第2章 実践編事例3 雇用して2年後、さらなる雇用継続に向けて、 仕事に対するモチベーションの維持に取り組んだ事例 シーン3-1 モチベーションの 維持・向上に向けた取組 小越 賢也さん(38歳) 統合失調症 職場: 老人福祉施設 「千波苑」 (従業員200人) 高校卒業後就職しましたが 20代で発病して離職 その後は 短期アルバイトを続けていました 30代で福祉施設への通所を始め 就職への意欲が高まり求職活動を始めました 障害者求人で「千波苑」に応募 介護補助職として採用されました 老人福祉施設「千波苑」 職務内容は 食堂やトイレ 風呂場などの 共用部の清掃 段階的に利用者の 居室清掃へと職務の 幅を広げていきました 就業時間は 週20時間から始め 現在は週25時間で 働いています 千波苑では 清掃作業担当として 知的障害者を 10年前から雇用しており 当時活用した就労支援 センターの協力を得て 職場環境を整えたので スムーズに 職場定着できました 雇用から2年が経過── 小越さん 元気かしら… ご無沙汰 しています お待ちして いました どうぞこちらへ 就労支援センター 山路相談員 「千波苑」 総務担当者 植田主任 最近の小越さんの 様子はいかがですか? 休まず 出勤していますよ ただ、最近は仕事ぶりが 機械的というか 丁寧さに欠ける ところがあります そうですか… 直接小越さんに 仕事について 尋ねてみましょう 小越さん 最近、お仕事は どうですか? 不安や悩みはありません でも、自分の仕事が 皆さんの役に立っているのか わからないのです 私も介護職の方と 同じような 利用者の役に立つ 仕事をしてみたいです …このように 言っていました 当センターに来たときは 必ず仕事の話を していたのですが 最近は話題に 出さなかったので 気にはなって いたのです 小越さんは 人と触れあうことが 好きで 新しいことに 対しても 積極的な タイプです  人と触れ合いながら 仕事ができるとの思いで こちらに応募した経緯がありました 2年経過して、モチベーションの 低下があるのかもしれません 私たちにできることは 何かありますか? では 一緒に考えて いきましょう 植田主任は 就労支援センターの アドバイスにより 次の取組を 行いました 取組1 事業所の中での 役割の明確化 小越さんの仕事は 利用者の皆様が快適な 生活を送るために 不可欠なものです また、小越さんが清掃 作業を担当しているので 他の職員は介護業務に 集中できてとても助かって いますよ そうだったん ですね 担当業務が事業所の中で どのような役割を担っているのか 利用者に対してどのように 役に立っているのか知ることは 本人のモチベーションの 維持・向上につながります 取組2 業務の 振り返りと 目標の設定 月に1度 面接の機会を設け 目標達成状況を振り返る とともに次の目標を 立てることにしました 今月は予定どおりの作業が こなせましたね 食堂の床の汚れている箇所を 率先してきれいにしてくれ 職員からも感謝の 声がありました そうですか 自分のことを きちんと評価して くれているんだ 時々 居室の洗面台清掃を抜かしてしまう ことがありますので 抜けがないように 作業することを 来月の目標にしたら どうでしょう ハイ! 居室清掃は利用者の方に 迷惑にならないように 落ち着いてきれいに 作業することを心がけます 目標があると 先が見通せるから 安心できる 目標を立て 仕事ぶりについて振り返り よかった点をきちんと 評価して本人に伝えることで 安心して仕事に 取り組むことができます 取組3 他の職務を 担当させることを検討 小越さん! 以前山路相談員から 聞いたのですが 介護業務の手伝いを してみる気持ちは ありますか? はい やってみたいです それでは 清掃作業に 支障のない範囲で 介護職員の 補助業務をお願い しますね ありがとう ございます おやつの時間の 配膳と下膳を 職員と一緒に始めました 目を見て 渡しましょう 新たな職務を導入したり 様々な職務を行って もらうことで 本人の意欲の向上を図ったり 集中を持続することが できる場合があります 後日 その後 小越さんの様子は いかがですか? 以前よりも 積極的に 作業するように なりました 仕事への 責任感も出てきたように 思います 何がモチベーションの向上に つながるかは 一人ひとり異なります 本人の思いや、職務のスキル 障害の状況のほか、職場の 環境などを総合的に判断して 進めることが大切です 特に 職域の幅を広げるには 職場の人員体制や 周囲の理解も必要ですので 慎重に判断してください シーン3-2 周囲の従業員の理解 そう言えば ある職員から 先日こんな質問が ありました 小越さんは頑張って くれていますが 就業時間は 1日5時間ですし 時折休むことも ありますよね 今回 清掃作業に加えて 小越さんに 介護補助業務を 担当させたのは なぜですか 現場の職員にもいろいろな 思いがあると感じた一方で その時は どう答えたらいいのか わかりませんでした 御社の障害者雇用の 考え方や小越さんとともに 働く中で協力を お願いしたいことなどに ついて改めて説明する 機会を設定するのが いいかもしれませんね 植田主任と山路相談員は 現場の職員向けに 説明会を実施しました 当法人が 長年にわたり障害者を 雇用しているのは 皆さんのサポートが あったからこそです 〜小越さんの安定した雇用につなげるために〜 1障害者雇用の推進=当法人の理念 2障害の多様性 ● 障害種別 ● 性格 ● 職務のスキル 一人ひとり 異なる その人にとって働きやすい ● 職場環境 ● 労働条件 ● 職務内容 設定することが大事 3職員との温かい関わりの重要性 当法人の障害者雇用実績と 安定した職場定着 職員の適切な指導と関わり 小越さんはもともと人と関わる ことが好きで利用者の方に 接することができる今の仕事に やりがいを感じています 今後も小越さんと温かく接して いただくようお願いします なお、現場の従業員が負担感や 不公平感を持たないように… @人員配置に余裕を持たせ  精神障害のある  従業員が  休んでしまった  場合でも  周囲が負担に  ならない  ようにする A業務部門で作業を行う  場合でも所属は  総務部付にし  業務部門の人件費  などの負担を軽減する B給与に反映する人事評価は  障害の有無に関わらず  同じ査定で行うなど  人員体制や給与の  あり方に関する方針を  立てている このような 取組を行っている 事業所もあります あの後 以前質問が あった職員から… 配膳作業を一緒にするようになり 小越さんが生き生きと 仕事をしているのを見て 意欲をもって仕事をすることの 大切さがわかりました 私たちも障害のある 職員から得るものや 助けられることが あるのですね …と報告がありました それはよかったですね 私も今回ともに働く社員の 理解と配慮を 得ることの大切さを 改めて学ばせてもらいました 解 説 雇用管理に役立つツール@ 職場における 面談チェックリスト  精神障害者の雇用管理において は、精神障害のある従業員と定期 的または必要に応じて面談を行う ことで、職場で不安や心配事がな いか、体調を崩していないかなど の状態を把握することが重要とな ります。  面談を実施する際には、これら に加え、場合によってはプライ ベートに関する内容について確 認・把握しなければならない場面 が出てくるかもしれません。  以下の面談チェックリストは、 ある就労支援機関において、面談 の際に聞き取る内容をカテゴリー 別にまとめたものです。精神障害 のある従業員との面談の際に参考 にしてください。 表 カテゴリー ねらい 質問例 対応例 就業状況 通勤によるス トレス状況の 確認 通勤によって疲労や負担がある 場合もあるので確認するためで す。 ●通勤にはなれましたか ●疲れませんか 数ヶ月経っても無理があるよ うであれば、出社時間の調整、 シフトの変更も検討します。 モチベーショ ンを保つこと ができる業務 量と内容の把 握 業務量が多すぎる、難易度が高 いなども問題ですが、業務がな い、少なすぎるということもモ チベーションの低下を引き起こ しかねません。本人にとって適 正な仕事量、質が提供されてい るかをチェックしながら、本人 がどのように感じているかを確 認します。 ●仕事の内容はどうですか ●自分に合っていますか ●勤務時間はどうですか ●長すぎたり短すぎたりしませんか ●働き方に無理がありませんか ●大丈夫ですか ●配慮したほうがいいことはありますか  場合によっては業務換え、就 業時間変更なども検討します。 量や時間を増やす場合は、少 しずつ増やしていくことが必 要です。増やす前に主治医や 支援機関に相談をすることも 有効です。 変化への対応 状況の把握 人事異動、配置転換など変化に よってストレスを感じていない か、新しい環境に適応できてい るか確認するためです。 ●上司の異動や配置転換は大丈夫でしたか ●新しい環境はどうですか ●環境が変わったことで心配なことは ないですか  心配事があるときや、困った ときに相談できるキーパーソ ンの配置など話しやすい環境 づくりを検討します。問題が あれば現状を直属の上司など へも引き継いで周知しておき、 SOS を逃さないような体制づ くりをします。 職場の人間関 係の把握 職場のひとたちとうまくなじん でいるか聞きとりをします。業 務遂行上必要なチームワークが とれているかも確認します。 ●同僚との関係はどうですか ●話しやすい環境にありますか ●チームワークがとれていますか 職場のサポー ト体制の確認 困った時や職場のなかでの悩み 事を相談できているかを確認し ます。 ●会社の中で安心して相談できる人が いますか ● SOS を出せていますか 健康管理 体調変化の 把握 体調を崩し始めているときには、 睡眠に影響がでやすい傾向があ ります。適度な睡眠がとれてい るかを確認します。 ●よく眠れていますか ●ベストな睡眠時間は何時間ですか 今の睡眠時間は何時間ですか ●いつもより寝つきが悪い日がありませんか ●早く目が覚めてしまうことはありませんか ●次の日起きても疲れがとれていないとき がありますか ●最近疲れがたまっていると感じますか ●食欲はありますか   病状に課題があれば、一定期 間休養をとらせる・一時的に 就業日数時間の調整、服薬調 整等の対応が必要になります。 そのためには主治医に外来を お願いする必要があります。 不調時はなかなか自分の状態 や気持ちを主治医に伝えづら い場合もあるので、まず本人 の同意をもらい支援者に連絡、 相談につなげます。 メンタル状態 の確認 精神的に安定しているか、悩み 事を抱え込んでいないか確認す る必要があります。また意欲の 過剰な低下・高ぶりがないかを 確認します。 ●気分はどうですか ●今の病状はどうですか ●症状はありませんか ●つらいことはないですか 通院状況の 確認 病状を安定させていく上で定期 的な通院は不可欠です。主治医 に何でも相談できるなど、良好 な関係がとれているかも確認し ます。 ●決められた通院日に通院していますか ●主治医に相談できていますか 服薬状況の 確認 病状を安定させていく上で服薬 は不可欠です。処方どおり飲ん でいるかだけでなく、副作用が 出て仕事に影響が出ていないか など確認する必要があります。 ●処方どおりに飲んでいますか ●薬が変わったりしていませんか ●薬は今の自分に合っていますか ●薬の副作用などはないですか プライベート 生活上の悩み・ストレスケアの把握 プライベートの悩みが解消でき ず、仕事に持ち込んでいないか 確認する必要があります。 ●生活上の悩みはありませんか ●家ではゆっくり過ごせていますか ●休日は息抜きができていますか 支援者へ相談を促す。場合に よっては本人の同意をもらい 支援者に連絡をします。 支援環境 相談体制の確認 職場で相談しづらいことなどを 周囲に相談できているか。また 家族関係の悪化で体調を崩すと いうこともあります。家族との 関係や家庭が安心できる環境に あるか聞き取りをします。 ●支援者に相談できていますか ●アドバイスをもらえていますか ●家族と良好な関係ですか ●家族と話ができていますか 支援者へ相談を促す。場合に よっては本人の同意をもらい 支援者に連絡をします。