「働く広場」2021年10月号
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働く広場 2021.1019かった、(故に)職場の配慮が想定以上に必要だった・事前に期待していたよりも仕事のパフォーマンスが低かった 精神科主治医としての一番の治療のゴールは何かご存じだろうか。精神科医としては、「症状の回復」はもちろんであるが、その先に見すえているのは「社会への適応」である。 「社会」にもいろいろあり、ある人には「会社」、またある人には「学校」、さらにまたある人には「地域」や「家庭」がそうである。もちろん、複数のこともあるだろう。 精神障害のために退職を余儀なくされ、地道な治療に取り組み、障害者手帳を取得したり、訓練施設に通ったりと準備を進め、さらに数カ月、あるいは年単位で就職活動を続け、ようやく就職が決まったと報告を受けたときの主治医の心境は、本当にうれしい。 そして、それと同じくらい、「うまくいって(適応して)くれよ!」と祈る心境だ。ドキドキして送り出し、そして、就職後の診察の度に「大丈夫か、大丈夫か」とドキドキして待ち構える。そこで「こんなはずではなかった」が 読者のみなさんもご存知の通り、今年の3月より法定の障害者雇用率は上昇している。対象事業主もまた、拡大している。こうした流れは今後、加速していくことになりそうだ。このような変化のなかで、現場ではいろいろな齟そ齬ごが生じているようである。 私は精神科主治医としても、産業医としても業務をになっている立場であるため、雇う側からも雇われる側からも、「こんなはずではなかった」という言葉を聞くことがある。 私の経験では、産業医が採用にかかわる場面は、自分と一緒に働く産業保健スタッフを除けば、ほぼない。 障害者雇用の場合でも、採用後はいろいろと要請があるが、採用そのものにかかわることは基本的に、ない。 まれに「○○障害のある方の雇用についてどう思いますか?」などと雑談の体でたずねられることもあるが、答えは必ず「一口に〇〇障害といっても千差万別であり、ケースバイケースとしかいえない」である。 そのようなことよりも、実際に就業が開始されてから「こんなはずではなかった」と相談を受けるケースが多い。雇う側の「こんなはずではなかった」をもう少しかみ砕くと、次のようなケースであることが多い。・事前に想定していたよりも症状が重出ることがある。 雇われる側の「こんなはずではなかった」は、おもに次のようなケースである。・期待する配慮が得られていない・聞いていた内容と違う仕事である 双方の「こんなはずではなかった」は、事前の双方のコミュニケーション不足、認識のギャップが要因であることが多い。であれば、当然「事前によく話し合いましょう」となるわけだが、でも、でも、である。あえていえば、「こんなもの」である。 どこまで事前に詰めても、齟齬は生じるものと考えた方がよい。それよりも、齟齬が見つかったことを出発点として、お互い歩み寄り、すり合わせていく努力を続けるほかない。 近ごろは、ジョブコーチなど社会資源も充実してきているので、そのような資源を積極的に用いるのも手である。 そして、職場のことをよくわかり調整ができる産業医、障害者の社会適応をだれよりも願っている主治医もまた、有用な資源として考えていただければ幸いである。【第3回】雇う側の「こんなはずではなかった」雇われる側の「こんなはずではなかった」「こんなもの」である上昇する法定障害者雇用率配慮は人のためならずこんなはずではなかったこんなはずではなかった障害者雇用障害者雇用株式会社Dディーズs'sメンタルヘルス・ラボ 代表取締役(精神科医・産業医) 原 雄二郎 原 雄二郎(はら ゆうじろう) 精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、日本医師会認定医。 金沢大学卒業後、東京女子医科大学病院、東京都立松沢病院、東京都立広尾病院勤務を経て、東京大学大学院に入学。卒業後、同大学院医学系研究科精神保健学分野客員研究員。同教室と連携し、鄭理香とともに「株式会社Ds’sメンタルヘルス・ラボ」を設立、代表に就任し、現在に至る。 臨床診療とともに、産業医・顧問医や研修講師として、職場のメンタルヘルス対策の支援を行っている。

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