----------------------------------------------------------------------------. 実 践 編 ---------------------------------------------------------------------------- 事 例1  リハビリ出勤により職場復帰を果たした事例 事 例2  ジョブコーチ支援を活用して倉庫内作業で就職した事例 事 例3  失語症と右半身まひの障害がありながら、職種転換を図って職場復帰した事例 事 例4  障害の認識やコミュニケーション面に課題があったが、周囲の関わり方により改善された事例 事 例5  身体障害者として就職したがうまく仕事ができず、 後に高次脳機能障害があると判明し、支援機関のサポートを受けながら課題が改善された事例 ---------------------------------------------------------------------------- 事 例1 リハビリ出勤により職場復帰を果たした事例 ---------------------------------------------------------------------------- 小谷 真一さん(42歳) 疾患名: 脳血管障害(主な障害は記憶障害、注意障害) 精神障害者保健福祉手帳3級 株式会社大林商事(社員数800人)の経理部で、経理全般の業務の調整役を担っていた。 発症後はリハビリ、職業訓練に取り組み、リハビリ出勤を経て職場復帰することとなった。 シーン1 - 1 職業訓練の実施 小谷さんは半年前 脳血管障害により 犬の散歩中に空き地で倒れました 大丈夫ですか?きこえますか? 緊急搬送された病院で手術を受け1か月入院し、 その後回復期リハビリテーション病院に転院し 3か月間入院しました その後は外来に通院しながら 新たにリハビリ訓練を受けてきました 外来通院したある日 小谷さんは妻とともに ソーシャルワーカーのところへ相談に行きました 実は仕事のことで相談に来ました 倒れて以降 しばらく会社の担当者と 話をしていません… 小谷さんは大林商事に勤めていらっしゃいますね 職場復帰について そろそろ考えていきたいということでしょうか はい 私は職場復帰できるのでしょうか 私から先生や作業療法士に確認してみますが 小谷さんからも先生に 直接相談してみてはいかがでしょう ソーシャルワーカー 南野相談員 職場復帰に向けてはまず 会社の方と相談する機会を持って 小谷さんの現状を説明したり 会社の意向を確認することから 始めることになります 小谷さんは主治医と相談し 今後の方向性を話し合いました その上で まずは会社と打合せを行うことにしました その後小谷さんと会社との打合せの機会がもたれました 小谷さん夫妻に、 医療機関からソーシャルワーカーと作業療法士が同行しました 小谷さんの状況ですが 高次脳機能障害により記憶障害として 新たな物事を覚えにくくなっていることと 注意障害として作業ミスを生じやすくなっていることがあります すると、先日セミナーで習いましたが、 メモリーノートを使うのが良いのでしょうか 大林商事人事担当 清河課長 そのとおりです メモリーノートを使用しながら仕事を進めること 作業をマニュアル化することが望まれます わかりました ところで、小谷さんには以前管理職の補佐役として 経理全般などを担当してもらっていたのですが…… 管理職の補佐役となると、 臨機応変に判断を下し、 部下に指示をすることが求められますよね 残念ですが 発症前の職務での職場復帰は難しいと思いますしかし スケジュールが固定され、 定型的な業務であれば十分作業が可能です そうですか リハビリテーションの進み具合はどうですか? 順調です 今後は職場復帰に向けて職場適応力を高めるために 職業訓練を受講されることが良いと思います 高山作業療法士 なるほど 小谷さんはどうですか? はい 受講してみたいです それから 訓練機関の協力を得ながら 職務内容の検討をされてみてはいかがでしょうか このほか、小谷さんが職場復帰をする部署の社員向けに 高次脳機能障害に関する学習会を行うことをお勧めします わかりました 小谷さんもがんばっているようですし、 当社としても小谷さんの職場復帰に向けて 検討を進めていきたいと思います こうして小谷さんは 障害者職業能力開発校で 6か月の訓練を受講することとなりました 小谷です よろしくお願いします 訓練指導員の中島です 中島訓練指導員はさまざまな 作業課題や講習などを通じて、 小谷さんの障害状況の把握と 職場における対応方法を検討しました 物品請求書の作成作業 作業指示書にある「D型リングファイル」ですが、 この物品の品番にミスはないですか? あっ 「O型リングファイル」の品番を 転記してしまいました 商品名や品番が似ていたり 隣り合っているものとまちがわないように カタログに定規を当てながら 作業するといいですよ 今、見ている所 これだと正確にできそうです パソコンでの顧客データ修正作業 ほぼミスなく作業できていますね ただ、まれに確認もれによる 未修正箇所があるようです あともうちょっとなんですけどね 確認もれを防ぐために 顧客データの右側に 確認し終えたらチェックを入れてみるのはどうでしょう さっそくやってみます このほか、職場復帰に向けた 生活リズムの確立や体力面などの 健康維持管理の向上社会適応面 (職場でのコミュニケーションや接遇など)の向上を目指しました 訓練を実施して1か月が経ちましたがいかがですか まだまだミスはありますが、 訓練の積み重ねと 中島さんから教わった工夫で ミスが少なくなってきました よくがんばっていますね そろそろ訓練状況の報告を兼ねて 小谷さんの会社と打合せをしたいと思います 職場復帰に向けて 職務内容など詳細を詰めていきましょう はい よろしくお願いします シーン1 - 2 職場復帰に向けた事業所の取組 数日後 大林商事でーー これまでの訓練を通じて把握した 小谷さんの作業状況についてですが… 数値などのデータチェック作業は おおむね正確です また、物品請求書作成の様子から、 データ入力のような作業は条件次第で 十分にできると思います ただ、一度覚えた作業を 翌日には一部やり方を 忘れてしまうことがありました また、作業で追加の確認が生じた場合 そちらに注意が向きづらいこともわかってきました 職務内容ですが 数字や文言のチェックと 修正ができますので 例えばPCによる入力作業や 定型的な文章入力などが よいのではないでしょうか あるいは イレギュラーなことがなく 順々に作業を行うものなども 望ましいです 複数の作業を同時進行でしてもらうのは むずかしいでしょうか そうですね まずは作業手順などが 定型的なものをやってもらっては いかがでしょうか 私も その方がありがたいです わかりました 具体的な作業の中身を考えてみます お願いします 今後の訓練カリキュラムでも 小谷さんの職場復帰後の職務内容に合わせた 作業課題を取り入れたいと思います それはありがたいです このほかに、ご検討いただきたいことがあります 御社にリハビリ出勤※注1 の制度はありますか ※注1:リハビリ出勤についてはP33の解説ページを参照ください はい 主にメンタル面で不調となって休職した社員が リハビリ出勤制度を活用して復職しています リハビリ出勤は小谷さんにとっても 体を仕事のリズムに慣らしていくこと そして職場の状況を確認しながら 復帰の準備を行うことができるという点で 効果があると思います ぜひ検討してください なるほど いい考えですね 社内で検討します ほかにも協力できることがあれば お手伝いさせていただきます ありがとうございます 今日お聞きしたことを参考に、 職務や配属先などの検討に取りかかりたいと思います よろしくお願いします この後 大林商事は訓練機関と協力しながら 小谷さんの職場復帰に向けた対応を 進めることとなりました 大林商事の取組 取組1 訓練機関と相談を重ねながら 小谷さんの能力に適した職務内容を洗い出していきました 職務内容の検討 設定した職務:いずれも定型的な作業として @ アンケートデータなどのデータ入力 A 社内文書の作成 B 経理関係の数値チェック これならできそうだな 取組2 設定した職務内容を踏まえた結果、 小谷さんは総務部の配属となりました 配属部署の決定 よろしく頼みますね はい こちらこそ よろしくお願いします パチ パチ パチ 取組3 高次脳機能障害の特性と小谷さんに対する 配慮事項に関する社内学習会を ソーシャルワーカーと訓練機関が 共同で開催しました 社内学習会の開催 本人がこまめにメモをとることで 一度で理解しにくい指示や 抜けがちな部分などを 補うことができます。 取組4 人事担当の清河課長と総務課長を中心に、 雇用管理体制を整えました 雇用管理体制の整備 リハビリ出勤時間は当面 14時までとして 段階的に延ばしていきましょう 相談窓口は清河課長に 打合せで決定した方針 @ 指示系統の一本化: 指示は課長からだが、作業の詳細な指導は係長からアドバイスを受ける A フィードバックの実施: 定期的な職務のフィードバックと、職場で問題が生じたときの相談体制を整えておく B 就業時間等の設定: 体力を考慮して復帰後一定期間は時間を短縮、こまめな休息を入れ、残業の設定はしない 会社での受入れ体制が整い 1か月のリハビリ出勤が始まりました いよいよリハビリ出勤が始まりますね 焦らずゆっくり慣れていきましょう そうですね 焦らずやっていきます 小谷さんがリハビリ出勤で行う作業は これまで訓練で取り組んできたものです 小谷さんへの指示や作業中のアドバイスは 私が行います それでは小谷さん 始めましょう はい こうして作業が開始されました はじめは緊張しあせり気味だった小谷さんでしたが 徐々に慣れていきました 小谷さん がんばっているね ありがとうございます 最初の一週間ほどは 中島訓練指導員が作業を見守りましたが いないときには総務課長が様子を見ました 人事担当の清河課長も状況の確認に努めました 職業訓練及び リハビリ出勤の終盤 再度話し合いの場が持たれました リハビリ出勤は順調でしたね 産業医は小谷さんの職場復帰を可能と判断しました これでいよいよ 来月から職場復帰です おめでとうございます ありがとうございます これからも焦らず確実に 仕事をこなしていきたいと思います 小谷さんが順調に職場復帰できたのは 清河課長はじめ会社の皆さんの取組のおかげです いやいや、小谷さんのがんばりと 中島さんや病院スタッフの方々の 協力のおかげですよ 今回わかったことは 小谷さんのがんばりに加えて 受け入れるわれわれが障害を理解し、 きちんと体制を整えておくことが大事だということですね ---------------------------------------------------------------------------- 解説 職場復帰までの流れとポイント ---------------------------------------------------------------------------- @ 長期的な視点での対応  疾病や事故等により高次脳機能障害となることは、生活に大きな制限や困難をもたらし、精神的にも大きなダメージとなるため、本人が障害を受け止めるには時間がかかります。企業としては、これらのことを理解し、今後の支援の見通しなどを示すことが望まれます。  職場復帰の際には、配置転換やそれに伴う職務の習得、職場内の支援体制の構築など、長期的な視野で対応することが必要になります。産業医や主治医と相談したり、リハビリテーション施設や就労支援機関等からの情報収集やアドバイスを受けることなどにより職場復帰に向けたプロセスを確認することが大切です。 A リハビリ出勤(試し出勤)  リハビリ出勤とは、正式に職場復帰する前に、試験的に職場などに一定期間継続して出勤することを言います。  心の健康問題により休職した社員の職場復帰への取組としてよく耳にしますが、高次脳機能障害のある方が「休職」から「職場復帰」へ移行する際にも、体を慣らし、生活のリズムを整え、働く感覚を取り戻すことなどを目的とした有効な取組となります。  なお、リハビリ出勤制度の導入に当たっては、実施している時の処遇や災害が発生した場合の対応、人事労務管理上の位置づけ等についてあらかじめ労使間で十分に検討し、ルールを定めておくことが望まれます。 B 本人、主治医や本人の通う病院のスタッフ、本人の利用する支援機関等との相談  必要な治療やリハビリテーションにより自立の見通しがたってきたら、職場復帰への準備をはじめます。  職場復帰の際には、配置転換等の検討が必要な場合があるので、本人の希望を確認した上で、職種や配属先についての打合せをします。その際、障害を踏まえた対応可能な職務内容、指示の仕方やマニュアルの必要性など職務を遂行する上での配慮事項を確認します。  このほか、職場でのコミュニケーション上の留意事項や就業時間・休憩時間などの職場環境面においてどのようなサポートが必要となるのかについても検討、調整を行います。  必要に応じて、ジョブコーチ支援などの制度の活用について検討することも考えられます。  本人が就労支援機関等を利用している場合は、当該機関の担当者からアドバイスを得ることが大切です。さらに、職場において医療的な面での配慮が必要な場合もあるため、本人の主治医や本人が通っている病院のスタッフなどから情報を収集することも有効です。 C 社内の理解促進への取組  第1章でも触れましたが、高次脳機能障害は見た目では「見えにくい、わかりにくい障害」ですので、職場復帰が決まったら、企業として、配属先の上司や同僚等に対して障害の特性と対応方法などについて十分な説明を行うことが望まれます。必要に応じて、社内研修の場を活用し、講師は地域障害者職業センター等の支援機関に依頼することも効果的です。  高次脳機能障害のある方への一般的な配慮事項を知ってもらうことも大切ですが、障害の状況は一人ひとり違いますので、本人や家族、支援機関の担当者とよく話し合って、どのようなサポートがあると良いのかを職場で共有するようにしてください。ただし、誰にどの程度情報提供するのかについては、本人の意思を確認し、了解を得た上で対応することが必要です。 <一般的な職場復帰の流れ図> 治 療 リハビリテーション (医学的リハ、社会リハ、職業リハ) 職場復帰の調整 (リハビリ出勤) 職場復帰 復帰後のフォロー