第2章 就業支援の実際(事例)  本章ではより具体的な就業支援のイメージを持っていただくために様々な支援者による実際の支援事例をご紹介する。 第1節 障害者就業・生活支援センターにおける     支援の実際 〜障害者就業・生活支援センターみなと〜 第1項 施設の概要  当センターの運営母体は医療法人であり、青森県八戸市に昭和21年に当法人の前身医院が開設、昭和57年より国道沿いの現地に移転し、現在は精神科病院(病床数278床)および介護医療院(48床)を運営している。診療科目の精神科および一般科(5科)、歯科に加え、北東北てんかんセンターを併設し、地域に根ざした医療を実践している。また、病院機能の他、障害者の社会復帰や地域生活支援にも取り組んでおり、精神科デイケアセンター、宿泊型自立訓練事業所、グループホーム、障害者地域活動支援センター、障害者就労移行支援事業所、特定相談支援事務所等を開設し、医療から地域生活まで総合的なサービスを提供している。  当センターは、平成19年4月、県内3番目の障害者就業・生活支援センターとして青森県八戸市に開設した。青森県の県南地域(1市6町1村)、圏域人口約32万人を担当している。圏域内には、ハローワークが2か所、就労移行支援事業所6か所、就労継続支援A型事業所23か所、就労継続支援B型事業所63か所ある(令和2年10月1日現在)。   第2項 支援事例の紹介 《知的障害者 Aさん 20代 男性》 1)事例の概要および支援に至る経緯  @ 生活環境および生育歴  家族は、父親、母親、兄2人、弟1人の4人兄弟である。共働きの両親と弟と同居している。乳幼児健診では言葉の発達の遅れが指摘され、ことばの教室に通っていた。小学校は普通学級へ入学する。中学校入学後、徐々に勉強についていけなくなり、中学2年時に特別支援学級へ転籍、療育手帳を取得する。中学時代は他の生徒からからかいを受けていた。  その後、B特別支援学校高等部へ進学し、卒業後は在学中の実習先であったスーパーC社へ就職した。母親と兄弟は本人の障害について受容しており協力的である。  父親は療育手帳を所持する必要はないと考えており、障害についての理解が十分ではない。本人の性格は明るく人懐っこく、高校時代の同級生や後輩数名と卒業後も交流がある。    A 当センター利用に至る経緯  C社では青果部門に配属され、野菜の袋詰めや品出し等を担当する。6年間勤めたが、パート社員としての雇用契約であったため、将来を考えた時に収入が足りないと考え、退職する。  離職後、県外就職を希望し、母親の協力のもと、ハローワークDからの紹介で県外にあるカラオケ店E社へ就職、パートの清掃員として勤務する。同時に就業地のグループホームへ入所する。E社の勤務2年経過後、正社員勤務と収入の増加を希望し転職活動を行う。グループホームの職員からの支援も受け、クリーニング業のF社に正社員として転職する。F社では工場内作業員として勤務し、リネンたたみ等の業務を行っていた。1年経過後、療育手帳を持っている従業員が差別的に見られていると感じたこと、グループホームへの不満等が重なり、F社を退職し帰郷する。  その後、地元での再就職を目指し求職活動を行うがうまくいかず、本人、母親から当センターへ相談が入る。電話相談を受けた際には、氏名、性別、年齢、障害種別、手帳の有無と種類、相談者、紹介元、訓練先、医療機関、働く意欲、連絡先、相談の主訴を、本人の同意が得られる範囲で聞き取り、更に障害者就業・生活支援センターの役割や支援内容について説明を行い、来所相談の予約を行った。   2)インテークからアセスメント  @ 面談(インテーク)  本人と母親が来所し、就業支援担当者2名と初回面談を実施。面談の初めに、本人と母親より、相談の主訴について聞き取りを十分に行う。その後、個人情報の聞き取りについての説明と同意を得たうえで、氏名、生年月日、現住所等の基本情報および障害者手帳の有無、本人の生育歴、障害状況、生活状況、最終学歴、職歴について聞き取りを行った。  生育歴について、当センターでは出生時の様子(出生地、分娩時の状況)、発育状況(首の座り始め、始歩、始語)、幼少期の様子や保育園等への通園状況、学齢期の様子や小学校、中学校への通学状況(特別支援学級かどうか、友人関係、成績等)、進学の有無、就職後の職歴や在職中の状況等を時系列に聞き取っている。また、障害状況については、定期通院の有無、通院先と主治医、服薬の有無、服薬の回数と薬の種類、発作の有無、発作時の状況と対処法、既往歴、補そう具の有無等を確認している。生活状況については、家庭での生活リズムや自己管理の状況、余暇の過ごし方等を中心に、可能な方については生計の状況(家族の就業状況、年金受給の有無、自立支援医療の有無等)についても確認するようにしている。  最後に本人と母親より、仕事内容、勤務地、勤務時間、通勤手段、希望給与、障害の開示・非開示といった就職に際しての希望、また、就職に限らない生活全般に対する希望についても確認した。  1時間程度の初回面談終了後、アセスメント実施を提案し、本人と母親より了承をもらう。次回は、アセスメントの実施とし、3日間、9時から15時まで当センターに通所してもらうこととなった。アセスメント実施にあたり、利用登録と個人情報使用への同意をもらう。    A センター内ケース会議  初回面談により把握した基本情報をもとに、当センター職員全員(センター長1名、主任就業支援担当者1名、就業支援担当者2名、主任職場定着支援担当者1名および生活支援担当者1名)でAさんについてのケース会議を行った。会議では、現時点での課題、アセスメントで詳細に確認しなければならない点、作業アセスメントの内容等について話し合う。結果、職業準備性、本人の性格、生活状況、障害特性、本人の得意・不得意についてアセスメントすることとなった。  当センターでは独自のアセスメントを準備しており、聞き取りの他、自法人の障害者就労移行支援事業所の一角を使用し、作業アセスメントを実施している。アセスメント内容は、厚生労働省「就労移行支援のためのチェックリスト」(以下「チェックリスト」という。)、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「M-ストレス・疲労アセスメントシート(Makuhari Stress and Fatigue Assessment Sheet)」(以下「MSFAS」という。)の記入と聞き取り、幕張版ワークサンプル、作業アセスメント13種類である。また、必要に応じて心理検査も実施する。主治医がいる場合は、本人より同意を得て、電話連絡もしくは受診同行により主治医から確認を取り実施している。  チェックリストとMSFASは必ず実施し、作業と心理検査はセンター内ケース会議で組み合わせや内容を検討し、概ね作業4種類を2回および心理検査を実施できるよう組み合わせる。時間がかかる心理検査の場合は、別途時間を設ける場合もある。    B アセスメントの実施  アセスメントは基本的には3日間、9時から15時まで行い、@健康管理、A日常生活管理、B対人技能、C基本的労働習慣、D職業適性の5項目(図1)について確認する。各項目の評価に加え、本人と支援者の評価の差を確認し、すり合わせていくことを重視している。職員は2名で実施する。2名で実施することにより、評価の偏りを防ぐと共にアセスメント結果を基にした個別支援計画策定時に、今後の支援の方向性について協議できる環境を担保する。  Aさんに対しては、アセスメント初日は、来所後1時間30分程度で「チェックリスト」と「MSFAS」の記入と聞き取りを実施した。聞き取り終了後、60分作業1種目、昼休みを挟んで、午後も60分作業2種目を実施した。2日目、3日目は、体調や疲労度を確認し、午前に60分作業2種目、午後に60分作業2種目と振り返りを行い、欠勤、遅刻や早退についても確認した。  3日間のアセスメントを通じて、@健康管理は概ねできており、「作業スピードや指示の理解が他の人よりゆっくりだと思う」と自身の障害を簡単に説明できる状況であった。A日常生活管理も概ねできていた。しかし、髭のそり残しや汗の臭いがあり、身だしなみについて助言や支援が必要であることがわかった。B対人技能では、印象の良い挨拶や場に応じた言葉遣いができ、感情も安定していた。しかし、人から頼まれると断れず相談もできない等、困ったときの相談や意思表示が苦手で相手に合わせてしまう傾向にあり、意思の伝え方について訓練、助言や支援が必要であると判断された。C基本的労働習慣では、就労意欲は高く、体力・集中力・持続力、ルールの遵守はこれまでの就労経験により概ね身についていた。しかし、返事・報告・連絡・相談については、作業を十分に理解できていなくても質問をしない、わかりましたと答えてしまうといった様子が確認された。本人は「できる」、支援者は「あまりできない」と本人評価と支援者評価に大きな差があった。この評価の差は在職時にも生じていた可能性が高く、離職原因に繋がっていると考えられた。そのため、この評価の差を縮めるための訓練や助言、支援が必要であると考えられた。D職業適性では、指示理解・確認の項目で、本人は、一度の作業指示や複数指示で理解ができないことから「あまりできていない」と評価、支援者は、理解できない際の確認ができないことから「あまりできていない」と評価していた。同一項目で同一評価であっても評価内容が違っていた。環境変化への対処については、本人評価が支援者評価より高かった。作業手順や支援者の変更があった際に、変化に対応することに時間を要していたが、本人は「だいたいできている」との評価であった。本人の自覚は薄いが、環境変化への対処には困難があったと推測された。  このアセスメントから、身だしなみの課題、困ったことの相談といった意思伝達の課題、報告・連絡・相談といった基本的労働習慣の課題が認められた。この課題の解消を含め、今後の支援の方向性を提案するために個別支援計画策定を行った。  C 個別支援計画策定と説明  アセスメントで得られた情報を基に、アセスメント担当者2名が協議し個別支援計画書(案)を作成する(図1)。その後、作成された個別支援計画書(案)の内容をセンター職員全体で協議し、内容の変更や追加、修正し、センター長が最終確認をした上で、本人や家族へ説明する。担当者による個別支援計画書(案)作成開始から本人や家族への説明まで概ね2週間以内で行っている。本人や家族へ個別支援計画書の説明を行い、同意を得て個別支援計画策定となる。  今回はアセスメント実施後、1週間で説明を行った。説明時には、「希望」や「想いと目標」に間違いや変化がないか必ず確認する。就職する本人の希望を叶えるための計画でなければならないからである。  アセスメントから、身だしなみの課題、困ったことの相談といった意思伝達の課題、報告・連絡・相談といった基本的労働習慣の課題が認められたことを本人と母親に説明した。困ったことの相談が苦手なこと、報告・連絡・相談が適切なタイミングでできなかったことが、在職中に本人と会社の間で双方の不満の原因になった可能性が考えられるため、再就職を目指すためには、この課題について対処技能を身につける必要性を説明し、障害者就労移行支援事業所(以下、本節において「移行支援事業所」という。)での訓練を提案した。  本人と母親もアセスメント結果と今後の支援の方向性について納得された。この時点で、移行支援事業所の利用の手続きの流れを説明し、利用可能な特定相談支援事業所(以下、本節において「相談支援事業所」という。)、移行支援事業所について情報提供する。しかし、10日後の障害者就職面接会へ参加を希望したため、その結果次第で今後の方向性を再度話し合うこととした。個別支援計画書には障害者就職面接会参加についても追加記載し、本人より署名をもらう。 3)移行支援事業所の申請から利用  @ 移行支援事業所の申請  翌日、本人より「面接会は見送り移行支援事業所の利用を進めたい」と連絡が入ったため、本人と母親に再度来所してもらうこととした。面談は本人、母親、就業支援担当者2名、G相談支援事業所で行った。面談調整時に、G相談支援事業所とH移行支援事業所の利用を希望している旨を確認していたため、面談時はG相談支援事業所にも同席してもらった。G相談支援事業所が今後の手続きの流れを説明し、H移行支援事業所の見学を提案した。当日見学可能とのことで、H移行支援事業所の見学も行う。その後、3日間の体験利用を経て、G相談支援事業所とH移行支援事業所の利用申請を行った。  利用申請3週間後に、本人、母親、G相談支援事業所、H移行支援事業所、当センターの参集により、サービス担当者会議が開催された。G相談支援事業所からサービス等利用計画(案)を説明、当センターから個別支援計画書を説明し、今後のH移行支援事業所の個別支援計画(案)に反映してもらうことを依頼した。また、早期に就職できる可能性があることを参加者で共有し、職業準備訓練(以下「訓練」という。)開始後は月1回、訓練状況と本人の課題解消について当センターとH移行支援事業所で情報共有することとした。 図1 個別支援計画書  A 移行支援事業所の利用  H移行支援事業所の利用開始後は、当センターの個別支援計画書も参考に訓練が実施された。また、月1回、訓練状況を共有する連絡を取り、課題の解消についても確認している。当センターでは、訓練課題が明確で、長期的な訓練の必要性が低いとの見立てがある場合は、移行支援事業所へのこまめな連絡や確認を行っている。訓練の進捗に合わせ、当センターから職場実習の提案、ハローワークへの相談や求職登録・チーム支援策定の提案などを適宜行えるようにするためである。  H移行支援事業所の利用開始3か月後、困ったことの相談や報告・連絡・相談についても、その必要性やタイミングなどが身についてきたとH移行支援事業所より確認したため、求職活動の開始について当センターより提案した。 4)求職活動支援  @ ハローワークへの相談とチーム支援計画策定  求職活動にあたり、まずはハローワークDへ相談に行った。本人、H移行支援事業所、就業支援担当者、ハローワークDの4者で障害者求職登録の有無、就労意欲や訓練状況について確認する。次回、チーム支援会議を開催することとなった。訪問型職場適応援助者による支援(以下「ジョブコーチ支援」という。)の必要性も説明し、次回会議には地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)の参加も要請することとした。  その後、チーム支援会議が開催される。本人、ハローワークD、職業センター、H移行支援事業所、就業支援担当者の5者で行う。母親は都合で参加できず、H移行支援事業所より報告することとした。ハローワークDよりチーム支援計画と各支援機関の役割の説明があり、本人同意する。また、ジョブコーチ支援の実施に向け、支援計画策定等に資するため職業センターの職業評価を実施することとなった。当センターからは物流会社I社について情報提供した。作業内容がコンテナ洗浄と野菜の袋詰めが主な業務であること、職場環境として比較的年配の従業員が多いことから、本人に合う職場と考えていることを説明し、ハローワークDと当センター、H移行支援事業所で職場開拓を実施することとなった。  A 職場開拓と職場実習の実施  職場開拓では、ハローワークD、H移行支援事業所、就業支援担当者の3者で訪問。I社の管理者と現場担当者と面談、作業内容の見学、Aさんの説明、本人の見学依頼を行った。本人より実習希望があれば実習を行うこととし、本人の見学日時、実習となった場合の実習期間、時間と場所、作業内容について確認した。実習期間は2週間で平日のみ10日間、時間は9時から15時、作業内容は野菜の袋詰めとコンテナ洗浄となる。また、実習初日より3日間は終日支援に入ること、その後もH移行支援事業所と共同で巡回することを説明し、企業の不安払拭に努めた。  後日、本人とH移行支援事業所、就業支援担当者の3名で見学する。作業内容の確認、I社までの通勤ルートの確認、入口の確認、職場の方との面識作りを行った。職場見学を行ったことで本人の不安も軽減され、見学後、本人希望により実習を開始することとなる。結果はハローワークDへも就業支援担当者より報告した。 <職場実習の実施>  当センターにおいては、職場実習を実施する場合は、職場実習依頼文、傷害保険および損害保険への加入、本人および家族の職場実習同意書、企業の職場実習同意書の4点を準備している。今回は移行支援事業所を利用していたため、上記4点についてはH移行支援事業所に作成を依頼し、写しをもらうこととした。実習支援については、H移行支援事業所と相談し、支援予定を組んだ。また、実習初日は双方とも支援に入り、支援の視点を共有することとした。  実習初日、見学時に確認した入口で本人と待ち合わせた。就業支援担当者とH移行支援事業所の2名で支援を行う。本人は緊張した様子を見せており、近くで見守っていることの声掛けを行う。作業は意欲的に行っていた。基本的に就業支援担当者は本人の作業状況を見守り、必要な時のみ、言葉→ジェスチャー→モデリング→手添えの順で、本人が理解できる最小限の指示階層の助言を与えるように心掛けている。また、情報の共有化を目的とし、H移行支援事業所担当者と共同で職場実習支援を実施している。支援者が同じ状況を見て、様々な視点から実習状況をアセスメントし、必要な支援を共に検討することが重要と考えているためである。実習支援を行う中で、現場従業員へ本人の特性や指示の出し方等を説明している。また、現場従業員の不安を傾聴し、本人への対応の仕方について説明を加えた。実習4日目からは見守りが必要な時間に合わせ、H移行支援事業所と交代で実習巡回した。  職場実習終了時には本人、就業支援担当者、企業の3者でそれぞれ職場実習評価票を作成する。実習評価票作成時には、本人よりI社で働きたい旨の意向は確認している。後日、ハローワークDが主催する実習評価会議には、I社、ハローワークD、H移行支援事業所、就業支援担当者の4者が参集された。そこで、3者の評価票を基に実習状況を評価し、本人の評価、企業の評価、支援者の評価の共通点と相違点を確認し、雇用の可能性について話し合った。今回は評価が良好で雇用を検討する運びとなったため、ハローワークDが改めて求人受理を行うことした。雇用に向けた調整を行うこととなったため、実習評価会議終了後に障害者雇用支援制度について説明を行った。通常、当センターとハローワークとの連携においては、企業への障害者雇用支援制度の説明では、助成金制度等の支援制度に関する説明はハローワーク、障害者就業・生活支援センターやジョブコーチ支援制度といった人的支援に関する説明は就業支援担当者が行うこととしており、双方から説明を行った上で、ジョブコーチ支援の利用について社内で検討してもらうこととなった。  実習評価会議終了後、H移行支援事業所と就業支援担当者と本人で面談し、3者の評価票についてフィードバックし、実習評価会議の報告と求人開拓を行うこととなった旨を報告した。 <職業センターの活用>  I社での職場実習がチーム支援会議後まもなく決定したため、職業評価は実習評価会議後に実施することとなった。障害者職業カウンセラーがH移行支援事業所へ来所し、本人やH移行支援事業所と面談、実習評価や訓練状況の聞き取りを行った。面談内容をもとに、職業リハビリテーション計画を策定し、拡大ケース会議にて説明がなされた。多くの場合、就業支援担当者や移行支援事業所が本人および家族と事前調査票を作成し、職業センターに提出する。その後、職業センターにて職業評価が実施される。ただし、本人の負担を考慮し、職業センターが出向いて職業評価が実施されることもある。評価結果については職業センターにおいて取りまとめ、後日拡大ケース会議にて説明がなされる。 5)採用から職場定着支援  @ 採用に向けた支援  ハローワークDがI社より就業場所、仕事の内容、賃金形態および給与、雇用形態、雇用期間、就業時間、週所定労働日数、休日、加入保険等を確認した。1日6時間、週5日勤務のパート勤務、作業内容は職場実習と同じコンテナ洗浄と野菜の袋詰め作業という条件であった。障害者専用求人がI社より提出されたため、本人、H移行支援事業所、就業支援担当者の3名でハローワークDへ行き、求人内容を確認する。本人の希望も「働きやすい職場環境で長く働くこと」と変化があり、I社の雇用条件に不満はなかった。そのため、紹介状交付、面接日時の調整となる。面接はH移行支援事業所が同行支援することとなった。この時、雇用にあたってはI社もジョブコーチ支援の利用希望があることをハローワークDより就業支援担当者が確認、職業センターとの連絡調整は就業支援担当者が行うことなり、障害者職業カウンセラーへ連絡している。  面接に向けた履歴書の作成については、志望動機は本人の言葉で表現されることを大切にし、内容のまとめ方や書き方、証明写真の貼り方まで支援する。面接想定問答集を独自で作成し、その問答集を活用して面接練習を行う。面接当日は就業支援担当者が同行する場合、基本的に面接中に本人の代わりに説明せず、必要なことは最後に説明を加えるように心掛けている。あくまでも企業と本人の面接であることを重視している。今回は移行支援事業所を利用していたため、上記支援は移行支援事業所が行っている。  A 就業支援担当者とジョブコーチの連携  面接後、当日中に採用の返事がきた。1週間後から働いて欲しいとの話であった。採用に伴い予定していたジョブコーチ支援については、当センターを運営する法人に所属するジョブコーチ2名が担当することとなった。支援開始5日前には、ジョブコーチより企業と本人・家族に向け訪問型職場適応援助者支援計画について説明。その際は支援方針を確認するために就業支援担当者も同席する。  採用初日、就業支援担当者はジョブコーチ2名と一緒に就業開始時間前に職場を訪問。職場の方への挨拶を本人、ジョブコーチと済ませてから支援を開始。初日は就業支援担当者とジョブコーチの支援方法等を共通のものにするため同時に支援に入った。2日目以降は、職場における支援はジョブコーチを中心とし、集中支援期は週2日から3日、移行支援期は週1日から2日程度の頻度でジョブコーチ支援を行った。就業支援担当者は、ジョブコーチ支援が終了した後の支援体制と職場の方々との関係性を維持するために、ジョブコーチ支援期間中も初めの1か月は週1日程度職場訪問を行い、2か月目以降は就業状況が安定していれば2週間から1か月に1日程度の職場訪問を続けた。  職場訪問では管理者の方の意見、現場で一緒に働いている方の意見の両方を聞くように心掛けている。特に現場の方からの不安や疑問についての相談には時間を掛けて耳を傾けるようにしている。ジョブコーチによる支援と合わせて職場訪問し、就業状況についてジョブコーチと確認し、課題点と支援内容についての整理も行う。この間、就業支援担当者より、適宜、ハローワーク担当者や家族に状況報告の連絡を入れている。  2か月半後、ジョブコーチ支援終了に伴うケース会議を行った。参集範囲は、本人、ジョブコーチ、就業支援担当者、企業の4者であった。支援経過が順調であったことから職業センターとハローワークDへは会議終了後に報告することとなった。基本的にはハローワークは参加、職業センターの参加も必要に応じて要請している。会議では再度、課題点とその後の支援を要する内容、各支援者の役割分担について確認を行う。  Aさんの今後の課題はモチベーションの維持であり、現場従業員の異動に伴う環境変化時の対応、本人の能力に応じた職域の拡大や就業時間の延長等、キャリアアップにつながるための適切な評価が必要になることを4者で確認する。また、ジョブコーチはフォローアップにより職場内の支援体制の維持を確認しつつ、就業支援担当者は職場訪問と本人との面談を継続することとした。ハローワークDと職業センターへも上記について報告し、各関係機関で適宜、情報共有の連絡を取り合った。 6)就業の維持と生活支援  就職後1年7か月が経過した。この間、本人の生活状況も変化し、次兄家族の同居を機に一人暮らしを希望している。また、現職の他にアルバイトをしたいとの相談も受けた。その都度、本人の気持ちを傾聴しながら助言することで、Aさんは以前のように一人で悩みを抱え込むことなく、支援者に相談しながら就業生活を送っている。 第3項 まとめ(支援を通じて感じること) 1)アセスメントの重要性  就業支援を行うためにはアセスメントを充分に行うことが重要である。本人に関する情報をどれだけ把握しているかが、その後の支援の方向性の提案に大きく関わる。また、アセスメントを行う際には、都度、本人の希望を確認することが必要であると考える。何のためにアセスメントするのかを本人と支援者が共有することから始めなければならない。聞き取りだけではわからないことも多く、作業アセスメントや心理検査など多面的な視点からアセスメントできるとより現実的な支援の方向性を検討できるようになると考える。そのためには、圏域内の移行支援事業所の暫定支給決定期間によるアセスメントや医療機関による心理検査の所見など、各関係機関の協力を得て情報共有することも必要である。 2)支援者間の連携の重要性  職場定着支援に関しては、ジョブコーチと就業支援担当者の役割分担と、適切な支援のバトンタッチが必要であると感じる。職場定着のための課題解消のために集中的な支援を行うジョブコーチと就業維持のための継続的な支援を行う就業支援担当者が、的確に連携を図りつつ支援を進めることが重要である。逆に、職場内支援をジョブコーチに任せきりにすると、ジョブコーチのフォローアップが終了する頃には就業支援担当者と企業との関係性が途切れていたり、現場の方との信頼関係が形成されていなかったりする。そうならないためにも、ジョブコーチが中心となり支援に入る時期、就業支援担当者に支援が再移行してくる時期を意識しつつ連携を密にした支援を進めることが必要であると感じている。 3)圏域における支援ネットワーク構築の必要性  障害者就業・生活支援センターは就業支援と生活支援を一体的に行う機関である。そのため、就業も本人の生活の一部であることを意識し、本人の生活全般に対する希望を大切にしながら希望実現のために必要な機関を一つ一つ繋ぎ、チームにすることが求められる。「繋ぐ」役割を果たすためにも、地域の社会資源に精通し、顔と顔の見える機動力のあるインフォーマルな支援ネットワーク構築と、地域の自立支援協議会等のフォーマルな支援ネットワーク構築の両方に尽力しなければならない。 第2節 就労移行支援事業所における支援の実際 〜就労移行支援事業所(創)シー・エー・シー〜 第1項 施設の概要 1)施設の沿革と周辺地域の状況  就労移行支援事業所(創)シー・エー・シーは、平成15年1月に精神障害者通所授産施設として設立した。開設当初から一般就労を目的とした活動内容を実施し、就業準備プログラムと、就職活動および就業継続のための相談・支援サービスを提供している。平成21年には障害者自立支援法による多機能型の就労移行支援事業へと移行した。他に就労継続支援事業B型の施設を併設している。施設の名前の由来は、Challenge And Createの頭文字をとり、「働くことに挑戦し、働く場や生きがいを創造しよう」という意味を込めている。また一般就労に向けた利用が意識されるよう、企業のような名前とした。  当施設は神戸市(令和2年10月1日現在人口151万6千人の政令指定都市)中央区に位置し、施設の最寄り駅はJR神戸駅、私鉄の各駅、市営バス停留所それぞれから徒歩10分圏内である。周辺は官公庁、商業施設、企業、住宅が混在している。地域の社会資源は、総合病院精神科、精神科病院、精神科診療所が多数あり、いくつかの医療機関ではデイケアやデイナイトケア、訪問看護も行っている。精神障害者が主に利用している地域活動支援センターや就労継続支援B型事業所、グループホーム、障害者地域生活支援センター等、社会福祉施設も多数点在している。また労働機関である労働局やハローワークは徒歩圏内、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、その他の行政機関も公共交通機関を使用して30分以内にあり、利便性の高い立地となっている。  当施設のある神戸市は知名度の高い観光都市である。ファッション、グルメ、そして国際色豊かな商業地域と、文化や自然を楽しむ観光地がある。中心部にほど近い人工島や海岸線、そして郊外の地域は様々な企業の工業地帯となっている。ハローワークにおける障害者求人は、事務職やサービス業関係が多い。市内には15か所の特例子会社がある(令和2年8月現在)。 2)利用者の状況とサービスプログラム  当施設は、精神障害の特性に合わせた就業準備プログラムを提供し、就業支援を行っている。定員は15名で登録は20名前後である。施設利用者の年齢層は、20代から40代が主となっている。男女の比率は現在約1対1である。当施設でのプログラムの内容を紹介する(表1(108ページ)参照)。まず@基本的な労働習慣作りと職業適性を知るための、施設内実習(軽作業・印刷・発送作業・パソコン入力作業ほか)および企業実習(サービス業・事務補助・工場内業務・食品関連・清掃ほか)がある。また、様々な仕事内容をゲーム形式で行いながら正確で効率よく作業を進める方法を考えるための、作業遂行能力を高めるプログラムや、職場見学、就業体験談を聞くプログラムも行っている。次にA職場での対人技能および対処技能を習得するための社会生活技能訓練(Social Skills Training)やビジネスマナー講座がある。そしてB疾病障害管理のための心理教育プログラムは、障害や服薬についての知識・ストレス対処法の工夫・主治医との相談の仕方や医療保健福祉機関および労働関連のサービスの利用の仕方等について、身につけられるものとなっている。C社会人マナーの習得や様々な社会経験の再構築を目的としたプログラムでは、敬語の使い方や余暇の工夫などの生活セミナーや、職場での忘年会やテーブルマナーを身につける食事会、レクリェーション等を行っている。D仕事探しのプログラム(就労セミナー)では、就職面接の対応方法や履歴書の書き方、障害をオープンにして働く方法やオープンにしないで働く方法を知る、精神障害をもちながら働いている方の体験談を聞く、ハローワークや企業の方の講話等、自分に合った働き方を考える機会を作っている。以上、職業準備性を高めるものが中心となっている(表1(108ページ)参照)。さらに各プログラムでは、就業への意欲や動機付けを高め維持するために、ピアサポートの力を促進するグループワークを取り入れている。またメンバーや就職者の家族を対象に、定期的に家族の会を開催し、心理教育や情報交換、相談支援を行っている。 表1 プログラムスケジュール 曜日 9:15〜10:00 10:00〜12:00 12:00〜13:00 13:00〜15:00 15:00〜15:30 月 朝のミーティング (気分調べ・本日の予定・当番) ラジオ体操等 所内実習 職場実習 (パソコン教室) (脳力アップ) 昼休み ビジネスマナー・体調管理のセミナー他 掃除 帰りのミーティング (各作業の報告・明日の予定・連絡事項) 火 就労セミナー・ SST他 水 生活セミナー 木 所内・職場実習 金 SST・スポーツ他  以上のプログラムへの参加を経て、職業準備性が向上した利用者から就職活動に入り、ハローワークや地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター等と連携し、各種支援制度等の利用を検討しながら、就職を目指していく。そして就職した後も、相談や職場介入などを含めた就業継続支援を行っている。その一環として当施設では、ハローワークや医療機関の支援者等と一緒に月1回仕事が終わってから立ち寄れるよう夕方から夜にかけての時間に『アフターワークの会』を開催している。精神障害をもちながら働いている方々が気軽に参加でき、精神障害に伴う悩みや、障害年金や雇用保険などの情報、仕事を長続きさせるための工夫や、仕事で失敗してしまったがどうしたらいいか、など働いていれば誰もが体験し思い悩むことについて話し合い、仲間同士で支え合う場となっている。 3)当施設利用者の就職実績 表2 施設の利用状況と就職者数(平成15年1月〜令和2年10月末現在) 総登録者数 男女比 平均年齢 272名 男性:191名 女性:?81名 36.0歳 (登録時) 就職者数 153名 オープン 133名 クローズ 20名  表2、表3のとおり、利用者の約半数以上が就職に結びついている。就職はオープン(障害について企業に伝える)の方が多いが、クローズ(障害について企業には伝えない)でも勤務条件と職場環境が本人と合っていれば、継続して働くことができている。なお、就職後の支援の一環として、転職支援も行っている。 表3 就職者の職種(平成15年1月〜令和2年10月末現在) 職 種 人数 職 種 人数 事務 38 電子機器関係 2 サービス業(販売等) 11 機械加工 2 飲食業 11 リネン交換 1 清掃関係 31 IT関係 2 クリーニング 10 施設管理 1 製造 5 食品加工 4 ゴム加工 5 在宅 1 倉庫内作業 10 金融関係 1 ヘルパー/介護補助 8 機械洗浄 1 派遣 3 病院内軽作業 1 運送 2 商品管理・ピッキング 3 合 計 153  また、それぞれの体調に合った条件で働いている状況を表4に示した。また就職当初は短時間でも、徐々に伸ばしていき1日7〜8時間勤務できるようになる場合もある。 表4 就職者の勤務日数(平成 15年 1月から令和2年10月末現在) 勤務日数と時間 (週20時間未満) 人数 勤務日数と時間 (週20時間以上) 人数 1日3時間 週1日 1 1日4時間 週5日 21 1日2時間 週2日 1 1日5時間 週4日 21 1日3時間 週3日 5 1日6時間 週4日 8 1日4時間 週2日 1 1日5時間 週5日 15 1日4時間 週3日 5 1日5.5時間 週 5日 4 1日3.5時間 週4日 2 1日6時間 週5日 18 1日5時間 週3日 7 1日7時間 週5日 3 1日4時間 週4日 5 1日8時間 週5日 31 その他(不定期) 5 合計 153 第2項 支援事例の紹介(就業支援と関係機関の連携の実際) 《精神障害者(双極性気分障害) Aさん 29才 女性》 1)当施設利用に至る経緯  Aさんは、精神障害に加え、はっきりした診断は示されていないが、主治医の見解では広汎性発達障害の特性も併せもっていると言われた方である。現在両親、兄と生活している。幼少時からひとりで過ごすことが多く、人づきあいの苦手だったAさんは中学、高校生活を通し、人と目が合わせられない、友達ができないことから悩む中で、被害的な受け止め方が見られ、うつ状態となり、高校2年生の時に精神科クリニックを受診していた。その後症状が落ち着き、高校卒業後はコンピュータ関連の専門学校に進学する。卒業後は工業用機器の会社に就職し、経理の仕事に就いた。しかし1年半後、職場の人間関係に悩み症状が再燃、仕事を辞めざるを得なかった。しばらく自宅療養した後、郵便局やスーパーなどでアルバイトをするが、職場のストレスから不眠、そして何でもできるのではないかという万能感からの問題行動が見られる、買い物が止まらないなど躁状態となり、再度療養生活を送ることになった。症状が軽減した頃、主治医からの勧めによりデイケアを利用開始。その後2年を経て体調が安定し、本人より働きたい旨をデイケアスタッフに相談したところ、当施設を紹介された。 2)当施設におけるAさんへの支援  @ Aさんのアセスメント内容  施設利用開始から3か月経過し、様々なプログラムへの参加を経て把握したAさんのアセスメントと、それに対応した支援内容が表5である。 表5 Aさんのアセスメント内容 性格 真面目で素直な性格。自己評価がとても低く、否定的側面を強調し、物事を捉える傾向がある。あまり細かいところは気にせず、さっぱりしている面がある。パソコン関連のゲームが好きである。 支援内容 自己肯定感が持てるよう、できているところは積極的に声をかけ、評価していく。社会経験を増やすことで自信を得られるよう働きかける。 精神障害の状況 通院や服薬自己管理もできている。気分や体調はほぼ安定しており、施設利用は週5日休まず参加されている。かつて職場で強く叱責されたり、新しい仕事を次々指示されるなどのストレスがかかるとうつ症状が出る、と話される。 ※通所に当たって本人、家族からの聴取に加え、デイケアスタッフから医療情報を把握した上で、具体的な活動を通じ状態を把握している。 支援内容 心理教育プログラムに参加してもらいながら、疾病管理やストレス対処法などを少しずつ身につけられるように働きかける。 健康面・身体面 アレルギー性鼻炎がある。筋力としての体力はないが、毎日通所する持続力がある。 支援内容 基礎体力をつけるため、ラジオ体操・ウォーキング参加を奨励する。 コミュニケーション 対人関係は苦手意識がある。自分の気持ちや言いたいことが思うように伝えられず、相手から誤解されることがある。思いついた単語を脈絡なくつぶやく、なかなか相手に声をかけられず自問自答しているときもある。会話の時相手の顔を見ることができないことについては、本人も自覚しており、顔を見て話せるよう意識している。利用当初に「他の女性利用者からいろいろと声をかけてもらったことで、早く慣れることができた。彼女のようになりたい。」と話される。 支援内容 SST(社会生活技能訓練)で様々な対人場面の練習を行う。また、相手の顔を見る、適切な声の大きさなど、非言語的コミュニケーションスキルを意識できるよう働きかける。 ADL・生活スキル 身の回りのことはほぼ自立しているが、家事は母親まかせである。ファッションや身だしなみに関心がなく、母親が購入し用意する衣服を着ている。髪に寝癖がついていても気にしない。 支援内容 身だしなみについては、「女性のマナー講座」のプログラムに参加してもらう。その他ビジネスマナー講座や、日常の声掛けで改善できるよう働きかける。 金銭管理 以前精神症状から買い物をしすぎたことがあり、それ以来母親から定期的に小遣いをもらっている。お菓子やゲーム等を購入している。 社会的マナー 挨拶などはきちんとされるが、社会経験が少ないため、状況に応じた適切なマナーや態度がわからない。 支援内容 ビジネスマナー講座、食事会(テーブルマナー)、一泊旅行、忘年会などのプログラムを通じ、社会経験の場を増やし、状況に応じた行動がとれるよう働きかける。 作業遂行能力 パソコン関連は専門学校で勉強していたこともあり、形式の決まったパソコン入力は得意である。集中力も持続することができる。手先の細かい作業は苦手である。雑な面もあり、よく物を落とす、手順を省略しようとするなど横着な行動も見られる。 支援内容 パソコン入力作業のほかにも、軽作業、印刷作業、発送作業などを行いながら様々な作業に慣れてもらう。また作業効率を上げるためのプログラムで、作業手順や段取り、効率性や注意の焦点づけについて考える機会を作る。どうしたらよいかわからないと考えこんでいることがあるので、「報告」「連絡」「相談」ができるよう働きかけ、SSTでも練習する。 希望する職種、 労働条件等 以前経理の仕事や、郵便局、スーパーでのアルバイトなどの経験はあるものの、職場での人間関係がうまくいかず離職となっている。「パソコン関連は好きだが、実際に自分がどんな仕事に向いているかわからない。」と話されている。 支援内容 施設内の各プログラムや企業実習に参加してもらいながら、本人に合った勤務条件や環境を一緒に検討する。また、職業準備性の向上と同時に地域障害者職業センターで職業評価を受けることも検討し、多角的な視点で職業適性を見極めていくこととする。 家族 母親は本人のことを心配しているが、何が障害なのか把握できていない様子。施設の家族の会には参加されている。父親や兄は仕事にかかりきりで、本人にはほとんど干渉しないようである。 支援内容 母親には、引き続き家族の会に参加してもらい、施設の活動内容、疾病や障害について理解していただき、施設と連携して本人を支援できるよう、働きかける。  A 企業での実習の開始  利用開始から半年後、施設内でのプログラムにも前向きに参加され、だいぶ慣れてきた様子であった。Aさんと定期面談をもち、振り返りと就職に向けた計画について話し合いを行う中で、「自分から挨拶ができるようになった」「人の顔を見ることは苦手だったが、顔を見て話せるようがんばりたい」「敬語を上手に使いたい」「自分の苦手なストレスを知り上手く対処したい」という気づきと意欲が示されるようになった。そして次なるステップのひとつとして企業での実習を始めることになった。実習内容は病院内のクリーニング業務で、時間は午前9時〜12時の週2日、担当者と一緒にタオル類やおしぼり、衣類のクリーニングを行った。本人も「いろいろな業務を経験したい」と前向きに取り組まれる。実習初日から3回程、スタッフが同行支援し、それ以後は自分で担当者の指示を受けながら仕事を行った。指示されたことや報告などは間違いのないように意識されており、本人の努力がうかがえた。  B ハローワークのジョブガイダンス事業への参加  実習が始まってから約3か月後、ハローワークにてジョブガイダンス事業が開催されることになり、Aさんも参加することになった。ジョブガイダンスでは、ハローワークの使い方、求人票の見方、履歴書の書き方、就職面接の受け方など1日2時間、週5日かけて各講座が行われた。Aさんは講義中つい居眠りすることもあったが、どれも積極的に参加されており、就職への動機づけがさらに高まったことがうかがえた。  C 精神障害者保健福祉手帳の取得と、障害者就業・生活支援センターへの登録  基本的労働習慣など職業準備性も整ってきたこともあり、Aさんは就職に向け更なる取組みを進めることになった。Aさんの居住地は神戸市に隣接する市にあるため、地元の障害者就業・生活支援センターに利用登録し、就職への支援をお願いすることになった。その際、母親にはAさんの持っている「働きづらさ」と「配慮されれば発揮できる力」について説明し、今後の就職は障害をオープンにして企業に理解を求めながらの就職を勧めた。母親もAさんが今までの仕事が続かなかったことを振り返りながら理解、了承し、障害者就業・生活支援センターへはAさんと母親、当施設スタッフが一緒に行き登録を行った。  またそれまで両親からの反対もあり、Aさんは精神障害者保健福祉手帳を取得していなかったが、Aさんに配慮された職場で働けるようにする手段のひとつと、母親も納得し手帳を申請することになった。同時にAさんの了解を得て、主治医へ連絡しAさんの現状や今後の就業支援の方針について説明を行った。主治医からは、Aさんが自ら明るく挨拶するようになったこと、体調も安定していること、配慮さえあれば働けることについて話を聞くことができるとともに、職業生活の安定に向けての体調管理面での連携体制を確認した。  D 地域障害者職業センターにおける職業評価  Aさんは、当施設に休まず通い、どのプログラムにも真面目かつ積極的に取り組んでいたが、作業遂行上の課題(仕事が雑になる、周囲に注意が向けられずよく物にぶつかったり落としたりする、ボディ・イメージがよくないため体の動きを状況に合わせられない)が見られ、その対応方法等の検討に向けては地域障害者職業センターにおける職業評価も通じて、Aさんに合った働き方を考えることになった。  職業評価では、就職への希望や医療情報、日常の活動状況等については本人および当施設からの聞き取りにより整理するほか、作業検査や職業適性検査等を通じ、就職活動や職業生活を進める上で留意すべきポイント等の検討が進められた。  その結果、対人対応面での特性(緊張しやすい、人の顔を覚えることが苦手、人に教えたり説明することが苦手、自己評価が低い)に配慮した職場環境の選定が望まれること、職務内容の検討においては、数処理等の一定の知的判断への対応は可能であるが、図形の弁別や照合作業等の不得手さに配慮した選定が望まれることが確認された。そこで、本人の希望や興味も踏まえ、パソコンによる文字情報や数字データの入力作業を中心に就職活動を進めていこうということとなった。  E 就職活動  Aさんと今後の仕事探しについて話し合い、まずどのような求人があるのかハローワークに行き情報収集をすること、地元の障害者就業・生活支援センターにも定期的に相談することを確認した。Aさんはハローワークに行き求人情報を探す中、各支援者もAさんに合った求人を探していたが、なかなか見つからない日々が続いた。その間Aさんは求人内容がよさそうだと思うと、自ら窓口で相談しひとりで就職面接を受けに行ったこともあった。しかし地図が読めずに目的地にたどり着けない、面接を受けたがうまくいかなかった、との状況から3社より不採用通知を送られている。当然Aさんはそのたびに「やっぱりだめですね。」と落ち込んだが、当施設スタッフからこれは失敗ではなく経験を活かすための学びであること、うまくいかなかった点を挙げ、そこから次回はどう工夫して臨んだらいいのかを一緒に考えた。  F ケース会議の開催  精神障害があっても、就職面接にすぐ通り採用になる人もいれば、なかなか面接に通らない人もいる。Aさんの場合、短時間の就職面接だけではAさんについて理解してもらうことは難しいと判断した。そこで支援者が集まりケース会議を行い、Aさんの就職の実現へ向けた取組みを検討することとなった。会議には、Aさん、母親、そしてハローワーク、障害者就業・生活支援センター、地域障害者職業センター、当施設の各担当者が参加し、それぞれから情報提供を行いながら、今後の支援の方向性を探った。Aさんは「こんなにたくさんの人が支援してくれているんですね」と言い、母親からはAさんの病気が悪かったころの苦悩、そして今は病気になる前に戻ったように見え、障害についてはよくわからない点もあるが、確かに働きづらさがあり理解してもらった方がいいのだろう、という話が改めてあった。今後は、Aさんが安心して働けるような職場環境が提供されるよう、障害をオープンにして就職活動を行っていくこと、そしてAさんについて企業に知ってもらうためには、まず職場実習を行い、その中で企業側にAさんの長所を見出してもらうことができれば就職につながるのではないか、ということが話し合われ、職場実習からの採用の検討が可能な企業の開拓を行うことになった。 3)職場実習  ある日Aさんがハローワークで求人検索をしていたところ、パソコン入力業務が主である事務の仕事で募集があり、ハローワーク窓口で担当の職員に相談することとなった。一般求人であったが、ハローワーク担当職員が人事担当者と交渉し、障害を開示したうえでの面接を行うことになった。当施設ではAさんと履歴書を一緒に作成し、障害者就業・生活支援センターでは面接の練習を行い、当日に臨んだ。  就職面接では練習通り、ハキハキと質問に答えられたこと、そしてパソコン入力が得意であることが評価され、数日の職場実習を経て適性があれば雇用するという流れになった。実習は障害者就業・生活支援センターが中心に支援することになった。実習前に当施設と本人とで、職場で配慮してほしい点を確認しそれを書面にして人事担当者に渡した。本人が配慮を求めた点は「仕事の指示は、ひとつずつお願いします(一度に複数の指示があるとわからなくなってしまいます)」「ゆっくり説明してください」「今日行う仕事量やスピードがどの程度求められているのか、目安を教えてくれれば段取りがつけやすいです」「間違えず確実に仕事をしたいので、最初からスピードを求めず、慣れるまで少し待ってください」であった。それを受け、人事担当者が、仕事面で対人コミュニケーションが伴わないパソコン入力作業を中心業務に用意、仕事のマニュアルを作成しわかりやすく提示、複数の仕事を指示しないこと、仕事の指示は穏やかな口調で伝えること等を配慮し準備してくれたため、Aさんは安心して職場実習を受けることができた。  職場実習では、Aさんのパソコンスキルが高く、真面目な仕事ぶりが評価され、特に問題もなかった。Aさんからは「職場の方々が親切に丁寧に教えてくれたので、仕事がしやすかったです。楽しかったし少し自信もつきました。」との感想があった。そしてその後、雇用契約を結ぶことになった。 4)採用とその後  Aさんの主な業務は、パソコンでのデータ入力作業であるが、合間に資料の印刷や発送も行っている。採用当初は、時々障害者就業・生活支援センターの担当者が職場に同行し、業務遂行の仕方を助言したが、1か月後には、指示された業務を自分で行うことができるようになった。  当施設では就職後の利用者への支援として、必要に応じて電話相談や職場訪問を行っている。Aさんの職場にも定期的に出向き、職場の方から様子をうかがい、Aさんからも話を聴くなどして支援を続けている。その他施設恒例の一泊旅行や忘年会などにはAさんも参加し、充実した余暇を楽しんでいる。  ところで就労移行支援事業所は、利用者が就職してもサービスは終了しない。就職は喜びと同時に、緊張と不安を胸にした新たなスタートである。就職した後も様々な課題が生じる。「上司から注意されたがうまくできず、やめた方がいいのか」「挨拶してもしてくれない人がいる。嫌われているのでは」という不安や、指示された仕事がなかなかうまくできない、お昼休みの過ごし方がわからない、といったことなど様々である。必要に応じて職場に同行し、職場環境や業務内容、社内の人間関係など一緒に確認しながら対処法を検討することが大切である。また企業も本人にどう接していいかわからない場合もあるので、適切に説明し担当者を支援することも求められている。   第3項 精神障害者の支援を通じて感じること  就業支援には、当然のことながら、@本人の職業準備性、A支援機関のチーム支援、B労働条件と本人の特性のマッチング、が重要である。ただこの3点すべてが最初からきれいに揃うことは難しく、試行錯誤しながら支援を進めることになる。100人いれば100通りの事例がある。  また、就業支援は単に「働く」ことだけの支援ではない。ひとりの生活者、あるいは人生そのものの支援をも含んでいる。体調管理にしても、心理教育のみならず主治医との関係や医療サービスの内容、家族との関係、本人の価値観、生活スタイルなどが影響している。精神障害者保健福祉手帳に関しても、Aさんの家族のように申請するまで時間が必要な場合もある。生活保障のため障害年金の手続きや、時には家族問題に介入し世帯分離の手続きを手伝うこともある。就職活動の仕方も、本人は障害を開示するのか、開示せず一般求人で応募するのかで悩む。支援者は障害を開示した方が配慮されていいのではと思うが、それで必ずしもスムーズに進む、というわけではなく各企業の多様な労働環境や方針の中で調整すべき課題は多い。逆に企業の方が熱心にかかわって本人の力を引き出し、我々支援者側の狭い視野に気付いて反省することも多々ある。  大切なことは、支援者があきらめず関係機関と共に創意工夫を続ける努力をすることである。本人は決してあきらめないのだから(ただ「働く」ことがすべてではなく、就職以外の道を見つける場合もあり、あくまでも生き方探しは本人主体である)。支援者は、障害があってもいろいろな可能性がある、と思いながら片方で「大丈夫だろうか、働けないのではないか」などと不安を抱いてしまうことがある。もちろん支援がスムーズに進み、他機関と連携しなくてもそのまま就職に至る例もある。ただ一つの機関だけでかかわるには役割に限界もあり、多角的視点や広がりがもてない場合も多い。特に難しいと感じる事例には就労支援ネットワークを形成する応援団として、協力して各機関がそれぞれの役割を果たすことができれば、新たな道を拓くことができる。そして職場環境の配慮により、本人の力と可能性が存分に発揮されるのである。障害とは環境との相互作用である。職場環境に働きかけること、職場環境を調整することを忘れてはならない。特に福祉関係の支援者は、自らの施設内で過ごしている本人の姿ばかりに注目するきらいがある。しかし本人は環境にあわせ様々な顔や力をもっているものなのである。現に職場実習では施設内では知らなかった本人の顔を発見する。障害が重いのでは、と感じられていた方の表情が引き締まり、きびきびと働く姿に何度感動を覚えたことだろう。「働く」ことへの切実な希望がその姿にこめられているように感じる。Aさんのような姿を何例も何例も知ることで、支援者自身も可能性を信じる、ということがはじめて実感できるように思う。その感動が次の方への支援への原動力につながることを、いつも強く教えられている。 コラムC   ◇地域障害者職業センターにおける障害者支援について◇   <はじめに>  障害者本人の就業に対する意欲の高まりや、「障害者の雇用の促進等に関する法律」の改正に伴う、法定雇用率の改定や差別の禁止、合理的配慮の提供義務等の措置などにより障害者雇用は着実に進展している。厚生労働省が発表している令和2年度の障害者の職業紹介状況等によると、ハローワークを通じた障害者の就職件数はコロナ禍において前年度比で減少したものの、令和元年度の取りまとめまでは、11年連続で増加しており、中でも精神障害者やその他の障害者の就職者数の伸び率が高くなっている。  一方で、当機構の障害者職業総合センター研究部門の調査研究(調査研究報告書No.137「障害者の就業状況等に関する調査研究」)によると、障害者求人と一般求人、一般求人における障害の開示・非開示において、また、支援機関による定着支援の有無等により、就職後の定着率に有意な差があることが報告されている。  これらのことから、近年の就業支援ではジョブマッチングのための支援や就職後、安定した就業を継続するためのセルフマネジメントスキルの向上、就業先の人も含めた職場環境の調整などが重要になってきているといえる。  地域障害者職業センターでは、本ハンドブック本編にあるようにアセスメントからプランニングを経て、支援が必要な障害者に対し、職業準備支援、ジョブコーチ支援等を実施しており、マッチングや職場適応、就業継続の支援を行っている。ここでは、利用者の約6割を占める精神障害者や発達障害者への支援を中心にその概要を紹介する。 <職業準備支援>  職場をイメージした模擬的就労場面での作業体験や各種講習、個別相談などを通して就職や職場適応に必要な職業上の課題の把握とその改善を図るための支援、職業に関する知識の習得のための支援、社会生活技能等の向上を図るための支援を行っている。特に発達障害者向けのカリキュラムとして、ロールプレイを通して職場での対人技能を学ぶ「職場対人技能トレーニング(JST)」や、問題の発生状況や原因を把握し、現実的な問題解決策を選択できるようにするための「問題解決技能トレーニング」、自分の特徴(得手不得手等)を整理して、セールスポイントや配慮してほしいことなどを会社や支援機関、家族に説明するための自己紹介シートである「ナビゲーションブックの作成」などを実施している。また、精神障害の中でもうつ病等の気分障害の求職者が増加している状況を踏まえ、より実践的な模擬的就労場面を設定し、集団によるチーム作業等を通して作業遂行上の課題を把握し、対処スキルの習得を図る「ジョブリハーサル」や、自らの成功体験や職業上の課題などを振り返り、今後の働き方に関する理解を深めるための「キャリア講習」、ストレス対処や体調の自己管理のための「職業生活講習」などを組み合わせたカリキュラムを実施している。 <ジョブコーチによる支援>  障害者の職場適応を支援するジョブコーチ(職場適応援助者)が職場を訪問し、障害特性や職務内容、職場環境など個々の状況に応じた支援を実施している。ジョブコーチはその名称や、これまで支援対象のボリュームゾーンとなっていた知的障害者に対する支援の実践内容などから、職場での作業習得のために作業場面に介入を行うイメージが強いが、地域障害者職業センターにおけるジョブコーチ支援の対象が精神障害者や発達障害者にシフトしていく中で、支援の内容も多様化してきている。例えば、疲労やストレスのセルフケアに関する助言やツールの導入のための支援、本人や企業との相談を中心とした支援を行い、本人と企業のコミュニケーションの円滑化を図るといった、相談支援を中心とした支援が増加傾向にある。また、企業自らの、障害のある社員に対する雇用管理スキルの向上を目指して、企業担当者とジョブコーチが協同で職場適応支援を行う機会も増えてきている。 <事業主に対する支援>  障害者の就業、職場定着を進めるためには、もう一方の当事者である事業主に対する支援も重要となる。このため地域障害者職業センターでは、上記ジョブコーチ支援の項目で述べたような個別の支援を通じた支援を実施するほか、障害者雇用に課題や関心を有する事業主に対し、障害者雇用の段階別にテーマを設定した講座や企業同士の意見交換の場の提供、採用面接の演習、採用後の雇用管理に関するノウハウの提供などを、それぞれの事業主の置かれた状況に応じ、体系的に実施している。 <おわりに>  本コラムでは、地域障害者職業センターにおける障害者支援について、精神障害者や発達障害者に対する支援を中心に述べてきたが、各地域の就業支援体制の整備状況等に応じて身体障害者や知的障害者への支援も引き続き取り組んでいる。近年では、高次脳機能障害者に対する復職や就業支援のニーズも高まってきている。また、うつ病等により休職している者へのリワーク(職場復帰)支援なども行っているところである。障害者、事業主の支援ニーズや地域の就業支援機関の状況に応じて、地域障害者職業センターの支援を活用されたい。 第3節 特別支援学校における支援の実際 〜東京都立志村学園〜 第1項 本校の概要  東京都立志村学園は、平成25年4月に開校した「知的障害教育部門」と「肢体不自由教育部門」を併置した特別支援学校である。  知的障害教育部門については、「東京都特別支援教育推進計画」に位置づけられた「高等部就業技術科」(以下「就業技術科」という。)として設置された(東京都内では4校目の職業学科)。  就業技術科は、定員を設け(本校は1学年80名)、軽度知的障害の生徒を対象に「生徒全員の企業就労を目指す」というコンセプトで設置されている。専門教科である「職業に関する教科」を中心にしながら、各教科等をバランスよく学び、働く力や大人・社会人としての知識・技能・態度等を身に付けようとしている。 表1 3年生時間割(例)  進路指導の基本的な考え方としては、職業に関する教科等の授業で身につけた力を現場実習で試しながら、進路相談で振り返り次の目標を設定し、現場実習でわかった自分の強みはさらに授業で磨きをかけ、弱みは改善していくサイクルを目指している。そして、就職活動としても、現場実習を軸に展開していく。  就職活動として山場になるのは、3年生の9月16日以降に行われる採用選考になる*。東京都の場合、応募は1社ずつになる(10月まで)*ため、どの1社に応募するか、自分で決めてほしいと願っている。そのために本校では、2年生の後半からの現場実習を就職活動と位置づけ、もしかしたら就職先になるかもしれない会社にチャレンジしていく。2年生のうちに複数の職場で現場実習を行い、3年生の現場実習でもそれが続いていく。順調な場合、夏休み前にはこの会社に応募したいと絞り込めるようになっていく。このような進路相談を経て、会社に高卒求人票の申込みを依頼し、雇用条件も含めて応募の意思を確認していく。  *(編集注)令和2年度において東京都の場合は、採用選考が10月16日以降に行われ、11月1日までは1社ずつの応募となっている。 図1 進路指導の基本的な考え方 図2 現場実習と採用選考の流れ(事業所説明用) 第2項 支援事例の紹介 《発達障害者(軽度知的障害を重複) Aさん 男性 18歳》 1)事例の概要  「先生、もう1回M社で実習して確かめたいんだけど・・・」  夏休み前、3年生は一斉に進路面談を実施する。本校では、本人・保護者・担任・進路担当の4人が参加している。  順調な生徒は、この面談で求人への応募について方向性を確認する。「N社かO社か」や「この会社へ応募でいいか」等で迷う生徒も、これまでの現場実習が不調な生徒も、この時期には一定の方向性のもと、秋の就職活動へと向かう準備をしていく。  この時期、Aさんの進路面談も設定された。  部活動では東京都代表チームにも選ばれ、チームを引っ張るリーダー、授業ではストイックなまでに清掃作業に取り組む。そのような彼も、中学校までは、コミュニケーションや数学等の教科学習に苦労してきた。  本校に入学してからは、徐々に自信を取り戻し、2年生からの就職活動にも前向きに積極的に、でも慎重にコツコツと体験を積み重ねてきた。2年生で3社、3年生で2社の実習を重ね、いよいよ応募先の1社を絞る時期になった。  M社とN社、悩みに悩み、その結果M社に応募、内定を勝ち取っていった。 2)支援の経過  @ 「この会社に応募したい」を自分で決める(選択の支援)  「仕事の希望は、自分の強みを生かせる事務作業か、授業でもやっている清掃作業で行きたい」  Aさんの中では、それまでの「職業に関する教科」の授業や仕事に関する学習、1年生の時からの現場実習の体験から、2年生の秋には上記のようなイメージだった。  2年生の後半からの現場実習を「就職活動」とすることは先にも述べた。実はこの意識を作るには、生徒たちも先生たちも苦労する。  1年生や2年生の前半までは「やってみたい・やりたい仕事」で実習を組んでいく。2年生の前半の現場実習では、複数の「やってみたい・やりたい仕事」から、一つに絞って取り組んでいく。授業でも「仕事選び」という言葉で共有している。そこで一つに絞る選択を実際やってみることになる。このプロセスで、「選ぶ」というのは「他を捨てる」ことでもあることを学んでいく。  2年生後半からは、「就職活動」そして「会社選び」になる。つまり、仕事内容だけではなく、職場環境や雇用条件等々、観点を増やした選択になる。そのタイミングで当時地域の就労支援機関が実施していた「職業ガイダンス」を活用した。就職活動に向かう2年生を対象に、その心構えや職業選択に当たっての観点等を学んでいく。 図3 仕事を選ぶときに考えること  「あなたたちが卒業する年の4月に雇用を検討している、こういう会社があって、『ぜひ現場実習で生徒に会いたい』とお話しがあるんだけど、チャレンジしてみますか」  生徒へのこんな投げかけをすると、ほぼ全員「やりたいです!」と現場実習の設定になっていく。生徒も、現場実習をやってみないとわからないことを知っていき、実習終了後の評価や手ごたえ、会社の情報によって次のステップの検討に進んでいく。  Aさんも、この流れで進めていった。終わった後には必ず「この後、(今回現場実習に行った)K社はどうだった?」と聞くようにしているが、Aさんは、「んんん・・・もう1社できますか?」と聞いていた。  「そうだよね、じゃあL社でやってみて、考えてみよう」  Aさんに限らず、本校の生徒が「選択」していく時、比較することがその支援として有効になる。自分で観点を見つけ、絞り、優先順位をつけながら、選択していく。そして、「やりたい仕事」から就職活動を考え始め、「できる仕事」をあわせて就職を目指すことを学んでいく。  「選択」していく時に、「できる仕事」が多いほど、会社の期待(つまり求人内容)に応えることができ、選択肢が広がる・・・その構造を知っていく。  また、一方でこのプロセスをとおして、「この会社に入りたい!」という気持ちを強めていく。比較検討しながら、現場実習で出会った職場のいいところをわかっていき、仲間になりたいと希望していく。  「自分で入りたいと思う1社を決めて、選考に応募して、勝ち取っていく」という流れができていく。  そのため、本校では2年生後半から複数の職場で現場実習を行うわけだが、1件の現場実習は最大で1週間としている。2週間以上の期間の実習を一定期間に複数実施するのは難しい。校内での生活も大事にしてほしいし、授業や授業以外でも力をつけ、もまれて鍛えられてほしいと願っているからである。  L社でも現場実習をやってみたAさんは、学校に帰ってくると次のように振り返った。  「先生、清掃の会社で2社やってみたけど、事務の仕事の会社でも実習できますか?」  慎重なAさんなので、ある程度の予想はしていた。その後事務の仕事のM社とN社でも現場実習をやってみて、「やっぱり事務の仕事、会社で就職したい」と希望が変わっていった。  A 応募先を1社に絞る・決める、そして応募へ(就職活動への支援)  3年生になったAさんは4月の進路面談で、次のように言った。  「M社とN社、3年生の前半でもう一度現場実習をやって決めたい」  就職活動への見通しを持ちながら、夏休みまでにはもう一度実習をして、確かめたいというわけだった。  Aさんは2社からの評価もよく順調に3年生前半の現場実習の見通しを作ることができた。この他に、2年生で実習した希望の会社でもう一度現場実習をやって決めていきたいという生徒、2年生で実習した会社の採用計画が変更になったため求人が出なくなりそう、だから他社で現場実習を設定していく生徒、どうも2年生までの現場実習はうまくいかなかったので他社での実習のチャンスを作ろうという生徒、大きくはこの4つの層に分かれていく。  3年生の7月、前半戦の現場実習を受けて進路面談を設定する。この面談では、応募先を絞り込んでいく内容を話し合う。毎年3年生の6〜7割の生徒が、この面談で希望の1社を決めていくことができている。現場実習でわかったことと、雇用条件とを合わせて、応募を考えていく。  すでにこの時期には、授業の中で高卒求人票については学んでいる。7月になると、学校も高卒求人票を見ることができ、早い人はこの面談で応募を検討することができる。 図4 応募先を絞る  M社とN社で現場実習をやっていたAさんは、この面談でM社の高卒求人票を見たいと希望を話した。すぐにM社にその意向を伝え、ハローワークに求人の申込みをしていただくと、7月の終わりになって学校に届いた。  同じ時期、本校では毎年8月初旬には、3年生は学校管轄のハローワークで「求職登録」の手続きを行う。ほぼ全員登録するため、事前の学習には熱が入る。 図5 「求職登録」とは  求職登録の準備を通して、ハローワークの機能や登録のための手続き、書類の書き方や個人情報の取り扱い等を学んでいく。  登録当日は、いい緊張感を持って、ハローワークの担当者と面談する。その際、自分のことや希望の事業所のことを、しっかり話していく。毎年この求職登録会で、手続きと面談をしていくが、生徒の反応として次のような感想があがる。  「ハローワークって、やさしいんだ。こわい所じゃないんだ・・・・」「ハローワークって、就職の時だけじゃなくて、働く上で困ったりしたときに相談できるんだ」などと実感していく。  「実習をやってみて、雇用条件を見て、私はM社に応募したいと考えています。ハローワークも応援してください。」  求人票を見てこの求職登録に臨んだAさん、特に初めての人と話すのは苦手なのだが、専門援助部門のご担当の方からうまく引き出していただきながら、しっかり希望を伝えることができた。  この後、AさんはM社に応募、「志村スタンダード(志村学園で身につけるべき社会生活習慣のチェックリスト)」や面接練習を経て培った力をもとに、選考を受けて、採用内定を勝ち取っていく。 図6 志村スタンダード(中級編) 3)「働く生活」と定着にむけて  採用選考への応募を軸とした現場実習を組んでいくことで、生徒の目標への意識は明確になり、何を努力すべきかがわかりやすくなる。  在学中にできる最初の定着の支援として、本人が「この会社に入りたい!」と強く思って4月を迎えることと捉えることができる。  AさんもM社という目標を自分で決めた。「ほんとうにいいのか?」と確かめた2回の現場実習とハローワークでの求職登録でその気持ちを強め、実習でもらってきた「宿題(今後成長するための課題等)」に授業で磨きをかけてきた。  自分の目標を持つと、彼らは必ず努力していく。コミュニケーションに苦手意識を強く持つAさんも、学校・ハローワークの面談や面接練習を経て、自信をつけて突破した。  一方で、高校生の採用選考のルールを意識して流れと動きを作ることで、会社もスケジュールを意識して動いてもらえるようになる。そうすると、従来の特別支援学校生徒への内定が、大幅に早くなる。そうなると、卒業後の職業生活を見据えた学習を計画的具体的に進めることができる。  採用内定が早く出ることで、卒業後の「働く生活」に向けての学習に時間を使うことができるようになる。  学校は個別移行支援計画を作成することになるが、本校では「マイ・ライフ・プラン」と呼び、自分の生活設計をする学習として取り組んでいる。  11月ごろになると、採用内定をもらえる生徒も増え、徐々に卒業後の生活が近いと実感できるようになる。授業でも「困ったときや心配事ができたとき、どうすればいい?」などの話題も増えてくる。  本校では、このタイミングで「就労支援機関連絡会」として、生徒の居住地ごとに設置されている「就労支援センター」と面会する機会を設定している。  相談が苦手で、新しい人に会うのも得意ではない生徒は、年度末に登録する前に面会しておくことで、少しでも距離を縮め、本人達から「話を聞いてほしい」という関係に近づけるような機会にしている。  Aさんは、3年生の夏休みに通勤寮の見学に参加している。「働く生活」を考える上で、福祉サービスを利用しながらの自立を知るためだった。  「通勤寮でお金と力を貯めて、将来は一人暮らしをしたい」  これが彼の「働く生活」作りの目標だった。  「でも、すぐに一人暮らしは難しい・・・お金も貯めたいし、料理や洗濯も覚えたい」  そのために、通勤寮だけでなく、内定が出た後はグループホームを3件見学し、卒業時点で入居することになった。  そして、グループホームのある住所地の就労支援センターに登録した。 第3項 まとめ 1)特別支援学校の進路決定支援  高校生の採用選考のスキームに合わせていくことで、自分で目標を設定して、勝ち取るための努力を捉えやすくなる。そして、現場実習をはじめとする進路指導の柱のあり方も、そこに合わせていく必要がある。  「働くのはあなたたちです。保護者や先生たちではありません。現場実習は複数の会社でできますが、応募できるのは(東京都の場合10月まで)一社ずつです。どの一社に入りたいか、あなたたちが決めてください。でも、入ることができるかどうか、決めるのは・・・・・会社です」  法制度が変化し、様々なフレームが変わっていく中、本人が「この会社に入りたい」と、強く思って勝ち取る仕組みを工夫できる学校でありたいと考える。 2)「働く生活」にむけて  働く意義は多様で、それぞれの年齢や状況によっても変化する。ライフステージ上で出てくる「ライフイベント」について知り、「こんな生活を作りたい」と目標を持ちながら、働き続けられるようになってほしい。  そのためには「相談」が必要になる。  苦手なことは支援を求める、自分の役割をわかって、努力を応援してもらう。本人達から見て、頼れる人(機関)を増やしてほしい。  出身学校も含めた支援機関との関わりも、対等な関係性を作りつつ、活用していきながら、大人としての学びにつなげていきたい。 コラムD   ◇働く障害者の声◇    障害者の就業意欲の高まりとともに、企業における障害者雇用者数は平成16年以降上昇の一途を辿り、障害者雇用率も令和3年6月時点では2.20%と過去最高となっている。そうした中で実際に企業において生き生きと働く障害者の姿は、就業支援の必要性、重要性を再認識するきっかけとなろう。そこで、ここでは実際に企業で働く障害者の声として、ゆうせいチャレンジド株式会社※で働く障害者の方々の生の声をご紹介する。 ・53歳 男性 「毎日一緒に頑張っている仲間と旅行に行ったり、ボウリングをしたりすることが、仕事を通じての楽しみです。もちろん、頑張って働いた自分の給料でというのがうれしいです。」 ・45歳 男性 「仕事を通じて、苦手なことでも頑張って出来るようになったことがあります。仕事でなければチャレンジしないことだったので、仕事をしていてよかったです。」 ・41歳 女性 「仕事をして給料をもらうと、より一層責任を感じ、頑張ろうという気持ちになります。そして、働いていると『いつもきれいにしてくれて、ありがとう』という声をかけられることもあって、自分が会社の役に立っているんだなぁと感じます。」 ・41歳 男性 「給料をためて、いつか独り暮らしがしたいです。そして、結婚もしたいです。そのためには仕事を頑張らなくてはなりません。」 ・36歳 男性 「将来的には、ビルメンテナンスの講習を受けたり、資格を取ったりしたいです。でも今は、まず毎日の仕事のレベルをあげることが目標です。それがいつか、講習の受講や資格へのチャレンジにつながっていくと思います。」 といったように企業で働くことは障害者にとっても有意義な日常生活を送るための活動の場となっており、また、さらなる生活の充実や自己の能力開発など生涯を通じての生活の質(QOL)の向上に繋がる活動となっていると言えよう。 ※ゆうせいチャレンジド株式会社=平成19年設立。日本郵政グループの特例子会社。社員数198名、内チャレンジド(知的障害等のある社員)は155名 (令和2年10月末現在)。本社、支店合わせて勤務地は18箇所。チャレンジドは主に社屋の清掃に従事。