編集委員が行く 地域の特性を活かした延岡版デュアル教育システムでみんなの幸せにつなげる ―宮崎県立延岡しろやま支援学校延岡商業校を訪ねてー 宮崎県立延岡しろやま支援学校延岡商業校(宮崎県) 株式会社旭化成アビリティ 代表取締役社長 清水裕之 取材先データ 宮崎県立延岡(のべおか)しろやま支援学校延岡商業校 (宮崎県立高等特別支援学校) 〒882-0007 宮崎県延岡市桜ケ丘3-7122 (宮崎県立延岡商業高等学校内) TEL 0982-21-9545 マツタ工業株式会社 〒882-0007 宮崎県延岡市桜ケ丘3-7094-2 TEL 0982-21-1427 FAX 0982-31-1233 清水(しみず)裕之(ひろゆき) 編集委員から  今回の取材先は、宮崎県内3都市で今年からスタートした「高等特別支援学校」の一つ「宮崎県立延岡しろやま支援学校延岡商業校」である。まだ卒業生はいないが、3人の高校1年生が教職員に温かく見守られ、自然豊かな延岡商業高校を学び舎とし、企業現場実習等に汗を流していた。スタートしたばかりではあるが、検討段階から立ち上げに奮闘努力されてきた様子や周囲の上手な巻き込みなど、「アツイ」思いをお届けできればと思う。 Keyword:高等特別支援学校、特別支援学校、入学者選考、デュアル教育システム、併設校、協力校、インクルーシブ、一般就労、企業現場実習(職場実習) POINT 1 併設校校舎内に立地した高等特別支援学校のインクルーシブな取組み 2 就業を前提にしないデュアル教育システムによる生徒の実践的育成、社会性養成 3 併設校、協力校、地域企業、公的機関を巻き込んだシステム開発・検討プロセス はじめに  今回、訪問したのは、宮崎県立延岡しろやま支援学校延岡商業校(以下、「しろやま延岡商業校」)である。同校は、宮崎県立延岡商業高等学校(以下、「延岡商業高校」)の校舎の中にあり、「高等特別支援学校」として、位置づけられている。高等部のみが単独で設置されている学校で、おもに比較的軽度の知的障がいのある生徒で構成されている。  一方、今回取材対象ではないが、延岡市には、宮崎県立延岡しろやま支援学校がある。同校は「特別支援学校」に位置づけられ、幼稚部から高等部までの一貫教育を行う学校で、重度から軽度まで幅広い障がい(視覚・聴覚・知的・肢体不自由)に対応している(表参照)。  しろやま延岡商業校は、高等特別支援学校として、宮崎県内の都城(みやこのじょう)きりしま支援学校都城商業校、日南(にちなん)くろしお支援学校日南校と同時に、今年開校したと聞いていた。併設校・協力校とのインクルーシブな取組み、地域の企業や事業所と積極的に連携を図り、デュアル教育システムを取り入れた体験的な職業教育を展開されているとも聞き及んだ。  今回、取材先として選んだ理由は、おもに次の2点からである。 ◎同種の取組みを始めているほかの都道府県もあるとのことで、その設立の課題認識や経緯、目ざす学校像等について取材し、『働く広場』の読者のみなさんの事業所・特例子会社等での卒業生の採用や実習機会提供を検討いただくこと ◎ほかの都道府県で同種の取組みをされている高等特別支援学校の運営に少しでもお役に立てればとの思い  今回の取材先選定にあたっては、延岡市教育委員会教育部長の松田(まつだ)康寿(やすひさ)さん、延岡市健康福祉部長の冨岡(とみおか)忠伸(ただのぶ)さん、同障がい福祉課推進監兼課長補佐の夏田(なつた)美由紀(みゆき)さんより多大なご貢献をいただいた。私が『働く職場』の編集委員を委嘱されて間もない今年5月にお三方とお会いする機会があり、ご相談したところ、しろやま延岡商業校をご紹介いただいた。ここに御礼申し上げる。 しろやま延岡商業校の深掘り  事前打合せを含め、しろやま延岡商業校の取材において、同校教頭の藤元(ふじもと)龍哉(たつや)さん、同校進路指導主事の前川(まえかわ)咲誉(さよ)さん、同校教務主任の田上(たがみ)雄太(ゆうた)さんのお三方にいろいろとお話をお聞きした。  今年創立されたしろやま延岡商業校には、3人の生徒が将来の夢と希望を持って入学を果たしている。 @しろやま延岡商業校設立の課題認識  同校設立にあたっての課題認識について次のように聞いた。  「生徒には、社会性やコミュニケーション力、年齢に応じた経験を積ませたいと思っています。そのためにも併設校・協力校との連携を通じたインクルーシブな教育の推進が必要だと考えました。本校は、延岡商業高校を併設校と位置づけ、同校校舎の中に立地し、同じ制服・体操服を着て学校生活を送り、ほぼすべての学校行事を合同で実施します。障がい特性上、本校生徒はあまりコミュニケーションが得意でないこともありますが、延岡商業高校の生徒が積極的にコミュニケーションをとってくれており、ありがたいです。交流および共同学習を通して、学習や行事に取り組む態度など、延岡商業高校の生徒の働きかけのおかげで、日常の学校生活のなかでの学びにつながっていると感じています。しろやま延岡商業校は、ほかにも協力校として宮崎県立門川(かどがわ)高等学校と連携していて、農業や福祉分野での共同学習を行っています」  いまでは、お弁当を一緒に食べようと併設校の生徒から誘われるようになったとのことで、両者のインクルーシブな関係性は深まりつつある。 Aしろやま延岡商業校の目ざす姿  続いて、同校の「目ざす姿」について次のように聞いた。  「本校は、生徒の一般就労100%を目ざしています。そのポイントは、デュアル教育システムにあります。地域の企業のご理解のもと、企業現場実習(職場実習)を通じて、生徒の段階に応じたプログラムを計画しています。まず、1年生時はいろいろな職種を見聞きし、経験の幅を広げることを重視しています。生徒は自分の知っている範囲の世界で夢や希望を持っていますが、それは大事にしつつ、知らないところにも目を向け、そこも含め自分の強みの発揮や適性を見きわめる土台としたいと思っています。2年生時は、自分の適性、やりがい・生きがいを持って働けるかという視点で、絞り込みを行う時期と位置づけています。3年生時は、就労に向けた企業理解と支援体制の構築を目ざしていきます。また、就職後3年程度は、進路指導主事を中心に、自立支援員等とも連携し、各職場を回り、定着指導という形でフォローしていきたいと思っています」  また、長期・俯瞰的な視点から、関係する併設校・協力校の生徒・職員・学校自体、および実習受入れ先企業、地域社会全体に幸福をもたらすという考え方を披露いただいた(詳しくは、後述25ページの「おわりに」で紹介)。なかでも、実習受入れ先企業にとっては、障がい者雇用のノウハウ獲得、人手不足解消、多様性確保等のメリットを活かせる、との見解は、至極納得である。 Bしろやま延岡商業校の特徴・特色・工夫している点  次に特徴・特色・工夫している点について聞いた。  「校務分掌(ぶんしょう)(学校組織)を併設校の延岡商業高校とそろえる形で編成し、合同会議等を実施し、企画・計画段階から意見のすり合わせや調整が行えるようにしています。このことにより、高等学校および特別支援学校それぞれの情報(進路、研修等)が共有しやすくなりました。また、制服、体操服等は併設校と同じものを着用しており、校則もそろえています。両校の校旗の掲揚、学校案内図や両校校歌斉唱等、同じ敷地で学ぶ仲間としての意識が育まれやすいです。毎年10月に「桜マーケット」として、1500〜2000人程度のお客さまが来られる物品販売の機会にも、一緒に参加予定です。地域のごみ拾いなども延岡商業高校と一緒に実施しています」  「工夫している点としては、宮崎県内で同じく今年開校した都城・日南校とは、職員同士の情報交換もさることながら、生徒間交流もオンラインで実施しています。同じような状況でがんばっている生徒間のかかわりも大事にしたいです」 Cしろやま延岡商業校の「デュアル教育システム」の成り立ち  同校のデュアル教育システムは、卒業後の一般就労を見すえて、宮崎県教育委員会の職業コース指定研究を受け、数年間検討、ノウハウを蓄積し、今日に至っている。開校にあたって、助言・指導いただいたのが、延岡市キャリア教育支援センター・センター長の水永(みずなが)正憲(まさのり)さんである。水永さんは、私が旭化成株式会社で新入社員時代からたいへんお世話になった方で、後述のマツタ工業株式会社(以下、「マツタ工業」)への訪問にもご同行されており、偶然にもお会いできて、うれしいかぎりであった。同校は、水永さんの紹介で、宮崎県工業会県北地区部会総会などにも学校紹介として出向き、実習受入れ先の拡大につなげている。  同校の旧版パンフレットにデュアル教育システムについて次のような記載があるので、紹介する。「学校における職業教育と企業などでの就労実践を並行して行う学習形態。地域の企業と連携し、定期的な実習と学校での職業教育をくり返すことを通して、実践的な知識・技能を習得するとともに、社会人としての責任感や倫理観、コミュニケーション能力を養い、生徒自身が自分の適性や将来のキャリアプランを明確にするための学びである」  同校のデュアル教育システムは、実習先での就職を前提としていないので、受入れ先企業、生徒双方の心理的負担を下げる効用がある。就職を前提とすると、実習中「ちょっとうちの職場では合わないな」となった場合でも後戻りしづらくなる。そんな状況で後戻りすると、今度は、生徒側の心理的負担や自己肯定感を傷つけることになる。企業も生徒も、「トライ」するつもりで、互いを受け入れ、取り組めるところが、ウィン・ウィンで特徴的だといえる。 実習候補先でのひとこま  取材日にちょうど、実習先候補であるマツタ工業へ生徒・先生が訪問するということで、同行させていただいた。しろやま延岡商業校から少し山の方に位置しており、2020(令和2)年「宮崎県未来成長企業」にも選定された実績を持つ会社である。金型設計・製作・メンテナンス、産業用機械装置の製造等を主要業務としており、同社代表取締役社長の松田(まつだ)佳久(よしひさ)さんや桜ケ丘工場長の平川(ひらかわ)守(まもる)さんから、業務内容や製造プロセスの説明を受けた後、工場の中を案内いただいた。  松田社長に実習先として手をあげたきっかけや目的をお聞きしたところ、「元来、障がい者雇用の重要性は認識しており、他社へ見学に行き、勉強してきました。今回は、障がい者雇用そのものや近隣のしろやま延岡商業校の役に立てればとの思いからです」とお答えいただいた。受入れにあたり、「生徒個々人、何ができるか、理解度がどうなのかなどをフィードバックしていただけると、よりよい実習になると思います」とのことだった。 生徒にインタビュー  取材当日、実習候補先見学を終え、感想文作成後、在校生3人にインタビューを行った結果は次の通りである。質問は、「この学校を選んだ理由と実際の学校生活の満足度」である。 ●河野(かわの)利央(りお)さん  卒業後は一般就労に就きたいと思い、この学校を選びました。小人数制なのも魅力的。いまのところ、学校生活に満足しており、10点満点中10点と思っています。 ●佐藤(さとう)愛華(あいか)さん  卒業後の一般就労に魅力を感じました。企業現場実習が多い点が、入学前のイメージとは異なります。 ●篠原(しのはら)和陽(かずひ)さん  クラスメイトと打ち解けて話ができています。ゲームの話で盛り上がり、学校生活も充実しています。  当日、初対面の私の質問に少し緊張し、戸惑いつつも、一所懸命考え返答してくれた。そのまなざしは希望に満ちていると感じられた。 おわりに  併設校校舎内に立地したインクルーシブな取組みやデュアル教育システムによる生徒の実践的育成、社会性養成が関係者の幸せにつながる取組みとして、聞いたことを詳述し締めくくりとする。 @自校生徒は、社会的自立を果たし、充実した人生を送り幸せになる。 A自校職員は、高校の職員の教科や生活年齢に即した指導および併設校の生徒とのかかわりから学びを得て、教員人生の幸せにつなげる。 B併設校、協力校生徒は、共同学習を通して利他と共生の心を育み、共生社会のにない手として幸せになる。 C併設校、協力校職員は、自校職員の指導、支援から特別支援教育のノウハウを学び、併設校生徒の個別ニーズに対応した指導、支援につなげキャリアアップ、幸せになる。 D併設校、協力校は、インクルーシブ教育の取組みを進めることで、魅力アップにつなげ、幸せになる。 E企業の方々は、障がい者雇用のためのノウハウ獲得、人手不足の解消、多様性確保などのメリットを活かして幸せになる。 F地域社会のみなさまは、だれもが働きやすく、住みやすい、人格と個性が尊重される共生社会となり幸せになる。 ※@ACの自校=「しろやま延岡商業校」 ★本誌では通常「障害」と表記しますが、清水委員の意向により「障がい」としています 表 高等特別支援学校と特別支援学校(高等部)の各種比較 高等特別支援学校 特別支援学校(高等部) 学部 高等部 高等部 学科 職業科 普通科 専門教科 あり なし 入学検査 あり※ あり 給食 なし あり スクールバス なし あり 進路 一般就労 一般・福祉的就労 ※募集定員を定めており、選考を経ての入学となる (資料提供:宮崎県立延岡しろやま支援学校延岡商業校) 写真のキャプション 併設する宮崎県立延岡商業高等学校(宮崎県立延岡しろやま支援学校延岡商業校は、この教育棟の1階) 校門には両校の校旗が生徒会によって揚げられている(写真提供:宮崎県立延岡しろやま支援学校延岡商業校) 宮崎県立延岡しろやま支援学校 延岡商業校校長の肱岡(ひじおか)憲吾(けんご)さん(写真提供:宮崎県立延岡しろやま支援学校延岡商業校) 教頭の藤元龍哉さん 教務主任の田上雄太さん 教室で指導にあたる進路指導主事の前川咲誉さん(左) 併設された両校の生徒は、同じ制服・体操服を着て学校生活を送る(写真提供:宮崎県立延岡しろやま支援学校延岡商業校) 協力校である宮崎県立門川高校との専門教科共同学習(食品加工)(写真提供:宮崎県立延岡しろやま支援学校延岡商業校) 併設校の延岡商業高校とのクリーン作戦(地域清掃)(写真提供:宮崎県立延岡しろやま支援学校延岡商業校) 延岡市キャリア教育支援センターセンター長の水永正憲さん マツタ工業株式会社 マツタ工業株式会社代表取締役社長の松田佳久さん 工場を案内する桜ケ丘工場長の平川守さん(左) 河野利央さん 佐藤愛華さん 篠原和陽さん 工場見学の様子。マツタ工業株式会社は金型の設計・製作などを手がける