働く広場2019年12月号
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働く広場 2019.12偶然に出会うこと、偶然から育てていくこと佐藤恵美(さとう えみ) 神田東クリニック副院長、MPSセンター副センター長。 1970(昭和45)年生まれ、東京都出身、北里大学大学院医療系研究科産業精神保健学修了。 精神保健福祉士・公認心理師。病院勤務などを経て現職。医療現場および社内のカウンセラーとして多くの労働者の悩みに向き合い、職場に対して健やかな職場づくりのための助言をしている。著書に『ストレスマネジメント入門』(日本経済新聞出版社)、『もし部下が発達障害だったら』(ディスカバー21)などがある。*【最終回】19 学生さんを含め、就職を希望する多くの方にお会いしていると、「自分に合った仕事が見つからない」、「仕事にするような好きなことがない」、「特にやりたいことがない」などの声をよく耳にします。こうした言葉の根底には、「仕事は、好きなことや得意なこと、他者より秀ひいでていることを活かして就くものだ」という考えがうかがえます。しかし、もし自分のなかにそれらを探しても見つからないし、見つけたと思ってもうまくいかなかったとすれば、どうでしょう。自分が一体どのように社会に存在したらよいか分からなくなり、不安と恐怖で押しつぶされそうな気持ちになってしまうことでしょう。なぜなら、好きなことや得意なこととは、すなわち自分らしさの大事な一部であり、それらが見つからないことや通用しない経験は、自分自身の存在があまりにも不確かで、かつ否定されているのと同じように感じてしまうからです。 好きなことを仕事にしたいとか、自分のいいところを活かして仕事をしたいと思うのは、ごく自然な発想です。実際、そうした考えから仕事を得ている人もいるでしょう。しかし、必ずしもそれが、仕事探しの出発点でなくてもよいと考えています。むしろ「いま、あると思っている好きや得意」に縛られると、可能性の幅が狭せばまり、さまざまなチャンスに対応する柔軟性を欠いてしまうこともあるように思います。 さて、キャリアをどのように選択し、発達させ、創り上げていくか、ということに関する知見を体系化した「キャリア理論」にはさまざまな考え方があります。そのなかで、J.Dクランボルツにより提唱された「計画された偶発性」という理論は、「キャリア形成は、すべてを意図通りにできるものではなく、むしろ偶発的な出来事や、偶然の出会いによって決定づけられるものであり、その偶発に自ら恵まれるよう建設的に考え、柔軟かつ積極的に周囲に働きかけていることが重要」というものです。 多くの人は、仕事に就こうとするときや、キャリアに行き詰まったときには、自分の志向性や能力、適性、スキルなどを意図的に積み上げて、入りたい会社ややりたい仕事への合理的な道筋を打ち立てようとするものです。いわんや、本人だけでなく、就労支援の専門職ですら、このような道筋を見つけさせることが主要な支援であると考えがちです。たしかに、形あるものを自分の手中に入れ、それを積み上げることで、前に進み、希望に近づいているような安心感を覚えることはあるでしょう。しかし、クランボルツがいうように、すべては意図通りにいかないのです。 だからこそ最も大事なことは、自分にとって大事な偶然を得られるよう、いまの視点から未来を規定しすぎずに、心のドアを大きく開けておくという準備なのだと思います。そのドアからフットワークよく出かけて行って、あらゆる選択肢をブロックせずに、多くの人に会ったり、さまざまな機会に参加したり、これまでやったことのないことを経験してみたり、などというところから始めてみてもよいのだと思います。するともしかしたら、自分が好きだと思っていなかったことや、得意だと思っていないこと、関心がなかったこと、予想だにしなかったことが、キャリアのチャンスとなっていくかもしれません。そして、好きとか得意と思えないまま得たチャンスでも大事にし、ゼロから自分の好きや得意を育て、少しずつ自分を見つけていくこともとても大事な、キャリアと人生のつくり方であるように思うのです。 さて、今回でこの連載エッセイは最終回ですが、私の専門である労働者支援の立場から、仕事を探す人へのメッセージとなるよう、書いてみました。少しでも気持ちが楽になり、改めて前向きな一歩がふみ出せるようにと願っています。

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