働く広場2021年11月号
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働く広場 2021.11――伊藤さんはこれまで、精神医療におけるAアCクTト︵包括型地域生活支援プログラム︶(※1)の普及に取り組まれてきました。内容や経緯について教えてください。 ACTとは、重い精神障害のある人が、病院ではなく住み慣れた生活の場で暮らしていけるよう、チームによるアウトリーチ(訪問)型の支援を展開する取組みです。1970年代にアメリカから発展し、各国に広がっていきました。私たちも2003(平成15)年から、当時の国立精神・神経センター精神保健研究所で研究事業として実践を始め、その後はNPO法人も設立し、試行錯誤を重ねながら普及に努めてきました。 チームは精神科医や看護師、作業療法士、精神保健福祉士など多職種の専門家で構成され、24時間365日体制です。外来受診や買い物など日常生活の支援から、金銭管理アドバイスや公的サービス利用の支援、ご家族への支援、社会参加や就労に向けた支援などまで、オーダーメイド型のサービスを提供します。一般的には、利用者1人に2~3人のスタッフがつきます。 ACTを実践するために支援チームが大切にしていることがいくつかあります。まず支援の目的は「支援の対象となる障害のある人が、希望を持って、生活を楽しみ、社会に貢献することも体験する過程を意味するリカバリー(※2)を目ざす」こと。そのためには「病気や障害・問題点ではなく、本人や取り巻く環境がもつ健康な部分や可能性を含めた強み・長所(ストレングス)に焦点をあてる」こと。そして、障害の有無にかかわらず人の生活の場は地域のなかにあるべきであって、「入院は急性期の治療のための例外とし、医療・保健・福祉などのサービスは地域を中心とする」ことなどです。 私がACTについてアメリカ各地を調査したときに知ったのは「患者にとっては、住む場所や仕事、レジャーなどがあって初めて、治療やカウンセリングなどが意味を持つ」という視点でした。これは、日本で主流だった入院治療中心の"管理する医療"ではなく、生活を立て直して本人の人生を取り戻すことを"支援する医療"です。いい換えるなら「病気が主人公」から「人が主人公」になるということですね。 2011年度から厚生労働省が「精神障害者アウトリーチ推進事業」を実施したことで追い風になり、一般社団法人コミュニティ・メンタルヘルス・アウトリーチ協会の前身であるACT全国ネットワークが認定しているチームも30カ所ほどに増えました。拠点となっているのは訪問看護ステーションや多機能型の診療所などが多いですね。しかし診療報酬を含めた制度的な課題などもあり、ニーズに対応するにはまだ十分な数とはいえません。※1 ACT:Assertive Community Treatment※2 リカバリー:精神障害のある人が、それぞれ自分が求める生き方を主体的に追求すること精神障害者へのアウトリーチ支援と就労メンタルヘルス診療所しっぽふぁーれ院長、精神科医伊藤順一郎さんいとう じゅんいちろう 1954(昭和29)年、東京都生まれ。千葉大学医学部卒。精神科医。1994(平成6)年より国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所社会復帰相談部援助技術研究室長、社会復帰研究部部長を経て2015年に「メンタルヘルス診療所しっぽふぁーれ」開院。2003年に研究事業ACT―Jを立ち上げ、現在は「一般社団法人コミュニティ・メンタルヘルス・アウトリーチ協会(アウトリーチネット)」共同代表や「認定NPO法人地域精神保健福祉機構(COMHBO:コンボ)」共同代表理事も務める。『精神科病院を出て、町へ―ACTがつくる地域精神医療 』(岩波書店刊)など著書多数。障害のある人が地域のなかで自分らしく生活できるように2

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