就業支援ハンドブック実践編アセスメントとプランニング 障害者の就業支援に取り組む方のために 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 はじめに 就業支援ハンドブックは、これから就業支援に携わる方々への入門書として、平成21年3月の発行以降、より読みやすい構成内容とした新版を発行する等の改編を毎年度行い、労働、福祉、教育、医療等様々な分野において、就業支援に携わる方々にご活用いただいているところである。 この間、福祉分野においては、平成24年6月に、障害者の範囲の見直しによる難病等の追加、障害福祉サービス基盤の計画的整備を主な内容とする「障害者総合支援法」が、平成25年6月に、障害者の差別禁止を行政機関に義務づけ、民間事業者に努力義務を課した「障害者差別解消法」が成立するとともに、平成28年5月には、就労定着支援の創設を含む「改正障害者総合支援法」が成立した。 また、雇用分野においては、平成25年6月に、1雇用の分野における障害者に対する差別の禁止及び障害者が働くに当たっての支障を改善するための措置(合理的配慮)の提供義務(平成28年4月施行)、2精神障害者を法定雇用率の算定基礎への追加(平成30年4月施行)を主な内容とする「改正障害者雇用促進法」が成立した。 これらの施策を背景に、精神障害者等の個別性の高い支援を必要とする求職者や労働者が増加するとともに、支援機関の裾野も拡大している状況を踏まえ、既刊の就業支援ハンドブックに加え、多様な障害特性に対応したより実践的な支援ノウハウを提供することが必要と考えたところである。 このため、障害者職業総合センターに設置した作成委員会での議論及びこれまで就業支援ハンドブックをお読みいただいた読者の方々へのアンケート調査等を踏まえ、利用者のニーズや特性に応じた支援を行うために必要とされるノウハウである「アセスメントとプランニング」をテーマとした「就業支援ハンドブック実践編」を作成した。 本ハンドブック実践編においては、知的障害者、精神障害者、発達障害者、高次脳機能障害者の障害特性と職業的課題及びその対応方法について、全国で支援実績の豊富な就業支援機関の協力を得、各支援事例を取り上げるなかで、これらの支援ノウハウを随所に掲載することを目指したところである。 日々のアセスメントやプランニングにおいてお困りの際のヒントとして、また各就業支援機関に所属する皆様の研修等において、就業支援ハンドブックと併せてご活用いただければ幸いである。 最後に、執筆やヒアリング等に御対応いただいた各就業支援機関の担当者の皆様には、日々の就業支援業務で大変ご多忙な中、多大なるご尽力をいただいた。ここに厚く御礼申し上げる次第である。 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 目次 第1章アセスメントとプランニングの概要 1本書で解説するアセスメントの概要 2本書で解説するプランニング(支援計画の策定)の概要 3アセスメントとプランニングの現況等 第2章事例から学ぶ障害別のアセスメントとプランニング 発達障害 事例1ワークサンプル幕張版(MWS)等を活用したアセスメントとプランニング 概要 地域障害者職業センターにおいて、ワークサンプル幕張版等を活用したアセスメントを行い、職業上の課題への対処方法の習得等に向けたプランニングを行った。 発達障害の特性を踏まえたアセスメント結果等の解説でのポイント等を紹介する。 (参考事例)グループワーク、模擬的就労場面の活用等によるアセスメントとプランニング 概要 地域障害者職業センターにおいて、模擬的就労場面を活用した行動観察等によるアセスメントを行い、職業上の課題を踏まえた就職活動の方向性に関するプランニングを行った。 重度知的障害 事例2施設内作業、職場実習等におけるアセスメントとプランニング 概要 就労移行支援事業所において、対象者(特別支援学校高等部3年生)に対し、施設内作業の場面を利用したアセスメントを行い、就業意識の向上等に向けたプランニングを行った。 就業意識の向上に向けた個別目標を設定する際のポイント等を紹介する。 精神障害 事例3体験利用プログラム、医療機関からの情報収集等によるアセスメントとプランニング 概要 就労移行支援事業所において、各種検査の活用等によるアセスメントを行い、職業上の課題に関する自己理解の促進等に向けたプランニングを行った。 医療機関から情報収集を行う際のポイント等を紹介する。 高次脳機能障害 事例4各種検査、体験利用プログラム等によるアセスメントとプランニング 概要 就労移行支援事業所において、各種検査の活用等によるアセスメントを行い、職業上の課題に関する自己理解の促進等に向けたプランニングを行った。 高次脳機能障害の特性を踏まえた自己理解を促すための支援のポイント等を紹介する。 軽度知的障害 事例5就業支援ネットワークを活用した情報収集によるアセスメントとプランニング 概要 障害者就業・生活支援センターを利用する対象者に対し、就労移行支援事業所と地域障害者職業センターにおいてもアセスメントを行い、それぞれの機関におけるアセスメント結果を活用してプランニングを行った。 ネットワークで支援を行う際の情報共有や役割分担のポイント等を紹介する。 (参考事例)自治体のネットワークにおける事業所情報を活用した職場実習による アセスメントとプランニング 概要 ネットワークの構成機関(障害者就業・生活支援センター、特別支援学校、ハローワーク等)が有する事業所情報によりマッチングした職場実習を行い、ケース会議を通じて、就職に向けたアセスメントとプランニングを行った。 第1章アセスメントとプランニングの概要 1.本書で解説するアセスメントの概要 本書においては、障害者の就業支援において何をアセスメントするか(アセスメントの具体的対象)、またそれをどうやってアセスメントするか(アセスメントの具体的手法)、さらには、なぜその対象をその手法でアセスメントするのか(アセスメントの具体的目的)について、各支援事例を通じてわかりやすく解説している。 ここでは、アセスメントの具体的対象、具体的手法、具体的目的について概要を説明する。 アセスメントの具体的対象 障害者に対するアセスメントの対象は大きく「利用者の希望」と「利用者の特性」の2点である。希望については、いつ働きたいか、どのように働きたいか、どのような支援を受けたいか等であるが、特性については、下記4点の側面で体系的に把握、分析することが大切である。 1身体的側面 身体的側面は、主に医学的及び生理的要素に関するものである。(例としては、身長、体重、視力・聴力等、身体的機能の障害状況等) 2精神的側面 精神的側面は、主に知能、性格等に関するものである。(例としては、心理・性格面・行動特性等の特徴、言語能力、数的処理や論理的思考、空間把握等の知的能力、注意の集中・配分、遂行機能を含む認知機能に係る障害状況等) 3社会的側面 社会的側面は、主に社会生活を営むうえで必要と考えられる基本的事項に関するものである。(食事・衣服・入浴等の日常生活能力、公共交通機関の利用等の社会生活能力に係る障害状況等) 4職業的側面 職業的側面は、主に職務遂行能力に関するものであり、職業適性検査、各種器具検査、職業興味検査等によって把握する。(労働意欲、適性、作業能力・技能、職業興味等) 1から4の側面を個別に捉えず、例えば、精神的側面で「数的処理が苦手」とされた場合、社会的側面の「金銭管理」や職業的側面の「正確な作業遂行」にどう影響するか等、繋がりのある側面として把握・分析し、体系的に障害者の特性をイメージすることが重要である。 図1障害者の特性を捉えるための4側面 さらに、アセスメントの具体的対象としては、上記の他に地域の労働市場等、就職する事業所環境、社会資源等、就職を支援する体制を踏まえ、アセスメントすることも重要である。 また、1から4の側面にて障害者の特性を体系的に把握する際や、特性が職業生活にどう影響するかを検討する際に役立つツールとして、安定した職業生活を営むために大切な事項のイメージ図(図2)を紹介する。さらに、これを利用者と共有することによって、安定した職業生活を営む上で対象者が現在どのような状態像にあるのかについて、利用者自身の理解を促進することにも役立つ。 図2安定した職業生活を営むために大切な事項のイメージ ピラミッドの土台、健康管理(食事栄養管理、体調管理、服薬管理) ピラミッドの土台の上、日常生活管理(基本的な生活リズム、金銭管理、余暇の過ごし方、移動能力) その上、対人技能(感情のコントロール、注意されたときの謝罪、苦手な人への挨拶) その上、基本的労働習慣(挨拶・返事、報告・連絡・相談、身だしなみ、規則の順守、一定時間仕事に耐える体力) ピラミッドの1番上、職業適性(職務への適性、職務遂行に必要な知識・技能) アセスメントの具体的手法 利用者の特性を把握するための具体的手法は下記のとおり分類できる。 1面接・調査(利用者や支援者との面接やチェックシート等により把握した情報に基づき、アセスメントを行う) 既に労働、福祉、医療、教育等の関係機関が支援を行っている場合は早期に関係機関からの情報収集を行うことによって、利用者に対し、1から4の手法をどの程度、どのように実施することが効果的かつ負担が少ないかを検討することが必要である。例えば、「既に医療機関で心理検査を行っている方で、その検査結果の提供が受けられる場合はその結果の活用を図り同様のものを実施しない」、「通所施設を利用している方の場合は、施設で把握している課題を踏まえて、詳細な聞き取りや新たな作業場面の設定等を行う」等である。 2検査(職業適性検査、職業興味検査、各種心理検査、ワークサンプル等の検査(テスト)により、アセスメントを行う) 3場面設定(特定の場面を設定しアセスメントを行う) 例えば、「面接・調査において質問が苦手という情報があれば、質問のロールプレイを行う」、「集中力が続かないという情報があれば、一定時間の作業課題を実施する」等である。 4職場実習(1から3で把握された情報を踏まえ、実際の職場で作業を行うことを通してアセスメントを行う) 5行動観察(1から4の手法を行いながら、客観的視点で利用者の行動や発言を注意深く観察し、ありのままに記録する) 例えば、作業場面を設定した場合に、単に作業量等の結果を把握するのではなく、作業ぶり(指示通りに取り組めるか、課題に集中できているか等)を行動観察することによって、「なぜそのような結果になったのか」を把握することが重要である。面接場面においても、聞き取った内容だけでなく、話し方や表情、態度などを観察することによって、利用者の精神的側面などを洞察する。 支援者は、自身が所属する施設に1から5のどの機能があるのかを客観的に捉え、施設の機能やアセスメントスキルについて強みと課題を認識することが、利用者に対する適切なアセスメントの実施や関係機関とのスムーズな連携体制の形成に重要である。 図3アセスメントの手法 アセスメントの具体的目的 利用者の安定した職業生活の実現を支援するためには、支援者が、利用者の特性を課題点のみならず強みとしても捉え、課題改善に向けて何を取り組むか、どのような職場環境であれば力を発揮できるか、どのような支援が効果的か等多面的に分析をする必要がある。したがって、アセスメントは機械的、定型的に行われるのではなく、利用者の何を把握するためにその手法を用いるのか、それを把握することは利用者や支援者に何の意味があるのか等を念頭に置きながら、目的意識をもって進めていかなければならない。 例1面接における質問 前職において辛かったことを聞く 不適応要因となりうる場面や環境を把握し、職業選択に活かす ストレス場面における利用者の状況やその際の対処行動を把握し、利用者のストレス対処スキルの向上に向けた支援の必要性や方法を検討する 例2作業場面における指示 簡易な言語への対応状況を把握する 見本やマニュアル等がない場面での作業手順の理解度を把握したり、就職後に職場で必要とされる配慮や支援ツールの活用等を検討する 分からない場合や戸惑った場合の対処行動を把握し、利用者の対人技能スキルの向上に向けた支援の必要性や方法を検討する ここまでのアセスメントの概要を踏まえ、プランニングとの関連性は以下の図のとおりである。 図4アセスメントとプランニングのイメージ 2.本書で解説するプランニング(支援計画の策定)の概要 本書においては、どのようにプランニングを進めていくか(プランニングのステップ)、どんな内容をプランニングに盛り込むか(プランニングの内容)について、各事例を通じて分かりやすく解説をしている。 ここでは、プランニングのステップ、プランニングの内容について概要を説明する。 プランニングのステップ プランニングは大きく以下のステップを通じて行われる必要がある。 1情報の整理 アセスメントで把握・分析した情報を整理し、それらを基礎として導き出される結論、利用者が安定した職業生活を実現するための課題、今後の支援計画をまとめる。 2ケース会議等での検討 アセスメントを担当した支援者は独自の判断のみでプランニングを行わず、必要に応じてケース会議等において検討を行うとともに、文書にてとりまとめ組織決定を行う。 3利用者に対する説明と同意 支援計画は、原則として利用者に書面で提示し、内容を分かりやすく説明した上で同意を得る。障害等のために利用者単独では理解が困難な場合は家族等の同席を求め、本人および家族等の同意を得る。 適切に同意を得るためには、インテークやアセスメントの段階から利用者と丁寧に双方的なコミュニケーションを取ることが重要である。例えば、利用者が「何のためにアセスメントで組立作業を行ったのか」の理解が十分できていなければ、組立作業の結果を踏まえて今後の方針を説明しても、十分な納得を得られない。利用者が理解しやすい説明ができているかについて、常に注視する必要がある。 4関係機関への連絡 策定された支援計画は、利用者の同意を得た上で関係機関と共有し、関係機関も同じ方向を向いて支援を進める必要がある。 図5プランニングのステップ 情報の整理 ケース会議等での検討 利用者に対する説明と同意 関係機関への連絡 プランニングの内容 支援計画の内容は、アセスメントの結果、支援機関の役割、提供するサービスの内容等により様々であるが、主に以下の項目が必要である。 1現状と支援の方向性 利用者が安定した職業生活を営むために、最も効果的な支援や進むべき方向性等を明示する。 安定した職業生活を営むことが目標であるが、その中で個々の障害者が持つ現状の希望やニーズを踏まえ、当面の方向性を具体的に示すことが肝要である。 2具体的目標 1を進める上で、利用者と支援者の共通目標とその到達レベルを明確にする。 3支援内容 利用者が2を達成するために、支援者が行う支援内容及び支援方法を明確にする。 4支援体制 関係機関に求める協力内容と役割分担を明確にする。 3.アセスメントとプランニングの現況等 アセスメント等の定義や就業支援機関における実施状況は次のとおりである。 就業支援に係るアセスメントについての厳密な定義はない。 vocational assessmentを職業アセスメントと訳し、evaluationを職業評価とあてる場合もある。西川は職業評価に基づいて、職業リハビリテーション計画作成とそのための実行と効果について評価することを「職業リハビリテーション評価」とよんでいるが、より包括的な作業として、職業アセスメントの意味する範囲と重なると考えられる(日本職業リハビリテーション学会.職リハ用語研究検討委員会編集:職業リハビリテーション用語集第2版.2002より)。 地域障害者職業センターでは、アセスメントを職業評価として実施しており、障害者が職業生活における自立を最も効果的に果たすことが出来るよう、各種の方法を通じて障害者の職業能力・適性に関する現状と将来性についての知見と見通しを得て、適切な職業リハビリテーション計画(プランニング)を策定することを目的として、実施している。 地域の就業支援機関におけるアセスメントの状況については、例えば就労移行支援事業所や障害者就業・生活支援センターにおいて、当機構が開発したトータルパッケージを利用したアセスメントを実施している施設も見られるが、多くの就労移行支援事業所では既存の作業を通じて、上記のアセスメントを入所に際して行い、プランニングに基づき入所契約を結んでいる。その後の2年間の利用期間の中で、アセスメントとプランニングを繰り返し行い、より詳細に利用者像を把握している。また、アセスメントを行うためのツールとして、当機構が開発した「就労移行支援のためのチェックリスト」を活用している施設もあれば、独自に様式等を作成している施設もある。障害者就業・生活支援センターについては、法人内に就労移行支援事業所がある等、作業場面を確保できる施設もあれば、相談室のみの施設も多いなどアセスメントの実施状況は様々であり、関連してプランニングのタイミングや提示方法も一様ではない。このように、アセスメントやプランニングを行うための環境条件は施設ごとに様々である。それゆえに支援者は、アセスメントとプランニングの概要を理解した上で、支援者自身や自機関の取組状況をモニタリングすることが望まれる。 第2章事例から学ぶ障害別のアセスメントとプランニング 事例1 ワークサンプル幕張版(MWS)等を活用したアセスメントとプランニング 実施機関 地域障害者職業センター 対象者の障害 発達障害 本事例の概要 地域障害者職業センターが行う発達障害者に対する職業評価を通じて、インテーク・アセスメント・プランニングのそれぞれの過程における留意点を紹介します。 ここでは特に、それぞれの過程における本人に対しての配慮事項、本人との共通認識を形成するためのコミュニケーション方法等について、発達障害の特性を踏まえながら具体的に紹介します。 参考となるキーワード アセスメントを行うに当たっての目的や意図の明確化 障害に起因する認知特性を踏まえた本人とのコミュニケーション方法 プランニングに向けた合意形成を図るステップ アセスメントとプランニングを通じての自己理解の促進 本事例のキーパーソン 支援対象者Aさん(発達障害のある女性、20代) 主たる支援者地域障害者職業センター(障害者職業カウンセラー) 支援経過 1.インテークの状況 (1)地域障害者職業センターへの来所経緯 Aさんが地域障害者職業センター(以下、職業センターという。)に来所されたpoint1。事前の連絡はなく、ホームページで職業センターの存在を知り、仕事に関する相談をしたいとのことであった。 ココがPoint1 職業センターや他の就業支援機関でも、事前予約を基本としているところが少なくありませんが、発達障害のある方は、その障害特性から相手の気持ちの汲み取りや段取りの組み方等に特徴があるため、予約なく突然来所されることもあります。支援者はそういった状況も鑑み、普段から全職員が自機関について共通の説明ができるようにパンフレット等を整備し、インテークの実施方法を職員間で打ち合わせ、共通対応が行えるように準備しておくことが重要です。 (2)インテークの実施 Aさんの概要 大学卒業後、Aさんは正社員やアルバイトで数社勤務したがいずれも長続きしなかった。27歳の時に広汎性発達障害と診断され、精神障害者保健福祉手帳3級を取得していた。 1主訴の聴取 障害者職業カウンセラー(以下、カウンセラーという。)は、現段階のAさんの主訴を明確にすることをねらいとして相談に応じた。 なお相談に当たっては、職業センターが予約制であること、本日は突然の来所のためスケジュール上相談時間が30分程度になることをあらかじめ説明したpoint2。 ココがPoint2 相談受付は、今後の支援で必須となるラポールの形成を左右する第一過程となります。ゆったりした雰囲気を保ちつつ傾聴するなど、来所経緯や主訴が話しやすいような雰囲気作りに配慮することが大切になります。 本事例のように、突然の来所の場合は支援者に十分な時間がない等の問題があります。対応可能な時間、継続相談を希望する場合の今後の予定(見込み)を伝え、当日の対応に限界があることを事前に本人に提示することで、支援者も慌てずに普段通りの対応が行えます。 相談では、現段階のAさんの主訴を明確に把握するため、1来所の経緯、2職業に関 して現在感じている不安や実際に困っていること、3職業センターが行う支援への期待等を聞き取った。 1来所の経緯については、1年ほど前に広汎性発達障害の診断を受け、精神障害者保健福祉手帳を取得したこと、就職に不安があり相談できるところをインターネットで検索をしたところ職業センターを知ったこと等について、断片的に話された。 なお、この時点で職業センターのサービス概要と個人情報に関する取扱等について説明を行い、同意を得た。また職業センターを今後利用しない場合は、個人情報を記録に残さない旨を説明した。 2職業に関して現在感じている不安や実際に困っていることについては、今まで数社で働いたが仕事が長続きしないこと、1年前に広汎性発達障害の診断を受けスッキリしたが、今後の就職にどう影響するか不安があること、自分に向いている仕事が分からないこと、自信が持てず就職活動への一歩が踏み出せないこと等を話されていたpoint3。 これらの発言からカウンセラーは、広汎性発達障害の診断を受けたことで離転職の要因が少し明確になったことはよいが、障害特性を踏まえた具体的な今後の働き方や求職活動の仕方が分からずに困っているとAさんの状況を捉えた。 3職業センターが行う支援への期待等については、特に上記Aについての相談・支援が受けられることを期待されており、障害特性を踏まえた働き方や就職活動の方向性に関するアドバイスが欲しいこと等でよいかAさんに確認し、了承を得た。 ココがPoint3 主訴の聞き取りは、この段階では断片的にならざるを得ません。主訴を安易に支援者がまとめるのではなく、まず本人が話す事実そのものを把握することが重要であり、その上で支援者の受け取った内容が本人の思いと相違ないかを確認します。つまり、主訴を聴取する段階からプランニングに向けた合意形成がスタートしていると言えます。 2障害受容について 診断が確定した際の気持ちについては、「診断前は、学校や職場で上手くいかないことで自分を責めたり疑っていたが、その理由が分かりスッキリした。」と自然にためらいなく話されていた。このことから、カウンセラーはAさんが広汎性発達障害の診断を前向きに受け止めており、今後の就職に向けた支援が可能な状態にあると推測した。 3インテーク後の支援の方向性について カウンセラーは、主訴の把握と併せてパンフレットを活用しながら職業センターのサービス内容とその流れを一つひとつ説明し、不明点等については補足説明を行った。 今後の具体的なAさんの支援については、職業評価を通じて障害特性が及ぼす職業的課題、適性のある職業領域や職務内容等を具体的に整理した上で、Aさんに合った働き方や就職活動の方向性を検討していくことを提案した。Aさんも「職業評価や個別相談を受けたい。」と話されたためpoint4、次回の来所予約を受け付けるよう所内で調整し、具体的な日程については追って連絡することを伝えたpoint5。Aさんは終始穏やかな表情ではあったが、「実は相談を断られるかもしれないと不安だった。継続相談ができることになってホッとした。」と話されたpoint6。 ココがPoint4 支援者の提案が一方的にならないよう適宜本人の感想を聞くなど、どのように受け止めているかを確認することが大切です。表情等をさりげなく観察することもポイントです。 ココがPoint5 支援開始に当たっては、職員間で情報共有し、他の職員の意見を得た上で決定することが望まれます。例えば、本人の特徴やニーズに応じて担当者を決定したり、場合によっては他の関係機関の利用を検討する等、より良い方策が検討できることもあります。 ココがPoint6 発達障害のある方の場合は、その特性から自分の思いが相手に正確に伝わらなかったり、逆に相手の思いを正確に受け止められなかったりするなど、コミュニケーション上の負の経験を持つ方が多くいます。そのため、受付の段階から支援者の態度に過敏に反応をしてしまう方が多くいます。 例えば、サービス内容のポイントのみを説明したことから支援者に拒否されたと感じる方や、支援者に素直に相談したいと思っていても批判的な言葉を投げかける方等、表現の仕方は様々です。そのため表面的な態度や言葉だけでなく、本人の気持ちを汲み取ることが大切です。 職業センターを継続利用することになったため、相談の終わりに「職業相談票(図1)」に必要事項を記入してもらった。併せて、Aさんに「職歴や日常生活での困り感を記載する振り返りシート(図2)」の記載内容について、精神面を含めて負担がないかを確認したところ、一人でも負担なく記入できそうとのことであったため、次回の相談日までに記入の上で持参するよう依頼し、本日の相談を終了したpoint7。 ココがPoint7 同シート等の調査票を活用し、相談前に必要な情報を収集することでアセスメントを幅広く効率的に行うことができます。しかしながら、障害特性に触れる内容の場合は、本人の精神的負担(例えばフラッシュバック等)に繋がる可能性もあります。このため、本人の特徴や気持ちを踏まえた上での実施が望まれます。 インテーク時に把握した「職業相談票」の項目の記載内容は下記のとおり。 名前Aさん 年齢28歳(生年月日) 連絡先、住所、最寄駅 ハローワーク登録状況 一般窓口の登録はあるが、専門援助部門の登録はない。 障害者手帳の有無 精神障害者保健福祉手帳3級 通院等に係る情報 広汎性発達障害の診断あり。定期通院・服薬はない。 家族構成 父、母、妹(現在一人暮らしであり、両親は県外に在住している。) 学歴中学、高校(普通学校)を卒業後、その後丸大学丸学部を卒業。 デイケア作業所等利用歴は特になし。 職歴 初めて就職した年をX年と表記。 平成X年8月から平成X足す1年6月飲食店 平成X足す3年5月から平成X足す4年9月飲食店 平成X足す4年10月から平成X足す5年8月ビジネスホテル 平成X足す6年6月から平成X足す8年3月営業所事務 図1職業相談票 図2職歴や日常生活での困り感を記載する振り返りシート 2.アセスメントの実施状況 職業センターでのアセスメントについて 職業センターにおけるアセスメントは、第1章アセスメントとプランニングの概要のとおり職業評価と呼ばれ、障害者が職業生活における自立を最も効果的に果たすことができるよう、各種手法を通じて、障害者の職業能力・適性に関する知見と見通しを得て、適切な職業リハビリテーション計画(プランニング)を策定することを目的としています。 職業センターが実施しているアセスメントの各種手法は、1面接・調査、2検査(心理 的・生理的検査)、3ワークサンプル法、4施設内の模擬的就労場面の活用、5職務試行法(事業所での作業遂行により、障害者の職業的諸特性を評価する手法)の5種類に大別できます。なお本事例では、1面接・調査、2検査(心理的・生理的検査)、3ワークサンプル法による職業評価を主に実施しています(なお参考事例では、4施設内の模擬的就労場面の活用を通じたアセスメント例を紹介します)。 本事例でのアセスメントは、合計3日間に分けて実施していますが、障害者個々の状況や各職業センターの実施体制等により実施日数等は異なります。また本事例においては発達障害の特性に考慮し、一つひとつの検査について実施する意味とその結果に係る説明を行うなど、本人とのコミュニケーションに配慮しています。 (1)面接・調査(アセスメント第1日目) 1日目は、「面接・調査」による本人との聞き取りを主に実施。 1アセスメント(職業評価)の目的等の説明 イ.アセスメントの目的と手順について アセスメントの目的等の説明に当たっては、口頭説明に加え、図3により視覚情報も交えた説明を行い、正確に理解できるよう配慮した。 具体的には、最初に働き方に関する希望を明確に把握し、次に現状の働く力をアセスメントにより把握(希望と現状の把握)すること、その上で就職に向けたプランニング(職業リハビリテーション計画)を立案するという流れになることを説明した。Aさんからは、「一連の流れがよく理解できた。」という感想をこの時点で得ることができた。 ロ.アセスメントのスケジュールについて Aさんのアセスメントの実施回数・期間については、1週間ごとに1回ずつ計3から4回程度実施し、その上でアセスメント結果(職業リハビリテーション計画)を提示するスケジュールであることを伝えた。 図3職業評価のイメージ 2面接・調査の具体的内容 イ.本人が抱く働く力に関するイメージについて Aさんに対し、「働く力とはなんだと思いますか」という問いかけを行ったところ、ミスなく仕事ができることや素早く仕事ができることなど、職務遂行に限定した働く力について話された。 そのためカウンセラーは、働く力のイメージ(図4)を提示し、Aさんの話は一番上の仕事の力に当てはまるもので、これからのアセスメントを通じて、健康管理の力、日常生活の力、労働習慣の力も含めた「働く力」を把握していくことを伝えた。 するとAさんは、「コミュニケーションスキルやストレスケアは確かに大切であるため、働く力について具体的に把握したい。」とスムーズに回答するなど、本イメージ図の提示は、Aさんにとっての分かりやすさに繋がったと判断した。そのためアセスメント結果を説明する際には、Aさんの理解をスムーズにするツールとして活用していくこととした。 ロ.就職に向けた希望や考え方について Aさんに対して下記の就職希望に関する聞き取りを行い、回答を得たpoint8。 1勤務時間 1日6時間以上の勤務がしたい。 2給与 手取りで最低月15万円程度は欲しい。 3通勤時間 1時間程度で通勤できるところがよい。 4希望の仕事・適性のある仕事 希望の仕事、向いている仕事は何かよく分からない。 5働く理由 親の仕送りで一人暮らしをしているため、経済的にも自立したい。 6働く時期 すぐに就職したいが、必要があれば訓練の受講も検討したい。 図4働く力のイメージ 安定して働くための力のイメージ ピラミッドの土台は心身の健康管理の力 例)定期通院・服薬、病状認識、身体機能、疲労・ストレスのケア、体調管理、精神耐性 ピラミッドの土台の上は日常生活の力 例)起床就寝、食事栄養、清潔整容、余暇息抜き、金銭管理、移動、交友関係 その上は労働習慣の力 例)ビジネスマナー、言葉遣い、報・連・相、指示応答、意思表示、コミュニケーション、感情統制、環境適応、時間厳守、基礎体力、身だしなみ、安全管理、自発性、真面目さ ピラミッドの1番上は仕事の力 例)意欲、自信、作業速度、集中力、作業理解、持続力、正確性、創意工夫 ココがPoint8 アセスメントというと障害特性や職業的課題に相談の焦点が当たりがちですが、ラポールが形成されていない段階で詳細に把握しようとすると、本人もそれがストレスとなり話しづらくなることがあります。また個々に悩みの質や深さが異なるため、ラポール形成の段階では十二分に配慮する必要があります。 そのため、初期段階では、就職に向けた希望や考え方を丁寧に確認することがポイントであり、その後の面接・調査を円滑に進めることにも繋がります。また、職業に関する希望を最初に把握することは、その希望が現実離れしていないかを把握するとともに、本人の希望に即したアセスメントを行うために、どのようなツールで実施するかをこの時点から検討することにも繋がります。 上記質問4希望の仕事・適性のある仕事の際は、Aさんは自分に向いている仕事のイ メージが持てずに考え込んでいた。そのため、地域の労働市場に比較的多くあり、かつ職業センターの利用者が実際に就職した職種を具体例として記載した図5を提示し、その中から興味のある仕事や遂行できそうな仕事を選んでもらった。 図5仕事の例 オープンで就職した方の仕事の例 事務(補助) 場所 オフィス、福祉施設、倉庫 作業 PCデータ入力、書類の整理、郵便物の仕分け・集配、シュレッダー、名刺作成・整理、電話対応、スキャニング、ラベル貼り 環境整備(清掃・営繕) 場所 福祉・医療施設、オフィス、工場・倉庫、公共施設、小売店店舗 作業 清掃(廊下、階段、外回り、事務所、トイレ、応接室、食堂など)、備品管理、洗車、ゴミ出し、ゴミ分別、電球取り換え 小売店での品出し・バックヤード 場所 スーパー、衣料、家電、百円ショップ、スポーツ用品、本屋 作業 袋出し、補充、前出し、在庫チェック、カート整理、袋詰め スーパーバックヤード部門 場所 青果、生肉、鮮魚 作業 袋詰め、カット、洗浄、シール貼り、ラッピング、品出し・陳列 物流倉庫 場所 食品関係、飲料関係、雑貨関係、衣料関係 作業 ピッキング、荷降ろし、積み荷、梱包、段ボール整理、コンテナ洗浄 調理・飲食関係 場所 レストラン、社内食堂、公共施設、福祉施設 作業 調理、調理補助、食器洗浄、フロア補助 その他 福祉施設等での洗濯作業、工場内組立作業、食品製造工場でのライン作業、各種サービス業種でのバックヤード・補助作業、クリーニング、リサイクル工場(分別・破砕)、園芸など その結果、Aさんは希望の職務内容までは挙げられなかったが、興味のある職務内容や向いていると感じている職務内容として、過去の職務経験を踏まえて下記を挙げていた。 興味のある職務内容 接客自体は興味がある仕事である。しかしながら、交渉や咄嗟のやりとりには不安を感じている。 向いていると感じている職務内容 実際の作業内容がイメージしやすい定型的な業務は向いていると感じている。(事務職であれば、文書整理、書類チェック、パソコンを用いた定型的なデータ入力) 以上の回答については、労働市場やこれまでの勤務経験に照らして大きく隔たっている内容ではなかったため、Aさんの現実検討は確かなものであると判断した。ただ、興味のある仕事は何かを聞き取った際に、接客については悩みながら回答したことから、対人コミュニケーションについての自己肯定感が低く、不安を抱えている様子が窺えた。 ハ.障害の開示・非開示について 障害の開示・非開示については、「上司や同僚に自分の障害を理解してもらえると安心できる。」と話す一方で、「障害を開示すると採用されないのではないか、仮に採用されても受け入れられるか心配。」等の不安も話された。 カウンセラーからは、仕事の例(図5)の資料は、全て障害を開示して就職している方の情報であることを伝えるとともに、障害の開示・非開示については、今後の職業生活を左右する重要な問題であることから、自分のペースで焦らずじっくり決めればよいことを伝えたpoint9。 Aさんは、障害を開示しても就職した例があることを聞き、「開示することに気持ちが少し傾いた。」と話された。 ココがPoint9 障害の開示・非開示は、職歴のある方はもちろん、就業経験のない方も特に悩まれるポイントになります。一般求人で就業可能な職業能力を備えた方であっても、応募する事業所の職務や人的環境は様々であるため、採用後に不適応に陥る可能性もあります。そのため長期的な職場定着を考えると、開示を検討することが現実的な選択となるケースが多いのですが、支援者は開示・非開示のメリット・デメリットを分かりやすく伝えつつ、本人の自己決定を支援する姿勢が求められます。 ニ.就業にあたっての不安事項等について 働く際の不安事項等を聞き取ったところ、「作業についていけるか。」「対人関係が上手くできるか。」との回答があった。逆に「何か自信が持てることはありますか。」と尋ねたところ、「全般的に自信がない。」と回答に詰まった様子で話された。 何に自信が持てないのか曖昧な様子であったため、自分の特徴についてセールスポイントも含めて客観的に振り返ることができるよう、働く力のイメージ(図4)を用いながら相談を進めた。 結果は、次ページの図6のとおり。 Aさんは、ピラミッドのトップにある「仕事の力」に関してはほとんど自信がないと話されていた。しかしながら、「労働習慣の力」「日常生活の力」「心身の健康管理の力」の中にセールスポイントもいくつか含まれる結果となるなど、「もっと×印が多くなると思ったのに意外だった。」とAさんは話された。またカウンセラーからは、その他にもビジネスマナーや身だしなみ等がセールスポイントになると印象を伝えた。 今後は「仕事の力」も含め、Aさんの自己評価とカウンセラーによるアセスメント結果を比較検討しながら進めていくことを伝え、Aさんは了承した。 図6Aさんの自己評価 安定して働くための力のイメージ 丸印は自信がある、特に課題があると思わない。バツ印は苦手、課題があると思う。 ピラミッドの土台の心身の健康管理の力(例)定期通院・服薬、病状認識、丸印身体機能、バツ印疲労・ストレスのケア、体調管理、精神耐性 ピラミッドの土台の上の日常生活の力(例)起床就寝、食事栄養、丸印清潔整容、余暇息抜き、金銭管理、丸印移動、交友関係 その上の労働習慣の力(例)ビジネスマナー、丸印言葉遣い、報・連・相、指示応答、バツ印意思表示、バツ印コミュニケーション、バツ印感情統制、バツ印環境適応、丸印時間厳守、丸印基礎体力、身だしなみ、安全管理、自発性、真面目さ ピラミッドの1番上の仕事の力(例)意欲、バツ印自信、バツ印作業速度、集中力、バツ印作業理解、持続力、バツ印正確性、バツ印創意工夫 ホ.障害の特徴や診断の状況について 次に、Aさんが持参した医療情報に係る書類(手帳申請時の書類の写し)と、「職歴や日常生活での困り感を記載する振り返りシート(図2)」を基に、聞き取りを実施した。 診断の経緯・結果 Aさんは27歳の時、発達障害の可能性を疑い現クリニックを受診し、広汎性発達障害の診断を受けた。その後、主治医の勧めで精神障害者保健福祉手帳3級を取得。現在は通院・服薬の必要はなく、主治医から障害の特徴についてアドバイスを受けたい時のみ受診しているpoint10。 ココがPoint10 発達障害のある方の中には、うつ病等の二次障害がないことから定期通院の必要がない方も多数います。その場合は、主治医とのコンタクトや情報収集が容易でない時もありますが、必要があれば本人の了解を得た上で、主治医やコメディカル等から可能な範囲で医療面に係る情報収集を行うことが適当です。 広汎性発達障害と診断されたことについて、Aさん自身は納得している。これまでのつらい生活歴の原因が分かってスッキリし、むしろ自分の特徴をもっとよく知りたいと考えている。なお、診断結果は両親にも伝えており、母親は受容的である。父親からは特段何も言われていないが、抵抗感はない様子である。障害の開示・非開示の判断については、両親はAさんの意思を尊重するだろうと考えている。 また、診断の際にクリニックでWAIS−Vを実施したが、Aさんは詳細な記録を所持しておらず、「言語理解(一般常識等の社会的な知識やその学習能力)は標準域にあるが、知覚統合(図や地図等の空間把握能力)、作動記憶(ワーキングメモリーと呼ばれている力)の2つが標準に比べてやや低位」との内容のメモのみ所持していた。以上からカウンセラーは、言葉理解には特に問題がないが、地図等による視覚的な情報把握や段取りの組み立て等が苦手なこと、何事も実際に行動に移る際には時間がかかることを予想した。そのため、作業に取り組む際は事前に段取りの組み立ての大枠を提示することや、瞬時の判断が求められる作業よりも繰り返し行う作業の方が安心して取り組めるであろうことを想定した。 職歴や日常生活での困り感を記載する振り返りシートの状況 上記シートの内容を確認し、作業面、対人面、思考・行動面についての特徴を共有した。多くの項目に丸印を付けていたため、Aさんに確認を行い顕著に感じるものについては二重丸印を付けた。結果は以下のとおりであるが、例えば感情のコントロールが難しい等、カウンセラーが面接時に把握した状況と異なる回答については、実際のエピソード等を交えて詳細を聞き取った。 また、今後必要があればカウンセラーが主治医と情報交換を行うことについて了承を得るとともに、次回の通院時には、カウンセラーの名刺を主治医に渡してもらうこととした。 Aさんが捉えている自分の特徴 作業面 指示書は文字だけでは分かりにくいため、写真や図などの視覚情報があった方が最も分かりやすい。次に口頭説明があった方が分かりやすい。 周囲の状況から対応方法を判断したり、言葉で相談しながら同時並行で仕事を進めることは苦手である。 一度作業のコツを掴めば、その後は安定して行える。 分からなくてもハイと言ってしまうことがある。 対人面 表情や態度等から、相手の気持ちを読み取るのが苦手である。 感情のコントロールが難しい(具体的な場面の一例としては、急に予定が変更した時、自分の思いが伝わっていない時、注意された時、落ち込んだ時など)。 職場のフリータイム(休憩時間)での会話が苦手である。 思考・行動面 興味の偏りがある。 環境の変化に適応しにくい。 一度に複数の指示や多くの情報が入ると混乱する。 計算が苦手である。 へ.生活歴及び職歴に係る聞き取り 次に、職業相談票を基に生活歴及び職歴等についての聞き取りを行った。なお、生活歴や職歴等を聴取することは、働く力をある程度客観的に把握する目的があることを事前に説明した。またカウンセラーは、聞き取りに際して失敗体験だけでなく成功体験や楽しかったこと、興味を持っていたこと等を確認しpoint11、Aさんの課題とセールスポイントの両面を把握した。 ココがPoint11 職歴を聞き取る際は、失敗体験だけでなく成功体験を明確に把握することが、職種選びや就職への動機づけに役立ちます。特に複数の職歴がある方の場合は、やりがいを感じた職場や働きやすかった職場などを確認することが重要です。また、これらの把握はややもすると一方的な聴取になりがちですが、本人に合った働き方や職場環境をイメージするための振り返りとして実施することが自己理解を深める上でのポイントにもなります。 学生時代の様子 小中高校時 学童期から運動が好きで、現在も気持ちに余裕がある時はジョギングを行っている。 小中学校時は、比較的優等生でクラス長を務める等活発な面があった。しかしながら高校時は、勉強についていけなかったことや周囲に溶け込めなかったことから人間関係作りも消極的になり、悩むことがあった。 大学時 一人暮らしを始めたが、家事などでは特段困ることはなかった。 大学入学後は、高校時の状況を変えようと単位取得やサークル活動等に積極的に取り組んだが、やはり人間関係においては周囲に溶け込めない感覚があった。また、異性との交際もしていたが何かしっくりこなかった。 大学2年生頃から徐々に塞ぎ込むようになり、最寄りの心療内科を受診。精神安定剤を服薬するようになった。なお、具体的な診断名についての記憶はない。この頃から大学には必要最低限しか登校しなくなり、友人関係はかなり限定的になった。卒業については、一人で旅行するなどしてリフレッシュを行い、何とか卒業した。 心療内科への通院については、定期的には通院しないで時々精神安定剤を処方してもらっていた。しかし徐々に精神的なしんどさも減ってきたため、大学4年生頃から通院も服薬もしなくなった。 力ウンセラーがポイントとしてAさんと共有したこと 人間関係上の大きなトラブルはなかったが、周囲に溶け込めないことに悩むことが多かったこと。 気分転換の方法は、旅行などで環境を変えることだったこと。 好奇心が強く活発なタイプであるが、エネルギー配分がやや苦手であるため、活動量の差が大きくなる場合があること。 今はつらい思い出となっているが、普通にできていたことも多かったこと。等 大学卒業後の状況 就職活動はほとんど行わず、平成X足す4年3月に大学を卒業。卒業後半年程度は、大学4年生から行っていた喫茶店(個人経営)でのアルバイトを続けた。なお、勤務条件は5時間勤務(16時から21時)で調理補助や接客を行っていた。アットホームな雰囲気で馴染みの客も多かったため、接客も楽しく行えていたが、同年9月に正社員の仕事が決まったため円満に辞職した。ちなみに大学1年から2年生の時に大手飲食店でアルバイトをした際は、レジ打ちのミスやオーダーの取り間違いがあるなど、自分の接客対応に不安になることが多々あって辞職した経緯がある。 平成X足す4年10月から平成X足す5年8月まで、ビジネスホテルに正社員として勤務(9時から17時)。職務は主に庶務やフロント補助を行ったが、作業がなかなか覚えられない、同じミスを繰り返す、特定のスタッフとのコミュニケーションが苦手等があり、仕事が怖くなり辞職した。 平成X足す6年6月から平成X足す8年3月まで営業所のパート事務職として勤務(9時から17時)。電話の取り次ぎやデータ入力等を行った。当初はゆとりを持って仕事が行えていたが、社員が相次いで辞職したことから仕事が増加。その結果、ミスや覚えられない仕事が多くなり辞職した。その頃、たまたまインターネットで発達障害のことを知り、自分に該当すると感じたことから現クリニックを受診。広汎性発達障害の診断に至った。 これまでの職歴について、前向きに働けた職場について尋ねると事務と喫茶店を挙げた。理由は、両職場ともにアットホームであり自分を理解してもらえていたこと、仕事も少しずつ覚えることができたことを理由に挙げていた。 カウンセラーがポイントとしてAさんと共有したこと 職種について、仕事としては事務が最も安定していたが接客の方が好きであること。 職場適応について、周囲に自分のことを理解してもらうことで、安心して周囲とコミュニケーションが取れ、仕事にも取り組めること。また、時間に追われず一つひとつ作業を行える環境が大切であること。 ストレス対処について、一人で溜め込んでしまったり回避的な方法になってしまう等、対処法のバリエーションが少なくかつ偏りがあること。 体力面について、1日6時間以上の勤務もさほど負荷にならないと思われること。 事前に支援ツールの記載を依頼したこともあり、相談は比較的円滑に進んだがpoint12、以上の相談に約2時間程度 を要した。終了後に疲労感について確認すると、「色々と話せて良かった。疲労については大丈夫です。」と話されたが、表情からはやや疲れている様子が窺えた。 ココがPoint12 特に発達障害のある方には、これまで示したツールやホワイトボード等を活用し、認知特性に合わせたコミュニケーション方法に配慮しつつ相談を進めることが大切です。本ケースは、言語理解の能力が高いためコミュニケーションが比較的円滑に進んだ事例ですが、発達障害の方の場合は、うまく発言できないことや十分に伝えられないことがある場合がよくあります。また、質問する意図を明らかにするとともに、不明なことは遠慮なく尋ねるように伝えておくことも重要です。本人も安心して回答ができ、情報収集が円滑になる側面があります。 相談では、Aさんには事務、接客、商品管理等幅広い業務経験があること、また作業面のエピソードについては、同じミスを繰り返したり仕事を覚えるのに時間がかかる等があることを把握した。 次回からは、今回の面接・調査の結果を踏まえ、各種検査を通して仕事面における具体的な課題や特徴等を確認したい旨を伝え、Aさんから了承を得た。なお各種検査については、今後の就職先として想定される可能性が高い事務や店舗内作業で求められる能力を把握するための検査を選定することを伝えた。 (2)厚生労働省編一般職業適性検査の実施(アセスメント第2日目) 2日目は、厚生労働省編一般職業適性検査(通称GATB:General Aptitude Test Battery)を実施した。 GATBの概要 検査の趣旨 GATBは、多様な職業分野で仕事をする上で必要とされる9つの能力(適性能)を検出することにより、個人の理解や適性のある職業領域の探索等、望ましい職業選択を行うための情報提供を目的として作成されています。この検査は進路指導用、職業指導用の2種類があり、中学・高校・大学及び職業相談機関等において幅広く活用されています。なお、適性のある職業領域を検討する際には、GATBの結果のみに基づき本人に情報提供するのではなく、後述の他のワークサンプル等の作業検査や個々の障害特性を踏まえながら、適職を検討する際の材料の一つとして慎重に勘案していきます。 職業センターでは、本人の職業能力の大枠を把握するための最初の方法の一つとして活用することが比較的多くあります。 検査の概要 同検査は、指定の用紙を用いて鉛筆で記入し11種類の検査を行う紙筆検査(45から50分)と、4種類の器具検査(12から15分)の2つから構成されています。指先・手腕の器用さを要する検査、計算を正確に行う数理能力を用いる検査、物の位置や大きさを正確に判別する検査等、様々な職業に必要な9つの職業適性能を測定し、その結果により13の職業適性群が検出され、本人の職業適性を把握する一助としています。 説明と練習を実施してやり方を確認した上で、本検査を所定時間行います。 1GATBの実施 カウンセラーは、上記のGATBの概要を簡潔に説明した上で検査を開始し、検査中のAさんの取組みについて詳細に行動観察を行った。 イ.質問等の意思表示や作業スピード等 紙筆検査 何度かみられた行動特性としては、例えば、検査8の1ページ目の回答例を説明し、質問がないか確認をした後に2ページ目の説明を行ったが、Aさんは1ページ目の回答例をじっと見たままでこちらの働きかけに対して反応はなかった。そのためカウンセラーは、「何か分からないことがあったら、説明中であっても質問して下さい。」と再度声かけを行ったところ、ようやくAさんから「同意語と反意語はどちらか一つだけ入っているということでよいですか」と、1ページ目に記載されている内容についての質問がなされた。 カウンセラーは、これらのAさんの行動から、1文字情報の理解に時間を要する可能性、2不明点を整理し言葉にするまでに一定の時間を要する可能性、3指示等を一方的に聞く場面では質問するタイミングを図ることが難しい可能性等を推測したpoint13。 ココがPoint13 本人が普段と違う行動をしたり戸惑う場合などは、その行動の理由について、特定はできなくとも支援者が仮説を立て推測していくことが大切です。また立てた仮説については、聞き取りで確認したり、他の検査等の場面でも把握するなどして推測を続けることにより、本人の特性や職業的な課題を明らかにすることに繋がります。 器具検査 大まかな手腕動作を把握する器具検査では、戸惑うこともなく作業に取り組めており、回数を重ねるごとに作業量も向上した。 指先の巧緻性を把握する器具検査では、手順が乱れや細かい部品を落とすことがあるなど、戸惑う様子がみられた。 2GATBの実施結果の聞き取り GATBの実施結果について、Aさんから感想を聴取したpoint14。 紙筆検査について、Aさんがやりにくかったと話されたのは、「検査6置き方をかえた図形を探し出す検査」「検査9展開図で表された立方体を探し出す検査」等、図形を見比べてその形や陰影、線の太さや長さなどの細かい差異を弁別する能力等が求められる検査(形態知覚)や、平面図から立体形を想像したり考えたりする能力が求められる検査(空間判断力)であった。やり易かったと話されたのは、「検査8同意語・反意語を見つけ出す検査」「検査10文章を完成する検査」等、言語の意味およびそれに関連した概念を理解しそれを有効に使いこなす能力や、言語相互の関係および文章や句の意味を理解する能力が求められる検査(言語能力)であった。 器具検査について、指先の巧緻性が求められる検査において手順の乱れや細かい部品を落とすなどのミスがあったことについて感想を聞くと、「手順の乱れには途中まで気付かず、後で気付いてさらに焦ってしまった。」とのことであった。また部品を落としたことについては、「早くやらないといけないと意識した結果焦ってしまった。」と話されていた。 ココがPoint14 検査後に感想を聞き取ることは、本人の特性を把握しその後の検査バッテリーを組む際にも大変有用です。また、検査中の行動観察の際に感じた疑問や仮説を本人に確認できる機会であるとともに、感想によって交わされる会話を通じて、支援者は本人の課題や長所、自己評価等についてイメージを膨らませていきます。 3検査の終了と次回の予定 次回はGATBの結果をフィードバックすることと、事務作業やOA作業等のワークサンプル幕張版を行うことを確認し、検査を終了したpoint15。 ココがPoint15 検査結果については、当日中にまとめられないことも多くあります。発達障害のある方は、先の見通しがつかないことがストレスになる方も多いため、結果をいつ示すことができるのか具体的に伝えることが大切です。 (3)ワークサンプル幕張版(MWS)によるアセスメント(アセスメント第3日目) 1前回の検査結果のフィードバック カウンセラーは、前回のGATB実施後にAさんの検査結果を採点し、結果記録票(図7)及び職業適性群整理票(図8)を作成した。 図7結果記録票 図8職業適性群整理票 さらに、結果記録票及び職業適性群整理票の情報に、検査時の行動観察やAさんの感想から得た情報を加え、検査結果のフィードバック用資料(図9)を作成した。ちなみに図9は、現段階においてカウンセラーが捉えたPR事項や課題事項等をまとめたものである。 図9フィードバック用資料 厚生労働省編一般職業適性検査 得意分野を把握し、仕事の向き不向きを調べるもの 正確に作業を処理するスピードはB評価からE評価までと得意・不得意の差が顕著です。 各問題の正答率は11問中うち4問が100%、6問が80%以上と比較的安定。展開図(空間認知)のみ70%弱でした。 プロフィール傾向は、1言語能力、書記的知覚、形態知覚、手腕の動作は比較的高く、2空間判断力、指先の器用さは低いです。 言葉の意味の理解力・表現力、文字や平面の形の照合等の視覚的な確認能力は高い。一方で、物の位置関係や奥行きの判断、指先のスピーディな動作は苦手です。 Aさんの検査後の感想と結果はおおむね一致しており、適切に自己理解できていたと思われます。 器具検査ではスピードの意識をした際、手順が抜ける、ミスが発生する等がありました。 検査を通して、タイムリーに質問できない傾向が伺えました。 適性職業群は、販売、個人サービス、事務関係、社会福祉等7領域で挙がっています。 当日は、ワークサンプル幕張版を実施する前に、GATBの結果を上記の結果記録票、職業適性群整理票、フィードバック用資料を用いてフィードバックした。 これまでの結果を踏まえ、ワークサンプル幕張版においては、文字や数字のチェック能力とスピード、作業の段取りや手順の流れを把握する能力、質問・報告等のコミュニケーション能力について、詳しく把握することをAさんに伝えたpoint16。 ココがPoint16 実施する作業課題等の選択に当たっては、把握したい情報を把握できる作業課題であるかどうかについて留意します。また、各作業課題等の特徴や実施目的については、本人へ説明することが必要です。実施目的が共有できると結果のフィードバックもスムーズになり、自己理解を深める一助にもなります。 2ワークサンプル幕張版(MWS)の実施 ワークサンプル幕張版の概要 ワークサンプル幕張版は、1事務作業(物品請求書の作成、作業日報の集計等の事務的作業)、2実務作業(プラグ・タップ組立・ピッキング等、必要に応じ移動等の動作も伴う組立・分解作業)、3パソコンを用いたOA作業(数値入力、文書入力等、パソコンを使用した事務作業)の3種類から構成されており、全体で13種類の課題があります。 簡易版と訓練版に分かれており、作業の疑似体験や職業上の課題を把握するためのアセスメントツールとしてだけでなく、作業遂行力の向上や障害を補う補完手段の獲得のための支援ツールとしても活用が可能です。 作業種の選定に当たっては、Aさんの仕事に対する希望やこれまでに職業評価で把握した状況を踏まえ、事務作業や店舗内での仕分け作業等を想定して選定した。 実施に当たっては、カウンセラーはマニュアルに基づいた指示を出しつつも、Aさんの作業遂行状況を踏まえながら、指示の出し方、介入の仕方、作業結果のフィードバックの仕方を柔軟に検討し、行動観察の目的が果たせるよう心掛けたpoint17。 ココがPoint17 本事例では、Aさんとの相談で把握した希望やセールスポイント等を考慮した上で、ジョブマッチングを意識した検査バッテリーを選択しています。また、検査時の指示の出し方等も数種類のパターンを試行しながらアセスメントを行い、本人がより力を発揮できる指示の出し方等について検討しています。 ワークサンプル幕張版から選定した全ての作業を終え、これまでに実施した面接・調査、GATB、ワークサンプル幕張版の状況を踏まえて翌週に今後のプランニングについて相談することを伝え、アセスメントを終了したpoint18。 ココがPoint18 検査の多くは標準化されているため、本人の特徴を客観的に把握できるメリットがありますが、得られたデータのみによって、本人の特性を判断することはできません。検査の特徴や把握できる範囲や限界を事前に理解することはもちろん、検査中の行動観察、検査後の感想などの聞き取り、他の検査で得られた情報を踏まえ、総合的に本人の特性を推察することが必要です。 アセスメント終了後、作業時間や正答率等のデータ、行動観察から得た情報、さらにAさんの感想も踏まえて、ワークサンプル幕張版フィードバック用資料(図10)をとりまとめた。 図10ワークサンプル幕張版フィードバック用資料 ワークサンプル幕張版 検査項目 正答率 スピード(標準100%) ピッキング 4分の5 106% 物品請求書作成 5分の6 81% PC数値入力 12分の12 93% PC文書入力 10分の10 123% 検索修正 4/5 118% 数値上の結果 作業処理スピードは、物品請求書を除き、概ね標準レベルといえます。 正確さについて、細かい情報への気づきが必要なレベルになるとミスが見られました。 作業ぶりから 文書による指示について、一つ一つ箇条書きになっているものはスムーズでしたが、一文が長く整理されていない場合は理解が出来ず、補足説明が必要でした。実際にやって見せる事が最も分かり易い様子です。 電卓やPC等の操作はスムーズです。PC数値入力、PC文書入力等、見本を転記する作業は安定しています。 ミスの原因は、1詳細な情報に気づくことが出来なかった。2注意の持続が出来なかった(悩んで遂行した後に、うっかり漏れてしまう)。3時間を意識した焦りから、注意が疎かになった等と思われます。一度間違えた後に、再度類似の課題を実施した際は、修正して対応することができました。 大切なポイント 作業の手順、コツ、確認するポイント等を丁寧に教えて頂ければ、習熟が期待できます。 まずは作業の手順などを覚え、ミスなく遂行できるようになった後に、徐々にスピードを伸ばすことがポイントです。 参考ワークサンプル幕張版の実施状況等 イ.ピッキング(実務作業) 選定理由 店舗内作業やバックヤード作業における商品の品出しや在庫管理等の作業を想定。作業場内を随時移動する必要があるなど、注意の配分範囲が広い環境においての作業の照合能力を把握するために選定した。 作業内容 注文書に指定された物品について、4列×30段の棚の中にある計120品目から探し出し、指定された物品及び数または分量を正確に揃える課題。照合しやすい文房具のピッキングから、複雑な記号や数が指定されている薬瓶等のピッキングまで、5段階レベルの難易度が設定されており、移動を伴う照合作業を難易度別に体験できる。 実施状況 注文書をAさんに渡し、「注文書の内容を見て、棚から5つの物品全てを集めてください。」と口頭及びジェスチャーを交えて指示。 5課題(試行)を実施し3試行目まではミスなく行えたが、4試行目でミスが発生した。 作業の目的や手順の理解については、すぐに理解してスムーズに取りかかったものの、4試行目はそれまでの課題より物品の仕様が複雑になっていたこともあり、注意すべきポイントに気づくことができず誤った物品を集めてミスした。 Aさんの感想 検査後にミスの内容を伝えると、「注意すべき箇所に気づかずに見落としていました。」と話された。そのため、注意すべきポイントをあらかじめ口頭で伝え、再度同じ難易度の課題を実施したところ、今度は正確に行えた。 ロ.物品請求書作成(事務作業) 選定理由 簡易事務作業における作業手順の理解、注意の移動・配分を把握するために選定した。 作業内容 品名力一ドで指示された物品をカタログで調べ、物品請求書を作成する作業であり、5段階のレベルの計6物品が記載されている請求書を作成する課題である。カタログで調べる際には、INDEXで検索した上で、該当ページの中から請求番号と同じ物品を正確に検索する段取りをこなすため、作業手順等のワーキングメモリーの維持、注意力の配分・維持等についての特徴が把握できる。また、品名カード、カタログ、物品請求書、電卓等、課題遂行において使用するものが多いため、作業遂行の際に注意が分散してしまう要因となっている。 実施状況 指示書を見て作業するよう伝え、口頭での指示は控えて実施した。ちなみに指示書には作業工程順に番号が振ってあるが、1工程に複数の作業工程が記載されている。 6試行実施し4試行目まではミスなく行えたが、5試行目でミスが発生した。 作業に取り掛かるまでに何度も指示書を読み返し、さらに30秒ほど考え込む様子を見せた後に作業に取り掛かったが、結果的には指示書の手順とは異なる手順で作業を進めていた。その後もふと手を止めては考えるなど戸惑う様子が見られたが、試行錯誤する中で作業手順のイメージが持てた後は、徐々に作業スピードが向上した。 5試行目のミスについては、物品名と記号名はカタログを見て適切に記載していたものの、細部の仕様は、記載の漏れがあった。また、請求書に全ての物品名と単価を記載した上で合計金額を記載するが、その記載箇所を間違えるミスがあった。 なお、Aさんの数字や文字は比較的読みやすい字で書かれており、また電卓の使用も慣れた様子であった。 Aさんの感想 検査後、上記をAさんにフィードバックすると、作業手順や目的等のイメージについては、「指示書を読んだだけでは作業手順を十分理解できなかった。」「作業内容のイメージも持ちづらかった。」と話された。 細部の仕様のミスについては、「そこまで気づかなかった。」と話され、また合計金額の記載箇所のミスについては、「見直そうかと思ったが、時間がかかっていたので見直さなかった。」と話された。 合計金額の記載ミスに係る原因については、時間に対する焦りや請求書への記載が終わったことによる気の緩みの可能性を指摘したところ、Aさんからは、「焦りのためしっかり確認しなかった。」との返答があった。 またカウンセラーからは、指示書の意味がよく分からない状況でも課題を遂行できたことは評価できることを伝えた上で、不明点は質問しようとは考えなかったかを聞くと、「ビジネスホテルで勤務していた際に消耗品の発注等を行ったことがあったため、何となく作業内容のイメージは持てた。しかしながら、自分がどこまで作業を理解できているのかが分からなかったため、質問ができなかった。」との返答であった。 ハ.数値入力(OA作業) 選定理由 パソコンの基本操作スキルやテンキーの入力スピード、入力の正確性等を把握するために選定した。 作業内容 パソコン画面に表示された数値について、その横に表示されているワークシートに数値を入力する作業。6段階のレベルがあり、合計12回数値を入力する。 実施状況 カウンセラーは、指示書を見て工程ごとに一つひとつチェックしながら作業を進めるよう口頭指示を行った。なお、物品請求書の作成の指示書と比較すると、工程ごとに番号が振ってあり、かつ一工程に一つの指示のみが簡潔に記載されているという違いがある。 正答率は、12試行実施し12試行とも正答であった。Aさんは、一つひとつ見直しを行いながら比較的安定して作業に取り組めており、作業途中で迷った様子も特に窺えなかった。 Aさんの感想 全問正解であったことをAさんに伝えると、安心した様子で「ピッキングや物品請求書は間違いがあったため、今回は正解で良かった。」と話された。また、「間違いが出ないよう、見直しながら行ったため時間がかかった。」旨の感想もあったため、間違いなく正確に作業を進めることが大切であることを伝えながら評価し、作業スピードの向上はその後の目標になることを伝えた。 指示書については、「物品請求書の作成よりも手順が明確で分かりやすい。」「一つひとつチェックしながら行えたので、迷わなかった。」等と話していた。しかしながら、「最初は指示書を見ても、何をどこからやるのかイメージができずに不安があった。」等の感想もあった。 ニ.文書入力(OA作業) 選定理由 パソコンの基本操作スキルや文章の入力スピード、入力の正確性等を把握するために選定した。 作業内容 数値入力と同様、パソコン画面に表示された文章について、その画面下の空欄に一言一句同様の文章を入力する課題。5段階のレベルで計10種類の文章を入力する。 実施状況 数値入力と同様に指示書を活用するよう口頭指示を行った。 正答率は、10課題を実施し10課題とも正答であった。なおタイピングスピードは比較的早く、読めない漢字は手書き入力で調べて入力するなど、基本的なパソコン操作は習得していた。また、作業遂行については戸惑う様子もなかった。 Aさんの感想 全問正解であったことと、基本的なパソコン操作は習得できていることをAさんに伝達した。さらに、これまでのワークサンプル幕張版やGATBの実施状況を踏まえ、カウンセラーは、注意を向ける対象がはっきりしていればミスなく遂行することが可能であり、書類のチェックや文書の入力などは向いていると思われることを、この段階でAさんにフィードバックした。Aさんは、「思ったよりもいい結果が出て良かった。自分にもできる作業だと思った。」と話された。 また次の課題である検索修正については、注意を向けるべき対象をAさん自身で探す必要があるため、見落としのミスが生じやすいことを事前に伝達した。なお事前に伝えた意図は、漠然とした作業のポイントをAさんが予め意識した際、どのような対処をするのかを把握することが目的である ホ.検索修正(OA課題) 選定理由 文書入力や数値入力は安定して遂行できたため、検索修正の課題を追加選定し、作業手順の理解力や注意の配分等の能力をさらに把握することとした。 作業内容 指示書に基づきパソコンでデータを検索し、必要に応じてデータの内容(名前、生年月日、住所等の12項目)を修正する作業。5段階のレベルで合計5名の修正を実施する。 指示書を基に修正箇所(指示書とデータが一致していない箇所)を見つけ、適切に修正し入力する必要がある。数値入力や文書入力と同様にパソコン基本操作スキルが求められることに加え、修正箇所に気づくための注意力や照合力が必要である。 なお要修正箇所は、指示書では太文字で区別している等、作業遂行を平易にする配慮がある。 実施状況 数値入力や文書入力と同様、指示書を活用するよう指示を行った。しかしながら作業遂行に当たっては、一部手が止まる場面があったため、口頭指示とパソコン画面への指さし(ポインティング)での補足説明を行った。 なお最初の指示においては、修正箇所は太文字であるというヒントを示さなかったため、Aさんはそのことに気づかず、全ての項目について修正の有無を確認する作業をしていた。そのため、途中で修正箇所は太文字のみであることを伝えたところ、作業遂行はスムーズとなった。 正答率は、5試行実施し4試行の正答であり、1か所は修正すべき項目に気づかなかった結果、ミスが発生した。なおミスの要因としては、該当箇所の項目のひとつであったメールアドレスの修正を非常に注意深く行っていた様子があり、その後に注意力が途切れてしまったためと思われた。併せて、本日の作業課題は休憩なしで1時間半程度実施していたこともあり、疲労による注意力の低下の可能性も想定した。 Aさんの感想 上記のミスをAさんに伝達すると、「完全に見落としていた。」「メールアドレスの修正を終えた時、全て終わったと思った。」との感想があった。また、太文字がヒントであることに気づかなかったことについては、「とにかく見落とさないように全項目をチェックしようと思っていたため、太文字と通常の文字との違いが何か意識しなかった。」と話された。カウンセラーからは、見落とさないように心掛けたことは良かったが、どこを確認するか、何をチェックするか等のポイントについては周囲の助言があった方が望ましいこと、またポイントが明確に理解できれば、正確に作業を遂行することが可能であることをフィードバックした。 また検索修正の課題の内容について、何を実施しているのか全体のイメージが持てたかどうか確認したところ、「間違えている箇所がどこかチェックすることに精一杯で、全体的なことは分からない。」と話された。そのため、作業内容や全体の流れがイメージできれば、その後は適切かつスムーズに対応できるようになると思われる旨を伝達した。 最後に疲労について質問すると、「やや疲れましたが大丈夫です。」と話された。 (4)プランニング(職業リハビリテーション計画の策定)(第4日目) 1アセスメント状況(職業評価結果)のフィードバック イ.フィードバックの準備 カウンセラーは、Aさんへのフィードバックの前にアセスメントの総合的な結果を取りまとめ、所内ケース会議において支援の方向性を多方面から検討し、プランニング(職業リハビリテーション計画の策定)を実施した。 アセスメントの総合的な結果 身体的側面 実施検査等面接等から 評価結果 身体機能及び基礎体力 これまでの職歴や生活歴の聞き取りからは、身体機能や基礎体力に特別な問題はみられない。 精神的側面 実施検査等面接及びチェック表から 評価結果 ストレスの予防・対処 過去のエピソードからは、一時的に頑張り過ぎて逆にストレスになってしまったり、困難場面における対処が、問題解決ではなく逃避に向かう傾向があるなど、ストレスに対する予防や対処が苦手な傾向がある。特に対人関係面のストレスに対する脆弱性は顕著。 「予定と違うことが起きる」「自分の思いと違うことが起きる」「注意されるような口調で話される」等の場面においては、本人は強く落ち込むと話している。 暖かい言葉かけや肯定的なメッセージを受けるなど、周囲に受入れられていると実感できることが精神的な安定に繋がるようである。 知的能力、情報の捉え方・表出方法等 医療機関でのWAIS−3等に係る本人のエピソードや、GATBの検査結果から、全般的な知的能力は標準域にあるものの、それぞれの検査で検出された能力はアンバランスさが窺える。日常生活上の言語理解は問題ないものの、段取りを組み立てる力に課題があるため、指示に対して自分の言葉に置き換え咀嚼する時間が必要である。また、図や表から実際の配置をイメージする空間把握能力、目的や意図を踏まえ全体像をイメージすることが若干苦手なように思料される。 本人とのコミュニケーションの際には、全体の目的や意図、手順等の進め方を円滑にイメージできるよう、図や絵を用いて説明することが有用である。 支援者と一つひとつ整理しながら相談すれば、ある程度客観的かつ現実的な判断が行える。職場においても、本人の良き理解者がいれば、安定して勤務できると思われる。 社会的側面 実施検査等面接等から 評価結果 コミュニケーション 基本的なマナーは身についており、言葉遣いの良さからも、採用面接や接客における定型的な対応等はセールスポイントとして評価される。一方で発言内容を整理して伝える必要がある場合は、考えをまとめるのに時間を要するため、本人の考えを聞く場合には、焦らせることなく時間をかけて聞き取る等の配慮が必要である。 日常生活 現在一人暮らしであるが、日常生活の管理は概ね一人で行えている。また、身だしなみはきちんとしており、清潔感がある。 職業的側面 実施検査等:面接及び下記検査の実施状況から 厚生労働省編一般職業適性検査 ワークサンプル幕張版:ピッキング、物品請求書作成、数値入力・文書入力・検索修正 評価結果 指示理解 見本を示すなど、視覚的に指示する方が作業内容や手順をイメージしやすく、理解がスムーズとなる。また、その後数回の作業体験により、作業手順を正確に理解することができる。 作業指示書について、一工程に一つの指示が記載されている方が理解しやすい。 作業時に考え込む様子が見られたり、手が止まっている際には、作業内容を理解できずに戸惑っていることが多かった。その際は支援者から本人に働きかけを行い、不明点が何かを洗い出し、解決に向けて支援することが現段階では必要である。 作業態度 不明点が生じた際も、質問せず一人で考えてしまう傾向はあるものの、作業態度は常に真面目で一生懸命取り組むため、事業所からは好感を持たれると考えられる。 作業遂行力 厚生労働省編一般職業適性検査からは、言葉の意味の理解力・表現力、平面上の文字や形の照合等の能力は標準域にある。その一方、物の位置関係や奥行きの判断、指先の滑らかな動作を要する作業は苦手な傾向がある。 文字や形の照合等の確認能力は有しているものの、詳細な情報への注意配分や維持が難しく、ミスを引き起こす要因となっている。また、時間を意識した取組み等は苦手である。 本人自身がミスしない具体的な対処方法を見出すことは難しいが、支援者がミスをした後に改善ポイントを提示すると、すぐに修正して対応することができている。 作業スピードを意識して取組めるが、スピードを意識し過ぎると焦りが強くなるなど、適度な加減が苦手となる。そのため、まず指示を的確に理解し、次に作業内容を習得し、最後に作業スピードの向上を促す等、一度に複数のことを伝えるのではなく、一つずつ段階的に伝える方がスムーズである。 ロ.本人との面談によるフィードバック 面談を通じて、Aさんに職業評価において確認した内容をフィードバックした。 フィードバックの進め方については、 1面接にて確認した内容 学生時や就業時における対人面、精神面、作業面での状況 2GATBにて確認した内容 図7から9のとおり 3ワークサンプル幕張版にて確認した内容 図10のとおり 4総合的な結果 アセスメントの総合的な結果 の順で行った。さらに、Aさんが現状の働く力をイメージできるようにするため、以前分かりやすいと話していた働く力のイメージ図を活用した資料(図11)を作成し提供したpoint19。 図11職業評価結果 現状の働く力のイメージ 安定して働くための力のイメージ 丸印は特にPRできる。三角印は要向上。バツ印は要配慮や支援。ハテナ印は今後、要チェック。 ピラミッドの土台の心身の健康管理の力(例)定期通院・服薬、病状認識、身体機能、三角とバツ印疲労・ストレスのケア、体調管理、三角とバツ印精神耐性 ピラミッドの土台の上のハテナ印日常生活の力(例)起床就寝、食事栄養、清潔整容、余暇息抜き、金銭管理、移動、交友関係 その上の労働習慣の力(例)丸印ビジネスマナー(態度)、丸印言葉遣い、報・連・相、指示応答、三角印意思表示、コミュニケーション、三角印感情統制、バツ印環境適応、時間厳守、基礎体力、丸印身だしなみ、安全管理、自発性、丸印真面目さ ピラミッドの1番上の仕事の力(例)三角印意欲、三角印自信、バツ印作業速度、集中力、バツ印作業理解、三角印持続力、正確性、バツ印創意工夫、三角とバツ印自己管理 ココがPoint19 発達障害のある方の場合は、障害特性に起因する状況把握の苦手さや考え方、判断の偏りを支援者が把握しつつ、その特徴に応じたコミュニケーションを図ることが重要になります。視覚的な理解が優位な方においても、文字と図の組み合わせで簡潔に記載することが良い方や文章で詳細に記載することが良い方等、特徴は個々に様々です。また、単に口頭指示で補足するだけではかえって混乱するため、資料を一通り一読した後に、一行一行口頭で補足した方がよい方もいます。そのためアセスメントで把握した情報を踏まえ、個々の特徴に応じた分かりやすいフィードバックを心掛けます。 職業評価結果について、就業に対する考え方等、聞き取った内容に変更がないか、また本人と支援者との認識にずれがないかについて一つひとつ確認した。 職業センターでのアセスメントを通じて、自分の特性について気づいた点を尋ねると、1ストレスの発散ができず溜め込みやすいこと、2相談場面だと焦らず話ができること、3見落としやうっかりミスが多いこと、4慣れないうちは、スピードと正確性の両方を意識することができにくいため、最初は正確性の方を意識して行いたいこと等であったpoint20。 ココがPoint20 支援者とのやりとりを通じて、本人自身がアセスメントやプランニングに主体的に参加できるようにします。そうすることで本人が結果に納得し、かつ自己理解が深められるようになります。 また感想として、「職業評価を受ける前はもっと散々な結果になると思っていたが、自分の得意な点などセールスポイントにも気づけて驚いた。」と話され、カウンセラーからは、Aさんが気づけた上記4つ全てがこれから働く上での留意点になることを伝えた。なお、アセスメントの内容の一部はAさんから聞き取った内容と概ね一致しており、相談を通して丁寧に一つひとつ振り返れば、Aさんは自分自身の状況を適切に把握し、改善に向けた取組みを検討することができる力をもっている旨を伝えた。 なお、以前の聞き取りで確認した内容について、誤りや変更はないとのことだったが、前回のワークサンプル幕張版の検査が終了した後、パソコンのタイピングソフトと表計算の参考書を購入し、自宅で勉強を始めているとのことだった。さらにAさんは、「障害を開示して事務職での就職活動を進めたい。」と話され、その理由を尋ねると、これまでのアセスメントを通してパソコン作業は比較的ミスが少ないことが分かったこと、かつ障害者求人にはパソコン作業を中心とした簡易事務作業の求人があり、就職例もあると分かったためと話された。カウンセラーからは、以前は次の一歩が踏み出せるか不安であると話していたが、現在は自分で今後の方向性を考え、積極的に取り組もうとする点は好感が持てると肯定した上で、今後の具体的な方針を決める相談を行うことを伝えた。 2プランニング(職業リハビリテーション計画の策定) 今後のAさんの就職活動のポイントについて、職業リハビリテーション計画(案)として以下1から6のとおり提案し、検討した。プランニングの共有化を図る大切な点であるため、カウンセラーはポイントをホワイトボードに書き込み、またAさんにはメモを取ってもらいながら、理解度を確認しつつ進めたpoint21。 ココがPoint21 プランニングは、本人のために行うものであることは言うまでもありません。そのため支援者は、アセスメント結果とプランニング案を事前に準備しますが、計画を策定する際には、その計画内容を本人に丁寧に説明するなど、インフォームド・コンセントに留意することが重要です。なお、留意点としては、アセスメントの結果や具体的な支援内容の説明において、本人の障害特性に応じて板書したり視覚的な資料を提示するなど、個々の状況に応じた説明を行いながら、本人との合意形成を図ることになります。 提案1Aさんにマッチした仕事及び職場環境を選定する 以下の条件を参考にしながら仕事の選定について相談する。 複雑なコミュニケーション(交渉、営業等)が求められない作業 定型的なデータや情報等を扱う作業 毎日一定のペースで行える作業 作業手順が定型化されている作業 スケジュールが明確に分かる職場環境 困った時に相談できるキーパーソンがいる職場環境 例 (1)簡易事務作業(事務補助作業) データ入力、書類整理等、マニュアル化された定型作業が多い事務アシスト業務が望ましい。 (2)各種小売店や倉庫のバックヤード等での品出しや仕分け作業 品出し、前出し、補充等の定型作業。照合能力を活かした商品の整理整頓などの作業(作業手順の適切な指導で習熟できる)等について、職場の状況とAさんの意向も踏まえて検討する。 (3)その他 時間に追われる作業や細かい作業、接客(トラブル時の落込みが懸念)を主とする作業は負荷が大きいと思われる。 上記の職務内容を参考にしながら、収入、通勤、勤務時間等の条件面も踏まえて応募の検討を行うことで、働き方に対する認識をより詳細に共有する。 (検討結果)Aさんは提案に同意。今後は事務補助作業を第一希望とし、就職活動を行うことになる。 提案2障害を開示した就職活動について検討する 企業側の配慮や支援機関のサポートを得ることで就職の可能性が高まり、かつ雇用継続しやすくなると思われる。特に、苦手となる作業の段取りを行うことや職場におけるコミュニケーションについての配慮を得ることで、得意な作業に集中でき、結果として作業スピードの向上に繋がると思われる。さらに職場におけるストレスも軽減されることから、安定した職業生活に繋がると思われる。 (検討結果)Aさんは提案に同意。障害を開示して就職活動を行うことになる。 提案3ストレスサインが何かを整理し、自分に合った対処方法を習得する 安定して働くために、調子を崩すきっかけは何かと調子を崩す時のサインは何かについて整理する。併せて整理したストレスサインについて、どのような対処法が効果的であり、かつ自分に合うのかを整理した上で習得を図る。 (検討結果)Aさんは提案に同意。但し自分一人では整理できそうにないため、サポートを職業センターに希望する。 提案4企業に対し、自分の得意・不得意や必要な配慮について説明できるようにする 企業側が受け入れる際の障害に対する不安を軽減し、かつAさんの障害特性を的確に理解してもらうため、自分自身の特徴をまとめて整理し、企業に説明できるようにする。 (検討結果)Aさんは提案に同意。但し自分一人では特徴をまとめられそうにないため、サポートを職業センターに希望する。 提案5就職活動と並行し、就職に向けた準備(パソコンの操作スキルの向上)を進める労働習慣及び生活リズムの維持を図りながら、就職活動と並行して簡易事務作業に従事する際に必要とされるパソコンの操作スキルの向上を図る。 (検討結果)Aさんは提案に同意。Aさんからは、パソコンの操作スキルの向上のため、「先日購入したタイピングソフトや表計算の参考書で勉強することでよいか」と質問があったため、まずはその方法で進めてもらいながら習得状況を定期的にカウンセラーと共有することとした。 提案6生活面のサポートが受けられる他の支援機関に登録をする 生活面の困り事に対する相談も含めた就職後の身近な相談機関として、障害者就業・生活支援センターに登録する。なおAさんは、就職後も継続的に相談できる支援機関を求めているため、登録のみに留まらず、そこのスタッフとの信頼関係を築くようにする。併せて、障害を開示しての就職活動に備え、ハローワークの専門援助部門にも求職登録を行うようにする。 (検討結果)Aさんは提案に同意。障害者就業・生活支援センターへの登録については、「相談できる機関が増えることは有難いが、当面は職業センターでの相談に一本化したい。」と話された。そのため、現段階では職業センターが主体となり就職支援を行うが、他の関係機関への登録が必要となるタイミングが来れば、再度Aさんと相談することを伝えた。 上記の提案3から5については、職業センターの職業準備支援の利用が効果的なことを提案したところ、Aさんは利用を希望した。 支援計画 今後は、障害を開示して就職活動を行い、事務作業や小売店での店舗内作業等を中心に求職活動を行うこととしています。Aさんが就職して働き続けるため、以下の点を目標として職業センターの職業準備支援を利用することが効果的と考えられます。 1疲労やストレスの予防及び対処方法を整理し、習得する。 2企業に対し、自分の得意・不得意、必要な配慮等を説明できるようにする。 3事務作業での就職を想定し、パソコンの操作スキルの向上に努める。 4生活リズムを維持し、いつでも就職できるように整える。 その他、職業準備支援の利用状況を踏まえつつ、障害者就業・生活支援センター及びハローワークの利用登録について必要に応じて支援します。 具体的目標 職業準備支援における目標 1どんな状況でストレスを感じるのか、どうしたらストレスを予防または軽減できるのかについて、具体的に学ぶ。 ポイントは、エネルギー配分は適切か、他者とのコミュニケーションは適切か、息抜きはできているか等になります。 2作業においてミスが発生する場合、スタッフと相談しながら原因と予防策を検討し、自分に合った予防策を実践する。 ポイントは、目で見て確認する時に誤りや抜けがないか、指示を受けた時に映像とし てイメージできているか、分からないときに質問ができているか等になります。 3職業評価の結果や職業準備支援での取組みを踏まえながら、自分の得意不得意を具体的に整理し、理解を深める。特に不得意なことに関しては、自分で行う対処法と周囲に配慮を依頼することを区別できるようにする。 支援内容 Aさんの目標達成に向け、日々の作業支援や講習等の中で適宜アドバイスを行います。 職業準備支援における目標の進捗状況等を振り返るために、定期的な個別面談を行います。 職業準備支援の利用状況に応じて、障害者就業・生活支援センターやハローワークへの登録についてコーディネートを行います。 その他、新たな課題や相談等については随時対応します。 3.帰すう 職業リハビリテーション計画を策定した後、Aさんの目標達成に向けて職業準備支援を12週間実施した。職業準備支援では、疲労のマネジメント方法、ストレスの予防方法と対処方法、自分の得意・不得意の理解について重点的に支援した。また就職活動の際は、自分で企業に対して必要な配慮や支援等を説明できることも目標とした。 職業準備支援におけるアセスメントでは、1余裕を持って翌日の準備を行うことが苦手であり、いつも出勤時間ぎりぎりに慌てて準備をしてしまうこと、2自分から積極的に周囲とコミュニケーションを図ろうと試みるものの、自分の言動が適切だったのかどうか後から不安になること、3対人対応に対する不安を感じている一方で、他者との関わりを求める傾向が強いこと、4簡易事務作業においては、長時間座って黙々と取り組むと集中力が途切れやすく、モチベーションが維持されにくいこと、D簡易な接客対応に興味があり、接客対応の仕事の方がモチベーションを維持しやすいこと等の特徴が把握できた。そのため、応募する求人内容や生活面に係る支援の方針等について、一部見直しを行ったpoint22。 ココがPoint22 アセスメントとプランニングは現時点のものであり、就業支援を進める中で、定期的にモニタリングを行い本人と支援者が協働して再プランニングを行っていく必要があります。 就職活動について、当初は簡易事務作業を想定していたが、上記を踏まえたAさんとの振り返り相談の結果、小売業やサービス業における補助業務に変更して就職活動を行うこととした。 その結果、Aさんは衣料品店のバックヤード及び店舗内補助業務の障害者求人で就職した。ちなみに生活面の課題については、障害者就業・生活支援センターの支援を受けることになり、朝の出勤準備の段取り等、生活面に係る相談・支援を受けている。 参考事例 グループワーク、模擬的就労場面の活用等によるアセスメントとプランニング 実施機関 地域障害者職業センター 対象者の障害 発達障害 本事例の概要 模擬的就労場面での作業支援や発達障害者就労支援カリキュラムの体験場面を活用し、長期的かつ詳細なアセスメント等を行いつつ、発達障害者支援センター・ハローワークとの連携により、在職中の発達障害者に対する支援を行った事例です。 参考となるキーワード 模擬的就労場面における行動観察を踏まえたより詳細なアセスメント 職業準備支援(発達障害者就労支援カリキュラム)のグループワークを活用した長期的なアセスメント 作業支援、グループワーク、振り返り相談の連動に基づくアセスメント 本事例のキーパーソン 支援対象者Aさん(発達障害のある女性、30代) 主たる支援者地域障害者職業センター(障害者職業カウンセラー) 関係機関発達障害者支援センター(就労支援担当者)、ハローワーク(就職支援ナビゲーター) 支援経過 1.地域障害者職業センターへの来所経緯 Aさんは、来所の2年前にアスペルガ一症候群の診断を受けた。 現在は食品製造工場の準社員として主に夜勤をしているが、これまで何度も障害をクローズにして働いた結果、離転職している。障害者手帳は所持していないが、アスペルガ一症候群の診断を受けた時から、発達障害者支援センター(以下、発達支援センターという。)に登録し、相談支援を受けている。 地域障害者職業センター(以下、職業センターという。)への来所のきっかけは、発達支援センター就労支援担当者(以下、発達支援センター担当者という。)からの紹介。「自分の適職を知り、転職に向けた相談をしたい。」旨の主訴で、職業センターに電話連絡があった。 2.初回受付及びアセスメント(職業評価)の実施状況 (1)初回相談 障害者職業カウンセラー(以下、カウンセラーという。)は、発達支援センター担当者からの電話連絡を受け、初回面談日を設定するとともに、初回面談の際は発達支援センター担当者にも同行してもらうこととした。また、電話連絡の際はAさんの主訴に加え、発達支援センターが考える支援の方向性や職業センターへの支援依頼内容を確認した。 初回相談では、職業センターのサービス内容を説明し、個人情報に係る取扱等に関する説明と同意を行った上で、Aさんの主訴を確認した。なお、初回相談での主訴は以下のとおり。 以下、初回受付やアセスメント時の留意事項等は事例1を参照のこと。 Aさん 現在は夜勤であるため、日勤の仕事に転職したい。検査等を受けてどんな仕事が向いているか知りたい。 発達支援センター Aさんとは未調整であるが、長く勤めることを考えると、現職・転職いずれであっても障害をオープンにする方が望ましいと考えている。現状では、Aさんからの聞き取りによる情報のみであるため、職業評価を受けてAさんが知りたい適職についてのみだけでなく、職業上の課題も含めた全般の状況について把握したい。 (2)面談状況 Aさんからは、仕事に対する希望や不安、障害状況や通院の状況、生活歴や職歴の情報を聴取した。これらの情報は既に発達支援センターが把握している内容であったため、発達支援センターの補足も交え確認した。把握した情報は以下のとおり。 基本情報 名前Aさん 年齢32歳(生年月日) 連絡先、住所、最寄駅 ハローワーク登録状況 一般窓口の登録はあるが、専門援助部門の登録はない。 障害者手帳の有無 無 診断名 アスペルガ一症候群(2年前に診断) 通院等に係る情報 2年前から通院。現在、月1回丸クリニックに通院。抗うつ剤を服薬。 家族構成 母、弟2人(Aさんは現在一人暮らし) 最終学歴 高等専門学校卒業 支援機関 発達支援センター 職歴 初めて就職した年をX年と表記。 (1)平成X年4月から平成X足す4年5月食品製造工場(オペレーター) (2)平成X足す4年5月から平成X足す6年9月飲食店(厨房、接客) (3)平成X足す6年10月から平成X足す8年11月お菓子販売店(厨房、接客、事務) (この間、短期契約のパートを複数実施) (4)平成X足す10年6月から平成X足す12年3月スーパー(品出し、接客) (5)平成X足す12年5月から現在食品製造工場(ライン作業) 仕事に対する考え方 現在は夜勤の仕事であるため、日勤のフルタイムの仕事を探したい。 職種は検討中だが、お菓子作り等の調理に関わりたい。 希望給与は手取りで月15万円欲しい。 通勤は自動車通勤で30分以内がよい。 世間話などのコミュニケーションが苦手なため、人間関係が複雑でないところがよい。 障害について 上記(4)のスーパー(品出し、接客)で勤務している時、作業ミスや同僚との摩擦等のストレスから丸クリニックに通院。アスペルガ一症候群の診断に至ると同時に服薬を開始。 主治医の意見書には、「不安、不注意の症状がある」「コミュニケーションにおいて相手の意図を汲みとることが難しい」旨の記載あり。 病院で受けたWAIS3の所見では、「言語理解は平均的な能力だが、表現の際に言葉が不足してしまう」「聴覚情報の短期記憶や操作は苦手」「指示に従う力は高くミスも少ない」「視覚情報の理解は得意なため事務処理は安定する。しかしながら、細部への注意、探索は少し時間を要するため、処理量はやや少なくなる。」等の傾向が記載されている。 Aさんは、「抽象的なことが分かりづらい」「数字の読み間違い等の早合点が多い」「判断が求められることへの対応が苦手」の3点を自覚している。また、ストレスを感じると気分が落ち込んでしまう傾向があると話される。 生活歴及び職歴について 学生時代は勉強で困ることは少なかったが、運動や対人関係は苦手で困ることが多かった。 職歴について、短期契約以外の仕事では概ね2年以上継続勤務。いずれの職場でも仕事で大きな支障はなかったが、早合点や不注意によるミスがやや多く、抽象的な問いかけ等が分かりづらい等、作業面で苦慮することも間々あった。離職に至った直接的なきっかけは、職責の変化やコミュニケーション上でのストレスである。 現在の職場の悩みは、夜勤による疲労以外にも雑談や世間話に苦慮していること、頼まれ事や相談事を受けて人間関係の板狭みになること等、対人関係のストレスを挙げている。 Aさんの主訴は、「転職の参考のため検査等を受けたい。」であったが、把握した情報からは、職場における不適応の主な要因は仕事の適性よりも対人関係やストレス対処であった。現在の職場でも対人関係で悩んでいるため、カウンセラーは職場における対人コミュニケーションやストレスの特徴に留意し、対処方法を検討することが重要と考えた。 このため、職業センターでの職業準備支援における発達障害者就労支援カリキュラムの体験利用を通じて、具体的なAさんの特徴を把握した上で、今後の転職も含めた支援のプランを立案することが望ましいと考えた。 また、職務遂行力の状況や注意障害の特徴、疲労状況の把握のためには、1対1での各種検査だけでなく模擬的就労場面における作業支援を活用することが効果的と判断した。 これらの方針をAさんや発達支援センター担当者に伝え、両者から同意を得た。 職業準備支援における発達障害者就労支援カリキュラム 発達障害者を対象とした社会生活技能、作業遂行力等の向上を図るための支援。 発達障害者就労支援カリキュラムにおいては、以下による支援を実施する。 1職業センター内での技能体得講座 発達障害の特性を考慮し、問題解決技能、対人技能、リラクゼーション技能、作業マニュアル作成技能の4技能についてグループワークもしくは個別支援を行い、個々の対象者の職業的課題に係る対処方法を検討する。 2模擬的就労場面における作業支援 上記講座において獲得したスキルついて、模擬的就労場面の作業支援場面において実際に試行し、獲得したスキルの習得及び習得に当たっての課題の確認を行う。 3個別相談 模擬的就労場面における作業支援の結果等を個別相談において振り返りながら、課題解決策の検討や次のステップアップに向けた目標設定を行う。なお、職業準備支援においては、1と2と3を互いに連動させることで効果的な支援が行えるようにカリキュラムを設定している。 カリキュラムの終盤には、個々の状況に応じて事業所での体験実習を実施し、体得した各技能等を実際の企業で試行し、実施結果を確認するとともに各技能の向上を図っている。また、ジョブコーチ支援や求職活動等、次の段階の支援に円滑に移行できるように配慮している。 Aさんからは、職業相談の段階から職業準備支援の体験利用後の正式利用についても検討したいという希望があった。そのためカウンセラーは、Aさんが夜勤であることを踏まえ、正式利用については生活面や健康面に支障が出ないよう慎重に検討する必要があることと、今回の体験利用は今後の支援プランを検討するためであることを説明した。 さらに職業評価終了後の振り返りの際には、障害の開示・非開示に関わらず、今後の就職活動が円滑に進められるようにハローワーク就職支援ナビゲーター(以下、ナビゲーターという。)の同席を提案し、Aさん及び発達支援センター担当者から同意を得た。 次回のアセスメント(職業評価)について 性格傾向を知る検査新版東大式エゴグラムバージョン2(以下、東大式エゴグラムとい う。) 職業適性を知る検査厚生労働省編一般職業適性検査(以下、GATBという。) 3週間の職業準備支援の体験利用について 集団における作業遂行能力を知る、常設の模擬的就労場面に参加 対人対応・ストレス対処における傾向を知る、職業準備支援のうち発達障害者就労支援カリキュラムの講座に参加 次回以降の職業評価はAさんのみが来所。 3.各種検査によるアセスメント結果について 東大式エゴグラムの結果 検査のプロフィール結果からは、「他者を優先する」「遠慮がちである」「人の評価を気にする」等の傾向が標準域より高く、一方で「感情をストレートに表現する」「現実的である」「客観性を重んじる」「周囲を思いやる」等については、全体的に標準域より低い傾向がみられた。 このため、第一印象は対人対応力が高いように思われがちだが、それはあくまで表面的なAさんの特徴であり、内面では自分の感情を過度に抑制する傾向が強かったり、現実に即した客観的な判断が行えないために他者の意向に従ってしまうなど、他者とのコミュニケーションによりストレスを蓄積させている様子が顕著に窺えた。おそらく職場においては人の目を過度に気にするあまり、周囲の板狭みになって悩んでしまう特徴があると推測した。 Aさんにこの結果をフィードバックしたところ、現職でも「職場内で板狭みになってしまう。」等、次第に自分自身がつらくなってしまうとのことであった。そのため、対人対応に係る心構えやコミュニケーションスキルの習得について、検討していきたいと話された。 GATBの結果 検査結果からは、一般的な学習能力や形を細部まで正確に見分ける能力等は問題ないものの、目と手を共応させ迅速に作業する能力、文字や数字を正確に見分ける事務的な処理能力は標準域に比較して低位な傾向が窺えるなど、各下位検査におけるバラつきがみられた。以上の結果は、WAIS3等における主治医の所見とも一致する部分があった。 このため、作業内容自体は概ね理解できていても、実行段階では手間取ってしまいストレスとなることが予想された。また作業面では、書類の細部チェックや素早い書記、データ入力などの事務補助業務は苦手と考えられた。 Aさんにこの結果をフィードバックしたところ、自分の強みを活かすためには事前に図や手順書等を活用して全体を把握することで、より正確に把握できるのではないかとのことであった。一方で、苦手と感じていたチェック作業等については、ミスを軽減するための補完手段を検討する提案をカウンセラーから行い、Aさんも同意した。特に注意面の対処方法を習得したいとのことであった。 4.職業準備支援の体験を通じたアセスメント (1)職業準備支援体験プログラムの設定 以下の通り、常設の模擬的就労場面における作業支援と発達障害者就労支援カリキュラムの講座の体験プログラムのスケジュールを作成し、Aさんに提示した。期間は、週2日3週間の計6日間を職業センターに通所するスケジュールとした。また在職中であることに配慮し、夜勤勤務のシフトと調整の上、過度な負担とならないよう、第1週目は半日、第2から3週目は1日と半日を交互に設定した。 さらに1週間に一度振り返り面談を設定し、体験中の振り返りを行うこととした。 表 体験プログラムのスケジュール 第1週目火曜日AM作業1ピッキング、木曜日PM講座対人技能1 第2週目火曜日AM作業2物品請求書作成、PM講座リラクゼーション技能、木曜日PM講座対人技能2 第3週目火曜日AM作業3製品組立、PM講座対人技能3、木曜日PM講座問題解決技能 対人技能講座 社会生活技能訓練(SST)の手法を援用した技法。発達障害者の障害特性を踏まえた演習等を通じて、上司や同僚に職場でうまく意思を伝えるためのコミュニケーション技法や対人場面での基本的な態度を体得する。 リラクゼーション技能講座 ストレッチ等の体操、漸進的筋弛緩法、呼吸法等の演習を通じて、不安や混乱が生じた時に、心身の過緊張状態を軽減するための技法を体得する。 問題解決技能講座 カウンセリングや演習等を通じて、日常生活及び職業生活において問題となる行動等について、自らがその状況や原因を理解し、適切に対処するための技能を体得する。 体験利用前の面談 Aさんと面談を行い、職業準備支援体験プログラムの説明を行った。 その際、体験プログラムの設定理由と目的について改めて説明をしたところ、Aさんも「ぜひ確認したいポイントです。」と了承し、体験プログラムの利用を開始した。 アセスメントのポイント 模擬的就労場面での作業 これまでの職歴では勘違いや早合点が多く、注意障害の影響が懸念された。そのため、ミスの傾向を把握することを主眼とし、ピッキングや物品請求書作成等、場所の移動が伴う作業や複数の物品・書類に対して注意の集中・移動・配分が求められる作業種を設定した。 また、集団場面における集中力や持続力、疲労度、他者とのコミュニケーション状況を確認するために、特にピッキング作業等は集団でのグループ作業とした。 講座 コミュニケーションスキルに係る把握とAさん自身の気づきを深めるため、対人技能の講座は実施頻度を多くし、3回とした。また、ストレス対処の特徴を把握するためにリラクゼーション技能及び問題解決技能の講座を1回ずつ設定し、可能な範囲で職場で困っている場面等を想像しながら参加するよう助言した。 (2)職業準備支援体験プログラムの実施状況 第1週目 ピッキング作業 当該職業センター独自のピッキング作業であり、他の利用者5から7名と同じ場所で作業を行う。Aさんについては、問題なく作業遂行できることが予想されたため、例えば、ある指定の品物はピッキング後にゴムで束ねる等、新たに詳細なルールを追加した上で実施してもらうこととした。なお、この作業で発生するコミュニケーションは検品担当者への報告等があり、作業時間は概ね1時間半程度である。 ここでのアセスメントのポイントは、作業手順の理解力、複数の作業対象物に対する注意配分力、移動を伴いながらの照合作業の遂行力、定型的な報告スキルの能力とした。また、様々な種類のピッキング作業を多数実施してもらい、頭の中で作業の切り替えを行いながら適切に実施できるかを把握した。 Aさんは、作業開始時は慎重な様子がみられたもののミスなく正確に取り組めていた。また効率を意識した作業ぶりであり、徐々に作業量も増していった。報告についても定型的報告スキルは身についており、特段課題はみられなかった。 対人技能講座1 テーマ会話を遮り、用件を伝える 上記テーマの講座に見学参加。利用者は10名程度。はじめにテーマである会話を遮り、用件を伝えることについて、職場での必要意義や使用する場面、この場面において各自が考える課題を互いに共有した後、ロールプレイを実施した。 ロールプレイでは、発達障害の特性を踏まえ、悪い見本と良い見本を対照的に提示し、利用者間で意見交換した後にロールプレイを行った。この意見交換の際には、それぞれの利用者が、1相手の顔を見る、2都合を伺う、3用件を結論から伝える、4相手の返答に耳を傾ける、5復唱する、6お礼を言う等、細分化して整理することで自身が意識していなかったポイント等についての気づきを促した。また支援者は、ロールプレイを行う際の個々の利用者が意識するポイントを見出せるようにした。 Aさんの講座後の感想は、「自分も相手に話しかけるタイミングに迷うことがあり、特に相手の表情を観察すること、一呼吸置くこと、うまくできなくても気にせずに次回の機会を窺うこと等に関するスキルが参考になった。」と話された。 第1週目の振り返り面談 Aさんからは、ピッキングは過去に経験したスーパーの品出しに類していたため戸惑いなく作業できたと話された。また対人技能講座は、コミュニケーションに不安が大きいため大変参考になったと話された。 カウンセラーからは、Aさんが抱えるコミュニケーションの不安について、どのように参考になったのか具体的に確認したところ、「相手の様子を窺ってしまい、自分の用件を話せないことが多いことが分かった。」と話された。そのためカウンセラーは、Aさんの特徴として、他者の気持ちを窺い過ぎてしまい話せずに留め込んでしまうことがあることを共有した。またAさんの今後について、対人技能のスキル習得だけでなくストレス対処法を習得することの重要性について、カウンセラーは改めて認識した。 第2週目 物品請求書作成 品名力一ドで指示された物品をカタログで調べ、物品請求書を作成する課題。5段階のレベルの計6物品が記載されている請求書を作成する課題であり、作業手順等のワーキングメモリーの維持力、注意力の配分・維持力等の特徴が把握できる。また、この課題は事務作業の適性を把握する際に実施する単独作業の一つである(詳細は事例1参照)。 Aさんに対しては、1時間半程度、課題の内容を変えながら繰り返し実施。指示書通りに作業を進めることができておりペースも安定していたが、計算ミスが2回あった。 Aさんの作業後の感想は、物品をカタログから検索する際は間違えないように注意を払っていたものの、「計算は若干気を抜いてしまった。」と振り返っていた。 リラクゼーション技能講座 テーマ自律訓練法 上記テーマの講座に見学及び体験参加。利用者は10名程度。 リラクゼーション技能講座は、ストレス対処の必要性やストレス対処に係る知識等についての理解を深めた上で、呼吸法や漸進的筋弛緩法等の実施方法を学ぶ構成になっており、当日は、ストレス対処の一技法として自律訓練法を体験した。 Aさんの講座後の感想は、「自律訓練法は短い時間で頭がスッキリするのでよい。ストレスの対処方法についての理解が深まりそうだ。」と振り返っていた。 対人技能講座2 テーマ頼みごとをする 上記テーマの講座に見学参加。利用者は前回同様10名程度。 Aさんの講座後の感想は、「自分で引き受けて仕事を進めてしまいがちなので、相手に頼みごとができると少し楽になれそうだ。」と振り返っていた。 第2週目の振り返り面談 物品請求書作成については、「計算ミスは見直し等により改善できるものの、デスクワークは馴染みがなく気持ちが落ち着かない。」と話された。カウンセラーからは、ミスを防止する対処法を学ぶことも有益であることをフィードバックした。 また、リラクゼーション技能講座や対人技能講座においては、「リラクゼーションにも様々な方法があることを知った。色々な方法を学び、自分に合った対処法を習得したい。」といった感想や、「初めは相手によかれと思って遠慮してしまう。その結果、気づいたら自分に疲れやストレスが溜まり落ち込んでしまう。」「ストレスを溜め込んだ後は、相手に感情的に話してしまう。」と話され、過去の自分を振り返っていた。 カウンセラーからは、リラクゼーション等のストレス対処法を活用しつつ、断る、頼む等の対人技能を有効に活用することがストレス対処の重要なポイントになることをフィードバックした。 第3週目 プラグタップ組立課題 ワークサンプル幕張版の一つであり、指示者のモデリングを見て作業手順を記憶し、ドライバーを使って三叉タップ2個を組み立てる課題。単独作業で1時間程度実施したが、その間カウンセラーは、作業手順の記憶、定型反復作業における集中力及び持続力、遂行上の手際の良さ等をポイントにアセスメントを行った。 Aさんは指示者のモデリング通りに正確かつ手際良く作業を行えており、作業のペースも安定していた。 対人技能講座3 テーマ休憩時間の会話 今回は見学参加ではなく、実際に講座に参加。 Aさんの講座後の感想は、「雑談や世間話が苦手であるため、特にゴーサイン・ノーゴーサインは自分ではなかなか判断が難しいポイントである。自分はどうしても相手の気持ちを推し測り過ぎてノーゴーサインと判断してしまう傾向がある。」と話された。また、他の利用者の発言やロールプレイを見ていると、もう少しゴーサインと捉えてよいのではないかとも感じられるようになり、少し励みにもなったと振り返っていた。 問題解決技能講座 テーマ作業中に別の指示で混乱 上記テーマの講座に体験参加。 問題解決技能講座の流れは、ある問題解決場面で、1問題を明確化し、2解決策を出し合い、3適切な解決策を選定するといった一連の判断経過を細分化して整理して実施する流れとなっている。ポイントは、発達障害の特性に配慮しながらそれぞれの段階で個々がどのように捉え判断する特徴があるかを把握し、併せて対処法を検討することである。なお、詳細は図の問題解決技能講座の流れのとおり。 図問題解決技能講座の流れ オリエンテーション SOCCSS法を援用した問題解決 グループワーク(個別場面) 1問題の明確化(状況の把握S.Situation) 5W1Hその問題はいつ起こったか、その問題はどこで起こったか、関係する人は誰か、何が起きたか、何をしたか、理由は、など 目標の明確化 2ブレインストーミング(選択肢O.Options) できるだけ多く出す。ばかばかしく思えるものもとりあえず出す。人生の大目標を達成しようと思わずに、「今日からできる」解決策の案を出す。 3解決策の決定 (結果予測C.Consequences) (1)効果 その解決策案で、目標を達成できるか (2)現実性 その解決策案は自らの力で実現できるか、リスクはないのか (選択判断C.Choices)  順位をつけて最善策を選び出す。 個別場面 (段取りS.Strategies)  具体的な実行計画を立てる。 (事前施行S.Simulation)  静かな場所で再考する、他の人の意見を聴く、何が起きそうか書き留める、ロールプレイを行うなど。 (事前施行からの検討事項) 4実行 5結果の評価 6解決 Aさんは上記1から3のグループワークに参加をしてもらい、後の振り返り面談にて体験の振り返りを行った。 グループワークでの様子 1問題の明確化における状況 作業現場でよくある課題について、利用者6人が討議。問題の明確化では、ある利用者が話した5W1Hの状況について、Aさんは確認を行っていた。 2ブレインストーミングにおける状況 解決策について、思いつきでもよいのでそれぞれが意見を出し合いホワイトボードに記入するが、Aさんは遠慮して他の利用者に発言を譲ることが多く、意見を出せなかった。 3解決策の決定における状況 それぞれの解決策について、1実際に自分ができるか(現実性)、2目標を達成できるか(効果)の2側面から丸三角バツ印で判断し、ホワイトボードに記載したそれぞれの解決策にチェックを行う。1、2ともに丸印がついたものが解決策となる。 Aさんはこの日の解決策について、ある利用者が解決策として挙げた「指示が複数出ても気にしない。ひとまず、他人の評価よりも作業に集中することが大事。」という解決策に対して1、2ともに丸印をつけ、腑に落ちたようであった。 4受講後の面談 Aさんの講座後の感想は、うまく言葉にできないが、ひとまずのフレーズが対処法として少しヒントになったので参加してよかった。と振り返り、少し晴れた表情を していた。 第3週目の振り返り面談 第3週目のまとめは、第1週から第3週までの最終の振り返り面談として実施。 作業については、物品請求書でミスがあったものの全体的に高い水準で遂行できていたことを共有した。 対人対応やストレス対処については、対人技能講座やリラクゼーション技能講座を通じて、「相手にどう思われるかを考え過ぎてしまうとストレスを溜め込んで落ち込む。その結果として感情的な言い方をしてしまう。」と話され、Aさんは自分の傾向に気づくことができたと振り返った。さらに問題解決技能講座の体験参加を通じて、「誰が良い悪いという考え方ではなく、どうすると仕事が良くなるかという視点が大切ではないか。」「私は丸々と思うという伝え方を心掛けたい。」という振り返りもあった。また、どんな場面でも使える対処法はないものの、ひとまずのフレーズを使って自分に言い聞かせながら、対処法として活用してみたいと振り返った。 以上で第3週目の振り返り面談は終了。また次回1週間後の面談においては、Aさん、発達支援センター担当者、ナビゲーターに対し、アセスメントの結果をフィードバックすることと今後の支援方針を話し合う予定であることを伝達し、了承を得た。 5.職業評価結果のフィードバック カウンセラーは、アセスメントした情報とプランニングの案をまとめ、職業センターでの所内ケース会議により所長、主任カウンセラー等から助言を得た上で、Aさん、発達支援センター担当者、ナビゲー ターとのケース会議に臨んだ。 なお、当日はAさんの特徴に配慮し、分かりやすい説明用資料とAさんの感想が書かれた日誌も準備してケース会議を実施した。 (1)体験状況等について 3週間の職業準備支援の体験利用等、大変お疲れ樣でした。 今回のアセスメントの目的であった、1ストレスに感じる場面の特徴とその対処、2作業をより円滑に行うため、注意を作業に向ける際の対処方法の2点について、アセスメントの状況は下記の通りです。 1心理検査及び体験利用から、Aさんには下記の特徴がありますが、解決に向けたご自身の理解が進みつつある状況です。今後はさらに自分に合う対処方法の検討が必要であり、職業準備支援(発達障害者就労支援カリキュラム)の利用をお勧めします。 コミュニケーションでは、相手の気持ちを窺い過ぎて自分の気持ちを抑えて溜め込む特徴があり、これがストレスの主な要因となっています。 対人技能、問題解決技能、リラクゼーション技能の体験利用の結果、異なる指示を受けた場合や相手の気持ちが気になる場合などは、「ひとまず」で括弧にくくり、自分ができる作業のみに集中するなど、「一つのことに集中するための気持ちの切り替え」を重視しようという考え方に移行しつつあります。 さらにその気持ちの切り替えに加え、対人技能において具体的なコミュニケーションスキルを、問題解決技能において問題解決に向けた方法や気持ちの切り替え方の具体的な方法を、リラクゼーション技能において、職場のみならず自宅でできるストレス対処方法を身につけることが適当と考えられます。 2作業上の注意に関する特徴については、文字や記号の照合等、事務作業では一部戸惑う状況があったものの、ピッキング等実務的な作業では大きな課題はありませんでした。 しかしながら、課題の詳細についてまだ把握できていない可能性もあり、さらに職場のエピソードを聴取させていただくとともに、職業準備支援における作業支援により確認・検討することが必要と思われます。 以上について、Aさんや発達支援センター担当者等から意見を求めたところ、「より詳細な状況を把握できたことが何より安心に繋がった。」等のコメントを得た。さらに下記の支援計画について詳細を提示した。 (2)支援計画の詳細について Aさんの具体的目標 1不注意による抜けやミスを予防する方法を習得する 2自分の気持ちを相手に適切に伝える方法を習得する 3ストレスを感じやすい場面と感じた際の心身の反応を整理し、その上でストレスを予防・軽減するための方法を習得する 支援内容 職業センター 職業準備支援における講座の実施や定期的な個別面談を通じて、上記目標達成を支援するとともに、必要に応じ転職に係る相談についても適宜応じます。 発達支援センター 必要に応じてAさんの特性整理等における協力をお願いします。また、生活面での相談をお願いします。 ハローワーク Aさんに対する職業相談、職業紹介をお願いします。一般求人、障害者求人を問わず、希望条件に合う求人が出た際は、Aさんへの情報提供をお願いします。 Aさんの感想・意見 「職業準備支援を利用して上記目標に取り組み、今の職場や転職先の職場でもうまくやっていけるようにしたい。特に不注意によるミス等、苦手なことを補完する手段を知るとともに、ストレスを溜めないようコミュニケーションを上手に行えるようにしたい。」との感想であった。 発達支援センター担当者の感想・意見 「発達支援センターでの面談を通じてAさんの障害特性の整理は進んでいたが、職業センターでの職業評価を受けた結果、想定していたよりも職務遂行に係るスキルが高いことが分かった。そのため、必ずしもすぐに転職活動やオープン・クローズの選択をする必要はなく、まずは職業センターの職業準備支援を利用して対人技能やストレス対処等のスキル向上を図ることがAさんの今後にとって重要と感じた。」との感想であった。 ナビゲーターの感想・意見 「職業準備支援の利用状況を確認しながら、必要に応じて職業紹介を行いたい。」との感想であった。 6.帰すう(職業準備支援の開始から現在までの状況) 職業準備支援を正式利用し、Aさんは障害特性や対処法等について、ナビゲーションブックにまとめた。終了後は、ナビゲーターと相談しながら障害を開示した就職活動を行い、1社から内定を得た。しかしながら、在職中の職務と比較検討した結果、最終的には内定した会社は辞退した。 現在は、在職中の職場における適応上の課題について定期的に職業センターで相談を行い、職場適応に向けた取組みを行っている。 事例2 施設内作業、職場実習等におけるアセスメントとプランニング 実施機関 就労移行支援事業所 対象者の障害 重度知的障害 本事例の概要 就労移行支援事業所において、職員間で共通したアセスメントの評価項目を作成し、これに基づくプランニングを継続して実施したことにより、重度知的障害者が就職に結びついた事例です。施設内でのアセスメント等を積み重ねたことが、職場実習での事業所内でのアセスメントに活かされるとともに、就業への意欲が低かった本人の思いや考えを正確に汲み取り、就職への意欲向上や考え方の変化につなげた事例です。 参考となるキーワード 施設利用前の行動観察実習・実習評価票 施設利用時の精密評価表 個別目標・支援プログラム会議 本事例のキーパーソン 支援対象者Aさん(ダウン症のある重度知的障害者、男性、18歳、愛の手帳(東京都発行の療育手帳)2度) 参考愛の手帳の程度は、1度最重度、2度重度、3度中度、4度軽度の4つに分類されています。 主たる支援者就労移行支援事業所(担当支援員) 関係機関特別支援学校高等部(担当教諭)、福祉事務所(担当ケースワーカー) 支援経過 1.導入(依頼の経過、本人・家族の希望) 特別支援学校高等部3年時、卒業後の進路希望として就労移行支援事業所である当施設があがっていた。 施設実習(行動観察実習)時における家族面談等のやりとりでは、「重度の障害があっても、将来的に働くことにチャレンジして欲しい。」という願いを当初からもっていた。また、卒業後すぐに就業に移行するのではなく、様々な経験を積み重ねた上で、就業を目指したいとの意向から、当施設を希望していた。 一方、Aさんは、施設への興味自体は示すものの、就業の意味自体を理解できておらず、「就業」への意欲は決して高いとは言えない状況であった。 2.施設利用決定までのプロセス 図1施設利用決定までのプロセス 実習申込み (1)施設実習説明会 (2)行動観察実習 利用申込み (3)利用調整会議 利用決定 (1)施設実習説明会 毎年地区では次年度4月利用の希望者に対し、施設実習(行動観察実習)を行っており、当施設では、特別支援学校高等部3年生に向けた説明会を毎年度当初に行っている。 対象者は、卒業後の利用を希望する者であり、説明会は、施設の概要、施設実習等利用決定に向けたプロセス、作業場面の見学会から構成され、利用に向けた施設実習に関する説明も行う。参加者は、本人、家族、特別支援学校教員であり、この説明会が希望者本人と施設職員との初めての顔合わせの場となるpoint1。Aさんとの出会いも、この説明会が初めてであった。 ココがPoint1 説明会は、詳しいケースの情報のやりとりを目的にしてはいません。あくまで、当施設に対する適切な理解とラポール形成のための顔合わせを目的として実施し、必要最低限のアセスメントのみ行っています。 (2)行動観察実習(利用決定に向けたアセスメント実習)初回のアセスメントとプランニング 1五点の情報収集を行う家族面談 実習初日にAさんの状態像を把握するため、家族面談を実施しているpoint2。面談内容は下記5つのカテゴリーに分けて、聞き取りを行っている。この5つのカテゴリーにより、本人の現況や生育環境等これまでの経緯を確認するとともに、実習を行う際にもこの5つのカテゴリーを参考に支援等を行っている。 Aさんの家族面談で得られた情報(一部抜粋) 1これまでの状況(学校での様子、希望理由等) 学校での様子については、休むことは殆どなく、よく話し、歌ったり、踊ったりと陽気な性格で、普段から元気に楽しく過ごしている。一方、面接時等では緊張が強く、言葉が出なくなる場面がある。 当施設を希望した理由は、以前見学した際の印象が良く、将来は当施設に通わせたいと考えていた。 2職歴、実習歴(採用経緯、離職経験、実習経験等) 卒業後の進路としては、就業は考えていなかったため、企業実習を行ったことがない。 3学歴(学校での状況)(得意科目、友人関係等) 簡単な足し算は可。アナログ時計は読める。識字力は小学低学年程度。人間関係は、慣れた人であれば積極的に話をするが、初めての人だと緊張が強い。 4生活面(家族構成、余暇の過ごし方、趣味、得手・不得手、家庭状況) 両親、弟との4人家族。休日は父親と外出することが多い。ピアノやプールに通っている。趣味はアニメ。走ることが苦手である等、運動は全般的に嫌いである。 5健康上の留意点(病歴、服薬管理等) 服薬はなく、健康上特段必要な配慮はない。野菜が苦手で肉が大好物である等、やや偏食の傾向がある。 ココがPoint2 この時点では、「実習」が安心して行えることが目的であるため、受入れる際の配慮点など細かな情報を一度に聞き取るのではなく、必要最低限の情報に限定して収集するに留め、本人が普段の状態で実習に臨める環境づくりを優先しています。また、家族との関係性を築く最初の過程でもあるため、施設実習の進め方や連携方法等について丁寧に説明し、確認しています。 2行動観察実習、本人の面談・テスト 実習初日は、オリエンテーションにより、実習時のスケジュールやルール等の説明をAさん・家族に対して行った。実習のスケジュールは一人1週間(5日間)であり、作業実習4日(印刷班・クリーニング班で各2日ずつ)と面談・テスト1日になる。この実習でのアセスメント結果が、後述する「(3)利用調整会議」の参考資料となる。 両作業班では、作業能力(指示理解、正確性、スピード、判別力、体力)と作業態度(質問・報告、情緒安定、意欲、協調性、集中力、持続性、安全への理解)を中心に観察し、作業適性や基本的な労働習慣に関する全般的なアセスメントを行う。 具体的な作業内容は、印刷班では、1印刷機の操作、2封筒の検品(100枚の封筒の係数・不良品の判別)、3パソコンを利用した名刺作成等を行う。クリーニング班では、1タオル類の仕分け・判別、2大型アイロンを用いたペア作業、3たたみ作業等を行う。 面談・テストでは、生活面を中心に趣味や将来の希望職種などを聞き取り、意思表示やコミュニケーション能力の観察機会としている。テストでは、小学生程度の漢字の読み書き・2桁程度の四則計算・一般常識問題・作文を行う。 図2実習評価票 実習生作業場面での評価 実習生名A 作業場面クリーニング 作業期間 作業評価1できない、2あまりできない、3だいたいできる、4できる 作業能力 1指示理解2 2正確性2 3スピード・能率2 4判別力2 5体力4 特記事項 1タオルたたみは口頭での説明と見本提示だけで理解することが難しく、繰り返しの見本の提示が必要であった。 2どの作業においても粗雑になることが多く、特にタオルたたみでは、端の揃えや積み重ねが難しかった。 3タオルたたみの10分間計測は平均24枚(実習生平均は40枚)であった。 4タオル不良品判別では、大きいシミ、ほつれ、髪の毛を多く見落としていた。 5シーツローラー作業(半日立位)や納品では、特に疲れた様子はなかった。 作業態度 6質問報告2 7情緒安定3 8意欲2 9協調性2 10集中力2 11持続力2 12安全への理解4 特記事項 6自分から報告することが難しく、促されると行えていた。 7支持されたことに取り組めていたが、周囲に気をとられ、手休めがみられることもあった。 8支持を受けてからの動きに、特に意欲は感じられなかった。また、質問報告が消極的であった。 9シーツローラー作業では、相手と息を合わせることが難しかった。 10、11取りかかりは集中できるが、徐々に周囲の動きに気を取られる場面が目立った。 12作業中、危険事項を踏まえて行動できていた。 総合所見 全体的にどの作業においても、繰り返しの見本提示と声かけが必要であった。しかし、繰り返すことによって徐々に正確性やスピードの向上が見られた。 質問報告や返事は消極的であったが、促されれば行えていた。周囲の動きに気を取られがちで持続することが難しかった。 今後就労を目指すのであれば、挨拶や返事、質問報告などの徹底を図る必要があると思われる。また、作業経験を多く積み、基本的労働習慣を身につけるためにも、就労前訓練は有効と思われる。 Aさんの行動観察実習等の評価概要(図2実習評価票を参照) 両作業班での評価 Aさんの実習評価票から、印刷班では、事務補助業務で計測、判別、パソコン操作を苦手とし、集中力が低下している状況も見られた。反面、クリーニング班では、作業能力自体は高くないものの、体を使う作業を繰り返す中で、作業能率等の向上が見られた。全般的に評価値は低いが、印刷班の業務よりもクリーニング班の方に業務適性が見られた。両作業班における共通の課題点は、挨拶や報告・連絡・相談のコミュニケーション等、働く上での基本的な労働習慣の体得が課題として挙げられた。 面談・テストでの評価 就職については「1千万円ほしい、アメリカで就職する。」と話す等、生活の糧のために給与を得る必要性や、職業に関する現実的なイメージは乏しく、希望職種などは挙げられなかった。テストでは、漢字・計算・一般常識等、苦手な様子であった。 (3)利用調整会議 実習評価票を参考に地区福祉事務所主催による利用調整会議が行われ、施設利用が決定する仕組みとなっている。一人につき第2希望まで希望施設候補を挙げ、各施設での実習の様子を踏まえ、施設利用が決定する。 Aさんは、当施設希望者のうち評価値では最下位であったため、就労移行支援の2年間での就職は難しいという意見もあったが、Aさんの強い希望と今後の成長に期待して、当施設の利用が決定した。 3.施設利用に係るプランニングとアセスメント(利用開始から6か月経過まで) 更なるアセスメントとプランニング 以下のとおり、2年間の利用期間で、個別目標支援プログラムを軸にアセスメントとプランニングを行っている。1年目は作業と職場体験実習を繰り返す中で、就労意欲を高め職務への適性(マッチング)を探ること、2年目は具体的な就職活動に移っていく流れである。 入所後の6か月までは、当施設の環境に慣れ、作業を覚える点に重点が置かれ、所内活動中心のプログラムとなる。 (1)利用に係る事前情報の入手 施設利用が決定すると、入所前に出身校の担任教諭から引き継ぎを受ける機会を設けている。教育から福祉への円滑な移行を実現するためには、学校時代の情報(行動特徴、学業、人間関係面、健康面等の情報)は欠かせない。「2(2)1.家族面談」で得られた内容も参考に、特別支援学校からの個別移行支援計画と身上書をもとに、これまでの支援内容と今後の支援方針の詳細について、意見交換を行う。 図3入所から就労までの支援プロセスの流れ (2)利用開始に係るプランニング(個別支援計画とフェースシートの作成) 施設で得られる工賃への興味から給料への興味へ繋げるプランニング 入所後1か月以内に、フェースシートと個別支援計画(初期版)の作成を行う。フェースシートは、担当支援員がAさんと面談し、基礎情報の聞き取りを行う。同時に現状の様子や施設・就業への希望などを聞き取り、個別支援計画を作成している。 Aさんとの面談では、就業イメージの具体性には欠けるものの、お金(施設で得られる工賃)への興味があることがわかった。後にこの工賃への意識が、就職イコール給料へと変化し、就業意欲の向上につながっていくこととなる。 (3)入所後3か月間の観察状況 入所後1か月間は、作業中に体調不良や疲れの訴えが頻繁に見られた。午後は仕事をしたくない、職員によって態度が変わるなど、気分のムラも見られた。学校生活から作業中心の施設生活に変わり、身体・精神的にも作業に適応できない状況が続いた。 2か月目から、徐々に緊張もほぐれたためか、少しずつ気持ちも作業に向くようになり、「丸々の作業がやりたい」などの意欲的な発言が見られるようになった。ただ、気分によっては作業を拒否し注意すると、発言や行動が固まる等の態度の特徴が見られるようになった。 (4)第1回個別目標・支援プログラム会議の実施 共通の評価基準に基づく支援検討 Aさんの参加のもと、第1回会議では、入所月から3か月間のアセスメントを行い、それにより次回会議の4か月間のプランニングを行った。初回会議はAさんとのラポール等を形成するためにも重要であるが、緊張感が強く、Aさんは言葉をほとんど発しなかった。 個別目標・支援プログラム会議の概要 会議回数4か月毎に1回(年3回) 会議終了後、2か月後にモニタリングを行い、必要に応じ支援プログラムを見直すこととしている。 参加者Aさん、家族、就労移行支援事業所職員(担当支援員、管理職)、地区を管轄する福祉事務所担当ケースワーカー 内容4か月間のアセスメント結果、長・短期プランニングの作成、日々の目標設定等 目的 Aさん 1就業のために必要なことを学ぶ 2今の自分の得意、不得意を知る 3自分自身の希望の下に、長・短期プランニングをつくり、今後の活動の見通しを立てる 4今の自分にはどのような努力が必要か、自分自身で目標を立てる 支援者 支援者間の情報共有 評価点下記4段階で、作業状況等を評価 4とてもよくできている 3できている 2がんばりましょう 1できていません 図4の精密評価表を基準とし、上記評価1の場合は、障害特性が起因している可能性もあるが、1年目はまずAさんの努力や支援でスキルアップが可能かを探ることとしている。2年目に入り、なお評価1が続く場合には、Aさんの障害特性等の影響を考慮し、環境調整や企業への配慮を検討していくこととしている。 上記評価は全般的に2が中心であったが、当施設に少しずつ慣れてきたことと、友人が出来たことがプラス面として挙がった。一方、行動観察実習の際にも見られた挨拶や報告・連絡・相談に加え、言葉遣いや体調不良の訴えの多さが課題として挙げられた。 会議でのAさんとご家族のコメントとしては、「緊張はしているものの、毎日の通所は楽しい」とAさんは話し、「家でも施設で話すような丁寧な言葉遣いで話す等、少し切り替えが難しい場面もあったが、元気に通えている。」と家族は話しており、通所への慣れ等がAさん・家族のコメントからも窺えた。なお、当施設では長期目標を「就職」と「生活」の2点に分かれて設定するが、最初の目標設定は支援者から見て現実的でないことが多い。例えばAさんの場合、1回目の長期目標は、生活に関するAさんの希望が強く、「自分で働いてお金を貯める。車やパソコンも欲しい。」とAさんは記載しており、このコメントにAさんの希望が強く表れていた。この希望を大切にするためにも、言葉遣いや体調維持等の現実的な作業態度や体調管理等を向上することが、この希望を叶えることにつながることを説明して、Aさんは若干納得感が薄いようであったが、了解したpoint3。 ココがPoint3 長期目標と短期目標との連動を検討することは重要です。当施設では長期目標は就職と生活の2点に分けて設定しています。支援者から見て、本人の最初の目標設定は現実的でないことが多くありますが、例え現実的でないとしても、本人が描く長期目標を達成するために、どう具体的な短期目標を立案するかが重要であり、支援者によるアセスメント結果を基にした工夫が必要となります。基本的には、本人の希望に添いつつも、Aさんであれば、率直な希望から分かることは、「お金を得て生計を立てていく」就業に対する現実的な意識が希薄であることが見て取れ、支援者としては今後支援すべき重要な課題として、初期のアセスメント段階で捉えておくべきことと考えられます。このためにも、重要な課題、いわば目標達成に時間を要する課題を1つと、短期に達成可能な課題を1から2つ選定するステップは非常に大切となります。 以上の評価や話合いを踏まえ、4か月後の次回会議までのAさんの日々の目標設定に当たっては、Aさんの理解力や現況を考慮しつつ、はじめから全ての課題を目標にするのではなく重要な課題を1つ、そしてAさんが達成できそうな課題を1から2つと、難易度を分け、下記の通り設定したpoint4。 ココがPoint4 目標設定にあたっては、達成が難しい課題ばかりでは意欲向上に繋がらないため、目標の表現についても、本人から見てプラスの意識が働くような設定を心掛けます。また、重度の知的障害者の場合、本人の自主的な目標設定を促すために、支援者がある程度選択肢を挙げた上で選択してもらうことも支援者が配慮する重要なポイントです。 特に作業では、1終日を通じて作業ができるようにする、2たたみ作業を覚える、3作業以外でも丁寧な言葉遣いで話す、以上の3点を目標とした。 図4精密評価表 図5個別目標・支援プログラム 4.入所1年目の取組み (1)就業への意識作り 就業経験のない障害程度の重い方の大半は、就業に対して意識が低い傾向が見られる。あるいは、就業ということ自体理解できていないケースが多い。Aさんも同様であり、就職と言葉では言うものの現実味が乏しく、なぜ就職する必要があるのかを理解できていなかった。 当施設1年目のプログラムの中には、就業を意識するきっかけとなる取組みを定期的に実施している。日常の施設内訓練、4か月に1回の個別目標・支援プログラム会議に加え、職場体験実習、会社見学、永年勤続表彰式のある新年会などがあり、意欲喚起を図っている。また、一緒に作業や学習等に取り組んでいた仲間の就職が身近で決定する事態に遭遇する場面があり、副次的ではあるが、集団での支援としてこの場面が非常に良い意味での刺激となり、就職を意識する良いきっかけとなっていることに触れておきたい。 (2)プランニングのチェックと工賃による評価 労働とお金とのつながりを意識する取組み 個別会議実施後2か月が経ったところで、毎回見直しの話し合い(モニタリング)をAさんと担当支援員で行っているpoint5。短期のプランニングの進捗状況や設定目標の達成度により、個別支援計画を変更する等の確認を行う。 ココがPoint5 初期アセスメントの後に、支援を行う中で本人は長期目標と短期目標の意味を体感することになります。当施設は可能な限り支援状況を確認するための会議を開催し、目標の達成状況や現況を本人と確認するなど、重要なポイントにしています。 また、個別会議で設定した目標に関しては、毎月の工賃支給日前に、Aさんに目標達成度をフィードバックする機会を設けている。Aさんは、欲しい物を買いたいという思いから、工賃支給日を非常に楽しみにしていた。そのため、欲しい物を買うためにはお金が必要であり、お金(工賃)を得るためには目標を達成しなければいけないという意識につながるようになっていた。このように、毎月の目標のフィードバック(工賃説明)の機会は、お金と労働をつなげる場となっているpoint6。 ココがPoint6 フィードバックに際しては、目標に対する評価を伝えるだけでなく、自己評価と職員評価との違いを認識してもらい、次月への目標達成に向けた意欲向上につなげていくことが重要です。また、お金イコール働くことのつながりを伝える場でもあり、普段の作業への姿勢や目標への達成度等により工賃額が変化することを伝え、理解を深めていきます。 (3)初めての職場体験実習 働く楽しさに向けた意識作り 入所5か月目に、喫茶店での職場体験実習を行った。 学生時代には就職を希望していなかったため、職場実習の経験自体がなかった。今回の実習が初めての職場体験実習となった。 業務面は比較的評価が高く、テーブル拭きや開店準備などの工程が比較的定型化されている業務は、より理解がスムーズであり、かつ丁寧な仕上がりと喫茶店側から好評価を得た。 一方で、Aさんが気に入っているスタッフの前では張り切る様子が見られたが、接する人により接客場面での声の小ささや、業務を拒否する姿勢等、意欲の低下が見られた。また、休み時間から業務に戻る際に遅れる等の時間管理の課題、衛生面での意識の薄さも課題として見られた。 喫茶店側からは、企業で働く意識の低さや職場のルールの順守ができないという指摘も受けたが、Aさん自身は、まずは初めての実習を1か月間やり遂げ、達成感と自信につながるコメントを述べていたpoint7。 ココがPoint7 社会経験の少ない方にとっては、初めての職場体験実習の成功・失敗体験が、今後の就業への“向き合い方”に大きく影響します。今回は職場体験実習を乗り切り、できる仕事が増えた点を本人に重点的にフィードバックしています。このように「実習イコール楽しい」の気持ちを「働くイコール楽しい」に向けた流れを支援することを目標に、指摘された課題を今後改善していく姿勢が望まれます。 5.帰すう(入所2年目以降の取組み) 2年目以降の流れも基本的には1年目と同じで、個別支援計画(アセスメントとプランニング)を軸にし、プランニングのチェックから再プランニングのサイクルとなるが、具体的な就職活動を目標とした活動となる。 (1)初めての就職活動 就職面接会への参加 Aさんは、特に初対面の人の前では極度の緊張により、言葉が出なくなることがこれまでに何度もあった。就職面接会でも案の定、質問に対して一言も発することができず、不採用となってしまった。そのような中でも、小さな声で名前を言えた点だけは、これまでにない大きな変化であり、Aさんに大きな進歩としてフィードバックしている。 その後は、所内での面接練習の機会を増やすとともに、就職面接会にも積極的に参加することで、経験を積み重ねて慣れることに重点を置いた。 (2)2つの転機となる職場体験実習 マッチングの検討 1保育園で見られた適性 入所1年半までは、どの職場体験実習に行ってもやりたくない、施設の作業の方がいいとの発言を繰り返していた。しかし、初めてこの時期に、保育園で働きたいという希望が出てきたことに端を発し、3日間という短期の実習を行った。Aさん自らの希望であったにも拘わらず、入所当初と同様、実習目前になると初めての環境が苦手であることや、不安な気持ちが強くなり、実習前はあまり気持ちが乗らない等の意欲低下が見られた。担当支援員が面談を繰り返し、家族からも後押しをして貰うことにより、なんとか実習に臨むことができた。 保育園では清掃業務を中心に体験したが、作業適性としては、特にゴミ掃き・塵取りの使い方に適性が見られた。過去にあったような業務に対する拒否行動や不満の声は上がらず、3日間の実習を充実して行っている様子であった。保育園の園長や保育士からの評価も高く、職場環境として、この保育園の温かな人的環境と清掃業務の一部に適性が窺えた実習となった。 2厨房業務とのミスマッチ さらにAさんの適性業務を探りながら、就業意欲の向上を図るため、1の保育園での職場体験実習の3か月後に食堂での実習も行った。 保育園での成功体験により気持ちが保育園に向いてしまい、厨房での実習に対する意欲の低下が著しかった。スタート時点から、ここでの実習は嫌だ。やっても就職はしない等、否定的な発言があったものの、実習が始まると、パートの方と一緒に食器洗いに励む姿が見られた。 この頃から、依然として否定的な発言自体は残るものの、以前のように作業への頑なな拒否感はなくなってきた。また、適性のある業務であれば十分にこなせるものの、終日を通じた体力の維持とスピード面での課題は残り、支援者が傍にいないと手が止まる特徴が見られた。 この厨房では、Aさんが得意とする反復作業という視点から、食器洗浄業務を設定したものの、スピードを求められる作業内容であったことからAさんにとっては過酷であり、Aさんの意欲喚起にはつながらなかった。 (3)先輩や同期の就職決定による刺激 施設内の先輩や同期の就職は、就労移行支援事業所ならではの目にする光景であり、他の利用者の就業意欲を向上させる良い刺激となっている。 1年半が経った頃、Aさんが憧れていた先輩の就職が刺激となり、「施設にずっといるんだ。」と述べていたAさんが、今度は自分の番という意識が芽生えたのか、「就職したい。」「職員の言うことを聞く。」「ルールを守る。」と、これまでには聞かれなかった発言がAさんからよく聞かれるようになった。 利用期間が1年延長の3年目に入り、先輩や同期が就職し、自分が最年長となったことを意識し始めてからは、更に就業意欲が高まってきた。 (4)本人の長期目標の変化と、その後の就職活動に向けた支援 1長期目標の変化 個別会議は1年で3回、3年間で計9回行われる。Aさんが立案した長期目標には、気持ちの変化がよく現れている。1年目の夢を追っている様子から、2年目は理想と現実の挟間で悩む時期が続いていた。しかし、2年目の終盤から就職に前向きになり、第8回個別会議では、具体的な希望職種が挙がるまで気持ちが変化していった。 長期目標(個別支援計画より抜粋) 入所前1千万円ほしい。アメリカで就職したい。 第1回パソコンの仕事がしたい。お金を貯めたい。イタリア車がほしい。 第2回ビデオ屋さんに就職したい(先輩の話を聞いてかっこいいと思った)。 第3回希望がよくわからない。 第4回希望職種はわからない。土日休み、家の近く、6時間勤務以内。 第5回希望職種はわからない。就職して家族をごはんに連れて行きたい。 第6回あと1年で就職したい。ルールを守る。 第7回あと1年で就職したい。ルールを守る。 第8回B老人ホームに就職したい。就職して家族にプレゼントしたい。 2老人ホームでの雇用を前提とした職場体験実習 入所3年目の夏頃、保育園実習をイメージしながら、ハローワークにて求人検索を行った。その際、タイミングよく老人ホームの求人を見つけ、直接先方に連絡を取ったところ、雇用を前提にした職場体験実習に進むことができた。主な業務はAさんの得意業務であるホーム内の清掃作業であった。老人ホーム側も障害者の受け入れが初めてだったことから、担当支援員の助言を基にしながらAさんの特性に合わせた業務を組み立ててもらうことができた。また、老人ホーム側は即戦力としてではなく、長い目で成長を見守るスタンスであった。 Aさんの特性については、老人ホーム側に事前の理解を得ていたため、面談時に思うように言葉が出なくても、問題にはされなかった。さらに、作業上スピードは求められず、むしろ丁寧さを重視していたため、Aさんの良い面を発揮する機会となった。 老人ホーム側の受入時期の事情も加わり、職場体験実習を2回行った結果、Aさんの働く意欲が老人ホーム側にも伝わり採用に至った。 3就職後の状況 職場から家族から当施設の3者間での支え 採用後は担当支援員が定期的に職場訪問し、職場との連携を図っている。 実習・採用時は、適度な緊張感が見られたが、徐々に緊張が薄れ、時間管理のルーズさや業務の選り好みなど新たな課題が出てきた。これらの課題については、公益財団法人のジョブコーチ支援制度等を活用し、集中的に支援いただいた。現在も職場における課題については日誌や定期的な振り返りの場を設け、老人ホーム⇔家族⇔当施設の3者間で継続的に共有している。 重度知的障害者の安定した職場定着には、特に職場と家族、支援機関の連携が求められる。課題が大きくなって深刻化する前に解決するために、また情報を早期にキャッチするためにも、3者の連携が必要不可欠である。 事例3 体験利用プログラム、医療機関からの情報収集等によるアセスメントとプランニング 実施機関 就労移行支援事業所 対象者の障害 精神障害 本事例の概要 就労移行支援事業所において、精神障害者に対する入所前のアセスメント、入所時の個別支援計画の策定、入所後のモニタリングと個別支援計画の再策定について紹介する事例です。特に、医療機関からの情報収集、本人との面談、体験利用プログラムの実施等における工夫によって、本人の希望や健康状態等をきめ細やかに把握し、本人の意欲の向上や本人自身の特性への気づきを大切にしながら、丁寧にアセスメントとプランニングを進めている事例です。 参考となるキーワード 医療機関からの情報収集 精神障害の特徴を踏まえた段階的な目標設定 長期目標と短期目標の設定 定期的な振り返り面談 体験利用プログラム 本人と支援者の共通言語 モニタリングと再プランニング 本事例のキーパーソン 支援対象者Aさん(精神障害のある20代の女性) 主たる支援者就労移行支援事業所(担当職員) 関係機関精神科病院デイケア(ソーシャルワーカー) 支援経過 1.相談受付 精神科病院デイケア(以下、DCという。)のソーシャルワーカー(以下、PSWという。)より電話があり、現在、DCを利用されているAさんの就労移行支援事業所(以下、B事業所という。)利用についての相談があった。そこで、B事業所の職員(以下、職員という。)がPSWに主に4点の聞き取りをしたところpoint1、 1DC通所を開始して1年が経過、現在では週4日休みなく通所ができている。 2一般就労の経験はあるが、対人関係がうまくいかず退職している。 3就労意欲は高いが、5年間のブランクに不安を感じている。 4PSWもDCから直接就職することに不安を感じている。 とのこと。まずは施設見学をしてもらうこととし、見学日にはPSWの同行を依頼したpoint2。 ココがPoint1 関係支援機関を通じて相談があった場合、受付の際、以下に留意して聞き取りを行う必要があります。 1現在の状況(病状または生活リズムは安定しているか) 2今までの職歴(働いた経験はあるのか?あればなぜ辞めたのか) 3施設利用の動機(利用動機が本人にあるのか) 4支援者から見た本人の様子はどうなのか ココがPoint2 見学では多面的に情報を得ることと、紹介者にもサービス内容を直に知ってもらうことを目的に、紹介者に同行をお願いしています。 2.施設見学 相談受付をしてから数日後、Aさんが施設見学に来所された。職員は最初に面談を行い、見学用面接シート(図1)の記入を依頼し、それに基づきAさんの現在の状況を聞き取ったpoint3。Aさんからは、「6年前から病院に通院しており、医師からは統合失調症と診断を受けている」「5年前に1回だけ入院した経験がある」「DCは主治医の勧めで2年前より通い始めた」「現在は休みなく通えている」「就職したい気持ちは強いが、以前の職場(給食センター)を対人関係のトラブルで辞めたため、また同じ事を繰り返してしまうのではないか不安がある」等の話があった。 ココがPoint3 本人は初めて施設見学をするため、利用するか否かはまだ決定していません。したがって、事細かな聞き取りは行いませんが、最低限の情報として、現在の生活状況、病気の安定度、就職する上での課題や意向等を収集します。そして、事前に関係者から聞き取った情報と併せ、本人の現状がイメージできるようにしていきます。 図1見学用面接シート 利用希望面接用シート 氏名ふりがな、電話番号、現住所、生年月日 現在の状況をお聞きします。差し支えのない範囲でお答えください。 関係機関について 1、精神科(神経科)はどちらの病院に通われていますか 2、主治医の先生のお名前をお書きください 3、診断名をお聞かせください 4、担当ワーカー(医療相談室等)のお名前をお書きください 5、主治医やワーカーの他に相談できる方はいますか いる、いない いるに丸をされた方は具体的にお聞かせください 6、こちらの施設をどなたに紹介されましたか 生活についての質問 7、同居のご家族は何人ですか 8、家族構成をお聞かせください 9、受給されているものがあれば丸をつけてください 障害年金 級、生活保護、その他 10、障害者保健福祉手帳はお持ちですか はい 級、いいえ 仕事についての質問 面談の後、施設概要の説明、実際の館内案内を行った。Aさんからは「みんなきびきび働いていて本当の職場のように見えた。」との感想があり、「大変そうだけど早く働きたいのでB事業所で頑張りたい。」との利用希望が示された。職員からは「体験利用について」の資料を渡して、PSWと相談の上、正式利用の前に3日間の体験利用の実施を検討することを提案したpoint4。 ココがPoint4 見学終了後、多くの方がすぐに正式利用を希望しますが、利用を開始すると、早く働きたいという思いから焦りが出て、やはり通所ではなく仕事を探しますと話す方や、実際、トレーニングに入ってみたらとてもきつかった等、安定通所につながらない方などがいます。正式利用の前に具体的なイメージを持たずに通所を開始すると、このようなミスマッチが起こるため、体験利用の実施は効果的です。また、体験利用は支援者側にとっても良いアセスメントの機会となっています。 3.体験利用 Aさん及びPSWから体験利用の希望を確認し、以下の流れで支援を進めた。 体験利用の流れ 1 担当職員との事前面接 ここでは体験実習事前面接シート(図2)を使い、体験利用の希望動機、体験利用の目標、配慮して欲しいことなどを本人から聞き取ります。そして、出来るだけ事業所を紹介した支援者にも同行をお願いし、紹介者からのコメントももらいます。 2 3日間の体験利用 作成したスケジュールに基づき行います。フォーマットは図3のとおり。 基本的にはB事業所のトレーニング部門の作業(後述)をすべて体験してもらいます。 3 職員との面接 体験が終了した後、本人・紹介者・職員の3者で振り返りをします。 この時に、B事業所を利用しての感想や最初に立てた目標の評価、また、体験を通して把握した新たな課題などを共有します。その上で、利用を希望する方は正式利用へとつながります。 図2体験実習事前面接シート 氏名、年齢 体験実習期間、年月日計3日間 体験実習中の連絡先 家族氏名、続柄、電話番号 紹介者機関名、担当者、電話番号 体験実習を希望した理由 体験実習の目標 配慮してほしいこと 紹介者のコメント 図3体験実習についてのしおり 実習者 実習期間 実習時間 実習内容 担当者 一日のスケジュール 9時半2階ホールにて朝のミーティング(初日は9時半に3階事務室に来てください)10時実習開始12時終了(希望された方は昼食休憩)13時実習開始15時実習終了 必要な持ち物 昼食代五百円(希望する場合)、上履き(かかとのあるもの)、手ふきタオル(弁当宅配部門実習用)、ハンカチ、その他筆記用具など その他留意事項 動きやすい服装でおいでください 昼食を希望する場合は、お支払いいただきますのでご用意ください (1)事前面接で確認したこと 利用動機 仕事をしたことはあるが、経験が少ないので様々な仕事を体験してみたい。 目標 目標は、1対人関係の練習をする、2仕事をする体力があるのか試してみる、3休まないで3日間通うの3点。 配慮事項 強く指示されることが苦手なので、そのような指示の仕方は避けて欲しい。 PSWの意向 現在は病状も安定して問題なく過ごせているが、そこに仕事が加わった時、どの様な生活になるのかを考えるきっかけにして欲しい。 (2)3日間の体験利用で把握したこと 体験期間中は、全体的に緊張は高いものの目標通り休むことなく通所し、無事体験利用は終了となった。対人関係面については、作業が媒介となるトレーニング中より、何も媒介がなくなる昼休みに緊張が高くなった。一人で新聞を読んだり、書き物をしたりとどうにか時間を過ごした。 (3)振り返り面接で共有したこと 後日、体験利用の振り返りを行い、Aさんから「無事に3日間通えたことはうれしかった。」「B事業所を正式利用したい。」という希望が出された。職員からAさんに体験利用中に感じたこと等を聞き取ると、「思ったより体力がないことに気づいた。」や「久しぶりの厨房作業に戸惑った。」「知らない人ばかりだったので緊張した。」など、作業面や対人関係面で新たな気づきがあった事も話された。また、PSWから「仕事が加わった時の生活は、今までの生活と何か変化があったか?」という問いかけに対しては、「ご飯を食べてお風呂に入るのが精一杯で、すぐに寝てしまった。」との返答もあった。 今回出てきた様々な気づきに関しては、事業所の正式利用時の目標検討に活かしていくことを、Aさん、PSW、職員の3者で共有したpoint5。 ココがPoint5 正式利用後のトレーニングにおいて、本人のモチベーションや意欲の維持は非常に重要になるため、B事業所における体験利用では、自分はB事業所でやっていけるのかを本人自身が実感し、見極める期間として位置付けています。したがって、困った際のフォローは行いつつも、支援者からの介入や行動観察等は少なくし、本人の気づきを重要視しています。 4.正式利用までの準備 Aさんから正式な利用希望が出され、正式利用に向けての準備を進めた。 体験利用終了から正式利用までの準備 1インテーク 生活歴、職歴、病歴などの細かい情報を収集する機会を持ちますpoint6。図4を参照。 2利用契約 この契約を交わし正式利用が始まります。また正式利用の際には、主治医の意見書の提出をお願いし、どのくらいのトレーニング期間が必要か、向上が必要と思われる職業準備性は、病状悪化のサインはなど主治医の就業や病状についてのアドバイスをもらいます。この主治医のアドバイスと、本人の希望をすりあわせながら、開始時のトレーニングの内容(通所日数やトレーニング内容)等の個別支援計画を決めていきます。 図4初回面接(インテーク)シート 氏名ふりがな、電話番号、現住所、生年月日 主な生活の相談者は誰ですか 主治医、ワーカー、市町村窓口、支援センター、社会復帰施設、デイケア、保健福祉センター、家族 現在利用している制度はありますか 自立支援医療、精神保健福祉手帳 級、障害年金 級、ホームヘルプ、権利擁護 生活について 家族と同居、一人暮らし、生活保護、仕送り、障害年金、その他 現在の医療機関 病院・クリニック名、主治医名、週に何回何曜日に通院 入院の経験はありますか はい、いいえ 服薬について 朝、昼、晩、寝る前 生活歴 年(才)、月、ライフイベント・学歴、病歴、職歴(職業、会社名、OかC)、福祉サービス、その他 調子が悪い時の自覚症状 主な退職理由 家族 備考 就労するまでの道筋・紹介先からの経過 生活の中で困っていること 制度について、対人関係について、家族について、病院や病気について、お金について、家事について住まいについて、自立について、将来について、日中の過ごし方について 就労するうえでの課題・目標 その他 ココがPoint6 「施設見学」「体験前面接」など、正式利用につながるまでに利用者についての情報収集をする機会は何回かありますが、正式利用前の面接で初めて「生活歴」「職歴」「病歴」などの細かい個人情報を確認します。この時の注意点として、本人にとっての話しやすさに十分に配慮(「話したくない事は話さなくていい」とあらかじめ伝えておく等)した上で話を聞くことや、支援者が一方的に質問をして、尋問の様にならないようにすることが大切です。 最初に行ったインテークの場面では、「小さい頃は活発であった」「学生時代から集中力が続かない、体がだるいなどの不調のサインがあった」「病気になったきっかけは職場の対人関係で悩んだためだった」「B事業所を1年くらい利用したら仕事に就きたい」などを話されたpoint7。 ココがPoint7 精神障害者に対する支援に際しては、「自分が理解してもらえている」という安心感を持てるようにすることが今後の支援者との信頼関係の構築に重要です。本人の話したいスタイルで話を聞きながら「発病のきっかけ」「再発の要因」「離職理由」「将来の希望」など、病気や職業的課題、さらにその方の意向を確認していきます。 また、主治医に作成を依頼した主治医の意見書には、「病状は落ち着いている」「ストレスが留まると疲労感が強くなる」「就業に際しては本人の病気への理解が必要である」などのアドバイスがあったpoint8。 ココがPoint8 精神障害は疾病と障害が併存する障害です。したがって、障害からのアプローチ(福祉側)のみでは、有効な支援を提供できません。必要であれば医療側からの意見も聞きながら、医療と福祉、双方で足並みを揃えながら進めていく事が重要です。 以上の情報収集から職員は、集中力が続かない、対人関係、ストレスが留まると疲労感、病気への理解など、Aさんの今後の就業支援のキーワードを拾い上げた。Aさんは開所当初から、B事業所に毎日通所したいという希望を示したが、職員は、就業への意欲は強いがやや焦り気味と感じたため、Aさんの希望はゆくゆくの目標として、まずは週3日の通所から開始とし、慣れるにしたがって徐々に日数を増やしていく事を提案し、利用契約を締結した。 5.プランニング(個別支援計画)の作成 正式利用後は、以下の流れでAさんはトレーニングを受けることとなります。 正式利用中(2年間)のトレーニングの流れ 1基礎トレーニング期(利用開始から3か月を目安) この時期の目標は、安定した施設通所です。作業工程が少なく、体力的にも負荷の少ない軽作業を行ってもらいます。併せて、ワークサンプル幕張版を活用して通所開始時のアセスメントを行い、その方の課題や、トレーニングの方向性をみていきます。 2実践トレーニング期(利用3か月から1年を目安) この時期の目標は、就業に向けた作業スキルの向上です。「力をつける、作業の正確性を身につける、作業スピードや効率を上げるなどを、施設内外の支援を通じて実際の職場を想定したスキルを身につけます。 3就業チャレンジ期(利用1年以降を目安) この時期の目標は、文字通り就業へのチャレンジです。今までのトレーニングを振り返りながら、必要であれば、企業実習などにも取り組みます。そして、自分は実際どのくらい働けるのか、自分に適した職業はなど、具体的なマッチングや就職後の留意事項等を明確にしていきます。 上記2年間のトレーニングでは、以下のとおりトレーニング部門、就労プログラム、個別相談の3つの支援を提供しています。 トレーニング部門 基礎トレーニング期 部門1軽作業 作業内容シール貼り、チラシ折り等 作業の特長利用開始後、最初に入る部門です。座って出来る作業で、手順も非常にシンプルです。B事業所への通所のリズム作りを目的とした部門です。 部門2ワークサンプル幕張版(事務作業) 作業内容伝票仕分け、書類ミスのチェック作業、PC入力等 作業の特長利用開始から2週間後程度から入る部門です。基本的な事務作業を練習教材を使って行ないます。併せて、挨拶、報連相など基本的な職場のコミュニケーションや、メモを取る習慣をつけるなど、働く上での基本的な習慣を身につけます。 実践トレーニング期 部門1弁当宅配 作業内容弁当配膳、食器洗い、配達等 作業の特長地域のお客様にお弁当を宅配する部門です。共同作業を通して、指示通り作業する力や時間を意識した働き方を身につけます。また、配達、注文などでの役割を通してコミュニケーションの練習もします。 部門2環境整備 作業内容トイレ清掃、事務所清掃、マンション清掃等 作業の特長館内清掃をする部門です。まずは、清掃道具の使い方を学び、一人で作業を進める力と周囲に配慮するなどの清掃の基礎を身につけます。さらに進むと外部のマンション清掃の体験もします。 部門3事務補助 作業内容PC入力、電話対応、郵便物仕分け、資料作り等 作業の特長施設内の事務補助作業を行なう部門です。実際の業務を通して、一人で作業を進める力や時間に合わせた業務の進め方などを身につけます。また、報連相、来客対応、電話応対などを通して事務職で必要なコミュニケーションスキルを身につけます。 部門4リネン作業(特別養護老人ホーム)施設外支援 作業内容入所者の衣類洗濯、たたみ、返却等 作業の特長特別養護老人ホームにて外部実習を行います。3人で分担して行なう作業を1日5時間行ないます。 部門5喫茶サービス施設外支援 作業内容開店準備、接客、弁当配膳等 作業の特長喫茶店にて外部実習を行なう事ができます。少人数の利用者が職員と分担しながら喫茶店、厨房の仕事を進めていきます。 就労プログラム 精神障害は疾病と障害が併存する障害のため、疾病の理解とコントロールは就業の際も非常に大切な要素となります。そこで、自己チェックリスト等のツールを使いながら、疾病や障害に対する自己理解の促しなどを目的とするプログラムを行っています。併せて、企業が求める人材や能力のイメージ作り、面接の練習など、就職に必要な知識や心構えなども学んでいくものとしています。 個別相談 利用者一人ひとりに合った支援を行うため、B事業所では担当制を取っています。利用者と担当職員はこの個別面接の場面で、日々のトレーニングを振り返り、就業に向けての課題や目標を共有します。 Aさんの通所開始にあたって、職員はサービス管理責任者の同席のもと、基礎トレーニング期となる最初の3か月間の個別支援計画書(プランニング)の作成に取り組んだ。 職員は正式利用の事前相談や体験利用の振り返りの内容を改めて確認しながら、Aさんのニーズを聞き取ったpoint9。ニーズについては1年後を目安にした長期目標と、3か月後を目安にした短期目標に分けて聞き取っている。Aさんは長期目標については「事業所を1年くらい利用したら仕事に就きたいので、早く毎日B事業所に通えるようになる。」という事を、短期目標については「通所すると決めた日はB事業所に休まず通えるようになる。」と話された。 ココがPoint9 個別支援計画は、支援者が一方的に提供するものではなく、利用者の言葉を反映させながら、利用者と支援者の双方で作り上げていくことが重要です。 そこで職員は、「事業所に毎日通えるようになる。」をAさんの長期目標に、それに近づく具体的な短期目標として、以下の2点を提案した。 1決めた日は事業所に休まず通い体力をつける。 2事業所の通所にあった生活のリズムを作る。 補足として、1はAさんが体験利用を経て気づいたものである。2はPSWからの要望にもあり、通所先がDCからB事業所に変わる大切な時期なので、安定したリズムを崩さないようにするための目標であるpoint10。このように、Aさん、職員が双方で意見を出しながら個別支援計画を立案した(図5)。 ココがPoint10 精神障害は疾病による中途障害です。「疾病の前と後で自分は何が変わったのか」をイメージし、その上で「自分はどの様な働き方がしたいのか」「そのためには何をトレーニングすればよいのか」等を本人がイメージし、言語化していくには時間がかかります。したがって、精神障害者の方々のニーズ把握やアセスメントは時間をかけて緩やかに行う必要があり、最初の個別支援計画は、休まず通うやB事業所に慣れるなどの基本的なものを設定し、モニタリングを行う中で、少しずつ個別性のある目標へと変化させていくことがポイントです。また、利用当初は環境に慣れること、安定した通所ができることなど、トレーニングを行える土台作りが大切であり、利用日数についても、最初から週5日の通所は設定せず、週3日を目安に、その人の体力や緊張度などを見ながら無理のない日数を設定します。 図5個別支援計画書(初回) 利用者の意向 高校卒業後は、調理の専門学校へ進み、学校給食の仕事を始めた。仕事は好きだったが職場の対人関係がうまくいかず病気となり退職となった。希望としては、もう一度調理の仕事に戻りたい。でも、働いていない期間が少し続いたので復職が不安。そのため、事業所に毎日通えるようになって、働ける体力を取り戻したい。苦手だった対人関係の練習もしたい。 支援の方針 仕事のブランクが長いので、生活のリズムの見直しや、仕事が出来る体力をつけ、トレーニング時間を延ばしていくことが主な支援方針です。さらに作業を通し、ご自分の作業特性や、仕事を継続していく際のポイントを整理する事が出来るとよいのではないかと思っています。最初の3か月は、まずは施設に慣れて、今までの生活からの変化を乗り切る事が最優先となります。 解決すべき課題 1.体力が落ちてしまった。2.生活のリズムが時々、崩れる時がある。 目標(3か月) 1.決めた日は休まず通い体力をつける。2.通所にあった生活のリズムを作る。 支援の内容 軽作業(シンプルな手順・1時間ごとに休憩・座り仕事)で小さな負荷から訓練を始め、慣れた段階で適宜、他の作業に参加する。 いつどこで期間など 週1回の定期面談で日々のトレーニングを振り返り、必要であれば支援内容の修正を行う。 6.トレーニングを通したアセスメント 個別支援計画を基に、Aさんのトレーニングがスタートした。トレーニング中は週1回個別相談を行うこととし、そこでトレーニングの感想、不安に感じること、対人関係で気になることなどを話してもらうこととしたpoint11。 ココがPoint11 通所開始からの3か月間は、安定通所につながるか否かの大切な時期であり、個別相談を行いながらきめ細やかな支援をする事が重要です。 通所開始後のAさんは、念願であった就業への足掛かりが見え出したためか、休むことなく事業所に通い、作業については基礎トレーニング期の部門のみでなく、実践トレーニング期の部門にも少しずつ入り始めるなど、積極的にトレーニングに参加していた。個別相談でも「緊張しているがやりがいがある」と笑顔で話された。職員は、この状況を紹介者であるPSWへ伝えたところ、すでに外来通院の際に、Aさんから直接「元気で頑張っている。」と嬉しそうに報告があったとのことだった。併せて、主治医やPSWの意見を聞くと、「順調な滑り出しだと思う。」とのことだった。 この様な状況を踏まえ、通所が順調だと判断した職員は、2か月を経過したところで、通所日を3日から4日へ増やすことを提案した。Aさんからも「ぜひ、チャレンジしたい。」との意向があり通所日数の変更をした。 しかし、変更から2週間が経過した頃、Aさんに変化が表れ始めた。具体的には、今までできていた作業でミスがでる、作業確認の回数が多くなるなどがあり、作業中、混乱することもあった。また、表情も優れず、周囲の言葉に敏感に反応したり、周りを気にする素振りも多くなった。そこで、この変化を気にした職員は臨時面接を行い、最近の様子について聞き取った。 Aさんは「大丈夫」と話したが、職員から「今まではとても明るい表情で通所していたが、この頃は表情が優れないように見える。」や「作業中に周囲の音や言葉に非常に敏感になっている印象を受ける。」などを率直に伝えたところ、「周りが気になってしまう。」「みんなが自分の悪口を言っているのではないかといつも考えている。」などを話された。また、「このような状態になるのは初めてなのか」との問いには、以前にもあったとのことであり、「どういう状況でこのような事が起こるのか」という問いには、「疲れたり、緊張が強くなるとよく起こる。」と話された。 職員は、こんなに頑張っているのだから、Aさんの悪口を言う人はB事業所には誰もいない旨を伝えた上で、「多分これは頑張り過ぎたために出てきたものなので、週4日をもう一度週3日に戻して様子をみる。」「これは病気が伝えている疲れのサインだと思うので、今後もこの様なことが起こった場合は支援者に発信する。」の2点を提案した。Aさんは、多少半信半疑の様子ではあったものの「そうしてみます」との返答があり、一旦、通所日を3日に戻すことにしたpoint12。 ココがPoint12 困りごとや不安があっても、自分の気持ちをうまく言語化できないために、大丈夫ですと話される方もいます。そういった方には、言葉でまとまらなくても、不安や困りごとをどのように感じているかの感覚だけでも話してもらい、支援者が代わりに言語化しながら、両者で共有することに努めます。時間をかけて丁寧に相談しながら、本人にフィットする共通言語を見つけ出していく事が、支援者側に求められる力だと思います。本事例では、疲れのサインが重要な共通言語となります。 併せて、病状悪化の可能性もあるため、Aさんの了解を取って主治医へ相談をしたところ、「支援者に相談が出来ているので大丈夫だと思うが、しばらく通所を3日に減らしても、症状が変わらないようならばまた連絡がほしい。」との助言を得た。 職員は、この間の本人の様子と主治医からのアドバイスを踏まえ、B事業所スタッフ間で下記の方針を共有したpoint13。 1通所日を週3日にする。 2作業内容を軽作業のみにする。 3昼食時などの対人関係が濃密になる時間はスタッフがこまめに声かけをする。 そして1か月弱この様な働きかけを続けたところ、Aさんの様子にも変化が見られ、作業中の混乱がなくなり、必要以上に焦って仕事をすることもなくなった。また以前の様な明るさが戻り、表情の硬さも和らいだ。個別相談では、「周りのことがそんなに気にならなくなった。私の思い過ごしだったのかもしれない。」との話があり、Aさんと職員は時間をかけて通所日を4日に戻していくことを共有した。 ココがPoint13 トレーニングを支えているのは個別支援計画です。個別支援計画における目標は、トレーニングを進めるうえで利用者と支援者の共通言語となります。トレーニングの状況をみながら、目標達成に向けた最適な方策を常に検討し、見直していきます。 Aさんの3か月間のトレーニングを通じてアセスメントしたこと 個別支援計画書の目標1決めた日はB事業所に休まず通い体力をつける。 職員のアセスメント目標を決めるとそれを忠実に頑張る人。しかし、頑張り過ぎている自分に気づかず、休むことが上手く出来ないため、時にはスタッフが助言してトレーニングの負荷を下げたり、対人関係の調整をする支援が必要である。また、不調のサインについて共通の言葉を作り、Aさんと共有することが必要である。 個別支援計画書の目標2通所にあった生活のリズムを作る。 職員のアセスメント休みなく通所しており、通所が生活リズムの一つになっている。今回は、一旦達成した目標として評価する。しかし、今後さらにトレーニングの負荷がかかると支援の必要が出てくる項目となりうる。 その他Aさんと共有したこと 途中、頑張り過ぎて、疲れが出た時もあったが、上手に休みを入れて乗り越えることができた事をAさんと確認。また、人の目が気になる、人が自分の悪口を言うなどの思考は、疲れのサインである事をAさんと共有した。 7.モニタリングを通した再プランニング AさんがB事業所への通所を開始し、3か月が経過した。そこで職員は、サービス管理責任者に状況を報告し、この間の振り返り(モニタリング)を行って新たな個別支援計画書(再プランニング)を作成することを提案した。 新たな個別支援計画書の作成にあたり、Aさん、サービス管理責任者、職員の3者面接を実施したpoint14。 ココがPoint14 当初の個別支援計画は、トレーニングを受ける土台作りを第一のねらいとしているため、比較的個別性が低い目標や支援内容になっていますが、利用を通して徐々に個別の課題や対応が生じてきます。したがって、個別支援計画の再作成では、就業に向けた現実的かつ利用者の希望に沿った個別性の強い内容となるよう、以下の手順で丁寧に進める必要があります。また、個別支援計画の再作成は、「障害や疾病に係る本人の気づき」「本人の特性に対する支援者の理解」の促進に繋がります。 1個別相談にて本人・支援者双方の感想を共有する 2目標以外の新たな課題が出ている場合に取り上げる 3新たな目標について、本人・支援者の意見・思いを共有する 4 1から3の事柄を踏まえて個別支援計画を再作成する まずは、Aさんから目標の達成状況について感想を聞き取った。Aさんからは、「毎日が新しいことばかりで緊張はしたが、やりがいのある毎日であった。」「休まずに通い続けられたことは良かった。」「まだまだ覚えることが多いので大変である。」等を話された。 職員からは、「この3か月、常に前向きに頑張った。」「途中頑張り過ぎて、疲れのサインが出たときもあったが、上手に休みを入れながら乗り越えることが出来た。」などを伝えた。また、当初の個別支援計画では、クローズアップされていなかった「疲れのサイン」について、Aさんの意見を確認すると、「週4日にして頑張ったら人が悪口を言っているように感じて調子が悪くなった。」「少しトレーニングのペースを落としてみたら楽になった。」などを話された。 さらに、次の3か月の目標についてAさんの希望を確認すると、「もう一度週4日にチャレンジしてみたい。」「軽作業以外の作業は難しいため、上手く覚える工夫を考えたい。」の2点が挙げられた。職員からは「トレーニングを頑張るだけではなく、疲れのサインを上手に活用しながら、無理のないトレーニングを重ねて欲しい。」旨を説明し、Aさんの了解を得たpoint15。 ココがPoint15 個別支援計画における目標は、就業に近づくためのものであると同時に本人の自己評価が上がるものであることが重要です。したがって、スモールステップを提示しながら、過度な負荷はなく、その上で、本人が就業へ近づいていることが実感できるものにしていくことが重要です。 以上を踏まえて、職員から今後のAさんの目標について、長期目標は前回同様、B事業所に毎日通えるようになるとし、具体的な短期目標を以下の3点へと変更することを提案した。 1週4日通所へチャレンジする。 2通所する中で疲れのサインが出た場合は、支援者にすぐ発信する。 3自分にあった作業の覚え方を支援者と一緒に考える。 Aさんは、上記の3点について了承。その他では、「通所から3か月たったのに、まだ話せる友達が出来ないこと」「周囲になじめずいつも緊張していること」などの対人面での不安が語られ、「対人関係の目標も設定したい。」との意向もあったが、それについては、「まだ3か月しか経っていないので、周囲との対人関係には自然に慣れていくであろうこと」「事業所利用の目的は就業なので、友達作りを第一に考えなくても良いこと」などを伝え、今回の目標には挙げない事を共有したpoint16。 ココがPoint16 目標設定をする際、本人は就業への思いの強さから、多くの目標を設定したり、すぐには達成が困難な目標を設定することがありますが、達成につながらなければ、本人の失敗体験のみが膨らんでしまいます。そのため、本人から要望があっても、時には支援者が今回は見送るという判断をすることも必要です。 図6個別支援計画書(第2回目) 利用者の意向 高校卒業後は、調理の専門学校へ進み、学校給食の仕事を始めた。仕事は好きだったが職場の対人関係がうまくいかず病気となり退職となった。希望としては、もう一度調理の仕事に戻りたい。でも、働いていない期間が少し続いたので復職が不安。そのため、事業所に毎日通えるようになって、働ける体力を取り戻したい。苦手だった対人関係の練習もしたい。 支援の方針 生活のリズムの安定、体力・体調のコントロールをつづけ、さらに就業時間を延ばすことを目標としていきます。また、トレーニング内容も軽作業を卒業して、実践トレーニングの3部門への移行を図っていきます。また、就労プログラムに積極的に参加し、病気や障害の知識なども深めていきましょう。 解決すべき課題 1.20時間働ける体力をつける。2.病気を上手にコントロールする。3.難しくなった仕事への対応。 目標(3か月) 1週4日通所へのチャレンジをする。2通所する中で疲れのサインが出たら支援者にすぐ発信する。3自分にあった作業の覚え方を支援者と一緒に考える。 支援の内容 週4日を基本とするが、必要であれば休息を取るなどのアドバイスをする。必要であれば支援者からも声かけをして、サインを一緒に共有する。各部門の担当と、本人に合ったメモの書き方や、マニュアル作りを考える。 いつどこで期間など 週1回の定期面談で日々のトレーニングを振り返り、必要であれば支援内容の修正を行う。 8.帰すう 現在、Aさんの利用開始から10か月が経過している。通所日は週4日から5日へと増え、長期目標であった事業所に毎日通えるようになるについても実現している。疲れのサインについては、発信が上手になりサインが出たら休みを取るという方法で対応している。また、周囲と上手くなじめないという悩みも、時間の経過や通所日が増えたことによって、徐々に周囲への緊張が和らぎ、近頃ではメールのやり取りやお茶をする仲間もできてきたようである。 今後については、長期目標を就業に向けた具体的な準備を始めるへと変更し、トレーニングの場も事業所の施設内作業から施設外実習へと広げていく予定である。また、疲れのサインについても、今までのサインが出たら休むからサインが出ない働き方を知ると、より就業を意識したものに変化させていく予定である。 事例4 各種検査、体験利用プログラム等によるアセスメントとプランニング 実施機関 就労移行支援事業所 対象者の障害 高次脳機能障害 本事例の概要 就労移行支援事業所の体験利用でのアセスメントを通じて、職業上の課題に関する自己理解に焦点をおいて、高次脳機能障害者に対して支援計画を立案した事例です。 参考となるキーワード アセスメントシートと実習評価票等のアセスメントツールの活用 長期目標と短期目標に基づいた支援者と本人との共通認識作り 高次脳機能障害に起因する職業上の課題に対する自己理解の促進 本事例のキーパーソン 支援対象者Aさん(脳出血による高次脳機能障害のある50代の男性) 主たる支援者就労移行支援事業所(就労支援員(高次脳機能障害支援拠点施設コーディネーター)) 関係機関相談支援事業所(支援員) 支援経過 1.利用の経緯(相談支援事業所からの連絡) 相談支援事業所支援員から就労移行支援事業所(以下、当施設という。)へ連絡があり、高次脳機能障害者として現在リハビリテーション施設にて生活訓練を受けているAさんが近々退所となるため、今後の支援について相談したいとのことであった。 電話での聴取事項 これまで3社、27年間にわたり営業職で勤務してきたが、倒産を機に牧場作業員として新たな仕事を開始。その1か月後、牧場での勤務中に脳出血を発症。外科的手術は行わず保存的治療を受けた。 1か月後に回復期リハビリテーション病院へ転院。さらに3か月後に転院し、現在は高次脳機能障害支援拠点機関であるリハビリテーション施設に7か月間入所し、生活支援と就労支援訓練を受けているとのことであった。 近々退所予定であるが、就業を目指しているため就労移行支援事業の利用を希望しており、見学を兼ねて当施設に来所し、初回面談を受けたいとのことであった。 2.初回面談と体験利用によるアセスメント (1)初回面談及び施設見学の状況 Aさんは、家族と当施設へ来所した。施設概要の説明と見学をパンフレットに基づき行いpoint1、アセスメントシートによる聞き取りを2時間程度、当施設就労支援員(高次脳機能障害支援拠点施設コーディネーター)が行ったpoint2。 ココがPoint1 口頭だけでなく、文字や写真が入ったリーフレットも提示するなど、具体的にサービス内容を説明することで本人の理解をサポートするのもポイントです。 ココがPoint2 高次脳機能障害者に対しては、聞き取りの際、単に話された内容を収集するだけでなく、本人がどのような言葉かけに対して理解しやすいかも観察することが重要です。なお、ケース会議や就職面接会、職場実習の打ち合わせ等、支援者や企業等の立場が異なる複数の者がいる場面では、自分の氏名や立場を本人に分かりやすく伝える必要があります。相貌失認や記憶の障害が有る場合には特に留意が必要であり、場合によっては写真と文字を用いたカードを渡す等の配慮を行う必要もあります。 その時点のAさんと家族の状況は下記の通りであるpoint3。 Aさん・家族の状況等 Aさんの状況 早口で滑舌が悪く聞き取りづらい。ゆっくり話すよう促すと、そうしようとはするものの、失語症で会話がかみ合いにくい。なお、Aさんは互いのコミュニケーションがかみ合いにくいことに、気付いている様子である。 Aさんのニーズ とにかく早く働きたい。 事務職であれば過去に経験もあり、身体的にも楽だと思う。 ハローワークでもらった障害者委託訓練にも興味がある(チラシを持参)。 家族のニーズ まだ仕事ができるとは思っていないが、将来的に働けるようになって欲しい。家計を心配する必要はないため、職務内容などの勤務条件は問わないつもりでいる。 まだ働くことは難しいと思うことをAさんに話してはいるが、自分からハローワークの窓口に相談に行ってしまう。また外出すると何をやっているのか分からないため、周囲に迷惑をかけていないか心配である。 就労支援員の観察状況 会話ではつじつまが合わないことも多く、その場しのぎで話しているようにも窺えた。 自分自身の状況を客観的に理解しきれていない様子が窺えた。なお、話しぶり等からやや自己評価やプライドが高い印象を受けた。 ココがPoint3 本人と家族のニーズにギャップがあることも多々あります。インテークの段階でそのギャップを確認し、今後の支援における調整ポイントとして把握しておくことが重要です。 本事例における本人と家族のニーズのギャップは、下記の点になります。 Aさんはすぐにも働きたいと言うが、家族はまだ難しいと思っている。 家族は難しいと言っているのにもかかわらず、Aさんは障害者委託訓練のチラシを持ってきては、受講希望を口にし、ハローワークの窓口に相談に行ってしまう。 Aさんは朝早くから出かけるが、家族には自分の行動を伝えないため、家族は心配している。なお、Aさんは心配されていることに気づいていない。 アセスメントシートによる確認 初回相談時にアセスメントシートを活用して今後の支援計画を作成するために必要な情報を確認した。 アセスメントシートの項目 1本人の想い・意思確認 2コミュニケーションの状況 3日常生活の状況 4社会生活 5自己選択・自己決定する力 6健康 7社会参加 8作業・就労 9家族との関係・家族の意向 10問題(とされる)行動 11安全管理・事故防止上の留意点 12日課・日中活動 1は自由記述のみ、2、3、4、5、6、8、9、10の各問には選択項目が設定され、さらに「現在の状況および支援内容」、「支援をしていく上でのこれからの課題」の自由記述を設定 初回面談での確認においては、プライベートな事柄に不必要に触れないよう、また障害の影響も配慮し、表情が曇ったり、発言を躊躇するなど、言いにくそうに見えた場合は適宜話題を変えながら話を進めた。 Aさんの場合は、高次脳機能障害支援拠点機能のあるリハビリテーション施設からの紹介ということもあり、医療情報取得に関するAさんの同意はスムーズに得ることができた。なお、アセスメントシートの記入は、就職に必要な情報をAさん、家族、就労支援員の3者で共有する重要な機会ともいえるため、焦らずに確認する姿勢で臨んだpoint4。 ココがPoint4 情報収集を行う際には、本人の意向を十分に汲みつつ、根拠のない期待を持たせないように、例えば、絶対に就職できる等の表現は避けるように配慮しています。高次脳機能障害のある方は、ある特定の事実を思い込みと受け取られるような形で判断・記憶をする場合があります。 (2)体験利用前の状況確認 Aさんは、見学時に体験利用を希望されたため、下記のオリエンテーション資料に基づき説明した。 説明事項 日程調整の上、注意するポイント 持ち物や用意いただくもの 確認事項 体験の1日の流れ 通所経路及び通所方法の確認 服薬の確認 実習を受けられる方へ 利用料 1日につき2千円(食費込み)を実習最終日にお支払いください。 用意する物 汚れてもよい服装(屋外の作業もありますので長ズボン) 上靴(スリッパは不可、かかとのあるものをご用意ください) 帽子 飲み物(ジュース・コーヒー等は不可、水またはお茶のみ可) ハンカチまたはタオル 筆記用具 昼食時の飲み薬 その他 車、バイクでの通勤は禁止です。(徒歩、自転車、公共交通機関での通勤をお願いします) 実習中は禁煙です。(昼休みは可、どうしても我慢できない方は相談してください) 実習中、携帯電話はロッカーの中で保管して下さい。 他の利用者との電話、メールアドレスなどの交換は慎んでください。 気分が悪くなったり、分からないことは直接職員に申し出てください。 連絡先 遅刻、欠席は連絡ください。高次脳機能障害者支援センター連絡先 就労移行支援事業所の1日の流れ 時間、内容、場所、備考 9時25分、体操、仲の町公園、雨天の場合本館1F 10時、脳トレ、本館2F、間違い探し・早口言葉・クロスワードパズル等 10時10分、各人のカリキュラム、本館2F 12時、昼食、本館1F 13時まで、休憩、、午前中の作業・訓練などをメモリーノートに記入 13時、各人のカリキュラム、本館2F 15時15分、清掃、本館2F・1Fトイレ 15時35分、終礼、本館2F、1日の作業報告・感想・反省報告 16時、終了 メモリーノートとは記憶の障害などを補うため、仕事などにおいて必要な情報を記録するノート。 Aさんは、この時に訓練についていけるかどうか不安を口にするようになった。その内容は、「こうして相談してみると、自分ではいろいろできると思っていたが、周囲からはそう見えていないと感じてきた。」「訓練が難しい内容だったらどうしたらよいか分からない。」「自分ができないことを認めるのは辛い。」というものであった。 このAさんの気持ちの変化は、自分自身を客観的に振り返ろうとしている時であると思えたため、就労支援員は、この機会に集中的に支援を行うことが適切であろうと感じた。このため、施設における具体的な作業体験等を通して、Aさん自身でできそうかどうかを確認してもらうことを目標として設定した。なお、このやり取りについては、Aさんにメモとして残してもらったpoint5。 ココがPoint5 重要事項はメモに残すようにしていますが、本人がメモを取れていても、後で思い出せない可能性があるため、念のため家族にもメモや資料を渡しています。また、本人がメモを取り切れていないようであれば、その事実を本人に伝え、障害に起因する特性であることを、本人の受け止め状況や理解度に合わせてフィードバックしています。なお、本人がメモを取る際の一連の行動をアセスメントすることで、聴覚情報を逐一メモに書き留められる情報処理力があるかどうか等、支援者は多くの情報を収集することができます。 Aさんの体験利用時の目標は、下記の3点で設定したpoint6。 施設での生活(1日の流れ)がどのようなものかを知る 自分が通所できそうかどうか確認する 分からないことは聞く ココがPoint6 記憶や認知に障害のある方が、自分の特性を理解するということは容易ではなく、時間を要します。また、支援者が様々な場面設定を行っても、本人の特性への理解が進まない場合もあります。そのため、特性への理解につながる場面等、きっかけを逃さず、支援者と本人で振り返りを行いながら、繰り返し特性の理解を進める支援を行うよう心掛けることがポイントです。 なお、支援初期の段階において、障害特性に関して特に留意していることは以下の2点になります。 1支援上必須な配慮内容 例えば、半側空間無視や目の疲労が顕著である等の場合は、パソコンでの作業内容・作業時間についての配慮が必要であること、左半身麻痺等の症状がある場合は、作業姿勢に配慮が必要であること、服薬管理についての配慮が必要な場合があること、アレルギー等による食事等の配慮が必要な場合があること等、身体機能や通院に係る情報を的確に収集し、健康管理や安全面に係る配慮事項として留意している。 2医療機関との連携状況 高次脳機能障害者に対する支援に当たっては、特に医療からの情報収集・連携は必要不可欠である。在宅期間が長く、医療機関との連携が実質少なくなっている場合でも、必要に応じて医療機関から聞き取りを行い、働く際の職務上の制限や安全面での配慮事項等を確認する必要がある。 このため、通院を継続しており、医療と繋がりのある方については、医療機関への受診同行や情報交換が可能かどうか確認を行った上で、医療との連携を図っている。通院等を行っていない方についても、過去の治療状況を把握することが重要であるため、本人、家族の同意を得た上で、医療機関から可能な範囲で情報収集を行うこととしている。 (3)体験利用中の行動観察及び面談 1体験時のプログラム内容 当施設では、障害者職業総合センターが開発したワークサンプル幕張版を活用した訓練及び名古屋市総合リハビリテーションセンターの認知機能回復訓練を導入するなど、下記の作業メニューを用意している。そのうち、体験利用では2から3日かけて下記1から4の作業を体験している。 作業メニュー 具体的な作業内容と特徴(求められる能力) 1OA作業パソコンを使用したスキルの確認・訓練(OAスキル) 2事務作業ファイリング、伝票整理等の事務作業訓練(理解力、読み書きの力、注意力) 3実務作業ピッキング等の実務作業(指示書に基づき作業する力、手腕作業の能力、作業の集中力・持続力、質問・報告) 4認知機能回復訓練認知機能のアセスメントと回復を兼ねた訓練 5ビジネスマナー講座社会人としてのマナー・モラルに関する講義、認識の確認 6求職活動講座ハローワークにおける求職活動の進め方や手続き等に関する講義等 7電話対応電話におけるマナーやコミュニケーションの取り方(メモ取り、復唱・確認、伝言、その他職場でのルールに関する認識等のスキル) 8新聞編集作業企画から発行までの一連の作業を実施(担当する作業に対する責任感、期日の遵守、協調性など) Aさんの一日の体験スケジュールは下記の通り。 9時通所 9時30分からラジオ体操・朝礼・メモリーノート記入 10時から作業・その他 12時から昼食・メモリーノート記入 13時から作業・その他 15時15分から清掃 15時30分からミーティング・メモリーノート記入 16時から帰宅 2体験の実施状況 体験利用後のAさんの感想は、「やることがあること自体が張り合いになる。」「働くためには毎日通えるようになることが大切だと思う。」であり、今後の課題について意識しつつある様子であった。 体験利用に際しては、短い期間の中で的確に情報を収集して整理する必要があるため、就労支援員の働きかけに対するAさんの反応について、細かく観察するよう留意した。例えば、丸々に対する働きかけを行ったところ、Aさんの反応は丸々であった等、観察記録を作成しながらアセスメントを行った。 通所手段の確認を行った際には、自力での通勤が可能であったか、またどのルートを使用しどのくらい時間がかかったか確認したところ、口頭でのルート説明は行えたが、ルートを書いてもらおうとすると上手くまとめることができなかった。 その他、聞き取りにくさは緊張によるものではないかとも考えられたが、緊張が軽減された後も挨拶が聞き取りにくいなどの状況が続いた。しかしながら、ゆっくり話すように伝え、かつAさんもゆっくり話すことを意識できると、比較的聞き取れるようになった。 体験プログラムにおける各作業のアセスメント結果は下記の通り。 1OA作業 パソコンの利用は可能との情報を得ていたので、ワークサンプル幕張版(簡易版)のOA作業の中から、パソコン上の画面に表示された指定の文章を入力する文書入力作業を実施したpoint7。入力にかなりの時間を要したものの、基本的なパソコンの操作は可能であることが確認できた。 ココがPoint7 パソコンの利用が可能な方については、画面上に表示された数字と同じ数字を入力する数値入力もしくは上述の文書入力を実施しています。作業遂行上の能力については、数字や文章を正しく読み取る能力、それを記憶に留めて、正確に入力する能力が求められます。また作業指示書に従い、手順どおりに作業が遂行できるかどうかの能力も求められます。このように、記憶・注意・遂行機能の能力の特性を把握できるため、今後の個別カリキュラムの策定に向けた重要な手がかりとなります。 2事務作業 四則計算及び漢字の書き取りを実施した。漢字の書き取りにおいては、Aさんはせっかく漢字が読めていても、書字が乱れて読みにくい字を書いてしまっていた。 なお、大きな課題としては、行を飛ばして実施してしまい解答が抜けてしまうミスがあった。段を飛ばす、段を間違える、四捨五入で間違える等のミスは、注意力や記憶力に課題があるのではないかと考えられた。 3実務作業 ワークサンプル幕張版の中のナプキン折り作業を実施した。作業指示はビデオ映像で行うが、最初は手順を理解しやすいようにコマ送り再生で作業を進め、その後は定速再生のまま作業を進めた。しかしながら、定速再生では作業の遂行ができなかったため、その状況を確認したところでナプキン折り作業を終了した。 その他、指先の巧緻性や空間知覚能力、左右のバランス感覚についての能力を把握するための観察を行った。 4認知回復訓練 高次脳機能障害支援拠点施設である名古屋市総合リハビリテーションセンターが開発した認知機能回復のための訓練指導マニュアルの課題の中から、かなひろい・同時注意(数字)・単語の穴埋め・語想起・図形の模写・図形の色塗り等を実施した。この認知回復訓練では、指示通りに作業を遂行することが可能かどうかや注意障害、遂行機能障害の状態を観察するとともに、左半側空間無視の影響を把握することを目的とした。 なお、実施方法は下記の通りである。 かなひろいは、平仮名で書いてある文章から特定の文字、例えばあだけを抜き出し、その数を数える課題である。 同時注意・数字は、羅列してある2桁の数字の中から2つの条件に合うものを抜き出す課題である。例としては、偶数でかつ40以上の条件に適する数字だけに丸を付けるといったものである。 単語の穴埋めは、カタカナ表記されている単語の一部が白抜きになっており、その部分に文字を当てはめて単語を完成させる課題である。 語想起は、例えばあいで始まる単語を5つ以上考えるなど、指定された条件から想起していく課題である。 図形の模写は、指定した図形を模写する課題である。 図形の色塗りは、図形に指定した色を塗る課題である。 Aさんは、理学療法、作業療法、言語療法等、総合的な医療リハビリテーションを受けていたため、スムーズな遂行が可能ではないかと思われたが、同時注意やかなひろいでミスを出し、注意力の不足が確認できた。 実施結果については、かなひろい、同時注意・数字においてミスが発生するなど、注意障害が認められた。また、作業スピードに課題が窺えたが、この段階では、慎重に作業に取り組もうとするためなのか、作業能力の不足によるものなのかについての判断はできなかった。 上記1から4の作業課題を通じて、総合的にAさんの状況を把握できた。高次脳機能障害の諸特性については、特に注意障害に起因する作業能力の低下が著しいことを把握できた。 また、失語症があるものの表面的な会話は何とか成立するため、逆に就職の際にはコミュニケーション上の課題として目立たず、就職した後の職場定着において課題が生じる可能性も予想された。 3体験利用後の面談 体験利用の終了時に振り返りの面談を実施した。なお、Aさんの感想と施設の評価は下記の通り。 Aさんの感想と当施設の評価 Aさん通所自体は問題ないため、継続して通所できそう。 当施設の評価電車の時間や乗り換えのルートも口頭できちんと説明できており、時間通りに決められたルートで通所ができた。 Aさん事務職での就職について、強く希望したい。 当施設の評価注意障害の影響が大きく、読み書き等、事務職に必要とされる基本的な能力に課題があり、現状では困難ではないかと判断している。しかしながら、今回の相談において事務職が困難であると否定するのは適切でないと判断し、事務職での就職に向けた訓練プログラムの提供自体は行うこととした。ただし、現実的な就職に向けては事務以外の作業を活用した訓練も行う必要があることから、事務以外の作業の実施についても提案したところ、家族の後押しもあり、事務以外の作業も実施することとなった。 以上により、改めて利用希望の意思確認を行った上で、主治医に働いてよいかどうか、また働く上での諸注意等について確認した。また、体験中の記録は実習評価票(図1)にまとめ、ポイントを絞って説明を行った。 図1実習評価票 本人の言動や行動の状況1事務職に就職したい 施設側のモニタリング 事務作業系の検査での結果は芳しくなく、集中力の持続にも問題がある。特に書字が汚く、他者が読み取るのが難しいレベル。気を付けて書くことを、その都度声かけすれば、何とか読み取れる文字で書けた。 本人の言動や行動の状況2滑舌をよくしたい 施設側のモニタリング 早口でせわしないしゃべり方をしており、聞き取りにくい滑舌である。構音も怪しいかと思われるほど聞き取れないこともある。聞き取りも怪しいので、ボイスレコーダーを使って、本人にも滑舌の悪さを意識してもらうこととした。 (4)体験利用後のケース会議 1所内ケース会議(受け入れ検討会議) 施設長、サービス管理責任者、就労支援員をメンバーとした所内ケース会議を開催し、Aさんの受け入れについて検討した。Aさんと家族のニーズ、関係機関との連携状況等を考慮しつつ、体験利用等におけるアセスメント結果により支援計画を検討した。なお、検討ポイントは下記のとおり。 丸1通所及び所内において、Aさんが安全に過ごせるかどうかについて 丸2体験利用後のAさん及び家族の当施設に対する希望の変化について 丸3高次脳機能障害に起因する職業上の課題と対処方法について 上記丸1については特に問題はなく、上記丸2についても、体験後の感想において当施設の利用を強く希望されていた。上記丸3については、職業上の様々な課題はあるものの、当施設での訓練による改善がある程度可能であると判断した。 具体的に、注意障害の課題については、当施設で訓練を実施しても就業上の課題として残ると思われるが、対処方法を身につけることと、職場において注意障害に関する配慮が得られれば、職場適応が可能と判断した。また滑舌の悪さの課題については、口を大きく開けゆっくり話すと相手に伝わりやすいことを伝えるなどの訓練を行った結果、Aさん自身も意識するようになり改善がみられるようになってきた。 以上を踏まえた結果、Aさんの受け入れについては、通所を強く希望していることもあり、当施設での利用が適当と判断した。また、当施設の通所が決定したため、その旨を関係機関に連絡し、担当者との担当者会議を開催することとした。 2担当者会議 Aさんの担当者会議については、Aさん、家族、病院の担当者、相談支援事業所支援員、当施設就労支援員が参集しpoint8、体験利用時の結果と当施設の支援計画について、また今後の連携について相談した。 ここでは、Aさんの就労を地域全体のチームで支えるため、参加者全員の共通認識を図ることを第一に開催した。 なお、会議は下記の流れで進行した。 1体験利用しての感想(Aさん、家族) 2当施設におけるアセスメントの結果(図2)、支援計画の説明 3今後の連携についての確認 ココがPoint8 本人の支援に直面している支援者だからこそ気づかない点もあり、多角的な視点から議論できる担当者会議は、支援計画を立案する上で非常に有効な場であると言えます。 体験利用してのAさん及び家族の感想 Aさん 「最近は自由気ままに過ごしていたため、指示を受けて行動することへの抵抗感を感じた。」「緊張したが、通所はできる気がした。」「早く通所を開始し、就職を目指したい。」とのことであった。 家族(妻) 「帰りが遅く心配したが、体力的にも続けられそうであることや、本人が通所を希望しているため、ぜひ通所させて欲しい。」とのことであった。 当施設におけるアセスメントの結果の説明と今後の連携について 当施設の体験利用の状況について、実習評価票に基づき説明を行った。その上で、施設利用については受入の方向であることを伝えた。その後、病院担当者及び相談支援事業所支援員から意見をいただきながら情報共有を行い、今後の連携についてお互いに確認を行った。 なお、アセスメント結果(図2)を説明した際、家族からは、Aさんは家庭でも早口で話すため、何を話しているのか分からない時があり困っているとのことであった。そのため、おはようございます、お疲れ様でした等、日常の挨拶をはっきりと伝えられることを目標とすることとした。また、TPOにふさわしいコミュニケーションがとれないことがあるため、ビジネスマナー講座を受講し、社会人としてのマナーやモラルを再確認する事も目標とすることとした。 図2アセスメント結果(初回分) 3.利用に係るプランニングと再アセスメント (1)利用に係る事前相談 当施設の利用に当たり、以下の情報を追加で収集した。 「高次脳機能障害の診断書」を提示してもらい、障害特性等の確認を行った。 服薬内容の詳細及びアレルギーの有無などの医療情報の収集を行った。 (2)利用開始に係るプランニングの作成 利用決定後、暫定である2か月の目標を検討し、期間中の個別支援目標を作成した(暫定支給決定に係る個別支援計画書(図3)を参照)。 図3暫定支給決定に係る個別支援計画書 2年間の長期目標は、Aさんの希望でもある安定就業を目指すことになるが、1から3か月の短期目標については、就業に向けた課題をAさんとともに確認し、比較的取り組みやすいことから決めることとしたpoint9。 ココがPoint9 短期目標は本人の状況に応じて定期的に設定します。なお目標設定に際しては、本人が具体的に取り組みやすい課題を設定するように配慮し、本人自身も目標を受け入れやすくかつ達成感が得やすいようにします。 Aさんの場合は、体力面についての自信もなくしていたことから、働き続ける体力と気力を養う必要性について確認した。特に、継続して働き続ける意志を持ち続けられるようにするため、「就職はゴールではなく、安定して働き続けることがゴールである。」を合言葉にし、様々な機会を通じてAさんに伝えたpoint10。 ココがPoint10 高次脳機能障害者の場合、就職に向けた訓練自体は上手く達成したとしても、就職した後、職場という新たな環境に入ると、困難場面でどう対処すればよいか分からず、上手く適応できなくなるケースも少なくありません。このため支援者は、「今の状況下でどう対処したらよいか?」という問いかけを常に本人に行い、本人自身が起きたことへの対処方法を考えて行動するトレーニングを行うことが大切です。 短期目標としては、ビジネスマナー講座の受講を通じて、社会人としての態度や対応を身につけることを目標とした。なお、ビジネスマナー講座では、座学とロールプレイによる演習を交えながら支援を行った。 また、滑舌の悪さがあるため、早口で話すと聞き取りにくくなってしまう点については、コミュニケーションの項目において、相手に伝わる挨拶をするという目標を立てることとし、ゆっくりはっきり話すことを意識してもらうようにした。なお、具体的な支援方法については、例えば、挨拶等の際に聞き取りにくい時には、「もう一度ゆっくり話してみて下さい。」と声かけし、その場でフィードバックしながら支援を行った。このような支援を、日々当施設職員全員が共通して行った。加えて電話練習では、相手が聞き取りやすい話し方をすることを目標にして取り組むこととした。 また、Aさん自身の言葉をボイスレコーダーで録音して聞き取るトレーニングも併せて実施し、自分の言葉の不明瞭さの原因を自覚し、自分の伝えたいことを相手に確実に伝えるためにはどう話せばよいのかについて、意識を高めていくこととした。 さらに、就労意識の項目において、様々な作業体験を通じて自分に合っている職種を検討することを目標とし、事務職のみにこだわらず違う仕事にも視野を広げるため、ワークサンプル幕張版の簡易版や認知訓練にも参加することとした。 (3)利用中の行動観察及び面談によるアセスメント 暫定の個別支援計画書に沿ってプログラムを進めながら、行動を観察した。 Aさんに対しては、挨拶がきちんとできている時は評価し、聞き取れない場合は挨拶ができたこと自体は評価した上で、課題点について「もう少しゆっくりはっきり話しましょう。」と声かけし、それを当施設職員全員で統一して支援したpoint11。また、必要に応じて就労支援員自らが挨拶の見本を示すなど、ロールプレイを交えた支援も日常的に行った。このような支援を2か月ほど繰り返すうちに、ゆっくり話すことができるようになっていった。Aさんも自信が持てるようになり、訓練に対するモチベーションアップにも繋がった。 ココがPoint11 できていることもできていないことも、まずは事実をシンプルに伝えることが大切です。その上で、できていることについては、自信を持って継続して課題に取り組めるように伝えます。できていないことは、ミスの出方に傾向があるか、どうしたらミスを出さずに済むか一緒に考える等の対応が望まれます。 なお、暫定期間中の面談では、新たなアセスメントシートに状況を記載し、通所前に作成したアセスメントシートや「実習評価票」と比較しながら、変化を支援者とともに確認したpoint12。その際に留意したこととしては、同じ様式を用いて比較すること、言葉での解説に加え数値や図表を交える等、Aさんにとって変化が分かりやすいように工夫した。 ココがPoint12 体験利用中に把握できなかった新たな特徴等については、支援者全員が共有し、対応を統一できるように気をつけます。支援者の対応で本人が混乱しないよう、最大限支援者間で統一的な対応を行うよう留意することが大切です。 その他、新たに把握した課題としては、他の利用者の進行状況等とAさん自身の状況を比較し、目標が揺らぐこともあった。このため就労支援員は、あくまでAさん自身に必要な目標達成のためのプログラムを行っていること、各自の進行状況に応じて目標を設定していることを説明し、現在の目標について常に振り返り面談を行いながら支援した。振り返り面談では、必ず今のAさんの気持ちを確認するようにし、Aさんがこれまで取り組み達成したことをフィードバックしつつ、課題に取り組む前向きな姿勢を維持できるよう支援した。 (4)暫定利用期間終了時点での再プランニング 暫定期間用に作成した計画を基にその達成度を確認するとともに、暫定期間中のアセスメントにより把握できた新たな課題を洗い出し、就労移行支援の利用継続について検討した。 達成度については、Aさんの支援に関わった就労支援員各自が評価した結果を持ち寄り、総合的に判断した。その他、障害者職業総合センターの就労移行支援のためのチェックリストを活用し、アセスメント結果を更に具体的にチェックし、今後の支援目標について検討した。なお、この際に可能な限り家族と連絡を取り、家庭におけるAさんの状況も確認しながらアセスメント結果に加えた(図4)。 以上を踏まえ、今後の就労移行支援における個別支援計画を作成したpoint13。この際、当面3か月で改善できそうなポイントや課題について、Aさんにも分かりやすく、かつ支援者側にも取り組み状況が把握しやすいものを作成する必要があった。 ココがPoint13 再プランニングに当たっては、これまでの支援計画や支援内容を検証することはもちろん、就業した際に想定できる課題点を常に一緒に考え、本人が取り組むべき課題の優先順位について検証することも必要です。 図4アセスメント結果(2か月後分) 短期目標とした1社会人としてのビジネスマナー・モラルの再確認については、挨拶等の講座において、これまで自分が気づかなかった点について知ることができたため、この目標は引き続き取り組むことにした。2相手に伝わる挨拶をするについては、Aさんも就労支援員も改善しているとの評価であった。実際に家庭においては、挨拶を意識して行うようになり、かつはっきりとした挨拶をするようになった。しかしながら、挨拶に限らず日常会話についても意識できるとなお良いという話になったため、新たに相手に伝わる話し方をするという目標を設定した。3いろいろな作業を体験して自分に合った職種を検討するについては、暫定期間中に実施したワークサンプル幕張版(簡易版)の訓練の中で、引き続き取り組みたい課題があったとのことであった。このため、今後は簡易版から訓練版に移行し、引き続き目標として取り組むこととした。 当施設においては、ワークサンプル幕張版を中心に作業を組み立てているが、それ以外にもより具体的な業務に近いメール便の仕分け、ファイリング、宛名書き等の作業メニューを取り入れている。その他、就労継続支援B型事業所における内職作業等についても、指示理解や作業耐性等の状況を把握する場として活用している。 さらに、訓練を通じて日常的にメモリーノートを導入し、記憶に頼らず記録に頼る習慣付けも行っている。メモ自体は取れても、見直しや確認ができないと使えない。また、メモを取って後で確認しようとしても、分からないメモになってしまうことが少なくない。聞き漏らしがないか等、メモを取った後に指示者に確認してもらうよう、定着に向けて、失敗と成功を繰り返しながら地道な支援を続けていったpoint14。 ココがPoint14 日常生活のあらゆる場面が訓練として活用できるため、例えば、本人から質問や相談があった場合も、そのやり方についてその都度フィードバックしていきます。繰り返しやり取りする中で、習慣化されて定着することにもつながるため、その都度指摘すること(リアルフィードバック)が重要です。 また、就労移行支援の利用が始まった後に、職業紹介のチャンスを逃さないためにもハローワークへの登録をし、さらにジョブコーチ支援が必要となる場合も多くあるため、地域障害者職業センターとの連携も検討したpoint15。 ココがPoint15 自分の施設だけで何とかしようとすると、支援上思わぬところに抜け落ちがあったりします。そのため、周囲の社会資源を活用できるよう、ハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター等との連携体制の構築を常に意識しながら、必要に応じて連携を図ることが重要です。また円滑な連携のためには、できるだけ早い段階で関係機関と接触し、支援方針を共有することが望まれます。 4.帰すう Aさんは再プランニングした個別支援計画に基づき訓練を実施し、3か月ほど経過したところで改めてモニタリングを行った。併せて、より職業面での専門的なアセスメントを受けるため、地域障害者職業センターの職業評価を依頼した。その結果においても、ピッキング作業等の現業系の職務を得意としているとのフィードバックがあったため、職種の選定については、現業系の仕事も意識した相談を本人と継続して行った。 その後も面談と訓練を繰り返し、指示を受けた際にはきちんとメモを取り、そのメモを就労支援員に確認してもらうことを確実に身に付けながら、実務的な仕事を目指す訓練を継続して行った。その結果、Aさんの意識に変化がみられるようになり、一つの作業を座って継続して行うよりも、ある程度身体を動かす仕事の方が続けられるということを、訓練を通じて自覚するようになった。 現在はハローワークへ定期訪問しながら、実家が農業を生業としていたこともあり、農場等での仕事を探しているところである。 事例5 就業支援ネットワークを活用した情報収集によるアセスメントとプランニング 実施機関 障害者就業・生活支援センター 対象者の障害 軽度知的障害 本事例の概要 障害者就業・生活支援センターが知的障害者に対して、地域の就業支援ネットワークを活用しながらアセスメントを進め、就職活動に係るプランニングを行う過程を紹介します。具体的には、アセスメントを進める上で連携が必要な関係機関の選定、関係機関への本人の紹介、関係者間での情報共有等に関するポイントや留意点を紹介します。 参考となるキーワード アセスメントとプランニングに係る就業支援機関のコーディネート 関係機関から支援依頼を受けた際の主訴の確認 関係機関に連携を依頼する際の留意事項 関係機関との伴走型の連携 地域の就業支援機関のアセスメント 複数の関係機関の参加によるケース会議の設定 本事例のキーパーソン 支援対象者Aさん(軽度知的障害のある20代の男性) 主たる支援者障害者就業・生活支援センター(就業支援ワーカー) 関係機関八ローワーク(職業指導員)、就労移行支援事業所(担当支援員)、地域障害者職業センター(障害者職業カウンセラー) 支援経過 1.導入(ハローワークからのAさんの紹介と情報収集) ハローワークの専門援助部門から、電話にて障害者就業・生活支援センター(以下、センターという。)にAさんの支援依頼があった。就業支援ワーカー(以下、ワーカーという。)は、ハローワークがAさんにセンターへの情報伝達の同意を得ていることを確認し、Aさんの基本情報の他、ハローワークにおける相談内容、センターに求める支援内容、センターについてAさんに情報提供している内容について確認したpoint1。 ココがPoint1 本人が就職活動を行う際に就業支援機関とハローワークは効果的に連携を図る必要があります。ハローワークから支援依頼があった際は、ハローワークが求めている支援内容やこれまでの支援経過等からハローワークの主訴を把握し、その上で本人の相談を受け付けることによって、ハローワークと就業支援機関の役割分担を明確にしておくことが重要です。また、ハローワークが本人や保護者に対し、就業支援機関のサービスをどのように説明しているかについても確認し、もし実際と大きく異なる説明がなされている場合は、再度ハローワークから本人や保護者に説明をしてもらい、本人の認識との齟齬を無くすことが必要です。 Aさんの基本情報 Aさんは現在23歳の男性。地域の中学校を卒業後、私立高校に進学。専門学校に入学するが、実技・学科についていけず人間関係も上手くいかなかったため半年で退学。就職活動を開始し正社員求人に30社程応募するが全て不採用。 その後、ハローワークの一般窓口や求人誌を活用し、アルバイト、パートとして5社に勤務するが、いずれも長続きせずに離転職を繰り返していたため、親戚の情報提供により、療育手帳を取得した。 ハローワークでの相談内容 ハローワークにはAさんと母親の二人で来所。来所のきっかけは今後の就職活動に対する相談。ハローワークから希望する条件等の聞き取りを行ったが、Aさん、母親ともにイメージが漠然としている状況。一方で、ハローワークから「一般雇用と障害者雇用の違い」「支援制度」「就労支援機関によるサポート」等について説明を行ったところ、Aさん、母親ともに一般就労での不適応経験があるため、障害者雇用制度を活用したいとの話だった。 ハローワークは、「求人とのマッチングに係る情報が不足している」「就職及び就職後のサポートを受けることが望ましい」との見解をAさん、母親に伝え、就職活動から就職後の定着段階まで様々な相談に応じる場所としてセンターを紹介した。 ワーカーは上記の聞き取りを踏まえ、ハローワークの当面の主訴は、Aさんや家族の仕事に対する希望やイメージの深化、職業適性や職業準備性の把握であることを確認した上で、ハローワークを通してAさん、母親との初回面談日を設定した。 ハローワークから聞き取った内容の整理 基本情報(氏名、年齢、性別、障害状況等) Aさん、23歳男性、親戚に勧められたのがきっかけで、最近療育手帳B2(軽度)を取得 現況 離職後約1年が経過しており、日中は家の中で過ごしている 職歴 5社で就業した経験があるが、長続きせず。職種は様々ですべて一般雇用。 就労に対するAさん(母親)の希望 就職したい(してほしい) 障害者雇用を希望 職種の希望は定まっていない ハローワークにおける相談状況 求職登録済み 障害者雇用、支援制度、就労支援機関に関する情報提供 職業適性などのマッチングに必要な情報が不足している ハローワークがセンターに求めている支援内容 仕事に対する希望やイメージの深化 職業適性、職業準備性の把握 就職後の継続的なサポート 2.センターにおける相談 (1)インテーク(Aさん、家族からの情報収集) Aさん、母親にセンターに来所してもらい面談を実施した。ハローワークから聴取した内容を基に、仕事や支援機関の利用に関するAさんや母親の気持ちを確認した。 Aさんからは、仕事に対する考えについて、将来が心配、家族を安心させたい、仕事は何でもよい、障害者雇用だったら続けられるはず等の話があり、自身のことについては、何が障害なのかよく分からない、得意なことや苦手なことは分からない、どんなサポートが必要なのか分からない等の話があった。 職歴について聞き取りを行ったところ、離職理由についてなぜかよく分からない等、面談中に何度も母親の顔色を窺う様子がみられたため、次回はAさん一人で相談に来ていただくことを提案しpoint2、本日は母親からAさんの生育歴、職歴、生活状況、障害特性、Aさんの就職に係る母親の希望等について聞き取りを行ったpoint3。 ココがPoint2 本人に知的障害がある場合、コミュニケーションの補助者として家族や支援機関に同席してもらうことによって、相談や情報収集がスムーズになると思われます。しかし、1対1の方が話しやすい等、本人の希望に沿った雰囲気作りや環境設定も必要です。この事例では、ワーカーは、本人が母親の前では話しにくそうな雰囲気を察したため、個別面談を提案しました。 ココがPoint3 障害者就業・生活支援センターは本人の職業生活をトータルで支援する役割を担っているため、仕事や生活について幅広く情報収集を行うことが必要です。 母親から聞き取った内容の整理 学校生活の様子(小学校、中学校への通学状況、学習の達成度) 小中学校と成績は下位。友達ができずほとんど一人で過ごしていた。 病気(風邪)以外で休むことはなかった。 小学校高学年時に担任から特別支援学級を勧められたが、日常生活を送る上で特に大きな問題が無かったこと等から、通常学級で様子を見守ることとした。 家族構成(両親との関係、兄弟との関係) 両親と2歳下の弟との4人暮らし。 父親は何事も本人の努力の問題という考え。Aさんにとっては怖い存在。 弟は就業中。一緒に外出するなど関係は良好。 経済状況(家族の就業状況、年金受給の有無) Aさん以外は就業中。 障害年金を申請済み。 通院状況 定期通院、服薬等はなし。 生活状況 離職後は昼まで寝ていることが多い。 給料はAさんが管理。過去に、高額な電化製品を複数購入し、給料日に給料のほとんどを使ってしまうことがあった。 在職時の様子 家族に仕事のことをほとんど話さない。辞めた理由を聞いても合わない人がいたというくらいで詳しいことは分からない。 病気以外で仕事を休むことはなかったが、離職前にはご飯を残す、塞ぎ込む等があった。 障害特性 あまり分からないが、基本的に受け身で何か言われないと動けない。 母親は障害者手帳の取得に抵抗はあったが、仕事がうまくいかないことが続いたので何かサポートが必要と思い取得を決めた。 今後の不安 このまま在宅生活が長引かないようにしたい。 将来一人暮らしをすると言っているが、金銭面や対人面のトラブル等が不安(以前同級生に恐喝されていたことがある)。困った際に家族に相談できない。 センターでは生活面に係る相談に応じる事、必要に応じ地域の生活支援機関をコーディネートできる事を伝えた。 仕事に対する考え 母親としては、以前は正社員を望んだが、今は長く働ければこだわらない。 ワーカーからは、Aさんと母親に就職に向けた支援、就職後の職場定着支援、生活支援についてパンフレットをもとに説明し、登録の希望を確認した。当面はAさんとの信頼関係の構築と情報収集を目的に面談を継続的に実施すること、必要に応じて地域の就業支援機関にも協力をお願いする場合もあることを説明した。Aさん、母親ともにセンターの支援を希望されたため、登録手続きを行った。1週間後にAさんと面談をすることとし本日の面談を終了した。 (2)Aさんとの個別面談(1回目) Aさんから、改めて就職に対する考え方や職歴等について聞き取った。まず母親の前では話しづらい事があるのかを確認するとpoint4、「母親に過去のことを聞かれたくなかったので話しづらかった。」とのこと。理由は父親に知れるのが怖いこと、後ろめたさがあること、どう説明したらいいか分からなかったからとのことであった。 ココがPoint4 将来的に家族のサポートがどれだけ期待できるかによって、支援計画の内容も大きく異なってくるため、早い段階で把握することが必要です。 就職については、焦りはあるが自信がない、何が向いているのか分からない等の不安を話された。前職の離職後にいくつかアルバイトの面接を受けたが不調に終わり、次第に家に閉じこもりがちになっていたが、手帳取得をきっかけに再度就職しなければという気持ちが強くなった様子。なお、Aさん自身は手帳の取得に抵抗感はなかったとのこと。働く動機は、両親に心配をかけたくない(心配をかけると怒られそう)、一人暮らしをしたい等が理由とのこと。職歴の把握については、Aさんの理解力や表現力を考えると、聞き取りだけでは必要な情報を収集、整理するのが難しいこと、また、Aさん自身の振り返りの機会とすることを目的に、職歴の振り返りシート(図1)を活用した。Aさんには、記入できる範囲でかまわない旨を伝え、さらに、Aさんが記入できない項目については、質問方法を変える、具体例を挙げる等、Aさんの理解力を踏まえてサポートした。その結果、抽象的な部分はありながらも以下の情報を整理することができたpoint5。 ココがPoint5 知的障害等により、理解力や表現力等に配慮が必要な方については、本人にとって望ましい相談のペースや言葉遣いを意識してアセスメントをすることが大切です。また、本人では十分に受け答えや説明ができない事項もあると思いますが、その点は改めて家族等から確認することとし、まずは本人の言葉で話してもらうことによって、本人の潜在的なニーズや今後の支援のポイントを探っていく姿勢が重要です。支援者や家族等の周囲の人間が、本人を置き去りにしてしまうアセスメントをしないよう心がけます。 図1職歴の振り返りシート 職歴について情報収集した内容の整理 職務内容及び労働条件等 飲食業(皿洗い、簡単な盛り付け)、スーパー(品出し、カート整理)、製造業(箱詰め、組立作業)、物流業(倉庫内作業、荷受け)、引越し業 アルバイト、パートとして就労、ほぼ週30時間以上の勤務である。 給料は月7万円から12万円 通勤は自転車、バス、電車を利用した経験がある。通勤時間は約1時間の範囲。通勤上の問題は無し。 職務の特徴、人的・物理的環境、勤務状況等 手指の巧緻性を求められる仕事は経験がない。 製造業では、複数名で取り組む仕事から単独で取り組む仕事に配置転換された経験がある。 どの職場でも周囲は忙しかったため、相談できる人がいなかった。また、質問・報告もあまりしていなかった。 欠勤は、全くなかった企業と度々繰り返した企業があった。 母親の認識と異なる。本人は家を出た後に、会社に行かずに1日を過ごしていた。 良かったこと、しんどかったこと、離職に至った理由 数は少ないが、上司や同僚から励ましてもらった時は嬉しかった。 よく仕事でミスをして怒られるのがしんどかった。 すべての職場で何回も同じことを言わすな、スピードが遅い、仕事の覚えが悪い、やる気がない、やり方が間違っている等の注意、叱責を受けた。 契約満了で退職したのは物流業のみ。他の職場では仕事に行くのが嫌で欠勤状態となり退職した。 一番長く続いたのは物流業の仕事(約10か月)。理由は現場担当者が丁寧に教えてくれたり、悩みがないか等を気遣ってくれたため働きやすかった(担当者の異動により不適応となる)。 5社の振り返りについて、一つひとつ記入と聞き取りを行ったところで面談を終了し、次回に振り返りのまとめを行うこととした。 (3)Aさんとの個別面談(2回目) 職歴の振り返りをした内容を踏まえ、ポイントと思われる点について、以下のとおりAさんに確認した。 ほとんどの職場で注意・叱責を受けていることについて 注意・叱責の理由が分からず、注意を受けた際は頭が真っ白になる、黙りこむ等の状態になり、どうしたらいいか分からないまま働いていた。毎日職場で叱責されるようになると、仕事に行けず無断欠勤を続けた。 勤務状況について母親の認識と異なっていることについて 職場を休んでいると家族に心配をかけるので家を出て通勤途中の公園で過ごしていた。 本人は悩みを誰にも相談できなかったことが課題、家族は本人の状況を掴みきれていなかったことが課題であることを共有。 離職の理由について 作業遂行上の問題が発生し、上司からの頻繁な叱責がおき、欠勤という傾向が推察された。 継続勤務について、作業遂行と対人技能が就業継続の課題となっていることをAさんと共有した。 今後の就職活動について これまでは離職後とにかく次の仕事を探していたが(仕事の内容を変えることはAさんなりに工夫していた)、職歴を一緒に振り返った感想として、焦りすぎていた、何も考えずにとにかく就職先を決めていた等の発言があり、同じ失敗を繰り返したくない、次の就職先では長く働き続けたいなど、今後の就職活動に対する慎重な姿勢と不安な気持ちを示されたpoint6。 ココがPoint6 相談当初は気づいていなかった自身の傾向等について、職歴等の振り返りを通じて本人自身が気づいていくことが重要です。そのため、支援者は職歴等の振り返りを通じ本人がどこに困り感を持っているかを捉えながら聞き取りを進めていきます。さらに、支援者は適宜本人に振り返りの感想などを確認し、本人から新たな考え方や気づきに関するコメントがあった場合は、適切にフィードバックしていく事がポイントです。 これまでの面談を通して情報収集した内容の整理point7 強みと思われる点 真面目。就職に対する自発性が高い。 支援者に経過を素直に話してくれる。 通勤上の制限はみられない。 懸念事項 作業遂行上での不適応が続いている。 在宅生活が長引き、生活リズムが乱れている。 質問、報告など職場における対人技能が不足している。 相談する習慣がなく、母・支援者への自発的なSOSの発信が懸念される。 金銭管理が不十分である。 家族の障害理解やサポートに不安がある。 ココがPoint7 アセスメントにおいては、本人や関係者から収集した事実をもとに、支援者が本人の職業生活における課題や課題解決に必要な支援を想定するため、本人が持つ強みと課題を整理していく必要があります。本事例では、ここまで聞き取りによるアセスメントを行っていますが、本人の表現力や理解力に一定の制限があること、家族のサポート体制が手厚いとは言えないことから、情報が側面的であること等を踏まえ、あくまで強みと思われる点と懸念事項として整理をしています。 (4)Aさん及び家族との面談(就労移行支援事業所を活用したアセスメントの勧奨) ワーカーはAさん及び母親との面談を経て、さらにアセスメントが必要な事項について、1実際の作業における遂行力、2集団場面でのコミュニケーション力、3ブランクによる基礎体力や労働習慣への影響、4辛い時等のAさんの意思表示と家族に期待できるサポート体制の4点に整理しpoint8、Aさん、母親と今後についての面談を設定した。Aさんの就職に対する意欲を尊重しつつも、失敗体験をこれ以上積み重ねないよう、上記4点を明確にした上で、Aさんに合った働き方や就職活動のタイミングを検討したい旨を伝達した。また、これらを面談のみで把握することは難しく、実際の作業場面で確認をすることが望ましいため、就労移行支援事業所の利用を提案した。 ココがPoint8 聞き取りによるアセスメントを一通り終えた段階で、支援者が把握できたこと、さらにアセスメントが必要な事項を整理することが重要です。さらにアセスメントが必要な事項について明確にすることで、引き続き自機関のみでアセスメントが可能か、他機関との連携が必要かを判断しやすくなります。 Aさん及び母親は、就労移行支援事業所の利用について、良い訓練の機会になる反面、就職が遠ざかってしまうことを心配されたため、あくまで上記1から4を一緒に確認することが目的であり、一定期間の通所の結果を踏まえて、就職活動を行うか、さらに訓練を継続するか等を相談したい旨を説明し、Aさん、母親も了承した。Aさん、母親の希望も踏まえ、一定期間を3から4か月程度とすることとしたpoint9。 ココがPoint9 他機関を活用してアセスメントを進める際、本人や家族が就職から遠ざかっている、これ以上自機関の支援が受けられないという不安や誤解を抱かないよう、他機関を利用する意味や他機関を利用する期間、他機関の利用中から利用後の自機関の支援の見通し等を丁寧に伝える必要があります。 就労移行支援事業所選びについて、ワーカーはAさんの希望を確認したところ、Aさんからは色々な作業を試したい、体力をつけるために自転車で通所できるところが良いとの意見があった。さらに、ワーカーは1から4を把握するためには、作業種が多く、集団作業の場面の中でもある程度スタッフの個別対応が可能であること、職場でのコミュニケーションに係る講座を行っていること等の条件が望ましいと考え、条件を満たす施設としてB就労移行支援事業所(以下、B事業所という。)の利用を検討することを、Aさん及び母親と共有したpoint10。 ココがPoint10 障害者就業・生活支援センターは、地域の就労移行支援事業所と就業支援ネットワークの重要性を共有した上で、効果的なケースマネジメントを行う必要があります。センターにおいては、地域資源のアセスメントと顔の見えるネットワーク作りを目的に、圏域内に就労移行支援事業所が開所した際には施設訪問を実施し、センターの支援内容と就労移行支援事業所の支援内容(作業や訓練プログラムの内容、利用者の傾向、施設の懸案事項等)について意見交換を行っています。 3.就労移行支援事業所を活用したアセスメント (1)就労移行支援事業所利用に係るコーディネート 1就労移行支援事業所の見学同行 ワーカーからB事業所に電話連絡をし、これまでの支援経過、利用目的等を伝えた上で、施設見学の依頼を行った。特に3から4か月程度を区切りとして、継続利用か就職活動を進めるか等の方向性を相談したい旨を伝え、了承を得たpoint11。 ココがPoint11 他機関にアセスメントに係る連携を依頼する時は、これまでの支援経過や目的を明確に伝え、こちらの要望通りに対応してもらうことが可能かどうかを確認することがポイントです。もし、こちらの要望通りの対応が難しい場合は、要望の内容を変更するか、他の機関に連携依頼をする等の対応が必要です。特に就労移行支援事業所は就職に向けたトレーニングを役割とする施設であるため、連携依頼の連絡の際に、アセスメントとしての利用であること、アセスメントの結果によって継続利用または早期の就職活動支援等の方向性を定めたいこと等のねらいを明確に伝えた上で、対応可能かどうかを確認することが必要です。 後日、Aさんと母親、ワーカーにてB事業所を訪問し、実際の作業場面の見学、作業内容などのプログラム等について説明を受けた。Aさんからは、「どんなことをやっているのかイメージが湧いた。安心して通えそう。」と利用意思が確認できたため、B事業所の利用に向けて手続きを進めていくことになった。 また、この時点でハローワークにセンターでの支援経過と今後の支援の方向性について連絡をし、情報を共有したpoint12。 B事業所について 作業内容箱詰め、ピッキング、喫茶(洗米、盛付、掃除、接客) 講座あいさつ、返事、質問、報告、連絡、相談に係る体験型学習会 ココがPoint12 連携する関係機関が増えることやアセスメントにある程度の時間が生じる等、当初の見込みと進捗に違いが生じた場合は、支援の依頼元に丁寧に進捗を伝える事で、アセスメント後の連携が滞らないようにしておくことがポイントです。 2就労移行支援事業所への情報提供 Aさん及び母親に了解を得た上で、申し送りシート(図2)にセンターでの支援経過及び面談によるアセスメント内容、B事業所に依頼したい事項等を取りまとめ、B事業所に伝達したpoint13。 図2申し送りシート 表1申し送りシートの「3.相談、支援経過」部分 これまで取り組んだ支援内容 計4回の面談を実施(うち2回はAさんとのみ面談) 初回面談では、「直ぐに就職したい」という焦りが強く表れていたが、これまでの就労経験を振り返る中で、慎重に就職活動を進めていく姿勢に変化してきている。 過去の就労経験 勤務した企業すべてで作業遂行に係る叱責を頻繁に受けている(理解力、スピード、正確性等の全般的な事項)。叱責を受けても理由が分からず、また周囲に相談もできず、叱責に耐えられなくなって無断欠勤をし、離職するという傾向がある。 Aさんは、家族に欠勤を隠していたため(父親に知られたくない)、家族も気づいていなかった。ただし、自宅では食欲が無い、夜中に大声を出す等、家族にも分かるストレスサインは出ていた。 最も長く勤務した物流倉庫では、現場担当者が親身にしてくれていた(現場担当者が変わり不適応となった)。 通勤について、1時間程度、電車、バス等の複数の交通機関の利用等があったが問題は無かった。 生活面 引越し業を辞めてから約1年間在宅生活が続き、生活リズムが不規則になっている。 過去に給料の大半を給料日に使ってしまったことがある(高額な電化製品を購入)。 将来一人暮らしをするという希望を持っているが、母親は心配している。 障害(特性)について Aさん、母親ともに「知的障害のために療育手帳を取得した」ということ以外に、Aさんの特徴を考えたことはない。母親曰く「受け身」「常に声かけが必要」とのこと。 面談で把握した強み 真面目。就職に対する自発性が高い。支援者に経過を素直に話してくれる。通勤上の制限はない。 面談で把握した課題 作業遂行上の不適応が続いている。在宅生活が長引き、生活リズムが乱れている。質問、報告等の職場における対人技能が不足している。相談する習慣がない。金銭管理が不十分である。家族の障害理解やサポートは必ずしも十分でない。 今後の支援について 就職活動のタイミングや方法等を検討する上で、下記4点についてさらにアセスメントを進める必要があり、そのためにB事業所の利用をAさんに勧めている。 1実際の作業における遂行力 2集団場面でのコミュニケーション力 3ブランクによる基礎体力や労働習慣への影響 4辛い時等の本人の意思表示と家族に期待できるサポート体制 ココがPoint13 自機関で把握した情報を確実に共有するためには、他機関に対して紙面にて情報を提供することが効果的です。本人の障害特性や経歴なども重要な情報ですが、自機関の支援方針を具体的に記載することが重要です。これによって、他機関も何を求められているのかを具体的に理解することができるようになります。 また、B事業所利用開始日に、Aさんの目標と支援者の役割等について共通認識をもつことを目的としたケース会議(参集範囲Aさん、母親、ワーカー、B事業所担当支援員)をB事業所で実施した。 1実際の作業における遂行力、2集団場面でのコミュニケーション力、3ブランクによる基礎体力や労働習慣への影響、4辛い時等の本人の意思表示と家族に期待できるサポート体制の確認が最大のねらいとなるため、Aさんの目標も関連した内容となるよう調整したpoint14。B事業所からは「できるだけ多くの作業を経験するように調整するが、必要に応じて職場実習の設定も可能である。」との話をいただいた。Aさんの目標や支援員の支援事項は以下のとおり。 ココがPoint14 本事例ではアセスメントを目的として就労移行支援事業所を利用していますが、アセスメントする事項に合わせて本人の達成目標を明確にすることがポイントです。達成目標を明確にすることで、「目標達成ができたかどうか」「目標達成できなかった場合の要因は何か」を支援者間でより具体的に情報共有ができるとともに、本人の気づきも一層促進されます。 本人の目標 1ミスなく作業を行う 2あいさつ、返事、報告、質問を適切に行う 3休まず、遅刻せず通所する 4困った時、悩んだ時に母親やB事業所に相談する 支援員の役割 B事業所上記1から4に向けて作業指導、ビジネスマナー指導、相談を実施 センター月に1度B事業所を訪問し状況観察、適宜情報交換 3か月後にケース会議を行い今後の方向性を再検討する 就労移行支援のためのチェックリスト(以下、チェックリストという。)をケース会議の資料とする (2)就労移行支援事業所からの情報収集 B事業所の利用から3か月後、B事業所においてAさん、ワーカー、B事業所担当支援員にてケース会議を実施したpoint15。ここでは、B事業所が記入したチェックリストを基に、Aさんの目標達成度合いを確認した。なお、チェックリストを作成するに当たっては、ワーカーからも月1回のB事業所訪問で気づいた点などを事前に伝達したpoint16。Aさんには、自分の強みと課題点をイメージできるよう職業準備性ピラミッド(図3)に、アセスメントの結果を記述してもらった(できていることを塗りつぶしてもらう)point17。丸印は就労のセールスポイントとしてハローワークや会社にアピールできそうなこと、それ以外はAさんが引き続き課題として取り組む必要があることとし、Aさんと支援者間で情報共有をした。 ココがPoint15 予定していたアセスメント期間が終了するタイミングでケース会議を実施することにより、収集した情報や今後の方針などを支援者間で情報共有することが重要です。 ココがPoint16 作業場面におけるアセスメントについては就労移行支援事業所が主たる役割を担っていますが、その間障害者就業・生活支援センターが気づいた情報については適宜就労移行支援事業所と共有し、就労移行支援事業所が作成するアセスメント結果や記録に反映してもらうことによって、より深みのある情報収集が可能となります。 ココがPoint17 アセスメントで得た情報を図3のように視覚的に取りまとめることによって、関係機関の共通理解を深めることができます。また、本人に記入を依頼することによって、本人自身の自己理解の促進にも役立ちます。 B事業所を活用して情報収集したこと(前述の1から4に当てはめて整理) 丸印就労のセールスポイントとしてハローワークや会社にアピールできそうなこと 三角印引き続き課題として取り組む必要があること 1実際の作業における遂行力 丸印箱詰め作業は安定して遂行できている 三角印ピッキングは、量が多くなると焦ってミスがあった 三角印喫茶サービスについて、清掃は丁寧だが時間が掛かる、接客は緊張感が高く落ち着きがない、盛付は焦ってしまうことが多い 丸印個別の単純作業ではムラなく安定して遂行できている 三角印段取りを組み立てることは難しい 三角印全体的に作業手順を覚えるまでに時間がかかる 三角印一度失敗をしてしまうとミスが連鎖しやすい 三角印周囲の人が気になってしまい、目の前の作業に集中できないことがある 三角印早く作業をやろうとして、焦ってしまう様子がある 2集団場面でのコミュニケーション力 丸印通所開始時は自分から挨拶をすることはなかったが、講座や日々の指導を通して、今はできるようになっている 丸印慣れた職員、利用者とは自分から意思表示や会話に参加することができている 丸印失敗や間違いを指摘後「すみませんでした」とすぐに謝罪、報告することができる 三角印指示に対して「はい」がパターン化されており、実際には指示を理解していないことがある 3ブランクによる基礎体力や労働習慣への影響 丸印正当な理由のない遅刻、欠席はなし 丸印作業内容に応じて着替えを用意するなど、身だしなみや衛生管理は良好 丸印1日6時間の(立位)作業ができている 丸印作業時間、休憩時間の区別ができる。時計を見て自発的に作業準備ができる 4辛い時等の本人の意思表示と家族に期待できるサポート体制 丸印母親と相談しながら必要なものを購入することができている 通所中には大きく悩みが生じる場面は無かった。支援員とのコミュニケーションは積極的であった。 5その他 丸印少しずつ障害のことを理解し始めている 丸印利用当初に比べ、自信がついたのか作業やコミュニケーションに積極的になっている Aさんの就職に対する考え方やB事業所利用に係る感想等 最初の1か月は緊張したが、徐々に慣れた。他の利用者とも話せるようになった。 講座が分かり易くて、勉強になった。 作業は箱詰め、ピッキング、掃除等がやり易かった(自分のペースでできる)。 早く作業をしないといけない、ミスをしてはいけない、周囲に足並みをそろえないといけない等を考えてしまうが、慣れるにしたがって落ち着いて作業ができるようになった。 最初は疲れたが、今は疲れは溜まっていない。 図3職業準備性ピラミッド 安定した職業生活のための職業準備性」にはさまざまな側面(段階)があります。就労移行支援のためのチェックリストを活用して、あなたの職業準備性のどの側面(段階)がどのような状態かをまず、把握してみましょう。できているもの(チェックリストの1か2に丸がついたもの)は丸に色を塗りましょう。 黒丸にできているものが増えれば増えるほど、働く土台がしっかりしてくるので安定した職業生活につながりやすくなると思われます。 丸の難しいことや課題点はどのような配慮や支援があるとよいかをためしてみたり考えてみるといいですね。 ピラミッドの土台は健康管理、病気の管理、体調管理 黒丸食事(通院している人のみ丸定期的な外来通院、丸服薬管理)、黒丸体調不良時の対処、黒丸自分の障害・症状の理解、丸援助の要請(SOS発信) ピラミッドの土台の上は生活のリズム、日常生活 黒丸起床、黒丸生活リズム、黒丸身だしなみ、黒丸金銭管理、丸社会性(生活の中のルールを守る) その上は対人技能 黒丸あいさつ、黒丸会話、丸言葉づかい、丸協調性、丸共同作業、黒丸非言語的コミュニケーション、丸感情のコントール、黒丸意思表示 その上は基本的労働習慣 黒丸一般就労の意欲、黒丸作業意欲、丸持続力、丸働く場のルールの理解、丸危険への対処、丸作業態度、黒丸質問・報告、黒丸欠勤時の連絡、黒丸出勤状況(安定出勤) ピラミッドの1番上は職業適性 丸就労能力の自覚(作業適性・量)、丸作業速度、丸能率の向上、丸指示理解、丸作業の正確性、丸作業環境の変化への対応 (3)地域障害者職業センターを活用したアセスメントの勧奨 B事業所への通所により得た情報から、ワーカーは、Aさんについて、基礎体力や労働習慣に大きな課題はなく、人とのコミュニケーションが頻繁でない作業種であれば、職場での指導や配慮によって適応できる可能性が高いと判断し、Aさん及びB事業所と今後の進め方について検討した。 Aさん 「B事業所への通所によって自信がついた」「就職に対して焦りではなく前向きな気持ちとしてチャレンジしたい」等の意向 B事業所担当支援員 「もっとB事業所で訓練すれば伸びる部分もあると思うが、マッチングによっては必ずしも訓練は必要でない」「会社からどこまで求められるか分からない」等の見解 B事業所からは職場体験実習の提案があったが、ワーカーは、職歴が複数あるAさんに体験型の実習は必要なく、関係者がAさんに適した作業環境や事業主に依頼する具体的な配慮の内容、ジョブコーチ等による職場内支援の効果等について理解を深めること、具体的な就職活動の方法や就職活動中から就職後までAさんや支援機関が留意すること等を整理することが必要である旨を説明した。そのために、地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)に職業評価を依頼することを提案したpoint18。Aさん及びB事業所からも希望が確認できたため、ワーカーから母親に連絡を入れることとした。 ココがPoint18 関係者間でアセスメントを行った場合は、それぞれが持つ情報を確実に共有した上で、各機関の意見を確認しながら、今後の方針を検討する必要があります。本事例では、基本的な労働習慣、対人技能、生活リズム等に大きな問題は見られず、職場の指導体制等の環境面や支援機関によるサポート体制によって職場適応に大きく影響を受けると判断されたため、Aさんに適した作業環境や事業主に依頼する具体的な配慮の内容、ジョブコーチ等による職場内支援の効果等をより具体的にアセスメントすることが効果的と考え、職業センターの職業評価の利用を提案しました。自機関の持つアセスメント機能のみならず、地域の他機関のアセスメント機能を把握しておくことにより、就業支援ネットワークを活用したアセスメントを効果的に進めることができます。 4.職業センターを活用したアセスメント (1)職業センター利用に係るコーディネート ワーカーは、職業センターに依頼をする前にハローワークに連絡を入れ、B事業所の通所によってアセスメントできた内容と職業センターの職業評価を利用する方針について伝達した。併せて、Aさんの職業準備性は一定整っており、今後は求人選択等のマッチングや就職後の支援体制がポイントになると思われること、したがって職業評価結果を踏まえてAさん、母親、ハローワーク、B事業所、職業センター、センターにてケース会議を設定したいことを伝え、ハローワークの了承を得たpoint19。 ココがPoint19 新たな連携先にアセスメントを依頼する際は、依頼の趣旨やアセスメントされた情報の使用方法、アセスメント結果を踏まえた次の展開等を、事前に既存の連携機関で共有し、齟齬が起きないようにすることが肝要です。事前に共有することによって、アセスメント後の情報共有や具体的な連携活動もスムーズになります。本事例では、具体的なマッチングや就職後の支援体制等を整理するために職業センターの職業評価を依頼しています。また、関係支援機関がスムーズにAさんの就職活動支援に移行できるよう、職業評価後のケース会議についても事前に依頼をしています。 その後、ワーカーから職業センターに電話にて連絡をし、これまでの支援の経過や職業評価で確認したい内容を具体的に伝えた。電話の段階では主に以下の4点を伝えた。 1Aさんの職業準備性は一定整っており今後は求人選択等のマッチングや就職後の支援体制がポイントになると思われること 2職業評価結果を踏まえてAさん、母親、ハローワーク、B事業所、職業センター、センターにてケース会議を設定したいこと 3職業評価時はワーカーが同行したいこと 4作業評価を中心に作業の正確性、スピード、理解力等を確認し、事業主に配慮を依頼する点や支援によってカバーできる点を検討したいこと (2)職業評価を通じた情報収集 職業評価当日はワーカーが同行し、センターが取り組んできた支援経過やAさんの状況等について申し送りシート(表2)及び職業準備性ピラミッド(図3)を提供しながら伝達したpoint20。 ココがPoint20 本事例では、申し送りシートをB事業所に提供した後、新たにアセスメントできた内容があるため、それらをしっかりと反映して職業センターに提供しています。また、ハローワークやB事業所にも提供することで、改めて職業評価を依頼した趣旨等の共通認識を持つ事ができます。さらには、Aさんに作成してもらった職業準備性のピラミッドについても情報提供することで、アセスメントしてきた内容を一層分かりやすく依頼先に伝えることができます。 表2申し送りシートの「3.相談、支援経過」部分 これまで取り組んだ支援内容 センターにて計3回の面談を実施した後、B事業所を紹介し、現在も通所(約4か月が経過)。 B事業所の紹介理由は以下の4点をアセスメントするため。 1実際の作業における遂行力 2集団場面でのコミュニケーション力 3ブランクによる基礎体力や労働習慣への影響 4辛い時等の本人の意思表示と家族に期待できるサポート体制 B事業所では週5日間1日6時間通所しており、箱詰め、ピッキング、喫茶(洗米、清掃、盛付、接客)等の作業に従事、その他挨拶や返事等の体験型講座を受けている。 3か月終了時点で、Aさん、母親、B事業所とケース会議を実施し、職業センターの職業評価を依頼することとなった(ハローワークとも相談済)。 上記2から4については就業を制限する事項はないと判断したが、1について専門的なアセスメントが必要と考えている。 過去の就労経験 すべての企業で作業遂行に係る叱責を頻繁に受けている(理解力、スピード、正確性等全般的な事項)。叱責を受けても理由が分からず、周囲への相談もできず、叱責に耐えられずに無断欠勤をして離職するという傾向がある。 Aさんは家族に欠勤を隠しており(父親に知られたくない)、家族も気づいていなかった。なお、自宅で食欲が無い、夜中に大声を出す等、家族にも分かるストレスサインは出ていた。 最も長く勤務した物流倉庫は現場担当者が親身にしてくれた(現場担当者が変わり不適応となった)。 通勤について、1時間程度、電車、バス等の複数の交通機関の利用等があったが問題は無かった。 生活面 引越し業を辞めてから、1年間のブランクがあったが、B事業所には遅刻・欠勤はなく(体調不良を除き)、生活面の大きな課題はみられなかった。 過去に給料の大半を給料日に使ってしまったことがあるが、B事業所から得た工賃の使用は母親と相談して行っている。 将来一人暮らしをするという希望を持っているが、母親は心配している。 障害(特性)について Aさん、母親ともにB事業所の利用を経て、Aさんの強みと課題に関する理解が深まってきている。 強み 作業に対する意欲や挨拶等、基本的な労働習慣は身についている。教育することで言葉遣いや報告等も実践できていた。通勤上の制限はない。生活リズムや健康管理面で大きな課題はみられない。 課題 作業については単純反復の箱詰め作業以外でミスがみられた。B事業所勤務中は大きなストレスは無かったが、生じた際に家族や支援者に上手く発信できるかは不明。 別紙「職業準備性のピラミッド」を参照 今後の支援について 作業適性以外の部分の状況把握は終了し、就職活動が開始可能と考えている。職業評価を利用することで、作業の正確性、スピード、理解力等を確認し、事業主に配慮を依頼することや支援によってカバーできるとことを整理した上で、具体的な就職活動を進めたい。 職業センターからは、複数のワークサンプルを実施することで、身体的な機能面から作業の理解力等の情報処理面の傾向を整理する旨の提案があった。また、ワーカーもAさんの特性を詳細に把握できるよう職業評価の場面に同席し、行動観察をすることとしたpoint21。 ココがPoint21 本事例では、B事業所にワーカーが定期訪問してAさんの状況を確認しており、職業評価の作業検査場面にもワーカーが同席をしています。これによって、作業や検査の内容、支援者の関わり方等、どのような環境においてアセスメントされたのかを把握することができ、他機関からのアセスメントのフィードバックを理解しやすくなることやフィードバックに対して詳細な確認や質問等を行えるようになります。 実施した作業検査 GATB器具検査、ピッキング、ワッシャーの選別、力ード分類、水道蛇口の組立・分解(一部清掃も実施) 職業センターの利用を通じて情報収集したこと 作業検査の結果から、スピーディーな動作は期待できないため、安定したペースや正確性を伸ばす視点が大切である。 ピッキングでミスはみられたが、指摘をした点を修正することができていた。作業で注意すべきポイントや手順を分かり易く教えることで、習熟できる可能性が高い。カード分類は時間がかかったものの、ポイントを伝えた結果ミスなく遂行できた。 ミスを防ぐためには、スピードへの意識や周囲の刺激を減らすこと、確認行動を作業の工程の中に入れること等が効果的である。 教えられたことに忠実なため、作業途中で変更や追加がある場合は、初めから一連の流れで再度作業指示を行う必要がある。また、指示の内容が人によって変わらないように配慮する必要がある。 清掃作業では段取りや効率を考えることは苦手だが、やり残し等は無く空間判断等の力は備わっている。 迷った時に質問ができず、流されてしまう傾向があることは課題である。 以上から、巧緻性やスピーディーな動作が求められる、周囲を気にしないといけない(又は気になってしまう)等の作業環境を避ければ、ジョブコーチ支援を行いながら、職場の管理体制を整えることで、職場適応を目指すことが可能な旨をAさん、職業センター、センターにて共有した。 Aさんの感想 個室で行ったためか、予想より緊張せず集中して取り組むことができた。 作業中に時間を計測されたため、スピードを気にしてしまった。スピードを気にすると焦ってしまう。 ミスもあったが、一つひとつ分かり易く教えてもらったため、上手く集中することができた。 自分に合っている作業は単純な箱詰めくらいと思っていたが、職業センターから清掃やピッキングもできると言われて嬉しかった。 就職の際は、ジョブコーチ支援を利用したい。 質問をしないといけないと分かっているが、指示のペースについていけない時に上手くできない事がある。 Aさん、職業センター、センターにて、職業評価を受けて肯定的に評価されたところは自信を持って良いこと、質問などの課題は今後も気を付けていく事を共有した。 5.就職活動に向けたプランニング (1)就職活動に向けたケース会議 職業センターの職業評価後にハローワークにてケース会議を実施し(参集範囲Aさん、母親、ハローワーク、職業センター、B事業所、センター)、センターでの相談内容、B事業所での通所状況、職業センターでの職業評価結果等を改めて共有し、今後の就職活動について検討をすることにしたpoint22。 ココがPoint22 アセスメントの結果については、関係者で確実に共有するためにケース会議の設定が効果的ですが、ケース会議の場所やメンバーについても狙いに沿った設定が必要です。本事例ではハローワークからセンターにアセスメントの依頼があったことがAさんに対する支援契機であり、B事業所や職業センターの協力を得ながら一定のアセスメントを終え、具体的な就職活動を開始することが望ましいと考えられたため、ハローワークに関係者を集めたケース会議を設定しました。 Aさんは、これまでの支援を通じて就職活動を開始することを希望しており、母親もB事業所の通所中に大きなトラブルもなかったこと、ここ数か月のAさんの表情が良いこと等から就職活動を応援したいとの意向を示された。センター等の支援者もAさん自身が就職活動を前向きに考えることができていること、基本的な職業準備性は整っていること、作業面や企業内の人間関係についてはジョブコーチ支援を活用すること等の理由から、B事業所への通所を継続しながら、具体的な就職活動を進めていくこととした。 (2)プランニングの策定 ケース会議では今後の就職活動の進め方や就職後のフォローアップ体制等、今後の支援に係るプランニングを検討した。就職活動中と就職後のAさんの行動目標を明確にすること、Aさんの目標や行動計画を支援する者と方法を明確にすることに留意して検討を進めたpoint23。なお、ケース会議は人数も多く、Aさんと母親が内容を十分に理解できない可能性もあることから、後日Aさんと母親にセンターに来所してもらい、ワーカーからプランニングの内容を再度説明する場面を設定したpoint24。プランニングの内容は以下の通り。 ココがPoint23 プランニングでは本人の取り組む目標に加え、支援機関の支援内容を具体的に決定することが必要です。支援内容はいわば支援機関の目標といえ、特に関係機関が複数ある場合は、支援内容にずれが生じないようにするためにも重要なポイントとなります。また、就職活動についてのプランニングの際には、就職後の本人の目標や支援機関の支援内容もできる限り具体的に決めておくことで、急な企業面接等の対応を行ったとしても、採用後の支援機関による支援内容の説明がスムーズに事業主に行える等のメリットがあります。 ココがPoint24 複数の関係者が集まるケース会議では、ケース会議中に活発な意見交換が行われるなど、本人や家族が情報の多さから内容を理解しきれない場合もあります。したがって、別日に個別面談にて改めて内容を説明する機会を設けることで、本人にとって生きた支援計画にすることができます。 プランニングの内容 1.就職活動について Aさんの目標(Aさんが具体的に行うこと) 1引き続きB事業所に通所し、生活リズムの維持、質問や報告の習慣づけに取り組む 2毎週水曜日の午後にハローワークで求職活動を行う 3毎週金曜日の午後にセンターを訪問し、就労アンケート(図4)やプロフィール票(図5)を作成する 各支援者が行う事項 B事業所 引き続き通所時の支援を行う。 「作業は、箱詰め、ピッキング、清掃に重点化する」「コミュニケーションの講座は引き続き受講し、特に作業中の質問について習慣づけを図る」等に留意する。 必要に応じハローワークに同行する。 ハローワーク Aさんの来所時に、求人情報の提供や検索方法の助言等を行う。 週30時間程度で、軽作業、清掃、倉庫内作業、バックヤード等の求人を情報提供する。 センター Aさんの来所時に面談を行い、採用面接に向けた準備を進める。採用面接にはワーカーが同行する。 Aさんと就労アンケートやプロフィール票を作成し、具体的な求人選びや応募企業への情報提供等に活かす。 2.就職後について Aさんの目標(Aさんが具体的に行うこと) 1スピードよりもミスなく正確に作業することを意識する 2分からないことや悩むことはそのままにせず、質問したり相談をする 職場の人に言えなければ支援者に伝える 3職場での状況を時々は母親や父親に話す 各支援者が行う事項 B事業所 Aさんの精神的なケアとして、OB会(レクリエーション)の参加や休日のB事業所の訪問等を受け入れる。 ハローワーク 事業主に対し、トライアル雇用やジョブコーチ支援等の制度の活用を勧奨する。 職業センター ジョブコーチ支援を行う。また事業主が障害者雇用に不慣れな場合は受け入れに係る助言を行う。 センター 定期的に企業訪問を行う。 ジョブコーチ支援終了後は長期的なフォローアップを行う。 就労状況を適宜家庭に連絡する。父親にもAさんが頑張って就労している状況を伝える機会をタイミングよく設定する。 将来的な一人暮らしについては、就労が安定したことを見極めた上で生活支援センターを紹介し、助言が得られる環境をコーディネートする。 図4就労アンケート 図5プロフィール票 6.プランニング後の経過 就職活動を開始して2か月後、ある事業主からハローワークに雇入れの相談があった。事業主はこれまで障害者雇用の経験がなく、雇入れに対して不安を抱えていたため、ハローワーク、職業センター、センターの3者で職場訪問を実施することにし、支援制度の説明や職場環境の見学等を行った。その企業は倉庫内作業を持っており、その中でも格納、ピッキング、荷出し、梱包等の作業は採用する障害者の特性に合わせた配置が可能とのことだった。 ハローワーク、職業センター、センターはAさんにマッチする職場環境と判断し、センターからAさんに連絡をし、企業の職場環境、仕事内容について情報提供を行った。Aさんからは「ぜひやってみたい」との希望を確認できたため、採用面接に臨み、職業センターのジョブコーチ支援を活用しながらトライアル雇用を活用して働くことになった。なお、採用面接時に、事前に作成したプロフィール票を事業主に提出し、必要な配慮を依頼している。 トライアル雇用の初期段階から、職場で起こることについての支援はジョブコーチが中心となり、職場外での支援についてはセンターが行うように役割を分化し、それぞれの支援を共有するようにして取り組んだ。しかし、職場内の支援をジョブコーチだけに任せるのではなく、Aさんの状況把握、支援策の共有、事業主との関係作りを目的にセンターも2週間に1度のペースで職場訪問を行った。 トライアル雇用の中間、終了時点にも企業にてケース会議(参集範囲Aさん、センター、ハローワーク、職業センター)を実施し、Aさん、事業主、支援者で状況や目標・課題の共有を行った。常用雇用に移行し、トライアル雇用から半年後の時点でジョブコーチのフォローアップは終了とし、現在はセンターが定着支援(職場訪問、定期面談など)を実施している。 また、定着支援はセンターが中心となって行っているが、AさんはB事業所のOB会(レクリエーション)に毎回参加しており、仕事の帰りにセンターだけではなくB事業所に訪問することもある。AさんにとってB事業所は就職することを目標として一生懸命取り組んだところであり、仕事で挫けそうな時にB事業所に行けば「働くための工ネルギーが得られる」「就労のモチベーションが維持される」等と話されている。就労して1年半が経過、この間に障害年金の受給も決まり、一人暮らしに向けて地域の生活支援センターを紹介し、Aさんの単身生活に向けた準備を進めているところである。なお、父親を交えたセンターでの相談は実現していないが、就労後1年が経過した時点で、父親からAさんに対して「良く頑張っている」旨の話があり、Aさんも仕事の状況を家庭で話しやすくなっている。 参考事例 自治体のネットワークにおける事業所情報を活用した職場実習によるアセスメントとプランニング 実施機関 障害者就業・生活支援センター 対象者の障害 軽度知的障害 本事例の概要 地方公共団体が設置する障害者の支援等に関する協議会(以下、協議会という。)が共同して作成した支援ツールにより、職場実習で事業所側、支援者側双方でアセスメントを行った上で、ケース会議により多角的な支援計画を立案しています。併せて就業支援ネットワークを活用し、就業支援に取り組んだ事例です。 参考となるキーワード 職場実習 協力事業所情報シート(職場実習での企業開拓ツール) 個別プロフィール表(職場実習におけるアセスメントツール) 本事例のキーパーソン 支援対象者Aさん(自閉症との診断がある軽度知的障害の男性。特別支援学校高等部在籍) 主たる支援者障害者就業・生活支援センター(就業支援ワーカー) 関係機関特別支援学校高等部(進路指導担当教諭)、ハローワーク(雇用指導官) 職場実習先小売業を営む事業所(社長) 支援経過 1.導入(特別支援学校高等部からの依頼) 特別支援学校高等部の進路指導担当教諭からの支援依頼を受ける。 依頼内容は、翌年3月卒業予定のAさんの希望進路が、現在の特別支援学校の管轄区域以外のF市での就職を希望されているため、卒業後の支援方針等の検討も踏まえて、障害者就業・生活支援センター(以下、センターという。)との連携を希望されているとのこと。 特に、Aさんは高等部在籍中に実習経験自体はあるものの、出身地域のF市の自宅から通勤しての実習経験がないため、職場実習が可能な地域の企業に関する情報提供依頼があった。 この時点での、本人に関して得た情報 障害特性等 軽度知的障害、小児自閉症との診断、男子生徒。 経緯等 遠距離のため自宅からの通学が難しく、特別支援学校高等部入学と同時に寄宿舎を利用。 学校ではパソコン部に所属。日本漢字能力検定5級取得。 2.初期相談等 (1)ハローワークでの利用登録 支援依頼を受けた後、ハローワークにおいて求職登録とセンターの利用登録を同時に行った。求職登録時の参加者はAさん、家族(母親)、センター2名(主任就業支援ワーカー、就業支援ワーカー)、特別支援学校高等部2名(担任教諭、進路指導担当教諭)、ハローワーク雇用指導官の7名。 ハローワークの雇用指導官から、ハローワークの利用方法に係る説明、地域の障害者雇用状況及び職場実習を通じ企業へ自分自身の力量を知ってもらうことの重要性について説明を受けた。また、卒業後の職業生活を安定したものとするために、センターの利用を勧奨された。職場実習の活用については、Aさん自身が特別支援学校高等部2年時に職場実習体験をしており、その中で職業適性や対応力を確認する手段として有効であることをAさん、家族も実感していた。また、センターも職場実習を通しての就職に係るマッチングを図ることが有効と判断しており、職場実習の活用については皆が同意した。 (2)センターでの相談、利用登録 相談、利用登録に要した時間は20分程度であり、センターの概要説明と具体的な支援方法、そして登録手続きを実施した。 本人、家族、特別支援学校からの情報収集等 初期相談では、センターのパンフレットにより支援内容を説明し、Aさんの就職に関する希望を中心に情報収集した。 Aさん ワーカー卒業後はどうしたいですか 「働きたい。」 (特別支援学校において卒業と同時に働くというモチベーションが学校・同級生の中で醸成されており、Aさんもそのイメージを持っている様子であった) ワーカーどこで働いてみたいですか 「親元であるF市で働きながら暮らしたい。」 (父親が病死しており、Aさんには、自分が親や家族を助けたいという感情があるようだと周囲は推測していた) ワーカー得意な仕事、苦手な仕事はありますか?またこれからの仕事の希望はありますか 「力仕事は自信がありません。」「じっくりと取り組むタイプなので、一つの仕事を繰り返して行うような仕事が、自分には合っていると思う。」「製造業などスピードを要求される仕事は苦手意識があります。」 家族(母親) ワーカーAさんの卒業後の就職について、家族の希望はいかがですか 「可能であれば、自宅から通える会社に就職して欲しい。」 特別支援学校高等部 進路指導担当教諭 ワーカーAさんの性格、得手・不得手、友人関係、職場実習等の経過、就職への希望等はいかがですか 「授業や作業に取り組むに当たっては、とにかく真面目で一所懸命な生徒である。」 「これまで実施した職場実習については、高等部2年時に米袋製造業で3週間のラベル貼り・袋切り作業等を行い、さらに2週間県庁でコピー、書類綴り、ラベル貼り作業等、事務補助業務を行った。挨拶や態度、体力面について評価されたが、一方で指示された内容について、Aさんなりの解釈で仕事を進めてしまいミスにつながることがあった。そのため、指示内容を最後まで聞き、確認した上で作業を行うよう助言を受けるなど、作業の進め方について指摘を受けた。」 「特別支援学校時代は寄宿舎生活であった。また、自宅から寄宿舎へ行く際は、徒歩で駅まで移動し、電車とバスを乗り継いで移動していた。このため、通勤手段については、自宅から徒歩・バス等を利用した通勤を希望している。また、就業先が決まった場合は、卒業に併せて自動車免許の取得を希望している。」 上記の情報収集から、センターでのコーディネートを主体に、最終的には就職を目標とした職場実習を通じて、職場実習におけるアセスメントにより就職に向けた支援に取り組むこととした。 (3)F市協議会との連携による職場実習先開拓 特別支援学校高等部進路指導担当教諭等の企業開拓により、同年10月にE市内のレストラン業で3週間の実習を行うが、雇用には結び付かなかった。 しかしながら、自宅からの通勤をやり遂げたことや、企業側の評価も休まないで通えた、挨拶が丁寧であった等比較的良好であり、実習期間を3週間延長することになった。なお、この実習結果は、Aさんの自信に繋がった様子であった。 上記実習の結果を踏まえ、雇用を目指すために、これまで職場実習に係るノウハウのあるF市協議会において、Aさんの職場実習先を開拓することとなった。 3.職場実習に係るアセスメント1本人と職場実習先のマッチング (1)F市協議会との連携による職場実習の実施 1F市協議会について F市協議会には、情報部会、相談部会、就労部会の三つの専門部会があり、就労部会は障害者の雇用環境の充実を図るために、1企業開拓、2当事者スキルアップ、3支援者スキルアップ、4個別支援会議の4つのワーキンググループを設置している。 就労部会の構成機関は、就労移行支援事業所、就労継続支援A型事業所、就労継続支援B型事業所、指定障害者相談支援事業所、特別支援学校、F市障害福祉担当課、F市商工労政担当課、県県南広域振興局、ハローワーク、障害者就業・生活支援センター等、地域の就業支援機関・関連の行政機関となっている。 就労部会の開催は年4から5回、ワーキンググループ活動は随時開催され、企業開拓・実習調整活動、障害者のスキルアップ研修や支援者スキルアップ研修、企業見学等が行われている。 就労部会において議論を重ねる中では、障害者の雇用環境を充実させるため、企業開拓がまず必要との認識から、就労部会の企業開拓ワーキンググループにて協力事業所情報シート(図1)を作成し、情報集約活動を展開している。 図1協力事業所情報シート 会社名、住所、連絡先(電話、ファックス、Eメール) 受入可能内容(項目を丸印記入願います) 情報提供、見学受入、実習受入、就労相談 具体内容等 対応担当者(部署名等、お名前) 見学、実習等の受け入れについて、ご相談対応していただきますよう、どうぞ、宜しくお願いいたします。 丸市協議会・就労部会協力事業所様とりまとめ窓口 連絡先(電話、ファックス) 2協力事業所情報シートについて シートには、会社名、連絡先、担当者に加え、情報提供、見学受入、実習受入、就労相談の4つの選択項目が設定されている。このシートを、F市商工労政担当課や商工会議所等から情報を得た地域の企業に訪問・配布し、返信が得られた企業から、特に4つの選択項目から、障害者雇用や職場実習に協力可能な企業の情報を整理し、職場見学や職場実習の依頼先として検討する仕組みとなっている。 協力事業所情報シートを活用して、地域の企業のニーズや協力内容を把握するとともに、就職や実習を希望する障害者のマッチングに役立てている。 3F市協議会就労部会での検討 障害者の就業支援においては、携わっている一つの関係機関が主体となり支援を進めることが一般的である。F市協議会就労部会においては、対象者が結ぶ福祉サービス事業所の利用契約の有無に関わらず、該当地域で暮らす全ての障害者に対する就業支援を展開することを視野にネットワークを形成し一機関の就業支援を支えることを目標として、活動を進めている。 このため、F市においては直接的な構成機関利用者でなくても支援の対象としている。AさんもF市出身だが、別の障害保健福祉圏域にある特別支援学校に在籍していることから、Aさんへの職場実習に係る調整については、就労部会において上記見解を再確認し、下記の通り企業開拓を進めていくこととなった。 支援目標 自宅から、通勤(徒歩、バス)可能な企業での職場実習を調整する。 留意点 職場開拓に当たっては、立ち仕事自体は可能であるが、力仕事には不安を抱いていることから、軽作業を中心とした職種で開拓する方針とする。 時間に追われる作業にも苦手意識があり、製造業等の生産ライン作業は避け、小売業、サービス業等のバックヤード業務をターゲットとする。 役割分担 センター Aさんの通勤可能工リア内に立地し、上記留意点を満たしている企業に、F市協議会作成パンフレット、協力事業所情報シートを配布する。協力事業所情報シートの実習受入にチェックした企業とAさんのマッチングについて、就業支援ワーカーが検討する。 特別支援学校進路指導担当教諭 職場実習先企業を訪問し、Aさんの職業準備性等を指標化し、企業と支援機関の間で、客観的にAさんのスキルを把握するため、次ページの個人プロフィール表(図2)に評価を記入する。 ハローワーク 職場実習後に企業での状況を確認しながら、ハローワークのトライアル雇用、障害者雇用助成金制度などの情報提供を行い、必要に応じ卒業後の支援として、地域障害者職業センターの職業準備支援、ジョブコーチ支援に繋ぐ。 図2 個人プロフィール表 補足 個人プロフィール表は企業支援での一つのきっかけがもとになっている。 障害者雇用を依頼する際に職場実習を活用することが多いが、ある企業に依頼したところ、「就業支援機関は職場実習等雇用させることには熱心だが、障害者の客観的な能力を説明する視点がなく、採用のお願いばかりである。」との指摘を受けたことがきっかけである。 その後、企業側にも障害者側にも無理のないように、障害者雇用を地域で推進するためには何が必要か就業支援機関で協議を重ねた結果、現在の形となった。企業の声、障害者の声にいかに耳を傾けるかが、障害者雇用を進める上で重要であることは論を俟たないが、それを現実の形にして生きるシステムにすることが難しく、また重要と考えられる。 (2)職場実習先の開拓 F市協議会就労部会の企業開拓ワーキンググループにおける職場実習先の開拓に当たっては、Aさんの自宅を中心に通勤圏内の企業をピックアップし、そこに協力事業所情報シートを配付する方法で企業開拓を行った。 通勤圏内の企業のうち、回収した協力事業所情報シートの中で実習受入可能と回答した企業に対しアプローチを行い、実習に向けて調整を行った。 株式会社B職場実習協力事業所(以下、B事業所という。)の情報 業種スーパー 職務内容バックヤードでの倉庫整理、品出し 通勤Aさんの自宅から1.2qに立地されており、徒歩での通勤が可能。 企業側の職場実習の際の受入条件一人になっても作業ができる方 個人プロフィール表の提出 B事業所に対して、個人プロフィール表を提出し、Aさんの概要を説明するとともに、特別支援学校進路担当教諭から正式に実習依頼を行った。 企業面接 特別支援学校卒業を控えたタイミングで、B事業所にて面接。参加者は、Aさん、B事業所店長、管理部人事マネージャー、特別支援学校進路指導担当教諭及び担任教諭、センター就業支援ワー力一であった。 Aさんに対する企業面接では、「この仕事を本当にやりたいと思うか」「やりたいと思うことで仕事は続くものである」との話があるなど、Aさんの根本的な就業意欲を確認する場面があった。おそらく、就業意欲を第一の採用基準としていることが窺われた。 4.職場実習に係るアセスメント2職場実習の具体的取組み (1)職場実習先の選定 F市協議会就労部会の企業開拓ワーキンググループにおいて、Aさんの職場実習先として、B事業所の実習先面接をとおして職場実習が適切と判断した理由を、以下のとおり報告した。 1自宅からB事業所までの距離が1.2q。徒歩通勤が可能であり、冬季でも安心して通える距離であること。 2F市協議会就労部会の趣旨をB事業所は理解し、協力事業所としての登録及び実習受入について了承をいただいたこと。 3Aさんの適性が見込まれるバックヤードでの職務設定が可能であること。 4上司等、職場における継続した指導体制が配置され、Aさんに応じた助言・指導が期待できること。 (2)AさんとB事業所への職場実習前の状況確認 Aさん 高等部卒業を3月に控え、就職先が未だ決まっていないため、不安な気持ちと働きたいという気持ちが交錯していた。 これについて、特別支援学校高等部進路指導担当教諭及び担任教諭からは、作業手順を覚えるまでには時間はかかるかもしれないが、真面目で長時間黙々と作業を続けることができるため、仕事については練習を重ねることで習得できることを伝えた。そのため、気長に自信を持って実習に臨むよう助言した。 B事業所(職場実習先) 障害者雇用の経験はなく、初の試みであるため不安を感じていた。 実習受入にあたり、配置予定部署を生鮮グループとし、具体的な業務としてはバックヤードでの整理、品出しを想定していた。 実習開始に際してのB事業所からの留意事項は下記の通りであった。 1服装はマニュアルの通りに用意すること。 2身だしなみについて、時計やアクセサリーは外すこと。 3髪の毛について、長髪は禁止していること。 4ロッカーの鍵管理は自己責任で行うこと。 5携帯電話は作業中に所持しないこと(ロッカーにおいて管理)。 6外部からAさんへの連絡は事務所を通して行うこと。 (3)職場実習に係るプランニング B事業所にとって初めての障害者受入であることから、1安心して職場実習を実施することができること、2雇用を視野に入れた場合のスケジュールを示すこと、3活用可能な障害者雇用助成金制度や支援機関を周知すること、以上を目的に実習から雇用計画書(案)を作成し、B事業所に提出した。 実習から雇用計画書に盛り込んだ情報及びポイント 職場実習を通して、B事業所とAさんのマッチングについて確認すること。 職場実習に係る経費は自己負担である他、実施中の傷害保険にも加入していることを明記し、事業所側等の責任を明確にすること。 職場実習、トライアル雇用、本雇用までのスケジュールを案として提示すること。 雇用に際しては、ハローワークの助成金の活用等を含め、企業側への情報提供・助言等を行うこと。 5.関係者で策定するプランニング (1)職場実習を踏まえたケア会議 職場実習終了後の個人プロフィール表のB事業所側の評価に基づき、ケア会議を開催した(参加者は、Aさん、B事業所の店長・副店長・農産マネージャー・人事マネージャー、ハローワーク、センター就業支援ワーカー、特別支援学校高等部進路指導担当教諭)。 Aさんの感想 「頑張ることができました。」、「作業にも慣れることができました。」と充実した職場実習が行えた様子であった。 個人プロフィール表を含めたB事業所側の評価 Aさんの長所に係る評価 挨拶・入退室マナー、清潔感、身だしなみ、時間行動、作業の正確さが高評価であった。無遅刻・無欠勤についても評価されていた。 Aさんの課題に係る評価 コミュニケーション、ホウレンソウ等、スーパーのお客様への柔軟な対応については今後の改善が必要と評価された。 (例)野菜のカット売りコーナーにおいて、お客様から、「キャベツを丸ごと一個では販売していないのか」と尋ねられた際、分からないまま「そうなります。」とAさんは答えてしまっていた。分からない場合は、「少々お待ち下さい。」と伝え、他のスタッフに相談する姿勢を身につける必要があると指摘を受けた。 採否について B事業所としては、実習から雇用計画書のスケジュールを参考にしつつ、3週間の実習状況により本雇用するかどうか検討していたが、Aさんの課題が明確になってきたこともあり、採否についてはもう少し様子を見た上で判断したいとの意向であった。 関係機関によるアセスメント センター マッチングという点では、自宅から徒歩通勤圏内であり、スーパーのバックヤード業務そのものには十分対応できていたことから、マッチングとしては適切であると判断した。また、遅刻・欠勤もなくシフトに応じた勤務ができたことは、Aさんの良さとして高く評価できると考えた。今後は、B事業所側が指摘した課題について、改善が可能なことについては引き続き取り組み、障害の特性上、改善に限界があることについては、B事業所の理解と配慮を得る必要があると判断した。 特別支援学校高等部進路指導担当教諭 B事業所からの評価において、ホウレンソウが課題とされた一方、作業の正確さという点では強みとして評価されたことで、今後のAさんの目標及び励みにもなり、支援の方向性も明確になったと感じていた。 ハローワーク B事業所においては、初めての障害者雇用に向けた試みであったが、店長だけでなくスタッフもAさんの障害特性を理解しようとし、かつ指導体制を整えようとした取組みは評価できた。 今後の課題は明確になっているため、トライアル雇用を活用して本雇用に繋がるよう、ハローワークにおいても支援したいとのことであった。 ケア会議による今後の方向性の確認 Aさん、B事業所、支援機関による意見交換を通して、今後のスケジュール等を確認した。その後、AさんとB事業所店長、人事マネージャーの3名による面接が別室で行われた。この結果、トライアル雇用を3か月間実施することとなった。 補足 障害者支援に関してのアセスメント及びプランニングについては、あらゆる機関で必要な具体的支援手法として用いられているが、就業支援を行う上では、特に企業目線を意識しながらアセスメントとプランニングを行うことが重要であると考えている。 職場実習におけるアセスメントは、就業を目指す障害者にとって、就業体験の機会と自信を付与する有効な機会となる。また、職場実習を活用したアセスメントとその際の企業評価を踏まえたプランニングにおいては、企業が求めるレベルに障害者のスキル向上を図っていく要素と、障害者を雇用しようとする企業が、障害特性に対する理解や配慮事項が何かについて理解する要素があり、それは支援者を媒介として進められているように思われる。 本事例では、職場実習において個人プロフィール表を共通のアセスメントツールとして活用し、さらに実習から雇用計画書等を活用し、丁寧にアセスメントとプランニングを行うことで、実際に就職に至った事例を紹介した。 また、一人の障害者の就業支援に対して、協議会を核とし、特別支援学校、ハローワーク、障害者就業・生活支援センターが連携を図りながら支援を展開したことも、企業におけるアセスメント、プランニングに有効であったことも併せて報告したい。 執筆者及び取材協力者一覧 所属等は取材、執筆時点のものである。 第2章 事例1 太田和宏(執筆)障害者職業総合センター職業リハビリテーション部総括調整室企画係 田川恭子(取材協力)東京障害者職業センター多摩支所主任障害者職業カウンセラー (参考事例) 中島純一(執筆)障害者職業総合センター職業リハビリテーション部総括調整室調整係長 岡田雅人(取材協力)熊本障害者職業センター主任障害者職業カウンセラー 川越陽介(取材協力)熊本障害者職業センター障害者職業カウンセラー 事例2 福田隆志(執筆)世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ主任支援員 事例3 小林由美子(執筆)社会福祉法人多摩棕櫚亭協会就労移行支援事務所ピアス法人事務局長 事例4 森下園子(執筆)特定非営利活動法人高次脳機能障害者支援笑い太鼓高次脳機能障害者支援センター就労支援員 事例5 樋上一真(執筆)堺市障害者就業・生活支援センターエマリス堺事業部長 古野素子(取材協力)大阪障害者職業センター南大阪支所障害者職業カウンセラー (参考事例) 小田島守(執筆)岩手中部障がい者就業・生活支援センターしごとネットさくら副所長 障害者職業総合センター職業リハビリテーション部総括調整室にて第1章の作成及び第2章の編集を行った。 障害者職業総合センターに設置した作成委員会において、本書の全体テーマ及び構成等を検討した。 作成委員会委員 相澤欽一 障害者職業総合センター研究部門主任研究員 加賀信寛 障害者職業総合センター職業センター開発課長 榧野一美 障害者職業総合センター職業リハビリテーション部次長(座長) 小嶋文浩 障害者職業総合センター職業リハビリテーション部研修課長補佐 佐藤正美 障害者職業総合センター職業リハビリテーション部指導課長補佐 五十音順。所属等は委員会設置時点のものである。 就業支援ハンドブック 実践編 アセスメントとプランニング 2015年3月 初版発行 2016年3月 改訂版発行 2017年3月 改訂版発行 2018年2月 改訂版発行 2019年2月 改訂版発行 2020年2月 改訂版発行 2021年2月 増刷 2022年2月 増刷 2023年2月 増刷 2024年2月 増刷 編著・発行 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター職業リハビリテーション部 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL 043-297-9095 FAX 043-297-9056 URL https://www.jeed.go.jp/ 印刷所 特定非営利活動法人千葉県障害者就労事業振興センター