働く広場2021年1月号
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働く広場 2021.1※ 『イアン~物語は動き始めた~』(アビル・ゴールドファーブ監督、アルゼンチン、2018)  https://www.youtube.com/watch?v=6dLEO8mwYWQ 香川大学教育学部教授、香川大学学生支援センター バリアフリー支援室室長、香川大学教育学部附属坂さかいで出小学校校長・附属幼稚園園長、言語聴覚士、公認心理師。 特別支援学校での進路指導の経験があり、現場をよく知る実践的な研究者。富士通株式会社やソフトバンク株式会社と産学官の共同研究も行っている。坂井 聡 さかい さとし19むことができないのである。 少年は不自由な足で立ち上がろうとするが、立つことはできず倒れてしまう。それでもまた、立ち上がろうとするが、これまでと同様、フェンスで隔てられたもう一方の世界に戻されてしまいそうになる。 ところが今度は、これまでとは違う。ここからが、クライマックスである。遊んでいる子どもたちが、フェンスの向こう側に戻されそうになっている少年の手を取って、自分たちが遊んでいる世界に引き戻そうとするのである。しかし、彼らが力を合わせても引き戻すことができない。 次の瞬間、子どもたち全員がフェンスを通過して、もう一方の世界に入ってしまう。そこには、不安そうな顔で車いすに座っている少年がいる。どの子も不思議そうな顔をしている。 しばらくすると、子どもたちに少し笑顔が見えるようになる。するとどうだろう、フェンスが少しずつ消えてなくなっていくのである。フェンスが消えたところで、笑顔の子どもたちが少年の乗った車いすを押しながら、楽しく遊んでいた世界に一緒に戻っていくというものである。 いろいろと考えさせられるショートムービーである。まず、フェンスである。しているであろうことは容易に想像できる。 どうなるのだろうと思って見ていたら、少し変化が見られるシーンがある。お母さんに車いすを押してもらっていた少年が一人で車いすを操作して、車いすに乗ったままフェンスに向かっていくシーンである。その表情からは相当な覚悟をしていることが読み取れる。 少年は車いすに乗ったままフェンスに激突する。すると少年はフェンスを通過し、ほかの子どもたちが遊んでいる世界に行くことができた。しかし、乗っていた車いすはフェンスを通過できず、フェンスの手前に残されてしまう。子どもたちが遊んでいる世界へは、車いすを持ち込 YユーチューブouTubeに、「Iイアンan」(※)というショートムービーが公開されている。 このショートムービーにはフェンスが出てくる。このフェンスが子どもたちの世界を分断している。一方は子どもたちが楽しく遊んでいる世界、もう一方は少し暗い寂しい感じの世界である。 車いすユーザーの少年が子どもたちの遊んでいる世界に行くのだが、そのたびにフェンスで隔てられたもう一方の世界に戻されてしまう。子どもたちが楽しく遊んでいる世界に留まることができないのである。もう一方の世界に戻されてしまうことを何度も経験し、つらい思いをあのフェンスの正体は何か? きっと多くの人たちが持っているであろう、“障害があるかないか”で分けてしまう無意識的なモノを表しているのではないか。 ではなぜ、車いすはフェンスを越えられないのか。「訓練をして、歩けるようになった人だけが来てもよい」、「現状の社会に合わせることができる人のみが生活できる世界」があるということを象徴的に表しているのではないか。 一人で車いすを操作し、フェンスに向かっていっていくシーンは、自然と応援したくなる。しかしなぜ、覚悟を決めて向かっていかなければならないのか。子どもたちが手を引っぱって自分たちの遊んでいる世界に引き戻そうとするのはなぜか。 この子どもたちは「歩けることが当たり前」という価値観の世界で生活しているので、「なんとか歩けるようになってこっちの世界にいるのがよい」と純粋に考えてしまっているのではないか。大人が、そのように教えてきたことに原因があるのではないか。 私たちが、当たり前と考えていることは、本当に当たり前のことなのだろうか。無理なことを求めてはいないだろうか。「支援を受けながら生活しても大丈夫」といえるような社会を創らねばならないと、考えさせられるショートムービーである。*【第4回】あなたはどう思いますか?フェンスは何を意味するのかこの動画が考えさせるもの

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