働く広場2021年11月号
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働く広場 2021.11 ――ACTには就労支援も含まれていますが、どういった特徴があるのでしょうか。 就労は、生活の糧になるだけでなく、社会の役に立つことで得られる充実感や、人とのつながりももたらすという意味で、私たちが生きていくうえで重要な要素ですよね。本人に「働きたい」という意思があれば、希望する仕事や働き方に沿った支援をしていきます。 具体的には、やはりアメリカで1990年代に開発されたIPS(個別就労支援プログラム)(※3)を活用しています。IPSが従来の就労支援方法と大きく違うのは、本人に職業準備性ができているか否かで判断しない、ということです。「訓練してから現場に出る」のではなく、「まず現場に出て、仕事に慣れる」というやり方です。そのためには、就労後の継続的な支援も重要です。医療保健や就労支援の専門家チームが、本人の意向と長所に着目しながら職場を探し、就労後はジョブコーチとして関与しながらサポートしていきます。 ここでカギになるのは、企業との細やかなコミュニケーションです。本人の能力を活かせる仕事を求め、企業に環境を整えてもらう必要があるからです。精神保健研究所でデイケア利用者の就労にトライしたときは、新たに就労支援専門のスタッフを雇いました。企業に出向き、「医療ケアと生活支援もしながら就労サポートをする」ことを売りに職場開拓をした結果、年間20~30人も就労できました。医療と生活、就労の三つの支援が合体したチームの大きな強みを実感できました。 ちなみに私の患者さんのなかには、就職後に重い症状が改善した人たちが何人もいます。例えば強迫性障害で入院していた10代の男性は、カウンセリングを受けて通信制の大学に進み、IPS実践経験がある就労支援スタッフの協力で事務の仕事に就きました。さらに2年後には障害者雇用枠で転職し、いまは結婚し子どももいます。ほかにも強制入院の経験のある統合失調症の男性は、IT企業で得意なプログラミング業務に従事し、IPSの支援は3年で卒業しました。彼らに共通していたのは、仕事を通じて成長できたことのほかに、仲のよい同僚ができたり、仕事で信頼されるようになったりして「職場の一員になれた」と実感したことのようでした。 ――精神障害のある人が安定して働き続けていくために、企業や私たちに求められていることは何でしょうか。 やはり、本人が安心して外に出ていけること、そして、安心して働ける環境にあることが大切です。 例えば身体障害のある人は、通勤途中や職場で、さまざまなバリアフリー設備や支援機器を必要としますよね。同じように、精神障害のある人が安定して働き続けるためには、多様な専門家たちが「通訳」のような立場で、職場などに日常的に入り込むアウトリーチ支援が必要ではないでしょうか。そういう意味では、職場と精神医療の距離がまだ遠いと感じています。精神科医も産業医として職場にかかわったり、就労移行支援事業所の嘱託医として企業と連携したりするなど、柔軟なチーム支援ができるとよいと思います。 そして、私の診療所での活動のなかで実践したいことの一つは、地域の人たちと一緒にイベントなどを行ったり、企業と意見交換できる場をつくったりしながら、患者さんの希望をもとに短期間・短時間就労が実践できる環境づくりです。私たちの周りには、重い精神障害のある人で、福祉的な作業所に通うよりも、短い時間でも一般の職場でがんばって働いて、社会や人の役に立ちたいと思っている人が少なくありません。 地域のなかで小さな仕事を探し、本人の喜びを一緒に味わえるようなチーム支援が、障害者雇用における就労形態の一部として位置づけられるよう模索していくつもりです。※3 IPS:Individual Placement and Support「まず現場に出て、仕事に慣れる」「通訳」のような立場で職場に3

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