働く広場2020年4月号
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働く広場 2020.4 ――設計会社が就労継続支援A型事業所︵以下、﹁A型事業所﹂︶をつくったのは珍しいですね。 きっかけを与えてくれたのは、私が以前勤めていた会社の元同僚です。設計士の男性ですが、30代半ばで脳出血を発症し、歩行と会話に少し障害が残りました。仕事自体には影響は少なかったと思いますが、私が知らないうちに退職してしまったのです。その後、私が設計会社を立ち上げ、ハローワークでCAD設計士の求人票を出した際に、「身体障害のある人でよい人がいます」と紹介されたのが、その元同僚でした。 私は再会を喜び、彼の仕事ぶりも知っていましたから即採用しました。ところが1年ぐらいして依願退職されてしまったのです。通勤途中に転倒するなどの小さなトラブルもありましたが、それよりも本人は社内でコミュニケーションがうまく取れないことを気にしていたようでした。後になって、職場の社員たちも彼と一緒に仕事をすることに戸と惑まどっていたことを知りました。障害のある人を受け入れる職場環境について、もっと考えるべきだったという後悔だけが残りました。 しばらくして「就労移行支援」という言葉を初めて耳にしました。愛媛県松山市で就労移行支援事業を手がけるNPO法人から「図面作成の仕事ができる人を採用しませんか」と相談があったのです。このときは、わが社の主要業務である鉄骨製作図面が、その方の専門ではなかったためマッチングできませんでした。ただ同じころ、知り合いのIT関連会社でも就労移行支援事業を行っていると聞き、この二つの事業所を見学できました。そこで「障害があっても適切なバックアップをすれば十分働ける」ことを知り、白石設計のある新に居い浜はま市でも障害者の雇用支援にかかわる場所をつくろうと思い立ったのです。 就労移行支援事業所(※1)のほかに、就労継続支援事業所(※2)にはA型とB型があることも知り、関係者の人たちに相談したところ「設計業務を活かしてA型事業所として仕事をしてもらえばよいのでは」と助言されました。そして2012(平成24)年に設立したのが「NPO法人サスケ工房」です。  ――﹁サスケ工房﹂の運営はどのように進めていったのですか。 まずは会社の1階部分を事業所に改装し、利用者5人からスタートしました。30代から50代の身体障害や内部障害、精神障害のある方たちでした。設計関係にかかわっていたことがあるのは1人だけでしたが、パソコン操作に興味のある方ばかりでした。新聞記事を見てわざわざ今いま治ばり市から新居浜市に引っ越してきた方もいましたね。 福祉分野での勤務経験がある人にサービス管理責任者として来てもらい、私が職場管理者としてCADの操作方法などを一から教えていきま※1 就労移行支援事業所:企業などで働きたい障害のある方が、就職するために必要なスキルや能力などを身につける場所※2 就労継続支援事業所:一般企業などの団体に就職することが困難な障害者に提供される仕事の場CADに特化した就労支援で戦力化株式会社白石設計 代表取締役 白石光廣さんしらいし みつひろ 1960(昭和35)年生まれ。1982年、大阪工業技術専門学校建築学科卒業。機械設計会社の勤務などを経て1997(平成9)年に有限会社白石設計を設立(2011年に株式会社白石設計へ変更)。2012年にNPO法人サスケ工房設立。福祉住環境コーディネーター2級、介護福祉士の資格も取得。2019年、サイバー大学IT総合学部卒業。元同僚の退職で後悔設計図チェック作業で実績2

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