実務編 事例3 ■質問や説明することが苦手なため、質問方法や時間を定め、報・連・相ができるようになった事例 ■職場でのマナーやコミュニケーション面の課題に対して、適切な行動を具体的に示すことで支援した事例 シーン1 言葉による指示の際の配慮 花山 満佐美さん (22歳) ADHD 大学のキャリアセンターをとおして障害者雇用枠で募集していた生命保険会社「青空生命」に応募し、採用される総務部に配属され名刺作成とデータ入力業務に従事 総務部総務課 朝礼を始めます 今日の作業の内容は今説明したとおりですでは、作業に取りかかってください はい 沼田課長 花山さん 今日の作業の内容わかりましたか? はい、はい西田さん いや違っていますよ花山さん今日作るのは昨日とは別の部署の社員の名刺です まず部と課の名前を変更しないと 今日の作業をもう一回言うのでメモをとってください POINT 職場でのコミュニケーション@ ●全体の場で説明を行ったあとで、個別に作業内容を再度確認する場を設ける。 ●やるべき作業についてわかったか否かで尋ねるのではなく、本人自身に実際に作業をしてもらうことで、理解度を確認する。 ●作業手順をメモし、視覚的に確認ができることで有効なこともある。 ●職場で質問や相談する窓口となる指導担当者(本人が話しやすい人)を決めて、指導担当者の近くに座席を配置し、本人自身が質問・相談しやすい環境にする。 では今日の花山さんの作業内容をはじめから説明してください まず最初に… 名刺のデータ入力 印刷して検品 総務課分の名刺はできましたか? ハイ はい間違いなくできていますね 大丈夫です では次の人の名刺を作ってください 今作っているのは企画課分ですね おや 電話番号が違いますよ 確認して修正してください 企画課分の名刺ができたら私に報告してください   POINT 職場でのコミュニケーションA ●できている時は評価し、できていない時は、本人ができることを具体的、積極的に伝え修正点を示す。 ●その都度終わりの報告ができるよう、作業をショートスパンで区切るようにする。   花山さん出来上がった名刺のうち この人のものはメールアドレスがありませんね えっ! 気づいていませんでした マニュアルで確認してみましょう   POINT 職場でのコミュニケーションB ●ミスが生じた場合には、マニュアルに沿って何が問題でどこがいけなかった等を具体的に指導担当者が直接伝えるとともに、改善策を伝える。 ●強い口調で注意をされると、自分自身(人格)が否定されたと感じてしまうため、感情的に言う、大きな声やきつい口調は避ける。 ●失敗したことを注意するのではなく、もっとこうしたら上手くいくのではないかという視点でアドバイスを行うようにする。 名刺作成マニュアル 情報の入力 1 所属している部課 2 役職 3 氏名 4 電話番号 5 ファックス番号 6 メールアドレス の順で一項目ずつ確認しながら入力する マニュアルの順番でいくと6番目のメールアドレスがもれていましたね よしこれでOKだ   シーン2 質問や説明することに対するサポート 野毛 陽一郎さん (22歳) アスペルガー症候群 花山さんと同時に大学のキャリアセンターをとおして障害者雇用枠で募集していた生命保険会社「青空生命」に応募し、採用される同じく総務部に配属されデータ入力業務と全国の支店に対する郵便物の発送業務を担当 青山生命 総務部総務課 野毛さん お願いした小田商事のデータが保存されていませんが あれ?野毛さん昨日一日小田商事の入力作業をしていましたよね… 昨日別のファイルに入力をしようとしたら誰かが作業中だったのでそのファイルでの作業ができなかったんですよそちらのファイルに入力してしまったんじゃないですか どれどれ カチカチ そうだこのファイルです あっ前のデータが消えて別のデータになっています どうして別のファイルに入力したのですか? 入力するファイルがわからなければどうして私や周りの誰かに聞かないんですか? みんな忙しそうにしていたから聞けなかった… 誰も気づいてくれなかったし… 野毛さんはわからないことがあっても質問しないで自分の判断でどんどん作業を進めて困っています 昨日のミスだって途中から作業が進められなくなるので自分でも間違ったとわかったはずです あっ 課長 野毛さんは自分の困っている状態を説明するのが苦手で だから人にものを聞くことも苦手なんだよね 野毛さんが質問できるような状況を考えてみないといけないね 地域障害者職業センターに相談してみようか   ジョブコーチの三田村です 質問や相談を促すにはいくつかの方法が考えられます   POINT 質問・相談を促すポイント ●何に困っているのか、誰に、どのように声かけをするか等、質問をするタイミングや具体的な行動について一緒に考えたり、実際にやってみる。 ●質問をすること自体が負担になっている場合は、定期報告の時間を設けたり、気づいたときに声をかけるようにする。 ●質問ができた場合にはその点を評価する。   ふむ なるほど 早速うちでも取り組んでみましょう すみません 作業が進められなくなりましたどうしたらいいんでしょうか? ああここから先は別のファイルに入力するデータですね このファイルにはここまでで結構です ここまでが入力できたら一度保存してください ここから先のデータはこのファイルに入力してください なるほど 大丈夫です 野毛さんがすぐに質問をしてくれたおかげで間違いなく作業が進んでいますよ こんなことでも質問していいんだなよかった ホッ 「なんでこんなことぐらいわからないんだ!自分で考えろ」と言われるのではないかと思って… 最近は野毛さんもそれほど質問が苦手じゃなくなっているみたいですね 地域障害者職業センターのジョブコーチも定期的に訪問してくれているが職場で話がしやすい雰囲気をつくることも大事なんだな 質問ができた体験やそのことをほめてもらって自信になっているみたいだ ありがとうございます   シーン3 職場でのマナーや適切な話し方について ミーティングルーム 野毛さんと一緒に仕事をしていると疲れるんです この前も並木さんが入力ミスをして 大きな声で並木さんここ間違っていましたよ 僕はマニュアルを見て確認しながら入力するので間違いません なんて空気読めないことを言ってしまうし… 以前も指導担当の西田さんの指示に対していろいろ文句をつけて従わず 机をたたいたり床をけったりしたことがあって あれはちょっとひどいなと思いました あのときは野毛さんが落ち着いてから別の部屋で話を聞いたんだが… 自分なりの作業の進め方があってそれを西田さんに理解してもらいたいということだったようだ それにしたって… 野毛さんは質問や相談が苦手だという一方で自分のことをわかってもらいたいという気持ちも強いようだ だから定期的に相談する時間を設けている 最近は自分が困っていることをずいぶんと口にできるようになって落ち着いてきたと思う あまり机をたたいたり床をけったりしなくなっただろう でも野毛さんが入力ミスをして西田さんに注意されたときには 過去のことは振り返らず前向きに仕事をしていきましょう なんて言うんですよ どうかと思います 書類の発送作業を行う時にホッチキスを借りてもお礼を言わないし 業務中も携帯電話を見ているし なんていうか職場のマナーができていないですよね どうやったら野毛さんに職場のマナーやルールをわかってもらえるだろうか 応接室 …というわけなんですが そうですね言葉遣いについては注意事項をまとめたミニノートをつくってみました 例えば「人のミスを見つけても自分が頼んだことではなかった場合は何も指摘しなくてよい」 ということも盛り込んでいます これを携帯してもらってはどうでしょうか POINT 職場のマナーの指導 ●適切な言葉遣いや言うべき場面等を具体的に示したミニノートを作成し、携帯してもらう。 ●自己のミスについては、上司や同僚と一緒に作業についての「振り返り」を行い、何が原因だったかの課題を明確化する。 ●職場の作業状況に応じた報告や相談の際、あわせて職場の慣習やルール(ものを借りた場合はお礼を言う、業務中は携帯電話を操作しない等)についても伝え、理解を促す。 ●ロールプレイによるトレーニング(※59ページを参照)を行い、職場での望ましい態度や行動について指導する。   なるほど それぞれの場面でどのように本人が認識しているのか知ることが大事なんだね その上でどういう行動が望ましいかを具体的に示していくということですね 総務部総務課 ホッチキスをお返ししますありがとうございました OK   コミュニケーション上の留意事項、職場のマナーの習得方法 1コミュニケーション上の留意事項 発達障害のある人とのコミュニケーションにおいては、 ●あいまいな言い方をしない ●抽象的な表現を避ける ●具体的な例示を含め、明確に指示を与える ●指示を理解しているか否かを確認する場合は、本人に指示の内容を説明してもらう ●時間や数字等のやりとりや複雑な指示については口頭だけでなくメモ等に残して伝える といった配慮が必要です。  また、注意されることに過敏に反応してパニックを起こしたり、ストレスがたまり、心理面で支障をきたしたりすることもあります。  指導や注意に当たっては、大声、罵声、頭ごなしや感情をあらわにした物言いは望ましくなく、落ち着いた態度で「○○は非常に良かった。また、今後は、××の部分をこうしたらもっと良くなる」といったように具体的な改善点を指摘することが重要です。   ○○は非常に良かった今度は××の部分をこうしたらもっと良くなる   2ロールプレイによる職場のマナーの習得  職場のマナーの習得のために、ロールプレイによるトレーニングを取り入れている職場もあります。  例えば、エレベーターの中で大声を出す、全てのフロアのボタンを押してしまう、周りに話しかけるといった「エレベーターの利用の仕方」に課題を抱えていた職場では、望ましいエレベーターの利用の仕方について事務所やエレベーターを活用し何度かロールプレイを行いました。具体的には、参加者一人ひとりが望ましいと考えるエレベーターの利用の仕方を実演し、それらを見た他の参加者が望ましい点をほめたり、さらにこうすれば良くなるという点を指摘しあう形で進められます。自分がほめられた点、他の参加者がほめられた点を認識する中で、どのような行動が適切かを習得します。ロールプレイ後、エレベーターを利用した際には、マナーを守って利用できるようになり、他の部署からクレームが寄せられることもなくなりました。  このようなロールプレイは、コミュニケーションの技法の習得に用いられることもあります。例えば、「相手に自分の意見を伝えるとき、どのように伝えるか?」といった場面を設定し、実演をする中で、発せられた言葉に対して相手がどのように受け止めるか、わかりやすい言葉で伝えるにはどうすればよいかといったことを理解していきます。  ロールプレイは通常はグループで行いますが、グループでの活動に抵抗のある社員については、指導者と社員が1対1で行うこともあります。  抽象的な指示や曖昧な表現が苦手な発達障害のある人にとっては、具体的な場面を設定して実演するロールプレイを取り入れることが効果的なことがあります。   エレベーターに乗ったら行き先階のボタンを押します