用された知的障害者の指導担当に当たらせることが、責任感を養い、社員としての意識を高めることになります。また、キャリアアップを果たした身近な人の存在が、他の知的障害者の目標やモデルとなり、意欲的に仕事に取り組むきっかけになります。 企業がこうしたキャリアアップを積極的に考えることは、人材育成に加えて、知的障害者の職場定着を高めることになり、さらには、企業全体の活性化につながる効果が期待されます。 (川村 宣輝) 【参考文献】 1)内閣府:「令和4年版 障害者白書」 2)厚生労働省:「平成30年度障害者雇用実態調査」 3)厚生労働省:「令和4年障害者雇用状況の集計結果」 4)厚生労働省:「平成28年生活のしづらさなどに関する調査」 5)厚生労働省:「令和3年度 障害者の職業紹介状況等」 6)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:「知的障害者の職場定着推進マニュアル(改訂版)」(2015) 7)社団法人日本知的障害者福祉連盟:「就労支援担当者の業務マニュアルQ&A」(2002) 8)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:「障害者の就業状況等に関する調査研究」(2017) 9)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:「多様化する特例子会社の経営・雇用管理の現状及び課題の把握・分析に関する調査」(2012) 知的障害者の雇用事例(製造業) 障害者雇用職場改善好事例の入賞事例から 特別支援学校から新卒者2人を採用したものの、これまで障害のない社員が行ってきた「作業説明を聞いて記憶し、取り組む」方法では複雑で理解に時間がかかる、結果の良し悪しの判断が難しいという課題があった。そこで写真入りの作業手順書を作成したほか、梱包する部品の取り間違いを防ぐバーコード照合の導入や異常をすぐに報告できる呼び出しベルの設置など「誰でも簡単にできる化」を進めたところ、作業は上達し、品質の安定につながった。 第6節 精神障害者 1 精神障害とは (1) 精神障害の定義 精神障害者については、統合失調症、気分(感情)障害などに代表されるような精神疾患に罹っている人、または精神疾患が原因となって生活のしづらさを抱えている人という理解が一般的です。しかし、法律によって精神障害者の定義が少しずつ違っており、それが混乱を招く要因となっています。 「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(以下、「精神保健福祉法」という。)は医学的観点で精神障害者を定義しており、精神障害者を、「統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者」と定義づけています。精神作用物質による急性中毒又はその依存症とは、アルコール依存症、およびシンナーや麻薬などの薬物依存症などをさします。この定義だと、精神疾患に罹って、医療機関で診断を受けた人はすべて精神障害者ということになります。国際疾病分類(ICD-10)によると、「精神および行動の障害」の分類の中に、認知症、脳血管障害や脳挫傷等による高次脳機能障害、発達障害も精神障害に含まれています。このように、医学的観点からみると、精神疾患の概念は非常に広いものとなっていることがわかります。 「障害者基本法」の定義では精神障害に発達障害が含まれており、さらに、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものとされています。つまり、精神疾患だけでなく発達障害も含むことが法律に明記され、疾患があるだけでは障害者とはいえず、日常生活又は社会生活を送る上で相当な制限を受ける状態でなければならないと定義されているのです。 このように、生活の観点で精神障害を定義しています。 「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下「障害者雇用促進法」という。)では、精神障害(発達障害を含む)があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者と定義されています。そして、同法施行規則では精神障害について定義しており、「精神障害者保健福祉手帳」の交付を受けている者、または、受けていない場合は、「統合失調症、そううつ病(そう病及びうつ病を含む)、又はてんかんにかかっている者」であって、「症状が安定し、就労が可能な状態にあるもの」となっています。つまり、職業生活の観点から障害を定義しているといえます。 さらに付け加えると、障害者雇用率に算定できる精神障害者を「精神障害者保健福祉手帳の交付を受けているもの」に限定しています。このことから、雇用支援策の対象となる精神障害者の範囲と、障害者雇用率の対象となる精神障害者の範囲が違っています。このことは留意しておく必要があるでしょう。 さて、私たちが理解しておく精神障害者像ですが、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている者となると、精神疾患、てんかん、発達障害、高次脳機能障害、認知症などが原因で職業生活を送る上で長期にわたって特別な援助が必要な者ということになります。知的障害も原因の一つに入りますが、療育手帳の交付を受ける場合が多いので、実質的にははずして構わないといえます。本稿では、これらを精神障害者と位置づけて進めることとします。なお、発達障害、高次脳機能障害(認知症含む)については別に項目を設け、詳細に解説してありますので、そちらも参照して下さい。 (2) 精神障害者の状況 精神障害者の状況を示す資料ですが、医療機関にかかっている精神疾患患者と、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けた者の二つが考えられます。 平成29(2017)年の患者調査によると、精神疾患の患者数は推計で419万3千人となっています。内訳は、多い順で、うつ病などの気分障害(127.6万人)、不安障害など(83.3万人)、統合失調症など(79.2万人)、認知症(アルツハイマー病)(56.2万人)、てんかん(21.8万人)、認知症(血管性など)(14.2万人)、アルコール依存症など(7.6万人)となっています。高次脳機能障害は認知症(血管性など)に、発達障害はうつ病や不安障害などを中心としてそれぞれに分布していると考えられます。また、高次脳機能障害は、精神疾患として分類されていない可能性も多分にあります。 病院報告によると、精神科における精神疾患の入院患者数はゆるやかに減少しており、令和3(2021)年では27.5千人となっています。また退院患者の平均在院日数は275.1日となり、こちらも若干減少していましたが、新型コロナ感染拡大とともに若干増加しました。 精神障害者保健福祉手帳について見てみましょう。令和2(2020)年度保健・衛生行政業務報告(衛生行政報告例)によると、年度末に精神障害者保健福祉手帳が交付されている精神障害者(交付台帳登載数)は全国で118万269人となっています。この中には、入院中や症状または障害が重く、働くことが困難な者や働くことを希望しない者も含まれています。なお、この数は毎年5−7万人ずつ増加しています。 以上の統計資料からみて、精神疾患に罹っていて治療を受けている人が約400万人、発達障害や高次脳機能障害など精神科医療機関で治療を受けていない人も含めて、長期にわたり日常生活および社会生活に制限がある人が約120万人という状況がイメージできます。 (3) 精神障害の特徴 精神障害者は、障害者としてさまざまな雇用・福祉の対象となることが、身体及び知的障害者と比べて大きく遅れました。しかし現在は、雇用においても福祉においてもほとんど制度上の格差がなくなりました。その上で、精神障害者の特徴について概観します。 @ 脳機能の障害であるために障害が見えにくい 精神疾患、てんかん、発達障害、高次脳機能障害、認知症などは脳神経の機能に異常が出るという障害です。そのため、肢体不自由および視覚障害のように外見で障害があることを判断することはできません。相手が話した言葉の本当の意味や相手の気持ちを理解したり、自分の周りで起こっている状況を察知するなど、認知機能を発揮しなければならなくなったときにはじめて障害が見えてきます。また、過剰なストレスに遭って混乱したときにはじめて障害がみえてくるのです。 全般的な知的能力に障害がなく、認知機能に障害があるということの理解は、一般市民や企業関係者はなかなかわかりにくく、それがさらに障害の理解を難しくしているといえます。 A 脳機能の障害であるために自分自身で障害を把握しにくい 自分自身に障害があるかどうかの判断・理解は自分の脳が行います。例えば、足に障害があれば、外見や動作から自分の脳が自己の障害を認識します。このように、脳というのは重要な機能ですが、その障害の有無を認識する脳の機能に障害があったらどうでしょうか。障害がなくても、自分の性格や考え方のクセは自分自身ではわかりにくいはずです。脳機能に障害があるということは、それ以上に自分自身で把握しにくいのです。 B 中途の障害が多い 発達障害や多くのてんかんを除くと、多くの精神障害は中途の障害です。それも多くは青年期以降の発症です。そのため、障害を受ける前の自分自身のイメージが残っており、障害をもってしまった今の自分自身をなかなか受け入れることができません。 また、それまでの生活が一変し、新たな人生を再構築していかなければなりません。その精神的な負担は相当なものであるといえます。その他、仕事、収入、社会的地位と自尊感情、家族の役割変更などが激変することも多々あります。このように、心理面も含めて多様な援助が必要とされます。 C 要因となる疾患が多様である 精神障害には、統合失調症、気分(感情)障害、不安障害、依存症などの精神疾患、発達障害、高次脳機能障害、認知症、てんかんなど、要因となる疾患等が非常に多様です。以前は、精神障害といえば統合失調症のことを指していました。しかし、その後にうつ病などの気分(感情)障害が精神疾患の多くを占め、さらに、うつ病の疾患像も5年ほど前から様相が大きく変わりつつあります。それに加えて発達障害が大きくクローズアップされてきました。 そこからいえることは、障害のある個人によって障害となる部分が違うことです。このことから、支援を行う際には個別性がかなり重視されます。“精神障害者の就労支援”と考えるのではなく、“精神障害があるこの人の就労支援”というように考えて支援することが求められます。 D 精神疾患に対する根強い偏見が残っている 一般市民が受け止めている伝統的な精神障害者像としては、統合失調症に罹っている人があげられます。わが国の精神障害者支援策は統合失調症患者を中心に考えられてきました。そして、1980年代後半までは、精神障害者は医療の対象とされ、福祉や雇用の支援対象とはなっていませんでした。医療は入院中心の治療であり、退院もあまりなかったため、一般市民が地域で暮らす精神障害者と会ったり交流したりする経験もありませんでした。また、その頃のマスコミ報道も、重大事件と精神障害者を関連づけるようなされ方が多かったといえます。これらのことから、一般市民は“精神障害者を知らない”ことから偏見が起こったと考えられます。精神障害者の社会復帰施設や医療施設などの建設の際には周辺住民の反対運動が各地で起こっていたこともありました。 しかし、うつ病が増加したことから、身近な人が精神疾患に罹ることも多くなり、少しずつ偏見は薄まってきたと感じられますが、障害がわかりにくいこともあり、まだ依然として残っているといえるでしょう。このことは、精神障害者自身の内なる偏見を生み出し、彼らが障害や疾患を受け入れて、前向きに治療やリハビリテーションに取り組むことの支障にもなっています。 E 疾病と障害が併存していることが多い 精神障害者の多くは、精神科医療を継続しています。そのことから、医療的な面から見た“疾病”の側面と、生活面から見た“障害”の双方を併せもっているといえます。そして、疾病が悪化すると障害が重くなり、疾病が回復していくと障害が軽くなるというように、相互に影響を与え合うという特徴があります。 このことから、職業生活の支援を行う際にも、医療機関との連携は欠かせません。疾病と障害の影響や相互作用を良い循環にしていくような支援が理想的です。 F 共通した障害 精神障害は多様な疾患や脳機能の障害によって引き起こされることはすでに述べました。しかし、すべての精神障害者が必ず抱えているわけではありませんが、共通した主たる障害がみられることも事実です。特に障害としてあげられるのが、「認知機能の障害」と「自信と自尊感情の低下」です。以下にこの2点について述べます。 ア 認知機能の障害 知的障害と違い、発達期に脳の全般的な機能に障害を受けているわけではありません。目の前で起こっている場面の状況を把握し理解すること、投げかけられた言葉の裏に潜む意味を理解すること、あいまいな状況を理解することなど、脳の受信機能に障害があることが多いようです。そして、過去に見たり聞いたり体験した知識と受信した情報とを照合し、適切な言動を選択決定するという処理機能にも障害があることが多いようです。最後に、決定した言動を適切に相手に伝えたり表出する機能にも障害があることが多いようです。これら一連の流れを認知行動といいます。この機能に障害が出ます。そのため、言葉の理解力や記憶力に障害がなくても、コミュニケーションなどの対人技能、場に適した行動などに支障を来します。 さらに、一つひとつの具体的な作業や行動はできるが、それらを組み合わせてまとまりのある一つの作業や行動を行うことにも支障を来します。例えば、食材を包丁で切る、鍋で茹でる、フライパンで食材を炒めるなどの部分的な作業はできても、全体を調整して“美味しいカレーを作る”となると困難となってしまうなどです。 このような認知機能の障害は知的障害でも起こります。しかし、知的障害の場合は全体の知的能力に障害が出るため、周りもそれを理解し、受容する場合が多いでしょう。精神障害のように部分的な能力に障害がある場合は、周りはなかなか理解し受容できず、“怠けている”“意欲がない”と捉えられてしまい、さらに対人関係に支障を来してしまいます。 イ 自信と自尊感情の低下によるさまざまな影響 精神障害の多くは中途障害であることから、障害を受ける前の自分と比較して、能力の低下を身にしみて感じることになります。また、発達障害など先天的な障害も含めて障害を受けたことによる多くの失敗経験、療養生活や庇護的な生活を送る中で長期にわたり指示をされる生活、周りの無理解や偏見、周囲が再発を心配してチャレンジさせてもらえないことなどから、自信と自尊感情が大きく低下してしまいます。 自信や自尊感情が低下すると、本来ならできる能力があっても力を発揮できなくなってしまいます。それが周りの評価をさらに下げ、自信と自尊感情がさらに低下するという悪循環に陥っている場合が多く見られます。 これは私たちでも起こりうることです。「練習ではできるのに本番ではできない」「カラオケボックスでは歌えるのに、多くの人が行き交う駅前では歌えない」などがそうですね。 ただし、認知機能に大きな障害があるため、様々な失敗経験などをしても、それをなかなか認知できず、自信と自尊感情が低下していない精神障害者もいます。 以上2点について述べましたが、これらの障害を改善・軽減させるためには、服薬治療以外に、リハビリテーションによる精神機能の回復、職業的諸技能の(再)獲得等の学習、環境調整による支援、心理的サポート、各種援助制度の整備など、総合的な取組みが必要です。 (4) 代表的な精神障害の特徴 @ うつ病などの気分(感情)障害 典型的なものでは、気分がひどく落ち込み、ゆううつとなるうつ状態と、気分が高揚して異常に活発となるそう状態があり、それが思考、行動などに障害が生じるものです。うつ状態とそう状態のどちらか一つであったり、双方を繰り返す(双極性感情障害)などの場合があります。どちらにしろ、その時期以外はほぼ正常状態に戻ります。 うつ状態にあるときは、うつ気分となり、活動意欲も低下し、集中力がなくなって仕事も休みがちになります。また、自責感や罪悪感、不安感が強くなるなど、職業生活にも支障を来します。その他、不眠、食欲低下、頭痛、胃痛、全身の倦怠感など、身体的な症状にも表れます。 うつ病は再発しやすいといわれています。それは、心身のストレスに弱いこと、さらに独特の思考パターンになりやすいことなどから、対人関係など余計にストレスを感じやすくなることなどが要因として考えられます。 先に述べたうつ状態は伝統的なうつ病のタイプですが、最近は新たなタイプのうつ病の出現が話題になっています。30代以下に多いといわれています。同じうつ状態でも、大きな気分の落ち込みはなく、また、リラックスした場面ではうつ状態は起きないが、職場などストレスフルな場面では起こるなどが特徴の一つです。つまり、職場には行けないが、気分転換に旅行には行けるなどです。また、自責感や罪悪感はなく、他責感が強いなど、強い自己愛があることがもう一つの特徴です。「自分の都合の良いわがまま」とうつ病との境界が曖昧になりやすく、このことから、職場とあつれきが起こり、関係が悪化することが多くみられます。ここからも、独特の思考パターンがあることがわかります。 そう状態にあるときは、高揚した気分となり、多弁、多動となり、話や思考が飛躍し、落ち着きがなくなります。他人に干渉したり、怒りやすくなり、対人トラブルに発展することもあります。 A 統合失調症 統合失調症は思春期から青年期にかけて発病しやすい病気で、精神的ストレスに対して脳の神経伝達がうまく機能しないことが原因として起こるとされています。具体的な症状は、@存在しない物事が聞こえたり見えたりと感じる幻聴や幻視、A人からどうかされるという訴えをもつ被害妄想、B現実と思考との混乱、支離滅裂な思考、C無表情・無感情で自分の殻に閉じこもる感情鈍麻や無為自閉などです。 このうち陽性症状とは、幻聴・幻視などの幻覚、被害妄想、現実と思考との混乱などの症状です。これは、抗精神病薬などの薬による治療が有効となります。陰性症状とは、感情鈍麻や無為自閉など、いわゆる脳機能が低下する症状です。この症状には、薬による治療は十分ではありません。また、陽性症状と同じような意味で「急性期症状」とよび、陰性症状と同じような意味で「慢性期症状」とよぶ場合もあります。 統合失調症は、薬その他の治療により陽性症状が改善しても、病前とまったく同じ精神状態には戻らず、いわゆる陰性症状、慢性期症状が20〜30%は残るといわれています。服薬治療しても治癒しないというのは、内部障害や視聴覚障害などの身体障害、知的障害と同様にとらえられるものでしょう。このことから、「症状が安定」した状態のことを、治療により、陽性症状、急性期症状が治まり、陰性症状、慢性期症状が残っている状態と考えればよいでしょう。 統合失調症は、再度、陽性症状、急性期症状が出やすい(これを症状の再燃ともいいます。)のが特徴です。そのために、医療機関において症状を再燃させないための服薬治療等を継続して行います。職場などでも、そのことの理解や援助が必要となってきます。 B てんかん てんかんはWHO国際疾病分類では「神経系及び感覚器の疾患」の一部とされていますが、わが国では精神障害者としての施策の対象としています。てんかんとは、脳神経の一時的な過剰放電によるけいれんや意識の障害を伴う「てんかん発作」を引き起こすものです。発作は一時的なものですが、繰り返し起こります。頻度や発作の状態には個人差があります。 症状としては全身がけいれんして意識を失うものから、身体の一部がけいれんするものまでさまざまです。また、発作以外にも、認知機能障害やそれに関連する性格変化(例:まわりくどい、些細なことに固執する、怒りやすい等)を伴う場合があります。 C 不安障害など 統合失調症のような精神症状はなく、気分障害のような症状はありませんが、心理的な原因で不安や恐怖などを起こすものを、ここでは不安障害などとしてまとめます。特徴的なことは、不安や強迫観念が強いために、外出できない、ストレスに弱いなどが起こります。自信や自尊感情が低いことも多いようです。 D 発達障害 発達障害はWHO国際疾病分類では「心理的発達の障害」として分類されています。全般的な知的能力の発達の遅れはないが、心理的発達に偏りがみられるものをいいます。大きく分けて広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害などがありますが、いずれも認知機能に障害が起こります。詳細については本章第7節「発達障害者」を参照してください。 E 高次脳機能障害 高次脳機能障害はWHO国際疾病分類では「症状性を含む器質性精神障害」として分類されています。脳血管障害や脳挫傷などが原因で脳に損傷を受けることで、注意、知覚、学習、記憶、言語、思考など、認知機能を含む高次の精神機能の低下があらわれたものです。高次脳機能障害の詳細については本章第8節の2項に詳述してありますので、参照してください。 (5) 精神障害者の就業の実態 @ 就職の状況 全国のハローワークの紹介による精神障害者の就職件数は、平成23(2011)年度は18,845件でしたが、令和3(2021)年度には45,885件となっており、10年間で2.5倍程度に増加しています。障害種別では最多となっており、障害者全体の就職件数に占める精神障害者の割合は、この10年間で31.7%から47.7%へと増加しています。近年の精神障害者の就職件数の伸びは驚異的です。 精神障害者の就いている仕事の内容についてみてみましょう。運輸・清掃・包装等の職業が31.7%と多くなっています。しかし、事務的職業に25.0%、サービスの職業に11.9%も就いているのです。 このことから、多種多様な仕事に就いていることがわかります。したがって、支援者は精神障害者の職域をイメージで判断せず、多くの可能性があることを知っておく必要があります。 A 雇用状況 3令和4(2022)年6月1日現在、従業員43.5人以上の民間企業で働く障害者は61万3,958.0人で、令和3(2021)年より2.7%(1万6,172.0人)増加しています。内訳を見ると、身体障害者35万7,767.5人(58.3%)、知的障害者14万6,426.0人(23.5%)、精神障害者(精神障害者保健福祉手帳所持者)10万9,764.5人(17.9%)となっています。令和3(2021)年度障害者職業紹介状況における就職件数に占める精神障害者の割合は47.7%であり、これと比較すると大きな差があります。対象となる精神障害者の範囲や企業規模の範囲が若干違うので、単純な比較はできませんが、気になるところです。 就職後の状況を見てみると、平成30年度障害者雇用実態調査では、障害種別の平均勤続年数が身体障害者10年2か月、知的障害者7年5か月に比べ、精神障害者(発達障害のみの者を除く)は3年2か月、発達障害者は3年4か月となっています。障害者職業総合センターによる「障害者の就業状況等に関する調査研究」(2017年4月)においても、就職後3か月時点の定着率は、身体障害者77.8%、知的障害者85.3%に比べ、精神障害者は69.9%となっています。これらの結果から、精神障害者は就職した後の継続に課題があるという現状が浮かび上がってきます。 精神障害者支援には、就職をめざす支援ではなく、“働き続けるための支援”が必要といえます。 2 精神障害者に対する雇用上の配慮 (1) 採用時の留意事項 @ 意欲や希望を重視する 応募してきた精神障害者の採用を検討する場合、疾病の診断名、精神症状の重症度、入院期間、職業前訓練の実施などを採否の判断に用いることが多くあると思います。しかし、これらと就労達成率との間に相関はないというのが、国内外の研究によって明らかになってきました。唯一就労率と相関があるのは、「本人の働きたいというモチベーションの度合い」でした。そのため、意欲や希望を重視することが重要であるといえます。 A 就労支援機関の意見を十分に聞く いままで述べたように、精神障害者の障害は多様化しています。これは、障害によって表れる特徴が多様化していること、障害のレベルに個人差が大きいことと、(職業)リハビリテーションを受けた度合いにも個人差が大きいことが考えられます。 そこで、採用に当たって、就労支援機関のスタッフに、障害状況や対処方法について聞くことが大切です。送り出す側の就労支援機関スタッフには、企業側に対して、助言および協力する義務があると思って差し支えありません。納得するまで、わからないことは就業支援機関のスタッフに何でも聞くとよいでしょう。 また、障害者の雇用の促進等に関する法律により、事業主は、雇用した障害者の障害や能力に応じた合理的配慮の提供が義務づけられています。そのためにも、具体的な配慮内容を就労支援スタッフに聞くことはますます必要となるでしょう。 B スタッフ同行の職場実習を行って判断する 就労支援機関のスタッフから精神障害者の障害状況や対処方法を聞いても、それはあくまでも予想であり、職場での実際の様子ではありません。また、よほど経験豊富なスタッフでなければ、的確な助言はできません。結局は、障害者に実際の作業場面を体験してもらい、自己の職業能力を評価してもらうとともに、企業の目で評価することが確実です。職場実習は、企業側に事実を知ってもらうための有効な方法です。特に、精神障害者の雇用が未経験であったり、過去にうまくいかなかった経験がある企業の場合は、職場実習の際に就労支援機関のスタッフに同行してもらうと、適切に判断できる確率が大幅に上がります。 職場実習の制度または、それに関連する制度としては以下のものがあります。 ア 障害者トライアル雇用(窓口はハローワーク) イ 職場適応援助者(ジョブコーチ)支援事業(窓口は地域障害者職業センター) ウ 職務試行法(窓口は地域障害者職業センター) エ 就労移行支援事業および就労継続支援事業(窓口は障害福祉サービス事業所) C 各種援助制度の活用 精神障害者を雇用する際には、上記の制度のほか、事業主の経済的負担の軽減を中心として、人的サービスまでを含めて多種多様な援助制度が整備されています。これらの制度は、障害程度、採用経路、所定労働時間、賃金などによって利用できるかどうか決まり、また、サービス内容にも長短があります。要件等が複雑なので、経験豊富な就業支援機関のスタッフ、ハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、高齢・障害・求職者雇用支援機構の各都道府県支部に相談するとよいでしょう。 (2) 採用直後の配慮事項 精神障害者に共通する障害として認知機能障害と自信および自尊心の低下が挙げられます。ここでは、採用直後の配慮事項として2つの障害について取り上げ、さらに、疾患別の対処方法について知っておくべきことを述べることとします。 @ 認知機能障害への配慮 ア 仕事の教え方と選び方 人間が状況を認知する方法は、視覚(目)、聴覚(耳)、触覚(皮膚など)、臭覚(鼻)、味覚(舌)です。認知機能に障害がある場合は、視覚と聴覚など多様な方法を活用することで、情報漏れが少なくなり、効果的です。ですから、仕事を教える場合は、「言葉で説明する(聴覚)」ことに加えて、視覚からの情報として、「やって見せる」、「手順書」および「説明書・解説書」を渡す、「仕上がり状況を絵や写真で見せる」などの配慮があると理解が進みます。 さらに、認知機能に障害があると、認知した情報を「処理する・整理する」ことがうまくできません。その場合は、「わかりやすくする」工夫が必要です。例えば、「やって見せるだけではなく手を添えて教える」「手順書をフローチャートにする」「文章や説明を短くする」などの配慮があると、さらに理解が進みます。 さらに、一つひとつの具体的な作業や行動はできるが、それらを組み合わせてまとまりのある一つの作業や行動に支障が出ることも認知機能障害の特徴です。その場合は、「仕事を細分化する」「臨機応変に対処しなければならない作業や複雑な作業をはずして、作業を構造化する」など、担当してもらう仕事を再構築する必要が起こる場合もあります。手順書が作成できないようなあいまいで複雑な作業は、認知機能障害があると対応できない場合が多いといえます。また、指示を出す場合も、一つずつ出すと混乱しません。 以上の配慮があると、最初は時間がかかっても、結局は能率が上がります。 イ 勤務時間 統合失調症や気分障害などで入院治療が長引くと、心身の持久力が低下します。また、認知機能に障害があることから、職場では常に緊張状態でいることが多く、さらに休憩時間の過ごし方もどうしてよいかわからず、上手に休憩を取れない精神障害者は多くいます。このことから、入職当初は休憩の回数を多く設ける、1日あるいは1週間の労働時間を短くするなどして、仕事に慣れてもらい、その後、休憩の回数を減らしたり、労働時間を長くしていくといった配慮があるとよいでしょう。 まずは、週の所定労働時間を15〜20時間から始めてみましょう。最低でも3週間後、慣れるに従って、本人や関係機関のスタッフと相談しながら増やしていきましょう。十分可能と判断できる場合は、30時間から始めてみましょう。当初に無理をしないことが長く働いてもらうためのコツです。 A 自信と自尊感情が低下している場合の配慮 自信と自尊感情が低下したままだと、本来その人が持っている能力が発揮されない、少しのきつさで仕事に来られなくなる、退職につながるなどの問題となります。そこで、自信と自尊感情を取り戻す配慮が効果を発揮します。その方法として“ストレングスモデル”が有効であることがわかってきました。 ストレングスモデルとは、「強み・長所」に焦点を当てた援助方法です。疾患や障害、苦手なことや問題点ではなく、精神障害者自身及び取り巻く環境(家族、地域、職場、仲間その他)がもっている健康な部分や可能性に焦点を当てるものです。 精神障害者本人の関心や夢・希望もストレングスととらえます。対象者は精神障害者なので、できないことや問題点、課題などはたくさんあると思います。どうしてもそこに目がいってしまいます。しかし、精神障害があっても「何ができるのか、どのようなことが得意なのか、その人の魅力は何なのか、どのような対処法を持っているのか、どんな環境(職場)であれば働けるのか、どのような支援があれば働けるのか」に焦点をあてると、見えなかった長所や強みがいろいろと見えてきます。すると、援助する側の見方が変わります。いろいろな可能性が見えてきます。 そして、できていること、得意なこと、長所などを対象者本人に言葉にして伝えることで、対象者自身が自分の長所や強みに気づき始めます。作業中に、できたことをほめるというのは大きな自信回復になります。自信や自尊感情が回復してくると、意欲が増し、課題も改善していくことが多くあります。改善するというよりも、本来持っている力が出て来たということです。私たちは、できていないことや失敗についてはいろいろと本人に言いますが、できていることはあまり言わない習慣があります。できていること、よいことをあえて言葉に出してみましょう。 逆に、課題に焦点を当てるとどうなるでしょうか。課題に焦点を当てると、対象者本人の自信と意欲の低下、夢と希望の消失を招きます。そして、援助する側も、本人のできない理由ばかりを考えて、それを正当化してしまいます。それでは障害のある従業員は戦力として成長していきません。 また、自信を失っている精神障害者は、ストレスに弱くなっています。一般的にストレスは、細かい判断や責任を伴う作業、生産管理や労務管理的な作業、繁雑・複雑な作業、厳しい対人関係の職場、失敗に対する厳しい叱責などで生じます。当初は「失敗してもいいんだよ」など、安心感をもたせたり、柔和な態度を示すなど、自信をもたせるような支援は、本人の能力を十分に発揮させることになり、結果的に企業にとっても大いにプラスになります。 (3) 長期定着に向けて 精神障害者は採用後の定着に困難性があることはすでに述べました。そこで、長期定着に向けた支援のポイントについて述べることとします。 @ 通院・服薬の遵守に配慮する 通院し、服薬を継続している精神障害者はたくさんいます。精神疾患は慢性疾患であるため、高血圧症や糖尿病と同様に、通院・服薬を継続することが基本です。それは症状の再燃を防ぐためだからです。企業としては、通院の時間確保や服薬の遵守に配慮しましょう。慣れてくると、理解のある事業主ほど、本人のためにも「いつまでも薬に頼っているからよくならない」という誤解をして通院・服薬をやめさせてしまい、症状の再燃を招いてしまった例がたくさんあります。 A 医療機関や就労支援機関との連携 精神障害は多様な疾患や脳機能の障害が原因で起こっています。つまり、個別性が非常に高いことになります。そのため、障害者職業生活相談員が通院時に本人の承諾を得て一緒に同行し、主治医等を交えて情報交換を行うことや、就労支援機関のスタッフに来てもらって、本人を交えて情報交換を行うなど、関係機関と連携することが長期定着に有効です。 B 作業時間以外のつき合い方 精神に障害がない人は、休憩時間にみんなと談笑することが休息になります。しかし、精神障害者の場合、これがかえって負担になり、休息にならない人も多くいます。例えば、休憩時間は1人で寝ていたいなど、その人なりの休息方法を本人に聞き、保障してあげましょう。終業後のつき合いも同様です。必ず本人に聞いてからつき合い方を決めるようにしましょう。 C 代表的な疾患等の特性に合わせた配慮事項 ア 気分(感情)障害(メランコリー型うつ病:従来型のうつ病) うつ病は、ストレス、精神的衝撃などが発病要因としてあげられますが、それへの対処技術が上手でないことが発病率を高めています。例を挙げると、限界を超えても頑張り続ける、「ノー」といえない、自尊心・プライドが高い、思考パターンを変更できない、過度に自責感が強いなどです。また、気分の波があることも特徴の一つです。 そのため、「ひとりで抱え込まないようにさせる」「一つの考え方だけでなく、他の見方や考え方もさせてみる(自動思考の修正)」「あせりが感じられる場合はそれを指摘し、コントロールする方法を考えさせる」などの配慮が有効といえます。 イ 気分(感情)障害(非定型うつ病:新型のうつ病) うつらしくないうつ病といわれています。仕事には行けないが遊びには行ける、自分を責めずに他人・職場を責める、対人関係が上手にとれないなどが特徴です。なまけているように見られることもありますが、仕事や職場に関連する活動だけが苦手になっている場合などもあります。 以下の援助方法が効果的です。 ○ 本人と約束したことは勝手に変えない ○ 許されることと許されないことの枠組みを明確にしておき、例外を作らない ○ 障害者職業生活相談員と対象者の上司とが頻繁にミーティングを行って情報共有を綿密にし、職員間の信頼が揺らがないようにする ○ 対象者本人の自己責任を明確にしておく、責任の所在を曖昧にしない ○ 対象者本人の「気持ちの変化」に右往左往せず、落ち着いて対処する。感情的になって対象者本人を突き放さない ○ 就業支援機関や医療機関との連携を強固にする ○ 対象者本人の自己評価が高い場合はストレングスモデルが効果的ともいえない ○ 職業能力に支障がある場合は発達障害に対する援助と同様にする 診断名で、アとイが明確に区別されている訳ではありませんので、医療機関や支援機関の意見を参考にしながら本人の状況を把握し対応することが大切です。 ウ てんかん てんかんは脳の放電によって一時的な脳機能異常が出現し、けいれんを起こして意識がなくなって倒れる症状から、一瞬だけ意識がなくなるだけのレベルまでさまざまな発作が出現します。服薬で発作が起こらないレベルから薬で抑えられないレベルまで個人差があります。 てんかんは、発作時のみ障害者であることが特徴です。月に1−2度発作を起こしても1年のうち10数時間だけの障害者といえるでしょう。 発作を起こした場合でも特別な処置は必要ありません。意識がなくなる発作の場合は静かなところに移動させて、意識が戻るのを待ちましょう。意識が戻った後、30分ほど休息すれば仕事に戻れます。頭痛を訴えるときは治まるまでもう少し休ませてあげてください。 まれに繰り返し発作を起こす場合があります。このときは救急で医療機関に連絡してください。 てんかん発作だけでなく、認知機能障害をあわせもつ人もいます。その場合は、認知機能障害に沿った対処をしてください。 エ 不安障害など 長期の引きこもり等を経験した不安障害の対象者は、自信と自尊感情の低下が重篤な場合が多くあります。その場合は徹底したストレングスモデルが効果を発揮します。 以下の援助方法が効果的です。 ○ 体験したことはすべて「成功体験」となるように本人にフィードバックする。 例:失敗した場合 「これで一つ学べてよかったね」 欠勤した場合 「あなたが我が社にとって重要であることがわかったよ」 ○ 精神科医療機関にかかっている場合は連携する ○ 同じ立場の従業員同士で支え合う・教え合う態勢を作る ○ 障害者職業生活相談員は自己の感情をコントロールし、対象者本人を突き放さない ○ 成功体験の積み重ねが自信となっていくので、仕事の難易度を上げる場合は小さなステップで 3 長期休業後の職場復帰における配慮 統合失調症、気分障害、高次脳機能障害などは就職後に発病・受傷することが多くあります。また、統合失調症、気分障害は就職した後に再発することも多々あります。ここでは、休職して職場復帰する際の配慮事項について述べます。 (1) 専門医への受診を勧める 採用後に精神疾患に罹る従業員の多くはうつ病であるといわれています。残念なことに、うつ病の場合は、うつ病の専門医を受診せずに、他科等を受診する場合が多くあります。その結果、症状が悪化し、長期休職になってしまいます。うつ病が疑われた場合、リワークプログラムなど職場復帰支援プログラムがある、または精神保健福祉士が配置されている精神科医療機関への受診を勧めることが職場復帰への近道といえるでしょう。 さらに、地域障害者職業センターには職場復帰支援のプログラムが用意されています。この活用も時期を見て考えます。 (2) 復職支援体制を構築する 休職となった場合、対象者本人、上司、人事担当者及び産業医などの事業所内支援体制を作ることが大切です。さらに、本人のプライバシーに配慮しつつ、外部の専門家である主治医及び精神保健福祉士等のスタッフ、就労支援機関のスタッフを加えて、復職支援体制を作ることが効果的です。リハビリ出勤、地域障害者職業センターによる“精神障害者総合雇用支援の職場復帰支援(リワーク支援)”の活用、復職後の職場適応援助者の活用など、さまざまな制度の活用と復職に向けての人的支援を得ることができます。 また、長期休業した場合は、自信や自尊心の低下、長期に休んでしまったという気まずさ、早く戻らなければというあせり、回復度合いの理解が不十分などさまざまな精神的身体的状況を引き起こします。そのため、以下の事項について検討が必要です。 @ リハビリ出勤の検討 復職して職業生活が再び継続できる状況まで回復したかどうかは、正確には誰もわかりません。そのことから、リハビリ出勤によるウォーミングアップは有効です。しかし、事業所や支援機関によって制度がまちまちであることから、活用についての検討が必要です。 A 職務内容及び職位の検討 B 勤務時間の検討 C 復職時期の検討 (3) 復職当初の関わり 復職直後は、休職したことによる自尊心の低下、職務遂行および職業生活の維持への自信不足、過度な緊張感、休んだ分を取り戻そうとするあせりなどの心理状態になります。そのため、笑顔で迎える、おだやかな対応をするなど、緊張を和らげる対応をすると職場適応が進みます。   (4) 障害者であることの確認・把握方法 採用時には精神障害がなく、採用後に発病や受傷して医療機関にかかったり休職した場合、精神障害者となったことが推測されます。しかし、精神障害者として障害者実雇用率に算定するには精神障害者保健福祉手帳を所持していることが条件です。 企業としての確認方法はどうすべきか悩むところでしょう。そのため、厚生労働省は「プライバシーに配慮した障害者の把握・確認ガイドライン」を作成しています。これによりますと、採用後に把握・確認を行う場合には、原則として労働者全員に対して、画一的な手段で申告を呼びかけることが原則となっています。その手段としては一斉メールや社内LANの掲示板、チラシや社内報、回覧板などです。そして、障害者雇用状況報告のためという利用目的を明確にして、業務命令ではないことを明らかにすることが望まれます。 (倉知 延章) 【参考文献】 1)デボラ・R・ベッカー,R・E・ドレイク:精神障害をもつ人のためのワーキングライフ,金剛出版(2004) 2)伊藤順一郎,香田真希子監修:IPSブックレット1「IPS入門―リカバリーを応援する個別支援プログラム」地域精神保健福祉機構(2010) 3)職業リハビリテーション第26巻No.1,日本職業リハビリテーション学会(2012) 4)野中猛:精神障害リハビリテーション論,岩崎学術出版社(2006) 5)W・アンソニー,M・コーエン,M・ファルカス:精神科リハビリテーション,(株)マイン(1993) 6)一般社団法人日本ソーシャルワーク教育学校連盟編:精神障害リハビリテーション論,中央法規出版(2021) 精神障害者の雇用事例(サービス業) 障害者雇用職場改善好事例の入賞事例から 体調が悪いと仕事のパフォーマンスに影響するため、毎日、個人日報を作成することで、パフォーマンスの変化を見ている。体調や気分、服薬情報を記入することができる様式になっており、本人とチームリーダー、定着支援の担当者が確認している。体調の変化を把握した場合は、個人面談の設定により課題事項の早期解決につなげている。精神障害のある社員の在籍割合が多いため、医療機関との連携も欠かせないが、同社では医療機関と直接やり取りをすることは少なく、本人をよく知る就労支援機関を通じて情報共有をしている。これら職場定着に向けた取組により、安定就労につながり、チームリーダーや正社員として活躍している者もいる。 Q&A【問】精神障害者に共通した障害の一つに認知機能の障害がある。(解答と解説はP354に記載しています) 第7節 発達障害者 1 発達障害とは 近年、“知的発達に顕著な遅れはない”“早期発見と適切な診断を行い、適切な対応と環境調整を行うことにより改善が期待できる”という様々な発達障害に社会の関心が寄せられています。このような障害として、学習障害、注意欠陥多動性障害、広汎性発達障害(高機能自閉症等)などがあげられます。決して新しい障害ではないのですが、病因や病態の理解だけでなく“呼称”も変遷してきた歴史があり、診断基準や治療方法の確立という点では、今後の検討課題が大きい障害であるといえます。平成14年に文部科学省は、このような特性のある子どもたちを「通常学級に在籍している」が「特別支援教育を必要とする」子どもたちと位置づけ、学校教育での支援を開始するという方針を打ち出しました。また、平成19年4月からは、「特別支援教育」を法的に位置づけた改正学校教育法が施行されています。この対象者は、平成17年4月から施行されている発達障害者支援法の対象者と重なっています。この法では支援体制の整備や専門家の確保などにより、発達支援、保育、教育、就労支援、その他生活支援などを進めていくこととされています。 (1) 学齢期の特別な教育支援の対象者 ―文部科学省の調査結果から― 「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」(文部科学省,2012)は、学習面、行動面(「不注意」又は「多動性−衝動性」と「対人関係やこだわり等」)のそれぞれの著しい困難について把握した調査です。調査結果は、質問紙に記載されたチェック項目に「該当」した項目数が基準として定めた項目数を上回った児童・生徒について集計されています。 対象は全国(岩手・宮城・福島の3県を除く)の公立小学校(1〜6年)及び公立中学校(1〜3年)の通常の学級に在籍する児童・生徒53,882人で、学級担任が記入し、特別支援コーディネーターまたは教頭(副校長)の確認を経て提出された回答です。 発達障害の可能性のある児童・生徒が6.5%を占める(図1)という結果ですが、このことが、障害の出現率を示すものではない点には注意が必要です。 学校教育における対応は義務教育を中心として充実してきたところですが、指導上の困難は、教育的対応によってどのように改善されるのか、あるいはどのように深刻になっていくのか、障害との関連をどのように推計していくのか、について注目していく必要があります。あわせて、職業リハビリテーションの支援を必要とする場合には、特に、高等学校や専修学校、大学・大学院における進路指導やキャリアガイダンスで計画・実施される移行支援について注目していく必要があります。 図1 通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童・生徒(文部科学省作成、2012より) A:「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」に著しい困難 4.5%(※1) B:「不注意」又は「多動性−衝動性」の問題が著しい 3.1%(※2) C:「対人関係やこだわり等」の問題が著しい 1.1%(※3) ※1 2.9%(Aのみ)+1.5%(A+B)+0.5%(A+C)−0.4%(A+B+C)=4.5% ※2 1.3%(Bのみ)+1.5%(A+B)+0.7%(B+C)−0.4%(A+B+C)=3.1% ※3 0.3%(Cのみ)+0.5%(A+C)+0.7%(B+C)−0.4%(A+B+C)=1.1% (2) 発達障害者支援法の対象者 平成17年4月施行の発達障害者支援法では、「『発達障害』とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものをいう」とされています。 これまで、診断に携わる医学はもとより、療育や教育、福祉、職業リハビリテーションの関係者において、“知的障害は、発達障害に含まれる”と受けとめられてきました。しかし、知的障害はすでに教育・福祉・障害者雇用等の施策の対象として法的に位置づけられていることから、発達障害者支援法の対象はこれまでの施策の対象に該当しないとされた障害を中心として定められた経緯があります。したがって、発達障害者支援法が定める発達障害の範囲は、いわゆる発達障害の範囲から知的障害を除いたものとなっていますが、これらの障害と知的障害の合併の有無について明記されているわけではありません。知的障害については発達障害に区分される障害ですが、すでに雇用対策上の障害としてまとめられていますので、第5節を参照してください。 (3) 障害者施策における発達障害 我が国における障害者施策は、障害者基本法等により、障害者の自立及び社会参加の支援等、基本的にノーマライゼーションの理念に沿った社会を実現することとされています。また、障害者の定義については、障害者基本法の一部改正(平成23年)により「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能障害(以下「障害」と総称する。)がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」とされています。 これを受けて、障害者総合支援法や障害者の雇用の促進等に関する法律でも発達障害は「障害者の範囲」の中に同様に位置づけられています。 (注)発達障害の診断はアメリカ精神医学会のDSM-5(診断統計マニュアル第5版)かWHO(国際保健機関)のICD-10(疾病・傷害及び死因の統計分類第10版)のいずれかで行うことが一般的です。これらの診断分類や基準はそれぞれに改訂の歴史がありますが、発達障害については2015年にDSM-5が公表され、大きく改訂されました。一方のICD-10は2019年にICD-11への改訂が採択され、DSM-5に共通した構成となりました(自閉症圏の多様な診断名が「自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害」に統合される等)。とはいえ、発達障害者支援法の発達障害の定義はICD-10によっていますので、当面、従来の診断名が混在する状況があることに注意が必要です。 (4) 本節で扱う発達障害の範囲 知的障害との関係 発達障害は、“発達期”における中枢神経系の機能障害により“認知・言語・学習・運動・社会性のスキルの獲得に困難が生じる”と説明されることがあります。損傷部位や損傷時期が明確でない点が脳損傷や脳血管障害とは違いますが、中枢神経系の障害が推定される点では高次脳機能障害(第8節の2)と類似した特徴をもつ場合があるという見方もあります。 また、発達障害とは、発達期に起こる“様々な障害”を包括する概念ですが、どのような障害を包括するのかについては、未だに明確な分類基準はありません。しかし、療育や教育をはじめとする対応や処遇に関する類似性並びに共通性からみると、知的障害、広汎性発達障害・学習障害・注意欠陥多動性障害などを包括するものとして概念化が進んでいます。 ここでとりあげている障害の場合、学習障害の定義では“知的障害はない”と明記されていますが、注意欠陥多動性障害では、診断基準に知的障害の合併の有無は明記されていません。また、知的障害と合併することの方が多いとされている広汎性発達障害では、合併しない場合を「高機能」自閉症や「高機能」アスペルガー症候群などと呼んで区別することがあります。一方、知的障害の場合の「軽度」は「中・重度ではない」を意味します。 発達障害のある生徒への教育対応としては、通常学級や高等学校において特別な支援を行う場合だけでなく、特別支援学級(心障学級など)や特別支援学校(盲・聾・養護学校など)でも特別な支援を行っています。そこで、通常学級や高等学校に在籍する発達障害のある生徒に対して、“知的障害はない”と受けとめることが多いのですが、現実には、“知的障害が軽度”という生徒も含まれます。 本節では、知的障害を伴わないか、伴ったとしても知的な障害の程度が軽度である、広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害のある人を中心的な対象としています。この場合、発達障害者支援法の範囲よりも狭くなります。 2 発達障害の障害特性 発達障害は、その定義から診断の時期の多くは子ども時代です。早期からの適切な対応で問題が改善される場合もありますが、反対に深刻になる場合もあります。いずれにしても、成長とともに症状が変わっていくことになるので、まず診断される時期のことをまとめておくことにします。知的障害を伴う発達障害については第5節をあわせて参照してください。 なお、平成25年5月にアメリカ精神医学会の診断・統計マニュアルが第5版(DSM-5)に改訂されました。診断基準が改定され、従来の診断名や診断基準とは異なる点もあります。大きく異なる点は「広汎性発達障害」という分類が「自閉症スペクトラム障害」に変わったこと、広汎性発達障害の中に位置づけられたアスペルガー症候群という診断名も「自閉症スペクトラム障害」に統合されたことなどです。このため、DSM-5以前の基準で診断された人とDSM-5の基準で診断されることになる人がおり、当面、診断名は混在することになります。ただし、診断名や診断基準等の日本語版が確定・整備されるまでの間、本節では、DSM-5における診断基準の概要を紹介しつつも、従来の診断名にも配慮し、過渡的な段階に対応させています。 (1) 学習障害/限局性学習障害・限局性学習症(Learning Disability(LD)/Specific Learning Disorder(SLD)) 医学で障害を診断する場合、「LD」はSpecific Learning Disorderを意味しています。教育、臨床の関係者をはじめとして、保護者の多くが使うような「学習上の困難のある児童・生徒」、もしくは「教育上の特別な配慮を必要とする児童・生徒」を想定した広い範囲の問題を抱えた対象者を含む用語とは異なっていることになります。 【診断基準:DSM-5】 読字・算数・書字の特定の領域における困難を踏まえ、学力における問題について、個々人の発達・医療・教育の経過及び家族歴並びにテストの成績と教師の観察評価、教育的介入とその効果等を通して総合的に診断されます。その際、年齢や知能から期待される水準で達成できない状態であることなどが重視されます。 【問題への対処】 読字や書字の困難がある場合、成人の失語症の言語訓練法として考案されたリハビリテーションの応用が効果的であるとされています。書字の問題では、「かな」に関しては50音表を利用した練習方法により、「漢字」に関してはワードプロセッサーの使用により書字の問題は解消されると考えられています。 また、算数の問題では「数概念の形成」の問題なのか、「計算」の問題なのか、「文章題」の問題なのかによって練習方法が違います。特に計算のみが苦手な場合には電卓の利用なども提案されています。 【教育用語としてのLD】 学習上の諸問題によって学習障害であることを判断する場合の「LD」は、Learning Disabilitiesにも対応しており、これが教育用語としての「LD」にあたります。表1は文部科学省が示している学習障害の定義です。 表1 現行の文部科学省の定義 学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。 学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。 この定義では、「読む」「計算する」「書く」のいずれかの困難に、「聞く」「話す」「推論する」の困難を加えています。さらには、教育並びに臨床の関係者の中で、さらに広い範囲を認める立場もあります。こうした立場に立つ人々は、発達性協調運動障害(不器用)、注意欠陥多動性障害(ADHD)をこれに加えている場合があります。最も広い範囲を認める立場では、“社会性に困難がある子ども”をも含めています。これは、主として「教育的な対応が必要な子どもたちの問題を考える」ということを意味していますが、多様な発達障害の特性をどこまで含めるかという問題でもあります。教育用語としての「LD」は広い範囲の多様な学習上の困難を想定しているという見方もありますので、医学で診断されるLearning Disorderが「読字」「計算」「書字」に焦点をあてるのとは対照的です。 教育用語として使われている「学習障害」は Learning Disabilitiesを翻訳した時にあてられた用語のうちの1つです。しかし、教育、臨床の関係者をはじめとして、保護者も本人も、この用語を適切でないとして「LD」と称する場合が多いのです。「LD」という呼称には、根底に“障害が学習に関する能力の限定的な障害であり、その点について配慮し、その障害の克服を手助けしていけば、健常児と同じように知的な能力を発揮できる”という考え方があります。 このような考え方を背景として、「障害児と健常児の間の子ども」「グレイゾーンの子ども」であるために、適切な支援をうけることができないという「学習障害」観が成立することになりました。したがって、義務教育のみならず、高等学校以降の学校教育において特別な教育的支援が充実するに伴い、教育の効果に対する期待が一層高まっているといえます。 Point! 教育用語のLDには「(従来の)障害とは違う」が込められるが、「障害とはいえない」や「健常ともいえない」が含まれることもある。従来の障害児教育では対象外とされていた特性である。 (2) 注意欠陥多動性障害(注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害)(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder : ADHD) 【診断基準:DSM-5】 不注意もしくは多動性・衝動性について、発達水準に照らして相応しない不適応症状が長期(6ヶ月以上)にわたって継続した場合に診断されます。 下記の表2のうち、不注意については6項目以上で頻発する場合に診断される対象となります。また、多動性・衝動性については6項目以上で頻発する場合に対象になります。 ただし、不注意も多動性・衝動性も、青年、成人(17歳以上)では5項目を満たす場合に診断されます。また、症状は、反抗、挑戦、敵意、または課題や指示が理解できないなどによるものではないとされています。 さらに、多動性・衝動性または不注意の症状のいくつかが12歳以前に存在し、障害を引き起こしていること、これらの症状による障害が2つ以上の状況(例えば学校〔または仕事〕と家庭)に存在すること、社会的・学業的または職業的機能を損なっている、もしくはその質を低下させているという明確な証拠が存在しなければならないこと、とされています。 【問題への対処】 ADHDは「行動抑制」と「実行機能」の障害であると理解され、改善のために、薬物療法や行動療法が提案されています。このような対応により、成長とともに問題が改善されていく傾向があるとされています。しかし、近年、成人期のADHDの課題についてもとりあげられるようになってきています。 表2 注意欠陥多動性障害の診断 不注意 a)綿密に注意することができない、または、不注意な過ちをおかす b)注意を持続することが困難である c)直接話しかけられたときに聞いていないように見える d)指示に従ってやり遂げることができない e)課題や活動を整理することが困難である f)精神的努力の持続を要する課題を避ける、嫌う、または、いやいや行う g)課題に必要なものをなくす h)外からの刺激によって注意をそらされる i)日々の活動で忘れっぽい 多動性/衝動性 a)手足をそわそわと動かしたり、またはいすの上でもじもじしたりする b)座っていることを要求される状況でじっとしていられない c)不適切な状況で走り回ったり、高い所へ上ったりする d)静かに活動できない e)WじっとしていないW または、まるで Wエンジンで動かされるようにW 行動する。他の人からは落ち着きがなく、じっとし続けるのが困難なように見える。 f)しゃべりすぎる g)質問が終わる前に出し抜けに答え始めてしまう h)順番を待つことや並んで待つことが困難である i)他人の邪魔をしたり干渉する Point! 「落ち着きがない」「ミスが多い」「忘れ物が多い」ということとADHDが診断されることとは必ずしも一致しない。 (3) 知的障害のない広汎性発達障害(高機能広汎性発達障害/高機能自閉症/高機能アスペルガー症候群)/自閉症スペクトラム障害(High Functioning Pervasive Developmental Disorders:HFPDD /Autism Spectrum Disorder:ASD) 【自閉症スペクトラム障害について】 DSM-5では、「広汎性発達障害」にかわって、自閉症圏の障害としての共通性を重視した診断名として「自閉症スペクトラム障害」が使われています。「スペクトラム」という言葉は、「連続している」という意味で使います。 図2では、「自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:ASD)」という用語について、定型発達から典型的な自閉症までを自閉症の強弱で一続きのものとみなす点で、広汎性発達障害を統合する概念であるという考え方を表しています。ここでは従来の診断分類による「特定不能の広汎性発達障害」「アスペルガー症候群」なども自閉症圏の障害であること、しかし、「自閉症」という診断名に比べると自閉症の特徴は軽度であることが示されています。 ただし、自閉症の要素(社会コミュニケーション及び対人的相互作用の問題・行動や興味、活動の制限の問題)は共通していても、その現れ方は多様です。自閉症圏の障害にもさまざまあって、見た目には違う症状のように見えても自閉症として連続しているのだ、というものです。また、「スペクトラム」は、知的に障害のある場合もあるが、ない場合もあり、それは連続しているという場合にも使います。 高機能自閉症や高機能アスペルガー症候群という表し方をするときには、「自閉症スペクトラム障害」の高機能(知的障害を伴わない)者をさしています。 【診断基準:DSM-5】 自閉症スペクトラム障害は、自閉症圏の障害として2つの基準にそって診断されます。 A 社会コミュニケーション及び対人的相互作用の問題 B 活動や興味の範囲の著しい制限・変化への抵抗などの問題 DSM-5では、感覚に対する反応の乏しさや過度の反応に関する点が着目されています。 なお、症状は児童期早期に存在しなければならないが、社会的な要求が制限された能力を超えるまで、十分に顕在化しない可能性もあるとされています。 【問題への対処】 自閉症スペクトラム障害は、認知的・社会的そして行動上の機能に重大な混乱と影響を及ぼす複合的な障害であると理解されています。このため、治療・教育・支援に際しては、薬物療法や行動療法をはじめとしてさまざまな方法が試行されてきましたが決定的な治療法は未だないというのが実状です。個別性に対応した包括的なアプローチが必要とされており、現実にプログラムも提案されています。しかし、このような対応によっても、長期的予後を含め、問題解決の困難な障害であるとされています。 高機能の自閉症スペクトラム障害者の場合、言葉の遅れが目立ちにくいことから、一見、コミュニケーションに困難が少ないと受け取られることがあります。これは、知的機能の障害を伴わないことによるものですが、知的障害を伴わないとしても自閉症の特性に関連したコミュニケーション障害は生じうると認識することが重要です。 図2 自閉症スペクトラム障害 (井上,2011) (左から)定型発達  特定不能の広汎性発達障害 アスペルガー症候群 高機能自閉症 自閉症 表3 自閉症スペクトラム障害の診断 A 全般的な発達遅滞では説明できない、社会的コミュニケーション及び社会的相互作用の持続的障害(以下の3点すべてに該当) a) 社会及び感情の相互性の障害 b) 社会的相互作用で用いられる非言語的コミュニケーションの障害 c) 発達レベル相応の関係を築き、維持することの障害 B 行動、興味、活動の限局的、反復的な様式(以下の4点のうち2点以上に該当) a) 常同的または反復的な話し方、運動、ものの使用 b) 習慣や儀式化された言語的あるいは非言語的行動パターンへの過剰な執着、あるいは変化への過度な抵抗 c) 強度または対象において異常な、限局的に固定化された興味 d) 感覚刺激への過剰反応、あるいは鈍感さ、あるいは環境の感覚的側面に対する独特の興味 3 相談の際の留意事項 (1) 二次障害について 子ども時代に、基本症状によって「学習障害」と診断されたとしても、読み、書き、計算、推論といった知的活動で失敗経験を繰り返すと、二次的症状として自信や意欲の低下、情緒不安定、対人・集団不適応などを引き起こし、緘黙や不登校、攻撃性、非行などの問題が引き起こされる場合があります。また、「注意欠陥多動性障害」「広汎性発達障害」や「自閉症スペクトラム障害」と診断された場合にも、対人スキルの問題や行動抑制など行動上の問題によって失敗経験を繰り返すと、同様に二次的症状が引き起こされることがあります。 最近の国内外の調査では、精神科を受診する発達障害児・者において複数の精神障害が併存する場合が多いことが明らかとなっています。特に自閉症スペクトラム障害のある成人では、気分障害、不安障害、注意欠陥多動性障害などを併存する割合がいずれも5割前後という調査結果や、注意欠陥多動性障害にうつ病や双極性障害が高い割合で併存するといった調査結果もあります。 障害が併存する場合、その独特な現れ方を適切に評価し、必要な対応や支援について検討することが求められます。 Point! 発達障害については、二次的に発生する問題を含め、発達に伴う状態像の変化に対応する必要がある。 症状は在学中に現れるとされるが、職業選択や職場適応の時点で、どのような支援の課題があるのかについて、再検討する必要がある。 (2) 職業リハビリテーションのサービスの利用について 通常学級で課題の克服に努め、学校は卒業したものの「一般扱い」の求人ではうまくいかない発達障害のある青年の場合、職業リハビリテーションサービスの利用を勧めたとしても受け容れがたい事例も多いです。障害特性については、特に慎重に本人の受けとめ方に配慮する必要があります。 「発達障害」といわれて成長した青年の中には、学校教育等で配慮を受けながら課題をクリアし、職業リハビリテーションのサービスを必要とせずに通常教育から職業的自立を達成する事例もあるでしょう。しかし、入職に際して職業リハビリテーションの支援を利用した事例もあります。彼らは、療育手帳・知的障害判定によるサービスを利用した事例と、精神障害者保健福祉手帳によるサービスを利用した事例にわけられます。これは発達とともに求職活動をする際の課題が変化していったという事例です。 ハローワークの専門援助部門における障害者の紹介就職・職場定着の実態調査(障害者職業総合センター, 2017)では、2015年7月からの2ヶ月間に就職した発達障害者242名の8割以上が障害者求人に応募して就職していました。 また、障害者求人による就職者の定着率の方が一般求人による就職者に比して高く、就職時の機関連携や職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援、就職後の定着支援などは定着を支える要因とされています。 しかし、職業リハビリテーションサービスの利用を勧めたとしても「一般扱い」の求人にこだわり、求人条件の変更を受け容れがたい事例も多いのです。障害特性の理解に関する支援については、採用後においても特に慎重に本人の受けとめ方に配慮する必要があります。 4 就職・定着促進のための配慮事項、支援策 学校時代は何とか過ごしても、職場ではうまくいかないという場合に求められる配慮と支援策について考えておきたいと思います。 (1) 職場に適応するうえでの問題の把握 「作業中に問題とされる行動は何か」「いつ・どのくらいの頻度や強さでおこるのか」「その行動がどのような状況(環境や人)でおこるのか」「その行動の後でどのようなことがおきたのか」などを把握することが重要です。 また、学習能力の確認も必要です。特に「未修得の学習技能を明らかにすること」「誤り方のパターンの整理・分析をすること」は、問題を改善していく可能性と深く関わります。 その他、健康状態を把握し、「体調管理にどのような配慮が必要か」を確認することも重要です。 (2) 作業条件の配慮 障害特性に合わせて、作業を効果的・効率的に行うことを支援するうえで、作業時間の調整(課題時間の延長など)が必要になる場合があります。また、作業量の調整(課題の数の限定など)が必要になる場合もあります。加えて、作業内容の調整(理解度に合わせた内容への変更など)は特に重要です。 その他に、電卓やワープロ、メモ帳など、障害特性にあった補助具の利用が有効な場合もあります。 (3) 指示理解に関する配慮 指示に際しては、スモールステップに分けて順に指示することが有効な場合もあれば、指示の単純・明確化(一度に一つの指示など)や強調化(色分けして指示を示すなど)、障害特性に対応した指示方法の選択(話し言葉で指示を出す方がよいか、指示書など文字情報の方がよいか、など)、コンピュータなど興味を引く媒体の使用などが有効な場合もあります。 (4) 環境整備の課題 落ち着いて作業に集中できるためには、障害特性にあった環境整備が必要になります。音や人の気配などの刺激に敏感な場合には、過剰な刺激を遮断することが有効な場合もあります。 また、こうした環境調整を行う場合、特性や配慮について、職場の同僚や上司と情報を共有することも必要となります。ただし、本人のプライバシーや意向に十分配慮することが何より重要です。 (5) 家族との連携 問題への対処については、家族との連携がとても重要になります。家族は経験豊富な支援者でもありますし、また、相談者でもあります。特性理解においても行動理解においても、また、健康管理においても、家族と十分に連携することが重要です。 本人への期待や指導方針については、家族にも十分フィードバックしながら目標を設定していくことが必要です。 (6) 関係機関との連携 職場では障害特性を理解した担当者の配置が重要です。また、生活面の支援をするバックアップ機関との連携も必要になる場合があります。何よりも学校との連携あるいは学校卒業後に利用する機関や移行を支える機関との連携が重要となります。 支援者が対応や支援の考え方を探索する際に参考となる具体例は、「発達障害者就労支援レファレンスブック(課題と対応例)」(障害者職業総合センター, 2015)にまとめられています。就労支援の場面で現れる発達障害者のさまざまな職業生活上の課題を「業務遂行」「対人関係・コミュニケーション」「ルール・マナー」「行動面の課題」「自己理解や精神面の課題」の5つに分類したうえで、支援の場で現れることの多い143項目の課題が掲載されています。これらの課題への対応策は、「課題の要因の把握と目指すべき行動の確認」→「目指すべき行動につながる支援」→「周囲の理解促進と環境調整」の流れで示されています。「発達障害のある社員への具体的な支援方法が知りたい」「就労支援の効果的な進め方を知りたい」といった場合のヒントとなります。 発達障害者の雇用事例(製造業) 障害者雇用職場改善好事例の入賞事例から 発達障害者の受け入れが初めてであり、どのように指導したらよいか、どのようにコミュニケーションを取ったらよいか不安だった。障害者本人が自分の特徴やセールスポイント、配慮を依頼したいことについてとりまとめた「自己紹介書」を提出してくれたため、それに基づき社内の障害特性理解に役立てた。入社にあたっては、地域障害者職業センターのジョブコーチによる支援を活用した。同時並行で作業をこなすことが苦手であったため、当日の作業を朝礼時に「作業計画書」をもとにわかりやすく指示したり、口頭での質問や相談が苦手だったため、業務日報を導入し作業の理解度や質問の有無を把握したりできるよう工夫した。これらの取組により、作業の手順を習得し、雇用継続につながった。 〈注〉平成23年4月より精神障害者保健福祉手帳診断様式が改訂され、発達障害の状態像を記載する項目が設けられています。この改訂により、発達障害の診断がある者は障害者手帳の対象となることが示されています。また、平成30年4月より発達障害を含む精神障害者が雇用義務の対象となり、その確認は精神障害者保健福祉手帳で行うことが示されています。 Q&A【問】発達障害者支援法において、発達障害者の定義が示されている。(解答と解説はP354に記載しています) 5 就労支援利用状況からみた事例(広汎性発達障害・自閉症スペクトラム障害を中心に) 下記の事例では、いずれもDSM-5以前の診断名が示されています。現在、診断名は「自閉症スペクトラム障害」に統合する方向が示されていますが、一方で、就職の際の支援制度の利用の仕方や職務の選び方、事業所への障害開示の有無、特性といった状況は多様です。ここでは、支援の利用について特徴的な4つのタイプを示しました。各個人の選択に応じた対応を検討していくことが重要といえます。 (武澤 武広) (1) 一般扱いの就職をした事例 短大卒40代Aさん(自閉症(アスペルガータイプ/知的に遅れを伴わないタイプ)・診断5歳・障害開示) 短大卒業にあたり両親が学歴にこだわらず対人関係の少ない「モノ相手の仕事」を探すことを勧め、障害を開示したうえで、縫製工場で採用となった。入社当初、社員らは自閉症への対応がわからず接し方に悩んだが、熱心で専門的知識のある両親(母親が特別支援学級の教師)と頻繁に連絡を取ることで関わり方や指導方法を探索した。 6年のOJTを経て社員らも関わり方のコツを共有し、A さんも作業に慣れたことでベテランとして勤続30年に至っている。 高卒30代Bさん(高機能自閉症・診断5歳・障害非開示) 経済的な自立に関心の高いBさんは高校卒業後、親の強い勧めもあり対人関係の少ない工場を選んだ。ところが、Bさん自身は障害を受け容れておらず、あくまで一般扱いでの職であった。会社都合で離職の後、親から勧められた地域障害者職業センターの職業準備支援を利用することになった。障害者対象の支援であることに戸惑いながらも学んだ職場のルールやマナー等は再就職後、役立っていることを感じたという。再就職の活動は本人の強い希望で一般扱い(障害非開示)で行われ、食品工場の在庫管理として採用となった。企業による障害に対する合理的配慮はないものの職業準備支援で得た学びが対人関係のトラブルを回避する基礎となっている。 (2) 障害者雇用で就職をした事例 大卒40代Cさん(高機能広汎性発達障害・診断38歳・精神障害者保健福祉手帳を利用) 就職活動で大卒後の仕事を決めたが、人の視線が気になったり仕事を覚えられないなどで不安が昂じて離職に至った。正社員として再就職するもうまくいかず20社以上の離転職を繰り返した。精神的に不安定になり精神科を受診し、発達障害と診断される。精神科のデイケアを利用しつつ、配送事務・実務の仕事でトライアル雇用を経て再就職、ジョブコーチ支援を活用し、仕事と気持ちのコントロール方法を学び、自信を持つことができた。 平日を休業日として通院に充て、土日に働く勤務体制がCさんのニーズと一致している。同僚・上司の理解も進み、特段の配慮はなく安定して仕事をしている。 高卒40代Dさん(自閉症(知的に遅れを伴わないタイプ)・診断35 歳・療育手帳を利用) 高卒後、就職したものの、カっとなる自分をおさえられず離職に至った。福祉作業所に通うことになったが、作業所ではなく事業所で働きたいという希望を保ち続けていたという。その後、就労支援機関を利用する中で「感情コントロールの方法」を学んだ。診断時に療育手帳を取得して就職を目指すこととし、ジョブコーチや障害者就業・生活支援センターの支援を得て、商品管理の仕事に採用された。20年間の福祉作業所経験が今を支えている(Dさんの居住地では自閉症の診断により知的障害を伴わないケースにも療育手帳を交付している)。 特別支援学校卒30代Eさん(自閉症(カナータイプ/知的な遅れを伴うタイプ)・診断2歳・療育手帳を利用) 特別支援学校の紹介により、物流倉庫の管理業務で就職した。当初は、経験がない作業に混乱が大きかったが、「職場での動線」を床に貼ったテープで確認することにより作業に慣れた。工程を明確化、単純化することでEさん自身、担当作業を理解でき、次第に慣れて仕事に自信を持てるようになった。さらに、貴重な戦力として評価され、意欲的に仕事をしている。 〈注〉障害者手帳を所持していない発達障害や難病のある人をハローワーク等の紹介で雇用する事業主に対し、特定求職者雇用開発助成金(発達障害者・難治性疾患患者雇用開発コース)が支給されます。支給要件等詳細はハローワークにお尋ねください。 【参考文献】 1)厚生労働省発達障害者雇用促進マニュアル作成委員会編 「発達障害のある人の雇用管理マニュアル」(2007) 2)文部科学省初等中等教育局特別支援教育課 通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果 (2012) 3)障害者職業総合センター調査研究報告書No.101 発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題に関する基礎的研究(2011) 4)障害者職業総合センター調査研究報告書No.112 若年者就労支援機関を利用する発達障害のある若者の就労支援の課題に関する研究(2013) 5)障害者職業総合センター調査研究報告書No.137 障害者の就業状況等に関する調査研究(2017) 6)障害者職業総合センター資料シリーズ リーディングス職業リハビリテーション1 発達障害のある人がよりよい就労を続けるために(2012) 7)障害者職業総合センター資料シリーズNo.100 就業経験のある発達障害者の職業上のストレスに関する 研究−職場不適応の発生過程と背景要因の検討− (2018) 8)障害者職業総合センター調査研究報告書No.150 発達障害者のストレス認知と職場適応のための支援に関する研究−精神疾患を併存する者を中心として―(2020) 9)障害者職業総合センター 認知に障害のある人に対する相談補助シート(2011) 10)障害者職業総合センター 発達障害者就労支援レファレンスブック(課題と対応例)(2015) 11)障害者職業総合センター職業センター 発達障害を理解するために〜支援者のためのQ&A〜(2006) 12)障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.3「アスペルガー症候群の人を雇用するために 〜英国自閉症協会による実践ガイド〜」(2008) 13)障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.7「発達障害を理解するために2 〜就労支援者のためのハンドブック〜」/付属リーフレット「発達障害について理解するために 〜事業主の方へ〜」(2013) 14)障害者職業総合センター職業センター実践報告書 No.27「発達障害者に対する雇用継続支援の取組〜 在職者のための情報整理シートの開発〜」(2015) 15)障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.15 「発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 手順書作成技能トレーニング」(2017) 16)職業能力開発総合大学校能力開発研究センター「発達障害のある人の職業訓練ハンドブック」(2008) 17)井上勝夫 大人のPDD診断はどうあるべきか?−PDDの特性診断とprobable PDD−特集:大人に おいて広汎性発達障害をどう診断するか 精神神経学雑誌 113巻11号 1130-1136(2011) 18)アメリカ精神医学会 DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引 (日本語版用語監修:日本精神神経学会(監訳:高橋三郎/大野裕 訳:染矢俊幸/神庭重信/尾崎紀夫/三村將/村井俊哉)2014.10.)(2013) ※先に紹介した「発達障害者就労支援レファレンスブック(課題と対応例)」は下記の研究部門ホームページアドレスからダウンロードすることができます。 https://www.nivr.jeed.go.jp/research/kyouzai/kyouzai48.html 第8節 その他の障害者 1 難病等による障害 医学の進歩にかかわらず完治が困難な「難病」と呼ばれる病気は多くあり、誰もが発症する可能性があります。我が国では1972年から難病対策を進めてきました。その結果、多くの難病は、治療を続けながら就労を含む暮らしを送れるまでに症状を抑えることができるようになりました。 しかし、多くの難病は未だ最新治療によっても完治させることが困難であるため、安定した就業継続、障害悪化の防止や早期対応等のためには、職場での治療と仕事の両立支援への理解と協力が不可欠です。治療で障害の進行が抑えられていれば障害者手帳制度や障害者雇用率制度の対象ではないこともありますが、「難病等による障害」は障害者手帳の有無にかかわらず、すべての事業主の障害者差別禁止と合理的配慮提供義務の対象です。 ここでは、難病等による障害のある人(以下「難病のある人」という。)が、治療の継続と両立しながら、能力を発揮して継続して働ける職場づくりのポイントを紹介します。具体的には、「難病」についての先入観や誤解にとらわれず意欲があり適性の高い人材を採用する、本人や主治医等とのコミュニケーションにより多様で個別性の高い難病を正しく理解し、通院や体調管理を応援するなどです。 (1) 難病等による障害の特徴 仕事による疲労は適度の休憩や勤務時間外の体調管理や睡眠、休日を使って疲労回復し、疲労と回復のバランスをとることが職業生活を継続できる大前提です。難病のある人の場合、仕事による疲労の蓄積と休養による疲労回復のバランスが、障害のない人よりも多かれ少なかれ崩れやすくなっています。難病等の症状が悪化した場合の症状は疾病により多様ですが、症状の悪化を防ぎ職業生活を安定させる雇用管理の課題は疾病にかかわらず共通しています。体調悪化の兆し(疲れ、痛み、集中力の低下等)は外見からは分かりにくいことが多いため、雇用管理のためには職場でのコミュニケーションが重要になります。 @ 難病対策による難病の慢性化に伴う新たな障害 我が国では難病対策として、国の研究班による治療研究、医療費助成、さらに長期の治療を続けながらの社会参加を支援しています。「難病等による障害」はすべての事業主の障害者差別禁止と合理的配慮提供義務の対象であり、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(以下「障害者総合支援法」という。)やハローワーク等による職業リハビリテーションの対象でもあります。 ア 難病とは 1970年代に国の難病対策が開始された時には医療費助成の対象となる難病は8疾病でしたが、その後、新たな難病が特定され診断治療も進んだ結果、令和4年11月現在、医療費助成の対象となる「指定難病」は338疾病です。また、医療費受給者数は令和2年度で約103万人となっています。 難病には全国の患者数が数万人になるパーキンソン病や潰瘍性大腸炎のような疾病だけでなく、全国の患者数が10人未満という疾病も多く、専門医以外の一般の医師や産業医にも知られていない疾病も多くあります。 平成27年施行の「難病の患者に対する医療等に関する法律」(以下「難病法」という。)では、難病を「発病の機構が明らかでなく、かつ、治療方法が確立していない希少な疾病であって、当該疾病にかかることにより長期にわたり療養を必要とすることとなるもの」としています。特に生産年齢(15歳以上65歳未満)で患者数が多い疾病としては、消化器系疾病(潰瘍性大腸炎、クローン病等)、自己免疫疾病(全身性エリテマトーデス、強皮症、皮膚筋炎、多発性筋炎等)、神経・筋疾病(パーキンソン病、もやもや病、多発性硬化症/視神経脊髄炎、重症筋無力症等)があります。その他、難病は患者数の少ない多様な疾病を含むものであり、血液系(原発性免疫不全症候群等)、内分泌系(下垂体機能異常症等)、視覚系(網膜色素変性症等)、循環器系(特発性拡張型心筋症等)、呼吸器系(サルコイドーシス等)、皮膚・結合組織系(神経線維腫症等)、骨・関節系(後縦靭帯骨化症等)、腎・泌尿器系(多発性嚢胞腎等)等、多種多様です。 難病の各疾病の詳細は、難病情報センター(https://www.nanbyou.or.jp/)が一般向けに提供しています。 イ 難病等による障害への法制度の整備 障害者総合支援法では、難病等を「治療方法が確立しておらず、その診断に関し客観的な指標による一定の基準が定まっており、かつ、当該疾病にかかることにより長期にわたり療養を必要とすることとなるもの」としており、難病法よりも広く関節リウマチ等を含み366疾病を「難病等」としてサービスの対象としています。 障害者の雇用の促進等に関する法律においても、障害者手帳のある難病のある人が障害者雇用率制度上の障害者であることはもちろん、障害者手帳のない場合でも、難病のある人は、同法第2条における「障害者」にあたり、専門的職業紹介等の職業リハビリテーション全般や障害者雇用納付金関係助成金(障害者介助等助成金、職場適応援助者助成金)の対象であり、障害者差別禁止や合理的配慮の提供義務の対象でもあります。特に、障害者手帳の対象となっていない難病のある人を新たに雇用し配慮を行う企業向けに特定求職者雇用開発助成金(発達障害者・難治性疾患患者雇用開発コース)が設けられています。 A 固定しない障害:無理なく活躍できる仕事内容と職場調整の重要性 難病等による障害の最大の特徴は、治療により症状は抑えられているものの、病気が完治していないことによる、全身的疲れやすさ等の体調変動の起こりやすさそのものです。良くも悪くも障害が固定しておらず、医学的な重症度は同程度でも、症状が少なく仕事が問題なくできる場合もあれば、体調が悪化して退職になる場合もあり、それは仕事内容や勤務条件による場合が多いのです。 ア 健康管理、通院に無理のない仕事内容や勤務 <条件> 難病のある人にとって「無理のない仕事」とは、身体的に無理がない、休憩が比較的自由に取りやすい、疲労回復が十分にできる勤務時間や休日、通院のための業務調整が可能ということです。「難病のある人に適さない仕事」といった固定的な見方は適切ではなく、あくまでも、個々の仕事による疲労の蓄積とその回復に必要な休憩・休日・通院等のバランスが重要です。 例えば、デスクワークならフルタイムで働けたり、立ち作業の軽作業ならパート等の短時間で休日も多ければ働けたりする一方で、同じ軽作業でもフルタイムで週5日の勤務は続けられないという場合があります。一方、運搬や労務作業、長時間の立ち作業等の体力を要する仕事、時間的拘束が厳しく休憩が取りにくい作業、頻繁なトイレや急な体調の変化に対応しにくい顧客との約束の多い仕事等、難病のある人が続けにくい場合がある仕事もあります。ただし、固定的な見方は禁物です。 イ 通院や休暇等のための柔軟な業務調整 難病のある人は、最低でも数か月に1回の定期的通院が必要であったり、体調悪化時には早めに休憩や通院が必要であったりします。多くの場合、有給休暇等のスケジュール調整で十分ですが、難病の一部では現時点での医療管理の限界から体調変動が起こりやすく、実際の事例でも、突発休が年に数回でもあると、業務評価や職場の人間関係への影響が大きくなっている状況も認められます。しかし、そのような場合でも、育児中や介護中の従業員の多い職場等、突発休を前提とした引き継ぎを意識した仕事の進め方やチーム担当制が導入されていれば、無理なく仕事を継続できる場合もあります。 B 外見から分かりにくい障害:職場のコミュニケーションの重要性 難病等の症状が悪化した場合の症状は疾病により多様ですが、体調悪化の兆し(疲れ、痛み、集中力の低下等)は疾病にかかわらず共通しています。ただし、そのような体調悪化の兆しは外見からは分かりにくく、本人や主治医から正しい情報を得ることが重要です。難病のある人が必要としている職場の理解や配慮の具体的内容を正しく理解できれば、その実施自体は、我が国の多くの職場では決して難しいことではありません。 ア 難病の先入観でない最新の正しい知識 「難病」という言葉の印象や、症状悪化時の症状等の限られた情報から、「働くことが難しいのではないか」といった誤解を生じやすくなっています。症状が悪化した状況での治療や医療の課題と、症状が安定している状況で職場において理解・配慮すべき課題は異なります。 難病についての誤解や偏見は差別の原因となるだけでなく、難病のある人が差別の懸念から必要な配慮の申出が困難になる等、職場での理解や配慮のためのコミュニケーションの大きな妨げとなっています。職場においては、後述する治療と仕事の両立支援の流れに沿って、主治医から正しい情報を得たうえで、労働者本人と人事労務担当者、産業保健スタッフ、上司等との関係者間で話し合い、関係者ができるだけ納得を得られるような形で対応することが重要です。 イ 体調悪化の兆しの自覚の職場で申出のしやすさ 体調悪化の兆しとして、痛みや倦怠感、疲労や発熱など症状として本人に自覚されますが、そのような症状の有無や程度は外見からは分かりにくいものです。主治医から正しい情報を得たうえで、上司等から労働者本人に声掛けを行うなど、労働者本人が体調の変化について申出をしやすくし、体調管理を確実に行える職場環境を整えることが重要です。 ウ 症状のない場合でも定期的通院等が必要であることへの理解と協力 難病等は病状や体調が安定している場合であっても、完治しているわけではなく、定期的な通院で診察や検査を継続することが不可欠です。特別な検査のために別途通院が必要となる場合もあります。外見からは何も問題がないように見えることから、職場の同僚や上司に通院の必要性が理解されにくく、本人が通院しにくくなったり、職場での人間関係の悪化等の原因にもなったりします。難病のある人が健康かつ安全に働き続けるためには、定期的通院の確保が必要であることについて、必要に応じて上司や同僚に説明する等、理解や協力が得られるようにすることが重要です。 エ 進行性の難病の発症初期から相談しやすい環境づくり 難病等の中には、進行性で現在の医療では進行を止めることが困難な疾病があります。在職中に進行性の難病等を発病しても、通勤や職務遂行等に影響が出る程度に症状が進行するまでには数年〜10年以上かかることが一般的です。現状では、症状がかなり進行してから職場に相談があることが多いのですが、今後、進行性の難病のある人がより早期に職場に相談しやすくし、発症初期に職場に相談があった場合、本人も職場も将来不安から過剰反応することなく、進行の見通しを確認し、現在と当分の間の対応と将来への長期的プランを分けて考えることが重要です。進行の早い時期に職場に相談があれば、長期的視点でのタイムリーな対策も可能であり、在宅勤務の導入等の検討の準備も行いやすくなります。進行に伴う設備改善等や配慮の必要性に応じて、障害者手帳の取得についても本人と相談し、医師の意見を確認するとよいでしょう。 C 多様な身体障害等の原因疾患としての難病等 専門的に言うと、「難病等」とは医学的な診断治療の対象である疾病のことであり、一方「障害」とはそれによる生活機能(心身機能、活動、参加)の問題状況を意味します。難病等は多様な身体障害等の原因疾患となり、その一部は障害者手帳制度の対象となります。一方、「難病等による障害」には障害者手帳制度の対象となっていない生活機能の問題状況も多く含まれ、障害者手帳の有無にかかわらず職場の理解や配慮が重要です。代表的な難病で例を示します。 ア 炎症性腸疾病(潰瘍性大腸炎、クローン病) 下痢や下血、腹痛で入院し診断されることが多く、それをきっかけとした退職が多くなっていますが、実際は治療により数ヶ月で症状は安定するため、就業継続(休職と復職)の支援が重要です。小腸や大腸の炎症に対して、手術で腸を切除して身体障害者手帳の対象となっている人もいますが、現在では治療・服薬と自己管理で症状を抑えている人が多く、その場合は障害者手帳の対象になりません。難病の中でも最も就労例の多い疾病です。 イ 自己免疫疾病・膠原病(全身性エリテマトーデス等) 免疫機能が自分自身の体に対して反応してしまい、体の様々な部位で炎症が起こる、女性に多い病気で、様々な種類があります。全身性エリテマトーデスは、その代表的なもので、日光の紫外線に皮膚が過敏に反応したり、過労等がきっかけとなり、湿疹、口内炎、消化器炎、腎臓・心臓・呼吸器等の臓器障害、関節炎、筋肉炎等が多発し、発熱や全身疲労が顕著になりやすいことが特徴です。症状が進行して関節障害等や腎臓機能障害の程度が大きくなった場合では、障害者手帳制度の対象にもなりますが、ステロイド剤等の服薬や自己管理によって症状を抑えている人の多くは障害者手帳の対象ではありません。 重労働はもちろん、運搬等の中程度の肉体労働も、筋肉痛や関節痛が起きやすいため、膠原病のある人たちには苦痛となり得ます。 ウ 重症筋無力症 神経と筋の間の伝達の障害により、普通よりも筋肉が疲労しやすく休憩をとると回復するという特徴の病気です。症状の進行もなく、働いている人も多くいます。病名から全身麻痺になる重症の難病と誤解しないように注意が必要です。筋肉が疲労しやすいため、例えばビンのふたを開けるのに手助けを必要としたり階段を上るのに困難があったり、休憩なく1日働くと、まぶたが落ちてきたり、声がかすれてきたりすることを典型的な症状とします。休憩がないと短時間勤務しかできない人でも、途中で横になれる短時間の休憩を組み込めばフルタイムで働くことができる場合もあり、一日の仕事の組み方や休憩の取り方によって無理なく働けるかどうかが大きく左右されます。これらの症状が重い一部の人の場合、上肢・下肢あるいは視覚障害等で障害者手帳の対象となる場合があります。 エ 進行性の神経筋疾病(パーキンソン病、脊髄小脳変性症等) パーキンソン病は高齢者に多い病気ですが、その10%程度は40歳未満で発症し若年性パーキンソン病と呼ばれます。症状を一時的に抑える特効薬があり、薬が効いている時には障害のない人と全く変わらないのに、数時間で薬効が切れると体を動かせなくなるという「ON−OFF症状」という特徴があります。10年以上かけて病気が進行し、薬が効きにくくなったり、薬の副作用が現れたりします。周囲に病気を隠してストレスを抱えている人も多くいます。 脊髄小脳変性症は、病気のタイプによっては、より若い年齢での発症があり、発症時が就職活動と重なることもあります。特効薬はなく、運動障害が10〜25年程度かけて、ゆっくりと進行します。 この他、進行性の神経筋疾病には、発症から数年で全身麻痺に病状が進行する場合もあり、症状の軽いうちに主治医や本人と集中的な情報交換を行い可能な対策をとることが重要になります。 オ 多発性硬化症/視神経脊髄炎 多発性硬化症/視神経脊髄炎は、脳や脊髄の中枢の神経の炎症が起こりやすい病気です。様々な部位の神経が炎症を起こすと、対応する様々な感覚(視覚等)、運動機能が障害を受けるため、症状は多様で、炎症の度に障害が悪化し、中年以降に身体障害者手帳の対象となっている人が多くなっています。その一方、最新の治療、服薬や自己注射、自己管理(過労を避ける、保温、栄養等)によって、無症状に近い状態で長期に生活できる人も増えています。過労等が症状悪化のきっかけになりやすいため、仕事内容や勤務条件を検討し、休憩をとりやすくし、必要な通院ができるようにして、神経の炎症をなるべく起こさないようにし、後遺症を残さないようにすることが大切です。 カ 皮膚疾患(神経線維腫症等) 皮膚疾患である神経線維腫症等では、皮膚の傷つきやすさによる直接の職務遂行上の制限だけでなく、顔面や目立つ外見での腫瘍他の変化により周囲からの「感染するのではないか」等の無理解による制約を受ける場合があります。神経線維腫症は、皮膚等の腫瘍(できもの)や色素班(しみ)を特徴とする病気で、職務遂行に影響するような身体的、精神的な機能障害は基本的になく、病気が感染するおそれもありません。顔面等の腫瘍が大きくなると手術が必要になることがあります。 キ 網膜色素変性症 中途の視覚障害の代表的な原因疾病です。最初は夜間や夕方、薄暗い部屋でものが見えなくなる症状が現れ、その後、一部の視野が見えなくなる等、ゆっくりと視覚障害が進行していくため、通勤時間の配慮等が必要になってくることもあります。 視覚障害の進行には時間がかかるため、退職年齢までに失明するとは限りませんが、状況に応じて視覚障害者用の支援機器等を早めに検討するとよいでしょう。支援機器を活用すれば、たとえ失明しても、文書を読んだり書いたりといった事務的仕事も十分に続けることができます。また、視覚障害関係の団体に相談する等、本人の生活設計や支援機器の訓練や職業訓練等、就業継続を総合的に支えることが大切です。 ク もやもや病 脳のウィリス動脈輪という太い血管の代わりに細い血管が網の目のようにできる病気です。激しい運動をした時や過呼吸になった時に、脳の血流が不足して突然崩れるように倒れる脱力発作が起こりやすく、また、30〜40歳以降では脳卒中が起こりやすくなります。脱力発作は数分でおさまり、脳卒中も軽度のことが多いのですが、発作が重なると、脳に障害が蓄積し、身体の麻痺や言語障害、高次脳機能障害により、障害者手帳の対象となります。発作を起こさない予防的な対策や、発作で突然倒れる危険性を考慮するために、産業医等も入れて仕事内容を検討することが必要です。 ケ 後縦靱帯骨化症 背骨を縦につなぐ靱帯は柔軟性があり、首、胴体、腰を自由に動かすことができますが、これが肥大・骨化して首等のこわばりや痛みが生じ、さらに、骨化が進行し脊髄を圧迫するようになる病気です。病気が進行して、脊髄麻痺と同様の下半身等の麻痺になると身体障害者手帳の対象になります。しかし、そこまで進行していない場合も、首等の痛みや、手足のしびれ等があり、疲労が溜まりやすく、また、転倒しやすく、脊髄損傷を起こしやすいので、仕事内容を産業医等と検討する必要があります。 コ 原発性免疫不全症候群 原発性免疫不全症候群は、体内に侵入した細菌やウイルスを排除しようと働く「免疫機能」が生まれつき機能しない病気です。主な症状は、感染症(風邪、化膿など)にかかりやすいことで、それが肺炎や敗血症等に重症化しやすいことです。免疫機能を高めるための通院への配慮と、その人の免疫機能に無理のない職場や仕事内容に主治医や産業医と相談して留意することで、基本的に就労は十分可能です。具体的には、デスクワークの仕事で人ごみを避けることや日頃から職場の同僚の手洗い・うがい励行や空気清浄器の設置等の協力が必要な場合があります。 (2) 差別禁止と合理的配慮の提供 「難病等による障害」は障害者手帳の有無にかかわらず、障害者差別禁止と合理的配慮提供義務の対象です。「難病」についての先入観や偏見によらず、意欲があり適性の高い人材を採用し、本人や主治医とのコミュニケーションと正しい理解に基づき、能力を発揮して継続して働いてもらえる職場づくりの取組が重要です。「難病等による障害」は必ずしもすべてが障害者手帳制度や障害者雇用率の算定の対象にはなりませんが、適切な仕事内容と職場の理解・配慮があれば無理なく活躍できる難病のある人の公正な雇用はすべての事業主の法的義務です。 @ 「難病」の正しい知識の普及と差別防止 難病医療の進歩は急速であったため、正しい最新の知識の普及が十分でなく、「難病=働けない、雇用できない」という先入観が一般的にみられます。そのような先入観による採用拒否や退職勧告、その他の不利な扱いを懸念して、難病のある人の中には、病気を隠して働くことも多くあります。このような状況は、本人の治療と仕事の両立が困難になるだけでなく、企業の健康や安全への配慮上も問題となる悪循環をつくっています。 そのような悪循環を断つためには、募集採用時だけでなく、就職後も社内の従業員向けに、治療と仕事の両立支援や障害者差別禁止等の基本方針を明示し、難病のある人が差別をうける心配なく、職場で必要な配慮について相談しやすい環境を整えることが重要です。難病というだけで不採用にしたり就業禁止にしたりすることは、合理的理由のない差別的取扱となります。 また、障害者雇用率に算入されない難病のある人について「雇用のメリットがない」等の発言が企業や支援者から聞かれることがあるようです。「障害や難病のある人は働けない」「企業の負担が大きい」という先入観を除き、障害者が職業人として活躍する機会を保障し、その能力を正当に評価するという、障害者差別禁止や合理的配慮提供の義務化の趣旨を再確認することが重要です。 A 募集採用時の合理的配慮 難病のある人は、就職活動において、就職後に必要となる配慮を確保するための説明と、意欲や能力のアピールの両立が困難になっています。難病のある人が無理なく活躍できる仕事は一般求人のデスクワーク等にも多いことから、難病のある人が一般求人に応募することはまれではありません。難病のある人の募集採用時には、難病のある人が安心して病気や必要な配慮について開示できる環境整備や、十分なコミュニケーションのための時間を確保することが合理的配慮になり得ます。 ア 治療と仕事の両立支援等の方針の明示 偏見や差別のおそれから、難病や配慮について就職活動で説明するかどうかを迷っている人が多くいます。治療と仕事の両立に向けて職場の理解と協力の必要性を認識していても、募集採用時の企業側の「難病」への反応を予測できず迷う人が多いのが現実です。このような人たちは「健康状態」を一般的に聞かれても回答に困っています。 現在、難病に限らず、がん等の治療と仕事の両立支援の普及が進んでいます。がんや難病は誰もがかかりうる病気です。企業として、治療と仕事の両立支援に取り組んでいたり、障害者差別禁止や合理的配慮提供に取り組んでいるならば、それを募集採用時に明示すること自体が合理的配慮になり得ます。優れた人材を確保するためには、そのような方針を明示した方が有利であるという考え方もあります。 イ 能力や適性と必要な配慮を理解するための時間確保 難病のある人の中には、採用面接時に、病気のことばかりを聞かれて、適性や意欲をアピールできなかったという経験を持つ人がいます。適性や意欲等に加え、必要な配慮等について十分に理解するために面接時間を延長することも合理的配慮となり得ます。なお、仕事とは関係のない病気自体について聞く必要はありませんし、プライバシーや人権の観点からも不適切です。 ハローワーク等からの紹介の場合、支援者が事前に主治医等に病気の内容や必要な配慮等について確認を行っている場合もあります。そのような支援者が面接に同伴することを認めることも、理解を進めるための合理的配慮となります。 また、面接だけで判断が困難と感じる場合でも、職場実習、職場体験、障害者トライアル雇用制度等を活用することで、仕事による負荷や疲労、休憩や休日による体調の維持等について、職場で調整を進めるとともに、難病のある人の主治医等とも疾病管理上の情報交換も可能となり、本人、職場、支援者等の納得につながる採用への合理的配慮となります。 B 就職後の合理的配慮 「(1)難病等による障害の特徴」で記したように、難病のある人の治療と両立した就業継続のためには、無理なく活躍できる仕事内容や、休憩や通院等がしやすい職場での調整が本質的に重要です。そのためには、外見からは分かりにくい症状等も含め本人等との情報交換が重要です。 ア 休日・休憩・通院等の条件のよい仕事内容 難病のある人が働きやすい身体的負担の少ない仕事は、障害者雇用に特化した仕事に限らず、デスクワークやパート等のむしろ一般の仕事に多くあります。本人の適性に適合し職業人として活躍できる業務配置が、個別の弱点への配慮に先立って重要です。 単に本人の弱点にだけ注目し、例えば、休憩・休暇時や特定の業務を上司や同僚がその都度カバーするだけでは、「職場の迷惑になっている」と本人の心理的負担が大きくなったり、「なぜ、あの人だけが特別扱いなのか」と職場の人間関係が悪化しやすくなり、離職の大きな原因となります。また、単に仕事の負担を減らすように業務調整をすると、本人は「閑職に追いやられた」と仕事上の不満を高めやすくなります。 イ 上司・同僚の病気の正しい理解 治療と仕事の両立に関係する職場の人間関係のストレスは、難病のある人に多い離職原因です。休憩や通院、個別の業務調整等は、病気についての正しい知識がなければ、周囲の同僚には理解が困難で不公平感を抱く原因となることがあります。後述する治療と仕事の両立支援での主治医等からの情報活用や、日常の職場で本人が説明しやすくしたり、上司や同僚が疲労等について声かけを行う等、適切な理解と協力ができる職場環境の整備が重要です。 ウ 仕事内容や勤務時間等の配慮や調整 職場での健康管理・通院・休憩がしやすいこと、通院等への出退勤時刻や休憩等の職場配慮・調整が可能なこと、体調悪化につながる無理な仕事内容を避ける必要等については、後述する治療と仕事の両立支援において、職場と本人で納得できる両立支援プランをつくるとよいでしょう。 その一方で、多くの難病のある人は、繁忙期の通院や休憩の確保、職場の上司・同僚との理解を促進しやすいコミュニケーションの取り方等に悩んでいます。障害者職業生活相談員としては、職場風土の醸成だけでなく、本人の相談にも対応するとよいでしょう。例えば、「繁忙期でも必要な通院を自覚的に行うことは結局は就業が安定して職場のためになる」「できないことばかりを言うのではなく、病気でも何ができるかを積極的に上司等とも相談して考えていく」「職場の配慮については、お互い様であっても、感謝の気持ちを伝えるようにする」といった助言は、障害者職業生活相談員からもあるとよいでしょう。 エ 休職後の復職支援 難病は働き盛りでの突然の発症も珍しくなく、最初の激しい症状で入院し、難病という診断・告知に本人も企業も情報不足のまま自主退職等となり、その後数ヶ月で症状が安定し、十分復職が可能であったことが分かったという例が少なくありません。したがって、従業員が難病で入院・休職となった時には、早めに主治医等から治療の見通しや就労可能性について情報を収集するとともに、会社の休職規程等を踏まえ、不必要な退職を防止し、スムーズな復職につなげる支援が重要です。 オ 弱点よりも得意分野を中心とした業務配置 難病のある人は職務上の経験を積み、判断力等の管理的な仕事能力の高い人も多くいます。症状が進行する病気で身体機能が障害されても、知的能力には影響がない病気も多くあります。情報通信技術の進歩により、通勤の負担の少ない働き方や、仕事の進め方にも多くの可能性があります。10年以上かけてゆっくりと症状が進行する病気も多く、本人の得意分野を活かせるように、本人、主治医、職場等でよく情報交換し、長期的視野で働き方の多様化に向けた就業規程の改正も含め、支援機器の導入、キャリア計画や職業訓練、テレワークの導入等、多様な方策を検討するとよいでしょう。 (3) 治療と仕事の両立支援の効果的活用 難病のある人への合理的配慮の提供のためには、難病の症状による仕事への影響や必要な配慮事項を正確に理解する必要があります。難病医療は日進月歩であり、また難病による症状は多様かつ個別的であるため、正確な情報は専門の主治医から得る必要があります。主治医、職場、産業医等のコミュニケーションを促進し、治療と仕事の両立支援をスムーズに実施するためには、厚生労働省の「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」3)に沿うとよいでしょう。がんの両立支援が先行していますが、難病についても対象となっており、2020年3月からはその参考資料としての「企業・医療機関連携マニュアル」の事例編にも難病が追加されています。 @ 主治医への勤務情報提供と意見書の要望 両立支援の枠組みでは、まず、労働者である患者本人から勤務情報を主治医に提供し、両立支援のためという目的を明確にして本人の同意の下で主治医の意見書を求めます。仕事内容や職場の状況が分からなければ主治医としても適切な判断は困難です。また、職場としての両立支援の取組に必要な情報や疑問点を明確にして意見を求めることで、必要な情報を得ることができます。特に、外見からは分かりにくい難病の症状や留意事項については、専門の医師から具体的な情報提供を得ることが、職場の理解と協力を促進するために不可欠です。主治医の意見を求める際には、機微な健康情報を取り扱うことになるので、産業医等がいる場合には、産業医等を通じて情報のやり取りを行うとよいでしょう。 ア 特に禁止や留意すべき業務等 疾病の種類や重症度により、個別の機能障害や、失神・脱力発作、突然の不動状態、免疫低下、皮膚の障害等、個別の症状による、本人の健康状態の悪化、職場での安全確保の観点を踏まえて、特定の業務を禁止したり、特別な留意をしたりする必要がある場合があります。 イ 定期通院等のために休暇や出退勤時刻の調整の必要性 たとえ体調がよく、特に問題がない場合でも、定期的検査や服薬の調整、医療的な相談等は、急な体調悪化や入院、休職、障害の悪化等を予防するために重要な意義があります。専門病院では休日診療が受けられないことも多く、受診予約日に無理なく通院ができるような配慮が必要な場合もあります。 ウ 就業中の休憩や疾病管理等の配慮の必要性 疲労や痛み等は本人の自覚症状以外では分かりにくいので正しい理解が重要です。 エ 症状の進行や治療の見通し 進行性の疾病なのかそうでないのか、進行性の場合は現在の仕事がいつごろまで継続可能なのか。進行性でない場合は、どの程度症状が安定しているのか。休職後の復職については、どれくらいの期間で復職が可能なのか、原職復帰は可能なのか。これらについて専門の主治医から必要な情報を得ることが必要です。 A 主治医の意見書を踏まえた両立支援プランの作成 主治医の意見書を踏まえて、職場と本人で、具体的な両立支援プランを検討します。その内容は話し合いの結果を共有するものとして、職場として、本人、所属長、人事労務担当者、産業医等の同意を得て作成します。 治療の方針や見通しを確認し、休職後の職場復帰や体調管理と両立できる仕事内容や勤務条件の調整スケジュール、職場としての具体的な就業上の配慮事項、フォローアップ面談のスケジュール、その他、同僚への説明の方針、突然の体調悪化にも対応できるように、チームで引き継ぎを意識した仕事の仕方にすること、上司が異動する時には引き継ぎをすること等、話し合いの結果を文書として確認し共有します。 両立支援プランは、本人や職場の状況の変化に応じて、見直すことも必要です。特に、治療の見通しが分かりにくい状況の場合は、当初の両立支援プランについて一定期間後に見直すことを前提として作成することが適切な場合もあります。 B 専門的支援や制度の活用 治療と仕事の両立支援は、就職後の従業員を対象に実施されるもので、職場の関係者としての産業医・保健師・看護師等の産業保健スタッフや医療機関の関係者、さらに、地域の産業保健総合支援センターが専門的支援を提供します。また、両立支援コーディネーターがこれらの関係者の連携を促進します。 一方、難病のある人の就職採用時においても、早めに治療と仕事の両立支援を想定した、本人や支援機関との情報交換が重要です。ハローワーク等からの職業紹介の場合には、その前提として、主治医等の確認が済んでいる場合もあります。 また、難病法により、各都道府県には難病相談支援センターが設置され、ハローワークや医療・保健・福祉機関、患者会などとの連携により就労を含めた相談や支援を行う拠点ができています。また、ハローワークには、難病患者就職サポーターが配置され、その他、地域障害者職業センター、医師や医療ソーシャルワーカー等も難病のある人の就労支援を行っています。 (春名 由一郎) 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:「難病のある人の雇用管理マニュアル(2018) 2)障害者職業総合センター:「難病のある人の就労支援のために」(2016) 3)厚生労働省:「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」(2019) 4)治療と仕事の両立支援ナビ https://chiryoutoshigoto.mhlw.go.jp/ 5)障害者職業総合センター:「難病のある人の職業リハビリテーションハンドブックQ&A」(2021) 2 高次脳機能障害 高次脳機能障害は、脳血管障害(脳梗塞や脳出血)や脳外傷(事故や転倒)等がきっかけとなり生じる認知機能の障害です。職業生活を送っている私たちにとって、いつ、誰が、どこで受障してもおかしくない身近な障害です。 しかし、高次脳機能障害は脳機能の障害であるが故に外見上その特性が見えにくく、やる気や性格の問題といった誤解を受けてしまう可能性もあります。職業生活を共にする者が基本的な障害特性を理解しておくことは、職場内での誤解に端を発した悪循環を防ぐことに繋がります。また、高次脳機能障害は、周囲の環境によってもその状態像が大きく変わる場合があります。周囲の関り方やちょっとした配慮がきっかけで職業生活に適応できるようになることも少なくありません。 ここでは、高次脳機能障害の基本的な特性及び職場でできる基本的な配慮について述べます。 (1) 高次脳機能障害とは 高次脳機能障害の状態像は様々です。脳の損傷部位の違いにより認知機能の障害の出方が異なる場合があるだけでなく、受障年齢、生活(就業)環境等の影響によって様々な課題や支援ニーズがあります。一人ひとりの特性や状況を理解した上で、個人に合った対応や配慮を検討していくことが重要です。 @ 高次脳機能障害の定義 医療等の領域で高次脳機能障害とは、脳の損傷や機能不全によって生じる認知機能(言語、思考、記憶、行為、学習、注意、判断など)の障害全般を指します。ここには失語症、失認、失行症が含まれ、認知症、発達障害を含む場合もあります。 一方、「行政的」には、それまで福祉サービスの活用ができなかった高次脳機能障害者を支援することを目的に、「高次脳機能障害支援モデル事業」により作成された診断基準に基づく定義があります。その診断基準には「現在、日常生活または社会生活に制約があり、その主たる原因が記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害である」と記されています。身体障害として認定可能な失語症や、他の枠組みでの支援が推奨された発達障害、認知症等が除外されているところに違いがあります。 このように、高次脳機能障害には医療的な定義と行政的な定義があり、用語が示す範囲に違いがあることから、注意する必要があります。 A 高次脳機能障害の原因 高次脳機能障害の原因は様々ですが、代表的なものは、脳血管障害、脳外傷、低酸素脳症脳炎、脳腫瘍などになります。この中でも多いのは、脳血管障害と脳外傷です4)。 脳血管障害は脳梗塞、脳出血、くも膜下出血であり、中高年齢者に多くみられますが、若年者でもみられる場合があります。脳外傷は、事故や転倒が原因で脳に損傷を受けたものを指します。誰にでも受障の可能性があり、場合によっては、幼いころの事故が原因という場合もあります。 B 高次脳機能障害の発症から就職(復職)までの経過 高次脳機能障害の原因である脳血管障害や脳外傷等を発症した際、多くの場合は入院治療や緊急手術を受けます。生命を取り留めた後も、しばらくは意識がぼんやりとして意思疎通が難しく、生活の大半に介助が必要であることが珍しくありません。時間の経過やリハビリテーション治療により、少しずつ心身の機能を取り戻していきます。 このように、治療やリハビリテーションを受け、主治医と相談をしながら就職(復職)を目指します。活用可能な社会資源がある場合には、医療リハビリテーションの後に職業リハビリテーションを受ける場合もあります。リハビリテーションにかける期間は、障害の程度や活用可能な社会資源の内容、復職先の就業規則等の規定、本人の家計の事情等によっても異なります。 なお、リハビリテーションに時間をかけたとしても、脳の損傷がごく軽微であった場合を除き、発症・受傷前の身体機能や認知機能を完全に取り戻すことは難しい現状があります。大半の人は後遺症とつきあいながらその後の社会生活を送っていくことになります。苦手になったことを補いながら職業生活を始める/再開するためには、本人の努力だけではなく、周囲の理解に基づく環境の整備と適切な配慮が必要です。 C 様々な障害特性 高次脳機能障害において比較的多く見られる認知機能の障害特性を以下に示します。いずれも、外見からは分かりにくく、本人自身も自覚しにくい特性のため、本人も周囲も戸惑うことがあります。同時に、職業上の代表的な課題と基本的な対応についても記述します。これらの障害特性は、どれか1つだけが特異的に生じることよりも、いくつか組み合わさって広範に見られることが多くあります。なお、どの障害特性がどの程度生じるのかというのは、脳の損傷部位や受傷の程度、周囲の環境によっても異なるため、一人ひとり違います。本人を通して医療機関や就労支援機関からの情報を得るなどし、理解を深めることが重要です。 ア 注意障害 注意障害があると、注意を「続ける」、「適切に向ける」、「切り替える」、「配る」ことに障害が生じます。職業生活上の場面では、集中力が続かずミスが生じる、必要な情報に注意を向けることが苦手で説明のポイントが押さえられない、注意を上手く切り替えることが苦手なため言葉をかけられても気が付かない、注意が次から次に切り替わるため話題が点々としてまとまらない、複数の情報に上手く注意を配ることが苦手なため人の話を聞きながら要点をメモすることができない、などの課題が生じます。 脳機能の障害ですので、「気を付けるように」と注意を促すという対応だけでは上手くいきません。注意力を適切に維持できる環境やスケジュール及び作業内容を見つけ出し調整することや、ミスを防ぐ方法を本人に実践してもらうことがカギとなります。例えば、周囲の気になる刺激(騒音、人通りなど)が少ない場所で仕事をしてもらう、休憩をこまめにとれるようスケジュールを設定する、複雑な作業は集中しやすい時間帯(人により異なるが、例えば午前中)に行うようにするなどの環境やスケジュールの設定の工夫で課題が軽減することがあります。作業内容に関しては、同時並行作業を少なくする、他の人のチェックが入る作業を担当してもらうなどの方法があります。また、本人には、チェックリストを活用してもらい手順の抜けを防ぐ、入力した文字は必ず声に出して読んでもらう、逆からも読み上げてもらうなどのミスを防ぐ具体的な確認方法を実践してもらうことが有効です。 イ 半側空間無視 左右どちらかの特定の空間方向に対する注意の障害です。多くの場合は、左側のみ注意が向かなくなります。このような場合、本人から向かって右側にある物や情報は認識できても、左側にある物や情報を見落としてしまうという問題が生じます。なお、本人は注意が特定の方向に向けられていないということに気づいていない場合も多いです。 職業生活場面では、作業台の左(右)側にあるものを見逃し忘れてしまう、書類の左(右)側に気が付いておらず読み飛ばしているなどが考えられます。 基本的な対応として、重要な物や情報を、注意が向けられなくなった方向(多くの場合は左側)と逆の方向(左側の注意障害の場合は右側)に配置するよう工夫することが重要です。手順書や道具は本人から向かって右(左)側に置くなどです。 ウ 記憶障害 記憶とは、日々の出来事や情報を「取り込む」→「頭の中で保持する」→「必要な情報を思い出す」という一連の過程を指します。記憶障害とは、脳の損傷によりこの一連の過程が上手く機能しなくなる障害です。すなわち、日々の出来事や情報を「取り込めていない」、「忘れる」、「思い出せない」といった状態が生じます。なお、多くの場合は受障後の出来事や情報を覚えることが苦手になりますが、受障前の出来事や情報を(部分的に)思い出せないという場合もあります。障害の程度は様々で、全く覚えていないという場合もあれば、曖昧ではあるが覚えているという場合もあります。 職業生活場面では、仕事の手順やルールを覚えられない場合があります。指示や説明の内容を記憶することが苦手なため、「何度指示しても同じところを忘れてしまう」、「何度説明しても同じ質問を繰り返してしまう」、「以前依頼したことを忘れている」という例があります。 基本的な対応は、覚えなくてもできるように工夫することです。大きく分けると、高次脳機能障害者本人ができる工夫と、周囲の人ができる工夫があります。 本人ができる工夫として、メモを取ることがあります。しかし、必要なことを自発的にメモが取れるようになるまでには時間がかかることから、何度も周囲から言葉をかけ習慣をつけてもらう必要があります。また、メモした場所や、メモしたこと自体を忘れてしまうこともあり、せっかくメモを取っても参照できない場合があります。したがって、メモの書き方のルールを決めることやメモを見るための工夫をする必要があります。メモを参照するための工夫として、普段から必ず見るところにメモをするという方法や、スマートフォン等の電子機器を使用するという方法があります。電子機器は、アラーム機能等を活用することで、必要なタイミングを本人に気づかせることができるため、有効な場合があります。 周囲の人ができる工夫として、覚えなくてもできるような職場環境の配慮があります。例えば、本人の1日の作業スケジュールをホワイトボード等に書いて示す、連絡事項はメモやメールで渡す、重要事項は普段から見るところに貼っておく、マニュアルを作成する、仕事で使う道具の場所が分かるように保管場所にラベルを貼りできるだけ変更しないようにするなどが考えられます。 エ 遂行機能障害 遂行機能とは、目的を持った一連の活動を適切に行うための能力です。私たちは、物事を成し遂げる際、目標を立て、計画し、実行した上で、その結果が上手くいっているのかどうか評価しつつ行動を修正するということを頭の中で行いながら物事を遂行しています。遂行機能障害とは、これらの一連の手順が上手く出来なくなってしまう状態を指します。遂行機能は非常に高度な能力のため、日常生活を送る中では障害が目立たない場合もあります。就職(復職)して初めて問題が明らかになるということも少なくありません。 遂行機能障害は、職業生活の様々な場面で影響します。例えば、一週間後までに資料の作成を依頼されたとします。依頼を受けると、通常は、時間の見積もりを立て、他の仕事との優先順位も考えて遂行します。また、途中で順調に進んでいるかどうかを評価しながら、もし順調に進んでいないと感じた際には、仕事の仕方や優先順位などを再考し、取捨選択などの問題解決も図りながら遂行していくことで、締め切りまでに、一定の水準の成果を上げることができます。ここに挙げた、時間の見積もりを立てる、優先順位を立てる、よりよい問題解決策を検討する、臨機応変に遂行している計画を変更するといった能力は、遂行機能によるものです。したがって、これらが上手くできないと、締め切りに間に合わない、要領が悪い、計画性が無い、融通が利かないといった印象をもたれることがあります。 基本的には、できる限り臨機応変な判断を本人が行う場面を減らすため、ルール化、マニュアル化、ルーチン化することが効果的です。普段と違うことがあったら〇〇に相談するというルールを決めるなど、イレギュラーなことが起こったときの対応も含めてルール化しておくと良いでしょう。 オ 社会的行動障害 対人場面においてみられる障害を総称して社会的行動障害と呼びます。高次脳機能障害の影響により、感情のコントロールや相手の気持ちの読み取りが苦手、場面にふさわしくない言動をとってしまう、周囲に依存的になる、自分から進んで行動を開始できないなどの特徴が生じる場合があります。 このような対人場面での特徴は、個人の性格や気持ちの問題とみなされ、職場での問題に繋がりやすいのですが、受障後に起こっている場合には障害特性の影響の可能性を考える必要があります。 基本的には、どのような状況で、問題となる特徴が見られやすいのかということをまずは把握することが必要です。例えば、忙しい場面、慣れない場面、疲労が蓄積したとき、特定の作業場面などで見られるといった傾向がつかめる場合があります。把握する際は、様子を観察するだけでなく、本人と話し合ってみると、きっかけが理解できる場合もあります。なお、話し合いをする際は、職場のルールを一方的に説明するのではなく、本人の気持ちや考えをよく聴き、一緒に対応策を検討する姿勢で対応することが望まれます。 このようにして傾向を把握した上で、できる限りそのような状況が起こらないようにスケジュールの変更や環境調整を行うもしくは本人にこれらの状況を避けるための工夫を検討してもらうといった対応を行います。ただし、職場での対応では手に負えない場合や、メンタルヘルスの問題が疑われる場合には、医療機関や就労支援機関などに相談することが必要です。 カ 失語症 言語を話す、聴く、読む、書くことが困難になる障害です。いくつかのタイプがありますが、代表的なものとして、発話は流暢だが理解が上手くできないタイプと、理解面は良好だが発話が上手くできないタイプがあります。 職業生活場面で言語を扱う場面は非常に多く、様々な場面で影響が考えられますが、コミュニケーションの取り方を工夫することで、仕事に適応できる可能性があります。 多くの場合、長く複雑な言葉や文章でやり取りするよりも、単純で短い単語や文章でやり取りした方が上手く意思疎通できます。また、なるべくゆっくり話しかけ、返答にも十分な時間を与えること、はい・いいえで答えられる質問をすることでやり取りしやすくなります。また、話し言葉よりも絵や文字を使った方が理解しやすく、話し言葉を使う際はジェスチャーを交えた方が理解しやすい場合が多いようです。 キ 失認症 視覚・聴覚などの感覚そのものに異常はないのに、対象となる物が何なのかわからなくなる障害を指します。視覚失認では、見えている物が何なのか分からない、顔が認識できない、ものの位置や配置、距離が分からないなどの特性が、身体失認では触れたものが何なのか分からないなどの特性が、聴覚失認では聞いた音が何の音なのか分からないなどの特性が見られます。 失認の種類や職場環境によって問題が生じる場面が異なるため、まずは問題が生じる場面を特定し、1つ1つ対応策を検討する必要があります。基本的には、障害されていない感覚で補う方法を検討します(例えば、視覚失認がある場合は、触覚や聴覚で理解できるよう工夫する等)。 ク 失行症 運動障害があるわけではないのに、動作が稚拙になる、道具が上手く使えなくなるなど、受障前はできていた行為が上手く行えなくなる障害です。職務内容や環境によって問題になることが異なるため、医療機関や就労支援機関と相談して対応を検討すると良いでしょう。できない動作にはあまりこだわらず、できる方法や現実的な職務内容を検討することが重要です。 D 受障後の様々な経験や環境の影響 高次脳機能障害は後天的な障害であり、受傷による急激な変化を経験します。多くの場合、この変化を受け入れることには時間とエネルギーを要することとなります。変化を受け入れていくいは、本人が様々な経験をとおして自身の現状を理解していくことに加えて、周囲の人々に受け入れられているかどうかといった環境的な側面が大きく影響します。 受障時の年齢によっても事情は異なります。例えば、幼少期に受障した場合、社会人になるころには、障害と付き合いながら社会経験を積んだ期間が長くなることから、障害について自分なりに受け入れ、必要な対処法などが身についている場合もあります。一方で、障害者として生活する中でネガティブな経験を積み重ね、自信や意欲の低下を招いている可能性もあります。 社会人になってから受障した場合でも、長年のキャリアを積んだ時期に受障した場合と、入社後まもなく受障した若年層の場合では、状況が異なることが考えられます。例えば、キャリアを重ねてから受障した場合、就職(復職)の際に、これまで経験した職種(業務内容)を継続するのか、転換するのかという課題への対応が重要になります。一方、若年層の場合、積み重ねてきた職業的なスキルの積み重ねが少ないことから、受障後に新しく積み重ねなければならないところが大きく、職場適応に苦労する場合もあると考えられます。 これらは一例であり、必ず示したとおりの経過をたどるというわけではありませんが、受障前と受障後の経験が状態像に大きく影響することを理解しておくことは、本人の特性をより深く理解することに繋がります。 (2) 支援制度 @ 障害者手帳 高次脳機能障害者が取得できる可能性がある障害者手帳は、精神障害者保健福祉手帳、身体障害者手帳、療育手帳です。同じ高次脳機能障害者であっても、個々の障害特性や状況、事情により、異なった種類の手帳を所持している場合があります。 まず、「行政的」な定義による高次脳機能障害に該当する場合は、精神障害者保健福祉手帳の申請ができます。ただし、申請に必要な主治医の診断書は、発症・受傷(初診)から6ヶ月以上経過してから作成することとされています。 身体障害者手帳は、失語症がある場合や、重複障害として片麻痺、視野障害などの身体障害がある場合に申請ができます。 最後に療育手帳ですが、発達期(概ね18歳まで)に受障しており、日常生活に支障が生じているという場合には対象になる場合があります。 なお、障害者手帳は本人の意志により申請を行うものです。本人に取得を奨める場合には、そのメリット・デメリットを丁寧に説明する必要があります。 A 医療機関・支援機関 ア 医療機関 高次脳機能障害を受傷した直後は必ず医療機関にかかっていますが、継続的に通院をしているとは限りません。なお、受傷直後は外科手術が可能な医療機関にかかりますが、リハビリテーションの段階では当該施設のある機関に転院しているケースが多く見られます。また、脳血管障害等が原因の場合は、生活習慣病に係る治療を受けるため、内科等の機能のある医療機関を受診している場合もあります。医療的な知見から職場での対応について相談したい場合には、本人を通して主治医に相談してみると良いでしょう。 イ 就労支援機関 地域障害者職業センターや、障害者就業・生活支援センター等の就労支援機関で、高次脳機能障害のある従業員に関する相談をすることができます。高次脳機能障害者本人がもともと利用している場合はもちろんですが、現時点では利用していない場合でも職場定着又は新規雇い入れ、復職に係る雇用管理等の相談をすることができます。ただし、本人への直接的な支援を必要とする場合には、本人の同意が必要です。 (3) 職場でできる基本的な配慮 個別の障害特性に対する対応は前述しましたが、高次脳機能障害全般に共通する配慮事項もあります。 @ 脳疲労の影響を考慮する 脳損傷の影響により脳が疲れやすくなっている場合があります。程度は様々ですが、高次脳機能障害に広く見られる特性です。 脳が疲れると、ボーっとする、あくびが多くなる、全体的に普段より行動が遅くなる、注意力散漫になりミスが増える、いらいらした様子になるなどの問題が生じることがあります。高次脳機能障害は脳の障害ですので、脳が疲れると様々な症状に影響します。したがって、普段と比較して障害特性の影響を強く感じたときには、まず脳疲労を疑い対応を考えると良いでしょう。 基本的な対応として、疲労の原因となっている事柄を見つけ、取り除きます。例えば、仕事内容の難易度が疲れの原因になっていると考えられた場合は、休憩を入れる、違う仕事を任せるなどの対応を取ります。その他にも、周囲の雑音等の環境的な要因が疲労の原因になっている場合もありますので、その場合は可能な範囲で集中しやすい配置などを検討します。  脳疲労が普段から生じやすい場合は、休憩のタイミングや時間を検討すると良いでしょう。作業に集中していると疲れに気づかないこともあります。疲れを感じてから休むのではなく、定期的にとるよう工夫が必要です。また、休憩の取り方を工夫することで変わることもあります。休憩時間に深呼吸やストレッチをしてみる、昼休みに短時間の睡眠をとるなど試してみるのも有効な手段となり得ます。 なお、悩みや不安などから睡眠や食事が十分にとれていないといった可能性もありますので、そのような兆候を感じた場合には、本人に主治医や就労支援機関、家族等との相談を促す等の対応が必要です。 A 障害を補う方法を一緒に考える 高次脳機能障害者への職場での関わり方として押さえておきたいのは、脳機能の改善を促すのではなく、障害を補う方法を一緒に考えるということです。例えば記憶が苦手な場合に「きちんと覚えて」と促すことや、不注意な場合「よく見て」と促すだけでは、本人は障害のため対応が困難です。それよりも、記憶を補うメモの取り方を一緒に考えたり、注意を補う確認方法を一緒に考えたりすることが肝要です。なお、障害を補う方法の中には、本人が努力して補う方法もあれば、周囲の者ができる方法もあります。詳細は前述した障害特性に対する対応のとおりですが、例えば、記憶障害を補完する方法は、本人がメモを取り参照するという方法もあれば、周囲がスケジュールを書いて渡すという方法もあります。このように、お互いにできることを見つけて対応していくということが重要です。また、本人1人だけでは適切な方法が見つけられない場合もありますので、一緒に考える姿勢で相談を行うと効果的です。 B 自他評価のギャップの生じやすさを理解する 高次脳機能障害者と働くと、本人の自己評価と周囲の評価にギャップがあるとしばしば感じるかもしれません。この原因の1つは、自身の考えや行動を第3者の視点で評価するという脳機能の損傷の影響があります。このため、自身の障害にも(部分的に)気づいていない場合があります。例えば、記憶が苦手であることは自覚していても、不注意であることには気が付いていないということがあります。また、障害があること自体は理解していても、実際に生じている(または生じるであろう)現象と結び付いていないという場合もあります。したがって自身に記憶障害があり、メモを取る必要があると開示しているにもかかわらず、仕事の手順の説明を受けるときにメモを取る様子がないといったことが起こります。 このような自他評価のギャップや障害に対する気づきの問題が生じる理由には、心理的な影響もあります。高次脳機能障害を受障すると、急に以前できていたことができないという現実に直面することになります。このような状況下で心理的に強い不安を引き起こすため、無意識的に障害を否認するという場合があります。このような否認の状態を解消するには、周囲に受け入れてもらい、障害があっても認められるという肯定的な経験を積むことが必要です。 もう1つ自他評価のギャップを生じさせる要因として社会環境的な要因があります。例えば、受障後の社会経験の少なさや、周囲の反応などが考えられます。高次脳機能障害を受障してから就職(復職)する直前まで、長らく家庭と病院を行き来する生活を送っていたというケースも多々あります。そのような生活環境の中だけでは、仕事に必要な能力の変化に気づくことは難しいでしょう。このような場合は、職場で段階的に経験を積みながら、少しずつ時間をかけて自身の状態を理解してもらうことが必要です。そのため、周りが焦らないようにすることが重要です。また、就職(復職)後は、職場での立場なども変化することが多いと思われます。周囲にどのように受け入れられるのか、自身がどのようにふるまえばよいのかということに気を使い、上手く自己開示できないこともあります。 このように、自他評価のギャップが生じる背景は様々であり、これを完全に把握することは難しいかもしれません。脳機能の障害の影響ということを主眼に置きつつ、心理的な背景や社会的な背景もありうることを理解しようとする姿勢が重要です。少なくとも、本人に現実を突きつけるといった方法は上手くいかないことが多いと考えられます。本人を認める言葉かけを行う、できていないところの指摘だけでなく対応策を一緒に考えるなどを意識的に行う必要があります。 C 重複することが多い障害を考慮する 高次脳機能障害は脳機能の障害であることから、損傷部位によっては認知機能の障害だけでなく身体障害やてんかんが生じる場合があります。 ア 身体機能の障害 代表的な障害として、右又は左の上下肢の運動麻痺である片麻痺、温度や痛みなどの感覚が低下する感覚障害、視野の一部が欠損する視野障害などがあります。認知機能の障害と同時に、身体的な障害の影響を考慮した職務配置の工夫や通勤経路又は時間帯への配慮が必要な場合もあります。 イ てんかん 脳損傷が原因でてんかん発作が起きる場合があります。てんかんがある場合には、継続的な服薬が重要であることから、医療機関に定期的に通いやすいよう休暇を取得しやすくするなどの配慮が必要な場合もあります。また、運転等の危険を伴う業務がある場合には、主治医等の意見を参考に職務内容を検討する必要もあります。 D メンタルヘルスの問題を考慮する 高次脳機能障害者は、うつや不安を抱える場合が多いことが知られています。脳損傷の直接の結果としてこれらの症状が出現する場合と、日常生活や社会生活でのストレスが関係している場合の両方が考えられます。気がかりな場合は、産業保健スタッフや医療機関への相談を勧めると良いでしょう。 (4) 最後に ここに述べたように、高次脳機能障害の状態像は多様で、外見上分かりにくい障害であるという点は、対応の難しさを感じるところかもしれません。しかし、コミュニケーションの仕方や環境、担当職務の範囲を少し変えることで状況が改善できる場合があります。社内だけで解決策を検討するのは難しい場合もあると思いますので、ぜひ就労支援機関にご相談ください。 冒頭で述べたように、高次脳機能障害はいつ、誰が、どこで受障してもおかしくない障害です。高次脳機能障害者が働きやすい環境を考えることは、誰もが安心して働ける職場を考えることに繋がるという視点で取り組むことも重要だと思われます。 (竹内 大祐) 【参考文献】 1)中島 八十一(2006).高次脳機能障害の現状と診断基準 中島 八十一・寺島 彰(編) 高次脳機能障害ハンドブック―診断・評価から自立支援まで(pp.1-20)医学書院. 2)中島 八十一. (2006). 診断基準. In 高次脳機能障害支援コーディネート研究会監修, 高次脳機能障害支援コーディネートマニュアル(pp. 28-39). 中央法規. 3)HaggerF.B., RileyA.G. (2017). The social consequences of stigma-related self-concealment after acquired brain injury. Neuropsychological Rehabilitation. 4)本田 哲三(2016)高次脳機能障害者実態調査結果, 本田 哲三(編)高次脳機能障害のリハビリテーション―実践的アプローチ 第3版 医学書院 5)O’Keeffe, F., Dockree, P., Moloney, P., Carton, S., & H. Robertson, I. (2007). Awareness of deficits in traumatic brain injury: A multidimensional approach to assessing metacognitive knowledge and online-awareness. Journal of International Neuropsychological Society, 13. 13-49. 6)Ownsworth, T., Clare,L., & Morris,M. (2006) An integrated biopsychosocial approach to understanding awareness deficits in Alzheimer's disease and brain injury. Neuropsychological Rehabilitation, 16, 415-438. 7)Prigatano, G. P., & Sherer, M., 2020.Impaired Self-Awareness and Denial During the Postacute Phases After Moderate to Severe Traumatic Brain Injury. Front Psychol, 11. 8)飛松 好子・浦上 裕子(編) (2016). 社会復帰をめざす高次脳機能障害リハビリテーション 南江堂 高次脳機能障害者の雇用事例(卸売業・小売業) 障害者雇用職場改善好事例の入賞事例から 在職中に高次脳機能障害を受障した社員の職場復帰に際して、配置転換及び職務の見直しが必要となった。受障前、顧客先での製品修理に従事していた経験を活かし、現場の後方支援業務を担当してもらうこととした。高次脳機能障害の影響により、記憶することの苦手さがあったため、顧客からの電話による修理依頼に対して抜けが生じないよう、業務スケジュールノートを用いて、依頼内容、経過を記録し、参照することを徹底した。また、これまでの経験を活かし、現場のサービス員に必要な部品の助言を行うなど、後進の育成や技術の継承の面でも貢献している。 3 若年性認知症 (1) 若年性認知症とは 認知症は“物忘れ”という症状を起こす病気の総称であり、年齢を重ねるとともに発症しやすくなり、一般的には高齢者に多い病気です。しかし、年齢が若くても認知症になることがあり、65歳未満で発症した場合には「若年性認知症」とされます。 高齢であっても若年であっても、病気としては同じで、医学的には大きな違いはありませんが、「若年性認知症」として区別するのは、この世代が働き盛りであり、家庭や社会で重要な役割を担っているので、病気によって支障が出ると、本人や家族だけでなく、社会的な影響が大きいためです。 本人や配偶者が現役世代であり、認知症になると仕事に支障が生じ、結果的に失職して、経済的に困難な状況に陥ることになります。また、子供が成人していない場合には、親の病気が子どもに与える心理的影響が大きく、教育、就職、結婚などの人生設計が変わることにもなりかねません。 @ 認知症の定義と症状 認知症は、脳の神経細胞が十分に働かなくなるために起こる病気です。脳が縮んで小さくなったり、血管が詰まったり切れたりして脳が変化し、記憶などの知的な働きが低下していきます。記憶以外にも、時間や場所の感覚(見当識)、計画的に段取りよく物事を進める力(実行機能、遂行機能)、判断力、言葉をうまく使う、ものを見分けるなどの働きが障害されます。その結果、日常生活や仕事などの社会生活がうまく送れなくなります。 認知症になると、新しい記憶、つまり最近の出来事が思い出せなくなります。しかし、以前のことや身についた記憶(手続き記憶)は思い出せます。また、見当識の障害により、道に迷ったり、「今日は何日?」と何回も聞いてくることがあります。さらに、実行機能が障害されると、料理のようにいくつかのことを同時に段取りよく行う作業がうまくできなくなりますが、野菜を切ったり、皿を並べたりという1つ1つのことは今まで通りにできます。職場においても、同時に複数の作業をすることは苦手になりますが、1つ1つ、順番に行うことはできます。これらの症状のあらわれ方は、原因疾患によっても異なり、個人差もあります。原因疾患によっては、暴言や幻覚・妄想などの認知症の行動・心理症状と言われる症状が現れることがあります。特に前頭側頭型認知症やレビー小体型認知症では、行動・心理症状が目立つとされています。 認知症の原因が変性疾患(アルツハイマー病など)の場合は、いつの間にか始まって、ゆっくりと進んでいくことが多いです。症状の進み方は人によってさまざまです。進み方に影響する要因としては、病気の原因疾患が大きいですが、治療法や対応の仕方、周囲の人との関係性など、本人を取り巻く環境も重要です。 A 若年性認知症の実態 若年性認知症の全国疫学調査はこれまでに3回行われており、最新の結果が令和2年3月に公表されました(基準日は平成29年1月1日)。それによると、全国の若年性認知症の人は35,700人であり、人口10万人(18〜64歳)当たりの有病率は50.9人でした。前回平成21年の調査1)ではそれぞれ、37,800人、47.6人でしたので、有病率は若干増加しているのに有病者数が減少しており、当該年代の人口が減少しているためと考えられます。高齢者の認知症では、年齢階級が5歳上がるごとに有病率が倍増する傾向がみられますが、若年性認知症においても40歳代以降で、このような傾向がみられました。また、男性に多い傾向は同様でした。発症年齢は平均で54.4歳であり、前回の51.3歳より3歳ほど上がっていますが、働き盛りの年代であることには変わりありません2)。 日常生活自立度は、V(日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが日中を中心として見られ、介護を必要とする:Va、日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが夜間を中心として見られ、介護を必要とする:Vb)が約3割と最も多く、次いでU(日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが家庭外で多少見られるが、誰かが注意していれば自立できる:Ua、日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが家庭内でも多少見られるが、誰かが注意していれば自立できる:Ub)が約2割でした。基本的な日常生活動作では、歩行と食事では約6割が自立していましたが、排泄、入浴、着脱衣では自立は5割以下であり、2割以上の人が全介助を必要とし、介護者の負担が大きいことが明らかになりました。 図1 若年性認知症の原因疾患の内訳 アルツハイマー型認知症 52.6% 血管性認知症 17.1% 前頭側頭型認知症 9.4% 外傷による認知症 4.2% レビー小体型認知症/パーキンソン病による認知症 4.1% その他 12.6% B 原因となる疾患 前2回の調査では、原因疾患の中では脳卒中が原因である血管性認知症が最も多いとされましたが、今回の調査では、アルツハイマー型認知症が最多でした(図1)。次いで、血管性認知症、前頭側頭型認知症、外傷による認知症、レビー小体型認知症/パーキンソン病による認知症となりました。 アルツハイマー型認知症と血管性認知症の順位が入れ替わった要因としてはいくつか考えられますが、1)脳血管障害に対する予防啓発が進んだこと、2)アルツハイマー型認知症をはじめとする神経変性疾患による認知症の診断精度が向上したことなどが挙げられます。 さらに、脳血管障害に基づく若年者の認知機能障害を認知症としてではなく、高次脳機能障害として取り扱い、そのための制度やサービスにつなげる傾向にあることも影響しているかもしれません。 C 老年期認知症との違い 若年性認知症は、65歳以上で発症する老年期認知症と、医学的にはほぼ同じですが、いくつかの特徴がみられます。すなわち、1)発症年齢が若い、2)男性に多い、3)異常であることには気がつくが、認知症と思わず受診が遅れる、4)初発症状が認知症に特有でなく、診断しにくい、5)経過が急速である、6)認知症の行動・心理症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)が目立つと考えられている、7)経済的な問題が大きい、8)主介護者が配偶者である場合が多い、9)親の介護などと重なり、重複介護となることがある、10)子供の教育・結婚など家庭内での課題が多いことです。 (2) 若年性認知症者の雇用の現状 65歳未満で発症する若年性認知症は現役世代特有の課題を抱えることがあります。それは、本人や家族の問題であるだけでなく、勤労者や社会人としての役割を果たす上で社会に対する影響が大きいことです。疾患の進行により退職すると経済的問題が生じるだけでなく、居場所がなくなり、社会的な役割が果たせなくなるなど個人の尊厳に関わることにもなります。 認知症は進行する疾患であり、治療薬はあるものの根本治療にはいたっておらず、診断されれば、仕事ができなくなると考える人も少なくありません。しかし、一旦退職してしまうと、再就職ができたとしても、同等の収入額を維持することは困難であることから、可能な限り現在の職場で継続して勤務することが望ましいといえます。 一方、雇用する企業側の若年性認知症に対する理解や就労継続する上での配慮等については、十分であるとは言い難い状況です。著者らは、愛知県内の産業医に対して行った調査で、57人の若年性認知症の人を把握し、診断方法や診断後の対応等について明らかにし、報告しています3)。また、田谷らは、国内の上場企業上位3,100社を対象に調査を行い、9名の該当者を把握しています4)。しかし、これら以外には、同種の調査の報告はなく、企業における若年性認知症の就労状況は不明な点が多い状況です。 そこで、著者らは、平成29年度、全国の従業員500人以上の企業6,733か所に対して、「企業等における障害者(若年性認知症を含む)の就労継続支援に関する調査」を行い、938件(有効回収割合:13.9%)の有効回答を得ました(表1、表2、図2、図3)5)。 若年性認知症に関する認識は、「知っていた」と「聞いたことはある」を合わせると96.2%と高く、そのうち、「聞いたことはある」が半数以上でした。業種別では、製造業+卸・小売業で「知っていた」の割合が他の2業種に比べ低く、従業員数別では大きな違いはありませんでした。 従業員に「若年性認知症」「若年性認知症の疑い」「軽度認知症障害@」の人がいる企業は、以前にいた企業が39社(4.2%)、現在いる企業が26社(2.8%)であり、合わせて63社(6.7%)(2社で重複)でした。業種別では、公務が最も多く23社(2社は重複)、次いで製造・卸・小売業15社でした。従業員別では2,000人以上の企業が最も多く、31社(2社重複)でした。 ※ 軽度認知症障害(MCI):一部の認知機能が低下しているが認知症とは言えず、日常生活や社会生活には支障がない状態をいう。 表1 若年性認知症の認知度(n=938)  実数 (%) 【全体】 知っていた 429 (45.7) 聞いたことはあった 474 (50.5) 知らなかった 33 (3.5) 無記入 2 (0.2) 【業種別】 製造業+卸・小売業 (n=241) 知っていた 87 (36.1) 聞いたことはあった 140 (58.1) 知らなかった 13 (5.4) 無記入 1 (0.4)  医療・福祉 (n=138) 知っていた 86 (62.3) 聞いたことはあった 47 (34.1) 知らなかった 4 (2.9) 無記入 1 (0.7) 公務 (n=190) 知っていた 117 (61.6) 聞いたことはあった 72 (37.9) 知らなかった 1 (0.5) 無記入 0 (0.0) 【従業員別】 999人以下 (n=358) 知っていた 151 (42.2) 聞いたことはあった 192 (53.6) 知らなかった 14 (3.9) 無記入 1 (0.3) 1,000〜1,999人 (n=279) 知っていた 127 (45.5) 聞いたことはあった 144 (51.6) 知らなかった 7 (2.5) 無記入 1 (0.4) 2,000人以上 (n=300) 知っていた 151 (50.3) 聞いたことはあった 137 (45.7) 知らなかった 12 (4.0) 無記入 0 (0.0) 表2 若年性認知症の従業員の有無(n=938) 実数 (%) 【全体】 いない 385 (41.0) 以前いた 39 (4.2) 現在いる 26 (2.8) 把握していない 488 (52.0) 無記入 2 (0.2) 【業種別】 製造業+卸・小売業 (n=241) いない 104 (43.2) 以前いた 8 (3.3) 現在いる 7 (2.9) 把握していない 120 (49.8) 無記入 2 (0.8) 医療福祉 (n=138) いない 79 (57.2) 以前いた 4 (2.9) 現在いる 1 (0.7) 把握していない 54 (39.1) 無記入 0 (0.0) 公務 (n=190) いない 38 (20.0) 以前いた 14 (7.4) 現在いる 11 (5.8) 把握していない 129 (67.9) 無記入 0 (0.0) 【従業員別】 999人以下 (n=358) いない 199(55.6) 以前いた 10(2.8) 現在いる 5 (1.4) 把握していない 144 (40.2) 無記入 0 (0.0) 1,000〜1,999人 (n=279) いない 125 (44.8) 以前いた 12 (4.3) 現在いる 5 (1.8) 把握していない 135 (48.4) 無記入 2 (0.7) 2,000人以上 (n=300) いない 61(20.3) 以前いた 17 (5.7) 現在いる 16 (5.3) 把握していない 208 (69.3) 無記入 0 (0.0)  若年性認知症の人等が以前にいたと回答した企業では、その人数はいずれも1人ないし2人でした。また、現在いると回答した企業では、若年性認知症と軽度認知障害の人は、1人ないし2人であり、若年性認知症疑いの人は1人ないし数人でした。現在いる若年性認知症の人の実数は13人、若年性認知症疑いの人は10人、軽度認知障害の人は6人でした。 現在も若年性認知症の人等がいると回答した企業では、若年性認知症の就労中の人は5人(38.5%)、休職中が7人(53.8%)であり、若年性認知症疑いの就労中の人及び休職中の人はそれぞれ4人(40.0%)であり、軽度認知障害の就労中の人は3人(50.0%)、休職中は1人(16.7%)でした。 (3) 若年性認知症者に対する雇用上の配慮 会社の対応の中で、業務内容については、「他の業務・作業に変更した」がもっとも多く、約6割であり、次いで「労働時間の短縮・時間外労働削減」「管理職業務からの変更」が同じ割合(約16%)でした。その他としては「休職とした」が多く、「退職した」も見られました。課題としては「本人の状況を把握し、今後の対応を検討するため、医療機関受診時の同席を求めているが、本人の同意が得られていない」「仕事を継続するために、周囲にどこまで開示して理解を得るかが難しい」ことがあげられました。取り組みとしては「通勤方法を家族と相談し、車の運転をさせない」「業務は必ず2人以上で実施する」「営業部門から人事部へ異動」「ジョブコーチの協力により業務変更」などでした。 報酬・雇用に関しては、「作業能力低下でも報酬維持した」がもっとも多く6割以上であり、次いで「話し合いで合意退職」でした。課題として「鉄道業なので危険な作業もある。配置換えも納得しない人もいる」「通勤中及び勤務中の本人の安全確保及び事故防止」があげられ、取り組みとしては、「契約期間が満期となったら、契約更新を行わない事とする」「休職とせず業務継続を図り給与を維持したが、1年後、症状進行により給与を見直し、降級を実施した」「作業内容を変更したが、業務定着が不可能となり、合意退職した」などがありました。 (4) 相談機関や制度・サービスの認知度 若年性認知症の人の就労継続支援に関する相談機関に関する知識では、約5割の企業で、「市町村の相談窓口」を把握しており、次いで、「地域障害者職業センター」が約4割でした。「その他」として、「従業員に認知症サポーターがいる」「認知症110番」「民生委員」などが挙げられました。 若年性認知症と診断された従業員が利用できる制度やサービスに関しては、知っていると答えた企業がもっとも多かったのは「障害者手帳」であり7割以上でした。次いで、「高額療養費制度」「障害年金」「傷病手当金」「確定申告による医療費控除」「介護保険制度」「障害者雇用率制度」が6割以上でした。一方で、これらの制度を実際に利用している企業は少なく、最も多かった「傷病手当金」でも8.3%で、無記入の企業が多くみられました。「その他」の制度として「成年後見制度」が挙げられました。 (5) 接し方のポイント6) 認知症が進行すると、次第に言葉で意思を伝えることが難しくなり、対応に苦慮するでしょう。言葉によるコミュニケーションは私たちの日常で最も重要であり、言葉が通じないと、認知症の人とのコミュニケーションは難しいと考えてしまいがちです。しかし、言葉以外でもコミュニケーションは可能であり、認知機能が低下しても、この「非言語的コミュニケーション」は保たれているのです。また、単に情報を伝えるだけでなく、コミュニケーションを通じて、お互いを信頼し、仲間意識を分かち合い、その人の存在を認めるという意味もあります。 具体的には、認知症の人は注意障害のため、集中できないことが多いので、きちんと向き合い、アイコンタクトをとることで、話し手に集中してもらいます。目の高さを合わせ、名前を呼んだりして注意をひきます。周囲が雑音などでうるさかったり、照明が明るすぎたりする場合はなるべくそれらの原因を取り除きます。静かな環境に移動してもよいでしょう。また、言葉だけでのコミュニケーションが難しくなってきた場合には、質問や会話の内容に関連した実際の品物を示すとよいでしょう。言葉に身振り(ジェスチャー)を付けたり、わかりやすい文字で書いたり、スマートフォンなどの画面に表示したりすることも有効です。視覚以外にも、音やにおいなどが理解の手掛かりになることもあります。伝える側の態度や顔の表情も大切です。表情が重苦しかったりすると、認知症の人は敏感に反応します。また、話し方も早口にならないよう、ゆっくりと穏やかなトーンで話します。 会話の時には、ものの名前がなかなか出てこないということがよくあります。質問の時には「おやつは何がいいですか?」といった開放型の質問には「さあ・・なんでもいいです」としか答えられなくても「お饅頭とケーキはどちらがいいですか?」といった選択型の質問には答えられます。わかりやすい言葉を使うこと、会話の途中で否定したり、中断しないこと、事実と異なることを言ったら、さりげなく自然に訂正することなどを心がけると、会話が円滑にできるようになります。 認知症の人とのコミュニケーションは、その人の尊厳を取り戻し、自信をつけるようなポジテイブな言葉かけが効果を生みます。 図2 相談機関の認知度(複数回答)(n=938) @ 市町村の相談窓口 49.8% A地域障害者職業センター 39.1% B地域包括支援センター 35.9% C障害者就業・生活支援センター 35.3% D都道府県の相談窓口 21.0% E障害者相談支援事業所 15.8% F認定証カフェ 13.2% G認知症疾患医療センター 12.6% H若年性認知症コールセンター 11.0% I認知症の人と家族の会 10.9% J自立支援協議会 9.5% K基幹相談支援センター 8.0% Lその他 0.5% M知らない・無記入 24.9% 図3 制度、サービスの認知度と利用状況(複数回答)(n=938) 【認知度】 @障害者手帳 74.3% A高額療養費制度 68.8% B障害年金 68.0% C傷病手当金 66.5% D確定申告による医療費控除 64.4% E介護保険制度 63.3% F障害者雇用率制度 63.0% G限度額適用認定証 60.2% Hジョブコーチ 40.0% I障害福祉サービス 37.1% J高額療養費貸付制度 34.4% K高額医療・高額介護合算療養費制度 32.7% L自立支援医療制度 28.1% M生活福祉資金貸付制度 22.9% N精神障害者雇用トータルサポーター 18.0% Oその他 0.3% P知らない・無記入 20.1% 【利用状況】 @傷病手当金 8.3% A障害者雇用率制度 6.9% B高額療養費貸付制度 6.8% C障害者手帳 6.5% D限度額適用認定証 6.4% E確定申告による医療費控除 4.4% F介護保険制度 3.4% G障害年金 3.2% Hジョブコーチ 2.3% I障害福祉サービス 1.4% J高額療養費制度 1.3% K高額医療・高額介護合算療養費制度 1.0% L自立支援医療制度 1.0% M生活福祉資金貸付制度 0.3% N精神障害者雇用トータルサポーター 0.3% Oその他 0.1% P知らない・無記入 87.7% (6) 今後の課題 近年は、障害のある人、がんなどの慢性疾患の治療を受けている人などが働きやすいよう、企業における治療と仕事の両立支援が重要視されてきています。適切な治療を受けながら仕事を続けることができれば、労働者にとっても企業にとってもメリットがあります。しかし、これらの対象となる疾患とは異なり、若年性認知症は人数も少なく、認知度が低いだけでなく、現時点では治癒・回復することが困難で、進行する疾患という特徴があります。そのため、企業においては、若年性認知症に対する理解がまだ乏しく、従業員に該当者がいた場合の対応にも遅れが出ていると考えられます。 退職すると収入が減り、若年性認知症の人のいる世帯では、経済的に困難な状況になります。既に報告したように、家族調査において、認知症になってからの世帯収入は6割で減っており、家計状況は、「とても苦しい」と「やや苦しい」が合わせて4割でした7)8)。さらに調査時の困りごととして、今後の生活や経済状態に不安がある」が上位に挙げられており、経済的な問題が不安の要因として大きいことは明らかです。 わが国では、若年性認知症対策は常に認知症施策の柱の1つとして挙げられてきており、近年は、特に就労継続支援に焦点が当てられ、若年性認知症の人や家族のための相談窓口を各都道府県に設置し、ニーズに合った関係機関やサービス担当者との調整役としての若年性認知症支援コーディネーターを配置するなどの施策が行われています。 企業においては、障害者雇用については一定の理解があり、対応が可能となってきており、特に身体障害者は今回の回答企業のほとんどで雇用されていましたが、それ以外の障害者を雇用している企業の割合はこれより低い傾向にありました。若年性認知症に関しても、障害者と捉えて、今後、就労継続への取り組みを進めていくことが期待されます。 今後、企業に対し、疾患としての認知症についての理解を深め、治療と仕事の両立支援を行うことや、障害者雇用の面からも就労継続支援に対応できる体制がとられることが望まれます。 (小長谷 陽子) 【引用文献】 1)朝田隆.総括研究報告.厚生労働科学研究費補助金(長寿科学総合研究)「若年性認知症の実態と対応の基盤整備に関する研究」平成18年度〜平成20年度総合研究報告書.2009:1−21 2)日本医療研究開発機構(AMED)委託研究事業.若年性認知症の有病率・生活実態把握と多元的データ共有システムの開発.令和2年度総括・分担報告書.代表:粟田主一.令和3年3月31日 3)小長谷陽子、柳 務.企業(事業所)における若年認知症の実態−愛知県医師会認定産業医へのアンケート調査から 日本医事新報 4456:56−60, 2009 4)田谷勝夫、伊藤信子.若年性認知症者の就労継続に関する研究U−事業所における対応現状と支援のあり方の検討−独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 調査研究報告書No.111 2012 5)小長谷陽子.企業等における若年性認知症の人の就労継続の実態.厚生の指標 66(8) 18−24 2019 6)小長谷陽子 編著.本人・家族のための若年性認知症サポートブック.中央法規 東京 2010 7)小長谷陽子.若年性認知症の人の就労・生活実態と効果的な支援への課題.労働の科学70(8)4−8, 2015 8)小長谷陽子、渡邉智之.全国15府県における若年性認知症者とその家族の生活実態.Dementia Japan 30 (3), 394−404, 2016 Q&A【問】難病等による障害のうち、事業主の障害者差別禁止と合理的配慮提供義務の対象となるのは、障害者手帳のある人のみである。(解答と解説はP354に記載しています)