働く広場2021年7月号
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働く広場 2021.7 社員は昔からの友人や仕事で知り合った人、インターン経由の学卒者など12人で、そのうち5人ぐらいは知的障害のあるきょうだいがいます。しかし、家族に障害のある人がいるかいないかにかかわらず、社員はみな「障害や福祉に、支援や貢献ではなくビジネスとしてかかわること」に興味を持つメンバーたちです。 目ざすビジネスモデルは、アート作品それ自体だけではなく、デザインとして街のなかにしみ出していくこと。たとえば商品ラベルやオフィス内の壁紙、ノベルティグッズなどに展開できるのではないかと考えていました。ただ最初は、企業を回って説明すると「素晴らしい活動ですね」といわれるものの、事業は「(他企業の)先例がない」、「作品価値のものさしがない」などと難色を示されました。初めて商談が成立したのはパナソニック株式会社です。責任者の方が、ある講演会に参加していた僕を見て「新設オフィスの壁紙に使いたい」と提案してくれました。この取引が成功した前例によって、他企業との商談も一気に広がりました。 ――会社や事業を運営するうえで、大切にしていることはありますか。 当社は「異彩を、放て。」というミッションを掲げていますが、意識したのは、福祉領域外での評価の向上に振り切ることです。当社のホームページには「“普通”じゃない、ということ。それは同時に、可能性だと思う。」という一文も入れていますが、知的障害のある人も健常者も「みんな一緒に」というのではなく、知的障害があるからこそ描ける世界があるし、できる仕事があるはずです。違う部分を、逆に強化して発信することで、知的障害のイメージを変えていくことができると考えています。 実は以前、大手アパレルブランドと連携してハンカチを販売したとき、担当者から「知的障害を伏せてみましょう」と提案されました。結果は驚くほど売れましたが、購入者は知的障害について知らないままだという状況に「僕らのやりたいことは、これじゃない」と実感しました。魅力的なデザインとして認められるだけでなく、知的障害のある作家が描くアートに反応する社会を見たいのだと、あらためて思いました。――いまでは全国各地の福祉施設とも連携しているそうですね。 国内の約30カ所の福祉施設などと連携し、契約作家は20代~60代の100人ほど、対象作品も2000点以上になります。素敵な作品があっても販路などが不足している環境で、作家も家族も施設も社会に出ていくことを望む場合にかぎって連携させていただきます。僕らの参画によって、みんなが幸せになることが大切です。 作品のデータはアーカイブ化され、商品などに使った企業などが支払うライセンス料を作家に渡す仕組みです。すでに10人ほどに対して月5~10万円ぐらいのライセンス料を支払っています。これから目ざすのは「作家さんがとんでもなく稼ぎ始める」段階です。いま進めている商社との取引では、作家の得るライセンス料だけで新卒社員の初任給を軽く超えるでしょう。今年4月下旬には盛岡市に作品を展示する「ヘラルボニーギャラリー」をオープンしました。きちんとした評価をもらうため、国内外のアートフェアにも出品していく予定です。――社名の名づけ親である翔太さんはどうしていらっしゃいますか。 兄は福祉施設に通い、空き缶をつぶす作業を行っています。兄については、母親が素晴らしい人で、自閉症教育について海外文献まで取り寄せて学び実践してきました。兄自身も懸命に努力した結果、電車を使って一人で通えるようになりました。とても大きな成長ですが、あくまで「できないことをできるようにする」ことの結果です。就労につなげようとすれば、さらに長い道のりでしょう。一方で僕は、本人がすでに持っているものを最大限に活かし、残りは周りが引き受けることで、みんなが幸せになれるのではないかと思っています。兄は、挨拶はできませんが多少の計算はできます。僕たちは今後、兄のような人たちも働いて稼いでいける形をもっと模索し、挑戦していくつもりです。ミッション「異彩を、放て。」みんなが幸せになるかどうか自閉症の兄について3

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