実践編 第2章 精神障害者の 新規雇入れ〜雇用継続 事例1 精神障害者を雇い入れ、 職場での受入れ体制を構築した事例 事例2 雇用して半年後、職場環境の変化による 不安や悩みによる離職への危機を、 支援機関との連携で乗り越えた事例 事例3 雇用して2 年後、さらなる雇用継続に 向けて、仕事に対するモチベーションの 維持に取り組んだ事例 事例4 職場におけるてんかん発作への対応と 未然防止に取り組んだ事例 ※第2章及び第3章の事例に登場する人物の疾患名は様々な設定 となっていますが、本コミック版マニュアルでは精神障害者へ の対応として共通項となりうる事項を紹介しています。  実際に雇用管理を行う上では、ここで紹介する共通項を踏まえ つつ、個人の状況を的確に把握し、それに応じた個別対応を図 ることが望まれます。 第2章 実践編 事例1 精神障害者を雇い入れ、 職場での受入れ体制を構築した事例 シーン1-1 採用までのプロセス 辻堂 明夫さん(32歳) 統合失調症 職場:株式会社磯山製作所 (従業員100人) 辻堂さんは高校在学時に 統合失調症を発症しました 卒業後数年間は 在宅療養しながら 時折アルバイトを 試みましたが 数日でやめてしまいました 主治医に相談して 就労移行支援事業所に通い 就労に必要な知識や体力を 身につけることを 提案され通所することに 決めました 通所から1年後 いよいよ就職を 目指すこととなり 求職活動や採用後の サポートを得るため 障害者就業・生活支援 センターに 登録しました どのような仕事に 就きたいですか ものをつくる 仕事がいいです 就職後の体調管理の ことも考えて主治医と 情報共有しながら サポートしたいのですが よろしいですか? そうしてもらえると 安心です ハローワーク 辻堂さんは ハローワークで 求職登録を 行いました その後 ハローワークから 製造関連の職種で求人が 出ているとの情報を受けて 申し込むことにしました 面接当日ー 本日は よろしく お願いします よろしく お願いします 当社は機械部品を 製造する会社で 社員は100名ほどです 辻堂さんは 精神障害者保健福祉手帳を お持ちですが どのような障害なのですか 統合失調症という 病気です 北澤人事部長 通院や服薬は していますか また 会社に配慮してもらいたい ことはありますか 4週間に一度の通院と 1日3回の服薬が あります 緊張しやすいので 職場に慣れるまでに 時間がかかります 仕事では何度も 質問してしまい ますが根気強く 教えていただき たいです なるほど わかりました 北澤人事部長は 相川支援員に 辻堂さんの職業上の 特性や配慮点について 確認します 症状は 安定していて こつこつまじめに 仕事をしてくれます 緊張しやすく なかなか自信が持てない タイプですので 気軽に声をかけたり できていることを言葉で 伝えてあげてください 辻堂さんが 採用された場合 私が辻堂さんの 支援を担当します 精神障害者の採用が 初めてでしたら 障害者トライアル雇用※1を 検討してはいかがですか ジョブコーチ支援※2も 活用できます ジョブコーチ 支援ですか 障害のある人が職場で 継続して働けるように ジョブコーチが 職場に直接出向いて 本人や職場の皆さんを 支援するものです なるほど そのような支援が あるのはありがたいですね それでは社内で検討して 後日結果をご連絡します よろしく お願いします 社長室 …というわけで 少し緊張しやすいようですが まじめそうでした 試行的に雇用しながら 支援機関のサポートも 受けられるようです そうか 精神障害者の雇用は 初めてだが 受け入れてみよう 数日後、北澤人事部長から辻堂さんに 障害者トライアル雇用とジョブコーチ支援を 活用して採用するとの連絡がありました ありがとうございます! 後日 相川支援員は ジョブコーチとして 磯山製作所を訪問し 受入れの支援を行う こととなりました ※1障害者トライアル雇用、※2ジョブコーチ支援については、P33 の解説ページをご参照ください シーン1-2 受入れに係る準備 打合せ当日ー 辻堂さんを 受け入れるに 当たって どのようなことが 必要でしょうか 辻堂さんの症状は 安定していますが 定期的な通院と 服薬をしていますし 本格的に就労するのは 今回が初めてです 慣れるまでに時間が かかることや、質問を 繰り返すことがあるので これらの状況を踏まえた 雇用管理が必要です なるほど、それでは 辻堂さんの職務内容は どのように設定 すべきでしょうか 職場を見学 させていただき 各職務で必要な スキルや要件を 教えてください 北澤人事部長は ジョブコーチの協力を得ながら 次のことに取り組みました 取組1 職務内容を 設定する 部品の穴あけや 研磨の加工作業で あればできると 思いますが 納期があるので 任せていいものか… 各種作業を 洗い出し 必要な要件を 整理してみました 資材の管理と 梱包材の組立・ 通い箱の磨き作業 から始めるのは いかがですか 製造工場での作業整理票 作業名 資材の発注 資材の管理 図面の作成・管理 製造ライン1 製造ライン2 検査作業 出荷作業1 出荷作業2 内容 業者との折衝、発注害の作成、 発注先への連絡 購入した資材を、資材庫と PCにより管理する 受注業者の依頼に応じた図面 や工程表の作成など NC旋盤等を利 用した加工 部品の穴あけや研磨加工 製品の検査 検査に合格した製品を梱包材 へ入れて出荷する 梱包材の組立または通い箱の 磨き作業 要件1 (身体負担) 不要 不要 不要 ややあり ややあり 不要 ややあり ややあり 要件2 (理解・判断) 必要 不要(一定の基準がわか れば) 必要 機械操作などの専門の知 識が必要 図面の理解と判断が必要 だが、部品ごとに実際の やり方を示せば不要 図面の理解と判断が必要 受注書との照合や出荷伝 票の作成に判断を要する 受注書との照合や出荷伝 票の作成に判断を要する 要件3 (対外的なコミュニケーション) 必要 不要 必要 不要 不要 不要 不要 不要 要件4 資格・スキル PC操作 PC操作 必要 必要 スピードを要する(部 品と納期による) ・最終確認のため責 任を伴う ・スピードを要する ・フォークリフトが 利用できればなお可 不要 時間・ 頻度 3〜4 時間/週 1時間 /1日 終日 終日 終日 終日 終日 梱包・出荷の 合間に実施 一人あたり 30分/1日 辻堂さんの 従事可能性 × ○ × × △ × × ○ 部品の穴あけや 研磨の加工作業は 職場に慣れてから 段階的に導入することが 望ましいと思います なるほど そうしましょう 取組2 指導担当者を 決める いろいろな人 からの指示が 出されて 混乱したり 誰に質問すればよいか迷わないように 現場で指導する人を決めて おくことが効果的です 指導は 現場リーダーが 担当します 相川さんは ジョブコーチとして ご支援ください 真島と申します わからないこと ばかりですので いろいろと 教えてください 現場リーダー真島 取組3 業務日報を 作成する 業務日報で 自分の作業状況や 体調を 振り返ることが できるように しましょう 現場リーダーが これを共有すれば その日の状態を 把握することが できます いいですね 取組み4 勤務時間を段階的に 延ばしていく 当初は勤務時間を 短時間から開始し 本人の体調などを 見て段階的に 延長したら どうでしょうか 1日5時間の 週4日勤務から 始めて 1か月ごとに時間を 延長するかどうか 検討しましょう 取組5 作業手順書と スケジュール表を 整備する 作業手順書や スケジュール表を 整備すれば 仕事の進め方で 迷うことが少なくなり 不安感を軽減できます わかりました 準備して おきます 現場で働く従業員の 理解を図ることも大事だと 考えているのですが どうしたら… そうですね 一度現場の 従業員の方向けに 学習会を開催しては いかがでしょうか 私もお手伝いします それはありがたい ぜひお願いします 取組6 現場でともに働く従業員を対象に 学習会を実施する 北澤人事部長とジョブコーチは 工場長、真島さんのほか 辻堂さんが配属されるラインの 従業員を集めて学習会を 開催しました ・精神障害とは… ・サポートの仕方… シーン1-3 作業指導と雇用管理 トライアル雇用初日 辻堂さんはセンター職員と 磯山製作所に出社しました とても緊張 しています ちゃんとできる でしょうか はじめは誰でも 緊張するものです 焦らずじっくり作業を 進めていけば 大丈夫ですよ 今日からよろしく お願いします こちらこそよろしく お願いします 早速作業を始めましょう 辻堂さんには、出荷する 際に必要な梱包材の組立 通い箱の磨き作業 資材の管理作業をやって もらいます 辻堂さんの一日のスケジュール 時間 作業内容 留意する点 始業● 8:50 から9:00 までの間でタイムカードを押す ●指導担当者から、本日の作業内容を確認する 9:00 ●梱包材組立または通い箱の磨き作業 その日の作業指示に従って作業を行うこと 11:00 ●資材の管理作業 12:00 昼食 13:00 ●梱包材組立または通い箱の磨き作業 その日の作業指示に従って作業を行うこと 14:00 終業● 13:50 以降になったら手元に残っている物を作業して後片付けを行い、タイムカードを押すこと 作業手順書を 準備しました 手順書を見ながら 覚えてください 作業手順書 〜資材の管理作業の手順書〜 注意事項 @ 指示された資材(資材名、整理番号)を、 PCで検索し、在庫数量をメモする A 資材庫に行き、指示された資材の在庫数を 確認し、在庫数をメモする 整理番号を照合し、間違いがないか確認すること B PCデータに在庫番号を入力、保存する C 在庫チェックが終わったら、担当者に 報告する   極端に少ない資材があった場合はそれに ついても報告する 「極端に少ない資材」は資材ごとに異なるため、指 示する段階で担当者から報告されるのでメモをして おくこと。 〜梱包材組立、通い箱磨き作業の手順書〜 ◆梱包材組立作業の手順 注意事項 @ 指示された梱包のサイズと数量を  メモする A 資材庫から作業場まで、指定の梱包材を  台車で持ってくる 機械や資材等をぶつけないように運んでくること B 梱包材を5つまとめて組み立てる C 梱包材の底をガムテープで貼り付ける ガムテープの張り方が歪みがないかチェックするこ と D 所定の場所に5段重ねでおいていく ◆通い箱の磨き作業 注意事項 @ 使用済みの通い箱を、仕切りと箱に  分解する A シール貼付痕やこびりついた油などは  溶剤をウエスに湿らせてこすり落とす ・仕切りと箱をそれぞれまとめて作業すると効率的 ・箱は内側の四隅まできれいにすること B ウエスで油などの汚れを拭き取る C エアーでほこりを除去しながら、最終的な 真島さんは手順書に沿って 辻堂さんに 作業を教えていきました @指示された梱包材の  サイズと数量をメモする A資材庫から  作業場まで  指定の梱包材を  台車で持ってくる B梱包材を  5つまとめて  組み立てる C梱包材の底を  ガムテープで  貼り付ける D所定の場所に  5段重ねで置いていく 最初は真島さんが 流れに沿ってやってみせると 辻堂さんも覚えやすいと思います その後辻堂さんにやってもらい 留意点を伝えると さらに効果的です 指示は具体的に 一度にたくさんの 内容を伝えすぎない ことがポイントです 資材管理のある場面ではー どうしましたか すみません 目的の資材が 見つかりません 大丈夫ですよ 資材の棚には 整理番号が 付いています 整理番号を よく見て 落ち着いて探せば 必ず見つかります 作業ぶりをこまめに 確認し、うまく作業が できない場合は どのように改善すれば よいのか 一緒に考えながら 進めると効果的です 順調に作業できている 場合でも きちんとできている ことを伝えること また、慣れるまでは とにかく焦らず 見守り、根気強く 教えていくことが ポイントです トライアル雇用開始から1週間後ー この1週間で 仕事には 慣れましたか なかなか慣れません リーダーの指導に きちんと応えられて いるのでしょうか いやいや 十分頑張っていますよ 1週間でこれだけ こなせれば 大したものです 本当ですか それなら 安心しました まだ始まったばかりです これからの1週間も 焦らず確実に作業を 進めましょう わからないことはすぐに 質問してください わかりました 定期的に作業の 振り返りを実施することで 作業の習熟度や 進捗状況を把握し 次の目標を明確にすることで 不安やプレッシャーを 軽減させることが有効です 雇用から数週間後ー 作業指導は 慣れてきたよう ですね まだまだだとは 思いますが 何とか辻堂さんのことが わかってきましたし このまま進めて いきたいと 思います 辻堂さんは作業のほかに 対人関係や職場の環境 自分の体調面にも不安や 緊張を感じやすいようです そうでしたね 具体的にどのような 対応を心がけたら よいでしょうか それでは 雇用管理の進め方 についてポイントを お伝えします 北澤人事部長と真島さんは、ジョブコーチの アドバイスのもと、以下の取組を始めました ポイント1 辻堂さんの 表情や作業の様子 業務日報から 体調面を確認 おはようございます! 体調は問題 なさそうだな ポイント2 定期的に 体調や仕事について 相談できる場を設定 不安なことは ないですか 大分慣れて きました ポイント3 休憩時間に、周囲の 従業員から気軽に 声かけをするなど 緊張の緩和を図る 辻堂さんの調子の 善し悪しや 不安がある場合の傾向が わかってきました その後、辻堂さんは 順調に作業を習得し 段階的に就業時間も 延長されて いきました 3か月後ー トライアル雇用期間終了に 向けた話し合いが 行われました これまで働いてきた 感想はいかがですか 緊張でミスをして 落ち込むこともありましたが 体調を崩さず 続けることができました リーダーから、焦らないで じっくり確実に作業を 進めればいいと 言われたことで とても安心できました 振り返りの 機会を設定して いただいたことで 目標が明確になり 仕事に前向きに 取り組むことが できたようです はじめは不安や 緊張がこちらにも 伝わってきましたが やがて笑顔が出るよう になり安心しました わからないことが あってもジョブ コーチがいてくれて とても助かりました 週30時間を 安定して働けるように なりましたし 正式採用したいと 思います ありがとうございます これからもよろしく お願いします 精神障害者の雇用は 受入れ時よりも 継続雇用の中でいろいろな 課題が出てきやすいと 言われています それらを未然に防ぐために 今後も辻堂さんが気軽に 相談できる体制を継続して いただきたいと思います もちろんです 辻堂さんを受け入れたことで 職場内のコミュニケーションが 増えたように思います 障害者が働きやすい 職場環境は 誰もが働きやすいもの なんですね 解 説 障害者トライアル雇用事業、 職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援 障害者トライアル雇用事業  障害者に関する知識や雇用経験がないことから、障害者雇用をためらっている事業所に、障害者を試行的に雇用してもらい、本格的な障害者雇用に取り組むきっかけづくりを進める事業です。  トライアル雇用の1週間の所定労働時間は20時間以上ですが、短時間トライアル雇用の場合には10時間以上20時間未満から開始し、トライアル雇用期間中に20時間以上に変更することを目指すこともできます。 ● 実施期間 トライアル雇用は原則3か月(精神障害者は原則6か月)、短時間トライアル雇用は3か月以上12か月以内で、ハローワークまたは民間の職業紹介事業者等の紹介により、有期雇用契約を締結します。 ● 申込手続き トライアル雇用に係る求人申込を管轄するハローワークまたは民間の職業紹介事業者等で行ってください。 ● 助成金の支給 トライアル雇用を実施した事業主に対して、トライアル雇用助成金が支給されます。原則として対象者1人当たり1か月最大40,000円(精神障害者を雇用する場合は最初3か月に限り1か月最大80,000円。短時間トライアル雇用では最大40,000円)です。 ● 対象となる事業主は、過去6か月の間に労働者の解雇を行っていないなど諸条件がありますので、利用に当たっては管轄のハローワークへ事前にご相談ください。 事業主の不安 ■ 障害に応じた職場の配慮事項が分からない ■ 障害者への接し方、雇用管理が分からない ■ 身体障害者は雇用しているが、精神障害者を雇うのは初めて ■ どのような仕事を担当させればよいか分からない 障害者の不安 ■ どのような仕事が適職か分からない ■ 就職は初めてなので、職場での仕事に耐えられるか不安 ■ 訓練を受けたことが実際に役立つか不安 トライアル雇用(短時間トライアル雇用)により、これらの不安が解消または軽減することが、常用雇用につながるきっかけになりうる。 職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援  障害者が職場に適応できるよう、ジョブコーチが職場に出向いて、障害者および事業主に対して支援や助言などを行います。 ● 支援の契機 雇用の前後を問わず、必要なタイミングで支援を行います。 (例:@不安の軽減や作業手順を覚えるために雇入れと同時に支援を開始。A配置転換や人事異動といった職場環境の変化により職場適応上の課題が生じたため雇用後の支援を開始。)。 ● 実施期間 個別に必要な期間を設定します (標準は2〜4か月)。職場適応 上の課題が改善され、職場の上司 や同僚が適切に関われるように なった段階で支援が終了となり ます。支援終了後は、必要に応 じてフォローアップを行います。 ジョブコーチ 事業主(管理監督者・人事担当者) ●障害特性に配慮した雇用管理に関する支援 ●配置、職務内容の設定に関する支援 障害者 ●職務の遂行に関する支援 ●職場内のコミュニケーションに関する支援 ●体調や生活リズムの管理に関する支援 上司・同僚 ●障害の理解に係る社内啓発 ●障害者との関わり方に関する助言 ●指導方法に関する助言 家族 ●安定した職業生活を送るための家族の関わり方に関する助言 集中支援 移行支援 フォローアップ 職場適応上の課題や事業所の環境整備等について集中的に改善を図る週3〜4日訪問 支援ノウハウの伝授やキーパーソンの育成により、支援の主体を徐々に職場に移行週1〜2日訪問 支援終了時の課題に応じ、数週間〜数か月に1度訪問 個別に必要な支援期間を設定