働く広場2019年11月号
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働く広場 2019.11ワークとライフの素敵な関係佐藤恵美(さとう えみ) 神田東クリニック副院長、MPSセンター副センター長。 1970(昭和45)年生まれ、東京都出身、北里大学大学院医療系研究科産業精神保健学修了。 精神保健福祉士・公認心理師。病院勤務などを経て現職。医療現場および社内のカウンセラーとして多くの労働者の悩みに向き合い、職場に対して健やかな職場づくりのための助言をしている。著書に『ストレスマネジメント入門』(日本経済新聞出版社)、『もし部下が発達障害だったら』(ディスカバー21)などがある。*第4回19 「ワーク・ライフ・バランス」なる言葉が生まれて久しい。さらに昨今、働き方改革関連法案の改正などを中心に「働き方改革」も推し進められている。実際、改革が進んでいるかはさておき「今日は働き方改革として、定時で帰ります!」などとカジュアルに会話できるようになってきているのは、働き方に対する意識が少なからず高まっているともいえるかもしれない。 さて、労働者のメンタルヘルスを考えるとき「ワーク・ライフ・バランス」の視点は重要だ。メンタルヘルスに不調をきたす背景には、長時間労働の常態化によって、心身が疲弊している場合も少なくないからだ。一日は、だれしも公平に24時間。例えば、朝8時から勤務を開始し、5時間の残業をして夜10時に退勤すると、帰宅するのが11時。それから夕飯、入浴などを済ませると日付をまたぐのは必至である。余暇の時間を持とうとすれば就寝は午前2時、3時だろう。もし朝6時過ぎに起床するなら、睡眠時間は3~4時間ということになる。一日の時間は決まっているのだから、ワークが長くなれば、このように睡眠時間が削られるか、そうでなければ、余暇の時間がなくなってくる。ワークかライフ、どちらかを取ればどちらかの時間が削られる、と考えるのは自明の理である。 しかし実は、このように「かぎられた時間をどちらに充あてるか」という発想では、いつまで経っても素敵な調和は生まれないだろうと思っている。24時間のなかでライフとワークが「綱引き」を始めると、どちらを取っても「損した気分」や「罪悪感」や「何かを強いられた気持ち」を感じる羽目になってしまうからだ。これでは、「調和」どころか永遠に「不協和音」だろう。 慶応大学の高たか橋はし俊しゅん介すけ先生は、このような「二者バランス」の考え方から、「ワークもプライベートも人生の一部」として「ワーク・ライフ・インテグレーション(統合)」を提唱している。ワークとライフがそれぞれのストレス緩和の機会となり相乗効果を生み出す、という考え方である。関連した研究に、仕事と家庭の関係においては、スピルオーバー(流出)効果といい、仕事・家庭のどちらかで醸成された気分が、もう一方に影響を与える、というものがある。例えば、上司に大いに評価されていい気分で帰宅すると、妻とも機嫌よく会話が弾む。逆に何かトラブルがあれば、帰宅後にもイライラして家族に八つ当たり、という具合だ。もちろん、家庭から仕事へのベクトルもある。同一の人間が体験していることなのだから、至極当然といえるだろう。 結局、ワークとライフを無理に切り離して対極に置くことから、不協和音が始まるのかもしれない。「調和」の字義通り、大事なのは自分自身がワークとライフの「建設的な融合点」に気づき、「両者に主体的にかかわること」ができているか、ということなのではないだろうか。 例えば、むずかしい顧客とやっと商談が成立してホッと一息お茶を飲みながら、「こんなふうに話すと、むずかしい人ともうまくいくのか。これって思春期を迎えたうちの子との対話にも使えるかも。よし、今晩トライしてみよう」などである。つまり、ワークとライフ両方があるからこそ、よりよい人間関係や、自己成長や自己表現、社会参加においてプラスにできる、いわば「ちょっとお得」と思える体験を自らつくり出すことである。 「ワーク(ライフ)の体験があるからこそライフ(ワーク)に活かせた」という連鎖が、例えささやかなことであっても実感できると、心身のエネルギーを充足することができるのではないだろうか。 さて、働き方改革の本質が問われるのはこれからだろう。ワークもライフも自分自身のものとして、素敵な調和を生みだしたいものである。

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