クローズアップ 安心して働き、能力を発揮できる職場の環境づくり 第3回 「雇用の質」を高める 〜だれもが成長を実感できる職場へ〜  障害のある人など多様な人材が安心して働き、その能力を十分に発揮できる職場づくりが、いま企業に求められています。そこで障害者の雇用や就労支援を専門とする上村勇夫さんに、職場において障害のある人の安心感を高め、能力発揮をうながすために有効な環境整備や周囲のサポートのあり方などについて、解説していただきます。  第3回は、「雇用の質」を高める取組みについてです。 執筆者プロフィール 日本社会事業大学 社会福祉学部 共生社会デザイン学科 准教授、博士(社会福祉学) 上村(うえむら)勇夫(いさお)さん  企業、障害者地域作業所、ジョブコーチ等を経て、現職。障害者雇用における職場内支援のあり方と、生活支援について研究。関連論文で日本社会福祉学会奨励賞受賞。就労継続に関する著書も執筆。 はじめに―「数の確保」から「雇用の質」の時代へ  前回の第2回(※)では、現場の仲間が日々の違和感に気づき、心身の安定を支える「人的なサポート」の大切さをお伝えしました。しかし、障害のある社員が真の意味で安心感を抱き、能力を最大限に発揮し続けるためには、周囲のやさしさや配慮といった「ソフト面」の支援だけでは不十分です。それと同時に、業務の設定や評価制度といった「ハード面(仕組み)」を整えることが求められます。  現在、わが国の労働政策においても、このテーマは非常に重要な局面を迎えています。2026(令和8)年2月に報告書が取りまとめられた「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」や進行中の「労働政策審議会障害者雇用分科会」における議論を見ても、これまでの「法定雇用率をいかに達成するか(量の拡大)」というフェーズから、「採用した障害のある人が、いかに働きがいを持ち、キャリアを形成していけるか(雇用の質の向上)」というフェーズへと明確に舵が切られています。  なぜいま、雇用の質なのか。それは、単に採用人数を増やすだけでは、入社後のミスマッチや早期離職が後を絶たず、企業にとっても当事者にとっても真の幸福につながらないという事実が浮き彫りになってきたからです。労働力人口が減少するなかで、障害のある人を「貴重な戦力」として長く定着させることは、企業の持続可能性そのものを左右します。  今回は、この「雇用の質」を高めるために企業が取り組むべき具体的な考え方と方法について、三つの視点から紐解いていきます。 安心感と能力発揮の土台― 「配置・業務設定」と「環境調整」  雇用の質を高めるための第一歩は、本人の特性や能力と、業務内容がしっかりと噛み合っていること(適切な配置と業務の設定)です。  障害者雇用の現場で陥りがちな失敗として、「障害があるから」という理由だけで、本人の能力や適性を十分にアセスメントせずに、単調でだれにでもできる補助業務ばかりを切り出して任せてしまうケースがあります。これでは、本人は「会社に貢献している」という実感を得にくく、次第にモチベーションが低下してしまいます。  大切なのは、本人が持っている力を100%引き出すためには、本人にどのような特性があり、どのような業務が適しているかを考えることです。例えば、視覚からの情報処理が得意な人には製品を点検する業務を任せ、集中力が持続しやすい人にはデータ入力の業務を任せるなど、強みを活かせる配置を行います。さらに、業務を設定して終わりではなく、現場の状況に応じて柔軟に「再構築」する姿勢が求められます。例えば、複数の指示を同時にこなすことが苦手な社員には、業務を細分化し、一つ終わるごとに次の指示を出すというフローに変えるだけで、見違えるように作業スピードが上がる事例は数多く存在します。  そのうえで、前回の基礎知識でも触れた「合理的配慮の提供」をかけ合わせます。音に敏感な特性があればノイズキャンセリングイヤホンの使用を認める、疲れやすい特性があればこまめな小休憩を制度として組み込む。こうした「個々の特性に合わせた業務のチューニング」があって初めて、本人は安心して仕事に没頭し、その能力を存分に発揮することにつながります。 ワークエンゲージメントを育む― 「成長(ステップアップ)の機会」  第二の視点は、「成長の機会の提供」です。  「毎日休まず出勤し、同じ作業をミスなくくり返してくれればそれでいい」。もし企業側がそのようなメッセージを無意識に発していれば、本人のワークエンゲージメント(仕事に対する活力、熱意、没頭)の度合いは次第に低下していきます。障害の有無にかかわらず、だれもが「昨日よりできることが増えた」、「新しい仕事を任された」という成長の実感によって、働く喜びを見いだすからです。  場合によっては、「自分はどうせずっとこの簡単な仕事しかさせてもらえないのだろう」と、入社後数年で諦めの感情を抱いてしまうことがあります。これを防ぐためには、「あなたに期待している」というメッセージを具体的な仕組みとして用意する必要があります。  定着率の高い企業では、障害のある社員に対しても、段階的なスキルアップの機会を意図的に用意しています。入社から数年経ち、業務に慣れてきたタイミングで「後輩への指導役」という新しい役割を用意したり、外部の研修や資格取得に挑戦する機会を提供したりしています。  たとえそれが小さなステップアップであったとしても、「この会社で働き続ければ、自分はもっと成長できる」、そうした未来へのキャリアパス(展望)を描ける仕組みがあるかどうかが、雇用の質を高める大きな要素となります。自身の成長が可視化されることは、仕事への誇りと会社への帰属意識を強く結びつけるのです。 努力が正当に報われる― 「能力の評価と処遇」  そして第三の視点が、もっともむずかしく、かつもっとも重要な「正当な能力の評価と処遇」です。  どれだけ本人が努力をしてスキルを上げても、それが給与や役職といった「目に見える形」で報われなければ、モチベーションを維持することは困難です。「障害者採用枠だから、どれだけがんばっても昇給や昇格の対象にはならない」というような固定的な制度は、可能なかぎり見直す必要があります。  もちろん、障害特性による「できること・できないことの凸凹」や、提供している合理的配慮の程度を評価にどう組み込むかは、多くの企業が悩むポイントです。既存の評価制度をそのまま当てはめると、配慮を受けている分だけ不公平が生じかねないというジレンマもあります。そこで重要になるのが、「本人と合意した明確な目標設定」と「プロセス(過程)の評価」です。  ほかの社員とまったく同じ基準で競わせるのではなく、「半年間でこの業務を一人で完結できるようになる」、「遅刻を月1回以内に抑える」、「自分から進んで業務の報告ができるようになる」など、本人の実状に合わせた目標を設定し、その達成度合いを正当に評価して処遇に反映させます。  また、結果だけでなく「どのように努力したか」というプロセスに光を当てることも欠かせません。評価面談の場を定期的に設け、上司から「あなたのここが成長したね。だから評価したよ」とフィードバックを行うこと。この「正当に評価されているという実感」こそが、本人の自尊心を満たし、強い能力発揮の力となります。評価とは、単なる賃金決定のツールではなく、社員との対話を通じた「育成のプロセス」そのものなのです。 おわりに― 「雇用の質」の追求は、すべての社員のために  「適切な配置・業務設定」、「成長機会の提供」、「正当な評価と処遇」。これらを通じて「障害者雇用の質」を高める取組みは、じつは「すべての社員が活き活きと働ける、ワークエンゲージメントの高い組織」を創るための取組みそのものです。  現在議論されている「雇用の質の向上」は、決して企業に新たな負担を強いるものではありません。一人ひとりの個性に光を当て、その能力を組織の力に変えていくための、きわめて前向きな人事戦略なのです。多様な人材がその能力を発揮できる土壌こそが、これからの企業価値を決定づけます。  次回は、採用時の見きわめだけで終わらせず、入社後も時間の経過とともに生じるズレを継続的に修正していく、「ミスマッチを防ぐ『伴走型』マッチングの極意」について、具体的な事例を交えて解説していきます。 ※第2回(2026年9月号)はJEEDホームページでもご覧になれます。 https://www.jeed.go.jp/disability/data/works/book/hiroba_202609/#page=12 POINT ワンポイントアドバイス ワークエンゲージメント  従業員が仕事に対してポジティブで充実した心理状態にあることをさす概念で、「活力(仕事から活力を得ている)」、「熱意(仕事に誇りややりがいを感じている)」、「没頭(仕事にのめり込んでいる)」の三つの要素から成り立つとされています。障害のある社員のワークエンゲージメントを高めることは、離職を防ぎ、職場の生産性を向上させるための重要な鍵となります。