働く広場2020年10月号
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働く広場 2020.10※ 岩崎 航 (著)、齋藤陽道(写真)『点滴ポール 生き抜くという旗印』(ナナロク社、2013年) 香川大学教育学部教授、香川大学学生支援センター バリアフリー支援室室長、香川大学教育学部附属坂さかいで出小学校校長・附属幼稚園園長、言語聴覚士、公認心理師。 特別支援学校での進路指導の経験があり、現場をよく知る実践的な研究者。富士通株式会社やソフトバンク株式会社と産学官の共同研究も行っている。坂井 聡 さかい さとし19稿を書こうとしている、いまの私の頭のなかは、コロナ禍における特別支援教育だけではなく、京都のALSの女性の事件、そして「津久井やまゆり園」の事件でいっぱいになってしまった。初期の構想はすべて白紙になり、原稿は一から書き直しである。 私は現在、香川大学教育学部附属坂出小学校の校長と附属幼稚園の園長を併任している。大学生だけでなく、幼児、児童と直接かかわる現場にいるのである。特に小学校では、前記に示した三点については触れなければならないと思っている。 特別支援教育を専門としている私は、  『働く広場』のエッセイの執筆依頼があったのは6月の中旬だった。第一回目の原稿締切りは7月末になっていたので、コロナ禍かと特別支援教育をテーマに書こうと構想を練り、少し余裕を持って寝かせていた。ところが、いざ書き始めようとすると、京都でALS(筋きん萎い縮しゅく性せい側そく索さく硬こう化か症しょう)の女性の依頼に応じた医師2人が、薬を投与して死亡させたとされる事件が飛び込んできた。この事件についていろいろ考えていたら、「津久井やまゆり園」の事件からちょうど4年目を迎えることになった。この原稿が読者の元に届くのは10月号だと聞いているが、7月末に原その三点についてどのように子どもたちに伝えればよいのだろうか。これから夢や希望をもって羽ばたいていく子どもたちへの教育はとても重要だ。なぜなら、目の前の子どもたちが大人になったときに、これらのことから学んだことを活かして、社会を創ってもらわなければならないからである。 私は、社会を創るのは教育であると確信している。それは日ごろ、幼児、児童と接しているなかで感じたことだ。無邪気に遊んでいる子どもたちが人間関係を形成し、社会性が養われていく成長の過程を見て感じるからである。この時期の学びが後に大人になったときに影響するであろうことは、想像に難かたくない。それゆえ、この時期の学びがとても大切なものなのであり、それが将来の社会に直接影響すると思うのである。 筋ジストロフィーがあり、生活のすべてに介助を必要とする詩人の岩いわ崎さき航わたるさんが、詩集『点滴ポール』のなかで「貧しい発想」という詩を詠んでいる。 管をつけてまで/寝たきりになってまで/そこまでして生きていても/しかたがないだろ?/という貧しい発想を押しつけるのは/やめてくれないか/管をつけると/寝たきりになると/生きているのがすまないような/世の中こそが/重い病に罹かかっている(※) この詩は、寝たきりの人たちが置かれている立場は社会がつくっていることを訴えている。貧しい発想を押しつける社会から、だれもが生きることに希望を見出すことができる優しい社会へと変えていかなければならないと思うのである。 人は、それぞれが助け合うことによって繁栄してきた動物だ。なぜなら、一人では生きていけないからである。相互に助け合い、重度の障害のある人も生きることができる社会をつくり上げようとする事実そのものが、人が繁栄してきた証なのだ。この繁栄の証をしっかりと子どもたちに伝えていく、これも大きな教育の使命だと感じる。人が繁栄する社会を子どもたちに残すためである。やはり社会を創るのは教育である。  さて、ここまでいろいろ考えてきたのだが、いざ、子どもたちを前にしたときに本質を理解できるように伝えることができるだろうか。一回だけでは伝わるわけがない。大切なのは、私たち教育者が、事あるごとに伝え続けることだ。ということは、「事」を生じさせなければならないということでもある。メディアを賑にぎわす事件ではなく、些細な事からでも考える機会を与え続けるということである。*【第1回】あなたはどう思いますか?教育の現場でこのタイミングでだから何ができる社会を創る根底にあるのは教育である

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