事例2 施設内作業、職場実習等におけるアセスメントとプランニング 実施機関 就労移行支援事業所 対象者の障害 重度知的障害 本事例の概要 就労移行支援事業所において、職員間で共通したアセスメントの評価項目を作成し、これに基づくプランニングを継続して実施したことにより、重度知的障害者が就職に結びついた事例です。施設内でのアセスメント等を積み重ねたことが、職場実習での事業所内でのアセスメントに活かされるとともに、就業への意欲が低かった本人の思いや考えを正確に汲み取り、就職への意欲向上や考え方の変化につなげた事例です。 参考となるキーワード 施設利用前の行動観察実習・実習評価票 施設利用時の精密評価表 個別目標・支援プログラム会議 本事例のキーパーソン 支援対象者Aさん(ダウン症のある重度知的障害者、男性、18歳、愛の手帳(東京都発行の療育手帳)2度) 参考愛の手帳の程度は、1度最重度、2度重度、3度中度、4度軽度の4つに分類されています。 主たる支援者就労移行支援事業所(担当支援員) 関係機関特別支援学校高等部(担当教諭)、福祉事務所(担当ケースワーカー) 支援経過 1.導入(依頼の経過、本人・家族の希望) 特別支援学校高等部3年時、卒業後の進路希望として就労移行支援事業所である当施設があがっていた。 施設実習(行動観察実習)時における家族面談等のやりとりでは、「重度の障害があっても、将来的に働くことにチャレンジして欲しい。」という願いを当初からもっていた。また、卒業後すぐに就業に移行するのではなく、様々な経験を積み重ねた上で、就業を目指したいとの意向から、当施設を希望していた。 一方、Aさんは、施設への興味自体は示すものの、就業の意味自体を理解できておらず、「就業」への意欲は決して高いとは言えない状況であった。 2.施設利用決定までのプロセス 図1施設利用決定までのプロセス 実習申込み (1)施設実習説明会 (2)行動観察実習 利用申込み (3)利用調整会議 利用決定 (1)施設実習説明会 毎年地区では次年度4月利用の希望者に対し、施設実習(行動観察実習)を行っており、当施設では、特別支援学校高等部3年生に向けた説明会を毎年度当初に行っている。 対象者は、卒業後の利用を希望する者であり、説明会は、施設の概要、施設実習等利用決定に向けたプロセス、作業場面の見学会から構成され、利用に向けた施設実習に関する説明も行う。参加者は、本人、家族、特別支援学校教員であり、この説明会が希望者本人と施設職員との初めての顔合わせの場となるpoint1。Aさんとの出会いも、この説明会が初めてであった。 ココがPoint1 説明会は、詳しいケースの情報のやりとりを目的にしてはいません。あくまで、当施設に対する適切な理解とラポール形成のための顔合わせを目的として実施し、必要最低限のアセスメントのみ行っています。 (2)行動観察実習(利用決定に向けたアセスメント実習)初回のアセスメントとプランニング 1五点の情報収集を行う家族面談 実習初日にAさんの状態像を把握するため、家族面談を実施しているpoint2。面談内容は下記5つのカテゴリーに分けて、聞き取りを行っている。この5つのカテゴリーにより、本人の現況や生育環境等これまでの経緯を確認するとともに、実習を行う際にもこの5つのカテゴリーを参考に支援等を行っている。 Aさんの家族面談で得られた情報(一部抜粋) 1これまでの状況(学校での様子、希望理由等) 学校での様子については、休むことは殆どなく、よく話し、歌ったり、踊ったりと陽気な性格で、普段から元気に楽しく過ごしている。一方、面接時等では緊張が強く、言葉が出なくなる場面がある。 当施設を希望した理由は、以前見学した際の印象が良く、将来は当施設に通わせたいと考えていた。 2職歴、実習歴(採用経緯、離職経験、実習経験等) 卒業後の進路としては、就業は考えていなかったため、企業実習を行ったことがない。 3学歴(学校での状況)(得意科目、友人関係等) 簡単な足し算は可。アナログ時計は読める。識字力は小学低学年程度。人間関係は、慣れた人であれば積極的に話をするが、初めての人だと緊張が強い。 4生活面(家族構成、余暇の過ごし方、趣味、得手・不得手、家庭状況) 両親、弟との4人家族。休日は父親と外出することが多い。ピアノやプールに通っている。趣味はアニメ。走ることが苦手である等、運動は全般的に嫌いである。 5健康上の留意点(病歴、服薬管理等) 服薬はなく、健康上特段必要な配慮はない。野菜が苦手で肉が大好物である等、やや偏食の傾向がある。 ココがPoint2 この時点では、「実習」が安心して行えることが目的であるため、受入れる際の配慮点など細かな情報を一度に聞き取るのではなく、必要最低限の情報に限定して収集するに留め、本人が普段の状態で実習に臨める環境づくりを優先しています。また、家族との関係性を築く最初の過程でもあるため、施設実習の進め方や連携方法等について丁寧に説明し、確認しています。 2行動観察実習、本人の面談・テスト 実習初日は、オリエンテーションにより、実習時のスケジュールやルール等の説明をAさん・家族に対して行った。実習のスケジュールは一人1週間(5日間)であり、作業実習4日(印刷班・クリーニング班で各2日ずつ)と面談・テスト1日になる。この実習でのアセスメント結果が、後述する「(3)利用調整会議」の参考資料となる。 両作業班では、作業能力(指示理解、正確性、スピード、判別力、体力)と作業態度(質問・報告、情緒安定、意欲、協調性、集中力、持続性、安全への理解)を中心に観察し、作業適性や基本的な労働習慣に関する全般的なアセスメントを行う。 具体的な作業内容は、印刷班では、1印刷機の操作、2封筒の検品(100枚の封筒の係数・不良品の判別)、3パソコンを利用した名刺作成等を行う。クリーニング班では、1タオル類の仕分け・判別、2大型アイロンを用いたペア作業、3たたみ作業等を行う。 面談・テストでは、生活面を中心に趣味や将来の希望職種などを聞き取り、意思表示やコミュニケーション能力の観察機会としている。テストでは、小学生程度の漢字の読み書き・2桁程度の四則計算・一般常識問題・作文を行う。 図2実習評価票 実習生作業場面での評価 実習生名A 作業場面クリーニング 作業期間 作業評価1できない、2あまりできない、3だいたいできる、4できる 作業能力 1指示理解2 2正確性2 3スピード・能率2 4判別力2 5体力4 特記事項 1タオルたたみは口頭での説明と見本提示だけで理解することが難しく、繰り返しの見本の提示が必要であった。 2どの作業においても粗雑になることが多く、特にタオルたたみでは、端の揃えや積み重ねが難しかった。 3タオルたたみの10分間計測は平均24枚(実習生平均は40枚)であった。 4タオル不良品判別では、大きいシミ、ほつれ、髪の毛を多く見落としていた。 5シーツローラー作業(半日立位)や納品では、特に疲れた様子はなかった。 作業態度 6質問報告2 7情緒安定3 8意欲2 9協調性2 10集中力2 11持続力2 12安全への理解4 特記事項 6自分から報告することが難しく、促されると行えていた。 7支持されたことに取り組めていたが、周囲に気をとられ、手休めがみられることもあった。 8支持を受けてからの動きに、特に意欲は感じられなかった。また、質問報告が消極的であった。 9シーツローラー作業では、相手と息を合わせることが難しかった。 10、11取りかかりは集中できるが、徐々に周囲の動きに気を取られる場面が目立った。 12作業中、危険事項を踏まえて行動できていた。 総合所見 全体的にどの作業においても、繰り返しの見本提示と声かけが必要であった。しかし、繰り返すことによって徐々に正確性やスピードの向上が見られた。 質問報告や返事は消極的であったが、促されれば行えていた。周囲の動きに気を取られがちで持続することが難しかった。 今後就労を目指すのであれば、挨拶や返事、質問報告などの徹底を図る必要があると思われる。また、作業経験を多く積み、基本的労働習慣を身につけるためにも、就労前訓練は有効と思われる。 Aさんの行動観察実習等の評価概要(図2実習評価票を参照) 両作業班での評価 Aさんの実習評価票から、印刷班では、事務補助業務で計測、判別、パソコン操作を苦手とし、集中力が低下している状況も見られた。反面、クリーニング班では、作業能力自体は高くないものの、体を使う作業を繰り返す中で、作業能率等の向上が見られた。全般的に評価値は低いが、印刷班の業務よりもクリーニング班の方に業務適性が見られた。両作業班における共通の課題点は、挨拶や報告・連絡・相談のコミュニケーション等、働く上での基本的な労働習慣の体得が課題として挙げられた。 面談・テストでの評価 就職については「1千万円ほしい、アメリカで就職する。」と話す等、生活の糧のために給与を得る必要性や、職業に関する現実的なイメージは乏しく、希望職種などは挙げられなかった。テストでは、漢字・計算・一般常識等、苦手な様子であった。 (3)利用調整会議 実習評価票を参考に地区福祉事務所主催による利用調整会議が行われ、施設利用が決定する仕組みとなっている。一人につき第2希望まで希望施設候補を挙げ、各施設での実習の様子を踏まえ、施設利用が決定する。 Aさんは、当施設希望者のうち評価値では最下位であったため、就労移行支援の2年間での就職は難しいという意見もあったが、Aさんの強い希望と今後の成長に期待して、当施設の利用が決定した。 3.施設利用に係るプランニングとアセスメント(利用開始から6か月経過まで) 更なるアセスメントとプランニング 以下のとおり、2年間の利用期間で、個別目標支援プログラムを軸にアセスメントとプランニングを行っている。1年目は作業と職場体験実習を繰り返す中で、就労意欲を高め職務への適性(マッチング)を探ること、2年目は具体的な就職活動に移っていく流れである。 入所後の6か月までは、当施設の環境に慣れ、作業を覚える点に重点が置かれ、所内活動中心のプログラムとなる。 (1)利用に係る事前情報の入手 施設利用が決定すると、入所前に出身校の担任教諭から引き継ぎを受ける機会を設けている。教育から福祉への円滑な移行を実現するためには、学校時代の情報(行動特徴、学業、人間関係面、健康面等の情報)は欠かせない。「2(2)1.家族面談」で得られた内容も参考に、特別支援学校からの個別移行支援計画と身上書をもとに、これまでの支援内容と今後の支援方針の詳細について、意見交換を行う。 図3入所から就労までの支援プロセスの流れ (2)利用開始に係るプランニング(個別支援計画とフェースシートの作成) 施設で得られる工賃への興味から給料への興味へ繋げるプランニング 入所後1か月以内に、フェースシートと個別支援計画(初期版)の作成を行う。フェースシートは、担当支援員がAさんと面談し、基礎情報の聞き取りを行う。同時に現状の様子や施設・就業への希望などを聞き取り、個別支援計画を作成している。 Aさんとの面談では、就業イメージの具体性には欠けるものの、お金(施設で得られる工賃)への興味があることがわかった。後にこの工賃への意識が、就職イコール給料へと変化し、就業意欲の向上につながっていくこととなる。 (3)入所後3か月間の観察状況 入所後1か月間は、作業中に体調不良や疲れの訴えが頻繁に見られた。午後は仕事をしたくない、職員によって態度が変わるなど、気分のムラも見られた。学校生活から作業中心の施設生活に変わり、身体・精神的にも作業に適応できない状況が続いた。 2か月目から、徐々に緊張もほぐれたためか、少しずつ気持ちも作業に向くようになり、「丸々の作業がやりたい」などの意欲的な発言が見られるようになった。ただ、気分によっては作業を拒否し注意すると、発言や行動が固まる等の態度の特徴が見られるようになった。 (4)第1回個別目標・支援プログラム会議の実施 共通の評価基準に基づく支援検討 Aさんの参加のもと、第1回会議では、入所月から3か月間のアセスメントを行い、それにより次回会議の4か月間のプランニングを行った。初回会議はAさんとのラポール等を形成するためにも重要であるが、緊張感が強く、Aさんは言葉をほとんど発しなかった。 個別目標・支援プログラム会議の概要 会議回数4か月毎に1回(年3回) 会議終了後、2か月後にモニタリングを行い、必要に応じ支援プログラムを見直すこととしている。 参加者Aさん、家族、就労移行支援事業所職員(担当支援員、管理職)、地区を管轄する福祉事務所担当ケースワーカー 内容4か月間のアセスメント結果、長・短期プランニングの作成、日々の目標設定等 目的 Aさん 1就業のために必要なことを学ぶ 2今の自分の得意、不得意を知る 3自分自身の希望の下に、長・短期プランニングをつくり、今後の活動の見通しを立てる 4今の自分にはどのような努力が必要か、自分自身で目標を立てる 支援者 支援者間の情報共有 評価点下記4段階で、作業状況等を評価 4とてもよくできている 3できている 2がんばりましょう 1できていません 図4の精密評価表を基準とし、上記評価1の場合は、障害特性が起因している可能性もあるが、1年目はまずAさんの努力や支援でスキルアップが可能かを探ることとしている。2年目に入り、なお評価1が続く場合には、Aさんの障害特性等の影響を考慮し、環境調整や企業への配慮を検討していくこととしている。 上記評価は全般的に2が中心であったが、当施設に少しずつ慣れてきたことと、友人が出来たことがプラス面として挙がった。一方、行動観察実習の際にも見られた挨拶や報告・連絡・相談に加え、言葉遣いや体調不良の訴えの多さが課題として挙げられた。 会議でのAさんとご家族のコメントとしては、「緊張はしているものの、毎日の通所は楽しい」とAさんは話し、「家でも施設で話すような丁寧な言葉遣いで話す等、少し切り替えが難しい場面もあったが、元気に通えている。」と家族は話しており、通所への慣れ等がAさん・家族のコメントからも窺えた。なお、当施設では長期目標を「就職」と「生活」の2点に分かれて設定するが、最初の目標設定は支援者から見て現実的でないことが多い。例えばAさんの場合、1回目の長期目標は、生活に関するAさんの希望が強く、「自分で働いてお金を貯める。車やパソコンも欲しい。」とAさんは記載しており、このコメントにAさんの希望が強く表れていた。この希望を大切にするためにも、言葉遣いや体調維持等の現実的な作業態度や体調管理等を向上することが、この希望を叶えることにつながることを説明して、Aさんは若干納得感が薄いようであったが、了解したpoint3。 ココがPoint3 長期目標と短期目標との連動を検討することは重要です。当施設では長期目標は就職と生活の2点に分けて設定しています。支援者から見て、本人の最初の目標設定は現実的でないことが多くありますが、例え現実的でないとしても、本人が描く長期目標を達成するために、どう具体的な短期目標を立案するかが重要であり、支援者によるアセスメント結果を基にした工夫が必要となります。基本的には、本人の希望に添いつつも、Aさんであれば、率直な希望から分かることは、「お金を得て生計を立てていく」就業に対する現実的な意識が希薄であることが見て取れ、支援者としては今後支援すべき重要な課題として、初期のアセスメント段階で捉えておくべきことと考えられます。このためにも、重要な課題、いわば目標達成に時間を要する課題を1つと、短期に達成可能な課題を1から2つ選定するステップは非常に大切となります。 以上の評価や話合いを踏まえ、4か月後の次回会議までのAさんの日々の目標設定に当たっては、Aさんの理解力や現況を考慮しつつ、はじめから全ての課題を目標にするのではなく重要な課題を1つ、そしてAさんが達成できそうな課題を1から2つと、難易度を分け、下記の通り設定したpoint4。 ココがPoint4 目標設定にあたっては、達成が難しい課題ばかりでは意欲向上に繋がらないため、目標の表現についても、本人から見てプラスの意識が働くような設定を心掛けます。また、重度の知的障害者の場合、本人の自主的な目標設定を促すために、支援者がある程度選択肢を挙げた上で選択してもらうことも支援者が配慮する重要なポイントです。 特に作業では、1終日を通じて作業ができるようにする、2たたみ作業を覚える、3作業以外でも丁寧な言葉遣いで話す、以上の3点を目標とした。 図4精密評価表 図5個別目標・支援プログラム 4.入所1年目の取組み (1)就業への意識作り 就業経験のない障害程度の重い方の大半は、就業に対して意識が低い傾向が見られる。あるいは、就業ということ自体理解できていないケースが多い。Aさんも同様であり、就職と言葉では言うものの現実味が乏しく、なぜ就職する必要があるのかを理解できていなかった。 当施設1年目のプログラムの中には、就業を意識するきっかけとなる取組みを定期的に実施している。日常の施設内訓練、4か月に1回の個別目標・支援プログラム会議に加え、職場体験実習、会社見学、永年勤続表彰式のある新年会などがあり、意欲喚起を図っている。また、一緒に作業や学習等に取り組んでいた仲間の就職が身近で決定する事態に遭遇する場面があり、副次的ではあるが、集団での支援としてこの場面が非常に良い意味での刺激となり、就職を意識する良いきっかけとなっていることに触れておきたい。 (2)プランニングのチェックと工賃による評価 労働とお金とのつながりを意識する取組み 個別会議実施後2か月が経ったところで、毎回見直しの話し合い(モニタリング)をAさんと担当支援員で行っているpoint5。短期のプランニングの進捗状況や設定目標の達成度により、個別支援計画を変更する等の確認を行う。 ココがPoint5 初期アセスメントの後に、支援を行う中で本人は長期目標と短期目標の意味を体感することになります。当施設は可能な限り支援状況を確認するための会議を開催し、目標の達成状況や現況を本人と確認するなど、重要なポイントにしています。 また、個別会議で設定した目標に関しては、毎月の工賃支給日前に、Aさんに目標達成度をフィードバックする機会を設けている。Aさんは、欲しい物を買いたいという思いから、工賃支給日を非常に楽しみにしていた。そのため、欲しい物を買うためにはお金が必要であり、お金(工賃)を得るためには目標を達成しなければいけないという意識につながるようになっていた。このように、毎月の目標のフィードバック(工賃説明)の機会は、お金と労働をつなげる場となっているpoint6。 ココがPoint6 フィードバックに際しては、目標に対する評価を伝えるだけでなく、自己評価と職員評価との違いを認識してもらい、次月への目標達成に向けた意欲向上につなげていくことが重要です。また、お金イコール働くことのつながりを伝える場でもあり、普段の作業への姿勢や目標への達成度等により工賃額が変化することを伝え、理解を深めていきます。 (3)初めての職場体験実習 働く楽しさに向けた意識作り 入所5か月目に、喫茶店での職場体験実習を行った。 学生時代には就職を希望していなかったため、職場実習の経験自体がなかった。今回の実習が初めての職場体験実習となった。 業務面は比較的評価が高く、テーブル拭きや開店準備などの工程が比較的定型化されている業務は、より理解がスムーズであり、かつ丁寧な仕上がりと喫茶店側から好評価を得た。 一方で、Aさんが気に入っているスタッフの前では張り切る様子が見られたが、接する人により接客場面での声の小ささや、業務を拒否する姿勢等、意欲の低下が見られた。また、休み時間から業務に戻る際に遅れる等の時間管理の課題、衛生面での意識の薄さも課題として見られた。 喫茶店側からは、企業で働く意識の低さや職場のルールの順守ができないという指摘も受けたが、Aさん自身は、まずは初めての実習を1か月間やり遂げ、達成感と自信につながるコメントを述べていたpoint7。 ココがPoint7 社会経験の少ない方にとっては、初めての職場体験実習の成功・失敗体験が、今後の就業への“向き合い方”に大きく影響します。今回は職場体験実習を乗り切り、できる仕事が増えた点を本人に重点的にフィードバックしています。このように「実習イコール楽しい」の気持ちを「働くイコール楽しい」に向けた流れを支援することを目標に、指摘された課題を今後改善していく姿勢が望まれます。 5.帰すう(入所2年目以降の取組み) 2年目以降の流れも基本的には1年目と同じで、個別支援計画(アセスメントとプランニング)を軸にし、プランニングのチェックから再プランニングのサイクルとなるが、具体的な就職活動を目標とした活動となる。 (1)初めての就職活動 就職面接会への参加 Aさんは、特に初対面の人の前では極度の緊張により、言葉が出なくなることがこれまでに何度もあった。就職面接会でも案の定、質問に対して一言も発することができず、不採用となってしまった。そのような中でも、小さな声で名前を言えた点だけは、これまでにない大きな変化であり、Aさんに大きな進歩としてフィードバックしている。 その後は、所内での面接練習の機会を増やすとともに、就職面接会にも積極的に参加することで、経験を積み重ねて慣れることに重点を置いた。 (2)2つの転機となる職場体験実習 マッチングの検討 1保育園で見られた適性 入所1年半までは、どの職場体験実習に行ってもやりたくない、施設の作業の方がいいとの発言を繰り返していた。しかし、初めてこの時期に、保育園で働きたいという希望が出てきたことに端を発し、3日間という短期の実習を行った。Aさん自らの希望であったにも拘わらず、入所当初と同様、実習目前になると初めての環境が苦手であることや、不安な気持ちが強くなり、実習前はあまり気持ちが乗らない等の意欲低下が見られた。担当支援員が面談を繰り返し、家族からも後押しをして貰うことにより、なんとか実習に臨むことができた。 保育園では清掃業務を中心に体験したが、作業適性としては、特にゴミ掃き・塵取りの使い方に適性が見られた。過去にあったような業務に対する拒否行動や不満の声は上がらず、3日間の実習を充実して行っている様子であった。保育園の園長や保育士からの評価も高く、職場環境として、この保育園の温かな人的環境と清掃業務の一部に適性が窺えた実習となった。 2厨房業務とのミスマッチ さらにAさんの適性業務を探りながら、就業意欲の向上を図るため、1の保育園での職場体験実習の3か月後に食堂での実習も行った。 保育園での成功体験により気持ちが保育園に向いてしまい、厨房での実習に対する意欲の低下が著しかった。スタート時点から、ここでの実習は嫌だ。やっても就職はしない等、否定的な発言があったものの、実習が始まると、パートの方と一緒に食器洗いに励む姿が見られた。 この頃から、依然として否定的な発言自体は残るものの、以前のように作業への頑なな拒否感はなくなってきた。また、適性のある業務であれば十分にこなせるものの、終日を通じた体力の維持とスピード面での課題は残り、支援者が傍にいないと手が止まる特徴が見られた。 この厨房では、Aさんが得意とする反復作業という視点から、食器洗浄業務を設定したものの、スピードを求められる作業内容であったことからAさんにとっては過酷であり、Aさんの意欲喚起にはつながらなかった。 (3)先輩や同期の就職決定による刺激 施設内の先輩や同期の就職は、就労移行支援事業所ならではの目にする光景であり、他の利用者の就業意欲を向上させる良い刺激となっている。 1年半が経った頃、Aさんが憧れていた先輩の就職が刺激となり、「施設にずっといるんだ。」と述べていたAさんが、今度は自分の番という意識が芽生えたのか、「就職したい。」「職員の言うことを聞く。」「ルールを守る。」と、これまでには聞かれなかった発言がAさんからよく聞かれるようになった。 利用期間が1年延長の3年目に入り、先輩や同期が就職し、自分が最年長となったことを意識し始めてからは、更に就業意欲が高まってきた。 (4)本人の長期目標の変化と、その後の就職活動に向けた支援 1長期目標の変化 個別会議は1年で3回、3年間で計9回行われる。Aさんが立案した長期目標には、気持ちの変化がよく現れている。1年目の夢を追っている様子から、2年目は理想と現実の挟間で悩む時期が続いていた。しかし、2年目の終盤から就職に前向きになり、第8回個別会議では、具体的な希望職種が挙がるまで気持ちが変化していった。 長期目標(個別支援計画より抜粋) 入所前1千万円ほしい。アメリカで就職したい。 第1回パソコンの仕事がしたい。お金を貯めたい。イタリア車がほしい。 第2回ビデオ屋さんに就職したい(先輩の話を聞いてかっこいいと思った)。 第3回希望がよくわからない。 第4回希望職種はわからない。土日休み、家の近く、6時間勤務以内。 第5回希望職種はわからない。就職して家族をごはんに連れて行きたい。 第6回あと1年で就職したい。ルールを守る。 第7回あと1年で就職したい。ルールを守る。 第8回B老人ホームに就職したい。就職して家族にプレゼントしたい。 2老人ホームでの雇用を前提とした職場体験実習 入所3年目の夏頃、保育園実習をイメージしながら、ハローワークにて求人検索を行った。その際、タイミングよく老人ホームの求人を見つけ、直接先方に連絡を取ったところ、雇用を前提にした職場体験実習に進むことができた。主な業務はAさんの得意業務であるホーム内の清掃作業であった。老人ホーム側も障害者の受け入れが初めてだったことから、担当支援員の助言を基にしながらAさんの特性に合わせた業務を組み立ててもらうことができた。また、老人ホーム側は即戦力としてではなく、長い目で成長を見守るスタンスであった。 Aさんの特性については、老人ホーム側に事前の理解を得ていたため、面談時に思うように言葉が出なくても、問題にはされなかった。さらに、作業上スピードは求められず、むしろ丁寧さを重視していたため、Aさんの良い面を発揮する機会となった。 老人ホーム側の受入時期の事情も加わり、職場体験実習を2回行った結果、Aさんの働く意欲が老人ホーム側にも伝わり採用に至った。 3就職後の状況 職場から家族から当施設の3者間での支え 採用後は担当支援員が定期的に職場訪問し、職場との連携を図っている。 実習・採用時は、適度な緊張感が見られたが、徐々に緊張が薄れ、時間管理のルーズさや業務の選り好みなど新たな課題が出てきた。これらの課題については、公益財団法人のジョブコーチ支援制度等を活用し、集中的に支援いただいた。現在も職場における課題については日誌や定期的な振り返りの場を設け、老人ホーム⇔家族⇔当施設の3者間で継続的に共有している。 重度知的障害者の安定した職場定着には、特に職場と家族、支援機関の連携が求められる。課題が大きくなって深刻化する前に解決するために、また情報を早期にキャッチするためにも、3者の連携が必要不可欠である。