働く広場2020年12月号
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働く広場 2020.12な前進は、目を見張るものがあります。地域によって濃淡はありますが、通所可能な範囲に複数の障害者就労支援を行う事業所が展開しており、当事者にとっては豊かな環境になったと思われます。 一方で、スキルトレーニングなどにおいては、利用者個々のアセスメントに基づいた細やかな支援が重要であることは、いまも変わっておりません。支援者は当事者と対等な視点で、自ら一緒に就労を試みるイメージで業務にあたっていただきたいと願っています。それが、かつては就労支援へのかかわりをためらっていた、そして自身の当事者性に気づくことにより、職業リハビリテーションを活用できるようになった精神科医からのメッセージです。野末 浩之(のずえひろゆき) 1961(昭和36)年、神奈川県生まれ。1987年、帝京大学医学部卒業。 社会福祉法人うしおだ理事長、うしおだ診療所所長、精神科医。 診療以外にも、保健所や作業所・グループホームなどの嘱託医として在宅訪問や精神保健相談を行い、こころの障害を抱えながら地域生活を送る人たちを支援。 近著に『DV被害の回復にむけて ~精神科医からのメッセージ~』(萌文社)がある。「SOSを出す力」が求められます。それなしに就労し、短期間で挫折をくり返す当事者の相談に乗るうちに、体力や生活リズムを整えると同時に、職場や余暇時間でのコミュニケーションスキルの獲得が大切だと思うようになりました。そんな時期に出会ったのが、SST(社会生活技能訓練)(※2)でした。 1990年代は、わが国にSSTが導入され始めた時代です。私の研修病院でも、提唱者のR・P・リバーマン博士のもとへ研修ツアーに出かけた同僚医師がおり、彼を中心に勉強会が行われ、国内で研修事業を行っていた「東大デイホスピタル」に、私も通わせていただきました。ここで感じた第一印象は、「この技法は患者さんだけでなく、自分にも役立つな」というものでした。いま思えば、私には軽度発達障害の傾向があり、そのため、対人場面での困難を生じてはうつ状態を呈していたのです。そんな私にとって、安全な環境で顔なじみのメンバーや支援者と一緒に、よい意味でワンパターン(行う手順が決まっている)に対人コミュニケーションの練習を行えるということは、とても安心できるものでした。獲得するスキルは、視線や声の大きさといった、具体的かつ必須の項目ですし、困ったら支援者がお手本を見せてくれて、何度でも練習ができ、おまけに最後にはみなで誉めてくれる(正のフィードバック)のです。改善すべき点については批判するのでなく、「こうすればもっとよくなる」という形で提案してくれます。 こうした経験を通して、自分が実体験できなかった就労へのステップを当事者のみなさんとともに練習し、わがことのように支援を行わせていただきました。私にとって就労支援は、病状の安定した患者さんとともに精神科デイケアなどで多職種が協働する、大切な活動として位置づけられるようになったのです。 現在も地域の医療・福祉施設で精神科医として従事していますが、特に21世紀に入ってからの、精神障害者雇用における質的・量的SSTとの出会い当事者と対等な視点で※2 SST(社会生活技能訓練): Social Skills Training。ソーシャルスキル(社会技能)と呼ばれるコミュニケーション技術を向上させることによって困難な状況を解決しようとする技法3

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