この人を訪ねて 障害者雇用が、会社成長のきっかけに NPO法人全国精神保健職親会(vfoster)理事長 中川均さん なかがわひとし 1953(昭和28)年、石川県生まれ。1975年、株式会社熊谷組に入社。経営企画部などを経て2004(平成16)年、同社グループの株式会社ガイアート取締役就任、2016年にNPO法人全国精神保健職親会(vfoster)理事就任、2018年から同会理事長。同会のホームページはhttps://vfoster.org/ 「職親」マインドを持つ人たち ――まず、中川さんが理事長を務めるNPO法人全国精神保健職親会(vfoster(ブイフォスター))について教えてください。 中川 会の名前にある「職親(しょくおや)」という言葉をご存じでしょうか。仕事における親、という意味で、私たちは特に精神障害のある方を職場に迎え入れており、家族のように温かく見守りながら自立を支援するという理念を表しています。  職親会はもともと1980(昭和55)年ごろ、通院患者のリハビリ事業の一環として受け皿となった中小企業の経営者を中心に各地で生まれていたようです。職親会の組織化が進み、1987年に全国組織となりました。  1995(平成7)年、精神障害者の社会復帰の促進および社会経済活動への参加の促進を図ることを目的とする「精神障害者社会適応訓練事業」を、国の補助により都道府県が行えるようになりました。そこで職親会の会員企業も精神障害のある方たちを受け入れ、「ともに働く」ことを基本とする就労体験の場を提供してきました。  その後、2006年施行の障害者自立支援法によって就労支援事業など制度の整備が進み、適応訓練事業への国の補助は2012年に廃止されました。私たちの会の活動は、各地の中小企業や就労支援団体などのネットワークを広げながら、職親的なマインドを持った人たちを増やすことが中心となりました。2018年に現在の名称となり、団体・個人を含め約80会員で構成されています。なお別称の「vfoster」は、Vocational(職業の、職業訓練の)とFoster parent(里親)をかけ合わせた造語です。 一緒に働きながらスキルを ――vfosterでは、中小企業の障害者雇用を数多くサポートしてきたそうですね。 中川 障害のある方が働きやすい企業には、職場実習を積極的に取り入れているところが多いですね。複数の部署や作業を経験してもらうなかで、本人の得意なことや興味のあることに気づくことも多いからです。障害者雇用が未経験という企業には、私たちが勉強会やワークショップなどを通じて助言するほか、就労支援機関や当事者との橋渡しもしています。  いまは、就労移行支援事業所などでの一定の訓練や実習を経てから就職活動に臨む人が多いと思いますが、中小企業は、いますぐ一緒に働いてくれる人を必要としていますよね。そこで私たちは、米国で開発されたIPS(Individual Placement and Support)という個別就労支援モデルを紹介しています。オーダーメイドの伴走型個別就労支援で、本人の希望や長所などに合った職場で働きながら、必要なスキルを身につけていく方法は、職親の活動にも似ています。IPSモデルを忠実に実践するのはむずかしいかもしれませんが、それに近いやり方を職場で実践してもらえたらいいですね。 受け入れる職場の柔軟性 ――中小企業の障害者雇用がうまくいくコツは何だと思いますか。 中川 私は活動を通して数多くの中小企業を訪問してきましたが、障害者雇用がうまくいっている企業には、さまざまな業務を組み合わせられる職場の柔軟性があると感じます。例えば、ある大手メーカーの協力会社では、突発的な試作や小口注文に対応するため、その都度、工程や段取りを工夫しています。そうやって臨機応変に対応できる職場で、はじめて障害のある従業員を受け入れた際にも、働き方の仕組みをスムーズに変えていました。  逆に、そうした素地がない職場でも、「障害者雇用をきっかけに業務の柔軟性が生まれ、業績がアップした」という企業もあります。障害のある方1人を受け入れるために試行錯誤するうちに、次々とアイデアが生まれ、「自分たちで現場を改善していく力」が身についたそうです。自分たちで考えて職場環境を整えれば、やりたい仕事もできるようになる。そうして自信がつくと、どんな課題が出てきても大丈夫だという前向きな姿勢が生まれ、生産性も向上したのだそうです。大切なのは、「仕事のやり方はこれしかない」と思い込まないことです。 日報で「見守る環境」を ――精神障害のある従業員については、体調に波がある方もいるので、そういったことへの対応も大切ですね。 中川 日々の職場では、声かけをしながら体調を気にかけることが大事ですが、本人が不調をいい出せない、もしくは自覚していないときもあります。そのため、見た目や会話だけでは気づきにくい異変を、日報などを書くなかで自己申告する仕組みをつくっているところも増えてきました。  私たちは、おもにメンタルケアが必要な方向けにWebクラウド型の日報(SPIS(エスピス))を紹介しています。SPISでは、あらかじめ設定した体調の評価項目をグラフ化し、好不調の波や長期的な傾向などを「見える化」します。  この日報には自由コメント欄もあり、記載内容は、職場の上司や労務担当者、就労支援機関も閲覧できるよう設定でき、対面では伝えにくいこともやりとりできます。「今日こんなことがありました」、「〇〇がうまくいきました」などと自分の心持ちを書き込み、読んだ人たちが「○○はよかったですね」などと返信。このちょっとした“気持ちの交換”が、つねに見守られている安心感にもつながります。  ネガティブなコメントが散見された場合は、前後の記録をふり返ります。すると、業務が詰まっていた、注意を受けたことを気にしていた、私生活で悩みがあったなど大小さまざまな要因が見つかり、必要な支援や対応ができます。  日ごろから体調の波を可視化・共有し、職場全体で見守る環境が大切だと思います。 地方こそ中小企業の出番 ――近年は、発達障害を含め精神障害のある学生の就職難についても聞かれます。 中川 学生のなかには、高等教育を終えても就職できなかったり、就職しても離職してしまったりする人が少なくないようです。こうした人材を戦力として迎え入れ、いかに安定就労につなげていくかということですよね。首都圏などの一部の大学では、民間企業や就労移行支援事業所などとの連携もみられますが、特に地方では、中小企業が大きな役割を果たせるのではないでしょうか。  経営者のなかには、優れた考え方や熱い志を持った人も多くいます。メンタル面でのサポートが必要な新卒者も、職親的なマインドを持った職場であれば、安心して働けると思います。最近は、中小企業の団体と就労移行支援事業所などが連携し、地域ぐるみで就労支援に取り組む例も出てきました。私たちvfosterも地方の就労関連イベントなどに参加し、職親のよさを再認識してもらうなど、手応えを感じています。  中小企業のみなさんは、まず障害者雇用を試してみてください。何か特別なことをしようと思うから負担感があるのです。失敗しても諦めず、みんなで知恵を絞りましょう。すると、業務全体に対する考え方が柔軟になり、外部環境の変化にも強い職場になります。会社として成長したいのであれば、障害者雇用が処方箋になると思いますよ。