働く広場2020年10月号
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働く広場 2020.10高齢者、求職者も含めた支援へと拡大していくことは、「働くことを求めるすべての人」を対象とし、「だれ一人排除しない」というインクルージョン発想だと思います。「幸せ」、「生きがい」につながる居場所と役割を保障し、多様な人がともに働くからこそ「ささえあい」が生まれるのです。文部科学省は「Inclusive Education(インクルーシブ教育)」(※1)をしばしば強調しますが、現実とのギャップは大きいと感じます。また、「Inclusive Vocation(インクルーシブ就労)」(※2)という言葉はあまり聞いたことがないのですが、40年余りの歴史で就労支援が果たしてきた役割は、まさに働くことにおけるインクルージョンの実現です。コロナ禍かで、すでに数多くの失業者が出ています。このような新しい課題も確実に受け止めて、就労支援の役割や意義をさらに広げていく「Inclusive Vocation」が私たちに求められています。石渡 和実(いしわたかずみ) 1952(昭和27)年生まれ。現在の埼玉県深谷市出身。 1981年より、埼玉県や横浜市のリハビリテーションセンターで10年間、障害者の就労や福祉サービスの相談を担当。現在は東洋英和女学院大学教授で、専門は「障害者福祉論」、「人権論」。1997(平成9)年に「湘南ふくしネットワーク」のオンブズマンとなり、障害者、高齢者、児童など、多彩な権利擁護活動にかかわる。2016年、津久井やまゆり園事件の神奈川県検証委員長も務めた。 著書に、『Q&A 障害者問題の基礎知識』(明石書店)、『「当事者主体」の視点に立つソーシャルワーク はじめて学ぶ障害者福祉』(編著、みらい)などがある。支援が必要なのは、障害者だけではありません。お年寄りや子ども、文化や宗教が異なる外国から来た人にもいろいろな配慮や支援が必要となります。「健常者」といわれる人であったとしても、自分の力だけで生きていくことはできないのです。このような考え方に早くから注目したのが、知的障害者の親の会の国際組織です。1995年には組織名を「Inclusion International(国際育成会連盟)」と改称し、「完全な市民権(Full Citizenship)」ということを強調しました。彼らは「重要なことは、単に場をともにするという物理的なことではなく、社会における地位(position)と役割(role)が保障され、関係性(relationship)が保てることで、これこそが真の共生、市民として尊重されていることだ」と主張したのです。私はこの三つのキーワードを、国内のさまざまな実践をふまえて、「居場所」、「役割」、「ささえあい」と紹介しています。また、日本では、日本地域福祉学会が2006年6月の第20回年次大会で「これからの地域福祉の理念はインクルージョン」と宣言し、この理念を「障害のある人も、介護が必要なお年寄りも、小さな子どもも、外国籍の人も、すべての人が必要な支援を受け、地域に包み込まれて、役割をもって、活き活きと暮らす」としました。前述の三つのキーワードに関連してご紹介したいのが、川崎市高津区にある「日本理化学工業株式会社」です。同社は、チョーク業界を牽けん引いんする会社として数々のヒット商品を生み出し、平成22年度バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰の内閣総理大臣表彰(内閣府)など、さまざまな賞を受けています。全従業員の7割以上が知的障害を有し、障害者雇用を先駆的に行ってきた会社としても注目されています。昨年亡くなられた前会長、大おお山やま泰やす弘ひろ氏の言葉は有名です。「あるお坊さんが人間の『4つの幸せ』ということを言っていた。①人に愛される、②人にほめられる、③人の役に立つ、④人から必要とされる、である。企業で働くからこそ、4つの幸せのなかの、特に②③④がかなえられる。このような幸せになれる機会(働くこと)を、知的障害者から奪うべきではない」まさに、インクルージョンの「居場所、役割、ささえあい」を実現しているのです。1960年制定の身体障害者雇用促進法から始まり、今日までに知的障害、精神障害と障害者全体へと支援の対象が広がりました。これは法律の改正にともなう変化です。さらに、インクルージョンと就労支援※1 インクルーシブ教育:障害のある人とない人がともに学ぶことを通して、共生社会の実現に貢献しようという考え方※2 インクルーシブ就労:ここでは、障害のある人とない人がともに働くことを通して、それぞれが生きがいをもつとともに、共生社会の実現に貢献しようという考え方のこと3

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