事例3 体験利用プログラム、医療機関からの情報収集等によるアセスメントとプランニング 実施機関 就労移行支援事業所 対象者の障害 精神障害 本事例の概要 就労移行支援事業所において、精神障害者に対する入所前のアセスメント、入所時の個別支援計画の策定、入所後のモニタリングと個別支援計画の再策定について紹介する事例です。特に、医療機関からの情報収集、本人との面談、体験利用プログラムの実施等における工夫によって、本人の希望や健康状態等をきめ細やかに把握し、本人の意欲の向上や本人自身の特性への気づきを大切にしながら、丁寧にアセスメントとプランニングを進めている事例です。 参考となるキーワード 医療機関からの情報収集 精神障害の特徴を踏まえた段階的な目標設定 長期目標と短期目標の設定 定期的な振り返り面談 体験利用プログラム 本人と支援者の共通言語 モニタリングと再プランニング 本事例のキーパーソン 支援対象者Aさん(精神障害のある20代の女性) 主たる支援者就労移行支援事業所(担当職員) 関係機関精神科病院デイケア(ソーシャルワーカー) 支援経過 1.相談受付 精神科病院デイケア(以下、DCという。)のソーシャルワーカー(以下、PSWという。)より電話があり、現在、DCを利用されているAさんの就労移行支援事業所(以下、B事業所という。)利用についての相談があった。そこで、B事業所の職員(以下、職員という。)がPSWに主に4点の聞き取りをしたところpoint1、 1DC通所を開始して1年が経過、現在では週4日休みなく通所ができている。 2一般就労の経験はあるが、対人関係がうまくいかず退職している。 3就労意欲は高いが、5年間のブランクに不安を感じている。 4PSWもDCから直接就職することに不安を感じている。 とのこと。まずは施設見学をしてもらうこととし、見学日にはPSWの同行を依頼したpoint2。 ココがPoint1 関係支援機関を通じて相談があった場合、受付の際、以下に留意して聞き取りを行う必要があります。 1現在の状況(病状または生活リズムは安定しているか) 2今までの職歴(働いた経験はあるのか?あればなぜ辞めたのか) 3施設利用の動機(利用動機が本人にあるのか) 4支援者から見た本人の様子はどうなのか ココがPoint2 見学では多面的に情報を得ることと、紹介者にもサービス内容を直に知ってもらうことを目的に、紹介者に同行をお願いしています。 2.施設見学 相談受付をしてから数日後、Aさんが施設見学に来所された。職員は最初に面談を行い、見学用面接シート(図1)の記入を依頼し、それに基づきAさんの現在の状況を聞き取ったpoint3。Aさんからは、「6年前から病院に通院しており、医師からは統合失調症と診断を受けている」「5年前に1回だけ入院した経験がある」「DCは主治医の勧めで2年前より通い始めた」「現在は休みなく通えている」「就職したい気持ちは強いが、以前の職場(給食センター)を対人関係のトラブルで辞めたため、また同じ事を繰り返してしまうのではないか不安がある」等の話があった。 ココがPoint3 本人は初めて施設見学をするため、利用するか否かはまだ決定していません。したがって、事細かな聞き取りは行いませんが、最低限の情報として、現在の生活状況、病気の安定度、就職する上での課題や意向等を収集します。そして、事前に関係者から聞き取った情報と併せ、本人の現状がイメージできるようにしていきます。 図1見学用面接シート 利用希望面接用シート 氏名ふりがな、電話番号、現住所、生年月日 現在の状況をお聞きします。差し支えのない範囲でお答えください。 関係機関について 1、精神科(神経科)はどちらの病院に通われていますか 2、主治医の先生のお名前をお書きください 3、診断名をお聞かせください 4、担当ワーカー(医療相談室等)のお名前をお書きください 5、主治医やワーカーの他に相談できる方はいますか いる、いない いるに丸をされた方は具体的にお聞かせください 6、こちらの施設をどなたに紹介されましたか 生活についての質問 7、同居のご家族は何人ですか 8、家族構成をお聞かせください 9、受給されているものがあれば丸をつけてください 障害年金 級、生活保護、その他 10、障害者保健福祉手帳はお持ちですか はい 級、いいえ 仕事についての質問 面談の後、施設概要の説明、実際の館内案内を行った。Aさんからは「みんなきびきび働いていて本当の職場のように見えた。」との感想があり、「大変そうだけど早く働きたいのでB事業所で頑張りたい。」との利用希望が示された。職員からは「体験利用について」の資料を渡して、PSWと相談の上、正式利用の前に3日間の体験利用の実施を検討することを提案したpoint4。 ココがPoint4 見学終了後、多くの方がすぐに正式利用を希望しますが、利用を開始すると、早く働きたいという思いから焦りが出て、やはり通所ではなく仕事を探しますと話す方や、実際、トレーニングに入ってみたらとてもきつかった等、安定通所につながらない方などがいます。正式利用の前に具体的なイメージを持たずに通所を開始すると、このようなミスマッチが起こるため、体験利用の実施は効果的です。また、体験利用は支援者側にとっても良いアセスメントの機会となっています。 3.体験利用 Aさん及びPSWから体験利用の希望を確認し、以下の流れで支援を進めた。 体験利用の流れ 1 担当職員との事前面接 ここでは体験実習事前面接シート(図2)を使い、体験利用の希望動機、体験利用の目標、配慮して欲しいことなどを本人から聞き取ります。そして、出来るだけ事業所を紹介した支援者にも同行をお願いし、紹介者からのコメントももらいます。 2 3日間の体験利用 作成したスケジュールに基づき行います。フォーマットは図3のとおり。 基本的にはB事業所のトレーニング部門の作業(後述)をすべて体験してもらいます。 3 職員との面接 体験が終了した後、本人・紹介者・職員の3者で振り返りをします。 この時に、B事業所を利用しての感想や最初に立てた目標の評価、また、体験を通して把握した新たな課題などを共有します。その上で、利用を希望する方は正式利用へとつながります。 図2体験実習事前面接シート 氏名、年齢 体験実習期間、年月日計3日間 体験実習中の連絡先 家族氏名、続柄、電話番号 紹介者機関名、担当者、電話番号 体験実習を希望した理由 体験実習の目標 配慮してほしいこと 紹介者のコメント 図3体験実習についてのしおり 実習者 実習期間 実習時間 実習内容 担当者 一日のスケジュール 9時半2階ホールにて朝のミーティング(初日は9時半に3階事務室に来てください)10時実習開始12時終了(希望された方は昼食休憩)13時実習開始15時実習終了 必要な持ち物 昼食代五百円(希望する場合)、上履き(かかとのあるもの)、手ふきタオル(弁当宅配部門実習用)、ハンカチ、その他筆記用具など その他留意事項 動きやすい服装でおいでください 昼食を希望する場合は、お支払いいただきますのでご用意ください (1)事前面接で確認したこと 利用動機 仕事をしたことはあるが、経験が少ないので様々な仕事を体験してみたい。 目標 目標は、1対人関係の練習をする、2仕事をする体力があるのか試してみる、3休まないで3日間通うの3点。 配慮事項 強く指示されることが苦手なので、そのような指示の仕方は避けて欲しい。 PSWの意向 現在は病状も安定して問題なく過ごせているが、そこに仕事が加わった時、どの様な生活になるのかを考えるきっかけにして欲しい。 (2)3日間の体験利用で把握したこと 体験期間中は、全体的に緊張は高いものの目標通り休むことなく通所し、無事体験利用は終了となった。対人関係面については、作業が媒介となるトレーニング中より、何も媒介がなくなる昼休みに緊張が高くなった。一人で新聞を読んだり、書き物をしたりとどうにか時間を過ごした。 (3)振り返り面接で共有したこと 後日、体験利用の振り返りを行い、Aさんから「無事に3日間通えたことはうれしかった。」「B事業所を正式利用したい。」という希望が出された。職員からAさんに体験利用中に感じたこと等を聞き取ると、「思ったより体力がないことに気づいた。」や「久しぶりの厨房作業に戸惑った。」「知らない人ばかりだったので緊張した。」など、作業面や対人関係面で新たな気づきがあった事も話された。また、PSWから「仕事が加わった時の生活は、今までの生活と何か変化があったか?」という問いかけに対しては、「ご飯を食べてお風呂に入るのが精一杯で、すぐに寝てしまった。」との返答もあった。 今回出てきた様々な気づきに関しては、事業所の正式利用時の目標検討に活かしていくことを、Aさん、PSW、職員の3者で共有したpoint5。 ココがPoint5 正式利用後のトレーニングにおいて、本人のモチベーションや意欲の維持は非常に重要になるため、B事業所における体験利用では、自分はB事業所でやっていけるのかを本人自身が実感し、見極める期間として位置付けています。したがって、困った際のフォローは行いつつも、支援者からの介入や行動観察等は少なくし、本人の気づきを重要視しています。 4.正式利用までの準備 Aさんから正式な利用希望が出され、正式利用に向けての準備を進めた。 体験利用終了から正式利用までの準備 1インテーク 生活歴、職歴、病歴などの細かい情報を収集する機会を持ちますpoint6。図4を参照。 2利用契約 この契約を交わし正式利用が始まります。また正式利用の際には、主治医の意見書の提出をお願いし、どのくらいのトレーニング期間が必要か、向上が必要と思われる職業準備性は、病状悪化のサインはなど主治医の就業や病状についてのアドバイスをもらいます。この主治医のアドバイスと、本人の希望をすりあわせながら、開始時のトレーニングの内容(通所日数やトレーニング内容)等の個別支援計画を決めていきます。 図4初回面接(インテーク)シート 氏名ふりがな、電話番号、現住所、生年月日 主な生活の相談者は誰ですか 主治医、ワーカー、市町村窓口、支援センター、社会復帰施設、デイケア、保健福祉センター、家族 現在利用している制度はありますか 自立支援医療、精神保健福祉手帳 級、障害年金 級、ホームヘルプ、権利擁護 生活について 家族と同居、一人暮らし、生活保護、仕送り、障害年金、その他 現在の医療機関 病院・クリニック名、主治医名、週に何回何曜日に通院 入院の経験はありますか はい、いいえ 服薬について 朝、昼、晩、寝る前 生活歴 年(才)、月、ライフイベント・学歴、病歴、職歴(職業、会社名、OかC)、福祉サービス、その他 調子が悪い時の自覚症状 主な退職理由 家族 備考 就労するまでの道筋・紹介先からの経過 生活の中で困っていること 制度について、対人関係について、家族について、病院や病気について、お金について、家事について住まいについて、自立について、将来について、日中の過ごし方について 就労するうえでの課題・目標 その他 ココがPoint6 「施設見学」「体験前面接」など、正式利用につながるまでに利用者についての情報収集をする機会は何回かありますが、正式利用前の面接で初めて「生活歴」「職歴」「病歴」などの細かい個人情報を確認します。この時の注意点として、本人にとっての話しやすさに十分に配慮(「話したくない事は話さなくていい」とあらかじめ伝えておく等)した上で話を聞くことや、支援者が一方的に質問をして、尋問の様にならないようにすることが大切です。 最初に行ったインテークの場面では、「小さい頃は活発であった」「学生時代から集中力が続かない、体がだるいなどの不調のサインがあった」「病気になったきっかけは職場の対人関係で悩んだためだった」「B事業所を1年くらい利用したら仕事に就きたい」などを話されたpoint7。 ココがPoint7 精神障害者に対する支援に際しては、「自分が理解してもらえている」という安心感を持てるようにすることが今後の支援者との信頼関係の構築に重要です。本人の話したいスタイルで話を聞きながら「発病のきっかけ」「再発の要因」「離職理由」「将来の希望」など、病気や職業的課題、さらにその方の意向を確認していきます。 また、主治医に作成を依頼した主治医の意見書には、「病状は落ち着いている」「ストレスが留まると疲労感が強くなる」「就業に際しては本人の病気への理解が必要である」などのアドバイスがあったpoint8。 ココがPoint8 精神障害は疾病と障害が併存する障害です。したがって、障害からのアプローチ(福祉側)のみでは、有効な支援を提供できません。必要であれば医療側からの意見も聞きながら、医療と福祉、双方で足並みを揃えながら進めていく事が重要です。 以上の情報収集から職員は、集中力が続かない、対人関係、ストレスが留まると疲労感、病気への理解など、Aさんの今後の就業支援のキーワードを拾い上げた。Aさんは開所当初から、B事業所に毎日通所したいという希望を示したが、職員は、就業への意欲は強いがやや焦り気味と感じたため、Aさんの希望はゆくゆくの目標として、まずは週3日の通所から開始とし、慣れるにしたがって徐々に日数を増やしていく事を提案し、利用契約を締結した。 5.プランニング(個別支援計画)の作成 正式利用後は、以下の流れでAさんはトレーニングを受けることとなります。 正式利用中(2年間)のトレーニングの流れ 1基礎トレーニング期(利用開始から3か月を目安) この時期の目標は、安定した施設通所です。作業工程が少なく、体力的にも負荷の少ない軽作業を行ってもらいます。併せて、ワークサンプル幕張版を活用して通所開始時のアセスメントを行い、その方の課題や、トレーニングの方向性をみていきます。 2実践トレーニング期(利用3か月から1年を目安) この時期の目標は、就業に向けた作業スキルの向上です。「力をつける、作業の正確性を身につける、作業スピードや効率を上げるなどを、施設内外の支援を通じて実際の職場を想定したスキルを身につけます。 3就業チャレンジ期(利用1年以降を目安) この時期の目標は、文字通り就業へのチャレンジです。今までのトレーニングを振り返りながら、必要であれば、企業実習などにも取り組みます。そして、自分は実際どのくらい働けるのか、自分に適した職業はなど、具体的なマッチングや就職後の留意事項等を明確にしていきます。 上記2年間のトレーニングでは、以下のとおりトレーニング部門、就労プログラム、個別相談の3つの支援を提供しています。 トレーニング部門 基礎トレーニング期 部門1軽作業 作業内容シール貼り、チラシ折り等 作業の特長利用開始後、最初に入る部門です。座って出来る作業で、手順も非常にシンプルです。B事業所への通所のリズム作りを目的とした部門です。 部門2ワークサンプル幕張版(事務作業) 作業内容伝票仕分け、書類ミスのチェック作業、PC入力等 作業の特長利用開始から2週間後程度から入る部門です。基本的な事務作業を練習教材を使って行ないます。併せて、挨拶、報連相など基本的な職場のコミュニケーションや、メモを取る習慣をつけるなど、働く上での基本的な習慣を身につけます。 実践トレーニング期 部門1弁当宅配 作業内容弁当配膳、食器洗い、配達等 作業の特長地域のお客様にお弁当を宅配する部門です。共同作業を通して、指示通り作業する力や時間を意識した働き方を身につけます。また、配達、注文などでの役割を通してコミュニケーションの練習もします。 部門2環境整備 作業内容トイレ清掃、事務所清掃、マンション清掃等 作業の特長館内清掃をする部門です。まずは、清掃道具の使い方を学び、一人で作業を進める力と周囲に配慮するなどの清掃の基礎を身につけます。さらに進むと外部のマンション清掃の体験もします。 部門3事務補助 作業内容PC入力、電話対応、郵便物仕分け、資料作り等 作業の特長施設内の事務補助作業を行なう部門です。実際の業務を通して、一人で作業を進める力や時間に合わせた業務の進め方などを身につけます。また、報連相、来客対応、電話応対などを通して事務職で必要なコミュニケーションスキルを身につけます。 部門4リネン作業(特別養護老人ホーム)施設外支援 作業内容入所者の衣類洗濯、たたみ、返却等 作業の特長特別養護老人ホームにて外部実習を行います。3人で分担して行なう作業を1日5時間行ないます。 部門5喫茶サービス施設外支援 作業内容開店準備、接客、弁当配膳等 作業の特長喫茶店にて外部実習を行なう事ができます。少人数の利用者が職員と分担しながら喫茶店、厨房の仕事を進めていきます。 就労プログラム 精神障害は疾病と障害が併存する障害のため、疾病の理解とコントロールは就業の際も非常に大切な要素となります。そこで、自己チェックリスト等のツールを使いながら、疾病や障害に対する自己理解の促しなどを目的とするプログラムを行っています。併せて、企業が求める人材や能力のイメージ作り、面接の練習など、就職に必要な知識や心構えなども学んでいくものとしています。 個別相談 利用者一人ひとりに合った支援を行うため、B事業所では担当制を取っています。利用者と担当職員はこの個別面接の場面で、日々のトレーニングを振り返り、就業に向けての課題や目標を共有します。 Aさんの通所開始にあたって、職員はサービス管理責任者の同席のもと、基礎トレーニング期となる最初の3か月間の個別支援計画書(プランニング)の作成に取り組んだ。 職員は正式利用の事前相談や体験利用の振り返りの内容を改めて確認しながら、Aさんのニーズを聞き取ったpoint9。ニーズについては1年後を目安にした長期目標と、3か月後を目安にした短期目標に分けて聞き取っている。Aさんは長期目標については「事業所を1年くらい利用したら仕事に就きたいので、早く毎日B事業所に通えるようになる。」という事を、短期目標については「通所すると決めた日はB事業所に休まず通えるようになる。」と話された。 ココがPoint9 個別支援計画は、支援者が一方的に提供するものではなく、利用者の言葉を反映させながら、利用者と支援者の双方で作り上げていくことが重要です。 そこで職員は、「事業所に毎日通えるようになる。」をAさんの長期目標に、それに近づく具体的な短期目標として、以下の2点を提案した。 1決めた日は事業所に休まず通い体力をつける。 2事業所の通所にあった生活のリズムを作る。 補足として、1はAさんが体験利用を経て気づいたものである。2はPSWからの要望にもあり、通所先がDCからB事業所に変わる大切な時期なので、安定したリズムを崩さないようにするための目標であるpoint10。このように、Aさん、職員が双方で意見を出しながら個別支援計画を立案した(図5)。 ココがPoint10 精神障害は疾病による中途障害です。「疾病の前と後で自分は何が変わったのか」をイメージし、その上で「自分はどの様な働き方がしたいのか」「そのためには何をトレーニングすればよいのか」等を本人がイメージし、言語化していくには時間がかかります。したがって、精神障害者の方々のニーズ把握やアセスメントは時間をかけて緩やかに行う必要があり、最初の個別支援計画は、休まず通うやB事業所に慣れるなどの基本的なものを設定し、モニタリングを行う中で、少しずつ個別性のある目標へと変化させていくことがポイントです。また、利用当初は環境に慣れること、安定した通所ができることなど、トレーニングを行える土台作りが大切であり、利用日数についても、最初から週5日の通所は設定せず、週3日を目安に、その人の体力や緊張度などを見ながら無理のない日数を設定します。 図5個別支援計画書(初回) 利用者の意向 高校卒業後は、調理の専門学校へ進み、学校給食の仕事を始めた。仕事は好きだったが職場の対人関係がうまくいかず病気となり退職となった。希望としては、もう一度調理の仕事に戻りたい。でも、働いていない期間が少し続いたので復職が不安。そのため、事業所に毎日通えるようになって、働ける体力を取り戻したい。苦手だった対人関係の練習もしたい。 支援の方針 仕事のブランクが長いので、生活のリズムの見直しや、仕事が出来る体力をつけ、トレーニング時間を延ばしていくことが主な支援方針です。さらに作業を通し、ご自分の作業特性や、仕事を継続していく際のポイントを整理する事が出来るとよいのではないかと思っています。最初の3か月は、まずは施設に慣れて、今までの生活からの変化を乗り切る事が最優先となります。 解決すべき課題 1.体力が落ちてしまった。2.生活のリズムが時々、崩れる時がある。 目標(3か月) 1.決めた日は休まず通い体力をつける。2.通所にあった生活のリズムを作る。 支援の内容 軽作業(シンプルな手順・1時間ごとに休憩・座り仕事)で小さな負荷から訓練を始め、慣れた段階で適宜、他の作業に参加する。 いつどこで期間など 週1回の定期面談で日々のトレーニングを振り返り、必要であれば支援内容の修正を行う。 6.トレーニングを通したアセスメント 個別支援計画を基に、Aさんのトレーニングがスタートした。トレーニング中は週1回個別相談を行うこととし、そこでトレーニングの感想、不安に感じること、対人関係で気になることなどを話してもらうこととしたpoint11。 ココがPoint11 通所開始からの3か月間は、安定通所につながるか否かの大切な時期であり、個別相談を行いながらきめ細やかな支援をする事が重要です。 通所開始後のAさんは、念願であった就業への足掛かりが見え出したためか、休むことなく事業所に通い、作業については基礎トレーニング期の部門のみでなく、実践トレーニング期の部門にも少しずつ入り始めるなど、積極的にトレーニングに参加していた。個別相談でも「緊張しているがやりがいがある」と笑顔で話された。職員は、この状況を紹介者であるPSWへ伝えたところ、すでに外来通院の際に、Aさんから直接「元気で頑張っている。」と嬉しそうに報告があったとのことだった。併せて、主治医やPSWの意見を聞くと、「順調な滑り出しだと思う。」とのことだった。 この様な状況を踏まえ、通所が順調だと判断した職員は、2か月を経過したところで、通所日を3日から4日へ増やすことを提案した。Aさんからも「ぜひ、チャレンジしたい。」との意向があり通所日数の変更をした。 しかし、変更から2週間が経過した頃、Aさんに変化が表れ始めた。具体的には、今までできていた作業でミスがでる、作業確認の回数が多くなるなどがあり、作業中、混乱することもあった。また、表情も優れず、周囲の言葉に敏感に反応したり、周りを気にする素振りも多くなった。そこで、この変化を気にした職員は臨時面接を行い、最近の様子について聞き取った。 Aさんは「大丈夫」と話したが、職員から「今まではとても明るい表情で通所していたが、この頃は表情が優れないように見える。」や「作業中に周囲の音や言葉に非常に敏感になっている印象を受ける。」などを率直に伝えたところ、「周りが気になってしまう。」「みんなが自分の悪口を言っているのではないかといつも考えている。」などを話された。また、「このような状態になるのは初めてなのか」との問いには、以前にもあったとのことであり、「どういう状況でこのような事が起こるのか」という問いには、「疲れたり、緊張が強くなるとよく起こる。」と話された。 職員は、こんなに頑張っているのだから、Aさんの悪口を言う人はB事業所には誰もいない旨を伝えた上で、「多分これは頑張り過ぎたために出てきたものなので、週4日をもう一度週3日に戻して様子をみる。」「これは病気が伝えている疲れのサインだと思うので、今後もこの様なことが起こった場合は支援者に発信する。」の2点を提案した。Aさんは、多少半信半疑の様子ではあったものの「そうしてみます」との返答があり、一旦、通所日を3日に戻すことにしたpoint12。 ココがPoint12 困りごとや不安があっても、自分の気持ちをうまく言語化できないために、大丈夫ですと話される方もいます。そういった方には、言葉でまとまらなくても、不安や困りごとをどのように感じているかの感覚だけでも話してもらい、支援者が代わりに言語化しながら、両者で共有することに努めます。時間をかけて丁寧に相談しながら、本人にフィットする共通言語を見つけ出していく事が、支援者側に求められる力だと思います。本事例では、疲れのサインが重要な共通言語となります。 併せて、病状悪化の可能性もあるため、Aさんの了解を取って主治医へ相談をしたところ、「支援者に相談が出来ているので大丈夫だと思うが、しばらく通所を3日に減らしても、症状が変わらないようならばまた連絡がほしい。」との助言を得た。 職員は、この間の本人の様子と主治医からのアドバイスを踏まえ、B事業所スタッフ間で下記の方針を共有したpoint13。 1通所日を週3日にする。 2作業内容を軽作業のみにする。 3昼食時などの対人関係が濃密になる時間はスタッフがこまめに声かけをする。 そして1か月弱この様な働きかけを続けたところ、Aさんの様子にも変化が見られ、作業中の混乱がなくなり、必要以上に焦って仕事をすることもなくなった。また以前の様な明るさが戻り、表情の硬さも和らいだ。個別相談では、「周りのことがそんなに気にならなくなった。私の思い過ごしだったのかもしれない。」との話があり、Aさんと職員は時間をかけて通所日を4日に戻していくことを共有した。 ココがPoint13 トレーニングを支えているのは個別支援計画です。個別支援計画における目標は、トレーニングを進めるうえで利用者と支援者の共通言語となります。トレーニングの状況をみながら、目標達成に向けた最適な方策を常に検討し、見直していきます。 Aさんの3か月間のトレーニングを通じてアセスメントしたこと 個別支援計画書の目標1決めた日はB事業所に休まず通い体力をつける。 職員のアセスメント目標を決めるとそれを忠実に頑張る人。しかし、頑張り過ぎている自分に気づかず、休むことが上手く出来ないため、時にはスタッフが助言してトレーニングの負荷を下げたり、対人関係の調整をする支援が必要である。また、不調のサインについて共通の言葉を作り、Aさんと共有することが必要である。 個別支援計画書の目標2通所にあった生活のリズムを作る。 職員のアセスメント休みなく通所しており、通所が生活リズムの一つになっている。今回は、一旦達成した目標として評価する。しかし、今後さらにトレーニングの負荷がかかると支援の必要が出てくる項目となりうる。 その他Aさんと共有したこと 途中、頑張り過ぎて、疲れが出た時もあったが、上手に休みを入れて乗り越えることができた事をAさんと確認。また、人の目が気になる、人が自分の悪口を言うなどの思考は、疲れのサインである事をAさんと共有した。 7.モニタリングを通した再プランニング AさんがB事業所への通所を開始し、3か月が経過した。そこで職員は、サービス管理責任者に状況を報告し、この間の振り返り(モニタリング)を行って新たな個別支援計画書(再プランニング)を作成することを提案した。 新たな個別支援計画書の作成にあたり、Aさん、サービス管理責任者、職員の3者面接を実施したpoint14。 ココがPoint14 当初の個別支援計画は、トレーニングを受ける土台作りを第一のねらいとしているため、比較的個別性が低い目標や支援内容になっていますが、利用を通して徐々に個別の課題や対応が生じてきます。したがって、個別支援計画の再作成では、就業に向けた現実的かつ利用者の希望に沿った個別性の強い内容となるよう、以下の手順で丁寧に進める必要があります。また、個別支援計画の再作成は、「障害や疾病に係る本人の気づき」「本人の特性に対する支援者の理解」の促進に繋がります。 1個別相談にて本人・支援者双方の感想を共有する 2目標以外の新たな課題が出ている場合に取り上げる 3新たな目標について、本人・支援者の意見・思いを共有する 4 1から3の事柄を踏まえて個別支援計画を再作成する まずは、Aさんから目標の達成状況について感想を聞き取った。Aさんからは、「毎日が新しいことばかりで緊張はしたが、やりがいのある毎日であった。」「休まずに通い続けられたことは良かった。」「まだまだ覚えることが多いので大変である。」等を話された。 職員からは、「この3か月、常に前向きに頑張った。」「途中頑張り過ぎて、疲れのサインが出たときもあったが、上手に休みを入れながら乗り越えることが出来た。」などを伝えた。また、当初の個別支援計画では、クローズアップされていなかった「疲れのサイン」について、Aさんの意見を確認すると、「週4日にして頑張ったら人が悪口を言っているように感じて調子が悪くなった。」「少しトレーニングのペースを落としてみたら楽になった。」などを話された。 さらに、次の3か月の目標についてAさんの希望を確認すると、「もう一度週4日にチャレンジしてみたい。」「軽作業以外の作業は難しいため、上手く覚える工夫を考えたい。」の2点が挙げられた。職員からは「トレーニングを頑張るだけではなく、疲れのサインを上手に活用しながら、無理のないトレーニングを重ねて欲しい。」旨を説明し、Aさんの了解を得たpoint15。 ココがPoint15 個別支援計画における目標は、就業に近づくためのものであると同時に本人の自己評価が上がるものであることが重要です。したがって、スモールステップを提示しながら、過度な負荷はなく、その上で、本人が就業へ近づいていることが実感できるものにしていくことが重要です。 以上を踏まえて、職員から今後のAさんの目標について、長期目標は前回同様、B事業所に毎日通えるようになるとし、具体的な短期目標を以下の3点へと変更することを提案した。 1週4日通所へチャレンジする。 2通所する中で疲れのサインが出た場合は、支援者にすぐ発信する。 3自分にあった作業の覚え方を支援者と一緒に考える。 Aさんは、上記の3点について了承。その他では、「通所から3か月たったのに、まだ話せる友達が出来ないこと」「周囲になじめずいつも緊張していること」などの対人面での不安が語られ、「対人関係の目標も設定したい。」との意向もあったが、それについては、「まだ3か月しか経っていないので、周囲との対人関係には自然に慣れていくであろうこと」「事業所利用の目的は就業なので、友達作りを第一に考えなくても良いこと」などを伝え、今回の目標には挙げない事を共有したpoint16。 ココがPoint16 目標設定をする際、本人は就業への思いの強さから、多くの目標を設定したり、すぐには達成が困難な目標を設定することがありますが、達成につながらなければ、本人の失敗体験のみが膨らんでしまいます。そのため、本人から要望があっても、時には支援者が今回は見送るという判断をすることも必要です。 図6個別支援計画書(第2回目) 利用者の意向 高校卒業後は、調理の専門学校へ進み、学校給食の仕事を始めた。仕事は好きだったが職場の対人関係がうまくいかず病気となり退職となった。希望としては、もう一度調理の仕事に戻りたい。でも、働いていない期間が少し続いたので復職が不安。そのため、事業所に毎日通えるようになって、働ける体力を取り戻したい。苦手だった対人関係の練習もしたい。 支援の方針 生活のリズムの安定、体力・体調のコントロールをつづけ、さらに就業時間を延ばすことを目標としていきます。また、トレーニング内容も軽作業を卒業して、実践トレーニングの3部門への移行を図っていきます。また、就労プログラムに積極的に参加し、病気や障害の知識なども深めていきましょう。 解決すべき課題 1.20時間働ける体力をつける。2.病気を上手にコントロールする。3.難しくなった仕事への対応。 目標(3か月) 1週4日通所へのチャレンジをする。2通所する中で疲れのサインが出たら支援者にすぐ発信する。3自分にあった作業の覚え方を支援者と一緒に考える。 支援の内容 週4日を基本とするが、必要であれば休息を取るなどのアドバイスをする。必要であれば支援者からも声かけをして、サインを一緒に共有する。各部門の担当と、本人に合ったメモの書き方や、マニュアル作りを考える。 いつどこで期間など 週1回の定期面談で日々のトレーニングを振り返り、必要であれば支援内容の修正を行う。 8.帰すう 現在、Aさんの利用開始から10か月が経過している。通所日は週4日から5日へと増え、長期目標であった事業所に毎日通えるようになるについても実現している。疲れのサインについては、発信が上手になりサインが出たら休みを取るという方法で対応している。また、周囲と上手くなじめないという悩みも、時間の経過や通所日が増えたことによって、徐々に周囲への緊張が和らぎ、近頃ではメールのやり取りやお茶をする仲間もできてきたようである。 今後については、長期目標を就業に向けた具体的な準備を始めるへと変更し、トレーニングの場も事業所の施設内作業から施設外実習へと広げていく予定である。また、疲れのサインについても、今までのサインが出たら休むからサインが出ない働き方を知ると、より就業を意識したものに変化させていく予定である。