はじめに  昭和35年7月に身体障害者雇用促進法が制定されて以降、昭和51年には身体障害者雇用の努力義務から義務化及び雇用納付金制度の創設が行われ、また昭和62年には、法適用対象の拡大や、職業リハビリテーション体制の充実・強化が図られ、法律名も「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下「法」という。)と改められました。その後も雇用分野での障害者差別禁止・合理的配慮の提供の義務化、法定雇用率の算定基礎への精神障害者の追加等数次の法改正が重ねられてきました。さらに直近の法改正において、障害者の多様な就労ニーズを踏まえた働き方を推進するために、特に短い労働時間で働く重度身体・知的・精神障害者の実雇用率への算定特例を設けるとともに、障害者の職業能力の開発及び向上の事業主の責務としての明確化により障害者の雇用の質の向上を図っているところです。法定雇用率も、令和6年4月から2.5%、令和8年7月からは2.7%と段階的に引き上げられるところであり、こうした障害者雇用に関する各種制度の充実、強化が図られる中で、民間企業の令和6年6月1日現在の障害者の実雇用率は2.41%、雇用障害者数は677,461.5人とともに過去最高を更新しました。  一方で、障害者の雇用に当たっては、職業能力の把握、障害特性に応じた職域の確保・開発、作業施設の改善等の雇用管理上配慮すべき点があり、障害者を直接雇用する場を提供する事業主の方の中にはこれらについての疑問や不安などをもたれる方がいることと思います。  本書は、障害者職業生活相談員(法に基づき、5人以上の障害者を雇用する事業所では、障害者の職業生活全般についての相談、指導を行うために選任が義務づけられています。)を対象とする資格認定講習のテキストであり、事業主の方の疑問や不安などに応えることができるよう、障害者雇用に関する理念、障害者の雇用管理、障害の特性、各種支援施策等の幅広い内容について、障害者を取り巻く問題に携わる専門家、学識経験者等のご協力を得ながら編集しています。企業において雇用管理の実務に携わる方々にとって、障害者雇用に関する必要な知識やノウハウ等の情報を得るための入門書としても広く活用していただき、障害者の雇用の促進とその職業の安定の一助となれば幸いです。 令和7年5月 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 本テキスト中に、○×で答えられる問題を18問設けています。 各節の内容を理解するためにご活用ください。 問題及び解答・解説は、下記ホームページからもご覧いただけます。 https://www.jeed.go.jp/disability/data/handbook/guidebook/koshu_text.html 障害者職業生活相談員について  これから障害者職業生活相談員(以下「相談員」という。)として活動される皆様方の中には、職場で何をすればいいのかと不安を抱かれている方もいると思います。ここでは、まず相談員の概要等についてご説明します。 (1)趣旨  障害者の雇用の促進等に関する法律では、障害者である労働者は、職業に従事する者としての自覚を持ち、自ら進んで、その能力の開発及び向上を図り、有為な職業人として自立するように努めなければならない(第4条)、すべて事業主は、障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責務を有するものであって、その有する能力を正当に評価し、適当な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理並びに職業能力の開発及び向上に関する措置を行うことによりその雇用の安定を図るように努めなければならない(第5条)と定められています。  すなわち障害者の雇用を進めるためには、採用することだけではなく、雇用関係を結んだ後も障害者の職業生活の充実を図ることが重要です。  そこで、相談員は、障害者の採用後の職業生活の充実を図り、職業生活を通じて障害者が社会参加できるよう手助けすることを目的として活動します。 (2)相談員の役割  事業主は厚生労働省令で定める数(5人)以上の障害者を雇用する事業所において、相談員を選任し、その者に障害者の職業生活に関する相談、指導を行わせなければならないとされており、これにより相談員は障害者の職場適応の向上を図り、その有する能力を最大限に発揮させるよう障害者の特性に十分配慮した雇用管理を期することとされています。  相談員の役割は、概ね次のような事項について障害者から相談を受け、またはこれを指導することです。 @ 障害者の適性・能力に応じた職務の選定等に関すること。 A 障害者の希望に応じた研修の実施等、障害者の職業能力の向上等に関すること。 B 障害者の障害に応じた施設設備の改善等作業環境の整備に関すること。 C 労働条件や職場の人間関係等障害者の職場生活に関すること。 D 障害者の余暇活動に関すること。 E その他障害者の職場適応の向上に関すること。  相談・指導内容は多岐にわたり、相談員のみで解決することが難しいこともあるでしょう。その場合は、採用・人事担当者や配属先の上長、その他職場での関係者によるチーム(本項(6)参照)などと組織的に問題解決に向け検討していくことが必要です。  また、公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)や地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター等の支援機関へ相談する、支援制度をうまく利用するといった方法も有効でしょう。 (3)相談員の選任  事業主は、5人以上の身体障害者、知的障害者及び精神障害者を雇用する事業所においては、相談員を選任すべき事由が発生した日から3ヶ月以内に、その雇用する労働者であって相談員の資格を有するもののうちから相談員を選任しなければならないとされています(障害者の雇用の促進等に関する法律第79条第2項等)。  また、事業主は、相談員を選任したときは、遅滞なく、次の事項を記載した届書を当該事業所の所在地を管轄するハローワーク所長に提出しなければならないとされています。 @ 相談員の氏名 A 相談員として選任するために必要な資格を有することを明らかにする事実 B 当該事業所の労働者の総数並びに当該労働者のうちの法第79条第1項に規定する障害者の数  なお、法的義務は相談員を1名選任することで達成されるものですが、相談員制度の趣旨にかんがみ、当該事業所の規模、障害者の数、障害の種類等に応じ複数の相談員の選任を行うことが望ましいでしょう。 (4)相談員の資格  相談員の資格を有する者は、次のいずれかに該当する者です。 @ 職業能力開発総合大学校の長期課程の指導員訓練(福祉工学科に係るものに限る。)の修了者等 A 大学若しくは高等専門学校(旧専門学校を含む。)の卒業者又は職業能力開発総合大学校の長期課程の指導員訓練(福祉工学科に係るものを除く。)、特定専門課程若しくは特定応用課程の高度職業訓練、職業能力開発大学校若しくは職業能力開発短期大学校の専門課程の高度職業訓練若しくは職業能力開発大学校の応用課程の高度職業訓練の修了者等で、その後1年以上障害者である労働者の職業生活に関する相談及び指導の実務経験を有する者 B 高等学校等の卒業者(学校教育法施行規則(昭和22年文部省令第11号)第150条に規定する者又はこれと同等以上の学力を有すると認められる者を含む。)で、その後2年以上障害者である労働者の職業生活に関する相談及び指導の実務経験を有する者 C その他の者で、3年以上障害者である労働者の職業生活に関する相談及び指導の実務経験を有する者 D 上記に掲げる者に準ずる者 E 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が実施する障害者職業生活相談員資格認定講習(以下「資格認定講習」という。)の修了者 (5)相談員とハローワークとの連携  相談員は、ハローワークと次のような事項について連絡をとり、適宜、適切な指導、助言を求め、障害者の職場適応の向上に努めなければなりません。 @ 障害者の職場適応の状況 A 作業環境の整備状況 B 相談員が障害者から受けた相談の状況及びそれに対して講じた措置の状況 (6)障害者の職場定着のための組織的な対応  相談員を選任した事業所では、障害者の職場適応、能力の開発向上や職場での人間関係等職業生活全般について、障害者からの相談や指導に相談員が主として当たることになっていますが、問題の内容によっては、組織的に検討し、対策を講じていくことも必要です。  このような組織的な対応として職場での関係者によるチーム(障害者職場定着推進チーム)を設置する方法があります。これは、事業所の代表者をはじめ、人事担当部課長や障害者の配属職場の長等に相談員も加わり、組織的に障害者の職場適応に関する事項を協議し、改善していくものですが、新たな組織をつくる方法の他、障害者も含めた従業員の職場適応の向上を図るための既存の組織(幹部会議、〇〇委員会等)があれば、その運営、活動を当該チームとみなしてもよいでしょう。もちろん職場内だけでなく、障害者就業・生活支援センターと連携しつつ生活面も含めた相談支援を図ることや職場適応援助者(ジョブコーチ)を活用すること等の支援機関との連携も含めて障害者の職場適応を図り、職場定着を推進していくことも有効な手法です。 目次 はじめに 1  障害者職業生活相談員について 3 第1章 障害者雇用の理念と現状 第1節 障害者雇用の理念と障害者雇用対策の動向 14 1 障害者雇用の理念 14 2 障害者雇用対策の動向 15 第2節 障害のとらえ方 18 1 働くことの意義と職業リハビリテーション 18 2 生活機能と障害の関係 18 3 ニーズと障害の自己理解 20 4 職業リハビリテーション活動のとらえ方 21 5 個人特性と環境要件のとらえ方 22 6 雇用主の対応と支援体制 25 7 キャリア発達と地域ネットワーク 26 第3節 企業経営と障害者雇用 28 1 コンプライアンスと企業の社会的責任(CSR) 28 2 企業の社会的責任・雇用管理に求められるあらたな視点 30 第2章 障害者の雇用管理上の留意点 第1節 障害者の力を活かせる組織・職場づくり 36 1 障害者雇用の取り組みは重要な経営課題の一つ 36 2 障害者職業生活相談員の役割 37 3 職場環境・条件の整備 39 第2節 受け入れ態勢の準備 41 1 障害及び障害者についての職場全体での理解の促進 41 第3節 採用計画の作成と受け入れ部署の準備 46 1 障害者の採用方針・採用計画 46 2 多様化する雇用形態と就業組織形態 47 3 職務創出 52 4 人事評価制度の検討 54 5 賃金・労働時間等の条件 56 6 障害者の安全・健康の確保 61 7 障害者のための職場環境 67 第4節 障害者の募集・採用及び配置 79 1 募集活動の時期と方法 79 2 選考・採用面接 80 3 職場実習への協力 83 4 障害者の配置 84 5 障害者の職業訓練 85 第5節 職場適応、職場定着の推進 95 1 職場適応を高めるための対策 95 2 障害者の職場定着のための組織的な対応 96 3 外部の支援機関の活用 98 4 障害者雇用に係る就労支援機器の活用 105 5 障害者に対するカウンセリング(相談) 108 6 障害者の人権の擁護、使用者による障害者への虐待防止 120 7 中途障害者の雇用継続、長期に雇用する障害者への対応 122 8 退職 125 第3章 障害別にみた特徴と雇用上の配慮 第1節 肢体不自由者 130 1 肢体不自由の種類と特徴 130 2 雇用上の配慮 131 3 義肢・装具・車いす 132 第2節 視覚障害者 136 1 視覚障害とは 136 2 全盲・ロービジョン(弱視)者の利用する情報形態とPCの利用 139 3 重度視覚障害者の雇用のポイント 141 4 継続雇用・職場適応援助者(ジョブコーチ) 143 5 就労支援機器・ソフト 144 第3節 聴覚・言語障害者 146 1 聴覚・言語障害の理解 146 2 聞こえに障害があると… 147 3 さまざまなコミュニケーション方法がある 148 4 聴覚障害者の職業適性 150 5 雇用上の配慮 151 6 コミュニケーションあふれる豊かな職場を 153 第4節 内部障害者 155 1 内部障害の定義と種類 155 2 内部障害の統計 155 3 心臓機能障害 156 4 腎臓機能障害 157 5 呼吸器機能障害 158 6 ぼうこう又は直腸の機能障害 160 7 小腸機能障害 161 8 ヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障害 163 9 肝臓機能障害 165 第5節 知的障害者 168 1 知的障害者とは 168 2 知的障害者の雇用の現状 169 3 知的障害者の雇用のポイント 169 4 知的障害者雇用の課題と取り組み 171 第6節 精神障害者 173 1 精神障害とは 173 2 精神障害者に対する雇用上の配慮 178 3 長期休業後の職場復帰における配慮 181 節 発達障害者 183 1 発達障害とは 183 2 発達障害の障害特性 185 3 相談の際の留意事項 188 4 就職・定着促進のための配慮事項、支援策 189 5 就労支援利用状況からみた事例(広汎性発達障害・自閉スペクトラム症を中心に) 191 第8節 その他の障害者 193 1 難病等による障害 193 2 高次脳機能障害 201 3 若年性認知症 207 障害者の雇用促進施策の体系 第1節 障害者雇用対策の現状 216 1 障害者雇用対策の体系 216 2 障害者雇用対策の現状 216 第2節 障害者の雇用の促進等に関する法律の体系 223 1 総   則 223 2 職業リハビリテーションの推進 223 3 障害者に対する差別の禁止・合理的配慮の提供義務 223 4 障害者雇用率制度 223 5 障害者雇用納付金制度 223 6 障害者の雇用の安定のための措置 223 第3節 障害者の範囲等 224 1 障害者の範囲 224 2 身体障害者の範囲等 224 3 知的障害者の範囲等 225 4 精神障害者の範囲等 225 5 身体障害者、知的障害者及び精神障害者以外の障害者の範囲等 226 第4節 障害者に対する差別の禁止・合理的配慮の提供義務 228 1 障害者に対する差別の禁止・合理的配慮の提供義務 228 2 障害者に対する差別の禁止 228 3 障害者に対する合理的配慮の提供義務 229 4 紛争の解決 230 第5節 障害者雇用率制度の概要 231 1 障害者雇用率制度 231 2 障害者雇用率の適用と算定 232 3 障害者の雇用状況の報告 237 4 一般事業主の障害者の雇入れに関する計画 238 5 雇入れ計画の変更の勧告及び適正実施の勧告 238 6 公表 239 第6節 障害者雇用納付金制度の概要 240 1 趣旨 240 2 納付金関係業務の概要 241 第7節 障害者の雇用の安定のための措置等 243 1 障害者雇用推進者 243 2 解雇等の届出 243 第5章 関係機関・施設等の概要 第1節 関係施設とサービスの概要 246 1 ハローワーク(公共職業安定所) 246 2 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 247 3 障害者就業・生活支援センター 250 4 障害者職業能力開発校 250 5 発達障害者支援センター 250 6 難病相談支援センター 250 7 労災病院 251 8 福祉事務所等 251 9 身体障害者更生相談所 251 10 知的障害者更生相談所 251 11 精神保健福祉センター 251 12 特別支援学校・特別支援学級・通級による指導、高等教育段階における就労支援の取組 252 13 その他 252  第2節 障害者総合支援法による障害者福祉サービスの概要 253 第6章 障害者雇用に関する各種援助 第1節 援助メニュー一覧 258 第2節 事業主に対する援助制度 263 1 障害者の方を新たに雇い入れる場合の助成金 263 2 障害者雇用に当たって雇用管理の改善や職場環境の整備に取り組む場合の助成金 263 3 税制上の優遇措置 265 4 障害者の雇入れに当たっての各種支援 266 5 地域障害者職業センターによる障害者の職場定着、職場復帰に向けた各種支援 267 第3節 障害者に対する援助制度 268 1 就職に向けた準備、支援 268 2 障害者総合支援法関連の支援 269 資料編 第1節 障害者雇用関係統計資料 272 1 概況 272 2 障害者雇用率の状況 274 3 障害者の求職・就職状況 275 4 障害者の雇用状況 276 第2節 障害者基本計画(第5次)(抄) 277 第3節 障害者雇用対策基本方針 277 第4節 障害者差別禁止指針  障害者に対する差別の禁止に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針 277 第5節 合理的配慮指針  雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針 277 第6節 プライバシーに配慮した障害者の把握・確認ガイドライン 278 第7節 テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン 278 第8節 関係機関・施設一覧 279 (1) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 279 @ 障害者職業総合センター 279 A 広域障害者職業センター 279 B 地域障害者職業センター 279 C 都道府県支部高齢・障害者業務課等 279 D 就労支援機器貸出・相談窓口 279 (2) 障害者就業・生活支援センター 279 (3) 障害者職業能力開発校 280 (4) 発達障害者支援センター 283 (5) 難病相談支援センター 283 (6) 身体障害者更生相談所 283 (7) 知的障害者更生相談所 284 (8) 精神保健福祉センター 288 (9) 厚生労働大臣が登録している在宅就業支援団体 288 Q&A【問】の解答と解説 289 索引 292 より多くの方にとって読みやすいユニバーサルデザインフォント(UDフォント)を使用しています。