------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 事例5 身体障害者として就職したがうまく仕事ができず、 後に高次脳機能障害があると判明し、 支援機関のサポートを受けながら課題が改善された事例 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 中田 渉さん(35歳) 疾患名: 脳血管障害(主な障害は左上下肢軽度のまひ) 身体障害者手帳6級 化粧品の製造、販売を行う株式会社ハッセー化粧品(社員数1,000人)で 事務職として就職。 職務上の課題があるため医療機関を受診したところ 高次脳機能障害と診断され、 その後ジョブコーチ支援を活用することとなった。 シーン5 - 1 高次脳機能障害の把握 中田さんは1年前に脳血管障害を発症し、 身体面でのリハビリを受けました ある企業で事務職として働いていましたが 発症を契機に自己退職し ハローワークから事務職で株式会社ハッセー化粧品の求人が出ているのを見つけて 応募したところ採用されました 配属は総務部ダイバーシティ推進室で、 他の社員と同様に一般的な事務作業を担当しましたが 「同じミスを繰り返す」「口頭で伝えたことが実行に移せない」 という課題が生じていました 中田さんはなぜ仕事がうまくできないのだろう? ダイバーシティ推進室 寺島室長 高次脳機能障害  脳血管障害により身体の 高次脳機能障害?中田さんの状況に似ているな 高次脳機能障害者支援センターか… 一度中田さんと話してみよう 寺島室長は、中田さんの就労上の課題を説明し 一緒に支援センターに相談へ行くことを提案しました その際、高次脳機能障害の有無の結果は 就労上の配慮の参考にするためであり 就労継続の可否を判断するためのものではないことを ていねいに説明しました わかりました 一緒に行かせてください 確かに、働き始めてみて以前と違い 周りから注意ばかり受けることが気になっていました …というわけで 職歴からすると十分こなせそうな業務なのですが、 いざ任せてみると 同じミスを繰り返したり 指示したことが抜けてしまうようです 受障したきっかけは 何なのでしょうか? 高次脳機能障害者 支援センター 青木主任支援員 脳血管障害です ただ左半身のまひに対するリハビリを受けただけで、 手帳も身体障害者手帳です そうですか 中田さんが希望されるなら一度 高次脳機能障害の検査を受けてみてもいいかもしれません 医療機関をご紹介しますね 中田さんは紹介された医療機関で 検査を受けることとしました 今日はよろしく お願いいたします ではさっそく始めましょう さまざまな検査を行った結果―― 高次脳機能障害(注意障害、遂行機能障害)があることが判明しました 障害の状況を会社の上司に説明したいのですが… では情報提供書をお渡ししますね 職場ではジョブコーチ支援を受けられると いいかもしれません 仕事をする上で何に気を付ければいいかはもちろん 会社側にも職場環境の設定などについて 具体的なアドバイスが受けられますよ 中田さんは、診断の結果とジョブコーチ支援の活用について寺島室長に伝え 二人で地域障害者職業センターへ相談に行くこととしました ・・・というわけで ぜひジョブコーチ支援を活用したいと思っています わかりました それでは後日職場の様子を見学させてください 刈谷カウンセラー 今後の職務内容などについて 相談していきましょう 刈谷カウンセラーはハッセー化粧品に出向き 中田さんの担当する職務を寺島室長と一緒に検討しました 相談の結果、刈谷カウンセラーが作成した 「ジョブコーチ支援計画書」に沿って ジョブコーチ支援を実施することとなりました ジョブコーチ支援計画書 【中田さんへの支援内容】 ・ 複数のことに対して同時に注意を向けることが苦手ですので、優先すべきポイントを明確にして、一つずつ作業を処理できるように支援します。 ・ 口頭で聞いたことは忘れやすいので、必ずメモを取り、上司に確認してもらう流れを固定化します。 ・ 見通しをもって作業することが苦手なため、1日のスケジュール表の作成を提案し、作成の仕方をアドバイスします。 ・ 疲れやすく、それがミスにつながりやすい傾向があります。定期的に小休憩を入れることを提案します。 【ハッセー化粧品への支援内容】 ・ 中田さんの特性を踏まえた職務内容について、他社事例の情報を提供しながら一緒に検討します。 ・ 指導方法について、実際の場面を通じてアドバイスします。(「指示出しの仕方」、「作業における判断基準の統一」など) ・ 中田さんのスケジュール管理について、スケジュール表の活用を提案します。 ・ ミスを防止する一つの対策として、定期的に小休憩を取ることを提案します。 【支援の進め方】 ○ 支援開始当初は週に2〜3回訪問し、段階的に支援頻度、支援時間を減じていきます。 ○ 支援後半は2〜3週間に1回程度訪問し、中田さんの状況と雇用管理の状況について確認、アドバイスを行います。 このような計画で進めたいと思います シーン5 - 2 具体的な取組 ジョブコーチ支援が始まりました これからよろしくお願いします ジョブコーチの阿波と申します 会社では、刈谷カウンセラーと事前に相談した結果 中田さんの作業内容を次の3つに設定しました 作 業  作業量  優先度 書類の電子データ化作業  週3日程度  低 顧客データの入力作業  週2日程度  中 社内会議資料と社内報のプリントアウト・コピー・配付  週2〜3時間程度  高 ※ ただし、各業務について、曜日や作業時間、作業量を固定することはできない。 まずは中田さんの作業状況を観察し 課題点をまとめてみましょう 課題1 口頭で指示されたことが、ポイントをまとめてメモできない 明日の部長会議の資料を 17時までに5部追加でコピーして 大会議室にセッティングしておいて は はい… えっと… 課題2 作業の優先度に応じた順位付けがあいまいで どの作業をすればよいか迷ったり、 誤った作業をしてしまう 顧客データの入力はもう終わったの? あっ まだやってません… 課題3 電子データ化作業で保存先のフォルダを どの項目に分類すればよいのか判断がつかない これはどのフォルダになるのだろう? 添付書類って書いてあるけど これはどうするはずだったかな? 複数のペーパーを1枚ずつデータファイルとして保存するのか 連結して保存するのかの判断もあいまいなようです 課題4 昼前と午後3時以降は集中力が途切れて 作業をミスしてしまいがち 中田さん はっ はい!! ここ 間違ってるよ あ すみません これらの課題については、 どのように対処したらいいでしょうか? では、一緒に対処方法を検討していきましょう 課題解決の方法として 次の4つの取組を進めることにしました 取組1 指示を出すときは口頭に加えて、 メモやメールなど視覚化して提示する 作業の手順をメモにしておいたよ 部長会議の資料追加 ●手順:  ・資料を確認 ◆ サイズ:A4 ◆ ページ数:17枚 ◆ 原稿面: 片・両面混合のため確認しながら進めること ◆ 色:モノクロ ◆ 部数:5部 ・コピー ・留め方:左上1箇所留め ・資料原本を返却 ・会議室のセッティング:5人増えるので20人でセッティングすること 工程順や留意点を明確に伝えることがポイントです 取組2 その日の流れを具体的に指示する 明日はその次の日に臨時会議が入っているから 15時から会議資料のコピーを頼むよ 明日のスケジュールを組みました ある日の作業スケジュール 開始時間  終了時間  作業内容 8:30         顧客データの入力作業 12:00   13:00    昼 食 13:00         顧客データの入力作業             書類の電子データ化作業 15:00         臨時会議の資料コピー            会議室へのセッティング 17:15 17:30  スケジュール表の記入と確認 修正したスケジュールです 作業内容が曜日や時間帯で定型的に固定できない場合 スケジュール表を作成、確認することが有効です 取組3 あいまいだったり状況判断を要する作業は基準を設定する フォルダの分類保存の仕方はこうしてください 1. つづりの名称と保存フォルダ対応表 履歴書つづり 面接結果つづり ○○○つづり    ↓ 採用関係フォルダ 人事考課つづり 管理者評価ファイル 個人評価ファイル △△△つづり    ↓ 人事評価フォルダ 通勤届つづり 超過勤務実績つづり 勤怠管理表つづり □□□つづり    ↓ 庶務関係フォルダ リングファイルにつづっている種類ごとに、 PC 内のそれぞれのフォルダに保存してください。 例「: 勤怠管理表つづり」にある書類を電子化したデータは、「庶務関係フォルダ」に保存してください。 2. 連結データの判断基準 ○○○○ -1- ○○○○ -2- ○○○○ -3- ページ番号が付いている、付いていなくても文章がつながっている ○○○○ -1- マルチページとして1 つのファイルにする 別紙○○、添付資料など 添付資料  別紙1 添付資料  別紙1 シングルページとして1 枚ずつ別のファイルにする なるほど わかりやすい! 取組4 脳の疲労を回復させるため、 1時間ごとに5分の小休憩を取る 最近はあくびもせず 集中して取り組めているようです 3か月後、ジョブコーチ支援が終了に近づき、 これまでの振り返りを行いました 中田さんの努力もあって、 ミスが少なくなり、 作業もスムーズになりました 高次脳機能障害と診断されて、 自分でも驚きとショックがありましたが 寺島室長の配慮もあり徐々に仕事ができるようになり 自信と安心感が湧いてきました 中田さんもよく頑張りましたが 寺島室長が適性を見極め 適切に指導、対処されたからこそ 課題が改善されたのだと思いますよ 高次脳機能障害者の職場適応は、 できることとできないことを見極め できないことを職場のサポートや支援ツールの活用で 補うことが重要です そのためには私たち就労支援機関を有効に活用して、 職務内容の検討や職場環境の改善を進め、 体制を整えることが望まれます そうですね 私たち職場の人間も中田さんを支える 環境作りが大切だと分かりました これからも職場全体で サポートしていきたいと思います