クローズアップ 安心して働き、能力を発揮できる職場の環境づくり 第4回 ミスマッチを防ぐ「伴走型」マッチングの極意 〜入社後の変化を見逃さない〜  障害のある人など多様な人材が安心して働き、その能力を十分に発揮できる職場づくりが、いま企業に求められています。そこで障害者の雇用や就労支援を専門とする上村勇夫さんに、職場において障害のある人の安心感を高め、能力発揮をうながすために有効な環境整備や周囲のサポートのあり方などについて、解説していただきます。  第4回は、入社後に時間の経過とともに生じる「職業面・生活面」の変化や、それにともなうミスマッチを防ぐための取組みについて、事例を交えてお伝えします。 執筆者プロフィール 日本社会事業大学 社会福祉学部 共生社会デザイン学科 准教授、博士(社会福祉学) 上村(うえむら)勇夫(いさお)さん  企業、障害者地域作業所、ジョブコーチ等を経て、現職。障害者雇用における職場内支援のあり方と、生活支援について研究。関連論文で日本社会福祉学会奨励賞受賞。就労継続に関する著書も執筆。 はじめに―マッチングは時間の経過とともに「変化」する  障害者雇用において、採用面接や実習をていねいに行い、「これ以上ない形で職場と本人のマッチングができた」と確信して入社を迎えるケースは少なくありません。しかし、どれほど完璧にみえるスタートであっても、数カ月、数年と時間が経つにつれて、そのマッチング状況に少しずつ「ズレ」や課題が生じてしまうことが多々あります。なぜなら、働く障害者本人も、それを取り巻く職場の環境も、つねに一定ではなく時間の経過とともに変化していくからです。  入社時の状況だけに縛られ、その後の変化を放置してしまうと、気づいたときには深刻な「職場不適応」を引き起こし、早期離職へとつながってしまいます。大切なのは、採用時の見きわめだけで終わらせず、入社後も継続的・計画的に状況を把握し、適時適切に手を打っていく「伴走型マッチング」の視点です。  今回は、時間の経過とともに起きるミスマッチの要因と、それを防ぐための具体的な介入方法について解説します。 職場不適応を引き起こす「職業面・生活面」の変化  そもそも、なぜ入社時には問題がなかったのに、後からミスマッチが生じるのでしょうか。その背景には、大きく分けて二つの「変化」があります。  一つは、「職業面(職場環境)の変化」です。入社当初は慣れるために簡単なルーティン業務だけを任されていた社員が、時間の経過とともに「新しい業務へのステップアップ」を求められたり、職場の異動や上司の交代によって人間関係や指示の出し方が変わったりします。こうした職場の変化が、本人にとって予期せぬプレッシャーとなり、職場不適応の引き金になることがあります。  もう一つは、「生活面(プライベート)の変化」です。体調の波や加齢による変化、家族のサポート状況の変化、あるいは一人暮らしを始めたことによる生活リズムの乱れなどがあげられます。特に、知的障害や精神障害のある方にとって、私生活のぐらつきは仕事のパフォーマンスに直結します。「これまではできていたから大丈夫」という思い込みは禁物であり、時間の経過とともに本人の「職業面」と「生活面」の双方が変化し得るという前提に立つことが、伴走型マッチングの第一歩となります。 事例から学ぶ―仕事のトラブルの裏に隠された「変化のサイン」  ここで、時間の経過とともに生じた変化をキャッチし、適切な介入によって職場不適応を乗り越えた具体的な事例をご紹介します。  私がジョブコーチとして支援に入った特例子会社でのケースです。支援の対象となったのは、軽度の身体障害と、おそらく認知面に障害のある30代後半の男性、鈴木さん(仮名)です。彼は入社後、名刺の受付業務を担当しており、当初は非常にまじめでていねいに作業をこなしていました。しかし、入社から1年ほど経ったころから、急に「簡単なミスをくり返す」、「段取りが悪くなる」、「ときおり、動きが完全にとまってしまう(フリーズする)」といった深刻な問題が現場で発生するようになったのです。  現場の上司や担当者は、当初このトラブルを「慣れによる慢心」や「能力的な限界」ととらえ、「彼にはこの業務はミスマッチだったのではないか」と諦めかけていました。  しかし、私が現場に入り、本人の様子や生活面を含めてアセスメント(状況把握)を行ったところ、まったく別の背景がみえてきました。  彼がミスを連発しフリーズしていた本当の理由は、能力面での問題ではなく、「失敗してはいけないという過度な不安」と、私生活における「深い孤独感」という入社当初からの変化だったのです。  彼は一人暮らしを始めてしばらく経ち、休日にだれとも会話をしない孤独な環境にありました。その寂しさや将来への不安が時間の経過とともに心の中で膨らみ、おもに月曜日の朝に「失敗へのプレッシャー」として爆発し、その日の作業にも影響を及ぼしていたのです。つまり、「職場でのミス」などは、彼の「生活面での変化と孤独」が形を変えて現れたサインだったのです。 継続的なモニタリングと、適時適切な「三つの介入方法」  鈴木さんの事例が示すように、職場不適応の芽を早期にみつけ、ミスマッチを解消するためには、入社後も定期的なモニタリング(再アセスメント)を行い、以下のような方法で適時適切に介入することが重要です。  第一に、「業務の『見える化』による再設計」です。作業への不安な様子や段取りの悪さがみられたとき、責めるのではなく、指示の出し方や作業手順をあらためて整理します。作業手順を時系列に沿って細かく分解し、必要に応じて視覚的なマニュアルを作成するなどして再構築する。これだけで、本人の不安は劇的に解消されます。仕事のハードルを下げるのではなく、「変化した本人の状態に合わせて、乗り越えられる道筋を再設計する」という環境調整の介入です。  第二に、「非審判的な対話(コミュニケーション)の継続」です。トラブルが起きた際、「なぜできないんだ」と問い詰める(審判する)ようなかかわり方は、本人の不安をさらに増幅させ、フリーズを悪化させます。「どうすればやりやすくなるかな?」、「どこで迷ってしまった?」と、本人の味方になって一緒に考える姿勢(非審判的な対話)を継続します。本人が安心して困りごとを打ち明けられる関係性を計画的に築いておくことが、最大のミスマッチ予防になります。  第三に、「外部の就労支援機関と連携したアセスメント」です。鈴木さんの事例では、職場の指導だけでなく、地域の支援機関(障害者就業・生活支援センターなど)と密に連携し、彼の余暇の過ごし方や精神的なケアといった生活面でのサポートを並行して行いました。「職場での顔」だけでなく「生活者としての顔」の変化も合わせて把握することが、見当違いなミスマッチ判断を防ぐ鍵となります。 おわりに―伴走し続けるプロセスが、組織を強くする  障害者雇用におけるマッチングとは、採用時にカチッとパズルをはめるような一回かぎりの作業ではありません。会社と本人が対話を積み重ね、変化に合わせて形を変えていく「終わりのない伴走のプロセス」なのです。完璧な人材を追い求めるのではなく、時間の経過とともに生じる小さなミスマッチを、現場の工夫や外部機関との連携によって乗り越えていく。その積重ねこそが、現場のマネジメント力を高め、結果として障害のない従業員にとっても働きやすい、強固で豊かな組織風土をつくり上げていくのです。  次回は、障害のある従業員の安心感を高める・能力発揮をうながすためには、企業が単独で取り組むのではなく、外部の専門機関(障害者就業・生活支援センターや地域障害者職業センター、ハローワークなど)の活用や家族との連携が効果的であること、企業と専門機関・家族との連携を成功させるためのコツを解説していきます。 POINT ワンポイントアドバイス 個別性の大切さ  「〇〇障害だから」と一括りにせず、目の前にいる「その人自身」と向き合う姿勢のことです。一人ひとりの生活背景や性格、価値観といった「個別性」はさまざまです。時間の経過とともに起きる変化も千差万別です。マニュアル通りの対応に頼るのではなく、支援機関とも情報を共有しながら、その人に合った「オーダーメイドの支援」を組み立てることが、長く働き続けてもらうための鍵となります。