働く広場2020年6月号
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働く広場 2020.6が、当事者の真のポテンシャルが発揮されるのは、本人がある程度、仕事を理解して日々のペース配分を掴み、それなりに周囲との関係構築ができ、双方向のやり取りを「安心」してできるようになってからだ。まずは「安心」がキーワードである。当事者は、まずは信頼されるために必要なあたり前のこと……実直、謙虚、誠意など、人間性を成長させる努力を怠らないことは大切で、「合理的配慮をしてもらってあたり前」ではないし、もし配慮してもらったときには感謝しつつ、その分得意なことを「がんばる」ことも、また私たちに与えられた責任なのだと思う。社会はすべてがアンフェアなのではなく、やはりどこかでバランスをとろうとするものがあって、定型とされているなかにもさまざまな生きづらさを持って働く人も多くいる。結局のところ「相互理解なのだ」とわかれば、雇用する側・される側、それぞれがどう考えていけばよいか、自おのずと見えてくるものがあるような気がする。笹森理絵(ささもり りえ) 1970(昭和45)年生まれ。32歳のときに発達障害の告知を受ける。40歳を過ぎてから精神保健福祉士・社会福祉士の資格を取得。 現在は、神戸市でピアカウンセラーのほか、全国で発達障害の啓発にかかわる講師、グループピアサポートのファシリテーターとしても活動中。 息子三人も発達障害の診断があり、長男は特例子会社で事務職を、大学生の次男はクローズドで飲食店勤務、三男は水産高校入学を目ざしてがんばっている。間と労力の無駄遣いにしかならない。そういうときには状況を説明して、だれかに代わりをお願いする。もしくは計算をともなう作業は避ける。「逃げる」のではなく、「避ける」のである。短期記憶・聴覚記憶が苦手で指示が一度で理解できないときや、出された指示の意図を察することがむずかしいときもある。その場合は先方に一つひとつ丁重に確認し直す。「申し訳ありませんが、もう一度、念のため確認させていただいてよろしいでしょうか」、「ここはこういう理解でよろしいでしょうか」、「もし違っているところがありましたら教えていただけると助かります」などと声をかけて、聞いたことをあげながら一緒に確認することでミスは減らせる。衝動的にまずい発言をしそうなときは、一呼吸置いて「沈黙は金」と頭のなかでくり返し、その場は黙ってやり過ごす。自分の特性がわかってくると、前述した通り、一つひとつ対策を立てることができてくる。ただ、こういう対策も自分の努力だけでは成り立たないことがある。そのためにはやはり周囲の理解が大切だ。一生懸命お願いしたときに、先方に理解がなく、否定や叱責をされてしまうと、本来できることもできなくなる。さらに、苦手なことを無理にさせられると、長所を発揮できなくなり、戦力化できる部分があるのに、そこを活かされずに看過されてしまうこともあるかもしれない。 就労や職場定着は、当事者本人の障害理解・自己理解の大切さにあわせて、周囲の人々の障害理解・他者理解との両輪が必要だ。当事者・保護者・支援者としての視点で思うことは、特性を知って少し工夫することで、多くの人は充分に仕事をこなせるだけのスキルは持っている。ただ、「何が就労や職場定着をむずかしくしているか」といえば、マッチングなどの問題以上に、自己肯定感のなさから来る認知の歪みとレジリエンス(精神的回復力)の弱さではないかと考える。幼いころから「失敗し、叱責を受ける」経験はたくさん積み重ねているが、生きるために必要な、それも本来の肯定的な社会経験が十分に積めていない。出生後、十数年から数十年かけて刷り込まれてきた〝負の思考癖〞は、数日、数年で簡単に変更できるものではない。本人を変えようと外圧を加えるより、本人の長きに渡る苦難の人生に思いを馳せながら、その人の障害の部分だけでなく、その人の〝個〞そのものにも心を寄せて、その温かみのなかで本人が「内側から変わろうとする力」が生まれることを信じて待ってほしい。とかく障害者雇用や実習の場においては、短期間で評価を下す印象がある。雇用者側の事情も承知のうえであえて書く内側から変わろうとする力相互理解と安心3

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