働く広場2020年9月号
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働く広場 2020.9当事者の尊厳を可能なかぎり守ろうとするのであれば、その当事者が「どのような仕事に就きたいのか」という意思、一方で「どのような仕事に就くことができるのか」という現実性、その妥協点がどこにあるのかを探り続けなければいけません。可能性を広げるサポートは、当事者はもちろん、福祉の関係者や雇用する企業の方々にとってもよい結果をもたらすと考えています。私は休職し引きこもっている状態から一念発起して「がんばりたい」と思ったときに、多くの方から「引きこもっているような君に起業ができるわけがない」といわれました。いまも当時の悔しさを覚えているからこそ、支援機関は一人ひとりの尊厳に寄り添い続けなければならないと強く思っています。そうした支援のあり方が広がっていくことを、一人の発達障害の当事者として、また、当事者を支援する企業の経営者として願っています。安田 祐輔(やすだゆうすけ) 1983(昭和58)年横浜市生まれ。 「株式会社キズキ」代表取締役社長、「NPO法人キズキ」理事長。 国際基督教大学を卒業後、大手商社へ入社、うつ病になり退職。その後、ひきこもり生活を経て2011(平成23)年に、中退・不登校者向けの学習塾「キズキ共育塾」を創業。 2019年に、うつや発達障害による離職からの復帰を支援する「キズキビジネスカレッジ」を開校。 ほか、全国13の自治体と協働した貧困家庭の子ども支援などにたずさわる。 著書に『暗闇でも走る』(講談社)。ティング、プログラミング、ビジネス英語などの、高度で専門的なスキルを学べる講座やプログラムを用意しています。2019年4月に立ち上げると同時に入校の問合せが殺到し、現在は二つめの事業所を開所しています。また、オンラインで参加できる「オンライン校」も運営しています。約1年半の運営を通して、伝えたいことが二つあります。一つめは「発達障害の当事者も、ビジネスの現場で活躍できる可能性がある」ということです。先述した通り、私は発達障害の当事者です。ですが、現在はアルバイトを含め約300人が働く会社を運営することができています。また、KBCの事業責任者である女性社員も、発達障害の当事者として本事業の立ち上げから活躍しています。私と彼女の共通点は、「自分の強み・弱みを理解し、強みを活かす場所を見つけた」という点です。苦手なことは周囲の人に補ってもらいながら、得意なことは存分に力を発揮できるように努める。そのためには、まずは自己理解が重要です。KBCの利用者さんに対しても、自己理解のサポートからたずさわっています。二つめは「『当事者の可能性に蓋ふたをしてしまう支援』ではなく、『当事者の思いに寄り添う支援』を広げたい」ということです。生きづらさを抱えた人を支援する会社の代表として私が実現したいことは、「人間の尊厳を最大限守る」ことです。働くうえで困難がある人、挫折した経験がある人でも、やりたい仕事があれば、その仕事ができるための専門的なスキルを身につけられる支援をすることです。「どんな仕事でも甘えずにやれよ」と思う人もいるかもしれません。それでも、当事者の複雑な事情と願いに寄り添い、尊厳を守る他者の存在があってもいいのではないでしょうか。私は福祉の側でさえ、「人間の尊厳を最大限に守る」ということを、実践できていないのではないかと思うときがあります。就労移行支援をするのであれば、さまざまな職種や産業にも精通している必要があります。けれども時に、うつや発達障害を理由に「〇〇しかできないだろう」と、当事者を「福祉の側のできること」に押し込めている場面に遭遇します。発達障害の当事者もビジネスで活躍できる一人ひとりの尊厳に寄り添う支援を広げる3

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