令和6年度版障害者職業生活相談員資格認定講習テキスト
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⑸ 職業訓練での話し方の工夫ざまな身体の動きを想像し、あたかも自分の身体の中で障害を乗り越える試行を繰り返しながら、障害者本人の状況に応じた改善策を創り出していく必要があります。こうした「障害者の立場になった作業シミュレーションの視点」について、そのポイントを姿勢、目線、タイミング、判断尺度からまとめます。ア 姿勢作業を正しく行うためには、まず、姿勢が基本となります。姿勢は作業における正否、安全、やりやすさという面から、最も適切な体の構えかたをする必要があります。したがって、仕事を始めるに当たっては、つねに姿勢を確認するのがポイントです。例えば、障害による機能的な制限から猫背で正面をきちんと向けない場合を考えてみましょう。猫背は作業姿勢として無理な構えが多いために正確な動作ができず、疲労もかさみます。このような状態を回避するには、その人の状態に合わせた構えかたをシミュレーションしてみると、身体の重心のズレが判明します。そこで、この状態を調整する工夫として、例えばリュックサック等を装着して重心のズレを直すといったような改善策を創り出して行くのです。イ 目線姿勢の改善策が創り出せたら、次は目線の改善策です。目線とは、作業時に手先の動きや作業の対象物のどこを見ているかです。作業内容によって全体を見ている場合もあれば、一点に集中している場合もあり、この目線が正否に大きく影響します。とくに、障害によって見える範囲が限られる場合や、見えていない場合での把握が重要です。この見える範囲の確認は、医学的な情報を踏まえつつ、障害者の動作や作業結果をベテランの経験と鋭い観察眼によってシミュレーションしながら突き詰めていきます。例えば、通常の見える範囲が狭まっていることを確認するために、ボールをいろいろな方向から転がして受け止められるかを観察します。その上で、見える位置や身体の姿勢などを変えて、作業上の制限の解消を図って改善策を創り出していくのです。ウ タイミングタイミングとはカン・コツに通じるもので、一言で表現しにくいものです。いわば、作業を進める上で、手先の動きのちょうど良い頃合いというようなものです。この感覚は、言葉で伝達できる判断とは異なる感性的な側面があります。つまり、外からの刺激を身体全体で受け止める感覚であり、実際の経験に基づいて次第に習熟していきます。しかし、障害者の場合は、身体的及び精神的機能の一部が損なわれているために、タイミングの感覚に微妙な狂いを生じます。そこで、指導者が自ら障害状況を思い浮かべて作業を再現し、障害者の動きの欠点を把握することが大切です。こうすることで、障害特性に応じたタイミングを引き出すことができます。例えば、片手に障害があった場合、両手によるタッチタイピングをいかに片手だけで行うかを考えてみましょう。指導者は片手だけでタイピングのシミュレーションをし、ホームポジションやそれぞれの指の動作範囲と役割を変えて、片手障害に合ったタイミングを創り出していくのです。エ 判断尺度仕事の作業を進めていくときには、作業途中で出来映えの判断をしながら進めていきます。このとき、出来映えの判断要素は長さ、温度、色、形など作業内容によってさまざまです。一般的に、長さであれば物差し、温度であれば温度計といったように標準化された測定器がありますが、作業途中の判断尺度は標準化された測定器を使わないことが多いです。つまり、作業途中での判断は自分の身体を通した尺度を用いていることが多いのです。長さであれば掌や指の長さ、温度であれば色の変化や音を基準にして判断します。ここで、障害による制限によっては、判断尺度自体を置き換える必要があります。例えば、知的能力の制限から数量の判断が苦手な場合は、製品を積み重ねた高さを尺度にして判断する方法に置き換えます。このように、障害者1人ひとりの特性に配慮した判断尺度を創り出していくのがポイントです。① 配慮した話し方障害者とのコミュニケーションの多くは言葉で行います。「職業訓練の指導の流れ」や「職業訓練の指導のポイント」でも触れていますが、言葉は使用頻度が高く日常的に使いますから、指導者は障害者1人ひとりにあわせた配慮した話し方を最優先で習得したほう91

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