クローズアップ 安心して働き、能力を発揮できる職場の環境づくり 第1回 「安心」して「活躍」できる職場に必要なこと  障害のある人など多様な人材が安心して働き、その能力を十分に発揮できる職場づくりが、いま企業に求められています。そこで今号から障害者の雇用や就労支援を専門とする上村勇夫さんに、職場において、障害のある人の安心感を高め、能力発揮をうながすために有効な環境整備や周囲のサポートのあり方などについて解説していただきます。第1回は、職場の環境づくりについてです。 執筆者プロフィール 日本社会事業大学 社会福祉学部 共生社会デザイン学科 准教授、博士(社会福祉学) 上村(うえむら)勇夫(いさお)さん  企業、障害者地域作業所、ジョブコーチ等を経て、現職。障害者雇用における職場内支援のあり方と、生活支援について研究。関連論文で日本社会福祉学会奨励賞受賞。就労継続に関する著書も執筆。 はじめに―障害者雇用は「採用」の先のステージへ  わが国における障害者の一般企業への就職者数は、近年、着実に伸び続けています。背景には制度改正や支援機関の充実などがあり、多くの企業が障害者雇用を「あたりまえのこと」として取り組むようになってきました。  しかし、現場の最前線に目を向けると、新たな壁が立ちはだかっていることに気づきます。それは、「せっかく採用したのに辞めてしまう」という定着のむずかしさです。  これまでは「いかに就職させるか」という入り口の「数」に注目が集まっていましたが、いまは、採用した後にいかに安心して働き、その人らしく活躍できるかということが、企業にとっての真の課題となっています。本連載では、採用をゴールとするのではなく、その先の「安心・活躍」を支えるために何が必要なのかを考えていきたいと思います。 なぜ、仕事はできるのに辞めてしまうのか  障害者雇用の現場でよく耳にするのが、「作業はそこまで問題ないのに、急に本人が『辞めたい』といいだした」という戸惑いの声です。企業の担当者からすれば、「仕事は順調だったはずなのに、なぜ?」と首をかしげたくなるような離職が少なくありません。  特に知的障害や精神障害のある方は、「仕事の能力」ではなく、「職場以外の生活面」に原因が隠れていることが少なからずあります。  私たちはつい、従業員を「会社にいる時間(労働)」だけでとらえてしまいがちです。しかし、障害のある方にとって、職場でのパフォーマンスと私生活面の安定は、切っても切り離せない密接な関係にあります。安心して働くための「生活の土台」が整っているか。この視点が、重要なポイントの一つとなるのです。 生活面の問題が「仕事のミス」として現れるとき  生活面の問題がどのように仕事に影響を及ぼすのか、具体的な例をあげてみましょう。  例えば、ある職場で非常にまじめに働いていた従業員が、急に遅刻をくり返す、集中力が切れて簡単なミスを連発するようになったとします。  職場では当初、「仕事に慣れて慢心したのではないか」、「やる気がなくなったのではないか」という見方をしてしまいがちです。しかし、詳しく背景を確認してみると、じつは職場の外で、次のようなことが起きている場合があります。 【睡眠と生活リズムの乱れ】夜遅くまで動画サイトを見てしまい、朝起きられなくなる。あるいは、近隣トラブルで眠れない夜が続いている。 【お金に関する不安】給料の使い方がわからず浪費をし、月末に十分な食料を購入することができない。あるいは、高額な買い物をしてしまい、支払いに追われて仕事が手につかなくなっている。 【孤独感や人間関係の希薄さ】休日に一言もだれとも話さず、月曜日の朝に強い不安や緊張を感じてしまう。  これらは一見、プライベートな問題に思えます。しかし、「生活面の問題」が仕事に支障をきたすことが少なからずあるのです。生活の土台がぐらついたままでは、たとえ作業マニュアルがあっても、それを使いこなす力は発揮されません。職場でのトラブルは、生活面での困りごとが形を変えて現れた「サイン」であることが多いのです。 仕事と生活の両面を支える視点  こうした生活面の問題に、企業はどこまで踏み込むべきなのでしょうか。もちろん、従業員の生活面のすべてを企業が管理することはできませんし、それは望ましいことでもありません。  しかし、「仕事と生活の両面を支える視点」を職場が持つことは、結果として安定した就労の継続と能力の発揮につながります。そのためには、「本人が発している生活面での変化に気づこうとする」という意識が大切になってきます。「なぜ最近ミスが多いのか?」という問いを、「最近、夜は眠れているかな?」、「家で何か困っていることはないかな?」と、一歩踏み込んで想像してみてください。  こうした眼差しがある職場では、本人は「自分のことを理解しようとしてくれている」という安心感を抱くことができます。この安心感が、不安を解消し、仕事への意欲など前向きな心理状態をつくりだすこととなります。  しかし、企業がどこまで本人の生活面にかかわってよいのか、その線引きに悩む担当者の方も多いはずです。  そこで重要になるのが、地域の就労支援機関との積極的な連携です。  生活面のサポートを支援機関にになってもらうことで、企業は「仕事を教える、働きやすい環境をつくる」といった役割に専念でき、本人も「生活のことは支援機関に、仕事のことは会社に相談できる」との安心感を得ることができます。また、支援機関のサポートによって、本人の生活面での安定が図られ、職場で能力を発揮するための土台が整うこととなります。 働く幸せを支える「環境の力」  日本理化学工業株式会社(神奈川県)の元会長の故・大山(おおやま)泰弘(やすひろ)さんは、「人間の究極の幸せは、人に愛されること、ほめられること、人の役に立ち、人から必要とされること。働くことによってそれらは得られる」と語りました。  障害のある方が職場で「必要とされている」と実感するためには、本人の努力だけによるのではなく、周りの環境を整えることが重要です。これは「合理的配慮」でもあり、決して特別なことではありません。  例えば、視力の低い人がメガネをかけることで見えやすくなるように、不安を感じやすい人には「相談できる人」をそばに配置したり、手順を「見える化」することで不安を軽減する。これも立派な環境調整です。  「障害」は本人の心身の状態だけではなく、周りの環境との関係で決まるものです。職場において、作業面やコミュニケーション面などで、ちょっとした配慮を得ることができれば、障害のある方はいっそう能力を発揮しやすくなり、その結果、職場の方などからプラスの評価を受ける機会が増えます。そのことにより「自分はこの会社で、この職場で必要とされているのだ」との思いを強くするでしょう。 おわりに― 変化に強い「豊かな職場」へ  障害者雇用を、単なる「法定雇用率という数字を達成するための義務」ととらえるのはもったいないことです。  一人の従業員の生活面にも思いを馳せ、どうすれば安心して能力を発揮できるかを職場内で考える。この取組みは、障害のない従業員にとっても、「自分に何かあっても会社は支えてくれる」という信頼感につながるでしょう。  「一人ひとりを大切に受け入れる」という文化がある職場は、すべての従業員にとって働きやすく、変化に強い組織へと進化していきます。 * * * * *  次回は、障害のある方が、安心して働き、能力を発揮するための正しい理解に基づいた職場でのサポートについてお伝えします。 POINT ワンポイントアドバイス 職場における合理的配慮  障害のある人が障害のない人と平等に働くことができるよう、企業側が過度な負担にならない範囲で対応や工夫を行うこと。例えば車いすのための段差解消といった物理的環境への配慮だけでなく、指示の出し方の工夫といった意思疎通のための配慮などもあります。相談できる体制を整備し、本人と話し合って配慮を行いましょう。 豆知識 日本理化学工業株式会社※  ダストレスチョークの製造などで知られる文具メーカー。1960(昭和35)年に知的障害のある人を雇用して以来、現在では従業員の7割以上を知的障害のある人が占めています。故・大山泰弘会長が禅寺のお坊さんから教わり大切にしてきた「人間の究極の幸せ(愛されること、ほめられること、役に立つこと、必要とされること)」という哲学は、日本の障害者雇用のモデルとして多くの企業に影響を与え続けています。 ※本誌2022年7月号の「編集委員が行く」(大塚由紀子編集委員)で、日本理化学工業株式会社を取材、紹介しています。以下ホームページでもご覧になれます。 https://www.jeed.go.jp/disability/data/works/book/hiroba_202207/index.html#page=22