はじめに  本マニュアルは、聴覚障害者の雇用および職場定着を推進することを目的として、平成8年2月に初版を、平成12年3月に改訂版を発行し、多くの方にご利用いただいております。  今般、支援機器、支援制度、支援機関などに係る最新の情報を踏まえた改訂版を発行する運びとなりました。  本マニュアルが、今後ともできるだけ多くの企業などで活用され、聴覚障害者の雇用促進、職場定着に役立つものとなれば幸いです。  本マニュアルの作成および改訂にあたり、ご協力いただいた関係者の方々に改めて厚く感謝申し上げます。 平成20年3月 独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構 目次 聴覚障害者の職業適性  4ページ 第1章 聴覚障害者の採用にあたって Section1 聴覚障害とは  障害部位で3つに分類  聴覚障害の種類 6ページ  法律的な定義と分類  聴覚障害の等級と程度 8ページ  個別に理解することが必要  「聞こえない・聞こえにくい」とは 10ページ Section2 聴覚障害者とのコミュニケーション方法 〈日常業務〉  方法を本人に確認具体的・直接的表現で  基本的な考え方 12ページ  ひと手間でも正確に伝わりやすい  筆談 13ページ  完全には伝わらないことも多いので注意が必要  口話 14ページ  職場での活用は信頼関係や親密感を深める  手話 15ページ  仕事の範囲を広げコミュニケーションを促進  情報機器 16ページ 〈会議・研修〉  1対複数の場面ですばやく要約して書いて伝える  要約筆記 17ページ  コミュニケーションの仲立ちをする  手話通訳と手話通訳者 18ページ  市町村・ろうあ団体などに相談  手話通訳者の派遣依頼 19ページ Section3 聴覚障害者の受け入れ体制  管理者の近いところに  最初の職場配置 20ページ   ともに働く立場を理解  配属時の配慮 21ページ  職業人として伝えたい  職場のマナー 22ページ  理解度に合わせて  指導方法と職場教育訓練 23ページ Section4 設備・環境の工夫 光や振動、情報機器などを活用  設備・環境の整え方 24ページ 第2章 聴覚障害者の長期職場定着のために Section1 聴覚障害者の職場定着指導  障害を理解しきめ細かな配慮を  職場定着を図るために 26ページ Section2 聴覚障害者と聴覚障害のない社員の関係向上のために  聴覚障害者は職場でのコミュニケーションに悩んでいます 28ページ  職場に手話の輪を広げる  社内で手話を習得する方法 30ページ  *手話に早くなじむポイント  31ページ  目的やレベルに合わせて選択できる  社外で手話を習得する方法 32ページ Section3 聴覚障害者のスキルアップ・キャリアアップ  働く意欲を高める  スキルアップ・キャリアアップ 34ページ 第3章 職場の手話(省略) 目で見る言葉 それが手話です 36ページ コミュニケーションは、まず 「あいさつ」 から 38ページ 「時」 の表現 40ページ 「問いかけ」 の表現 42ページ オフィス でよく使われる手話 44ページ 生産現場 でよく使われる手話 54ページ 緊急時 の手話 58ページ 指文字 (50音) / 数字 60ページ 資料(省略) 障害者雇用納付金制度に基づく主な助成金一覧 62ページ  地域障害者職業センター 66ページ  障害者職業能力開発校 67ページ  財団法人全日本ろうあ連盟加盟団体 68ページ 障害者雇用に役立つ資料等 69ページ 引用文献・資料 70ページ 4〜5ページ 聴覚障害者の職業適性 拡大・多様化する聴覚障害者の職業分野  昭和51年「障害者の雇用の促進等に関する法律」の改正により、障害者雇用促進策の充実が図られ、聴覚障害者の雇用分野も拡大してきました。近年、聴覚障害者を雇用している企業は多くの業種にわたっています。  最近では、ろう学校(聴覚特別支援学校)を卒業後、特定の職業技術を習得するのではなく、大学に進学する人もいます。また、コンピュータや携帯電話などの普及により、聴覚障害者が事務職やサービス産業などの職務に従事できる場面が多く見られるようになりました。このように、情報収集やコミュニケーション方法の発達が、聴覚障害者の就業する職域の拡大にとって不可欠となっています。 職業能力を左右する職場コミュニケーション  聴覚障害者の雇用が進むに従い、さまざまな問題が表面化してくることがあります。例えば、雇用の現場において、「聴覚障害者の職業的な能力は聴覚障害のない社員と変わらないが、コミュニケーションにすれ違いが起こるなど、人間関係で問題が生じている」という声が聞かれます。  日々の現場やあるいは教育訓練の場面などでは、周囲が障害への理解に不足があったり、コミュニケーションが難しかったりといった小さなトラブルが発生します。1つひとつは小さくても、放置していると深刻な問題へと発展する危険性をはらんでいます。  一方で、聴覚障害者と聴覚障害のない社員が手話を通して自然にコミュニケーションを行っている、活発で明るい雰囲気の職場や、聴覚障害者だけでなく健聴者にとっても有益な配慮を工夫している職場なども多く見られます。これらは、長年聴覚障害者の雇用に取り組んでおり、勤続年数の長い聴覚障害を持つ社員がいる企業の事例です。                       問題の解決には、雇用主や担当者、職場の仲間の正しい理解が必要です。これらの企業での成功事例は、抽象概念の伝達やコミュニケーションの難しさに対する工夫、手話習得など上司や同僚の努力、雇用前からの配慮など、きめ細かい支援を行った結果といえます。  また、雇用方針、職場環境など雇用管理面での対応が適切であれば、聴覚障害者の職場定着に加え、職場全体のモチベーションの向上が期待できることが示されています。                       まずは聴覚障害の特性や個別の職業能力を理解しましょう。雇用にあたって「聴覚障害者だから、コミュニケーションが難しい」「抽象的な概念が理解できない」「返事が不明確」などと画一的に考えることは禁物です。  障害者雇用では、1人ひとりの適性や能力、性格が異なることを正しく理解し、適切に対応することが基本となります。聴覚障害者にとってもまた、重要で不可欠な姿勢であるといえます。 *聴覚障害者の一般的な職業特性 ・身体面での特徴 身体運動機能について障害の影響はほとんどない。 健康管理や体力が雇用上の問題になることは一般的にない。 作業現場における危険を知らせるパトライトの設置や非常時の退避手段の確保などを除けば、特別な設備改善などはあまり必要としない。 ・行動面での特徴 職場における常識やマナーなどが身についていなかったり、気づくのに時間がかかることがある。そのため、常識に欠けていると判断されたりしてしまうことがある。 ・作業面での特徴 聴覚障害に起因して遂行できない作業はほとんどない。 文章の読み書きが苦手な場合が多く、実際よりも学力面で過小評価されてしまうことがある。 動作的な能力は高くても、読み書きの能力によって、試験などでは十分に評価されないことがある。 共同作業などでは、内容の確認方法を決めておかないと、グループとしての成果が十分に現れないことがある。 6〜7ページ 第1章 聴覚障害者の採用にあたって Section1 聴覚障害とは 障害部位で3つに分類  聴覚障害の種類 音を伝える聴覚の仕組みと3種類に分けられる聴覚障害  耳は、外側から外耳、中耳、内耳に分けられます。 ・外耳 → 耳介・外耳道 ・中耳 → 鼓膜の内側にある空洞 ・内耳 → 蝸牛・前庭半規管  そして、私たちは、次の順で音を認知しています。 @耳介で集められた音は、外耳道を通り、鼓膜を振動させます。 A鼓膜の振動は、耳小骨(つち骨・きぬた骨・あぶみ骨)によって機械的振動に変換され、蝸牛に伝えられます。 *この@とAを「伝音系」といいます。 B蝸牛は伝わった振動を電気的な信号に変換します。信号は聴神経を通って大脳に伝わり、認知されます。 *このBを「感音系」といいます。  聴覚障害は、聴覚のどこに障害があるかによって、次の3種類に分けられます。 ・伝音系に障害がある場合      【伝音性難聴】  (中耳炎の後遺症、耳小骨の欠損など) ・感音系に障害がある場合      【感音性難聴】  (内耳の障害、聴神経の切断など) ・伝音系・感音系ともに障害がある場合【混合性難聴】 聴覚障害の種類によって聞こえ方、補聴器の効果が異なる ・伝音性難聴の場合の聞こえ方  (図版、省略)   音が小さくなるだけなので、補聴器の効果は大きい ・感音性・混合性難聴の場合の聞こえ方  (図版、省略)  音が歪んだりするので、補聴器の効果は小さい 手話を日常のコミュニケーションにしている人々の大半は感音性・混合性難聴で、ただ単に音量を大きくしただけでは言葉を聞き取れません。音量を上げると、かえって苦痛となることがあるので注意が必要です。 *補聴器について ・補聴器は完全なものではない  聴覚障害者の多くは、自分の聴力レベルに合わせた補聴器を使用していますが、聴覚障害のない人が思っているほど補聴器は完全なものではありません。特に感音性・混合性難聴では、ある程度までの音質調整の助けにしかならず、聴覚障害の等級によっては音の有無を感じられるだけの場合もあります。 ・補聴器は「音をひろうだけ」のもの  基本的に、補聴器は「音をひろうだけ」のものと考えてください。補聴器はマイクでひろった音を増幅し、大きな音で聞かせるだけですが、本来の人間の聴覚は雑音の中から聞きたい音を抽出したり、複数の話し声の中からある特定の人の話し声を聞き取ったりと、補聴器では実現できないような高度な情報処理を行っています。聴覚障害があると、このような聴覚の機能も損なわれてしまいます。ですから、補聴器でただ音を大きくしただけでは「言葉」として知覚できないことがあるのです。  また、音の大きさについても、聴覚障害があると聞き取ることができる音の大きさの範囲が狭くなります。かなり大きな音でないと聞き取ることができませんが、逆に、それより少し大きな音になっただけで、うるさくて音が歪んでいると感じる特徴があるのです(聴覚のリクルートメント現象といいます)。快適に聞くことができる音の大きさの範囲が狭くなるので、単に大きな声で話せばよいというものではありません。 ・補聴器のいろいろな種類  補聴器の形態で分けると、耳あな形、耳かけ形、胸につける「箱形」、メガネ形などがあります。  増幅器の方式で分けると、アナログ、プログラマブル、デジタル補聴器があります。デジタル補聴器が最も高性能といえますが、再生される音質の好みは人それぞれです。  音の伝わり方で分けると、気導式補聴器(耳あな形、耳かけ形、箱形など)と骨伝導補聴器(メガネ形など)があります。気導式補聴器は、外耳道から空気の振動で音を伝えるものです。骨伝導補聴器は、側頭骨から骨の振動で内耳に音を伝えるもので、特に伝音性難聴に対して効果が大きいとされています。  その他、講義形式の集まりなどでは話し手がワイヤレスマイクをつけ、聴覚障害者がFM補聴器で聞き取る方法もあります。 ・補聴器は声や会話を聞くためだけではない  聴覚障害者にとって補聴器を使うことは、声や会話を聞くためだけでなく、クラクションなどの環境音の存在を知ることにより交通事故から身を守るためにも役立ちます。また、自分が発する声や、ものを使うときの音にも自然に気をつけるようになるという人もいます。 *耳の構造 (図版、省略) 8〜9ページ Section1 聴覚障害とは 法律的な定義と分類  聴覚障害の等級と程度  聴覚障害とは、聴感覚に何らかの障害があるために全く聞こえないか、または聞こえにくいことをいいます。 法律による聴覚障害の定義は聴覚・平衡機能の障害が永続するもの  聴覚障害者を含む障害者の雇用の促進に関しては、「障害者の雇用の促進等に関する法律」において、対象となる障害者の範囲や、主な制度の枠組などについて設定されています。この法律では、障害者の雇用の促進と職業の安定を図ることを目的として、さまざまな施策を講じることとされています。  対象となる障害者の範囲として、「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」と定義されています。この「身体障害者」のうち、聴覚障害者の範囲は表1に示すとおりです。   表1 聴覚・言語・平衡機能障害の範 次に掲げる聴覚又は平衡機能の障害で永続するもの ・両耳の聴力レベルがそれぞれ70dB以上のもの ・一耳の聴力レベルが90dB以上、他耳の聴力レベルが50dB以上のもの ・両耳による普通話声の最良の語音明瞭度が50パーセント以下のもの ・平衡機能の著しい障害 (障害者の雇用の促進等に関する法律第2条別表「障害の範囲」より) 表2 聴覚障害の等級と程度 2級 両耳の聴覚レベルが、それぞれ100dB以上のもの(両耳全ろう) 3級 両耳の聴力レベルが90dB以上のもの(耳介に接しなければ大声語を理解し得ないもの) 4級  @両耳の聴力レベルが80dB以上のもの(耳介に接しなければ話声語を理解し得ないもの) A両耳による普通話声の最良の語音明瞭度が50%以下のもの 6級 @両耳の聴力レベルが70dB以上のもの (40cm以上の距離で発声された会話語を理解し得ないもの)  A一側耳の聴力レベルが90dB以上、他耳の聴力レベルが50dB以上のもの 〈注〉 @同一の等級について、2つの重複する障害がある場合は、1級上の級とする。ただし、2つの重複する障害が特に本表中に指定されているものは、該当等級とする。 A異なる等級について、2つ以上の重複する障害がある場合については、障害の程度を勘案して、当該等級より上の級とすることができる。 (身体障害者福祉法施行規則別表第5号「身体障害者障害程度等級表」より) 聴力の程度をdB(デシベル)で表し等級が、2、3、4、6級に区分される  聴覚障害者の等級と程度は、「身体障害者福祉法(施行規則別表第5号、身体障害者障害程度等級表)」によって、表2のように定められています。  等級は、2、3、4、6級に区分され、2級は重度障害者と定められています(1級と5級は聴覚障害単独では該当がありません)。  聴力の程度(聴力レベル)は、オージオメーターという測定器を用いて測定し、聞こえる音の最低の大きさをデシベル(dB)という単位で表します。   下の図にあるとおり、おおむね25dB以内が正常聴力といわれており、そのほか、聞こえの程度によって、軽度難聴、中等度難聴、高度難聴といわれています。 *聴力レベルの目安 (図版、省略) 10〜11ページ Section1 聴覚障害とは 個別に理解することが必要  「聞こえない・聞こえにくい」とは 「等級と程度」だけで画一的に評価せず個々人の職務能力を的確に把握する  8ページで述べた「等級と程度」でも明らかなように、一概に聴覚障害者といっても、その障害の程度はさまざまです。「全く聴力を失っている人」から「小さい音が聞こえない人」まで大きな差があります。  さらには障害が起こった年齢、障害の性質・程度、受けた教育などの違いによって、聴力だけでなく話す言葉の明瞭さや読み書きの能力にも大きな差異が生じます。  したがって、いうまでもないことですが、聴覚障害の等級と程度だけによって、聴覚障害者の困難さを画一的に評価せずに、個人の能力・適性・言語使用能力などについて十分に検討し、個々人の職務能力を的確に把握・理解して正しく評価することが、職場定着対策の一環としても不可欠となります。 個々人で異なるライフヒストリーそれぞれのあり方を尊重し、幅広く理解する  聴覚障害者のライフヒストリー(生育歴)を理解することも大切です。聴覚障害者といっても、聴力損失の程度や失聴の時期、教育経験や社会経験の違いによって、音声言語の習得の程度や手話、口話、筆談などのコミュニケーション手段も違ってきます。  また、幼少時から聴覚障害に対する聴能・発語訓練を受け、ろう学校(聴覚特別支援学校)に学ぶなどして、聴覚・言語障害者の集団生活を経験している人と、中途失聴者や統合教育を受けている人では、自分が聴覚障害を持つことの受け入れ方や、ろう者のコミュニティーへの帰属意識の有無などが異なる場合があります。  加えて、個人の能力や性格、価値観などは多様であり、聴覚・言語障害者の職業生活を含めた社会生活のありようや、精神・心理面を一律的に理解することはできません。個々人のそれぞれのあり方を尊重し、幅広く理解していくことが大切です。  以上のように、多角的視点から聴覚障害者個々人を正しく理解することが必要です。 〈チェック〉 障害を持った時期による困難さの違い 【音声言語を獲得する前の聴覚障害者の場合】 ・日本語を発声しても、わかりにくいことがある。 ・筆談をしても、文法上の間違いがある場合がある。 【音声言語を獲得した後の聴覚障害者の場合】 ・発音がわかりやすいことが多く、筆談に関しても文法上の間違いはない。 ・障害の認識が十分でないことなどから、不安感や孤独感などで心理的な問題を抱えていることが多い。 ・手話を習得していないことが多い。 職場における聴覚障害者と健聴者の声 【聴覚障害者】 ・何度も聞き直して、気まずい雰囲気になる。 ・会話が聞き取れないと、“もういい”といわれる。 ・所属部署全体の業務内容や進行状況などがわからないまま仕事をしている。 【健聴者】 ・忙しいときや時間がないときに聞き返されると、イライラすることがある。 ・指示を出し、再度確認を取ったにもかかわらず失敗したことがある。 ・説明していても、本当にわかっているかどうかがわからない。 聞こえない・聞こえにくいことでバリアが生じる  私たちは、生活や仕事に関する情報の多くを、視覚によって認識する文字情報と聴覚による音声情報から手に入れています。したがって聴覚障害は、聞こえない、あるいは聞こえにくいということだけでなく、情報の受け入れ口が狭まっていることでもあるのです。聴覚障害は「情報障害」ともいうことができます。  一般に聴覚障害者は、知っている言葉の数が聴覚障害のない人に比べて少ないといわれます。聴覚障害のない人は耳で聞くことにより言語の発達が自然に行われますが、音声言語を獲得する前から聴覚障害があると、教育によって言語の習得を図らなければなりません。そのため、言葉の数が少なかったり、漢字の読み方を間違えて覚え、書いてしまったりすることがあります。  情報の不足や偏りは、コミュニケーションが円滑でないことにとどまらず、ときに対人関係や社会参加に消極的になるなどといった心理的な問題を引き起こす場合もあります。  情報不足の職場環境で働くことの難しさは聴覚障害のない人も経験することですが、情報不足は聴覚障害者にとっては日常的な現象であり、能力発揮の阻害要因となります。聴覚障害者は、自分の職場において今どういう方向で業務が進められているかという現在の状況を把握しきれないまま、戸惑いながら業務にあたっていることが少なくありません。  この問題は、聴覚障害者自身の注意や努力だけでは解決できない問題でもあります。情報不足に陥らないよう、雇用管理担当者や職場の上司・同僚からの情報提供などの配慮と積極的支援が、聴覚障害者の能力発揮の鍵を握っているといっても過言ではありません。 *聴覚に障害があるということ 聞こえない 聞こえにくい 話すことや読み書きにおける不利 情報の不足・偏りによる対人関係や心理的な問題 *ICF(国際生活機能分類)に基づく聴覚障害によるバリア (図版、省略) 12ページ Section2 聴覚障害者とのコミュニケーション方法 〈日常業務〉 方法を本人に確認具体的・直接的表現で  基本的な考え方 まず最初に本人の望むコミュニケーション方法を確認  聴覚障害者のコミュニケーション方法は、同じ等級の聴覚障害でも、その人の失聴年齢、聞こえ方、残存聴力、言語力、読話力、発語力、教育歴、家庭環境などによって異なりますので、どのようなコミュニケーション方法がよいのか本人にたずね、確認する必要があります。一般的に聴覚障害者だから手話ができると思われがちですが、手話を習得していない聴覚障害者もいますので、まず本人に確かめることから始めてください。  聴覚障害者にとって、「もの」や「行動」に基づいた具体的な言葉は理解しやすいのですが、目に見えない抽象的な言葉は、理解できるまでに時間を要することがあります。できるだけ抽象的な言葉は避けて、具体的な表現を用いるほうがよいでしょう。  また、例え話や比喩、暗示的な表現は誤解されやすいので、直接的な表現で伝えるように心がけることも重要です。 情報不足を補い、確認し合うコミュニケーション・ミーティング  基本的なコミュニケーション方法としては、筆談、口話、手話、電子メールなどがあります。それぞれの方法については後述しますので、ここでは全般的な注意事項を下に示します。  いずれのコミュニケーション方法を取るにしても、聴覚障害者の場合、日常のコミュニケーションが不足しがちです。それを補うためにも、定期的にコミュニケーション・ミーティングの場を設け、情報を補うとともに、正しい理解のもとに業務が遂行されているかを確認することが重要です。 〈チェック〉 コミュニケーション上の注意事項 ・必要に応じて復唱・確認を  聴覚障害者は、説明をうなずきながら聞く傾向が見られますが、うなずいたからといって、必ずしも理解しているとは限りません。また、「わかりました」と返事があっても聞き取れたというだけで、きちんと意味内容を理解していない場合もあります。  必要に応じて復唱・確認をするようにしましょう。 ・特殊な読み方の漢字などには「ふりがな」を  聴覚障害のない人は耳から聞いて言葉を覚えることができますが、聴覚障害者は目で見て言葉を覚えます。そのため、「施(せ)工(こう)」「治(じ)具(ぐ)」など特殊な読み方をする漢字の場合、書くこともできるし、意味もわかっているにもかかわらず、正しい読み方を知らないことがあります。  特殊な読み方をする漢字などには、できるだけ「ふりがな」をふったり、業務で使用する特殊な言葉や略語などは、読み方や意味内容を明記したリストを作成しておくと、コミュニケーションに役立ちます。 ・休憩を取りながらのコミュニケーションを  集中力を要する口話や、手話による長時間連続したコミュニケーションは、ストレスや疲労の原因となり、理解力が低下します。会議などでも適宜、休憩を取るなどの配慮が望ましいでしょう。 ・聞き取れないときは遠慮せずに紙に書いてもらう  聴覚障害者の発音が聞き取れないときは、「わかったふり」をせずに、遠慮なく紙に書いてもらいましょう。コミュニケーションを円滑に保つためには、いつもメモ用紙などを持ち歩き、必要なときにすぐ筆談ができるようにしておくこともよい方法です。 13ページ Section2 聴覚障害者とのコミュニケーション方法 〈日常業務〉 ひと手間でも正確に伝わりやすい  筆談 口話や手話に交え伝わりにくいことはメモを活用  筆談は聴覚障害のない人、聴覚障害者双方にとって、コミュニケーションの正確度が高い手段の1つです。聴覚障害者が、手話ができない人と少人数(1対1など)でコミュニケーションを取る場合に有効です。はじめて聴覚障害者と面談をする場合には、大きめのメモ用紙と鉛筆を用意しておきましょう。  筆談といってもただ紙に書くだけでなく、簡単な言葉は口話や手話を交え、相手の顔を見て理解したかどうかを確認しながら進めると、より自然なコミュニケーションが図れます。口話でうまく伝わらないと感じたときには、その言葉を書き表して伝えればよいのです。  しかし、書き手が常識のつもりで書いても、通じないことがあります。字を読むことができても、その言葉の意味内容を理解することが困難な場合があるからです。理解できない言葉があるときには遠慮せずに確認するように、あらかじめ本人に伝えておくことも大切です。 業務内容や伝達事項は書いて確実に伝える  筆談は他のコミュニケーション手段と比較すると、多少時間がかかり、面倒な点もありますが、内容のポイントを具体的にはっきりさせて伝えれば、確実に意思の疎通ができます。筆談には、何度も書いたり消したりできる、磁気ボードを利用した「簡易筆談機器」なども利用できます。  特に、業務内容や伝達事項などは、できるだけ筆談を利用して、正確に伝わっているかどうかの確認を行いましょう。業務に関する指示は、筆談もしくは指示書などの「文書」によって行うことが、伝達すべき情報の漏れや行き違いを防ぐことにつながります。 〈チェック〉 筆談のポイント ・読みやすい文字で書く。 ・長い文章は避け、短く区切る。 ・5W1H(いつ・どこで・だれが・なにを・なぜ・どのように)など、内容のポイントをはっきり伝える。 ・比喩や曖(あい)昧(まい)な文字は避け、具体的で明確な表現方法を用いる。 ・ひらがなだけの文章ではなく、漢字を用いるほうが理解しやすい。 ・二重否定は避ける。 14ページ Section2 聴覚障害者とのコミュニケーション方法 〈日常業務〉 完全には伝わらないことも多いので注意が必要  口話 簡潔、明瞭な表現で身振り手振りを交えて理解しやすく  口話は、話し手の唇や口の動きから話の内容を読み取り(読話)、自分の話したいことを声に出して話す(発語)コミュニケーション方法です。難しい言い回しなどは使わずに、できるだけ簡潔、明瞭な表現を用いるようにしましょう。  聴覚障害者は、話し手の口の形がつかめても、同じような口の形の言葉は読み取りにくいものです。鏡の前で試してみるとよくわかりますが、「たばこ」と「たまご」では全く口の形が同じです。これは母音が「○a○a○o」と同じだからです。できれば少しでもジェスチャーを加えると理解度が増します。  以下に、口話によるコミュニケーションのポイントを示しますが、日常、口話でコミュニケーションを取っている場合でも、会議の内容の要約や業務の指示はメモなどを使って確認し、誤解のないようにすれば、より確実な伝達が可能となります。 〈チェック〉 口話のポイント ・話を始める前には、その人と正面から向かい合い、自分の唇がまっすぐ見えるようにして話します。 ・同じような口の形の言葉は読み取りにくいので、できればジェスチャーを加えると、より理解度が増します。  〈例〉たばこ・たまご おにいさん・おじいさん 二(に)・四(し) ・言葉を1音ずつ区切って話すと、かえってわかりづらくなります。相手の反応を見ながら、意味のまとまりごとに区切って、言葉の自然なリズムを崩さずに話します。  〈例〉× ア・ナ・タ・ノ・オ・ナ・マ・エ・ハ? ○ アナタノ・オナマエハ? ・口髭を生やしていたり、たばこをくわえながら話すと、口の動きが読み取りにくくなるので注意が必要です。 ・ぼそぼそと話す人や、相手の顔を見ないで話をする癖のある人は特に注意して、はっきりと誰に話しかけているかわかるように話します。一方、必要以上の大口もかえってわかりづらくなります。 ・話をするときに、話し手の後ろから照明があたると唇の動きが見えにくいので、照明は前方からあたるようにします。 ・聴覚障害者の発語がわからないときは、遠慮せずにわかるまで聞き返しましょう。「わかったふり」は、後で大きな誤解につながります 15ページ Section2 聴覚障害者とのコミュニケーション方法 〈日常業務〉 職場での活用は信頼関係や親密感を深める  手話 筆談・口話と組み合わせて活用したい聴覚障害者がリラックスできる表現法  手話は、聴覚障害者にとってリラックスして意思伝達しやすいコミュニケーション方法です。聴覚障害者は手話によって仲間と自由に話し合い、共感することができます。  職場の中で手話によるコミュニケーションが図られれば、人間関係などで信頼関係や親密感が深まります。しかし、手話は、その習得に至るまでかなりの訓練を必要とします。そのため、職場で手話を学んでいる人など初心者の場合では、複雑な内容を伝えるときは、聴覚障害者が理解しているかどうかを常に確認し、正確さを期するようにすることが大切です。  筆談や口話、手話のそれぞれのコミュニケーション方法の特性を理解したうえで、話の内容や場に合わせ、これらを組み合わせて活用していく工夫も大切です。  また、すべての聴覚障害者が全く同じように手話を用いているのではなく、用いている場合でも聴覚障害者の個性による違い、方言による違いなどがあることを理解しておきましょう。 1つでも取り入れて「伝えたい」気持ちを表す  手話は「話し言葉」と同じ性質を持っています。したがって、正確な伝達のためには、お互いの確認が必要です。特に、会社や業界特有の言葉、頻繁に使われる専門用語などは、日頃から打ち合わせをして、手話表現を決めておくと役立ちます。  手話通訳者を依頼するときも、事前に聴覚障害者と手話表現を取り決め、手話通訳者に伝えておきましょう。  聴覚障害者が手話でのコミュニケーションを得意とし、聴覚障害のない社員が手話を多少でも覚えている場合は、積極的に会話に取り入れようとするだけでも、聴覚障害者にとっては相手が伝えようと努力している姿勢が伝わり嬉しいものです。「下手だから……」と消極的にならずに、伝えたい気持ちを手話で表しましょう。 〈事例〉 朝礼で練習  当社では、毎日行う朝礼の際に手話練習を行っています。「今朝の手話」として毎日1単語取り上げ、全員で練習しています。「おはようございます」「こんにちは」「お疲れさま」などのあいさつに始まり、日常よく使う単語や業界用語へと広げていきました。  手話を完璧にこなすのは容易ではありませんが、100語でも覚えれば随分違い、ある程度の日常のコミュニケーションは取れるようになります。この2年の間にそうした社員がかなり増え、聴覚障害者との垣根が取り払われて、昼休みなども聴覚障害のない社員と聴覚障害者の談笑風景がよく見られ、社内に活気が出てきたようにも思われます。 (F社のヒアリングから) 16ページ Section2 聴覚障害者とのコミュニケーション方法 〈日常業務〉 仕事の範囲を広げコミュニケーションを促進  情報機器 機器の特性に合わせルールを決めて上手に活用  近年、職場では、FAXはもとより電子メール(Eメール)、携帯電話などの情報機器が広く活用されてきています。電話を利用できない聴覚障害者にとっては、情報機器を利用した文字通信は有効なコミュニケーション方法となります。 ・電子メール  電子メールは、業務の指示・伝達などに積極的に活用することによって聴覚障害者の仕事の範囲を広げ、コミュニケーションを促進するうえで大きな効果を発揮しています。普段のやりとりや、席にいるとわかっている前提で社内での急ぎの用事に使われています。 ・携帯電話  携帯電話などは、携行に便利な文字通信機器として聴覚障害者の重要なツールとなっています。特に着信を振動で知らせるバイブレーター機能は、着信がわかって必要なときにすぐ連絡が取れるので便利です。主として、急ぎの場合など確実に連絡を取りたい場合に使われています。 ・FAX  FAXは、取引先や社外との連絡はもちろん、社内の業務連絡にも上手に活用することによって、仕事の範囲も広がります。定型的な業務連絡や、突然の休暇取得などは、「FAX連絡票」を作り活用することで連絡が容易になります。  聴覚障害者は、ほとんどの人が自宅にFAXを設置しているので、自宅との連絡手段にはFAXを利用すると便利です。その場合、職場のFAX番号や、緊急連絡の場合の取り次ぎ方法などを明確にして、周知徹底すれば、聴覚障害者にとっても安心できます。  しかし、これらの情報機器の利用にあたっては、以下に示すいくつかの留意点がありますので、周囲の協力も必要となります。 *その他の情報機器については25ページを参照。 〈チェック〉 情報機器利用上の留意点 ・文章力を身につける配慮を  聴覚障害者の中には、文章表現が不得手な人も多いので、基本的な間違いなどに気づいたら、正しい表現を教えてあげましょう。聴覚障害者が文章力をつけるためには、手紙のひな型や書き方の見本を活用するのもよいでしょう。加えて、本や新聞をたくさん読むことでも上達します。 ・FAXは第三者の目にふれないように  FAXの文面は「わかりやすく」が基本です。  FAXは、伝言内容を直接本人へ送ることのできる有効な手段ですが、送信相手が不在で第三者の目にふれることもあります。プライバシーに関わることや、機密性の高い内容は送信するときに配慮が必要です。重要な用件に関しては、相手先に受信確認を入れてもらうなどのルール作りも必要となります。  また、当然ながら聴覚障害者が聴覚障害のない家族と同居している場合は、深夜や早朝の送信は避けるなどの配慮が必要です。  聴覚障害者向けの参考資料として、(財)全日本ろうあ連盟から出ている『FAXコミュニケーション(FAX実用文例集)』などがあるので活用するとよいでしょう。 17ページ Section2 聴覚障害者とのコミュニケーション方法 〈会議・研修〉 1対複数の場面ですばやく要約して書いて伝える  要約筆記 聞こえない人の耳の代わりに聞き取り書くという姿勢が大切  要約筆記(要約筆記通訳)は、主に会議や研修、講演会などで、話し手の意図をすばやく要約して書き、正確に伝えるコミュニケーション方法です。話し手の内容をただ簡単に省略して短く書くのではなく、内容を把握し、要約して文章にします。書き手の都合で書くのではなく、主観を入れず、聞こえない人の耳の代わりとなって聞き取り、書くという姿勢が大切です。  要約筆記は、手話を習得していない聴覚障害者、特に中途失聴者や難聴者、老人性難聴の場合など、手話を習得するための十分な時間がなかった人達にとって有効な情報提供手段となります。 *OHP・ノートテイク・パソコン要約筆記  場面に応じた要約筆記の方法  要約筆記の方法には、主に以下のものがあります。 ・OHPなどを使う  透明シートにペンで書きながら、オーバーヘッド・プロジェクター(OHP)でスクリーンに拡大して映し出す方法。聴覚障害者が多数参加する会議や会合などの場合によく使われます。また、紙などを映写できるオーバーヘッド・カメラ(OHC)などもあります。 ・ノート(紙)を使う「ノートテイク」  筆記者が聴覚障害者の隣に座って大きめのメモ用紙にペンなどを使い、書いていく方法。聴覚障害者が102名くらいしか参加しない会合や、少人数の会議などの場合に使われます。また、職場では周囲の人の協力により「ノートテイク」が日常の情報提供の有効な手段となります。  その他、近年では、発言内容をすぐにパソコンに入力し、プロジェクターやディスプレイなどに映し出す「パソコン要約筆記」も行われています。 〈チェック〉 要約筆記のポイント @速く書く ・漢字を速く書くために、略字を使ったり、2字の漢字のうち一方の画数の多い漢字を仮名書きにする   働→(省略) 機→(省略)   業務→業ム 口座→口ザ ・前もって略語・略号を決めておく   コミュニケーション→コミ   手話通訳→(省略)  要約筆記→(省略) ・団体名などは略称を使う   高齢・障害者雇用支援機構→高障機構 A正しく書く ・主観を入れずに話を聞き取り、要点をつかむ ・話の主旨をつかみ、主語・述語をとらえる ・わからないことは書かない ・特に数字、人名、地名などは正確に聞き取り、漢字がわからないときは、カタカナで書くとよい Bわかりやすく書く ・読みやすい文字で、少し大きな字を心がける ・縦書き、横書きは書きやすいほうを選ぶ ・行間をあけ、改行、分かち書きなどを使い、文章を見やすくする ・文章を中途半端に終わらせず、完結させる ・句読点、常用漢字、送り仮名など日本語の表記の約束を守る  以上のポイントに加え、具体的には次のような方法を用いる ・重要でない単語や句の一部を省略する ・短い表現に置き換える ・2つ以上の文を1つにまとめる ・似ている表現部分を削除する  【削除できるもの】前置き、繰り返し、つなぎの言葉、言い換え、修飾語 など  【削除できないもの】意見、主張、結論、まとめ など 18ページ Section2 聴覚障害者とのコミュニケーション方法 〈会議・研修〉 コミュニケーションの仲立ちをする  手話通訳と手話通訳者  「話し言葉→手話」「手話→話し言葉」で相互通行のコミュニケーションを円滑に  手話通訳とは、聴覚障害のない人の話し言葉を手話で聴覚障害者に伝え、また逆に聴覚障害者の表す手話を読み取って聴覚障害のない人に話し言葉で伝えることです。このようなコミュニケーションの仲立ちをする人が、手話通訳者です。  現在、手話通訳者が手話通訳を行っている主な分野は、次のとおりです。 ・事業所など(会議、研修、講演会、人事ヒアリングなど) ・医療機関など(受診、治療、集団検診、入院など) ・保育・教育(授業参観、家庭訪問、個人懇談、クラス懇談など) ・社会活動など(各種講演会、町内会などの集会、各種会議、各種行事など) ・公的機関など(公共職業安定所、警察、裁判所など) 手話通訳者に求められる基本的な心構え  日本手話通訳士協会では、以下のような「手話通訳士倫理綱領」を定めています。(一部抜粋) ・手話通訳士は、すべての人々の基本的人権を尊重し、これを擁護する。 ・手話通訳士は、専門的な技術と知識を駆使して、聴覚障害者が社会のあらゆる場面で主体的に参加できるように努める。 ・手話通訳士は、職務上知りえた聴覚障害者及び関係者についての情報を、その意に反して第三者に提供しない。 ・手話通訳士は、その技術と知識の向上に努める。 〈チェック〉 会議の場での手話のポイント ・できれば手話通訳に専念する人を手配  会議のとき、他の出席者が手話通訳もかねると、当人の会議参加が困難となります。できれば、手話通訳者を別途に手配したほうがよいでしょう。また、長時間にわたる場合は、2名以上で交替しながら通訳を担当します。 ・手話通訳者が視野に入る位置に聴覚障害者の席を  手話通訳者の位置は、会議のように発言者が特定できない場合は、出席者全員と通訳者が無理なく視野に入る位置に聴覚障害者の席を設けると、自然な形で通訳を受けることができます。講演会のように話し手の位置が固定している場合は、手話通訳者と講演者が視界に入り、手話の読み取りやすい距離に設定します。 ・無理なく手話通訳ができるペースで進行  会議の場では「手話通訳者がいるから大丈夫」とは一概にはいえません。会議の進行が聴覚障害のない社員のペースになってしまい、内容が理解できないこともあります。また、聴覚障害者が発言をしたいときにもタイミングを逃してしまい、思うように意見が言えない場合も少なくないことに配慮する必要があります。 ・発言は挙手をし名前を言ってから  会議の場では同時発言を避け、挙手をしてから発言するよう出席者に協力を呼びかけます。また、議論が白熱してくると手話通訳がついていけない場合も多いので、司会者または会議の運営にあたる人は参加者の注意を促す必要もあります。 ・事前に議事内容や資料を配付  聴覚障害者は、会議中ずっと視線を手話通訳者のほうへ向けていて、手元の資料に目を通しながら発言を聞いたり、メモを取ったりすることが困難なため、事前に議事内容や資料を配付しておきます。これは手話通訳者にとっても同様で、事前に内容を把握することによって、より確実な通訳を可能にします。 ・できるだけ議事録を作成  会議の後は、議事録を作成して配付すれば、聴覚障害者だけでなく、出席者全員が内容の確認をすることが可能になります。 19ページ Section2 聴覚障害者とのコミュニケーション方法 〈会議・研修〉  市町村・ろうあ団体などに相談  手話通訳者の派遣依頼 全国の市町村が実施するコミュニケーション支援事業  手話通訳者の派遣は、現在「障害者自立支援法」に基づく「地域生活支援事業」の1つ「コミュニケーション支援事業」として、全国の市町村が事業を実施しています。  手話通訳者の依頼や相談は、市町村などの障害福祉所管課、または各都道府県にある(財)全日本ろうあ連盟加盟団体などに問い合わせてください。  また、事業所が重度障害者を新たに雇用したり、継続雇用した場合で、その雇用管理のために手話通訳者を委嘱した場合に、一定の条件で委嘱のための費用を一部助成する制度(障害者介助等助成金)があります(助成金の支給にあたっては審査があります)。 派遣料・派遣人数・連続通訳時間の目安 【派遣料】  派遣元によって無料から有料まであります。有料の場合、一般的に1時間、半日、1日などの単位で定められていたり、最高額を決めているところもあります。具体的な派遣料については、市町村などの障害福祉所管課、(財)全日本ろうあ連盟加盟団体にお問い合わせください。 【派遣人数】  講演形式および1時間を超える場合は、原則として2名派遣、4時間を超える場合は、原則として3名派遣されます。 【手話通訳の連続通訳時間の目安】  手話通訳者1人が、質を落とさずに連続して手話通訳できる時間は、目安として次のとおりです。 ・講演会、警察・検察、裁判 20分 ・医療・教育、労働・生活、行政 25分 ・テレビ(手話挿入) 15分 〈チェック〉 手話通訳者の派遣を依頼をするときのポイント ・十分な時間的余裕を持って依頼しましょう。  ただし、緊急に必要な場合はただちに依頼しましょう。 ・依頼する日時、時間帯、場所、目的などを明確に伝え、双方が確認しましよう。 ・資料がある場合は、事前に手話通訳者に提供しましょう。 ・手話通訳者から要請があった場合は、事前に打ち合わせをしたり、必要な準備物(水、椅子など)を用意しましょう。 ・手話通訳者が通訳しやすいように、また手話通訳者の健康を考えた必要条件を整備するように努めましょう。 20ページ Section3 聴覚障害者の受け入れ体制 管理者の近いところに  最初の職場配置  責任ある管理者の近くに配置 情報を的確にキャッチして対応  雇用に当たっては、責任ある管理者が近くにいるところに配置し、聴覚障害者、職場の責任者、周囲の同僚それぞれの感情的な反応や、一緒に働くことにどの程度慣れたかなど、多面的で詳しい情報を管理者へ集めることができるようにすることが望ましいでしょう。これにより、雇用に伴ういろいろな問題点を解決し、企業内の全員へフィードバックすることができ、聴覚障害者の雇用への理解が深まっていきます。  最初の配属先が責任ある管理者から遠いところにあると、職場で発生した種々の問題に関する情報が、正しく管理者に伝わりにくくなります。このことが、企業にとっては障害者雇用のノウハウを蓄積していくうえでの損失となる場合があります。  責任ある管理者の近いところに配属することで、はじめての雇用管理経験が第二、第三に配置された職場で生かされる可能性が大きくなります。 効果を上げる障害者職場定着推進チームの活用  このような職場配置が必ずしも取れない場合には、「障害者職場定着推進チーム」などの役割が重要になってきます。  障害者職場定着推進チームは、その事業所の代表者をはじめ、人事課長や障害者の配属職場の長などに、障害者職業生活相談員も加わり、組織的に職場適応に関する事項を協議し、改善していく役割を果たします。このチームが、情報の収集と活用に十分な役割と力を発揮することによって、責任ある管理者の近くに配置されるのと同じ効果を生むことが可能です。 障害者職業生活相談員  障害者を5人以上雇用する事業所においては、「障害者の雇用の促進等に関する法律」の規定に基づき、障害者の職業生活全般にわたる相談・指導を行う障害者職業生活相談員を選任することが義務づけられています。 〈チェック〉 障害者職場定着推進チームの活用事例 ・障害者職場定着推進チームとして、勤務時間に関して交通機関とのかね合いで支障がないか、無理がないかをアンケート調査し、時間を決めている。 ・作業内容が体力面において無理がないか、本人及び作業管理者に対してヒアリングを行い、常に注意して見ている。 ・仕事を十分に、かつ不満なく遂行できているか、注意して見ている。 ・同僚とのコミュニケーションが円滑であるか、休憩時間も含めて、観察やヒアリングを通して把握に努めている。 ・会社内での不平や不満がないかということについて情報を収集し、ある場合にはその都度、早期に解決できるように努めている。 ・健康状態や勤務意欲について、現場の責任者や職場のリーダーとともに把握に努めている。 ・家庭との連絡を密にするように努めている。 21ページ Section3 聴覚障害者の受け入れ体制 ともに働く立場を理解  配属時の配慮  配属時の指針を作り共通理解を促す  聴覚障害者と聴覚障害のない人が、ともに満足できる職場であるためには、聴覚障害者、その上司、ともに働く同僚が、それぞれの立場を理解することが大切です。  そのためには、具体的で詳細な「配属時の指針」を作ることが必要です。以下に一例を示しますので、参考にしてください。 〈チェック〉 配属時の指針 @本人の障害の程度を正しく把握する  障害の程度は1人ひとり異なります。何よりも大切なのはコミュニケーションです。まず、話すことから情報を得てください。確認のポイントは次のとおりです。 ・障害の程度・等級を確認してください(目安としてとらえます)。 ・どの程度、聞こえていますか?  〈例〉→1対1の会話は大丈夫ですか? →複数の会話は難しいですか? →左右の聞こえ方はどうですか? →電話は使えますか? →補聴器の活用はどうですか? ・聴力に変化はありませんか? (1年前と同じですか?) ・発声できますか? ・失聴年齢はいくつですか? ・口話、手話、筆談、コミュニケーションはどの方法がいいですか?  〈例〉→ゆっくり、はっきり口をあけて話したほうがいいですか? →複雑な話は筆談のほうがいいですか? →グループでの会話はどのような方法がいいですか? ・平衡感覚に影響はありませんか? A聴覚障害者の特徴を理解する ・体調、天気により「聞こえ」が変化することがあります。  〈例〉→疲労がたまってくると聞こえにくくなる →雨が降ると音が沈んで聞き取りにくくなる →台風のとき、気圧の変化で耳鳴りがする ・唇を読み取るためには、大変な集中力を必要とするので非常に神経が疲れます。 ・情報収集、応接、会議、対人関係などに苦手意識を持っている場合もあります。 B職場の規則、ルール、マナーを十分に説明する ・勤務時間、休憩・休暇の取り方 ・緊急の場合の連絡方法 ・ロッカーなどの利用法 ・各職場の特別なルールなどがあれば、忘れずに説明してください(湯沸かし当番など)。 ・非常時の避難連絡について説明し、一緒に場所を確認しておきましょう。 C会社における職場の役割や他部署との関係などについて十分に説明する  自分の働く職場が、会社の中でどのような役割を持ち、仕事の流れはどうなっているのか、その中で自分の仕事はどの部分であるか、周囲の人々の役割分担は何かなど細かく説明しましょう。 D聴覚障害者各人の特性、能力に配慮して、業務分担を検討する 22ページ Section3 聴覚障害者の受け入れ体制 職業人として伝えたい  職場のマナー  聴覚障害者の背景を理解し社内規則や職場のマナーを指導  聴覚障害者の中には、基本的な社会のルールを十分身につけていなかったり、相手の感情や気持ちをくみ取ることが不得手で、周囲から自己中心的と受け取られる言動を取る場合があります。  まずは、以下のような聴覚障害者の背景を理解することが必要です。 @聴覚障害のない人との対人関係や社会参加の経験が乏しい人もいる A「聞こえない」ことにより、「相手の言葉の微妙なニュアンスなどで、言葉に込められた意図を推し図る」「周囲から聞こえてくる会話などから、場の空気を読む」などが難しい B周囲から「わかったか」と念を押される機会が多く、完全には理解していないときでも「わかった」と答えてしまう場合もある  そのうえで、社内の規則に関することや職場のマナーとして身につけてほしい事柄について、しっかり伝えていくことが大事です。 基本的な社会のルールの例 ・挨拶は自分から行う(相手の顔を見て) ・始業時間ギリギリに出社するのではなく、始業時間から仕事を始められるような時間に出社する ・遅刻、欠勤の際は、始業時間の前に会社に連絡を入れる ・自分から進んで周囲に意思表示をする(わからないことや困ったことがあるとき、長時間席を離れるときなど) ・上司や部下、正社員とパート、嘱託職員など、組織上の関係や役割があることを理解する(場合によっては、自分より若い人や、後から入社した人に指示を受ける場合もあるなど)。そのうえで、自分や相手の立場をふまえた言動を取る ・仕事以外の役割分担(給湯や机を拭く当番など)があることを理解する 〈チェック〉 マナー指導のポイント ・「暗黙の了解で、そのうち察してくれるだろう」ではなく、本人にはっきりと伝える。 ・一方的にルールやマナーを伝えるだけではなく、その意味を確実に理解してもらうように説明する。 ・本人に直接関係することに限らず、職場の中の役割分担や指示命令の流れなど、職場全体のことをきちんと伝える。 ・聴覚障害者側の事情も十分に把握したうえで、ときには個別にルールを決める。例えば、  ※遅刻や欠勤の際の連絡について、携帯メールやFAX、家族による連絡など、生活環境や家庭環境を確認したうえでの指導が必要。  ※「ドアの開け閉めに大きな音を立てない」「廊下は静かに歩く」などのような音に対するエチケットは、きちんと知らせる。 23ページ Section3 聴覚障害者の受け入れ体制 理解度に合わせて  指導方法と職場教育訓練  初期教育訓練は聴覚障害のない社員と一緒に手話通訳や要約筆記を用いて  障害のあるなしに関わらず新入社員を指導・教育するときは、「本人に理解できるように教える」「本人の理解度に合わせて1歩ずつ進める」といったきめ細かい取り組みが基本ですが、障害者の場合は特にこの基本に留意することが大切です。  入社時の初期教育訓練の段階では、聴覚障害のない社員と一緒に行ったほうがよいようです。この段階では、仕事の具体的な内容よりは、職業人としての心構えや企業人として習得すべき必要な内容を一般的に教育することが多く、入社までの間に獲得してきた知識をもとにした理解が可能であるからです。  その場合、講義形式による教育が多いと思われますので、手話通訳や要約筆記などが必要です。  このような方法で聴覚障害者と聴覚障害のない社員が一緒に教育訓練を受けることは、聴覚障害のない社員にとっても聴覚障害者を理解するうえで効果があります。 作業教育や専門教育はマンツーマン方式が有効  一定期間の集団教育を行った後の具体的な作業教育や専門教育は、理解度や教育方法の違いから聴覚障害のない社員とは別に行ったほうが効果は高いようです。  教育方法は、実際の作業を通したマンツーマン方式による教育訓練(OJT)が有効です。その際には、手話や筆談による個別指導が有効であることから、必然的に聴覚障害のない社員とは別に行うことにもなります。障害者を各職場に配置し、その作業グループの指導者がマンツーマンで専門に指導します。  先輩社員がパートナーとなる「アドバイザー制度」や「チューター制度」を設けている企業もあります。この基本もマンツーマンです。その期間は、聴覚障害者の場合は1年以上のところが多いようです。自社にあった方式を工夫してみてください。  このように、1人ひとりに教えるのはマンツーマンが適していますが、会社全体で聴覚障害者の教育を推進するためには、多くの部署や「障害者職場定着推進チーム」などの組織的活動も必要になります。 聴覚障害のない社員に対しても聴覚障害や手話などについての教育が望まれる  入社時の教育訓練にあたっては、聴覚障害のない社員に対して聴覚障害者の特性の理解、聴覚障害者とのコミュニケーションの取り方などについての教育も重要です。  聴覚障害者についての理解が十分でないと、誤解が生じたり、人間関係がうまくいかないことにもつながりかねないため、聴覚障害のない社員に対し、十分な教育を行うことが望まれます。 〈チェック〉 教育訓練のポイント ・聴覚障害者の特性をよく理解し、相手の立場にたって、相手の理解力に合わせる。 ・なぜ、このことが必要かということを納得させる。 ・やさしいことから、順次難しいことに進む。 ・同時にたくさんのことを教えずに、1つのことを教える。 ・根気よく、何回も繰り返す。 ・図で示したり、VTRやスライドを使用する。 ・効果的な教え方 やってみせる → 一緒にやってみる → 1人でやらせる → 何回も繰り返す 24〜25ページ Section4 設備・環境の工夫 光や振動、情報機器などを活用  設備・環境の整え方 呼び出し灯、ホワイトボード、メールなど聴覚以外の感覚を活かした職場を目指す  聴覚のみに訴える方法を避け、視覚や、振動を感じる感覚を活用します。例えば、館内放送による連絡は、聴覚障害者に対しては通用しません。したがって、聴覚に訴えていた方法を他の感覚によるものに替えていかなければなりません。  始業・終業、休憩、警報を知らせる場合は、光(フラッシュライトなど)を利用した信号装置があります。この方法は、発信者から受信者への一方通行ですが、あらかじめその信号の意味を発信者と受信者が互いに理解しているので有効な手段です。これに類するものは、職場全体で、仕事上の各種機器などに応用がききます。  あらかじめ決められていない意味を持つさまざまな事柄を連絡し合う場合は、文字や絵、図に頼ることになります。連絡や会議などで使用する最も単純なものとしては、黒板やホワイトボードがあります。  自宅と会社など離れたところでの連絡には、FAXや電子メール、携帯メールなどが有効です。休暇届などの書式が決まっているものをFAXや電子メールでやり取りしている企業もあります。  機器の利用はそれぞれの障害の特性や、そのときの状況などによっても効果が異なります。個別の状況を確認し、必要に応じて利用を検討してください。 〈事例〉 聴覚障害者のための設備・環境整備の例 事例1 携帯用ホワイトボードの活用  当社の工場では当初、固定式のホワイトボードを設置して指導・指示を行いましたが、ボードの設置場所以外で説明できずに非効率的でした。そこで、小型のハンディボードを用意することで、どこでも指導・指示ができるようになりました。 (I社のヒアリングより) 事例2 外部とのやり取りは役割を分担して  当社の外部とのやり取りでは、音声電話は聴覚障害のない社員、FAXとメールは聴覚障害者が担当するように役割を分担しています。FAXなどには「私は聞こえませんので、FAXまたはメールでお願いします」というメッセージをつけた結果、相手もそれに応じて対応してくれるようになりました。 (W社のヒアリングより) 事例3 カーブミラーの設置  聴覚障害者の発案で、資材搬入などの通路の角2ヵ所にカーブミラーを設置しました。これにより出会い頭の事故が防げるようになりました。また、下肢に障害のある社員にも役立っています。 (R社のヒアリングより) 事例4 職務分析をもとに工場レイアウト  工場建設にあたり、詳細な職務分析と従業員配置計画を作成し、聴覚障害を持った従業員の仕事の流れに配慮した工場のレイアウトを作成しました。  設備・機器は、火災報知器(音と光)、生産機器異常表示器を設置することによって安全確保に努めています。生産工程に異常があった場合には、自動ストップなど必ずわかるシステムを取っています。 (A社のヒアリングより) * 職場において聴覚障害者に役立つ主な補助機器 呼び出し、緊急時の通報などのために 文字表示器 聴覚障害者は、放送による館内案内や災害時の連絡が聞き取れない場合があります。文字表示器は、電光LEDや液晶画面によって、定型文を流すことができます。また、パソコンで文章を登録したり、防災情報を取得できる機器もあります。 光・音・振動などによる屋内信号装置 聴覚障害者は、来客がドアをノックする音や音による合図(呼出)が聞こえない場合があります。これらの音を光(フラッシュライトや回転灯など)や振動に換えて知らせることが必要です。また、工場など騒音のあるところでは、聴覚障害のない人にも便利です。 筆談をスムーズにするために 簡易筆談機器 筆談でコミュニケーションを取る場合は、意外にメモ用紙、筆記具の用意が面倒です。磁気ボードを利用した簡易筆談機器は、何度も書いたり消したりできるので、常備しておくと便利でしょう。その他、携帯用ホワイトボードもよく使われています。 タイムキーパー、目覚ましのために 振動付腕時計 聴覚障害者は、始業・昼休み・終業などのチャイムや放送が聞こえず、まわりの人々の動きで感じ取る場合もあります。そんなときに役立つのが振動付腕時計で、時間になるとアラーム音の代わりに振動で知らせます。朝の目覚まし用として、より強力に振動する据え置きタイプや携行に便利な大きさのものもあります。 休憩時、昼休み時のリフレッシュのために 字幕・文字放送用デコーダー(地上アナログ放送のみ) 地上アナログ放送のテレビ電波による文字放送の受信は、デコーダー(受信機)を設置するか、内蔵テレビを使用することが必要です。これにより、ニュースや天気予報、字幕放送を聴覚障害者も見ることができます。ただし、デジタル放送が受信できるテレビについては、文字放送が標準機能となっているため、デコーダーは必要ありません。 通信の活用のために FAX(ファクシミリ) 聴覚障害者の一般的な通信法として広く普及しています。業務以外の休憩時においても、電話の使えない聴覚障害者のために、FAXが使えるよう配慮するととても喜ばれます。通話料の徴収については、受信は事務所のFAXを使い、送信は1回○○円と決めておく、コインFAXを設置するなどの方法があります。 携帯電話・PHS 携帯電話やPHSは、電波の届く範囲ならどこでもメールができ、またバイブレーター機能によって瞬時にやり取りができるため、緊急時など職場でもよく利用されています。営業などで頻繁に使用する場合は、業務用携帯電話を支給するのもよいでしょう。最近では「スマートフォン」や「携帯情報端末」など、コンピュータが内蔵されている機器もあり、便利です。また、テレビカメラ機能つきだと手話による会話が可能です。 電話・FAX着信確認器 聴覚障害者にとって電話やFAXの着信音は聞こえにくいものですが、ベル音を大きくして対応するとまわりに迷惑をかけることがあります。音の代わりに光(フラッシュライト)、振動で電話・FAXの着信を知らせます。回線をつなぐタイプや無線式のもの、電話器に内蔵されている場合もあります。 難聴者用電話機 普通の電話機は、多くの聴覚障害者には音量が不足気味ですが、難聴者用電話機は電話の音量を大幅に増幅します。一般の電話機の受話器に設置するだけの機器もあります。また、最近は音の振動を骨から伝える骨伝導の受話器(携帯電話もあります)や、電話の音声のみを明瞭に聞かせる補聴器対応電話機などがあります。 電子メール(Eメール) 職場ではパソコンによる電子メールを活用しているところが一般的になっています。聴覚障害者にとって電話に代わるコミュニケーション手段として、聴覚障害のない人とほぼ同様に使われています。 インスタントIPメッセンジャー(IM) パソコンのソフトで、リアルタイムのコミュニケーションができます。インターネットを経由するものや、社内LANを利用するものなどがあります。最近では音声通話やビデオチャットが可能なソフトもあります。 インターネット電話・ビデオチャット パソコン同士でウェブカメラを用いたビデオチャットは、映像を見ながら交信ができるため、手話による会話も可能です。 聴導犬 聴覚障害者に対して、ブザー音や対象者を呼ぶ声、また危険を知らせる音などを聞き分け、必要な情報の伝達や音源への誘導を行う犬のことです。「身体障害者補助犬法」の改正により、事業所での身体障害者補助犬の受け入れが義務づけられます(平成20年10月1日施行) 26〜27ページ 第2章 聴覚障害者の長期職場定着のために Section1 聴覚障害者の職場定着指導 障害を理解しきめ細かな配慮を  職場定着を図るために  各社の取り組みに見る長期職場定着のためのヒント  聴覚障害者を雇用している先進的な企業関係者の長い間の努力によって、雇用者数の増加や職場適応の実績が上がってきています。しかし、聴覚障害者が長期的に安心して勤め続けられる環境が整っているケースばかりではありません。「障害者職場定着推進チーム」や「障害者職業生活相談員」の活動を通して、いろいろな問題点の把握と解決をよりいっそう推し進めるためには、各社の雇用経験から得られた知識を参考に取り組んでいく必要があります。  聴覚障害者を雇用し、その定着を図ってきた企業からは、事業主の熱意や雇用上のさまざまな問題を解決するにあたってのきめ細かな配慮、障害者に対する理解の深まりなどが見受けられます。  ここでは、定着指導が成功した事例を4つ、うまくいかなかった事例を1つ紹介します。成功事例はもとより、失敗事例からも教えられることが多々あります。 〈事例〉 会社の障害者雇用理念と理解を深めるための継続的努力  当社の人事基本方針の1つに「イコール・オポチュニティー」があります。この方針をもとに、障害者にも積極的な雇用の機会を提供し、募集、採用、配置、昇進、給与、教育訓練、福利厚生など、すべての人事制度上で差別なく処遇しています。  障害者自身とその上司に対するアンケート調査結果によると、大半は「差別のない環境で働けて幸せです」といった好意的な回答でしたが、聴覚障害者の上司からは「意思伝達の困難さ」を訴える声や、聴覚障害者自身からは特に問題はないとしながらも「将来のキャリアに対する不安」もありました。  また、会社の基本方針である「イコール・オポチュニティー」に対しても、上司の対応によっては不信感が持たれていますので、方針の徹底と理解を深めるための継続的努力の必要性を感じています。 (I社のヒアリングより) *イコール・オポチュニティーの概念 ・機会均等  すべての社員は、人種、国籍、信条、性別、年齢、身体障害の有無にとらわれることなく、機会は均等に与えられる。 ・均等の推進  過去の経緯から、仕事に参画することが困難な人々に対し、同じ条件のもとに仕事に携われるように、必要に応じ援助を行う。 聴覚障害者の心の支え社内カウンセラー  当社では、聴覚障害者の雇用数が増えるに従い、孤立してストレスを抱えるなどして人間関係に悩む人が目立ってきました。心身症になったり、入社2年以内に退職する人も出始めました。そこで、社内カウンセラーの養成に着手。総務部の女性が勤務しながら会社の費用で産業カウンセラー養成講座を受講し、資格を取得しました。  筆記、手話、口話、ジェスチャーなどあらゆる手段を用いてのカウンセリングがスタートして以降、聴覚障害者のストレス発散、孤立感の除去、問題点整理の手助けなど、大きな効果が上がっています。聴覚障害者からは「話を聞いてもらうことで気持ちのモヤモヤがなくなり、ストレスが発散できた」など喜びの声が上がり、出勤率も目に見えて向上しました。  このカウンセリング体制を設けたことで、コミュニケーション不足で見えていなかった職場のギャップが明確になり、会社として取り組むべき課題もはっきりとらえられるようになりました。  くわえて、カウンセリングだけでは解決できない問題が生じた場合に備えて、外部の医療機関(心療内科、精神科など)との連携体制も取っています。 (S社のヒアリングより) 適性、不適性を見極めて適応職種を選定  「障害者は身体上の障害はあるが、職業に適性を欠くわけではない」という基本的な考え方に立ち、障害のない人にも仕事に対する適性、不適性があると同様に、障害者にもそれぞれ向き不向きの仕事があると考えています。そのうえで個々の能力と適性、障害状況を確認し、適応職種を選定しています。  聴覚障害者の職域も「営業・システムエンジニア系」「開発・エンジニア研究員系」「総務・業務係」「人事・管理・企画系」「技能系」と広くなっています。 (I社のヒアリングより) 採用前から働きやすい職場体制を整えて  以前は、仕事の能力が高い聴覚障害者であっても、情報不足による人間関係のもつれや疎外感といった心の葛藤により、短期で退社するケースが少なくありませんでした。  そこで、配属に関して、聴覚障害者の特性を知り、お互いに歩み寄る努力をすることにし、採用時は受け入れ準備として配属先のメンバーを中心に手話研修を行い、入社後はマンツーマンで指導することにしました。また、月に1回は聴覚障害者を講師とした手話サークルを開くなどして、他部署との交流を持ち、コミュニケーションを図りました。  設備などのハード面としては、ミラーやマイク、伝言ボード、パトライト、補聴器対応の電話拡張器などを導入しました。機器導入の効果は個人差もありますが、今後も聴覚障害者の社員と相談しつつ、よりよい環境作りを目指していきます。 (L社のヒアリングより) 退社を通して得た貴重な経験  A君は、B君とともに、ろう学校(聴覚特別支援学校)新卒で入社しました。B君は何事につけてもよくできるほうで、A君はB君のようにはいきませんでした。  入社して2年が経過したころ、A君がしばしば休むようになりました。上司が家庭との連絡を取り、訪問して本人と相談を重ねたところ、以下のことが判明しました。  A君はB君と一緒に自動車教習所に通っていましたが、B君が順調に免許を取得したのに、A君は何回も失敗していました。同僚の目が気になってストレスがたまり、家庭内暴力を振るうようにもなりました。また、免許取得に意識が集中し、仕事を休むようになってしまったとのことでした。  会社(人事・現場責任者)は、A君が免許取得のために休むことを認めることにしましたが、家族は会社に迷惑をかけること、本人が仕事に集中できないことから退社を申し出ました。その後3ヵ月間、会社は県障害者相談室、学校、聴覚障害者の先輩(従業員)、家族、本人との間で相談や指導をしましたが、退社することになりました。  A君は、退社2ヵ月後に免許を取得し、また他の会社に就職し、その旨を報告にきました。この一連の経過の中で、  ・会社が努力したこと  ・他の障害者が本人、会社に協力してくれたこと  ・A君および家族とも現在・将来について話し合う機会が持てたこと  ・特に障害者の場合、1つの壁にあたったとき、周囲の目を非常に気にすること  ・本人、会社ともに、貴重な経験を得たこと  など、得られたものも大きかったといえます。 (M社のヒアリングより) 28〜29ページ Section2 聴覚障害者と聴覚障害のない社員の関係向上のために 聴覚障害者は職場でのコミュニケーションに悩んでいます    まず、下のグラフをご覧ください。これは、聴覚障害者に対して職場生活への不満をたずねた、ある事業所のアンケート調査です。  仕事の不満が第1位ですが、2位から4位を広くとらえればコミュニケーションに関する不満・悩みといえます。合計して57.7%と半数以上を占め、コミュニケーションの壁は聴覚障害者の雇用にとって大きな問題であることがわかります。  また下の表は、厚生労働省が平成20年に行った民間企業における雇用の実態を調査したもので、聴覚障害者の退職理由の第2位に人間関係、すなわちコミュニケーションの悩みが挙げられています。  ちなみに、この調査で聴覚障害者に対し、「困ったときの相談相手」についてたずねたところ(複数回答、2つまで)、第1位は家族・親族で40.4%、以下、職場の同僚・友人39.8%、職場の上司や人事担当者32.1%、職場以外の友人・知り合い29.2%、特にいない12.2%などとなっています。                       コミュニケーションには、内容の伝達と関係の伝達という2つの側面があるといわれています。内容の伝達とは作業に関する指示、仕事上の留意点など、関係の伝達とは話し相手との人間関係を形成するという機能、職場においては昼休みや仕事の後などの関わりといえます。  この2つの側面が相まってこそ、充実したコミュニケーションが図られるといえます。 (グラフ、表、省略)  聴覚障害者の方々から、『障害者雇用マニュアル コミック版3 聴覚障害者と働く』を読んだ感想が数多く寄せられています。聴覚障害は、聴力損失から生じる情報量の不足だけでなく、自分の意思を相手にうまく伝えることができない障害でもあります。いただいた手紙には、職場でのコミュニケーションに悩んでいる聴覚障害者の気持ちが綴られています。ここに一部を抜粋してご紹介します。  僕は文章を書くのがすごく苦手です。ふだんは手話だけ使って話していますが、今年4月から入社して、会社の人達はあまり手話を知らなくて、筆談だけやってコミュニケーションをした。本当は言いたい事がたくさん持っているが、どうやって文章を書けばいいのかわからなくて、短い文ばかり書いても伝えない。やっぱり僕は文章が苦手で、あきらめないで勉強してみたいと思っていた。どうやって正しい文章書けばいいのかな。以前までは、学校の先生と母が直してくれたです。今は一人暮らししていますので、これからどうすればよいのか一番悩んでいます。 (19歳 男性 聴覚障害者)  私は、感音性難聴による障害を持っていますが、幼少に失聴したのではなく、成人してから次第に聴力を失いました。しかし現在では、およそ3級レベルになっているようで親しい人や家族との電話では、簡単なやりとりができる状態です。  10月より新しい職場に転職したのですが、面接時で私の発声がきれいなこと、多少電話(主に社内専用ですが)応対可能なこと、口話でゆっくり大きな声で話してもらえば会話ができることなどで、情報センターに配属されました。そこでは、大勢の社員が出入りし、郵便物や宅配、問い合わせ、依頼など、コミュニケーションが必要なところでした。難聴・中途失聴という障害がどんなものであるか、私なりに同僚や上司に説明するのですが、発音がきれいで話ができていると見られてしまって、どうも軽い障害と受け取られています。私自身、性格が消極的で、「だまっていれば事が済む。」と最初は考えていましたが、現実はそうもまいりません。そんな中どうしたら障害の壁を乗り越えられるだろうかと悩んでいます。 (25歳 女性 中途失聴者) 30〜31ページ Section2 聴覚障害者と聴覚障害のない社員の関係向上のために 職場に手話の輪を広げる  社内で手話を習得する方法  社内の聴覚障害者に教わる講習会、サークル活動  定期的または不定期的に手話講習会を開き、社内の聴覚障害者、手話のできる人から手話を教わる方法がよくとられています。また、昼休みや時間外などに自主的に集まって、サークル活動として手話を習得するところも増えています。  これらをきっかけに、聴覚障害者が職場適応への自信を持つとともに、いろいろな人との関わりが広がることにより、聴覚障害のない社員にとっても「聞こえないこと」「聞こえない人」に対する理解がよりいっそう深まることが期待されます。 〈事例〉 計画的な講習会が効果を生む  週1回、終業後2時間程度、外部から講師を呼んで手話講習会を行っています。期間は2〜3ヵ月で、内容は初心者コースは基礎学習中心、中級は聴覚障害者とのフリー・トーキングです。 〈効果〉 ・職場の人々が気軽に聴覚障害者に語りかけるようになりました。 ・聴覚障害者とのふれ合いの中から、お互いに一体感が深まりました。 ・手話講習会修了者のいる職場に配属された聴覚障害者が、手話がわずかでもできる人がいることに安心を覚え、職場への適応を早めました。 ・社内の雰囲気が明るくなりました。 〈講習会の育成〉  講習会の育成を図るため、次のような方法を取っています。 ・手話講習会のワッペンを作り、メンバーにつけさせ、参加意識を高めました。 ・手話講習会修了者を会社として表彰し、メンバーの意欲を高めました。 (T社のヒアリングより) 講師を社外へ依頼する場合  講師を社外の人に依頼する場合には、講習会の目的や条件に合った講師を派遣してもらえるよう、(財)全日本ろうあ連盟加盟団体などに相談するとよいでしょう。 障害者職場定着推進チームの活動の一環として講習会を開く  手話の習得活動を、「障害者職場定着推進チーム」の活動の1つとして位置づけることができます。「障害者職場定着推進チーム」は、事業主、人事担当および関連部課長、障害者職業生活相談員、作業現場指導員、障害者の代表などで構成し、組織的に障害者の職場適応に関する事項を協議、改善していくものです。  推進チームの活動は、定例打ち合わせ会議、個別相談、健康相談、意識調査、入社時の教育・訓練、父母会、誕生会、社内報の発行、職場懇談会、レクリエーションなど広範囲にわたっています。  会社主催または自主的な手話講習会の開催などは、推進チーム活動として最もふさわしいものでしょう。  推進チームの活動に関しては、高齢・障害者雇用支援機構等にお問い合わせください。また、必要によっては、公共職業安定所(ハローワーク)や障害者の職業能力評価などを専門的に行っている地域障害者職業センターからも助言、援助を受けることができます。 コミュニケーションの促進のために欠かせない会社の援助  聴覚障害者とのコミュニケーションのために会社が行う援助としては、 ・就業時間中、あるいは昼休み、時間外などに、従業員が手話を学習するのに必要な場所や物品を提供すること ・社内の手話サークルに講師派遣元を紹介したり、謝金などの援助をすること ・従業員が社外で手話を習得するための休暇や職務免除を認めたり、受講費の援助を行うこと  以上のように、状況に応じていろいろな方法があると思われますが、社内に手話の輪を広げるためには、日常的な「細かい配慮の積み重ね」が何より大事です。 *手話に早くなじむポイント  @簡単な手話から  手話を早く確実に身につけるためには、まず、仕事や日々の生活で使っている言葉の中から簡単な手話を選び、それを毎日使うことです。こうして1つひとつ、数を増やしていけば、コミュニケーションがスムーズになり、自然と手話による会話の技術もついてきます。 Aそれは何の形をしているか  手話は、ものの形や動きをジェスチャーのように表現するものが多くあります。手話の単語を覚えるときは、その手話の形がどんなことを模写してきたのかを考えながら行うと、早く楽しく覚えることができます。 B手話と同時に言葉も  手話で会話をするときは、手の動きと同時に身振りや表情をつけることが非常に大切です。また、伝える言葉をゆっくりと言いながら行うと、伝わりやすくなることがあります。 C大切なことは筆談と併用して  専門的な内容や複雑な内容、あるいは、もし間違って伝わると機械や製品を壊したり、ケガをする恐れがある場合などは、筆談やイラスト、図解も併用して伝えましょう。 D伝えた後は相手から確認を  以上のような方法で伝えた後は、内容が正確に伝わったかどうか、筆談で確かめたり、指示した作業をまずやって見せ、本人にやらせてみて確認を取ることも重要なポイントです。 32〜33ページ Section2 聴覚障害者と聴覚障害のない社員の関係向上のために 目的やレベルに合わせて選択できる  社外で手話を習得する方法 ボランティアから手話通訳まで 多種多様な選択肢  市区町村や都道府県などの自治体では、各種の手話講習会を行っています。小学校、中学校、高等学校、大学などでも自主的に手話クラブを作っているところもあります。  一般に、社外で手話を取得するには次のような方法があります。 ・NHK教育テレビ、手話に関する各種のビデオ・DVD・書籍、インターネット、通信講座、個人から教えてもらうなど独学で習得する ・手話講習会、手話サークル、カルチャー・スクールなどに参加して習得する ・市区町村の手話入門・基礎過程を受講する ・都道府県の手話通訳者養成講習会を受講する ・厚生労働省認定の手話通訳士試験を受けて手話通訳士となる  なお、手話サークルは、手話や聴覚障害者問題を多くの人々に広め、理解を得ることを主な目的とするボランティア活動です。  現在、手話のできる人は大まかに分けると次のような人たちがいます。 【手話奉仕員】 市町村及び都道府県で手話奉仕員養成講習会を修了し、手話サークルなどに入ってボランティア活動をしている人 【手話通訳者】 都道府県で手話通訳者養成講習会を修了し、手話通訳者全国統一試験※1または地域の試験に合格して登録通訳者となって手話通訳活動をしている人 【手話通訳士】 厚生労働省認定の手話通訳技能認定試験(手話通訳士試験)※2に合格して手話通訳士の資格を取得している人  ※1 社会福祉法人全国手話研修センターが実施している試験  ※2 社会福祉法人聴力障害者情報文化センターが実施している試験  社外での手話の学び方の詳細は、下記にお問い合わせください。 ・都道府県、政令指定都市、市区町村の障害福祉所管課 ・各都道府県の(財)全日本ろうあ連盟加盟団体 *手話奉仕員、手話通訳者になるためには  手話奉仕員、手話通訳者の養成は、厚生労働省で定められた「手話奉仕員及び手話通訳者養成カリキュラム」に沿って手話を学びます。 @手話奉仕員養成講習会の入門課程、基礎課程を継続して学ぶ A講習会終了後、手話奉仕員として活動する Bさらに、手話通訳養成講習会の基本課程、応用課程、実践課程を継続して学ぶ C講習会終了後、手話通訳者全国統一試験または地域の試験を受け、手話通訳者になる  といったコースが整備されています。  (図版、省略) 34〜35ページ Section3 聴覚障害者のスキルアップ・キャリアアップ 働く意欲を高める  スキルアップ・キャリアアップ  スキルアップ・キャリアアップは聴覚障害のない社員と同様に必要なもの  スキルアップ・キャリアアップを図るため、社員への研修を設ける場合には、聴覚障害者にも聴覚障害のない社員と同様の研修の機会を提供することが必要です。  また、機会はあっても、その研修に情報保障がされていなければ、聴覚障害者はその希望と能力にもかかわらず、研修内容を聴覚障害のない社員と同様に学ぶことができず、その結果、健聴社員に比べてスキルアップが難しくなってしまいます。  聴覚障害のない社員と同等の機会および情報量で研修を受けられることによってはじめて、社員がみな同じスタートラインに立てるといえます。 キャリアを活かし、モチベーションを維持・向上するための工夫  キャリアアップをして管理職になった場合、部下への指示や会議での交渉など、周囲とコミュニケーションを図る機会が多くなります。  コミュニケーション上の配慮を行うことによって、聴覚障害者も管理職の業務をこなすことは可能ですが、キャリアを活かし、かつモチベーションを維持・向上するために、本人と話し合いのうえ、以下のような工夫を行っている会社もあります。 @チームの中でリーダー的な役割を担ってもらう A専門技術を評価した形で、部下はおかないが管理職相当のポジションに登用をする B対外呼称上は管理職にする スキルアップ・キャリアアップのための研修方法 〈社内研修〉 ・同期や同年代の社員を集めた研修 ・聴覚障害者がいる支社や支店ごとの研修 ・週、あるいは月に数回の勉強会 ・OJTによる指導 ・聴覚障害者の先輩によるマンツーマン研修 ・論文の提出 ・通信教育を利用 ・社内の訓練機関を利用 ・自社で取り扱っている商品を製造している会社の製造工場の見学 〈社外研修・自主研修・自主学習〉 ・障害者の訓練機関へ派遣して研修を受けさせる ・民間・NPOなどの聴覚障害者向けの講習会などを受けさせる ・スキルアップに役立つ資料を会社で購入する ・通信講座を利用する 〈研修の際の情報保障〉 ・社外の手話通訳を研修につける ・手話通訳のできる社員を通訳としてつける ・要約筆記をつける ・聴覚障害者の社員による講習(聴覚障害者から聴覚障害者へ教えると飲み込みが早い) ・演習ではコミュニケーションボードなどを利用し、細かい情報を得られるように配慮する ・質問などについてはパソコン筆記をしてもらい、プロジェクターで画面に映し出すなど、参加者全員が共有できる方法を用意する 〈事例〉 積極的に技能検定へ挑戦  当社では、製品の品質力を高めるには、個人の「はんだづけ」技術のキャリアアップが不可欠です。そのため、技能検定への挑戦に力を入れ、年間を通して国家技能検定、親会社の技術技能競技会、障害者技能競技大会(アビリンピック)に参加しています。  また、はんだづけ行程におけるスキル表を活用し、個人の能力を把握して計画的な人材育成にも着手しており、加えてスキルアップした社員の昇給や、責任の重い職務にシフトさせるなどの取り組みも行っています。  本人の自己啓発による取り組みを奨励し、検定準備のための練習は休日を活用していますが、聴覚障害者への実技指導は、手話通訳を介して理解を高めるなどの配慮を行っています。  結果として、個々人のスキルが向上してきており、それに伴って生産性も向上しています。 (S社のヒアリングより) 年に3回の面談で目標を設定し、業務を評価  当社では、障害のあるなしに関わらず、社員に対して毎年、6月の年初面談、10月の中間点検、翌年2月の年度末面談という3回の面談によって、個人の目標設定や業務評価を行い、スキルアップ、キャリアアップを図っています。年初面談で本人の能力の現状や目標を確認し、中間点検で調整、年度末面談で最終確認を行って次年度につなげています。  面談ではシートを活用し、自己の能力開発状況を確認しています。シートには、基本的な基礎能力、職場のマナー・業務遂行力、委員会活動や業務改善提案、通信講座などの自己啓発についての自己評価を書き込んでもらい、それをもとに年初に目標を設定しています。シートは、聴覚障害者の場合、プロパー社員(障害のある社員)の主任が中心となって改訂したものを使用しています。  聴覚障害者が面接を受ける場合は、手話通訳者を同席させています。ただし、プライバシーに関わることから、手話通訳者以外の方法を現在検討中です。  人材育成としては、研修、OJT、自己啓発支援を3本柱として行っています。中堅研修には社外に手話通訳者を依頼し、当社独自の通訳表現が必要な場合は手話のできる社員が担当しています。  管理職の登用も一定の基準で公平に行い、その1つの条件として論文を書いてもらっています。  平成18年4月現在、聴覚障害者数36名のうち、主任が1名、副主任が4名となっています。 (N社のヒアリングより) (以下、第3章および資料編等は省略)