------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 事例3 失語症と右半身まひの障害がありながら、職種転換を図って職場復帰した事例 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------- 中越 健司さん(44歳) 疾患名:脳血管障害(主な障害は失語症、右上下肢のまひ) 身体障害者手帳3級 株式会社アラカワレンタル(社員数500人)で、 レンタルDVDのフランチャイズ店舗のスーパーバイザーとして働いていたが 脳血管障害を発症する。障害状況と職務の適性を見極め、 本社での事務補助業務を担当することとして職場復帰した。 シーン3 - 1 失語症への対応 中越さんは (株)アラカワレンタルでレンタルDVDの フランチャイズ店舗を統括する スーパーバイザーとして活躍していましたが 脳血管障害を発症し休職していました 休職期間中はリハビリに励み 発症から1年半を経過し 職場復帰することとなりました 職場復帰に向けて 中越さんが通うリハビリテーションセンターで 中越さんと妻、関係者の間で 話し合いが持たれました 中越さんが 以前のようにスーパーバイザーとして 指導・統括する業務に復帰することは難しいのでしょうか? (株)アラカワレンタル 人事担当者 叶次長 からだの右上下肢にまひがありますが 日常生活にはほぼ支障がありません ゆっくりですが、手すりがあれば 階段の昇り降りができます 右側の上肢は物を持つときに 支えることができます 五島作業療法士 ただ、『聴く・話す・読む・書く』ということが これまでよりスムーズにできなくなったので スーパーバイザーとしての復帰は難しいかと思います 小畑言語聴覚士 「聞こえない、話せない」ということですか? いえ そういうわけではありません 中越さんは「失語症」と言って、 脳の障害によって相手の話している内容の意味が 理解しにくくなったり 話したい言葉が 出にくくなったりしている状態です 失語症がある場合 どのような仕事が考えられるでしょうか? 文書の作成やコミュニケーションを主体とした業務は避け、 目で見て判断し、行動できる作業がいいと思います 定型的な数値入力業務などパソコンでの作業は十分可能です わかりました 確かに店舗では難しいかもしれませんが 本社の中には該当する業務がありそうです 社内で検討してみます よ、よろ・・しく お・・おね(お願い) ・・し します 中越さんが新しい作業に慣れるまでは 我々がサポートします どう対応したらよいか 迷うこともあると思いますので よろしくお願いします 中越さんは、本社で 社員の勤怠管理データなどの数値入力業務と 伝票や文房具等の備品管理担当として 職場復帰することになりました 中越さんに作業を指示することとなった倉科です 倉科係長 リハビリテーションセンターの小畑です 失語症については社内の研修で勉強しました 中越さんのことは以前から知ってますし、 大丈夫だと思います それは安心です 口頭で指示する際は極力短い言葉で端的に また業務についてのわかりやすい作業手順書を… 手順書ですよね 中越さん用に作ってみます もちろん説明もきちんとしますよ 中越さん 言葉が出にくそうだったな でもそれ以外は以前と変わらなさそうだし 大丈夫だろう … 職場復帰から2週間後―― 失礼します 小畑さん お待ちしていました! どうされましたか倉科さん…? 中越さんには 備品管理の作業をお願いしているのですが なかなか覚えてくれません このほか何か気にいらないことがあるのか いつもムスッとした表情で、 声もかけづらくて… 実は、先日中越さんと話す機会があったのですが 以前の自分と比較して うまく作業が進まないことについて ストレスを感じているようでした ストレス、ですか… でも手順書を作成しましたし、 説明をした時も 「わかった」と言っていたのですが 説明を受けたときは理解した気持ちになるのですが、 実際にはできるようになるまで 理解していなかったということがよくあります また、失語症があると文章の読解も難しくなります 手順書の文字はできるだけ少なく 写真や図柄を多用してみてはいかがでしょう 修正前 〜備品管理作業手順マニュアル〜 〈備品の配布〉 1. 社員から備品の依頼を受理 2. 依頼に応じて、必要部数を揃える 3. 依頼者あてに備品・消耗品を届ける 〈備品の在庫チェック〉 1. 水曜日の午後、備品棚に行き、各備品の在庫数を備品管理簿に入力する 2. 備品リストにある最低在庫数と備品管理簿を照合し、不足がある 備品をリストアップする 3. 倉科係長に報告する 〈備品の発注〉 1. リストアップされた備品について、発注書を作成 2. …………… 3. …………… 修正後 〜備品管理作業手順マニュアル〜 【配布】 1. 社員から依頼がくる 2. メールをプリントアウト 3. 必要部数をそろえる (棚に備品の写真有り) 4. 依頼者へ届ける 【在庫チェック】 1. 在庫数をチェック→管理簿に記入 そうだったんですね… 中越さんへの配慮が足りませんでした それともう一つ 中越さんは失語症によって 自分の思いをうまく表現できず 職場のみなさんとなかなかコミュニケーションが図れないことを 気にしているようでした うまくしゃべれないし職場の方が忙しそうで 話しかけにくいということですか? そうなんですね 確かに作業の指示以外に話をすることが あまりありませんでした 今後時間を作って 中越さんの気持ちを 聞いてみたいと思います 昼休みなどに周りの方から ちょっとした声かけをしてもらうのもよいと思います 小畑さんに相談できてよかった… これからも困ったことがあったら相談してみよう! その後倉科係長は 写真や図柄を多用した備品管理の手順書を作成し 実際にやって見せ 中越さんの作業の習熟を確認しました ここで必ず確認してください お昼一緒にどうですか? ハイ また、周囲の同僚も積極的に声をかけるようにしました シーン3 - 2 疲労への対応 中越さんが徐々に職場での仕事に慣れてきた頃―― 中越さん はい? 調子は大丈夫ですか 先ほど出してもらった入力データに ミスが多かったですよ 疲れてませんか? …というわけでして 中越さんは昼休み前や午後3時頃になると ぼーっとすることがあり ミスが出やすくなります 原因は何なのでしょうか? おそらく 「脳の疲労」が出ているのだと思います 中越さんのように脳に障害があると 残存している脳が損傷した脳の機能を補うことなどによって、 発症前よりも脳に負担がかかっています これにより作業など集中することが求められると 脳がすぐに疲れてしまいます また、からだの疲れと違って本人が自覚しにくく 「知らず知らずのうちに疲れている」状態に陥ってしまうのです 症状としてはあくび、ぼーっとする、眠気、 ミスの多発、集中力の低下といったことがみられます 中越さんに脳の疲労が出ているときは どう対処したらよいでしょうか? たとえば… ・ 水分補給をする ・ 一旦席を立つ  休憩スペース ・ パソコン作業の場合、画面から目を外す 定期的に、そしてこまめに 休憩をいれることが大事です 休憩と言っても長時間休む必要はありません このようなちょっとした休憩でよいのです このほか、体調管理についてはこのようなポイントがあります 〜体調管理に関するポイント〜 @ 疲れなどの変化に気付いたら、その場で本人に伝えて気付きを促す A 通院・服薬の状況、禁忌事項などを把握しておき、必要に応じて家族や支援機関と情報を共有する よくわかりました 早速やってみます 数週間後 小畑さんが中越さんの職場を訪れました 仕事ぶりが安定しているように見えますが、 最近の中越さんはいかがですか? 中越さんには声かけをして こまめに休憩を取るようにしてもらっています 作業にはミスもなく 集中して取り組めているようです 元気そうに働く中越さんの姿を見ることができて よかったです ---------------------------------------------------------------------------- 解説 体調管理への配慮 ---------------------------------------------------------------------------- ○高次脳機能障害のある方は、一般的に疲れやすい(易疲労性)、特に脳が疲れやすいと言われています。体の疲れのように自覚しにくく、知らず知らずのうちに集中力・注意力の低下やあくび・眠気などが現れて、作業のミスや抜けにつながりやすくなりがちです。この疲労に対しては「休む」ことが有効な対策となりますが、その際、「脳に大きな負担となる作業をしない=作業を止めて、外を眺める、目を閉じる、ストレッチする、水分補給する」などがポイントとなります。 ○このほか、高血圧やてんかんなどにより定期的な受診、服薬などの治療が継続している方がおり、アルコール類やたばこなど禁忌事項がある方もいます。安定した就労を継続していくためには、本人による自己管理が前提となりますが、事業所においても、服薬時間の確保や通院への配慮はもとより、体調面における自己管理がどの程度できているかを把握しておくことが重要です。 ○さらに、高次脳機能障害のある方の中には、障害を負ったことによる精神的なショックや、脳の損傷による感情面のコントロールの問題などにより気分が落ち込みやすくなる方もいます。  これらを踏まえ、必要に応じて医療機関や支援機関、家族などと情報を共有するとともに、体調管理において改善が必要な場合に相談・連絡ができるように連携を深めておくことが望まれます。 <体調管理のポイント> ポイント項目  方法 1 疲労の把握  疲労のサインや疲労の程度、睡眠時間の把握など 2 疲労への対処 こまめな小休憩の導入など ※ 疲労に対する自覚がない場合、例えば1時間に5分程度休憩するなどの対応が有効な場合があります ※ 個々人の状況によりますが、過度な身体的負荷のかかる作業は避ける、残業は避けるなどの対応が有効な場合があります 3 医療面の状況把握(高血圧、てんかんなど)  通院・服薬状況、禁忌事項の把握、発作などの症状が起きた際の対処と連絡先の把握、対応にかかる社内体制構築など 4 メンタル面の状況把握  ストレスや不安の緩和のための面談の実施、場合によっては医療機関への相談など