エッセイ 強迫性障害の私が、自分らしく働けるようになるまで 第1回 理解されない不安な日々 漫画家・イラストレーター つくし ゆか 看護専門学校卒業後、大分県や福岡県の医療・介護現場で看護師として勤務。2019(令和元)年に結婚を機に鹿児島県へ移住。自身の強迫性障害の体験をもとに漫画制作を開始し、2022年に燦燦舎より『極度の心配性で苦しむ私は、強迫性障害でした!!』、2025年にラグーナ出版より『強迫性障害とともに生きてみた。〜不安が軽くなる30のヒント〜』を出版。現在は県内で講演活動も行っている。 止まらない確認  「玄関の鍵、ちゃんと閉めたはずなのに……」  家を出ようとした私は、何度もドアノブをガチャガチャと引いていました。鍵はかかっている。目でも確認しているし、手の感触でもわかっている。それなのに、「閉まっていないかもしれない」という不安が頭から離れないのです。  「もう大丈夫」と思ってその場を離れても、数歩歩いた瞬間にまた不安が押し寄せてきます。そして結局、もう一度玄関へ戻って確認する。そのくり返しでした。  気づけば20分以上、家を出ることができない日もありました。  これは、強迫性障害と呼ばれる病気の症状の一つです。 広がっていく不安  私の場合、不安は鍵だけにとどまりませんでした。  手を洗っても洗っても、「まだ汚れている気がする」と感じてしまい、気づけば20分以上洗い続けていました。指先が荒れてヒリヒリしても、途中でやめることができません。  また、コンロの火を消したかどうか不安になり、何度も確認してしまうこともありました。水道の蛇口、冷蔵庫の扉、電気のスイッチなど、確認する対象は少しずつ増えていきました。  どれも、「ちゃんとできている」と頭では理解しています。それでも、「もし違ったらどうしよう」という不安が消えないのです。  車を運転しているときには、「いま、人をひいてしまったのではないか」という不安に襲われることもありました。何も起きていないはずなのに、気になって来た道を引き返して確認することもありました。  家に帰ってからも不安は消えません。ニュースでひき逃げ事件が報じられていないか、何度も検索して確認してしまうのです。 やめたくても、やめられない  頭では「そんなはずはない」と理解しているのに、やめられない。  確認しても安心できるのはほんの数秒だけで、すぐにまた不安が湧いてきます。まるで、自分の意思とは別の何かに行動を支配されているような感覚でした。  私はこの不安の存在を、漫画の中で「ハックン」と名づけています。  「本当に大丈夫?」、「もし違ったらどうするの?」  そんなふうに頭の中でささやき続け、確認するまで不安を止めてくれない存在です。 理解されにくい苦しさ  こうした行動は、周囲にはなかなか理解されませんでした。  外出先で確認行為が始まると、冷ややかな目でみられたり、「もうやめなよ」といわれたりすることもありました。周囲からみれば、“気にしすぎ”や“変わった癖”にみえていたのだと思います。  しかし、やめようとすればするほど不安は大きくなり、かえって確認をくり返してしまいます。  ある日、帰宅すると玄関に張り紙がされていました。「毎日毎日ガチャガチャうるさい。頭がおかしくなりそう。もうやめてくれ!」と書かれていました。  自分でもどうにもできない行動を否定され、「やっぱり自分はおかしいんだ」と強く思いました。  それから私は、この症状をだれにも話せなくなりました。  「こんなことをいっても理解されない」、「気持ち悪いと思われるかもしれない」  そんな気持ちが強くなり、ひとりで抱え込むようになっていったのです。 発症のきっかけ  発症したのは、19歳のときでした。  看護師の専門学校に通い、実習や国家試験のプレッシャーに追われていたころです。毎日やることが多く、つねに気を張って生活していました。  そんなある日、突然、玄関の鍵が気になって仕方なくなりました。  最初は「少し心配性になっただけかな」と思っていました。しかし、不安は少しずつ広がっていきました。  コンロ、水道、冷蔵庫、そして「人に危害を加えてしまったのではないか」という恐怖へ、不安の対象は増えていったのです。  それが、私の長い強迫性障害とのつき合いの始まりでした。 まず知ってほしいこと  強迫性障害は、「心配性な性格」や「気にしすぎ」で片づけられるものではありません。  本人も「やりすぎだ」とわかっていながら、やめることができない病気です。そして、その苦しさは外からはみえにくいものでもあります。  周囲には普通に生活しているようにみえていても、頭の中では強い不安とずっと闘っていることがあります。  まずは、このみえにくい不安が存在することを、知っていただけたらと思います。