働く広場2019年7月号
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働く広場 2019.7う。「正社員になれました」との連絡があり、ご家族も大喜びされていたそうです。スポーツを通して、できることが少しずつ増えたり、記録が伸びて自信がついたのかも知れませんね。 また、私自身がかかわった陸上競技の女性選手は当初、コミュニケーションを取るのが困難でした。例えば、目の前にお菓子が置いてあるとそれしか考えられないようで、私の話をまったく聞かないのです(笑)。でもSOの世界大会への出場によって、次に会ったときにはきちんと会話ができるようになっていて驚きました。勝負事の経験、応援される高揚感、感情を揺るがされるさまざまな体験によって彼女自身が変化を起こし、周りの人たちもそれに気づいて新たな場を切り開いていく。こうしたケースが私の知らないところでもたくさんあるのではないかと思っています。――近年はユニファイドスポーツにも力を入れていますね。 ユニファイドスポーツは、知的障害のあるアスリートと、知的障害のないパートナーが混合チームをつくって、練習や試合を行うSOの取組みです。障害のない人が、障害のある人と一緒にプレーしながら、コミュニケーションを取ることでいろいろな気づきを得る。同時に障害のある人も「どんなふうに伝えたらいいか」を知ることができます。双方の可能性を引き出せるため、これは社会でともに働いていく際の、非常に役立つモデルにもなると思います。 「障害者雇用」といわなければいけないこと自体、まだまだ日本の社会が未熟な証拠だと自戒を込めていいますが、知的障害のある人も普通に一緒に活動できる、自分たちと何も変わらない姿を見せてくれるのがユニファイドスポーツです。 私たちの社会は基本的に「ユニファイド」のはずですが、働く場や特別な場になると分けられることがあります。システムやルールの基準が一方に偏っているからです。でも障害のない人に合わせたルールをつくり、障害のある人を「受け入れますよ」というのはおかしいですよね。そんなとき私は「逆の世界を思い浮かべてください」といいます。車いすに乗った人たちが大半を占める社会では、2本足で立つ人のほうが障害者になるかもしれない。そうでなくても明日、自分や家族が障害を持つようになるかもしれない。だからこそ「障害者=自分の将来のことかもしれない」と考えてみることが大事。このように発想を転換し、想像力を働かせることで理解が進みます。SOは、共生社会をつくっていける大きなきっかけになると思います。 今回の世界大会では、ほぼ全種目にユニファイドスポーツが導入されていました。どの競技でも障害を超えて一緒にプレーできることを証明していたのです。国内では、SO日本のスポンサーであるトヨタ自動車株式会社の後援もあり、名古屋グランパスエイトのみなさんにサポートしていただき、2018年にシカゴで開催されたユニファイドサッカーの世界大会に、日本選手団を派遣することができました。日本でもいつかユニファイドサッカーの世界大会を開催したいですね。また今年は、全国ユニファイドバスケットボール大会を10月に開催する予定です。 今後は、子どもの教育の場にもユニファイドスポーツを積極的に広げていきたいですね。特別支援学校などの施設を回って、連携・参加を呼びかけていきたいです。――SOの広がりで、日本の社会も大きく変わっていくかもしれませんね。 私は、極端ないい方をすれば「SOそのものが必要ではなくなる時代」になることを目ざしていきたいと思っています。 そのためにはアスリート本人だけでなく、家族も含めて意識を変える必要があります。障害のある方やその家族から、「私たちの気持ちは、わからないでしょう」といわれても、私たちは「わかりません」と答えるしかありません。障害の有無にかかわらず、どんな人もお互いにわからないことがたくさんありますから。大切なのは「お互いを理解したいよね、ここで一緒に生きていきたいよね」という気持ちであり、そこからお互いがどう歩み寄れるかだと思うのです。 私たちの社会では「知らないこと、知らせていないこと、見ようとしないこと、見せようとしないこと」も障害です。むずかしい部分を抱えながらも、互いに一歩ずつ前に出ていかなければ、いつまでも障害という壁を超えることができないでしょう。ともに働くための役立つモデル「理解したい」という気持ちで歩み寄りを3

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