第4章 採用・配置、受入れ態勢 1採用面接時の配慮 必要な配慮は丁寧に確認を このストーリーの主人公 望月翔太さん(19歳) ジード電気「生産課第1チーム」所属 新入社員生後まもなく失聴(障害等級二級) 採用前の面接 望月ですよろしくお願いします 手話通訳者 望月さんは自分の障害のことをまとめた就労パスポートを作ってきたのでこちらも使って面接をお願いします 職業能力開発指導員 わかりました障害者職業能力開発校ではどのようなことを学んでいますか? 電子技術について学んでおり特に、電子機器の組立に興味があります 弊社では生産課で電子機器の組立を行っています ぜひやってみたいです 生産課ではほかにどんな仕事がありますか 電子基盤の図面の作成やプログラミングの仕事もあります 働く上で準備してほしいものなどありますか 就労パスポートにも書いているように私は口の動きを読み取れますが 大事なことは文字で教えてくれるとありがたいです 手話通訳は必要ありませんか? 今日のような面接や研修のときには派遣してほしいです 望月さんは就労パスポートに書いてある内容について 一緒に働く皆さんにも知っておいてもらいたいと考えています よろしくお願いします 面接の結果は後日連絡します 面接後の採用決定会議 望月さんを採用するに当たって就労パスポートにも書いてある音声認識ソフトや筆談ボードの導入を考える必要がありますが 工場で使えそうですか? 生産課第1チーム松本主任 工場内は音が大きいので筆談ボードの方がよいと思います 音声認識ソフトはもう少し勉強してみないとわかりませんが会議や研修で使えるようにした方がいいでしょうね なるほど場面によって使い分けるのですね One Point 採用面接時の配慮  採用選考においては、個々の障害特性に応じた合理的配慮の提供が必要です。採用後の担当業務を決めたり、企業による支援や環境整備を行うためには、本人の同意を得た上で必要な情報を収集・確認しておく必要があります。 ? きこえない・きこえにくい人の採用面接時や会社説明会での配慮事例 ? 口話、手話、筆談など、どのような方法での面接を希望するか、予め確認しておく。 ? 説明事項を板書する(書面で渡す)。その際は複雑な表現を避け、簡潔な文章にする。 ? 説明動画を使用する場合は、内容が分かるように映像に字幕をつける。 ? 説明会会場では本人に席の配置の希望があるかを確認する。 ? 手話通訳者を配置する。手話通訳の席は面接者と並ぶ位置に置き、手の動きが本人によく見えるようにする。 ? 口話を希望する人には、口の動きが本人によく見えるように顔を正面に向けて、ゆっくりと、口を大きくあける。 ? 筆談を希望する人には、筆談対応のスタッフを配置する。筆談用の用紙や筆記具、筆談支援機器などを準備しておく。 ? 会話を文字で表示できる就労支援機器を活用する。 One Point 就労パスポートとは 障害者本人が、働く上での自分の特徴やアピールポイント、事業主に配慮を希望することなどを支援機関と一緒に整理し、職場や支援機関と円滑に情報を共有することにより、自分に合った支援を活用して職場定着を図ることができるように、厚生労働省が作成したフォーマットです。就労パスポートを作成していない方や、作成していても職場への提出や情報共有を希望しない方もいるため、採用選考時の必須提出書類ではないことに留意してください。また、就労パスポートの提出や記載されている情報量などが採用の可否に影響することのないよう注意が必要です。障害についての情報は、「個人情報の保護に関する法律」において「要配慮個人情報」と位置づけられており、その取扱いに特に配慮が必要となります。 ? 就労パスポート以外に任意の様式で作成している方もあり、その名称も自己紹介書、ナビゲーションブックなど様々です。 (厚生労働省 就労パスポート 事業主向け活用ガイドラインP.1参照) 2職場配置の配慮・受入れ態勢  企業内のきこえない・きこえにくい人の人数にもよりますが、きこえない・きこえにくい人を一つの部署にまとめて配置しているケースもあれば、各部署に分散させて配置しているケースもあります。  一つの部署にまとめて配置しているケースについては、情報提供の仕方を一元化しやすく、効率よく情報保障できるメリットがあります。しかし、きこえない・きこえにくい人同士だから人間関係がうまくいくとは限らず、中にはきこえない・きこえにくい人同士のコミュニティにストレスを感じて仕事に支障を来してしまうケースもあります。 各部署に分散させて配置しているケースについては、各部署の担当者の目が届きやすいというメリットがあります。しかし、担当者が単純に配慮を失念していたような状況でも、遠慮がちな人の場合、過去に伝えた同じ要望を再度伝えることができず、必要な情報保障を気にかけてもらえない孤立感から、職場不適応の状態になってしまうことがあります。  どちらの場合であっても、本人の能力や適性に応じた職務への配置が基本であり、企業担当者ときこえない・きこえにくい人が職場環境を定期的に振り返る機会を持ち、情報保障などの配慮が維持されることが重要です。 職場適応を左右する大きな要因の一つとして「人間関係」があります。良好な人間関係を形成するには、障害特性に応じた丁寧な相談・指導を行うことが重要です。 障害者を5人以上雇用する事業所においては、「障害者雇用促進法」の規定に基づき、厚生労働省が定める資格を有する社員の中から、障害者の職業生活全般にわたる相談・指導を行う障害者職業生活相談員を選任することが義務づけられています。「障害者職業生活相談員資格認定講習」を受講し修了することにより、その資格を取得することもできます。  また、企業在籍型職場適応援助者(企業在籍型ジョブコーチ)を障害者の働く職場に配置しているケースもあります。 きこえない・きこえにくい人の雇用管理や職場定着に当たっては、手話通訳・要約筆記など担当者の企業内の育成や派遣が有効な場合があり、その配置・委嘱には助成金が支給される場合があります。  きこえない・きこえにくい人の職場適応をめぐる問題は様々であるため、企業だけで対応することに悩まれる場合には、ハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センターなどの支援機関を活用し、連携して対応していくことが重要です。 One Point ジョブコーチ  障害者が円滑に職場に適応することができるように、支援計画に基づいて定期的に事業所を訪問し、障害者及び事業主に対して、障害特性を踏まえた専門的な支援を行います。国のジョブコーチ支援制度においては、@配置型ジョブコーチ(地域障害者職業センターに所属するジョブコーチ)、A訪問型ジョブコーチ(就労支援を行っている社会福祉法人などに所属するジョブコーチ)、B企業在籍型ジョブコーチ(障害者を雇用する企業に所属するジョブコーチ)の3種類があります。 Check 受入れ時のチェックポイント(例) ? 本人の「聞こえ」の状況を正しく把握する  「聞こえ」の状況は一人ひとり異なります。何よりも大切なのはコミュニケーションです。まず、本人に確認して情報を得てください。本人が就労パスポートなどを作成している場合は、職場で共有を希望する内容を確認してください。確認のポイントは次のとおりです。 ? 障害の程度・等級(目安として捉える) ? 聞こえの状況(具体的に) 〈例〉?1対1の会話は大丈夫ですか? ?複数人での会話は難しいですか? ?左右の聞こえ方はどうですか? ?電話業務は避けたほうがよいですか? ? 補聴器を使用したときの聞こえ方はどうですか? ? 聴力の変化 ? 口話、手話、筆談など、コミュニケーションの方法 〈例〉? どの位の速さで話すとよいですか? ?複雑な話は筆談の方がよいですか? ? グループでの会話はどのような方法がよいですか? ? 平衡感覚への影響 ?本人の「聞こえ」の特徴を理解する ? 体調、天気や環境で「聞こえ」が変化することがあるので確認すること。 〈例〉? 疲労がたまってくると聞こえにくくなる ? 雨が降ると音が沈んで聞き取りにくくなる ? 台風のとき、気圧の変化で耳鳴りがする ? 静かな場所では言葉が聞き取れても、雑音が入る場所や複数の会話では聞き取りにくくなる ? 口話の場合、唇を読み取るためには、相当な集中力を必要とするので非常に神経が疲れる。また、マスクをしている話者の唇の動きは読み取れないことにも留意すること。 ? 情報収集、応接、会議、対人関係などに苦手意識を持っている場合もあるため、本人の状況に気を配ること。 ? 職場の規則、ルール、マナーを分かりやすく説明する ? 勤務時間、休憩・休暇の取り方 ? 緊急の場合の連絡方法 ? ロッカーなどの利用方法 ? 職場の特別なルールなどがあれば、忘れずに説明すること(当番などがある場合は、情報としてはっきり伝える)。 ? 非常時の連絡方法や避難ルートについて説明し、一緒に場所を確認しておくこと(BCP(事業継続計画)なども改めて確認しておくこと)。 ? 企業における職場の役割や他部署との関係などについて十分に説明する  自分の働く職場が、企業の中でどのような役割を持ち、仕事の流れはどうなっているのか、その中で自分の担当業務はどの部分であるか、周囲の人々の役割分担も含め、丁寧に説明しましょう。 ? 1人ひとりの特性、能力に配慮して、業務分担を検討する ? 作業指導担当者及び職業生活に関する相談を行う担当者を決めておく 3職場のルールとマナー  きこえない・きこえにくい人の中には、基本的な社会のルールを十分身につけることができなかったり、相手の感情や気持ちをくみ取ることが不得手な人もあり、周囲から自己中心的と受け取られる言動を取ってしまうこともあります。  まずは、きこえない・きこえにくい人の以下のような背景を理解することが必要です。 ? きこえる人との対人関係や社会参加の経験が乏しい人もいる ? 「きこえない・きこえにくい」ことにより、「相手の言葉の微妙なニュアンスなどで、言葉に込められた意図を推し量る」「周囲から聞こえてくる会話などから、場の空気を読む」などが難しい ? 周囲から「分かりましたか」と念を押される機会が多く、自分のために時間を割いてもらうことを心苦しく思い、完全に理解していないときでも「分かりました」と答えてしまう場合もある  その上で、社内の規則に関することや職場のマナーとして身につけてほしい事柄について、はっきり伝えていくことが大事です。 Check 基本的なルール・マナーの例 ? 挨拶は自分から行う。 ? 遅刻、欠勤の際は、始業時間の前に会社に連絡を入れる。 ? 自分から進んで周囲に意思表示や連絡をする(分からないことや困ったことがあるとき、長時間席を離れるときなど)。 ? 上司や部下、正社員とパート、嘱託職員など、組織上の関係や役割があることを理解する(場合によっては、自分より若い人や、後から入社した人に指示を受ける場合もあるなど)。その上で、自分や相手の立場を踏まえた言動をとる。 ? 業務以外の明文化されていない役割分担(給湯、机を拭く当番など)や場面に相応しい服装などがあることを理解する。 職場のルールとマナー 配属初日 ジード電気に採用され導入研修を終えた望月翔太さんは「生産課第1チーム」に配属されました 生産課第1チーム 今日の準備をしっかりしておこう そろそろ作業開始だ! おはようございます 四日目 望月さんいつも準備してくれないよな ドアを開ける音や足音も気になる んっなんかまずいムードだなぁ さぁ、ゴールデンウィークも近いしラインはフル稼働だ! 忙しいが皆頑張ってくれ! 松本主任望月さんの様子はどうですか? 頑張って仕事を覚えようとしていますよただ…いつもギリギリに来て準備もしないと皆、言っています ほかの人は何も言わなくても準備してくれています本人も気付いてくれるとよいのですが… いやハローワークの森さんから聞いたのだが… 聴覚障害があると情報や経験が不足しているために社会のルールを十分に知らなかったり相手の考え方や気持ちを理解できなくて自己中心的に見える行動をとってしまう人もいるそうだよ でもそれは、その人だけの責任ではないんだ…周りの雰囲気を察することが苦手な傾向があるからマナーの問題は本人にどう伝えるか難しい面もあるけど会社の規則や職場のマナーなど明文化されていないルールについてははっきり伝えるべきだと思うな お先に失礼します この繁忙期に そして五日目の朝 もう十時ですが望月さんは? 九時過ぎに遅れるって家族から連絡があったらしい おはようございます… どうしましたか?望月さん元気がないようですが… すみませんもう大丈夫ですから 初めての仕事で少し張り切り過ぎたようです 慣れないことばかりで大変だろうが身体は十分気をつけないとね 朝、遅刻しそうなので連絡したかったんですがどうしたらいいかわからなくて… そうだね連絡方法を決めていなかったねメッセージアプリは使っているかい? はい 遅刻や欠勤のときは私か松本主任のメッセージアプリに連絡してください会社が始まる五?十分前までにはしっかり連絡すること そのほかの規則やルールも、このメモにまとめておいたので確認してほしいわからないことや変更がある場合はそのつど松本主任と話し合うように 例えばラインが動き始めるのは九時十五分頃だけど皆、その前に準備をしているこれもこの職場のマナーの一つですね そうだったんですか!面接時に準備や片付けの説明がなかったので準備や片付けは自分の仕事ではないと思っていました 皆が力を合わせて仕事をして初めてジード電気の製品は完成するそのためには、望月さんもしっかり職場の規則やマナーを身につけていってほしい! はいわかりました! 翌月曜日の朝 ほうやってるやってる 望月さんが安心して働けるようにするにはまだまだテーマがあるだろうが一つひとつ取り組んでいこう! One Point 職場のマナーを伝えるポイント ? 「暗黙の了解で、そのうち察してくれるだろう」ではなく、本人にはっきりと伝える。 ? 一方的にルールやマナーを伝えるだけではなく、その意味を確実に理解してもらえるように説明する。 ? 本人に直接関係することに限らず、職場の中の役割分担や指示命令の流れなど、職場全体のことを幅広く伝える。 ? 本人の事情も十分に把握した上で、ときには個別にルールを決める。 〈例〉? 遅刻や欠勤の際の連絡について、携帯メールやFAX 、家族による連絡など、生活環境や家庭環境を確認した上で決める。 ? 「ドアの開け閉めの際、大きな音を立てない」「廊下は静かに歩く」などのような音に対するエチケットも1つひとつ丁寧に伝える。 4一人ひとりに応じた作業指導・訓練  指導・教育するときは、「本人に理解できるように教える」「本人の理解の進捗に合わせて一歩ずつ進める」といったきめ細かい取組が基本です。  入社時の初期教育訓練の段階では、きこえる社員と一緒に行ったほうがよいようです。この段階では、仕事の具体的な内容よりは、職業人としての心構えや企業人として習得すべき必要な内容を一般的に教育することが多く、入社までの間に獲得してきた知識をもとにした理解が可能であるからです。  その場合、講義形式が多いと思われますので、手話通訳や要約筆記などが必要です。  このような方法で、きこえない・きこえにくい社員ときこえる社員が一緒に教育訓練を受けることは、きこえる社員にとっても、きこえない・きこえにくいということを理解する上で効果があります。  グループディスカッションなどを実施する場合は、同じグループの中で情報保障をする必要があり、障害特性への理解がさらに深まる場合もあります(研修内容によっては、手話通訳者などの配置も必要です)。  一定期間の集団指導を行った後の具体的な作業指導や専門指導は、理解の進捗や指導方法の違いから、きこえる社員とは別に行ったほうが効果は高いようです。 教育方法は、実際の作業を通したマンツーマン方式による教育訓練(OJT)が有効です。その際には、手話や筆談による個別指導が有効であることから、必然的にきこえる社員とは別に行うことになります。障害者を各職場に配置し、その作業グループの指導者がマンツーマンで専門に指導します。  先輩社員がパートナーとなる「アドバイザー制度」や「チューター制度」を設けている企業もあります。この基本もマンツーマンです。自社に合った方式を工夫してみてください。   このように、一人ひとりに教えるのはマンツーマンが適していますが、企業全体で、きこえない・きこえにくい社員の教育を推進するためには、複数の部署が連携して取り組む組織的な対応も必要となります。  入社時の教育訓練に当たっては、きこえる社員に対して、きこえない・きこえにくいということの特性の理解、コミュニケーションのとり方などについての教育も重要です。  理解が十分でないと、誤解が生じたり、人間関係がうまくいかないことにもつながりかねないため、きこえる社員に対し、十分な教育を行うことが望まれます。 1人ひとりに応じた作業指導・訓練 ある日の午後 望月さんこれでは製品にならないよ!! この箱の中のものは全部ちゃんと部品が付いていなかったよ!! どうしたんですか? あっ松本主任困りますよこれ! ミーティング これは望月さんだけの責任じゃないチーム全体の問題として話し合う必要があると思う ……あのーこれ実は私の責任なんです 望月さんに聞かれたとき忙しかったのであやふやに「いいんじゃない」って答えてしまったんですあのとき、ちゃんと確認していれば… ここはこれでいいですか? ん?いいんじゃない… 今まで望月さんには専任の作業指導者を付けてこなかったけどこれからは瀬戸さんが望月さんと組んでマンツーマンで作業指導をしてくれないか? 第1チームの仕事は第1チームの皆の責任だ! 瀬戸さんの分の仕事は、全員でカバーすればいいんだから! よーし望月さんこれからは一緒に基礎から学んでいこう! はい! 翌日から @ハンディーボードに書いて説明 青い部品は右赤い部品は下に付けるんだよわかった? はい! Aやり方を示し一人でやってもらい確認 ここはこうやるんだやってみて! はい! B不具合品のサンプルを実際に並べて説明 この部品は左に付けるとすぐに取れてしまうんだ! なるほど! One Point 教育訓練のポイント ? きこえない・きこえにくいということの特性をよく理解し、相手の立場に立って、相手の理解の進捗に合わせる。 ? なぜ、このことが必要なのか納得できるように伝える。 ? 易しいことから、順次難しいことに進む。 ? 同時にたくさんのことを教えずに、1回に1つのことを教える。 ? 根気よく、何回も繰り返す。 ? 図で示したり、動画やスライドを使用する。