第1章「きこえない・きこえにくい」とは 早春のある朝 ジード電気 人事部長 夏目 豊さん 目下、ジード電気では初めての障害者の採用を検討しておりその受入れについてハローワークにアドバイスを受けに行くところだった 夏目部長わが社でも障害者雇用を進めたい! あぁコブシの花が…もう春だなぁ! わーっびっくりした! なんて乱暴な運転なんだ! きこえないってどんなこと…!? きこえない人と一緒に働くためには職場でどんな配慮が必要なんだろうか…? 1 「きこえない・きこえにくい」とは 等級だけではわからない聞こえにくさの違い 都内某ハローワーク そうでしたか ではまず 聴覚障害についてご説明しましょう ひと口に聴覚障害といっても その障害の内容は実に多様なんです 音や声がきこえないということだけではないのですか!? まず聴覚障害を等級などで表すことがありますが音の聞こえにくさにも、種類があるんです 音を振動として伝える伝音系に障害がある場合を「伝音性難聴」振動を電気的な信号に変換して聴神経に伝える感音系に障害がある場合を「感音性難聴」両方に障害がある場合を「混合性難聴」と呼びます 伝音性難聴では補聴器の使用は大きな効果がありますが感音性・混合性難聴では補聴器を使ってもどんな音なのかその内容はわからないことも多いのです 例えば雑音でラジオが聞きにくいとき音量を上げてみたことありませんか? 雑音も大きくなって内容がよく聞こえるようにはならない これと同じなんです さらに聴力を失った年齢や受けてきた教育の違いなどによって話す言葉の明瞭さや言葉の理解力にも大きな違いが生まれます チューリップ チュー・リッ・プ! 蝶々 チョウ・チョ? 幼い頃からきこえないと話す能力などにも影響が出るわけですね! 一方中途失聴の場合話す能力や言葉の理解力に問題がなくても「読話」や「手話」などを身につけるのに時間がかかるということもあります なるほど!私たちは「聴覚障害者」といわれると「耳のきこえない人」として同じように見てしまいがちですが 障害の程度も持っている能力も実に多様なんですね もう一つ大切な要素があります例えば障害や読み書きの能力が全く同じでもその人が積極的に職場に溶け込んでいこうとしているか また職場の上司・同僚が障害を理解し受け入れようとしているかどうかによってコミュニケーションがスムーズにとれるかは変わってきます えっ!? 誰だって自分を認めてくれる場では生き生きと活動できるけれどそうでなければ自然と全ての面で消極的になってしまうでしょう また、積極的に人の輪に加わる人もいればそれができない人もいるでしょう それと同じでコミュニケーション能力は障害だけの問題じゃないということです! うーんコミュニケーション能力は人それぞれというわけですね!  聴覚障害は外見からでは分かりづらいため、障害特性などが理解されづらい面があります。ここでは聴覚障害の特性や職場における配慮事項などについて考えていきます。 1聴覚の仕組み  聴覚器官の構造は、13ページの図のように、外耳、中耳、内耳、聴神経・大脳に分けられます。耳介で集められた音は、外耳道を通り、鼓膜を振動させます(@)。振動は耳小骨により機械的振動に変換され、蝸牛に伝えられます(A)。蝸牛では電気的な信号に変換され、聴神経を通って大脳に伝えられ、認知されます(B)。音を振動として伝える@Aを「伝音系」、電気信号として伝えるBを「感音系」といいます。 2聴覚障害とは  聴覚障害とは、聴覚の仕組み・機能に何らかの障害があるため、全く聞こえないか、聞こえにくいことをいいます。そして、聴覚障害のある方を総称して「聴覚障害者」といいます(「聴覚障害者」の表記については5ページの【ご利用にあたり】をご覧ください)。なお、全く聞こえない人を「ろう者」ということもあります。また、音声言語(※)獲得後に聴力が落ちたり、失ったりした方を「中途失聴者」という場合もあります。 ※音声言語とは、口から発せられ、それを耳で聞いて了解する言語のことです。 なお、本マニュアルで「日本語」と表記した場合には、原則として音声言語としての日本語を指します。 3聴覚障害の種類と特徴、補聴器・人工内耳  聴覚障害は、聴覚のどこに障害があるかによって、 次の3種類に分けられます。 ? 伝音系(外耳、中耳)に障害がある場合.........................伝音性難聴 (原因としては、中耳炎の後遺症、耳小骨の欠損などがあります) ? 感音系(内耳、聴神経・大脳)に障害がある場合..............感音性難聴 (原因としては、内耳の障害、聴神経の切断などがあります) ? 伝音系・感音系ともに障害がある場合............................混合性難聴  種類別の聞こえ方には違いがあり、そのイメージを、13ページの「聴覚障害別の聞こえ方」に示しています。 きこえにくい人の多くは、補聴器や人工内耳といった聞こえを補う機器を装用しています(補聴器などを利用する場合には「装用」を用いることが多いので、本マニュアルでも装用と表記します)。補聴器・人工内耳については次ページで紹介していますが、聴覚障害の種類によってその効果が異なります。  伝音性難聴では障害により音が小さくなるだけなので、補聴器の効果は大きいとされています。一方、感音性難聴や混合性難聴の場合は音を大きくしても歪んだりするので、補聴器などの効果は小さいとされています。  手話を日常のコミュニケーション手段にしている人の大半は感音性・混合性難聴で、単に音量を大きくしただけでは言葉を聞き取れないことも多く、音量を上げると、かえって苦痛となることがあるので注意が必要とされています。 One Point 障害者手帳のない人も  身体障害者手帳を持っていない人でも、聞こえにくさ(難聴)がある場合もあります。特に、中途で聴力が低下した方、片耳だけ聞こえにくい方などでは自覚しにくい場合があります。障害者手帳制度を知らない人もいるかもしれません。  加齢のほか、何らかの事由により聴力の低下が懸念される社員がいれば、本人との面談などを通じ、聞こえについての確認を行うことで、聞こえにくさの自覚や必要な対応(医療機関の受診や補聴器などの利用、周囲の配慮)につながる場合もあります。 Column 聞こえを補う〜補聴器と人工内耳〜 ? 補聴器について  補聴器は通常の音声での会話が聞き取りにくい人が、音声をはっきりと聞き取るための医療機器で、きこえにくい人の多くが装用しています。 ? 補聴器は完全なものではない  補聴器を装用している人の多くは、自分の聴力レベルに合わせた補聴器を使用していますが、きこえる人が思っているほど補聴器は完全なものではありません。特に感音性・混合性難聴では、ある程度までの音質調整の助けにしかならず、聴覚障害の等級によっては音の有無を感じられるだけの場合もあります。 ? 補聴器は「音をひろうだけ」のもの  基本的に、補聴器は「音をひろうだけ」のものと考えてください。補聴器はマイクでひろった音を増幅し、大きな音として聞き取れるようにしますが、人間の聴覚は雑音の中から聞きたい音を抽出したり、複数の話し声の中からある特定の人の話し声を聞き取ったりと、補聴器では実現できないような高度な情報処理を行っています。しかし、聴覚に障害があると、このような聴覚の機能も損なわれてしまいます。補聴器でただ音を大きくしただけでは「言葉」として知覚できないことがあります。音の大きさについても、聞き取ることができる範囲が狭くなり、かなり大きな音でないと聞き取ることができないことがあります。また逆に、聞き取り可能な音より大きくなると、騒々しく聞こえたり、音が歪んでいるように感じる場合があります。快適に聞くことができる音の大きさの範囲が狭いので、単に大きな声で話せばよいわけではなく、音の大きさへの配慮も必要です。 ? 補聴器のいろいろな種類  補聴器の形態で分けると、耳あな型、耳かけ型、 ポケット型(箱型)、メガネ型などがあります。  増幅と調整の処理方法で分けると、アナログ、プログラマブル、デジタル補聴器があります。デジタル補聴器が最も高性能といえますが、再生される音質の好みは人それぞれです。  音の伝わり方で分けると、気導式補聴器(耳あな型、耳かけ型、ポケット型(箱型)など)と骨伝導補聴器(メガネ型など)があります。気導式補聴器は、外耳道から空気の振動で音を伝えるものです。骨伝導補聴器は、側頭骨から骨の振動で内耳に音を伝えるもので、特に伝音性難聴に対して効果が大きいとされています。  そのほか、講義形式の集まりなどで話し手がワイヤレスマイクをつけて装用者がFM補聴器で聞き取る方法や、テレコイル対応の補聴器などに音声を磁気誘導で伝達し増幅して聞くことができる磁気誘導ループといった集団補聴システムの設置・活用が進められてきました。また、デジタル補聴援助システムを使うことで、補聴器や人工内耳だけでは言葉の聞き取りが難しい環境においても、よりクリアな音を届けることができます。  さらに、近年は様々な技術や機器が開発されており、スマートフォンや携帯電話、パソコンなどの電子機器と使用している補聴器がBluetoothに対応している場合は、デジタル信号の直接送受信が可能となるため、周囲の雑音の影響が抑えられた状態で音声を聞くことができるようになっています。 ? 補聴器は声や会話を聞くためだけではない  補聴器を使うことは、声や会話を聞くためだけでなく、クラクションなどの環境音の存在を知ることにつながります。このため、交通事故や労働災害から身を守るために装用している人もいます。また、自分が発する声や、物を扱うときの音にも自然に気をつけるようになるという人もいます。これらは人工内耳も同様です。 ? 人工内耳について  補聴器と同様、音をはっきり聞き取るための医療機器です。仕組みとしては、手術により耳の奥(蝸牛)に埋め込んだ装置(体内部)と、音をマイクでひろって電気信号に変換し、埋め込んだ部分に送信する装置(体外部)からなります。体外部は耳かけ型の補聴器に似たものが主です。  一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会のホームページによると、人工内耳の有効性には個人差があるとしつつも、人工内耳を用いた聴覚活用の有効性が認知され、新生児聴覚スクリーニングの導入などにより難聴の早期発見・診断も可能となったこともあり、7歳未満の小児の手術件数が増加していることが紹介されています。 ? 補聴器・人工内耳について理解いただきたいこと  聞こえにくさには個人差があり、補聴器も人工内耳も個人に応じた調整が必要です。また、一度調整した後も、医療機関や専門家による継続的なモニタリングや調整が必要です。  また、補聴器や人工内耳の機能には限界もあり、きこえる人と同じようには聞こえないこともあります。しかし、周りの人からは、「補聴器をつけているのだから、きこえる人と同じように聞こえるのだろう」と思われることもあります。  本マニュアルの作成にあたりインタビューした人からは、そうしたギャップに悩んでいるとの声が複数聞かれました。特に明瞭な発声ができる人の場合には、周りの人から聞こえるように思われてしまい、必要な配慮が得られないときがあるとの声がありました。  補聴器や人工内耳は、聞こえを補う有効な機器であるものの限界があり、個人に応じた対応(補助的手段の活用など)や周囲の人の理解・配慮が必要です。 2 聴覚障害の範囲、等級、程度 1法律上の定義など  障害者の雇用の促進及び職業の安定に関しては、「障害者雇用促進法」において、対象となる障害者の範囲や、主な制度の枠組などが定められています。対象となる障害者の範囲は「身体障害、知的障害または精神障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、または職業生活を営むことが著しく困難な者」と定義されており、身体障害のうち、聴覚障害の範囲は表1に示すとおりです。  また、身体障害者手帳などに係る聴覚障害の程度と等級は、身体障害者福祉法施行規則別表第5号の身体障害者障害程度等級表(以下「等級表」という)によって定められています。  なお、等級表では、聴覚障害は「聴覚障害または平衡機能障害」に区分されています。また、聴覚障害は音声機能、言語機能と関連する場合があることから、表2は「音声機能、言語機能または咀嚼機能の障害」も含めて作成しています。  等級表では1級から6級までありますが、1級と5級は聴覚障害単独では該当がありません。ただし、ほかの障害と重複する場合は上の等級とすることができるとされています(詳細は表下の〈参考〉を参照)。なお、身体障害者手帳1級と2級の所持者は雇用対策上の重度障害者と定められています。 2聴力の程度  音を聞きとる能力は「聴力」といいますが、その程度(聴力レベル)は、オージオメーターという測定器を用いて測定し、聞こえる音の最低の大きさをデシベル(dB)という単位で表します。  聴力レベルの目安と障害等級の関係は表3のとおりです。おおむね25デシベル以内が正常聴力で、それより大きい場合が難聴とされています。聴力レベルの程度によって、軽度難聴、中等度難聴、高度難聴といわれることもあります。 3 一人ひとりに応じて理解する 1個々人に応じて理解  同じ障害等級であっても、聞こえ方や補聴器などの効果は一人ひとり異なり、必要とされる配慮も異なります。 「全く聴力を失っている人」から「小さい音が聞こえない人」、「音が歪んで聞こえる人」まで、障害の性質・程度には大きな違いがあります。 したがって、聴覚障害の等級と程度だけで、職業能力や困難さを画一的に評価せずに、個人の適性、言語使用能力なども含めた個々人の職務遂行能力を的確に把握して正しく評価することが、能力の発揮や職場定着を実現するために不可欠です。 2各人のライフヒストリーや価値観などを理解し、配慮する  一人ひとりを尊重し、幅広く理解するために、各人のライフヒストリー(生育歴)を理解することも大切です。聴力損失の程度や失聴の時期、教育経験や社会経験の違いによって、日本語の習得の程度や手話、口話、筆談などのコミュニケーション手段、話す言葉の明瞭さや読み書きの能力は様々です。  また、特別支援学校で学んできた人と、中途失聴者や通常の学校で教育を受けている人では、きこえないこと・きこえにくいことの受け入れ方や、障害者のコミュニティーへの帰属意識の有無などが異なる場合があります。  加えて、個人の適性・能力や性格、価値観なども多様であり、きこえない・きこえにくい人の職業生活を含めた社会生活のありようや、精神・心理面を一律に理解することはできません。 3ろう者の文化と手話言語  音声言語の日本語の背景に、きこえる人が大切にしてきた文化があるように、日本の手話言語にもきこえない人が長い歴史の中で受け継いできた誇れる文化があります。  日本語を第一言語とするきこえる人が、第二言語として例えば英語を習得しても、英語を第一言語とする人の思考パターンや生活・行動様式まで直ちに理解が及ぶわけではありません。これと同じように、きこえる人が手話を身につけたとしても、きこえない人の考えていることを真に理解できていないことがあります。その逆も同様です。  職場においてはきこえない人が少数派になりがちであるため、こうしたコミュニケーションの行き違いは、きこえない人における日本語の知識不足や職場マナーの理解不足であると評価されてしまいやすいといえますが、日本語・日本の手話言語のそれぞれに歴史と文化があります。コミュニケーションの行き違いがあっても、お互いに、相手の思考や行動の理由を決めつけることなく、その解決法やお互いに妥協できる範囲を一緒に話し合い、職場全体で共有していくことが重要です。 One Point 言語障害について  言語障害とは、声を出せないか、出せても発語が不明瞭で音声言語によるコミュニケーションがとれない、あるいは、しにくい障害をいいます。原因としては、聴覚障害に起因するもの、失語症などの言語中枢機能の障害によるもの、喉頭の損失によるものなど、様々です。 Column 受障時期による困難さの違い ? 音声言語を獲得する前の場合 ? 発語が明瞭でなく、分かりにくいことがある ? 筆談や文章作成の際に、日本語の文法上の間違いがある場合がある ? 音声言語を獲得した後の場合 ? 発音が分かりやすいことが多く、筆談などに関しても日本語の文法上の間違いは少ないものの、そのことから「聞こえにくさ」が周囲に理解されにくい ? 障害への自己認識が乏しいため、コミュニケーションのズレや対人関係での不都合が生じ、または障害を受容する過程で、不安や孤独などを感じることがある ? 手話を習得していない人もいる 事例 当事者の背景を理解する  当社では特例子会社ということで、聴覚障害者の社員が多数働いていました。そのため、手話講習会を開催するなど、聴覚障害者を理解しようと取り組んでいましたが、聴覚障害者とほかの社員との関係にぎくしゃくしたところがありました。そのような中で、ある講演会に参加した社員が「ろう文化」について知ったことをきっかけに、会社として「ろう文化」への理解を深め、新たな取組を行いました。  それまでは、手話を「たくさん」「早く」習得することに力点をおいていましたが、まず「ろう文化」についての社員教育を実施した上で、障害特性などに関する理解を進める機会や、手話講習会を設定しました。こうした取組により、聴覚障害についての社内の理解が進み、聴覚障害者とほかの社員の関係がよくなり、社員全体の意欲の向上につながりました。 (A社) 4 「きこえない・きこえにくいこと」と「バリア」 「きこえない」「きこえにくい」だけではない障害による社会生活・社会活動のバリア もう一つ理解しておいていただきたいのは社会生活、社会活動に参加するときに聞こえないことから様々な場面でバリアに直面することがあるということですバリアをどう解決していくかバリアフリーの見方が大切になります バリアフリー……!? 聴覚に障害があるとどうしても吸収できる情報が不足したり偏ったりしがちですそのため、情報障害といわれるような状況にあるんです 情報障害!? 例えばこんな例があります上司から新しい仕事を頼まれて…… 骨が折れる仕事だがよろしく! ! そんな危ない仕事はイヤです! 「骨が折れる」のはどうしてですか? え?ん!? えっ!? 「骨が折れる」が「労力がいる」意味とは伝わらなかったのですね! ええ、比ゆの知識が十分でなく言葉の意味をそのまま受け取ってしまったのです この人のように疑問に思ったことを質問できれば、誤解が解け笑い話ですみますが意味の取り違えが深いキズを残してしまうこともあるんですよ ふーむ こうした、ちょっとした情報の欠落が大きなトラブルや誤解の原因になることが実際にあるんですよ そうなんですね 率直なコミュニケーションがとれていればよいのですが場合によっては聴覚に障害があるということが大きなバリアになる可能性があることを理解してほしいのです Check 「ICF」(国際生活機能分類)と聴覚障害  ICFでは、個人の「活動」(会話、コミュニケーション)と「参加」(地域や職場とのかかわり)は、個人の「心身機能・身体構造」(聴覚・発音など)や「個人因子」(スキル、知識、経験など)と「環境因子」(合理的配慮、アクセシビリティなど)の相互作用により成立するもので、「障害」はそれらの要因が複合的に関連して生ずるものと考えます。したがって、「きこえない、きこえにくい」というだけで就労可能性を狭めず、環境因子の調整、例えば合理的配慮を提供することにより職場で活躍できる可能性を広げる考え方が大切です。 本図はWHO(世界保健機関)のICF(国際生活機能分類)をもとにJEED障害者雇用開発推進部において作成 1きこえない・きこえにくいことで生ずる「バリア」  きこえる人の場合には、生活や仕事に関する情報の多くを、視覚により認識する文字・画像情報と、聴覚により認識する音声情報として取得しています。しかし、聴覚障害がある場合、きこえない、あるいはきこえにくいということだけでなく、情報を受け入れるチャンネルがない、あるいは狭いため、取得した情報に不足や偏りが生じやすくなります。このため、聴覚障害は「情報障害」ともいうことができます。  きこえない・きこえにくい人は、情報障害により、様々な「バリア(障壁)」に直面することがあります。22ページの「骨が折れる」はその一例です。  きこえる人は幼い頃から様々な場面(日常生活や学校教育など)で、耳で聞くことにより日本語(語いや文法の習得など)が自然に発達しますが、音声言語を獲得する前から聴覚障害があると、教育を中心に日本語の習得を図ることになります。そのため、語いが少なかったり、漢字の読み方を間違えて覚えてしまったりすることがあります。  情報の不足や偏りは、コミュニケーションが円滑でなくなることにとどまらず、ときに対人関係や社会参加に消極的になるなど心理的な課題につながる場合もあります。 2就労場面での「バリア」の解消  情報が不足した職場で働くことの難しさは、きこえる人も経験することですが、情報不足はきこえない・きこえにくい人にとっては日常的な現象であり、能力発揮の阻害要因となっています。きこえない・きこえにくい人は、自分の職場において今どういう方向で業務が進められているかという状況を把握しきれないまま、とまどいながら業務に当たっていることが少なくありません。  情報障害から生ずる様々なバリア、課題は、きこえない・きこえにくい人自身の注意や努力だけでは解決できないものでもあります。解消に向けては、バリアフリーの視点が重要です。バリアフリーは、バリアを除去する(環境を整備する)ことにより、個人の活動を実現しようとするものです。情報不足に陥らないよう、雇用管理などの担当者や、職場の上司・同僚からの情報提供などの配慮と積極的支援が、きこえない・きこえにくい人の能力発揮の鍵を握っているといっても過言ではありません。 One Point 「聴覚障害」を取り扱った映画作品など  「聴覚障害」について、職場の皆さんの関心を高めるのに、例えば「聴覚障害」をテーマにした映画を鑑賞することも考えられます。  以下は動画配信サービスなどで、比較的利用しやすい作品です。 ? 愛は静けさの中に(1986年) ? 聲の形(2016年) ? ケイコ 目を澄ませて(2022年) ? 息子(1991年) ? コーダ あいのうた(2021年) ? LOVE LIFE(2022年)  そのほかにも、きこえない・きこえにくい人たちによる劇団公演や手話による狂言・能・落語・漫才などを観劇することで、身近に感じることができるかもしれません。 Column きこえる社員との間のギャップの例 (当事者の声から) ? きこえない・きこえにくい社員 ? 指示や会話を聞き取れないことがあると、聞き直しているが、だんだん声が大きくなる。 ? 聞き直すことで、気まずい雰囲気になることがある。 ? 聞き直すことが重なると、相手の負担になり心苦しい。聞き直すと、「もういい」といわれることもある。 ? 相手の負担を考え、分からないことがあっても質問を遠慮するときがある。 ? 所属部署全体の業務内容や進行状況などが分からないまま、同僚の雰囲気に合わせて仕事をしている。 ? 補聴器を付けていると、発声でき、聞こえるように思われてしまう。 ? きこえる社員 ? 忙しいときや時間がないときに聞き返されると、イライラすることがある。 ? 指示を出し確認を取ったにもかかわらず、失敗されたことがある。 ? 説明していても、本当に分かっているかどうかが分からない。不安などを感じることがある。 ? 中途失聴の方など、手話を習得していない人もいることを知らなかった。