実務編 事例5 ■職場でミスを重ねてしまい、自信喪失により不適応を生じたため、ミスを減らす工夫と外部の相談機関を利用することにより、精神的な安定を図った事例 シーン1 仕事にミスが続き自信喪失 田所 真さん (21歳) ADHD 専門学校卒業後に入社した会社では頻繁にミスをすることを注意され居づらくなって退職その後、発達障害があることがわかり精神障害者保健福祉手帳を取得してハローワークの紹介により機械製造会社「小出機械」に入社し、営業管理部に所属 関根工業から納品された部品の数が足らないと連絡があったぞ 誰だ発注を受けたのは? 田所さんが対応したはずです 田所さんは前にも数量ミスがあったね 相手先の発注内容を正確に記録するよう言ったはずだが! ……… 15時からオオシマ加工の担当と打合せなんだけど第1会議室に誰もいないんだ あれ?先方の人数が増えて第3会議室に変更になったと田所さんには伝えたのですが 田所さんから聞きませんでしたか? 先方の都合で時間が変更になったことは聞いたが 田所さん場所も変更したことは伝えなかったんですね 前にも田所さんこんな連絡ミスがありましたよね ションボリ きちんと連絡してくれないと困るよ先方をお待たせしてしまったじゃないか! 田所さんはミスが多いよな でも田所さんって学校ではけっこう成績が良かったみたいですね 会社も採用のときはもっといろんな業務を担当させようと期待していたようだな トボトボ お疲れ様でした またミスをしてしまった… 前の会社もそうだった… 怒られてばかりだ… ミスをしないように気をつけないとまた会社を辞めなくてはならなくなる… 行ってきます ×××× シーン2 相談機関の活用 田所さん体調が悪そうだね 会社の健康相談窓口へ行ってみたら はい行ってみます 健康相談窓口 どうしましたか? 実はあまり眠れないんです 最近ミスして怒られてばかりいるので 「また明日も会社でミスをしたらどうしよう」「怒られると嫌だな」と思うと眠れなくなるんです そうですね どうしたらよいか一緒に考えてみましょう 田所さんの職場の人とも相談をしてみようと思いますが かまいませんか? はい 田所さんは失敗するのではないかという不安が強すぎてさらに失敗してしまうという悪循環に陥っているようです 正直私も田所さんにどのように対応してよいか悩んでいます 仕事の進め方について地域障害者職業センターに相談してみてはどうでしょうか 田所さんへの接し方についてアドバイスをもらえると思います わかりました連絡してみましょう 応接室 ミスを見逃せとは言いませんがきちんとできたことについては評価してはどうでしょうか 今、田所さんは自信を失っている状態ですから 例えば頼んだ部数どおりきちんとコピーができたとか期限までに資料が作成できたとか きちんとできた場合には評価していくことで田所さんの自信につながると思います 田所さんの場合言葉だけのやりとりでは内容を聞きもらす可能性があり連絡や発注ミスにつながる恐れがあります 連絡は定型的なフォームを作成しメールやFAXを使用して連絡する方法にすることでもれを減らすことができるかもしれません 連絡フォーム なるほど POINT ●「できていること、改善が必要なこと」について「振り返り」を行うこと。 ●問題を抱えていると体調不良になりやすいことから、体調の変化に気を配ること(睡眠や食事の状況について記録表を活用してチェックし、体調管理を行うなど)。 ●必要に応じて、本人の悩みを話す場として外部の相談機関(医療機関、障害者就業・生活支援センター、発達障害者支援センター等)を活用すること。 2週間後 営業管理部 最近の調子はどうだい? ミスも減ってきているようだね はい 紹介してもらった発達障害者支援センターに相談してみました 話を聞いてもらうと気持ちの整理ができました 自分にはできることとできないことがあってできることはしっかりとやっていこう できないことはどうやったらできるようになるかを考えていこうと思いました 体調もいいです それに連絡用のフォームのおかげで伝達も前よりはスムーズにできるようになりました まだまだミスがありますけど少しでも少なくしたいと思っています 解 説 体調管理への配慮、二次障害の防止、フラッシュバック 1体調管理への配慮  仕事の面だけでなく、生活面全般について本人が何らかの問題を抱えている場合、体調不良を生じやすくなります。  事例のように、仕事上の失敗を恐れるあまり不安から不眠を生じることもありますし、帰宅後、趣味に熱中しすぎて睡眠や食事が不規則になり、日中の勤務に影響を及ぼすこともあります。  そこで、特に自分の状態や気持ちを説明することが苦手な社員について、日々の体調の変化を把握することは、本人が抱えている問題に気づくきっかけとなり、職場への適応をサポートする上で有効です。  体調は、日々のミーティングなどで一人ひとりの様子から把握することもできますが、作業についての日誌をつけている場合は、これを活用することができます。  例えば、「前日の食事」の欄を設け、朝・昼・晩としっかりと食事を取っているかを把握します。また、「食欲」や「健康状態」の欄を設けて状態の良し悪しを把握したり、「就寝時間」と「起床時間」の欄を設けて睡眠がしっかりとれているかを把握したりします。「休憩」の欄を設け、定期的な休憩がとれたかを把握することにより、過度の集中による疲労を防止することもできます 日誌様式の例 平成  年  月  日 出勤 時  分 退勤 時  分 健康状態 前日の食事 朝・昼・晩 食欲 良い・普通・悪い 体の状態 良い・普通・悪い 前日の就寝時間 時  分 今日の起床時間 時  分 業務内容とスケジュール : 〜 : : 〜 : : 〜 : 休憩 : 〜 : : 〜 : : 〜 : 休憩 : 〜 : : 〜 : : 〜 : 業務のふりかえり コメント 解説  体調の変化は、必ずしも職場での問題が原因とは限りません。家族との関係や生活面での問題が体調に変化をもたらすこともあります。体調の変化を把握した場合は、本人に面談するほか、職場の同僚や家族、日頃利用している外部の支援機関があればそこからも情報収集を行ってその原因を探り、早目の対応を検討することが重要です。  原因が家族との関係や生活面の問題である場合は、外部の支援機関(発達障害者支援センター、本人が利用している医療機関、障害者就業、生活支援センター等)を活用することが有効ですが、そのためにも、外部の支援機関とは問題が発生したときだけではなく、日頃から情報を交換し、連携関係を構築することが大切です。  なお、障害のある社員が、長く職場に定着していくためには、職場以外にも相談できる支援機関を持つことが有効です。    朝 昼 晩 しっかり食事  強い口調や大きな声で注意することはさける   2二次障害の防止  発達障害のある人は、コミュニケーションに課題を抱えるため、指示の内容を理解できなかったり、わからないことを相談できないままに作業を進めたりして、結果として「ミス」をしてしまい、注意をされたり、場合によっては叱責されたりします。あるいは、場面に応じたコミュニケーションができないことから、「空気の読めない人」と思われ、周囲の人から浮いてしまうことがあります。  また、学習障害のある人は、読み、書き、計算、推論といった活動をうまく行うことができないことがあります。  このような失敗経験を積み重ねていくと、二次的な症状として、「どうせ何をやっても、自分は失敗してしまう」という思いが高まって意欲や気力が低下したり、あるいは「また失敗してしまうのではないか」という強い不安から情緒不安定になったりします。  このような心理の症状は、身体面にも影響を及ぼし、例えば、食欲がなくなったり、きちんと睡眠がとれなくなったりし、そのような状態が長く続けば、うつ状態になることもあります。  逆に、度重なる失敗を周囲の人や社会のせいにして批判的、攻撃的になり、反社会的な行動をとるようになることもあります。  このような二次的な障害を防止するため、職場においてもミスが生じたときの対応が重要になります。  ミスが生じて注意する場合には、まず、できている点、うまくやろうと努力した点を評価した上で、できなかった点、改善が必要な点について振り返り、どうすればうまくできるか具体的にアドバイスを行います。  このとき、自分自身を否定されたと感じないよう、強い口調や大きな声で注意することはさけることが適当です。   3フラッシュバック  フラッシュバックとは、過去に体験したことの記憶とともに、そのときと同じ感情が鮮明によみがえってしまうことを言います。この場合、よみがえる感情が「楽しかった」、「嬉しかった」といったプラスのものであれば問題はありませんが、「悲しかった」、「腹が立った」、「苦しかった」といったマイナスのものである場合は、不安や恐怖が高まることとなり、場合によってはパニックに陥ることもあります。  例えば、自分はミスをしていないのに、職場で他の人がミスをして激しく叱責されている様子を見ることにより、以前、自分がミスをして叱られたときの記憶がよみがえり、そのとき感じた嫌な感情を現在のことのように感じてしまうといったケースがこれにあたります。  パニックに陥った場合は、その混乱状態から抜け出すことができる環境をつくることが重要です。例えば、落ち着いて一人になれる空間へ移動する、深呼吸をする、お茶や冷水を飲む、洗面所で顔を洗うといったことで落着きをとり戻すことができます。