第4章 就業支援に必要な知識  本章においては、支援に当たって知っておくべき事項として、障害特性と職業的課題(身体障害、知的障害、精神障害、発達障害、難病について)および障害者雇用に関する制度を概説する。  就業支援に当たっては、障害特性に応じた配慮すべき事項や支援のポイント、また様々な制度を理解しておくことは必要であるが、支援対象者の障害種別等に関わらず、支援の基本は、前章までに記述されている就業支援プロセス、考え方である。  このため、本章においては、各障害に関する事項や様々な制度を概括するに留めている。更に理解を深めたい方は、資料(271ページ以降)に掲載する各書を参照いただきたい。 第1節 障害特性と職業的課題 第1項 身体障害 1)身体障害の概要  @ 身体障害とは  「身体障害者」とは、「身体障害者福祉法」における定義では、「同法の別表に掲げる身体上の障害がある18歳以上の者であって、都道府県知事から身体障害者手帳の交付を受けたもの」である(表1)。また、同法施行規則の身体障害者障害程度等級表においては、身体の機能・形態の障害、あるいは日常生活活動の制限の程度により、障害程度が1〜7等級に区分されている。なお、7級の障害は1つのみでは身体障害者福祉法の対象とならないが、7級の障害が2つ以上重複する場合、または7級の障害が6級以上の障害と重複する場合は、法の対象となる。   表1 身体障害の範囲  A 身体障害の特性  身体障害には様々な種類があり、その特性は、障害部位や障害の現れ方(機能の喪失か制限かなど)、障害の原因(固定的な障害か、進行性の病気や変動性の病気が原因となっているか)、発症時期、知覚障害や痛みなど随伴する障害の有無、補装具の有無などにより異なってくる。第2項において、障害別の特性の概要を説明する。    B 雇用対策上の位置付け  「障害者の雇用の促進等に関する法律」における「身体障害者」とは、表1に掲げる身体障害者と一致し、身体障害者障害程度等級表の1〜6級の障害がある者および7級の障害を2つ以上重複して持つ者をいう。身体障害者であることの確認は、原則として身体障害者福祉法に基づく身体障害者手帳によって行うこととなる。  また、「重度身体障害者」とは身体障害者障害程度等級表の障害等級が1級または2級に該当する者および3級に該当する障害を2つ以上重複することによって2級に相当する障害のある者をいう。   2)職業的課題と支援のポイント  @ 肢体不自由  肢体不自由といっても、障害の原因・部位・程度は様々である。原因には疾病と外傷がある。疾病には、先天的なものと後天的なものがある。外傷には脊髄損傷、頭部外傷、切断、骨折などがある。  障害部位別には、運動機能障害を上肢(手)、下肢(足)、体幹(胴体)に区分けし、障害の現れ方には、欠損による機能喪失(切断等)と、本来の機能の制限や喪失(失調・まひ等)の場合がある。  以下、障害原因による区分の代表的な例として、脳性まひ、脊髄損傷、脳血管障害、頭部外傷、切断などの障害について解説する。     イ.脳性まひ  脳性まひは、乳幼児期以前に生じた脳の病変が原因で、運動障害や姿勢異常が発生したものである。タイプは、主に痙直型とアテトーゼ型に分類される。まひの部位により、四肢まひ、両下肢まひ、右または左半身まひに区分される。 〇痙直型:この型は障害のある部位の筋肉の緊張が強く、運動がぎこちなかったり、速く動かすことができない。 〇アテトーゼ型:自分の意志で手足を動かそうとすると、意志の関わりのない不随意運動が起こり、思いどおりに運動ができないのが特徴である。発声器官が上手くコントロールされないため、言語障害を伴うこともある。  精神的緊張が強まると、脳性まひ特有の症状である不随意運動などが起こりやすくなることがあるため、リラックスできるような環境作りが大切である。     ロ.脊髄損傷  交通事故、スポーツ事故、労働災害などにより脊髄のある部分が圧迫骨折したり、脊髄腫瘍や脊髄炎などの病気のために、脊髄のその部分から下の機能が失われた状態である。頸椎であれば四肢に、腰椎以下であれば両下肢に運動機能や知覚のまひが起こる。脊髄損傷者はまひが出ているところの動きが制限され、医療管理が必要であるが、車いすや自動車などの移動手段が獲得され、作業場や作業機器などの職場環境を車いす使用で対応可能なものにすれば、就業は充分に可能になる。排泄の感覚の障害などにより、尿路感染症や膀胱炎、腎炎などにかかりやすく、定期的な検査が求められることや、知覚まひのため長時間の座位作業により褥瘡ができやすいこと、火傷、切り傷などができやすく治りにくいこと、頸髄損傷者は首から下の発汗機能の障害により体温調節が難しく、部屋の温度調整が必要であることなど、運動機能以外の困難さに配慮が必要である。     ハ.脳血管障害  脳血管障害は、脳の血管の病変(出血や梗塞)によって生じた脳の障害で、病変の起こった反対側の半身に痙性まひが現れる。病型により、脳内出血(脳出血、くも膜下出血)と脳梗塞(脳血栓、脳塞栓)に区分される。  障害特性としては、運動機能障害(片まひ、失調)や知覚障害(感覚脱失、しびれ、視野障害)に加え、高次脳機能障害(失語、失行、失認、注意障害、記憶障害、病識欠如など)が合併しやすいのが特徴となる。よって、運動機能障害とともに、高次脳機能障害への対応が不可欠となる(高次脳機能障害の項目(191ページ)参照)。     ニ.脳外傷(頭部外傷)  脳外傷では、頭部に強力な外力が加わり、脳の組織が損傷されることにより、後遺症として運動機能障害や精神機能障害が起こる。運動障害は比較的軽傷ですむ場合が多いのに対し、注意障害や記憶障害などの認知機能障害が重度となる場合がある。注意力・集中力の障害、精神的疲労、記憶障害、情緒不安定、欲求不満耐性低下、うつ状態、ひきこもり、抑制低下など、知的・認知的・社会的・情緒的機能へのアプローチが重要となる(高次脳機能障害の項目(191ページ)参照)。   ホ.切断  外傷、疾病など様々な原因で、四肢の一部を失った場合、義肢(人工の手足)などを装着することで、形態的・機能的障害を補うことができる。受傷早期には、心理的ショックが大きい。義肢(義手・義足)を装着し使用訓練を行えば、就業は可能である。    A 視覚障害  視覚障害者の障害の状態、程度は様々である。また、重度の視覚障害者(身体障害者手帳の1・2級)といっても、視力を全く失った人から、矯正した両眼の視力の和が0.04以下の人まで様々となる。視機能が低下して日常生活や就労等に支障をきたす状態はロービジョン(弱視)と呼ばれ、拡大読書器やルーペ等の補助具により、独力で文字の読み書きができる場合がある。歩行については、白杖や盲導犬を用いなければ単独歩行が困難な人から、残された視力を使って単独歩行が可能な人までいる。また、視覚障害者は視力の障害以外に、視野欠損、視野狭窄、色覚異常、眼球運動の異常等を伴っている場合もあり、障害の状態や程度も異なってくる。  視覚障害者の雇用に当たっては、職務内容そのものの他、通勤、コミュニケーションへの考慮が必要となる。  通勤については、全盲者の場合でも、盲学校や視覚障害者リハビリテーション施設で歩行訓練を受け、白杖を使っての安全確実な歩行技能を身につけているので、最初の数回、同行して歩行情報を伝えれば、その後は単独で通勤可能となる。職場内の移動についても、最初に職場内を同僚が一緒に回り、位置や経路を確認しておけば何ら問題はない。ただし、通常利用する通路には物を置かないようにするなどの注意が必要である。  コミュニケーションについては、回覧文書による情報伝達は、要点を口頭で伝えることが必要である。直接対面で伝達できない場合は、ボイスレコーダーを利用する。コンピューターを使い、データとして文書を登録し、Eメール等を活用すれば、合成音声で読み上げさせたり、点字に変換して出力させたり、文字を拡大表示したりができる。また、会議や懇親会などでは、同席者の名前や位置を知らせる配慮が重要である。さらに、物の指示は、指示代名詞(そこ、あれ)でなく、具体的に何がどこにあるかを示す等の配慮が大切である。  B 聴覚・言語障害  聴覚・言語障害者は、小さな音が聞こえないだけの人から、大きな音でもわずかに響きを感じるだけの人(難聴者)、全く聞こえない人(ろう者)まで大きな差がある。また、聴力の損失が生じた年齢、障害原因の性質・程度、受けた教育などの違いによって、聞き取る力だけでなく、話す言葉の明瞭さや、言語能力にも大きな違いがある。個人差はあるが、音声言語の基本的概念を獲得する以前に失聴した人は、言語理解面で困難を伴う。ただし、現在、教育方法や補聴器の進歩によって、失った聴力の程度と言語能力の程度は必ずしも直結しなくなっている。  ろう者はコミュニケーション手段として聴覚を利用できないので、身ぶり、口話(読唇+発語)、手話、筆談等の手段が必要となる。難聴者の場合は、補聴器を用いるなどで、1対1の会話はこなせる場合もあるが、集団場面(集会や会議)や電話での対応には不自由がある。  また、聴覚を利用できないとは、単に聞こえないだけでなく、健常者が普段何気なく取り入れている情報が入らないという「情報障害」が生じているということに留意が必要である。情報障害ゆえに、常識が欠如している、気が利かないと誤解されたり、ちょっとしたコミュニケーションの困難さから疎外感や孤立感を感じるといった心理的側面や職場の人間関係における相互作用に配慮しなければならない。  C 内部障害  内部障害には心臓機能障害、腎臓機能障害、呼吸器機能障害、ぼうこうまたは直腸の機能障害、小腸機能障害、ヒト免疫不全ウィルスによる免疫機能障害、肝臓機能障害の7つの種類がある。身体障害者福祉法による障害等級は1級、3級、4級の3段階(免疫機能障害および肝臓機能障害は、1級、2級、3級、4級の4段階)となっている。判定に際しては、障害原因別に一定の医学的基準が設けられているが、職業能力の点からみると、等級と必ずしも一致しない。例えば、腎臓機能障害の場合、1級の人は腎臓機能をほぼ全廃している最重度となるが、人工透析治療を行うことによって、労働時間や疲労への配慮等により健常者と変わらない状態で働くことができる。  それぞれの内部障害者に共通していることは、体力や運動能力が低下していることである。重い荷物を持つこと、走ること、速く歩くこと、坂道や階段を上がることなど、急激な肉体的負担を伴う行為が制限される。また、風邪をひきやすいとか、自己管理を怠ったり、過労になると体調を崩しやすいといった点があるが、これは本人や周りの人がよく注意し、睡眠時間や食生活などの工夫をするなど、自己管理をきちんとすれば特に問題ない。必要に応じて、本人や主治医、専門医より留意事項等の情報を入手しておくことが大切となる。  D 高次脳機能障害  脳血管障害や脳外傷などの脳損傷により、身体機能障害だけでなく種々の精神機能障害が生じる。精神機能障害は高次脳機能障害とも言われるが、精神機能を司る脳の損傷部位の違いにより高次脳機能障害は、@全般的障害としての意識障害と認知症、A巣症状(脳の限局した一部の破壊等により現れる症状)としての失語症、失行症、失認症等、B一般精神症状としての注意障害、記憶障害、意欲障害に分類される。  就業支援では、@の意識障害や認知症は障害が重度で日常生活にも大きな支障をきたすので困難を伴う。また、Aの巣症状とBの一般精神症状について、重症度が問題となる。程度が重ければ日常生活にも大きな影響を及ぼし、軽度の場合には、日常生活ではさほど支障とならなくても、職業生活遂行上は問題となるので留意が必要となる。就職・復職支援に当たってのポイントや職場でのサポートについては、障害者職業総合センター職業センターが実践を基にとりまとめた実践報告書・支援マニュアルを参照いただきたい(資料273ページ以降参照)。  なお、高次脳機能障害については、身体障害者障害程度等級表に掲げる身体上の障害がある場合はもちろんのこと、失語症による聴覚・言語障害として申請しても身体障害者手帳交付の対象となるが、最近は、身体障害を伴わず注意障害や記憶障害等の高次脳機能障害だけ有する場合に、精神障害者保健福祉手帳を取得するケースが一般的になっている。  障害特性に関しては、〇症状が多様で複雑であり、〇外見からは見えにくく、〇症状が不安定で、〇症状出現が不規則、〇本人にとっても症状が自覚されにくいなどが挙げられる。障害把握の方法としては、〇神経心理学的検査による症状の正確で量的な把握が必要であるとともに、〇机上検査だけでなく、日常生活場面や職業生活場面などの現実場面における行動観察を通じて、どのような場面でどのような問題が生じるかについての質的な把握が必要となる。そうすることによって具体的な対応策の検討が可能となる。  以下、代表的な各症状について説明する。 高次脳機能障害の分類   出典)大川弥生:職リハネットワーク(No.22).1993に基づく。ただし、痴呆は認知症に変更。1)   イ.失語症(左大脳半球の障害による代表的な症状)  脳の器質性の病変により、「聴く」、「話す」、「読む」、「書く」といった言語シンボルの理解と表出に障害をきたした状態を失語症というが、損傷部位や損傷の大きさにより、症状や程度が異なる。一般的には言語中枢は左大脳半球にあり(身体機能障害として右片まひを合併することが多い)、前方が損傷されると主に言語の表出の障害が、後方が損傷されると主に言語の理解の障害が出現する。これは口頭言語(話す、聴く)だけでなく、書字言語(書く、読む)にもあてはまる。また、計算障害も生じる。これらの障害により、職業場面では、対面会話や電話の応対が不可欠な営業職、読み・書き・計算が不可欠な事務職、報告書作成等種々の技術を必要とする技術職などでの就業が困難になる。就職や復職を考えるうえで、失語症は軽度であっても、電話対応や、対人業務、職場内コミュニケーション等での課題が生じる可能性もあるため、職業能力を適切に見極めることが重要である。   ロ.失行症(いずれの半球障害でも出現する症状)  身体部位(手や足)を動かすことができ、何を行うべきか頭でわかっているにも関わらず、目的に応じた動作ができない状態を失行症という。左大脳半球が障害されると、観念失行(歯ブラシや櫛などの日常的な道具の使用障害)や観念運動失行(ジャンケン、手をふるなどの動作の障害)が出現する。右大脳半球が障害されると、着衣失行(衣服をうまく着られない)や構成失行(物を組み立てたり、絵を描くことができない)が出現する。これらの症状は、検査して初めてわかる症状であったり、行動が奇異であったり(歯ブラシを櫛として使う等)するので、周囲の理解を得にくい症状といえる。  これらの症状が重度の場合は日常生活にも支障をきたす。軽度の場合は、日常生活面ではそれほど問題はないが、職業場面では作業手順がわからない、空間配置が上手くいかないなどの問題が生じる可能性があるので、作業遂行の確認が必要である。     ハ.失認症(右半球の障害による代表的な症状としての半側空間無視)  外界の情報を取り入れる感覚様式に対応して、視覚失認、聴覚失認、触覚失認などがあるが、通常、問題とされるのは出現頻度の高い視覚失認である。視覚失認とは視野や視力など、感覚器官自体には問題がなく、感覚刺激の入力は可能であるが、入手した情報の処理過程に問題があるために、視覚的認知に障害が生じる状態である。両側大脳半球の後頭葉が損傷されると、人の顔がわからない、色の区別ができない、文字が読めない等、視覚的に捉えた対象が理解できないという視覚失認が生じ、対人関係や日常生活に支障をきたす。  視覚失認の中で、特に出現頻度の高い症状に視空間認知障害としての半側空間無視がある。これは主に右大脳半球が障害された際に生じる左半側の空間に対する注意・認知の障害である。例えば、食事の際に左側に置いてあるご飯などを食べ残す、洋服の左袖に腕を通さない、左側の髭をそり残す、歩行の際に左側の障害物に気付かずぶつかる、左側の車に気付かない等、日常生活を送るうえでも問題となる。症状が軽度で日常生活ではそれほど問題がない場合であっても、職業場面では、車の運転や事務作業でミスを犯しやすいなどの問題を引き起こすこともあるので、職務内容、周囲の者の協力等職場の環境の配慮が必要である。     ニ.注意障害(脳外傷者に多くみられる症状)  前述した半側空間無視は方向性の注意障害で、空間の半側に偏った注意障害であるのに対し、全般的な注意障害(前頭葉損傷で起こりやすい)が生じることがある。意識ははっきりしているのに、集中が困難で外部刺激の影響を受けやすい、多くの刺激の中から必要な刺激を選択できない、いくつかの刺激に注意を適切に配分できないなどの障害に分けられる。全般性注意障害が軽度の場合は、日常生活にはそれほど支障がないが、高度で複雑な情報処理能力が要求される職業場面では、ミスを犯しやすい、作業に時間がかかる等作業能力の低下により障害が露呈するので、職務内容等の配慮が必要である。  注意機能検査として、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が開発した「パソコン版 空間性注意検査・軽度注意検査」があり、簡便に注意障害の客観的・定量的評価ができる。検査結果が即時にフィードバック可能であるため、障害自覚を促すことにも役立つ(資料271ページ以降参照)。     ホ.記憶障害(脳外傷者に多くみられる症状)  記憶とは経験を貯蔵し、必要に応じてそれを取り出す操作である。その過程は記銘・保持・再生に分類される。この過程のどこかに問題がある場合を記憶障害という。記銘障害は、意識障害や注意障害、知能低下でも生じる。記銘は正常だが、保持・再生の段階に問題がある場合を健忘症という。脳外傷者には、遠い過去の出来事は思い出せても、新しく経験したことを覚え込むのが難しいという前向性健忘が多くみられる。新たな学習が困難となることが就業に当たっての大きな課題となるため、メモの活用等により覚えなくても確認できるようにすることが重要である。 記憶の分類 ─内容による分類─<Tulving;1972>     ヘ.遂行機能障害(前頭葉損傷で出現しやすい症状)  遂行機能は実行機能とも呼ばれる。人が自立し、目的にそって自律的に行動する能力と定義され(Lezak;1995)、内容的には、〇目標の設定(自発性や意図を必要とする構想能力)、〇計画の立案(行動を導く枠組みの設定)、〇計画の実行(複雑な一連の行動の系統的な開始・維持・終了)、〇効果的な行動遂行(自分自身の行動を監視し修正する能力)の4つの要素に分類される。遂行機能障害は、脳の損傷部分に着目すれば、活動のプログラム、調整、実行の役割を担っている前頭葉障害との関連が強いといえるが、障害によって起こる行動上の変化に着目すれば、気が散りやすい、行動の修正が困難、社会生活上不適当な振舞いをしがち等、一般精神症状(意欲障害、注意障害、記憶障害)と心理・社会的行動障害(自発性低下、衝動性、脱抑制、抑うつ、不安・興奮・乱暴などの異常行動)の中間に位置するものと考えられる。   ト.その他の精神症状(意欲障害、感情障害、病識欠如など)  脳損傷により、前述の高次脳機能障害の他にも精神的な問題が発生することがある。周囲への無関心・無為・無欲などの発動性の低下、情動体験の平板化・貧困化や抑うつ、焦燥感、固執傾向、過緊張、感情失禁、情緒不安定など精神心理的な症状や感情表出面での障害が見られる場合もある(意欲障害、感情障害)。  また、障害の受容における問題も指摘される。この場合、現在の自分の障害を理解せず、回復に対しての過度の楽観や、自己の能力の過大視といったことが生じる。このような障害受容の困難さや自己認識の乏しさは、対人関係に支障をきたしやすい(病識欠如)。  いずれにしても、課題が生じる原因は障害のみならず、周囲の環境によるものとも考えられるので、まず原因を正確に把握することが支援に向けての一歩となる。   <引用文献> 1)大川弥生:“高次脳機能障害とは”.職リハネットワーク(No.22).1993.P4-7 <参考文献> 〇独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:2019年度版障害者職業生活相談員資格認定講習テキスト.2019 〇中村隆一監修ほか:入門 リハビリテーション医学(第3版).医歯薬出版.2007 〇高次脳機能障害支援コーディネート研究会監修:高次脳機能障害支援コーディネートマニュアル.中央法規出版.2006 〇中島八十一・寺島彰編集:高次脳機能障害ハンドブック 診断・評価から自立支援まで.医学書院.2006 第2項 知的障害 1)知的障害の概要  @ 知的障害とは  知的障害については「身体障害者福祉法」、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」と異なり、「知的障害者福祉法」に知的障害の定義に関する条文もなく、法令上の定義は明確ではない。また、福祉サービス等の利用の対象者であることを証するものとしての療育手帳に関する条文もなく、療育手帳は都道府県(政令指定都市)独自の施策としてそれぞれの判定基準により発行されている。  知的障害の定義の解説として多く用いられるものに、アメリカ知的・発達障害協会(AAIDD:American Association on Intellectual and Developmental Disabilities)における定義1)がある。 【アメリカ知的・発達障害協会(AAIDD)における定義】  知的障害は、知的機能と適応行動(概念的、社会的および実用的な適応スキルによって表される)の双方の明らかな制約によって特徴づけられる能力障害である。この能力障害は 18歳までに生じる。この定義を適用するには以下の5つを前提とする。 1.今ある機能の制約は、その人と同年齢の仲間や文化に典型的な地域社会の状況の中で考慮されなければならない。 2.アセスメントが妥当であるためには、コミュニケーション、感覚、運動および行動要因の差はもちろんのこと、文化的、言語的な多様性を考慮しなければならない。 3.個人の中には、制約と強さが共存していることが多い。 4.制約を記述する重要な目的は、必要とされる支援のプロフィールを作り出すことである。 5.長期にわたる適切な個別支援によって、知的障害がある人の生活機能は全般的に改善するであろう。 ○知的機能とそのアセスメント  知的機能には、推論する、計画する、問題を解決する、抽象的に思考する、複雑な考えを理解する、速やかに学習する、および経験から学ぶことが含まれる。1)  この知的機能は、標準化された評価尺度によって得られた知能指数(IQ)によって表すことが一般的である。そして、「知的機能の明らかな制約」は、使用する知能検査の標準測定誤差と、検査の長所および制約を考慮して、IQ得点が平均より約2標準偏差以上低いことを指す、とされている。1)  代表的な知能検査は、ビネー式(田中・ビネー式知能検査など)とウェクスラー式(WAIS-R成人知能検査、WAIS-V成人知能検査など)である。 ○適応行動とそのアセスメント  適応行動は、日常生活で人々が学習し、発揮する概念的、社会的および実用的なスキルの集合である。1)  「適応行動の明らかな制約」は、障害のある人とない人を含む一般的な集団に基づいて標準化した尺度によって、(a)適応行動の3つの型(概念的、社会的または実用的)のひとつ、あるいは(b)概念的、社会的および実用的スキルの標準化した尺度による総合得点で、平均より約2標準偏差以上低い能力として、操作的に定義される。なお、得点を解釈する時は、アセスメント法の標準測定誤差を考慮しなければならない、とされている。  また、適応行動は多次元的で、以下を含むとされている。1) ○概念的スキル:言語 (読み書き)、金銭、時間および数の概念 ○社会的スキル:対人的スキル、社会的責任、自尊心、騙されやすさ、無邪気さ (用心深さ)、規則/法律を守る、被害者にならないようにする、および社会的問題を解決する ○実用的スキル:日常生活の活動(身の回りの世話)、職業スキル、金銭の使用、安全、ヘルスケア、移動/交通機関、予定/ルーチン、電話の使用  A 雇用対策上の位置付け  「障害者の雇用の促進等に関する法律」における「知的障害者」とは、 原則として、療育手帳を所持している人、あるいは地域障害者職業センターにおける知的障害者判定により知的障害があると判定された人(知的障害者判定に係る判定書を交付)とされる。地域障害者職業センターにおける知的障害者判定は、療育手帳とは別のものであり、障害者雇用に係る各種援助制度においてのみ適用される。  また、療育手帳においては、一般的に障害の程度をA(重度)、B(中軽度)と区分して表し、A判定のある人が重度とされる。しかし、障害者雇用に係る各種援助制度の適用においては、B判定である人についても「重度」として扱われる場合がある(重度知的障害者判定に係る判定書を交付)。B判定の人が障害者雇用に係る各種援助制度上「重度」に該当するかどうかの判定は、地域障害者職業センターにおいて実施されるが、その判定の基準の一つとして、知能検査、職業適性検査および社会生活能力調査の結果が用いられる。 2)職業的課題と支援のポイント  @ 知的障害の職業的課題  知的機能の制限に伴い、職場における作業遂行力やコミュニケーションなどの面で職業的課題が生じる。職場の中での課題としては、次のような事項が挙げられる。しかし、知的障害の特性は一人ひとりによって異なり、また、職業的課題は社会的・環境的条件や支援・配慮の有無・程度との相互関係の中で変わりうるものであることに充分留意しなければならない。 【知的障害の職業的課題】 ○具体的なことに比べ、抽象的なことを理解する力が弱い。 ○読み書きや言葉の理解、計算の能力に制限がある。 ○作業手順を覚えたり、課題の処理に時間がかかる。 ○一度に複数の指示を出されると指示が抜ける。 ○空間的な理解・判断が苦手である。 ○段取りや手順を考えたり、工夫することが難しい。 ○同じことを場面を変えて応用することが難しい。 ○過去の経験や知識を組み立てて推理したり、問題解決法を考えることが難しい。 ○同じ失敗を繰り返すことがある。 ○周りの状況に気付かず、周囲に配慮することが難しい、あるいは、その幅の広さに制限がある。  A 支援のポイント  就業支援を行う場合、どのような配慮があれば職場において能力を発揮できたり、適応がスムーズになるかという環境調整のアプローチが求められる。上記の知的障害の職業的課題に対して、どのような環境調整をするべきかを、認知障害のある人に対する課題遂行や良好な対人関係の構築のための環境調整のポイントを引用して示す。  知的障害を認知機能(情報処理のプロセス)の制限と捉えると、高次脳機能障害や発達障害など、認知機能の低下やゆがみがある場合(認知障害)に対応する支援技法と共通する部分も多い。知的障害の様相は多様であり、また、環境との相互作用により課題の現れ方が異なることを考慮すると、知的障害に対する特有の支援技法がある訳ではない。そのため、記憶力や注意力の低下に対する補償方法、物事をわかりやすくする構造化の方法など、認知障害に対するアプローチ法を共有し、課題に応じて利用することが有効となる。 【認知障害に対する環境調整において考慮すべきポイント】 ○入力の制限  → 情報伝達は処理能力の範囲内に納めること。 ○作業の分割  → 一度に処理できない複雑な作業は簡単な作業へ分割し、処理しやすくすること。 ○構造化  → 理解しやすい構造化された環境を整備し、混乱や間違いを少なくすること。 ○手がかり  → 行動をはじめるきっかけとなるように、適切な視覚、聴覚刺激を示すこと。 ○失敗のない学習  → 失敗経験の少ない学習を行うこと。 ○ストレス・疲労を減らす  → 十分な時間を取ることを許し、疲れないようにすること。 (渡邉修ほか:"認知障害 ".総合リハビリテーション(Vol.29,No.10). 2001.P910より一部抜粋・加筆・変更2))   イ.入力の制限  処理能力を超える多くの情報が一度に入ると、誰もが適切な行動を行えなくなる。指示が抜ける、周囲に配慮できないなどといった課題は処理能力を超えているために起こることであるが、それは仕事ができない、物わかりが悪いといった偏見の強化や感情のしこりを生む原因ともなる。着実で適切な課題遂行のためには、当初は「入力の制限」を念頭に置いて接することが必要である。次のような配慮や支援を行うことにより、入力の制限を図ることができる。 【入力を制限するための方法】 ○言葉がけは必要最小限の具体的なものに限定するよう心掛けること。落ち着いた声でゆっくりと話した方が情報量が減る。 ○目標は段階的に設定すること。 ○手順は固定し、いつも同じ伝え方をすること。 ○情報は整理してから提示すること。 ○口で話して聞かせるよりも、視覚的に目で見せること。 ○支援者が目立たないようにするなど、支援の進行に従い、立ち位置に留意すること。  小川浩氏はジョブコーチの支援技法を解説した「ジョブコーチ入門」3)の中で、分かりやすい教え方を実践するための考え方と技法を整理して示している。重要なポイントは、「言語指示(言葉で教える)」、「ジェスチャー(身ぶりや指さしでヒントを与える)」、「見本の提示(やってみせる)」、「手添え(手取り・足取り教える)」といった階層別の指示の手段を駆使して仕事を教えること、そして、常に最も介入度の少ない指示・手がかりで教えることによって、最短期間で訓練を終了するよう心掛けることである。さらに、言葉でやり方を教える場合は、必要最小限で具体的指示に限定すること、そして、基本となる手順を固定し、あらかじめポイントを絞って段階的に指導することである。  また、耳で聞くだけでなく、テキストやマニュアルなど視覚的資料があるほうが、情報が確実に伝達されやすい。ポイントが整理されることに加え、一度に部分と全体の関係を確認できたり、また、その場で消えてしまう聴覚的情報と異なり、後から復習が可能ということもある。  多くの知的障害者を雇用するあるビルメンテナンス会社では、入社初日には、図1のようなマニュアルを準備している。図2は、清掃現場に行く前に準備すべき道具の一覧を写真にしてロッカーの扉の裏に貼りつけてい るものである。伝えたい内容をあらかじめ整理し、視覚的資料にしておくことで、明文化されていない多くの情報をコンパクトに、かつ確実に伝えることに役立っている。   図1 マニュアル             図2 準備すべき道具一覧   ロ.作業の分割、構造化、手がかりの提示  支援に当たっては、支援者が作業を熟知し、そのうえで作業のプロセスや内容を分割・整理し、できるだけわかりやすくシンプルなものに構造化して示す工夫が求められる。その際、手がかりの提示を組み合わせるなど、ちょっとした工夫により、職場環境をより分かりやすいものに再構成することが可能である。詳しくは、69〜72ページに記載している3)行動を習得する(課題分析)、4)環境の構造化の考え方、5)さまざまな支援ツールを参照されたい。   ハ.失敗のない学習  認知に障害がある場合は、スムーズな課題遂行のために失敗体験を繰り返さないようにすることが重要である。これは、失敗の試行錯誤から抽象的な一般法則を学ぶことが難しいことに加え、失敗体験が手続き記憶として残り、かえって正しい学習の妨害となってしまうことによる。目標を段階的に設定する、目標を絞る、具体的な到達目標を示す、習得の成果を確認し正しい行動を強化するなどの、失敗体験を繰り返さないための配慮が必要となる。  また、知的障害のある人は、注意された時に状況を充分把握できないた め、何が正しくて何が誤っていたのか分からないまま、「叱られた」という感情面の記憶だけが残り、正しい行動も身につかず自信を失っていくという悪循環に陥ることも多い。どのポイントが正しく、どのポイントが誤りであるかについては具体的に示し、正しい行動は評価し、誤りについてはどうすべきなのか正しい行動を示すことが求められる。 【教示の際の留意点】 ○認知や注意力との関係で生じるミスを事前に防ぐ工夫を講じること。 〇ミスの批判ではなく、作業の手を止めて、正しいやり方を教えること。 ○教示はミス発生後直ちに行うこと。 ○声を荒だてないこと。 ○最初に戻って修正を行うこと。 ○上手くできた直後に、そのことを軽く述べること。 ○「援助なし」でできるまで練習をすること。  障害者雇用の経験が豊富な企業では、朝礼・ミーティングの実施や、作業報告のタイミングのスケジュール化、作業日報の提出などにより、業務の範囲内で可能な限りフィードバックの機会を設け、具体的な評価を伝達するための工夫を行っている。   ニ.ストレスや疲労を減らす  知的機能に制限があり、取りまく環境や文脈の意味や見通しが見えない中で様々な課題に対処することは、周囲が想像する以上にストレスが多くて疲れることかもしれない。ストレスや疲労は課題解決や習熟、職場適応を妨げる原因となる。ストレスや疲労を減らすためには、ゆっくりと学び、ゆっくりと成長するための充分な時間を保障することが望ましい。  したがって、特に新しい環境に入る導入の段階などには、一人ひとりの状況確認や関係者間の調整のうえで、勤務時間や休日などの勤務条件や作業量における負担軽減の配慮を行うべきかどうかの検討をする必要がある。現場で頻繁に実践されている職場実習は、目標を段階的に設定でき、比較的緩やかな環境で職場に慣れる機会となることから、疲労やストレスの軽減を図る試みでもある。  また、ストレスの少ない働きやすい職場とは、社員が自分の職務能力に応じた役割と責任を持ち、「自分は必要とされている」と実感でき、職場の一員として他の職員とのつながりを感じ、帰属意識を持てる職場である。その環境を整えるために、個人目標の設定、朝礼による訓示、連絡帳のやり取り、他部署との交流会の実施など様々な取組みを組み合わせ、意欲の向上やコミュニケーションの促進を図っている企業もある。  一方、身体の不調や人間関係の悩み、余暇の過ごし方などの生活面、健康面、心理面などで生じうるストレスや課題は、本人や企業、職場だけでは解決が難しい場合もある。働きやすい職場環境を整えるためには、支援機関や家庭が協力し、職場外から支える体制があることも重要となる。安心できる職業生活を維持するために、必要に応じてジョブコーチなど人的支援を活用したり、職業生活を支える家庭や地域の関係機関の連携体制を整備しておくことが求められる。  知的障害者は、従前からの製造業での就業に加え、サービス業や卸売・小売業、医療・福祉業など多様な職域で活躍するようになっている。今後も就業の場を地域において更に広げていくためには、本人、そして企業に対するこうした環境調整の支援が必要となる。  なお、知的障害者の中には、発達過程において様々な経験が制約されることなどにより、職業生活を支える日常生活・社会生活面の能力(健康管理、生活リズムの確立、対人技能、移動技能等)や職業生活を維持するために必要な態度や基本的労働習慣(仕事に対する意欲、一定時間労働に耐える体力、規則の遵守など)といった職業準備性に課題が生じる場合がある。知的障害者に対する支援に当たっては、環境調整と併せて、本人の職業準備性の向上等を支援するアプローチも重要である。 <引用文献> 1)AAIDD(米国知的・発達障害協会用語・分類特別委員会)・太田俊己ほか共訳 :知的障害 定義、分類および支援体系(第 11版).日本発達障害福祉連盟.2012.P1,P31,P43-44 2)渡邉修ほか:"認知障害".総合リハビリテーション(Vol.29,No.10).2001.P910 3)小川浩:"仕事を教えるA〜D".重度障害者の就労支援のためのジョブコーチ入門.エンパワメント研究所.2001.P64-78 <参考文献> ○AAIDD(米国知的・発達障害協会用語・分類特別委員会)・太田俊己ほか共訳 :知的障害 定義、分類および支援体系(第11版).日本発達障害福祉連盟.2012 ○独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:2019年度版障害者職業生活相談員資格認定講習テキスト.2019   第3項 精神障害 1)精神障害の概要  @ 精神障害とは   (1)精神障害の概念  精神障害(または精神疾患)という言葉の概念は、使用する人の立場や状況によって異なった概念での使われ方をする場合があり、このことが精神障害の理解を難しくしている要因の一つともなっている。本書では、精神障害を以下の二つの視点から概念を整理し、「精神障害」という言葉を使用する場合の注意としたい。   イ.医学的見地からの精神障害の概念  主な精神疾患には、統合失調症、躁うつ病、精神作用物質(アルコール、シンナーなど)による精神疾患などがあるが、これら精神科における治療の対象となる疾患(病気)すべてを含む概念として精神障害が使われる。医学的概念では、「精神障害」と「精神疾患」は同等の意味を持つものといえる。   ロ.福祉およびリハビリテーション概念としての精神障害(者)  「障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当の制限を受けるもの」(「障害者基本法」第二条)であり、精神障害のために生活能力が低下し、日常生活や社会生活に支障をきたした者のことで、これ らの者が福祉およびリハビリテーションの対象となる。そのため医学的見地からの精神障害(者)の概念よりは狭く、イの医学的概念の「精神障害」であっても、ロの対象者とならない者もいることになる。   (2)精神疾患の病名(分類)  精神障害の理解を難しくしているもう一つの要因に、精神疾患の病名(精神疾患の分類)が、わかりにくいことがある。特に「気分障害」という疾患名のついている従来の「躁うつ病」という疾患は、呼称も概念も従来とは異なっている。現在、精神疾患の診断分類・基準で信頼性と妥当性が高いとして評価されているのは、世界保健機関(World Health Organization:WHO)が整理した「国際疾患分類」(International Classification of Diseases:ICD)とアメリカ精神医学会が作成の「精神疾患の分類と診断の手引き」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:DSM)で用いられている操作的診断分類であり、それ以前の診断分類を「伝統的診断分類」として区別している。日本のほとんどの大学病院では、ICDかDSMを診断に用いているが、「伝統的診断分類」が混在して用いている病院も少なからず存在し、そのことが疾患分類を不明確にし、わかりにくいと感じさせる原因の一つとなっている。   イ.伝統的診断分類から操作的診断分類へ  伝統的診断分類によると、精神疾患は病因によって「外因性」、「内因性」、「心因性」に区別されていた。内因とは遺伝的な原因であり、心因とは心理的原因であり、外因とは脳を含む身体の病変か中毒性物質が原因となっているものである。  しかし、統合失調症や躁うつ病に効く薬剤が発見されたことにより、内因性精神障害や心因性精神障害に器質的な基盤がないとは言えなくなったことやうつ病のなかには心因性のものがあるとの提唱などにより、原因(病因)に基づく分類は妥当性がないことが分かってきた。また、英米の精神科医が伝統的診断により同じ患者を評価したところ、躁うつ病と統合失調症に診断結果が分かれ、臨床情報の共有化が図れなかったこと等、伝統的診断では明確な診断基準を示していなかったことによる信頼性および有用度に問題があることが分かり、この問題を解消するために、特定の症状がいくつそろうかによって各々の疾患を診断する操作的診断基準を取り入れた診断分類が作成され、その代表が上記に述べたICDとDSMである。 ※ DSMは、1994年にDSM-W、2000年にその改訂版DSM-W-TRが米国精神医学会から出され、また、2013年5月にDSM-5が出され、その邦訳が2014年6月に出版された。DSM-5では、@従来の操作的診断基準による診断分類(カテゴリー方式)に加え、精神疾患を呈する要素を数量化して分類するディメンション方式〜連続的で明瞭な境界線を持たない臨床的特徴の記述が可能である方式〜を導入しており、さらに診断基準については、A神経発達障害に係る診断基準を新設している。  この項では、従来のDSM-W-TRの基準を主に紹介する。 ※ICDは、2018年に第11版(ICD-11)が公表されているが、令和3年11月時点では、国内適用されていないため、本稿ではICD-10の内容にて記載している。  操作的診断基準の特徴は、@診断のための症状を列記し、診断に必要な症状(エピソード)数を決める、A症状の最低限度の持続期間を決める、B他の疾患との区別を明示する、ということにある。  統合失調症の診断基準を DSM-Wの診断基準から見てみると次のようになる。 (イ)特徴的症状:以下のうち2つ(またはそれ以上)、おのおのは、1か月の期間(治療が成功した場合はより短い)ほとんどいつも存在:  @ 妄想  A 幻覚  B 解体した会話(例:頻繁な脱線または滅裂)  C ひどく解体したまたは緊張病性の行動  D 陰性症状、すなわち感情の平板化、思考の貧困、または意欲の欠如 注:妄想が奇異なものであったり、幻聴がその者の行動や思考を逐一説明するか、または2つ以上の声が互いに会話しているものであるときには、基準(イ)の症状を1つ満たすだけでよい。 (ロ)社会的または職業的機能の低下:障害の始まり以降の期間の大部分で、仕事、対人関係、自己管理などの面で1つ以上の機能が病前に獲得していた水準より著しく低下している(または、小児期や青年期の発症の場合、期待される対人的、学業的、職業的水準にまで達しない)。 (ハ)期間:障害の持続的な徴候が少なくとも6か月間存在する。この6か月の期間には、基準(イ)を満たす各症状(すなわち、活動期の症状)は少なくとも1か月(または、治療が成功した場合はより短い)存在しなければならないが、前駆期または残遺期の症状の存在する期間を含んでもよい。これらの前駆期または残遺期の期間では、障害の徴候は陰性症状のみか、もしくは基準(イ)にあげられた症状の2つまたはそれ以上が弱められた形(例:風変わりな信念、異常な知覚体験)で表されることがある。 (ニ)失調感情障害と気分障害の除外:失調感情障害と「気分障害、精神病性の特徴を伴うもの」が以下の理由で除外されていること。  @ 活動期の症状と同時に、大うつ病、躁病、または混合性のエピソードが発症していない。  A 活動期の症状中に気分のエピソードが発症していた場合、その持続期間の合計は、活動期および残遺期の持続期間の合計に比べて短い。 (ホ)物質や一般身体疾患の除外:障害は、物質(例:乱用薬物、投薬)または一般身体疾患の直接的な生理学的作用によるものではない。 (ヘ)広汎性発達障害との関係:自閉症障害や他の広汎性発達障害の既往歴があれば、統合失調症の追加診断は、顕著な幻覚や妄想が少なくとも1か月(または、治療が成功した場合は、より短い)存在する場合にのみ与えられる。  このように DSM-Wでは、活動期の特徴的臨床症状、発病後の社会的または職業的機能の減退、および症状の持続期間によって診断され、気分障害やパーソナリティ障害と鑑別されるものであり、上記(イ)〜(ホ)の項目のどれか一つでも欠けていれば統合失調症の判断はつかない。精神科医(または病因)が異なっても症状の確認さえ一致していれば、上記診断基準に基づき診断結果が異なることはないことになるが、そのためには精神科医による注意深い症状評価と経過観察が必要である。  幻覚・妄想・思考形式の障害・緊張病症状等の陽性症状は、統合失調症でよく見られるが、それに限定されたものではなく、気分障害、物質関連障害や認知症のような器質性疾患でも少なからず見られる。そのため、幻覚や妄想があれば直ぐに統合失調症と限定的にとらえるのではなく、陽性症状の内容の詳細、陽性症状の経過、その他の症状の有無と内容、発症のきっかけ、それまでのパーソナリティなどの多くの情報を聞き取り、診断、予後予測、治療の方針が立てられることに注意を要する。  精神疾患を判断する場合、どのような診断分類によろうと診断名とその特徴とする症状さえ把握できれば、理解できたといえる訳ではない。さらに診断分類に典型的に当てはまる精神疾患の者ばかりではない。むしろ中間的な疾患を持つ者が多く、「特定不能の」という修飾語のつく診断名や複数の診断名を折衷したような診断名(統合失調感情障害)のつく者もいる。的確な治療方針や予後予測、有効な支援策を立てるには、精神疾患を有する者の個人に固有の特徴を評価する必要がある。固有の特徴には、遺伝負因・気質・性格・認知スタイル・対処行動・社会的不利・ストレッサーの存在等の生物学的・心理学的・社会学的要因が含まれている。これら多数の要因を丹念に詳細に確認し、体系立てて記述することが適切で有効な支援策を立てる基礎になり、精神障害を理解することにつながるといえる。  支援の対象者としての精神障害者を理解するには、上記に述べたように単なる診断名とその特徴的な症状を理解するだけでは十分でなく、本人固有の特徴を理解する必要があり、それには本人や主治医からの詳細な聞き取り、診断書等の情報の収集が欠かせない。  A 精神障害の特性  精神障害のうち、統合失調症、気分障害、非定型精神病、中毒精神病、器質精神病、その他の精神疾患(神経症、パニック障害、外傷後ストレス障害)について説明する。   (1)統合失調症    イ.概念  発症危険率は約0.8%で、おおよそ120人に1人弱の人が罹患する疾患である。発生率に対して有病率が高く、慢性に経過する場合が多いといえる。統合失調症の発生率に明らかな男女差は見られない。発症年齢は15〜35歳が大半を占める。発症は男性の方がやや早く、ピークは男性で15〜24歳、女性で25〜34歳、平均発症年齢は男性で21歳、女性で27歳とされる。  統合失調症の症状は、陽性症状と陰性症状に二大別される。陽性症状は、各種の幻覚や妄想、緊張病症状等で、陰性症状は感情の鈍麻・平板化、思考や会話の貧困、自発性減退、社会的ひきこもりなどを含む。急性期(初回エピソードや再発時)は陽性症状が顕著に見られ、慢性期(残遺期)には陰性症状が前景となる。経過は、急性期(活動期)を経て寛解または慢性期(残遺期)を辿る。    ロ.急性期の症状  初回精神病エピソードや再発時の急性期には、以下の特徴的な症状が出現する。しかし、以下の症状が1人の患者に全て見られるわけではない。  主たる症状の内容を簡単に記述する。詳しい内容は、医学書等を参照のこと。 (イ)幻覚  幻覚の中では、幻聴が多く、急性期に最も高頻度に見られる症状の一つである。  ・複数の人が自分を話題として被害的な内容の対話をする(幻聴)  ・考えたことが声になって聞こえる(考想化声)   幻視はまれで、幻嗅や幻味も時に見られる。 (ロ)妄想  関係妄想が特徴的で、周囲の些細な出来事、他人の身振りや言葉などを自己に関係づけるもので、嫌がらせ、当てつけなど被害的にとらえることが多い。 (ハ)自我障害  自分の考えや行動が自分のものであるという意識(能動意識または自己所属性)が障害される。また、自己と外界との境界(自我境界)も障害される。  ・自分の考えたことが筒抜けになっている(考想伝播)  ・自分の意志ではなく考えさせられる、行動させられる、考えを吹き込まれる(考想吹入)  ・考えを抜き取られる(考想奪取) (ニ)思考過程・会話の障害  会話の文脈がまとまらず、次第に主題からそれて、筋が通らなくなる(連合弛緩)。   ・個々の考えに意味関連がなくなり話が支離滅裂になる(滅裂思考) (ホ)意欲・行動の障害  緊張病症候群は、緊張型統合失調症に出現する急性期症状であるが、慢性期にも見られることがある。また、自発性減退(発動性欠乏)は、 程度の差はあっても、ほとんど常に見られる。  ・激しい不穏興奮(緊張病性興奮)  ・呼びかけにも反応がなく、全く動かなくなる(緊張病性昏迷) (へ)感情の障害  初期や再発時には不安、抑うつ、当惑、情動の不安定性がしばしば見られる。また、急性期の陽性症状が軽快したころに抑うつ状態に陥ることがある(精神病後抑うつ)。喜怒哀楽の感情表出が減少し、表情は乏しく、声も単調になる(感情鈍麻、感情の平板化)。 (ト)両価性  同一の対象に対して、愛と憎しみなど、相反する感情が同時に存在する状態。感情だけでなく、意志や知的な面(相反する考えを同時にもつ)にも認められる。 (チ)自閉  外界に比して内的生活が病的に優位となり、現実から離脱してしまうこと。 (リ)疎通性の障害  会話は成立しても、共感性が乏しく、意思が通じにくいという印象を受ける。 (ヌ)病識の障害  急性期にはほとんどの患者に病識がない。症状が改善してくるとともに、病識もある程度出現してくる。    ハ.慢性期の症状  陰性症状が主体となるが、陽性症状も持続している場合がある。 (イ)幻覚や妄想  急性期に比較して、不安や恐怖などの感情反応を伴わない。  誇大妄想は、慢性期に見られることが多い。 (ロ)思考過程の障害  連合弛緩や思考の貧困(会話が少なくなり、内容も乏しくなる)が見られる。 (ハ)自発性減退  慢性期の最も明らかな症状。表情が硬く、ひそめ眉やしかめ顔、独語が見られることがある。 (ニ)感情鈍麻  慢性期によりはっきり現れ、周囲に無関心、冷淡となる。   (2)気分障害  気分障害の概念とその用語は時代とともに変遷し、また診断基準によって異なっている。その結果、各疾患や病相の名称もさまざまな用語が用いられてきた。以下に従来診断で用いられてきた診断名と現在の診断名との対応を示す。 ○うつ病(従来診断、以下同じ) 「単極型(単極性)うつ病」と同じ意味である。 DSM-W-TRの「大うつ病性障害」、ICD-10の「うつ病性障害」にほぼ対応。 ※「大うつ病」の「大」という言葉は「重症」という意味ではなく、「うつ病に該当するゆううつ症状がたくさん出そろっている」という意味である。 ○躁うつ病  DSM-W-TRの「双極性障害」、ICD-10の「双極性感情障害」にほぼ対応。 ○抑うつ神経症  「気分変調症」にほぼ対応。 DSM-W-TRの「気分変調性障害」、ICD-10の「持続性気分障害」に分類。    イ.概念  気分が高まったり、逆にゆううつになったりする気分変動は、それ自体は正常心理であるが、それが病的に出現する場合が「気分障害」である。「病的」の程度や質などにより、気分障害には様々なサブタイプが存在する。 @うつ病性障害(大うつ病性障害、気分変調性障害) A双極性障害(双極T型障害、双極U型障害、気分循環性障害) Bその他(一般身体疾患による気分障害、物質誘発性気分障害)  大うつ病性障害を一生のうち一度でも経験するのは7〜15人に1人であり、双極性障害の頻度は大うつ病性障害の約1割の確率である。気分障害の頻度は時代とともに増加していると考えられる。  頻度の性差について、大うつ病性障害に関して、女性は男性よりも12か月有病率および生涯有病率が約2倍であることが確認されている。双極性障害は大うつ病性障害と異なり、頻度の性差はほとんどない。  気分障害の経過中には、うつ病相、躁病相、混合病相という3つの病相が生じうる。この3つの病相の組み合わせで気分障害の分類がなされており、DSM-W-TRでは、各病相を大うつ病エピソード、躁病エピソード、軽躁病エピソード、混合性エピソードの各気分エピソードに分類し、各エピソード基準に該当するかどうかを判断し、診断の結果、障害名がつけられる。  以下、DSM-W-TRの各気分エピソードの詳しい診断基準については、当該書を参照のこと。    ロ.各気分エピソードの基本症状     (イ)大うつ病エピソードの基本症状  抑うつ的な気分と何事についても興味・関心や楽しさを感じられなくなってしまうことである。以下の@〜Hのうち、@、Aの1つは必ず存在した上で、以下の他の症状と合わせて5つ以上に達し、かつその症状が、2週間以上にわたって、ほぼ毎日続くことが求められる。 @抑うつ気分(ほとんど1日中続く) A興味または喜びの著しい喪失(ほとんど1日中続く) B体重あるいは食欲の変化 C睡眠障害(不眠もしくは過眠) D無価値感あるいは自責感 E自殺念慮(反復して起こる)あるいは自殺企図ないし明確な自殺計画 F疲労感あるいは気力の減退 G思考力や集中の減退あるいは決断困難 H精神運動性の焦燥(イライラ落ち着かない)もしくは抑制(動きが少ない)       (ロ)躁病エピソードの基本症状  気分が高揚する、開放的になる、あるいは怒りっぽくなる状態の程度が異常に強く、さらに持続的なまま1週間以上続くことである。この気分の障害が存続する期間中、以下の項目の3つ以上が継続し、しかも顕著である(この気分の障害が怒りっぽい気分だけの場合、以下の項目の4つ以上が必要)。 @自尊心が過度または誇大的な考え方になる A睡眠に対する欲求が減る B普段より多弁であるか、次々話したいという気持ちが強い C考えが次々と頭に浮かぶ D注意がそれやすい(重要性の低い、関連性のない事柄へ容易に注意が向く) E目標志向性のある活動(社会的、職場または学校内、性的活動のいずれか)が高まるか、精神運動性の焦燥が生じる F困った結果につながる可能性が高い快楽的活動(買い物への浪費、性的無分別、馬鹿げた事業への投資など)に熱中する  上記の症状のために社会活動、人間関係、職業的機能に深刻な支障を起こすほどであるか、自己、他者を傷つけるのを防ぐための入院が必要なレベルであるか、または精神病性の特徴が存在する必要がある。     (ハ)軽躁病エピソードの基本症状  躁病エピソードと基本症状を含む症状項目はまったく一緒であるが、第一に期間が4日でよく、第二に社会的・職業的機能に著しい障害を起こすほどではなく、入院を要しない程度と規定されている。     (ニ)混合性エピソードの基本症状  双極性障害の経過中にうつ病の症状と躁病の症状が入り混じって出現する状態。行動は活発でしゃべり続けているのに、気分は死にたくなってくるほど憂うつだ、というように躁状態とうつ状態の症状が混ざって出てくる状態をいう。DSM-W-TRの診断基準では、最低1週間の期間、躁病エピソードと大うつ病エピソードの基準をともに満たすことが要求されている。    ハ.うつ病性障害     (イ)大うつ病性障害  1回以上の大うつ病エピソードがあることが基本で、精神病性障害や双極性障害でないこと。過去に躁病エピソード、混合性エピソード、軽躁病エピソードが存在しない症状をいう。     (ロ)気分変調性障害  2年間以上の期間、抑うつ気分のある日が多く、しかし抑うつ気分が大うつ病エピソードに至らない症状をいう。    ニ.双極性障害  一生のうち、再発を繰り返す症例が 90%以上を占めるため、再発予防が治療上、重要である。うつ状態の期間の方が躁状態よりも長く、多くの双極性障害の患者が「大うつ病」だと見なされている一因となっている。     (イ)双極T型障害  1回またはそれ以上の回数の躁病または混合性エピソードが存在する症状をいう。     (ロ)双極U型障害  少なくとも1回の大うつ病エピソードと、少なくとも1回の軽躁病エピソードが経過中に生じる症状をいう。     (ハ)気分循環性障害  2年間以上の期間、複数の軽躁病エピソードと大うつ病エピソードには至らない抑うつ症状を示す時期の存する症状をいう。    ホ.一般身体疾患による気分障害と物質誘発性気分障害  気分障害をきたす頻度の高い一般疾患として、内分泌疾患(クッシング病、甲状腺機能低下症)、悪性腫瘍(膵臓癌)、パーキンソン病、脳血管障害、全身性エリテマトーデスなどがある。  気分障害をきたす頻度の高い投薬としては、副腎皮質ステロイドとインターフェロンが挙げられる。   (3)非定型精神病  統合失調症、気分障害、てんかんの特徴のうち、いずれか2つあるいはそれ以上を併せ持つ場合に呼ばれる病名である。ICD-10では既に存在しない病名であるが、ICD-10における統合失調感情障害にほぼ当たるとされる。   (4)中毒精神病(依存症)  依存症は、障害の現れ方により、急性中毒、有害物の使用、依存症候群がある。依存症の特徴のひとつは、その物質をどうしても得たいという渇望である。依存症の場合は、その渇望を満たすために必要な物質の量が、 徐々に増えていくという問題がある。また、その物質を続けて服用・使用しない場合に起こる禁断症状がある。物質の種類による分類は、ICD-10では、アルコール、アヘン類、大麻のほか、鎮静薬または催眠薬、コカイン、カフェイン、幻覚剤、タバコが含まれている。   (5)器質性精神障害  器質性精神障害は、その名のとおり、脳器質の疾患が原因の障害である。代表的なアルツハイマー型の認知症では、脳の変性による痴呆が徐々に進行していく。血管性障害は脳の血管のトラブルによって起こり、急激に、あるいは階段状に進行していくものである。   (6)その他の精神疾患  ここでは、その他の精神疾患で、代表的なものを挙げる。疾患は、個人によって症状も生活上の制限にも大きな差違があるので、対象者ごとに、医療機関との連携を保ちながら、その症状、治療法等について、詳しく把握しておくことが肝要である。    イ.神経症(Neurosis)  神経症は不安を特徴とする一連の疾患である。ICD-10では、「神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害」とまとめられている。不安の現れ方によっていくつかの類型に分けられる。不安の対象がはっきりしているものを恐怖症という。恐怖症は例えば、高所恐怖症、尖端恐怖症、広場恐怖症、社会恐怖症等がある。  神経症は、特に身体の機能異常や病気もないのに心身に障害が起きるもので、典型的な心因性の精神障害である。直面する環境への不適応が原因で精神的なバランスが崩れることでも起きる場合があり、適応障害とのとらえ方もある。  ある考えにとらわれてしまう強迫性障害(OCD:Obsessive Compulsive Disorder)もある。強迫性障害は、不快な考えが頭に何度も浮かぶために (強迫思考)、その不安を振り払う目的から同じ行動を繰り返す(強迫行為)のが特徴である。  他に、社会不安障害(SAD:Social Anxiety Disorder)、全般性不安障害(GAD:Generalized Anxiety Disorder)等の用語も比較的よくみられる。    ロ.パニック障害(PD:Panic Disorder)  パニック障害は、何らの前触れもなく突然、心臓が激しく鼓動したり、呼吸が苦しくなったり、めまいや身体が震えるなどの症状と激しい不安感(パニック発作)が起こる病気である。パニック発作は、特別な理由もなく起こり、1回で終わることはなく、何度も繰り返すという特徴がある。通常10〜20分で治まるが、当事者にとっては、死の実感を伴うような非常に苦しい体験となる。パニック障害では、発作が何度か繰り返されるうちに、また発作が襲ってくるという強い不安(予期不安)を伴うことが多くなる。    ハ.外傷後ストレス障害      (PTSD:Post-Traumatic Stress Disorder)  外傷後ストレス障害は、戦争や大震災、重大な事故などの大きなストレスに遭遇して、本人の意思とは無関係に、そのことが頭から離れずに、不安が続いて元の生活に戻れない状態をいう。その体験が何度も繰り返し思い出される、悪夢にうなされる、眠れなくなる、他人との疎遠感や孤立感を感じたりする、不安・緊張の強い状態が続く等様々な症状がみられる。  外傷後ストレス障害には、大きく分けて3つの症状がある。フラッシュバック症状は、不安や恐怖を体験した出来事が鮮明によみがえることをいう。回避・まひ症状は、体験した出来事の一部が思い出せない、出来事を思い出すような場所を避ける、以前ほど物事に興味が持てない、強い孤独を感じる、感情がまひしたように喜びや幸せを感じない、等の症状をさす。また、興奮状態の持続、または物事への過敏反応といった症状がみられることもある。眠れない、イライラする、必要以上に警戒心が強まる、ちょっとした物音などにも過敏に反応してしまうなどの症状が現れる。  B 雇用対策上の位置付け  雇用対策上の精神障害者とは、「障害者の雇用の促進等に関する法律」 の第2条第6号において定められ、「精神保健福祉法第45条第2項の規定により、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている者」及び「統合失調症、そううつ病(そう病及びうつ病を含む)、又はてんかんにかかっている者(前号に掲げる者に該当する者を除く)」とされる。具体的には、精神障害者であることの確認は、精神障害者保健福祉手帳あるいは「主治医の意見書」により行うこととなる。ただし、障害者雇用率制度に適用されるのは精神障害者保健福祉手帳を所持している場合のみであるため、留意が必要である。 2)職業的課題と支援のポイント  @ 精神障害の職業的課題  就業支援の対象となる精神障害者の職業人としての特徴として、一般的には、下記枠内のような点が挙げられる。これを総合すると「多面的な援助を継続的に必要とする人々」とまとめられる。しかし、一人ひとり、状況は大きく違っているので、あくまで一般的な傾向として理解しておくことが肝要である。 ○疾病と障害の併存  医学的な疾患が固定されず、何年経っても治る可能性も悪くなる可能性も残している人が多い。疾病と障害が併存する、環境からの影響を強く受けて症状が変化する(症状が固定されにくい)、医療機関との連携が欠かせない、という独特の構造がある。 ○偏見や無理解(未理解)の存在  社会的な偏見や無理解(または未理解)の存在を無視できない。また、そのことが本人や家族の痛手を倍加させている。精神障害者が働くことについての理解も人によってまちまちで不安定である。 ○告知するか否かの問題  障害を明かすか否かが問題になる人が多い。精神障害について明かすことと伏せることでのそれぞれのメリット、デメリットが具体的に何であるかの検討が必要である。 ○再発不安と露見恐怖の重荷  働く時に、病気がまた悪くなるのではないかという再発不安と、病気があることを他の人に知られるのではないかという露見恐怖を背負う人が多い。いずれも大変な恐怖・不安となる。それだけでも大きなハンディキャップである。 ○変化への弱さ  人間関係の変化、立場の変化、生活の変化、仕事の変化等々、変化に対して非常に弱い面がある人が多い。このため、職場への定着が難しく離転職が多くなっている。 ○易疲労性(疲れやすさ)  きまじめで手を抜けない、常に緊張状態で気が休まらないといった傾向や薬の副作用などから、疲れやすく基礎的体力に課題を持つ人が多い。 ○作業遂行力の制限  疾患や薬の副作用、緊張の強さなどから、手指の不器用さ、ぎこちなさなどの運動機能の低下、記憶や判断といった認知機能の低下が見られることがある。これにより、作業能率や仕事の理解・判断力に制限が生じる。 ○社会的未成熟さ  思春期や青年期に発症した場合、職業的な自己理解や社会常識的なマナーやルールを身に付けるうえで経験不足となっていることがある。 ○対人関係の適応の難しさ  周囲の評価に敏感になる、相手の言っていることを被害的に受け止めがちになる、自分の気持ちを上手く伝えられない、頼まれると断れない、自己懲罰的になるなど、人間関係に関する認知面や対人・コミュニケーションスキル面で難しさを感じる人が多い。 ○生活基盤の援助が必要  生活基盤に関する適切な援助が必要な人が多い。多くの人々が生活基盤を欠いているか、貧弱であるというハンディキャップを有する。  また、生活管理が難しい人が多い。部分的にできても全体的なまとまりのあるバランスのとれた生活管理が難しい人が多い。  さらに、遊びや生活での楽しみがあまりない人が多い。「何をやっても面白くない」「何もしたくない」というのが本人からの話では多い。  A 支援のポイント  精神障害者に対する就業支援においては、以下に挙げる支援のポイントにあるような条件を整え、職業的課題を軽減・代償するアプローチを行うこととなる。充分なアセスメントとともに、本人や企業の主体性を尊重したうえで、本人、企業、家庭、関係機関を含めた調整の結果により個別の状況に応じて検討を行うことが求められる。また、本人、企業、家族、支援者は一人で課題を抱え込まないことが大切である。支援者は本人や企業、家庭をサポートし、気軽にコミュニケーションと情報共有が図れる体制を保障しながら、支援を進める必要がある。   イ.段階的・柔軟な受入体制の確保  職場適応のためには、仕事への初期の導入が大切である。疲れやすさや環境変化に対する弱さ、緊張のしやすさ、自信喪失などの状況を踏まえると、導入に当たっては弾力的な勤務時間の設定が望ましい。各種の職場実習制度やトライアル雇用等の活用などにより、負担の少ない勤務日数や勤務時間でスタートし、慣れるに従い、相談・調整を行いながら段階的に増やすような条件整備を検討することが重要である。  また、段階的な勤務時間の設定だけでなく、勤務時間帯、休憩の回数や時間、通院やカウンセリングのための時間の確保、残業の取扱いなどについて、本人と企業があらかじめ取決めをしておくことが重要である。仕事に慣れると当然戦力としての期待が高まる。きまじめさや自分の思いを訴えられないことから、対象者本人が無理を重ねる状況に陥ることも多い。いつ残業が発生するかわからないといった曖昧さそのものが不安感とストレスを生む場合もある。本人や企業とあらかじめこれらの項目について話し合い、可能な限りの調整をしておくことが求められる。  なお、複数の精神障害者が働く企業では職場適応が良好であると言われる。グループでワークシェアリングすることにより、一人ひとりの負担を軽減したり、体調の波による勤務の不安定さを補うこともできる。   ロ.多面的で継続的な支援体制の整備、コミュニケーションの確保と情報共有  精神障害者には、医療や住居、職場、金銭面、余暇活動、地域生活などにおいて多面的な支えが必要な人も多い。これらはすべて職場適応に大きく影響することから、職業生活におけるつまずきや問題の発生をあらかじめ想定し、支援者は多面的で継続的な支援体制の整備を検討しておくことが必要となる。また、多面的な職業的課題に対応するためには、支援対象者とのコミュニケーションの確保と本人を中心とした関係者間の情報共有が非常に重要となる。  本人の思いをゆっくりと聞き出し、場面に応じてきめ細かに振返りや打合せを行うなど、個別にコミュニケーションの機会を確保することは、支援を進めるうえで基本となる過程である。職場においては、職場のキーパーソンを確保することが大切である。障害のあるなしに関わらず、職場の中に相談が可能な人がいるかどうかは、職場適応に不可欠ともいえる条件となる。さらに、家庭での相談、病院やデイケアでの相談、職場・家庭から離れた第三者の相談など、職場外にコミュニケーションの機会を設けることも必要である。そうすることで、過度な緊張感や不安感、焦燥感、意欲低下などのメンタル面を始めとした多面的な課題に、様々な立場から対応できる体制を整えることができる。  一方、様々な人が関わる中で、ちょっとした情報の不足や行き違いが、本人や関係者の中に様々な憶測や不信感をもたらし、後々大きなトラブルに発展することも少なくない。支援者は、本人の同意や主体性の尊重を前提に、職場や家庭、医療機関等の連絡・調整や情報共有を意識的に図る必要がある。  具体的には、本人を交えたケース会議などを通じ、職場内外の窓口やキーパーソン、職場や家庭、医療機関、デイケア、就業支援機関などにおける相談体制や相談スケジュール、役割分担、連絡網や情報の流れなどを決めていく必要がある。   ハ.健康管理・通院への配慮  疾病と障害が併存するという障害特性への対応から、健康管理や通院への配慮は不可欠となる。本人の自己管理が重要であるが、あらかじめ確実な通院・服薬が可能な勤務形態を準備することを始めとして、日常的に心身の状況を確認し予防的に対処するなど、職場を含めた周囲の理解と配慮が必要である。健康管理については、本人が作業日誌において疲労のセルフチェックを行うことも一つの方法である(図3)。また、職場、支援者、家庭、医療機関があらかじめ本人の疲労や不調のサインに関する共通認識を持ち、それぞれの立場でサインに気を付け、早めに症状再燃の事前防止のための対応を図れるよう情報共有を行うことが重要となる。 図3 疲労のセルフチェック表の例    ニ.作業遂行力の制限に対する支援  作業遂行力の制限には、疲れやすさや認知機能の低下、抗精神薬の副作用、過度の緊張感・自信喪失といった心理的側面等の様々な要因が絡む。これらには多面的な配慮や支援が必要となるが、職場においては、できるだけ雑多な情報を整理・構造化し、不確実な事柄をできるだけ予測可能にすることが、作業遂行力の向上に寄与する。高い能力があり特別な配慮は必要がないようでも、スケジュール表やマニュアル、視覚的資料の準備、手がかりの提示などの工夫が、精神的な安心感につながることもある。こうした環境調整の基本的な考え方や方法は、201ページで述べている「認知障害に対する環境調整において考慮すべきポイント」と共通のものとなるので、そちらを参照されたい。 <引用・参考文献> ○中根允文監修:ICD-10精神科診断ガイドブック.中山書店.2013 ○American Psychiatric Association(米国精神医学会)・日本精神神経学会監修ほか:DSM-W-TR精神疾患の分類と診断の手引.医学書院.2002 ○独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:精神障害者に対する職業訓練の実践研究報告書.2010 ○独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター職業センター:リワークプログラムとその支援技法―在職精神障害者の職場復帰支援プログラムの試行について―(実践報告書No.12).2004 ○独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター職業センター:精神障害者の職場再適応支援プログラム実践集―ジョブデザイン・サポートプログラムの開発―(実践報告書No.15).2005 ○エドガー・シャイン著・金井壽宏訳:キャリア・アンカー 自分のほんとうの価値を発見しよう.白桃書房.2003 ○エドガー・シャイン著・金井壽宏訳:キャリア・サバイバル 職務と役割の戦略的プランニング.白桃書房.2003 ○大野裕:心が晴れるノート うつと不安の認知療法自習帳.創元社.2003 ○デニス・グリーンバーガー・クリスティーン・A・パデスキー著・大野裕監訳ほか:うつと不安の認知療法練習帳.創元社.2001 ○金井壽宏編著:会社と個人を元気にする キャリア・カウンセリング.日本経済新聞出版社.2003 ○菅沼憲治:セルフアサーショントレーニング.東京図書.2008 第4項 発達障害 1)発達障害の概要  @ 発達障害とは  「発達障害」とは、発達障害者支援法における定義では、「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」である。  発達障害は、医学の診断では、知的障害や脳性まひ等も含め、発達期におこる様々な障害を包括する概念である。しかし、発達障害者支援法では、知的障害者福祉法や身体障害者福祉法では対応できない発達障害を対象としている。したがって、発達障害者支援法が定義する「発達障害」であって知的障害を伴う場合は、両法の対象となる。  発達障害の医学的診断基準としては、アメリカ精神医学会のDSM-W -TR1)や世界保健機構(WHO)の ICD-11があり、診断名毎に症状や特性が示されている。ただし、症状や特性が診断名どおりに明確に区分されず重複することも多い。また、医学用語や教育用語における名称や定義に違いがあることや、専門医の診断体制が整備途上であるほか、成長とともに症状や特性が変化することもあり、診断した専門機関や診断時期によって異なった障害名(診断名)がつけられる場合もある。図4は、それぞれの障害の関係を示したものである。  なお、発達障害は中枢神経系の障害から生ずるとされており、しつけや環境、本人の怠けや性格による問題とは無関係である。脳の損傷部位や損傷時期などは明確ではない。 【参考:発達障害と知的障害】  発達障害とは、知的機能や発達に「遅れ」や「偏り」があることを表す。知的障害は、特に重度である場合は、知的機能や発達の「全般的な遅れ」 を示す。知的機能や発達の「偏り」とは、全般的な遅れとは異なり、認知や行動面の一部の領域に発達の遅れが見られたり、得意不得意の差が大きかったり、情報処理の仕方や物事の感じ方、理解の仕方に一般とは異なる質的なゆがみのあることを示す。  「発達障害」は、知的障害を伴わない場合、伴ったとしても知的障害の程度が軽度な場合、知的障害を伴う場合に分けられる。知的障害を伴う人も多いとされる自閉症などの広汎性発達障害では、知的な障害がない場合(おおむね IQ85以上とされるが、IQ70〜75の知的ボーダー層を含めることもある。)を高機能自閉症、高機能広汎性発達障害などと呼んで区別することがある。なお、「軽度発達障害」という用語が用いられる場合があるが、これは、発達障害の程度を示すものではなく、知的障害のない発達障害を総称するものとして使われている。  A 発達障害の特性  自閉症、アスペルガー症候群、広汎性発達障害/自閉症スペクトラム障害、学習障害、注意欠陥多動性障害について説明する。   イ.自閉症  自閉症とは「社会性」「コミュニケーション」「想像力」の3つの領域について発達の偏りがある障害である。これは、自閉症の3つの特徴と言われる。ただし、現れ方や程度は人それぞれとなる。  3つの特徴の他、視覚・聴覚・味覚・臭覚・触覚における過敏・鈍感といった感覚の障害や、靴のひもが結べない、スキップや縄跳びができないなどの不器用さが見られるほか、集中が困難で妨害刺激の影響を受けやすい、多くの刺激の中から必要な刺激を選択できないといった注意障害が特徴として見られる場合がある。  これらの障害は、本人も周囲も気付かないうちにストレスや能率低下の原因となり、職業生活に影響を与えることもある。このため、一人ひとりの障害状況を確認し、不要な感覚刺激を取り除く、苦手な部分をカバーする代償手段を用意するなど、必要に応じて環境調整や配慮が求められる。 【自閉症の3つの特徴】 (1)社会性(社会的相互作用)の障害  他者への関心や関わり方など、社会的関係や対人関係を築き維持する上で困難性がある。 ○人との関わりに興味を示さない。 ○人と関わる場合、対人的な距離が適切にとれず、近すぎたり、距離を取りすぎるため、一方的で奇異な印象がある。 ○集団行動が難しい。 ○他者の考えや視点、信念、感情のくみ取りや理解、共有が難しい。 ○その場の空気が読めない。 ○明文化していないルール、暗黙の了解や常識を直感的に理解することができない。 ○社会的行動や社会的階層の理解が難しい。 ○よって、自己中心的、無頓着に見えることがある。 など (2)コミュニケーションの障害  言語の発達に遅れや完全な欠如が見られる場合や、独語やオウム返しなど独特な言語が見られる場合、言語の理解や使用において不自然さや不適切さが見られる場合などがある。 ○声量の調整などが難しい。常に大声で話すか小声で話す、早口、一本調子で話す、漫画のキャラクターやアナウンサーの口調で話す。 ○相手の言ったことをそのまま繰り返すオウム返しや、駅のアナウンスやCMの台詞を独りで繰り返す独語が見られる。 ○同じ質問を繰り返す、特定の話題ばかり話す、必要以上に事細かに話す、話題が急に飛ぶなど一方的に話し、相手に応じた会話のやり取りが難しい。 ○丁寧すぎる敬語や、逆に馴れ馴れしすぎるなど、場に応じた会話が困難。 ○表情、身ぶりなどの非言語コミュニケーションの理解や使用が難しく、微妙なボディランゲージやイントネーションから相手の意図が読めない。 ○言い回しや比喩、たとえ話や冗談がわからない。  あいまいな表現がわからない。他者の発言を字義どおりに受け取る。 ○話の流れや文脈の理解が難しい。話の切り上げ方がわからない。  間の取り方が分からない。 ○1対1の状況ならなんとか応答できても、複数の人が含まれると対処できない。 など (3)想像力の障害  行動や興味、思考に広がりがなかったり、反復的で常同的なパターンを示す場合がある。 ○身体を揺らしたり、手をぱたぱたさせたり、同じ動作を繰り返し行うなど、常同的で反復的な衒奇的運動が見られる。 ○同じ服を着続ける、同じ物を執拗に収集するなど、遊びや生活習慣に執着や儀式的行動が見られる。 ○一定の手順にこだわり、場所や時間、手順・道順などを変更できない。  予定の変更を受け入れがたく、手順やパターンが崩れると混乱する。 予期せぬことが起こるとどうしてよいか分からなくなり、パニックになる。規則に厳格過ぎて融通が利かない。臨機応変の対応ができない。 ○興味、関心の幅が狭い。興味のあることには集中する一方、興味のないことには極端な無関心を示す。 ○部分や細部へのこだわりがある一方、全体的なパターンをつかんだり、まとめ上げることが苦手。 ○単純に記憶を積み重ねる学習や正確で論理的なことは得意であるが、応用や抽象的で曖昧なことの理解が苦手。 など   ロ.アスペルガー症候群  知的発達に明らかな遅れがなく、自閉症の3つの特徴のうち言語発達の遅れがあまり見られない場合は、アスペルガー症候群とされる。ただ、言語発達に著しい遅れはなくても、杓子定規的な文法どおりの話し方が見られたり、理屈や事実関係にこだわって話が細かすぎたり、感情表現や言外の意味を読み取ることが難しいなど、言語使用には特徴や障害がある。   ハ.広汎性発達障害(PDD:Pervasive Developmental Disorders)/     自閉症スペクトラム障害(ASD:Autism Spectrum Disorder)  DSM-Wでは「広汎性発達障害(PDD)」として、「自閉性障害」、「アスペルガー障害」、「レット症候群」、「小児崩壊性障害」等が挙げられていたが、2013年5月に改定されたDSM-52)では、 「広汎性発達障害」が「自閉症スペクトラム障害」に変更されている。  従来の、「自閉症スペクトラム」という概念は、自閉症の3つの特徴を持つ人々を、自閉症やアスペルガー症候群などと分類するのではなく、特徴の現れ方や程度により濃淡のある連続体として捉えたもので、障害分類や健常との境目が明確にないという考え方を指していた。今回規定された「自閉症スペクトラム障害」でも、この考え方を踏まえつつも、これまで「広汎性発達障害」に分類されていた、レット症候群は、遺伝子異常であることの判明や、正常な発達後に退行が起こること等の事由により「自閉症スペクトラム障害」の分類から除かれ、自閉性障害、アスペルガー障害、その他の特定不能の広汎性発達障害などの広汎性発達障害の概念を再統合した。また、「自閉症スペクトラム障害」は、@社会コミュニケーション及び対人的相互作用に係る問題、A行動、関心、活動の限局的、反復的な特徴に係る問題(活動や興味の範囲の著しい制限・変化への抵抗等に係る問題)の2基準で定義されており、従来の対人関係障害として「社会性」として表記されていた特徴と、「コミュニケーション」に係る特徴が一つにまとめられており、Aの行動、関心、活動の限局的、反復的な特徴に係る問題については、感覚の過敏性、鈍麻性の特徴、環境の感覚的側面に係る興味が、下位分類に加えられている。  なお、ICD-10においては「広汎性発達障害」として、「小児自閉症〔自閉症〕」や「レット症候群」、「他の小児期崩壊性障害」、「アスペルガー症候群」等が挙げられている。   ニ.学習障害(LD:Learning Disorders、Learning Disabilities)  学習障害は、一般的には、全般的な知的発達の遅れがないにも関わらず、読み書き能力や計算能力などの学習面の能力に限定的な障害やアンバランスさが見られることを指す。しかし、学習障害という用語は、医学用語(Learning Disorders)や教育用語(Learning Disabilities)として、あるいは日常場面で用いられる際には異なった意味で用いられることがある。学校においては、勉強においてつまずきや遅れのある場合を幅広く含むことがあり、医学においては、医学的な診断基準による障害に限定している。  発達障害としての学習障害は、様々な様相を示すことが多く、広汎性発達障害や注意欠陥多動性障害など他の障害や、それらの障害特性と重複する場合もある。学習障害は概念として幅広いことや、発達による変動が大きい児童・生徒が対象になることが多いため、他の障害との重複や境界の判断が難しいとも言われる。  DSM-Wでは、学習障害を「読字障害」「算数障害」「書字表出障害」の3領域の単独の障害、もしくはその重複に限定している。 【DSM-Wにおける診断基準】  「読字障害」「算数障害」「書字表出障害」の3つの障害それぞれについて、その診断基準は、次のとおりとされる。 A.個別施行による標準化検査で測定された能力が、その人の生活年齢、測定された知能、年齢相応の教育の程度に応じて期待されるものより十分に低い。 B.基準Aによるそれぞれの障害が、それぞれの能力を必要とする学業成績や日常の活動を著明に妨害している。 C. 感覚器の欠陥が存在する場合、それぞれの能力の困難は通常それに伴うものより過剰である。   ホ.注意欠陥多動性障害     (ADHD:Attention Deficit/Hyperactivity Disorder)  注意欠陥多動性障害(ADHD)は、ケアレスミスが多い、注意散漫といった「不注意」、落ち着きがなく動き回る、じっとしていられないといった「多動性」、せっかち、後先を考えずに突然飛び出してしまうといった「衝動性」を主な特徴とする発達障害である。診断基準としては、主にDSM-WやICD-10が用いられるが、その基準は、客観的な生物学的特徴や医学的検査ではなく、行動観察や面談を通じた情報に基づく状態の臨床的な判断による。ADHDの正確な原因は不明であり、行動をコントロールするための抑制力や集中力、計画力、動機づけなどを司る前頭葉などの中枢神経系に機能不全があるとされている。  ADHDには、不注意の特性が強い「不注意優勢型」、多動や衝動性の特性が強い「多動性─衝動性優勢型」、両方の特性が混合した「混合型」の3つのタイプがある。ただ、成長すると見かけ上の多動性は減少することが多いなど、年齢や発達、環境により特性は変化する。自閉症やアスペルガー症候群などの特性と重複している場合には、自閉症を優先診断する考え方が提唱されているが、実際には重複診断されることも多い。また、幼少時の診断がADHDであっても、成人してから広汎性発達障害と診断名が変更されたり、合併症として診断名が追加される場合もある。 【DSM-Wにおける診断基準】  「不注意」もしくは「多動性─衝動性」の症状のうち、6項目以上が少なくとも6か月以上持続したことがあり、その程度が発達の水準に相応しない不適応的である場合に診断される。 (1)不注意  ○学業、仕事またはその他の活動において、しばしば綿密に注意することができない、または不注意な過ちをおかす。  ○課題または遊びの活動で注意を持続することがしばしば困難である。  ○直接話しかけられたときにしばしば聞いていないように見える。  ○しばしば指示に従えず、学業、用事、または職場での義務をやり遂げることができない(反抗的な行動、または指示を理解できないためではなく)。  ○課題や活動を順序立てることがしばしば困難である。  ○(学業や宿題のような)精神的努力の持続を要する課題に従事することをしばしば避ける、嫌う、またはいやいや行う。  ○課題や活動に必要なもの(例:おもちゃ、学校の宿題、鉛筆、本、または道具)をしばしばなくす。  ○しばしば外からの刺激によって容易に注意をそらされる。  ○しばしば毎日の活動を忘れてしまう。 (2)多動性─衝動性 <多動性>  ○しばしば手足をそわそわと動かし、またはいすの上でもじもじする。  ○しばしば教室や、その他、座っていることを要求される状況で席を離れる。  ○しばしば、不適切な状況で、余計に走り回ったり、高い所へ上ったりする(青年または成人では落ち着かない感じの自覚のみに限られるかもしれない)。  ○しばしば静かに遊んだり余暇活動につくことができない。  ○しばしば“じっとしていない”、またはまるで“エンジンで動かされるように”行動する。  ○しばしばしゃべりすぎる。 <衝動性>  ○しばしば質問が終わる前に出し抜けに答え始めてしまう。  ○しばしば順番を待つことが困難である。  ○しばしば他人を妨害し、邪魔する(例:会話やゲームに干渉する)。  ただし、以下の場合に対象となることとされる。 ・多動性─衝動性または不注意の症状のいくつかが7歳以前に存在し、障害を引き起こしていること。 ・これらの症状による障害が2つ以上の状況〔例:学校(または職場)と家庭〕において存在すること。 ・社会的、学業的、または職業的機能において、臨床的に著しい障害が存在するという明確な証拠が存在しなければならないこと。 ・その症状は広汎性発達障害、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中にのみ起こるものではなく、他の精神疾患(例:気分障害、不安障害、解離性障害、または人格障害)では上手く説明されないこと。 ※発症時期について、DSM-Wでは7歳以前に診断基準が置かれていたが、DSM-5においては、より集団的行動を要求されることの多くなる12歳に発症時期が引き上げられた。また、以前の児童期の行動特性を主体に作成されていることから、児童期には6項目以上該当すれば診断が下されるが、17歳以上の青年、成人の対象者では、5項目で診断基準を満たすものとされている。  上記に示したものが発達障害となるが、これらの一次障害が要因となり、自信や意欲の低下、情緒不安定などの不適応的な反応や行動が二次障害として顕在化する場合がある。認知のアンバランスや、社会性・コミュニケーション上の障害は、目に見えない複雑な仕組みや法則により成り立つ社会や、同調・同質を要求する集団生活、効率性や計画性を追求する課題遂行場面においては、様々な軋轢や失敗の原因となる。しばしば発達障害のある人は、叱責や批判の対象となり、また、行動の特異性から、友達ができない、いじめの対象となるなど社会的に孤立しやすくなる。失敗体験や傷つき体験を積み重ねるうちに、人の批判に過敏となったり、びくびくしたり、自信喪失や劣等感、疎外感、不安感に苦しむ人も多い。否定的な過去の記憶や被害感が鮮明によみがえるフラッシュバックと言われる症状が生じ、嫌な過去からなかなか抜けられない人もいる。  引き起こされる二次障害として、抑うつや強迫性障害、パニック障害、不登校、引きこもり、逸脱行動などがある。全ての人に二次障害が発生するわけではないが、発達障害のある人には、日常生活を普通に営むことにも生きにくさと苦痛があることを充分に理解することが、支援を行ううえで重要である。  B 雇用対策上の位置付け  発達障害者は、「障害者の雇用の促進等に関する法律」に規定する職業リハビリテーションの措置の対象である<同法第2条第1号「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。第6号において同じ)その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」>。  療育手帳や精神障害者保健福祉手帳の対象でない発達障害者に適用される制度としては、ハローワークにおけるトライアル雇用や特定求職者雇用開発助成金(発達障害者・難治性疾患患者雇用開発コース)、職場適応援助者(ジョブコーチ)による援助などがある。なお、療育手帳や精神障害者保健福祉手帳の対象となる場合、あるいは、地域障害者職業センターにおける知的障害者判定を受けた場合は、法定雇用率やその他の雇用援助制度の対象となる。  発達障害者であることの確認は、都道府県障害福祉主管課、精神保健福祉センターまたは発達障害者支援センターが紹介する「発達障害に関する専門医」による診断書によることとされる。なお、過去において、児童相談所その他の療育相談等を行う公的機関を利用したことがあり、発達障害者支援法施行(平成17年4月1日)以前に当該機関ないしは当該機関の紹介する医療機関において発達障害が認められるとの指摘を受けたことがある旨の申告があった場合についても、上記診断書による場合に準じて取り扱うこととされている(特定求職者雇用開発助成金〔発達障害者・難治性疾患患者雇用開発コース〕の適用については、医師の診断書または意見書が必要となる。)。 2)発達障害の職業的課題と支援のポイント  @ 発達障害の職業的課題  就職活動や職業生活には、多種多様な情報処理や効率的・効果的な課題遂行能力、社会性やコミュニケーション能力、臨機応変な柔軟性などが求められる。そのため、意欲や能力に関わらず、高等学校や大学を卒業し、就職の段階になって初めて困難さを目の当たりにし、支援の必要性を感じる人や家庭も少なくない。  発達障害の特性から、就職活動や職業生活において課題となる事項に次のようなことがある。 【就職活動における課題】 <自己理解における課題>  ○障害の自己理解が不十分。  ○自分の得意なことと不得意なことが整理されていない。  ○仕事の経験が少ないか偏っており、仕事のイメージがつかめていない。  ○企業が求める能力や資質が分からない。  ○向いている仕事が分からない。経験や能力に合わせた仕事の内容や労働条件のマッチングが分からない。  ○偏った職業選択や理想が高すぎる職業選択が見られる。 <知識やスキルにおける課題>  ○就職情報の読み方・使い方が分からない。  ○就職活動の仕方や段取りが分からない。  ○就職活動における失敗の理由と対処方法が分からない。  ○面接の受け方や履歴書の書き方など、就職活動の知識やスキルが不十分。  ○サービス機関や制度を上手く利用できない。 【職業生活の維持における課題】 <職務や作業について>  ○適切なスピードで作業することが苦手。  ○スピードは速いが、雑だったり、質を意識することが苦手。  ○一度に複数のことを指示されると混乱する。  ○言葉だけの指示では理解できなかったり、覚えられない。  ○抽象的な指示が理解できない。  ○指示が理解できなくても返事をすることがある。  ○仕事の優先順位が分からない。  ○ひとつの仕事をしながら、同時に別のことをこなすことが難しい。  ○作業の手順、段取りを自分で考えることが苦手。  ○指示とは異なる勝手な判断基準で作業をしてしまう。  ○自分のやり方に固執し、修正を受け入れられない。  ○仕事の量や時間などの見通しが持てないと不安に感じる。  ○急な変更等があると混乱する。 <社会性・コミュニケーション>  ○同僚、上司等、立場の違いに応じた敬語の使い分けなど、場面や立場を考慮した発言ができない。  ○ストレートに自己主張しすぎて、同僚や上司と衝突する。  ○人から注意されたとき、謝罪しない、言い訳するなど適切な対応ができない。  ○暗黙のルールなど、明文化されていないことが分からない。  ○割り当てられた自分の役割以外は、自分から行おうとしない。  ○休み時間と作業時間の区別が付きにくい。  ○分からないとき、困っているときなどに自ら助けを求めないか、求められない。  A 支援のポイント  発達障害とひと言でいっても、様々な障害名(診断名)やそれぞれの症状・特性の違い、その組合せや程度、現れ方、知的障害の有無・程度、二次障害の有無・程度、社会的・環境条件との相互作用などから、一人ひとりの障害像や様相は極めて多様となる。その中で、周囲の人間のみならず本人自身さえ、障害によるつまずきや課題を別の要因によるものと捉える場合も多く、障害が見過ごされ、適切な対応が先送りにされることがある。  したがって、発達障害に対する支援においては、発達障害の認知面・行動面の課題を、環境との関わりの中で個別に具体的に整理していくことが基本的なポイントとなる。  ポイントとなる事項をいくつか列挙する。   イ.本人、家族および支援者の障害に対する理解  支援を始めるに当たってはまず、適切な診断が行われていることが望まれる。また、発達障害としての認知面・行動面の課題を把握するためには、職業評価などのアセスメントが必要となる。これらは、障害の自己理解を進め、本人や家族、支援者が進路の方向性を見立てていくうえでも、就職活動や職場において必要な支援を周囲に具体的に求めていくうえでも、重要な土台となる。本人の状況や意思を尊重することを大前提として、発達障害者支援センターや精神保健福祉センターなどの専門機関において診断や評価に関する相談を行ったり、地域障害者職業センターにおける職業評価の活用などを通じて、このプロセスを踏むことが望ましい。   ロ.きめ細かく、かつ、整理された、評価結果のフィードバックとその結果に基づく訓練  発達障害者の中には職業に関する経験が少なかったり偏る人も少なくない。そのため、まずは、個別面接、模擬的な職場環境や集団場面での訓練、障害者委託訓練や実習制度を活用した職場体験など様々な機会を設け、自己理解や必要な知識・スキルの基盤を築く必要がある。また、その際には、課題の理解や対処方法の習得が一つひとつ積み重なるよう、ただ訓練や体験を積むだけではなく、進捗状況に応じて生じた具体的な課題に対するきめ細かなフィードバックが重要となる。  さらに、フィードバックに当たっては、様々な場面で生じた課題を目に見える形で整理分類し、体系化して示すことが必要である。発達障害者は、情報をまとめ上げたり、周囲の状況と照らし合わせて適切な選択をすることに困難があり、また、課題が多い場合には何から手を付けてよいのか分からず混乱してしまうことがある。個別の課題に名前を付け、カテゴリーに分け、優先順位に基づきターゲット化し、自分の問題として認識できるようにし、その課題毎にどのように行動することが適切か選択肢を示していかなければならない。  また、相談やフィードバックの方法として、内容のポイントを絞って書いてまとめる、図にする、あらかじめ整理したテキストや振返りのチェックシートを活用する等の工夫も求められる。図5は「指示に従う」という課題とその対処方法を学ぶためのテキストの例である。このような相談のための支援ツールや、職業生活に必要な知識・スキルを身につけるための訓練技法が開発されているので、参考にすることができる。 図5 指示に従う3) 【就職支援ガイドブック…発達障害のあるあなたに…】4) ※参考文献および資料参照  就職活動中の発達障害者向けに作成されたガイドブック。就職活動の手がかりやヒント、自分にあったサービスの利用方法に関する理解の促進を目的としている。就職活動における自分の課題を分析したり、考えをまとめたりする際に利用できる11種類のチェックシートが掲載されている。 【職業リハビリテーションのためのワーク・チャレンジ・プログラム ─教材集─】3)※参考文献および資料参照  発達障害者の職業上の課題への対応を目的として、職場の基本的なルールを明示し、また、誤った理解をしている対象者の背景にある考え方などについて検討するためのワークシートや、学習された知識の行動化を確認するための作業遂行課題等によって構成されている。 【ワークシステム・サポートプログラム】※資料参照  発達障害のある人に対する就職に向けた技能トレーニングの支援技法。グループワークや作業訓練、個別相談を相互に組み合わせた職業的自立のために必要なスキルを身につけるための支援である。グループワークで習得するスキルには、職場対人スキル、問題解決スキル、リラクゼーションスキル、マニュアル作成スキルなどがある。  プログラムの中には、発達障害のある人自身が、思考や行動の特徴、障害特性や職業上の課題、就職希望条件、企業に配慮を依頼すること(職場環境の調整方法等)を取りまとめる「ナビゲーションブック」の作成や活用方法の習得も含まれる。   ハ.職場環境の調整  発達障害者に対する就業支援においては、企業に対し障害特性の理解を求めるとともに、必要な環境調整を実施することが不可欠となる。環境調整や人的な配慮を行うことにより、障害による課題に対する訓練のみに着目するよりも、苦手な部分が無理なく代償されたり、得意な部分を活かし高い能力を発揮できるようになることが多い。発達障害のある人のために明文化されないルールやノウハウを明確化したり、環境の構造化をすることで、職場における曖昧さがなくなり、職場全体の仕事のしやすさが改善するなど、障害者だけでなく、他の従業員のメリットにつながることも少なくない。  英国自閉症協会が企業向けに作成したガイドブック「アスペルガー症候群の人を雇用するために―英国自閉症協会による実践ガイド―」5)では、企業がアスペルガー症候群の人を雇用し、雇用管理において成功するために企業が行うべき配慮や調整を紹介している。また、事業主向けリーフレット「発達障害について理解するために―事業主の方へ―」6)では、職業生活の様々な場面で想定される課題と解決法についてわかりやすく解説されている。シンプルでわかりやすいガイドブックであるので、企業に対して発達障害のガイダンスを行ううえで参考となる。また、厚生労働省による「発達障害のある人の雇用管理マニュアル」7)では、職場で起こりがちな課題別に、明文化や構造化といった手法に基づく環境設定や指導方法を紹介している。  「アスペルガー症候群の人を雇用するために―英国自閉症協会による実践ガイド―」に示されている雇用管理のノウハウをいくつか紹介する。 【アスペルガー症候群の人を雇用するために 抜粋引用】 <コミュニケーションを成功させるためのヒント> @仮定は避けて  「常識」があると仮定せず、段階毎に作業のプロセスを伝達すること。 A直接的に  間接的に物事を依頼せず、直接的な指示の方が理解が容易である。 B正確に 指示や説明を行う際は、明確かつ具体的に、何が要求されているかを正確に言うこと。 C比喩は避けて  発言を字義通り解釈する特徴があることに注意すること。 D詳細情報を豊富に ある事項を一般化するまでに大量の情報が必要となるために、作業や情報について詳細に書き出すこと。 E敬意を表して  一人の個人、大人として常に尊敬されるべき存在であること。 F書き出すこと 口答指示は書面で補足することが望ましい。 能力に応じて絵や記号を使用すること。 G理解度のチェック 指示内容の復唱や一定期間の指示の補強により、理解度をチェックすること。 <作業設定のためのチェックリスト>  作業設定の際には、管理者は次のことを心がけるべきです。  ○作業の目的を説明する。  ○作業工程の各ステップを説明する。  ○求められている成果または最終製品を示す。  ○求められている結果の質を伝達する。  ○完了までの時間枠を設定する。  ○指示が理解されたかどうか確認する。 <管理者のためのチェックリスト>  アスペルガー症候群の従業員に、仕事で良い実績を上げる最高のチャンスを与えるためには、  ○行動のルールを明確にすること  ○構造化された方法で新たな作業を導入すること  ○書面による指示や視覚化された指示を使うこと  ○チェックリストと、1日か1週間の予定表を提供すること  ○職場で変更が行われた場合は、説明を準備すること  ○最初は密接に指示すること  ○頻繁かつ即座にフィードバックを与えること  ○本人とのやり取りにおいて一貫性のある関わりを維持すること <引用文献> 1)米国精神医学会:DSM-W-TR 精神疾患の分類と診断の手引き.医学書院.2002 2)米国精神医学会:Desk Reference to the Diagnostic Criteria from DSM-5.2013 3)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター:職業リハビリテーションのためのワーク・チャレンジ・プログラム(試案)─教材集─(各種教材、ツール、マニュアル等No.23).2008 4)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター:就職支援ガイドブック …発達障害のあるあなたに…(各種教材、ツール、マニュアル等No.24).2008 5)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター職業センター:"第5章成功する管理 ".アスペルガー症候群の人を雇用するために ―英国自閉症協会による実践ガイド―(支援マニュアルNo.3).2008.P43-57 6)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター職業センター:"発達障害について理解するために―事業主の方へ―".発達障害を理解するために2―就労支援者のためのハンドブックー(支援マニュアル No.7)付属リーフレット.2012 7)厚生労働省:発達障害のある人の雇用管理マニュアル.2006 <参考文献> ○独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:2019年度版障害者職業生活相談員資格認定講習テキスト.2019 ○米国精神医学会:Desk Reference to the Diagnostic Criteria from DSM-5.2013 ○日本発達障害学会:"DSM-5導入のもたらす影響".発達障害研究(Vol.35,No.3).2013.P197-203 ○厚生労働省:発達障害のある人の雇用管理マニュアル.2006 ○独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター職業センター:発達障害を理解するために ―支援者のためのQ&A―(実践報告書No.14).2005 ○全国 LD親の会:LD、ADHD、高機能自閉症とは? ─特別な教育的ニーズを持つ子供達─.2004 ○融道男・中根允文・小見山実・岡崎祐士・大久保善朗 監訳:ICD-10 精神および行動の障害の障害臨床記述と診断のガイドライン(新訂版).医学書院.2005 第5項 難病  従来から、難病を原因とした身体障害者や精神障害者は雇用対策上の障害者として認定されてきたところである。しかし、そのような認定がない場合であっても、難病の特性によって体調が変動することにより、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、または職業生活を営むことが著しく困難となる場合がある。したがって、障害者雇用率制度が適用されない場合でも、無理なく活躍できる仕事内容や職場環境、また本人スキルの向上等を含む、職業リハビリテーションによる難病患者の就業支援が重要となっている。 1)難病による障害とは  平成27年1月の「難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)」の施行により、国をあげて難病の治療研究を進めるとともに、患者の医療費負担の軽減と、患者が治療を継続しながらも社会参加できるような総合的支援を進めることとされている。  従来、国の難病医療費助成の対象疾患は 56疾患に限定されていたが、一部の重症患者を除き、多くの患者は通院・服薬等の治療を続けながらも特に介護等は必要とせず、日常生活自立が可能な、生産年齢にある難病患者は 40万人を超えていた。平成 27年1月の難病法の施行により新たな医療費助成制度が確立されてから、その対象疾患は順次拡大され、令和3年11月からは338疾患が「指定難病」となり、さらに、安定した最新の治療を受け、日常の自己管理や服薬、通院等を続けながら、就労を含む社会参加が可能な人たちの増加が見込まれる。  従来の障害認定では症状の固定した後遺症や永続する障害のみを認定することが多いが、難病患者では必ずしもそれに該当しない障害状況が見られる。「難病」というと一般的な先入観として重篤な障害を想像しやすいが、障害認定のない難病患者の多くは、むしろ通常は健常者と変わらず生活し、外見からでは難病患者とは分からないことが多い。ただし、体調が崩れやすいことから、就職はできても、その後の治療と仕事の両立に苦労し、就業継続が困難となっていることが多い。  @ 障害認定はないが職業生活上の困難がある難病患者  例えば、潰瘍性大腸炎やクローン病のような腸が炎症を起こす病気では、従来は炎症部分を切除し、人工肛門をつけたり、チューブや点滴による栄養摂取を必要とする状態になった時点で障害認定されるが、現在では、そこまで悪化する前に服薬等で症状が抑えられるようになっている。しかし、それでも完治には至っていないために、症状の変動があったり、腹痛や下痢を経験しやすかったり、体調管理上の配慮が必要であったりする。  あるいは、進行すれば様々な身体障害の原因となる病気(多発性硬化症、膠原病等)でも、適切な治療や業務上の配慮等によって障害の進行を一定程度予防することが可能である。しかし、そのような配慮は、身体障害の認定対象となるより以前から必要となる。また、障害の進行を遅らせる治療にもかかわらず、多くの患者は疲労感や体の各部の痛みを経験している。また、治療薬の多くは劇薬であり、その副作用による症状も大きい。  その他、HIVを原因としない先天性の免疫機能障害、筋肉の疲れやすさ、ホルモン調整の異常、等々、従来の身体障害認定基準には該当しない様々な「その他の心身の機能の障害」があるために、職業生活上の困難がありながら、障害認定はないという難病患者が存在する。  A 障害認定のある難病患者  身体障害者等として認定されている障害者において、その原因疾患が難病である場合も多い。そのような場合、従来の固定された障害の理解以外に、難病の病気としての特性が職業生活に影響することがある。  視覚障害の原因疾患として網膜色素変性症やベーチェット病があり、働き盛りでの発病や進行性が問題となる。また、パーキンソン病は、症状を一時的に抑える特効薬があり、薬が効いているときには健常者と全く変わらないのに、数時間で薬効が切れると体を動かせなくなるという極端な身体障害が進行することや服薬によって劇的に症状が改善するが、その効果が数時間しか持続しないといった「ON-OFF症状」という特徴があり、職業への影響がある。関節の炎症が原因となって身体障害がある場合では、内臓の疾患の合併や関節等の痛み、疲れやすさ等の症状も仕事に影響しうる。多くの難病は様々な身体障害の原因となるが、脳血管疾患であるもやもや病の場合は精神障害の認定になることも多い。 2)病気や必要な配慮についての職場への開示の困難  企業は難病の治療の現状等の理解が不十分なことが多く、安全配慮上の「病者の就業禁止」規定等により、必要以上に難病患者の雇用に対して慎重になる傾向がある。それに対応して、外見からは病気や障害のことが分かりにくい難病患者は就職面接等であえて病気や必要な配慮についての説明を避ける傾向もある。しかし、病気を隠して就職できても、職場の理解や配慮のない状態での雇用は、難病患者にとってストレスとなりやすく、また、過労等により体調悪化が起こっても早めの通院ができないなど、治療と仕事の両立のための大きな問題となり、体調悪化から入院、退職となる例も多い。  したがって、外見からは分かりにくく、病気を隠せば就職はできるような一見職業上の問題が少ないと思われるような難病患者であっても、就職活動で病気の説明をすれば雇用されず、一方、病気を隠して就職すれば就業継続できず、というジレンマを抱えて長期の就業困難となり、体調悪化や生活困窮の悪循環に陥る危険性が高くなっている。 3)難病患者に対する就業支援  難病の症状の程度は多様であり、障害者雇用率制度の適用となる場合だけでなく、特に、体調変動により健常者と障害者の支援制度の谷間で、治療と仕事の両立の課題を有しながら従来孤立無援となりやすかった、難病患者に対する専門的な就業支援が必要である。具体的には、無理なく能力を発揮できる仕事への丁寧なマッチングや、職場での理解や配慮の確保、疾患自己管理や職場での対処スキルについての就業支援が重要になる。  @ 無理なく能力を発揮できる仕事  難病患者にとって無理のない仕事とは、具体的には、デスクワーク等の身体的負荷が少なく休憩が比較的柔軟にとりやすい仕事、あるいは、パート等の短時間で通院や疲労回復がしやすい仕事など、一般的な仕事が多い。一方で、立ち作業、労務作業、流れ作業等、身体的負荷が大きい仕事や、休憩や通院がしにくい時間拘束力の強い仕事等は続けにくいことが多い。  各人の症状等の特性を踏まえることはもちろん、その一方で、本人の職業能力や興味分野に適した仕事へのマッチングにより、障害者求人にこだわらず、一般求人にも範囲を広げ、難病患者であっても職業人としてアピールできる職業紹介につなげることが重要である。中途障害により、これまでの仕事を続けることが困難になった場合、パソコン等の職業訓練や資格取得によるデスクワーク等への職種転換も効果的な選択肢である。医療と労働の両面からの支援を促進するため、難病患者就職サポーターがハローワークに配置されているので活用されたい。  A 職場の理解と配慮の確保  「難病患者を働かせても安全配慮上の責任は大丈夫か」という企業側の懸念に対して、本人や担当医等に確認していくことが重要である。実際には、無理のない仕事へのマッチングさえできていれば、月1回程度の通院や体調に合わせた業務調整等の配慮があれば健康上も安全上も問題なく雇用が可能なことが多い。就職活動時に、企業の理解を進めるため、トライアル雇用等を活用して本採用前に確認できる機会を設けることも効果的である。身体障害等がある場合は、それぞれの設備改善等が必要である。障害者手帳のない場合についての企業側への助成措置としては、特定求職者雇用開発助成金(発達障害者・難治性疾患患者雇用開発コース)が適用される場合があり、ハローワークと相談することが必要である。  就職後には、本人や、必要に応じて担当医等ともよくコミュニケーションをとって、症状の特性を踏まえながらも、本人が能力を発揮できるような職場での業務調整等を行うことが重要である。一方的な配置転換や業務軽減はかえって、本人の満足度を著しく低下させ離職の原因となりやすい。  また、入院等により休職しても数か月で体調が回復し復職可能な場合が多い。治療の見通しを担当医から確認し、休職と復職の支援により性急な退職を防止することが重要である。要件を満たす場合は、障害者職場復帰支援助成金の活用が可能である。  B 疾患自己管理と職場での対処スキル  治療と仕事を両立した就業継続のためには、本人の日常生活上の疾患の自己管理意識が重要であるとともに、体調変化や入院等による休職のリスクを踏まえた仕事の進め方や、同僚との協力や調整についてのスキルや高い意識が重要となる。地域の保健医療機関と連携して、就労している同病者の経験から学ぶ等の機会をつくる等の支援も重要になると考えられる。 第2節 障害者雇用に関する制度の概要  障害者の雇入れを進め、雇用された障害者が安心して働けるような環境を整えるために、障害者雇用に関係する各種制度が整備されている。就業支援に当たっては、こうした制度を効果的に活用すべきであろう。そのためには、障害者雇用に関する制度の概要や相談窓口の所在等は知っておくよう心がけたいものである。  ここでは、就業支援を行う者が最低限の知識として知っておくべき制度や関係法令のポイントを解説していきたい。各制度について、より詳細を知りたい方は271ページ以降に掲載されている資料などを参照いただきたい。また、各制度は、その効果や障害者雇用の状況などを踏まえて、改正、廃止などの見直しがなされるため、実際に活用する際には、念のため、最新の情報を確認することをお勧めする。 第1項 障害者の雇用の促進等に関する制度の概要  企業等での障害者の雇用を促進し、また、雇用されている障害者の職業の安定を図るため、「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下「障害者雇用促進法」という。)が制定されている。この障害者雇用促進法に定められている制度等のうち、ここでは、「障害者雇用率制度」、「障害者雇用納付金制度」、「雇用の分野における障害者に対する差別の禁止及び合理的配慮の提供義務」について、概要を説明する。  なお、令和4年12月に障害者雇用促進法の一部改正が盛り込まれた「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律」が成立した。障害者雇用促進法における「障害者雇用率」及び「障害者納付金制度」に関する主な改正事項は、特に短い労働時間(週所定労働時間10時間以上20時間未満)で働く重度身体障害者、重度知的障害者及び精神障害者に対し、就労機会の拡大のため、実雇用率において算定できるようにすること等である。 (※改正概要をP250に掲載。) 1)障害者雇用率制度  障害者雇用促進法において、事業主は、雇用している労働者に占める対象障害者の数を「法定雇用率」以上としなければならない。この法定雇用率は、事業主の社会連帯の理念に基づいて、労働市場における一般労働者と同じ水準で障害者に雇用機会を保障しようという目的で設定されているものである。なお、同項における「対象障害者」は、身体障害者、知的障害者または精神障害者(精神障害者保健福祉手帳所持者に限る。)をいう。  法定雇用率は、平成30年4月以降以下のとおり設定されており、令和3年3月1日から更に0.1%引き上げられた。 事業主区分 法定雇用率 令和3年2月まで 令和3年3月1日以降 民間企業 2.2%  → 2.3% 国、地方公共団体等 2.5%  → 2.6% 都道府県等の教育委員会 2.4%  → 2.5% ※また、短時間労働者(週の所定労働時間が20時間以上30時間未満の者)は0.5名の雇用とされるが、うち精神障害者で、雇入れから3年以内または精神障害者保健福祉手帳取得から3年以内かつ、令和5年3月31日までに雇い入れられ、精神障害者保健福祉手帳を取得した方は、短時間労働者であっても1名雇用しているとみなされる。  例えば、従業員数が 150名の企業であれば、従業員数に 2.3%を乗じると3.45名となり、法定雇用率を達成するためには、3名(1名未満は切り捨てる。)以上の対象障害者の雇用が求められることになる。  なお、法定雇用率は、各事業所単位ではなく企業全体について適用されることとなっているので、例えば店舗を全国展開している企業は、全国の店舗等で雇用している従業員の状況で、障害者雇用率を算定することになる。また、重度身体障害者または重度知的障害者は1名の雇用をもって2名の身体障害者または知的障害者を雇用しているものとみなす(ダブルカウント)措置が設けられている。  また、障害者雇用義務のある事業主は、毎年6月1日時点での障害者の雇用に関する状況をハローワークに報告しなければならない。障害者雇用状況報告、いわゆる「6/1(ロクイチ)報告」といわれるものである。ハローワークは、この報告に基づき、実際に雇用している障害者の数が法定雇用率に達していない企業に対しては、障害者雇入れ計画の作成を命ずるとともに、同計画が適正に実施されるよう勧告するなど段階的な「雇用率達成指導」を行い、障害者の雇用が着実に進むよう努めている。  近年、ハローワークは、雇用率達成指導を強化しており、これに伴い、企業の障害者雇用についての関心も高まっている。6/1(ロクイチ)報告の結果は、例年12月頃に厚生労働省から発表されているので、障害者雇用率の動向にも目を配っておきたい。 2)障害者雇用納付金制度  障害者雇用促進法においては、「障害者雇用納付金制度」も設けられている。これは、障害者の雇用により生じる作業設備や職場環境の改善などの経済的負担を考慮し、障害者の雇用に伴う事業主の経済的な負担のアンバランスを調整し、全体としての障害者雇用の水準を高めることを目的とした制度である。  これにより、法定雇用率の未達成企業(常用労働者100名を超える事業主に限る。)から「障害者雇用納付金」(法定雇用に不足する対象障害者1名当たり月額5万円)が徴収され、法定雇用率達成企業に対して、障害者雇用調整金、報奨金が支給されるほか、各種助成金が支給される。 常時雇用している労働者数が100人を超える事業主 図1 障害者の生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律の概要 出典)厚生労働省職業安定局 3)雇用の分野における障害者の差別の禁止及び合理的配慮の提供義務  障害者雇用促進法においては、事業主に対して、労働者の募集・採用や賃金の決定などの雇用に関するあらゆる局面で、障害者であることを理由とした障害者でない者との不当な差別的取扱い(障害者差別)を禁止している。また、障害者でない者との均等な機会の確保などを図るために、過重な負担にならない範囲で、障害特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備や援助を行う者の配置などの措置(合理的配慮の提供)を行うことを義務付けているほか、障害者からの苦情を自主的に解決することを努力義務化している。  なお、障害者差別及び合理的配慮の提供に関して、事業主と障害者が紛争となった場合は、紛争調整委員会による調停や都道府県労働局長による勧告による紛争解決に向けた援助を受けることができる。 4)障害者雇用に関する優良な中小事業主に対する認定制度(もにす認定制度)  令和2年度から実施している、障害者の雇用の促進や安定に関する取組などの優良な中小事業主を厚生労働大臣が認定する制度である。  認定を受けることで、認定マークの利用や、ハローワーク等の周知広報の対象になるなど社会的なメリットを受けられることに加え、既に認定を受けた事業主の取組を地域における障害者雇用のロールモデルとして公表し、他社の参考となるよう厚生労働省から情報発信することを通じ、中小事業主全体で障害者雇用の取組が進展することを目的としている。 第2項 労働関係法令の基礎 1)働く人に適用される労働関係法令  社会には様々な仕事や働き方があるが、企業に雇用されて働く場合は、「労働者」として、労働関係の法令が適用される。  障害者が安心して自立した職業生活を続けるためには、適切な労働条件、労働環境が確保されていることも重要な要素である。ここでは、こうしたことを保障するために整備されている労働関係法令や制度のポイントを説明する。  労働基準法、労働契約法  労働基準法は、労働時間、時間外労働や休憩・休日などの労働条件について、その最低基準を定めた法律で、労働者を使用するすべての事業主(使用者)に適用される。労働契約法は、労働契約の締結、変更、終了など労働契約の基本的なルールを定めたものである。  ここでは、労働基準法、労働契約法の規定のうち、特に重要なものについて、一般的なケースに適用される原則を記載する。法令上は、例外や細部の規定もあるので、詳細は都道府県労働局のホームページなどにより確認いただきたい。また、相談窓口は、原則として労働者が働いている企業を管轄する労働基準監督署である。 ・労働者の概念  労働基準法が適用される労働者とは、@職業の種類を問わず、A事業または事務所に使用され、B賃金を支払われる者をいう(労働基準法第9条)。いわゆるパートやアルバイトなども労働者に含まれる。 ・労働条件の明示  労働者を採用するときには、事業主は、就業の場所、従事する業務、賃金、始業・終業の時刻、休憩時間、休日など主要な労働条件について、書面などで明示しなければならない。 ・解雇  解雇は、労働者の生活に関わる重大な問題であることから、労働基準法などにより、解雇制限などの事項が定められている。  客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当であると認められないような解雇は、権利を濫用したものとして、無効とされる。  また、解雇をする場合には、少なくとも30日前までに予告するか、30日分以上の平均賃金を払わなければならない。  なお、障害者雇用促進法により、事業主は、障害者である労働者を解雇する場合には、その旨をハローワーク所長に届け出なければならない。 ・賃金の支払い  賃金(給料)の支払いには、次の5原則がある。  賃金は、「@通貨で、A全額を、B毎月1回以上、C一定期日に、D直接労働者に」支払わなければならない。 ・労働時間、休憩  労働時間は、休憩時間を除いて、原則として1日8時間、1週間40時間を超えてはならない。  また、労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩時間を与えなければならない。なお、休憩時間については、「@労働時間の途中に与えること、A自由に利用させること、B一斉に与えること」とされている。 ・休日  休日は、少なくとも毎週1日か4週間に4日以上与えなければならない。このように法律で定められた休日を法定休日という。 ・時間外労働、時間外・休日・深夜労働の割増賃金  1日8時間、1週間40時間の法定労働時間を超えた労働を法定時間外労働というが、法定時間外労働をさせる場合には、労使で協定を締結し、これを労働基準監督署長に届け出ることが必要である(労働基準法第36条に規定されていることから、この協定は一般に「36(サブロク)協定」といわれる。)。法定休日に労働させる法定休日労働についても、同様である。  また、労働者に法定時間外労働、深夜労働(原則午後 10時から午前5時まで)をさせた場合は2割5分以上、1か月 60時間を超える法定時間外労働をさせた場合は5割以上、法定休日労働をさせた場合は3割5分以上の割増賃金を払わなければならない。  なお、働き方改革により、平成31年4月1日から、法定時間外労働について原則月45時間、年360時間の上限規制が導入された(※中小企業は令和5年4月1日から適用)。 ・年次有給休暇  労働者が6か月以上継続勤務し、その6か月間の出勤率が8割以上の場合には、10労働日の年次有給休暇を与えなければならない。その後は、継続勤務年数1年ごとに、前1年間の出勤率が8割以上の場合に、1労働日(3年6か月以後は2労働日)を加算した有給休暇を総日数が20日になるまで与えなければならない。  なお、働き方改革により、平成31年4月1日から、10日以上の年次有給休暇のある労働者に対し、毎年5日、時季を指定して有給休暇を与える必要がある。  また、労働契約法については、労働者の労働条件が個別に決定、変更される事案が増加し、それに併せて、個別労働関係紛争が増加していたことが成立の背景にある。以前は、個別労働関係紛争については、民法などにより部分的に規定されているのみで、体系的な成文法が存在していなかったことから、個別の労働関係の安定に資するため、労働契約の基本的な理念、労働契約に共通する原則、判例法理に沿った労働契約における権利義務規定を定めた労働契約法が平成20年3月から施行されるに至った。  なお、同法は平成24年8月10日に改正され、期間の定めのあるパート、アルバイト、派遣社員などの有期労働契約について、以下3つのルールが整備された。  1点目が、有期労働契約が反復更新されて通算5年を超えたときは、労働者の申込みにより、無期労働契約(期間の定めのない労働契約)に転換できること(平成25年4月1日施行)、2点目が、過去の最高裁判例で確立した、一定の場合には使用者による雇止めを無効とする「雇止め法理」が条文化されたこと(平成24年8月10日施行)、3点目が、同一の使用者と労働契約を締結している有期契約労働者と無期契約労働者との間で、期間の定めがあることにより不合理に労働条件を相違させることを禁止する規定が設けられたことである(平成25年4月1日施行)。  最低賃金法  最低賃金法は、労働者を使用する事業主(使用者)が労働者に支払う賃金の最低金額を定めているもので、使用者はこの最低賃金以上の賃金を労働者に支払わなければならない。  最低賃金は、原則として、すべての労働者に適用される。ただし、都道府県労働局長の許可を受けることにより、@精神または身体の障害により著しく労働能力の低い者、A試の使用期間の者(この場合の期間は14日以内)などについては、最低賃金の減額特例が認められる(最低賃金の適用除外は平成20年7月1日に廃止され、新たに減額特例制度が設けられた)。  パートタイム・有期雇用労働法  「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」の略称。働き方改革の目玉の一つとして、従前の「パートタイム労働法」に有期雇用労働者も対象として加わり、同一企業内の正社員と非正規社員の間で、基本給や賞与などの個々の待遇ごとに不合理な待遇差が禁止されることとなった。令和2年4月1日(中小企業は令和3年4月1日)から施行。  社会保険制度  社会保険制度は、企業に雇用される労働者が、病気やけが、失業、老齢などにより働けなくなったときの生活を保障するための制度である。一般に、企業などでは、健康保険と厚生年金保険を「社会保険」、雇用保険と労働者災害補償保険(労災保険)を「労働保険」というが、ここでは、これらの4つの保険制度について概要を説明する。 ・健康保険  公的医療保険制度は、医療を受けたときに公的機関が医療費の一部負担をするという制度で、職業などにより加入する制度が異なる。企業に雇用される労働者は、健康保険に加入することとなる。健康保険には、主に中小企業が加入する全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)と主に大企業の健康保険組合が運営する組合管掌健康保険がある。保険料の負担は、協会けんぽの場合は企業と労働者の折半であり、組合管掌健康保険は各組合により、労使の負担率は異なっている。 ・厚生年金保険等  公的年金制度には、民間企業に勤務する労働者が加入する厚生年金保険、公務員などが加入する共済組合、自営業者などが加入する国民年金がある。民間企業に勤務する場合には、厚生年金保険に加入することとなる。これにより、本人の老齢や障害、死亡に対して保険給付が行われる。 ・雇用保険  雇用保険は、労働者が失業して新しい仕事を探すときに、再就職活動を支援するための失業等給付を行う制度である。支給期間や支給額は、失業した理由、雇用保険に加入していた期間や年齢などにより異なる。失業等給付に係る保険料は、企業と労働者が折半して負担するものとなっている。  失業等給付を受けるためには、退職するときに、企業から雇用保険被保険者離職票が交付されるので、これを労働者本人が自分の住所を管轄するハローワークに提出して手続きを行う。手続きができる期間が定められているので、解雇、自主退職を問わず、失業することとなった場合には、必要書類を整え、雇用保険の受給が可能かも含めて、早めにハローワークに相談することが望ましい。 ・労働者災害補償保険(労災保険)  労災保険は、労働者が業務上の事由や通勤による病気やけが、死亡した場合に、本人、遺族に対して必要な保険給付を行う制度である。企業で働く労働者は、働いている期間や職業、パート、アルバイトなどの雇用形態に関わらず、原則としてすべて労災保険が適用される。  仕事中にけがをしたときなどに保険給付を受けるためには、企業が所轄の労働基準監督署に給付の申請手続きをすることとなる。なお、保険料は全額企業が負担するものとなっている。なお、業務災害による障害が残存した場合(症状が固定化した)には、障害補償給付、通勤災害による場合には障害給付の制度が設けられており、一定の基準により障害等級に基づき、年金(障害等級1〜7級)又は一時金(障害等級8〜14級)が支給されることとなっている。また、社会復帰促進等事業として障害特別支給金、障害特別年金(一時金)制度が設けられている。 2)就業支援に当たって知っておくべき労働関係法令  就業支援は、仕事に就くことを希望する障害者と障害者を雇い入れることを希望する企業を結び付ける役割を果たすが、このように、求職者(職を求めている人)と求人者(雇い入れる人を求めている企業)の間に立つ者に関係する法令として、「職業安定法」や「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(労働者派遣法)」がある。これら法令に関して、就業支援に関わりがある事項について、以下に列挙する。  職業安定法 ・求人、求職の申込みを受け、両者の雇用関係の成立をあっせんする行為は「職業紹介」に該当する。 ・職業紹介の際に、手数料や報酬を得る場合は「有料職業紹介事業」となり、厚生労働大臣の許可を受けなければならない。また、手数料等を一切受けない「無料職業紹介事業」についても、学校や地方自治体等を除いては、厚生労働大臣の許可を受けなければならない。 ・許可なく職業紹介事業を行うことは、罰則の対象となる。  労働者派遣法 ・自社で雇用している従業員を、他の企業の指揮命令を受けて働かせる行為は「労働者派遣」に該当する。 ・労働者派遣事業を行う場合は、その形態に応じて、厚生労働大臣の許可が必要であり、許可がなく労働者派遣事業を行うことは、罰則の対象となる。 ・労働者派遣契約ではなく請負契約を締結していたとしても、実態が労働者派遣であれば、労働者派遣法が適用される。このようないわゆる「偽装請負」については、職業安定法、労働者派遣法に基づき、都道府県労働局が厳しく企業の指導を行っている。 第3項 障害者雇用に関する各種援助制度 1)障害者に対する援助制度  障害者の雇入れや雇用継続を推進するため、国において、障害者に対する各種援助制度が設けられている。  いずれの制度も、利用する際には、一定の要件を満たさなければならないので、事業主や障害者本人に利用を勧める前に、制度の詳細や要件に合致するかなどをハローワーク等に相談しておくことが望ましい。ここでは、令和4年11月末時点の主な制度を紹介する。  @ 障害者トライアル雇用  障害者を試行的に雇用(トライアル雇用)することにより、障害者の適性や業務遂行可能性を見極め、求職者及び求人者の相互理解を促進すること等を通じて、障害者の早期就職の実現や雇用機会の創出を図ることを目的とした事業である。  障害者トライアル雇用の期間は、原則として3か月(精神障害者は最大12か月。ただし、助成金の支給対象期間は最大6か月間)で、事業主と対象障害者は、この間有期雇用契約を締結することとなる。障害者トライアル雇用終了後には、トライアル雇用した障害者1名につき月額最大40,000円(最長3か月間、精神障害者については雇入れから3か月間は月額最大80,000円)の助成金が事業主に支給される。  また、「障害者短時間トライアル雇用」が 平成25年度よりスタートし、直ちに週20時間以上勤務することが難しい精神障害者及び発達障害者について、3か月以上12か月以内の期間をかけながら常用雇用への移行を目指してトライアル雇用を行う事業主に対して、障害者1名につき月額最大40,000円(最長12か月間)の助成金が支給される。  令和2年度の実績は、6,759名が障害者トライアル雇用を開始し、障害者トライアル雇用終了者の81.4%がトライアル雇用を実施した企業に常用雇用されており、障害者の就職に効果を上げている。 【問い合わせ先:都道府県労働局、ハローワーク】  A 職場適応訓練  職場や作業への適応を容易にするため、障害者本人の能力に適した作業において一定期間の実地訓練を行い、訓練終了後に訓練を行った企業に引き続き雇用してもらおうという制度である。都道府県知事等が事業主に委託して実施する。  訓練期間は、6か月(中小企業および重度障害者は1年)以内とされている。委託した事業主に対しては、訓練生1名につき月額24,000円(重度障害者の場合は25,000円)の職場適応訓練費が支給され、訓練生に対しては、訓練手当(雇用保険の受給資格者等は雇用保険の失業等給付)が支給される。  また、障害者本人が実際に従事することとなる仕事を体験することにより、就業の自信を与え、企業に対して障害者の技能の程度や職場への適応性の有無を把握させることを目的とした職場実習を行う短期の職場適応訓練もある。職場実習の期間は、原則として2週間(重度障害者は4週間)以内で、事業主には訓練生1名につき日額960円(重度障害者は1,000円)の職場適応訓練費が支給され、訓練生には訓練手当(雇用保険の受給資格者等は雇用保険の失業等給付)が支給される。  職場適応訓練の申込みは、ハローワークが受け付ける。事業主の要件や手続きの詳細等は、ハローワークに相談されたい。 【問い合わせ先:都道府県労働局、ハローワーク】  B 公共職業訓練   イ.職業能力開発校(障害者職業能力開発校・職業能力開発校)  障害者職業能力開発校(全国で19校設置)においては、障害者を対象に、障害特性や訓練科目、訓練方法等に配慮しつつ、就職に必要な技能・ 知識を習得するための職業訓練を行っている。訓練期間は、訓練科目により異なるが、概ね1から2年となっており、訓練科目は各障害者職業能力開発校により異なる。  障害者職業能力開発校のない地域においては、一般の県立職業能力開発校を活用して、知的障害者や発達障害者等を対象とした訓練コースの設置が進められているほか、施設のバリアフリー化により、障害者の受講機会の拡充が図られている。 【問い合わせ先:ハローワーク、障害者職業能力開発校】   ロ.障害者の多様なニーズに対応した委託訓練  障害者を対象とした公共職業訓練として、各都道府県に障害者職業訓練コーディネーターを配置し、企業、民間教育訓練機関等に委託して実施されている。  訓練コースは、@民間教育訓練機関、社会福祉法人、NPO法人等を委託先として、就職の促進に資する知識・技能を習得するための「知識・技能習得訓練コース」、A企業等を委託先として、企業等の現場を活用した就職のための実践能力を習得するための「実践能力習得訓練コース」、B通所が困難な重度障害者等が在宅でIT技能等を習得するための「e-ラーニングコース」、C特別支援学校高等部等に在籍し内定を得られない生徒が在学中から実践的な職業能力の開発向上を目指すための「特別支援学校早期訓練コース」、D在職障害者が雇用継続に資する知識・技能を習得するための「在職者訓練コース」がある。なお、@「知識・技能習得訓練コース」については、座学及び実技による集合訓練及び集合訓練で習得した知識・技能の応用、定着を図るための職場実習を組み合わせて実施することも可能である(障害者向け日本版デュアルシステム)。  訓練期間・訓練時間は、原則3か月、月100時間を標準として、障害の様態に応じて柔軟に設定できる。また、委託先に対しては、職業訓練受講生1名につき原則月額60,000円又は90,000円を上限に委託料が支払われる。 【問い合わせ先:ハローワーク、職業能力開発校(委託訓練拠点校)】 2)企業に対する助成措置等  企業に対しては、経済的負担の軽減等のため、雇い入れた障害者の賃金に対する助成や講じた措置に対する助成措置等が設けられている。受給等のためには、対象となる要件を満たすほか、企業が申請期間内に適正な支給申請を行うことが必要である。支給要件や支給申請手続き等については、厚生労働省ホームページ、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構ホームページに詳細が記載されているので、確認いただきたい。また、企業が受給等を希望する場合は、企業自らが担当機関の窓口に早めに相談に行くことが望まれる。ここでは、令和4年11月末時点の主な制度を紹介する。  @ 特定求職者雇用開発助成金   イ.特定就職困難者コース  身体障害者、知的障害者または精神障害者等の就職が特に困難な求職者をハローワーク等の職業紹介により雇い入れた場合に、その賃金の一部に相当する額を一定期間助成する制度である。ハローワークを利用している企業には、比較的広く知られている制度で申請・支給件数も多い。  他の助成金と同様に、受給できる事業主には要件がある。助成期間を6か月ごとの支給対象期に区切り、支給対象期ごとに支給されることとなっており、事業主は支給対象期ごとの申請が必要となる。 【問い合わせ先:都道府県労働局、ハローワーク】   ロ.発達障害者・難治性疾患患者雇用開発コース  発達障害者または難病患者をハローワーク等の職業紹介により継続して雇用する労働者として雇い入れた場合に、助成金を支給するものであり、発達障害者等の雇用を促進し職業生活上の課題を把握することを目的としている。  事業主は、雇い入れた者への配慮事項等を報告する必要がある。また、必要に応じて、雇入れから約6か月後にハローワーク職員等が職場訪問を行うものである。 【問い合わせ先:都道府県労働局、ハローワーク】  A 障害者雇用納付金制度に基づく助成金  障害者雇用納付金制度に基づく助成金は、事業主等が障害者の雇用に当って、施設・設備の整備等や適切な雇用管理を図るための特別な措置を行わなければ、障害者の新規雇入れや雇用の継続が困難であると認められる場合に、これらの事業主等に対して予算の範囲内で助成金を支給することにより、その一時的な経済的負担を軽減し、障害者の雇用の促進や雇用の継続を図ることを目的とするものである。   イ.障害者作業施設設置等助成金  障害者を労働者として雇い入れるか継続して雇用している事業主が、その障害者が障害を克服し、作業を容易に行うことができるよう配慮された作業施設、就労を容易にするために配慮されたトイレ、スロープ等の附帯施設もしくは作業を容易にするために配慮された作業設備の設置または整備を行う場合に、その費用の一部を助成するものである。   ロ.障害者福祉施設設置等助成金  障害者を労働者として継続して雇用している事業主またはその事業主が加入している事業主の団体が、障害者である労働者の福祉の増進を図るため、障害特性による課題に配慮した休憩室、食堂等の福利厚生施設の設置または整備を行う場合に、その費用の一部を助成するものである。   ハ.障害者介助等助成金  障害者を労働者として雇い入れるか継続して雇用している事業主が、障害の種類や程度に応じた適切な雇用管理のために必要な介助等の措置を行う場合に、その費用の一部を助成するものである。   二.職場適応援助者助成金  職場適応に課題を抱える障害者に対して、職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援を実施する事業主または法人に対して助成するものである。   ホ.重度障害者等通勤対策助成金  障害者を労働者として雇い入れるか継続して雇用する事業主または障害者を雇用している事業主を構成員とする事業主の団体が、障害者の障害特性による通勤等の課題を軽減または解消するための措置を行う場合にその費用の一部を助成するものである。   ヘ.重度障害者多数雇用事業所施設設置等助成金  障害者を労働者として多数継続して雇用し、かつ、安定した雇用を継続することができると認められる事業主で、これらの障害者のために事業施設等の整備等を行い、モデル性が認められる場合に、その費用の一部を助成するものである。 【問い合わせ先:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構都道府県支部】  B その他の助成措置  その他、地方自治体などが独自の助成措置を講じている場合もあるため、各地方自治体に問い合わせてみるとよい。  C 税制上の優遇措置  障害者を多数雇用する事業所については、租税特別措置法、所得税法、法人税法、地方税法により、税制上の優遇措置が設けられている。要件を満たす事業主は、申告により、機械等の割増償却措置、助成金の非課税措置、事業所税の軽減措置等の優遇措置が受けられる。 【問い合わせ先:税務署、市町村庁等】 第4項 障害者雇用を支援する機関 1)ハローワーク(公共職業安定所)  厚生労働省が設置し、就職を希望する障害者に対する職業相談・職業紹介や就職後の職場定着等の支援、企業に対する障害者雇用の指導・支援、障害者の雇入れに係る助成金の案内、支給等の業務を行っている。  職業相談においては、専門の職員を配置するなどきめ細かな相談を行っている。また、支援に当たっては、公共職業訓練のあっせん、トライアル雇用等の支援策を活用している。  障害者の就業支援に当たって、最も連携が必要となる機関であるので、日頃から、最寄りのハローワークの担当者との情報交換等を心掛けたい。 【ハローワークのサービスの効果的な活用については38ページ参照】  @障害者向けチーム支援  就職を希望する障害者に対し、ハローワークが中心となって、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所、特別支援学校等(以下「関係機関」という。)とチームを設置し、障害者一人ひとりの職業準備性、職業能力等に応じて「障害者就労支援計画」を作成するとともに、同計画に基づき、就職に向けた準備から職場定着までの一連の支援を実施している(図1)。 出典)厚生労働省職業安定局 図1 障害者就労に向けたハローワークを中心とした「障害者向けチーム支援」  A企業向けチーム支援  障害者雇用の経験やノウハウが不足していることで障害者雇用に対する不安感があったり、具体的な進め方がわからず障害者雇用に踏み出せなかったりする障害者雇用ゼロ企業等に対し、ハローワークが中心となって、各関係機関と連携し、各企業の状況やニーズ等に応じて、求人ニーズに適合した求職者の開拓等の雇用に向けた準備段階から雇用後の職場定着までの一連の支援をきめ細かく行う「企業向けチーム支援」を実施している(図2(265ページ))。 出典)厚生労働省職業安定局 図2 障害者雇用ゼロ企業等を対象とした「企業向けチーム支援」  B福祉、教育、医療から雇用への移行推進事業  都道府県労働局において、企業と障害者やその保護者、就労支援機関・特別支援学校・大学・医療機関等の教職員等の企業での就労に対する不安感等を払拭させるとともに、企業での就労への理解促進を図るため、地域のニーズを踏まえて、「企業への就労理解の促進」「障害者に対する職場実習の推進」「企業と福祉分野の連携の促進」に関する取組を実施している。 2)障害者職業能力開発校  一般の公共職業能力開発施設での職業訓練が困難な障害者に対して、ハローワークや障害者職業センター等の関係機関と連携しながら、訓練科目、訓練方法等に配慮し、障害の態様等に応じた職業訓練を行っている。  全国19か所(国立13校、都道府県立6校)に設置され、国立13校のうち2校は独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構に、11校は都道府県に運営が委託されている。 3)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構  障害者職業センターの設置および運営、障害者職業能力開発校(2校)の運営の他、障害者雇用納付金関係業務等を行っている。また、職業リハビリテーションサービスの中核的な機関として障害者職業総合センターを設置し、職業リハビリテーションに関する調査・研究、支援技法の開発、医療・福祉等の分野の職員等に対する研修等を実施している。  各都道府県に設置した地域障害者職業センターには、専門の研修を受けた障害者職業カウンセラーを配置し、下記の各種職業リハビリテーションサービスを実施している。  障害者、企業、支援機関に対して幅広い支援を行っており、支援に当たっての連携の他、支援の進め方や支援方法などの助言が必要な場合にも問い合わせるとよい。 【ホームページ参照:https://www.jeed.go.jp/】 【障害者に対するサービス】 ○職業評価・職業指導 ○職業準備支援 ○知的障害者判定・重度知的障害者判定 【障害者・企業双方に対するサービス】 ○ジョブコーチによる支援 ○精神障害者総合雇用支援(うつ病等により休職中である精神障害者の職場復帰支援など) 【企業に対するサービス】 ○障害者雇用の相談・情報提供、事業主支援計画に基づく体系的な支援 【地域の関係機関に対するサービス】 ○就労移行支援事業所などの関係機関に対する職業リハビリテーションに関する研修(就業支援基礎研修、就業支援実践研修など)、技術的な助言・援助等の実施 【ジョブコーチの養成・研修】 ○ジョブコーチ養成研修のうち、事業所での実習等を中心とした実技研修の実施 ○ジョブコーチ養成研修および同支援スキル向上研修の修了者を対象とした、職場適応援助に係る実践ノウハウの取得のためのサポート研修の実施  また、埼玉県にある国立職業リハビリテーションセンター、岡山県にある国立吉備高原職業リハビリテーションセンターでは、障害者職業カウンセラーと職業訓練指導員が職業評価、職業指導、職業訓練等の職業リハビリテーションサービスを一体的に提供している。  職業訓練については、全国の広範な地域から、精神障害者、発達障害者等を含む職業訓練上特別な支援を要する障害者を重点的に受け入れ、先導的な職業訓練を実施するとともに、その成果を踏まえ、効果的な指導技法等を全国の障害者職業能力開発校等に広く普及している。 【国立職業リハビリテーションセンター:http://www.nvrcd.ac.jp/】 【国立吉備高原職業リハビリテーションセンター: https://www.kibireha.jeed.go.jp/】 4)障害者就業・生活支援センター  都道府県知事が指定する一般社団法人、社会福祉法人、特定非営利活動法人(NPO)等が運営し、身近な地域で、障害者の就業とこれに伴う日常生活、社会生活上の相談・支援を一体的に実施している。  関係機関と連絡調整しながら、窓口での相談や、職場・家庭への訪問により、就職に向けた準備支援、職場定着に向けた支援などの就業面での支援及び生活習慣の形成や健康管理、金銭管理等の日常生活に関する助言等を行っている。 5)就労移行支援事業所  通常の事業所に雇用されることが可能と見込まれる者に対して、通常の事業所に雇用されることが可能と見込まれる者に対して、@生産活動、職場体験等の活動の機会の提供その他の就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練、A求職活動に関する支援、Bその適性に応じた職場の開拓、C就職後における職場への定着のために必要な相談等の支援を行う。(標準利用期間:2年※)  ※市町村審査会の個別審査を経て、必要性が認められた場合に限り、最大1年間の更新可能。 6)就労継続支援A型事業所  通常の事業所に雇用されることが困難であり、雇用契約に基づく就労が可能である者に対して、雇用契約の締結等による就労の機会の提供及び生産活動の機会の提供その他の就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練等の支援を行う。生産活動による収益から、利用者への賃金 (最低賃金法の適用を受ける)を支払う必要がある。(利用期間:制限なし) 7)就労継続支援B型事業所  通常の事業所に雇用されることが困難であり、雇用契約に基づく就労が困難である者に対して、就労の機会の提供及び生産活動の機会の提供その他の就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練その他の必要な支援を行う。生産活動による収益から、利用者への工賃(月額平均 3,000円以上)を支払う必要がある。(利用期間:制限なし) 8)就労定着支援事業所  就労移行支援、就労継続支援、生活介護、自立訓練(以下、「移行支援等」という。)の利用を経て、通常の事業所に新たに雇用され※、移行支援等の職場定着の義務・努力義務である6月を経過した者に対して、就労の継続を図るために、障害者を雇用した事業所、障害福祉サービス事業所、医療機関等との連絡調整、障害者が雇用されることに伴い生じる日常生活又は社会生活を営む上での各般の問題に関する相談、指導及び助言その他の必要な支援を行う。(利用期間:3年)  ※復職の場合も要件を満たせば対象となる。 9)発達障害者支援センター  発達障害者支援法に基づき、発達障害児(者)とその家族が豊かな地域生活を送れるように、保健、医療、福祉、教育、労働などの関係機関と連携し、地域における総合的な支援ネットワークを構築しながら、発達障害児(者)とその家族からの様々な相談に応じ、指導と助言を行っている。 10)難病相談支援センター  地域で生活する難病患者等の療養・日常生活等に関する相談・支援・情報提供、地域交流会等の活動に対する支援、就労支援など、難病患者や家族のニーズに応じた支援を行っている。 11)地方自治体が独自に設置する就業支援機関等  都道府県や市町村など、地方自治体によっては、独自に障害者の就業支援や企業の障害者雇用の取組みへの支援を実施する機関を設置し、各種支援サービスを行っている。 コラムH   ◇障害者雇用と就業支援の歴史◇    第二次世界大戦前の障害者に対する雇用対策や就業支援は、傷痍軍人に対する施策が中心であった。それ以外では、1923年に文部省令 「公共私立盲学校及び聾唖学校規程」が交付され、盲学校や聾唖学校において職業補導が行われたり、関東大震災後に発足した財団法人同潤会が震災で受障した障害者のために啓成社を設置(1924)し、洋裁等の授産訓練を実施したことなどがあげられるが、ごく一部の取組みに限られていた。  第二次世界大戦後、労働省が厚生省から分離し、職業安定法が制定され、全国に公共職業安定所が設置された。1948年にヘレンケラー女史が来日した際に身体障害者職業更生週間が始まり、現在の障害者雇用支援月間に引き継がれている。また、身体障害者公共職業補導所が開設(1949)され、1952年には、身体障害者の職業更生を推進するための基本対策として「身体障害者職業更生援護対策」が定められた。なお、「更生」とはリハビリテーションを翻訳したものである。  このような中、1960年に「身体障害者雇用促進法」が制定され、身体障害者雇用率制度が導入された。1976年の同法の抜本改正により、身体障害者雇用は努力義務から法的義務になり、身体障害者雇用納付金制度が導入されたことで、身体障害者雇用は大きく前進した。  1970年代までの障害者に対する就業支援を実施する機関としては、労働行政の分野では、公共職業安定所や身体障害者職業訓練校などに加え、1971年から全国に順次設置された心身障害者職業センター(地域障害者職業センターの前身)がある。一方、厚生行政の分野では、身体障害者福祉法の制定(1949)により、身体障害者更生相談所や身体障害者更生援護施設等が設置された。さらに、精神薄弱者福祉法(現知的障害者福祉法)の制定(1971)により、精神薄弱者更生相談所や精神薄弱者援護施設等が設置されて、これらの施設で就業支援が実践されていた。また、1947年に学校教育法が制定され、これまでの盲学校、聾学校に加え、養護学校が設置されるようになった。これらの学校では職業教育が行われ、専攻科や高等部には新規学卒者に対する職業紹介が特例的に認められ、教育分野での就業支援が行われている。このように、障害者の就業支援は、労働行政、厚生行政、教育行政それぞれの分野で展開されていた。なお、精神障害者については、1950年に「精神衛生法」が制定されたが、就業支援に繋がるような動きはあまり見られなかった。そのような中、東京都精神衛生職親制度(1970年)をはじめとして、事業所に精神障害者の訓練を委託する制度がいくつかの自治体で導入されている。この事業は、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律に規定されている社会適応訓練に引き継がれたが、同法の改正により、現在は地方自治体の独自事業として実施されているケースがある。  1983年にILOは職業リハビリテーション及び雇用に関する条約(159号)と勧告(168号)を採択した。同条約は、職業リハビリテーションの目的を、就職だけでなく、その後の雇用継続・向上を図り、社会への統合を実現することであるとし、また、職業リハビリテーションはすべての種類の障害者について適用することとしている。日本政府は、ILO条約の批准を前提に、1987年に身体障害者雇用促進法を、@法律の対象をすべての障害者に拡大(知的障害者を実雇用率に算定:施行1988年)、A雇用促進に加え雇用の安定を図る、B職業リハビリテーションを法律で規定(障害者職業センターや障害者職業カウンセラーの位置づけ)等からなる抜本改正を行い、名称を「障害者の雇用の促進等に関する法律」に改めている。  その後、同法は、精神障害者に障害者雇用納付金制度の各種助成金の適用(1992)、知的障害者の雇用義務化(1997)、障害者就業・生活支援センター事業及び職場適応援助者(ジョブコーチ)事業の創設(2002)、精神障害者の実雇用率算定(2006)、障害者に対する差別の禁止及び合理的配慮の提供義務化(2016)、精神障害者の雇用義務化(2018)等の改正が行われ、対象者の拡大と内容の充実が図られている。また、2005年に障害者自立支援法(現障害者総合支援法)が制定され、就労移行支援事業が創設されたほか、2018年には就労定着支援事業が創設された。なお、この間に、厚生省と労働省の統合により厚生労働省が誕生(2001)し、これまで労働行政と厚生行政に分かれていた、障害者の雇用・就業対策の一本化が進められている。  障害者雇用や就業支援は、ノーマライゼイション、エンパワーメント、リカバリー、ピープルファースト等のさまざまな理念や運動、そして、米国の援助付き雇用、ILOの条約や勧告、国連の障害者の権利条約等の国際的な動向、さらには、企業におけるCSRやコンプライアンス、ダイバーシティへの関心の高まり等、さまざまなことから影響を受け、対象者の拡大と内容の充実を図ろうとしている。また、就業支援の現場では、これらの潮流を受けて、施設から地域へ、専門家主導から当事者主体へ、といったパラダイムの転換と、企業との協働、地域ネットワークによる支援といった視点が求められていると言える。