エッセイ 強迫性障害の私が、自分らしく働けるようになるまで 第3回 いまを生きるということ 漫画家・イラストレーター つくし ゆか 看護専門学校卒業後、大分県や福岡県の医療・介護現場で看護師として勤務。2019(令和元)年に結婚を機に鹿児島県へ移住。自身の強迫性障害の体験をもとに漫画制作を開始し、2022年に燦燦舎より『極度の心配性で苦しむ私は、強迫性障害でした!!』、2025年にラグーナ出版より『強迫性障害とともに生きてみた。〜不安が軽くなる30のヒント〜』を出版。現在は県内で講演活動も行っている。 環境が変わっても、変わらない症状  総合病院を辞めたあと、私は小さなクリニックや介護施設を転々としていました。  環境が変われば楽になるかもしれない、そんな思いもありましたが、強迫性障害の症状そのものが消えることはなく、仕事中に注意を受けることも少なくありませんでした。 「いまを軸に生きる」という言葉  そんななか、近所の大学で行われていたカウンセリングに通うことになりました。担当してくださったのは、目の見えないカウンセラーの方でした。これまでの生い立ちや、そのとき感じていることを、時間をかけてていねいに聞いてくださいました。  ある日、こんな言葉をかけてもらいました。  「つくしさんは、過去や未来を考えすぎて生きているのではないでしょうか。いまを軸に生きてみてはどうでしょう」 少しだけ、楽になれた考え方  その言葉を聞いたとき、「たしかに」と思いました。過去の自分の行動をふり返っては、「あのときちゃんとできていなかったのではないか……」と不安になり、そこから最悪の未来を想像してしまう。そんなふうに、不安をどんどん大きくしていたように感じたのです。  「いま」だけを見つめてみたら、少し楽になるのではないか……そう思うようになりました。  でも、不安が消えるわけではありません。それでも、「いま」に意識を向けることで、不安に飲み込まれずにいられる瞬間が少しずつ増えていきました。不安の波をなくそうとするのではなく、その波にどう乗るか。そんなふうに考えられるようになっていったのです。 思いがけない出来事  そうして、少しずつ症状とのつき合い方がわかり始めたころ、大きな出来事がありました。父に胆管がんが見つかり、余命1年と告げられたのです。つい最近まで元気だった父の突然の病気に、現実を受けとめきれませんでした。  それからの1年間は、父の闘病を支える日々でした。心も体も余裕がなくなり、落ち着きかけていた症状も、再び強くなっていきました。ふり返ると、強いストレスが影響していたのだと思います。  そして医師の言葉通り、1年後の寒い冬の日、父は亡くなりました。 気づいた「あたり前の悲しみ」  父に何も恩返しができなかった……そんな思いが強く残り、私は深く落ち込みました。何をしていても気持ちが晴れず、ただ悲しみの暗闇のなかにいるような日々が続きました。  そんなある日、ふと気づいたことがありました。  「私はいま、あたり前のことで悲しんでいる」ということです。大切な人を亡くして悲しむこと。それは、とても自然なことです。それまでの私は、起きてもいないことや、確かではないことに心を奪われ、苦しんでいました。でもこのときは、現実に起きた出来事に対して、まっすぐに悲しんでいました。 「どうにもならないこと」があると知って  その違いに気づいたとき、少しだけ、自分のなかで何かが変わったように感じました。どんなに心配しても、どんなに準備をしても、「大切な人の死」のように、自分の力ではどうにもできないことは起きてしまう。そう思えたことで、これまで抱えていた不安に対しても、少しずつ向き合い方が変わっていきました。  「いま」を軸に生きる、という感覚を、ようやくつかめた瞬間だったのかもしれません。 のびのび働ける場所へ  その後、私は病院勤務を離れ、以前から興味のあった高齢者向けの運動施設で働き始めました。ヨガや健康体操の指導をする仕事です。  これまで強く縛られていた「ミスをしてはいけない」という思いは、少しずつやわらいでいきました。自分で考えた体操を取り入れながら働くなかで、「できた」という感覚や、小さな達成感を感じられるようになっていきました。  もちろん、ミスをしないに越したことはありません。それでも、失敗を恐れて縮こまるよりも、自分らしくのびのびと働けることのほうが、私にとっては大きな意味がありました。自分に合った環境で働くことの大切さを実感し、「無理に周りに合わせ続けなくてもいい」と少しずつ思えるようになったのです。ありのままの自分を受け入れながら働けるようになったことは、私にとって大きな自信にもつながっていきました。  だからこそ私は、「強迫性障害だからできない」ではなく、「強迫性障害とともに、どうやって生きていくか」を考えるようになりました。