働く広場2021年9月号
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働く広場 2021.919くり返してしまう。この過程でASDの診断がなされた。結果、元の部署に再配属されたが、その後は従前のように戦力として勤務ができている。 ほかにも、静かな環境で、目に見える形では問題なく勤務ができていた妄想性障害のある人が、人が多いフロアに異動になった途端に症状が悪化し、フロアの同僚に対して被害妄想を抱いてしまったケース、長年のうつ病を抱えた精神障害のある人が、極度のプレッシャーを感じる部署へ異動になった後症状が悪化し、療養しても改善せず、最終的に退職を余儀なくされたケースなどなど……、このような例は枚挙に暇がない。 産業医に異動について打診があれば、意見を具申することができるが、世の多くの企業では、産業医に異動について相談をするというケースはそれほど多くはないように思う。そうすると、障害のある人であっても、そのときのコンディションによらず、問答無用に異動対象になるという事態が生まれる。そうして不調になり、事後になって産業医がかかわるということになる。 こうした事態は予防医学の立場からは避けてほしいというのが本音だ。ただ、一方で、障害があるからといって、 「多能工化」という言葉が登場してから久しい。おもに製造業において、従業員を一人で複数の業務や工程をこなすことができるように育成する仕組みを指すことが始まりだったと記憶している。 いまでは、製造現場以外にあっても、マルチスキル化という形で、一人の社員がさまざまな業務を行えるように育成する、あるいは、さまざまな業務が行えることが期待されるという時代になってきているようだ。かぎられた人員でかぎられた時間内に多くの業務を効率よくこなさなければならないという現状がある以上、特定の仕事しかできない「職人気質」の従業員は、企業側からすると、使い勝手の悪い社員なのかもしれない。 一方で、精神障害や精神疾患がある人のなかには、新しい環境や仕事が極度に苦手な人が少なくない。典型的なエピソードを紹介しよう。◆ASD(自閉スペクトラム症)の傾向がある50代の男性のケースこれまで入社以来、30年以上も現場勤務であったが、人事部の方針により、事務中心の部署に配置転換となった後にうつ状態で休職。その後、回復をして復職しても、すぐに再発を別の部署で花開く可能性をすべて摘んでしまってよいということにはもちろんならない。だからこそ、普段から定期的に面談を実施し、その人の特性や状態をよく知る産業医と人員配置の担当者が連携を密にし、その人の人生を一緒に考えていくことが必要なのではないだろうか。 たしかに手間暇がかかるかもしれないが、ひとたび不調になってしまった事後の対応よりはずっと手間が少ないはずであるし、何より不調を未然に防ぐことができるのである。  最後に、人事担当者のみなさんにお願いしたい。ぜひ、社内に「スペシャリストの道」を、いまよりも多く残しておいてほしい。ある業務であれば大いに戦力になるが、別の部署、業務では戦力にならない、あるいは、不調になるという人たちの居場所を残しておいていただきたい。 ついでに、これは声を大にしていいたいのだが、産業医のパートナーとなる人事担当者のみなさん。数年かけてようやく“阿あ吽うんの呼吸”で対応ができるようになったころに転勤となるのは、本当に、本当に残念!【第2回】多能工化の陰に不調者ありスペシャリストにも道を!多能工化の広がり配慮は人のためならず多能工化とメンタルヘルス多能工化とメンタルヘルス株式会社Dディーズs'sメンタルヘルス・ラボ 代表取締役(精神科医・産業医) 原 雄二郎 原 雄二郎(はら ゆうじろう) 精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、日本医師会認定医。 金沢大学卒業後、東京女子医科大学病院、東京都立松沢病院、東京都立広尾病院勤務を経て、東京大学大学院に入学。卒業後、同大学院医学系研究科精神保健学分野客員研究員。同教室と連携し、鄭理香とともに「株式会社Ds’sメンタルヘルス・ラボ」を設立、代表に就任し、現在に至る。 臨床診療とともに、産業医・顧問医や研修講師として、職場のメンタルヘルス対策の支援を行っている。

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