職場ルポ 改善活動や支援の連携で「みんなが安心できる」職場に 有限会社ファン工業(大分県) 金具部品の組立工場では、だれもが働きやすい職場を目ざした改善活動や多能工化を進め、障がいのある従業員も安心して働ける環境を整えている。 (文)豊浦美紀 (写真)官野 貴 取材先データ 有限会社ファン工業 〒870-0313 大分県大分市大字屋山(ややま)300 TEL 097-592-4100 FAX 097-592-4310 Keyword:身体障害、知的障害、精神障害、もにす認定、特別支援学校 POINT 1 多能工化や改善活1 動で「、みんなが働きやすい」職場づくりを進める 2 特別支援学校や就労支援機関との連携で、職場実習等によるマッチングを図る 3 研修を受けた常務らが中心となり、本人を見守る支援体制も 水栓金具の組立から物流まで  「有限会社ファン工業」(以下、「ファン工業」)は、水回り設備メーカーの協力企業として、1998(平成10)年に設立された。同メーカーの大分工場内で、水栓金具部品の組立から物流管理までを手がけている。  ファン工業の障がい者雇用は、2018年ごろから積極的に進めてきたという。代表取締役を務める野ア(のざき)栄司(えいじ)さんは、「もともと会社が抱えていた職場の課題などを改善してきたなかで、自然と障がいのある従業員も一緒に活躍できる環境になったと感じています」と語る。  いまでは全従業員97人のうち障がいのある従業員が4人(身体障がい3人、精神障がい1人)で、「障害者雇用率」は6.42%(2026〈令和8〉年6月5日現在)という。2020年には、九州で第1号の「もにす認定企業(※)」となっている。 「みんなが安心できる企業になる」  「私たちが、障がい者雇用を比較的スムーズに進められた背景には、それまでに、職場の大きな危機を乗り越えるための努力がありました」と野アさんはふり返る。まずは、その経緯から紹介したい。  もともと野アさんは、父親が福岡県北九州市で創業した、水回り設備メーカーの協力企業「野崎機器工業株式会社」(以下、「野崎機器工業」)の社員として働いていた。ところが1998年、大分にあるほかの協力企業が倒産してしまったことから、急きょ、父親がファン工業を設立し、野アさんは総務部長の立場で、事実上、現場を取り仕切ることになったそうだ。  まだ20代だった野アさんは、その倒産企業の従業員たちも受け入れ、経営安定のため仕事を増やすことに力を注いだ。だが受注内容によって担当作業の偏りがあり、人員を増やしても、残業に追われ有給休暇を取得しづらい従業員が出てきた。野アさんは「急激な増員と残業の慢性化によって離職率が高まり、労働災害につながりかねない事象も相次ぐようになってしまいました。まさに負の連鎖でした」と当時の状況を明かす。  そこへ追い打ちをかけたのが2008年のリーマンショックだった。その影響で、ファン工業も大幅な減産と人員調整を余儀なくされてしまう。「大分労働局とも相談し、1年後をめどに従業員の半分を解雇することになりました。これが一番つらい経験でした」という野アさんは、同時に「この大きなピンチを、チャンスに変えなければ意味がない」と奮起したそうだ。  社長になっていた野アさんは、まず職場の“負の連鎖”を断ち切るために、従業員に向け、「社員を大切にし、みんなが安心できる企業になる」と宣言。具体的な内容として四つを掲げた。 ・みんなが働きやすい会社(女性・障がい者・シニアも) ・過重労働にならず、有給休暇が取得できる会社 ・安心して長く勤めることができる会社 ・ほうれんそう(報告・連絡・相談)の育つ風通しのよい会社  ここからファン工業では、さまざまな職場改善が進んでいく。まず力を注いだのが安全衛生活動だ。  例えば、それまでフロア内に並んでいた高さ2mの部品棚を1m40cmのものに交換した。これにより、だれでも容易に手が届くようになり、出会い頭の衝突リスクも減った。さらに「フロア全体を見渡せ、心理的なハードルが下がったようで、職場内のコミュニケーションがとても円滑になりました」(野アさん)。  ソフト面では、どの従業員がいつ突発的な休暇を取っても生産活動が滞らないよう、多能工化を進めた。2000種にも及ぶ部品の組立作業などについて、従業員同士が教え合いながら、一人ひとり「どの作業をどの程度できるようになっているか」がひと目でわかるスキルマップ表をフロア内に掲示。その時々の出荷予定に沿って柔軟に仕事をふり分けられるようにした。  こうした大きな改革が追い風となり、創業時からの職場改善活動も活発化する。従業員からの効果的な改善提案は表彰する仕組みになっており、いまも年間600件以上の提案が出されるそうだ。  「年1回の表彰では、個人やチームに3000円〜3万円ほどの褒賞金を出しますが、自分たちの提案が表彰されること自体、大きなモチベーションとなっているようです」と野アさんが説明する。  改善が重ねられてきた職場で、実際に長く働いてきた従業員から紹介していきたい。 従業員に合わせた作業台  江藤(えとう)淳朗(じゅんろう)さん(68歳)は、倒産企業からそのままファン工業に移ってきた1人だ。いまは、水栓金具の部品組立作業を担当している。生まれつき足が不自由なため、フロア内は松葉づえや車いすを使って移動し、作業は座ったまま行っている。  フロアには江藤さん専用の作業台が2カ所に設置され、部品の種類によって使い分けている。座ったままでも作業しやすいよう、手前に向けて傾斜をつけた天板ボードに、軽い力で動かせる機器つきの吊り下げ電動ドライバー、部品の転げ落ちを防ぐガードなど、いくつもの工夫が施されている。  野アさんは「江藤さんのために作業台を考案しましたが、ほかの従業員も身長や動きに合わせた作業台を手づくりするようになり、腰痛対策や能率アップにつながりました。吊り下げ電動ドライバーは、力の弱い従業員も使っており好評です」と効果を語る。  フロア内の更衣室やトイレにはスロープをつけ、江藤さん専用の玄関に近い駐車場には屋根を増設した。  江藤さんは「周囲のみなさんも、部品の箱を持って来てくれるなど、ちょこちょこ手を貸してくれるので、毎日とても働きやすいです。もうシニアの年齢ですが、元気に続けたいですね」と笑顔で話してくれた。  また、江藤さんと同じ経緯でファン工業に移ってきた一宮(いちみや)孝(たかし)さん(58歳)は、21歳のときに脳梗塞で手術をし、右半身不随や高次脳機能障がいなどの後遺症を負ったという。以前の職場では1年ほど休職し、リハビリを経て復帰できたそうだ。  職場では、完成部品の運搬を担当している。電動フォークリフトに乗っての作業なので、体への負担も少ないという。「職場の雰囲気がよいことが、私にとっては何よりありがたいです」と明るい笑顔で教えてくれた。いまも定期的に病院でMRI検査を受けているが、「後遺症は、ほぼなくなっていると思います」と一宮さん。最近は、趣味でテニスも楽しんでいるそうだ。 特別支援学校を見学して  「みんなが働きやすい会社」を掲げた野アさんは、社外からも知恵を借りようと大分県中小企業家同友会の会合に参加するようになった。なかでも「障がい者問題委員会」は、特別支援学校や就労支援機関なども加わり、さまざまな課題について議論する勉強会で、野アさんは積極的にかかわるようになる。  というのも、野アさんの父親が創業した野崎機器工業は、1982(昭和57)年当初から従業員60人のうち身体障がいのある従業員が21人にのぼるなど、障がい者を多数雇用するモデル工場として知られていた。「私自身、障がいのある従業員さんに囲まれて育ったこともあり、障がい者雇用に関心がありました」(野アさん)  勉強会を経て野アさんは、それまで経験がなかった知的障がいのある従業員の雇用を検討するため、特別支援学校に出向いた。そこで技能発表会(現ワーキングフェア)を見学した際、生徒たちが「私たちはこんな作業ができます」と積極的にアピールしてきた姿に感銘を受けたという。  「就労のためのスキルやビジネスマナーなどを身につけ、勤労意欲も高い生徒が多いことがわかり、大きな可能性を感じました」  一方で、大分県中小企業家同友会の企業仲間や就労支援機関から助言をもらい、マッチングの重要性も認識。特別支援学校と連携し、職場体験(1日)と職場実習(約2週間)を実施することにした。  マッチングを検討する職場実習については、本人がなるべく多くの作業を担当できるよう、安全確保のポイントや必要な配慮、可能な作業内容などについて、受入れ現場の従業員たちと洗い出しを行ったそうだ。  そうして2018年4月、はじめて特別支援学校の新卒生Aさんが入社した。これに合わせて野アさんは、あらためてトップメッセージを出す。「企業の社会的責任をまっとうし、『障がい者雇用』という言葉が不要になる社会へ私たちファン工業は全力で活動します」というものだ。  Aさんは、部品のピッキング作業を担当した。似たような形や品番の種類については、導入ずみの二次元コードリーダーが正確に読み取ってくれるが、部品の数を間違えることが課題だった。そこで部品の形状に合わせて1個ずつ仕切った「キット箱」を用意。10個単位で詰めて、一目で確認できるようになった。  またAさんを精神的な面からサポートできる担当者も置いた。それが常務執行役員の川内野(かわちの)英彦(ひでひこ)さんだ。当時ちょうど大分県が独自に取り組んでいた「大分県精神・知的障がい者職場指導員」制度を活用し、研修を受講した。本人の家族、特別支援学校、就労支援機関と連携しながら、受入れ部署の従業員との間に立ち、さまざまな調整や支援をしている。  川内野さんは、「Aさんは困っていることを口頭で伝えることが苦手なこともあり、様子を見ながら交換ノートなどでやりとりすることもありました」とふり返る。その後、仕事に自信をつけて、「新しいことに挑戦したい」というAさんの意欲を尊重し、2年前、転職先の会社に送り出したという。  Aさんの成功例をふまえ、2020年には、はじめて精神障がいのある従業員を採用した。工業高校を卒業した財前(ざいぜん)利陸(りく)さん(24歳)は、中学生のころにADHD(注意欠如・多動症)とASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けていたそうだ。財前さんが高校3年生のころ、進路担当の先生からハローワークを通してファン工業へ相談があり、2週間のインターンシップを経て入社に至ったという。  財前さんは手先が器用だったことから、入社後は部品の組立作業から担当した。ただし、これまで職場で使われていた組立指示書は、専門用語も入っている文章のみで説明され、理解しにくいものだった。  そこで川内野さんが現場と相談し、財前さんが幼少期に楽しんだプラモデルの説明書などを参考に、立体的な部品イラストを駆使した指示書を作成。財前さんだけでなく、小さな文字が読みにくいシニア世代やはじめて作業する人にも好評で、全体的な生産効率アップにもつながったという。  昨年から財前さんは、ピッキング作業の担当になったが、数え間違いに苦労し、Aさんと同様、キット箱を活用してミス防止につなげている。財前さんは、「指示などをメモする時間や、必要に応じて相談する時間をとってもらえるのも、ありがたいです」と話す。  まじめな働きぶりが評価されていた財前さんだが、入社時から抱えていた大きな課題があった。それは朝の遅刻だ。職場でラジオ体操が始まる時刻に、5分から10分ほど遅れてしまうことが頻発していたという。川内野さんたちは家族に連絡をとり、生活習慣の改善をうながしてもらったが、「朝の遅刻は学生時代からの課題だったようで、本人に直したい気持ちはあっても、なかなか改善できないようでした」(川内野さん)  困った川内野さんたちは、連携先の障害者就業・生活支援センター「大分プラザ」(大分県)に相談し、ジョブコーチによる現場支援を依頼することに。財前さんとも相談し、「遅刻した日は、専用の表に記入することで意識を高めてもらう」ことから始めた。そこから少しずつ改善し、いまは遅刻もずいぶん減ったそうだ。  財前さん自身は「遅刻改善のサポートなど、通常の職場ならここまで取り組んでもらえなかったと思っています」と感謝したうえで、「特性の自己理解を含め、どう対応していくか自分でも模索中です」と明かしてくれた。  自身の課題と向き合いながら成長している財前さんについて、川内野さんは、「職場内では先輩たちから可愛がられる存在です。コツコツ取り組めるところは長所ですし、将来的にはフォークリフトの免許も取得して、仕事の幅を広げながら会社を支える存在になっていってもらいたいですね」と期待をかける。 自然体でのサポートも  もっとも直近の2025年に入社した阿南(あなん)力(ちから)さん(40歳)は、普通科高校を卒業し就労経験はあるが、家族の介護などもあり仕事から離れていた期間が長かったという。ハローワーク経由で応募してきた阿南さんは、耳に手術跡が残っていることから、入社前の面接で、「職場ではインナーキャップをかぶらせてほしい」と依頼し、快諾してもらったそうだ。  また阿南さんは、他人とのコミュニケーションを含め精神面での不安もあったという。相談を受けた川内野さんたちは、本人の作業台をフロア内の端の方に寄せたり、食事エリアの壁ぎわに本人用のパーテーションを設けたりして対応した。  周囲の従業員たちも、適度に見守っている。例えば、阿南さんと同じ組立作業を担当している前出の江藤さんは、親しい先輩の1人。じつは江藤さんは、もともと手話を使えるため、以前働いていた職場で、聴覚障がいのある同僚と職場側の間に立って通訳の役割を果たしていたこともある。野アさんは「阿南さんのことも自然体でサポートしてくれています」と信頼する。  さらに指導役の竹村(たけむら)重実(しげみ)さんも、阿南さんが安心して頼れる存在のようだ。野アさんによると「江藤さんから手話を学びながら、障がいのある従業員へも自然と気配りができるようになっているようです」。  竹村さんに、日ごろ心がけていることを聞くと「特別に気を遣っていることはありません。ただ、たまに阿南さんが、だれかの言葉を誤解して受けとめていたときなどは、そうではないことを説明しています」というと、野アさんは「いつも竹村さんは、おだやかな口調で話すところがよいのです」とつけ加えた。  阿南さんは、いまでは食事エリアのパーテーションをはずし、作業台は江藤さんの前方に置いて、足の不自由な江藤さんの代わりに部品の箱を移動してくれるようになった。「仕事の上達とともに、自信をつけたのかなと感じます。冗談を交えた会話も増えてきて、職場になじんでいますね」(竹村さん)  阿南さんは、私たちの質問に書面でていねいに答えてくれた。「やさしい同僚の先輩たちと働けてよかったです」という阿南さんは、これまでうれしかったことは「入社から1年で正社員となったことです」という。仕事については「モノづくりが得意なので、苦ではないです。今後の目標は、ミスをせず、先輩たちの作業をサポートすること」としたうえで、「将来の夢は、サブリーダーになることです。どの班に行っても手伝える人になりたいです」と意欲を伝えてくれた。 就労支援機関とのつながりを大事に  ファン工業では現在、従業員全体の人数が十分に足りているため、積極的に新規採用をしているわけではない。ちなみに職場改善の結果、従業員の有休取得率95%、月平均の残業10時間未満を維持できるようになり、離職者数が大幅に減少したのだそうだ。  「私たちの会社の規模では、どうしても雇用人数に限界があります」という野アさんは、代わりに何かできることはないかと考え、障害福祉サービスの多機能型事業所も開設した。農福連携として、高齢化が進む地域の農家の要望に応え、大分特産であるニラの収穫や箱詰め作業などを請け負っているそうだ。  また野アさん自身は、職場の取組みについて話す依頼があればなるべく引き受けているという。特に企業向けの講演などでは「障がい者雇用というのは、考えているほどむずかしいことではありません、とアピールしています」。  「私たちはいまでも、障がい者雇用について知見や理解が深いわけではないと思っています。困ったときには専門家を頼ることが一番です。だからこそ日ごろから、就労支援機関とのつながりを大事にしています」  さらに野アさんは企業の担当者に向けて、こう伝えている。  「私はこれまで数多くの企業を訪問しましたが、障がい者雇用が進んでいる企業というのは総じて、安全で健康な、働きやすい企業です。特に、最近の人手不足で悩む中小企業のみなさんには、ぜひ障がい者雇用もきっかけにして、私たちと一緒に『みんなが働きやすい会社』を目ざしていただきたいです」 ★ 本誌では通常「障害」と表記しますが、有限会社ファン工業様のご意向により「障がい」としています ※「障害者雇用に関する優良な中小事業主に対する認定制度(もにす認定制度)」については、厚生労働省ホームページをご覧ください。https://www.mhlw.go.jp/stf/monisu.html 写真のキャプション 有限会社ファン工業は、水栓金具部品の組立などを手がける 有限会社ファン工業代表取締役の野ア栄司さん ファン工業の作業エリア。フロア全体を見渡せる 水栓金具の部品組立を担当する江藤淳朗さん 温度調節ハンドルの組立を行う江藤さん 江藤さん専用の作業台は、座ったままでも作業がしやすいようさまざまな工夫がなされている 更衣室やトイレには、スロープや手すりが取りつけられている 完成部品の運搬を担当する一宮孝さん 乗用タイプの運搬車で完成部品を移送する一宮さん 常務執行役員の川内野英彦さん ピッキング工程では、二次元コードリーダーを活用しミスを防いでいる 部品の形状に合わせて仕切りのついた「キット箱」 パーツを取り出しキット箱にセットする財前さん 指示書は写真や図解によりだれにでもわかりやすい ピッキング作業を担当する財前利陸さん 水栓金具の部品組立を担当する阿南力さん 阿南さんの指導にあたる竹村重実さん