事例4 各種検査、体験利用プログラム等によるアセスメントとプランニング 実施機関 就労移行支援事業所 対象者の障害 高次脳機能障害 本事例の概要 就労移行支援事業所の体験利用でのアセスメントを通じて、職業上の課題に関する自己理解に焦点をおいて、高次脳機能障害者に対して支援計画を立案した事例です。 参考となるキーワード アセスメントシートと実習評価票等のアセスメントツールの活用 長期目標と短期目標に基づいた支援者と本人との共通認識作り 高次脳機能障害に起因する職業上の課題に対する自己理解の促進 本事例のキーパーソン 支援対象者Aさん(脳出血による高次脳機能障害のある50代の男性) 主たる支援者就労移行支援事業所(就労支援員(高次脳機能障害支援拠点施設コーディネーター)) 関係機関相談支援事業所(支援員) 支援経過 1.利用の経緯(相談支援事業所からの連絡) 相談支援事業所支援員から就労移行支援事業所(以下、当施設という。)へ連絡があり、高次脳機能障害者として現在リハビリテーション施設にて生活訓練を受けているAさんが近々退所となるため、今後の支援について相談したいとのことであった。 電話での聴取事項 これまで3社、27年間にわたり営業職で勤務してきたが、倒産を機に牧場作業員として新たな仕事を開始。その1か月後、牧場での勤務中に脳出血を発症。外科的手術は行わず保存的治療を受けた。 1か月後に回復期リハビリテーション病院へ転院。さらに3か月後に転院し、現在は高次脳機能障害支援拠点機関であるリハビリテーション施設に7か月間入所し、生活支援と就労支援訓練を受けているとのことであった。 近々退所予定であるが、就業を目指しているため就労移行支援事業の利用を希望しており、見学を兼ねて当施設に来所し、初回面談を受けたいとのことであった。 2.初回面談と体験利用によるアセスメント (1)初回面談及び施設見学の状況 Aさんは、家族と当施設へ来所した。施設概要の説明と見学をパンフレットに基づき行いpoint1、アセスメントシートによる聞き取りを2時間程度、当施設就労支援員(高次脳機能障害支援拠点施設コーディネーター)が行ったpoint2。 ココがPoint1 口頭だけでなく、文字や写真が入ったリーフレットも提示するなど、具体的にサービス内容を説明することで本人の理解をサポートするのもポイントです。 ココがPoint2 高次脳機能障害者に対しては、聞き取りの際、単に話された内容を収集するだけでなく、本人がどのような言葉かけに対して理解しやすいかも観察することが重要です。なお、ケース会議や就職面接会、職場実習の打ち合わせ等、支援者や企業等の立場が異なる複数の者がいる場面では、自分の氏名や立場を本人に分かりやすく伝える必要があります。相貌失認や記憶の障害が有る場合には特に留意が必要であり、場合によっては写真と文字を用いたカードを渡す等の配慮を行う必要もあります。 その時点のAさんと家族の状況は下記の通りであるpoint3。 Aさん・家族の状況等 Aさんの状況 早口で滑舌が悪く聞き取りづらい。ゆっくり話すよう促すと、そうしようとはするものの、失語症で会話がかみ合いにくい。なお、Aさんは互いのコミュニケーションがかみ合いにくいことに、気付いている様子である。 Aさんのニーズ とにかく早く働きたい。 事務職であれば過去に経験もあり、身体的にも楽だと思う。 ハローワークでもらった障害者委託訓練にも興味がある(チラシを持参)。 家族のニーズ まだ仕事ができるとは思っていないが、将来的に働けるようになって欲しい。家計を心配する必要はないため、職務内容などの勤務条件は問わないつもりでいる。 まだ働くことは難しいと思うことをAさんに話してはいるが、自分からハローワークの窓口に相談に行ってしまう。また外出すると何をやっているのか分からないため、周囲に迷惑をかけていないか心配である。 就労支援員の観察状況 会話ではつじつまが合わないことも多く、その場しのぎで話しているようにも窺えた。 自分自身の状況を客観的に理解しきれていない様子が窺えた。なお、話しぶり等からやや自己評価やプライドが高い印象を受けた。 ココがPoint3 本人と家族のニーズにギャップがあることも多々あります。インテークの段階でそのギャップを確認し、今後の支援における調整ポイントとして把握しておくことが重要です。 本事例における本人と家族のニーズのギャップは、下記の点になります。 Aさんはすぐにも働きたいと言うが、家族はまだ難しいと思っている。 家族は難しいと言っているのにもかかわらず、Aさんは障害者委託訓練のチラシを持ってきては、受講希望を口にし、ハローワークの窓口に相談に行ってしまう。 Aさんは朝早くから出かけるが、家族には自分の行動を伝えないため、家族は心配している。なお、Aさんは心配されていることに気づいていない。 アセスメントシートによる確認 初回相談時にアセスメントシートを活用して今後の支援計画を作成するために必要な情報を確認した。 アセスメントシートの項目 1本人の想い・意思確認 2コミュニケーションの状況 3日常生活の状況 4社会生活 5自己選択・自己決定する力 6健康 7社会参加 8作業・就労 9家族との関係・家族の意向 10問題(とされる)行動 11安全管理・事故防止上の留意点 12日課・日中活動 1は自由記述のみ、2、3、4、5、6、8、9、10の各問には選択項目が設定され、さらに「現在の状況および支援内容」、「支援をしていく上でのこれからの課題」の自由記述を設定 初回面談での確認においては、プライベートな事柄に不必要に触れないよう、また障害の影響も配慮し、表情が曇ったり、発言を躊躇するなど、言いにくそうに見えた場合は適宜話題を変えながら話を進めた。 Aさんの場合は、高次脳機能障害支援拠点機能のあるリハビリテーション施設からの紹介ということもあり、医療情報取得に関するAさんの同意はスムーズに得ることができた。なお、アセスメントシートの記入は、就職に必要な情報をAさん、家族、就労支援員の3者で共有する重要な機会ともいえるため、焦らずに確認する姿勢で臨んだpoint4。 ココがPoint4 情報収集を行う際には、本人の意向を十分に汲みつつ、根拠のない期待を持たせないように、例えば、絶対に就職できる等の表現は避けるように配慮しています。高次脳機能障害のある方は、ある特定の事実を思い込みと受け取られるような形で判断・記憶をする場合があります。 (2)体験利用前の状況確認 Aさんは、見学時に体験利用を希望されたため、下記のオリエンテーション資料に基づき説明した。 説明事項 日程調整の上、注意するポイント 持ち物や用意いただくもの 確認事項 体験の1日の流れ 通所経路及び通所方法の確認 服薬の確認 実習を受けられる方へ 利用料 1日につき2千円(食費込み)を実習最終日にお支払いください。 用意する物 汚れてもよい服装(屋外の作業もありますので長ズボン) 上靴(スリッパは不可、かかとのあるものをご用意ください) 帽子 飲み物(ジュース・コーヒー等は不可、水またはお茶のみ可) ハンカチまたはタオル 筆記用具 昼食時の飲み薬 その他 車、バイクでの通勤は禁止です。(徒歩、自転車、公共交通機関での通勤をお願いします) 実習中は禁煙です。(昼休みは可、どうしても我慢できない方は相談してください) 実習中、携帯電話はロッカーの中で保管して下さい。 他の利用者との電話、メールアドレスなどの交換は慎んでください。 気分が悪くなったり、分からないことは直接職員に申し出てください。 連絡先 遅刻、欠席は連絡ください。高次脳機能障害者支援センター連絡先 就労移行支援事業所の1日の流れ 時間、内容、場所、備考 9時25分、体操、仲の町公園、雨天の場合本館1F 10時、脳トレ、本館2F、間違い探し・早口言葉・クロスワードパズル等 10時10分、各人のカリキュラム、本館2F 12時、昼食、本館1F 13時まで、休憩、、午前中の作業・訓練などをメモリーノートに記入 13時、各人のカリキュラム、本館2F 15時15分、清掃、本館2F・1Fトイレ 15時35分、終礼、本館2F、1日の作業報告・感想・反省報告 16時、終了 メモリーノートとは記憶の障害などを補うため、仕事などにおいて必要な情報を記録するノート。 Aさんは、この時に訓練についていけるかどうか不安を口にするようになった。その内容は、「こうして相談してみると、自分ではいろいろできると思っていたが、周囲からはそう見えていないと感じてきた。」「訓練が難しい内容だったらどうしたらよいか分からない。」「自分ができないことを認めるのは辛い。」というものであった。 このAさんの気持ちの変化は、自分自身を客観的に振り返ろうとしている時であると思えたため、就労支援員は、この機会に集中的に支援を行うことが適切であろうと感じた。このため、施設における具体的な作業体験等を通して、Aさん自身でできそうかどうかを確認してもらうことを目標として設定した。なお、このやり取りについては、Aさんにメモとして残してもらったpoint5。 ココがPoint5 重要事項はメモに残すようにしていますが、本人がメモを取れていても、後で思い出せない可能性があるため、念のため家族にもメモや資料を渡しています。また、本人がメモを取り切れていないようであれば、その事実を本人に伝え、障害に起因する特性であることを、本人の受け止め状況や理解度に合わせてフィードバックしています。なお、本人がメモを取る際の一連の行動をアセスメントすることで、聴覚情報を逐一メモに書き留められる情報処理力があるかどうか等、支援者は多くの情報を収集することができます。 Aさんの体験利用時の目標は、下記の3点で設定したpoint6。 施設での生活(1日の流れ)がどのようなものかを知る 自分が通所できそうかどうか確認する 分からないことは聞く ココがPoint6 記憶や認知に障害のある方が、自分の特性を理解するということは容易ではなく、時間を要します。また、支援者が様々な場面設定を行っても、本人の特性への理解が進まない場合もあります。そのため、特性への理解につながる場面等、きっかけを逃さず、支援者と本人で振り返りを行いながら、繰り返し特性の理解を進める支援を行うよう心掛けることがポイントです。 なお、支援初期の段階において、障害特性に関して特に留意していることは以下の2点になります。 1支援上必須な配慮内容 例えば、半側空間無視や目の疲労が顕著である等の場合は、パソコンでの作業内容・作業時間についての配慮が必要であること、左半身麻痺等の症状がある場合は、作業姿勢に配慮が必要であること、服薬管理についての配慮が必要な場合があること、アレルギー等による食事等の配慮が必要な場合があること等、身体機能や通院に係る情報を的確に収集し、健康管理や安全面に係る配慮事項として留意している。 2医療機関との連携状況 高次脳機能障害者に対する支援に当たっては、特に医療からの情報収集・連携は必要不可欠である。在宅期間が長く、医療機関との連携が実質少なくなっている場合でも、必要に応じて医療機関から聞き取りを行い、働く際の職務上の制限や安全面での配慮事項等を確認する必要がある。 このため、通院を継続しており、医療と繋がりのある方については、医療機関への受診同行や情報交換が可能かどうか確認を行った上で、医療との連携を図っている。通院等を行っていない方についても、過去の治療状況を把握することが重要であるため、本人、家族の同意を得た上で、医療機関から可能な範囲で情報収集を行うこととしている。 (3)体験利用中の行動観察及び面談 1体験時のプログラム内容 当施設では、障害者職業総合センターが開発したワークサンプル幕張版を活用した訓練及び名古屋市総合リハビリテーションセンターの認知機能回復訓練を導入するなど、下記の作業メニューを用意している。そのうち、体験利用では2から3日かけて下記1から4の作業を体験している。 作業メニュー 具体的な作業内容と特徴(求められる能力) 1OA作業パソコンを使用したスキルの確認・訓練(OAスキル) 2事務作業ファイリング、伝票整理等の事務作業訓練(理解力、読み書きの力、注意力) 3実務作業ピッキング等の実務作業(指示書に基づき作業する力、手腕作業の能力、作業の集中力・持続力、質問・報告) 4認知機能回復訓練認知機能のアセスメントと回復を兼ねた訓練 5ビジネスマナー講座社会人としてのマナー・モラルに関する講義、認識の確認 6求職活動講座ハローワークにおける求職活動の進め方や手続き等に関する講義等 7電話対応電話におけるマナーやコミュニケーションの取り方(メモ取り、復唱・確認、伝言、その他職場でのルールに関する認識等のスキル) 8新聞編集作業企画から発行までの一連の作業を実施(担当する作業に対する責任感、期日の遵守、協調性など) Aさんの一日の体験スケジュールは下記の通り。 9時通所 9時30分からラジオ体操・朝礼・メモリーノート記入 10時から作業・その他 12時から昼食・メモリーノート記入 13時から作業・その他 15時15分から清掃 15時30分からミーティング・メモリーノート記入 16時から帰宅 2体験の実施状況 体験利用後のAさんの感想は、「やることがあること自体が張り合いになる。」「働くためには毎日通えるようになることが大切だと思う。」であり、今後の課題について意識しつつある様子であった。 体験利用に際しては、短い期間の中で的確に情報を収集して整理する必要があるため、就労支援員の働きかけに対するAさんの反応について、細かく観察するよう留意した。例えば、丸々に対する働きかけを行ったところ、Aさんの反応は丸々であった等、観察記録を作成しながらアセスメントを行った。 通所手段の確認を行った際には、自力での通勤が可能であったか、またどのルートを使用しどのくらい時間がかかったか確認したところ、口頭でのルート説明は行えたが、ルートを書いてもらおうとすると上手くまとめることができなかった。 その他、聞き取りにくさは緊張によるものではないかとも考えられたが、緊張が軽減された後も挨拶が聞き取りにくいなどの状況が続いた。しかしながら、ゆっくり話すように伝え、かつAさんもゆっくり話すことを意識できると、比較的聞き取れるようになった。 体験プログラムにおける各作業のアセスメント結果は下記の通り。 1OA作業 パソコンの利用は可能との情報を得ていたので、ワークサンプル幕張版(簡易版)のOA作業の中から、パソコン上の画面に表示された指定の文章を入力する文書入力作業を実施したpoint7。入力にかなりの時間を要したものの、基本的なパソコンの操作は可能であることが確認できた。 ココがPoint7 パソコンの利用が可能な方については、画面上に表示された数字と同じ数字を入力する数値入力もしくは上述の文書入力を実施しています。作業遂行上の能力については、数字や文章を正しく読み取る能力、それを記憶に留めて、正確に入力する能力が求められます。また作業指示書に従い、手順どおりに作業が遂行できるかどうかの能力も求められます。このように、記憶・注意・遂行機能の能力の特性を把握できるため、今後の個別カリキュラムの策定に向けた重要な手がかりとなります。 2事務作業 四則計算及び漢字の書き取りを実施した。漢字の書き取りにおいては、Aさんはせっかく漢字が読めていても、書字が乱れて読みにくい字を書いてしまっていた。 なお、大きな課題としては、行を飛ばして実施してしまい解答が抜けてしまうミスがあった。段を飛ばす、段を間違える、四捨五入で間違える等のミスは、注意力や記憶力に課題があるのではないかと考えられた。 3実務作業 ワークサンプル幕張版の中のナプキン折り作業を実施した。作業指示はビデオ映像で行うが、最初は手順を理解しやすいようにコマ送り再生で作業を進め、その後は定速再生のまま作業を進めた。しかしながら、定速再生では作業の遂行ができなかったため、その状況を確認したところでナプキン折り作業を終了した。 その他、指先の巧緻性や空間知覚能力、左右のバランス感覚についての能力を把握するための観察を行った。 4認知回復訓練 高次脳機能障害支援拠点施設である名古屋市総合リハビリテーションセンターが開発した認知機能回復のための訓練指導マニュアルの課題の中から、かなひろい・同時注意(数字)・単語の穴埋め・語想起・図形の模写・図形の色塗り等を実施した。この認知回復訓練では、指示通りに作業を遂行することが可能かどうかや注意障害、遂行機能障害の状態を観察するとともに、左半側空間無視の影響を把握することを目的とした。 なお、実施方法は下記の通りである。 かなひろいは、平仮名で書いてある文章から特定の文字、例えばあだけを抜き出し、その数を数える課題である。 同時注意・数字は、羅列してある2桁の数字の中から2つの条件に合うものを抜き出す課題である。例としては、偶数でかつ40以上の条件に適する数字だけに丸を付けるといったものである。 単語の穴埋めは、カタカナ表記されている単語の一部が白抜きになっており、その部分に文字を当てはめて単語を完成させる課題である。 語想起は、例えばあいで始まる単語を5つ以上考えるなど、指定された条件から想起していく課題である。 図形の模写は、指定した図形を模写する課題である。 図形の色塗りは、図形に指定した色を塗る課題である。 Aさんは、理学療法、作業療法、言語療法等、総合的な医療リハビリテーションを受けていたため、スムーズな遂行が可能ではないかと思われたが、同時注意やかなひろいでミスを出し、注意力の不足が確認できた。 実施結果については、かなひろい、同時注意・数字においてミスが発生するなど、注意障害が認められた。また、作業スピードに課題が窺えたが、この段階では、慎重に作業に取り組もうとするためなのか、作業能力の不足によるものなのかについての判断はできなかった。 上記1から4の作業課題を通じて、総合的にAさんの状況を把握できた。高次脳機能障害の諸特性については、特に注意障害に起因する作業能力の低下が著しいことを把握できた。 また、失語症があるものの表面的な会話は何とか成立するため、逆に就職の際にはコミュニケーション上の課題として目立たず、就職した後の職場定着において課題が生じる可能性も予想された。 3体験利用後の面談 体験利用の終了時に振り返りの面談を実施した。なお、Aさんの感想と施設の評価は下記の通り。 Aさんの感想と当施設の評価 Aさん通所自体は問題ないため、継続して通所できそう。 当施設の評価電車の時間や乗り換えのルートも口頭できちんと説明できており、時間通りに決められたルートで通所ができた。 Aさん事務職での就職について、強く希望したい。 当施設の評価注意障害の影響が大きく、読み書き等、事務職に必要とされる基本的な能力に課題があり、現状では困難ではないかと判断している。しかしながら、今回の相談において事務職が困難であると否定するのは適切でないと判断し、事務職での就職に向けた訓練プログラムの提供自体は行うこととした。ただし、現実的な就職に向けては事務以外の作業を活用した訓練も行う必要があることから、事務以外の作業の実施についても提案したところ、家族の後押しもあり、事務以外の作業も実施することとなった。 以上により、改めて利用希望の意思確認を行った上で、主治医に働いてよいかどうか、また働く上での諸注意等について確認した。また、体験中の記録は実習評価票(図1)にまとめ、ポイントを絞って説明を行った。 図1実習評価票 本人の言動や行動の状況1事務職に就職したい 施設側のモニタリング 事務作業系の検査での結果は芳しくなく、集中力の持続にも問題がある。特に書字が汚く、他者が読み取るのが難しいレベル。気を付けて書くことを、その都度声かけすれば、何とか読み取れる文字で書けた。 本人の言動や行動の状況2滑舌をよくしたい 施設側のモニタリング 早口でせわしないしゃべり方をしており、聞き取りにくい滑舌である。構音も怪しいかと思われるほど聞き取れないこともある。聞き取りも怪しいので、ボイスレコーダーを使って、本人にも滑舌の悪さを意識してもらうこととした。 (4)体験利用後のケース会議 1所内ケース会議(受け入れ検討会議) 施設長、サービス管理責任者、就労支援員をメンバーとした所内ケース会議を開催し、Aさんの受け入れについて検討した。Aさんと家族のニーズ、関係機関との連携状況等を考慮しつつ、体験利用等におけるアセスメント結果により支援計画を検討した。なお、検討ポイントは下記のとおり。 丸1通所及び所内において、Aさんが安全に過ごせるかどうかについて 丸2体験利用後のAさん及び家族の当施設に対する希望の変化について 丸3高次脳機能障害に起因する職業上の課題と対処方法について 上記丸1については特に問題はなく、上記丸2についても、体験後の感想において当施設の利用を強く希望されていた。上記丸3については、職業上の様々な課題はあるものの、当施設での訓練による改善がある程度可能であると判断した。 具体的に、注意障害の課題については、当施設で訓練を実施しても就業上の課題として残ると思われるが、対処方法を身につけることと、職場において注意障害に関する配慮が得られれば、職場適応が可能と判断した。また滑舌の悪さの課題については、口を大きく開けゆっくり話すと相手に伝わりやすいことを伝えるなどの訓練を行った結果、Aさん自身も意識するようになり改善がみられるようになってきた。 以上を踏まえた結果、Aさんの受け入れについては、通所を強く希望していることもあり、当施設での利用が適当と判断した。また、当施設の通所が決定したため、その旨を関係機関に連絡し、担当者との担当者会議を開催することとした。 2担当者会議 Aさんの担当者会議については、Aさん、家族、病院の担当者、相談支援事業所支援員、当施設就労支援員が参集しpoint8、体験利用時の結果と当施設の支援計画について、また今後の連携について相談した。 ここでは、Aさんの就労を地域全体のチームで支えるため、参加者全員の共通認識を図ることを第一に開催した。 なお、会議は下記の流れで進行した。 1体験利用しての感想(Aさん、家族) 2当施設におけるアセスメントの結果(図2)、支援計画の説明 3今後の連携についての確認 ココがPoint8 本人の支援に直面している支援者だからこそ気づかない点もあり、多角的な視点から議論できる担当者会議は、支援計画を立案する上で非常に有効な場であると言えます。 体験利用してのAさん及び家族の感想 Aさん 「最近は自由気ままに過ごしていたため、指示を受けて行動することへの抵抗感を感じた。」「緊張したが、通所はできる気がした。」「早く通所を開始し、就職を目指したい。」とのことであった。 家族(妻) 「帰りが遅く心配したが、体力的にも続けられそうであることや、本人が通所を希望しているため、ぜひ通所させて欲しい。」とのことであった。 当施設におけるアセスメントの結果の説明と今後の連携について 当施設の体験利用の状況について、実習評価票に基づき説明を行った。その上で、施設利用については受入の方向であることを伝えた。その後、病院担当者及び相談支援事業所支援員から意見をいただきながら情報共有を行い、今後の連携についてお互いに確認を行った。 なお、アセスメント結果(図2)を説明した際、家族からは、Aさんは家庭でも早口で話すため、何を話しているのか分からない時があり困っているとのことであった。そのため、おはようございます、お疲れ様でした等、日常の挨拶をはっきりと伝えられることを目標とすることとした。また、TPOにふさわしいコミュニケーションがとれないことがあるため、ビジネスマナー講座を受講し、社会人としてのマナーやモラルを再確認する事も目標とすることとした。 図2アセスメント結果(初回分) 3.利用に係るプランニングと再アセスメント (1)利用に係る事前相談 当施設の利用に当たり、以下の情報を追加で収集した。 「高次脳機能障害の診断書」を提示してもらい、障害特性等の確認を行った。 服薬内容の詳細及びアレルギーの有無などの医療情報の収集を行った。 (2)利用開始に係るプランニングの作成 利用決定後、暫定である2か月の目標を検討し、期間中の個別支援目標を作成した(暫定支給決定に係る個別支援計画書(図3)を参照)。 図3暫定支給決定に係る個別支援計画書 2年間の長期目標は、Aさんの希望でもある安定就業を目指すことになるが、1から3か月の短期目標については、就業に向けた課題をAさんとともに確認し、比較的取り組みやすいことから決めることとしたpoint9。 ココがPoint9 短期目標は本人の状況に応じて定期的に設定します。なお目標設定に際しては、本人が具体的に取り組みやすい課題を設定するように配慮し、本人自身も目標を受け入れやすくかつ達成感が得やすいようにします。 Aさんの場合は、体力面についての自信もなくしていたことから、働き続ける体力と気力を養う必要性について確認した。特に、継続して働き続ける意志を持ち続けられるようにするため、「就職はゴールではなく、安定して働き続けることがゴールである。」を合言葉にし、様々な機会を通じてAさんに伝えたpoint10。 ココがPoint10 高次脳機能障害者の場合、就職に向けた訓練自体は上手く達成したとしても、就職した後、職場という新たな環境に入ると、困難場面でどう対処すればよいか分からず、上手く適応できなくなるケースも少なくありません。このため支援者は、「今の状況下でどう対処したらよいか?」という問いかけを常に本人に行い、本人自身が起きたことへの対処方法を考えて行動するトレーニングを行うことが大切です。 短期目標としては、ビジネスマナー講座の受講を通じて、社会人としての態度や対応を身につけることを目標とした。なお、ビジネスマナー講座では、座学とロールプレイによる演習を交えながら支援を行った。 また、滑舌の悪さがあるため、早口で話すと聞き取りにくくなってしまう点については、コミュニケーションの項目において、相手に伝わる挨拶をするという目標を立てることとし、ゆっくりはっきり話すことを意識してもらうようにした。なお、具体的な支援方法については、例えば、挨拶等の際に聞き取りにくい時には、「もう一度ゆっくり話してみて下さい。」と声かけし、その場でフィードバックしながら支援を行った。このような支援を、日々当施設職員全員が共通して行った。加えて電話練習では、相手が聞き取りやすい話し方をすることを目標にして取り組むこととした。 また、Aさん自身の言葉をボイスレコーダーで録音して聞き取るトレーニングも併せて実施し、自分の言葉の不明瞭さの原因を自覚し、自分の伝えたいことを相手に確実に伝えるためにはどう話せばよいのかについて、意識を高めていくこととした。 さらに、就労意識の項目において、様々な作業体験を通じて自分に合っている職種を検討することを目標とし、事務職のみにこだわらず違う仕事にも視野を広げるため、ワークサンプル幕張版の簡易版や認知訓練にも参加することとした。 (3)利用中の行動観察及び面談によるアセスメント 暫定の個別支援計画書に沿ってプログラムを進めながら、行動を観察した。 Aさんに対しては、挨拶がきちんとできている時は評価し、聞き取れない場合は挨拶ができたこと自体は評価した上で、課題点について「もう少しゆっくりはっきり話しましょう。」と声かけし、それを当施設職員全員で統一して支援したpoint11。また、必要に応じて就労支援員自らが挨拶の見本を示すなど、ロールプレイを交えた支援も日常的に行った。このような支援を2か月ほど繰り返すうちに、ゆっくり話すことができるようになっていった。Aさんも自信が持てるようになり、訓練に対するモチベーションアップにも繋がった。 ココがPoint11 できていることもできていないことも、まずは事実をシンプルに伝えることが大切です。その上で、できていることについては、自信を持って継続して課題に取り組めるように伝えます。できていないことは、ミスの出方に傾向があるか、どうしたらミスを出さずに済むか一緒に考える等の対応が望まれます。 なお、暫定期間中の面談では、新たなアセスメントシートに状況を記載し、通所前に作成したアセスメントシートや「実習評価票」と比較しながら、変化を支援者とともに確認したpoint12。その際に留意したこととしては、同じ様式を用いて比較すること、言葉での解説に加え数値や図表を交える等、Aさんにとって変化が分かりやすいように工夫した。 ココがPoint12 体験利用中に把握できなかった新たな特徴等については、支援者全員が共有し、対応を統一できるように気をつけます。支援者の対応で本人が混乱しないよう、最大限支援者間で統一的な対応を行うよう留意することが大切です。 その他、新たに把握した課題としては、他の利用者の進行状況等とAさん自身の状況を比較し、目標が揺らぐこともあった。このため就労支援員は、あくまでAさん自身に必要な目標達成のためのプログラムを行っていること、各自の進行状況に応じて目標を設定していることを説明し、現在の目標について常に振り返り面談を行いながら支援した。振り返り面談では、必ず今のAさんの気持ちを確認するようにし、Aさんがこれまで取り組み達成したことをフィードバックしつつ、課題に取り組む前向きな姿勢を維持できるよう支援した。 (4)暫定利用期間終了時点での再プランニング 暫定期間用に作成した計画を基にその達成度を確認するとともに、暫定期間中のアセスメントにより把握できた新たな課題を洗い出し、就労移行支援の利用継続について検討した。 達成度については、Aさんの支援に関わった就労支援員各自が評価した結果を持ち寄り、総合的に判断した。その他、障害者職業総合センターの就労移行支援のためのチェックリストを活用し、アセスメント結果を更に具体的にチェックし、今後の支援目標について検討した。なお、この際に可能な限り家族と連絡を取り、家庭におけるAさんの状況も確認しながらアセスメント結果に加えた(図4)。 以上を踏まえ、今後の就労移行支援における個別支援計画を作成したpoint13。この際、当面3か月で改善できそうなポイントや課題について、Aさんにも分かりやすく、かつ支援者側にも取り組み状況が把握しやすいものを作成する必要があった。 ココがPoint13 再プランニングに当たっては、これまでの支援計画や支援内容を検証することはもちろん、就業した際に想定できる課題点を常に一緒に考え、本人が取り組むべき課題の優先順位について検証することも必要です。 図4アセスメント結果(2か月後分) 短期目標とした1社会人としてのビジネスマナー・モラルの再確認については、挨拶等の講座において、これまで自分が気づかなかった点について知ることができたため、この目標は引き続き取り組むことにした。2相手に伝わる挨拶をするについては、Aさんも就労支援員も改善しているとの評価であった。実際に家庭においては、挨拶を意識して行うようになり、かつはっきりとした挨拶をするようになった。しかしながら、挨拶に限らず日常会話についても意識できるとなお良いという話になったため、新たに相手に伝わる話し方をするという目標を設定した。3いろいろな作業を体験して自分に合った職種を検討するについては、暫定期間中に実施したワークサンプル幕張版(簡易版)の訓練の中で、引き続き取り組みたい課題があったとのことであった。このため、今後は簡易版から訓練版に移行し、引き続き目標として取り組むこととした。 当施設においては、ワークサンプル幕張版を中心に作業を組み立てているが、それ以外にもより具体的な業務に近いメール便の仕分け、ファイリング、宛名書き等の作業メニューを取り入れている。その他、就労継続支援B型事業所における内職作業等についても、指示理解や作業耐性等の状況を把握する場として活用している。 さらに、訓練を通じて日常的にメモリーノートを導入し、記憶に頼らず記録に頼る習慣付けも行っている。メモ自体は取れても、見直しや確認ができないと使えない。また、メモを取って後で確認しようとしても、分からないメモになってしまうことが少なくない。聞き漏らしがないか等、メモを取った後に指示者に確認してもらうよう、定着に向けて、失敗と成功を繰り返しながら地道な支援を続けていったpoint14。 ココがPoint14 日常生活のあらゆる場面が訓練として活用できるため、例えば、本人から質問や相談があった場合も、そのやり方についてその都度フィードバックしていきます。繰り返しやり取りする中で、習慣化されて定着することにもつながるため、その都度指摘すること(リアルフィードバック)が重要です。 また、就労移行支援の利用が始まった後に、職業紹介のチャンスを逃さないためにもハローワークへの登録をし、さらにジョブコーチ支援が必要となる場合も多くあるため、地域障害者職業センターとの連携も検討したpoint15。 ココがPoint15 自分の施設だけで何とかしようとすると、支援上思わぬところに抜け落ちがあったりします。そのため、周囲の社会資源を活用できるよう、ハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター等との連携体制の構築を常に意識しながら、必要に応じて連携を図ることが重要です。また円滑な連携のためには、できるだけ早い段階で関係機関と接触し、支援方針を共有することが望まれます。 4.帰すう Aさんは再プランニングした個別支援計画に基づき訓練を実施し、3か月ほど経過したところで改めてモニタリングを行った。併せて、より職業面での専門的なアセスメントを受けるため、地域障害者職業センターの職業評価を依頼した。その結果においても、ピッキング作業等の現業系の職務を得意としているとのフィードバックがあったため、職種の選定については、現業系の仕事も意識した相談を本人と継続して行った。 その後も面談と訓練を繰り返し、指示を受けた際にはきちんとメモを取り、そのメモを就労支援員に確認してもらうことを確実に身に付けながら、実務的な仕事を目指す訓練を継続して行った。その結果、Aさんの意識に変化がみられるようになり、一つの作業を座って継続して行うよりも、ある程度身体を動かす仕事の方が続けられるということを、訓練を通じて自覚するようになった。 現在はハローワークへ定期訪問しながら、実家が農業を生業としていたこともあり、農場等での仕事を探しているところである。