働く広場2021年8月号
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働く広場 2021.819とした負荷に弱い一面があったりする。いわば、「何とかしがみついて日々の仕事をこなしている」ような状態である。それが、リモートワークが進んだことにより通勤という負荷から解放され、それまで以上に体調がよくなったというケースだ。 ほかにも、発達障害やその特性などがある人たちにも好影響をもたらした。特に、ASD(自閉スペクトラム症)の傾向がある人は、元来、職場内のコミュニケーションが苦手だったり、あいまいな指示や口頭での指示は伝わりにくい。それがリモートワークになるとどうだろう。多くの指示はメールによってなされ、他者とかかわる機会は最小化になり、職場特有の「空気」を読まなくて済むようになる。例えば聴覚過敏があり、オフィスでは不快に感じるさまざまな音に悩ませられていたとしても、自宅にはすでに快適な空間が用意されていたり、あるいは、上司の指摘などを恐れずに、大きなイヤーマフだってし放題である。こうして、余計なものに妨害されることなく、日々の作業に集中できる環境がすでにあるわけである。 さらに、被害妄想を抱いてしまう統合失調症や妄想性障害がある人たちにも好影響をもたらしている。これらの障害がありながら仕事を続けていくのは困難な場合がある。入院を要したり、 新型コロナウイルス感染症の拡大により社会が大きく変化した。わが国の働き方は、もしかすると法律ではなく、このウイルスによって大きく改革されたのかもしれない。 大きな変化の一つは、なんといってもリモートワークの拡大だろう。最近、いろいろな人に、「こんな世の中になってしまって不調者が増えているのではないか」と聞かれることがある。その答えは、イエスでもあり、ノーでもある。 それは単に専門性の話だけではなく、実務上の話でもある。私は精神科医でもあり産業医でもあるため、ある日は外来で診療を行い、またある日は企業の健康管理を行っているというわけだ。 つまり、先ほどの問いに戻ると、「世間一般で感染に対する恐怖や、自粛による疲れなどが原因で不調を訴える人」は、外来でいえばたしかに増えている。また、職場であっても「電車に乗るのが恐怖でストレスだ」や「ここ数カ月、一度もオフィスに出ていなくて、ちょっとしたことが聞けなくてストレスが溜まる」といったことは定番の悩みでもある。そうすると、イエスばかりではないかとなるのであるが、実は、そうでもない人たちが少なからず存在している。 例えば、「うつ病を発症し休職したが復職した人」であれば、復職したとはいえ、まだまだ不安が強く、ちょっ休職をするほどの重症ではなくとも、体調によっては、職場の人などから迫害を受けているという妄想に苦しめられ、オフィスにいるのが苦痛になる場合がある。もちろん、病状にもよるが、経験的には、それまで就業を続けられてきた水準の場合、自宅では妄想を意識することなく、比較的安心して過ごせることが多い。リモートワークというのは、職場内における刺激を低減し、症状を悪化させないという点で好ましいのだ。 それでは、アフターコロナの働き方は、精神障害のある人の視点ではリモートワーク中心が望ましいのだろうか。実際に、このたびの変革を機に、基本的に永続的にリモートワークを打ち出している企業もあるようだ。でも、この答えは、非常にむずかしい。先に述べたように、リモートワークが原因で不調になる人も、逆に改善する人も混在するからだ。同じ障害であっても、その人によって、さらには同じ人であっても、仕事内容や時期によって正解が変わってくるものだ。ということで、アフターコロナは「出社かリモートか」ではなく、多様な働き方を許容する「スペクトラム型」で、ぜひお願いしたいものである。【第1回】リモートワークが好影響をもたらす場合アフターコロナはスペクトラム型でコロナ禍によるリモートワークの広がり配慮は人のためならず~コロナ禍と働き方改革~~コロナ禍と働き方改革~株式会社Dディーズs'sメンタルヘルス・ラボ 代表取締役(精神科医・産業医) 原 雄二郎 原 雄二郎(はら ゆうじろう) 精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、日本医師会認定医。 金沢大学卒業後、東京女子医科大学病院、東京都立松沢病院、東京都立広尾病院勤務を経て、東京大学大学院に入学。卒業後、同大学院医学系研究科精神保健学分野客員研究員。同教室と連携し、鄭理香とともに「株式会社Ds’sメンタルヘルス・ラボ」を設立、代表に就任し、現在に至る。 臨床診療とともに、産業医・顧問医や研修講師として、職場のメンタルヘルス対策の支援を行っている。

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