障害者雇用マニュアルコミック版 5 発達障害者と働く ―よく知ることから始まるともに働く環境づくり― 就労支援機関におけるサポート 作業遂行力の向上のために 職場でのコミュニケーション 感覚過敏への配慮 二次障害の防止 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 はじめに  本マニュアルは、発達障害者の雇用及び職場定着を推進することを目的として、発達障害者の雇用のノウハウをわかりやすいコミック版の形式で解説したものです。  発達障害については従来、制度の谷間におかれて、必要な支援が届きにくい状態となっていたことから、その定義を明らかにし、それぞれのライフステージにあった適切な支援を受けられる体制を整備するとともに、この障害が広く国民全体に理解されることを目指して、平成17年4月に「発達障害者支援法」が施行されました。  また、雇用の分野においても、発達障害者に対する支援が充実・強化されており、就職を目指す発達障害者も増加しています。  その一方で、企業においては発達障害者の雇用経験が少ないことから、障害特性が十分に理解されておらず、雇用が進まないといった状況も見られます。  しかしながら、発達障害者の中には、興味や関心のある特定の分野に集中を維持して取り組み、優れた成果をあげる人もありますし、独特な感覚から他の人にはない発想を生み出す人もあります。職場において、発達障害者の特性に応じた適切なサポートが行われることにより、一人ひとりがその能力を発揮することが可能です。  本マニュアルにおいては、求職活動から採用、職場定着にいたるまでを取り上げるとともに、実際の職場における作業面やコミュニケーション面などの課題を取り上げ、効果的なサポートのあり方について解説しています。  本マニュアルが、できるだけ多くの企業などで活用され、発達障害者の雇用促進、職場定着に役立つものとなれば幸いです。    令和元年8月    独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構    CONTENTS  発達障害者と働く  ―よく知ることから始まるともに働く環境づくり―    はじめに…1  目次…2  主な登場人物…4    基礎編  1 発達障害の特性…6  2 発達障害者の雇用に関するデータ…8    実務編  事例1  ■ 会社で優先順位をつけて仕事をすることが苦手で契約更新できず、就労支援機関におけるサポートにより、自己理解を進め、雇用につながった事例    シーン1 発達障害者支援センターの利用…10  解  説 発達障害者を支援する機関…14  シーン2 地域障害者職業センターの利用…16  シーン3 面接…20  シーン4 ジョブコーチ支援による受入れと会社の体制整備…22  解  説 職場での支援体制を構築する上でのポイント…26    事例2  ■ 抽象的な作業指示が理解できずマニュアル等の配慮で作業理解が進んだ事例  ■ 数字や文字が苦手で配置転換を行うことで、作業遂行力が向上した事例    シーン1 わかりやすい作業指示…30  解  説 わかりやすい作業指示とマニュアル作成…34  シーン2 数字や文字に対する苦手意識へのフォロー…36  シーン3 急な作業変更に対するフォロー…40  シーン4 安定した作業遂行について…44    事例3  ■ 質問や説明することが苦手なため、質問方法や時間を定め、報・連・相ができるようになった事例  ■ 職場でのマナーやコミュニケーション面の課題に対して、適切な行動を具体的に示すことで支援した事例    シーン1 言葉による指示の際の配慮…46  シーン2 質問や説明することに対するサポート…50  シーン3 職場でのマナーや適切な話し方について…54  解  説 コミュニケーション上の留意事項、職場のマナーの習得方法…58    事例4  ■ 聴覚の感覚過敏が原因で集中力の低下が見られたためノイズキャンセリングヘッドホンを活用した事例    シーン1 感覚過敏…60  解  説 感覚過敏に対する配慮…64    事例5  ■ 職場でミスを重ねてしまい、自信喪失により不適応を生じたため、ミスを減らす工夫と外部の相談機関を利用することにより、精神的な安定を図った事例    シーン1 仕事にミスが続き自信喪失…66  シーン2 相談機関の活用…68  解  説 体調管理への配慮、二次障害の防止、フラッシュバック…71    支援のポイント  事例を通じた支援のポイント…74    資 料  (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構  地域障害者職業センター・広域障害者職業センター一覧…76  都道府県支部 高齢・障害者業務課一覧…77  発達障害者支援センター一覧…78  引用・参考文献一覧、作成委員会委員名簿…80  障害者雇用に役立つ資料…81    主な登場人物  渡辺 賢治さん(22歳 アスペルガー症候群)  専門学校卒業後、契約社員として就職。契約更新してもらえず別の会社と契約するが同じようにうまくいかず、支援機関に相談に訪れる。職業準備支援を受け、大手電子メーカーに就職した。    阿部 郁子さん(18歳 アスペルガー症候群)  高校普通科を卒業してスーパーマーケット「スーパーIKEDA」に勤務。野菜・食料品売り場に配属された。入社してからまだ日が浅く、売り場主任の指導とマニュアルによって作業理解が進んだ。    野毛 陽一郎さん(22歳 アスペルガー症候群)  花山さんと同じ大学で、同時に応募、採用された。同じ総務部に配属され、データ入力業務と全国の支店に対する郵便物の発送業務を担当。マナーやコミュニケーション面の適切な行動を学ぶ。    花山 満佐美さん(22歳 ADHD)  大学のキャリアセンターをとおして生命保険会社「青空生命」に応募し、障害者雇用枠で採用された。総務部に配属され、名刺作成とデータ入力業務に従事。作業手順や確認方法の指導を受ける。    前田 雅子さん(19歳 学習障害)  高校卒業後、衣料品販売店で半年の勤務経験がある。スーパーマーケット「スーパーIKEDA」に転職して働き出した。レジとドライ商品の陳列を担当したがうまくいかず、配置転換をすることとなった。    田所 真さん(21歳 ADHD)  小出機械に入社後、伝達ミスが多く、自信喪失により不適応が生じる。職場の健康相談窓口と発達障害者支援センターを利用することにより、精神的な安定が図られた。    藤田 徹宏さん(24歳 アスペルガー症候群)  地域障害者職業センターのサポートを受けながらアパレルメーカー「アパレルABC」に就職して売上データの集計業務を担当する。電話のベルが苦手でノイズキャンセリングへッドホンを活用した。    ※ この作品は複数の雇用事例を基に構成したものです。登場する人物、企業等はすべて架空のもので実在するものではありません。  基 礎 編  1 発達障害の特性  2 発達障害者の雇用に関するデータ    1 発達障害の特性  発達障害者支援法において、発達障害は自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現する障害を有するものとされています。    1 自閉症、アスペルガー症候群  自閉症は、3つの特徴(社会性の障害、コミュニケーションの障害、こだわりが強く、興味や行動が極めて限られている障害)の組み合わせとして診断されます。    社会性の障害の例  ■ 人への反応や関心が乏しすぎたり、逆に、大きすぎたりして、対人関係がうまく結べないことがある。  ■ 指示されているルールは守れるが、職場の暗黙のルールに混乱する。  ■ 注意されると、相手が自分を敵視しているように感じてしまう。    コミュニケーションの障害の例  ■ 言葉や表情・ジェスチャーなどの手段をうまく使えないことがある。  ■ 他者にメッセージを伝え、あるいは他者からのメッセージを読みとることが苦手。 ■ 上司や同僚に対する接し方がうまくできない(誰にどう接して良いのかわからない)。 ■ 指示がわからないときに、タイミング良く質問することが苦手。  こだわりが強く、興味や行動が極めて限られている障害の例  ■ 活動や興味の範囲が著しく制限されていることがある。  ■ 立場を変えるとか、場を理解するなどがうまくできないことがある。  ■ 変化を怖れるということもある。  ■ 複数のことを担当すると、どれを優先するのか、わからなくなる。  ■ 時間や場所などの予定が変更になると不安になる。    この他にも、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の過敏・鈍麻や、不器用さなどがある場合もあります(64ページ 「感覚過敏に対する配慮」を参照)。  アスペルガー症候群は、言葉の発達の遅れがなく、知的発達の遅れがある人はほとんどいません。  なお、自閉症、高機能自閉症、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害の間に明確な線引きをすることは困難であり、むしろ知的障害を伴う自閉症から高機能自閉症、アスペルガー症候群まで全てがつながっているという考え方から、これらをまとめて「自閉症スペクトラム(連続体)」ともいいます。    2 学習障害(LD)  一般的には、全般的な知的発達の遅れがないにも関わらず、文字や文章を読むこと、書くこと、計算することなど特定の課題、あるいは双方に困難を示す場合をいいます。これらは、勉強不足からくるものではなく、視空間認知(物の見え方が違う)の障害からくるのではないかといわれています。    読み書きの障害の例  ■ 文字の区別ができない(とりわけ似ている文字)。  ■ 文字を音声に結びつけられない。  ■ うまく文字を書くことができない。  ■ 文字を書いても鏡文字になってしまう(「b」→「d」など)。  ■ 句読点が打てない、助詞のつけ方がわからない。    計算の障害の例  ■ 足し算をする際に繰り上がりがわからない。  ■ 数字や図形を正しく写せない。  ■ 買い物をしてもお釣りの計算ができない。    3 注意欠陥多動性障害(ADHD)  注意が散漫で気が散りやすい「不注意」や、じっとしていられないといった「多動」、何か思いつくとすぐさま行動してしまう「衝動性」などが特徴です。    不注意の例  ■ 注意・集中し続けることが難しく、ケアレスミスが多い。  ■ 忘れやすく、物をよく失くす。  ■ 整理整頓、課題を順序だてることが難しい。    多動の例  ■ 極度に活動的。  ■ じっとしていることが難しく、せわしない。  ■ 多弁。    衝動性の例  ■ 思ったことをすぐに発言し、失言しやすい。  ■ 要約して話をすることが難しい。  ■ 順番を待てない    それぞれの障害の特性をイメージ図に表すと左記のとおりです。    ただし、下記のような障害の特性は必ずしもマイナスの面を持つものばかりではありません。例えば、発達障害の特性の一つとしてあげられる「こだわりの強さ」については、興味や関心のある特定の分野には集中を維持して取り組み、高い成果をあげるという面もあります。また、いったんルールとして認識したものはきちんと守ろうとする姿勢が見られます。知覚や認知が独特であることも特性としてあげられますが、それが他の人にはない発想を生み出すこともあります。     言うまでもなく、障害特性は一人ひとり異なります。それぞれの特性を踏まえ、苦手なことへの負担を軽減するようなサポートの下、得意な分野の業務を担当することにより、発達障害のある人も職場で活躍しています。    それぞれの障害の特性    知的な遅れを伴うこともあります    自閉症  ● 言葉の発達の遅れ  ● コミュニケーションの障害  ● 対人関係・社会性の障害  ● パターン化した行動、こだわり    広汎性発達障害    アスペルガー症候群  ● 基本的に、言葉の発達の遅れはない  ● コミュニケーションの障害  ● 対人関係・社会性の障害  ● パターン化した行動、興味・関心のかたより  ● 不器用(言語発達に比べて)    注意欠陥多動性障害 ADHD  ●不注意(集中できない)  ●多動・多弁(じっとしていられない)  ●衝動的に行動する(考えるよりも先に動く)    学習障害 LD   ● 「読む」、「書く」、「計算する」等の能力が、全体的な知的発達に比べて極端に苦手    出典:「発達障害の理解のために」(厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部 作成)より抜粋    2 発達障害者の雇用に関するデータ  発達障害については、障害の把握が困難なことから、発達障害者に関する統計的なデータは多くありません。  よく取り上げられるデータとしては、文部科学省が行った「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の全国実態調査」(平成24年12月発表)にある「知的発達に遅れはないものの学習面又は行動面で著しい困難を示す児童生徒は、およそ6.5%の割合で通常の学級に在籍している」というものです。これは発達障害の専門家チームによる判断や、医師の診断によるものではないため、実際に発達障害のある児童生徒の割合を示すものではないことに注意する必要があります。とは言え、このデータは医師から障害の診断を受ける人のほか、障害の傾向のある人も含めると、発達障害のある人は社会の中に少なからずいることを示唆していると考えられます。  ここでは、サンプル的なデータも含め、雇用に関係するいくつかのデータをご紹介しますが、これからは発達障害者の数が極めて少ないことを示すものではありません。    1 ハローワークにおける発達障害者の職業紹介状況等  平成30年度のハローワークにおける職業紹介状況をみると、発達障害者(障害者手帳を所持しない)の新規求職申込件数は5,140人(前年度比12.3%増)、就職件数は、1,993件(前年度比8.4%増)であり、年々増加傾向にあります。  ただし、障害者手帳(身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳)の交付を受けている発達障害者については、他のカテゴリー(身体障害者、知的障害者、精神障害者)に分類されているため、この人数等には含まれておりません。   2 就業中の発達障害者の雇用状況  「発達障害者の職業生活への満足度と職場の実態に関する調査研究」(障害者職業総合センター、2015)における、地域障害者職業センター、発達障害者支援センター、日本発達障害者ネットワーク等を通じて就業中の発達障害者を対象に実施したアンケート調査の結果(回答者659名、平均年齢28.9歳)によると、雇用形態は、「パート・アルバイト・非常勤」42.3%、「嘱託社員・契約社員」25.1%、「正社員」23.9%などとなっています。  また、勤続期間は1年以上3年未満28.9%、1年未満28.7%、5年以上10年未満16.5%などとなっています。    【図1】雇用形態    正社員23.9%  嘱託社員・契約社員25.1%  パート・アルバイト非常勤42.3%  派遣社員1.0%  自営独立開業、会社経営0.3%  就労継続支援事業所A型6.7%  n=610    【図2】勤続期間  1年未満28.7%  1年以上3年未満28.9%  3年以上5年未満15.9%  5年以上10年未満16.5%  10年以上10.0%  n=599    実務編  事例1  ■ 会社で優先順位をつけて仕事をすることが苦手で契約更新できず、就労支援機関におけるサポートにより、自己理解を進め、雇用につながった事例    事例2  ■ 抽象的な作業指示が理解できずマニュアル等の配慮で作業理解が進んだ事例  ■ 数字や文字が苦手で配置転換を行うことで、作業遂行力が向上した事例    事例3  ■ 質問や説明することが苦手なため、質問方法や時間を定め、報・連・相ができるようになった事例  ■ 職場でのマナーやコミュニケーション面の課題に対して、適切な行動を具体的に示すことで支援した事例    事例4  ■ 聴覚の感覚過敏が原因で集中力の低下が見られたため、ノイズキャンセリングヘッドホンを活用した事例    事例5  ■ 職場でミスを重ねてしまい、自信喪失により不適応を生じたため、ミスを減らす工夫と外部の相談機関を利用することにより、精神的な安定を図った事例    支援のポイント  ■ 事例を通じた支援のポイント